Libo

夏書 甘誓第二

先秦 · 佚名 · 第3巻 / 10

啟與有扈戰於甘之野,作《甘誓》。

啓は有扈氏と甘地の原野で交戦し、《甘誓》を作った。

大戰於甘,乃召六卿。

甘地に大戦し、ここに六卿を召集した。

王曰:“嗟!六事之人,予誓告汝:有扈氏威侮五行,怠棄三正,天用剿絕其命,今予惟恭行天之罰。左不攻於左,汝不恭命;右不攻於右,汝不恭命;御非其馬之正,汝不恭命。用命,賞於祖;弗用命,戮於社,予則孥戮汝。”

王は言った。「ああ、六事を掌る人々よ、私は汝らに宣誓して告げる。有扈氏は五行を軽慢侮弄し、三正を怠惰して廃棄した(一説に天・地・人の正道、一説に子・丑・寅の三正朔)。上天はこれにより彼の命を剿絶せしめんとす。今、私は恭敬して上天の懲罰を執行する。車左の人はもし左を攻めざれば、それは汝らが命令を恭敬せざるなり。車右の人はもし右を攻めざれば、それは汝らが命令を恭敬せざるなり。御者はもし馬を馭する規矩に合わざれば、それは汝らが命令を恭敬せざるなり。命を用いる者は祖廟に賞賜し、命を用いざる者は社壇に誅戮し、私はまた汝らの妻子児女をともに誅戮せん。」

夏書 五子之歌第三

太康失邦,昆弟五人須於洛汭,作《五子之歌》。

太康は国家を失い、兄弟五人は洛水の曲がる処で待ち、《五子之歌》を作った。

太康尸位,以逸豫滅厥德,黎民鹹貳,乃盤遊無度,畋於有洛之表,十旬弗反。有窮后羿因民弗忍,距於河,厥弟五人御其母以從,徯於洛之汭。五子鹹怨,述大禹之戒以作歌。

太康は帝位を空しく占め、安逸享楽をもってあの徳を喪失したので、衆の百姓はみな二心を生じた。ここに盤游して節度なく、洛水の彼方で畋獵し、百日して帰らなかった。有窮の国君・羿は人民の堪えられざるに乗じ、黄河の辺で彼を抗拒した。太康の五人の弟は母に侍奉して従い、洛水の曲がる処で待った。五人の子はみな怨恨し、大禹の告誡を陳述して歌を作った。

其一曰:“皇祖有訓,民可近,不可下,民惟邦本,本固邦寧。予視天下愚夫愚婦一能勝予,一人三失,怨豈在明,不見是圖。予臨兆民,懍乎若朽索之馭六馬,為人上者,奈何不敬?”其二曰:“訓有之,內作色荒,外作禽荒。甘酒嗜音,峻宇雕牆。有一於此,未或不亡。”

第一首は言った。「皇祖に訓誡あり。人民は親近すべく、看低すべからず。人民は邦国の根本で、根本が穩固なれば邦国は安寧す。私が天下を観るに、愚夫愚婦もみな我に勝ることができる。一人が屡々過失すれば、怨恨はいずれそれが顕明するを待たんや。いまだ顕現せざる時に謀画すべし。私が億兆の人民に面するや、朽ちた繩をもって六馬を駕御するがごとく恐れる。人民の上に在る者、どうして敬慎せざるを得ん。」第二首は言った。「訓誡の中にこのような言あり。内に女色に迷乱し、外に田獵に迷乱し、甜酒を嗜み音楽を好み、高屋を雕墻す。これら数様の中に一樣あれば、滅亡せざるはなし。」

其三曰:“惟彼陶唐,有此冀方。今失厥道,亂其紀綱,乃厎滅亡。”

第三首は言った。「あの陶唐氏、これ冀州の域を拠有せり。今その道を失い、紀綱を擾乱し、ここに滅亡に至る。」

其四曰:“明明我祖,萬邦之君。有典有則,貽厥子孫。關石和鈞,王府則有。荒墜厥緒,覆宗絕祀!”其五曰:“嗚呼曷歸?予懷之悲。萬姓仇予,予將疇依?鬱陶乎予心,顏厚有忸怩。弗慎厥德,雖悔可追?”夏書胤徵第四

