Libo

虞書 堯典第一

先秦 · 佚名 · 第1巻 / 10

(成王が続けて言うには、)我に謂い、『小子の開闢は童たり。求むるに仁善に膺くる能わず、如何せん』と。後之失い、貽譏した。嗣位の人を敬保する能…

儒家典籍

初学は四書から入るのがよい。大学が綱を立て、論語が言を記し、孟子が展開し、中庸が収束する。続いて詩経・尚書・礼記と春秋三伝へ。荀子・春秋繁露・近思録・伝習録は、経学の外で儒学がどう語られてきたかを見る几道である。

昔在帝堯,聰明文思,光宅天下。將遜於位,讓於虞舜,作《堯典》。

昔、帝堯が位にあったとき、耳が聡く目が明らかで、文徳があり、思慮があり、その光輝は天下に遍く及んだ。帝位を退き、虞舜に禅譲しようとしたので、《堯典》を作った。

曰若稽古帝堯,曰放勳,欽、明、文、思、安安,允恭克讓,光被四表,格於上下。克明俊德,以親九族。九族既睦,平章百姓。百姓昭明,協和萬邦。黎民於變時雍。

太古の帝堯を考察すると、名は放勲といった。敬慎し、明察で、文采があり、思慮があって、神采は寛和で安詳、誠信で恭謹にしてまた賢に譲ることができ、その光輝は四方の極遠の地を覆い、上は天に達し、下は地に及んだ。俊美な徳性を彰明することができて(徳とはここでは人が具える美善の素質をいい、狭義の道徳の条目ではない)、もって九族を親睦させた。九族がすでに和睦すると、百官の各族を辨别して彰明した。百官の各族がみな明白になると、万邦を協調させた。衆の百姓はここに和やかに美しくなった。

乃命羲和,欽若昊天,曆象日月星辰,敬授人時。分命羲仲,宅嵎夷,曰暘谷。寅賓出日,平秩東作。日中,星鳥,以殷仲春。厥民析,鳥獸孳尾。申命羲叔,宅南交。平秩南為,敬致。日永,星火,以正仲夏。厥民因,鳥獸希革。分命和仲,宅西,曰昧谷。寅餞納日,平秩西成。宵中,星虛,以殷仲秋。厥民夷,鳥獸毛毨。申命和叔,宅朔方,曰幽都。平在朔易。日短,星昴,以正仲冬。

ここに羲氏・和氏を任命して、敬慎して天に順い、日月星辰の運行を観測推算し、恭しく時節を人民に授けた。また分かれて羲仲を任命し、嵎夷に住まわせた。その地は暘谷という。恭しく日出を迎え、春の東方の耕作を辨别して按排した。昼夜の長さが等しく、南方の朱鳥七宿が正南に現れるのをもって仲春を確定した。このとき人民は田野に散らばり、鳥獣は交尾して繁殖した。さらに羲叔を任命して南交に住まわせ、夏の南方の農事を辨别して按排し、恭しく日影を測度した。白昼が最も長く、大火(心宿)が正南に現れるのをもって仲夏を校正した。このとき人民は高い所に就いて住み、鳥獣の羽毛は疎らになった。分かれて和仲を任命して西方に住まわせ、その地は昧谷という。恭しく落日を送り、秋の西方の収穫を辨别して按排した。昼夜が再び等しく、虚星が正南に現れるのをもって仲秋を確定した。このとき人民は平和に安居し、鳥獣の毛羽は改めて整った。さらに和叔を任命して北方に住まわせ、その地は幽都という。冬の万物の収蔵と歳末の更始を観察して按排した。白昼が最も短く、昴星が正南に現れるのをもって仲冬を校正した。

厥民隩,鳥獸鷸毛。帝曰:“諮!汝羲暨和。期三百有六旬有六日,以閏月定四時,成歲。允釐百工,庶績咸熙。”

このとき人民は室内に隠れ、鳥獣は細かく柔らかい冬毛を生やした。堯帝は言った。「ああ、汝ら羲氏と和氏よ。一周年は三百六十六日、閏月を置くことで四季を確定し、歳年を成す。百官の職事を切実に整頓すれば、諸々の功業はみな興隆する。」

帝曰:“疇諮若時登庸?”放齊曰:“胤子朱啟明。”帝曰:“籲!囂訟可乎?”帝曰:“疇諮若予採?”驩兜曰:“都!共工方鳩僝功。”帝曰:“籲!靜言庸違,象恭滔天。”

