新书 · 第1巻
新書 漢・賈誼
儒家典籍
初学は四書から入るのがよい。大学が綱を立て、論語が言を記し、孟子が展開し、中庸が収束する。続いて詩経・尚書・礼記と春秋三伝へ。荀子・春秋繁露・近思録・伝習録は、経学の外で儒学がどう語られてきたかを見る几道である。
新書漢賈誼
新書 漢・賈誼
卷第一
巻第一
過秦上
過秦 上
秦孝公據崤函之固,擁雍州之地,君臣固守,以窺周室,有席捲天下,包舉宇內,囊括四海之意,幷吞八荒之心。當是時也,商君佐之,內立法度,務耕織,修守戰之具:外連衡而鬥諸侯,於是秦人拱手而取西河之外。
秦の孝公は崤山・函谷関の険固を占め、雍州の土地を保有し、君臣が堅固に守り、周室を窺い伺い、天下を席巻し、宇内を包挙し、四海を囊括する意図、八荒を併呑する心を抱いていた。まさにこの時、商君が彼を補佐し、内には法度を建て、耕織に務め、攻守の器具を整え、外には連衡して諸侯を互いに闘わせた。そこで秦人は拱手して西河の外を手に入れた。
孝公既沒,惠文武昭襄王,蒙故業,因遺策,南取漢中,西舉巴蜀,東割膏腴之地,北收要害之郡。諸侯恐懼,同盟而謀弱秦,不愛珍器重寶肥饒之地,以致天下之士,合從締交,相與為一。當此之時,齊有孟嘗,趙有平原,楚有春申,魏有信陵。此四君者,皆明智而忠信,寬厚而愛人,尊賢重士。約從離衡,兼韓。魏。燕。趙。宋。衛。中山之眾。於是六國之士,有甯越。徐尚。蘇秦。杜赫之屬為之謀主,齊明。周最。陳軫。召滑。樓緩。翟景。蘇厲。樂毅之徒通其意,吳起。孫臏。帶佗。倪良。王廖。田忌。廉頗。趙奢之朋制其兵。嘗以什倍之地。百萬之眾,仰關而攻秦。秦人開關延敵,九國之師逡遁而不敢進。秦無亡矢遺鏃之費,而天下諸侯已困矣。於是從散約解,爭割地而賂秦。秦有餘力而制其弊,追亡逐北,伏屍百萬,流血漂櫓,因利乘便,宰割天下,分請山河,強國裂伏,弱國入朝。
孝公がすでに亡くなると、恵文王・武王・昭襄王は旧業を承け、遺策に沿い、南に漢中を取り、西に巴蜀を攻め取り、東に肥沃の土地を割き取り、北に要害の郡を収めた。諸侯は恐れ、同盟して秦を弱めようと謀り、珍器・重宝・肥饒の土地を惜しまずに天下の士を招致し、合従の盟約を締結して互いに一体となった。まさにこの時、斉には孟嘗君、趙には平原君、楚には春申君、魏には信陵君がいた。この四君は、みな明智にして忠信、寛厚にして人を愛し、賢を尊び士を重んじた。相約して合従し連衡を離散させ、韓・魏・燕・趙・宋・衛・中山の部衆を兼ね合わせた。そこで六国の士に、寧越・徐尚・蘇秦・杜赫のたぐいが謀主となり、斉明・周最・陳軫・召滑・楼緩・翟景・蘇厲・楽毅のたぐいが意を通じ、呉起・孫臏・帯佗・倪良・王廖・田忌・廉頗・趙奢の輩が軍隊を統制した。かつて十倍の土地、百万の部衆をもって関隘を仰ぎ攻め秦に攻め入った。秦人は関を開いて敵を迎え入れると、九国の軍は逡巡して退却し敢えて進まなかった。秦は矢一本・鏃一つの損耗もなく、天下の諸侯はすでに困窮していた。そこで合従は解散し盟約は解け、争って地を割き秦に賂った。秦は余力をもって彼らの疲弊を制し、敗走する者を追撃し、倒れた死体は百万、血の流れは楯を浮き上がらせた。便に乗じて天下を宰割し、山河を分割し(底本は「分請」、おそらく「分裂」の誤り)、強国は裂けて降伏し、弱国は入朝した。
施及孝文王。莊襄王,享國日淺,國家無事。及至始皇,奮六世之餘烈,振長策而御宇內,吞二週而亡諸侯,履至尊而制六合,執搞樸以鞭笞天下,威振四海,南取百粵之地,以為桂林象郡。百粵之君,俛首繫頸,委命下吏,乃使蒙恬北築長城而守藩籬,卻匈奴七百餘里。胡人不敢南下而牧馬,士不敢彎弓而報怨。於是廢先王之道,燔百家之言,以愚黔首。墮名城,殺豪俊,收天下之兵,聚之咸陽。銷鋒鍉,鑄以為金人十二,以弱天下之民。然後踐華為城,因河為池,據億丈之高,臨百尺之淵以為固。良將勁弩,守要害之處:信臣精卒,陳利兵而誰何。天下已定,始皇之心,自以為關中之固,金城千里,子孫帝王萬世之業也。
孝文王・荘襄王に続くに及んで、国を享ける日は短く、国家に事はなかった。始皇に及ぶと、六世の残りの功業を奮い起こし、長鞭を振るって宇内を御し、東西二周を呑み込んで諸侯を滅ぼし、至尊に登りて六合を制し、杖撲を執って天下を鞭打ち、威勢は四海に震動した。南に百越の土地を取り、桂林・象郡を設けた。百越の君は頭を垂れて縄を頸にかけ、性命を下級の官吏に委ねた。そこで蒙恬を遣わして北方に長城を築いて藩籬を守らせ、匈奴を七百余里退却させた。胡人は南に下って馬を牧することを敢えてせず、士は弓を弯めて仇を報いることを敢えてしなかった。そこで先王の道を廃し、百家の書を焼き、黔首を愚弄した。名城を毀壊し、豪俊を殺害し、天下の兵器を収めて咸陽に集めた。刀鋒・箭頭を鋳溶かして十二の金人を作り、天下の民を弱めた。それから華山を據えて城とし、黄河に就いて池とし、億丈の高きに拠り、百尺の深淵に下臨して険固とした。良将・硬弩をもって要害の地を守らせ、信臣・精卒をして利兵を陳べて過ぐる者を呵問させた。天下すでに平定せり、始皇の心は、自ら关中の険固、金城千里をもって、子孫帝王万世の基業なりと思った。
始皇既沒,餘威振於殊俗。然而陳涉,甕牖繩樞之子,氓隸之人,而遷徙之徒也。材能不及中人,非有仲尼。墨翟之賢,陶朱。猗頓之富,躡足行伍之閒,俛起阡陌之中,率疲弊之卒,將數百之眾,轉而攻秦。斬木為兵,揭竿為旗,天下雲合響應,贏糧而景從。山東豪傑並起,而亡秦族矣。
始皇がすでに亡くなると、残りの威勢はなお遠方の異俗を震動させた。しかるに陳渉は、甕を牕とし縄を枢とする家の子であり、氓隷のたぐいであり、また迁徙の徒役であった。才能は中等人に及ばず、仲尼・墨翟の賢なく、陶朱・猗頓の富なく、行伍の間に足を插し、阡陌の中より俯身して起こり、疲弊の士卒を率い、数百人を統領し、転じて秦を攻めた。樹木を斫って兵器となし、竹竿を挙げて旗となすと、天下は雲のごとく会合して応じ、糧食を帯びて影のごとく従った。山東の豪傑が一斉に起こり、秦族はついに滅亡した。
且夫天下非小弱也,雍州之地,崤函之固,自若也。陳涉之位,非尊於齊。楚。燕。趙。韓。魏。宋。衛。中山之君也:鉏耰棘矜,不敵於鉤戟長鎩也:謫戍之眾,非抗九國之師也:深謀遠慮,行軍用兵之道,非及曩時之士也:然而成敗異變,功業相反也。試使山東之國,與陳涉度長絜大,比權量力,則不可同年而語矣。然秦以區區之地,致萬乘之勢,序八州而朝同列,百有餘年矣。然後以六合為家,崤函為宮,一夫作難而七廟墮,身死人手,為天下笑者,何也?仁心不施,而攻守之勢異也。
