Libo

新书 · 第6巻

西汉 · 贾谊 · 第6巻 / 7

神者,道德神氣發於性也。康若濼流,不可物效也,變化無所不為,物理及諸變之起,皆神之所化也,故曰康若濼流謂之神。理生變,通之以化。

神は、是れ道德の神氣性より發出す。康として濼流のごとく、物を以て效驗する可からず、變化爲さざる所なく、物理及び諸變の興起は、皆是れ神の化する所、ゆえに曰く康として濼流のごときを神と謂うと。理變を生じて、化を以て貫通す。

明者,神氣在內,則無光而為知,明則有輝於外矣。外內通一,則為得失,事理是非皆職於知,故曰光輝謂之明。明生識,通之以知。

明は、神氣內に在れば、卽ち光なくして知と爲り、明有れば卽ち外に輝有り。外內一通ずれば、卽ち得失と爲り、事理是非皆知に職掌す、ゆえに曰く光輝を明と謂うと。明識を生じて、知を以て貫通す。

命者,物皆得道德之施以生,則澤潤性氣神明,及形體之位分。數度,各有極量指奏矣。此皆所受其道德,非以嗜慾取捨然也。其受此具也,礐然有定矣,不可得辭也,故曰命。命者,不得毋生,生則有形,形而道德性神明因載於物形,故礐堅謂之命。命生形,通之以定。

命は、物皆道德の施與を得て生長すれば、卽ち潤澤性氣神明に澤し、及び形體の位分。數度は、各々極量指奏有り。是れら皆是れ受くる所の道德、是れ嗜欲取舍を以てするにあらず。其の是れらの器具を受くるに、磝然として定有りて、推辭する可からず、ゆえに之を命と謂う。命は、生、生ぜざる能わず、生ずれば卽ち形有り、形有りて道德性神明因りて物形に承載す、ゆえに磝堅を命と謂う。命形を生じて、定を以て貫通す。

物所道始謂之道,所得以生謂之德。德之有也,以道為本,故曰道者德之本也。德生物,又養物,則物安利矣。安利物者,仁行也。仁行出於德,故曰仁者德之出也。德生理,理立則有宜適之謂義。義者,理也,故曰義者德之理也。德生物,又養長之而弗離也,得以安利。德之遇物也忠厚,故曰忠者德之厚也。德之忠厚也,信固而不易,此德之常也,故曰信者德之固也。德生於道而有理,守理則合於道,與道理密而弗離也,故能畜物養物,物莫不仰恃德,此德之高,故曰密者德之高也。道而勿失,則有道矣:得而守之,則有德矣:行有無休,則行成矣。故曰道此之謂道,德此之謂德,行此之謂行。諸此言者,盡德變:變也者,理也。

物の始まる所從を道と謂い、得て生ずる所以を德と謂う。德の有るは、道を以て本と爲す、ゆえに曰く道路是れ德の本なりと。德物を生じ、また物を養う、物卽ち安利す。物を安利するは、是れ仁行なり。仁行德より出づ、ゆえに曰く仁是れ德の出なりと。德理を生じ、理立てば卽ち適宜有りて之を義と謂う。義は、是れ理、ゆえに曰く義是れ德の理なりと。德物を生じ、また養長して離れず、安利を得るを得。德物を對待する忠厚、ゆえに曰く忠是れ德の厚なりと。德の忠厚は、信固にして改易せず、是れ德の常、ゆえに曰く信是れ德の固なりと。德道より生じて理有り、理を守れば卽ち道に合し、道理と密にして離れず、ゆえに能く物を畜い物を養う、物德を仰恃せざるなし、是れ德の高、ゆえに曰く密是れ德の高なりと。道して失わざれば、卽ち道有り;得て守住すれば、卽ち德有り;行有りて休まざれば、行卽ち成就す。ゆえに曰く道路此を道と謂い、德此を德と謂い、行此を行と謂うと。是れらの言は、盡く是れ德變:變は、是れ理なり。

書者,著德之理於竹帛而陳之,令人觀焉,以著所從事,故曰:"書者,此之著者也。"詩者,志德之理,而明其指,令人緣之以自成也,故曰"詩者,此之志者也。"易者,察人之精德之理與弗循,而占其吉凶,故曰"易者,此之占者也。"春秋者,守往事之合德之理與不合,而紀其成敗,以為來事師法,故曰"春秋者,此之紀者也。"禮者,體德理而為之節文,成人事,故曰"禮者,此之體者也。"樂者,書。詩。易。春秋。禮五者之道備,則合於德矣,合則驩然大樂矣,故曰"樂者,此之樂者也。"人能修德之理,則安利之,謂福。莫不慕福,弗能必得,而人心以為鬼神能與於利害,是故具犧牲俎豆粢盛,齋戒而祭鬼神,欲以佐成福,故曰祭祀鬼神,為此福者也。德之理盡施於人,其在人也,內而難見,是以先王舉德之頌而為辭語,以明其理,陳之天下,令人觀焉。垂之後世,辯議以審察之,以轉相告。是故弟子隨師而問,博學以達其知,而明其辭以立其誠,故曰博學辯議,為此辭者也。

書は、是れ德の理を竹帛に寫して陳列し、人をして觀看せしめ、以て從事する所を顯著す、ゆえに曰く、「書は、是れ此の顯著」と。詩は、是れ德の理に志向して、而して意旨を彰明し、人をして緣りて來りて自ら成就せしむ、ゆえに曰く「詩は、是れ此の志向」と。易は、是れ人の精德之理と遵循せざるとを察して、而して其の吉凶を占う、ゆえに曰く「易は、是れ此の占」と。春秋は、是れ往事德之理に合する與合せざるを守して、而して成敗を紀錄し、以て來事の師法と爲す、ゆえに曰く「春秋は、是れ此の紀」と。禮は、是れ德理に體現して節文を爲り、人事を成就す、ゆえに曰く「禮は、是れ此の體」と。樂は、是れ書・詩・易・春秋・禮五者の道齊備して、卽ち德に合す、合すれば卽ち歡然大樂す、ゆえに曰く「樂は、是れ此の樂」と。人能く德の理を修めば、卽ち安利す、之を福と謂う。福を慕わざるなし、一定得る能わず、而して人心以爲鬼神能く利害に參與す、此に因りて犧牲俎豆粢盛を具備し、齋戒して鬼神を祭り、以て福を佐成せんと欲す、ゆえに曰く鬼神を祭祀するは、是れ此のため福を求むと。德の理全部人に施加して、人其の處に在りて、內にして見難し、此に因りて先王德の容貌を擧げて辭語を爲り、以て其の理を彰明し、天下に陳列し、人をして觀看せしむ。後世に垂れて、辯議以て審察し、轉相告語す。此に因りて弟子師に跟隨して問い、博學以て其の知を通達し、而して辭を彰明して其の誠を立つ、ゆえに曰く博學辯議は、是れ此のため辭を立つと。

德畢施物,物雖有之,微細難識。夫玉者,真德象也。六理在玉,明而易見也。是以舉玉以諭物之所受於德者,與玉一體也。

德全部物に施加す、物之を有ると雖も、微細にして認識し難し。玉は、是れ眞德の象なり。六理玉に在りて、明白にして見易し。此に因りて玉を擧げて以て物の德に受ける所を曉諭す、玉と是れ一體なり。

卷第九

卷第九

大政上

大政上

聞之於政也,民無不為本也。國以為本,君以為本,吏以為本。故國以民為安危,君以民為威侮,吏以民為貴賤,此之謂民無不為本也。聞之於政也,民無不為命也。國以為命,君以為命,吏以為命。故國以民為存亡,君以民為盲明,吏以民為賢不肖,此之謂民無不為命也。聞之於政也,民無不為功也。故國以為功,君以為功,吏以為功。國以民為興壞,君以民為強弱,吏以民為能不能,此之謂民無不為功也。聞之於政也,民無不為力也,故國以為力,君以為力,吏以為力。故夫戰之勝也,民欲勝也:攻之得也,民欲得也:守之存也,民欲存也。故率民而守,而民不欲存,則莫能以存矣。故率民而攻,民不欲得,則莫能以得矣。故率民而戰,民不欲勝,則莫能以勝矣。故其民之為其上也,接敵而喜,進而不能止,敵人必駭,戰由此勝也。夫民之於其上也,接而懼,必走去,戰由此敗也。故夫菑與福也,非粹在天也,必在士民也。嗚呼,戒之戒之!夫士民之志,不可不要也。嗚呼,戒之戒之!

政に聞くに、民本と爲さざるなし。國民を以て本と爲し、君民を以て本と爲し、吏民を以て本と爲す。ゆえに國民を以て安危と爲し、君民を以て威侮と爲し、吏民を以て貴賤と爲す、是れを民本と爲さざるなしと謂う。政に聞くに、民命と爲さざるなし。國民を以て命と爲し、君民を以て命と爲し、吏民を以て命と爲す。ゆえに國民を以て存亡と爲し、君民を以て盲明と爲し、吏民を以て賢不肖と爲す、是れを民命と爲さざるなしと謂う。政に聞くに、民功と爲さざるなし。ゆえに國民を以て功と爲し、君民を以て功と爲し、吏民を以て功と爲す。國民を以て興壞と爲し、君民を以て強弱と爲し、吏民を以て能不能と爲す、是れを民功と爲さざるなしと謂う。政に聞くに、民力と爲さざるなし、ゆえに國民を以て力と爲し、君民を以て力と爲し、吏民を以て力と爲す。ゆえに戰の勝利は、是れ民勝たんと欲す;攻の取得は、是れ民得んと欲す;守の存在は、是れ民存せんと欲す。ゆえに民を率領して以て守るに、而して民存せんと欲せざれば、卽ち存する能わず。民を率領して以て攻むるに、民得んと欲せざれば、卽ち得る能わず。民を率領して以て戰うに、民勝たんと欲せざれば、卽ち勝つ能わず。ゆえに民其の上のため、敵人に接觸して喜悅し、前進して止む能わざれば、敵人必ず驚駭し、戰此に由りて勝利す。民上に對して、接觸して懼怕し、必ず逃走すれば、戰此に由りて失敗す。ゆえに災と福とは、完全に天に在らず、必ず士民に在り。嗚呼、警戒警戒!士民の志向は、要らざる可からず。嗚呼、警戒警戒!