堯帝は言った。「誰か時務に順応して抜擢任用できる者がいるか。」放斉が言った。「ご嗣子の丹朱は開通で聡明です。」堯帝は言った。「ああ、彼は口に忠信の言を吐かず、また争訟を好む。どうしてできようか。」堯帝はまた言った。「誰かわが職事に順応できる者がいるか。」驩兜が言った。「ああ、共工はすでに事務を集め、かなりの成效があります。」堯帝は言った。「ああ、彼は言葉は立派だが、行いはこれに背き、恭しそうに見えて、心では天すら眼中に置いていない。」

帝曰:“諮!四嶽,湯湯洪水方割,蕩蕩懷山襄陵,浩浩滔天。下民其諮,有能俾乂?”僉曰:“於!鯀哉。”帝曰:“籲!咈哉,方命圮族。”嶽曰:“異哉!試可乃已。”

堯帝は言った。「ああ、四岳よ。浩浩として滔天の洪水が害をなしている。水勢は広大で、山陵を包み、丘陵を漫し、浩浩然として上は天に接している。下の人民はみな嘆息している。誰かこれを治めることができる者がいるか。」衆人はみな言った。「ああ、鯀を用いましょう。」堯帝は言った。「ああ、いけない。彼は命令に背き、族類を敗壊する。」四岳は言った。「事情は異なります。試させてみて、できなければ止めればよいのです。」

帝曰,“往,欽哉!”九載,績用弗成。

堯帝は言った。「行け、敬慎せよ。」九年を経ても、功業は成らなかった。

帝曰:“諮!四嶽。朕在位七十載,汝能庸命,巽朕位?”嶽曰:“否德忝帝位。”曰:“明明揚側陋。”師錫帝曰:“有鰥在下,曰虞舜。”帝曰:“俞?予聞,如何?”嶽曰:“瞽子,父頑,母囂,象傲;克諧以孝,烝烝乂,不格奸。”

堯帝は言った。「ああ、四岳よ。私は位にあること七十年になる。汝らは天命を用いて、わが位に代わることができるか。」四岳は言った。「我らは徳が鄙陋で、帝位を辱めることになりましょう。」堯帝は言った。「側陋に処する者を明察して推挙せよ。」衆人が堯帝に進言して言った。「下位に鰥夫がおり、虞舜といいます。」堯帝は言った。「そうか。私も聞いたことがある。彼はどのような者か。」四岳は言った。「彼は盲人の子で、父は頑固で、継母は口に忠信を吐かず、弟の象は傲慢です。しかし彼は孝をもって家庭を和諧させ、次第に彼らを善に導き、奸悪に淪落しないに至らしめました。」

帝曰:“我其試哉!女於時,觀厥刑于二女。”釐降二女於媯汭,嬪於虞。帝曰:“欽哉!”

堯帝は言った。「彼を試してみよう。娘を嫁がせて、二人の娘をもって彼の徳行を観察しよう。」ここに二人の娘を嬀水の曲がる所に降嫁させ、虞家の婦とした。堯帝は言った。「敬慎せよ。」

虞書 舜典第二

虞舜側微,堯聞之聰明,將使嗣位,歷試諸難,作《舜典》。

虞舜の出身は微賤であったが、堯はその聡明を聞き、位を継がせようとして、たびたび難事をもって試験した。ここに《舜典》を作った。

曰若稽古帝舜,曰重華協於帝。濬哲文明,溫恭允塞,玄德升聞,乃命以位。

太古の帝舜を考察すると、重華といい、徳は堯と相合した。沈深で明智、文理が光明で、温和恭謹、誠信が充実し、潜蔵する美徳が上は堯に達した。ここに任命されて位に就いた。

慎徽五典,五典克從;納於百揆,百揆時敘;賓於四門,四門穆穆;納於大麓,烈風雷雨弗迷。帝曰:“格!汝舜。詢事考言,乃言底可績,三載。汝陟帝位。”

彼は五種の人倫の常法(五典、すなわち父の義、母の慈、兄の友、弟の恭、子の孝)を謹んで美しく施行し、五種の常法はみな人を従わせることができた。諸々の政務を総攬させると、諸々の政務はみな時に順い秩序立った。明堂の四門で賓客を接待させると、四方から来る者はみな粛然として礼があった。大麓(深山の大林;一説に「麓」は「録」と読むべきで、庶政を登録する簿録を指す)に入らせると、烈風雷雨も彼を迷乱させることができなかった。堯帝は言った。「来い、舜よ。私は汝の成した事を尋ね、汝の言う所を考核したが、汝の言はみな実績を挙げることができ、すでに三年になる。汝、帝位に登れ。」