第四首は言った。「光明たるわが祖先は、万邦の君主なり。典章あり法則あり、子孫に留め遺す。関石と鈞(賦税度量の公平)あれば、王府は充実す。祖先の緒業を荒廃坠落せば、宗廟を傾覆し祭祀を断絶せん。」第五首は言った。「ああ、どこへ帰らん。わが心は悲傷す。万姓は我を仇視し、私は誰に依拠せん。憂思はわが心に郁積し、顔は厚くともなお羞愧す。あの徳を謹慎せざれば、悔悟すともなお追還を得んや。」底本はこの段の末に「夏書胤征第四」を附す。これは次の篇の篇題が正文に串入したもの。

羲和湎淫,廢時亂日,胤往徵之,作《胤徵》。

羲和は淫逸に沉湎し、時節を廃棄し日数を錯乱した。胤侯は往いて征討し、《胤征》を作った。

惟仲康肇位四海,胤侯命掌六師。羲和廢厥職,酒荒於厥邑,胤後承王命徂徵。告於眾曰:“嗟予有眾,聖有謨訓,明徵定保,先王克謹天戒,臣人克有常憲,百官修輔,厥後惟明明,每歲孟春,遒人以木鐸徇於路,官師相規,工執藝事以諫,其或不恭,邦有常刑。”“惟時羲和顛覆厥德,沈亂於酒,畔官離次,俶擾天紀,遐棄厥司,乃季秋月朔,辰弗集於房,瞽奏鼓,嗇夫馳,庶人走,羲和屍厥官罔聞知,昏迷於天象,以幹先王之誅,《政典》曰:‘先時者殺無赦,不及時者殺無赦。’今予以爾有眾,奉將天罰。爾眾士同力王室,尚弼予欽承天子威命。火炎昆岡,玉石俱焚。天吏逸德,烈於猛火。殲厥渠魁,脅從罔治,舊染汙俗,鹹與惟新。嗚呼!威克厥愛,允濟;愛克厥威,允罔功。其爾眾士懋戒哉!”〖帝告釐沃〗自契至於成湯八遷,湯始居亳,從先王居。作《帝告》、《釐沃》。

仲康は初めて四海に君臨し、胤侯は命を受けて六軍を掌管した。羲和は職事を廢棄し、自らの封邑の中で酒をもって荒廃した。胤侯は王命を奉じて往いて征討した。衆人に宣告して言った。「ああ、わが衆位よ。聖人に謀略訓誡あり、明白に征験してこそ安定して保有しうる。先王は上天の警戒を謹慎に対待し、臣下は經常の法度を持守し、百官は職を修めて輔佐したれば、その君主はきわめて英明であった。毎年孟春、遒人は木鐸を搖って路上に巡行宣告し、官長は互いに規正し、百工は自らの技芸を執って進諫し、恭敬せざるあれば国家に常規の刑罰あり。」「このとき羲和は自らの徳を顛覆し、酒に沈溺昏乱し、官守に背叛して職位を離れ、初めて天時の紀綱を擾乱し、遠く自らの職司を抛棄した。ここに季秋月初一、日月は房宿に交会せず(日食)。楽官は鼓を撃ち、嗇夫は奔馳し、庶人は奔走した。羲和は官位を空占して一無所知、天象に対して昏迷不醒、よって先王の誅罰に触犯した。《政典》に曰く、「時に先んずれば殺して赦さず、時に後れれば殺して赦さず。」今、私は汝ら衆人を率い、上天の懲罰を奉行す。汝ら衆将士は合力して王室を扶助し、なおわが天子の威命を敬承すべし。火は崑山を焼き、玉と石はともに焚毀す。上天の吏はもし徳行を放縦せば、猛火よりも烈し。あの罪魁を殲滅せよ。脅従の人は罪を治めず、旧日沾染の汚俗は、みな自新を与えよ。ああ、威厳が私愛に勝てば、確かに事を成し、私愛が威厳に勝てば、確かに功をなさない。汝ら衆将士は努力して警戒せよ。」〖帝告・釐沃〗契より成湯に至るまで八回遷居し、湯は始めて亳に住み、先王の居処に追随した。《帝告》《釐沃》を作った。

