新书 · 第3巻
卷第四
卷第四
匈奴
匈奴
竊料匈奴控弦大率六萬騎,五口而出介卒一人,五六三十,此即戶口三十萬耳,未及漢千石大縣也。而敢歲言侵盜,屢欲亢禮,妨害帝義,甚非道也。陛下何不使能者一試理此,將為陛下以耀蟬之術振之。為此立一官,置一吏,以主匈奴,誠能此者,雖以千石居之可也。陛下肯聽其事計,令中國日治,匈奴日危,大國大富,匈奴適亡。吒犬馬行,理勢然也。將必以匈奴之眾,為漢臣民,制之令千家而為一國,列處之塞外,自隴西延至遼東,各有分地以衛邊,使備月氏灌窳之變,皆屬之直郡,然後罷戎休邊,民天下之兵。帝之威德,內行外信,四方悅服,則愚臣之志快矣。不然,帝威不遂,心與嘿嘿。竊聞匈奴當今遂羸,此其示武昧利之時也。而隆義渠東胡諸國,又頗來降。以臣之愚,匈奴且動,疑將一材而出奇,厚贄以責,漢不大興不已,旁午走急,數十萬之眾,積於北方,天下安得食而饋之?臨事而重困,則難為工矣,陛下何不蚤圖。
竊に匈奴の控弦を估料するに大抵六萬騎、五口にして甲卒一人を出し、五六三十、卽ちこれ戶口三十萬のみ、漢の千石大縣に趕上せず。却つて敢えて年年侵盜と說き、屢々抗禮せんと欲し、帝義を妨害す、甚だ道ならず。陛下何ぞ能者をして試みに一度治理せしめざるや、將に陛下のため耀蟬の方法を以て振興せん。此のため一官を設立し、一吏を安置し、以て匈奴を主管し、眞に能くかくのごとき者は、たとい千石を以て安置するも可なり。陛下此の事計を聽くを肯ぜば、中國をして日々に治理し、匈奴をして日々に危ならしめ、大國大富にして、匈奴正に滅亡せん。叱咤犬馬の行走するは、是れ理勢然らしむればなり。必ず將に匈奴の部衆を以て、漢の臣民と爲し、彼らを制約して千家をして一國と爲らしめ、分別して塞外に處り、隴西より遼東に延びて、各々分地有りて以て邊を衛し、月氏・灌窳の變故を防備せしめ、皆直郡に屬し、然る後戎を罷め邊を休め、天下之兵を休息せしめん。帝の威德、内行し外信じ、四方悅服し、愚臣の志向卽ち痛快なり。然らざれば、帝威信ぜざるなり。
建國者曰:"匈奴不敬,辭言不順,負其眾庶,時為寇盜,撓邊境,擾中國,數行不義,為我狡猾,為此柰何?"對曰:"臣聞強國戰智,王者戰義,帝者戰德。故湯祝網而漢陰降,舜舞幹羽而南蠻服。今漢帝中國也,宜以厚德懷服四夷,舉明義博示遠方,則舟車之所至,人力之所及,莫不為畜,又孰敢紛然不承帝意?"
國を建てる人曰く、「匈奴敬せず、辭言順わず、部衆に仗り、時々寇盜を爲し、邊境を撓亂し、中國を擾動し、屢々不義を行い、我らに狡猾なり、これに於て如何せん」と。答えて曰く、「臣聞く、強國は智を以て戰い、王者は義を以て戰い、帝者は德を以て戰う。ゆえに湯網を祝して漢陰歸降し、舜干羽を舞して南蠻服從す。今漢帝は中國なり、當に厚德を以て四夷を懷服すべく、明義を擧げて廣博遠方に顯示せば、卽ち舟車の到る所、人力の及ぶ所、當に畜養と爲すべきならざるなく、また誰か敢えて紛然として帝意を承受せざらん」と。
臣為陛下建三表,設五餌,以此與單于爭其民,則下匈奴猶振槁也。夫無道之人,何宜敢捍此其久,陛下肯幸用臣之計,臣且以事勢諭天子之言,使匈奴大眾之信陛下也,為通言耳,必行而弗易。夢中許人,覺且不背其信,陛下已諾,若日出之灼灼。故聞君一言,雖有微遠,其志不疑,仇讎之人,其心不殆,若此則信諭矣,所圖莫不行矣。一表。臣又且以事勢諭陛下之愛,令匈奴之自視也,苟胡面而戎狀者,其自以為見愛於天子也,猶弱子之慈母也,若此則愛諭矣。一表。臣又且諭陛下之好,令胡人之自視也,苟其技之所長與其所工,一可以當天子之意,若此則好諭矣。一表。愛人之狀,好人之技,人道,信為大操,帝義也。愛好有實,已諾可期,十死一生,彼必將至,此謂三表。
臣陛下のため三表を建立し、五餌を設置し、これを以て單于と其の民を爭奪せば、卽ち匈奴をして下らしむるは枯葉を振落とすがごとし。無道の人、何ぞ敢えてかくのごとく長久抗拒せん、陛下幸いに臣の計を用いるを肯ぜば、臣將に事勢を以て天子の言を曉諭し、匈奴大衆をして陛下を信じらしめ、是れ言語を溝通するのみ、必ず實行して改易せず。夢中人に答應すれども、醒めてなお信に背かず、陛下已に承諾せば、日の出るがごとく灼灼なり。ゆえに君の一言を聞くに、たとい微遠なるも、志向懷疑せず、仇敵の人も、心危殆せず、かくのごときにして信曉諭す、圖謀する所實行せざるなし。是れ一表なり。臣また將に事勢を以て陛下の愛を曉諭し、匈奴をして自ら己を看らしめ、凡そ胡人の臉戎人の狀貌の者は、自ら天子に愛せらると以爲し、弱子の慈母に於けるがごとく、かくのごときにして愛曉諭す。是れ一表なり。臣また將に陛下の喜好を曉諭し、胡人をして自ら己を看らしめ、凡そ技藝の擅長する所と工巧する所とは、一概に天子の意に合する可し、かくのごときにして好曉諭す。是れ一表なり。人の狀貌を愛し、人の技藝を喜好するは、是れ人道、信は大操持、是れ帝義なり。愛好實際有り、已に承諾期待する可し、十死一生、彼ら必ず將に到來せん、これを三表と謂う。
凡賞於國者,此不可以均。賞均則國窾,而賞薄不足以動人。故善賞者踔之,駁轢之,從而時厚之,令視之足見也,誦之足語也,乃可傾一國之心。陛下幸聽臣之計,則臣有餘財。匈奴之來者,家長已上,固必衣繡,家少者必衣文錦,將為銀車五乘,大雕畫之,駕四馬,載綠蓋,從數騎,御驂乘。且雖單于之出入也,不輕都此矣。令匈奴降者,時時得此而賜之耳。一國聞之者見之者,希心而相告,人人冀幸,以為吾至亦可以得此,將以壞其目。一餌。匈奴之使至者,若大降者也,大眾之所聚也,上必有所召賜食焉。飯物故四五盛,美胾膹炙,肉具醯醢。方數尺於前,令一人坐此,胡人欲觀者,固百數在旁,得賜者之喜也,且笑且飯,味皆所嗜而所未嘗得也。令來者時時得此而饗之耳,一國聞之者見之者,垂涎而相告,人悇憛其所自,以吾至亦將得此,將以此壞其口。一餌。降者之傑也,若使者至也,上必使人有所召客焉。令得召其知識,胡人之慾觀者勿禁。令婦人傅白墨黑,繡衣而侍其堂者二三十人,或薄或揜,為其胡戲,以相飯。上使樂府幸假之但樂,吹簫鼓鼗,倒挈面者更進,舞者蹈者時作。少閒擊鼓,舞其偶人昔時乃為戎樂攜手胥強上客之,後婦人先後扶侍之者固十餘人,使降者時或得此而樂之耳。一國聞之者見之者,希盱相告,人人忣忣,唯恐其後來至也,將以此壞其耳。一餌。凡降者,陛下之所召幸,若所以約致也,陛下必時有所富,必令此有高堂邃宇,善廚處,大囷京,廄有編馬,庫有陣車,奴婢諸嬰兒畜生具,令此時大具,召胡客,饗胡使,上幸令官助之,具假之樂。令此其居處樂虞囷京之畜,皆過其故。王慮出其單于,或時時賜此而為家耳。匈奴一國傾心而冀,人人忣忣,唯恐其後來至也,將以此壞其腹。一餌。於來降者,上必時時而有所召幸拊循,而後得入官。
