周書 君陳第二十三
成王既黜殷命,滅淮夷,還歸在豐,作《周官》。
周公はすでに去世し、成王は君陳に命じて東郊を分正せしめ、《君陳》を作った。
惟周王撫萬邦,巡侯、甸,四徵弗庭,綏厥兆民。六服群辟,罔不承德。歸於宗周,董正治官。
王はこのように言った。「君陳よ、汝は汝の恭敬孝敬の徳を宣明し、周公に似せしむかんことを。汝の往く所、民を治めて周公の遺訓に欽若せよ。私は聞く、『至善の治は馨香にして、黍稷に感動し、明德は馨を爲し、明德は馨香なり』と。汝はこの周公の訓を式踐し、ただ孜孜として勤め、逸豫なかれ。凡人に聖人なりに到達せざるあれば、あの道に深思せざるなり。深く思えばすなわち道を得て、得ればすなわち聖なり。日に三復して曰く、『萬事は言に在り』と。」
王曰:“若昔大猷,制治於未亂,保邦於未危。”
(成王が続けて言うには、)ああ、汝は能く寬容に惠を爲せば、嚴厥に惠を爲せよ、商民はすなわち萬邦の中に安寧せん。汝が見る所の小德・中誠、他の大中至正を取捨し、その從來の法度を用いて殷民を治理せよ。亂敗するなかれ。汝が往く所、殷の工作はただすでに周公の保留する法度を式遵し、寬宏を度びた大徳に亟會せよ。殷民は辟(罪)在り。汝はそれらを滅除し、汝の手に在り、我が命を敬承して汝の命に永遠に臣服せよ。」
曰:“唐虞稽古,建官惟百。內有百揆四嶽,外有州、牧、侯伯。庶政惟和,萬國咸寧。夏商官倍,亦克用乂。明王立政,不惟其官,惟其人。
(成王が続けて言うには、)ああ、周公・君奭の時、我は恭黙に周公の盡善を勸道せしめて人民に告ぐ。自ら正しければ人を正すこと能く、正ならざればすなわち能く正すこと能わず。汝はあの法を法とし、政化はただ本を務めて、細小な猥ことならしむるなかれ。汝はあの心を正して思い、能く困る人を寛容せよ。かくて能く忠厚の君を爲し、萬年汝の子孫は仰ぎて式法せば、こそ汝の君を永遠に安寧せしめん。」
今予小子,祗勤於德,夙夜不逮。仰惟前代時若,訓迪厥官。立太師、太傅、太保,茲惟三公。論道經邦,燮理陰陽。官不必備,惟其人。少師、少傅、少保,曰三孤。貳公弘化,寅亮天地,弼予一人。冢宰掌邦治,統百官,均四海。司徒掌邦教,敷五典,擾兆民。宗伯掌邦禮,治神人,和上下。司馬掌邦政,統六師,平邦國。司寇掌邦禁,詰奸慝,刑暴亂。司空掌邦土,居四民,時地利。六卿分職,各率其屬,以倡九牧,阜成兆民。六年,五服一朝。又六年,王乃時巡,考制度於四嶽。諸侯各朝於方岳,大明黜陟。”
王は言った。「君陳よ、汝は能く周公の大訓を光廣し、穏悛に和民を爲し、能く寛惠を宣明して紛爭を防止せば、汝はすなわち治を成せる。汝が往く所、ただ汝の治を敬せよ。汝の殷民を謹慎に汝の治を輔助し、汝の進は言を出して見ればすなわち萬邦に光輝あらん。ただ汝の言に法の言なり。すなわち能く汝の師を兼ねて正し、周公の大德を式承し、汝はすなわち終に至りて顯名あらん。」
王曰:“嗚呼!凡我有官君子,欽乃攸司,慎乃出令,令出惟行,弗惟反。
周書 顧命第二十四
以公滅私,民其允懷。學古入官。議事以制,政乃不迷。其爾典常作之師,無以利口亂厥官。蓄疑敗謀,怠忽荒政,不學牆面,蒞事惟煩。戒爾卿士,功崇惟志,業廣惟勤,惟克果斷,乃罔後艱。位不期驕,祿不期侈。恭儉惟德,無載爾偽。
成王はまさに崩れんとし、召公・畢公に命じて諸侯を率いて康王を輔佐せしめ、《顧命》を作った。
作德,心逸日休;作偽,心勞日拙。居寵思危,罔不惟畏,弗畏入畏。推賢讓能,庶官乃和,不和政厖。舉能其官,惟爾之能。稱匪其人,惟爾不任。”
四月哉生魄、王に疾あり。甲子、王は洮類して體を洗い、相に命じて冕服を加え、玉の几に倚靠した。ここに群臣諸侯を召し、太保奭・芮伯・彤伯・畢公・衛侯・毛公・師氏・虎臣・百官の長・治事の人を召集した。