〖湯徵〗湯徵諸侯,葛伯不祀,湯始徵之,作《湯徵》。

〖湯征〗湯は諸侯を征討し、葛伯は祭祀せず、湯は初めて彼を征討して《湯征》を作った。

〖汝鳩汝方〗伊尹去亳適夏,既醜有夏,復歸於亳。入自北門,乃遇汝鳩、汝方。作《汝鳩》、《汝方》。

〖汝鳩・汝方〗伊尹は亳を離れて夏に至り、すでに有夏を憎悪し、また亳に帰った。北門より入り、ここに汝鳩・汝方に遇った。《汝鳩》《汝方》を作った。

商書 湯誓第一

伊尹相湯伐桀,升自陑,遂與桀戰於鳴條之野,作《湯誓》。

伊尹は湯を輔佐して桀を討伐し、陑地より登り、ここに桀と鳴條の原野で交戦し、《湯誓》を作った。

王曰:“格爾眾庶,悉聽朕言,非臺小子,敢行稱亂!有夏多罪,天命殛之。

王は言った。「来い、汝ら衆人よ、みなわが言を聴け。我が小子が敢えて叛乱を発動するのではない。有夏は罪悪多く、上天は彼を誅滅せよと命令した。

今爾有眾,汝曰:‘我後不恤我眾,舍我穡事而割正夏?’予惟聞汝眾言,夏氏有罪,予畏上帝,不敢不正。今汝其曰:‘夏罪其如臺?’夏王率遏眾力,率割夏邑。有眾率怠弗協,曰:‘時日曷喪?予及汝皆亡。’夏德若茲,今朕必往。”

(湯王が続けて言うには、)今、汝ら衆人は言うだろう。『わが君主はわら衆人を体恤せず、わらの農事を丢下して夏に征討するか。』私はすでに汝ら衆人の言を聞いた。夏氏に罪あり、私は上帝を敬畏し、敢えて往き征討せざらざるを得ない。今、汝らは大概言うだろう。『夏の罪は究竟どうか。』夏王は衆人の気力を耗盡し、夏邑を剥削した。民衆はみな怠惰して和協せず言う。『この太陽はいつ滅亡するや。我は願くは汝とともに滅亡せん。』夏の徳はすでにこのようである。今、私は必ず往かん。」

“爾尚輔予一人,致天之罰,予其大賚汝!爾無不信,朕不食言。爾不從誓言,予則孥戮汝,罔有攸赦。”

「汝らはなおわが一人を輔佐し、上天の懲罰を施行せよ。私は大いに汝らを賞賜せん。汝らは信ぜざるなかれ。私は言を食わざるなり。汝らが誓言に聴従せざれば、私は汝らを妻子児女とともに誅戮し、赦免なし。」

〖夏社疑至臣扈〗湯既勝夏,欲遷其社,不可。作《夏社》、《疑至》、《臣扈》。

〖夏社・疑至・臣扈〗湯はすでに夏に戦勝し、夏の社神を遷移せんと欲したが、及ばなかった。《夏社》《疑至》《臣扈》を作った。

〖典寶〗夏師敗績,湯遂從之,遂伐三朡,俘厥寶玉。誼伯、仲伯作《典寶》。

〖典寶〗夏軍は大敗し、湯はここに追撃し、続いて三朡を討伐し、彼らの寶玉を俘獲した。誼伯・仲伯は《典寶》を作った。

商書 仲虺之誥第二

湯歸自夏,至於大坰,仲虺作誥。

湯は夏より帰り、大坰に至り、仲虺は誥を作った。

成湯放桀於南巢,惟有慚德。曰:“予恐來世以臺為口實。”

成湯は桀を南巢に放逐し、自らは慚愧の徳あった。言った。「私は来世が我を話柄とするを恐れる。」

仲虺乃作誥,曰:“嗚呼!惟天生民有欲,無主乃亂,惟天生聰明時乂,有夏昏德,民墜塗炭,天乃錫王勇智,表正萬邦,纘禹舊服。茲率厥典,奉若天命。

仲虺はここに誥を作り言った。「ああ、上天は人民を生育するに欲望あり、君主なければ乱る。上天は聡明の人を降生して治めしめた。有夏はその徳を昏乱し、人民は泥涂炭火に落入した。上天はここに王に勇と智を賜与し、万邦の表率と正をなさしめ、禹の旧服を継承せしめた。今、あの常典に遵循し、順いて天命を奉承せよ。

夏王有罪,矯誣上天,以布命於下。帝用不臧,式商受命,用爽厥師。簡賢附勢,實繁有徒。肇我邦於有夏,若苗之有莠,若粟之有秕。小大戰戰,罔不懼於非辜。

(仲虺が続けて言うには、)夏王に罪あり、詐稱して上天を誣罔し、もって下に命令を發布した。上帝はこれにより善ならざるとし、商をもって天命を受けしめ、もってその民衆を光明せしめた。賢人を簡慢し権勢に依附する者は、実に徒党が衆多だ。わが邦が有夏の中に興起するや、禾苗の中に莠草あるがごとく、粟の中に粃子あるがごとし。大小みな戦戦兢兢、無罪にして禍を受けるを怕れざるなし。

