虞書 皋陶謨第四
曰若稽古皋陶曰:“允迪厥德,謨明弼諧。”禹曰:“俞,如何?”皋陶曰:“都!慎厥身,修思永。惇敘九族,庶明勵翼,邇可遠在茲。”禹拜昌言曰:“俞!”皋陶曰:“都!在知人,在安民。”禹曰:“籲!鹹若時,惟帝其難之。知人則哲,能官人。安民則惠,黎民懷之。能哲而惠,何憂乎驩兜?何遷乎有苗?何畏乎巧言令色孔壬?”皋陶曰:“都!亦行有九德。亦言,其人有德,乃言曰,載采采。”禹曰:“何?”皋陶曰:“寬而栗,柔而立,愿而恭,亂而敬,擾而毅,直而溫,簡而廉,剛而塞,強而義。彰厥有常,吉哉!日宣三德,夙夜浚明有家;日嚴祗敬六德,亮採有邦。翕受敷施,九德鹹事,俊乂在官。百僚師師,百工惟時,撫於五辰,庶績其凝。無教逸欲,有邦兢兢業業,一日二日萬幾。無曠庶官,天工,人其代之。天敘有典,敕我五典五惇哉!天秩有禮,自我五禮有庸哉!同寅協恭和衷哉!天命有德,五服五章哉!天討有罪,五刑五用哉!政事懋哉懋哉!”“天聰明,自我民聰明。天明畏,自我民明威。達於上下,敬哉有土!”皋陶曰:“朕言惠可厎行?”禹曰:“俞!乃言厎可績。”皋陶曰:“予未有知,思曰贊贊襄哉!”虞書益稷第五
太古を考察すると、皋陶は言った。「誠実にあの徳を踐行すれば、謀略は明智になり、輔佐は和諧する。」禹は言った。「そうだ、どのようにするのか。」皋陶は言った。「ああ、自身を謹慎し、修養は長遠を思うべし。九族を厚く待し、並びて九族の次序を排定すれば、衆の賢明な人は勉力して輔翼し、近きより遠きに及ぶ道理はここにある。」禹はこの美言に拜謝して言った。「そうだ。」皋陶は言った。「ああ、要は人を知るにあり、人民を安定するにあり。」禹は言った。「ああ、みなこのようであれば、帝堯でさえ難しと感じるだろう。人を知るは明智であり、人を用いて官に任ずることができる。人民を安定するは仁恵であり、衆の百姓は懐念する。能く明智にして能く仁恵であれば、何をか驩兜を憂慮せん。何をか有苗を遷徙せん。何をか花言巧語・神色偽善の大奸を畏れん。」皋陶は言った。「ああ、人の行為に九種の徳がある。某人に徳ありと称説するには、彼がどのような事をなしたかを言う。」禹は言った。「それはどれか。」皋陶は言った。「寛厚にして荘厳、柔順にして自立能くし、謹厚にして恭敬、治理の才ありて敬慎、和順にして堅毅、正直にして温和、簡易にして廉隅あり、剛健にして充実、強勇にして義に合う。これら常に保持する徳を彰明せば、吉祥である。毎日その中の三種の徳を宣明し、昼夜努力して治理せば、大夫の家を保有することができる。毎日その中の六種の徳を厳粛恭敬に踐行し、政事を輔佐せば、諸侯の邦を保有することができる。九徳を合受して普く施行し、九徳にみな従事する人ありて、杰出の人才がみな官位にあれば、百官は互いに效法し、百工はみな時に成し、四時と辰星に順応して、諸々の功業は成就を得る。人に安逸と欲望を貪るを教えるなかれ。国有する者は業業兢兢たれ。一日二日に万種の事機あり。諸々の官位を空缺せしめるなかれ。上天の事功は、人がこれに代わって完成するのだ。