舜讓於德,弗嗣。正月上日,受終於文祖。在璿璣玉衡,以齊七政。肆類於上帝,禋於六宗,望于山川,遍於群神。輯五瑞。既月乃日,覲四嶽群牧,班瑞於群后。

舜は徳ある者に譲ろうとして、継位しようとしなかった。正月上旬の吉日、文祖の廟で堯の終わる帝位を受けた。璇璣玉衡を観察して、日月五星など七政を整斉した。ここに天に類祭して上帝を祭り、六宗を禋祭し(指す所は歴代異説あり、あるいは天地四方、あるいは四時寒暑と日月星といい、ここでは断定しない)、山川を望祭し、群神に遍く祭った。五等の瑞玉を収集した。吉月吉日を選定して、四岳と各方の州牧に会見し、瑞玉を各方の諸侯に頒ち還した。

歲二月,東巡守,至於岱宗,柴。望秩于山川,肆覲東後。協時月正日,同律度量衡。修五禮、五玉、三帛、二生、一死贄。如五器,卒乃復。五月南巡守,至於南嶽,如岱禮。八月西巡守,至於西嶽,如初。十有一月朔巡守,至於北嶽,如西禮。歸,格於藝祖,用特。五載一巡守,群后四朝。敷奏以言,明試以功,車服以庸。

この年二月、東に巡守して、岱宗(泰山)に至り、柴を燔いて天を祭った。等級に従って山川を望祭し、ここに東方の諸侯に会見した。四季の月份を協調し、日数を校正し、音律・度量・衡器を統一した。五礼(吉・凶・賓・軍・嘉)を整治し、および五種の瑞玉、三種の帛、生きた羔・雁の二種、死せる雉の一種を贄見の礼とした。五種の瑞玉の礼器は、事が畢わればなお返還した。五月に南に巡守して南岳に至り、礼儀は岱宗と同じであった。八月に西に巡守して西岳に至り、初めと同じであった。十一月に北に巡守して北岳に至り、西岳の礼と同じであった。帰って文祖の廟に告至し、特牛一頭を用いた。五年に一度巡守し、その間は各方の諸侯が四年に分かれて朝見した。彼らは自らの言論を陳奏し、功績を明らかに考験して、車馬・服飾をもって功ある者に酬いた。

肇十有二州,封十有二山,濬川。

初めて十二州を画定し、十二座の名山を封表し、河川を疏濬した。

象以典刑,流宥五刑,鞭作官刑,撲作教刑,金作贖刑。眚災肆赦,怙終賊刑。欽哉,欽哉,惟刑之恤哉!流共工於幽州,放歡兜於崇山,竄三苗於三危,殛鯀於羽山,四罪而天下鹹服。

常用の刑罰を図像に画いて公示し(一説:法に依り常刑を施用する)、流刑をもって五刑を寛宥し、鞭打をもって官府の刑とし、撲責をもって教化の刑とし、金をもって贖刑とした。過失によって災害を成した者は赦免し、恃みて悪をなし終わる者は刑を用いた。敬慎せよ、敬慎せよ、刑を用いるには必ず体恤せよ。共工を幽州に流し、驩兜を崇山に放逐し、三苗を三危に遷窜し、鯀を羽山に誅責した(「殛」は一説に処死、一説に流して死に至らしめる)。この四人が罪に処せられると、天下はみな心服した。

二十有八載,帝乃殂落。百姓如喪考妣,三載,四海遏密八音。

二十八年後、堯帝は崩じた。百姓は父母が死んだかのごとく、三年の間、四海の内は音楽を停止した。

月正元日,舜格於文祖,詢於四嶽,闢四門,明四目,達四聰。“諮,十有二牧!”曰,“食哉惟時!柔遠能邇,惇德允元,而難任人,蠻夷率服。”

正月元日、舜は文祖の廟に至り、四岳に諮問し、四方の門を開いて、四方の見る所を明らかにし、四方の聞く所を通達させた。「ああ、十二州の州牧よ。」また言った。「食事で最も急要なのは農時を違えないことだ。遠方を安撫し、近処を親善し、徳ある者を厚く待し、善良な者を信任し、しかも奸佞の者を疎遠にせよ。そうすれば蛮夷は相率いて帰服する。」