王曰:“嗚呼!三事暨大夫,敬爾有官,亂爾有政,以佑乃闢。永康兆民,萬邦惟無斁。
王は言った。「ああ、疾は大大に進行し、きわめて病危し、日に益々し、彌留して細微なり。もはや明旦の言を爲すを恐れ、我は訓詳に汝らの命を敬保し、私は汝らを召し、我の訓を繼續し、用度を思い儀式を待ち、爾あの德を基にし、供億す。我は細心に立てて大命を治めるに臨む。」
〖賄肅慎之命〗成王既伐東夷,肅慎來賀。王俾榮伯作《賄肅慎之命》。
(成王が続けて言うには、)昔、君后文王・武王は、重光を宣揚し、麗定を奠立し、教を陳述し則を敷演し、肅肅にわが家を定め、眔眔にわらの害を去り、先王の大命を昌大に、細微に全くせしめ、ここに上下を安定した。わが一は次第に大命を奉じ、まさに天威を拝受し、嗣位の人に先王の訓を遵らせ、荒怠せず、踰越せず、況ほ事あらざるあれ。病は殆どに至り、日に益々して彌留、細言にほならん。我は汝らをして嗣位の人を敬保せしむるを望み、逌くあの命を順う。」
〖亳姑〗周公在豐,將沒,欲葬成周。公薨,成王葬於畢,告周公,作《亳姑》。
(成王が続けて言うには、)汝らは能く爾の訓に各々治らしめ、我が命を承保し、爾の惠を供與し、我が文祖・我が高祖に繼承し、天命に副い、惟名を盡善にせよ。」
(成王が続けて言うには、)我に謂い、『小子の開闢は童たり。求むるに仁善に膺くる能わず、如何せん』と。後之失い、貽譏した。嗣位の人を敬保する能わざれば、我は汝らを先王に問う。汝らの訓を敬保し、爾の式を供給し、天命に副い、名を盡善にせよ。」
周公既沒,命君陳分正東郊成周,作《君陳》。
(成王が続けて言うには、)後の人、庶幾この訓を忌るなかれ。」
王若曰:“君陳,惟爾令德孝恭。惟孝友于兄弟,克施有政。命汝尹茲東郊,敬哉!昔周公師保萬民,民懷其德。往慎乃司,茲率厥常,懋昭周公之訓,惟民其乂。我聞曰:‘至治馨香,感於神明。黍稷非馨,明德惟馨爾。’尚式時周公之猷訓,惟日孜孜,無敢逸豫。凡人未見聖,若不克見;既見聖,亦不克由聖,爾其戒哉!爾惟風,下民惟草。圖厥政,莫或不艱,有廢有興,出入自爾師虞,庶言同則繹。爾有嘉謀嘉猷,則入告爾後於內,爾乃順之於外,曰:‘斯謀斯猷,惟我後之德。’嗚呼!臣人鹹若時,惟良顯哉!”王曰:“君陳,爾惟弘周公丕訓,無依勢作威,無倚法以削,寬而有制,從容以和。殷民在闢,予曰闢,爾惟勿闢;予曰宥,爾惟勿宥,惟厥中。有弗若於汝政,弗化於汝訓,闢以止闢,乃闢。狃於奸宄,敗常亂俗,三細不宥。爾無忿疾於頑,無求備於一夫。必有忍,其乃有濟;有容,德乃大。簡厥修,亦簡其或不修。進厥良,以率其或不良。惟民生厚,因物有遷。違上所命,從厥攸好。爾克敬典在德,時乃罔不變。允升於大猷,惟予一人膺受多福,其爾之休,終有辭於永世。”
太保命仲桓・南宮毛に命じて齊侯呂伋を治らしめ、二干戈・虎賁百人に逆子釗を南門の外に迎へせしめた。王の寢室を延びて、翼室に入りて恤宅を爲し、明衣の大帶に至るまで、帳帳に至るまで、みな備えた。
七日癸酉に至り、伯相は士に命じて材を須かしめた。王は翌日乙丑に崩じた。
成王將崩,命召公、畢公率諸侯相康王,作《顧命》。
太保命仲桓・南宮毛に、齊侯呂伋を俾し、二干戈・虎賁百人に逆子釗を南門の外に迎へせしめた。翌日、王は崩じた。翌翌日、成王の靈輔を設けて、喪賓の位を立て、帳帳を設けて黼扆を陳し、黼扆の御牖の間に南向きて敷重篾席、黼純、華玉の几を陳した。西序に東向きて、敷重底席、綴純、文貝の几を陳した。東序に西向きて、敷重豐席、畫純、雕玉の几を陳した。西夾に南向きて、敷重筍席、玄紛純、漆の几を陳した。越玉五重・陳寶、赤刀・大訓・弘璧・琬琰は西序に在り。大玉・夷玉・天球・河圖は東序に在り。胤の舞衣・大貝・鼖鼓は西房に在り。兌の戈・和の弓・垂の竹矢は東房に在り。大輅は賓階の面に在り、綴輅は阼階の面に在り、先輅は左塾の前に在り、次輅は右塾の前に在り。二人は雀弁を執りて惠を立て、畢門の内に立った。四人は綦弁を執りて戈を持ち、上刃を挾して階側堂上に夾峙した。一人は冕を執りて劉を持ち、東堂に立った。一人は冕を執りて鉞を持ち、西堂に立った。一人は冕を執りて戣を持ち、東垂に立った。一人は冕を執りて瞿を持ち、西垂に立った。一人は冕を執りて銳を持ち、側階に立った。