しかも天下は小さくも弱くもなっていなかった。雍州の土地、崤函の険固は、なお昔のままである。陳渉の地位は、斉・楚・燕・趙・韓・魏・宋・衛・中山の君より尊いわけではなかった。鋤耰・棘矜は鉤戟・長矛に敵せず、謫戍の部衆は九国の軍隊に抗衡できず、深謀遠慮・行軍用兵の道は、かつてのあれらの士に及ばなかった。しかるに成敗の変化は異なり、功業は相反した。試みに山東の諸国をして陳渉と長短大小を比量させ、権勢力量を比較せしめば、同年に語ることはできない。しかるに秦は区々たる土地をもって万乗の勢に達し、八州を統序して同等の列国を来朝させたこと、百有余年である。それから六合をもって家となし、崤函をもって宮としたが、一人が難を発すれば七廟が毀れ、身は他人の手に死に、天下に笑われた。なぜか。仁心が施されず、攻守の勢がすでに異なっていたからである。
過秦中
過秦 中
秦滅周祀,幷海內,兼諸侯,南面稱帝,以四海養。天下之士,斐然向風,若是何也?曰:近古之無王者久矣,周室卑微,五霸既滅,令不行於天下,是以諸侯力政。強凌弱,眾暴寡,兵革不休,士民罷弊。今秦南面而王天下,是上有天子也。即元元之民,冀得安其性命,莫不虛心而仰上。當此之時,專威定功,安危之本,在於此矣。
秦は周の祭祀を滅ぼし、海内を併呑し、諸侯を兼并し、南面して帝と称し、四海をもって供養した。天下の士は斐然として風化を向往したが、このようになったのはなぜか。曰く、近古に王なきこと久しく、周室は卑微にして五霸すでに滅び、令は天下に行われず、ゆえに諸侯は武力をもって征伐した。強は弱を陵し、人多きは人少なきを暴虐し、兵革休まず、士民は疲弊した。今秦が南面して天下に王と称するは、上に天子あればなり。そこで元元の民は、性命を安定せんことを望み、虚心して上を仰望せざるなし。まさにこの時、威勢を一にして功を定めるは、安危の根本、まさにここに在り。
秦王懷貪鄙之心,行自奮之智,不信功臣,不親士民。廢王道而立私愛,焚文書而酷刑法,先詐力而後仁義,以暴虐為天下始。夫幷兼者高詐力,安危者貴順權。推此言之,取與攻守不同術也。秦雖離戰國而王天下,其道不易,其政不改,是其所以取之也,孤獨而有之,故其亡可立而待也。借使秦王論上世之事,並殷周之跡,以制御其政,後雖有淫驕之主,猶未有傾危之患也。故三王之建天下,名號顯美,功業長久。
秦王は貪鄙の心を懐き、自ら奮い起こす智を行い、功臣を信じず、士民に親しまなかった。王道を廃して私愛を樹て、文書を焚いて刑法を厳酷にし、詐力を先とし仁義を後とし、暴虐をもって天下に始めを開いた。兼并する者は詐力を重んじ、危局を安んずる者は順時権変を貴ぶ。これより推せば、取ることと攻守は同一の術ではない。秦は戦国を離れて天下に王と称したが、その道改まらず、その政改まらず、これがその取る所以の術、孤独に占有するゆえに、滅亡は立ちどころに至るべし。仮に秦王が上世の事を論じ、殷周の事蹟を并び比べて、もってその政を制御せば、後に淫驕の君あるも、なお傾危の禍患はなからん。そこで三王が天下を建て、名号は顕赫として美しく、功業は長久なり。
今秦二世立,天下莫不引領而觀其亡。夫寒者利裋褐,而飢者甘糟糠:天下囂囂,新主之資也,此言勞民之易為仁也。向使二世有庸主之行,而任忠賢,臣主一心,而憂海內之患,縞素而正先帝之過:裂地分民,以封功臣之後:建國立君,以禮天下。虛囹圄而免刑戮,去收孥汙穢之罪,使各反其鄉里。發倉廩,散財幣,以振孤獨窮困之士。輕賦少事,以佐百姓之急,約法省刑,以持其後。使天下之人,皆得自新,更節循行,各慎其身。塞萬民之望,而以盛德與天下息矣。即四海之內,皆歡然各自安樂其處,惟恐有變。雖有狡害之民,無離上之心,則不軌之臣,無以飾其智,而暴亂之奸弭矣。二世不行此術,而重以無道,壞宗廟,與民更始作阿房之宮,繁刑嚴誅,吏治刻深,賞罰不當,賦斂無度。天下多事,吏不能紀,百姓困窮,而主不收恤。然後奸偽並起,而上下相遁,蒙罪者眾,刑僇相望於道,而天下苦之。自群卿以下,至於眾庶,人懷自危之心,親處窮苦之實,鹹不安其位,故易動也。是以陳涉不用湯武之賢,不借公侯之尊,奮於大澤,而天下響應者,其民危也。
今、秦の二世が位に即くと、天下はその亡びるを伸頸して見ざるはなし。寒き者は短褐をもって利となし、飢えたる者は糟糠をもって甘美とす。天下の喧擾は、新主の憑藉なり、これは労苦の民はこれに仁を行い易しと謂うなり。仮に二世が平庸の君の行ありて忠賢を任用し、臣主心を一にし、海内の患を憂え、縞素を着て先帝の過を改め、地を裂き民を分かちて功臣の後裔を封じ、国を建て君を樹て、礼をもって天下に接したらば。牢獄を空虚にして刑戮を免じ、収孥などの汚穢の罪を去り、各々郷里に帰らしめたらば。倉廩を開き、財幣を散發して、孤独困窮の士を賑済したらば。賦税を減じ勞事を省きて、百姓の急難を助け、法令を簡約し刑罰を減省して、その後を維持したらば。天下の人をして、皆自ら更新し、節操を改め善行に循り、各々其身を謹ましめたらば。万民の期望を満たし、盛徳をもって天下と共に休息したらば。すなわち四海の内、皆歓然として各々その処を安くし、ただ変故あるを恐れん。たとい狡詐にして害をなす民あるも、上に背くの心なく、すなわち不軌の臣、その智を文飾する術なく、暴乱の奸止息せん。二世はこの術を行わず、また無道を加重し、宗廟を毀壞し、民と更始するも去って阿房宮を造り、刑を繁し誅を厳しくし、吏治は刻薄にして深苛、賞罰は当たらず、賦斂に限度なし。天下事多く、官吏整理し得ず、百姓困窮にして、主上收恤せず。しかる後に奸偽一斉に起こり、上下互いに逃避し、罪を蒙る者は多く、刑戮を受くる者は路に相望み、天下これを苦とす。群卿以下、衆庶に至るまで、人人自危の心を懐き、身は窮苦の実に処り、皆その位を安くせず、ゆえに騷動し易し。ここにおいて陳渉は湯武の賢を用いず、公侯の尊を借らず、大沢より奮起して天下応ずるは、民の危急なるがゆえなり。
故先王者,見終始之變,知存亡之由,是以牧之以道,務在安之而已矣。下雖有逆行之臣,必無響應之助。故曰:"安民可與為義,而危民易與為非。"此之謂也。貴為天子,富有四海,身在於戮者,正之非也,是二世之過也。
ゆえに先王は、終始の変化を見、存亡の由緒を知り、それゆえ道をもって牧養し、務めて彼らを安んずるのみ。下に逆行の臣あるも、必ず応ずる助力なし。ゆえに曰く、「安定の民は共に義をなすべく、危急の民は共に非をなし易し」と。これを謂うなり。貴くも天子たり、富くも四海を有するに、身は刑戮に陷るは、糾正の術あらざるなり、これ二世の過なり。
過秦下
過秦 下