凡そ國に於て賞賜するは、これ平均する可からず。賞賜平均せば國卽ち空し、而して賞薄ければ足りて人を打動せず。ゆえに善く賞する者は騰踔して給し、駁雜碾過し、從りて時々加厚し、見る者をして足りて見る得、誦說する者をして足りて說く得せしめ、才めて一國の心を傾動する可し。陛下幸いに臣の計を聽くを肯ぜば、臣卽ち餘財有り。匈奴來る者は、家長以上、必ず繡を穿ち、家裏年少の者は必ず文錦を穿ち、將に銀車五乘を準備し、大いに雕畫し、四馬を駕り、綠蓋を載せ、幾騎に從い、驂乘有らしむ。たとい單于出入するも、能く軽易に皆かくのごとくせず。匈奴の降りて來る者をして、時々これを得て彼に賜うのみ。一國の聞く所見る所は、希心して相告げ、人人僥倖を希望し、我れ到れば亦これを得る可しと以爲し、將にこれを以て彼らの眼を壞らん。是れ一餌なり。匈奴の使者の到來するは、大降の人のごとく、大衆の聚集する所は、上必ず召賜飲食有らしむ。飯物故意に四五盤し、美切肉羹炙、肉具醯醢す。方几尺前に擺して、一人をしてここに坐せしめ、胡人の看たらんと欲するは、固より百數旁に在り、賜を得る者喜悅し、邊笑い邊食し、味道皆嗜好する所にして曾て得ざる所なり。來る者をして時々これを得て饗用せしむるのみ、一國の聞く所見る所は、垂涎して相告げ、人人其の從出する所を企羨し、我れ到れば將にこれを得んと以爲し、將にこれを以て彼らの口を壞らん。是れ一餌なり。來降の豪傑は、使者の到來するがごとく、上必ず人を遣りて召客する所有らしむ。彼をして其の相識を召すを得せしめ、胡人の看たらんと欲するを禁止する勿れ。婦人をして傅白畫黑し、繡衣を穿ちて堂上に侍する二三十人、或は薄く或は掩い、それらの胡戲を爲り、來りて相伴して飯を食せしむ。上樂府をして幸いに但樂を借給せしめ、簫を吹き鼗を鼓し、倒挈面の更番進前し、舞者蹈者時々作す。稍々隔たりて鼓を擊ち、それらの偶人を舞わし、往時纔かに戎樂を爲り、手を携えて相强いて上客を勸め、後面の婦人先後扶侍する固より十多人、來降の者をして時々或はこれを得て樂しましむるのみ。一國の聞く所見る所は、希盱相告げ、人人急切にして、只自ら來るの晚きを怕る、將にこれを以て彼らの耳を壞らん。是れ一餌なり。凡是れ來降の者は、陛下の召幸する所、以て要約招致するに用いるがごとく、陛下必ず時々富厚する所有り、必ずここに高堂深宇有らしめ、好厨處、大糧倉、廐に編馬有り、庫に陣車有り、奴婢諸嬰兒畜生齊備し、ここの時大いに具備せしめ、胡客を召し、胡使を饗し、上幸いに官をして幫助せしめ、具備して倂せて樂を借給せしむ。ここの居居處の樂虞倉廩の蓄をして、皆其の故國を超過せしむ。王想う其の單于を超出せんと欲し、或は時々これを賜りて家を成さしむるのみ。匈奴一國傾心して企望し、人人急切にして、只自ら來るの晚きを怕る、將にこれを以て彼らの腹を壞らん。是れ一餌なり。來降の者に對しては、上必ず時々召幸撫循する所有り、然る後官に入るを得しむ。
夫胡大人難親也,若上於胡嬰兒及貴人子好可愛者,上必召幸大數十人,為此繡衣好閒,且出則從,居則更侍。上即饗胡人也,大觳抵也,客胡使也,力士武士固近侍傍,胡嬰兒得近侍側,胡貴人更進得佐酒前,上乃幸自御此薄,使付酒錢,時人偶之。為閒則出繡衣具帶服賓餘,時以賜之。上即幸拊胡嬰兒,搗遒之,戲弄之,乃授炙,幸自啖之,出好衣閒,且自為贛之。上起胡嬰兒,或前或後。胡貴人既得奉酒,出則服衣佩綬,貴人而立於前,令數人得此而居耳。一國聞者見者,希盱而欲,人人忣忣,惟恐其後來至也。將以此壞其心。一餌。故牽其耳,牽其目,牽其口,牽其腹,四者已牽,又引其心,安得不來下胡抑抎也。此謂五餌。
胡の大人は親近し難し、若し上胡の嬰兒及び貴人子の好看可愛なるに對せば、上必ず召幸して大抵幾十人、此のため繡衣好閑を爲り、將に外出せば卽ち跟從し、居處せば卽ち更番侍候す。上一旦胡人を饗せば、大角抵し、胡使の客を爲り、力士武士固より近侍旁に在り、胡嬰兒近侍側に在るを得、胡貴人更番進前して酒前に佐助するを得、上才めて幸いに親らこれらの薄物を御用して、酒錢を付け、時々人と伴を爲る。空閑に卽ち繡衣を拿出し具備帶服賓客餘りのを、時々以て賜給す。上一旦幸いに胡嬰兒を撫し、擣遒戲弄し、才めて炙を授け、幸いに自ら彼に啖へ、好衣閑を拿出し、且つ自ら彼に給す。上起こりて胡嬰兒、或は前或は後。胡貴人已に酒を奉るを得、出でて卽ち衣服を着て綬を佩び、貴人として前に立ち、幾人をしてこれを得て居らしむるのみ。一國の聞く所見る所は、希盱して欲し、人人急切にして、只自ら來るの晚きを怕る。將にこれを以て彼らの心を壞らん。是れ一餌なり。故に其の耳を牽き、其の目を牽き、其の口を牽き、其の腹を牽き、四者已に牽住せば、また其の心を牽引す、胡人何ぞ下りて傾覆せざる能わん。是れを五餌と謂う。
若夫大變之應,大約以權決塞因宜而行,不可豫形,尊翁主,重相室,多其長吏,眾門大夫皆謀士也,必足之財,且用吾人,且用其尊,觀其限,窺其謀,中外符節,適(糹冓)拘也。夫或人且安得久悍若此?故三表已諭,五餌既明,則匈奴之中乖而相疑矣。使單于寢不聊寐,食不甘口,揮劍挾弓,而蹲穹廬之隅,左視右視,以為盡仇也。彼其群臣,雖欲毋走,若虎在後,眾欲無來,恐或軒之,此謂勢然。其貴人之見單于,猶迕虎狼也,其南面而歸漢也,猶弱子之慕慈母也。其眾之見將吏,猶噩迕仇讎也,南鄉而欲走漢,猶水流下也。將使單于無臣之使,無民之守,夫惡得不繫頸頓顙請歸陛下之義哉?此謂戰德。
大變の應對に至りては、大約權を以て堵塞を決開し宜に因りて行い、豫め成形する可からず、翁主を尊崇し、相室を看重し、長吏を增多し、衆門大夫皆謀士、必ず財を充足し、既に我らの人を用い、また彼の尊を用い、彼の限度を觀察し、彼の謀劃を窺探す、中外符節、恰好糾合拘繫(底本文字殘缺)。其の人將に何ぞ長久强悍かくのごとくならんや?故に三表已に曉諭し、五餌已に明白なれば、匈奴の中卽ち乖離して互いに懷疑す。單于をして寐を安んぜず、食口を甘からず、劍を揮い弓を挾み、穹廬の角落に蹲りて、左看右看し、以爲皆仇なり。其の群臣は、たとい走らざらんと欲するも、虎の後に在るがごとし、衆人來らんと欲するも、人彼を軒擧せんを怕る、これを勢かくのごとくせしむと謂う。其の貴人單于を見るは、還りて虎狼に遇うがごとし、彼面南して漢に歸るは、還りて弱子の慈母を慕うがごとし。其の部衆將吏を見るは、還りて仇敵に驚遇するがごとし、南に向かい漢に跑向せんと欲するは、還りて水の下に流るるがごとし。將に單于をして臣役使する可きなく、民守る可きなからしめ、何、何ぞ頸を繫ぎ頭を叩きて陛下の義に歸向を請わざる能わん?これを戰德と謂う。
