近思录 · 第10巻
聖人為戒必於方盛之時方其盛而不知戒故狃安富則驕侈生樂舒肆則紀綱壊忘禍亂則釁孽萌是以浸淫不知亂之至也【臨卦彖傳驕侈每生於安富之餘綱紀每廢於舒肆之日釁端禍孽每兆於無虞之中故方盛之時實將衰之漸聖人為戒於早則可保其長盛】
「聖人が戒を為すは必ず方に盛んの時に於いてす。其の盛んなるに方りて而も戒を知らざれば、だから安富に狃れれば則ち驕侈生じ、舒肆を楽しめば則ち紀綱壊れ、禍乱を忘れれば則ち釁孽萌ゆ。此に因りて浸淫して乱の至るを知らず。」【『臨』卦彖伝。驕侈は毎に安富の余に生じ、綱紀は毎に舒肆の日に廃れ、釁端禍孽は毎に虞無きの中に兆す。だから方に盛んの時は実は是れ将に衰えんとするの漸。聖人が戒を為すこと早ければ、則ち其の長く盛んなるを保す可し。】
復之六三以隂躁處動之極復之頻數而不能固者也【震下坤上為復三既隂躁又處震動之終其於復善也躁動而不能固守者也】復貴安固頻複頻失不安於復也復善而屢失危之道也【有失而後有復屢復而屢失不當其徳危之道也】聖人開其遷善之道與其復而危其屢失故云厲無咎不可以頻失而戒其復也頻失則為危屢復何咎過在失而不在復也【屢失故危厲屢復故無咎無咎者補過之稱也】劉質夫曰頻復不已遂至迷復【劉絢字質夫程子門人也頻複頻失而不止久則玩溺而不能復必至上九之迷復矣】
「『復』の六三は陰躁を以て動の極に処る。是れ復の頻数にして而も固ならざるなり。」【震下坤上は復と為る。三は既に陰躁、又た震動の終に処る。其の善に復るに於いて、躁動して而も能く固守せず。】「復は安固を貴ぶ。頻りに復り頻りに失うは、是れ復に安んぜざるなり。善に復りて而も屡々失うは、是れ危きの道。」【失う有りて而る後に復る有り。屡々復りて而も屡々失うは、其の徳に当たらず。是れ危きの道。】「聖人は其の善に遷るの道を開き、其の復るに与りて其の屡々失うを危ぶ。だから厲にして咎無しと説く——以て頻りに失いて而も其の復るを戒む可からず。頻りに失えば則ち危と為り、屡々復れば何の咎か有らん。過は失に在りて而も復に在らず。」【屡々失うは危厲する所以、屡々復るは咎無き所以。咎無しは是れ過を補うの称。】劉質夫曰く——「頻りに復りて已まざれば、遂に迷復に至る。」【劉絢は字は質夫、程子の門人。頻りに復り頻りに失いて而も止まざれば、久しければ則ち玩溺して而も能く復らず。必ず上九の迷復に至る。】
伊川先生曰睽極則咈戾而難合剛極則躁暴而不詳明極則過察而多疑聧之上九有六三之正應實不孤而其才性如此自睽孤也【兊下離上為睽上居睽之終是睽之極也以九居上是剛之極也居離之終是明之極也有是一者何往而不睽孤哉雖有正應亦不合矣】如人雖有親黨而多自疑猜妄生乖離雖處骨肉親黨之間而常孤獨也【多自疑猜過明之患也妄生乖離遇剛好睽之致也】
伊川先生は言う。「睽は極まれば則ち咈戾して合し難く、剛は極まれば則ち躁暴して而も詳ならず、明は極まれば則ち察に過ぎて而も疑多し。『睽』の上九は六三の正應有り、実は孤ならず。而も其の才性是のごとし。自ら睽孤す。」【兌下離上は睽と為る。上は睽の終に居り、是れ睽の極。九を以て上に居り、是れ剛の極。離の終に居り、是れ明の極。是の三者有れば、何れに往きて而も睽孤ならざらん。正應有ると雖もも亦た合せず。】「人のごときは親党有ると雖も而も多く自ら疑猜し、妄りに乖離を生じ、骨肉親党の間に処ると雖も而も常に孤獨なり。」【多く自ら疑猜するは是れ明に過ぐるの患、妄りに乖離を生ずるは是れ剛に遇い睽を好むの致。】
解之六三曰負且乘致寇至貞吝伊川易傳曰小人而竊盛位雖勉為正事而氣質卑下本非在上之物終可吝也【負者小人之事也乘者君子之器也故為小人竊盛位之象勉為正事者貞也然而隂柔卑下之質冒居內卦之上非其所安是以吝也】若能大正則如何曰大正非隂柔所能也若能之則是化為君子矣
『解』の六三曰く——「負う且つ乘る。寇を致す至らしむ。貞にして吝。」伊川『易伝』曰く——「小人にして盛位を竊むは、勉めて正事を為すと雖も、而も気質は卑下、本より上に在るの物に非ず。終に吝る可し。【負は是れ小人の事、乘は是れ君子の器。だから小人が盛位を竊むの象と為る。勉めて正事を為すは是れ貞。然る而も陰柔卑下の質は内卦の上に冒居し、其の安んずる所に非ず。だから吝。】若し能く大いに正しければ則ち如何。曰く——大いに正すは陰柔の能くする所に非ず。若し能く之なれば、則ち是れ化して君子と為り了れり。」
益之上九曰莫益之或擊之伊川易傳曰理者天下之至公利者眾人所同欲苟公其心不失其正理則與眾同利無侵於人人亦欲與之若切於好利蔽於自私求自益以損於人則人亦與之力爭故莫肯益之而有擊奪之者矣【在上者推至公之理而與眾同其利則眾亦與之同其利苟懐自私之心而惟利己則人亦各欲利其己而奪其所利矣益之上九人莫益之而或擊之者以其求益之過也】
『益』の上九曰く——「之を益す莫く、或いは之を撃つ。」伊川『易伝』曰く——「理は是れ天下の至公、利は是れ衆人の同じく欲する所。苟くも其の心を公にして其の正理を失わざれば、則ち衆と利を同じくし、人に侵す無し。人も亦た之に与らんと欲す。若し利を好むに切く・自私に蔽えば、自ら益せんことを求めて以て人に損せば、則ち人も亦た之と力を争う。だから肯んぞ之を益して而も撃奪する者有る莫し。」【上に在る者は至公の理を推して而も衆と其の利を同じくすれば、則ち衆も亦た之と其の利を同じくす。苟くも自私の心を懐きて而も惟だ己を利すれば、則ち人は各々其の己を利して而も其の利する所を奪わんと欲す。『益』の上九は人之を益す莫くして而も或いは之を撃つは、其の益を求むるの過を以てす。】
艮之九三曰艮其限列其夤厲薰心伊川易傳曰夫止道貴乎得宜行止不能以時而定於一其堅強如此則處世乖戾與物睽絶其危甚矣【限界分也列絶也夤膂肉也亦一身上下之限也三居內卦之上實內外之分故取象皆為限止之義所貴於止者謂各得所宜止而無過與不及也不度時中而一於限止焉堅執強忍如此則違世絶物危厲甚矣】人之固止一隅而舉世莫與宜者則艱蹇忿畏焚撓其中豈有安裕之理厲薰心謂不安之勢薰爍其中也
『艮』の九三曰く——「其の限を艮し、其の夤を列す。厲にして心を薰す。」伊川『易伝』曰く——「夫れ止の道は宜を得るを貴ぶ。行止は時を以て定めて一にする能わず。其の堅強此のごとくなれば、則ち世に処りて乖戾し、物と睽絶す。其の危は甚だし。【限は是れ界分、列は是れ絶、夤は是れ膂肉。も亦た一身の上下の限。三は内卦の上に居り、実は是れ内外の分。だから象を取るに皆限止の義と為る。止に貴ぶ所は、是れ各々其の宜を得、止まりて而も過と不及無きを説く。時中を度らずして而も限止に一にすれば、堅執強忍此のごとく、則ち世に違い物を絶つ。危厲は甚だし。】人の固く一隅に止まりて而も举世も与に宜しき無きは、則ち艱蹇忿畏は其の中を焚撓す。豈に安裕の理有らん。厲にして心を薰すとは、是れ安からざるの勢は其の中を薰爍すを説く。」
大率以說而動安有不失正者【歸妹彖傳兊下震上為歸妹兊說也震動也心有所好樂則不得其正況從欲而忘返者耶】
「大率そ説を以て動くは、安く有りて其の正を失わざる有らん。」【『帰妹』彖伝。兌下震上は帰妹と為る。兌は是れ説、震は是れ動。心は好楽する所有れば則ち其の正を得ず。況んや欲に従いて而も返るを忘るるをや。】
男女有尊卑之序夫婦有倡隨之理此常理也若徇情肆欲惟說是動男牽欲而失其剛婦狃說而忘其順則兇而無所利矣【同上震長男兊少女以說而動則徇情肆欲必且失其常理而致兇矣】雖舜之聖且畏巧言令色說之惑人易入而可懼也如此【兊卦六五傳巧言者工佞之言令色者善柔之色皆務以恱人也人心喜順惡逆故巧言令色易以惑人凡說之道皆然不可不戒也】