秦兼諸侯山東三十餘郡,循津關,據嶮塞,繕甲兵而守之。然陳涉率散亂之眾數百,奮臂大呼,不用弓戟之兵,鉏耰白梃,望屋而食,橫行天下。秦人阻嶮不守,關梁不閉,長戟不刺,強弩不射,楚沛深入,戰於鴻門,曾無藩籬之難。於是山東諸侯並起,豪俊相立,秦使章邯將而東征。章邯因其三軍之眾,要市於外,以謀其二。群臣之不相信,可見於此矣。
秦は諸侯を兼并して山東三十余郡を并し、津関を巡守し、険塞を占據し、甲兵を修繕して防守した。しかるに陳渉は散亂の部衆数百人を率い、臂を奮い大呼すれば、弓戟の兵器を用いず、鋤耰・白木の棍、房屋を見れば就きて食い、天下に横行した。秦人は険阻守ること能わず、關梁は關ずること能わず、長戟刺さず、強弩射ず、楚地・沛地の人は深入し、鴻門に交戰し、ついに藩籬の阻難なし。そこで山東の諸侯一斉に起こり、豪俊各々事を立て、秦は章邯を遣わして兵を統べ東征せしめた。章邯は三軍の部衆に憑り、外にあって要挾して市を求め、もってその主上を謀算した。群臣互いに信じ合わざるは、ここより見るべし。
子嬰立,遂不悟。借使子嬰有庸主之材,而僅得中佐,山東雖亂,三秦之地可全而有,宗廟之祀宜未絕也。秦地被山帶河以為固,四塞之國也。自繆公以來,至於秦王,二十餘君,常為諸侯雄。此豈世賢哉,其勢居然也。且天下嘗同心幷力攻秦矣,然困於嶮岨而不能進者,豈勇力智能不足哉,形不利,勢不便。秦雖小邑,伐幷大城,得阨塞而守之。諸侯起於匹夫,以利會,非有素王之行也。其交未親,其名未附,名曰亡秦,其實利之也。彼見秦阻之難犯,必退師,案土息民,以待其弊。承解誅罷,以令國君,不患不得意於海內。貴為天子,富有四海,而身為禽者,捄敗非也。
子嬰が位に即くも、ついに覚悟せず。仮に子嬰に平庸の君主の材能あり、また僅かに中等の輔佐を得ば、山東乱るるも、三秦の土地はなお保全占有し得べく、宗廟の祭祀はまだ断絶せざるべし。秦地は山を被り河を帯びて険固となし、四塞の国なり。繆公より以来、秦王に至るまで、二十余君、常に諸侯の中の雄長たり。これ豈世世賢ならんや、形勢そこに処ればなり。しかも天下かつて同心合力して秦を攻めんとするも、険阻に困せられて進むこと能わざりしは、豈勇力智能足らざればや、地形利あらず、形勢便ならざればなり。秦は小邑なるも、攻伐して大城を兼并し、隘塞を得て防守す。諸侯は匹夫より興り、利に因りて会合し、素王の德行なし。彼らの交情いまだ親しまず、名声いまだ帰附せず、名義上は亡秦、其の実は利を圖るなり。彼らは秦の険阻犯し難きを見れば、必ず師を退き、土地を安んじ人民を休息し、秦の弊敗を待つ。懈怠に乗じて疲敝を誅滅し、もって國君に號令せば、海内に志を得ざらんを愁えず。貴くも天子たり、富くも四海を有するに、身は擒にせらるるは、敗局を挽救する術あらざればなり。
秦王足己而不問,遂過而不變。二世受之,因而不改,暴虐以重禍。子嬰孤立無親,危弱無輔。三主之惑,終身不悟,亡不亦宜乎!當此時也,世非無深謀遠慮知化之士也,然所以不敢盡忠拂過者,秦俗多忌諱之禁也,忠言未卒於口,而身糜沒矣。故使天下之士傾耳而聽,重足而立,闔口而不言。是以三主失道,而忠臣不諫,智士不謀也。天下已亂,奸臣不上聞,豈不悲哉!先王知壅蔽之傷國也,故置公。卿。大夫。士,以飾法設刑,而天下治。其強也,禁暴誅亂而天下服:其弱也,五霸徵而諸侯從:其削也,內守外附而社稷存。故秦之盛也,繁法嚴刑而天下震。及其衰也,百姓怨而海內叛矣。故周王序得其道,千餘載不絕,秦本末並失,故不能長。由是觀之,安危之統,相去遠矣。
秦王は自ら満ちて問わず、過を鑄成して改めず。二世はこれを受け、因循して改めず、暴虐をもって禍を加重す。子嬰は孤立して親信なく、危弱にして輔佐なし。三君の迷惑、身終わるまで覚悟せず、滅亡するもまた宜なきかな!まさにこの時、世に深謀遠慮して変化を知る士なきにあらざれども、敢えて忠を尽くし過を矯正せざる所以は、秦俗に忌諱の禁令多く、忠言いまだ終わらざるに、身はすでに糜爛滅亡す。ゆえに天下の士をして側耳して聴き、足を疊みて立ち、口を閉じて言わざらしむ。ここにおいて三君は道を失い、忠臣は諫めず、智士は謀らず。天下すでに乱るるに、奸臣上に告げず、豈悲しまざらんや!先王は壅蔽の國を傷るを知り、ゆえに公・卿・大夫・士を設けて、もって法令を整飭し刑罰を設立せば、天下治まる。強盛の時、暴乱を禁じ作亂を誅滅して天下服従す。衰弱の時、五霸征討して諸侯從う。削小の時、内守り外附して社稷なお在り。ゆえに秦の強盛の時、繁法嚴刑にして天下震動す。および其の衰落、百姓怨恨して海内背叛す。ゆえに周王は次序を道に合せて排し、千有余年絶えず、秦は本末ともに失い、ゆえに久しきこと能わず。これより見れば、安危の統緒、相去ること遠し。
鄙諺曰:"前事之不忘,後之師也。"是以君子為國,觀之上古,驗之當世,參之人事。察盛衰之理,審權勢之宜,去就有序,變化因時,故曠日長久,而社稷安矣。
俗諺に曰く、「前の事を忘れざるは、後の師なり」と。ここにおいて君子國を治むるに、上古を觀察し、當代をもって驗し、人事をもって參校す。盛衰の道理を察し、權勢の宜を審し、去就次序あり、變化時に因る、ゆえに日子長久にして社稷安定す。
宗首
宗首
今或親弟謀為東帝,親兄之子西向而擊,今吳又見告矣。天子春秋鼎盛,行義未過,德澤有加焉,猶尚若此,況莫大諸侯,權勢十此者乎!
今や親弟あって東帝を為さんと謀り、親兄の子は西に向かって進攻し、今また呉が告發せらる。天子年歳まさに盛んにして、義を行い過なく、德澤なお増加あり、なおかくのごとし。況んやこれより大なる諸侯、權勢これに十倍するをや!
然而天下少安者,何也?大國之王,幼在懷衽,漢所置傅相,方握其事。數年之後,諸侯王大抵皆冠,血氣方剛。漢之所置傅,歸休而不肯住,漢所置相,稱病而賜罷。彼自丞尉以上,偏置其私人,如此有異淮南。濟北之為耶!此時而乃欲為治安,雖堯舜不能。
然るに天下稍や安定せるは、何ぞや。大國の王は幼年にして懷衽に在り、漢の設くる傅相、まさに政事を掌握す。數年の後、諸侯王大抵皆成年加冠し、血氣方に剛なり。漢の設くる傅は家に歸り休みて留まるを肯ぜず、漢の設くる相は病を稱して罷免を賜る。彼ら丞尉以上、遍く己が私人を安置す。これ淮南・濟北の作為と何の異ならん!この時始めて治安を求めんと欲すも、堯舜たりとも能わず。
黃帝曰:"日中必,操刀必割。"今令此道順而全安甚易,弗肯早為已,乃墮骨肉之屬而抗剄之,豈有異秦之季世乎!夫以天子之位,用天下之力,乘今之時,因天之助,尚憚以危為安,以亂為治。假設陛下居齊桓之處,將不合諸侯匡天下乎!