彼匈奴見略,且引眾而遠去,連此有數。夫關市者固匈奴所犯滑而深求也,願上遣使厚與之和,以不得已,許之大市。使者反,因於要險之所多為鑿開,眾而延之,關吏卒使足以自守。大每一關,屠沽者。賣飯食者。美臛炙膹者,每物各一二百人,則胡人著於長城下矣。是王將強北之必攻其王矣。以匈奴之飢,飯羹啖膹炙,(口軍)多飲酒,此則亡竭可立待也。賜大而愈飢,多財而愈困,漢者所希心而慕也,則匈奴貴人以其千人至者,顯其二三,以其萬人至者,顯其十餘人。夫顯榮者,招民之機也。故遠期五歲,近期三年之內,匈奴亡矣。此謂德勝。
其の匈奴略取せられんとすれば、將に衆を引きて遠去らんとし、連續かくのごとく定數有り。關市本來匈奴の冒犯狡猾して深求する所なり、願わくは上使者を派遣し厚く彼と和し、以て不得已有り、大市を允許せん。使者返回し、因りて要險の處に多く關口を開鑿し、衆人延納し、關吏卒足りて自守せしめん。大抵每一關、屠沽の、飯食を賣る、美臛炙膹を爲る、每物各々一二百人、胡人卽ち長城の下に附著す。然らば王將强盛北方にして必ず彼らの王を進攻せん。匈奴の飢に以て、飯を食い羹を啖い膹炙を喫し、大量酒を飲み(底本「口軍」缺字)、これ卽ち滅亡枯竭立ちどころに至るを待つ可し。賜大きくして越飢しく、財多くして越困る、漢は希心仰慕する所なり、卽ち匈奴貴人一千人を帶びて來る者は、其の中の兩三人を顯揚し、一萬人を帶びて來る者は、其の中の十多人を顯揚す。顯榮は、是れ民を招くの機關なり。ゆえに遠期五年、近期三年の内、匈奴滅亡す。是れを德勝と謂う。
或曰:"建三表,明五餌,盛資翁主,禽敵國而後止,費至多也,惡得財用而足之?"對曰:"請無敢費御府銖金尺帛,然而臣有餘資。"問曰:"何以?"對曰:"國有二族,方亂天下,甚於匈奴之為邊患也。使上下踳逆,天下窾貧,盜賊罪人蓄積無已,此二族為祟也。上去二族,弗使亂國,天下治富矣。臣賜二族,使祟匈奴,過足言者。"
或る者曰く、「三表を建立し、五餌を彰明し、翁主を盛資し、敵國を擒にして然る後停止す、費極めて多し、何處か財用を得て充足せん」と。答えて曰く、「請う敢えて御府の一銖金一尺帛を耗費せず、然るに臣餘りの資有り」と。問うて曰く、「何を以てか」と。答えて曰く、「國に二族有り、正に天下を亂り、匈奴の邊患を爲すより甚だし。上下をして顚倒せしめ、天下をして空貧せしめ、盜賊罪人蓄積して停止なきは、是れ二族の作祟なり。上二族を去り、國を亂らしめざれば、天下卽ち治富す。臣二族に賜給し、彼らをして匈奴に作祟せしむれば、説くに超過充足せん」と。
或曰:"天子下臨,人民悹之。"曰:"苟或非天子民,尚豈天子也。詩曰:'普天之下,莫非王土。率土之濱,莫非王臣。’王者天子也,苟舟車之所至,人跡之所及,雖蠻夷戎狄,孰非天子之所哉?而慉渠頗率天子之民,以不聽天子,則慉渠大罪也。今天子自為懷其民,天子之理也,豈下臨人之民哉?
或る者曰く、「天子下臨すれば、人民憂懼す」と。曰く、「若し或は天子の民にあらざれば、還りて何處か天子ならん。『詩經・小雅・北山』曰く、『溥天の下、王の土にあらざるなし。土の濱に率い、王の臣にあらざるなし』。王者卽ち天子、凡そ舟車の到る所、人跡の及ぶ所、たとい蠻夷戎狄といえども、誰か天子の擁有する所にあらざらん?而して慉渠頗天子の民を率い、以て天子を聽かざれば、卽ち慉渠の大罪なり。今天子自ら其の民を懷來するは、是れ天子の理、豈他人の民に下臨するか」と。
勢卑
勢卑
匈奴侵甚侮甚,遇天子至不敬也,為天下患至無已也。以漢而歲致金絮繒彩,是入貢職於蠻夷也,顧為戎人諸侯也,勢既卑辱,而禍且不息,長此何窮?陛下胡忍以帝皇之號,特居此?
匈奴侵擾する甚だ侮辱し、天子に對待する極めて敬せず、天下の患を爲す極めて停止なし。漢を以て年年金絮繒彩を致送すは、是れ蠻夷に入貢職し、反つて戎人の諸侯と爲る、形勢已に卑辱にして、而して禍なお停息せず、長く此にて何處か盡頭ならん?陛下何ぞ忍びて帝皇の名號を以て、偏偏ここに處らん?
臣竊料匈奴之眾,不過漢一千石大縣。以天下之大,而困於一縣之小,甚竊為執事羞之。陛下有意,胡不使臣一試理此?夫胡人於古小諸侯之所銍權而服也,奚宜敢悍若此?以臣為屬國之官,以主匈奴,因幸行臣之計,半歲之內,休屠飯失其口矣。少假之閒,休屠繫頸以草,膝行頓顙,請歸陛下之義,唯上財幸,而後復罷屬國之官。臣賜歸伏田廬,不復洿末廷,則忠臣之志快矣。今不獦猛獸而獦田彘,不搏反寇而搏蓄菟。所獦得毋小,所搏得毋不急乎?玩細虞,不圖大患,非所以為安。
臣竊に匈奴の部衆を估料するに、漢の一個千石大縣を超過せず。天下の大を以て、一縣の小に困る、甚だ竊に執事のため恥とす。陛下意有れば、何ぞ臣をして試みに一度治理せしめざるや?胡人は古に於て小諸侯の銍壓して制服する所なり、何ぞ敢えてかくのごとく强悍せん?臣をして屬國の官を爲らしめ、以て匈奴を主管し、因りて幸いに臣の計を行えば、半年の内、休屠飯を食えば卽ち其の口を失わん。稍々時を給せば、休屠草を以て頸を繫ぎ、膝行し頭を叩き、陛下の義に歸向を請う、只上の裁奪幸許に在り、然る後屬國の官を罷めん。臣賜歸田廬に伏し、末廷を再び玷污せず、忠臣の志向卽ち痛快なり。今猛獸を獵せずして田猪を獵し、反寇を搏せずして畜兔を搏す。獵して得る所豈太小さからざらんや、搏して得る所豈太不急迫ならざるか?細小の娛樂を玩して、大患を圖らざるは、以て安を求むるに用いるにあらず。
淮難
淮難
竊恐陛下接王淮南王子,曾不與如臣者孰計之也。淮南王之悖逆亡道,陛下為頓顙謝罪皇太后之前,淮南王曾不誚讓,敷留之罪無加身者。舍人橫制等室之門,追而赦之,吏曾不得捕。主人於天子國橫行,不辜而無譴,乃賜美人,多載黃金而歸。侯邑之在其國者,畢徙之佗所。陛下於淮南王,不可謂薄矣。然而淮南王,天子之法咫蹂促而弗用也,皇帝之令,咫批傾而不行,天下孰不知?天子選功臣有職者以為之相吏,王僅不踏蹴而逐耳,無不稱病而走者,天下孰弗知?日接持怨言,以誹謗陛下之為,皇太后之饋賜,逆拒而不受,天子使者奉詔而弗得見,僵臥以發詔書,天下孰不知?聚罪人奇狡少年,通棧奇之徒啟章之等,而謀為東帝,天下孰弗知?淮南王罪已明,陛下赦其死罪,解之金道,以為之神,其人自病死,陛下何負天下大指?孰能以王之死為不當?陛下無負也。