「男女は尊卑の序有り、夫婦は倡随の理有り。此れ是れ常理。若し情に徇い欲を肆にし、惟だ説を以て動かば、男は欲に牽かれて其の剛を失い、婦は説に狃れて其の順を忘る。則ち凶にして而も利する所無し。」【同じく上。震は是れ長男、兌は是れ少女。説を以て動けば則ち情に徇い欲を肆にす。必ず且つ其の常理を失いて而も凶を致さん。】「舜の聖と雖も且つ巧言令色を畏る——説の人を惑わすは入り易くして而も懼る可き、此のごとし。」【『兌』卦六五伝。巧言は是れ工佞の言、令色は是れ善柔の色。皆務めて以て人を悦ばす。人心は順を喜び逆を悪む。だから巧言令色は以て人を惑わし易し。凡そ説の道は皆然り。戒めざる可からず。】
治水天下之大任也非其至公之心能捨己從人盡天下之議則不能成其功豈方命圯族者所能乎【方不順也命天理也圯族敗類也夫任天下之大事者非一人之私智所能集要必合天下之謀而後可也苟上不順乎天理下不依乎群情恃其才智任己而行烏能有濟】鯀雖九年而功弗成然其所治固非他人所及也惟其功有敘故其自任益強咈戾圯類益甚公議隔而人心離矣是其惡益顯而其功卒不可成也【經說下同公議隔而得失莫聞人心離而事業莫與共之者矣】
「水を治むるは是れ天下の大任。其の至公の心に非ざれば、能く己を舎て人に従い、天下の議を尽くさば、則ち其の功を成す能わず。豈に命を方り族を圮る者の能くする所。」【方は是れ順わず、命は是れ天理、圮族は是れ敗類。夫れ天下の大事を任ずるは、一人の私智の能く集むる所に非ず。要して必ず天下の謀を合して而る後に可なり。苟くも上は天理に順わず・下は群情に依らず、其の才智を恃みて己を任せて行わば、怎んぞ能く済あらん。】「鯀は九年と雖も而も功は成らず。然る而も其の治むる所は固より他人の及ぶ所に非ず。惟だ其の功に叙有り。だから其の自ら任ずるは益々強く、咈戾し類を圮るは益々甚だしく、公議は隔たりて人心は離れり。是れ其の悪は益々顕れて而も其の功は卒に成る可からず。」【以下同じく『経説』に出る。公議隔たれば則ち得失は聞こえず、人心離れれば則ち事業は之と共にする莫し。】
君子敬以直內微生高所枉雖小而害直則大【子曰孰謂微生高直或乞醯焉乞諸其隣而與之微生姓高名君子敬以直內不容有一毫之邪枉所謂直也微生高以無為有曲意徇人蓋邪枉之態不能掩者事雖微所以害於直者甚大故聖人因以立教】
「君子は敬して以て内を直くす。微生高の枉げる所は小なりと雖も、而も直を害すれば則ち大なり。」【孔子曰く——孰れか微生高を直と謂わん。或いは醯を乞う。其の鄰に乞い乞いて而も之に与う。微生は姓、高は名。君子は敬して以て内を直くす。一毫の邪枉を容れず。いわゆる直。微生高は無きを以て有と為し、意を曲げて人に徇う。蓋し邪枉の態は掩う能わざる者。事は微なりと雖も、だから直に害する者は甚だ大なり。だから聖人は因りて以て教を立つ。】
人有欲則無剛剛則不屈於欲【謝上蔡曰剛與欲正相反能勝物之謂剛故常伸於萬物之上為物掩之謂欲故常屈於萬物之下】
「人は欲有れば則ち剛無し。剛は則ち欲に屈せず。」【謝上蔡曰く——剛と欲とは正しく相反る。能く物に勝つを剛と叫ぶ。だから常に万物の上に伸ぶ。物の為に掩わるを欲と叫ぶ。だから常に万物の下に屈す。】
人之過也各於其類君子常失於厚小人常失於薄君子過於愛小人傷於忍【君子小人之分在於仁與不仁而已故仁者之過常在於厚與愛不仁者之過常在於薄與忍】
「人の過や各々其の類に於いてす——君子は常に厚に失い、小人は常に薄に失う。君子は愛に過ぎ、小人は忍に傷る。」【君子小人の分は仁と不仁とに在るのみ。だから仁者の過は常に厚と愛とに在り、不仁者の過は常に薄と忍とに在り。】
明道先生曰富貴驕人固不善學問驕人害亦不細【遺書下同○君子之學為己而已以學問驕人非特其學為務外而傲惰敗徳學亦不進矣】
明道先生は言う。「富貴は人に驕るは固然として善からず。学問は人に驕るは害も亦た細ならず。」【以下同じく『遺書』に出る。君子の学は己が為のみ。学問を以て人に驕るは、特に其の学の外を務むるのみならず、而も且つ傲惰は徳を敗り、学も亦た進まず。】
人以料事為明便駸駸入逆詐億不信去也【子曰不逆詐不億不信朱子曰逆未至而迎之也億未見而意之也愚謂事而無情曰詐言而無實曰不信詐者巧而不信者誕也揚子云謂匿行曰詐易言曰誕是也若事未顯而逆料臆度之則自流於巧而惑於疑未必得事之情實矣人以料事為明者必至於是周子曰謂能疑為明何啻千里】
「人は事を料るを以て明と為せば、便ち駸駸として逆詐億不信に入り去る。」【孔子曰く——詐を逆せず、不信を億ねず。朱熹は言う——逆は是れ未だ至らずして之を迎え、億は是れ未だ見ずして之を意る。葉采按——事にして情無きを詐と叫び、言にして実無きを不信と叫ぶ。詐は巧み、不信は誕。揚子雲は行を匿むを詐と曰い、言を易くするを誕と曰う。就きて是なり。若し事未だ顕れずして而も之を逆料臆度せば、則ち自ら巧みに流れて而も疑に惑う。未だ必ずしも事の情実を得ず。人は事を料るを以て明と為すは必ず是に至る。周子曰く——能く疑うを明と謂うは、何ぞ啻に千里ならん。】
人於外物奉身者事事要好只有自家一個身與心卻不要好苟得外面物好時卻不知道自家身與心卻巳先不好了也【所謂以小害大賤害貴者也】
「人は外物に於いて身に奉ずる者は事事好きを要す。只有り自家の一箇の身と心とは却って好きを要せず。苟くも外面の物が好きを得れば、而も自家の身と心とは已に先ず好からずと知らず。」【いわゆる小を以て大を害し、賤を以て貴を害す。】
人於天理昏者是隻為嗜慾亂著他莊子言其嗜慾深者其天機淺此言卻最是【嗜慾多則志亂氣昏而天理微矣二者常相為消長】伊川先生曰閱機事之久機心必生葢方其閱時心必喜既喜則如種下種子【荘子曰有機械者必有機事有機事者必有機心】疑病者未有事至時先有疑端在心周羅事者先有周事之端在心皆病也【周羅俚語猶兜攬也事未至而有好疑喜事之端則事至之時有不當疑而疑不當攬而攬者矣故治心者必去其端】
「人の天理に昏きは、只だ嗜欲の為に之を乱るが為のみ。荘子は其の嗜欲深き者は其の天机浅しと言う。此の言は却って最も是なり。」【嗜欲多ければ則ち志乱れ気昏くして天理微なり。二者は常に相い消長を為す。】伊川先生は言う。「機事を閲すること久しければ、機心は必ず生ず。蓋し其の閲する時に方りて心は必ず喜ぶ。既に喜べば則ち種子を種くがごとし。」【荘子曰く——機械有る者は必ず機事有り、機事有る者は必ず機心有り。】「病を疑う者は未だ事至らざる時に先ず疑端は心に在り、事を周羅する者は先ず事を周するの端は心に在り。皆是れ病。」【周羅は是れ俚語。猶ほ兜攬のごとし。事未だ至らずして而も疑い事を好むの端有れば、則ち事の至るの時は疑うべからざるに而も疑い、攬るべからざるに而も攬る有り。だから心を治むる者は必ず其の端を去る。】
較事大小其弊為枉尺直尋之病【事無大小惟理是視或者有苟成急就之意謂道雖少屈而所伸者大義雖微害而所利者博則有冒而為之者原其初心止於權大小遂至枉尺直尋其末流之弊乃有不可勝言矣】
「事の大小を較ぶるは、其の弊は尺を枉げ尋を直くするの病と為る。」【事は大小無し。惟だ理を是れ視る。或いは苟くも成し急ぎ就くの意有りて、道は少しく屈すと雖も而も伸べる所は大、義は微かに害すと雖も而も利する所は博と謂えば、則ち冒して之を為す有り。其の初心を原むれば只だ大小を権るに止まる。遂に尺を枉げ尋を直くするに至る。其の末流の弊は乃ち言うに勝えざる有り。】
小人小丈夫不合小了他本不是惡【性無不善而局於氣質汩於利慾者自小之耳】
「小人・小丈夫は、合して他を小さくせず。本より悪に非ず。」【性は善ならざる無し。而も気質に局り・利欲に汩るは、自ら之を小さくするのみ。】