惟四月,哉生魄,王不懌。甲子,王乃洮頮水。相被冕服,憑玉幾。乃同,召太保奭、芮伯、彤伯、畢公、衛侯、毛公、師氏、虎臣、百尹、御事。王曰:“嗚呼!疾大漸,惟幾,病日臻。既彌留,恐不獲誓言嗣,茲予審訓命汝。昔君文王、武王宣重光,奠麗陳教,則肄肄不違,用克達殷集大命。在後之侗,敬迓天威,嗣守文、武大訓,無敢昏逾。今天降疾,殆弗興弗悟。爾尚明時朕言,用敬保元子釗弘濟於艱難,柔遠能邇,安勸小大庶邦。思夫人自亂於威儀。爾無以釗冒貢於非幾。”
王は麻冕・黼裳を着し、賓階より升った。卿士・邦君は麻冕・蟻裳を着し、位に入りて即位した。太保・太史・太宗はみな麻冕・彤裳を着し、太保は大圭を承え、上宗は同瑁を奉え、阼階より升りて太史に命じて書を秉り、太宗は文祖の命を承え、王の命を告げた。
茲既受命,還出綴衣於庭。越翼日乙丑,王崩。太保命仲桓、南宮毛俾爰齊侯呂伋,以二干戈、虎賁百人逆子釗於南門之外。延入翼室,恤宅宗。丁卯,命作冊度。
太史は書を秉り、賓階より升りて、王を就き、王を就き、言うた。「皇后は玉の几に倚靠して、あの命を揚宣布し、汝に命令し、文王・武王の訓に臨まんとす。禮は大邦を並治し、周に繼承す。」
越七日癸酉,伯相命士須材。狄設黼扆、綴衣。牖間南向,敷重篾席,黼純,華玉,仍幾。西序東向,敷重厎席,綴純,文貝,仍幾。東序西向,敷重豐席,畫純,雕玉,仍幾。西夾南向,敷重筍席,玄紛純,漆,仍幾。越玉五重,陳寶,赤刀、大訓、弘璧、琬琰,在西序。大玉、夷玉、天球、河圖,在東序。胤之舞衣、大貝、鼖鼓,在西房;兌之戈、和之弓、垂之竹矢,在東房。大輅在賓階面,綴輅在阼階面,先輅在左塾之前,次輅在右塾之前。
王は再拝して、興起して、答えて曰く、「眇々たる我が小子は能く協和して四方を治理せん。大訓を敬畏して、亂れんことを恐る。」王は三祭し、三宿し、三咤し。上宗は曰く、「饗。」太保は同を受け、降りて盥し、異同を執りて、璋瓚を秉りて酢を爲した。太保は授けて祭り、祭を爲して既んぎ、祝を授けて福を受け、王に福を授けた。王に至りて飲み、王は福を受け、王は同爵を受けて祭を爲した。
二人雀弁,執惠,立於畢門之內。四人綦弁,執戈上刃,夾兩階戺。一人冕,執劉,立於東堂,一人冕,執鉞,立於西堂。一人冕,執戣,立於東垂。一人冕,執瞿,立於西垂。一人冕,執銳,立於側階。
太保は同を降りて、皆拜して、王は同を受けて祭を爲して酢を爲した。太保は降りて、収めた。諸侯はみな出でて廟門を俟った。
王麻冕黼裳,由賓階隮。卿士邦君麻冕蟻裳,入即位。太保、太史、太宗皆麻冕彤裳。太保承介圭,上宗奉同瑁,由阼階隮。太史秉書,由賓階隮,御王冊命。曰:“皇后憑玉幾,道揚末命,命汝嗣訓,臨君周邦,率循大卞,燮和天下,用答揚文、武之光訓。”王再拜,興,答曰:“眇眇予末小子,其能而亂四方以敬忌天威。”乃受同瑁,王三宿,三祭,三吒。上宗曰:“饗!”太保受同,降,盥,以異同秉璋以酢。授宗人同,拜。王答拜。太保受同,祭,嚌,宅,授宗人同,拜。王答拜。太保降,收。諸侯出廟門俟。
周書 康王之誥第二十五
康王はすでに位に即き、ここに諸侯を見し、《康王之誥》を作った。
康王既屍天子,遂誥諸侯,作《康王之誥》。
王は諸侯を見るに、群臣と皆がえんざし、王は黼扆を出でて、賓階より升って玉の几に就いた。諸侯はみな進んで曰く、「王の左右に事奉する臣は、揖を執りて笥を出でて、公卿・諸侯を率いて皆言うた。」