舜曰:“諮,四嶽!有能奮庸熙帝之載,使宅百揆亮採,惠疇?”僉曰:“伯禹作司空。”帝曰:“俞,諮!禹,汝平水土,惟時懋哉!”禹拜稽首,讓於稷、契暨皋陶。帝曰:“俞,汝往哉!”帝曰:“棄,黎民阻飢,汝后稷,播時百穀。”

舜は言った。「ああ、四岳よ。誰か奮発して事功を立て、堯帝の事業を光大し、彼を百揆の位に居らせて政事を輔佐せしめる者がいるか。」衆人はみな言った。「伯禹に司空をさせましょう。」舜帝は言った。「よいか。禹よ、汝は水土を平治せよ。これがために一層努力せよ。」禹は跪拜して叩頭し、稷・契と皋陶に譲ろうとした。舜帝は言った。「よし、汝は就任せよ。」舜帝は言った。「弃よ、衆の百姓は飢餓に困っている。汝は后稷の職を主り、これら百穀を播種せよ。」

帝曰:“契,百姓不親,五品不遜。汝作司徒,敬敷五教,在寬。”

舜帝は言った。「契よ、百官の各族は互いに親睦せず、五常の倫が順わない。汝は司徒をなし、恭しく五種の教化を施行せよ。要は寛にある。」

帝曰:“皋陶,蠻夷猾夏,寇賊奸宄。汝作士,五刑有服,五服三就。五流有宅,五宅三居。惟明克允!”帝曰:“疇若予工?”僉曰:“垂哉!”帝曰:“俞,諮!垂,汝共工。”

舜帝は言った。「皋陶よ、蛮夷は華夏を侵擾し、寇賊は内外に乱をなす。汝は法官をなせ。五刑には各々服すべき所があり、五種の服刑は三ヶ所で執行する。五種の流刑には各々安置する所があり、五等の安置は三等の遠近に分かつ。明察あるのみ、ここに公允たるを得る。」舜帝は言った。「誰かわが百工の事に順応する者がいるか。」衆人はみな言った。「垂でしょう。」舜帝は言った。「よいか。垂よ、汝は共工をなせ。」

垂拜稽首,讓於殳斨暨伯與。”帝曰:“俞,往哉!汝諧。”

垂は跪拜して叩頭し、殳斨と伯与に譲ろうとした。舜帝は言った。「よし、行け。汝らは共に配合せよ。」

帝曰:“疇若予上下草木鳥獸?”僉曰:“益哉!”帝曰:“俞,諮!益,汝作朕虞。”益拜稽首,讓於朱虎、熊羆。帝曰:“俞,往哉!汝諧。”

舜帝は言った。「誰かわが上下の草木鳥獣を管理するのに順応する者がいるか。」衆人はみな言った。「益でしょう。」舜帝は言った。「よいか。益よ、汝はわが虞官をなせ。」益は跪拜して叩頭し、朱虎・熊羆に譲ろうとした。舜帝は言った。「よし、行け。汝らは共に配合せよ。」

帝曰:“諮!四嶽,有能典朕三禮?’僉曰:“伯夷!”帝曰:“俞,諮!伯,汝作秩宗。夙夜惟寅,直哉惟清。”伯拜稽首,讓於夔、龍。帝曰:“俞,往,欽哉!”帝曰:“夔!命汝典樂,教胄子,直而溫,寬而栗,剛而無虐,簡而無傲。

舜帝は言った。「ああ、四岳よ。誰かわが三礼(天神・地祇・人鬼を祭祀する礼儀)を主る者がいるか。」衆人はみな言った。「伯夷です。」舜帝は言った。「よいか。伯よ、汝は秩宗をなせ。昼夜ともに敬慎し、正直にして清明たれ。」伯夷は跪拜して叩頭し、夔・龍に譲ろうとした。舜帝は言った。「よし、行け、敬慎せよ。」舜帝は言った。「夔よ、汝に命じて音楽を掌らせ、貴族の子弟を教導して、彼らを正直にして温和、寛厚にして荘厳、剛強にして苛虐ならず、簡易にして傲慢ならしめよ。

詩言志,歌永言,聲依永,律和聲。八音克諧,無相奪倫,神人以和。”夔曰:“於!予擊石拊石,百獸率舞。”