行之善也,粹以為福己矣。行之惡也,粹以為菑己矣。故受天之福者,天不功焉。被天之菑,則亦無怨天矣,行自為取之也。知善而弗行,謂之不明:知惡而弗改,必受天殃。天有常福,必與有德:天有常菑,必與奪民時。故夫民者,至賤而不可簡也,至愚而不可欺也。故自古至於今,與民為讎者,有遲有速,而民必勝之。知善而弗行謂之狂,知惡而不改謂之惑,故夫狂與惑者,聖王之戒也,而君子之愧也。嗚呼,戒之戒之!豈其以狂與惑自為之,明君而君子乎,聞善而行之如爭,聞惡而改之如讎,然後禍菑可離,然後保福也。戒之戒之!

行爲善なれば、完全に己の福と爲る。行爲惡なれば、完全に己の災と爲る。ゆえに天の福を受くるは、天此のため功に居らず。天の災を遭受するも、卽ち天を怨む勿れ、是れ行爲自ら取り來るなり。善を知りて實行せざるを、不明と謂い;惡を知りて改めざるは、必ず天殃を受く。天經常の福有りて、必ず德有るに給す;天經常の災有りて、必ず民時を侵奪するに給す。ゆえに民は、極賤にして簡慢す可からず、極愚にして欺く可からず。ゆえに古より今に至るまで、民と仇を爲すは、遲速有りて、而して民必ず彼に勝つ。善を知りて實行せざるを狂と謂い、惡を知りて改めざるを惑と謂う、ゆえに狂と惑とは、是れ聖王の警戒、君子の慚愧なり。嗚呼、警戒警戒!豈狂と惑とを以て自ら爲さんや、還りて明君君子と算せんや、善を聞きて實行する爭奪のごとく、惡を聞きて改正する仇に對するがごとくせば、然る後禍災離る可く、然る後福を保住す。警戒警戒!

誅賞之慎焉。故與其殺不辜也,寧失於有罪也。故夫罪也者,疑則附之去已。夫功也者,疑則附之與已。則此毋有無罪而見誅,毋有有功而無賞者矣。戒之哉,戒之哉!誅賞之慎焉。故古之立刑也,以禁不肖,以起怠惰之民也。是以一罪疑,則弗遂誅也,故不肖得改也。故一功疑,則必弗倍也,故愚民可勸也。是以上有仁譽,而下有治名。疑罪從去,仁也:疑功從予,信也。戒之哉,戒之哉!慎其下,故誅而不忌,賞而不曲。不反民之罪而重之,不滅民之功而棄之。故上為非則諫而止之,以道弼之:下為非則矜而恕之,道而赦之,柔而假之。故雖有不肖民,化而則之。故雖昔者之帝王,其所貴其臣者,如此而已矣。

誅賞謹慎すべし。ゆえに無辜を殺すよりは、寧ろ有罪に失せよ。ゆえに罪は、疑有れば卽ち歸附して去り。功は、疑有れば卽ち歸附して給す。かくのごとければ卽ち罪なくして誅せられ、功有りて賞なきなし。警戒や、警戒や!誅賞謹慎すべし。ゆえに古刑を設立するは、以て不肖を禁止し、以て怠惰の民を興起す。此に因りて一罪疑有れば、卽ち立刻誅せず、ゆえに不肖改を得。一功疑有れば、必ず背棄せず、ゆえに愚民勸勉す可し。此に因りて上仁譽有り、下治名有り。疑罪輕きに從りて去るは、是れ仁;疑功厚きに從りて給するは、是れ信なり。警戒や、警戒や!謹慎下に對待せば、ゆえに誅して忌刻せず、賞して歪曲せず。反つて民の罪を加重せず、民の功を滅して拋棄せず。ゆえに上非を爲れば卽ち進諫して止住し、道を以て輔弼し;下非を爲れば卽ち矜憐して寬恕し、道を以て赦免し、柔和にして寬假す。ゆえにたとい不肖の民有るも、亦教化して效法す。ゆえにたとい從前の帝王も、其の臣を看重する所は、かくのごときのみ。

人臣之道,思善則獻之於上,聞善則獻之於上,知善則獻之於上。夫民者,唯君者有之:為人臣者,助君理之。故夫為人臣者,以富樂民為功,以貧苦民為罪。故君以知賢為明,吏以愛民為忠。故臣忠則君明,此之謂聖王。故官有假,而德無假,位有卑,而義無卑,故位下而義高者,雖卑貴也,位高而義下者,雖貴必窮。嗚呼,戒之哉,戒之哉!行道不能,窮困及之。

人臣の道は、善を想えば卽ち上に獻し、善を聞けば卽ち上に獻し、善を知れば卽ち上に獻す。民は、只君擁有す;臣を爲るは、君を幫助して治理す。ゆえに臣を爲るは、民を富樂するを以て功と爲し、民を貧苦するを以て罪と爲す。ゆえに君賢を知るを以て明と爲し、吏民を愛するを以て忠と爲す。ゆえに臣忠なれば卽ち君明、是れを聖王と謂う。ゆえに官假借有りて、而して德假借なく、位卑有りて、而して義卑なし、ゆえに位下にして義高きは、たとい卑なれども亦貴く、位高にして義下なるは、たとい貴なれども亦必ず窮困す。嗚呼、警戒や、警戒や!道を行う能わざれば、窮困卽ち至る。

夫一齣而不可反者,言也:一見而不可得揜者,行也。故夫言與行者,知愚之表也,賢不肖之別也。是以智者慎言慎行,以為身福:愚者易言易行,以為身菑。故君子言必可行也,然後言之,行必可言也,然後行之。嗚呼,戒之哉,戒之哉!行之者在身,命之者在人,此福菑之本也。道者福之本,祥者福之榮也。無道者必失福之本,不祥者必失福之榮。故行而不緣道者,其言必不顧義矣。故紂自謂天王也,桀自謂天子也,已滅之後,民以相罵也。以此觀之,則位不足以為尊,而號不足以為榮矣。故君子之貴也,士民貴之,故謂之貴也。故君子之富也,士民樂之,故謂之富也。故君子之貴也,與民以福,故士民貴之。故君子之富也,與民以財,故士民樂之。故君子富貴也,至於子孫而衰,則士民皆曰何君子之道衰也,數也。不肖暴者禍及其身,則士民皆曰,何天誅之遲也。

一口を出でて返回する可からざるは、是れ言;一顯現して掩蓋する可からざるは、是れ行なり。ゆえに言と行とは、是れ智愚の表、賢不肖の分別なり。此に因りて智者言を謹慎し行を謹慎して、以て自身の福と爲し;愚者言を輕易し行を輕易して、以て自身の災と爲す。ゆえに君子言必ず實行する可き、然る後纔かに説き、行必ず説く可き、然る後纔かに爲す。嗚呼、警戒や、警戒や!實行するは自身に在り、命名するは別人に在り、是れ福災の本なり。道是れ福の本、祥是れ福の榮華なり。道なきは必ず福の本を失い、祥ならざるは必ず福の榮華を失う。ゆえに行して道に緣らざるは、其の言必ず義を顧みず。ゆえに紂自ら天王と稱し、桀自ら天子と稱す、已に滅亡の後、民以て互いに罵る。此より觀れば、位足りて尊と當るに足らず、名號足りて榮と當るに足らず。ゆえに君子の貴は、是れ士民彼を貴ぶ、ゆえに之を貴と謂う。君子の富は、是れ士民彼を樂しむ、ゆえに之を富と謂う。君子の貴は、民に福を給す、ゆえに士民彼を貴ぶ。君子の富は、民に財を給す、ゆえに士民彼を樂しむ。ゆえに君子富貴は、子孫に至りて衰落す、士民皆曰く何ぞ君子の道衰落するや、是れ氣數なり。不肖暴虐の禍自身に至る、士民皆曰く、何ぞ天誅かくのごとく遲きや。

夫民者,萬世之本也,不可欺。凡居於上位者,簡士苦民者是謂愚,敬士愛民者是謂智。夫愚智者,士民命之也。故夫民者,大族也,民不可不畏也。故夫民者,多力而不可適也。嗚呼,戒之哉,戒之哉!與民為敵者,民必勝之。君能為善,則吏必能為善矣:吏能為善,則民必能為善矣。故民之不善也,吏之罪也:吏之不善也,君之過也。嗚呼,戒之,戒之!故夫士民者,率之以道,然後士民道也:率之以義,然後士民義也:率之以忠,然後士民忠也:率之以信,然後士民信也。故為人君者,其出令也,其如聲,士民學之,其如響,曲折而從君,其如景矣。嗚呼,戒之哉,戒之哉!君鄉善於此,則佚佚然協民皆鄉善於彼矣,猶景之象形也。君為惡於此,則啍啍然協民皆為惡於彼矣,猶響之應聲也。是以聖王而君子乎,執事而臨民者日戒慎一日,則士民亦日戒慎一日矣,以道先民也。