矧予之德,言足聽聞。惟王不邇聲色,不殖貨利。德懋懋官,功懋懋賞。用人惟己,改過不吝。克寬克仁,彰信兆民。乃葛伯仇餉,初征自葛,東征,西夷怨;南征,北狄怨,曰:‘奚獨後予?’攸徂之民,室家相慶,曰:‘徯予後,後來其蘇。’民之戴商,厥惟舊哉!佑賢輔德,顯忠遂良,兼弱攻昧,取亂侮亡,推亡固存,邦乃其昌。德日新,萬邦惟懷;志自滿,九族乃離。王懋昭大德,建中於民,以義制事,以禮制心,垂裕後昆。予聞曰:‘能自得師者王,謂人莫已若者亡。好問則裕,自用則小’。嗚呼!慎厥終,惟其始。殖有禮,覆昏暴。欽崇天道,永保天命。”

(仲虺が続けて言うには、)いわんやわが商の徳、言論はすでに聴聞するに足るや。王は声色に親近せず、貨利を増殖せず。徳盛んなれば勉励して官を与え、功盛んなれば勉励して賞を与えた。人を用うること自らを用うるがごとく、過錯を改正して吝惜せず。能く寛にして能く仁(仁は人および物を愛する本心)なり。億兆の人民に信用を彰明した。ここに葛伯は餉を送る者と仇をなし、第一次の征討は葛より始まった。東に征すれば西夷は抱怨し、南に征すれば北狄は抱怨して曰く。『なぜ単にわらを後に置くか。』至る所の人民は、家ごとに相慶賀して曰く。『わが君主を待つ。君主が来ればわらは蘇醒せん。』人民の商を擁戴するや、すでに久しい。賢人を佑助し有徳の者を輔佐し、忠良を顯揚し善人を進用し、弱小を兼并し昏昧を攻打し、混乱を奪取し将亡を軽慢し、亡ぶべきを推翻し存すべきを鞏固せば、邦国は昌盛せん。徳は日々新たにすれば、万邦は帰懐せん。心志自ら満てば、九族は背離せん。王は努力して大徳を昭明し、人民の中に中道を建立し、義をもって事を裁制し、礼をもって心を裁制し、後代に寛裕を留遺せよ。私は聞く。『自ら師を求むるを得る者は王を称え、他人はみな自らに如かざるとする者は滅亡す。問を好めば寛裕にして、剛愎自用すれば狭小なり』と。ああ、結末を謹慎するは、開始に在り。礼ある者を扶植し、昏暴なる者を傾覆せよ。天道を敬崇し、永遠に天命を保有せよ。」

商書 湯誥第三

湯既黜夏命,復歸於亳,作《湯誥》。

湯はすでに夏の天命を廢黜し、また亳に帰り、《湯誥》を作った。

王歸自克夏,至於亳,誕告萬方。王曰:“嗟!爾萬方有眾,明聽予一人誥。

王は夏に戦勝して帰り、亳に至り、万方に大いに告げた。王は言った。「ああ、汝ら万方の衆人よ、明白にわが一人の誥告を聴け。

惟皇上帝,降衷於下民。若有恆性,克綏厥猷惟後。夏王滅德作威,以敷虐於爾萬方百姓。爾萬方百姓,罹其兇害,弗忍荼毒,並告無辜於上下神祗。天道福善禍淫,降災於夏,以彰厥罪。肆臺小子,將天命明威,不敢赦。敢用玄牡,敢昭告於上天神後,請罪有夏。聿求元聖,與之戮力,以與爾有眾請命。上天孚佑下民,罪人黜伏,天命弗僣,賁若草木,兆民允殖。俾予一人輯寧爾邦家,茲朕未知獲戾於上下,慄慄危懼,若將隕於深淵。凡我造邦,無從匪彝,無即慆淫,各守爾典,以承天休。爾有善,朕弗敢蔽;罪當朕躬,弗敢自赦,惟簡在上帝之心。其爾萬方有罪,在予一人;予一人有罪,無以爾萬方。嗚呼!尚克時忱,乃亦有終。”

