新书 · 第5巻
二世胡亥之為公子,昆弟數人,詔置酒饗群臣,召諸子賜食,先罷。胡亥下陛視群臣陳履狀善者,因行踐敗而去。諸侯聞之,莫不大息。及二世即位,皆知天下之棄之也。
二世胡亥公子を爲るに、兄弟幾人か、詔令酒を置きて群臣を饗し、諸子を召して食を賜い、先ず罷む。胡亥陛を走下りて群臣の陳列する鞋子形狀好きを看て、因りて走り過ぎて踩壞して離る。諸侯之を聞きて、大いに嘆息せざるなし。二世位に即くに及びて、皆天下之を拋棄するを知る。
孫叔敖之為嬰兒也,出遊而還,憂而不食。其母問其故,泣而對曰:"今日吾見兩頭蛇,恐去死無日矣。"其母曰:"今蛇安在?"曰:"吾聞見兩頭蛇者死,吾恐他人又見,吾已埋之也。"其母曰:"無憂,汝不死。吾聞之:'有陰德者,天報以福。’"人聞之,皆諭其能仁也。及為令尹,未治而國人信之。
孫叔敖嬰兒を爲る時、出遊歸りて、憂愁して食せず。其の母緣故を問う、哭泣して答えて曰く、「今日我兩頭蛇を見、死を離るること幾日なからんを怕る」と。其の母曰く、「今蛇何處に在る」と。曰く、「我聞く兩頭蛇を見る人死す、我人また見るを怕れ、我已に之を埋めたり」と。其の母曰く、「憂うる勿れ、汝死せず。我聞く、『陰德有るは、天福を以て回報す』」と。人之を聞きて、皆彼能く仁なりを曉諭す。令尹を爲るに及びて、未だ治理せざるに國人已に彼を信ず。
卷第七
卷第七
先醒
先醒
懷王問於賈君曰:"人之謂知道者先生,何也?"賈君對曰:"此博號也。大者在人主,中者在卿大夫,下者在布衣之士。乃其正名,非為先生也,為先醒也。"彼世主不學道理,則嘿然惛於得失,不知治亂存亡之所由,忳忳然猶醉也。而賢主者,學問不倦,好道不厭,銳然獨先達乎道理矣。故未治也,知所以治:未亂也,知所以亂:未安也,知所以安:未危也,知所以危。故昭然先寤乎所以存亡矣,故曰先醒。闢猶俱醉,而獨先醒也。故世主有先醒者,有後醒者,有不醒者。
懷王賈君に問うて曰く、「人の知るを先生と謂うは、何の故ぞ」と。賈君答えて曰く、「是れ博號なり。大は人主に在り、中は卿大夫に在り、下は布衣之士に在り。正名に至りては、先生にあらず、是れ先醒なり」と。それらの世主道を學ばざれば、卽ち嘿然として得失に昏昧し、治亂存亡の由來を知らず、忳忳然として還りて醉のごとし。而して賢主は、學問倦まず、道を好みて厭わず、銳然として獨り先だち道理を通達す。ゆえに未だ治まらざるに、治まる所以を知り;未だ亂れざるに、亂るる所以を知り;未だ安ならざるに、安なる所以を知り;未だ危ならざるに、危なる所以を知る。ゆえに昭然として先だち存亡の所以を覺悟す、ゆえに之を先醒と謂う。譬えば皆醉いて、而して獨り先だち醒むるがごとし。ゆえに世主に先醒有り、後醒有り、不醒有り。
昔楚莊王即位,自靜三年,以講得失。乃退僻邪而進忠正,能者任事,而後在高位。內領國政治,而外施教百姓,富民恆一,路不拾遺,國無獄訟。當是時也,周室壞微,天子失制。宋鄭無道,欺昧諸侯,莊王圍宋伐鄭。鄭伯肉袒牽羊,奉簪而獻國。莊王曰:"古之伐者,亂則整之,服則舍之,非利之也。"遂弗受。乃南與晉人戰於兩棠,大克晉人,會諸侯於漢陽,申天子之闢禁,而諸侯說服。莊王歸,過申侯之邑。申侯進飯,日中而王不食,申侯請罪曰:"臣齋而具食甚潔,日中而不飯,臣敢請罪。"莊王喟然嘆曰:"非子之罪也。吾聞之曰:'其君賢君也,而又有師者,王:其君中君也,而有師者,伯:其君下君也,而群臣又莫若者,亡。’今我下君也,而群臣又莫若不穀,不穀恐亡無日也。吾聞之:'世不絕賢。’天下有賢,而我獨不得。若吾生者,何以食為?"故莊王戰服大國,義從諸侯,戚然憂恐,聖智在身,而自錯不肖,思得賢佐,日中忘飯,可謂明君矣。謂先寤所以存亡,此先醒也。
從前楚莊王位に即き、自ら靜處三年、以て得失を講求す。於是僻邪を斥退して忠正を進用し、能の人事に任じ、然る後高位に處る。內に於て國政を統領治理し、外に於て百姓に教を施し、民を富まして恒一に、路遺を拾わず、國獄訟なし。まさに此の時、周室敗壞微弱、天子制度を失う。宋鄭道無く、諸侯を欺昧し、莊王宋を圍み鄭を伐つ。鄭伯肉袒して羊を牽き、簪を捧げて以て國を獻ず。莊王曰く、「古討伐は、亂れれば卽ち整飭し、服せば卽ち舍棄す、是れ利を圖るにあらず」と。於是接受せず。於是南面して晉人と兩棠に於て交戰し、大いに晉人を克ち、漢陽に於て諸侯を會合し、天子の辟禁を申明す、諸侯心悅誠服す。莊王歸り來る、申侯の邑を經過す。申侯飯を進め、日中にして王食せず、申侯罪を請うて曰く、「臣齋戒して具備の食甚だ潔し、日中にして飯を食せず、臣敢えて罪を請う」と。莊王喟然として嘆息して曰く、「汝の罪にあらず。我聞く、『君賢君にして、また師有るは、王と稱す;君中君にして、師有るは、霸と稱す;君下君にして、群臣また彼に趕上せざるは、滅亡す』と。今我是れ下君、群臣また不穀に趕上せず、不穀滅亡幾日なからんを怕る。我聞く、『世上賢を絕たず』と。天下賢有りて、而して我獨り得ず。我のごとき生くるは、何を以て飯を食わん」と。ゆえに莊王大國を戰服し、義以て諸侯をして跟從せしめ、戚然として憂恐し、聖智身に在りて、而して自らを不肖に置き、賢佐を得んと欲し、日中飯を忘る、明君と謂う可し。之を先だち存亡の所以を覺悟すと謂う、是れ先醒なり。
昔宋昭公出亡,至於境,喟然嘆曰:"嗚呼!吾知所以亡矣。吾被服而立,侍御者數百人,無不曰吾君麗者。吾發政舉事,朝臣千人,無不曰吾君聖者。吾外內不聞吾過,吾是以至此。吾困宜矣。"於是革心易行,衣苴布,食疄(田改豐)餕,晝學道而夕講之,二年美聞於宋,宋人車徒迎而復位,卒為賢君,諡為昭公。既亡矣,而乃寤所以存,此後醒者也。