(舜帝が続けて言うには、)詩は心志を表出するのに用い、歌は言葉を詠み長くし、声調は詠み長くする歌に随い、律呂は声調を調和する。八音が和諧を得て、互いに次序を擾乱せざれば、神と人は和楽する。」夔は言った。「ああ、私が石磬を敲撃し、石磬を軽拍すれば、百獣はみな舞い従います。」

帝曰:“龍,朕塈讒說殄行,震驚朕師。命汝作納言,夙夜出納朕命,惟允!”帝曰:“諮!汝二十有二人,欽哉!惟時亮天功。”三載考績,三考,黜陟幽明,庶績咸熙。分北三苗。

舜帝は言った。「龍よ、私は讒言と残虐の行為を憎む。彼らはわが民衆を震驚させた。汝に命じて納言をなし、昼夜わが命令を宣布し転達させる。必ず誠信であれ。」舜帝は言った。「ああ、汝ら二十二人、敬慎せよ。時に即して輔佐し、上天の事功を成し遂げよ。」三年ごとに政績を考核し、三度考核した後、昏暗な者を罷黜し、賢明な者を升進させると、諸々の功業はみな興隆した。また分かれて三苗を処理した。

舜生三十徵,庸三十,在位五十載,陟方乃死。

舜は三十歳で徴召され、三十年職に任じ、帝位に居ること五十年、南方に巡守したときに崩じた(「陟方乃死」は一説に天に昇って死ぬことを指す)。

〖汩作九共槀飫〗帝釐下土,方設居方,別生分類。作《汩作》、《九共》九篇、《槀飫》。

〖汨作・九共・槀飫〗帝は下方の土地を治め、方位に従って居所を設け、姓氏を区別し、族類を分けた。ここに《汨作》《九共》九篇《槀飫》を作った。

虞書 大禹謨第三

皋陶矢厥謨,禹成厥功,帝舜申之。作《大禹》、《皋陶謨》、《益稷》。

皋陶はその謀略を陳述し、禹はその功業を成就し、帝舜は申明して発揮した。ここに《大禹謨》《皋陶謨》《益稷》を作った。

曰若稽古大禹,曰文命敷於四海,祗承於帝。曰:“後克艱厥後,臣克艱厥臣,政乃乂,黎民敏德。”

太古の大禹を考察すると、文徳の教命は四海に遍く布き、恭しく帝舜を承奉した。彼は言った。「君主が君主たることを艱難な事と見なし、臣子が臣子たることを艱難な事と見なせば、政事はよく治まり、衆の百姓は徳に勉力する。」

帝曰:“俞!允若茲,嘉言罔攸伏,野無遺賢,萬邦咸寧。稽於眾,捨己從人,不虐無告,不廢困窮,惟帝時克。”

舜帝は言った。「そうだ。まことにその通りだ。よき言論に隠伏する所なく、草野に遺漏される賢人なく、万邦はみな安寧する。衆人に向かって考核し、自らを捨てて人に従い、孤苦告ぐるなき者を虐待せず、困窮する者を廃棄しないのは、ただ堯帝のみが能くするところだ。」

益曰:“都,帝德廣運,乃聖乃神,乃武乃文。皇天眷命,奄有四海為天下君。”

益は言った。「ああ、堯帝の徳は広大に運行し、聖にしてまた神、武の功がありまた文徳がある。皇天が眷顧して任命し、彼に四海を有たしめ、天下の君主とした。」

禹曰:“惠迪吉,從逆兇,惟影響。”

禹は言った。「正道に順えば吉、違逆に従えば凶で、影と回响のように応験する。」

益曰:“籲!戒哉!儆戒無虞,罔失法度。罔遊於逸,罔淫於樂。任賢勿貳,去邪勿疑。疑謀勿成,百志惟熙。罔違道以幹百姓之譽,罔咈百姓以從己之慾。

益は言った。「ああ、警戒せよ。憂患なき時に儆戒し、法度を喪失するなかれ。安逸に遊蕩するなかれ、享楽に沈溺するなかれ。賢人を任用して三心二意あるなかれ、邪人を除去して遅疑あるなかれ。可疑の計謀を成すなかれ、諸々の志向はみな広大たれ。正道に違背して百姓の称誉を求めるなかれ、百姓を拂逆して自らの欲望に順うなかれ。

無怠無荒,四夷來王。”