王出,在應門之內,太保率西方諸侯入應門左,畢公率東方諸侯入應門右,皆布乘黃朱。賓稱奉圭兼幣,曰:“一二臣衛,敢執壤奠。”皆再拜稽首。王義嗣,德答拜。太保暨芮伯鹹進,相揖。皆再拜稽首曰:“敢敬告天子,皇天改大邦殷之命,惟周文武誕受羑若,克恤西土。惟新陟王畢協賞罰,戡定厥功,用敷遺後人休。今王敬之哉!張皇六師,無壞我高祖寡命。”
太保および芮伯はみな進んで再拝して稽首して曰く、「敢えて天子に告げん。皇天はあの命を大邦殷に改換し、周の文王・武王は誕えに大命を受けて、厥の殄を冊にし、定めて西土を治めた。群臣はみな序列を正し、何萬の民は服従して、王の德に應え、公は能く殷を柔遠能邇せしめた。文武を継ぐ者は、文武の大道を順行した。王に至りて、敬や。六師を修置し、王の命を壞すなかれ。」
王若曰:“庶邦侯、甸、男、衛,惟予一人釗報誥。昔君文武丕平,富不務咎,厎至齊信,用昭明於天下。則亦有熊羆之士,不二心之臣,保乂王家,用端命於上帝。皇天用訓厥道,付畀四方。乃命建侯樹屏,在我後之人。今予一二伯父尚胥暨顧,綏爾先公之臣服於先王。雖爾身在外,乃心罔不在王室,用奉恤厥若,無遺鞠子羞!”群公既皆聽命,相揖,趨出。王釋冕,反喪服。
王は義と徳を兼ねて、諸侯は皆がえんざして言うた。「王は義と徳を兼ねて、あの玉に就きた。」
太保は收めた。諸侯はみな出でて廟門を俟った。
康王命作冊畢,分居里,成周郊,作《畢命》。
周書 畢命第二十六
惟十有二年,六月庚午,朏。越三日壬申,王朝步自宗周,至於豐。以成周之眾,命畢公保釐東郊。
康王は冊を作して畢公を命じて東郊にて成周を保釐せしめ、《畢命》を作った。
王若曰:“嗚呼!父師,惟文王、武王敷大德於天下,用克受殷命。惟周公左右先王,綏定厥家,毖殷頑民,遷於洛邑,密邇王室,式化厥訓。既歷三紀,世變風移,四方無虞,予一人以寧,道有升降,政由俗革,不臧厥臧,民罔攸勸。
十二年六月庚午朏、三日壬申を越えて、王朝は步して宗周より出發し、豐に至りて成周に往きて、保公・東郊に命じて成周を保釐せしめ、ここに萬姓を安定せしめた。
惟公懋德,克勤小物,弼亮四世,正色率下,罔不祗師言。嘉績多於先王,予小子垂拱仰成。”
王はこのように言った。「ああ、父師よ。文王・武王は大德を天下に敷布し、能く殷に能く効力し、佐佑にこの四夷を助け、萬邦に至るまで罔く率服せざるなし。我が小子はその緒を承け、ただ大貴を思い、恐らくはこれを貽累せんことを。今、汝を東郊に命ず。周公が殷の頑民を保釐するに、迂なれば、能く民を化し、汝に至らしむるなり。汝は能く殷を助け、安んじ、治まる能わず、汝はすなわち周公に至りて加増せざるなし。」
王曰:“嗚呼!父師,今予祗命公以周公之事,往哉!旌別淑慝,表厥宅裡,彰善癉惡,樹之風聲。弗率訓典,殊厥井疆,俾克畏慕。申畫郊圻,慎固封守,以康四海。政貴有恆,辭尚體要,不惟好異。商俗靡靡,利口惟賢,餘風未殄,公其念哉!我聞曰:‘世祿之家,鮮克由禮’。以蕩陵德,實悖天道。敝化奢麗,萬世同流。茲殷庶士,席寵惟舊,怙侈滅義,服美於人。驕淫矜侉,將由惡終。
王は言った。「ああ、父師よ、今、我は敬慎して周公の事を汝に命令す。行け。善惡を旌別し、彼らの宅里を標明し、善を表彰し惡を憎恨し、風氣聲望を樹立せよ。訓典に遵循せざる者は、その井田疆界を區別し、彼らをして畏懼しうる・羨慕しうるものたらしめよ。郊圻を改めて劃定し、封守を謹慎鞏固し、もって四海を安定せよ。政事は有恒を貴び、文辭は得體簡要を崇尚し、ただ新異を好むなかれ。商俗は柔靡にして、利口をもって賢と為す。その餘風はいまだ滅盡せず、公は記憶せよ。我は聞く、『世々俸祿を食む家は、能く禮に遵循する少なし』と。放蕩をもって德に陵駕するは、實に天道に悖逆す。敝壞の風化・奢侈華麗は、萬世同一流なり。これら殷の衆士は、旧日の寵に憑り、奢侈に仗って義を滅し、服飾は人より美なり。驕淫矜夸、まさに惡をもって終わらん。」