竊に怕る陛下淮南王の子を繼ぎて王に封ぜん、竟に臣のごとき人と熟計せず。淮南王悖逆無道、陛下彼のため頭を叩きて皇太后に謝罪す、淮南王竟に誚讓せられず、敷留の罪其の身に加えられず。舍人制約等室の門に橫行し、追いて赦免し、官吏竟に捕捉する能わず。主人天子の國に橫行し、無辜にして譴責なく、竟に美人を賜い、多く黃金を載せて歸る。侯邑他國に在るは、全部別別處に遷す。陛下淮南王に對し、薄と謂う可からず。然るに淮南王は、天子の法を咫尺踐踏して用いず、皇帝の令を咫尺批傾して行わず、天下誰か知らざらん?天子功臣職有るを選びて其の相吏を爲さしむるも、王僅かに踐踏驅逐せざるのみ、病を稱して走らざるなし、天下誰か知らざらん?日日怨言を接持して、以て陛下の作爲を誹謗し、皇太后の饋賜を逆拒して接受せず、天子の使者詔を奉じて得見する能わず、僵臥して以て詔書を拆す、天下誰か知らざらん?罪人奇狡少年を聚集し、栈奇の徒啓章の類に交通し、而して東帝を爲さんと謀劃す、天下誰か知らざらん?淮南王罪已に明白、陛下其の死罪を赦免し、彼を金道に送り、以て神異と爲す、其の人自ら病死す、陛下何の虧負か天下大旨有らん?誰か能く以爲す王の死正當ならずと?陛下虧負なし。
如是,咫淮南王,罪人之身也,淮南子,罪人之子也,奉尊罪人之子,適足以負謗於天下耳,無解細於前事。且世人不以肉為心則已,若以肉為心,人之心可知也。今淮南子,少壯聞父辱狀,是立咫泣洽衿,臥咫泣交項,腸至腰肘,如繆維耳,豈能須臾忘哉?是而不如是,非人也。陛下制天下之命,而淮南王至如此極,其子舍陛下而更安所歸其怨爾。特曰勢未便,事未發,含亂而不敢言,若誠其心,豈能忘陛下哉!白公勝所為父報仇者,報大父與諸伯父叔父也,令尹子西司馬子綦皆親群父也,無不盡傷。昔者白公之為亂也,非欲取國代王也,為發憤快志爾。故挾匕首以沖仇人之匈,固為要俱靡而已耳,固非冀生也。
かくのごときは、卽ち淮南王は、是れ罪人の身、淮南の子は、是れ罪人の子、罪人の子を奉尊するは、恰恰足りて天下に謗議を背負うのみ、以前の細事を解開する能わず。況んや世人肉を以て心と爲さざれば便罷、若し肉を以て心と爲せば、人の心知る可し。今淮南の子は、少壯父の辱を受くる情狀を聞き、立てば卽ち淚衣衿を濕し、臥せば卽ち淚頸項に交わり、腸腰肘に至り、糾結する繩のごとくのみ、何ぞ片刻忘れる能わん?是のごとくにして是のごとくならざれば、卽ち人にあらず。陛下天下の命を控制し、而して淮南王此の極點に至り、其の子陛下を舍てて更に何處に向かいて其の怨を歸せん。只勢未だ便ならず、事未だ發せず、亂を含みて敢えて說かずと曰うのみ、若し誠に其の心ならば、何ぞ陛下を忘れる能わん!白公勝父のため報仇する所以は、是れ祖父と諸位の伯父叔父に報復す、令尹子西・司馬子綦は皆親群父なり、皆傷を受けざるなし。從前白公亂を作す、國を取りて王に代わらんと欲するにあらず、是れ發憤快志のためのみ。故に匕首を挾みて仇人の胸に向かうは、固より要約共に糜爛するのみ、固より活を希望するにあらず。
今淮南土雖小,黥布嘗用之矣,漢存特幸耳。夫擅仇人足以危漢之資,於策安便?雖割而為四,四子一心也。豫讓為智伯報趙襄子,五起而不取者,無他,資力少也。子胥之報楚也,有吳之眾也:白公成亂也,有白公之眾也:闔閭富故,然使專諸刺吳王僚:燕太子丹富故,然使荊軻殺秦王政。今陛下將尊不億之人,與之眾積之財,此非有白公。子胥之報於廣都之中者,即疑有專諸。荊軻起兩柱之閒,其策安便哉?此所謂假賊兵。為虎翼者,願陛下少留意計之。
今淮南土地小と雖も、黥布曾て之を用いたり、漢の存する能きは只僥倖のみ。擅自足りて漢を危害するの資を仇人に給するは、計策上何の便利か?たとい四份に割成するも、四子一條心なり。豫讓智伯のため趙襄子に報復し、五回起こるも成功せず、別なく、資力少なきなり。子胥楚に報復するは、呉の部衆有り;白公亂を成就するは、白公の部衆有り;闔閭富の故にして、能く專諸をして呉王僚を刺せしむ;燕太子丹富の故にして、能く荆軻をして秦王政を殺せしむ。今陛下將に不測の人を尊崇し、彼に部衆を給して財を積聚せん、是れ白公・子胥の廣都の中に於て報復する有るにあらざれば、卽ち疑い專諸・荆軻の兩柱の間より起こる有らん、其の計策何の便利か?卽ちこれ所謂賊に兵器を借與し、虎のため翼を添う、願わくは陛下稍々謀劃を留意せんことを。
無蓄
無蓄
禹有十年之蓄,故免九年之水:湯有十年之積,故勝七歲之旱。夫蓄積者,天下之大命也。苟粟多而財有餘,何向而不濟?以攻則取,以守則固,以戰則勝,懷柔附遠,何招而不至?
禹十年の蓄積有りて、ゆえに九年の水を免れ;湯十年の積蓄有りて、ゆえに七年の旱に勝つ。蓄積は、是れ天下の大命なり。若し粟多くして財有餘ならば、何處に向かうも成功せざらんや?以て攻めれば卽ち取得し、以て守れば卽ち牢固に、以て戰えば卽ち勝利し、柔かに遠きを懷し附けば、誰か招きて至らざらん?
管子曰:"倉廩實,知禮節:衣食足,知榮辱。"民非足也,而可治之者,自古及今,未之嘗聞。古人曰:"一夫不耕,或為之飢:一婦不織,或為之寒。"生之有時,而用之無節,則物力必屈。古之為天下者至悉也,故其蓄積足恃。今背本而以末食者甚眾,是天下之大殘也:從生之害者甚盛,是天下之大賊也:汰流淫佚侈靡之俗日以長,是天下之大祟也。殘賊公行,莫之或止,大命泛敗,莫之振救。生之者甚少,而靡之者甚眾,天下之勢,何以不危?漢之為漢幾四十歲矣,公私之積,猶可哀痛也。故失時不雨,民且狼顧矣。歲惡不入,請賣爵鬻子,既或聞耳矣。安有為天下阽危若此,而上不驚者!
管子曰く、「倉廩充實すれば、禮節を知る;衣食充足すれば、榮辱を知る」と。民充足せずして、治理する可きは、古より今に至るまで、未だ曾て聞かず。古人曰く、「一個の男人耕さざれば、卽ち人因りて飢ゆる者有り;一個の婦人織らざれば、卽ち人因りて寒なる者有り」と。生産時節有りて、使用節制なければ、物力必ず竭盡す。古天下を治理する人極めて周悉にして、ゆえに蓄積足りて倚仗す。今本に背離して末を以て食う者甚だ多し、是れ天下の大殘;民生を傷害するに從う甚だ盛ん、是れ天下の大賊;汰流淫佚侈靡の俗日々に增長す、是れ天下の大祟。殘賊公然流行し、止住する人なく、大命覆敗し、振救する人なし。生産する者甚だ少なく、靡費する者甚だ多し、天下の形勢、何を以て危ならざらん?漢漢と爲りて幾ど四十年、公私の積蓄、還りて哀痛す可し。ゆえに時節を錯りて雨降らざれば、民將に狼顧せん。年成惡く收入なければ、爵を賣り子を賣るを請う、已に或は耳に傳わる。何處にか天下を治理して傾危かくのごとく、而して上驚慌せざる者有らん!