(益が続けて言うには、)怠惰するなかれ、荒廃するなかれ、そうすれば四夷は来朝して天子に見えん。」

禹曰:“於!帝念哉!德惟善政,政在養民。水、火、金、木、土、谷,惟修;正德、利用、厚生、惟和。九功惟敘,九敘惟歌。戒之用休,董之用威,勸之以九歌俾勿壞。”

禹は言った。「ああ、帝よ、記憶せよ。徳は良好な政事にあり、政事の要は人民を養育するにあり。水・火・金・木・土・穀は、みな整治せよ。徳行を端正し、器用を便利にし、民生を豊厚にするを、みな調和せよ。この九つの事功が次序を得れば、九種の次序は歌に譜される。美善をもって勧戒し、威厳をもって督察し、さらに九歌をもって勧勉し、これらを敗壊ならしめない。」

帝曰:“俞!地平天成,六府三事允治,萬世永賴,時乃功。”

舜帝は言った。「そうだ。大地は平治し、天時は成就し、六府三事は確かにみな治められた。万世は永遠に依頼する。これは汝の功労だ。」

帝曰:“格,汝禹!朕宅帝位三十有三載,耄期倦於勤。汝惟不怠,總朕師。”

舜帝は言った。「来い、禹よ。私は帝位に居ること三十三年、年寿すでに高く、勤労に倦んでいる。汝は怠惰せず、来てわが民衆を総統せよ。」

禹曰:“朕德罔克,民不依。皋陶邁種德,德乃降,黎民懷之。帝念哉!念茲在茲,釋茲在茲,名言茲在茲,允出茲在茲,惟帝念功。”

禹は言った。「私の徳は勝任できず、人民は依従しないでしょう。皋陶は勤勉に徳行を播き、徳はここに人民に下り及び、衆の百姓は彼を懐念しています。帝よ、記憶せよ。記念するのはこの人、放下するもまたこの人、称説するのはこの人、誠信を発するもこの人です。どうか帝よ、彼の功労を記憶してください。」

帝曰:“皋陶,惟茲臣庶,罔或幹予正。汝作士,明於五刑,以弼五教。期於予治,刑期於無刑,民協於中,時乃功,懋哉。”

舜帝は言った。「皋陶よ、これらの臣民衆庶、わが正道を冒犯する者はいない。汝は法官をなし、五刑を彰明し、もって五教を輔助した。わが治理を助成せんことを期し、刑を用いるは刑を用いずに至るを希望し、人民はみな中道に合した。これは汝の功労だ。努力せよ。」

皋陶曰:“帝德罔愆,臨下以簡,御眾以寬;罰弗及嗣,賞延於世。宥過無大,刑故無小;罪疑惟輕,功疑惟重;與其殺不辜,寧失不經;好生之德,洽於民心,茲用不犯於有司。”

皋陶は言った。「帝の徳に過失はなく、下に臨んで簡易、衆を御して寛厚。懲罰は子孫に延及せず、賞賜は後世に延及す。過失を寛宥するは大に論ぜず、故意の犯罪を懲罰するは小に論ぜず。罪状に疑あれば軽きに従い、功労に疑あれば重きに従う。無辜を錯って殺すよりは、寧ろ常法を守らざるに失せん。生命を愛惜する徳は民心を浸潤し、これがため人民は官府に触れ犯すことをしない。」

帝曰:“俾予從欲以治,四方風動,惟乃之休。”

舜帝は言った。「汝は私をして心願のままに治め得らしめ、四方は風のごとく応えた。これは汝の美徳だ。」

帝曰:“來,禹!降水儆予,成允成功,惟汝賢。克勤於邦,克儉於家,不自滿假,惟汝賢。汝惟不矜,天下莫與汝爭能。汝惟不伐,天下莫與汝爭功。予懋乃德,嘉乃丕績,天之歷數在汝躬,汝終陟元后。人心惟危,道心惟微,惟精惟一,允執厥中。無稽之言勿聽,弗詢之謀勿庸。可愛非君?可畏非民?眾非元后,何戴?後非眾,罔與守邦?欽哉!慎乃有位,敬修其可願,四海困窮,天祿永終。惟口出好興戎,朕言不再。”