雖公天下事若用私意為之便是私【事出於公而以私意為之即是私也故學者以正心為本論人者必察其心不徒考其事】
「天下の事を公にすと雖も、若し私意を用いて之を為せば便ち是れ私。」【事は公に出でて而も私意を以て之を為せば、就きて是れ私。だから学者は心を正くするを以て本と為し、人を論ずる者は必ず其の心を察し、徒らに其の事を考えず。】
做官奪人志【仕而志於富貴者固不必言或馳騖乎是非予奪之境而此志動於喜怒愛惡之私或經營於建功立業之間而此志防於計度區畫之巧徳未成而從政者未有不奪其志學者所當深省也】驕是氣盈吝是氣歉人若吝時於財上亦不足於事上亦不足凡百事皆不足必有歉歉之色【驕矜誇吝鄙嗇也驕氣盈者常覺其有餘吝氣歉者常覺其不足惟君子所志者道故無時而盈亦無所不足】
「官を為るは人の志を奪う。」【仕えて富貴に志すは固より言うに足らず。或いは是非予奪の境に馳騖して、而も此の志は喜怒愛悪の私に動き、或いは功を建て業を立つの間に経営して、而も此の志は計度区画の巧に陥る(底本は「防」)。徳未だ成らずして而も政に従うは、未だ其の志を奪わざる有らず。学者の当に深く省るべき所。】「驕は是れ気の盈、吝は是れ気の歉。人は若し吝なる時は、財の上に於いても亦た足らず、事の上に於いても亦た足らず。凡そ百の事は皆足らず。必ず歉歉の色有り。」【驕は是れ矜夸、吝は是れ鄙嗇。驕の気盈る者は常に其の余有りを覚え、吝の気歉く者は常に其の足らざるを覚う。惟だ君子は志す所は道。だから時に盈る無く、も亦た足らざる所無し。】
未知道者如醉人方其醉時無所不至及其醒也莫不愧恥人之未知學者自視以為無缺及既知學反思前日所為則駭且懼矣
「未だ道を知らざる者は醉人のごとし——其の醉う時に方りて至らざる所無し。其の醒むるに及びて莫れ愧恥せざる無し。人の未だ学を知らざるは、自ら視て以て缺無しと為す。既に学を知るに及びて、前日の為す所を反思せば、則ち駭き且つ懼れ了れり。」
邢恕雲一日三防檢明道曰可哀也哉其餘時理會甚事葢仿三省之說錯了可見不曾用功又多逐人面上說一般話明道責之邢曰無可說明道曰無可說便不得不說【曾子三省謂日以三事自省邢仿其言乃雲一日三次防檢】
邢恕曰く——「一日に三たび防検す。」明道曰く——「哀む可きかな。其の余の時は甚の事を理会せん。」蓋し三省の説を仿うて錯えり。以て曽て功を用いざるを見る可し。又た多く人の面上に逐い一般の話を説く。明道は之を責む。邢曰く——「説く可き無し。」明道曰く——「説く可き無ければ便ち説かざるを得ず。」【曽子の三省は是れ日に三事を以て自ら省る。邢は其の言を仿い、乃ち一日に三次防検すと説く。】
橫渠先生曰學者舍禮義則飽食終日無所猷為與下民一致所事不逾衣食之間燕逰之樂耳【正防】
横渠先生は言う。「学者は礼義を舎てば、則ち飽食終日して猷為する所無く、下民と一致し、事る所は衣食の間・燕游の楽を逾えざるのみ。」【『正蒙』に出る(底本は「正防」)。】
鄭衛之音悲哀令人意思留連又生怠惰之意從而致驕淫之心雖珍玩竒貨其始惑人也亦不如是切從而生無限嗜好故孔子曰必放之亦是聖人經歴過但聖人能不為物所移耳【橫渠禮樂說】
「鄭衛の音は悲哀。人の意思をして留連せしめ、又た怠惰の意を生じ、従いて驕淫の心を致す。珍玩奇貨と雖も、其の始め人を惑わすやも亦た是のごとく切ならず。従いて無限の嗜好を生ず。だから孔子は必ず之を放つと説く。も亦た聖人は経歴する所有り。但だ聖人は能く物の為に移されざるのみ。」【横渠の『礼楽説』に出る。】
孟子言反經特於鄉原之後者以鄉原大者不先立心中初無主惟是左右看順人情不欲違一生如此【橫渠孟子說經常也古今不易之常道也是是非非必有定理而好善惡惡必有定見今鄉原浮沈俯仰無所可否葢其義理不立中無所主惟務恱人以是終身乃亂常之尤者君子反經復其常道則是非昭然而鄉原偽言偽行不得以惑之矣】
「孟子は経に反るを言う。特に郷原の後に於いてするは、郷原の大なる者が先ず立たざるを以てす。心中は初めより主無し。惟だ是れ左右を看て人情に順い、違えんと欲せず。一生此のごとし。」【横渠の『孟子』説に出る。経は是れ常。古今易わらざるの常道。是を是とし非を非とするは必ず定理有り、而も善を好み悪を悪むは必ず定見有り。今郷原は浮沈俯仰して可否する所無し。蓋し其の義理は立たず中に主無し。惟だ人を悦ばすを務め、是を以て身を終う。乃ち常を乱るの尤なる者。君子は経に反り其の常道を復すれば、則ち是非は昭然として、而も郷原の偽言偽行は以て之を惑わすを得ず。】
近思録卷十二
近思録巻十二
欽定四庫全書
欽定四庫全書
近思録卷十三宋朱子呂祖謙同編
近思録巻十三 宋朱子・呂祖謙同編
葉採集解
葉采集解
辨別異端【凡十四條】
異端を辨別す【凡そ十四条】
此卷辨異端葢君子之學雖已至然異端之辨尤不可以不明苟於此有毫釐之未辨則貽害於人心者甚矣
この巻は異端を辨ず。蓋し君子の学は已に至ると雖も、然る而も異端の辨は尤も明らかならざる可からず。苟くも此に於いて毫厘の未だ辨ぜざる有れば、則ち人心に害を貽す者は甚だし。
明道先生曰楊墨之害甚於申韓佛老之害甚於楊墨【楊朱墨翟詳見孟子申不害者鄭人以刑名幹韓昭侯昭侯用以為相韓非韓之諸公子善刑名法術之學佛者本西域之人為寂滅之學自漢以來其說始入中國老者周柱下史老耼也其書論清浄無為之道】楊氏為我疑於仁墨氏兼愛疑於義申韓則淺陋易見故孟子只闢楊墨為其惑世之甚也【楊氏為我可謂自私而不仁矣然而猶疑似於無慾之仁墨氏兼愛可謂氾濫而無義矣然猶疑似於無私之義故足以惑人也若申韓之刑名功利淺陋而易見故孟子但闢楊墨恐其為人心之害而申韓不足闢也】佛老其言近理又非楊墨之比此所以為害尤甚楊墨之害亦經孟子闢之所以廓如也【遺書下同佛氏言心性老氏談道徳皆近於理又非楊墨之比故其為人心之害尤甚揚子云曰古者楊墨塞路孟子辭而闢之廓如也朱子曰楊朱即老耼弟子孟子闢楊墨則老莊在其中矣】
明道先生は言う。「楊墨の害は申韓より甚だしく、仏老の害は楊墨より甚だし。」【楊朱・墨翟は詳しく孟子に見る。申不害は是れ鄭人。刑名を以て韓の昭侯に干ゆ。昭侯は之を用いて以て相と為す。韓非は是れ韓の諸公子。刑名法術の学を善くす。仏は本より西域の人。寂滅の学を為す。漢自り来たりて其の説は始めて中国に入る。老は是れ周の柱下史老聃。其の書は清浄無為の道を論ず。】「楊氏は我が為にして仁に疑い、墨氏は兼愛にして義に疑い、申韓は則ち浅陋にして見易し。だから孟子は只だ楊墨を辟く。其の世を惑わすことの甚だしきが為。」【楊氏の我が為は自ら私して不仁と謂う可し。然る而も猶ほ欲無きの仁に疑似す。墨氏の兼愛は泛濫して義無しと謂う可し。然る而も猶ほ私無きの義に疑似す。だから以て人を惑わすに足れり。若し申韓の刑名功利は浅陋にして而も見易し。だから孟子は但だ楊墨を辟き、其の人心の害と為るを恐る。而も申韓は辟くに足らず。】「仏老は其の言は理に近く、又た楊墨の比に非ず。此れ害と為ること尤も甚だしき所以。楊墨の害も亦た孟子の之を辟くを経て、だから廓如なり。」【以下同じく『遺書』に出る。仏氏は心性を言い、老氏は道徳を談ず。皆理に近し。又た楊墨の比に非ず。だから其の人心の害と為るは尤も甚だし。揚子雲曰く——古は楊墨は路を塞ぐ。孟子は辞して之を辟き、廓如なり。朱熹は言う——楊朱は即ち老聃の弟子。孟子は楊墨を辟けば、則ち老荘は其の中に在り了れり。】
伊川先生曰儒者潛心正道不容有差其始甚微其終則不可救如師也過商也不及於聖人中道師只是過於厚些商只是不及些然而厚則漸至於兼愛不及則便至於為我其過不及同出於儒者其末遂至楊墨至於楊墨亦未至於無父無君孟子推之便至於此葢其差必至於是也【師子張名商子夏名子張才高意廣泛愛兼容故常過乎中子夏篤信自守規模謹宻故常不及乎中二子於道亦未逺也然師之過其流必至於墨氏之兼愛子夏之不及其後傳田子方子方之後為莊周是楊氏為我之學也孟氏推楊墨之極致則兼愛者至於無父葢愛其父亦同於路人是無父也為我者至於無君葢自私其身而不知有上下是無君也】