民は、是れ萬世の本、欺く可からず。凡是れ上位に居るは、士を簡慢し民を苦しむるを愚と謂い、士を敬し民を愛するを智と謂う。愚智は、是れ士民の命名するなり。ゆえに民は、是れ大族、民畏る可からざるなし。民は、力量多くして匹敵す可からず。嗚呼、警戒や、警戒や!民と敵を爲すは、民必ず彼に勝つ。君能く善を爲せば、吏必ず能く善を爲す;吏能く善を爲せば、民必ず能く善を爲す。ゆえに民善ならざるは、是れ吏の罪;吏善ならざるは、是れ君の過錯。嗚呼、警戒、警戒!ゆえに士民は、道を以て率領せば、然る後士民道有り;義を以て率領せば、然る後士民義有り;忠を以て率領せば、然る後士民忠なり;信を以て率領せば、然る後士民信なり。ゆえに人君を爲るは、其の令を發出する、聲音のごとく、士民之を學ぶ、回響のごとく、曲折して君に跟從す、影子のごとし。嗚呼、警戒や、警戒や!君此に於て善に向かえば、卽ち佚佚然として協和して民皆彼に於て善に向かう、影子形を象るがごとし。君此に於て惡を爲れば、卽ち哼哼然として協和して民皆彼に於て惡を爲す、回響聲に應ずるがごとし。此に因りて聖王君子は、事を執りて民に臨む一日一日戒慎し、士民亦一日一日戒慎す、是れ道を以て民の前に在るなり。

道者,聖王之行也,文者聖王之辭也,恭敬者聖王之容也,忠信者聖王之教也。夫聖人也者,賢智之師也。仁義者,明君之性也。故堯舜禹湯之治天下也,所謂明君也,士民樂之,皆即位百年然後崩,士民猶以為大數也。桀紂,所謂暴亂之君也,士民苦之,皆即位數十年而滅,士民猶以為大久也。故夫諸侯者,士民皆愛之,則其國必興矣:士民皆苦之,則國必亡矣。故夫士民者,國家之所樹,而諸侯之本也,不可輕也。嗚呼!輕本不祥,實為身殃,戒之哉,戒之哉!

道は、是れ聖王の行爲、文是れ聖王の辭、恭敬是れ聖王の容、忠信是れ聖王の教なり。聖人は、是れ賢智の老師なり。仁義は、是れ明君の性なり。ゆえに堯舜禹湯天下を治理せしは、所謂明君、士民之を樂しみ、皆位に即くこと百年して然る後崩ず、士民還りて以爲年數太大なりと。桀紂は、所謂暴亂の君、士民之を苦しみ、皆位に即くこと數十年にして滅亡す、士民還りて以爲太久なりと。ゆえに諸侯は、士民皆之を愛せば、國必ず興り;士民皆之を苦しめば、國必ず亡ぶ。ゆえに士民は、是れ國家の樹立する所、諸侯の本、輕視す可からず。嗚呼!本を輕視するは不祥、實に是れ自身の殃、警戒せよ、警戒せよ!

大政下

大政下

易使喜,難使怒者,宜為君。識人之功,而忘人之罪者,宜為貴。故曰:"刑罰不可以慈民,簡洩不可以得士。"故欲以刑罰慈民,闢其猶以鞭狎狗也,雖久弗親矣。故欲以簡洩得士,闢其猶以弧怵鳥也,雖久弗得矣。故夫士者,弗敬則弗至。故夫民者,弗愛則弗附。故欲求士必至,民必附,惟恭與敬,忠與信,古今毋易矣。渚澤有枯水,而國無枯士矣。故有不能求士之君,而無不可得之士。故有不能治民之吏,而無不可治之民。故君明而吏賢矣,吏賢而民治矣。故見其民而知其吏,見其吏而知其君矣。故君功見於選吏,吏功見於治民。故勸之其上者,由其下而上睹矣,此道之謂也。故治國家者,行道之謂,國家必寧,信道而不為,國家必空。故政不可不慎也,而吏不可不選也,而道不可離也。嗚呼,戒之哉!離道而災至矣。

彼をして喜悅せしむる容易く、彼をして發怒せしむる難きは、君を爲るに適宜なり。人の功を記得して、人の罪を忘るるは、貴を爲るに適宜なり。ゆえに曰く、「刑罰以て民を慈愛する可からず、簡慢以て士を得る可からず」と。ゆえに刑罰を以て民を慈愛せんと欲するは、譬えば鞭を以て狗を狎るるがごとく、たとい久しきも親しまず。簡慢を以て士を得んと欲するは、譬えば弧を以て鳥を驚嚇するがごとく、たとい久しきも得ず。ゆえに士は、敬せざれば卽ち來らず。民は、愛せざれば卽ち親附せず。ゆえに士を求めて必ず至り、民を求めて必ず親附せんと欲するは、只恭と敬、忠と信、古今改易せず。渚澤枯竭の水有りて、而して國枯竭の士なし。ゆえに士を求む能わざるの君有りて、而して得る可からざるの士なし。民を治む能わざるの吏有りて、而して治む可からざるの民なし。ゆえに君明くして吏賢なり、吏賢にして民治理す。ゆえに民を見れば卽ち吏を知り、吏を見れば卽ち君を知る。ゆえに君の功は選吏に表現し、吏の功は民を治むるに表現す。ゆえに上を勸勉するは、下に由りて上に向かいて見らる、是れを道と謂う。ゆえに國家を治理するに、道を實行せば、國家必ず安寧し、道を信じて爲さざれば、國家必ず空虛す。ゆえに政謹慎せざる可からず、吏選擇せざる可からず、道離る可からず。嗚呼、警戒せよ!

無世而無聖,或不得知也,無國而無士,或弗能得也。故世未嘗無聖也,而聖不得聖王,則弗起也。國未嘗無士也,不得君子,則弗助也。聖明則士闇飾矣。故聖王在上位,則士百里而有一人,則猶無有也。故王者衰,則士沒矣。故暴亂在位,則士千里而有一人,則猶比肩也。故國者有不幸,而無明君。君明也,則國無不幸而無賢士矣。故自古而至於今,澤有無水,國無無士,故士易得而難求也,易致而難留也。故求士而不以道,周遍境內不能得一人焉:故求士而以道,則國中多有之,此之謂士易得而難求也。故待士而以敬,則士必居矣:待士而不以道,則士必去矣,此之謂士易致而難留也。

世有りて聖なきなく、或は知る能わざる有り、國有りて士なきなく、或は得る能わざる有り。ゆえに世未だ曾て聖なきあらずして、而して聖聖王を得王を得ざれば、卽ち興起せず。國未だ曾て士なきあらずして、君子を得ざれば、卽ち輔助せず。聖明なれば卽ち士暗に整飭す。ゆえに聖王上位に在れば、士百里にして一人有りて、還りてなきがごとし。ゆえに王者衰落すれば、士卽ち隱沒す。暴亂位に在れば、士千里にして一人有りて、還りて比肩のごとし。ゆえに國不幸有りて、而して明君なし。君明ければ、國不幸なくして賢士なきなし。ゆえに古より今に至るまで、澤水なき有りて、國士なきはなし、ゆえに士得易くして求め難く、招致し易くして留下し難し。ゆえに士を求めて道に按らざれば、周遍境內一人を得る能わず;士を求めて道に按れば、國中多く有り、是れを士得易くして求め難しと謂う。士を對待して敬を用いれば、士必ず留下す;士を對待して道に按らざれば、士必ず離去す、是れを士招致し易くして留下し難しと謂う。

王者有易政而無易國,有易吏而無易民。故因是國也而為安,因是民也而為治。故湯以桀之亂氓為治,武王以紂之北卒為強。故民之治亂在於吏,國之安危在於政,故是以明君之於政也,慎之,於吏也,選之,然後國興也。故君能為善,則吏必能為善矣。吏能為善,則民必能為善矣。故民之不善也,失之者吏也:故民之善者,吏之功也。故吏之不善也,失之者君也:故吏之善者,君之功也。是故君明而吏賢,吏賢而民治矣。故苟上好之,其下必化之,此道之謂也。

王者改易の政有りて改易の國なく、改易の吏有りて改易の民なし。ゆえに此の國に就きて安を求め、此の民に就きて治を求む。ゆえに湯桀の亂氓を用いて以て治理し、武王紂の敗卒を用いて以て強大す。ゆえに民の治亂は吏に在り、國の安危は政に在り、此に因りて明君政に對しては謹慎し、吏に對しては選擇して、然る後國興起す。ゆえに君能く善を爲れば、吏必ず能く善を爲す。吏能く善を爲れば、民必ず能く善を爲す。ゆえに民善ならざれば、彼らを失うは是れ吏;民善なれば、是れ吏の功なり。吏善ならざれば、彼らを失うは是れ君;吏善なれば、是れ君の功なり。此に因りて君明くして吏賢、吏賢にして民治理す。ゆえに上喜好すれば、下必ず化す、是れを道と謂う。

夫民之為言也,暝也:萌之為言也,盲也。故惟上之所扶而以之,民無不化也,故曰民萌民萌哉,直言其意而為之名也。夫民者賢不肖之材也,賢不肖皆具焉,故賢人得焉,不肖者伏焉,技能輸焉,忠信飾焉。故民者,積愚也。故夫民者,雖愚也,明上選吏焉,必使民與焉。故士民譽之,則明上察之,見歸而舉之。故士民苦之,則明上察之,見非而去之。故王者取吏不妄,必使民唱,然後和之。故夫民者,吏之程也。察吏於民,然後隨之。夫民至卑也,使之取吏焉,必取其愛焉。故十人愛之有歸,則十人之吏也:百人愛之有歸,則百人之吏也:千人愛之有歸,則千人之吏也:萬人愛之有歸,則萬人之吏也。故萬人之吏,選卿相焉。