黃帝曰く、「日頭中に正しければ必ず曝さん、刀を執れば必ず割かん」と。今この道理を順行せしめて安定を保全するは易し、早く為すを肯ぜざるのみ、竟に骨肉の屬を毀壞してこれを斬殺せんとは、秦の末世と何の異ならん?天子の位に憑り、天下の力を用い、今の時機に趁り、天の助を借るに、なお危を安に転じ亂を治に轉ずるを畏る。假令陛下斉桓公の位に處らば、將に諸侯を合し天下を匡正せざらんか!
數寧
數寧
臣竊惟事勢,可痛惜者一,可為流涕者二,可為長大息者六。若其它倍理而傷道者,難遍以疏舉。進言者皆曰:"天下已安矣。"臣獨曰:"未安。"或者曰:"天下已治矣。"臣獨曰:"未治。"恐逆意觸死罪,雖然,誠不安,誠不治。故不敢顧身,敢不昧死以聞。夫曰天下安且治者,非至愚無知,固諛者耳,皆非事實,知治亂之體者也。夫抱火措之積薪之下,而寢其上,火未及?,因謂之安,偷安者也。方今之勢,何以異此?夫本末舛逆,首尾橫決,國制搶攘,非有紀也,胡可謂治?陛下何不一令臣得熟數之於前,因陳治安之策,陛下試擇焉。
臣竊に事勢を思量するに、痛惜すべきは一項あり、流涕すべきは二項あり、長歎すべきは六項あり。其の他理に違い道を傷るに至っては、一々枚擧し難し。進言する者皆曰く、「天下すでに安定せり」と。臣獨り曰く、「安定せず」と。或る者曰く、「天下すでに治理せり」と。臣獨り曰く、「治理せず」と。上意に違い死罪に觸るるを懼るるも、然りといえども、實に安定せず、實に治理せず。ゆえに敢えて身を顧惜せず、敢えて死を冒して稟告せずんばあらず。天下安定し治理せりと曰うは、至愚無知にあらざれば、卽ち阿諛の人なり、皆事實を知り治亂體要を知る者にあらず。火を積薪の下に置きて其上に睡り、火いまだ燒き至らざるに(底本此處に缺字あり)、卽ち安定と曰うは、安を偸ぶ者なり。當今の形勢、これと何の異ならん?本末顚倒し、首尾斷裂し、國制紛亂して紀綱なし、豈治と謂うべけんや?陛下何ぞ臣をして面前に詳細に數說せしめ、因りて治安の計策を陳べ、陛下試みに擇ばしめざるや。
射獵之娛,與安危之機,孰急也?臣聞之:自禹已下五百歲而湯起,自湯已下五百餘年而武王起,故聖王之起,大以五百為紀。自武王已下,過五百歲矣,聖王不起,何慅矣。及秦始皇帝,似是而卒非也,終於無狀。及今天下集於陛下,臣觀寬大知通,竊曰:是以摻亂業,握危勢,若今之賢也,明通以足天紀,又當天宜,請陛下為之矣。然又未也者,又將誰須也?使為治,勞知慮,苦身體,乏馳騁鐘鼓之樂,勿為可也,樂與今同耳。因加以常安,四望無患,因諸侯附親軌道,致忠而信上耳:因上不疑其臣,無族罪,兵革不動,民長保首領耳:因德窮至遠,近者匈奴,遠者四荒,苟人跡之所能及,皆鄉風慕義,樂為臣子耳:因天下富足,資財有餘,人及十年之食耳:因民素樸,順而樂從令耳:因官事甚約,獄訟盜賊可令?有耳。大數既得,則天下順治,海內之氣,清和鹹理,則萬生遂茂。晏子曰:"唯以政順乎神為可以益壽。"發子曰:"至治之極,父無死子,兄無死弟,塗無襁褓之葬,各以其順終。穀食之法,固百以是,則至尊之壽,輕百年耳,古者五帝,皆踰百歲。"以此言信之,因生為明帝,沒則為明神,名譽之美,垂無窮耳。禮:祖有功,宗有德,始取天下為功,始治天下為德。因觀成之廟,為天下太宗,承太祖,與天下漢長亡極耳。因卑不疑尊,賤不踰貴,尊卑貴賤,明若白黑,則天下之眾不疑眩耳。因經紀本於天地,政法倚於四時,後世無變故,無易常,襲跡而長久耳。臣竊以為建久安之勢,成長治之業,以承祖廟,以奉六親,至孝也:以宰天下,以治群生,神民鹹億,社稷久饗,至仁也:立經陳紀,輕重周得,後可以為萬世法,以後雖有愚幼不肖之嗣,猶得蒙業而安,至明也。壽並五帝,澤施至遠,於陛下何損哉!
射獵の娛樂と安危の機樞と、孰れか急迫ならん。臣聞く、禹以下五百年にして湯興り、湯以下五百餘年にして武王興る。ゆえに聖王の興るは、大抵五百年をもって紀とす。武王以下、すでに五百年を過ぎ、聖王興らざるは、如何ぞ安からざる。秦始皇帝に及び、似たるもついに是ならず、終わりに好結果を得ず。今に至り天下は陛下に聚まり、臣は陛下の寛大通達を觀るに、竊に曰く、これ足りて亂業を整頓し、危勢を把握し、今のごとき賢明、明通足りて上は天紀に合し、また正に天時の宜に當たる、請う陛下之を為さん。然るにまたいまだ為さず、將にまた誰を待たん?假令治のため、思慮を勞費し、身體を苦しめ、馳騁・鍾鼓の快樂を缺く、為さざるも可なり、快樂は今と同じのみ。因りて長久の安定を加え、四面に禍患なく、因りて諸侯親附して軌道に循り、忠を盡くして上を信從し、因りて上は臣下を疑わず、滅族の罪なく、兵革動かず、民は久しく頭顱を保ち、因りて德は最遠に達し、近きは匈奴、遠きは四荒、凡そ人跡の到る所能、皆風化を向往し義を仰慕し、臣子たるを樂しみ、因りて天下富足し、資財有餘り、人に十年の糧食あり、因りて民は素朴にして順從し令に從うを樂しみ、因りて官事甚だ簡約にして、獄訟・盗賊は殆ど無からしめん(底本此處に缺字あり)。大數すでに得たれば、天下卽ち順治し、海内の氣、清和にして皆理順し、萬類卽ち生長して茂盛ならん。晏子曰く、「唯政をもって神に順うのみ壽命を增益すべし」と。或る者曰く、「至治の極、父は子に先だって死せず、兄は弟に先だって死せず、路に襁褓中の嬰兒の葬なく、各々其の順に從って終わる。穀食の法則、本來このをもって百と為す、卽ち至尊の壽命、百年を輕しと見るのみ、古の五帝、皆百歲を過ぎたり」と。この言をもって信ずれば、生きて明帝と為り、死して明神と為り、名譽の美、無窮に垂れん。禮、祖は功あり、宗は德あり、始めて天下を取るは功、始めて天下を治むるは德。因りて已成の廟を觀、天下の太宗と為り、上は太祖を承け、天下漢朝と共に長久にして終極なし。因りて卑は尊を疑わず、賤は貴を越えず、尊卑貴賤、明白にして黑白のごとく、天下の衆人疑惑眩亂せず。因りて經紀は天地を本とし、政法は四時に倚り、後世變故なく、常規を改易せず、事蹟に沿襲して長久ならん。臣竊に以為す、久安の形勢を建立し、長治の事業を成就し、もって祖廟を承奉し、六親を奉養するは、至孝なり。もって天下を主宰し、群生を治理し、神民皆安く、社稷久しく祭祀を享くるは、至仁なり。經常を建立し紀綱を陳列し、輕重周備得當にして、後に萬世の法と為すべく、後にたとい愚幼小肖の後嗣あるも、なお基業を蒙りて安定せるは、至明なり。壽命は五帝と竝び、恩澤は最遠に施す、陛下に於て何の損あらん!