雖收放心,閒之惟艱。資富能訓,惟以永年。惟德惟義,時乃大訓。不由古訓,於何其訓。”
(康王が続けて言うには、)たとえ放縱の心を收住すとも、防範するはなお艱難なり。資財富足にしてなお教訓を接受するは、こそ長久しうる。ただ德、ただ義、これぞ大訓なり。古訓に遵循せざれば、また何をもって教訓せん。」
王曰:“嗚呼!父師,邦之安危,惟茲殷士。不剛不柔,厥德允修。惟周公克慎厥始,惟君陳克和厥中,惟公克成厥終。三後協心,同厎於道,道洽政治,澤潤生民,四夷左衽,罔不鹹賴,予小子永膺多福。公其惟時成周,建無窮之基,亦有無窮之聞。子孫訓其成式,惟乂。嗚呼!罔曰弗克,惟既厥心;罔曰民寡,惟慎厥事。欽若先王成烈,以休於前政。”
王は言った。「ああ、父師よ、邦國の安危は、これら殷士に在り。剛ならず柔ならず、その德はこそ確かに修好せん。周公は能くその開始を謹慎し、君陳は能くその中間を和諧し、公は能くその終結を成就す。三后は同心し、一同に道に到達し、道洽らかに政事は治理し、恩澤は生民を潤澤し、四夷左衽の人、賴らざるなし。我が小子は永遠に多福を承受せん。公はこの時の成周にて、無窮の根基を建立し、また無窮の名聲あらん。子孫がその既成の法式に遵從せば、すなわち治理しうる。ああ、能わずと言うなかれ、ただ汝の心を盡せ。民少なしと言うなかれ、ただ汝の事を謹慎せよ。先王の成就した功業のごとく敬慎にして、もって前政より美ならしめよ。」
周書 君牙第二十七
穆王命君牙,為周大司徒,作《君牙》。
穆王は君牙に命じて周の大司徒を爲さしめ、《君牙》を作った。
王若曰:“嗚呼!君牙,惟乃祖乃父,世篤忠貞,服勞王家,厥有成績,紀於太常。惟予小子嗣守文、武、成、康遺緒,亦惟先正之臣,克左右亂四方。心之憂危,若蹈虎尾,涉於春冰。今命爾予翼,作股肱心膂,纘乃舊服。無忝祖考,弘敷五典,式和民則。爾身克正,罔敢弗正,民心罔中,惟爾之中。夏暑雨,小民惟曰怨諮:冬祁寒,小民亦惟曰怨諮。厥惟艱哉!思其艱以圖其易,民乃寧。
王はこのように言った。「ああ、君牙よ、汝の祖父・父親は、世代篤厚忠貞にして、王家に服勞し、成績ありて、太常旗に記錄された。我が小子は文・武・成・康の留下した緒業を嗣守し、またただ先正の臣子に賴り、能く四方を輔佐治理す。心裏の憂危は、虎尾を踩むがごとく、春氷を走るがごとし。今、汝に命じて我を輔翼せしめ、大腿胳膊・心腹脊梁を爲さしめ、汝の旧日の職事を繼承せしむ。祖考を辱沒するなかれ、五典を廣大鋪陳し、もって民の法則を和諧せよ。汝自身能く正しければ、敢えて正せざる者なし。民心に中なきは、ただ汝の中に賴るのみ。夏の暑雨には小民はただ怨嘆し、冬の嚴寒には小民もまたただ怨嘆す。これはなんと艱難なるか。その艱難を想到してその容易を謀画せば、民はこそ安寧せん。
嗚呼!丕顯哉,文王謨!丕承哉,武王烈!啟佑我後人,鹹以正罔缺。爾惟敬明乃訓,用奉若於先王,對揚文、武之光命,追配於前人。”
(穆王が続けて言うには、)ああ、大大に顯明なるかな、文王の謀。大大に繼承するかな、武王の功業。開啓佑助してわら後人に及ぶは、みな正道を用いて缺漏なし。汝は敬慎して汝の訓を彰明し、もって先王に奉順し、文・武の光明の命に對揚し、前人に追配せよ。」
王若曰:“君牙,乃惟由先正舊典時式,民之治亂在茲。率乃祖考之攸行,昭乃闢之有乂。”
王はこのように言った。「君牙よ、汝は先正の旧典・この時の法式に遵循せよ。民の治亂はここに在り。汝の祖考の行う所に遵循し、汝の君の有治を昭明せよ。」
周書 冏命第二十八
穆王命伯冏,為周太僕正,作《冏命》。