民言と爲るは、是れ暝;萌言と爲るは、是れ盲なり。ゆえに只上の扶持して引導する所に在り、民化せざるなし、ゆえに曰く民萌民萌や、直ちに其の意を説出して之がため命名すと。民は、是れ賢不肖の材、賢不肖皆具備す、ゆえに賢人得れば、不肖の隱伏し、技能輸送し、忠信整飭す。ゆえに民は、是れ愚を積む。民愚と雖も、明上吏を選ぶに、必ず民をして參與せしむ。ゆえに士民稱譽すれば、明上卽ち察看し、歸向を見て擧用す。士民以爲苦とすれば、明上卽ち察看し、非を見て去掉す。ゆえに王者吏を取る妄らならず、必ず民をして倡導せしめ、然る後應和す。ゆえに民は、是れ吏の程準なり。民其の處に於て吏を察して、然る後跟隨す。民極卑し、彼らをして吏を取らしめれば、必ず其の愛する所を取る。ゆえに十人愛して歸有れば、卽ち十人の吏;百人愛して歸有れば、卽ち百人の吏;千人愛して歸有れば、卽ち千人の吏;萬人愛して歸有れば、卽ち萬人の吏なり。ゆえに萬人の吏は、中より卿相を選ぶ。

夫民者,諸侯之本也:教者,政之本也:道者,教之本也。有道然後教也,有教然後政治也,政治然後民勸之,民勸之然後國豐富也。故國豐且富,然後君樂也,忠臣之功也。臣之忠者,君之明也。臣忠君明,此之謂政之綱也。故國也者行之綱,然後國臧也。故君之信,在於所信,所信不信,雖欲論信也,終身不信矣,故所信不可不慎也。事君之道,不過於事父,故不肖者之事父也,不可以事君。事長之道,不過於事兄,故不肖者之事兄也,不可以事長。使下之道,不過於使弟,故不肖者之使弟也,不可以使下。交接之道,不過於為身,故不肖者之為身也,不可以接友。慈民之道,不過於愛其子,故不肖者之愛其子,不可以慈民。居官之道,不過於居家,故不肖者之於家也,不可以居官。夫道者,行之於父,則行之於君矣:行之於兄,則行之於長矣:行之於弟,則行之於下矣:行之於身,則行之於友矣:行之於子,則行之於民矣:行之於家,則行之於官矣。故士則未仕而能以試矣。聖王選舉也,以為表也,問之然後知其言,謀焉然後知其極,任之以事,然後知其信。故古聖王君子不素距人,以此為明察也。

民は、是れ諸侯の本;教は、是れ政の本;道は、是れ教の本なり。道有りて然る後教有り、教有りて然る後政治あり、政治有りて然る後民勸勉し、民勸勉して然る後國豐富す。ゆえに國豐かに且つ富めば、然る後君樂しむ、是れ忠臣の功なり。臣の忠は、是れ君の明なり。臣忠君明は、是れを政の綱と謂う。ゆえに國は、此の綱を實行して、然る後國善し。ゆえに君の信は、信任する所に在り、信任する所信ならざれば、たとい信を論ぜんと欲するも、終身信ならず、ゆえに信任する所謹慎せざる可からず。君に事うるの道は、父に事うるを超過せず、ゆえに不肖の人父に事うるは、君に事うる可からず。長に事うるの道は、兄に事うるを超過せず、ゆえに不肖の人兄に事うるは、長に事うる可からず。下を役使するの道は、弟を役使するを超過せず、ゆえに不肖の人弟を役使するは、下を役使する可からず。交接するの道は、自身を爲るを超過せず、ゆえに不肖の人自身を爲るは、友を交接する可からず。民を慈しむの道は、其の子を愛するを超過せず、ゆえに不肖の人其の子を愛するは、民を慈しむ可からず。官に居るの道は、家に居るを超過せず、ゆえに不肖の人家に對するは、官に居る可からず。道は、父に於て實行せば、卽ち君に於て實行す;兄に於て實行せば、卽ち長に於て實行す;弟に於て實行せば、卽ち下に於て實行す;自身に於て實行せば、卽ち友に於て實行す;子に於て實行せば、卽ち民に於て實行す;家に於て實行せば、卽ち官に於て實行す。ゆえに士未だ出仕せざるに能く以て試驗す。聖王選擧するは、以て表と爲し、問うて然る後其の言を知り、謀劃して然る後其の極を知り、事を以て任用して、然る後其の信を知る。ゆえに古聖王君子平素人を拒絕せず、此を以て明察と爲す。

國之治政在諸侯。大夫。士,察之理,在其與徒。君必擇其臣,而臣必擇其所與。故察明者,賢乎人之辭,不出於室而無不見也。察明者乘人,不出其官,而無所不入也。故王者居於中國,不出其國,而明於天下之政,何也?則賢人之辭也,不離其位,而境內親之者,謂之人為之行之也。故愛人之道,言之者謂之其府:故愛人之道,行之者謂之其禮。故忠諸侯者,無以易敬士也:忠君子者,無以易愛民也。諸侯不得士,則不能興矣:故君子不得民:則不能稱矣。故士能言道而弗能行者謂之器,能行道而弗能言者謂之用,能言之能行之者謂之實。故君子訊其器,任其用,乘其實,而治安興矣。嗚呼,人耳人耳!

國の治政は諸侯・大夫・士に在り、察の理は、其の與する所の徒に在り。君必ず臣を選擇し、臣必ず與する所の人を選擇す。ゆえに察明のは、人の辭に賢く、室を出でずして見えざるなし。察明の人に乘るは、官を出でずして入らざる所なし。ゆえに王者中國に居り、其の國を出でずして、天下の政を明白す、何ぞや?卽ち賢人の辭、位を離れずして、境內親近するは、之を人彼がため實行すると謂う。ゆえに人を愛するの道は、之を説くを其の府と謂い;人を愛するの道は、之を實行するを其の禮と謂う。ゆえに諸侯に忠なるは、士を敬するより能く改易するなし;君子に忠なるは、民を愛するより能く改易するなし。諸侯士を得ざれば、卽ち興起する能わず;君子民を得ざれば、卽ち稱する能わず。ゆえに士能く道を説いて實行する能わざるを器と謂い、能く道を行いて説く能わざるを用と謂い、能く説き且つ能く實行するを實と謂う。ゆえに君子其の器を訊問し、其の用を任用し、其の實に乘れば、治安卽ち興起す。嗚呼、人や人や!

諸侯即位享國,社稷血食,而政有命國無君也:官有政長,而民有所屬,而政有命國無吏也:官駕百乘,而食食千人,政有命國無人也。何也?君之為言也,考也。故君也者,道之所出也。賢人不舉,而不肖人不去,此君無道也,故政謂此國無君也。吏之為言,理也。故吏也者,理之所出也,上為非而不敢諫,下為善而不知勸,此吏無理也,故政謂此國無吏也。官駕百乘,而食食千人,近側者不足以問諫,而由朝假不足以考度,故政謂此國無人也。嗚呼,悲哉!君者,群也,無人誰據?無據必蹶,政謂此國素亡也。

諸侯位に即きて國を享く、社稷血食を享受し、而して政命國有りて君なし;官政長有り、民屬する所有り、而して政命國有りて吏なし;官百乘を駕り、飯を食う一千人、政命國有りて人なし。何ぞや?君言と爲るは、是れ考なり。ゆえに君は、是れ道の出づる所從なり。賢人擧用せられず、不肖の人去掉せられず、是れ君道なし、ゆえに政之を此の國君なしと謂う。吏言と爲るは、是れ理なり。ゆえに吏は、是れ理の出づる所從、上非を爲して敢えて進諫せず、下善を爲して勸勉を知らず、是れ吏理なし、ゆえに政之を此の國吏なしと謂う。官百乘を駕り、飯を食う一千人、近側の問諫するに足らずして、而して朝假由りて考度するに足らず、ゆえに政之を此の國人なしと謂う。嗚呼、悲哀なるかな!君は、是れ群なり、人なければ誰に憑據せん?憑據なければ必ず蹶仆し、政之を此の國平素に亡ぶと謂う。

修政語上

修政語上

黃帝曰:道若川穀之水,其出無已,其行無止。故服人而不為仇,分人而不譐者,其惟道矣。故播之於天下,而不忘者,其惟道矣。是以道高比於天,道明比於日,道安比于山。故言之者見謂智,學之者見謂賢,守之者見謂信,樂之者見謂仁,行之者見謂聖人。故惟道不可竊也,不可以虛為也。故黃帝職道義,經天地,紀人倫,序萬物,以信與仁為天下先。然後濟東海,入江內,取綠圖,西濟積石,涉流沙,登於崑崙,於是還歸中國,以平天下,天下太平,唯躬道而已。

黃帝曰く、道は河流山谷の水のごとし、其の出でる停止なく、其の行く止境なし。ゆえに人をして服從して仇と爲らず、人に分與して恨を積まざるは、大概只道のみ。ゆえに天下に播きて忘記せざるは、大概只道のみ。此に因りて道高きこと天に比し、道明きこと日に比し、道安きこと山に比す。ゆえに曰く其の被を智と謂い、其の被を學ぶを賢と謂い、其の被を守るを信と謂い、其の被を樂しむを仁と謂い、其の被を實行するを聖人と謂うと。ゆえに只道竊む可からず、虛を以て爲す可からず。ゆえに黃帝道義を職掌し、天地を經理し、人倫を紀理し、萬物を序次し、信と仁とを以て天下の先と爲す。然る後東海を濟し、江內に進入し、綠圖を取り、西積石を濟し、流沙を涉り、崑崙に登り、於是還りて中國に歸り、以て天下を平し、天下太平す、只是れ親ら道を行うのみ。

