Libo

近思录 · 第2巻

宋 · 朱熹 吕祖谦 · 第2巻 / 11

為學【凡一百一十一條】

為学【凡そ百十一条】

此卷總論為學之要蓋尊徳性矣必道問學明乎道體知所指歸斯可究為學之大凡矣

この巻は為学の要領を総論する。徳性を尊んだら、必ず問学に道るべきで、道体を明らかにし道の指帰する所を知ってこそ、為学の大凡を窮究することができる。

濂溪先生曰聖希天賢希聖士希賢【朱子曰希望也字本作晞】伊尹顔淵大賢也伊尹恥其君不為堯舜一夫不得其所若撻於市顔淵不遷怒不貳過三月不違仁【朱子曰説見書及論語皆賢人之事也】志伊尹之所志學顔子之所學【朱子曰此言士希賢也】過則聖及則賢不及則亦不失於令名【通書下同○朱子曰三者隨其用力之淺深以為所至之近逺不失令名以其有為善之實也○胡氏曰周子患人以發防決科榮身肥家希世取寵為事也故曰志伊尹之所志患人以廣聞見工文辭矜智能慕空寂為事也故曰學顔子之所學人能志此志而學此學則知斯道之大而其用無窮矣】

濂渓先生は言う。「聖人は天に至ることを希い、賢人は聖に至ることを希い、士は賢に至ることを希う。【朱熹は言う——「希」は希望。字はもと「晞」と作る。】伊尹・顔淵は大賢である。伊尹はその君が尭舜でないことを恥とし、一夫の民でもその所を得なければ、市で鞭打たれるがごとくであった。顔淵は怒りを遷さず過ちを貳びず、三月仁に違わなかった。【朱熹は言う——説は『尚書』および『論語』に見る。みな賢人の事である。】伊尹の志す所の志を立て、顔子の学ぶ所の学を学ぶ。【朱熹は言う——これは士が賢に至ることを希うを言う。】超えれば聖に至り、及べば賢に至り、及ばずとも美しい名を失わない。【『通書』に出る、以下同じ。○朱熹は言う——三者は用力の浅深に随って、至る所の遠近を為す。令名を失わないのは、善を為すの実質あるがゆえに。○胡宏は言う——周子は人が発策決科・栄身肥家・迎合取寵を事と為すを憂えた。だから「伊尹の志す所を志せ」と言う。人が広聞見・工文辞・矜智能・慕空寂を事と為すを憂えた。だから「顔子の学ぶ所を学べ」と言う(底本は「発防」とするが、「防」は「策」の誤り)。人能くこの志を立てこの学を学べば、斯道の大にしてその用の窮まらざるを知る。】」

聖人之道入乎耳存乎心蘊之為徳行行之為事業彼以文辭而已者陋矣【朱子曰欲人真知道徳之重而不溺於文辭之陋也】

周敦頤は言う。「聖人の道は、耳に入り心に存し、蘊蓄して徳行と為り、行って事業と為る。それ文辞にのみ由る者は、陋なり。【朱熹は言う——人をして真に道徳の重きを知らしめ、文辞の陋に沉溺せしめざるを欲す。】」

或問聖人之門其徒三千獨稱顔子為好學夫詩書六藝三千子非不習而通也然則顔子所獨好者何學也【哀公問弟子孰為好學孔子對曰有顔回者好學不幸短命死矣今也則亡六藝禮樂射御書數史記曰弟子蓋三千焉身通六藝者七十二人】伊川先生曰學以至聖人之道也聖人可學而至歟曰然【聖人生知學者學而知之及其知之則一也聖人安行學者勉而行之及其成功則一也】學之道如何曰天地儲精得五行之秀者為人【人物萬殊莫非二氣五行之所為也然人則得其精且秀者是以能通於道而為聖為賢】其本也真而靜其未發也五性具焉曰仁義禮智信【真者無極之真也靜者人生而靜天之性也曰真而靜者謂其天理渾全寂然不動而所具之性其目有是五者旣曰本又曰未發蓋本者指其稟受之初未發者指其未與物接之前也】形既生矣外物觸其形而動其中矣其中動而七情出焉曰喜怒哀樂愛惡欲【此言形生之後應事接物之時也物感於外情動於中其目有是七者然喜近於樂怒近於惡愛近於欲其所以分者蓋喜在心樂發散在外怒則有所激其氣憤惡則有所憎其意深愛則近於公欲則近於私愛施於人而欲本乎巳也】情既熾而益蕩其性鑿矣是故覺者約其情使合於中正其心養其性愚者則不知制之縱其情而至於邪僻梏其性而亡之【性動則為情然情炎於中末流益蕩則反戕賊其性矣惟夫明覺之士以禮制情使不失乎中故能正其心而不流於邪僻養其性而不至於梏亡愚者反是梏猶桎梏謂拘攣而暴殄之言人之所以貴於學也】然學之道必先明諸心知所徃然後力行以求至所謂自明而誠也【往一作養○朱子曰明諸心知所往窮理之事力行求至踐履之事也或曰知所養應上文養其性涵養之功與知行並進】誠之之道在乎信道篤信道篤則行之果行之果則守之固仁義忠信不離乎心造次必於是顛沛必於是出處語黙必於是乆而弗失則居之安動容周旋中禮而邪僻之心無自生矣【此因上文言所以誠之之道也信道篤則不惑行之果則不止守之固則不變朱子曰造次急遽苟且之時顛沛傾覆流離之際也○以上兩節論為學之道詳盡其大綱有三焉明諸心知所徃者智之事也力行以求至者仁之事也信道篤以下勇之事也然勇之中亦備此三者故信之篤者知之勇也行之果者仁之勇也守之固者勇之勇也仁義忠信不離乎心者信之篤也造次顛沛出處語黙必於是者行之果也乆而弗失守之固也動容周旋中禮邪僻之心不生則幾於化矣】故顔子所事則曰非禮勿視非禮勿聴非禮勿言非禮勿動【禮者天理之節文非禮者私慾之害乎天理者也勿者禁止之辭凡視聴言動克去巳私則日用之間莫非天理之流行矣此孔子教顔子為仁之目而顔子之所請事者也】仲尼稱之則曰得一善則拳拳服膺而弗失之矣又曰不遷怒不貳過有不善未嘗不知知之未嘗復行也此其好之篤學之之道也【中庸子曰回之為人也擇乎中庸得一善則拳拳服膺而弗失之矣拳拳奉持之貌服猶佩也膺胷也凡得一善言善行則奉持佩服於心胷不敢忘也又語曰不遷怒不貳過怒所當怒各止其所不遷也才即改巳改不再不貳也又易繫辭傳曰有不善未嘗不知知之未嘗復行也有不善而必知之是察巳之明也知之而不復行是克巳之誠也皆孔子所以稱顔子好學之道也】然聖人則不思而得不勉而中顔子則必思而後得必勉而後中其與聖人相去一息所未至者守之也非化之也以其好學之心假之以年則不日而化矣【聖人生知故不思而得安行故不勉而中顔子猶必擇善而固執之然其博文約禮工力俱到其未至於聖人者特一息之間耳使非短命而死則不淹時日所守者化而與聖人一矣】後人不逹以謂聖本生知非學可至而為學之道遂失不求諸巳而求諸外以博聞強記巧文麗辭為工榮華其言鮮有至於道者則今之學與顔子所好異矣【文集○後世聖學無傳不知反身修徳徒以記問詞章為學去道愈逺矣】