以陛下之明通,因使少知治體者,得佐下風,致此治非有難也,陛下何不一為之?其具可素陳於前,願幸無忽。臣謹稽之天地,驗之往古,案之當時之務,日夜念此至孰也,雖使禹舜生而為陛下計,無以易此。
陛下の明通に憑り、因りて稍や治體を知る者をして、下風に輔佐せしめ得ば、斯の治理に達するは難きことなし、陛下何ぞ試みに一度之を為さざるや?其の具體條目は平素面前に陳列し得べし、願わくは忽視することなかれ。臣謹んで天地を考稽し、往古を驗證し、當時の事務を按驗し、日夜熟極に至るまで思うも、禹舜をして生きて陛下のために謀らしめても、これを改換する能わざるなり。
藩傷
藩傷
夫樹國必審相疑之勢,下數被其殃,上數爽其憂,兇飢數動,彼必將有怪者生焉。禍之所罹,豈可豫知?故甚非所以安主上,非所以活大臣者也,甚非所以全愛子者也。
封國を樹立するに必ず互いに疑忌する形勢を審察せよ。下は屢々禍殃を被り、上は屢々憂患を承け、凶飢屢々發動すれば、其の處必ず怪事發生せん。禍の牽連する所、豈豫め知るべけんや?ゆえに甚だ主上を安んずるに用いるべからず、大臣を保全するに用いるべからず、甚だ愛子を保全するに用いるべからず。
既已令之為藩臣矣,為人臣下矣,而厚其力,重其權,使有驕心而難服從也,何異於善砥鏌?而予射子,自禍必矣。愛之,故使飽粱肉之味,玩金石之聲,臣民之眾,土地之博,足以奉養宿衛其身。然而權力不足以徼倖,勢不足以行逆,故無驕心,無邪行,奉法畏令,聽從必順,長生安樂,而無上下相疑之禍。活大臣,全愛子,孰精於此?
既に彼らをして藩臣と為し、臣下と為せしめたるに、其の力を加厚し、其の權を加重し、彼らをして驕心有りて服從し難からしむるは、善く鏌鋣を磨快するも會射箭する子に交與するに何の異ならん?自ら禍を招くは一定なり。彼らを愛するは、ゆえに彼らをして粱肉の味を飽食せしめ、金石の聲を玩賞せしめ、臣民の衆多、土地の廣闊、足りて宿衞自身を奉養す。然るに權力は僥倖に足らず、勢力は逆を作すに足らず、ゆえに驕心なく、邪行なく、法を奉じ令を畏れ、聽從すれば必ず順從し、長生安樂にして、上下互いに疑忌する禍なし。大臣を保全し、愛子を保全するは、なおこれより精當なる者あらんや?
且藩國與制力非獨少也。制令:其有子,以國其子:未有子者,建分以須之。子生而立,其身以子,夫將何失?於實無喪,而葆國無患,子孫世世,與漢相須,皆如長沙,可以久矣。所謂生死而肉骨,何以厚此?
しかも藩國と朝廷の制度力量は只少なきのみにあらず。法令を制定す、彼に子あれば、卽ち國を其の子に與え、未だ子なき者は、分封を建立して待つ。子生まれれば卽ち立て、自身子に傳ゆ、將に何を失わん?實に損失なく、封國を保全して禍患なく、子孫世々、漢と互いに依存し、皆長沙のごとくなれば、長久ならん。所謂死人をして復生せしめ白骨をして肉を生ぜしむるは、なおこれより厚き者あらんや?
藩強
藩強
竊跡前事,大抵強者先反。淮陰王楚最強,則最先反:韓王信倚胡,則又反:貫高因趙資,則又反:陳豨兵精強,則又反:彭越用梁,則又反:黥布用淮南,則又反:盧綰國比最弱,則最後反。長沙乃才二萬五千戶耳,力不足以行逆,則功少而最完,埶疏而最忠,全骨肉。時長沙無故者,非獨性異人也,其形勢然矣。
竊に以前の事を考迹するに、大抵強き者は先に反す。淮陰は楚に於て最も強し、卽ち最も先に反し、韓王信は胡に倚靠せば、また反し、貫高は趙の資財に憑藉せば、また反し、陳豨は兵精強なれば、また反し、彭越は梁を用いれば、また反し、黥布は淮南を用いれば、また反し、盧綰の國は比較最も弱し、卽ち最後に反す。長沙は僅に二萬五千戸のみ、力量は逆を作すに足らず、卽ち功勞少なくして最も完整、情勢疎遠にして最も忠、骨肉を保全す。當時長沙に變故なきは、獨り性情人と異なるにあらず、形勢然らしむればなり。
曩令樊。酈。絳。灌據數十城而王,今雖以殘亡可也。令韓信黥布彭越之倫,列為徹侯而居,雖至今存可也。然則天下大計可知已。欲諸王皆忠附,則莫若令如長沙:欲勿令葅醢,則莫若令如樊。酈。絳。灌:欲天下之治安,天子之無憂,莫如眾建諸侯而少其力。力少則易使以義,國小則無邪心。
昔假令樊噲・酈商・絳侯・灌嬰をして數十城を據って王と稱せしめば、今たとい已に殘亡せるも可なり。韓信・黥布・彭越の類をして、列を徹侯にして居處せしめば、たとい今に至るまでなお在るも可なり。卽ち天下の大計知るべし。諸王をして皆忠心親附せしめんと欲せば、彼らをして長沙のごとくせしむるに如かず。彼らをして肉醬に剉られざらしめんと欲せば、彼らをして樊噲・酈商・絳侯・灌嬰のごとくせしむるに如かず。天下治安、天子憂なからんと欲せば、多多諸侯を建立して其の力量を減少せしむるに如かず。力量少なければ義をもって役使し易く、國小なければ邪心なし。
大都
大都
昔楚靈王問範無宇曰:"我欲大城陳。蔡。葉與不羹,賦車各千乘焉,亦足以當晉矣,又加之以楚,諸侯其來朝乎?"範無宇曰:"不可。臣聞:大都疑國,大臣疑主,亂之媒也:都疑則交爭,臣疑則並令,禍之深者也。今大城陳。蔡。葉與不羹,或不充,不足以威晉。若充之以資財,實之以重祿之臣,是輕本而重末也。臣聞尾大不掉,末大必折,此豈不施威諸侯之心哉?然終為楚國大患者,必此四城也。靈王弗聽,果城陳。蔡。葉與不羹,實之以兵車,充之以大臣。是歲也,諸侯果朝。居數年,陳。蔡。葉與不羹,或奉公子棄疾內作難,楚國雲亂,王遂死於乾溪芊尹申亥之井。為計若此,豈不可痛也哉!悲夫!本細末大,弛必至心。時乎!時乎!可痛惜者此也。