帝顓頊曰:至道不可過也,至義不可易也。是故以後者復跡也。故上緣黃帝之道而行之,學黃帝之道而賞之,加而弗損,天下亦平也。

帝顓頊曰く、至道越過す可からず、至義改易す可からず。此に因りて後來の人事跡を重複す。ゆえに上黃帝の道に緣りて實行し、黃帝の道を學びて賞識し、增加して減損せず、天下亦平らかなり。

顓頊曰:功莫美於去惡而為善,罪莫大於去善而為惡,故非吾善善而已也,善緣善也,非惡惡而已也,惡緣惡也。吾日慎一日,其此已也。

顓頊曰く、功惡を去りて善を爲るより美なるはなし、罪善を去りて惡を爲るより大なるはなし、ゆえに我是れ善を以て善と爲すのみにあらず、是れ善善に緣り、惡を以て惡と爲すのみにあらず、是れ惡惡に緣るなり。我一日一日謹慎す、卽ち此ののみ。

帝嚳曰:緣道者之辭而與為道已,緣巧者之事而學為巧已,行仁者之操而與為仁已。故節仁之器,以修其躬,而身專其美矣。故士緣黃帝之道而明之,學帝顓頊之道而行之,而天下亦平矣。

帝嚳曰く、道有る者の辭に緣りて彼と道を爲り、巧者の事に緣りて巧を爲るを學び、仁者の操守を實行して彼と仁を爲る。ゆえに仁の器具を節取して、以て自身を修養し、而して身専に其の美有り。ゆえに士黃帝の道に緣りて彰明し、帝顓頊の道を學びて實行す、天下亦平らかなり。

帝嚳曰:德莫高於博愛人,而政莫高於博利人,故政莫大於信,治莫大於仁,吾慎此而已矣。

帝嚳曰く、德人を博愛するより高きはなし、政人を博利するより高きはなし、ゆえに政信より大なるはなし、治仁より大なるはなし、我此を謹慎するのみ。

帝堯曰:"吾存心於先古,加志於窮民,痛萬姓之罹罪,憂眾生之不遂也。"故一民或飢,曰:"此我飢之也。"一民或寒,曰:"此我寒之也。"一民有罪,曰:"此我陷之也。"仁行而義立,德博而化富。故不賞而民勸,不罰而民治,先恕而後行,是以德音遠也。是故堯教化及雕題蜀越,撫交趾,身涉流沙,地封獨山,西見王母,訓及大夏渠叟,北中幽都,及狗國與人身而鳥面,及焦僥。好賢而隱不逮,強於行,而菑於志,率以仁而恕,至此而已矣。

帝堯曰く、「我心を先古に存し、志向を窮民に加え、萬姓の罪を遭受するを痛み、衆生の遂わる能わざるを憂う」と。ゆえに一個の民或は飢えば、曰く、「是れ我彼をして飢えしむ」と。一個の民或は寒なれば、曰く、「是れ我彼をして寒ならしむ」と。一個の民罪有れば、曰く、「是れ我彼をして陷らしむ」と。仁行して義立ち、德博くして化富す。ゆえに賞せずして民勸勉し、罰せずして民治理す、先ず恕して然る後實行す、此に因りて德音遠し。此に因りて堯の教化雕題蜀越に至り、交趾を安撫し、親ら流沙を涉り、地獨山を封し、西王母に見え、訓大夏渠叟に及び、北幽都に至り、及び狗國と人身にして鳥面、及び焦僥。賢を好みて隱微遺漏せず、行に強く、而して災志に在り、仁を以て恕を率領し、此に至るのみ。

帝舜曰:吾盡吾敬而以事吾上,故見謂忠焉:吾盡吾敬以接吾敵,故見謂信焉:吾盡吾敬以使吾下,故見謂仁焉。是以見愛親於天下之人,而見歸樂於天下之民,而見貴信於天下之君。故吾詳取之以敬也,吾得之以敬也,故欲明道而諭教,唯以敬者為忠,必服之。

帝舜曰く、我我が敬を盡くして以て我が上に事う、ゆえに之を忠と謂わる;我我が敬を盡くして以て我が敵を交接す、ゆえに之を信と謂わる;我我が敬を盡くして以て我が下を役使す、ゆえに之を仁と謂わる。此に因りて天下の人に愛親せられ、天下の民に歸樂せられ、天下の君に貴信せらる。ゆえに我詳細に敬を取用し、我得るも亦敬を用い、ゆえに道を彰明して教を曉諭せんと欲するは、只敬を以て忠と爲し、必ず人をして服從せしむ。

大禹之治天下也,諸侯萬人,而禹一皆知其體。故大禹豈能一見而知之也?豈能一聞而識之也?諸侯朝會,而禹親報之,故是以禹一皆知其國也。其士月朝,而禹親見之,故是以禹一皆知其體也。然且大禹其猶大恐,諸侯會,則問於諸侯曰:"諸侯以寡人為驕乎?"朔日士朝,則問於士曰:"諸大夫以寡人為汏乎?其聞寡人之驕之汏耶,而不以語寡人者,此教寡人之殘道也,滅天下之教也,故寡人之所怨於人者,莫大於此也。"

大禹天下を治理し、諸侯上萬人、而して禹一概に皆其の體貌を知る。ゆえに大禹豈能く一見して卽ち知らんや?豈能く一聽して卽ち認識せんや?諸侯朝會すれば、禹親ら回報す、此に因りて禹一概に皆其の國を知る。それらの士月に按じて朝見すれば、禹親ら見る、此に因りて禹一概に皆其の體貌を知る。然るに大禹還りて甚だ恐懼し、諸侯會せば、卽ち諸侯に問うて曰く、「諸侯以爲寡人驕なるか」と。朔日士朝すれば、卽ち士に問うて曰く、「諸大夫以爲寡人汰侈なるか?寡人驕汰と聞きて、而して寡人に告げざるは、是れ寡人をして道を殘害し、天下の教を滅せしむるを教う、ゆえに寡人の人に怨ずる所は、此より大なるはなし」と。

大禹曰:"民無食也,則我弗能使也,功成而不利於民,我弗能勸也。"故鬟河而道之九牧,鑿江而道之九路,灑五湖而定東海。民勞矣而弗苦者,功成而利於民也。禹嘗晝不暇食,夜不暇寢矣,方是時也,憂務故也。故禹與士民同務,故不自言其信,而信諭矣。故治天下,以信為之也。

大禹曰く、「民食なく、我卽ち役使する能わず、功成りて民に利ならざれば、我卽ち勸勉する能わず」と。ゆえに河を疏通して九州に引導し、江を開鑿して九路に引導し、五湖を疏洒して東海を安定す。民勞して苦しまざるは、是れ功成りて民に利有り。禹曾て白日飯に及ばず、夜寢に及ばず、まさに此の時、是れ事務を憂慮するの緣故なり。ゆえに禹士民と同事すれば、ゆえに自ら其の信を説かずして、而して信已に曉諭せり。ゆえに天下を治理するに、信を以て爲す。

湯曰:學聖王之道者,譬其如日:靜思而獨居,譬其若火。夫舍學聖之道,而靜居獨思,譬其若去日之明於庭,而就火之光於室也。然可以小見,而不可以大知。是故明君而君子,貴尚學道,而賤下獨思也。故諸君子得賢而舉之,得賢而與之,譬其若登山乎。得不肖而舉之,得不肖而與之,譬其若下淵乎。故登山而望,其何不臨,而何不見?陵遲而入淵,其孰不陷溺?是以明君慎其舉,而君子慎其與,然後福可必歸,菑可必去也。

湯曰く、聖王の道を學ぶは、譬えば太陽のごとし;靜思して獨居するは、譬えば火のごとし。聖を學ぶの道を舍棄して、而して靜居獨思するは、譬えば庭中日の明を去掉して、室中火の光に就くがごとし。然るに以て小見す可くして、以て大知す可からず。此に因りて明君君子は、學道を崇尚を看重し、獨思を貶低を看輕す。ゆえに諸君子賢を得て擧用し、賢を得て給與するは、譬えば山に登るがごとし。不肖を得て擧用し、不肖を得て給與するは、譬えば淵に下るがごとし。ゆえに山に登りて望めば、何の臨まざる有らん、何の見えざる有らん?陵遲して淵に入れば、誰か陷溺せざらん?此に因りて明君其の擧を謹慎し、君子其の與を謹慎して、然る後福以て一定歸來す可く、災以て一定離去す可し。

湯曰:藥食嘗於卑,然後至於貴:藥言獻於貴,然後聞於卑。故藥食嘗於卑,然後至於貴,教也:藥言獻於貴,然後聞於卑,道也。故使人味食,然後食者,其得味也多:若使人味言,然後聞言者,其得言也少。故以是明上之於言也,必自也聽之,必自也擇之,必自也聚之,必自也藏之,必自也行之。故道以數取之為明,以數行之為章,以數施之萬姓為藏。是故求道者,不以目而以心:取道者,不以手而以耳。致道者以言,入道者以忠,積道者以信,樹道者以人。故人主有欲治安之心,而無治安之故者,雖欲治顯榮也,弗得矣。故治安不可以虛成也,顯榮不可以虛得也。故明君敬士察吏愛民,以參其極,非此者,則四美不附矣。