穆王は伯冏に命じて周の太僕正を爲さしめ、《冏命》を作った。
王若曰:“伯冏,惟予弗克於德,嗣先人宅丕後,怵惕惟厲,中夜以興,思免厥愆。昔在文、武、聰明齊聖,小大之臣,鹹懷忠良。其侍御僕從,罔匪正人,以旦夕承弼厥闢,出入起居,罔有不欽;發號施令,罔有不臧。下民祇若,萬邦鹹休。惟予一人無良,實賴左右前後有位之士,匡其不及,繩愆糾繆,格其非心,俾克紹先烈。今予命汝作大正,正於群僕侍御之臣,懋乃後德,交修不逮。慎簡乃僚,無以巧言令色,便辟側媚,其惟吉士。僕臣正,厥後克正;僕臣諛,厥後自聖。後德惟臣,不德惟臣。爾無暱於憸人,充耳目之官,迪上以非先王之典。
王はこのように言った。「伯冏よ、我は德の上に能わず、先人を嗣續してこの大君の位に居る。戒懼危厲し、夜半に起き、過失を免れんことを想う。從前の文・武は聰明齊聖にして、大小の臣子はみな忠良を懷いた。あの侍御僕從は、正人ならざるなく、もって早晚彼らの君を承接匡正し、出入起居、敬せざるなく、發號施令、善ならざるなし。下民は敬順し、萬邦はみな美なり。我が一人は善ならず、實に左右前後有位の士に依賴し、我の不及を匡正し、過失を糾正し謬誤を糾察し、その不正の心を格正し、我をして先烈を紹續せしむ。今、我は汝に命じて大正を爲さしめ、群僕侍御の臣を端正し、汝の君の德を勉力し、互いに趕及せざる處を修治せよ。汝の僚屬を謹慎簡選し、巧言令色・便辟側媚の人を用いるなかれ、ただ吉士のみ。僕臣が正しければ、すなわち君は能く正し。僕臣が阿谀すれば、すなわち君は自ら聖と爲す。君の德は臣に在り、君の不德もまた臣に在り。汝は憸人に親近するなかれ、耳目の官に充任し、上に在る人を引導して先王の典に違背せしむるなかれ。
非人其吉,惟貨其吉,若時,瘝厥官,惟爾大弗克祇厥闢,惟予汝辜。”王曰:“嗚呼,欽哉!永弼乃後於彝憲。”
(穆王が続けて言うには、)その人が吉なるにあらず、ただその貨が吉なるのみ。このようであれば、すなわちその官職を病害す。これはすなわち汝が大大に汝の君を敬すること能わざるなり。我はまさに汝に罪を加えん。」王は言った。「ああ、敬慎せよ。永遠に常法をもって汝の君を輔弼せよ。」
周書 呂刑第二十九
呂命穆王訓夏贖刑,作《呂刑》。
呂侯は命を受け、穆王は夏の贖刑を訓説し、《呂刑》を作った。
惟呂命,王享國百年,耄,荒度作刑,以詰四方。王曰:“若古有訓,蚩尤惟始作亂,延及於平民,罔不寇賊,鴟義,奸宄,奪攘,矯虔。苗民弗用靈,制以刑,惟作五虐之刑曰法。殺戮無辜,爰始淫為劓、刵、椓、黥。越茲麗刑並制,罔差有辭。民興胥漸,泯泯棼棼,罔中於信,以覆詛盟。虐威庶戮,方告無辜於上。上帝監民,罔有馨香德,刑發聞惟腥。皇帝哀矜庶戮之不辜,報虐以威,遏絕苗民,無世在下。乃命重、黎,絕地天通,罔有降格。群后之逮在下,明明棐常,鰥寡無蓋。
呂侯は命を受けた。王は位に在ること百年、年老いても、なお廣大に刑法を謀画制定し、もって四方を詰問した。王は言った。「往古に訓あり。蚩尤は初めて亂を作し、平民に延及し、寇賊せざる人なく、鴟張して義を爲し、奸宄し、奪攘し、矯虔した。苗民は善を用いず、刑を用いて制裁し、ただ五種の暴虐の刑を作して法と稱した。無辜を殺戮し、ここに初めて劓・刵・椓・黥を過度に使用した。これら刑に附麗する者を一并に制裁し、申辯あるを區別せず。民は互いに興起して欺詐し、昏亂紛亂し、信に中せず、もって詛盟を覆敗した。虐威の下、殺戮された衆人は、まさに上に向かい無辜を控告した。上帝は人民を監察し、馨香の德なく、刑罰の散發する所はただ腥氣のみ。帝(帝堯)は殺戮された無辜の衆を哀憐し、威をもって暴虐に報復し、苗民を遏絕し、彼らの世系を下方に留めしめず。ここに重・黎に命令して、地と天の交通を隔絕し、神の再び降臨するなし。群后は隨後に下方に在り、明明として常道を輔助し、鰥寡に掩盖せられざるなし。