或る人が問う——聖人の門下に生徒三千、独り顔子の好学を称す。詩書六芸は、三千の弟子が学習せずして通暁したのではない。然らば顔子が独り好んだは何の学か。【魯の哀公は弟子誰か好学なるかを問う。孔子は答えて曰く——「顔回有りて好学なり、不幸にして短命にして死す。今は亡し」。六芸は礼・楽・射・御・書・数。『史記』は言う——弟子およそ三千、身に六芸を通ずる者七十二人。】伊川先生は言う。「学とは、聖人の道に至るを以てする。」「聖人は学んで至ることができるか。」答える——「できる。【聖人は生じてこれを知り、学者は学んでこれを知る。知るに及べばすなわち同じ。聖人は安んじてこれを行い、学者は勉力してこれを行う。成るに及べばすなわち同じ。】」「学の道は如何。」答える——「天地は精気を蔵し、五行の秀気を得るは人である。【人物万殊、二気五行の為す所に非ざるなし。しかし人はその中の精にして秀なるを得る。だから道に通じて聖賢と為ることができる。】その本は真にして静、未発の時は五性具備して、仁・義・礼・智・信と言う。【「真」は無極の真、「静」は人生まれて静なり・天の性。「真にして静」と言うは、天理渾全にして寂然として動かず、而るに具える所の性その条目にこの五者有るを言う。すでに「本」と言いまた「未発」と言う——本は禀受の初めを指し、未発はいまだ物と接する前を指す。】形すでに生じ、外物がその形に触れてその中を動かす。その中が動いて七情出る——喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲と言う。【これは形生の後、事に應じ物に接する時を言う。物は外に感じ、情は中に動く。その条目にこの七者有り。しかし喜は楽に近く、怒は悪に近く、愛は欲に近い。だから分かつ——喜は心に在り、楽は発散して外在。怒は激する所有りてその気憤たり、悪は憎む所有りてその意深し。愛は公に近く、欲は私に近し。愛は人に施し、欲は己に本づく。】情すでに熾盛にしてさらに放蕩すれば、その性はすなわち鑿傷せらる。だから覚悟の者はその情を約束して中に合わせ、その心を正しくしその性を養う。愚の者はすなわち節制を知らず、その情を放縱して邪僻に至り、その性を梏してこれを亡失す。【性動かばすなわち情と為る。しかし情が裏で燃え、末流さらに放蕩すれば、すなわち反ってその性を戕賊す。ただ明覚の士は礼を以て情を制約し、中を失わざらしめ、よってその心を正しくして邪僻に流れず、その性を養って梏亡に至らず。愚の者はこれに反す。「梏」は桎梏に譬え、拘攣して暴殄するの意。これは人の学を貴ぶ所以を言う。】しかし学の道は、必ずまず心に明らかにして往く所を知り、然る後に力行して至るを求む。これいわゆる明よりして誠である。【「往」一本は「養」と作る。○朱熹は言う——「心に明らかにし、往く所を知る」は理を窮めるの事、「力行して至るを求む」は践履の事。或いは「養う所を知る」と言えば上の「その性を養う」に應じ、涵養の功と知行と並進す。】これを誠にする道は道を信じること篤きに在り。道を信じること篤ければ則ち実行果決し、実行果決すれば則ち持守堅固なり。仁義忠信は心を離れず、倉卒の間も必ずここに在り、顛沛の間も必ずここに在り、出処語黙も必ずここに在り。長く失わざれば、則ち居る所安穏にして、動容周旋みな礼に中り、而るに邪僻の心生ずるに由なし。【これは上の文に就きてこれを誠にするの道を言う。道を信じること篤ければ則ち疑惑せず、実行果決なれば則ち停止せず、持守堅固なれば則ち改変せず。朱熹は言う——「造次」は急遽苟且の時、「顛沛」は傾覆流離の際。○以上の両節は為学の道を論じて詳なり。その大綱に三あり——心に明らかにし往く所を知るは智の事、力行して以て至るを求むは仁の事、道を信じること篤き以下は勇の事。しかし勇の中にもまたこの三者具わる——これを信じるの篤きは知の勇、これを行うの果なるは仁の勇、これを守るの固きは勇の勇。仁義忠信心を離れざるは信の篤、造次顛沛出処語黙必ず是に在るは行の果、久しくして失わざるは守の固。動容周旋礼に中り、邪僻の心生ぜざれば、則ち化に近し。】だから顔子の従事する所は、則ち曰く——礼に非ざれば視ず、礼に非ざれば聴かず、礼に非ざれば言わず、礼に非ざれば動かず。【礼は天理の節文、非礼は私欲の天理を害する。「勿」は禁止の辞。凡そ視聴言動に己私を克去すれば、日用の間天理の流行に非ざるなし。これは孔子が顔子に仁を為すの条目を教え、而るに顔子の請いて従事する所である。】仲尼が彼を称するには、則ち曰く——一善を得れば則ち拳拳服膺してこれを失わず。また曰く——怒りを遷さず、過ちを貳びず。不善有れば曽て知らざるなく、知りて曽て復た行わず。これすなわち彼のこれを好むこと篤き、学の道である。【『中庸』——孔子曰く「回の人たるや、中庸を択び、一善を得れば則ち拳拳服膺してこれを失わず」。「拳拳」は奉持する貌、「服」は佩に譬え、「膺」は胸。凡そ一善言善行を得れば、則ち奉持して心胸に佩服し、敢えて忘れず。また『論語』に「怒りを遷さず過ちを貳びず」——怒る所当たりて怒り、各々その所に止まりて遷さず。才だ覚りて(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)則ち改め、すでに改めて再びせず——これが貳びざる。また『易・繋辞伝』に「不善有れば曽て知らざるなく、知りて曽て復た行わず」——不善有りて必ず知るは己を察するの明、知りて再びせざるは己に克つの誠。みな孔子が顔子の好学を称する所以の道。】しかし聖人は思わずして得、勉めずして中る。顔子は則ち必ず思うて後に得、勉めて後に中る。聖人と相距ることただ一息のみ。未だ至らざる所は、守りて而も未だ化せざるなり。彼の学を好む心を以てすれば、もし年歳を多く与えば、則ち久しからずして化せん。【聖人は生知ゆえに思わずして得、安行ゆえに勉めずして中る。顔子はなお必ず善を択びて固く執る。しかし彼は博文約礼にして工力みな至り、聖人に至らざるはただ一息の間のみ。たとい短命にして死せずんば、則ち淹留の時日を须とせず、守る所は化して聖人と一と為らん。】後人明らかならず、聖人はもとより生知にして、学ぶべくして至るべからずと為し、而るに為学の道是に於いて失わる——己に求めずして外に求め、博聞強記・巧文麗辞を以て工巧と為し、言語をして栄華ならしめ、道に至ること尠し。然らば今の学は顔子の好む所と同じからざるなり。【『文集』に出る。○後世聖学の伝承なく、身に反して徳を修むるを知らず、ただ記問詞章を以て学と為す。道を離るることさらに遠し。】」

橫渠先生問於明道先生曰定性未能不動猶累於外物何如明道先生曰所謂定者動亦定靜亦定無將迎無內外【此章就猶累於外物一句反覆辨明蓋萬物不同而無理外之物萬理不同而無性外之理凡天下之物理酬酢萬端皆吾性之所具也所謂定性者非一定而不應也發而中節動亦定也敬而無失靜亦定也將送也事之往也無將事之來也無迎動靜一定何有乎將迎寂然不動者存於內也感而遂通者應於外也體用一貫何間乎內外】苟以外物為外牽巳而從之是以巳性為有內外也且以性為隨物於外則當其在外時何者為在內是有意於絶外誘而不知性之無內外也既以內外為二本則又烏可遽語定哉【承上文而言苟以外物為外凡應物者必牽巳而從之是以性為有內外如是則方其逐物在外之時在內已無此性矣其可乎蓋有意於絶外物之誘而不知性本無內外之分也既分內外為兩端則人在天地間不能不與物接是無時而能定也】夫天地之常以其心普萬物而無心聖人之常以其情順萬事而無情故君子之學莫若廓然而大公物來而順應【常常理也天地之心運用主宰者是也然而普遍萬物實未嘗有心焉聖人之情應酬發動者是也然而隨順萬事亦未嘗容情焉故君子之學廓然大公何嫌於外物物來順應何往而不定哉此二句又此書之綱領也】易曰貞吉悔亡憧憧往來朋從爾思苟規規於外誘之除將見滅於東而生於西也非惟日之不足顧其端無窮不可得而除也【鹹卦九四象辭憧憧往來不絶貎各以朋類從其所思蓋人之一心應感無窮苟惡外物之誘而欲除滅之將見滅於彼而生於此非惟日見其用力之不足而亦有不可得而除滅者矣】人之情各有所蔽故不能適道大率患在於自私而用智自私則不能以有為為應跡用智則不能以明覺為自然今以惡外物之心而求照無物之地是反鑑而索照也【人心各有所蔽大防在自私與用智之兩端蓋不能廓然而大公故自私不能物來而順應故用智自私者則樂於無為而不知以有為為應跡之當然用智者則作意於有為而不知以明覺為循理之自然今惡外物之累已是自私之心也而求照無物之地是亦用智之過也猶反鑑以索照寧可得哉蓋自私與用智雖若二病而實展轉相因也○或問自私用智之語恐即是佛氏之自私朱子曰常人之私意與佛氏之自私皆一私也但明道説得闊非専指佛之自私也愚謂橫渠欲去外物之累便已近於釋氏故程子推其病源自然與釋氏相似然其自私類於釋而用智則又類於老要之二氏用意皆欲不累於外物而已】易曰艮其背不獲其身行其庭不見其人孟氏亦曰所惡於智者為其鑿也【朱子曰不獲其身不見其人此説廓然而大公所惡於智為其鑿也此説物來而順應】與其非外而是內不若內外之兩忘也兩忘則澄然無事矣無事則定定則明明則尚何應物之為累哉【自私用智之患其根在於分內外為二以在外者為非在內者為是然在外者終不容以寂滅故常為外物所撓惟能知性無內外而兩忘之則動靜莫非自然澄然無事矣所謂廓然大公者也無事則心無所累故能明明則物來順應尚何外物之累哉蓋內外兩忘則非自私能定而明則非用智○朱子曰內外兩忘非忘也一循乎理不是內而非外也】聖人之喜以物之當喜聖人之怒以物之當怒是聖人之喜怒不繫於心而繫於物也是則聖人豈不應於物哉烏得以從外者為非而更求在內者為是也今以自私用智之喜怒而視聖人喜怒之正為何如哉【聖人未嘗無喜怒是未嘗自私也然其喜怒皆系彼而不繫此是未嘗用智也以自私用智之喜怒其視聖人之喜怒一循乎天理之正者豈不大相戻哉】夫人之情易發而難制者惟怒為甚第能於怒時遽忘其怒而觀理之是非亦可見外誘之不足惡而於道亦思過半矣【朱子曰忘怒則公觀理則順】伊川先生答朱長文書曰聖賢之言不得已也蓋有是言則是理明無是言則天下之理有闕焉如彼耒耜陶冶之器一不制則生人之道有不足矣聖賢之言雖欲巳得乎然其包涵盡天下之理亦甚約也【耒之首為耜耜之柄為耒範土曰陶鑄金曰冶聖賢之言本非得巳也蓋將發明天理以覺斯民猶民生日用之具不可缺也然其言寡而理無不該亦非以多言為貴也】後之人始執卷則以文章為先平生所為動多於聖人然有之無所補無之靡所闕乃無用之贅言也不止贅而巳既不得其要則離真失正反害於道必矣【後人徒志於為文而不足以明理則非徒無益而已蓋不得其本未免流於邪偽反害於道矣】來書所謂欲使後人見其不忘乎善此乃世人之私心也夫子疾沒世而名不稱焉者疾沒身無善可稱云爾非謂疾無名也名者可以厲中人君子所存非所汲汲【君子學以為巳苟求人知則是私心而已】