(湯王が続けて言うには、)偉大なる上帝、衷誠を下方の人民に降した。常性に順い、能くあの道を安定する者がこそ君主なり。夏王は徳を滅絶し大いに威虐を作し、暴虐を汝ら万方の百姓に施行した。汝ら万方の百姓は彼の凶害に遭い、荼毒を忍受できず、ともに上下の神祇に無辜を訴えた。天道は善人を福佑し淫人に禍を降し、灾を夏に降してその罪を彰明した。ゆえに我が小子は天命の明威を奉じ、敢えて赦免せず。敢えて黒色の公牛を用い、敢えて明白に上天と后土に禀告し、請うて夏の罪を問うた。ここに大聖を求得し、彼と合力し、もって汝ら衆人のために命を請う。上天は誠信して下方の人民を保佑し、罪人は廢黜降伏し、天命に差錯なく、文采は草木のごとく繁盛し、億兆の人民は確かに生殖を得た。わが一人をして汝らの邦家を和寧せしめ、このとき私はなお上下に罪を獲たりや否やを知らず、栗栗危惧して、将に深淵に墜入せんとするがごとし。およそわが封建の邦国、非法に依従するなかれ、怠慢淫逸に走向するなかれ、各自あなたがたの常典を守住して、もって上天の美賜を承受せよ。汝らに善あれば、私は敢えて遮蔽せず。罪がわが身に在れば、私は敢えて自ら赦免せず、ただ上帝の心に簡察せしむ。もし汝ら万方に罪あれば、責任はわが一人に在り。わが一人に罪あれば、汝ら万方に加えるなかれ。ああ、このように誠信なることを希望する。ここに好き結末あらん。」

〖明居〗咎單作《明居》。

〖明居〗咎単は《明居》を作った。

商書 伊訓第四

成湯既沒,太甲元年,伊尹作《伊訓》、《肆命》、《徂後》。

成湯はすでに去世し、太甲元年、伊尹は《伊訓》《肆命》《徂后》を作った。

惟元祀十有二月乙丑,伊尹祠於先王。奉嗣王祗見厥祖,侯、甸群后鹹在,百官緫己以聽冢宰。伊尹乃明言烈祖之成德,以訓於王。曰:“嗚呼!古有夏先後,方懋厥德,罔有天災。山川鬼神,亦莫不寧,暨鳥獸魚鱉鹹若。於其子孫弗率,皇天降災,假手於我有命,造攻自鳴條,朕哉自亳。惟我商王,布昭聖武,代虐以寬,兆民允懷。今王嗣厥德,罔不在初,立愛惟親,立敬惟長,始於家邦,終於四海。嗚呼!先王肇修人紀,從諫弗咈,先民時若。居上克明,為下克忠,與人不求備,檢身若不及,以至於有萬邦,茲惟艱哉!敷求哲人,俾輔於爾後嗣,制官刑,儆於有位。曰:‘敢有恆舞於宮,酣歌於室,時謂巫風,敢有殉於貨色,恆於遊畋,時謂淫風。敢有侮聖言,逆忠直,遠耆德,比頑童,時謂亂風。惟茲三風十愆,卿士有一於身,家必喪;邦君有一於身,國必亡。臣下不匡,其刑墨,具訓於蒙士。’嗚呼!嗣王祗厥身,念哉!聖謨洋洋,嘉言孔彰。惟上帝不常,作善降之百祥,作不善降之百殃。爾惟德罔小,萬邦惟慶;爾惟不德罔大,墜厥宗。”