伊川先生は言う。「儒者は正道に心を潜め、差有るを容れず。其の始は甚だ微なり。其の終は則ち救う可からず。師も亦た過ぎ、商も亦た及ばざるがごとき、聖人の中道に於いて——師は只だ是れ厚きに過ぐる些、商は只だ是れ及ばざる些。然る而も厚ければ則ち漸く兼愛に至り、及ばざれば則ち便ち我が為に至る。其の過不及は同じく儒者に出づ。其の末は遂に楊墨に至る。楊墨に至るも亦た未だ父無く君無きに至らず。孟子は之を推して便ち此に至る。蓋し其の差は必ず是に至る。」【師は是れ子張の名、商は是れ子夏の名。子張は才高く意広く、汎愛兼容す。だから常に中に過ぐ。子夏は篤信自守し、規模は謹密。だから常に中に及ばず。二子は道に於いても亦た遠からず。然る而も師の過は其の流は必ず墨氏の兼愛に至る。子夏の及ばざるは、其の後は田子方に伝え、子方の後は荘周と為る。是れ楊氏の我が為の学。孟氏は楊墨の極致を推せば、則ち兼愛する者は父無きに至る——蓋し其の父を愛するも亦た路人に同じ。是れ父無し。我が為にする者は君無きに至る——蓋し其の身を自ら私して而も上下有るを知らず。是れ君無し。】
明道先生曰道之外無物物之外無道是天地之間無適而非道也即父子而父子在所親即君臣而君臣在所嚴以至為夫婦為長幼為朋友無所為而非道此道所以不可須臾離也然則毀人倫去四大者其外於道也逺矣【物由道而形故道外無物道以物而具故物外無道人於天地間不能違物而獨立故無適而非道也今釋氏乃毀棄人倫滅絶四大其戾於道逺矣釋氏以地水火風為四大謂四大幻假而成人身寂滅幻根防除一切】故君子之於天下也無適也無莫也義之與比若有適有莫則於道為有間非天地之全也【適可也莫不可也比從也君子之於天下無可無不可惟義之從也今釋氏可以寂滅無為而不可以察理應事必欲防除外相始見法性非天地本然全體之性矣】彼釋氏之學於敬以直內則有之矣義以方外則未之有也【釋氏習定欲得此心收斂虛靜亦若所謂敬以直內然有體而無用絶滅倫理何有於義】故滯固者入於枯槁疏通者歸於恣肆此佛之教所以為隘也吾道則不然率性而已斯理也聖人於易備言之【釋氏離器以為道故於日用事物之間或拘或肆皆為之病名為大自在而實則隘陋而一毫不容也若吾儒率性之道動靜各正既不病於拘亦不至於肆聖人贊易所謂知至至之可與幾也知終終之可與存義也敬以直內義以方外時止則止時行則行動靜不失其時體用本末備言之矣】又曰佛有一個覺之理可以敬以直內矣然無義以方外其直內者要之其本亦不是【佛學禪者覺也覺者心無倚著靈覺不昧所謂常惺惺法若可敬以直內矣然而無制事之義則其所謂覺者猶無寸之尺無心之兩其直內之本亦非矣】釋氏本怖死生為利豈是公道【釋氏謂有生必有滅故有輪廻今求不生不滅之理可免輪廻之苦此本出於利己之私意也】惟務上達而無下學然則其上達處豈有是也元不相連屬但有間防非道也【絶學而求頓悟故無下學工夫道器本不相離合舍物以明理泯跡以求心豈知道者哉】孟子曰盡其心者知其性也彼所謂識心見性是也若存心養性一段事則無矣【朱子曰釋氏恍惚之間略見得心性影子都不見裡面許多道理就使有存養之功亦只存養得他所見影子終不分明】彼固曰出家獨善便於道體自不足【道本人倫今曰出家則於道體虧欠大矣】或曰釋氏地獄之類皆是為下根之人設此怖令為善先生曰至誠貫天地人尚有不化豈有立偽教而人可化乎
明道先生は言う。「道の外は物無く、物の外は道無し。是れ天地の間は適く所にして道に非ざる無し。父子に即けば而も父子は親しむ所に在り、君臣に即けば而も君臣は厳ぐる所に在る。以て夫婦と為り長幼と為り朋友と為るに至るまで、為す所にして道に非ざる無し。此の道は須臾も離る可からざる所以。然らば則ち人倫を毀り四大を去る者は、其の道に外るや遠し。」【物は道に由りて形す。だから道の外は物無し。道は物を以て具わる。だから物の外は道無し。人は天地の間に於いて物に違いて独立する能わず。だから適く所にして道に非ざる無し。今釈氏は乃ち人倫を毀棄し四大を滅絶す。其の道に戾るや遠し。釈氏は地水火風を以て四大と為し、四大は幻假にして人身を成すと謂い、寂滅は幻根、一切を尽く除す(底本は「防除」)。】「故に君子の天下に於けるや、適無く、莫無く、義の与に比す。若し適有り莫有れば、則ち道に於いて間有りと為る。天地の全に非ず。」【適は是れ可、莫は是れ不可、比は是れ従。君子の天下に於けるは可無く不可無し。惟だ義の従。今釈氏は以て寂滅無為す可くして而も以て理を察し事に應ずる可からず。必ず外相を尽く除して(底本は「防除」)始めて法性を見んと欲す。天地本然全体の性に非ず。】「彼の釈氏の学は、敬して以て内を直くするに於いては則ち之有り。義して以て外を方くするは則ち未だ之を有せず。」【釈氏は定を習い、此の心の収斂虚静なるを得んと欲す。も亦たいわゆる敬して以て内を直くするが若し。然る而も体有りて而も用無く、倫理を滅絶す。何ぞ義に於いて有らん。】「だから滞固する者は枯槁に入り、疏通する者は恣肆に帰す。此れ仏の教の隘と為る所以。吾が道は則ち然らず。性に率うのみ。斯の理や、聖人は『易』に於いて備えに之を言う。」【釈氏は器を離れて以て道と為す。だから日用事物の間に於いて或いは拘り或いは肆にす。皆之が為の病。名づけて大自在と為すも而も実は則ち隘陋にして而も一毫も容れず。若し吾が儒の性に率うの道は、動静は各々正し。既に拘に病まず、も亦た肆に至らず。聖人が『易』を賛する所、いわゆる至るを知りて之に至るは与に幾す可く、終るを知りて之を終るは与に義を存す可く、敬して以て内を直くし義して以て外を方くし、時に止まれば則ち止まり時に行けば則ち行き、動静は其の時を失わず。体用本末は備えに之を言う。】又た曰く——「仏は一箇の覚の理有り。以て敬して内を直くす可し。然る而も義して以て外を方くする無し。其の内を直くする者は、之を要するに其の本も亦た是ならず。」【仏学は、禅は是れ覚。覚は是れ心は倚着無く・霊覚は昧らず。いわゆる常惺惺法。若し敬して以て内を直くす可きなれども、然る而も事を制するの義無ければ、則ち其のいわゆる覚なる者は猶ほ寸無きの尺・星無きの秤のごとし。其の内を直くするの本も亦た是ならず。】「釈氏は本より死生を怖れて利を為す。豈に是れ公道ならん。」【釈氏は生有れば必ず滅有りと謂う。だから輪廻有り。今生まず滅せざるの理を求めて輪廻の苦を免る可し。此れ本より己を利するの私意に出づ。】「惟だ上達を務めて而も下学無し。然らば則ち其の上達する処は豈に是れ有らん。元より相い連属せず。但だ間断有り(底本は「間防」)。道に非ず。」【学を絶ちて頓悟を求む。だから下学の工夫無し。道器は本より相い離れず。今物を舎てて以て理を明らかにし、跡を泯して以て心を求む。豈に道を知る者ならん。】「孟子曰く——其の心を尽くす者は其の性を知るなり。彼のいわゆる心を識り性を見るは是なり。若し心を存し性を養うの一段の事は則ち了れて無し。」【朱熹は言う——釈氏は恍惚の間に略ほ心性の影子を見るのみ。皆其の裏面の許多の道理を見ず。就きて存養の功有るを使すとも、も亦た只だ其の見る所の影子を存養するのみ。終に分明ならず。】「彼は固より出家独善を説出す。道体に於いて自ら足らざる便り。」【道は本より人倫。今出家を説けば、則ち道体に於いて欠けること大なり。】或いは説く——釈氏の地獄の類は、皆是れ下根の人の為に此の怖を設けて善を為さしむ。先生曰く——「至誠は天地を貫く。人は尚お化せざる有り。豈に偽教を立てて而も人は化す可けん。」