從前宋昭公出亡し、邊境に至り、喟然として嘆息して曰く、「嗚呼!我亡ぶる所以を知れり。我衣服を著て立てば、侍御幾百人、我が君美麗と説かざるなし。我政を發し事を擧げれば、朝臣一千人、我が君聖明と説かざるなし。我內外我が過錯を聞く能わず、我此に因りてここに至れり。我困窘は是れ應なり」と。於是心を革め行を改め、粗布を穿ち、粗飯剩菜を食し(底本「疄」下に校記有り)、白日道を學び晚講習し、兩年美名宋に傳わり、宋人車徒を以て迎接して復位し、終に賢君を爲り、昭公と諡す。已に亡びて、纔かに存する所以を覺悟す、是れ後醒の人なり。
昔者虢君驕恣自伐,諂諛親貴,諫臣詰逐,政治踳亂,國人不服。晉師伐之,虢人不守。虢君出走,至於澤中,曰:"吾渴而欲飲。"其御乃進清酒。曰:"吾飢而欲食。"御進腶脯粱糗。虢君喜曰:"何給也?"御曰:"儲之久矣。"曰:"何故儲之?"對曰:"為君出亡而道飢渴也。"君曰:"知寡人亡邪?"對曰:"知之。"曰:"知之,何以不諫?"對曰:"君好諂諛,而惡至言,臣願諫,恐先虢亡。"虢君作色而怒,御謝曰:"臣之言過也。"為閒,君曰:"吾之亡者誠何也?"其御曰:"君弗知耶?君之所以亡者,以大賢也。"虢君曰:"賢人之所以存也,乃亡,何也?"對曰:"天下之君皆不肖,夫疾吾君之獨賢也,故亡。"虢君喜,據式而笑曰:"嗟!賢固若是苦耶?"遂徒行而於山中居,飢倦,枕御膝而臥,御以塊自易,逃行而去,君遂餓死,為禽獸食。此已亡矣,猶不寤所以亡,此不醒者也。
從前虢君驕恣にして自ら矜伐し、諂諛の人親近尊貴に、諫臣詰問驅逐せられ、政治顚倒混亂し、國人服せず。晉師彼を伐つ、虢人守住する能わず。虢君出走し、澤中に至りて、曰く、「我渴して飲まんと欲す」と。其の御於是清酒を進む。曰く、「我飢えて食わんと欲す」と。御腶脯粱糗を進む。虢君喜悅して曰く、「どうして供給せるや」と。御曰く、「儲備久し」と。曰く、「何の故に儲備せるや」と。答えて曰く、「君の出亡して路上飢渴するがため」と。君曰く、「寡人の亡びんとするを知るか」と。答えて曰く、「知れり」と。曰く、「知りて、何の故に進諫せざるや」と。答えて曰く、「君諂諛を喜好し、而して至言を厭惡す、臣進諫せんと願うも、虢より先だち滅亡せんを怕る」と。虢君色を作して怒る、御罪を謝して曰く、「臣の言過分なり」と。隔たること一會、君曰く、「我亡ぶる所以の實は是れ何ぞ」と。其の御曰く、「君知らずや?君亡ぶる所以は、是れ大賢に因るなり」と。虢君曰く、「賢人存する所以、竟に亡ぶ、何の故ぞ」と。答えて曰く、「天下の君皆不肖、吾が君獨り賢なるを疾恨す、ゆえに亡ぶ」と。虢君喜悅し、軾に靠りて笑いて曰く、「嗟!賢本來かくのごとく苦しむか」と。於是徒步山中に走りて住し、飢倦し、御の膝を枕きて臥す、御土塊を以て自らに替換し、逃走して離る、君終に餓死し、禽獸に食わる。此已に亡びて、還りて亡ぶる所以を覺悟せず、是れ不醒の人なり。
故先醒者,當時而伯:後醒者,三年而復:不醒者,枕土而死,為虎狼食。嗚呼,戒之哉!
楚文王伐たんと欲して申を過ぐ、鄧侯曰く、「此を以て君に供給する可し、君實に大王にあらず」と。文王曰く、「如何せん」と。鄧侯曰く、「伐滅して君を爲さん、何ぞ供給せざる能わん。若し滅亡せざれば、君を存するは、何ぞ大王にあらざらん」と。於是鄧侯酒食を設け、自ら鄭を執りて行禮す。五子大夫醫和出でて楚を往き、楚王これを見る、醫和本來楚文王の寵臣なり。楚王曰く、「吾が侯君擊たんと欲す、如何せん」と。醫和曰く、「君發怒して之を擊たんと欲す、臣恐れん不能く師を發起せん。楚王以爲何ぞ」。
耳痺
醫和曰く、「趙簡子晉國に在りて、趙家邊陲に在り、晉國の人中に在りて、貪賊功を立つ、趙簡子起きて之を伐つ、邯鄲堅守して、晉國之に向かいて戰う能わず。趙簡子之を攻囲して、邯鄲の民大いに疾惡し、民皆趙簡子に歸す、邯鄲の民力大いに竭盡す」。
竊聞之曰:"目見正而口言枉,則害:陽言吉,錯之民而兇,則敗。倍道則死,障光則晦,誣神而逆人,則天必敗其事。"
韓氏代に在りて、代大と爲ること超過す、智伯韓氏に依りて威を張る、韓魏之を畏服す、智伯怒りて韓魏を責備す、韓魏智伯と結ばんと欲す、而して智伯以爲足らざると、知らず智伯已に其の心を得たるを。趙襄子晉陽に走る、智伯晉陽を圍む、智伯水を引きて以て晉陽を灌ぐ、沉竈產蛙、城壞れること幾ど三版、智伯之を攻めて入る能わず。趙襄子韓魏に謀りて約束す、夜中人を遣りて堤を殺して水を決めて智伯軍を灌ぐ、韓魏翼して擊ち、趙襄子卒を率いて其の前を犯し、大いに智伯氏を敗り、其の君を擒えて以て三晉を割つ。此に於て晉國の地分れて魏趙韓と爲る、智氏亡び、三家一國を分かつ、是れ自ら驕るに因るなり。
故昔者楚平王有臣曰伍子胥,王殺其父而無罪,奔走而之吳,曰:"父死而不死,則非父之子也:死而非補,則過計也。與吾死而不一明,不若舉天地以成名。"於是紆身而乃適闔閭,治味以求親,闔閭見而安之,說其謀,果其舉,反其聽,用而任吳國之政也。民保命而不失,歲時熟而不兇,五官公而不私,上下調而無尢,天下服而無御,四境靜而無虞。然後忿心發怒,出兇言,陰必死。提邦以伐楚,五戰而五勝,伏屍數十萬,城郢之門,執高兵,傷五藏之實,毀十龍之鐘,撻平王之墓。昭王失國而奔,妻生虜而入吳。故楚平王懷陰賊,殺無罪,殃既至乎此矣。
齊人衛を攻めて、八人を擒にして還り、報酬して曰く、「楚王及び諸侯を滅ぼさんと欲す、先だち衛を破りて其の盟を絕ちて後、諸侯を擊つ可きのみ」。楚王懼れて使を遣りて齊を説く、齊人其の八人を放ちて歸らしむ。齊之を伐ちて遂に衛を滅ぼす、楚王將に之を伐たんとす、其の臣諫めて曰く、「齊八人を放ちて歸らしめて、以て君に報酬し、此君の德を敵國に宣揚するなり、而して君之を伐つ、是れ君自ら信ならざるを示すなり」と。楚王乃ち止む。