皇帝清問下民鰥寡有辭於苗。德威惟畏,德明惟明。乃命三後,恤功於民。
(穆王が続けて言うには、)帝は下民を清問し、鰥寡は苗民に對して怨辭あり。德ある威こそ人を畏れしめ、德ある明こそ真の明なり。ここに三后に命令して、人民の事功を憂恤せしめた。
伯夷降典,折民惟刑;禹平水土,主名山川;稷降播種,家殖嘉穀。三後成功,惟殷於民。士制百姓於刑之中,以教祗德。穆穆在上,明明在下,灼於四方,罔不惟德之勤,故乃明於刑之中,率乂於民棐彝。典獄非訖於威,惟訖於富。敬忌,罔有擇言在身。惟克天德,自作元命,配享在下。”
(穆王が続けて言うには、)伯夷は典禮を降し、民情を判斷するにただ刑を用い。禹は水土を平治し、山川に命名するを主管し、稷は播種を降し、各家は嘉穀を繁殖した。三后は成功し、民はこれにより殷實した。士は適中の刑をもって百姓を制裁し、もって德を敬うを教導した。莊穆は上に在り、明明は下に在り、四方を照耀し、德に勤まざる人なし。ゆえに能く刑の適中を明白にし、もって人民を治理し常道を輔助した。獄訟を掌管するは威に終止せず、ただ富足に終止す。敬慎戒忌して、身に挑剔すべき言なし。能く天德に合し、自ら大命を作し、下方にて配享す。」
王曰:“嗟!四方司政典獄,非爾惟作天牧?今爾何監?非時伯夷播刑之迪?其今爾何懲?惟時苗民匪察於獄之麗,罔擇吉人,觀於五刑之中;惟時庶威奪貨,斷制五刑,以亂無辜,上帝不蠲,降咎於苗,苗民無辭於罰,乃絕厥世。”
王は言った。「ああ、四方の政事を掌管し獄訟を典掌する人よ、汝らは天の牧を爲すにあらずや。今、汝らは何を取法するか。この時の伯夷が刑の引導を傳播したにあらずや。今、汝らは何を懲戒するか。ただこの時の苗民が獄訟の附麗する所を察せず、吉人を選擇せず、五刑の適中を觀察せざるなり。ただこの時の衆威が貨財を奪取し、五刑を專斷し、もって無辜を擾亂し、上帝は潔免せず、灾咎を苗に降し、苗民は懲罰に對して言うべきなく、ここに彼らの世系を滅絕した。」
王曰:“嗚呼!念之哉。伯父、伯兄、仲叔、季弟、幼子、童孫,皆聽朕言,庶有格命。今爾罔不由慰曰勤,爾罔或戒不勤。天齊於民,俾我一日,非終惟終,在人。爾尚敬逆天命,以奉我一人!雖畏勿畏,雖休勿休。惟敬五刑,以成三德。
王は言った。「ああ、記憶せよ。伯父・伯兄・仲叔・季弟・幼子・童孫、みなわが言を聽け。あるいは嘉命を獲得せん。今、汝らは勤勞と自ら安慰せざるなく、汝らは勤さざるを自ら警戒せざるなし。上天は人民を整齊し、我にこの一日を有せしむ。終結にあらず・ただ終結は人に在り。汝らは當に天命を敬迎し、もって我が一人に事奉すべし。たとえ畏るべくとも畏るるなかれ、たとえ美好なるとも美好に安んずるなかれ。ただ五刑を敬慎し、もって三德を成就せよ。
一人有慶,兆民賴之,其寧惟永。”
(穆王が続けて言うには、)一人に善慶あれば、兆民は彼に依賴し、その安寧はこそ長久せん。」
王曰:“籲!來,有邦有土,告爾祥刑。在今爾安百姓,何擇,非人?何敬,非刑?何度,非及?兩造具備,師聽五辭。五辭簡孚,正於五刑。五刑不簡,正於五罰;五罰不服,正於五過。五過之疵:惟官,惟反,惟內,惟貨,惟來。其罪惟均,其審克之!五刑之疑有赦,五罰之疑有赦,其審克之!簡孚有眾,惟貌有稽。無簡不聽,具嚴天威。墨闢疑赦,其罰百鍰,閱實其罪。劓闢疑赦,其罪惟倍,閱實其罪。