湯曰く、藥食卑處に於て嘗め、然る後貴處に至る;藥言貴に獻じ、然る後卑に傳わる。ゆえに藥食卑處に於て嘗めて然る後貴に至るは、是れ教;藥言貴に獻じて然る後卑に傳わるは、是れ道なり。ゆえに人をして食を品味して然る後食せしむるは、味を得ること多し;若し人をして言を品味して然る後言を聽かしむれば、言を得ること少なし。此に因りて明上言に對して、必ず自ら聽き、必ず自ら選擇し、必ず自ら聚集し、必ず自ら收藏し、必ず自ら實行す。ゆえに道數を以て取るは明、數を以て實行するは章、數を以て萬姓に施加するは藏なり。此に因りて道を求むるは、目を用いずして心を用い;道を取るは、手を用いずして耳を用う。道を致するは言を用い、道に入るは忠を用い、道を積むは信を用い、道を樹るは人を用う。ゆえに人主治安の心有りて、而して治安の緣故なければ、たとい治顯榮せんと欲するも、亦得られず。ゆえに治安虛成す可からず、顯榮虛得す可からず。ゆえに明君士を敬し吏を察し民を愛して、以て極致を參驗す、此のごとくにあらざれば、四美附著せず。

修政語下

修政語下

周文王問於粥子曰:"敢問君子將入其職,則其於民也何如?"粥子對曰:"唯,疑。請以上世之政詔於君王。政曰:君子將入其職,則其於民也,旭旭然如日之始出也。"周文王曰:"受命矣。"曰:"君子既入其職,則其於民也何若?"對曰:"君子既入其職,則其於民也暯暯然如日之正中。"周文王曰:"受命矣。"曰:"君子既去其職,則其於民也何若?"對曰:"君子既去其職,則其於民也暗暗然如日之已入也。故君子將入而旭旭者,義先聞也:既入而暯暯者,民保其福也:既去而暗暗者,民失其教也。周文王曰:"受命矣。"

周文王粥子に問うて曰く、「敢えて問う君子將に職任に進入せん、民に對して如何」と。粥子答えて曰く、「唯、疑有り。請う上世の政を以て君王に詔告せん。政曰く、君子將に職任に進入せん、民に對して、旭旭然として日の剛く出づるがごとし」と。周文王曰く、「命を受けたり」と。曰く、「君子已に職任に進入せり、民に對して如何」と。答えて曰く、「君子已に職任に進入せり、民に對して暯暯然として日の正中に在るがごとし」と。周文王曰く、「命を受けたり」と。曰く、「君子已に職任を離去せり、民に對して如何」と。答えて曰く、「君子已に職任を離去せり、民に對して暗暗然として日の已に入るがごとし。ゆえに君子將に入らんとして旭旭なるは、是れ義先だち聞かる;已に入りて暯暯なるは、是れ民福を保住す;已に離れて暗暗なるは、是れ民教を失う」と。周文王曰く、「命を受けたり」と。

周武王問於粥子曰:"寡人願守而必存,攻而必得,戰而必勝,則吾為此柰何?"粥子曰:"唯,攻守而勝乎同器,而和與嚴其備也。故曰:和可以守,而嚴可以守,而嚴不若和之固也:和可以攻,而嚴可以攻,而嚴不若和之得也:和可以戰,而嚴可以戰,而嚴不若和之勝也,則唯由和而可也。故諸侯發政施令,政平於人者,謂之文政矣:諸侯接士而使吏,禮恭於人者,謂之文禮矣:諸侯聽獄斷刑,仁於治,陳於行,其由此守而不存,攻而不得,戰而不勝者,自古而至於,今自天地之闢也,未之嘗聞也。今也君王欲守而必存,攻而必得,戰而必勝,則唯由此也為可也。"周武王曰:"受命矣。"

周武王粥子に問うて曰く、「寡人願わくは守りて一定存し、攻めて一定得し、戰いて一定勝たん、我此のため如何せん」と。粥子曰く、「唯、攻守して勝つは同一器具に乎、而して和と嚴皆具備す。ゆえに曰く、和以て守る可く、嚴亦以て守る可し、而して嚴和に如かず牢固;和以て攻む可く、嚴亦以て攻む可し、而して嚴和に如かず得有り;和以て戰う可く、嚴亦以て戰う可し、而して嚴和に如かず能く勝つ、然らば只和に由りて始めて可なり。ゆえに諸侯政を發し令を施して、政人に平なるを、之を文政と謂い;諸侯士を交接して吏を役使して、禮人に恭なるを、之を文禮と謂い;諸侯獄を聽き刑を斷じて、治に仁に、行に陳に、此に由りて守りて存せず、攻めて得ず、戰いて勝たざるは、古より今に至り、天地開闢より、未だ曾て聞かず。今君王守りて一定存し、攻めて一定得し、戰いて一定勝たんと欲せば、然らば只此に由りて始めて可なり」と。周武王曰く、「命を受けたり」と。

周武王問於王子旦曰:"敢問治有必成,而戰有必勝乎?攻有必得,而守有必存乎?"王子旦對曰:"有。政曰:諸侯政平於內,而威於外矣。君子行修於身,而信於輿人矣,治民民治,而榮於名矣。故諸侯凡有治心者,必修之以道,而與之以敬,然後能以成也。凡有戰心者,必修之以政,而興之以義,然後能以勝也。凡有攻心者,必結之以約,而諭之以信,然後能以得也。凡有守心者,必固之以和,而諭之以愛,然後能有存也。"周武王曰:"受命矣。"師尚父曰:"吾聞之於政也,曰:天下壙壙,一人有之:萬民藂藂,一人理之。故天下者,非一家之有也,有道者之有也。故夫天下者,唯有道者理之,唯有道者紀之,唯有道者使之,唯有道者宜處而久之。故夫天下者,難得而易失也,難常而易亡也。故守天下者,非以道則弗得而長也。故夫道者,萬世之寶也。"周武王曰:"受命矣。"

周武王王子旦に問うて曰く、「敢えて問う治に一定の成有りて、而して戰に一定の勝有るや?攻に一定の得有りて、而して守に一定の存有るや?」と。王子旦答えて曰く、「有り。政曰く、諸侯政內に平にして、而して外に威す。君子行身に修まりて、而して衆人に信ぜらる、民を治めて民治まり、而して名に榮えたり。ゆえに諸侯凡そ治心有るは、必ず道を以て修め、敬を以て給與して、然る後能く成る。凡そ戰心有るは、必ず政を以て修め、義を以て興起して、然る後能く勝つ。凡そ攻心有るは、必ず約結を以てし、信を以て曉諭して、然る後能く得る。凡そ守心有るは、必ず和を以て鞏固し、愛を以て曉諭して、然る後能く存す」と。周武王曰く、「命を受けたり」と。師尚父曰く、「我政に聞く、曰く、天下曠曠、一個人擁有し;萬民叢叢、一個人治理す。ゆえに天下は、一家の有る所にあらず、是れ道有る者の有する所なり。ゆえに天下は、只道有る者治理し、只道有る者紀理し、只道有る者役使し、只道有る者適宜處りて長久す。ゆえに天下は、得難くして失い易く、常なり難くして滅亡し易し。ゆえに天下を守るに、道に按らざれば卽ち長久する能わず。ゆえに道は、是れ萬世の寶なり」と。周武王曰く、「命を受けたり」。

周成王年二十歲,即位享國。親以其身見於粥子之家而問焉。曰:"昔者先王與帝修道而道修,寡人之望也,亦願以教。敢問興國之道柰何?"粥子對曰:"唯,疑。請以上世之政詔於君王。政曰:興國之道,君思善則行之,君聞善則行之,君知善則行之。位敬而常之,行信而長之,則興國之道也。"周成王曰:"受命矣。"

周成王二十歲、位に即きて國を享く。親ら粥子の家に至りて見て問う。曰く、「從前先王帝と道を修めて道修まり、是れ寡人の願望、亦教を受けんと願う。敢えて問う國を興すの道如何」と。粥子答えて曰く、「唯、疑有り。請う上世の政を以て君王に詔告せん。政曰く、國を興すの道は、君善を想えば卽ち實行し、君善を聞けば卽ち實行し、君善を知れば卽ち實行す。位敬にして經常、行信にして長久、卽ち是れ國を興すの道なり」と。周成王曰く、「命を受けたり」。

周成王曰:"敢問於道之要柰何?"粥子對曰:"唯,疑,請以上世之政詔於君王。政曰:為人下者敬而肅,為人上者恭而仁,為人君者敬士愛民,以終其身,此道之要也。"周成王曰:"受命矣。"

周成王曰く、「敢えて問う道の要如何」と。粥子答えて曰く、「唯、疑有り、請う上世の政を以て君王に詔告せん。政曰く、人の下を爲るは敬にして肅、人の上を爲るは恭にして仁、人君を爲るは士を敬し民を愛す、終身かくのごとし、是れ道の要なり」と。周成王曰く、「命を受けたり」。

周成王曰:"敢問治國之道若何?"粥子曰:"唯,疑。請以上世之政詔於君王。政曰:治國之道,上忠於主,而中敬其士,而下愛其民。故上忠其主者,非以道義,則無以入忠也:而中敬其士,不以禮節,無以諭敬也:下愛其民,非以忠信,則無以諭愛也。故忠信行於民,禮節諭於士,道義入於上,則治國之道也。雖治天下者,由此而已。"周成王曰:"受命矣。"

周成王曰く、「敢えて問う國を治むるの道如何」と。粥子曰く、「唯、疑有り。請う上世の政を以て君王に詔告せん。政曰く、國を治むるの道は、上主に忠し、中其の士を敬し、下其の民を愛す。ゆえに上其の主に忠なるは、道義を以てせざれば、卽ち忠に入るに從なし;中其の士を敬するは、禮節を用いざれば、敬を曉諭するに從なし;下其の民を愛するは、忠信を用いざれば、愛を曉諭するに從なし。ゆえに忠信民に行い、禮節士に曉諭し、道義上に入れば、卽ち是れ國を治むるの道なり。たとい天下を治理するも、此に由るのみ」と。周成王曰く、「命を受けたり」。