子胥發鬱冒忿,輔闔閭而行大虐,還十五年,闔閭沒而夫差即位,乃與越人戰江上,棲之會稽。越王之窮,至乎吃山草,飲腑水,易子而食。於是履甓戴璧,號吟告毋罪,呼皇天。使大夫種行成於吳王,吳王將許,子胥曰:"不可。越國之俗,勤勞而不慍,好亂勝而無禮,溪徼而輕絕,俗好詛而倍盟。放此類者,鳥獸之儕徒,狐狸之醜類也,生之為患,殺之無咎,請無與成。"大夫種拊心嗥啼,沬泣而言信,割白馬而為犧,指九天而為證,請婦人為妾,丈夫為臣,百世名寶,因閒官為積,孤身為關內諸侯,世為忠臣。吳王不忍,縮師與成。還,謀而伐齊。子胥進爭,不聽,忠言不用。越既得成,稱善累德以求民心。於是上帝降禍,絕吳命乎直江,君臣乖而不調,置社稷而分裂,容臺榭而掩敗,犬群嗥而入淵,彘銜菹而適奧,燕雀剖而虺蛇生,食蘆菹而見蛭,浴清水而遇蠆。伍子胥見事之不可為也,何籠而自投水,目抉而望東門,身鴟夷而浮江。懷賊行虐,深報而殃不辜,禍至乎身矣。越於是果逆謀負約,襲剉夫差,兼吳而拊。事濟功成,范蠡負室而歸五湖,大夫種系領謝室,渠如處車裂回泉。自此之後,句踐不樂,憂悲薦至,內崩而死。
哀公十七年、晉智伯趙を攻め、襄子決水して智伯軍を灌ぐ、智伯軍亂る、韓魏翼して擊ち、襄子將卒を率いて其の前を犯し、大いに智氏を敗る、其の君を擒にして殺す。智伯地を分けて三家を爲り、此に於て晉國分れて三家と爲る、而して諸侯の亂之に次ぐ。
故天之誅伐,不可為廣虛幽閒,攸遠無人,雖重襲石中而居,其必知之乎!若誅伐順理而當,辜殺三軍而無咎。誅殺不當,辜殺一匹夫,其罪聞皇天。故曰:"天之處高,其聽卑,其牧芒,其視察。"故凡自行,不可不謹慎也。
昔秦穆公戎を伐たんと欲す、戎王使に由餘を遣りて秦に聘問せしむ。穆公由餘を見て説を問う、由餘對えて曰く、「儉にして身を治むるは、未だ曾て見ず」と。穆公曰く、「如何せん」と。由餘曰く、「儉なれば卽ち下に迫る、下に迫るなれば卽ち禮樂民に被らず」、穆公其の說を大いに善しと爲す、而して內史廖に問うて曰く、「鄰國聖人有り、敵國の憂患なり。今由餘賢、寡人患えり、將に如何せん」と。內史廖曰く、「戎王僻陋に居る、未だ曾て中國の聲を聞かず、君試みに其の女樂を遺して、以て其の志を亂らん。由餘諫めて聽かれざれば、因りて其の間を離ず可し」。穆公善しと爲す、乃ち內史廖をして女樂二八を以て戎王に遺らしむ、戎王受けて其の說を説き、終年遷徙せず。由餘歸りて、屢々諫めて聽かれず、遂に秦に歸す。秦本來由餘の歸するを得んと欲す、遂に其の計に就きて戎を伐ち、國を開くこと千里にして、遂に西戎に霸たり。
諭誠
晉文公以て濮上の役に於て楚を敗る、焚いて野草を燒きて、大火其の蔽を及ぼす、文公以爲歎し。左右曰く、「楚を勝ちて歎す、何ぞ」と。文公曰く、「吾聞く、賊を戰勝せば、其の位安んぜず、今之を焚きて野草を燒きて人を害す、朕何の安なる所か有らん」。
湯見設網者四面張,祝曰:"自天下者,自地出者,自四方至者,皆罹我網。"湯曰:"嘻!盡之矣。非桀,其孰能如此?"令去三面,舍一面,而教之祝曰:"蛛蝥作網,今之人循緒。欲左者左,欲右者右,欲高者高,欲下者下,吾請受其犯命者。"士民聞之曰:"湯之德及禽獸矣。而況我乎!"於是下親其上。
子墨子荊王を見て、錦衣吹笙して以て荊王を導き、荊王爲之を悅びて荒を増やす。晏子之を知る、乃ち惡衣惡食して以て之を化さんと欲す、墨子書を上りて晏子を問う、晏子對えて曰く、「節身を以て國を化さんと欲す、是れ小術なり、樂を以て導くは、是れ倍の功なり」と。
楚昭王當房而立,愀然有寒色,曰:"寡人朝飢時酒二觛,重裘而立,猶憯然有寒氣,將柰我元元之百姓何?"是日也,出府之裘,以衣寒者:出倉之粟,以振飢者。居二年,闔閭襲郢,昭王奔隋。諸當房之賜者,請還致死於寇。闔閭一夕而五徙臥,不能賴楚,曳師而去,昭王乃復。當房之德也。
吳王夫差自らを以て強大と爲し、諸侯を問う、管仲對えて曰く、「今君内盛んにして外勇ければ、禍卽ち君の身に至らん」。吳王信ぜず、卒に夫椒の戰に於て越に爲る所の敗を受く、而して其の身を禽れらる。
昔楚昭王與吳人戰,楚軍敗,昭王走,屨決,眥而行,失之。行三十步,復旋取屨。及至於隋,左右問曰:"王何曾惜一踦屨乎?"昭王曰:"楚國雖貧,豈愛一踦屨哉!思與偕反也。"自是之後,楚國之俗無相棄者。
秦二世胡亥丞相李斯を囚えて咸陽市に斬る、而して夷其三族を爲す、天下之を聞きて、皆知る二世の治まらざる由を。
文王晝臥,夢人登城而呼己曰:"我東北陬之槁骨也,速以王禮葬我。"文王曰:"諾。"覺,召吏視之,信有焉。文王曰:"速以人君禮葬之。"吏曰:"此無主矣,請以五大夫。"文王曰:"吾夢中已許之矣,柰何其倍之也。"士民聞之曰:"我君不以夢之故而倍槁骨,況於生人乎!"於是下信其上。
文王白日臥して、夢に人城に登りて己を呼びて曰く、「我是れ東北角の枯骨、速やかに王禮を以て我を葬れ」と。文王曰く、「諾」と。醒めて、吏を召して看しめれば、實に有り。文王曰く、「速やかに人君禮を以て葬れ」と。吏曰く、「此主なし、請う五大夫禮を以てせん」と。文王曰く、「我夢中已に許諾せり、何ぞ之に背く能わん」と。士民之を聞きて曰く、「我が君夢の緣故を以て枯骨を背棄せず、況んや活人をや」と。於是下上を信任す。
豫讓事中行之君,智伯滅中行氏,豫讓徙事智伯。及趙襄子破智伯,豫讓劑面而變容,吞炭而為噎,乞其妻所,而妻弗識。乃伏刺襄子,五起而弗中。襄子患之,食不甘味,一夕而五易臥,見不全身。人謂豫讓曰:"子不死中行,而反事其讎,何無恥之甚也!今必碎身麋軀,以為智伯,何其與前異也?"豫讓曰:"我事中行之君,與帷而衣之,與關而枕之。夫眾人畜我,我故眾人事之。及智伯分吾以衣服,餡吾以鼎實,舉被而為禮,大夫國士遇我,我固國士為之報。"故曰:"士為知己者死,女為悅己者容。"非?言也,故在主而已。