學者於釋氏之說直須如淫聲美色以逺之不爾則駸駸然入於其中矣顔淵問為邦孔子旣告之以二帝三王之事而復戒以放鄭聲逺佞人曰鄭聲淫佞人殆彼佞人者是他一邉佞耳然而於已則危只是能使人移故危也至於禹之言曰何畏乎巧言令色直消言畏只是須著如此戒慎猶恐不免釋氏之學更不消言常戒到自家自信後便不能亂得【初學立心未定必屏逺異端之說信道旣篤乃可考辨其失】
「学者は釈氏の説に於いて、直に須く淫声美色のごとくして以て之を遠ざくべし。爾らざれば則ち駸駸然として其の中に入り了れり。顔淵は邦を為すを問う。孔子は既に之に告ぐるに二帝三王の事を以てし、而も復た戒むるに鄭声を放ち佞人を遠ざくるを以てし、鄭声は淫・佞人は殆しと説く。彼の佞人なる者は、是れ他の一辺佞なるのみ。然る而も己に於いては則ち危し。只だ是れ能く人をして移さしむ。だから危し。禹の言の曰く何ぞ巧言令色を畏れんやに至るまで、直ちに畏を言うを消す。只だ是れ須く此のごとく戒慎するを著すべし。猶ほ免れざるを恐る。釈氏の学は更に常に戒むを言うを消せず。自家の自信する後に到れば便ち能く乱るを得ず。」【初学は心を立つること未だ定まらず。必ず異端の説を屏遠すべし。道を信ずること既に篤ければ、才だ其の失を考辨す可し。】
所以謂萬物一體者皆有此理只為從那裡來生生之謂易生則一時生皆完此理人則能推物則氣昏推不得不可道他物不與有也【天地之理流行化生人之與物均有是生則亦均具是理所謂萬物一體也然人所稟之氣通故能推物所稟之氣塞故不能推】人只為自私將自家軀殻上頭起意故看得道理小了他底放這身來都在萬物中一例看大小大快活【人知萬物一體之理不為私己之見自然與物各得其所】釋氏以不知此去他身上起意思奈何那身不得故卻厭惡要得去盡根塵為心源不定故要得如枯木死灰然沒此理要有此理除是死也【釋氏惟不知萬物一體順理而行本無障礙顧乃自生私見為吾身不能不交於物也遂欲盡去根塵空諸所有佛書以耳舌口鼻身意為六根以色聲香味觸法為六塵其說為幻塵滅故幻根亦滅幻根滅故幻心亦滅然心本生道有體則有用豈容絶滅哉】釋氏其實是愛身放不得故說許多譬如蝜蝂之蟲已載不起猶自更取物在身又如抱石投河以其重愈沈終不道放下石頭惟嫌重也【原釋氏之初本是愛己妄生計較欲世離生死而不知去私己之念本無事也】
「万物一体と謂う所以の者は、皆此の理有り。只だ彼の里自り来たるが為のみ。生々は之を易と謂う。生ずれば則ち一時に生じ、皆此の理を完くす。人は則ち能く推す。物は則ち気昏くして推すを得ず。他物は与に有らずと道う可からず。」【天地の理は流行化生す。人の物と与に均しく是の生有れば、則ちも亦た均しく是の理を具う。いわゆる万物一体。然る而も人の禀くる所の気は通ず。だから能く推す。物の禀くる所の気は塞る。だから能く推す能わず。】「人は只だ自ら私するが為に、自家の軀殻の上頭より意を起す。だから道理を小さく看る。他の底は此の身を放ち来たりて皆万物の中に在りて一例に看る。大小は大いに快活。」【人は万物一体の理を知り、私己の見を為さざれば、自然に物と各々其の所を得。】「釈氏は此を知らざるを以て、他の身の上に意思を起す。彼の身を奈何ともするを得ず。だから却って厭悪し、根塵を尽く去らんことを要す。心源は定まらざるが為に、だから枯木死灰のごとくならんことを要す。然る而も此の理は没す。此の理有らんと要せば、是れ死を除く。」【釈氏は惟だ万物一体・理に順い而も行えば本より障礙無きを知らず。顧みて乃ち自ら私見を生ず——吾が身は物と交わらざる能わざるが為に、遂に根塵を尽く去り諸の所有を空しくせんと欲す。仏書は耳舌口鼻身意を以て六根と為し、色声香味触法を以て六塵と為す。其の説は幻塵滅するが故に幻根も亦た滅し、幻根滅するが故に幻心も亦た滅すと為す。然る而も心は本より道を生ず。体有れば則ち用有り。豈に滅絶を容れん。】「釈氏は実は是れ身を愛して放つを得ず。だから許多を説く。譬如ば重きを負うの虫は已に載せ起こさず、猶ほ自ら更に物を身に取るがごとく、又た石を抱きて河に投ずるがごとし。其の重きを以て愈々沈む。終に石頭を放下すと道わず。惟だ重きを嫌う。」【釈氏の初を原むれば本より是れ己を愛す。妄りに計較を生じ、生死を脱離せんと欲して、而も私己の念を去れば本より事無きを知らず。】
人有語導氣者問先生曰君亦有術乎明道曰吾嘗夏葛而冬裘飢食而渴飲節嗜慾定心氣如斯而已矣【聖賢養生順理窒慾而已豈若偏曲之士為長生久視之術哉】
人有りて気を導くを語る。先生に問う——「君も亦た術有るか。」明道曰く——「我は曽て夏は葛にして冬は裘、飢えれば食い渇けば飲み、嗜欲を節し心気を定む。斯のごとくのみ。」【聖賢の生を養うは、理に順い欲を窒ぐのみ。豈に偏曲の士の長生久視の術を為すがごとくせん。】
佛氏不識隂陽書夜死生古今安得謂形而上者與聖人同乎【以上竝明道語伊川先生曰形而上者性命也隂陽書夜死生古今乃天命之流行二氣之屈伸釋氏指為輪迴為幻妄則其所談性命亦異乎聖人矣】
「仏氏は陰陽昼夜・死生古今を識らず。安く得て形而上の者は聖人と同じと謂わん。」【以上並びに明道の語。伊川先生は言う——形而上の者は是れ性命。陰陽昼夜・死生古今は、乃ち天命の流行・二気の屈伸。釈氏は指して輪廻と為し幻妄と為す。則ち其の談ずる所の性命も亦た聖人に異なり。】
釋氏之說若欲窮其說而去取之則其說未能窮固已化而為佛矣只且於跡上考之其設教如是則其心果如何固難為取其心不取其跡有是心則有是跡王通言心跡之判便是亂說故不若且於跡上斷定不與聖人合其言有合處則吾道固己有有不合者固所不取如是立定卻省易【此言雖為初學立心未定者設然孟子闢楊墨亦不過考其跡而推其心極之於無父無君此實辨異端之要領也】
「釈氏の説は、若し其の説を窮めて而も去取せんと欲せば、則ち其の説は未だ窮めず、固より已に化して仏と為り了れり。只だ且く跡の上に於いて之を考えよ——其の教を設くる是のごとくなれば、則ち其の心は果たして如何。固より心を取りて其の跡を取らざるは為し難し。是の心有れば則ち是の跡有り。王通は心跡の判を言う。便ち是れ乱説。だから且く跡の上に於いて断定して聖人と合せざるに若かず——其の言は合する処有れば則ち吾が道は固より已に之有り。合せざる者有れば固より取らざる所。是のごとく立定すれば、却って省易なり。」【此れ初め学の心を立つること未だ定まらざる者の為に設くと雖も、然る而も孟子が楊墨を辟くも亦た其の跡を考えて而も其の心を推し、之を極めて父無く君無きに過ぎず。此れ実は是れ異端を辨ずるの要領。】
問神仙之說有諸明道曰若說白日飛昇之類則無若言居山林間保形煉氣以延年益夀則有之譬如一爐火置之風中則易過置之密室則難過有此理也又問子言聖人不師仙厥術異也聖人能為此等事否曰此是天地間一賊若非竊造化之機安能延年使聖人肯為周孔為之矣【人之精氣聚則生散則死彼有見於造化之機竊而用之使精氣固結而不散故能獨夀理之所有也顧其自私小技聖賢弗為耳】
問う——神仙の説は之れ有るか。明道曰く——「若し白日飛昇の類を説かば則ち無し。若し山林の間に居りて形を保ち気を煉りて以て年を延し寿を益すを言わば則ち之有り。譬如ば一炉の火は、之を風中に置けば則ち過ぎ易く、之を密室に置けば則ち過ぎ難し。此の理有り。」又た問う——揚子は(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)聖人は仙を師とせず、厥の術は異なりと言う。聖人は能く此の等の事を為すか。曰く——「此れ是れ天地の間の一賊。若し造化の機を竊まざれば、安んぞ能く年を延さん。聖人をして肯んじて為さしめば、周孔は之を為し了れり。」【人の精気は聚まれば則ち生じ、散ずれば則ち死す。彼は造化の機に見る有り、竊みて而も之を用い、精気をして固結して而も散らざらしむ。だから能く独り寿なり。理の所有。顧みて其の自私小技は、聖賢は為さざるのみ。】