横渠先生が明道先生に問うて言う。「定性はなお動かざるを得ず、仍ほ外物に牵累さる。如何せん。」明道先生は言う。「いわゆる定とは、動くも定、静なるも定、送往迎来なく、内外なし。【この章は「なお外物に累る」の一句に就きて反復して弁明す。万物は同じからざれども理外の物なく、万理は同じからざれども性外の理なし。凡そ天下の物理酬酢万端は、みな吾が性の具有する所。いわゆる定性とは、一定して應ぜざるに非ず——発して中節すれば動くも定、敬にして失なければ静なるも定。「将」は送、事過ぐれば送るなく、事来れば迎るもなし。動静一定なれば、何ぞ将迎あらん。寂然として動かざるは内に存し、感じて遂に通ずるは外に應ず。体用一貫、何ぞ内外を隔てん。】もし外物を以て外と為し、己を牵引してこれに従わしめば、すなわち己性を以て内外有りと為す。しかも性が物に随いて外に至ると以為すれば、則ちその外に在るとき、内に在るは何ぞ。これは意を有して外誘を隔絶し、而も性にもとより内外なきを知らざるなり。すでに内外を以て両つの根本と為す、又怎么可以して急に定を談ぜんや。【上文を承く。もし外物を以て外と為せば、凡そ物に應ずるは必ず己を牵引して従わしむ。すなわち性を以て内外有りと為す。こく然れば、それ物を逐いて外に在るとき、内にはすでにこの性なし。可ならんや。これ意を有して外物の誘を隔絶し、而も性にもとより内外の分なきを知らざるなり。すでに内外を分かちて両端と為せば、則ち人は天地の間に在りて物と接せざるを得ず。すなわち時に定むる能くするなし。】天地の常理は、心を用いて万物に溥及して私心なし。聖人の常理は、情を用いて万事に順應して私情なし。だから君子の学は、廓然大公・物来順應より善きはなし。【「常」は常理。天地の心は運用主宰するものなれども、万物に溥遍して、実に曽て心有らず。聖人の情は應酬発動するものなれども、万事に随順して、亦曽て私情を容れず。だから君子の学は廓然大公にして、外物に何の嫌忌かあらん。物来り順應すれば、何れに之きてか定まらざらん。この两句はまたこの書の綱領である。】『周易』は言う——「貞吉悔亡。憧憧往来、朋爾思に従う」。もし規規として外誘を除去せんとすれば、東に滅して西に生ずるを見ん。日力足らざるのみならず、その端緒窮まりなく、得て除尽すべからず。【『咸卦』九四の象辞。「憧憧」は往来絶えざるの貌。各々朋類を以てその思う所に従う。人の一心は應感窮まりなし。もし外物の誘を悪みてこれを除滅せんと欲すれば、彼方に滅して此方に生ずるを見ん。日見えて用力足らざるのみならず、得て除滅すべからざる有り。】人の情は蔽う所有り。だから道に適う能わず。大抵の病は自私して智を用ゆるに在り。自私すれば則ち有為を以て應接の形迹と為す能わず、智を用ゆれば則ち明覚を以て自然と為す能わず。今外物を悪むの心を以て無物の地を照見せんと求むるは、鏡を反して照を求むるなり。【人心は蔽う所各々有り。大病(底本は「大防」とするが、「大病」の誤り)は自私と用智の両端に在り。廓然大公たる能わざるゆえに自私し、物来順應たる能わざるゆえに智を用ゆ。自私の者は無為を楽しみ、而も有為を以て應迹の当然と為すを知らず。用智の者は有為に意を著け、而も明覚を以て理に循うの自然と為すを知らず。今外物が己を牵累するを悪むは自私の心、而も無物の地を照せんを求むるもまた用智の過。鏡を反して照を求むるに譬え、豈に得るべけんや。自私と用智は二つの病のごとく見ゆれども、其の実は輾転相因す。○或る人問う——自私用智の言は、恐らくは佛氏の自私ならん。朱熹は言う——常人の私意と佛氏の自私とは皆一つの私なり。但し明道の説く所は寛く、専ら佛の自私を指すに非ず。葉采按——横渠は外物の牵累を去らんと欲し、便ちほぼ釋氏に近し。だから程子はその病源を推せば、自然に釋氏と相似たり。しかしその自私は釋に類し、用智は則ちまた老に類す。要するに、二氏の用意は皆外物に累われざらんと欲するのみ。】『周易』は言う——「その背を艮し、その身を獲ず。その庭に行きて、その人を見ず」。孟子もまた言う——「智を悪む所以は、其の鑿るが為なり」。【朱熹は言う——「その身を獲ず、その人を見ず」とは廓然大公を言う。「智を悪むは其の鑿るが為」は物来順應を言う。】外を以て非と為し内を以て是と為すよりは、内外両忘するに如かず。両忘すれば則ち澄然として事なし。事なければ則ち定まり、定まれば則ち明らかなり。明らかなれば還って物に應ずるの牵累と為るを懼れんや。【自私用智の病は、根子は内外を分かちて二と為し、外面を以て非と為し内面を以て是と為すに在り。しかし外面は終に寂滅を容れず、だから常に外物に撓乱せらる。ただ能く性に内外なくしてこれを両忘すれば、則ち動静自然に非ざるなく、澄然として事なし。すなわちいわゆる廓然大公。事なければ則ち心の累る所なきがゆえに能く明らかなり、明らかなれば則ち物来り順應す。還って外物の牵累を懼れんや。内外両忘すれば則ち自私に非ず、能く定まりて明らかなれば則ち用智に非ず。○朱熹は言う——内外両忘は遺忘に非ず、一概に理に遵循し、内を是とし外を非とするに非ず。】聖人の喜は、物の当に喜ぶべきに因る。聖人の怒は、物の当に怒るべきに因る。だから聖人の喜怒は心に繋がらずして物に繋がる。こく然れば、聖人は豈に物に應ぜざらんや。怎么可以して外に従うを以て非と為し、別に内に在るを求めて是と為さんや。今自私用智の喜怒を以て、聖人の喜怒の正を看るは、又奈何。【聖人は曽て喜怒なきに非ず、是れ曽て自私せざるなり。しかしその喜怒は皆彼に繋がりて此に繋がらず、是れ曽て智を用いざるなり。自私用智の喜怒を以て、聖人の喜怒の一概に天理の正に循うを看れば、豈に大相違背せざらんや。】人の情の発し易く制し難きは、ただ怒が最も甚だし。ただ能く怒の時に即ち怒を忘れて理の是非を観れば、亦た外誘の悪むに足らざるを見るべくして、道に於いても過半を想うことができる。【朱熹は言う——怒を忘れば則ち公、理を観れば則ち順。】」伊川先生が朱長文に答える書に曰く——「聖賢の言は已むを得ざるなり。この言有れば則ちこの理明らかに、この言無ければ則ち天下の理に缺漏有り。耒耜陶冶の器具のごとく、一様も製せざれば則ち生人の道に不足有り。聖賢の言はたとい止めんと欲すとも、能く止められんや。しかしそれは天下の理を包涵し尽くして、亦た甚だ簡約なり。【耒の頭は耜、耜の柄は耒。模を以て土器を作るを陶と言い、金を鋳るを冶と言う。聖賢の言はもとより得已に非ず。天理を発明して斯民を覚らさんと欲するは、民生日用の器具の缺くべからざるがごとし。しかしその言は少なくして理は包まざるなく、多言を以て貴しと為すに非ず。】後の人は才だ書を把れば則ち文章を先と為す。平生の為す所は動もすれば聖人より多し。しかしこれ有りて補う所なく、これ無きに缺る所なし。乃ち用無きの赘言なり。赘なるのみならず——すでにその要を得ざれば、則ち真を離れ正を失い、反って道を害するは必ずなり。【後人はただ文章を作るに志を立てて理を明らかにするに足らず。則ち益なきのみならず。その本を得ざるがゆえに、未免邪偽に流れ、反って道を害す。】来書のいわゆる後人をして其の善を忘れざるを見せしめんと欲するは、此乃ち世人の私心なり。夫子が「世に没して名称せらるるなき」を痛恨するは、終身善有りて称述すべからざるを痛恨するのみ、名声なきを痛恨するに非ず。名声は中等の人を激励すべし。君子の存する所は、汲汲としてこれを求むるに非ず。【君子の学は己の為なり。もし人の知るを求めば、則ち私心のみ。】」

內積忠信所以進徳也擇言篤志所以居業也【幹九三文言傳朱子曰內積忠信是實心擇言篤志是實事又曰忠信者如惡惡臭如好好色表裡無一毫之不實擇言謂脩辭篤志謂立誠立誠即上文忠信又曰內有忠信方能脩辭徳以心言業者徳之事徳要日新又新故曰進業要存而不失故曰居進如日知其所亡居如月無忘其所能進徳脩業只是一事】知至至之致知也求知所至而後至之知之在先故可與幾所謂始條理者知之事也【至謂至善之地也求知至善之地而後至其所知所重者在知故曰可與幾蓋幾者動之微事之先見者也致知以正其始則能得乎事之幾微矣智者知之至明也】知終終之力行也既知所終則力進而終之守之在後故可與存義所謂終條理者聖之事也此學之始終也【易傳下同○終即至善之盡處也既知所終則力行而終之所重在行故曰可與存義蓋義者當然之則存者守而勿失也力行以成其終斯能立乎事之則義矣聖者行之至盡也始終條理之説詳見孟子】

程頤は言う。「内に忠信を積む、徳を進むる所以なり。言を択び志を篤くす、業を居る所以なり。【『乾』九三『文言』伝。朱熹は言う——内に忠信を積むは実心、言を択び志を篤くするは実事。また言う——忠信は悪臭を悪み好色を好むがごとく、表裏に一毫も実ならざるなし。「言を択ぶ」は辞を修むる、「志を篤くす」は誠を立つる。誠を立つるはすなわち上の文の忠信。また言う——内に忠信有ってこそ能く辞を修む。徳は心に就いて言い、業は徳の事。徳は日新たまただ新たかるべきゆえに進と言い、業は存して失わざるべきゆえに居と言う。進は「日にその亡き所を知る」がごとく、居は「月にその能くする所を忘れず」がごとし。徳を進め業を修むるはただ一事。】「至るを知りこれに至る」は知を致すなり——至る所要を求知りて、然る後にこれに至る。知は先に在り、だから幾と与にす可し。いわゆる始条理は知の事なり。【「至」は至善の地。至善の地を求知りて、然る後にその知る所に至る。重んずる所は知に在り。だから幾と与にす可しと言う。幾は動の隠微、事の先に見ゆる。知を致して以てその始めを正しくすれば、すなわち事の幾微を得。智は知の至明なり。】「終わるを知りこれを終わらす」は力を行うなり——すでに終わる所を知れば、則ち力進してこれを終結す。守は後に在り、だから義を存すと与にす可し。いわゆる終条理は聖の事なり。これが学の始終である。【『易伝』に出る、以下同じ。○「終」はすなわち至善の尽くる処。すでに終わる所を知れば則ち力を行いてこれを終わらす。重んずる所は行に在り。だから義を存すと与にす可しと言う。義は当然の則、「存」は守りて失わざる。力を行いて以てその終わりを成せば、すなわち事の則義に立つことを得。聖は行の至尽なり。始終条理の説は詳しく『孟子』に見る。】」