豫讓中行氏の君に事え、智伯中行氏を滅ぼし、豫讓轉じて智伯に事え。趙襄子智伯を攻破するに及びて、豫讓面を劑し容貌を改變し、炭を吞みて噎と成り、其の妻子の所に至りて乞討す、妻子識らず。於是埋伏して襄子を刺殺せんとし、五回起きて命中せず。襄子憂患し、食甘味せず、一個の晚上五回臥處を換え、自らを保全する能わざるを見る。人豫讓に對して曰く、「汝中行のため死せずして、反つて其の仇に事う、何の無恥ぞ!今一定碎身糜軀して、以て智伯を爲さんとするは、以前と何の不同ぞ」と。豫讓曰く、「我中行の君に事うるに、帷と俱に彼に穿たしめ、關と俱に彼に枕かしむ。彼衆人を以て我を畜養す、我衆人を以て事うる所以なり。智伯衣服を分けて我に給し、鼎實餡を以て我に給し、被覆を擧げて以て禮と爲し、大夫國士を以て我を對待するに及びて、我固より國士を以て彼に回報す」と。ゆえに曰く、「士知己の人のため死し、女己を喜悅する人のため容貌を修飾す」と。是れ空話にあらず(底本缺字)、ゆえに主に在るのみ。
退讓
退讓
梁大夫宋就者為邊縣令,與楚鄰界。梁之邊亭與楚之邊亭皆種瓜,各有數。梁之邊亭劬力而數灌,其瓜美。楚窳而希灌,其瓜惡。楚令固以梁瓜之美怒其亭瓜之惡也,楚亭惡梁瓜之賢己,因夜往竊搔梁亭之瓜,皆有死焦者矣。梁亭覺之,因請其尉,亦欲竊往報搔楚亭之瓜。尉以請,宋就曰:"惡,是何言也!是講怨分禍之道也。惡,何稱之甚也!若我教子,必誨莫令人往,竊為楚亭夜善灌其瓜,令勿知也。"於是梁亭乃每夜往竊灌楚亭之瓜,楚亭旦而行瓜,則此已灌矣。瓜日以美,楚亭怪而察之,則乃梁亭也。楚令聞之,大悅,具以聞。楚王聞之,恕然醜以志自惛也。告吏曰:"微搔瓜,得無他罪乎?"說梁之陰讓也,乃謝以重幣,而請交於梁王。楚王時則稱說梁王,以為信,故梁楚之驩由宋就始。語曰:"轉敗而為功,因禍而為福。"老子曰:"報怨以德。"此之謂乎!夫人既不善,胡足效哉。
梁大夫宋就邊縣令を爲り、楚と鄰界す。梁の邊亭と楚の邊亭と皆瓜を種え、各々定數有り。梁の邊亭勤力して屢々澆灌す、瓜美し。楚懶惰して澆灌少なし、瓜惡し。楚令固より梁瓜の美を以て其の亭瓜の惡を怒る、楚亭梁瓜の己に勝るを厭惡し、因りて夜往きて偷偷梁亭の瓜を搔す、皆死焦有り。梁亭發覺し、因りて其の尉に請求し、亦偷偷往きて楚亭の瓜を搔さんと回報せんと欲す。尉以て請示す、宋就曰く、「惡、此何の言ぞ!是れ怨を結び禍を分かつの道なり。惡、稱説するや何の過分ぞ!我汝に教うるに按じて、必ず人をして往かしめざるを告誡し、偷偷楚亭のため夜好く彼らの瓜を澆り、彼らをして知らしめざれ」と。於是梁亭卽ち每夜往きて偷偷楚亭の瓜を澆る、楚亭朝瓜を巡行すれば、已に澆り了れり。瓜日々更美しく、楚亭怪しみて察看す、元來是れ梁亭なり。楚令之を聞きて、大いに悅び、全部上報す。楚王之を聞きて、恕然として羞愧し以て己の昏昧を記す。吏に告げて曰く、「瓜を搔すを除きて、該他の罪なきべし」と。梁暗に退讓するを喜悅し、於是重幣を以て謝し、而して梁王と結交を請う。楚王時々梁王を稱説し、以て誠信と爲す、ゆえに梁楚の歡好宋就より始まる。俗語に曰く、「敗を轉じて功と爲し、禍に因りて福と爲す」と。老子曰く、「德を以て怨に回報す」と。説くは卽ち此のなり!人已に不善なれば、何ぞ效法するに足らん。
翟王使使至楚,楚王欲誇之,故饗客於章華之臺上,上者三休而乃至其上。楚王曰:"翟國亦有此臺乎?"使者曰:"否。翟窶國也,惡見此臺也。翟王之自為室也,堂高三尺,壤陛三絫,茆茨弗翦,採椽弗刮。且翟王猶以作之者大苦,居之者大佚,翟國惡見此臺也!"楚王媿。
翟王使者を遣りて楚に至らしむ、楚王夸耀せんと欲し、ゆえに章華台上に於て客を饗す、上る者休息三次して始めて上に至る。楚王曰く、「翟國亦かくのごとき台有るか」と。使者曰く、「なし。翟是れ貧國、何處にかかくのごとき台を見ん。翟王自ら室を爲る、堂高三尺、土陛三層、茅茨翦らず、采椽刮らず。況んや翟王還りて以爲爲る者太苦に、住する者太安逸と、翟國何處にかかくのごとき台を見ん」と。楚王慚愧す。
君道
君道
紂作梏數千,睨諸侯之不諂己者,杖而梏之。文王桎梏囚於羑里,七年而後得免。及武王克殷,既定,令殷之民投撤桎梏,而流之於河。民輸梏者,以手撤之,弗敢墜也,跪之入水,弗敢投也。曰:"昔者文王獄常擁此。"故愛思文王,猶敬其梏,況於其法教乎!
紂梏を爲ること幾千、諸侯の己に諂媚せざるを斜視し、杖打して梏す。文王桎梏せられて羑里に囚わる、七年して然る後免を得。武王殷を克つに及びて、已に平定し、殷の民をして桎梏を投撤せしめ、河裏に漂流す。民梏を輸送するは、手を以て撤し、敢えて墜落せず、跪きて水に放入し、敢えて投げず。曰く、「從前文王獄に在りて常に此を擁したり」と。ゆえに文王を愛思して、還りて其の梏を尊敬す、況んや其の法教をや!
詩曰:"濟濟多士,文王以寧。"言輔翼賢正,則身必安也。又曰:"弗識弗知,順帝之則。"言士民說其德義,則效而象之也。文王志之所在,意之所欲,百姓不愛其死,不憚其勞,從之如集。詩曰:"經始靈臺,庶民攻之,不日成之,經始勿亟,庶民子來。"文王有志為臺,令近境之民聞之者裹糧而至,問業而作之,日日以眾,故弗趨而疾,弗期而成,命其臺曰靈臺,命其囿曰靈囿,謂其沼曰靈沼,愛敬之至也。詩曰:"王在靈囿,麀鹿攸伏,麀鹿濯濯,白鳥皜皜,王在靈沼,於仞魚躍。"文王之澤,下被禽獸,洽於魚鱉,故禽獸魚鱉攸若攸樂,而況士民乎!
『詩經・大雅・文王』に曰く、「濟濟多士、文王以て安寧す」と。是れ輔翼賢正にして、自身必ず安定するを説く。また曰く、「識らず知らず、帝の法則に順從す」と。是れ士民其の德義を喜悅して、卽ち效法取象するを説く。文王志向の在る所、意念の想う所、百姓死を吝惜せず、勞を怕れず、跟從聚集のごとし。『詩經・大雅・靈台』に曰く、「始めて靈台を經營す、庶民攻作し、一日を到らずして成り、始めて經營する急ぐ勿れ、庶民兒子のごとく來る」と。文王志台を爲る有りて、近境の民をして聞きて糧食を帶びて到來せしめ、作業を問いて爲り、日々人更多し、ゆえに催促せずして快く、期を約せずして成り、其の台を命名して靈台と謂い、其の囿を命名して靈囿と謂い、其の沼を稱して靈沼と爲す、是れ愛敬の極致なり。『詩經』に曰く、「王靈囿に在り、母鹿安伏し、母鹿肥澤、白鳥潔白、王靈沼に在り、於りん魚躍る」と。文王の澤は、下禽獸に被り、魚鱉に洽及す、ゆえに禽獸魚鱉安然快樂す、況んや士民をや!