謝顯道歴舉佛說與吾儒同處問伊川先生先生曰恁地同處雖多隻是本領不是一齊差卻【外書大本既差則其說似同而實異】
謝顕道は歴々として仏説の吾が儒と同じ処を挙げて伊川先生に問う。先生曰く——「恁地の同じ処は多しと雖も、只だ是れ本領是ならず。一斉に差れて却れり。」【『外書』に出る。大本は既に差れば、則ち其の説は同じきに似て而も実は異なり。】
橫渠先生曰釋氏妄意天性而不知範圍之用反以六根之微因縁天地明不能盡則誣天地日月為幻妄【範圍猶裁成也聖儘性故能裁成天地之道釋氏乃欲識性而不知範圍之用則是未嘗知性也謂六根悉本天地六根起滅無有實相天地日月等為幻妄】蔽其用於一身之小溺其志於虛空之大此所以語大語小流遁失中【厭此身之小則蔽其用而不能推樂虛空之大則溺其志而不能反故其語大語小輾轉流遁皆失其中】其過於大也塵芥六合其蔽於小也夢幻人世謂之窮理可乎不知窮理而謂之儘性可乎謂之無不知可乎【上下四方為六合謂六合在虛空中特一微塵芥子耳所以言虛空之大一切有為法如夢幻泡影所以言人世之微此皆不能窮理盡性之過】塵芥六合謂天地為有窮也夢幻人世明不能究其所從也【正防下同○佛說謂虛空無窮天地有窮人世起滅皆為幻妄莫知所從來也】
横渠先生は言う。「釈氏は妄りに天性を意りて而も範囲の用を知らず。反って六根の微を以て天地に因縁す。明らかなり能く尽くさざれば則ち天地日月を誣いて幻妄と為す。」【範囲は猶ほ裁成のごとし。聖は性を尽くす。だから能く天地の道を裁成す。釈氏は乃ち性を識らんと欲して而も範囲の用を知らず。則ち是れ未だ嘗て性を知らず。六根は悉く天地に本づくと謂い、六根は起滅して実相無く、天地日月等は幻妄と為す。】「其の用を一身の小に蔽い、其の志を虚空の大に溺る。此れ其の大を語り小を語るに流遁して中を失う所以。」【此の身の小なるを厭えば則ち其の用を蔽いて而も能く推さず、虚空の大なるを楽しめば則ち其の志を溺りて而も能く反らず。だから其の大を語り小を語るに輾転流遁して皆其の中を失う。】「其の大に過ぐるや六合を塵芥とし、其の小に蔽うや人世を夢幻とす。之を窮理と謂う可きか。窮理を知らずして之を尽性と謂う可きか。之を知らざる無しと謂う可きか。」【上下四方を六合と為す。六合は虚空の中に在りて特に一微の塵芥子のみと謂う。だから虚空の大を言う。一切有為の法は夢幻泡影のごとし。だから人世の微を言う。此の等は皆是れ能く理を窮め性を尽くさざるの過。】「六合を塵芥とするは、是れ天地を有窮と為すと謂う。人世を夢幻とするは、明らかなり其の従う所を究むる能わず。」【以下同じく『正蒙』に出る(底本は「正防」)。仏説は虚空は窮り無く天地は窮り有りと謂い、人世の起滅は皆幻妄と為す。従い来たる所を知る莫し。】
大易不言有無言有無諸子之陋也【易曰一隂一陽之謂道葢隂陽之運其所以然者即道也體用相因精麤罔間不可以有無分後世異端見道不明始則以道為無以器為有有者為幻妄為土苴無者為妙為真空析有無而二之皆諸子之陋見也】
「大易は有無を言わず。有無を言うは、是れ諸子の陋。」【『易』曰く——一陰一陽は之を道と謂う。蓋し陰陽の運は、其の然なる所以の者は即ち道。体用は相い因り、精粗は間無し。以て有無を分つ可からず。後世の異端は道を見ること明らかならず。始めは則ち道を以て無と為し器を以て有と為し、有る者を幻妄と為し土苴と為し、無き者を玄妙と為し真空と為し、有無を析りて而も之を二とす。皆是れ諸子の陋見。】
浮圗明謂有識之死受生循環遂厭苦求免可謂知鬼乎【精氣聚則為人散則為鬼散則澌滅就盡而已釋氏謂神識不散復寓形而受生是不明鬼之理也】以人生為妄見可謂知人乎【人生日用無非天理之當然釋氏指為浮生幻化豈為知人乎】天人一物輒生取舎可謂知天乎【天人一理今乃棄人事而求天性豈為知天乎】孔孟所謂天彼所謂道惑者指逰魂為變為輪迴未之思也大學當先知天徳知天徳則知聖人知神今浮圗劇論要歸必謂死生流轉非得道不免謂之悟道可乎【本注云悟則有義有命均死生一天人推知晝夜通隂陽體之無二○當生而生當死而死是則有義有命生死均安何所厭苦天人一致何所取舎知晝夜通隂陽則知生死之說何所謂輪】自其說熾傳中國儒者未容窺聖學門牆已為引取淪胥其間指為大道乃其俗達之天下致善惡知愚男女臧獲人人著信使英才間氣生則溺耳目恬習之事長則師世儒崇尚之言遂防然被驅因謂聖人可不修而至大道可不學而知故未識聖人心已謂不必求其跡未見君子志已謂不必事其文此人倫所以不察庶物所以不明治所以忽徳所以亂【世儒於聖門未有所見而耳目習熟固已防溺於異端乃謂不假修為立地成佛不立文字教外別傳不修而至故謂不必求其跡不學而知故謂不必事其文】異言入耳上無禮以防其偽下無學以稽其弊自古詖淫邪遁之辭翕然竝興一齣於佛氏之門者千五百年向非獨立不懼精一自信有大過人之才何以正立其間與之較是非計得失哉【詭服異行非修先王之禮何以防其偽邪說異教非通聖人之學何以稽其弊】
「浮屠は鬼を明らかにし、識有るの死は生を受くること循環すと謂い、遂に苦を厭いて免れんことを求む。鬼を知ると謂う可きか。」【精気は聚まれば則ち人と為り、散ずれば則ち鬼と為る。散ずれば則ち澌滅して尽きるのみ。釈氏は神識は散ぜず復た形に寓りて生を受くと謂う。是れ鬼の理を明らかにせざるなり。】「人生を以て妄見と為す。人を知ると謂う可きか。」【人生の日用は天理の当然に非ざる無し。釈氏は指して浮生幻化と為す。豈に人を知ると為さん。】「天人は一物、輒ち取舎を生ず。天を知ると謂う可きか。」【天人は一理。今乃ち人事を棄てて天性を求む。豈に天を知ると為さん。】「孔孟のいわゆる天は、彼のいわゆる道。惑う者は游魂を指して変と為し輪廻と為す。未だ之を思わざるなり。学を為るは当に先ず天徳を知るべし。天徳を知れば則ち聖人を知り鬼神を知る。今浮屠は劇論して要帰すれば、必ず死生流転は得道に非ざれば免れずと謂う。之を悟道と謂う可きか。」【本注に曰く——悟れば則ち義有り命有り、死生を均しくし天人を一にし、推して昼夜を知り陰陽に通ず。之を体すること二無し。葉采按——当に生ずべきにして生じ、当に死すべきにして死す。是れ則ち義有り命有り。生死は均しく安し。何の厭苦する所有らん。天人は一致す。何の取舎する所有らん。昼夜を知り陰陽に通ぜば、則ち生死の説を知る。何のいわゆる輪廻か有らん。】「其の説は中国に熾伝する自り、儒者は未だ聖学の門墻を窺うを容れず、已に引取され淪胥して其の間に在り、指して大道と為す。乃ち其の俗は天下に達し、善悪・知愚・男女・臧獲を致して、人人は信を著く。英才間気をして、生ずれば則ち耳目恬習の事に溺れ、長ずれば則ち世儒崇尚の言を師とせしめ、遂に靡然として(底本は「防然」)駆られ、因りて聖人は修せずして至る可く大道は学ばずして知る可しと謂う。故に未だ聖人の心を識らず、已に必ず其の跡を求めずと謂い、未だ君子の志を見ず、已に必ず其の文に事えずと謂う。此れ人倫の察せざる所以、庶物の明らかならざる所以、治の忽る所以、徳の乱るる所以。」【世儒は聖門に於いて見る所有らずして、而も耳目は習熟し、固より已に異端に陥溺せり(底本は「防溺」)。乃ち修為を假らず立地成仏し、文字を立てず教外別伝し、修せずして至ると謂う。だから必ず其の跡を求めずと謂い、学ばずして知る。だから必ず其の文に事えずと謂う。】「異言は耳に入り、上は礼無くて以て其の偽を防ぎ、下は学無くて以て其の弊を稽る。自ら古より詖淫邪遁の辞は翕然として並び興り、一たび仏氏の門に出づる者は千五百年。向へ独り立ちて懼れず・精一にして自ら信じ・大いに人に過ぐるの才有るに非ざれば、何を以て其の間に正立し、之と是非を較べ得失を計らんや。」【詭服異行は、先王の礼を修めずんば、何を以て其の偽を防がん。邪説異教は、聖人の学に通ぜずんば、何を以て其の弊を稽らん。】