元祀十二月乙丑、伊尹は先王の廟で祭祀した。嗣王を奉じて恭しくその祖先に拜見し、侯服・甸服の各方の諸侯はみな在り、百官は冢宰に統属して聴命した。伊尹はここに明白に烈祖の成徳を稱説し、もって嗣王を訓誡した。言うには、「ああ、古代有夏の先君、まさに修徳に努力していた時は、天灾なし。山川の鬼神もまた不安寧なく、鳥獣魚鱉に至るまでみな順遂した。子孫に至り遵循せず、皇天は灾禍を降下し、わが受命の人に借手し、鳴條より進攻を發し、わが商は亳より始まった。わが商王は聖武を昭布し、寛をもって虐に代え、億兆の人民は確かに懐念した。今、王はあの徳を継承し、一件として初めに在らざるなし。愛を建立するは親人より始め、敬を建立するは長者より始め、家邦より始めて、終に四海に至る。ああ、先王は初めて人の綱紀を修明し、諫浄に聴従して違逆せず、先民に順従した。上に在って能く明察、下に在って能く忠誠、人と交わりて求全責備せず、自らを檢点して常に及ばざるを怕れ、ここに万邦を有するに至った。これは艱難である。広く明智の人を求取し、彼らをして汝の後嗣を輔佐せしめ、官刑を制定して位に在る者を儆戒した。曰く。『敢えて宫中に常に舞蹈し、室中に酣飲歌唱するは、これを巫風という。敢えて財貨女色を貪求し、常に遊蕩畋獵するは、これを淫風という。敢えて聖人の言を侮慢し、忠直を拒逆し、年高德ある者を疎遠し、頑劣の少年を親近するは、これを乱風という。この三種の風・十種の愆過、卿士の身に一種あれば、家は必ず喪亡し、邦君の身に一種あれば、国は必ず滅亡す。臣下が匡正を加えざれば、墨刑を用いる。これらはみな下士に訓誡する』と。ああ、嗣王は自らを敬慎し、記憶せよ。聖人の謀略は洋洋として広大、美言はきわめて彰明なり。上帝は恒常不変にあらず。善を作せば諸々の祥瑞を降し、不善を作せば諸々の禍殃を降す。汝が修徳するは多小に論ぜず、万邦はみな慶幸せん。汝が修徳せざるは多大に論ぜず、みな自らの宗廟を坠落せん。」

商書 太甲上第五

太甲既立,不明,伊尹放諸桐。三年復歸於亳,思庸,伊尹作《太甲》三篇。

太甲はすでに即位したが、事理に明らかでなく、伊尹は彼を桐に放逐した。三年後に亳に帰り、常道を思念した。伊尹は《太甲》三篇を作った。

惟嗣王不惠於阿衡,伊尹作書曰:“先王顧諟天之明命,以承上下神祗。

嗣王は阿衡(伊尹)に順従せず、伊尹は書を作り言った。「先王は上天の光明の命令を顧視し、もって上下の神祇を承奉した。

社稷宗廟,罔不祗肅。天監厥德,用集大命,撫綏萬方。惟尹躬克左右厥闢,宅師,肆嗣王丕承基緒。惟尹躬先見於西邑夏,自周有終。相亦惟終;其後嗣王罔克有終,相亦罔終,嗣王戒哉!祗爾厥闢,闢不闢,忝厥祖。”

(伊尹が続けて言うには、)社稷・宗廟、恭敬厳粛せざるなし。上天はあの徳を監察し、よって大命を集中し、万方を撫安した。わが伊尹は自らの君主を左右し、民衆を安定することができた。ゆえに嗣王は大大に基業緒統を継承した。わが伊尹は先にすでに西邑の夏を見た。能く忠信あれば終あり(「周」はここでは忠信と読む)、輔相もまた終あり。後來の嗣王は終を有すること能わず、輔相もまた終を有すること能わず。嗣王は警戒せよ。汝の君主たる事を敬慎せよ。君主が君主に似ざれば、祖先を辱めることにならん。」

王惟庸罔念聞。伊尹乃言曰:“先王昧爽丕顯,坐以待旦。旁求俊彥,啟迪後人,無越厥命以自覆。慎乃儉德,惟懷永圖。若虞機張,往省括於度則釋。欽厥止,率乃祖攸行,惟朕以懌,萬世有辭。”

王はただ平庸で、思念せず、聽聞せず。伊尹はここに言った。「先王は天いまだ明けざるに大いに光明を顕し、坐して天亮を待った。広く俊彦を求取し、後人を開導し、あの命を逾越して自ら傾覆するなかれ。汝の節倹の徳を謹慎し、ただ長遠の謀画を懐け。虞人が弩機を張開し、箭栝の法度に合するを見て後に發射するがごとし。汝の当に止まるべき所を敬慎し、汝の祖先の行う所に遵循せば、私は喜悦し、万世もまた美辞あらん。」

王未克變。伊尹曰:“茲乃不義,習與性成。予弗狎於弗順,營於桐宮,密邇先王其訓,無俾世迷。王徂桐宮居憂,克終允德。”

王はなお改変することができなかった。伊尹は言った。「これは不義であり、習慣は本性とともに養成される。私は順わざる者に親近すること能わず、桐宮に居処を營造し、先王に靠近して訓誡を受けさせ、彼をして一生迷惑せしめざらんとす。王は桐宮に往き居喪守憂して、こそ誠信の徳を成就しうる。」