君子主敬以直其內守義以方其外敬立而內直義形而外方義形於外非在外也【坤六二丈言傳敬主於中則動靜之間心存戒謹自然端直而無邪曲之念義見於外則應酬之際事當其則自然方正而無回撓之私然義之用逹於外耳義非在外也】敬義既立其徳盛矣不期大而大矣徳不孤也【內直外方敬義交養其徳自然盛大故曰不孤也】無所用而不周無所施而不利孰為疑乎【徳至於大則其所行無一而不備無往而不順故曰不疑其所行也】

程頤は言う。「君子は敬を用いてその内を直くし、義を守りてその外を方くす。敬立ちて内直く、義見えて外方なり。義の外に見えるは、外に在るに非ず。【『坤』六二『文言』伝。敬は中に主れば、則ち動静の間心に戒謹を存し、自然に端直にして邪曲の念なし。義は外に見えれば、則ち應酬の際事はその則に合し、自然に方正にして回撓の私なし。しかし義の用は外に通達すれども、義は外に在るに非ず。】敬義すでに立てば、その徳は盛んなり、大ならんを期せずして自然に大なり。徳は孤ならず。【内直く外方にして、敬義交わり養う。その徳は自然に盛大。だから孤ならずと言う。】用いる所なくして周遍せず、施す所なくして順利せず。誰か疑わん。【徳が大に至れば、則ちその行う所は一も備わらざるなく、往きて利ならざるなし。だからその行う所を疑わずと言う。】」

動以天為無妄動以人慾則妄矣無妄之義大矣哉【震下幹上為無妄震動也幹天也故曰動以天妄邪偽也動而純乎天理則無邪偽矣】雖無邪心苟不合正理則妄也乃邪心也既已無妄不宜有往往則妄也故無妄之彖曰其匪正有眚不利有攸徃【心雖非出於邪妄而見理不明所為或乖於正理是即妄也即邪心也故無妄而有匪正之眚又事至於無妄則得所止矣不宜有往往乃過也過則妄也故曰不利有攸徃】

程頤は言う。「動いて天を以てするを無妄と為し、動いて人欲を以てすれば則ち妄なり。無妄の義は大なり。【震下乾上は無妄。震は動、乾は天。だから動いて天を以てすと言う。妄は邪偽。動いて天理に純なれば則ち邪偽なし。】たとい邪心なくとも、もし正理に合わざればすなわち妄、乃ち邪心なり。すでに無妄なれば、往く有るべからず。往けば則ち妄なり。だから『无妄』の彖は曰く——「其れ正に匪ざれば眚有り、往く所有るに利あらず」。【心は邪妄に出ずと雖も、而も理を見ること明らかならず、為す所或いは正理に乖けば、すなわち妄、すなわち邪心。だから無妄にして「正に匪ざる」の災眚有り。また、事が無妄に至れば則ち止まる所を得たり。更に往く有るべからず。往けばすなわち過、過れば則ち妄。だから「往く所有るに利あらず」と言う。】」

人之蘊蓄由學而大在多聞前古聖賢之言與行考跡以觀其用察言以求其心識而得之以蓄成其徳【大畜卦象傳考聖賢之行可以觀其用察聖賢之言可以求其心有見於此則蓄徳日大蓋非徒多聞之為貴】鹹之象曰君子以虛受人伊川易傳曰中無私主則無感不通以量而容之擇合而受之非聖人有感必通之道也【鹹者感也故鹹卦皆以感為義惟虛中而無所私主則物來能應有感必通也若夫有量則必有限有合則必有不合此非聖人感通之道也】其九四曰貞吉悔亡憧憧往來朋從爾思傳曰感者人之動也故鹹皆就人身取象四當心位而不言鹹其心感乃心也感之道無所不通有所私系則害於感通所謂悔也聖人感天下之心如寒暑雨無不通無不應者亦貞而已矣貞者虛中無我之謂也【鹹卦取象人身初為拇二為腓三為股五為脢上為輔頰舌四當心位而不言心者感者必以心也有感則有通然使在此者有所私系則為感之道狹矣心所不通是悔也聖人之感天下如寒暑雨周遍公溥無所私系故無不通應所謂貞吉而悔亡也或謂貞者正也未有解為虛中無我者愚聞之師曰諸卦之貞各隨卦義以為正幹以健為貞坤以順為貞故曰利牝馬之貞虛中無我者鹹之貞也然此與象以虛受人異者蓋象取山澤通氣之義謂虛中以受人之感爻取四為感之主謂虛中以感人也惟虛則能應人之感惟虛則能感人之應其理則一也】若往來憧憧然用其私心以感物則思之所及者有能感而動所不及者不能感也以有系之私心既主於一隅一事豈能廓然無所不通乎【憧憧徃來者私心也若無私心則湛然泰然何至憧憧也惟其私心有系故其所思者有及與不及而其所感者有通與不通所謂朋從爾思者蓋思惟及其朋類亦惟朋類乃從其思耳】

程頤は言う。「人の蘊蓄は学に由りて大なり。多く前古聖賢の言と行とを聞くに在り——其の形迹を考えて以て其の用を観、其の言を察して以て其の心を求め、識りてこれを得、以て其の徳を蓄成す。【『大畜』卦象伝。聖賢の行を考えれば以て其の用を観るべく、聖賢の言を察すれば以て其の心を求むべし。ここに見る有れば則ち徳を蓄えて日に大なり。ただ多聞を以て貴しと為すに非ず。】『咸』の索は曰く——「君子は虚を以て人を受く」。伊川『易伝』は曰く——中に私主なければ、則ち感ぜずして通ぜざるなし。量を按じて容納し、合するを択びてこれを受くるは、聖人の感じて必ず通ずるの道に非ず。【咸はすなわち感。だから『咸』卦は皆感を以て義と為す。ただ中虚にして私主する所なければ、則ち物来りて能く應じ、感有れば必ず通ず。量有れば則ち必ず有限、合有れば則ち必ず合せざる有り。これは聖人の感通の道に非ず。】其の九四は曰く——「貞吉悔亡。憧憧往来、朋爾思に従う」。伝は曰く——感は人の動なり。だから『咸』は皆人身に就きて象を取る。四は心臓の位に当たりて而も「其の心を咸す」と言わざるは、感はすなわち心なればなり。感の道は通ぜざる所なし。私繋する所有れば則ち感通に害あり。すなわちいわゆる悔なり。聖人は天下の心に感ず。寒暑雨暘(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)の通ぜざるなく應ぜざるなきがごときも、亦た貞のみ。貞は虚中にして無我の意なり。【『咸』卦は人身に象を取る——初は拇、二は腓、三は股、五は脢、上は輔頬舌。四は心位に当たりて而も心と言わざるは、感は必ず心を用うればなり。感有れば則ち通有り。しかしもしここに私繋する所有らば、則ち感と為すの道は狭く、心の通ぜざるはすなわち悔。聖人は天下に感ず。寒暑雨暘のごとく、周遍公溥にして私繋する所なし。だから通じ應ぜざるなく、すなわちいわゆる貞吉にして悔亡。或いは曰く「貞」は正、曽て虚中無我と解せず。葉采は師に聞く——諸卦の貞は各々卦義に随いて以て正と為す。乾は健を以て貞と為し、坤は順を以て貞と為す。だから「牝馬の貞に利し」と言う。虚中無我は咸の貞なり。しかしこれは象の「虚を以て人を受く」と同じからず——象は山沢通気の義を取る。是れ虚中にして人の感を受く。爻は四を取りて感の主と為す。是れ虚中にして人に感ず。ただ虚なるを以て能く人の感に應じ、ただ虚なるを以て能く人の應に感ず。その理は則ち一つなり。】もし往来憧憧然として、私心を用いて物に感ぜば、則ち思う所朋従すること動して咎を生ず。憧々の往来は未だ光大ならざるなり。】

君子之遇艱阻必自省於身有失而致之乎有所未善則改之無歉於心則加勉乃自修其徳也【蹇卦象傳此教人以處艱阻之道自省其身而有不善則當速改不可以怠而廢苟無愧焉則益當自勉不可以阻而廢君子反躬之學雖遇艱阻亦莫非進徳之地】

程頤は言う。「君子は艱阻に遇えば、必ず自ら反省す——是れ過失の致す所有りや。未だ善ならざる所有れば則ち改め、心に歉疚なければ則ちさらに勉励す。乃ち自ら其の徳を修むるなり。【『蹇』卦象伝。これは人に艱阻に処るの道を教うるなり。自ら其の身を省みて不善有れば則ち当に速やかに改むべし。怠りて廃すべからず。もし愧るなければ、則ち更に当に自ら勉るべし。阻に因りて廃すべからず。君子の躬に反るの学は、たとい艱阻に遇うとも、亦た徳を進むるの地に非ざるなし。】」

非明則動無所之非動則明無所用【豐卦初九傳知行相需不可偏廢非知之明則動將安之如目盲之人動則不知所之也非行之力則明亦無所用如足痿之人雖有見焉亦不能行矣】

程頤は言う。「明らかならざれば則ち動くに往く所なし。動かざれば則ち明らかなるも用いる所なし。【『豊』卦初九伝。知と行とは互いに相須けて、偏廃すべからず。これを知るの明ならざれば、則ち動いて将に何れにか往かん。目盲の人の一たび動けば則ち往く所を知らざるがごとし。これを行うの力ならざれば、則ち明らかなるもまた用いる所なし。足痿の人の見る所有るも、能く走らざるがごとし。】」

習重習也時復思繹浹洽於中則説也【說見論語○繹往來防繹也學者於所學之事時時思繹不驟不輟義理乆則浹洽其中自然悅豫也】以善及人而信從者眾故可樂也【善有諸巳足以及人信從者眾同歸於善豈不可樂也蓋與人為善之意如此】雖樂於及人不見是而無悶乃所謂君子【經説下同○君子者成徳之名也雖樂於以善及人然人或未信則亦安其在我而已奚慍焉蓋自信之篤而無待於外所以為成徳也】古之學者為巳欲得之於巳也今之學者為人慾見知於人也【説見論語○為己者如食之求飽衣之求溫溫飽在巳非為人也為人者但求在外之美觀非關在我之實用故學而為巳則所得者皆實得學而為人剛雖或為善亦非誠心況乎志存務外自為欺誑善日消而惡日長矣○朱子曰為學且須分內外義利便是生死路頭】