王は言った。「ああ、來い、邦有り土有る人よ、汝らに祥善の刑を告げん。今、汝らは百姓を安定するに、何を選擇するか、人にあらずや。何を敬慎するか、刑にあらずや。何を謀度するか、案情の及ぶ所にあらずや。原告被告みな齊至し、士師は五辭を聽す。五辭が核實して可信なれば、すなわち五刑に正す。五刑に核實能わざれば、すなわち五罰に正す。五罰が人心を服せしめざれば、すなわち五過に正す。五過の毛病は、官勢に在り、報怨に在り、内親に在り、貨賄に在り、請托に在り。その罪が相同なれば、審慎に核實能くせよ。五刑に疑あればすなわち赦免し、五罰に疑あればすなわち赦免す。審慎に核實能くせよ。核實は衆人に取信し、ただ形貌の上にも考核す。核實なければ聽かず、みな天威を嚴敬せよ。墨刑に疑あればすなわち赦免し、罰金一百鍰、その罪を核閱核實せよ。劓刑に疑あればすなわち赦免し、罰金加倍(底本は「其罪惟倍」、一説に「罪」は「罰」の訛)、その罪を核閱核實せよ。
剕闢疑赦,其罰倍差,閱實其罪。宮闢疑赦,其罰六百鍰,閱實其罪。大辟疑赦,其罰千鍰,閱實其罪。墨罰之屬千。劓罰之屬千,剕罰之屬五百,宮罰之屬三百,大辟之罰其屬二百。五刑之屬三千。
(穆王が続けて言うには、)剕刑に疑あればすなわち赦免し、罰金加倍また差等を加え、その罪を核閱核實せよ。宮刑に疑あればすなわち赦免し、罰金六百鍰、その罪を核閱核實せよ。大辟に疑あればすなわち赦免し、罰金一千鍰、その罪を核閱核實せよ。墨罰の條目は一千。劓罰の條目は一千、剕罰の條目は五百、宮罰の條目は三百、大辟の罰の條目は二百。五刑の條目は合計三千。
上下比罪,無僣亂辭,勿用不行,惟察惟法,其審克之!上刑適輕,下服;下刑適重,上服。輕重諸罰有權。刑罰世輕世重,惟齊非齊,有倫有要。罰懲非死,人極於病。非佞折獄,惟良折獄,罔非在中。察辭於差,非從惟從。哀敬折獄,明啟刑書胥占,鹹庶中正。其刑其罰,其審克之。獄成而孚,輸而孚。其刑上備,有並兩刑。”
(穆王が続けて言うには、)上下を比照して罪を定め、供辭を錯亂するなかれ、すでに行われざる法を用いるなかれ。ただ察、ただ法のみ、審慎に核實能くせよ。上刑が從輕に適すれば、すなわち下刑に服せしめ、下刑が從重に適すれば、すなわち上刑に服せしむ。輕重の各種懲罰にみな權變あり。刑罰に世代により從輕するあり、世代により從重するあり。齊と不齊あり、倫あり要あり。懲罰は死にあらざるも、人はすでに困苦の極に至る。佞口に靠って獄を斷ずるにあらず、ただ良善に靠って獄を斷ずれば、適中せざるなし。供辭の差失の處に察看し、跟從せざる者をこそ跟從す。哀矜敬慎して獄を斷じ、刑書を明白に打開してともに估量し、みな適中公正を希望す。その刑その罰は、審慎に核實能くせよ。獄が成して人を信ぜしめ、輸してもまた人を信ぜしむ。刑は上に備うべく、時に兩刑を合并す。」
王曰:“嗚呼!敬之哉!官伯族姓,朕言多懼。朕敬於刑,有德惟刑。今天相民,作配在下。明清於單辭,民之亂,罔不中聽獄之兩辭,無或私家於獄之兩辭!獄貨非寶,惟府辜功,報以庶尤。永畏惟罰,非天不中,惟人在命。天罰不極,庶民罔有令政在於天下。”
王は言った。「ああ、敬慎せよ。官長・伯・族姓よ、わが言には戒懼多し。我は刑に敬慎し、德あってこそ刑を用いる。今、上天は人民を幫助し、下方にて配を爲す。清明に一面の辭を聽け。民の治理は、獄の兩造の辭を中正に聽かざるなし。獄の兩造の辭を私家の事に變ずる人あるなかれ。獄中の貨財は寶物にあらず、ただ罪過の功を積聚し、衆怨をもって報應せん。永遠に畏るべきはただ懲罰のみ。天が中正ならざるにあらず、ただ人自身が命に在るのみ。天罰が極處に至らざれば、庶民は天下に善政あらざらん。」
王曰:“嗚呼!嗣孫,今往何監,非德?於民之中,尚明聽之哉!哲人惟刑,無疆之辭,屬於五極,鹹中有慶。受王嘉師,監於茲祥刑。”
王は言った。「ああ、嗣孫よ、今より後、何を取法するか、德にあらずや。民の中正に對しては、なお明白に聽け。哲人が刑を用いるに、疆界なき辭なく、五極に歸屬し、みな適中すればすなわち慶あり。王の嘉美する衆人を接受し、この祥善の刑を監察せよ。」