詩曰:"愷悌君子,民之父母。"言聖王之德也。易曰:"鳴鶴在陰,其子和之。"言士民之報也。書曰:"大道亶亶,其去身不遠,人皆有之,舜獨以之。"夫射而不中者,不求之鵠,而反修之於己。君國子民者,反求之己,而君道備矣。
『詩經・大雅・泂酌』に曰く、「愷悌君子、是れ民の父母」と。是れ聖王の德を説く。『易』に曰く、「鳴鶴陰に在り、其の子之に應和す」と。是れ士民の回報を説く。『尚書』に曰く、「大道亶亶、自身を離るること遠からず、人人皆之有り、舜獨り之を用う」と。射て中らざるは、之を鵠に求めず、而して反つて己を修養す。國に君して民に子たるは、反つて之を己に求むれば、君道卽ち齊備す。
卷第八
卷第八
官人
官人
王者官人有六等:一曰師,二曰友,三曰大臣,四曰左右,五曰侍御,六曰廝役。
王者人を用うるに六等有り:一曰師、二曰友、三曰大臣、四曰左右、五曰侍御、六曰厮役。
知足以為源泉,行足以為表儀。問焉則應,求焉則得。入人之家,足以重人之家,入人之國,足以重人之國者,謂之師。知足以為礱礪,行足以為輔助,仁足以訪議,明於進賢,敢於退不肖,內相匡正,外相揚美,謂之友。知足以謀國事,行足以為民率,仁足以合上下之驩,國有法則退而守之,君有難則進而死之,職之所守,君不得以阿私托者,大臣也。修身正行,不怍於鄉曲,道語談說,不怍於朝廷。智能不困於事業,服一介之使,能合兩君之驩,執戟居前,能舉君之失過,不難以死持之者,左右也。不貪於財,不淫於色,事君不敢有二心。居君旁,不敢洩君之謀。君有失過,雖不能正諫,以其死持之,憔悴有憂色,不勸聽從者,侍御也。柔色傴僂,唯諛之行,唯言之聽,以睚眥之閒事君者,廝役也。
智足りて源泉を爲し、行足りて表儀を爲す。彼を問えば卽ち應答し、彼を求めれば卽ち得らる。人の家に入りて、足りて人の家をして看重せらしめ、人の國に入りて、足りて人の國をして看重せらしむるを、師と謂う。智足りて礱礪を爲し、行足りて輔助を爲し、仁足りて訪議し、明く賢を進め、敢えて不肖を斥退し、內に於て互相匡正し、外に於て互相美を揚ぐるを、友と謂う。智足りて國事を謀り、行足りて民の表率を爲し、仁足りて上下の歡を合し、國法有れば卽ち退きて守住し、君難有れば卽ち進みて彼のため死す、職の守る所は、君私阿嘱託を以てする能わざるは、是れ大臣なり。身を修め行爲を端正して、鄉曲に愧じず、道語談說して、朝廷に愧じず。智能事業に困まず、一介の使者を擔任し、能く兩君の歡を合し、戟を執りて前に居り、能く君の過失を擧出し、難ならずして死を以て持守するは、是れ左右なり。財を貪らず、色に淫せず、君に事えて敢えて二心有らず。君の旁に在りて、敢えて君の謀を泄漏せず。君過失有れば、たとい正諫する能わずとも、死を以て持守し、憔悴して憂色有り、勸勉聽從せざるは、是れ侍御なり。柔色傴僂にして、只諛を實行し、只話を聽き、睚眥の小事を以て君に事うるは、是れ厮役なり。
故與師為國者,帝:與友為國者,王:與大臣為國者,伯:與左右為國者,強:與侍御為國者,若存若亡:與廝役為國者,亡可立待也。
ゆえに師と國を治むるは、帝と稱す;友と國を治むるは、王と稱す;大臣と國を治むるは、霸と稱す;左右と國を治むるは、強なり;侍御と國を治むるは、存するがごとく亡するがごとし;厮役と國を治むるは、滅亡立刻に待つ可し。
取師之禮,黜位而朝之:取友之禮,以身先焉:取大臣之禮,以皮幣先焉:取左右之禮,使使者先焉:取侍御之禮,以令至焉:取廝役之禮,以令召矣。
師を取るの禮は、位を黜して朝見す;友を取るの禮は、自身先に在り;大臣を取るの禮は、皮幣を以て先に在り;左右を取るの禮は、使者を遣りて先に在り;侍御を取るの禮は、令を以て到達す;厮役を取るの禮は、令を以て召了す。
師至,則清朝而侍,小事不進。友至,則清殿而侍,聲樂技藝之人不併見。大臣奏事,則徘優侏儒逃隱,聲樂技藝之人不併奏。左右在側,聲樂不見。侍御者在側,子女不雜處。
師到れば、卽ち朝を清掃して侍し、小事進めず。友到れば、卽ち殿を清掃して侍し、聲樂技藝の人竝見せず。大臣事を奏すれば、俳優侏儒卽ち逃隱し、聲樂技藝の人竝奏せず。左右側に在れば、聲樂見ず。侍御側に在れば、子女雜處せず。
故君樂雅樂,則友大臣可以侍:君樂燕樂,則左右侍御者可以侍:君開北房,從燻服之樂,則廝役從。清晨聽治,罷朝而論議,從容澤燕。夕時開北房,從燻服之樂,是以聽治論議,從容澤燕,矜莊皆殊序,然後帝王之業可得而行也。
ゆえに君雅樂を樂しめば、友大臣侍する可し;君燕樂を樂しめば、左右侍御侍する可し;君北房を開けば、熏服の樂に跟從し、厮役跟從す。清晨治を聽き、朝を罷めて論議し、從容潤澤燕處す。晚北房を開き、熏服の樂に跟從し、此に因りて治を聽き論議し、從容潤澤燕處し、矜莊皆不同次序有りて、然る後帝王の事業得て實行する可し。
勸學
勸學
謂門人學者:舜何人也?我何人也?夫啟耳目,載心意,從立移徙,與我同性,而舜獨有賢聖之名,明君子之實,而我曾無鄰里之聞,寬徇之智者,獨何與?然則舜僶俛而加志,我儃僈而弗省耳。
門人學者に對して曰く、舜是れ何人ぞ?我是れ何人ぞ?耳目を開啓し、心意を承載し、立移徙より、我と同性なりて、而して舜獨り賢聖の名有り、君子の實際を彰明し、而して我竟に鄰里の聲聞なく、寬徇の智なく、獨り何の故ぞ?然らば舜努力加志して、我懶散して省察せざるのみ。
夫以西施之美,而蒙不潔,則過之者莫不睨而掩鼻。嘗試傅白黛黑,榆鋏陂,雜芷若,虻蝨視,益口笑,佳態佻志,從容為說焉,則雖王公大人,孰能無悇憛養心,而巔一視之。今以二三子材,而蒙愚惑之智,予恐過之有掩鼻之容也。
西施の美を以て、而して不潔を蒙れば、經過する人斜視して鼻を掩わざるなし。試みに白を傅け黑を畫き、楡鋏陂り、芷若を雜え、虻虱視し、口を益し笑い、佳態佻志して、從容説を爲れば、卽ちたとい王公大人も、誰か企羨心を養わざらん、而して巔きて一眼を看ん。今二三子の材を以て、而して愚惑の智を蒙る、我經過の人掩鼻の容有らんを怕る。
昔者南榮跦醜聖道之忘乎己,故步陟山川,坌冒楚棘,彌道千餘,百舍重繭,而不敢久息。既遇老聃,噩若慈父,鴈行避景,夔立蛇進,而後敢問。見教一高言,若飢十日而得大牢焉。是達若天地,行生後世。今夫子之達,佚乎老聃,而諸子之材,不避榮跦,而無千里之遠,重繭之患,親與巨賢連席而坐,對膝相視,從容談語,無問不應,是天降大命以達吾德也。吾聞之曰:"時難得而易失也。"學者勉之乎!天祿不重。