程頤は言う。「『習』は反復して練習すること。時時に再三して思繹して、義理が中に浹洽すれば、則ち喜悦なり。【説は『論語』に見る。○「繹」は往来して尋繹す(底本は「往来防繹」とするが、「防」は「尋」の誤り)。学者は学ぶ所の事に対し時時に思繹して、驟進せず亦た中輟せず。義理は久しくして其の中に浹洽し、自然に悦豫す。】善を推して人に及ぼして信従する者多ければ、だから楽しむべし。【善は己の身に在りて以て人に推し及ぼすに足り、信従する者多くして同じく善に帰す。豈に楽しむべからざらんや。人とともに善を為すの意はこのごとし。】人に推し及ぼすを楽しむと雖も、認められずとも煩悶せず。乃ちいわゆる君子なり。【『経説』に出る、以下同じ。○君子は徳を成すの名。善を以て人に及ぼすを楽しむと雖も、然るに人或いは未だ信ぜずとも、亦たただ己の方に安んずるのみ。何の愠怒かあらん。これは自ら信ずること篤くして外に求むる所なし。だから徳を成すなり。】古の学者は己の為なり。是れ己に得んことを欲するなり。今の学者は人の為なり。是れ人に知られんことを欲するなり。【説は『論語』に見る。○己の為とは、飯を食いて飽を求め、衣を衣て暖を求むるがごとく、温飽は己に在りて人の為に非ず。人の為とは、ただ外の好きを求めて己の実用に関せず。だから学んで己の為と為せば則ち得る所は皆実得。学んで人の為と為せば、則ちたとい善を為すも誠心に非ず。況んや志は外を務め己を欺くに於いてをや。善は日に消え悪は日に長たん。○朱熹は言う——為学は且つ内外・義利を分かつを须とす。便是れ生死の路頭なり。】」

伊川先生謂方道輔曰聖人之道坦如大路學者病不得其門耳得其門無逺之不可到也求入其門不由於經乎今之治經者亦眾矣然而買櫝還珠之蔽人人皆是經所以載道也誦其言辭解其訓詁而不及道乃無用之糟粕耳【説見韓子○方元宷字道輔經所以載道猶櫝所以藏珠治經而遺乎道猶買櫝而還其珠】覬足下由經以求道勉之又勉異日見卓爾有立於前然後不知手之舞足之蹈不加勉而不能自止矣【手帖○道非有形狀之可見蓋其志道之切行道之篤視聴言動造次顛沛不違乎道用力既乆所見益為親切如有卓然而立於前者則中心喜樂自然欲罷不能矣】

伊川先生は方道輔に対して言う。「聖人の道は平坦にして大路のごとし。学者の病は其の門を得ざるのみ。其の門を得れば、遠くして至らざるなし。其の門に入らんことを求むるに、経書に経由せざるか。今経を治める者もまた多し。然るに櫝を買い珠を還すの病は人人是れなり。経は以て道を載せる者なり。其の言辞を誦し其の訓詁を解して道に及ばざるは、乃ち用無き糟粕なり。【説は韓愈に見る。○方元采は字は道輔。経の道を載する所以は、櫝の珠を蔵する所以のごとし。経を治めて道を丟うは、櫝を買いて其の珠を還すがごとし。】足下の経に由りて以て道を求めんことを希望す。勉めまた勉めよ。他日卓然として前に立つ有るを見て、然る後に手の舞う足の蹈むを知らず、勉めを加えずして自ら止む能わず。【手帖に出る。○道は並びて形状の見ゆるなし。道を志すの切・道を行うの篤なるに因りて、視聴言動・造次顛沛も道に違わず、用力すでに久しければ、見る所はさらに親切にして、卓然として前に立つ有るがごとき有れば、則ち中心喜楽し、自然に罷まんと欲するも能わず。】」

明道先生曰修辭立其誠不可不子細理防言能修省言辭便是要立誠若只是修飾言辭為心只是為偽也【修省言辭者中有其誠省治之將以立實徳也修飾言辭者中無其誠虛飾之將以為誇美也省飾之間乃天理人慾之分○朱子曰橫渠以立言傳後為修辭明道所謂修辭但是非理勿言】若修其言辭正為立巳之誠意乃是體當自家敬以直內義以方外之實事【敬義説見前誠意者合敬義之實而為言也體當俗語猶所謂體驗勘當也蓋修其言辭者所以擬議其敬義之實事而非徒事於虛辭也】道之浩浩何處下手惟立誠才有可居之處有可居之處則可以修業也【浩浩流行盛大貎下手謂用力處道之廣大於何用功惟立巳之誠意始有可據守之地此誠既立則其業之所就日以廣大】終日干幹大小大事卻只是忠信所以進徳為實下手處修辭立其誠為實修業處【遺書下同説並見易文言○君子終日干幹是體天行健之事可謂大矣然其實則惟忠信積於內而無一念之不實者為用功之地修辭立於外而無一言之不實者為見功之地蓋表裡一於誠至誠故乾乾而不息】

明道先生は言う。「『辞を修め其の誠を立つ』——仔細に理会せざるべからず。能く言辞を修省すると言うは、便ち是れ誠を立てんと要するなり。もし只是れ言辞を修飾するのみならば、存心は只是れ偽を作すのみ。【言辞を修省する者は、裏に誠有り。之を省治して以て実徳を立てんとするなり。言辞を修飾する者は、裏に誠なし。虚飾して以て美を誇らんとするなり。省と飾との間は、乃ち天理人欲の分界なり。○朱熹は言う——横渠は言を立てて後に伝うるを以て辞を修むと為す。明道のいわゆる辞を修むるは只是れ理に非ざれば言わざるのみ。】もし其の言辞を修むるが正に己の誠意を立てんが為なれば、乃ち自家の『敬を以て内を直くし義を以て外を方くす』の実事を体当するなり。【敬義の説は前に見る。誠意は敬義の実を合わせて言う。「体当」は俗語。いわゆる体験勘当のごとし。其の言辞を修むるは、以て其の敬義の実事を擬議するなり。徒然に虚辞に従事するに非ず。】道は浩浩として広大、何れの処にか下手せん。ただ誠を立ててこそ居るべきの処有り。居るべきの処有れば、則ち以て業を修むべし。【「浩浩」は流行盛大の貌。「下手」は用力の処。道の広大は何れよりか功を用いん。ただ己の誠意を立てて、始めて拠守すべきの地有り。この誠すでに立てば、則ち其の業の成就する所は日に以て広大なり。】終日乾乾、大事小事は却て只是れ——忠信は徳を進むる所以、切実の下手処と為し、辞を修め其の誠を立つるは、切実の業を修むる処と為す。【『遺書』に出る、以下同じ。説は並びて『易・文言』に見る。○君子終日乾乾たるは、天行健の事を体するなり。大なりと言うべし。然るに其の実は則ちただ忠信を内に積みて一念も実ならざるなきを、功を用うるの地と為し、辞を修めて外に立ちて一言も実ならざるなきを、功を見るの地と為す。表裏は誠に一なり。至誠は乾乾として息まざる所以なり。】」

伊川先生曰志道懇切固是誠意若迫切不中理則反為不誠蓋實理中自有緩急不容如是之迫觀天地之化乃可知【有志於道懇惻切至固誠意也然迫切之過而至於欲速助長則反害乎實理如春生夏長秋成冬實固不容一息之間斷亦不能一日而遽就也】

伊川先生は言う。「道に志すこと懇切は、固より是れ誠意なり。もし迫切にして理に中らざれば、則ち反って不誠と為る。実理の中は自ら緩急有り。此のごとき急迫を容れず。天地の化を観れば、則ち以て知るべし。【道に志有りて、懇惻切至は固より是れ誠意。然るに迫切分を過ぎて速ならんと欲し長さんと助くるに至れば、則ち反って実理を害す。春生じ夏長ち、秋成り冬実るがごとき、固より一息の間断を容れず、亦た一日にして便ち成就する能わず。】」

孟子才髙學之無可依據學者當學顔子入聖人為近有用力處【孟子天資超邁故難學顔子天資純粹而功夫縝宻進徳有序故學者有用力處】又曰學者要學得不錯須是學顔子【本注云為有凖的】

程子は言う。「孟子は才高し。彼を学ぶに依拠すべき処なし。学者は当に顔子を学ぶべし。聖人の境に入ること比較的近く、力を用うる处有り。【孟子は天資超邁ゆえに学び難し。顔子は天資純粋にして功夫縝密、徳を進むるに序有り。だから学者に力を用うる处有り。】」また言う——「学者は学びて錯ならざるを要す。必ず是れ顔子を学べ。【本文原注——準的有るがゆえに。】」

明道先生曰且省外事但明乎善惟進誠心其文章雖不中不逺矣所守不約氾濫無功【朱子曰知至則意誠善才明誠心便進文章是威儀制度之類此段恐是呂與叔自關中來初見程子時説話蓋橫渠學者多用心於禮文制度之事而不近裡故以此告之】

明道先生は言う。「且らく外面の事を省減せよ。ただ善を明らかにし、ただ誠心を推進せんことを要す。其の文章はたとい中らずとも遠からず。守る所を簡約せざれば、泛濫して功效なし。【朱熹は言う——知至れば則ち意誠なり。善才だ明らかなれば則ち誠心便ち進む。「文章」は威儀制度の類。此の段は恐らく呂大臨が関中より来りて初めて程子に見えし時に言えるなり。横渠の学者は多く礼文制度の事に心を用いて裏に近からず。だからこれを以て彼に告ぐ。】」

學者識得仁體實有諸巳只要義理栽培如求經義皆栽培之意【仁者天地之生理人心之全徳也其體具於心固人之所本有然必內反諸巳察之精養之厚有以見夫仁之全體實為巳有則吾心所存無非天理而後博求義理以封殖之則生理日以充長而仁不可勝用矣】

程顥は言う。「学者は仁体を識得して実に己の有と為す。ただ義理を用いて栽培せんことを要す。経義を求むるがごとき、皆是れ栽培の意なり。【仁は天地の生理・人心の全徳。其の体は心に具わり、固より人の本有なり。然るに必ず内に於いて己に反して、これを察すること精・これを養うこと厚くして、以て仁の全体が実に己の有たるを見る有れば、則ち吾が心の存す所は天理に非ざるなく、而る後に博く義理を求めてこれを培殖せば、則ち生理は日に以て充長して仁は勝用すべからず。】」