周成王曰:"寡人聞之:有上人者,有下人者,有賢人者,有不肖人者,有智人者,有愚人者。敢問上下之人何以為異?"粥子對曰:"唯,疑,請以上世之政詔於君王。政曰:凡人者,若賤若貴,若幼若老。聞道志而藏之,知道善而行之,上人矣。聞道而弗取藏也,知道而弗取行也,則謂之下人也。故夫行者善,則謂之賢人矣:行者惡,則謂之不肖矣。故夫言者善,則謂之智矣:言者不善,則謂之愚矣。故智愚之人有其辭矣,賢不肖之人別其行矣,上下之人等其志矣。"周成王曰:"受命矣。"

周成王曰く、「寡人聞く、上人有り、下人有り、賢人有り、不肖人有り、智人有り、愚人有り。敢えて問う上下の人何を以て同じからざるか」と。粥子答えて曰く、「唯、疑有り、請う上世の政を以て君王に詔告せん。政曰く、凡人は、或は賤或は貴、或は幼或は老。道を聞きて志を立てて收藏し、善を知りて實行するは、是れ上人なり。道を聞きて取りて收藏せず、知りて取りて實行せざれば、之を下人と謂う。ゆえに善を實行すれば、之を賢人と謂い;惡を實行すれば、之を不肖と謂う。ゆえに善を言えば、之を智と謂い;善ならざるを言えば、之を愚と謂う。ゆえに智愚の人其の辭有り、賢不肖の人其の行を分別し、上下の人其の志を等同す」と。周成王曰く、「命を受けたり」。

周成王曰:"寡人聞之:聖王在上位,使民富且壽雲。若夫富,則可為也:若夫壽,則不在天乎?"粥子曰:"唯,疑。請以上世之政詔於君王。政曰:聖王在上位,則天下不死軍兵之事,故諸侯不私相攻,而民不私相鬥,鬩不私相煞也。故聖王在上位,則民免於一死,而得一生矣。聖王在上,則君積於道,而吏積於德,而民積於用力,故婦為其所衣,丈夫為其所食,則民無凍餒矣。聖王在上,則民免於二死,而得二生矣。聖王在上,則君積於仁,而吏積於愛,而民積於順,則刑罰廢矣,而民無夭遏之誅。故聖王在上,則民免於三死,而得三生矣。聖王在上,則使民有時,而用之有節,則民無厲疾。故聖王在上,則民免於四死,而得四生矣。故聖王在上,則使盈境內,興賢良,以禁邪惡。故賢人必用,而不肖人不作,則已得其命矣。故夫富且壽者,聖王之功也。"周成王曰:"受命矣。"

周成王曰く、「寡人聞く、聖王上位に在りて、民をして富にして且つ壽ならしむ。富に至りては、還りて爲す可し;壽に至りては、天に在らずや?」と。粥子曰く、「唯、疑有り。請う上世の政を以て君王に詔告せん。政曰く、聖王上位に在れば、天下軍兵の事に死せず、ゆえに諸侯私相攻せず、民私相鬥せず、鬩私相殺せず。ゆえに聖王上位に在れば、民一死を免れて、而して一生を得。聖王上に在れば、君道に積み、吏德に積み、民力を用うるに積む、ゆえに婦穿ぐ所を爲り、丈夫食う所を爲れば、民凍餒なし。聖王上に在れば、民二死を免れて、而して二生を得。聖王上に在れば、君仁に積み、吏愛に積み、民順に積み、刑罰卽ち廢し、民夭遏の誅なし。ゆえに聖王上に在れば、民三死を免れて、而して三生を得。聖王上に在れば、民をして時有らしめて、而して用節有れば、民厲疾なし。ゆえに聖王上に在れば、民四死を免れて、而して四生を得。ゆえに聖王上に在れば、境內を盈滿せしめ、賢良を興起して、以て邪惡を禁止す。ゆえに賢人必ず用いられ、不肖の人作さず、已に命を得。ゆえに富にして且つ壽は、是れ聖王の功なり」と。周成王曰く、「命を受けたり」。

卷第十

卷第十

禮容語上

禮容語上

禮容語下

禮容語下

魯叔孫昭聘於宋,宋元公與之燕,飲酒樂。昭子右坐,歌終而語,因相泣也。樂祁曰:"過哉君!非哀所也。"已而告人曰:"今茲君與叔孫其皆死乎?吾聞之:哀樂而樂哀,皆喪心也。心之精爽,是謂魂魄,魂魄已失,何以能久?且吾聞之:主民者不可以偷,偷必死。今君與叔孫其語皆偷,死日不遠矣。"居六月,宋元公薨,閒一月,叔孫婼卒。

魯叔孫昭宋に至りて聘問す、宋元公彼と燕飲し、酒を飲みて歡樂す。昭子右邊に坐し、歌終わりて說話し、因りて互相哭泣す。樂祁曰く、「過分なるかな君!是れ悲哀の處所にあらず」と。隨後人に告げて曰く、「今年君と叔孫大概皆死せんか?我聞く、哀すべきに樂しみ、樂しむべきに哀するは、皆是れ心を喪失す。心の精爽は、之を魂魄と謂う、魂魄已に失去せば、何を以て能く長久せん?況んや我聞く、民を主るは苟且す可からず、苟且すれば必ず死す。今君と叔孫の言皆苟且なり、死日遠からず」と。六個月を過ぎて、宋元公薨じ、一個月を隔てて、叔孫婼卒す。

晉叔向聘於周,發幣大夫,及單靖公。靖公享之,儉而敬,賓禮贈賄同是禮而從。享燕無私,送不過郊,語說昊天有成命。

晉叔向周に至りて聘問す、幣を發送して大夫に給し、單靖公に至る。靖公彼を宴享し、儉にして敬し、賓禮贈賄同じく禮にして跟從す。享燕私なく、送郊を超過せず、話語『昊天有成命』を説く。

既而叔向告人曰:"吾聞之曰:'一姓不再興。’今周有單子以為臣,周其復興乎?昔史佚有言曰:'動莫若敬,居莫若儉,德莫若讓,事莫若資。’今單子皆有焉。夫宮室不崇,器無蟲鏤,儉也:身恭除潔,外內肅給,敬也:燕好享賜,雖歡不踰等,讓也:賓之禮事,稱上而差,資也。若是而加之以無私,重之以不侈,能闢怨矣。居儉動敬德讓事資而能闢怨,以為卿佐,其有不興乎?

隨後叔向人に告げて曰く、「我聞く、『一姓再び興起せず』と。今周單子有りて臣を爲す、周大概將に復興せんか?從前史佚言有りて曰く、『動は敬より好きなし、居は儉より好きなし、德は讓より好きなし、事は資より好きなし』と。今單子皆有り。宮室崇高せず、器蟲鏤なく、是れ儉;身恭にして潔を除き、外內肅給し、是れ敬;燕好享賜して、たとい歡なれども等を越過せず、是れ讓;賓の禮事、上に稱して差有り、是れ資。かくのごとく再び私無きを加え、侈らざるを加えれば、怨を避くる能し。居儉動敬德讓事資にして能く怨を避くるは、卿佐を爲りて、何處にか興らざる有らんや?」

夫昊天有成命,頌之盛德也。其詩曰:'昊天有成命,二後受之,成王不敢康,夙夜基命宥謐。"謐者,寧也,億也。命者,制令也。基者,經也,勢也。夙,早也。康,安也。後,王也。二後,文王。武王。成王者,武王之子,文王之孫也。文王有大德,而功未就,武王有大功,而治未成。及成王承嗣,仁以臨民,故稱昊天焉。不敢怠安,蚤興夜寐,以繼文王之業,布文陳紀,經制度,設犧牲,使四海之內,懿然葆德,各遵其道,故曰有成承順武王之功,奉揚文王之德。九州之民,四荒之國,歌謠文武之烈,絫九譯而請朝,致貢職以供祀,故曰二後受之。方是時也,天地調和,神民順億,鬼不厲祟,民不謗怨,故曰宥謐。成王質仁聖哲,能明其先,能承其親,不敢惰懈,以安天下,以敬民人。今單子美說其志也,以佐周室,吾故曰周其復興乎。"故周平王既崩以後,周室稍稍衰弱不墜。當單子之佐政也,天子加尊,周室加興。

『昊天有成命』は、是れ頌の盛德なり。其の詩曰く、「昊天成命有り、二后之を受く、成王敢えて安康せず、夙夜基命寬寧」と。謐は、是れ寧、是れ安。命は、是れ制令。基は、是れ經、是れ勢。夙は、是れ早。康は、是れ安。后是、是れ王。二后は、是れ文王・武王。成王は、是れ武王の子、文王の孫。文王大德有りて、而して功未だ成就せず、武王大功有りて、而して治未だ完成せず。成王承嗣するに及びて、仁を以て民に臨む、ゆえに昊天と稱す。敢えて怠安せず、早起夜寐して、以て文王の業を繼承し、文を布き紀を陳し、制度を經理し、犧牲を設置し、四海の內をして、懿然として德を葆み、各々道を遵循せしむ、ゆえに曰く成有りと、武王の功を承受順從し、文王の德を奉揚す。九州の民、四荒の國、文武の功烈を歌謠し、九譯を累經して朝見を請求し、貢職を致して以て祀に供す、ゆえに曰く二后之を受くと。まさに此の時、天地調和し、神民順安し、鬼厲祟せず、民謗怨せず、ゆえに曰く寬寧と。成王質仁聖哲にして、能く其の先人を彰明し、能く其の親人を承受し、敢えて惰懈せず、以て天下を安定し、民人を敬重す。今單子美此の志向を説きて、以て周室を輔佐す、我の曰う所以周大概將に復興せんと。ゆえに周平王已に崩じて以後、周室稍稍衰弱して墜落せず。まさに單子政を輔佐するに、天子更加に尊く、周室更加に興る。

晉之三卿郄錡。郄犨。郄至從晉厲公會諸侯於柯陵,周單襄公在會。晉厲公視遠步高:郄錡見單子,其語犯:郄犨見,其語訐:郄至見,其語伐:齊國佐見,其語盡。

晉の三卿郄錡・郄犨・郄至晉厲公に跟從して柯陵に於て諸侯を會合す、周單襄公會に在り。晉厲公視遠く步高し;郄錡單子に見え、其の話語冒犯す;郄犨見え、其の話語訐直す;郄至見え、其の話語矜伐す;齊國佐見え、其の話語盡言す。

單襄公告魯成公曰:"晉將有亂,其君與三郄其當之乎?"魯侯曰:"寡人固晉而強其君,今君曰'將有亂’,敢問天道乎?意人故也?"