世之有饑荒,天下之常也,禹湯被之矣。即不幸有方二三千里之旱,國何以相恤?卒然邊境有急,數十百萬之眾,國何以饋之矣?兵旱相乘,天下大屈,勇力者聚徒而橫擊,罷夫羸老,易子孫而?其骨,政法未畢通也,遠方之疑者並舉而爭起矣。為人上者,乃試而圖之,豈將有及乎?可以為富安天下,而直以為此廩廩也,竊為陛下惜之。
世上飢饉有るは、是れ天下の常事、禹湯遭受せり。一旦不幸方圓兩三千里の旱有れば、國何を以て互いに體恤せん?突然邊境に急有り、幾十百萬の部衆、國何を以て彼らを饋餉せん?兵旱相乘じ、天下大いに竭盡し、勇力の人徒衆を聚集し橫撃し、疲夫羸老は、子孫を交換して其の骨を賣り(底本此處に缺字あり)、政法未だ完全に通達せず、遠方疑惑の者一齊に起こりて爭奪す。人上を爲る者、始めて試みに謀劃するも、何ぞ將に趕上に及ばん?本來以て天下を富安する可きに、却つて逕直かくのごとき廪廪危懼を弄す、竊に陛下のため惋惜す。
鑄錢
鑄錢
法使天下公得顧租鑄錢,敢雜以鉛鐵為他巧者,其罪黥,然鑄錢之情,非殽鈆鐵及石雜銅也,不可得贏,而殽之甚微,其利甚厚,名曰顧租公鑄法也,而實皆黥罪也。有法若此,上將何賴焉?
法令天下をして公然租に按じて錢を鑄るを得らしめ、敢えて鉛鐵を摻雜し其他巧僞を爲すは、罪は黥なり、然るに錢を鑄るの實情は、鉛鐵及び石雜銅を摻雜せざれば、卽ち贏利を得る能わず、而して摻雜甚だ少なければ、利甚だ厚し、名義上は租に按じて公鑄の法、而して實は皆黥罪なり。法かくのごとき有れば、上將に何を依賴せん?
夫事有召禍,而法有起奸。今令細民操造幣之勢,各隱屏其家而鑄作,因欲禁其厚利微奸,雖黥罪日報,其勢不止,為民設阱,孰積於是?曩禁鑄錢,死罪積下:今公鑄錢,黥罪積下,雖少異乎,末具也。民方陷溺,上且弗救乎?
事に禍を召來する有り、法に奸を興起する有り。今細民をして造幣の勢を操持せしめ、各々家に隱屏して鑄作し、因りて其の厚利微奸を禁止せんと欲するも、たとい黥罪日々に上報するも、其の勢止む能わず、民のため陷阱を設く、誰かこれより積累する更深き?從前錢を鑄るを禁止せば、死罪下に積み;今公然錢を鑄れば、黥罪下に積む、たとい稍々不同有るも、具體辦法なし。民正に陷溺す、上將に救わざらんや?
且世民用錢,縣異而郡不同。或用輕錢,百加若干。或用重錢,平稱不受。法錢不立,吏急而一之乎?則大煩苛而民弗任,且力不能而勢不可施。縱而弗苛乎?則郡縣異而市肆不同,小大異用,錢文大亂。夫苟非其術,則何向而可哉?
況んや世民錢を用うるに、縣同じからずして郡同じからず。或は輕錢を用い、一百若干を加う。或は重錢を用い、平稱接受せず。法錢確立せざれば、官吏急ぎて統一せんと欲すか?卽ち大いに煩苛にして民勝任する能わず、且つ力能わずして勢施行する可からず。放縱して苛ならざるか?郡縣卽ち同じからずして市肆同じからず、小大用いる同じからず、錢文大いに亂る。若し其の方法にあらざれば、卽ち何處に向かうも可ならんや?
夫農事不為,而採銅日蕃,釋其耒耨,冶鎔爐炭,奸錢日繁,正錢日亡,善人怵而為奸邪,願民陷而之刑僇,黥罪繁積,吏民且日鬥矣。將甚不祥,柰何而忽?國知患此,吏議必曰:"禁之。"禁之不得其術,其傷必大,何以圉之?令禁鑄錢,錢必還重,四錢之粟,必還二錢耳。重則盜鑄錢如雲而起,則棄市之罪,又不足以禁矣。奸不勝而法禁數潰,銅使之然也。
農事爲さずして、銅を採る者日々に蕃多し、耒耨を放下し、冶熔爐炭に就き、奸錢日々に繁多し、正錢日々に亡失し、善人誘引せられて奸邪を爲り、愿民陷りて刑戮に至り、黥罪繁積し、吏民將に日々に爭鬥せん。將に甚だ不祥ならん、何ぞ忽視せん?國此を憂患するを知れば、吏議必ず曰く、「禁止」と。禁止其の術を得ざれば、傷害必ず大なり、何を以て防禦せん?令を下して錢を鑄るを禁止せば、錢必ずまた重を變じ、四錢の粟、必ず二錢に回歸するのみ。重ければ卽ち盜錢を鑄る者雲のごとく起こり、棄市の罪、また足らずして禁止せず。奸勝つ能わずして法禁屢々潰敗す、是れ銅彼をして然らしむればなり。
卷第五
卷第五
傅職
傅職
或稱春秋,而為之聳善而抑惡,以革勸其心。教之禮,使知上下之則:或為之稱詩而廣道顯德,以馴明其志:教之樂,以疏其穢而填其浮氣:教之語,使明於上世,而知先王之務明德於民也:教之故志,使知廢興者而戒懼焉:教之任術,使能紀萬官之職任,而知治化之儀:教之訓典,使知族類疏戚,而隱比馴焉。此所謂學太子以聖人之德者也。
或は『春秋』を稱說して、彼のため善を褒め惡を抑え、以て其の心を變革勸勉す。彼に禮を教え、彼をして上下の法則を知らめ或は彼のため『詩』を稱說して大道を廣し德を顯揚し、以て其の志を馴化光明せしめ;彼に樂を教え、以て穢を疏通して浮氣を鎭定せしめ;彼に語を教え、上世を明白にして、先王務めて明德を民に施すを知らしめ;彼に故志を教え、廢興を知りて戒懼せしめ;彼に任術を教え、萬官の職任を紀理する能くして、治化の儀則を知らしめ;彼に訓典を教え、族類親疏を知りて、隱然として親比馴服せしめ。卽ちこれ聖人の德を以て太子を學ばしむるなり。
或明惠施以道之忠,明長復以道之信,明度量以道之義,明等級以道之禮,明恭儉以道之孝,明敬戒以道之事,明慈愛以道之仁,明僩雅以道之文,明除害以道之武,明精直以道之罰,明正德以道之賞,明齋肅以道之教,此所謂教太子也。
或は惠施を彰明して以て忠を引導し、長復を彰明して以て信を引導し、度量を彰明して以て義を引導し、等級を彰明して以て禮を引導し、恭儉を彰明して以て孝を引導し、敬戒を彰明して以て事を引導し、慈愛を彰明して以て仁を引導し、閑雅を彰明して以て文を引導し、除害を彰明して以て武を引導し、精直を彰明して以て罰を引導し、正德を彰明して以て賞を引導し、齋肅を彰明して以て教を引導す、卽ちこれ太子を教うるなり。
左右前後,莫非賢人以輔相之,摠威儀以先後之,攝體貌以左右之,制義行以宣翼之,章恭敬以監行之,勤勞以勸之,孝順以內之,敦篤以固之,忠信以發之,德言以揚之,此所謂順者也,此傅人之道也,非賢者不能行。
左右前後、賢人にあらざるなく彼を輔相し、威儀を總持して以て彼を先後し、體貌を攝持して以て彼を左右し、義行を制約して以て翼護を宣揚し、恭敬を彰明して以て實行を監視し、勤勞を以て勸勉し、孝順を以て納入し、敦篤を以て鞏固し、忠信を以て發明し、德言を以て顯揚す、卽ちこれ所謂順、是れ人を傅くるの道、賢者にあらざれば實行する能わず。
天子不諭於先聖人之德,不知君國畜民之道,不見禮義之正,不察應事之理,不博古之典傳,不僩於威儀之數,詩書禮樂無經,天子學業之不法,凡此其屬太師之任也,古者齊太公職之。
天子先聖人の德を曉諭せず、君國畜民の道を知らず、禮義の正を見ず、應事の理を省察せず、博く古の典傳を通ぜず、威儀の數を嫻習せず、『詩』『書』『禮』『樂』經常なし、天子學業法度に合わず、凡そこれらは太師の職任に屬す、古は齊太公職掌せり。