上天は倫常を安排し、我らに告誡して五種の常法をみな加厚せしめた。上天は礼の等級を規定し、我らに五種の礼をみな常に実行せしめた。互いに敬慎し、協同して恭謹し、和衷共済せよ。上天は徳ある者を任命し、五種の礼服・五種の文采あり。上天は罪ある者を討伐し、五種の刑罰・五種の用法あり。政事は努力せよ、努力せよ。」また言った。「上天の聡明は、わが人民の聡明より来る。上天の顕明と威畏は、わが人民の顕明と威厳より来る。上下は通達す。土を有する君よ、敬慎せよ。」皋陶は言った。「わが言は順当で、実行しうるか。」禹は言った。「そうだ。汝の言は実績を挙げることができる。」皋陶は言った。「私は何らの知識もない。ただ助成し、さらに助成せんことを思うのみだ。」底本はこの段の末に「虞書益稷第五」を附す。これは次の篇の篇題が正文に串入したもの。
帝曰:“來,禹!汝亦昌言。”禹拜曰:“都!帝,予何言?予思日孜孜。”
舜帝は言った。「来い、禹よ。汝もよき言を説け。」禹は拜して言った。「ああ、帝よ、私は何を言うべきことがあろうか。私はただ日々勤勉して懈らざるを思うのみだ。」
皋陶曰:“籲!如何?”禹曰:“洪水滔天,浩浩懷山襄陵,下民昏墊。予乘四載,隨山刊木,暨益奏庶鮮食。予決九川,距四海,浚畎澮距川;暨稷播,奏庶艱食鮮食。懋遷有無,化居。烝民乃粒,萬邦作乂。”皋陶曰:“俞!師汝昌言。”
皋陶は言った。「ああ、どのように勤勉するのか。」禹は言った。「洪水は滔天し、浩浩然として山陵を包み丘陵を漫し、下方の人民は沈没陷溺した。私は四種の載具に乗り、山嶺に順って樹木を砍削して標記とし、益とともに新鮮な鳥獣魚鱉を進献して民衆に与えた。私は九州の大川を疏通して四海に通ぜしめ、田間の溝澮を疏濬して大川に通ぜしめた。また稷とともに播種し、艱難にして得た糧食と新鮮の肉食を進献して民衆に与えた。勉力して有無を調遷し、交易して積貯した。衆民はここに穀物を食うことを得、万邦は初めて治理を得た。」皋陶は言った。「そうだ。汝のこれらよき言を效法すべきだ。」
禹曰:“都!帝,慎乃在位。”帝曰:“俞!禹曰:“安汝止,惟幾惟康。
禹は言った。「ああ、帝よ、汝の在する位を謹慎せよ。」舜帝は言った。「そうだ。」禹は言った。「汝の当に止まるべき所に安んじ、思慮は隠微、思慮は安康せよ。
其弼直,惟動丕應。徯志以昭受上帝,天其申命用休。”
(禹が続けて言うには、)汝の輔弼は正直たれ。挙動あれば必ず大いに応響する。心志の清明を待って上帝を受ければ、上天は再び美しき任命を降す。」
帝曰:“籲!臣哉鄰哉!鄰哉臣哉!”禹曰:“俞!”帝曰:“臣作朕股肱耳目。予欲左右有民,汝翼。予欲宣力四方,汝為。予欲觀古人之象,日、月、星辰、山、龍、華蟲、,作會;宗彝、藻、火、粉米、黼、黻,絺繡,以五采彰施於五色,作服,汝明。予欲聞六律五聲八音,在治忽,以出納五言,汝聽。予違,汝弼,汝無面從,退有後言。欽四鄰!庶頑讒說,若不在時,侯以明之,撻以記之,書用識哉,欲並生哉!工以納言,時而颺之,格則承之庸之,否則威之。”