昔受學於周茂叔毎令尋顔子仲尼樂處所樂何事【朱子曰按程子之言引而不發蓋欲學者深思而自得之今亦不敢妄為之説學者但當從事於博文約禮之誨以至於欲罷不能而竭其才則庶乎其可以得之矣】

程顥は言う。「昔周茂叔に学を受けし時、毎に人をして顔子・仲尼の楽しむ処を尋ねしめ、楽しむ所は如何なる事ぞ。【朱熹は言う——程子の言を按ずるに引きて発せず。是れ学者をして深思して自ら得しめんと欲するなり。今も敢えて妄りに解説せず。学者はただ当に博文約礼の教に従事して、罷まんと欲するも能わずして其の才を竭くすに至るべし。則ち庶幾くして得るべし。】」

所見所期不可不逺且大然行之亦須量力有漸志大心勞力小任重恐終敗事【朱子曰學者之志固不可不以逺大自期然苟悅其髙而忽於近慕於大而略於細則無漸次經由之實而徒有懸想跂望之勞亦終不能以自逹矣○張南軒曰學者當以聖人為準的然貪髙慕逺躐等以進非徒無益而又害之也】

程顥は言う。「見る所期する所は、遠くして且つ大ならざるべからず。然るに行うもまた須く力を量り漸進有るべし。志大きくして心労れ、力小さくして任重きは、恐らくは終に事を敗らん。【朱熹は言う——学者の志は固より遠大を以て自ら期せざるべからず。然るに高きを好みて近きを略し、大ききを慕いて細きを略せば、則ち漸次経由の実なくして、徒らに懸想跂望の労有るのみ。亦た終に自ら通達する能わず。○張栻は言う——学者は当に聖人を以て準的と為すべし。然るに高きを貪り遠きを慕い、等を躐ねて以て進まば、但だ益なきのみならず且つ害有り。】」

朋友講習更莫如相觀而善工夫多【朋友相處非獨講辨之功薰陶漸染得於觀感自然進益】

程顥は言う。「朋友の講習は、更に相観じて善くするの工夫に比する多し。【朋友あい処るは、独り講辨の功のみならず。薰陶漸染して観感に得る。自然に進益す。】」

須是大其心使開闊譬如為九層之臺須大做腳始得【心不開闊則規模狹陋而安於小成持守固滯而惰於進善】

程顥は言う。「必ず是れ心を放大して、之を開濶せしむべし。譬えば九層の台を作る、須く脚を大に作るべきのみ。【心開濶せざれば則ち規模狭陋にして小成に安んじ、持守固滞にして善を進むるに懶し。】」

明道先生曰自舜發於畝之中至孫叔敖舉於海若要熟也須從這裡過【説見孟子○履難處困則歴變多而慮患深察理宻而制事審○朱子曰曾親歴方認得許多險阻去處】

明道先生は言う。「『舜は畎畝の中より発す』(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)より『孫叔敖は海より挙ぐ』に至るまで、もし熟せんと欲せば、亦た須くここより過るべし。【説は『孟子』に見る。○難処困を履めば、則ち変故を経歴すること多くして患を慮ること深く、理を察すること密にして事を制すること審なり。○朱熹は言う——曽て身を以て経歴して(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)こそ、許多の険阻の去处を認識す。】」

參也竟以魯得之【按程子又曰曾子之學誠篤而已聖門學者聰明才辯不為不多而卒傳其道乃質魯之人耳故學以誠實為貴也○尹氏曰曾子之才魯故其學也確所以能深造乎道也】明道先生以記誦博識為玩物喪志【本注云時以經語録作一冊鄭轂雲嘗見顯道先生雲某從洛中學時録古人善行別作一冊明道先生見之曰是玩物喪志蓋言心中不冝容絲髪事胡安國曰謝先生初以記聞為學自負該博對明道舉史書成篇不遺一字明道先生曰賢卻記得許多可謂玩物喪志謝聞此語汗流浹背而發赤及看明道讀史又卻逐行看過不蹉一字謝甚不服後來省悟卻將此事做話頭接引博學之士○謝良佐字顕道上蔡人程子門人也人心虛明所以具眾理而應萬事有所繫滯則本志未免昏塞所貴乎讀書將以存心而明理也苟徒務記誦為博則書也者亦外物而已故曰玩物喪志○朱子曰上蔡記誦明道看史此正為巳為人之分】

程子は言う。「参や、終に魯鈍を以てこれを得たり。【程子の言を按ずるにまた曰く——曾子の学は只是れ誠篤のみ。聖門の学者は聡明才弁多しと為さずと雖も、而も終に其の道を伝えしは、乃ち資質魯鈍の人なり。だから学は誠実を以て貴しと為す。○尹焞は言う——曾子の才は魯なり。だから其の学も確なり。能く道に深造する所以なり。】」明道先生は記誦博識を以て玩物喪志と為す。【本文原注——当時経語を録して一冊と作る。鄭穀は言う——曽て顕道先生が言うを見るに、某は洛中より学ぶ時、古人の善行を録して別に一冊と作り、明道先生之を見て曰く「これ玩物喪志なり」。是れ心中に糸髪の事を容るべからずを言うなり。胡安国は言う——謝先生は初め記聞を以て学と為し、自ら該博を負り、明道に対し史書を挙げて成篇にして一字も漏らさず。明道先生曰く——「汝は却って許多を記得す。玩物喪志と言うべし」。謝はこの言を聞いて汗流れて背を浹し面赤らむ。明道の史を読むを看るに及んで、却って行を逐いて看過して一字も蹉らず。謝は甚だ服せず。後に省悟して、却ってこの事を把って話頭と為して博学の士を接引す。○謝良佐は字は顕道、上蔡の人、程子の門人。人心は虚明にして、だから衆理を具えて万事に應ず。繋滞する所有れば則ち本志は未免昏塞す。読書の貴ぶ所は、将に以て心を存し理を明らかにせんとするなり。もし只是れ記誦を務めて博を求めば、則ち書も亦た只是れ外物のみ。だから玩物喪志と言う。○朱熹は言う——上蔡の記誦・明道の看史は、此れ正に己の為・人の為の分なり。】

禮樂只在進反之間便得性情之正【以上並明道語○樂記曰禮主其減樂主其盈禮減而進以進為文樂盈而反以反為文○朱子曰減是退讓撙節收斂的意思是禮之體本如此然非人之所欲故須進歩向前著力去做故以進為文盈是舒暢發越快滿底意思是樂之體本如此然易至於流蕩卻湏收拾向裡故以反為文又曰禮減而不進則銷樂盈而不返則放故禮有報而樂有反】父子君臣天下之定理無所逃於天地之間安得天分不有私心則行一不義殺一無辜有所不為有分毫私便不是王者事【父子君臣人倫之大端天下之定理立於天地之間者必有所不容廢者也惟能全其天理而無私心者則處之各當其分而行一不義之事殺一不辜之人雖可以得天下亦不為也蓋堯舜受禪無虧父子之恩湯武征伐無愧君臣之義皆無私心故也】

程顥は言う。「礼楽はただ進と反との間に在りて、便ち性情の正を得。【以上皆明道の言。○『楽記』曰く——礼は其の減を主り、楽は其の盈を主る。礼は減して進み、進を以て文と為す。楽は盈して反り、反を以て文と為す。○朱熹は言う——「減」は退譲撙節収斂の意、是れ礼の体もとより此のごとし。然るに人の欲する所に非ず。だから須く歩を進めて向前して力を著けて之を為すべし。故に進を以て文と為す。「盈」は舒暢発越快満の意、是れ楽の体もとより此のごとし。然るに流蕩し易し。却って須く収拾して裏に向かうべし。故に反を以て文と為す。また曰く——礼は減して進まざれば則ち銷蝕し、楽は盈して返らざれば則ち放縱す。だから礼に報有りて楽に反有り。】父子君臣は天下の定理、天地の間に逃るる所なし。怎んぞ能く天分を得て私心なからん。則ち一の不義を行い一の無辜を殺すも為さざる所有り。分毫の私有れば、便ち王者の事に非ず。【父子君臣は人倫の大端・天下の定理、天地の間に立つは必ず廃するを容れざる所有り。ただ能く其の天理を全うして私心なきは、則ちこれに処して各々其の分に当たり、而も一の不義の事を行い一の不辜の人を殺すも、たとい以て天下を得べくとも為さず。尭舜の受禅は父子の恩を虧かず、湯武の征伐は君臣の義に愧なし。皆私心なきが故なり。】」

論性不論氣不備論氣不論性不明二之則不是【此段疑當在首卷論性之善而不推其氣稟之不同何以有上智下愚之不移故曰不備論氣稟之異而不原其性之皆善則是不逹其本也故曰不明然性者氣之理氣者性之質元不相離判而二之則亦非矣○朱子曰論性不論氣孟子言性善是也論氣不論性荀子言性惡子言善惡混是也愚謂孟子推原性之本善雖未及乎氣質固不害其為性也至於荀但知氣質之或異而不知性之本同則是不識性也豈不害道要之必若程子橫渠之言始為明備】

程子は言う。「性を論じて気を論ぜざれば則ち完備せず、気を論じて性を論ぜざれば則ち明らかならず。二者を分かちて則ち非なり。【此の段は疑らく当に首巻に在るべし。性の善を論じて其の気禀の不同を推せざれば、何以に上智下愚の不移有るや。だから完備せずと言う。気禀の差異を論じて其の性の皆善を原ぜざれば、則ち是れ其の本に達せず。だから明らかならずと言う。然るに性は気の理、気は性の質、元来相離れず。判じて二と為せば則ち亦非なり。○朱熹は言う——性を論じて気を論ぜざるは、孟子の性善を言う是れ。気を論じて性を論ぜざるは、荀子の性悪を言い、揚雄(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)の善悪混を言う是れ。葉采按——孟子は性の本善を推原す。気質を説かずと雖も、固より其の性と為るを害せず。荀・揚に至ってはただ気質の或いは同じからざるを知るのみ、而も性の本同を知らず。則ち是れ性を識らず。豈に道を害せざらんや。要するに、必ず程子・横渠の言のごとくしてこそ、始めて明備なり。】」