天子不恩於親戚,不惠於庶民,無禮於大臣,不忠於刑獄,無經於百官,不哀於喪,不敬於祭,不誡於戎事,不信於諸侯,不誠於賞罰,不厚於德,不強於行,賜予侈於左右近臣,?授於疏遠卑賤,不能懲忿忘欲,大行大禮大義大道,不從太師之教,凡此其屬太傅之任也,古者魯周公職之。
天子親戚に恩せず、庶民に惠せず、大臣に禮なし、刑獄に忠ならず、百官に經常なし、喪に哀せず、祭に敬せず、戎事に誡めず、諸侯に信ならず、賞罰に誠ならず、德に厚からず、行に強からず、賜與左右近臣に侈濫し、疎遠卑賤に授給して當を得ず(底本此處に缺字あり)、忿を懲らし欲を忘るる能わず、大行大禮大義大道、太師の教に聽從せず、凡そこれらは太傅の職任に屬す、古は魯周公職掌せり。
天子處位不端,受業不敬,教誨諷誦詩書禮樂之不經不法不古,言語不序,音聲不中律,將學趨讓進退即席不以禮,登降揖讓無容,視瞻俯仰周旋無節,妄咳唾數顧趨行,色不比順,隱琴肆瑟,凡此其屬太保之任也,古者燕召公職之。
天子位に處りて端正せず、業を受くる敬せず、教誨諷誦『詩』『書』『禮』『樂』經常ならず法度に合わず古に合わず、言語次序なく、音聲律に合わず、將に趨讓進退即席禮に按らずを學ばんとし、登降揖讓容儀なく、視瞻俯仰周旋節なく、妄りに咳唾し屢々回顧快走し、臉色順に比せず、琴を隱し瑟を肆う、凡そこれらは太保の職任に屬す、古は燕召公職掌せり。
天子燕闢廢其學,左右之習詭其師。荅遠方諸侯,遇貴大人,不知大雅之辭:荅左右近臣,不知已諾之適,簡問小誦之不博不習,凡此其屬少師之任也,古者史佚職之。
天子燕辟其の學を廢棄し、左右の習氣其の師を詭變す。遠方の諸侯に應答し、貴大人に對待するに、大雅の辭を知らず;左右近臣に應答するに、已諾の適の適當を知らず、簡問小誦博からず習わず、凡そこれらは少師の職任に屬す、古は史佚職掌せり。
天子居處出入不以禮,衣服冠帶不以制,御器在側不以度,雜彩從美不以章,忿怒說喜不以義,賦與?讓不以節,小行小禮小義小道,不從少師之教:凡此其屬少傅之任也。
天子居處出入禮に按らず、衣服冠帶制度に按らず、御器側に在りて法度に按らず、雜彩從美章に按らず、忿怒喜悅義に按らず、賦與奪讓節に按らず(底本此處に缺字あり)、小行小禮小義小道、少師の教に聽從せず、凡そこれらは少傅の職任に屬す。
天子居處燕私安所易,樂而湛,夜漏屏人而數,飲酒而醉,食肉而飽,飽而強食,飢而惏,而暍,寒而懦,寢而莫宥,坐而莫侍,行而莫先莫後。帝自為開戶,自取玩好,自執器皿,亟顧還面,而器御之不舉不臧,折毀喪傷,凡此其屬少保之任也。
天子居處燕私簡易に安んじ、樂しみて沉溺し、夜漏人を屏退して屢々し、酒を飲みて醉い、肉を食いて飽き、飽きて強いて食い、飢えて貪り、熱して暍し、寒して懦れ、寢して護佑する人なく、坐して侍候する人なく、行して先後する人なし。帝自ら門を開き、自ら玩好を取り、自ら器皿を拿り、屢々回顧轉面し、而して器御擧げず藏めず、折毁喪傷す、凡そこれらは少保の職任に屬す。
干鏚戈羽之舞,管鑰琴瑟之會,號呼歌謠,聲音不中律,燕樂雅訟逆樂序,凡此其屬,詔工之任也。
干戚戈羽の舞、管鑰琴瑟の會合、號呼歌謠、聲音律に合わず、燕樂雅頌樂序に違背す、凡そこれらは詔工の職任に屬す。
不知日月之不時節,不知先王之諱與國之大忌,不知風雨雷電之眚,凡此其屬太史之任也。
日月を知らず時節に按らず、先王の諱と國の大忌を知らず、風雨雷電の災眚を知らず、凡そこれらは太史の職任に屬す。
保傅
保傅
殷為天子二十餘世,而周受之:周為天於三十餘世,而秦受之:秦為天子,二世而亡。人性非甚相遠也,何殷周之君有道之長,而秦無道之暴也,其故可知也。
殷天子を爲ること二十餘世にして、周之を受く;周天子を爲ること三十餘世にして、秦之を受く;秦天子を爲りて、二世にして滅亡す。人性は並びに相去ること甚だ遠からず、何の故に殷周の君は道有りて長久し、而して秦は道無くして暴亡するや、緣故知る可し。
古之王者,太子初生,固舉以禮,使士負之,有司齋肅端冕,見之南郊,見於天也。過闕則下,過廟則趨,孝子之道也。故自為赤子,而教固已行矣。昔者,周成王幼在襁褓之中,召公為太保,周公為太傅,太公為太師。保,保其身體:傅,傅之德義:師,道之教訓,三公之職也。於是為置三少,皆上大夫也。曰少保。少傅。少師,是與太子燕者也。故孩提有識,三公三少固明孝仁禮義以道習之,逐去邪人,不使見惡行。於是皆選天下之端士孝悌博聞有道術者,以衛翼之,使與太子居處出入。故太子初生而見正事,聞正言,行正道,左右前後皆正人也。習與正人居之不能無正也,猶生長於齊之不能不齊言也:習與不正人居之不能無不正也,猶生長於楚之不能不楚言也。故擇其所嗜,必先受業,乃得嘗之:擇其所樂,必先有習,乃得為之。孔子曰:"少成若天性,習貫如自然。"是殷周之所以長有道也。
古の王者、太子初生すれば、本來禮に按じて舉行し、士をして彼を背負わしめ、有司齋肅端冕して、南郊に於て彼を見る、是れ天に見ゆ。闕を過ぎれば卽ち車を下り、廟を過を過ぎれば卽ち小步快走す、是れ孝子の道なり。ゆえに赤子を爲るよりして、教本來已に實行せり。從前、周成王幼少襁褓の中に在りしに、召公太保を爲し、周公太傅を爲し、太公太師を爲す。保は、是れ其の身を保養するなり;傅は、是れ彼に德義を傅うるなり;師は、是れ教訓を以て引導するなり、是れ三公の職なり。於是彼のため三少を設置す、皆上大夫なり。之を少保・少傅・少師と謂い、是れ太子と燕處するなり。ゆえに孩提識有れば、三公三少本來孝仁禮義を彰明して以て引導習練し、邪人を逐去して、惡行を見せしめず。於是皆天下の端士孝悌博聞道術有るを選びて、以て彼を衛翼し、太子と居處出入せしむ。ゆえに太子初生して卽ち正事を見、正言を聞き、正道を實行し、左右前後皆正人なり。正人と居處するを習えば卽ち正ならざる能わず、譬えば齊に生長すれば齊の言を爲さざる能わざるがごとし。
及太子少長,知好色,則入於學,學者所學之官也。《學禮》曰:"帝入東學,上親而貴仁,則親疏有序,而恩相及矣。帝入南學,上齒而貴信,則長幼有差,而民不誣矣。帝入西學,上賢而貴德,則聖智在位,而功不遺矣。帝入北學,上貴而尊爵,則貴賤有等,而下不踰矣。帝入太學,承師問道,退習而考於太傅,太傅罰其不則,而匡其不及,則德智長而治道得矣。"此五學者,既成於上,則百姓黎民化輯於下矣。學成治就,是殷周所以長有道也。
太子稍長くして、色を好むを知るに及びて、卽ち學に入る、學は學する所の官署なり。『學禮』に曰く、「帝東學に入りて、親を尙びて仁を貴ぶ、親疎卽ち次序有りて、恩卽ち相及ぶ。帝南學に入りて、年齒を尙びて信を貴ぶ、長幼卽ち差等有りて、民卽ち欺誣せず。帝西學に入りて、賢を尙びて德を貴ぶ、聖智卽ち位に在りて、功卽ち遺漏せず。帝北學に入りて、貴を尙びて爵を尊敬す、貴賤卽ち等有りて、下卽ち僭越せず。帝太學に入りて、師を承けて道を問い、退きて習練して太傅に考えらる、太傅其の法則に合わざるを罰し、其の足らざるを匡正す、德智卽ち增長して治道卽ち得らる」と。此の五學は、已に上に於て成就し、百姓黎民卽ち下に於て化輯す。學成り治就く、是れ殷周の長久道有る所以の緣故なり。