舜帝は言った。「ああ、臣子よ近隣よ。近隣よ臣子よ。」禹は言った。「そうだ。」舜帝は言った。「臣子はわが大腿・胳膊・耳朵・眼睛をなす。私は人民を引導し輔助せんと欲すれば、汝らは輔翼せよ。私は四方に力を用いんと欲すれば、汝らは作為せよ。私は古人の図像を観たい。日・月・星辰・山・龍・華虫を絵飾になし、宗廟の彝器・水藻・火・粉米・黼・黻を細葛をもって繍い成し、五種の彩をもって五色を彰明に施し、礼服を作る。汝らは辨明せよ。私は六律・五声・八音を聴き、その中より治乱を考察し、もって五方の言論を宣布し接納する。汝らは聴け。私に違背あれば、汝らは匡正せよ。当面順従して退下して後に背後の言あるなかれ。左右の近臣を敬慎せよ。あの愚頑にして讒を進める者、もし位にあらざれば、射侯の礼をもって彰明し、撲撻をもって教訓を記せしめ、簡冊をもって記録する。これは彼らをして共に生きなからしめんと欲するのだ。楽工はもって言論を転達し、時に合すれば宣揚し、改正すれば進用し、改めざれば威懲する。」
禹曰:“俞哉!帝光天之下,至於海隅蒼生,萬邦黎獻,共惟帝臣,惟帝時舉。敷納以言,明庶以功,車服以庸。誰敢不讓,敢不敬應?帝不時敷,同,日奏,罔功。無若丹朱傲,惟慢遊是好,傲虐是作。罔晝夜頟頟,罔水行舟。朋淫於家,用殄厥世。予創若時,娶於塗山,辛壬癸甲。啟呱呱而泣,予弗子,惟荒度土功。弼成五服,至於五千。州十有二師,外薄四海,鹹建五長,各迪有功,苗頑弗即工,帝其念哉!”帝曰:“迪朕德,時乃功,惟敘。”
禹は言った。「そうだ。帝の光輝は天の下にあり、海角の蒼生に至るまで、万邦の衆賢はみな帝の臣子で、ただ帝の時に挙用するを待つ。普く彼らの言論を接納し、功績を明らかに衆人を考察し、車馬服飾をもって功ある者に酬いれば、誰か譲譲せざらん、誰か恭敬して応へざらん。帝が時に施用すること能わざれば、賢愚は混同し、日々進用しても功をなさない。丹朱のごとく傲慢で、ただ怠惰遊蕩を好み、傲慢暴虐の事をなすなかれ。昼夜を分かたず囂囂として休まず、水なくても船を行かせ、群れて家に淫乱し、よってその世系を滅絶した。私はこれをもって戒とし、塗山に妻を娶り、辛・壬・癸・甲の四日で去った。啓が呱呱と啼哭しても、私は父たることを顧みず、ただ水土の功を度量するに忙しかった。五服を輔成し、五千里に至る。州ごとに十二師、外は四海に接近し、みな五等の長を設立し、各自功あるを引導した。ただ苗民が頑劣で工に就こうとしない。帝よ、この事を記憶せよ。」舜帝は言った。「徳をもって私を引導するは、これは汝の功労だ。このように有序たれ。」
皋陶方祗厥敘,方施象刑,惟明。
皋陶はまさにあの次序を敬慎し、象刑を施行して、きわめて厳明であった。
夔曰:“戛擊鳴球、搏拊、琴、瑟、以詠。”祖考來格,虞賓在位,群后德讓。下管鼗鼓,合止柷敔,笙鏞以間。鳥獸蹌蹌;簫韶九成,鳳皇來儀。夔曰:“於!予擊石拊石,百獸率舞。”