從前南榮跦聖道を以て己の忘れらるるを醜と爲し、ゆえに徒步山川に登り、坌冒楚棘し、道路綿延一千餘り、百舍層々の繭を磨出して、而して敢えて久しく息せず。已に老聃に遇い、驚愕慈父のごとく、雁行影を避け、夔立蛇進して、然る後敢えて問う。教一句の高言を見ること、餓えて十日して太牢を得るがごとし。此通達天地のごとく、德行後世に生ず。今夫子の通達は、老聃を超過し、而して諸子の材は、南榮跦を避けず、而して千里の遠なく、重繭の患なく、親ら巨賢と連席して坐し、膝に對して相視し、從容談語して、問うて應答せざるなし、是れ天大命を降下して我が德を通達せしむ。我聞く、「時得難くして失い易し」と。學者努力せよ!天祿再び來らず。
道術
道術
曰:"數聞道之名矣,而未知其實也。請問道者何謂也?"對曰:"道者,所從接物也。其本者謂之虛,其末者謂之術。虛者,言其精微也,平素而無設施也。術也者,所從制物也,動靜之數也。凡此皆道也。"
曰く、「屢々道の名を聞けども、而して實際を知らず。請問道是れ何の意ぞ」と。答えて曰く、「道は、是れを以て物に接するなり。其の本是れ虛と謂い、其の末是れ術と謂う。虛は、是れ其の精微を説き、平素にして設施なし。術は、是れを以て物を制御するなり、是れ動靜の數なり。凡是れら皆是れ道なり」。
曰:"請問虛之接物,何如?"對曰:"鏡儀而居,無執不臧,美惡畢至,各得其當。衡虛無私,平靜而處,輕重畢懸,各得其所。明主者,南面而正,清虛而靜,令名自宣,命物自定,如鑑之應,如衡之稱,有舋和之,有端隨之,物鞠其極,而以當施之。此虛之接物也。"
曰く、「請問虛物に接するは、是れ如何」と。答えて曰く、「鏡儀容のごとくして居り、執着して收藏せざるなく、美惡皆到り、各々適當を得る。衡器虛私なく、平靜して處り、輕重皆懸挂し、各々其の所を得る。明主は、南に面して正しく、清虛にして靜かに、名をして自ら宣揚せしめ、物をして自ら安定せしむ、鑑の應答するがごとく、衡の稱量するがごとく、釁有れば卽ち和し、端有れば卽ち跟從し、物其の極を窮めて、而して適當を以て施加す。是れ虛物に接するなり」。
曰:"請問術之接物何如?"對曰:"人主仁而境內和矣,故其士民莫弗親也:人主義而境內理矣,故其士民莫弗順也:人主有禮而境內肅矣,故其士民莫弗敬也:人主有信而境內貞矣,故其士民莫弗信也:人主公而境內服矣,故其士民莫弗戴也:人主法而境內軌矣,故其士民莫弗輔也。舉賢則民化善,使能則官職治,英俊在位則主尊,羽翼勝任則民顯,操德而固則威立,教順而必則令行。周聽則不蔽,稽驗則不惶,明好惡則民心化,密事端則人主神。術者,接物之隊。凡權重者必謹於事,令行者必謹於言,則過敗鮮矣。此術之接物之道也。其為原無屈,其應變無極,故聖人尊之。夫道之詳,不可勝述也。"
曰く、「請問術物に接するは如何」と。答えて曰く、「人主仁なれば境內和し、ゆえに士民親しまざるなし;人主義なれば境內理まり、ゆえに士民順わざるなし;人主禮有れば境內肅し、ゆえに士民敬せざるなし;人主信有れば境內貞し、ゆえに士民信ぜざるなし;人主公なれば境內服し、ゆえに士民愛戴せざるなし;人主法なれば境內軌有り、ゆえに士民輔佐せざるなし。賢を擧げれば民卽ち善に化し、能を使えば官職卽ち治理し、英俊位に在れば主卽ち尊く、羽翼勝任すれば民卽ち顯れ、德を操して牢固なれば威卽ち立ち、順を教えて必ず行えば令卽ち行わる。周聽すれば卽ち蔽われず、稽驗すれば卽ち惶惑せず、好惡を彰明すれば民心卽ち化し、事端を密にすれば人主卽ち神なり。術は、是れ物に接する途徑なり。凡是れ權重のは必ず事に謹慎し、令行のは必ず言に謹慎すれば、過錯敗壞卽ち少なし。是れ術物に接するの道なり。其の本原として窮盡なく、變應終極なし、ゆえに聖人之を尊敬す。道の詳細は、勝ちて述ぶ可からず」。
曰:"請問品善之體何如?"對曰:"親愛利子謂之慈,反慈為嚚:子愛利親謂之孝,反孝為孽。愛利出中謂之忠,反忠為倍。心省恤人謂之惠:反惠為困。兄敬愛弟謂之友,反友為虐。弟敬愛兄謂之悌,反悌為敖。接遇慎容謂之恭,反恭為媟。接遇肅正謂之敬,反敬為嫚。言行抱一謂之貞,反貞為偽。期果言當謂之信,反信為慢。衷理不闢謂之端,反端為(足方)。據當不傾謂之平,反平為險。行善決衷謂之清,反清為濁。辭利刻謙謂之廉,反廉為貪。兼覆無私謂之公,反公為私。方直不曲謂之正,反正為邪。以人自觀謂之度,反度為妄。以己量人謂之恕,反恕為荒。惻隱憐人謂之慈,反慈為忍。厚志隱行謂之潔,反潔為汰。施行得理謂之德,反德為怨。放理潔靜謂之行,反行為汙。功遂自卻謂之退,反退為伐。厚人自薄謂之讓,反讓為冒。心兼愛人謂之仁,反仁為戾。行充其宜謂之義,反義為懵。剛柔得適謂之和,反和為乖。合得密周謂之調,反調為盭。優賢不逮謂之寬,反寬為阨。包眾容易謂之裕,反裕為褊。欣燻可安謂之熅,反熅為鷙。安柔不苛謂之良,反良為齧。緣法循理謂之軌,反軌為易。襲常緣道謂之道,反道為闢。廣較自斂謂之儉,反儉為侈。費弗過適謂之節,反節為靡。僶勉就善謂之慎,反慎為怠。思惡勿道謂之戒,反戒為傲。深知禍福謂之知,反知為愚。亟見窕察謂之慧,反慧為童。動有文體謂之禮,反禮為濫。容服有義謂之儀,反儀為詭。行歸而過謂之順,反順為逆。動靜攝次謂之比,反比為錯。容志審道謂之?,反?為野。辭令就得謂之雅,反雅為陋。論物明辯謂之辯,反辯為訥。纖微皆審謂之察,反察為旄。誠動可畏謂之威,反威為圂。臨制不犯謂之嚴,反嚴為軟。仁義修立謂之任,反任為欺。伏義誠必謂之節,反節為罷。持節不恐謂之勇,反勇為怯。
曰く、「請問品善の體は如何」と。答えて曰く、「親愛利するを慈と謂い、慈に反るは嚚;子愛利親するを孝と謂い、孝に反るは孽。愛利中より出づるを忠と謂い、忠に反るは背。心裏人を省恤するを惠と謂い、惠に反るは困。兄弟を敬愛するを友と謂い、友に反るは虐。弟兄を敬愛するを悌と謂い、悌に反るは傲。接遇容儀を謹慎するを恭と謂い、恭に反るは媟。接遇肅正なるを敬と謂い、敬に反るは嫚。言行一を抱くを貞と謂い、貞に反るは僞。期約果決言語得當なるを信と謂い、信に反るは慢。衷理邪僻ならざるを端と謂い、端に反るは偏(底本「足方」)。依據得當にして傾かざるを平と謂い、平に反るは險。善を行い衷を決するを清と謂い、清に反るは濁。辭利刻苦謙退なるを廉と謂い、廉に反るは貪。兼覆私なきを公と謂い、公に反るは私。方直曲らざるを正と謂い、正に反るは邪。人を以て己を看るを度と謂い、度に反るは妄。己を以て人を度量するを恕と謂い、恕に反るは荒。惻隱人を憐むを慈と謂い、慈に反るは忍。厚志行を隱すを潔と謂い、潔に反るは汰。施行理を得るを德と謂い、德に反るは怨。理を放き潔靜なるを行と謂い、行に反るは污。功成りて自ら退却するを退と謂い、退に反るは伐。人を厚くし己を薄くするを讓と謂い、讓に反るは冒。心兼ねて人を愛するを仁と謂い、仁に反るは戾。行爲充實適宜なるを義と謂い、義に反るは懵。剛柔適を得るを和と謂い、和に反るは乖。