及太子既冠成人,免於保傅之嚴,則有司直之史,有虧膳之宰。天子有過,史必書之。史之義,不得書過則死,而宰收其膳。宰之義,不得收膳則死。於是有進善之旌,有誹謗之木,有敢諫之鼓。瞽史誦詩,工誦箴諫,大夫進謀,士傳民語。習與智長,故切而不愧,化與心成,故中道若性,是殷周之所以長有道也。
太子已に冠を加え成人し、保傅の嚴を免れるに及びて、卽ち司直の史有り、減膳の宰有り。天子過錯有れば、史必ず書寫す。史の義は、過錯を書寫する能わざれば卽ち死す、而して宰其の膳を收む。宰の義は、膳を收む能わざれば卽ち死す。於是進善の旌有り、誹謗の木有り、敢諫の鼓有り。瞽史詩を誦し、樂工箴諫を誦し、大夫謀を進め、士民語を傳う。智と共に長ずるを習えば、ゆえに切直にして愧せず、心と共に成るを化せば、ゆえに中道性のごとし、是れ殷周の長久道有る所以の緣故なり。
三代之禮,天子春朝朝日,秋暮夕月,所以明有敬也。春秋入學,坐國老執醬而親饋之,所以明有孝也。行以鸞和,步中採薺,趨中肆夏,所以明有度也。其於禽獸也,見其生,不忍其死,聞其聲,不嘗其肉,故遠庖廚,所以長恩且明有仁也。食以禮,徹以樂,失度則史書之,工誦之,三公進而讀之,宰夫減其膳,是天子不得為非也。明堂之位曰:篤仁而好學,多聞而道順。天子疑則問,應而不窮者謂之道。道者,道天子以道者也。常立於前,是周公也。誠立而敢斷,輔善而相義者謂之輔。輔者,輔天子之意者也。常立於左,是太公也。潔廉而切直,匡過而諫邪者謂之拂。拂者,拂天子之過者也。常立於右,是召公也。博聞強記,捷給而善對者謂之承。承者,承天子之遺忘者也。常立於後,是史佚也。故成王中立聽朝,則四聖維之。是以慮無失計,而舉無過事,殷周之所以長久者,其輔翼太子有此具也。
三代の禮、天子春の朝日を朝し、秋の晚月を夕す、是れを以て敬有るを彰明す。春秋學に入り、國老を坐さしめて醬を執りて親ら饋食す、是れを以て孝有るを彰明す。行走鸞和を用い、步采薺に合い、趨肆夏に合す、是れを以て度有るを彰明す。禽獸に對して、其の活くるを見て、其の死するを忍びず、其の聲を聞きて、其の肉を嘗めず、ゆえに庖廚を遠ざく、是れを以て恩を增長し且つ仁有るを彰明す。禮に按じて飯を食い、樂に按じて膳を撤す、度を失えば史卽ち書寫し、樂工誦讀し、三公進みて讀し、宰夫其の膳を減ず、かくのごとく天子非を爲す能わず。明堂之位に曰く、仁を篤うして學を好み、聞くこと多くして道順なりと。天子疑惑あれば卽ち問う、應對して窮まらざるを道と謂う。道は、是れ道を以て天子を引導するなり。常に前に立つは、是れ周公なり。誠立ちて敢えて決斷し、善を輔けて義を相けるを輔と謂う。輔は、是れ天子の意を輔うるなり。常に左に立つは、是れ太公なり。潔廉にして切直、過を匡し邪を諫むるを拂と謂う。拂は、是れ天子の過錯を拂去するなり。常に右に立つは、是れ召公なり。
及秦而不然,其俗固非貴辭讓也,所上者告訐也:固非貴禮義也,所上者刑罰也。使趙高傅胡亥而教之獄,所習者非斬劓人,則夷人之三族也。故今日即位,明日射人。忠諫者謂之誹謗,深為之計者謂之妖言。其視殺人若艾草菅然,豈胡亥之性惡哉?其所以習道之者,非理故也。
秦に至りては卽ちかくのごとくならず、其の俗本來辭讓を貴ばず、尙びする所は告訐なり;本來禮義を貴ばず、尙びする所は刑罰なり。趙高をして胡亥に傅かしめて彼に獄訟を教えしむ、習う所は斬劓人を爲るにあらざれば、卽ち人の三族を夷するなり。ゆえに今日位に即き、明日人を射る。忠諫するを誹謗と謂い、深く彼のため謀劃するを妖言と謂う。彼人を殺すを視ること草菅を割くがごとし、豈胡亥の性惡ならんや?習練彼を引導する所以は、理ならざるの緣故なり。
鄙諺曰:"不習為史,而視已事。"又曰:"前車覆而後車戒。"夫殷周之所以長久者,其已事可知也,然而不能從,是不法聖智也。秦之亟絕者,其軌跡可見也,然而不避,是後車又覆也。夫存亡之反,治亂之機,其要在是矣。天下之命,縣於太子。太子之善,在於蚤諭教與選左右。心未濫而先諭教,則化易成也。夫開於道術,知義之指,則教之功也。若其服習積貫,則左右而已矣。夫胡越之人,生而同聲,嗜慾不異,及其長而成俗也,累數譯而不能相通,行有雖死而不相為者,則教習然也。臣故曰:"選左右蚤諭教最急。"夫教得而左右正,則太子正矣,太子正而天下定矣。書曰:"一人有慶,兆民賴之。"此時務也。
俗諺に曰く、「史を爲るを習わずして、已に發生せし事を看よ」と。また曰く、「前の車覆れば後の車警戒す」と。殷周の長久の所以は、已に發生せし事知る可し、然るも從う能わざるは、是れ聖智を效法せざるなり。秦急遽に絕滅す、軌跡見る可し、然るも躲避せざるは、是れ後の車また覆るなり。存亡の反覆、治亂の機樞、要領卽ちここに在り。天下の命は、太子に懸挂す。太子の善は、早く曉諭教導と左右を選擇とに在り。心未だ濫れざるに先だち曉諭教導すれば、化卽ち容易に成就す。道術に開啓し、義の意旨を知るは、是れ教の功效なり。服習積貫に至りては、只左右に在るのみ。胡越の人は、生まれて聲音同じく、嗜欲異なることなし、長大して俗を成すに及びて、幾度か翻譯を經るも相通ずる能わず、行爲たとい死すとも互相爲さざる有るは、是れ教習かくのごとくせしむればなり。臣の曰う所以、「左右を選擇し早く曉諭教導する最も急なり」と。教當を得て左右正しければ、太子卽ち正しく、太子正しくして天下卽ち定まる。
連語
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紂,聖天子之後也,有天下而宜然,苟背道棄義,釋敬慎而行驕肆,則天下之人,其離之若崩,其背之也,不約而若期。夫為人主者,誠奈何而不慎哉!紂將與武王戰,紂陳其卒,左臆右臆,鼓之不進,皆還其刃,顧以鄉紂也。紂走還於寢廟之上,身鬥而死,左右弗肯助也。紂之官衛,輿紂之軀,棄之玉門之外。民之觀者,皆進蹴之,蹈其腹,蹶其腎,踐其肺,履其肝,周武王乃使人帷而守之,民之觀者,攐帷而入,提石之者,猶未肯止,可悲也!夫埶為民主,直與民為仇,殃忿若此!夫民尚踐盤其軀,而況有其民政教乎!臣竊聞之曰:"善不可謂小而無益,不善不可謂小而無傷。"夫牛之為胎也,細若鼷鼠。紂損天下,自象箸始。故小惡大惡,一類也。過敗雖小,皆己之罪也。周諺曰:"前車覆而後車戒。"今前車已覆矣,而後車不知戒,不可不察也。