夔は言った。「鳴球・搏拊・琴・瑟を敲撃し、もって歌詠に配合せん。」祖先は来たり降臨し、虞舜の賓客は位にあり、各方の諸侯は徳をもって相譲した。堂下の管楽と鞀鼓は、柷敔をもって楽を合し楽を止め、笙と大鐘は交代した。鳥獣は蹌蹌と起舞し、簫韶は九成を演奏すると、鳳凰が来たり儀容を呈した。夔は言った。「ああ、私が石磬を敲撃し、石磬を軽拍すれば、百獣はみな舞い従います。」
庶尹允諧,帝庸作歌。曰:“敕天之命,惟時惟幾。”乃歌曰:“股肱喜哉!元首起哉!百工熙哉!”皋陶拜手稽首颺言曰:“念哉!率作興事,慎乃憲,欽哉!屢省乃成,欽哉!”乃賡載歌曰:“元首明哉,股肱良哉,庶事康哉!”又歌曰:“元首叢脞哉,股肱惰哉,萬事墮哉!”帝拜曰:“俞,往欽哉!”夏書禹貢第一
衆の長官は確かに和諧し、舜帝はこれにより歌を作った。言うには、「上天の命令を謹戒し、時時事事みな謹慎せよ。」ここに唱えた。「股肱は歓喜し、元首は振作し、百工は興盛す。」皋陶は跪拜して叩頭し、高く声して言った。「記憶せよ。統率して事業を興辦し、汝の法度を謹慎せよ。敬慎せよ。屢々省察してこそ成功する。敬慎せよ。」ここに続けて唱えた。「元首英明なれば、股肱賢良なり、衆事安康なり。」また唱えた。「元首瑣碎なれば、股肱怠惰し、万事堕落す。」舜帝は拜して言った。「そうだ、行け、敬慎せよ。」底本はこの段の末に「夏書禹貢第一」を附す。これは次の篇の篇題が正文に串入したもの。
禹別九州,隨山浚川,任土作貢。禹敷土,隨山刊木,奠高山大川。
禹は九州を分别し、山嶺に順って河川を疏濬し、土地に依拠して貢賦を制定した。禹は土地を鋪陳し、山嶺に順って樹木を砍削し、高山大川を確定した。
冀州:既載壺口,治梁及岐。既修太原,至於岳陽;覃懷厎績,至於衡漳。
冀州:壺口はすでに施工し、梁山と岐山もまた治理を得た。太原はすでに修治し、太岳の南面に至った。覃懐の一帯はすでに成功し、横流して河に入る漳水に至った。
厥土惟白壤,厥賦惟上上錯,厥田惟中中。恆、衛既從,大陸既作。島夷皮服,夾右碣石入於河。
ここの土は白壤、賦税は第一等にして第二等を間雑し、田地は第五等。恒水・衛水はすでに順流し、大陸沢はすでに耕作しうる。島夷は皮服を進貢し、右に碣石を繞って黄河に入る。
濟河惟兗州。九河既道,雷夏既澤,灉、沮會同。桑土既蠶,是降丘宅土。
済水と黄河の間は兗州。九河はすでに疏通し、雷夏はすでに沢を成し、灉水・沮水は会合した。桑に宜しい土地はすでに蚕を養い、ここに人民は丘の上より下りて平地に住んだ。
厥土黑墳,厥草惟繇,厥木惟條。厥田惟中下,厥賦貞,作十有三載乃同。厥貢漆絲,厥篚織文。浮於濟、漯,達於河。
ここの土は黒色肥沃の墳土、草の生長は茂盛、樹木は修長。田地は第六等、賦税は第九等、経営十三年にして他州と同じくなった。貢物は漆と糸、篋に装うは花紋ある糸織品。船は済水・漯水より浮行し、黄河に至る。
海岱惟青州。嵎夷既略,濰、淄其道。厥土白墳,海濱廣斥。厥田惟上下,厥賦中上。厥貢鹽絺,海物惟錯。岱畎絲、枲、鉛、松、怪石。萊夷作牧。厥篚檿絲。浮於汶,達於濟。