商書 太甲中第六

惟三祀十有二月朔,伊尹以冕服奉嗣王歸於亳,作書曰:“民非後,罔克胥匡以生;後非民,罔以闢四方。皇天眷佑有商,俾嗣王克終厥德,實萬世無疆之休。”

三年十二月初一、伊尹は冕服をもって嗣王を奉じて亳に帰らせ、書を作り言った。「人民に君主なければ、互いに匡正して生存することができず。君主に人民なければ、四方に君臨することができない。皇天は有商を眷顧保佑し、嗣王をしてあの徳を成就せしめた。実に万世無疆の美事だ。」

王拜手稽首曰:“予小子不明於德,自厎不類。欲敗度,縱敗禮,以速戾於厥躬。天作孽,猶可違;自作孽,不可逭。既往背師保之訓,弗克於厥初,尚賴匡救之德,圖惟厥終。”

王は跪拜して叩頭し言った。「我が小子は徳に明らかでなく、自ら不似様に至った。欲望は法度を敗壞し、放縦は礼を敗壞し、よって速やかに自らに罪戻を召来した。天の降す灾はなお避けうる。自ら作す孽は逃脱の法なし。以往師保の訓誡に違背し、初めにおいて善をなすことができず、なお匡救の徳を指望し、好き結末を謀求する。」

伊尹拜手稽首曰:“修厥身,允德協於下,惟明後。先王子惠困窮,民服厥命,罔有不悅。並其有邦厥鄰,乃曰:‘徯我後,後來無罰。’王懋乃德,視乃厥祖,無時豫怠。奉先思孝,接下思恭。視遠惟明;聽德惟聰。朕承王之休無斁。”

伊尹は跪拜して叩頭し言った。「自身を修養し、誠信の徳は下を協和する。これぞ英明の君主だ。先王は困窮の人を慈愛し、人民はその命令に服従して、喜悦せざるなし。その隣邦に至るまでみな曰く。『わが君主を待つ。君主が来れば刑罰なし』と。王は汝の徳に努力し、汝の祖先に看齊せよ。一時の安逸怠惰あるなかれ。先人を奉事するに孝を思い、臣下を接待するに恭を思い。遠くを見るに明、徳を聴くに聡あれ。私は王の美賜を承受して厭倦せず。」

商書 太甲下第七

伊尹申誥於王曰:“嗚呼!惟天無親,克敬惟親。民罔常懷,懷於有仁。鬼神無常享,享於克誠。天位艱哉!德惟治,否德亂。與治同道,罔不興;與亂同事,罔不亡。終始慎厥與,惟明明後。先王惟時懋敬厥德,克配上帝。今王嗣有令緒,尚監茲哉。若升高,必自下,若陟遐,必自邇。無輕民事,惟難;無安厥位,惟危。慎終於始。有言逆於汝心,必求諸道;有言遜於汝志,必求諸非道。

伊尹は再び王に誥告して言った。「ああ、天に私親なく、能く敬する者をこそ親近す。人民に固定の懐念の対象なく、仁ある者を懐念す。鬼神に固定の歆享の対象なく、能く誠なる者を歆享す。天子の位は艱難である。徳あれば治まり、徳なければ乱る。治世と同じ道を走れば、興らざるはなく、乱世と同じ事を為せば、亡ばざるはなし。始終自らの交結する所を謹慎するが、こそきわめて英明の君主なり。先王はこれにより努力してあの徳を敬慎し、上帝に配することができた。今、王は美好の緒業を継承し、なおこれらを察看すべきだ。高く升らんとするは、必ず下より始め、遠くに走らんとするは、必ず近処より始める。民事を軽易に見るなかれ、艱難と見よ。位に安んずるなかれ、危険と見よ。開始の時に結末を謹慎せよ。言に汝の心に違背するあれば、必ず道をもって求证せよ。言に汝の志向に順従するあれば、必ず不道の彼方より求证せよ。

嗚呼!弗慮胡獲?弗為胡成?一人元良,萬邦以貞。君罔以辯言亂舊政,臣罔以寵利居成功,邦其永孚於休。”

(伊尹が続けて言うには、)ああ、思考せずしてどうして得あらん。作為せずしてどうして成あらん。天子一人が大善なれば、万邦は正す。君主は巧弁をもって旧政を擾乱するなかれ。臣子は寵利に憑って功に居るなかれ。邦国はこそ永遠に美に誠信せん。」