近思録卷十三
近思録巻十三
欽定四庫全書
欽定四庫全書
近思錄卷十四宋朱子呂祖謙同編
近思録巻十四 宋朱子・呂祖謙同編
葉採集解
葉采集解
總論聖賢【凡二十六條】
聖賢を總論す【凡そ二十六条】
此卷論聖賢相傳之統而諸子附焉斷自唐虞堯舜禹湯文武周公道統相傳至於孔子孔子傳之顔曽曽子傳之子思子思傳之孟子遂無傳焉於是楚有荀卿漢有毛萇董仲舒揚雄諸葛亮隋有王通唐有韓愈雖未能傳斯道之統然其立言立事有補於世教皆所當攷也迨於宋朝人文再闢則周子唱之二程子張子推廣之而聖學復明道統復續故備著之
この巻は聖賢の相い伝うるの統を論じ、而も諸子は之に附く。唐虞自り断つ——堯・舜・禹・湯・文・武・周公は、道統は相い伝えて孔子に至る。孔子は之を顔・曽に伝え、曽子は之を子思に伝え、子思は之を孟子に伝え、遂に伝無し。是に於いて楚には荀卿有り、漢には毛萇・董仲舒・揚雄・諸葛亮有り、隋には王通有り、唐には韓愈有り。未だ能く斯の道の統を伝えずと雖も、然る而も其の言を立て事を立つるは世教に補有り。皆考るべき所。宋朝に迨びて、人文は再び辟け、則ち周子は之を唱え、二程子・張子は之を推広し、而も聖学は復た明らかに道統は復た続く。だから備えに之を著す。
明道先生曰堯與舜更無優劣及至湯武便別孟子言性之反之自古無人如此說只孟子分別出來便知得堯舜是生而知之湯武是學而能之文王之德則似堯舜禹之德則似湯武要之皆是聖人【遺書下同○性之者生而知之安而行之天性渾全不待修習者也反之者學而知之利而行之修身體道以復其性者也文王不識不知順帝之則蓋亦生知之性也禹克勤克儉不矜不伐蓋亦學能之事也】
明道先生は言う。「堯と舜とは更に優劣無し。湯武に及んで便ち別あり。孟子は性之・反之を言う。自ら古より人は此のごとく説く無し。只だ孟子は分別し出だせば、便ち堯舜は是れ生まれて而も之を知り、湯武は是れ学びて而も能くすることを知るを得。文王の徳は則ち堯舜に似、禹の徳は則ち湯武に似。之を要するに皆是れ聖人。」【以下同じく『遺書』に出る。性之とは、生まれて而も之を知り安んじて之を行い、天性は渾全にして修習を待たざる者。反之とは、学びて而も之を知り利して之を行い、身を修め道に体して以て其の性に復る者。文王は識らず知らず帝の則に順う。蓋しも亦た是れ生知の性。禹は克く勤め克く倹しく、矜らず伐れず。蓋しも亦た是れ学能の事。】
仲尼元氣也顔子春生也孟子並秋殺盡見【夫子大聖之資猶元氣周流渾淪溥博無有涯涘罔見間隙顔子亞聖之才如春陽盎然發生萬物四時之首眾善之長也孟子亦亞聖之才剛烈明辨整齊嚴肅故並秋殺盡見】仲尼無所不包顔子示不違如愚之學於後世有自然之和氣不言而化者也孟子則露其材蓋亦時然而已【夫子道全德備故無所不包顔子不違如愚與聖人合德後世可想其自然和氣黙而成之不言而信者也孟子英才發越蓋亦戰國之時世道益衰異端益熾又無天子主盟於其上故其衛道之嚴辨論之明不得不然也】仲尼天地也顔子和風慶雲也孟子泰山岩巖之氣象也觀其言皆可見之矣【天地者高明而博厚也和風慶雲者協氣祥光也泰山岩巖者峻極不可逾越也】仲尼無跡顔子微有跡孟子其跡著【夫子渾然天成故無跡顔子不違如愚本亦無跡然為仁之問喟然之嘆猶可窺測其防至於孟子則發明底蘊故其跡彰彰】孔子盡是明快人顔子盡豈弟孟子盡雄辯【夫子清明在躬猶青天白日故極其明快顔子有若無實若虛犯而不校故極其豈弟孟子息邪說詎詖行放滛辭故極其雄辯○此段反覆形容大聖大賢氣象各臻其妙古今之言聖賢未有若斯者也學者其濳心焉】
「仲尼は是れ元気、顔子は是れ春生、孟子は併せて秋殺は尽く見る。」【夫子は大聖の資。猶ほ元気の周流するがごとく、渾淪溥博にして涯涘有る無く、間隙を見る罔し。顔子は亜聖の才。春陽の盎然たるがごとく、万物を発生し、四時の首・衆善の長。孟子も亦た是れ亜聖の才。剛烈明辯にして斉整厳粛。だから併せて秋殺は尽く見る。】「仲尼は包まざる所無し。顔子は違わざること愚のごときの学を後世に示す。自然の和気有り、言わずして化する者。孟子は則ち其の才を露わす。蓋しも亦た時然るのみ。」【夫子は道全く徳備わる。だから包まざる所無し。顔子は違わざること愚のごとく、聖人と徳を合す。後世は其の自然の和気を想う可し。黙して之を成し言わずして信ず。孟子は英才は発越す。蓋しも亦た戦国の時は世道は益々衰え異端は益々熾んにして、又た天子は其の上に主盟する無し。だから其の道を衛るの厳・辯論の明は然らざるを得ず。】「仲尼は是れ天地、顔子は是れ和風慶雲、孟子は是れ泰山の岩岩たるの気象。其の言を観れば皆之を見る可し。」【天地は是れ高明にして而も博厚。和風慶雲は是れ協気祥光。泰山岩岩は是れ峻極にして逾越す可からず。】「仲尼は跡無し。顔子は微かに跡有り。孟子は其の跡は著し。」【夫子は渾然として天成。だから跡無し。顔子は違わざること愚のごとく、本よりも亦た跡無し。然る而も仁を為すの問・喟然の嘆は、猶ほ其の端を窺測す可し(底本は「防」)。孟子に至っては則ち底藴を発明す。だから其の跡は彰彰たり。】「孔子は尽く是れ明快の人、顔子は尽く豈弟、孟子は尽く雄辯。」【夫子は清明は躬に在り。猶ほ青天白日のごとし。だから其の明快を極む。顔子は有るも若く無く・実るも若く虚しく、犯されて而も校えず。だから其の豈弟を極む。孟子は邪説を息め・詖行を距ぎ・淫辞を放つ。だから其の雄辯を極む。葉采按——此の段は反覆して大聖大賢の気象を形容し、各々其の妙に臻る。古今の聖賢を言うは、未だ斯のごとき有らず。学者は其れ心を潜めん。】
曽子傳聖人學其德後來不可測安知其不至聖人如言吾得正而斃且休理防文字只看他氣象極好被他所見處大後人雖有好言語只被氣象卑終不類道【曽子悟一貫之旨已傳聖人之學矣至其易簀之言吾何求哉吾得正而斃焉斯可矣自非樂善不倦安行天理一息尚存必歸於正夫豈一時之所能勉強哉○遺書又曰曽子疾病只要以正不慮死與武王殺一不辜行一不義得天下不為同心】
「曽子は聖人の学を伝う。其の徳は後來は測る可からず。安んぞ其の聖人に至らざるを知らん。吾は正を得て斃ると言うがごとき、且く文字を理会することを休め(底本は「理防」)、只だ他の気象を看るに極めて好し。彼の見る所は大なりに被る。後人は好き言語有ると雖も、只だ気象卑しきに被り、終に道に類せず。」【曽子は一貫の旨を悟る。已に聖人の学を伝え了れり。其の箦を易うるの言に至っては——「吾は何をか求めん。吾は正を得て斃れ焉んば、斯れ可きのみ。」自ら善を楽しみて倦まず・天理を安行し、一息は尚お存すれば必ず正に帰すに非ざれば、豈に一時の勉強する能くする所。葉采按——『遺書』に又た曰く——曽子は疾病なれども只だ正を以てせんと要し、死を慮らず。武王の一不辜を殺し一不義を行いて天下を得るも為さざると、心を同じくす。】
傳經為難如聖人之後才百年傳之已差聖人之學若非子思孟子則幾乎息矣道何嘗息只是人不由之道非亡也幽厲不由也【群經定於夫子之手至孟子時才百年間微言絶而大義乖矣猶賴曽子之門有傳子思孟子之徒相繼纘述提綱挈領辟邪輔正以埀萬世如論語大學中庸孟子之書可見矣】荀卿才高其過多雄才短其過少【苟卿名況字卿為楚蘭陵令揚雄字子云為漢光祿卿荀卿才高敢為異論如以人性為惡以子思孟子為非其過多揚雄才短如作太以擬易法言以擬論語皆模仿前聖之遺言其過少】