海と泰山の間は青州。嵎夷はすでに治理し、濰水・淄水はすでに疏通した。土は白色の墳土、海浜は広闊で鹸鹼。田地は第三等、賦税は第四等。貢物は塩と細葛、海物は種類錯雑。泰山の山谷は糸・枲麻・鉛・松・怪石を出す。萊夷は放牧に従事す。篋に装うは山桑の糸。船は汶水より浮行し、済水に至る。
海、岱及淮惟徐州。淮、沂其乂,蒙、羽其藝,大野既豬,東原厎平。厥土赤埴墳,草木漸包。厥田惟上中,厥賦中中。厥貢惟土五色,羽畎夏翟,嶧陽孤桐,泗濱浮磬,淮夷蠙珠暨魚。厥篚玄纖、縞。浮於淮、泗,達於河。
海・泰山より淮水までの間は徐州。淮水・沂水はすでに治理し、蒙山・羽山はすでに種植しうる。大野沢はすでに匯聚して湖を成し、東原はすでに平定した。土は赤色の黏りて肥えた埴墳、草木は漸々叢生す。田地は第二等、賦税は第五等。貢物は五色の土、羽山の山谷の夏翟(五色の雉羽)、嶧山の南面の特生の桐木、泗水の浜の浮磬、淮夷の蠙珠と魚。篋に装うは黒色の細綢と白絹。船は淮水・泗水より浮行し、黄河に至る。
淮海惟揚州。彭蠡既豬,陽鳥攸居。三江既入,震澤厎定。筱簜既敷,厥草惟夭,厥木惟喬。厥土惟塗泥。厥田唯下下,厥賦下上,上錯。厥貢惟金三品,瑤、琨筱、簜、齒、革、羽、毛惟木。島夷卉服。厥篚織貝,厥包桔柚,錫貢。
淮水と海の間は揚州。彭蠡はすでに匯して湖を成し、陽に随う鳥はここに居る。三江はすでに海に入り、震沢はすでに安定した。小竹大竹はすでに遍布し、草の生長は美盛、樹木は高大。土は塗泥。田地は第九等、賦税は第七等、間あるいは第六等。貢物は金・銀・銅の三品、美玉・美石・小竹・大竹・象牙・皮革・鳥羽・旄毛と木材。島夷は草織の衣服を穿つ。篋に装うは織貝の錦、包裹するは橘子・柚子、錫命を待って進貢す。
沿於江、海,達於淮、泗。
江・海に沿って、淮水・泗水に至る。
荊及衡陽惟荊州。江、漢朝宗於海,九江孔殷,沱、潛既道,雲土、夢作乂。
荊山より衡山の南面までが荊州。江・漢は天子に朝見するがごとく海に奔り、九江は甚深く盛んにして、沱水・潜水はすでに疏通し、雲沢の泥土は露出し、夢沢もまた耕作しうる(底本は「雲土・夢」と断ず。一説に連読して雲夢とすべし)。
厥土惟塗泥,厥田惟下中,厥賦上下。厥貢羽、毛、齒、革惟金三品,杶、榦、栝、柏,礪、砥、砮、丹惟菌簵、楛,三邦厎貢厥名。包匭菁茅,厥篚玄纁璣組,九江納錫大龜。浮於江、沱、潛、漢,逾於洛,至於南河。
土は塗泥、田地は第八等、賦税は第三等。貢物は鳥羽・旄毛・象牙・皮革と金の三品、杶木・干木・栝木・柏木、礪石・砥石・砮石・丹砂、および菌簵竹・楛木。三つの諸侯国は各々著名の物産を貢ぐ。包裹するは菁茅を装る匣子、篋の中は黒紅色の糸綢と珍珠の串、九江は大亀を進貢す。船は江・沱・潜・漢より浮行し、洛水を越えて南河に至る。
荊河惟豫州。伊、洛、瀍、澗既入於河,滎波既豬。導菏澤,被孟豬。厥土惟壤,下土墳壚。厥田惟中上,厥賦錯上中。厥貢漆、枲,絺、紵,厥篚纖、纊,錫貢磬錯。浮於洛,達於河。