單襄公魯成公に告げて曰く、「晉將に亂有らん、君と三郄大概之を當てんか?」と。魯侯曰く、「寡人本來以爲晉強くして君強し、今君『將に亂有らん』と曰う、敢えて問う是れ天道か?還りて人事の緣故か?」と。

對曰:"吾非諸史也,焉知天道?吾見晉君之容,而聽三郄之語矣,殆必有禍矣。君子目以正體,足以從之,是以觀容而知其心。今晉侯視遠而足高,目不在體,而足不步目,其心必異矣。體目不相從,何以能久?夫合諸侯,國之大事也,於是觀存亡之徵焉。故國將有福,其君步言視聽,必皆得適順善,則可以知德矣。視遠曰絕其義,足高曰棄其德,言爽曰反其信,聽淫曰離其名。夫目以處義,足以踐德,口以庇信,耳以聽名者也,故不可不慎也。偏亡者有咎,既亡則國從之。今晉侯無一可焉,吾是以雲。夫郄氏,晉之寵人也。是族在晉,有三卿五大夫,貴矣,亦可以戒懼矣。今郄伯之語犯,郄叔訐,郄季伐。犯則凌人,籲則誣人,伐則揜人。有是寵也,而益之以三怨,其誰能忍之?齊國武子亦將有禍。齊,亂國也。立於淫亂之朝,而好盡言以暴人過,怨之本也。惟善人能受盡言。今齊既亂,其能善乎?"

答えて曰く、「我是れ諸史にあらず、何處にか天道を知らん?我晉君の容を見て、而して三郄の話語を聽けり、大概必ず禍有らん。君子目を以て體を端正し、足跟從す、此に因りて容を觀看して心を知る。今晉侯視遠くして足高し、目體に在らず、足目に跟ちて走らず、其の心必ず同じからず。體目互相跟從せず、何を以て能く長久せん?諸侯を會合するは、是れ國の大事、ここに於て存亡の徵兆を觀察す。ゆえに國將に福有らんとすれば、君の步言視聽、必ず皆適順善を得て、卽ち德を知る可し。視遠を之を絕義と謂い、足高を之を棄德と謂い、言差を之を反信と謂い、聽淫を之を離名と謂う。目以て義に處り、足以て德を踐み、口以て信を庇い、耳以て名を聽く、ゆえに謹慎せざる可からず。偏亡するは咎有り、皆亡せば則ち國之に跟從す。今晉侯一項可なきなし、我此に因りてかくのごとく説く。郄氏は、是れ晉の寵人なり。此の一族晉に在りて、三卿五大夫有り、貴矣、亦戒懼す可し。今郄伯の話語冒犯し、郄叔訐し、郄季伐す。犯れば卽ち人を凌し、訐れば卽ち人を誣し、伐すれば卽ち人を掩う。かくのごとき寵有りて、再び三怨を加うれば、誰か能く容忍せん?齊國武子亦將に禍有らん。齊は、是れ亂國。淫亂の朝に立ちて、而して盡言を喜好して以て人の過錯を暴露す、是れ怨の本なり。只善人のみ能く盡言を接受す。今齊已に亂れて、還りて能く善ならんや?」

居二年,晉殺三卿。明年,厲公弒於東門。是歲也,齊人果殺國武子。詩曰:"敬之敬之,天惟顯思,命不易哉,毋曰高高在上,陟降厥士,日監在茲,維予小子,不聰敬止,日就月將,學有緝熙於光明,佛時仔肩,視我顯德行。"故弗順弗敬,天下不定,忘敬而怠,人必乘之。嗚呼,戒之哉!

兩年を過ぎて、晉三卿を殺す。明年、厲公東門に於て弑せらる。此の年、齊人果して國武子を殺す。『詩經・周頌・敬之』に曰く、「敬や敬や、天顯明なり思、命容易ならずや、高高在上と説く勿れ、それらの士を升降し、日々監視ここに在り、維れ我が小子、聰敏にして敬止せず、日に就き月に將り、學緝熙有りて光明に至る、我が仔肩を輔け、我が德を顯行を看よ」と。ゆえに順ならず敬せざれば、天下定まらず、敬を忘れて怠れば、人必ず機に乘ず。嗚呼、警戒せよ!

胎教

胎教

易曰:"正其本而萬物理,失之毫釐,差以千里,故君子慎始。"春秋之元,詩之關雎,禮之冠婚,易之乾坤,皆慎始敬終云爾。

『易』に曰く、「本を端正して萬物治理を得、之を失うこと毫釐、差千里を以てす、ゆえに君子開始を謹慎す」と。『春秋』の元年、『詩』の關雎、『禮』の冠婚、『易』の乾坤は、皆是れ開始を謹慎し終結を敬慎するかくのごとし。

素成,謹為子孫婚妻嫁女,必擇孝悌世世有行義者,如是則其子孫慈孝,不敢淫暴,黨無不善,三族輔之。故鳳凰生而有仁義之意,虎狼生而有貪戾之心,兩者不等,各以其母。嗚呼,戒之哉!無養乳虎,將傷天下,故曰素成胎教之道,書之玉版,藏之金櫃,置之宗廟,以為後世戒。

素成は、謹慎子孫のため婚妻嫁女し、必ず孝悌世世行義有るを選擇す、かくのごとければ卽ち子孫慈孝にして、敢えて淫暴せず、黨不善なく、三族輔助す。ゆえに鳳凰生まれて卽ち仁義の意有り、虎狼生まれて卽ち貪戾の心有り、兩者等しからず、各々母親に由る。嗚呼、警戒せよ!乳虎を養う勿れ、將に天下を傷害せん、ゆえに曰く素成胎教の道、玉版に寫し、金櫃に藏め、宗廟に放きて、以て後世の警戒と爲すと。

青史氏之記曰:"古者胎教之道,王后有身,七月而就蔞室,太師持銅而御戶左,太宰持鬥而御戶右,太卜持蓍龜而御堂下,諸官皆以其職御於門內。比三月者,王后所求聲音非禮樂,則太師撫樂而稱不習。所求滋味者非正味,則太宰荷鬥而不敢煎調,而曰:"不敢以侍王太子。"太子生而泣,太師吹銅曰:"聲中某律。"太宰曰:"滋味上某。"太卜曰:"命雲某。"

青史氏の記載曰く、「古胎教の道は、王后身孕有れば、七個月にして蔞室に至り、太師銅を持ちて戶左に侍御し、太宰斗を持ちて戶右に侍御し、太卜蓍龜を持ちて堂下に侍御し、諸官皆職に按じて門內に侍御す。三個月に近づき、王后の求むる所の聲音禮樂にあらざれば、太師卽ち樂を撫して不習と稱す。求むる所の滋味正味にあらざれば、太宰卽ち斗を荷いで敢えて煎調せず、而して曰く、『敢えて以て王太子を侍候せず』と。太子生まれて哭泣すれば、太師銅を吹きて曰く、『聲音某律に合す』と。太宰曰く、『滋味某を上ぐ』と。太卜曰く、『命之を某と謂う』と」。

然後,為王太子懸弧之禮義。東方之弧以梧。梧者,東方之草,春木也。其牲以雞。雞者,東方之牲也。南方之弧以柳。柳者,南方之草,夏木也。其牲以狗。狗者,南方之牲也。中央之弧以桑。桑者,中央之木也。其牲以牛。牛者,中央之牲也。西方之弧以棘。棘者,西方之草也,秋木也。其牲以羊。羊者,西方之牲也。北方之弧以棗。棗者,北方之草,冬木也。其牲以彘。彘者,北方之牲也。五弧五分矢,東方射東方,南方射南方,中央高射,西方射西方,北方射北方,皆三射。其四弧具其餘各二分矢,懸諸國四通門之左:中央之弧亦具,餘二分矢,懸諸社稷門之左。

然る後、王太子のため懸弧の禮義を舉行す。東方の弧梧を用う。梧は、是れ東方の草、春木なり。犧牲雞を用う。雞は、是れ東方の牲なり。南方の弧柳を用う。柳は、是れ南方の草、夏木なり。犧牲狗を用う。狗は、是れ南方の牲なり。中央の弧桑を用う。桑は、是れ中央の木なり。犧牲牛を用う。牛は、是れ中央の牲なり。西方の弧棘を用う。棘は、是れ西方の草、秋木なり。犧牲羊を用う。羊は、是れ西方の牲なり。北方の弧棗を用う。棗は、是れ北方の草、冬木なり。犧牲彘を用う。彘は、是れ北方の牲なり。五弧五分矢、東方東方を射て、南方南方を射て、中央高射し、西方西方を射て、北方北方を射て、皆三回射る。其の四弧具備し、其の餘各々二分矢、國四通門の左邊に懸挂す;中央の弧亦具備し、餘り二分矢、社稷門の左邊に懸挂す。

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