舜帝は言った。「来い、禹よ。洪水は私を警戒した。汝は信用を成就しまた事功を成就した。ただ汝のみ賢能だ。国家に勤労し、家中に節倹し、自ら満たず自ら大いにせず、ただ汝のみ賢能だ。汝はまさに誇耀せざるがゆえに、天下に汝と能を争う者はいない。汝はまさに自らその功を伐らざるがゆえに、天下に汝と功を争う者はいない。私は汝の徳を賛美し、汝の大功を嘉許する。天命の暦数(帝王相承の次序)は汝の身にあり、汝は終に大君の位に登るであろう。人心は険危であり、道心は微眇である。ただ精誠して専一にし、誠実にあの中道を持守せよ。考拠なき言を聴くなかれ、征詢せざる謀を用いるなかれ。愛すべきは君主ではないか。畏るべきは人民ではないか。民衆に大君なければ、誰を擁戴する。君主に民衆なければ、誰とともに邦を守る。敬慎せよ。汝の有する位を謹慎し、あの願求すべき徳を敬修せよ。もし四海が困窮すれば、上天の禄位は永遠に終止する。口はよき事を言い出すも兵戎を興すもする。わが言はもはや言わない。」

禹曰:“枚卜功臣,惟吉之從。”

禹は言った。「功ある臣子を一一問卜し、ただ吉兆に従うのみです。」

帝曰:“禹!官占惟先蔽志,昆命於元龜。朕志先定,詢謀僉同,鬼神其依,龜筮協從,卜不習吉。”禹拜稽首,固辭。

舜帝は言った。「禹よ。官府が問卜するのは、先に自らの志向を定めて、しかる後に大亀に命を問うのだ。わが志向はすでに先に定まり、征詢して謀るも衆人みな同意し、鬼神も依従し、亀筮ともに協従する。卜問は吉を重ねて求める必要がない。」禹は跪拜して叩頭し、堅く推辞した。

帝曰:“毋!惟汝諧。”

舜帝は言った。「そうするな。ただ汝のみが適する。」

正月朔旦,受命於神宗,率百官若帝之初。

正月初一の清晨、禹は神宗の廟で任命を受け、百官を率領した。礼儀は舜が初めて終を受けたときと同じであった。

帝曰:“諮,禹!惟時有苗弗率,汝徂徵。”

舜帝は言った。「ああ、禹よ。このとき有苗が教命に遵わない。汝、往いて征討せよ。」

禹乃會群后,誓於師曰;“濟濟有眾,鹹聽朕命。蠢茲有苗,昏迷不恭,侮慢自賢,反道敗德,君子在野,小人在位,民棄不保,天降之咎,肆予以爾眾士,奉辭伐罪。爾尚一乃心力,其克有勳。”

禹はここに各方の諸侯を会合し、軍隊に誓師して言った。「整斉たる衆将士よ、みなわが命令を聴け。蠢動するこれらの有苗は、昏昧迷惑して恭敬せず、侮慢にして自ら賢とし、正道に違反し徳行を敗壊し、君子は野にあり、小人は位にあり、人民は彼らを抛棄し彼らは自ら保つことができず、上天は灾咎を降した。ゆえに私は汝ら衆将士を率い、問罪の辞を奉じて有罪の者を討伐する。汝らはなお心力と心志を斉一にすれば、功勲を建立することができる。」

三旬,苗民逆命。益贊於禹曰:“惟德動天,無遠弗屆。滿招損,謙受益,時乃天道。帝初於歷山,往于田,日號泣於旻天,於父母,負罪引慝。祗載見瞽叟,夔夔齋慄,瞽亦允若。至諴感神,矧茲有苗。”

三十日、苗民はなお命令に違抗した。益は進言して禹を赞助して言った。「ただ徳のみが天を感動することができ、再遠の地にも到達する。自ら満つるは減損を招き、謙虚は補益を受ける。これは天道だ。帝舜は当初暦山にあって、田間に往き、日ごとに旻天に向かって号泣し、また父母に向かって号泣し、自ら罪過を負担して過失を招認した。恭しく瞽叟に見え、敬慎して戦慄すると、瞽叟も確かに和順した。至誠は神明を感動することができる。いわんやこれら有苗をや。」

禹拜昌言曰:“俞!”班師振旅。帝乃誕敷文德,舞幹羽於兩階,七旬有苗格。

禹はこの美言に拜謝して言った。「そうだ。」ここに隊を整えて班師した。舜帝はここに文徳を大いに施し、両階の間で盾牌と雉羽を舞わせると、七十日後に有苗は帰服しに来た。

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