荊山と黄河の間は豫州。伊・洛・瀍・澗はすでに黄河に流入し、滎波はすでに匯して湖を成した。菏沢を疏導し、水を孟猪に溢入せしめた。土は壤土、低下する処は肥沃の墳壚。田地は第四等、賦税は第二等にして第一等を間雑す。貢物は漆・枲麻・細葛・紵麻、篋の中は細綢と糸綿、錫命を待って磬を治する礪石を進貢す。船は洛水より浮行し、黄河に至る。
華陽、黑水惟梁州。岷、嶓既藝,沱、潛既道。蔡、蒙旅平,和夷厎績。厥土青黎,厥田惟下上,厥賦下中,三錯。厥貢璆、鐵、銀、鏤、砮磬、熊、羆、狐、狸、織皮,西傾因桓是來,浮於潛,逾於沔,入於渭,亂於河。
華山の南面より黒水までの間は梁州。岷山・嶓冢はすでに種植しうる。沱水・潜水はすでに疏通した。蔡山・蒙山はすでに平治を祭告し、和夷はすでに成功した。土は青黒色、田地は第七等、賦税は第八等、第七・第九等を間雑す。貢物は美玉・鉄・銀・剛鉄・砮石・磬・熊・羆・狐・狸と織皮。西傾山の貢物は桓水に順って来たり、船は潜水より浮行し、沔水を越えて渭水に入り、黄河を横渡する。
黑水、西河惟雍州。弱水既西,涇屬渭汭,漆沮既從,灃水攸同。荊、岐既旅,終南、惇物,至於鳥鼠。原隰厎績,至於豬野。三危既宅,三苗丕敘。厥土惟黃壤,厥田惟上上,厥賦中下。厥貢惟球、琳、琅玕。浮於積石,至於龍門、西河,會於渭汭。織皮崑崙、析支、渠搜,西戎即敘。
黒水と西河の間は雍州。弱水はすでに西に流れ、涇水は渭水の曲がる処に接続し、漆沮はすでに順流し、灃水は渭水に会同した。荊山・岐山はすでに祭告し、終南山・惇物山より鳥鼠山に至る。原隰はすでに成功し、猪野沢に至る。三危はすでに居住しうる。三苗は大大に安定した。土は黄壤、田地は第一等、賦税は第六等。貢物は球玉・琳玉・琅玕。船は積石より浮行し、龍門・西河に至り、渭水の曲がる処に会合す。織皮の民は崑崙・析支・渠捜にあり、西戎はみな安定した。
導岍及岐,至於荊山,逾於河;壺口、雷首至於太嶽;厎柱、析城至於王屋;太行、恆山至於碣石,入於海。
山道を開通し、岍山より岐山に至り、荊山に至って黄河を越えた。壺口・雷首より太岳に至り、底柱・析城より王屋に至り、太行・恒山より碣石に至って、延伸して海に入る。
西傾、朱圉、鳥鼠至於太華;熊耳、外方、桐柏至於陪尾。
西傾・朱圉・鳥鼠より太華に至り、熊耳・外方・桐柏より陪尾に至る。
導嶓冢,至於荊山;內方,至於大別。
嶓冢より開通して荊山に至り、内方より大別に至る。
岷山之陽,至於衡山,過九江,至於敷淺原。
岷山の南面より衡山に至り、九江を経て敷浅原に至る。
導弱水,至於合黎,餘波入於流沙。
弱水を疏導して合黎に至り、残りの水は流沙に流入した。
導黑水,至於三危,入於南海。
黒水を疏導して三危に至り、南海に流入した。
導河、積石,至於龍門;南至於華陰,東至於厎柱,又東至於孟津,東過洛汭,至於大伾;北過降水,至於大陸;又北,播為九河,同為逆河,入於海。
黄河を疏導し、積石より龍門に至り、南に華陰に至り、東に底柱に至り、また東に孟津に至り、東に洛水の河に入る処を経て大伾に至り、北に降水を経て大陸沢に至り、さらに北に九河に分かれ、会合して逆河をなし、海に流入した。