紂は、是れ聖天子の後代、天下有りて當にかくのごとくあるべし、若し道に背き義を棄て、敬慎を放下して驕肆を實行せば、天下の人、彼を離るること山崩のごとく、彼を背棄して、約せずして日期を約定せるがごとし。人主を爲るは、實に何ぞ謹慎せざる能わんや!紂將に武王と戰わんとし、紂士卒を陳列し、左臆右臆、鼓を擊ちて前進せず、皆刃を掉轉し、反つて紂に向かう。紂跑りて寢廟の上に歸り、自ら格鬪して死す、左右肯んじて助けず。紂の官衛、車を以て紂の軀體を載せ、玉門の外に拋棄す。觀看の民、皆上前して踩踏し、其の腹を蹈み、其の腎を蹶り、其の肺を踐み、其の肝を履む、周武王才めて人を遣りて帷を張りて守らしむ、觀看の民、帷を揭げて入り、石を投ぐる、還りて肯んじて停止せず、悲しむ可きかな!勢民主を爲りて、逕直民と仇を爲す、殃忿かくのごとし!民なお其の軀體を踐踏す、況んや其の民政教有るをや!臣竊に聞く、「善は小と説く可からずして益處なし、不善は小と説く可からずして傷害なし」と。牛胎を爲りて、細かきこと鼷のごとし。
梁嘗有疑獄,半以為當罪,半以為不當。梁王曰:"陶朱之叟,以布衣而富侔國,是必有奇智。"乃召朱公而問之曰:"梁有疑獄,吏半以為當罪,半以為不當,雖寡人亦疑焉,吾決是奈何?"朱公曰:"臣鄙人也,不知當獄。然臣家有二白璧,其色相如也,其徑相如也,其澤相如也,然其價也,一者千金,一者五百金。"王曰:"徑與色澤皆相如也,一者千金,一者五百金,何也?"朱公曰:"側而視之,其一者厚倍之,是以千金。"王曰:"善。"故獄疑則從去,賞疑則從予,梁國說。以臣誼竊觀之,牆薄咫亟壞,繒薄咫亟裂,器薄咫亟毀,酒薄咫亟酸。夫薄而可以曠日持久者,殆未有也。故有國畜民施政教者,臣竊以為厚之而可耳。
梁曾て疑獄有り、一半以爲當罪、一半以爲當ならず。梁王曰く、「陶朱の老人は、布衣を以て富國に相等し、必ず奇智有らん」と。於是朱公を召して問うて曰く、「梁疑獄有り、吏一半以爲當罪、一半以爲當ならず、たとい寡人も疑惑す、我れ此を決斷する如何せん」と。朱公曰く、「臣は是れ鄙人、當に如何に獄を判ずべきかを知らず。然るに臣家に兩塊の白璧有り、顏色相同じく、直徑相同じく、光澤相同じく、然るに價錢は、一塊千金、一塊五百金なり」と。王曰く、「直徑と色澤と皆相同じくして、一塊千金、一塊五百金とは、何の故ぞ」と。朱公曰く、「側りて看れば、其の中一塊一倍厚し、ゆえに千金なり」と。王曰く、「善し」と。ゆえに獄疑有れば卽ち輕きに從りて去り、賞疑有れば卽ち厚きに從りて給す、梁國喜悅す。臣誼竊に觀察するに按じて、墻薄ければ卽ち急壞し、繒薄ければ卽ち急裂し、器薄ければ卽ち急毀し、酒薄ければ卽ち急酸す。薄くして曠日持久する可きは、大概未だ曾てあらず。ゆえに國有りて民を畜し政教を施行するは、臣竊に以爲加厚すれば卽ち可なりと。
抑臣又竊聞之曰:"有上主者,有中主者,有下主者。上主者,可引而上,不可引而下:下主者,可以引而下,不可引而上:中主者,可引而上,可引而下。"故上主者,堯舜是也。夏禹契后稷,與之為善則行:鯀讙兜,欲引而為惡則誅。故可與為善,而不可與為惡。下主者,桀紂是也。推侈惡來,進與為惡則行,比干龍逢,欲引而為善,則誅。故可與為惡,而不可與為善。所謂中主者,齊桓公是也。得管仲隰朋,則九合諸侯:豎貂子牙,則餓死胡宮,蟲流而不得葬。故材性乃上主也,賢人必合,而不肖人必離,國家必治無可憂者也。若材性下主也,邪人必合,賢正必遠,坐而須亡耳,又不可勝憂矣。故其可憂者,唯中主爾。又似練絲,染之藍則青,染之緇則黑。得善佐則存,不得善佐則亡。此其不可不憂者耳。詩云:"芃芃棫樸,薪之槱之,濟濟闢王,左右趨之。"此言左右日以善趨也,故臣竊以為練左右急也。
君人の道は、仁義を以て己を制し、法制を以て人を制す、剛方圓を量りて長短を知る、法の能く治まる所以は、邪曲を端正する有ればなり。邪曲を端正して、法公ならざれば、法誅夷を爲し、人臣以下、罪を避くる能わず。法能く己を制するは、以て人を制すること治に至る、是故に先王自らを貴ばず。
輔佐
傳に曰く、「堯置く敢諫の鼓、舜立つ誹謗の木、湯司直の人有り、武王戒慎の鞀有り」と。欲して過錯を聞かんと欲するなり。
大相,上承大義而啟治道,總百官之要,以調天下之宜。正身行,廣教化,修禮樂,以美風俗,兼領而和一之,以合治安。故天下失宜,國家不治,則大相之任也。上執正職。
周成王曰く、「寡人聞く、聖王は器なきに由らずして、主なきに由らずして、道術に在りて能く萬方を制し、山に登りて動かざれば、車輿に乘りて勞せざれば、位に處りて安んじて、廟を裸祭して禮を袞行す」と。周公曰く、「『詩經』に曰く、『柔惠且つ直』、方今安くんば、萬邦と俱に休むべし』」と。
大拂,秉義立誠,以翼上志,直議正辭,以持上行,批天下之患,匡諸侯之過。令或鬱而不通,臣或盭而不義,大拂之任也。中執政職。
文王朝てきて毀したる故事有り、呼んで問うて曰く、「どうして」と。左右の吏皆曰く、「遠方の民、道路に富して君の富を羨む、之を爲し罪を問わざれ」と。文王曰く、「君の富は、是れ民の富なり。孰か親して之を斂むる、孰か臣子を爲りて斂むるや」と。
大輔,聞善則以獻,知善則以獻,明號令,正法則,頒度量,論賢良,次官職,以時巡循,使百吏敬率其業。故經義不衷,賢不肖失序,大輔之任也。下執事職。
衛懿公の時、臣民及び卿大夫多く輕く義を廢し、已に數百年なり。懿公好んで胡作亂を爲し、淫樂を好みて邊鄙を急ぐ。公羊が鶴を見て、之をに合わざれば、御者之を烹にして之を贈る。
道行,典知變化,以為規是非,明利害,掌僕及輿馬之度,羽旄旌旗之制,步驟徐疾之節,春夏秋冬用之倫色,居車之容,登降之禮。見規宜諭,見過則譋。故職不率義,則道行之任也。
君主の計は、時に観察して熟計すること大なり。聖人の小を貴ばざるは、豈敢えて小を貴ばざるや?是れ大に至る所なり。何を以てか?大は小より來る。古の帝王の心を牧むるは、戒めて日月至るを忽せず。
調誶,典博聞以掌駟乘,領時從,比賢能。天子出則為車右,坐立則為位承。聖帝之德,畜民之道,禮義之正,應事之理,則職以箴。刑獄之衷,賞罰之誠,已諾之信,百官之經,喪祭之共,戎事之誡,身行之強,則職以諗。遇大臣之敬,遇小臣之惠,坐立之端,言默之序,音聲之適,揖讓之容,俯仰之節,立事之色,則職以證。出入不從禮,衣服不從制,御器不以度,迎送非其章,忿說忘其義,取予失其節,安易而樂湛,則職以諫。故善不徹,過不聞,侍從不諫,則調誶之任也。
銜諺
典方,典容儀以掌諸侯遠方之君,譔之班爵列位軌伍之約,朝覲宗遇會同享聘貢職之數,辨其民人之眾寡,政之治亂,率意道順,僻淫犯禁之差第。天子巡狩,則先循於其方,故或有功德而弗舉,或有淫僻犯禁而不知,典方之任也。
『周易・泰』に曰く、「朋亡して、中行に半ぎて、尚ゆ」、行中に信を立て、願意を放棄して、大公を行うの意なり。
奉常,典天以掌宗廟社稷之祀,天神。地只。人鬼,凡山川四望國之諸祭,吉凶妖祥占相之事序,禮樂喪紀,國之禮儀,畢居其宜,以識宗室,觀民風俗,審詩商命,禁邪言,息淫聲,於四時之交,有事於南郊,以報祈天明。故歷天時不得,事鬼神不序,經禮儀人倫不正,奉常之任也。
『周易・謙』に曰く、「鬼神盈を害して謙を福す、人道盈を惡して謙を好む」、盈を忌む而して不足を貴ぶ、是れ正理なり。