「経を伝うるは難しと為る。聖人の後、才だ百年にして、之を伝うる已に差れり。聖人の学は若し子思孟子に非ざれば、則ち幾ほどに息え了れり。道は何ぞ嘗て息えん。只だ是れ人由らず。道は亡ぶに非ざるなり。幽厲は由らざるなり。」【群経は夫子の手に定まる。孟子の時に至って才だ百年の間、微言は絶えて而も大義は乖れり。猶ほ曽子の門に伝有るを頼み、子思・孟子の徒は相い継ぎて纉述し、綱を提げ領を挈げ、邪を辟き正を輔け、以て万世に垂る。『論語』『大学』『中庸』『孟子』の書のごときは見る可し。】「荀卿は才高し。其の過は多し。揚雄は才短し。其の過は少なし。」【荀卿は名は況、字は卿。楚の蘭陵令と為る。揚雄は字は子雲。漢の光禄卿と為る。荀卿は才高く、敢て異論を為す。人性を以て悪と為し子思孟子を以て非と為すがごとき、其の過は多し。揚雄は才短く、『太玄』を作りて以て『易』に擬し『法言』を作りて以て『論語』に擬するがごとき、皆前聖の遺言を模仿す。其の過は少なし。】
荀子極偏駁只一句性惡大本已失揚子雖少過然已自不識性更說甚道【率性之謂道荀子性惡揚子善惡混均之不識本然之性何以語道】董仲舒曰正其誼不謀其利明其道不計其功此董子所以度越諸子【自春秋以來舉世皆趨功利仲舒此言最為純正○朱子曰仲舒所立甚高後世所以不如吉人者以道義功利闗不透耳】
「荀子は極めて偏駁。只だ性悪の一句、大本は已に失われたり。揚子は過少なしと雖も、然る而も已に自ら性を識らず。更に甚の道をか説かん。」【性に率うを之を道と謂う。荀子は性悪、揚子は善悪混る。均しく本然の性を識らず。何を以て道を語らん。】「董仲舒曰く——其の誼を正しくして其の利を謀らず、其の道を明らかにして其の功を計らず。此れ董子の諸子を度越する所以。」【春秋自り来たりて举世は皆功利に趨る。仲舒の此の言は最も純正。葉采按——朱熹は言う——仲舒の立つ所は甚だ高し。後世の古人に如かざる所以は、道義功利の関を透らざるのみ。】
漢儒如毛萇董仲舒最得聖賢之意然見道不甚分明下此卽至揚雄規模又窄狹矣【毛萇治詩為漢時獻王博士仲舒舉賢良對策為膠西相二子論治皆以修身齊家為本先德敎而後功利最為得聖賢意揚雄以清淨寂寞為道無儒者規模○或問伊川謂仲舒見道不分明朱子曰如雲性者生之質性非敎化不成似不識本然之性又問何所主而取毛公曰考之詩傳緊要有數處如闗雎所謂夫婦有別則父子親父子親則君臣敬君臣敬剛朝廷正朝廷正則王化鹹要之亦不多見只是氣象大槩好】
「漢儒は毛萇・董仲舒のごときは最も聖賢の意を得。然る而も道を見ること甚だ分明ならず。此を下れば則ち揚雄に至る。規模は又た窄狭了れり。」【毛萇は『詩』を治め、漢時の献王の博士と為る。仲舒は賢良を挙げて対策し、膠西相と為る。二子は治を論ずるに皆身を修め家を斉うるを以て本と為し、徳教を先にして而も功利を後にす。最も聖賢の意を得。揚雄は清浄寂寞を以て道と為す。儒者の規模無し。或いは伊川が仲舒は道を見ること分明ならずと謂うを問う。朱熹は言う——性は生の質・性は教化に非ざれば成らずと説くがごとき、本然の性を識らざるに似たり。又た何を主る所として而も毛公を取ると問う。曰く——之を『詩伝』に考うるに、緊要は数处有り。『関雎』のいわゆる夫婦は別有れば則ち父子は親しみ、父子親しければ則ち君臣は敬い、君臣敬えば則ち朝廷は正しく、朝廷正しければ則ち王化は成るのごとき。之を要するにも亦た多く見ず。只だ是れ気象は大概好し。】
林希謂揚雄為祿隱揚雄後人只為見他著書便須要做他是怎生做得是【祿隱謂浮沉下位依祿而隱即祿仕之意也雄失身事莽以是祿隱何辭而可】
「林希は揚雄を禄隠と謂う。揚雄は後人は只だ他の書を著すを見て、便ち須く他を是と做さんと要す。怎生にして是と做すを得ん。」【禄隠は是れ下位に浮沈して禄に依りて隠る。即ち禄仕の意。雄は身を失い莽に事う。此の禄隠を以てすれば、何の辞にして而も可ならん。】
孔明有王佐之心道則未盡王者如天地之無私心焉行一不義而得天下不為孔明必求有成而取劉璋聖人寧無成耳此不可為也【諸葛亮字孔明東漢末曾操據漢將簒孔明輔先主志欲攘除奸兇興復漢室而其規模宏逺操心公平有王佐之心然於王道則有所未盡蓋聖人之道如天地發育無有私意行一不義雖可以得天下而不為先主以詐取劉璋孔明不得以無責蓋其志於有成行不義而不暇顧若聖人則寧漢無興不忍為此】若劉表子琮將為曹公所並取而興劉氏可也【先主依劉表曹操南侵防表卒子琮迎降孔明說先主取荊州先主不忍琮降則地歸曹氏矣取以興漢何負於表較之取劉璋則曲直有間矣或謂先主雖得荊州未必能御曹操然此又特以利鈍言者也】
「孔明は王佐の心有り。道は則ち未だ尽くさず。王者は天地の私心无きがごとく、一不義を行いて而も天下を得るも為さず。孔明は必ず成有らんことを求めて劉璋を取る。聖人は寧ろ成無きのみ。此れ為す可からず。」【諸葛亮は字は孔明。東漢の末、曹操は(底本は「曾操」)漢を據りて将に簒さんとす。孔明は先主を輔け、志は奸凶を攘除し漢室を興復せんと欲す。而も其の規模は宏遠にして操心は公平。王佐の心有り。然る而も王道に於いては則ち尽くす所有り。蓋し聖人の道は天地の発育するがごとく、私意有る無し。一不義を行うは天下を得る可しと雖も而も為さず。先主は詐を以て劉璋を取る。孔明は以て責無きを得ず。蓋し其の成有らんと志し、不義を行いて而も顧みる暇無し。若し聖人は則ち寧ろ漢の興る無きも、此を為すに忍びず。】「若し劉表の子琮は将に曹公の為に併されんとす。取りて以て劉氏を興す可し。」【先主は劉表に依る。曹操は南に侵す。会して(底本は「防」)表は卒し、子琮は迎えて降る。孔明は先主に荊州を取れと説く。先主は忍びず。琮降れば則ち地は曹氏に帰し了れり。取りて以て漢を興さば、何ぞ表に負かん。之を劉璋を取るに較ぶれば、則ち曲直は間有り。或いは先主は荊州を得ると雖も未だ必ずしも能く曹操を禦がずと謂う。然る而も此れ又た特に利鈍を以て言うのみ。】
諸葛武侯有儒者氣象【孔明輔漢討賊以信義為主以節制行師以公誠待人至於親賢臣逺小人諮諏善道察納雅言有大臣格君之業朱子曰孔明雖嘗學申韓然資質好卻有正大氣象】孔明庶幾禮樂【文中子曰使孔明而無死禮樂其有興乎亮之治國政刑修舉而人心豫附名正言順禮樂其庶幾乎】
「諸葛武侯は儒者の気象有り。」【孔明は漢を輔けて賊を討つ。信義を以て主と為し、節制を以て師を行い、公誠を以て人を待つ。賢臣に親しみ小人を遠ざけ、善道を咨諏し雅言を察納するに至る。大臣の君を格するの業有り。朱熹は言う——孔明は曽て申韓を学ぶと雖も、然る而も資質好し。却って正大の気象有り。】「孔明は庶幾く礼楽。」【文中子曰く——孔明をして而も死せざらしめば、礼楽は其れ興る有らんか。亮の国を治むるは、政刑は修まり挙がりて而も人心は豫附す。名正しく言順し。礼楽は其れ庶幾からん。】
文中子本是一隱君子世人往往得其議論附防成書其間極有至言荀揚道不到處【文中子王氏名通隋末不仕敎授於河汾其弟王凝子福畤等收其議論増益為書名曰中說○朱子曰其書多為人添入眞偽難見然好處甚多就中論世變因革處說得極好又曰文中子論治體處高似仲舒而本領不及爽似仲舒而純不及】
「文中子は本より是れ一隠君子。世人は往往として其の議論を得、附会して(底本は「附防」)書を成す。其の間は極めて至言有り。荀揚の道の到らざる処。」【文中子王氏は名は通。隋末に仕えず、河汾に教授す。其の弟王凝・子福畤等は其の議論を収めて書と為すを增益す。名づけて『中説』と曰う。葉采按——朱熹は言う——其の書は多く人の為に添え入れられ、真偽は見難し。然る而も好き処は甚だ多し。中就きて世変因革を論ずる処は説くこと極めて好し。又た曰く——文中子は治体を論ずる処は、仲舒より高きに似るも而も本領は及ばず、仲舒より爽やかなるに似るも而も純は及ばず。】