合密周を得るを調と謂い、調に反るは戾。賢を優待して己及ばざるを寬と謂い、寬に反るは阨。衆を包容し易きを裕と謂い、裕に反るは褊。欣熏安んず可きを煴と謂い、煴に反るは鷲。安柔苛ならざるを良と謂い、良に反るは嚙。法に緣り理に循うを軌と謂い、軌に反るは易。經常を沿襲し道に緣るを道と謂い、道に反るは僻。廣較して己を收斂するを儉と謂い、儉に反るは侈。費適を過過ぎざるを節と謂い、節に反るは靡。黽勉善に趨向するを慎と謂い、慎に反るは怠。惡を想いて實行せざるを戒と謂い、戒に反るは傲。深く禍福を知るを知と謂い、知に反るは愚。急見窕察するを慧と謂い、慧に反るは童。擧動文體有るを禮と謂い、禮に反るは濫。容服義有るを儀と謂い、儀に反るは詭。行爲歸りて過るを順と謂い、順に反るは逆。動靜次を攝するを比と謂い、比に反るは錯。容志道を審するを雅と謂い(底本缺字)、反るは野。辭令就得するを雅と謂い、雅に反るは陋。物を論じ辨を明くするを辯と謂い、辯に反るは訥。纖微皆審なるを察と謂い、察に反るは旄。誠動畏る可きを威と謂い、威に反るは圂。臨制犯さざるを嚴と謂い、嚴に反るは軟。仁義修立するを任と謂い、任に反るは欺。義を伏して誠必なるを節と謂い、節に反るは罷。節を持ち恐れざるを勇と謂い、勇に反るは怯」。
信理遂惔謂之敢,反敢為揜。志操精果謂之誠,反誠為殆。克行遂節謂之必,反必為怛。凡此品也,善之體也,所謂道也。
信理惔を遂げるを敢と謂い、敢に反るは揜。志操精果なるを誠と謂い、誠に反るは殆。行を克して節を遂げるを必と謂い、必に反るは怛。凡是れらの品は、是れ善の體、所謂道なり。
故守道者謂之士,樂道者謂之君子,知道者謂之明,行道者謂之賢。且明且賢,此謂聖人。
ゆえに道を守るを士と謂い、道を樂しむを君子と謂い、道を知るを明と謂い、道を行うを賢と謂う。既に明かに且つ賢なれば、是れを聖人と謂う。
六術
六術
德有六理,何謂六理?道。德。性。神。明。命,此六者,德之理也。六理無不生也,已生而六理存乎所生之內,是以陰陽天地人,盡以六理為內度,內度成業,故謂之六法。六法藏內,變流而外遂,外遂六術,故謂之六行。是以陰陽各有六月之節,而天地有六合之事,人有仁義禮智信之行。行和則樂興,樂興則六,此之謂六行。陰陽天地之動也,不失六行,故能合六法。人謹修六行,則亦可以合六法矣。
德に六理有り、何を六理と謂うや?道・德・性・神・明・命、此の六者は、是れ德の理なり。六理生ぜざるなし、已に生じて六理生ずる所の內に存在し、此に因りて陰陽天地人、皆六理を以て內度と爲し、內度業を成就す、ゆえに之を六法と謂う。六法う。六法內に藏れ、變流して外に遂成す、外遂成して六術と爲る、ゆえに之を六行と謂う。此に因りて陰陽各々六月の節有り、天地六合の事有り、人仁義禮智信の行有り。行和すれば卽ち樂興起し、樂興起すれば卽ち六なり、是れを六行と謂う。陰陽天地の動、六行を失わず、ゆえに能く六法に合す。人謹慎して六行を修めば、亦可く六法に合す。
然而人雖有六行,微細難識,唯先王能審之。凡人弗能自至,是故必待先王之教,乃知所從事。是以先王為天下設教,因人所有以之為訓,道人之情,以之為真,是故內本六法,外體六行,以與詩。書。易。春秋。禮。樂六者之術,以為大義,謂之六藝。令人緣之以自修,修成則得六行矣。六行不正,反合六法。藝之所以六者,法六法而體六行故也,故曰六則備矣。
然るに人六行有ると雖も、微細にして認識し難し、只先王能く審察す。凡人自ら到達する能わず、此に因りて必ず先王の教を待ちて、始めて從事する所を知る。此に因りて先王天下のため教を設け、人の本有に因りて以て訓と爲し、人の情を引導し、以て眞と爲す、此に因りて內は六法を以て本と爲し、外は六行を以て體と爲し、以て『詩』『書』『易』『春秋』『禮』『樂』六者の術と、大義を爲りて、之を六藝と謂う。人をして緣りて來りて自ら修めしめ、修成れば卽ち六行を得。六行端正ならざれば、反つて六法に合す。藝六たる所以は、是れ六法を效法して六行に體現するの緣故なり、ゆえに曰く六なれば卽ち齊備すと。
六者非獨為六藝本也,他事亦皆以六為度。聲音之道,以六為首,以陰陽之節為度,是故一歲十二月分而為陰陽,各六月,是以聲音之器十二鍾,鍾當一月,其六鍾陰聲,六鍾陽聲,聲之術律是而出,故謂之六律。六律和五聲之調,以發陰陽天地人之清聲,而內合六行六法之道。是故五聲宮。商。角。徵。羽,唱和相應而調和,調和而成理謂之音。聲五也,必六而備,故曰聲與音六。夫律之者,象測之也,所測者六,故曰六律。
六者は只六藝の本のみにあらず、他事亦皆六を以て度と爲す。聲音の道は、六を以て首と爲し、陰陽の節を以て度と爲す、此に因りて一歲十二月分れて陰陽と爲り、各々六個月、此に因りて聲音の器十二鐘、鐘一個月に當たり、其の中六鐘は陰聲、六鐘は陽聲、聲の術律より出づ、ゆえに之を六律と謂う。六律和して五聲の調、以て陰陽天地人の清聲を發出し、而して內六行六法の道に合す。此に因りて五聲宮・商・角・徵・羽、唱和相應して調和し、調和して理を成すを音と謂う。聲是れ五、必ず六に至りて始めて齊備す、ゆえに曰く聲と音は是れ六なりと。律は、是れ象を取りて測量す、測る所是れ六、ゆえに之を六律と謂う。
人之戚屬,以六為法。人有六親。六親始曰父,父有二子,二子為昆弟,昆弟又有子,子從父而昆弟,故為從父昆弟,從父昆弟又有子,子從祖而昆弟,故為從祖昆弟,從祖昆弟又有子,子從曾祖而昆弟,故為從曾祖昆弟,曾祖昆弟又有子,子為族兄弟。備於六,此之謂六親。親之始於一人,世世別離,分為六親。親戚非六,則失本末之度,是故六為制而止矣。六親有次,不可相踰,相踰則宗族擾亂,不能相親。是故先王設為昭穆三廟,以禁其亂。何為三廟?上室為昭,中室為穆,下室為孫嗣令子。各以其次,上下更居,三廟以別,親疏有制。喪服稱親疏以為重輕,親者重,疏者輕,故復有麤衰。齊衰。大紅。細紅。緦麻備六,各服其所當服。夫服則有殊,此先王之所以禁亂也。
人の戚屬は、六を以て法と爲す。人に六親有り。六親始まりて之を父と謂い、父二子有り、二子是れ昆弟、昆弟また子有り、子父に從いて是れ昆弟、ゆえに是れ從父昆弟、從父昆弟また子有り、子祖に從い是れ昆弟、ゆえに是れ從祖昆弟、從祖昆弟また子有り、子曾祖に從い是れ昆弟、ゆえに是れ從曾祖昆弟、曾祖昆弟また子有り、子是れ族兄弟。六に齊備して、是れを六親と謂う。親一人より始まり、世世別離し、分れて六親と爲る。親戚六にあらざれば、卽ち本末の法度を失う、此に因りて六以て制度と爲して止まる。六親次序有り、互相越過する可からず、互相越過すれば宗族卽ち擾亂し、能く相親しまず。此に因りて先王昭穆三廟を設立し、以て其の亂を禁止す。何を三廟と謂うや?上室是れ昭、中室是れ穆、下室是れ孫嗣令子。各々次序に按じ、上下更居し、三廟分別し、親疎制度有り。喪服親疎に按じて以て重輕と爲し、親は重く、疎は輕し、ゆえにまた麤衰・齊衰・大紅・細紅・緦麻齊備六、各々當に穿つべき所を穿つ。服卽ち不同有り、是れ先王亂を禁ずる所以なり。