論學便要明理論治便須識體【論學而不明理則徒事乎詞章記誦之末未為知學也論治而不識其體則徒講乎制度文為之末未為知治也】

程子は言う。「学を論ずれば便ち理を明らかにせんことを要し、治を論ずれば便ち体を識るを须とす。【学を論じて理を明らかにせざれば、則ち徒然に詞章記誦の末に従事し、未だ学を知ると為さず。治を論じて其の体を識らざれば、則ち徒然に制度文為の末を講論し、未だ治を知ると為さず。】」

曾防漆雕開已見大意故聖人與之【曾言志以為莫春者春服既成冠者五六人童子六七人浴乎沂風乎舞雩詠而歸蓋有見於是道之大流行充滿而於日用之間從容自得有與物各適其所之意子使漆雕開仕對曰吾斯之未能信開於是理必有見焉顧於應酬之際未能自信其悉中乎是理此其所見之大而不安於小成所守之篤而必期於自信二者雖其行之未成要皆有見於聖人之大意○朱子曰防更規模大開更縝宻○蔡節齋曰防之意欲上開之意方進而未巳】

程子は言う。「曾点(底本は「曾防」とするが、「点」の誤り)・漆彫開はすでに大意を見たり。だから聖人は之らを許す。【曾点(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)が志を言うに、暮春にして春服すでに成り、冠者五六人・童子六七人、沂に浴し舞雩に風し、咏して帰ると為す。是れ此の道の大・流行充満を見る有りて、而も日用の間に従容自得して、物と各々其の所に適うの意有り。孔子は漆彫開をして官せしめんとす。対えて曰く——「吾れ此れに於いては未だ能く信ぜず」。開は此の理に於いて必ず見る所有り。ただ應酬の際に於いて未だ自ら信じて皆此の理に中る能わず。此れ見る所の大にして小成に安んぜず、守る所の篤くして必ず自ら信ずるに期す。二者は実行は未だ成らずと雖も、要するに皆聖人の大意を見る有り。○朱熹は言う——点は更に規模大なり、開は更に縝密なり。○蔡模は言う——点の意は上達せんと欲するなり、開の意は方に進みて未だ已まざるなり。】」

根本湏是先培壅然後可立趨向也趨向既正所造淺深則由勉與不勉也【涵養心徳根本深厚然後立趨向而不差又勉而不已乃能深造○朱子曰收其放心然後自能尋向上去亦此意也】

程子は言う。「根本は須く先に培壅して、然る後に以て趨向を立つべし。趨向すでに正しければ、造る所の浅深は則ち勉と不勉とに由る。【心徳を涵養して根本深く厚くし、然る後に趨向を立てて差えず。又勉めて已まずしてこそ、能く深造す。○朱熹は言う——其の放心を収めて、然る後に自ら能く向上に尋向す。亦是れ此の意なり。】」

敬義夾持直上逹天徳自此【朱子曰敬主乎中義方乎外二者相夾持要放下霎時也不得只得直上去故便逹天徳又曰表裡夾持更無東走西作直上者不為物慾所累則可上逹天徳矣】懈意一生便是自棄自暴

程子は言う。「敬義は夾持して、直上して天徳に達す。此れより始まる。【朱熹は言う——敬は中に主り、義は外に方く、二者あい夾持して、放下するも片刻も行われず。ただ直上するを得るのみ。だから便ち天徳に達す。また曰く——表裏夾持して、更に東走西奔するなく。直上は物慾に累われざるなれば、則ち以て上達して天徳すべし。】懈怠の意一たび生ぜば、便ち是れ自暴自棄なり。」

不學便老而衰【學問則義理為主故閱理乆而益以精明不學則血氣為主故閱時乆而益以衰謝】

程子は言う。「学ばざれば便ち老いて衰う。【学問有れば則ち義理が主を為す。だから理を閲ること久しくしてさらに精明なり。学ばざれば則ち血気が主を為す。だから時を閲ること久しくしてさらに衰謝す。】」

人之學不進只是不勇【志氣之勇】

程子は言う。「人の学の長進せざるは、只是れ勇ならざるなり。【是れ志気の勇なり。】」

學者為氣所勝習所奪只可責志【立志之不大不剛則義理不足以勝其氣質之固蔽學力不足以移其習俗之纒繞故曰只可責志】

程子は言う。「学者の気禀に勝たれ習俗に奪わるるは、ただ志を責むべきのみ。【志を立つること大ならず剛ならざれば、則ち義理は其の気質の固蔽に勝つに足らず、学力は其の習俗の纏繞を移すに足らず。だからただ志を責むべしと言う。】」

內重則可以勝外之輕得深則可以見誘之小【道義重則外物輕造理深則嗜慾微】

程子は言う。「内裏重ければ則ち以て外面の軽きに勝つべく、得る所深ければ則ち以て誘引の小なるを見るべし。【道義重ければ則ち外物軽し。理に造ること深ければ則ち嗜欲微なり。】」

董仲舒謂正其義不謀其利明其道不計其功【仲舒詳見十四卷○義者當然之理利者義之和也然君子惟欲正其義而已未嘗豫其其利有謀利之心則是有所為而為之非正其義也道者自然之路功者行道之效也然君子惟欲明其道而已未嘗計度其功有計功之心則是有私意介乎其間非明其道矣】孫思邈曰膽欲大而心欲小智欲圓而行欲方可以為法矣【思邈隋唐間人膽大則敢於有為心小則宻於察理智圓則通而不滯行方則正而不流○朱子曰膽不大則卑陋心不小則狂妄圓而不方則譎詐方而不圓則執而不通】大抵學不言而自得者乃自得也有安排佈置者皆非自得也【學而有得則暗者忽而明疑者忽而信欣然有契於心蓋有所不能形容者安排佈置即是著意強為非真自得也】

程子は言う。「董仲舒は言う『其の義を正しくして其の利を謀らず、其の道を明らかにして其の功を計らず』【仲舒は詳しく第十四巻に見る。○義は当然の理、利は義の和。然るに君子はただ其の義を正しくせんと思うのみ、曽て預め其の利を謀らず(底本は一の「其」字を衍す)。利を謀るの心有れば則ち為す所有りて之を為すなり。是れ其の義を正しくするに非ず。道は自然の路、功は道を行うの効。然るに君子はただ其の道を明らかにせんと思うのみ、曽て其の功を計度せず。功を計るの心有れば則ち是れ私意を中間に夾むなり。是れ其の道を明らかにするに非ず。】——孫思邈は言う『胆は大ならんことを欲し、心は小ならんことを欲し、智は円ならんことを欲し、行は方ならんことを欲す』。以て法則と作るべし。【思邈は隋唐の間の人。胆大なれば則ち敢えて為す有り、心小なれば則ち理を察するに密、智円なれば則ち通じて滞らず、行方なれば則ち正しくして流れず。○朱熹は言う——胆大ならざれば則ち卑陋、心小ならざれば則ち狂妄。円にして方ならざれば則ち譎詐、方にして円ならざれば則ち執して通ぜず。】大抵学は言わずして自ら得る、乃ち是れ自得なり。安排布置する有るは、皆自得に非ず。【学んで得る有れば、則ち暗きは忽然として明らかに、疑うは忽然として信ず。欣然として心に契る所有り、形容する能わざる所有り。安排布置はすなわち意を著けて強いて為すなり。真の自得に非ず。】」

視聴思慮動作皆天也人但於其中要識得真與妄爾【視聴思慮言動皆天理自然而不容巳者然順理則為真從欲則為妄】

程子は言う。「視聴思慮動作は皆天なり。人はただ其の中に於いて真と妄とを認得せんことを要するのみ。【視聴思慮言動は皆天理の自然にして已むを容れざるなり。然るに理に順えば則ち真、欲に従えば則ち妄なり。】」

明道先生曰學只要鞭辟近裡著巳而巳故切問而近思則仁在其中矣【鞭辟近裡著巳者切巳之謂也切問近思而不泛逺則心徳存矣】言忠信行篤敬雖蠻貊之邦行矣言不忠信行不篤敬雖州里行乎哉立則見其參於前也在輿則見其倚于衡也夫然後行只此是學【言必忠信而無一辭之欺誕行必篤敬而無一事之慢弛則以是而行於逺方異類猶可以誠實感通苟不信不敬則雖近而州里之間其可得而行乎然非可以暫焉而強為之也要必真積力乆隨其所寓常若有見乎忠信篤敬之道而不可須防離者如此一於誠實自然信順無往而不可○以上皆切巳之學切問近思者致知之事言忠信行篤敬者力行之事説並見論語】質美者明得盡查滓便渾化卻與天地同體其次惟莊敬持養及其至則一也【朱子曰查滓是私意人慾之消未盡者人與天地本同體只縁查滓未去所以有間隔若無查滓便與天地同體質美者明得盡是見得透徹如顔子克巳復禮天理人慾截然兩段更無查滓其次既未到此則須莊敬持養以消去其查滓如仲弓出門如見大賔使民如承大祭常如此持養到乆亦自明徹矣】

明道先生は言う。「学はただ鞭辟して裏に近く、己の身に著くるを要するのみ。だから切に問いて近く思えば、則ち仁其の中に在り。【鞭辟近裏・著己は、すなわち切己の意なり。切問近思して泛遠ならざれば、則ち心徳存れり。】『言忠信にして行篤敬なれば、蛮貊の邦と雖も行われん。言忠信ならず行篤敬ならざれば、州里と雖も行われん哉。立てば則ち其の前に参するを見、輿に在れば則ち其の衡に倚るを見る。夫れ然る後に行わる。』只是れ此れすなわち学なり。【言は必ず忠信にして一辞の欺誕なく、行は必ず篤敬にして一事の慢弛なければ、則ち是を以て遠方異類に行うも、尚お以て誠実にして感通すべし。もし信ならず敬ならざれば、則ち近き州里の間と雖も、豈に行われんや。然るに暫時強いて為すべきに非ず。必ず真積して力久しく、其の処る所に随いて常に忠信篤敬の道を見るがごとくして、須臾(底本は「須防」とするが、「須臾」の誤り)も離るべからず。此のごとく誠実に一に専らにすれば、自然に信順にして往きて可ならざるなし。○以上皆切己の学。切問近思は知を致すの事、言忠信行篤敬は力を行うの事。説は並びて『論語』に見る。】資質の美なるは、明らかにすること尽く、渣滓は便ち渾化して、却って天地と同体なり。其の次はただ荘敬して持養し、極至に及べば則ち是れ一様なり。【朱熹は言う——渣滓は私意人欲の消えて未だ尽きざるなり。人と天地とはもとより同体。ただ渣滓の未だ去らざるに因りて間隔有るのみ。もし渣滓無ければ便ち天地と同体なり。資質の美なるは明らかにすること尽くは、見ること透徹す。顔子の己に克ち礼に復るがごとき、天理人欲は截然として両段、更に渣滓なし。其の次はすでに未だ此に至らざれば、則ち須く荘敬して持養して以て其の渣滓を消去すべし。仲弓の門を出でれば大賓を見るがごとく、民を使えば大祭を承けるがごとき。常に此のごとく持養して久しきに至れば、亦た自ら明徹ならん。】」