嶓冢導漾,東流為漢,又東,為滄浪之水,過三澨,至於大別,南入於江。
嶓冢より漾水を疏導し、東に流れて漢水をなし、さらに東に滄浪之水をなし、三澨を経て大別に至り、南に流れて江に入った。
東,匯澤為彭蠡,東,為北江,入於海。
東に彭蠡沢に匯し、さらに東に北江をなし、海に流入した。
岷山導江,東別為沱,又東至於澧;過九江,至於東陵,東迆北,會於匯;東為中江,入於海。
岷山より江水を疏導し、東に沱水を分出し、また東に澧に至り、九江を経て東陵に至り、東に偏北して匯に会合し、東に中江をなして海に流入した。
導沇水,東流為濟,入於河,溢為滎;東出於陶丘北,又東至於菏,又東北,會於汶,又北,東入於海。
沇水を疏導し、東に流れて済水をなし、黄河に入り、溢れて滎沢をなし、東に陶丘の北面より出て、また東に菏沢に至り、また東北に汶水に会合し、さらに北に東に流れて海に入った。
導淮自桐柏,東會於泗、沂,東入於海。
桐柏より淮水を疏導し、東に泗水・沂水に会合し、東に流れて海に入った。
導渭自鳥鼠同穴,東會於灃,又東會於涇,又東過漆沮,入於河。
鳥鼠同穴山より渭水を疏導し、東に灃水に会合し、また東に涇水に会合し、また東に漆沮を経て黄河に入った。
導洛自熊耳,東北,會於澗、瀍;又東,會於伊,又東北,入於河。
熊耳より洛水を疏導し、東北に澗水・瀍水に会合し、また東に伊水に会合し、さらに東北に黄河に入った。
九州攸同,四隩既宅,九山刊旅,九川滌源,九澤既陂,四海會同。六府孔修,庶土交正,厎慎財賦,鹹則三壤成賦。中邦錫土、姓,祗臺德先,不距朕行。
九州はみな統一し、四方の辺遠の地はすでに居住しうる。九条の山脈は樹木を砍り去り旅祭しうる。九条の大川は源を疏通し、九つの大沢はすでに堤陂を築いた。四海の内は京師に会同した。六府は治理してよく、各処の土地はみな等級を校正し、財賦を慎重に制定し、みな三等の土壤に按って賦税を確定した。華夏の邦に土地と姓氏を賜与し、敬徳を前に置き、わが行事に違抗するなかれ。
五百里甸服:百里賦納緫,二百里納銍,三百里納秸服,四百里粟,五百里米。
五百里は甸服:一百里は秸を帯びた禾を納め、二百里は禾穂を納め、三百里は秸稈を納めまた服役し、四百里は粟を納め、五百里は米を納む。
五百里侯服:百里採,二百里男邦,三百里諸侯。
五百里は侯服:王畿に近い一百里は采邑、さらに外の二百里は男邦、さらに外の三百里は諸侯。
五百里綏服:三百里揆文教,二百里奮武衛。
五百里は綏服:三百里は文教を揆度し、二百里は武衛を奮揚す。
五百里要服:三百里夷,二百里蔡。
五百里は要服:三百里は夷人を安置し、二百里は蔡刑の地に流す。
五百里荒服:三百里蠻,二百里流。
五百里は荒服:三百里は蛮人を安置し、二百里は流放の地。
東漸於海,西被於流沙,朔南暨聲教訖於四海。禹錫玄圭,告厥成功。
東は海に至り、西は流沙に覆い及ぼし、北面南面の声教はみな四海に達した。禹は玄圭を賜与され、その成功を報告した。