昔楚の靈王、范無宇に問うて曰く、「吾大いに陳・蔡・葉與不羹の城を修築し、各々兵車一千乘を出さんと欲す、亦足りて晉を抵當せん、これに楚を加え、諸侯來朝せんか」と。范無宇曰く、「可ならず。臣聞く、大都邑は國に敵し、大臣は主に敵するは、亂の媒なり。都邑敵せば交々爭奪し、臣敵せば竝びて命令を出す、是禍の深重なる處なり。今大いに陳・蔡・葉與不羹を修築し、或るは充實せず、足らずして晉を威懾せん。若し資財をもって充實し、重祿有る臣をもって充實せば、是本を輕んじ末を重んずるなり。臣聞く、尾大なれば卽ち掉すこと能わず、末大なれば必ず折る、これ豈威勢を諸侯に施加する心にあらざるか?然るに終に楚國の大患と為るは、必ずこの四城なり」と。靈王聽かず、果して陳・蔡・葉與不羹を修築し、兵車をもって充實し、大臣をもって充實す。是年、諸侯果して來朝す。數年を過ぎ、陳・蔡・葉與不羹、或るは公子棄疾を侍奉して内部難を作し、楚國大亂し、王は終に乾谿の芊尹申亥の井に死す。謀劃かくのごときは、豈痛まざるべけんや!悲哀かな!本細く末大き、弛んで必ず心腹に至る。時機かな!時機かな!痛惜するは卽ちこのなり。
天下之勢,方病大尰,一脛之大幾如要,一指之大幾如股,惡病也,平居不可屈信,一二指搐,身固無聊也。失今弗治,必為錮疾,後雖有扁鵲,弗能為已。此所以竊為陛下患也。病非徒尰也,又苦?盭。元王之子,帝之從弟也。今之王者,從弟之子也。惠王之子,親兄之子也。今之王者,兄子之子也。親者或無分地,以安天下:疏者或專大權,以偪天子。臣故曰:"非徒病尰也,又苦?盭。"可痛哭者,此病是也。
天下の形勢は、正に嚴重なる脚腫を患う。一條の小腿は幾ど腰のごとく大き、一根の指頭は幾ど大腿のごとく大き、是惡病なり。平常屈伸すること能わず、一兩根の指頭抽搐すれば、身體固より依靠する所なし。今を錯りて治せざれば、必ず錮疾と為り、後にたとい扁鵲あるも、治する能わず。是れ臣竊に陛下のため憂患するなり。病は只脚腫のみにあらず、また足掌の扭戾に苦しむ(底本缺字)。元王の子は、帝の堂弟なり。今の王は、堂弟の子なり。惠王の子は、親兄の子なり。今の王は、兄子の子なり。親しき者或るは分地なく、もって天下を安んぜん;疎遠なる者或るは大權を專擅し、もって天子を逼迫す。臣の曰う所以、「只脚腫を患うのみにあらず、また足掌の扭戾に苦しむ」。痛哭すべきは、卽ちこの病なり。
等齊
等齊
諸侯王所在之宮,衛織履蹲夷,以皇帝在所宮法論之。郎中謁者受謁取告,以官皇帝之法予之。事諸侯王或不廉潔平端,以事皇帝之法罪之。曰一用漢法事諸侯王,乃事皇帝也。是則諸侯王乃埒至尊也。然則天子之與諸侯,臣之與下,宜撰然齊等若是乎?
諸侯王の所在の宮は、衞士履を織り蹲坐するも、皇帝の所在の宮の法に按じて論處す。郎中謁者謁見・告假を受くるは、皇帝の官法に對待するを給與す。諸侯王に事奉して或るは廉潔端正ならざるは、皇帝に事奉する法に按じて罪を治む。一律に漢法をもって諸侯王に事奉するは、乃ち皇帝に事奉するなりと曰う。然らば諸侯王は卽ち至尊と同等なり。卽ち天子と諸侯、臣と下屬、當に截然として齊等かくのごとくなるべきか?
天子之相,號為丞相,黃金之印:諸侯之相,號為丞相,黃金之印,而尊無異等,秩加二千石之上。天子列卿秩二千石,諸侯列卿秩二千石,則臣已同矣。人主登臣而尊,今臣既同,則法惡得不齊?天子衛御,號為大僕,銀印,秩二千石:諸侯之御,號曰大僕,銀印,秩二千石,則御已齊矣。御既已齊,則車飾具惡得不齊?天子親號雲太后,諸侯親號雲太后:天子妃號曰後,諸侯妃號曰後。然則諸侯何損,而天子何加焉?妻既已同,則夫何以異?天子宮門曰司馬,闌入者為城旦:諸侯宮門曰司馬,闌入者為城旦。殿門俱為殿門,闌入之罪亦俱棄市,宮牆門衛同名,其嚴一等,罪已鈞矣。天子之言曰令,令甲令乙是也:諸侯之言曰令,令儀令言是也。天子卑號皆稱陛下,諸侯卑號皆稱陛下。天子車曰乘輿,諸侯車曰乘輿,乘輿等也。然則所謂主者安居,臣者安在?
天子の相は、丞相と稱號し、黃金の印;諸侯の相は、丞相と稱號し、黃金の印、尊貴等級の異なるなく、秩祿は二千石の上に加わる。天子の列卿秩二千石、諸侯の列卿秩二千石、卽ち臣已に相同じ。人主臣に憑りて尊し、今臣已に相同じれば、法何ぞ齊しからざらん?天子の衞御は、太僕と稱號し、銀印、秩二千石;諸侯の御は、太僕と稱號し、銀印、秩二千石、卽ち御已に齊し。御已に齊ければ、車飾・用具何ぞ齊しからざらん?天子の母は太后と稱號し、諸侯の母は太后と稱號す;天子の妃は后と稱號し、諸侯の妃は后と稱號す。卽ち諸侯は何を減損し、天子は何を增加せし?妻已に相同じれば、夫何を憑りて同じからざらん?天子の宮門を司馬と叫び、擅自に進入する者は罰して城旦と為す;諸侯の宮門を司馬と叫び、擅自に進入する者は罰して城旦と為す。殿門皆殿門、擅自に進入するの罪も皆棄市、宮牆門衞名同じく、嚴厲同一等、罪已に均等なり。天子の言を令と叫び、令甲令乙是れなり;諸侯の言を令と叫び、令儀令言是れなり。天子の卑號は皆陛下と稱し、諸侯の卑號は皆陛下と稱す。天子の車を乘輿と叫び、諸侯の車を乘輿と叫び、乘輿相等し。卽ち所謂主は何處に在り、臣は何處に在るや?