商書 咸有一德第八

伊尹作《咸有一德》。

伊尹は《咸有一徳》を作った。

伊尹既復政厥闢,將告歸,乃陳戒於德。曰:“嗚呼!天難諶,命靡常。常厥德,保厥位。厥德匪常,九有以亡。夏王弗克庸德,慢神虐民。皇天弗保,監於萬方,啟迪有命,眷求一德,俾作神主。惟尹躬暨湯,咸有一德,克享天心,受天明命,以有九有之師,爰革夏正。非天私我有商,惟天佑於一德;非商求於下民,惟民歸於一德。德惟一,動罔不吉;德二三,動罔不兇。惟吉凶不僣在人,惟天降災祥在德。今嗣王新服厥命,惟新厥德。終始惟一,時乃日新。任官惟賢材,左右惟其人。臣為上為德,為下為民。其難其慎,惟和惟一。德無常師,主善為師。善無常主,協於克一。俾萬姓鹹曰:‘大哉王言。’又曰:‘一哉王心’。

伊尹はすでに政事を君主に交還し、将に告帰せんとして、ここに徳に関する事を陳説告誡した。言うには、「ああ、天は信じがたく、命は恒常にあらず。常にあの徳を保持して、こそ位を保つことができる。あの徳が常ならざれば、九州はこれにより滅亡す。夏王は徳を常に修めること能わず、鬼神を怠慢し、人民を虐害した。皇天は保佑せず、万方を監察し、あの受命の人を開人を開導し、純一の徳ある人を眷顧して尋求し、彼をして神主とした。わが伊尹と湯は、みな純一の徳あり、天心に契合し、上天の光明の命令を接受し、よって九州の民衆を擁有し、ここに夏の正朔を変革した。天がわが有商を私愛したのではなく、ただ天が純一の徳を保佑したのだ。商が下方の人民を求取したのではなく、ただ人民が純一の徳に帰向したのだ。徳が純一なれば、挙動して吉ならざるなし。徳が反覆無常なれば、挙動して凶ならざるなし。吉凶に差錯なきは人に在り。天が灾祥を降すは徳に在り。今、嗣王は新たにあの命を接受し、あの徳を更新せしめよ。始終純一にして、こそ日日更新しうる。官員を任用するはただ賢才のみ、左右はただ適当の人のみ。臣子は上に対しては徳のため、下に対しては民のため。艱難せよ、謹慎せよ、和諧せよ、純一せよ。徳に固定の師なく、善を主とすればこれ師なり。善に固定の主人なく、能く純一に協合せよ。万姓をして皆曰く、『王の言はなんと大なるか』と。また曰く、『王の心はなんと純一なるか』と。

克綏先王之祿,永厎烝民之生。嗚呼!七世之廟,可以觀德。萬夫之長,可以觀政。後非民罔使;民非後罔事。無自廣以狹人,匹夫匹婦,不獲自盡,民主罔與成厥功。”

(伊尹が続けて言うには、)こうしてこそ先王の禄位を安定し、永遠に衆民の生存を成就しうる。ああ、七世の宗廟は、その中より徳を観ることができる。万夫の長は、その中より政を観ることができる。君主に人民なければ使う人なく、人民に君主なければ事うる人なし。自らを大いにして他人を小に見るなかれ。匹夫匹婦がもし自らの心意を尽くすことができざれば、民の主たる者は彼と功業を成就する人なし。」

〖沃丁〗沃丁既葬伊尹於亳,咎單遂訓伊尹事,作《沃丁》。

〖沃丁〗沃丁はすでに伊尹を亳に葬り、咎単はここに伊尹の事跡を訓述して、《沃丁》を作った。

〖鹹乂〗伊陟相大戊,亳有祥桑谷共生於朝。伊陟贊於巫咸,作《鹹乂》四篇。

〖咸乂〗伊陟は大戊を輔佐す。亳に祥異あり。桑と穀が朝廷にともに生えた。伊陟は巫咸に告げ、《咸乂》四篇を作った。

〖伊陟原命〗太戊贊於伊陟,作《伊陟》、《原命》。

〖伊陟・原命〗太戊は伊陟を稱美し、《伊陟》《原命》を作った。

〖仲丁〗仲丁遷於囂,作《仲丁》。

〖仲丁〗仲丁は囂に遷り、《仲丁》を作った。

〖河亶甲〗河亶甲居相,作《河亶甲》。

〖河亶甲〗河亶甲は相に住み、《河亶甲》を作った。

〖祖乙〗祖乙圯於耿,作《祖乙》。

〖祖乙〗祖乙の時、耿地が塌陷し、《祖乙》を作った。

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