數度之道,以六為法,數加於少,而度出於居。數度之始,始於微細。有形之物,莫細於毫。是故立一毫以為度始,十毫為發,十發為犛,十犛為分,十分為寸,十寸為尺,備於六。故先王以為天下事用也。
數度の道は、六を以て法と爲し、數は少の上に加わり、度は居より出づ。數度の開始は、微細より始まる。形有る物、毫より細かきはなし。此に因りて一毫を立てて以て度の始めと爲し、十毫是れ髮、十髮是れ牦、十牦是れ分、十分是れ寸、十寸是れ尺、六に齊備す。ゆえに先王之を以て天下の事に用う。
事之以六為法者,不可勝數也。此所言六,以效事之盡以六為度者,謂六理,可謂陰陽之六節,可謂天地之六法,可謂人之六行。
事六を以て法と爲すは、勝ちて數ふ可からず。ここに説く所の六は、以て事を效驗するに皆六を以て度と爲す、之を六理と謂い、之を陰陽の六節と謂う可く、之を天地の六法と謂う可く、之を人の六行と謂う可し。
道德說
道德説
德有六理,何謂六理?曰道。德。性。神。明。命。此六者,德之理也。諸生者皆生於德之所生,而能象人德者,獨玉也。寫德體,六理盡見於玉也,各有狀,是故以玉效德之六理。澤者鑑也,謂之道:腒如竊膏,謂之德:湛而潤,厚而膠,謂之性:康若濼流,謂之神:光輝謂之明:礐乎堅哉,謂之命。此之謂六理。鑑生空竅而通之以道,德生理通之以六德之華離狀。六德者,德之有六理,理離狀也。性生氣而通之以曉,神生變而通之以化,明生識而通之以知,命生形而通之以定。
德に六理有り、何を六理と謂うや?道・德・性・神・明・命と説く。此の六者は、是れ德の理なり。諸生皆德の生ずる所より生じて、而して能く人の德に似るは、獨り是れ玉なり。德體を描摹するに、六理皆玉に表現し、各々狀有り、此に因りて玉を以て德の六理を效驗す。澤是れ鑑、之を道と謂い;腒して膏を竊むがごときを、德と謂い;湛にして潤、厚くして膠なるを、性と謂い;康として濼流のごときを、神と謂い;光輝を、明と謂い;磝然として堅き哉を、命と謂う。是れを六理と謂う。鑑空竅を生じて道を以て貫通し、德理を生じて六德の華離狀を以て貫通す。六德は、是れ德に六理有りて、理狀を離る。性氣を生じて曉を以て貫通し、神變を生じて化を以て貫通し、明識を生じて知を以て貫通し、命形を生じて定を以て貫通す。
德有六美,何謂六美?有道,有仁,有義,有忠,有信,有密,此六者德之美也。道者德之本也,仁者德之出也,義者德之理也,忠者德之厚也,信者德之固也,密者德之高也。
德に六美有り、何を六美と謂うや?道有り、仁有り、義有り、忠有り、信有り、密有り、此の六者は是れ德の美なり。道是れ德の本、仁是れ德の出、義是れ德の理、忠是れ德の厚、信是れ德の固、密是れ德の高なり。
六理。六美,德之所以生陰陽天地人與萬物也,固為所生者法也。故曰:道此之謂道,德此之謂德,行此之謂行,所謂行此者德也。是故著此竹帛謂之書,書者此之著者也,詩者此之志者也,易者此之占者也,春秋者此之紀者也,禮者此之體者也,樂者此之樂者也,祭祀鬼神為此福者也,博學辯議為此辭者也。
六理・六美は、是れ德陰陽天地人と萬物とを生ずる所以なり、固より生ずる所の作法則と爲る。ゆえに曰く、道此を道と謂い、德此を德と謂い、行此を行と謂う、所謂行此のは是れ德なりと。此に因りて竹帛に寫して之を書と謂い、書是れ此の顯著、詩是れ此の志向、易是れ此の占、春秋是れ此の紀、禮是れ此の體、樂是れ此の樂、鬼神を祭祀するは此のため福を求む、博學辯議は此のため辭を立つ。
道者無形,平和而神。道物有載物者,畢以順理和適行。故物有清而澤。澤者鑑也,鑑以道之神,模貫物形,通達空竅,奉一齣入為先,故謂之鑑。鑑者所以能見也,見者目也,道德施物精微而為目。是故物之始形也,分先而為目,目成也,形乃從。是以人及有因之在氣,莫精於目,目清而潤澤若濡,無毳穢雜焉,故能見也。由此觀之,目足以明道德之潤澤矣,故曰澤者鑑也。生空竅通之以道。
道形なく、平和にして神なり。道物物を承載する有りて、全部順理和適に按じて行う。ゆえに物清にして澤有り。澤是れ鑑、鑑道の神を用い、物形を模貫し、空竅を通達し、一を奉じて出入を先と爲す、ゆえに之を鑑と謂う。鑑是れ能く見る所以、見是れ目、道德物に精微を施加して目と爲る。此に因りて物始めて形を成す、先ず分れて目と爲り、目成りて、形始めて跟從す。此に因りて人及び之に因る氣に在るは、目より精なるはなし、目清にして潤澤濡のごとく、毳穢夾雜なし、ゆえに能く見る。此より觀れば、目足りて道德の潤澤を彰明す、ゆえに曰く澤是れ鑑と。空竅を生じて道を以て貫通す。
德者,離無而之有,故潤則腒然濁而始形矣,故六理髮焉。六理所以為變而生也,所生有理,然則物得潤以生,故謂潤德。德者,變及物理之所出也,未變者道之頌也。道冰而為德,神載於德。德者,道之澤也。道雖神必載於德,而頌乃有所因,以發動變化而為變。變及諸生之理,皆道之化也。各有條理,以載於德,德受道之化而發之,各不同狀。德潤,故曰如膏謂之德。德生理,通之以六德之華離狀。
德は、無を離れて有に至る、ゆえに潤卽ち腒然として濁りて始めて形を成す、ゆえに六理發生す。六理是れ變のため生ずる所以、生ずる所理有れば、卽ち物潤を得て生長す、ゆえに之を潤德と謂う。德は、是れ變及び物理の出づる所從、未變は是れ道の容貌なり。道凝結して德と爲り、神德に承載す。德は、是れ道の澤なり。道神と雖も必ず德に承載し、而して容貌始めて因る所有り、以て變化を發動して變と爲る。變及び諸生の理は、皆是れ道の化なり。各々條理有り、德に承載し、德道の化を受けて發出し、各々相同じからず狀す。德潤し、ゆえに曰く膏のごとく之を德と謂うと。德理を生じて、六德の華離狀を以て貫通す。
性者,道德造物,物有形而道德之神專而為一氣,明其潤益厚矣。濁而膠相連在物之中,為物莫生,氣皆集焉,故謂之性。性,神氣之所會也,性立則神氣曉曉然發而通行於外矣。與外物之感相應,故曰潤厚而膠謂之性。性生氣,通之以曉。
性は、是れ道德の物を造り、物形有りて道德の神専にして一氣と爲り、其の潤を彰明する更に厚し。濁にして膠物の中に相連りて、物のため生生ぜざるなく、氣皆其處に集まる、ゆえに之を性と謂う。性は、是れ神氣の會する所。性立てば卽ち神氣曉曉然として發出して外に通行す。外物の感に相應ず、ゆえに曰く潤厚にして膠なるを性と謂うと。性氣を生じて、曉を以て貫通す。