人之情不異,面目狀貌同類,貴賤之別,非天根著於形容也。所持以別貴賤明尊卑者,等級。勢力。衣服。號令也。亂且不息,滑曼無紀,天理則同,人事無別。然則所謂臣主者,非有相臨之具,尊卑之經也,特面形而異之耳。近習乎形貌然後能識,則疏遠無所放,眾庶無以期,則下惡能不疑其上?君臣同倫,異等同服,則上惡能不眩其下?孔子曰:"長民者衣服不貳,從容有常,以齊其民,則民德一。"詩云:"彼都人士,狐裘黃裳,行歸於周,萬民之望。"孔子曰:"為上可望而知也,為下可類而志也。"則君不疑於其臣,而臣不惑於其君。而此之不行,沐瀆無界,可為長大息者此也。
人の性情は異なることなく、面目狀貌は同類、貴賤の分別は、天根を形容に附著するにあらず。貴賤を分別し尊卑を標明する所以は、等級・勢力・衣服・號令なり。亂いまだ止息せず、散漫紀綱なく、天理相同じく、人事分別なし。卽ち所謂臣主は、竝びに互相臨御の器具・尊卑の經常なく、只當面形貌を看て區分するのみ。親近は形貌を熟習して然る後に認識し得べく、疎遠は卽ち依憑する所なく、衆庶期望する所なく、下何ぞ上を疑わざらん?君臣同一倫類にして、同等ならざるも同樣の服飾、上何ぞ下を眩惑せざらん?孔子曰く、「民を治むる者の衣服は二致なく、從容常規ありて、其の民を整齊せば、民德卽ち專一なり」と。『詩經・小雅・都人士』曰く、「彼の都邑の人士、狐裘黃裳にして、行きて周に歸向すは、萬民の仰望なり」と。孔子曰く、「上に在りては望見して知るべく、下に在りては類推して記すべし」と。卽ち君は其の臣を疑わず、臣は其の君に迷惑せず。而もこれ實行し得ず、浸漬界限なく、長歎すべきは卽ちこのなり。
服疑
服疑
衣服疑者,是謂爭先:澤厚疑者,是謂爭賞:權力疑者,是謂爭強:等級無限,是謂爭尊。彼人者,近則冀幸,疑則比爭。是以等級分明,則下不得疑:權力絕尤,則臣無冀志。故天子之於其下也,加五等,已往則以為臣:臣之於下也,加五等,已往則以為僕。僕亦臣禮也。然稱僕不敢稱臣者,尊天子。避嫌疑也。
衣服相敵するは、これを先を爭うと謂い;恩澤厚薄相敵するは、これを賞を爭うと謂い;權力相敵するは、これを強を爭うと謂い;等級限度なきは、これを尊を爭うと謂う。其の人、近ければ僥倖を望み、敵すれば竝びて爭奪す。ここにおいて等級分明なれば、下は疑うこと能わず;權力特別に隔絶すれば、臣は覬覦の志なし。ゆえに天子其の下屬に於て、五等を加え、更に下れば以て臣と為し;臣下屬に於て、五等を加え、更に下れば以て僕と為す。僕も亦臣禮なり。然るに僕と稱して敢えて臣と稱せざるは、天子を尊敬し、嫌疑を避くるなり。
制服之道,取至適至和以予民,至美至神進之帝。奇服文章,以等上下而差貴賤。是以高下異,則名號異,則權力異,則事勢異,則旗章異,則符瑞異,則禮寵異,則秩祿異,則冠履異,則衣帶異,則環佩異,則車馬異,則妻妾異,則澤厚異,則宮室異,則床蓆異,則器皿異,則飲食異,則祭祀異,則死喪異。故高則此品周高,下則此品周下。加人者品此臨之,埤人者品此承之。遷則品此者進,絀則品此者損。貴周豐,賤周謙,貴賤有級,服位有等,等級既設,各處其檢,人循其度,擅退則讓,上僭則誅。建法以習之,設官以牧之,是以天下見其服而知貴賤,望其章而知其勢。使人定其心,各著其目,故眾多而天下不眩,傳遠而天下識只。卑尊已著,上下已分,則人倫法矣。於是主之與臣,若日之與星。臣不幾可以疑主,賤不幾可以冒貴。下不凌等,則上位尊:臣不踰級,則主位安:謹守倫紀,則亂無由生。
服制を制定する道は、最も適宜最も和諧なるを取りて民に給し、最も美しく最も神なるを帝に進獻す。奇異の衣服花紋は、以て上下を區別し貴賤を差等す。ここにおいて高下同じからざれば、名號同じからず、權力同じからず、事勢同じからず、旗章同じからず、符瑞同じからず、禮寵同じからず、秩祿同じからず、冠履同じからず、衣帶同じからず、環佩同じからず、車馬同じからず、妻妾同じからず、恩澤厚薄同じからず、宮室同じからず、床席同じからず、器皿同じからず、飲食同じからず、祭祀同じからず、死喪同じからず。ゆえに高ければこれらの品類全く高く、下ればこれらの品類全く下る。人に加うるはこれらの品類を以てこれに臨み、人に低きはこれらの品類を以て承受す。升遷はこれらの品類に就きて増進し、貶黜はこれらの品類に就きて減損す。貴は全く豐にして、賤は全く謙にして、貴賤に級あり、服位に等あり、等級已に設立せば、各々檢束の中に處り、人其の法度に循り、擅自退けば責讓し、上に僭越すれば誅罰す。法を建立して習練し、官を設置して牧養す、ここにおいて天下其の服を見れば卽ち貴賤を知り、其の章を望見すれば卽ち勢を知る。人をして其の心を安んぜしめ、各々其の眼目を明白ならしむ、ゆえに人多きも天下眩亂せず、遠方に傳わりて天下認識す。卑尊已に顯著、上下已に分別せば、人倫の法卽ち成立す。そこで主と臣、日と星のごとし。臣幾ど主を疑うべからず、賤幾ど貴に冒充すべからず。下等級を凌越せざれば、上位卽ち尊し;臣級を越えざれば、主位卽ち安し;謹んで倫紀を守住すれば、亂は發生するに從由なし。
益壤
益壤
陛下即不為千載之治安,知今之勢,豈過一傳再傳哉。諸侯猶且人恣而不制,豪橫而大強也,至其相與,特以縱橫之約相親耳。漢法令不可得行矣。今淮陽之比大諸侯,懃過黑子之比於面耳,豈足以為楚御哉?而陛下所恃以為藩捍者,以代淮陽耳。代北邊與強匈奴為鄰,懃自完足矣。唯皇太子之所恃者,亦以之二國耳。今淮陽之所有,適足以餌大國耳。方今制在陛下,制國命子,適足以餌大國,豈可謂工哉?
陛下たとい千載の治安を為さざるも、今の形勢を知れば、豈一傳再傳を過ぐること能わんや。諸侯なお人人放恣にして制約すること能わず、豪橫にして太強し、彼ら互相交結するに至りては、只縱橫の盟約を以て相親しむのみ。漢の法令卽ち推行を得ること能わず。今淮陽大諸侯に比すれば、僅に黑痣の臉に比するがごときのみ、豈足りて楚の抵禦たらん?而して陛下の倚仗して藩捍と為す所は、只代と淮陽のみ。代は北邊にして強匈奴と鄰を為し、僅に自完すれば足るのみ。皇太子の倚仗する所も、亦只この兩國のみ。今淮陽の所有するは、恰も大國の餌を為すに足る。當今制度は陛下に在り、封國を劃分して諸子を任命す、恰も大國の餌を為すに足る、豈工巧と謂うべけんや?
人主之行異布。衣布衣者,飾小行,競小廉,以自托於鄉黨邑里。人主者,天下安社稷固不耳。故黃帝者,炎帝之兄也,炎帝無道,黃帝伐之涿鹿之野,血流漂杵,誅炎帝而兼其地,天下乃治。高皇帝瓜分天下,以王功臣,反者如蝟毛而起,高皇帝以為不可,剽去不義諸侯,空其國,擇良日,立諸子洛陽上東門之外,諸子畢王而天下乃安。故大人者,不怵小廉,不牽小行,故立大便以成大功。
人主の行為は布衣と同じからず。布衣の人は、小行を修飾し、小廉を競逐して、以て己を郷黨邑里に寄托す。人主は、只求天下安定社稷牢固なるのみ。ゆえに黃帝は、炎帝の兄なり、炎帝無道、黃帝涿鹿之野に於て彼を討伐し、血流は舂杵を漂わせ、炎帝を誅滅して其の地を兼并し、天下始めて治まる。高皇帝天下を瓜分して、以て功臣を王に封ず、反叛する者刺蝟の毛のごとく起これり、高皇帝以為し不可、不義の諸侯を削除し、其の國を空虚にし、好日子を選擇し、洛陽上東門之外に於て諸子を立つ、諸子皆王を稱して天下始めて安定す。ゆえに大人は、小廉に怵れられず、小行に牽かれず、ゆえに大便利を建立して大功を成就す。
今淮南地遠者或數千裡,越兩諸侯而縣屬於漢,其苦之甚矣。其欲有卒也,類良有所至逋走而歸諸侯,殆不少矣。此終非可久以為奉地也。陛下豈如蚤便其勢,且令他人守郡,豈如令子。臣之愚計,願陛下舉淮南之地以益淮陽。梁即有後,割淮陽北邊二三列城與東郡以益梁,即無後患,代可徙而都睢陽。梁起新鄭以北著之河,淮陽包陳以南揵之江,則大諸侯之有異心者破膽而不敢謀。今所恃者,代。淮陽二國耳,皇太子亦恃之。如臣計,梁足以捍齊。趙,淮陽足以禁吳。楚,則陛下高枕而臥,終無山東之憂矣。臣竊以為此二世之利也。若使淮南久縣屬漢,特以資奸人耳,惟陛下幸少留意。
今淮南の土地遠き者或るは幾千里、兩箇の諸侯を越えて縣のごとく漢に屬し、彼ら苦しみ甚だし。彼らは了結あらんことを欲す、大抵眞に諸侯に逃歸する者あり、恐らく少なからず。これ終に長久供奉之地として不可なり。陛下豈早く彼の形勢を便利するに如かんや、況んや他人をして郡を守らしむるは、豈兒子に讓るに如かんや。臣の愚計、願わくは陛下淮南の土地を拿出して淮陽を增益せん。梁若し後嗣あらば、淮陽北邊の兩三列城と東郡を割きて梁を增益せば、後患なく、代は遷徙して睢陽に都すること可なり。梁は新鄭以北より河に附著し、淮陽は陳以南を包住して江に連接すれば、卽ち大諸侯の異心有る者は膽を破られて敢えて謀劃せず。今倚仗する所は、只代・淮陽兩國のみ、皇太子も彼らを倚仗す。臣の計に按ずれば、梁は足りて齊・趙を捍禦し、淮陽は足りて呉・楚を禁制し、陛下則ち高枕して臥し、終に山東の憂なし。臣竊に以為す、これ兩代の利なり。若し淮南をして長久縣のごとく漢に屬せしめば、只奸人を資助するのみ、願わくは陛下稍々留意せんことを。
卷第二
卷第二
權重
權重
諸侯勢足以專制,力足以行逆,雖令冠處女,勿謂無敢。勢不足以專制,力不足以行逆,雖生夏育,有仇讎之怨,猶之無傷也。然天下當今恬然者,遇諸侯之俱少也。後不至數歲,諸侯偕冠,陛下且見之矣。豈不苦哉!力當能為而不為,畜亂宿禍,高拱而不憂,其紛也宜也,甚可謂不知且不仁。
諸侯の勢足りて專制し、力足りて逆を作せば、たとい處子をして加冠せしむるも、人敢えてせざるなしと謂うなかれ。勢足らず專制せず、力足らず逆を作さざれば、たとい夏育を生ずるも、仇敵の怨あり、なお傷害なし。然るに天下當今恬然たるは、諸侯皆年少に遇えばなり。往後數年ならずして、諸侯一齊に加冠せん、陛下將に見んとす。豈苦しまざらんや!力量正に為す能くして為さず、亂を蓄積し禍を存留し、高拱して憂えざるは、紛亂は應有なり、甚だ知らず且つ不仁と謂うべし。
夫秦日夜深惟,苦心竭力,以除六國之憂。今陛下力制天下,頤指如意而,故成六國之禍,難以言知矣。苟身常無意,但為禍未,在所制也。亂媒日長,孰視而不定,萬年之後,傳之老母弱子,使曹勃不寧制,可謂仁乎?
秦は日夜深く深く思量し、苦心竭力して、もって六国の憂患を除かんとした。今陛下は力を用いて天下を制服し、頤指如意なるに、かえって六国のごとき禍をなすは、明と言い難し。若し自身常に意外なきも、只禍いまだ至らざるのみ、制約する所に在り。亂の媒日々に増長し、熟視して決せざれば、万年の後、老母弱子に傳え、曹參・周勃をして安定制約する能わざらしめば、仁と謂うべけんや?
五美
五美
海內之勢,如身之使臂,臂之使指,莫不從制。諸侯之君,敢自殺,不敢反,心知必葅醢耳。不敢有異心,輻湊並進,而歸命天子。天子無可以徼倖之權,無起禍召亂之業,雖在細民,且知其安,故天下鹹知陛下之明。
海内の形勢は、身體の臂を役し、臂の指を役するがごとく、制約に服從せざるはなし。諸侯の君は、敢えて自殺せんも、敢えて反かず、心の中に必ず肉醬に剉られんを知ればなり。敢えて異心有らず、輻條の車轂に凑りて一齊に進用するがごとく、天子に歸命す。天子は僥倖すべき權なく、禍を興し亂を召す事業なし、たとい細民においても、安定を知る、ゆえに天下皆陛下の明を知る。
割地定製,齊為若干國,趙楚為若干國,制既各有理矣,於是齊悼惠王之子孫王之分地盡而止,趙幽王。楚元王之子孫亦各以次受其祖之分地,燕。吳。淮南他國皆然。其分地眾而子孫少者,建以為國,空而置之,須其子孫生者,舉使君之。諸侯之地,其削頗入漢者,為徙其侯國及封其子孫於彼也,所以數償之。故一寸之地,一人之眾,天子無所利焉,誠以定治而已,故天下鹹知陛下之廉。
地を割き制度を制定し、齊を分けて若干國と為し、趙楚を分けて若干國と為せば、制度すでに各々條理あらん。そこで齊悼惠王の子孫は王を稱して分地を用盡するに至るまでとし、趙幽王・楚元王の子孫も各々次序に按りて其の祖先の分地を受け、燕・呉・淮南の他國も皆このごとし。分地多くして子孫少なき者は、建てて國と為し、空しく設置して、彼らの子孫の生れるを待ち、皆彼らをして君と為す。諸侯の地、削られて頗る多く漢に歸入するは、彼らのため侯國を遷徙し子孫を彼の處に封じ、數に按りて償還す。ゆえに一寸の土地、一人の衆も、天子は利を取る所なく、實に只安定治理のためのみ、ゆえに天下皆陛下の廉を知る。
地制一定,宗室子孫,慮莫不王。制定之後,下無背叛之心,上無誅伐之志,上下歡親,諸侯順附,故天下鹹知陛下之仁。
土地制度一定まれば、宗室の子孫、想うに王と稱せざるはなし。制度確定の後、下に背叛の心なく、上に誅伐の志なく、上下歡親にして、諸侯は順從親附す、ゆえに天下皆陛下の仁を知る。
地制一定,則帝道還明,而臣心還正,法立而不犯,令行而不逆:貫高利幾之謀不生,機奇啟章之計不萌。細民鄉善,大臣效順,上使然也,故天下鹹知陛下之義。
土地制度一定まれば、帝道回復して光明し、臣心回復して端正なり、法設立して觸犯せず、令推行して違逆せず。貫高・利幾の謀劃發生せず、機奇・啓章の計策萌生せず。細民善に向い、大臣順に效くは、上が彼らをして然らしむればなり、ゆえに天下皆陛下の義を知る。
地制一定,臥赤子天下之上而安,待遺腹,朝委裘,而天下不亂,社稷長安,宗廟久尊,傳之後世,不知其所窮。故當時大治,後世誦聖,一動而五美附,陛下誰憚而久不為此?五美。
土地制度一定まれば、赤子を天下の上に置くも安く、遺腹子を待ち、委棄の裘衣を朝拜するも、天下亂れず、社稷長久に安定し、宗廟長久に尊崇して、後世に傳え、窮盡を知らず。ゆえに當時大治し、後世聖明と誦稱し、一擧して五美附著す、陛下誰を懼れて長久このごとくせざるや?
制不定
制不定
炎帝者,黃帝同父母弟也,各有天下之半。黃帝行道,而炎帝不聽,故戰涿鹿之野,血流漂杵。夫地制不得,自黃帝而以困。
炎帝は、黃帝の同父母の弟なり、各々天下の半を占有す。黃帝道を行うも、炎帝聽かず、ゆえに涿鹿之野に交戰し、血流は舂杵を漂わせたり。土地制度當を得ざるは、黃帝より已に困窘せり。
以高皇帝之明聖威武也,既撫天下,即天子之位,而大臣為逆者乃幾十發。以帝之勢,身勞於兵閒,紛然幾無天下者數矣。淮陰侯。韓王信。陳豨。彭越。黥布及盧綰皆功臣也,所嘗愛信也,所愛化而為仇,所信反而為寇,可不怪也。地裡蚤定,豈有此變?
高皇帝の明聖威武に憑り、已に天下を撫定し、天子の位に即くも、大臣逆を作すこと竟に數十回發動す。帝の勢に憑り、身は兵間に勞苦し、紛亂幾ど天下なきこと數次なり。淮陰侯・韓王信・陳豨・彭越・黥布および盧綰は皆功臣なり、是れ曾て愛信せる所なり、愛する所は變化して仇と為り、信ずる所は反つて寇と為る、怪しまざるを得んや。地理早く定まりしならば、何ぞこれらの變故あらんや?