忠信所以進徳脩辭立其誠所以居業者乾道也敬以直內義以方外者坤道也【幹主健主動故進徳脩業皆進為不息之道坤主順主靜故敬直義方皆收斂裁節之道】

程子は言う。「忠信は徳を進むる所以・辞を修め其の誠を立つるは業を居る所以は、乾道なり。敬を以て内を直くし義を以て外を方くすは、坤道なり。【乾は健を主り動を主る。だから徳を進め業を修むるは皆進為して息まざるの道なり。坤は順を主り静を主る。だから敬直義方は皆収斂裁節の道なり。】」

凡人才學便須知著力處既學便須知得力處【始學而不知用力之地則何以為入道之端既學而不知得力之地則何以為造道之實學者隨其淺深必各有所自得不然是未嘗實用力於學也】

程子は言う。「凡そ人は剛き学べば便ち須く著力の処を知るべく、すでに学べば便ち須く得力の処を知るべし。【始めて学んで力を用うるの地を知らざれば、則ち何以を以て道に入るの端と為さん。すでに学んで力を得るの地を知らざれば、則ち何以を以て道に造るの実と為さん。学者は其の浅深に随いて必ず各々自ら得る所有り。然らざればすなわち曽て実に学に力を用いざるなり。】」

有人治園圃役知力甚勞先生曰蠱之象君子以振民育徳君子之事唯有此二者餘無他焉二者為巳為人之道也【振民謂興起而作成之育徳謂涵養巳徳成巳成人皆吾道之當然外此則無益之事非君子所務矣】

程子は言う。「或る人が園圃を治めて、心智気力を役使して甚だ労苦す。先生曰く——『蠱』の象に『君子は以て民を振い徳を育す』。君子の事はただ此の両様のみ。其の余は別に他なし。二者は己の為・人の為の道なり。【『民を振う』は興起して之らを作成す。『徳を育す』は己の徳を涵養す。己を成し人を成すは皆吾が道の当然なり。此の外は則ち益なきの事、君子の務める所に非ず。】」

博學而篤志切問而近思何以言仁在其中矣學者要思得之了此便是徹上徹下之道【朱子曰四者皆學問思辨之事耳未及乎力行而為仁也然從事於此則心不外馳而所存自熟故曰仁在其中矣愚謂學問思辨學者所以求仁也然博學而篤志切問而近思皆懇切篤厚之意即此一念便是惻隱之心流行發見之地不待更求而仁之全體可識矣故曰徹上徹下之道】

程子は言う。「『博く学びて志を篤くし、切に問い近く思う』——何以に仁其の中に在ると言うや。学者は要して思うてこれを得べし。此れを明らかにすれば便ち是れ上を徹し下を徹するの道なり。【朱熹は言う——四者は皆学問思弁の事のみ、未だ力を行いて仁を為すに至らず。然るに此に従事すれば則ち心は外に馳せずして存する所自ら熟す。だから仁其の中に在りと言う。葉采按——学問思弁は学者の仁を求むる所以なり。然るに博く学びて志を篤くし切に問い近く思うは、皆懇切篤厚の意なり。此の一念に就きて便ち是れ惻隠の心の流行発見の地なり。別に求めるを待たずして仁の全体は以て認識すべし。だから上を徹し下を徹するの道と言う。】」

而不毅則難立毅而不則無以居之【本注云西銘言之道説見論語○寛大毅剛強也而不毅則寛大有餘而規矩不足故不能自立毅而不則剛強有餘而狹陋自足故無以居之】

程子は言う。「弘(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)にして毅ならざれば則ち立ち難し。毅にして弘ならざれば則ち之を安頓するに由なし。【本文原注——『西銘』は弘の道を説く。説は『論語』に見る。○弘は寛大、毅は剛強。弘にして毅ならざれば則ち寛大余り有りて規矩足らず。だから自ら立つ能わず。毅にして弘ならざれば則ち剛強余り有りて狭陋自足す。だから安頓するに由なし。】」

伊川先生曰古之學者優柔厭飫有先後次序今之學者卻只做一塲話説務髙而已【古之學者有序隨時隨事各盡其力優柔而不迫厭飫而有餘故其用功也實而自得也深後之學者躐等務髙徒資口耳之末而巳】常愛杜元凱語若江海之浸膏澤之潤渙然冰釋怡然理順然後為得也【杜預字元凱作春秋左氏經傳序中語也江海之浸則漸漬而深博膏澤之潤則優柔而豐腴此皆言涵養有漸而周徧融液也至於所見者明徹而無滓則渙然而冰釋所存者安裕而莫逆則怡然而理順學至於是其深造而自得也可知矣】今之學者往往以遊夏為小不足學然遊夏一言一事卻總是實後之學者好髙如人遊心千里之外然自身卻只在此【言偃字子游卜商字子夏二子在孔門固非顔曽比然其所言所事皆明辨而力行之無非實也今之學者徒好髙而無實得則亦何所至哉】

伊川先生は言う。「古の学者は優柔厭飫して先后の次序有り。今の学者は却ってただ一場の話説を作して、務めて高きを求むるのみ。【古の学者は序有り。時に随い事に随いて各々其の力を尽くし、優柔して迫らず、厭飫して余り有り。だから功を用うるも実にして得るも深し。後の学者は等を躐ねて高きを務め、ただ口耳の末を資とするのみ。】常に杜元凱の言を愛す——江海の浸・膏沢の潤の若く、涣然として冰釈し怡然として理順わば、然る後に得と為す。【杜預は字は元凱。『春秋左氏経伝序』の中の言を作る。江海の浸は則ち漸々として漬りて深博、膏沢の潤は則ち優柔して豊腴。皆是れ涵養漸有りて周遍融液するを言う。見る所明徹にして渣滓なきに至れば則ち涣然として冰釋し、存する所安裕にして逆う莫ければ則ち怡然として理順う。学此れに至れば、其の深造して自ら得るは知るべし。】今の学者は往往子游・子夏を以て小なりと為し学ぶに足らずと為す。然るに游・夏の一言一事は却って総て是れ実なり。後の学者は高きを好む。人の心を千里之外に游ばすがごとし。然るに自身は却ってただここに在るのみ。【言偃は字は子游、卜商は字は子夏。二子は孔門に於いて固より顔・曾に比すべからず。然るに其の言う所事う所は皆明弁して力行す。実に非ざるなし。今の学者は只是れ高きを好みて実得なし。則ち又た何ぞ至るを得ん。】」

脩養之所以引年國祚之所以祈天永命常人之至於聖賢皆工夫到這裡則有此應【人生天壽有命而修養之士保煉精氣乃可以引年而獨壽國祚之修短有數而聖賢之君力行仁義乃可以祈天永命常人之質其視夫生知安行者亦逺矣然學而不已則可與聖賢為一凡是三者皆非一旦之功苟簡超越幸而得之者蓋其工夫至到有此應效耳所以明學聖人者當真積力乆而得之也】

程子は言う。「修養の能く年を延ばす所以、国祚の能く天に祈り命を永くする所以、常人の聖賢に至る所以は、皆功夫是れに到れば則ち此の應験有り。【人生の夭寿は命有り。而も修養の士は精気を保錬して乃ち以て年を延ばし独り寿すべし。国祚の長短は数有り。而も聖賢の君は仁義を力行して乃ち以て天に祈り命を永くすべし。常人の資質は彼の生知安行に比すれば亦た遠し。然るに学んで已まざれば則ち以て聖賢と一と為るべし。凡そ此の三者は皆一旦の功・苟簡超越して僥倖して得るに非ず。是れ其の功夫至到してこそ此の應効有り。だから聖人を学ぶ者は当に真積力久してこれを得べきを表明す。】」

忠恕所以公平造徳則自忠恕其致則公平【發乎真心之謂忠推以及人之謂恕忠恕則視人猶巳故大公而至平致極至也學者進徳則自忠恕其極至則公平】仁之道要之只消道一公字公只是仁之理不可將公便喚作仁公而以仁體之故為仁【仁者以天地萬物為一其理公而巳然言其理至公而無私必體之以人則其寛平溥博之中自然有惻怛慈愛之意斯所謂仁也體猶幹骨也○朱子曰公則無情仁則有愛公字屬理愛字屬人克巳復禮不容一毫之私豈非公乎親親仁民而無一物之不愛豈非仁乎】只為公則物我兼照故仁所以能恕所以能愛恕則仁之施愛則仁之用也【恕者推於此愛者及於彼仁譬泉之源也恕則泉之流出愛則泉之潤澤公則疏通而無壅塞之謂也惟其疏通而無壅塞故能流而澤物】

程子は言う。「忠恕は公平たる所以。徳を進むれば則ち忠恕より始まり、其の極至は則ち公平。【真心に発するを忠と言い、推して人に及ぶを恕と言う。忠恕なれば則ち人を視ること己のごとし。だから大公にして至平なり。『致』は極至。学者の徳を進むれば則ち忠恕より始まり、其の極至は則ち公平。】仁の道は、要するにただ一個の公字を消説するのみ。公は只是れ仁の理、越を把って便ち仁と呼ぶべからず。公にして仁を以てこれを体すれば、仁と為す所以なり。【仁者は天地万物を以て一と為す。其の理は只是れ公のみ。然るに其の理の至公にして無私を説くに、必ず人を用いてこれを体するを须とす。則ち其の寛平溥博の中に自然に惻怛慈愛の意有り。此れこそいわゆる仁なり。『体』は幹骨に譬ゆ。○朱熹は言う——公なれば則ち情なし、仁なれば則ち愛有り。公字は理に属し、愛字は人に属す。己に克ち礼に復りて一毫の私を容れず。豈に公ならざらん。親を親しみ民を仁しみて一物の愛せざるなし。豈に仁ならざらん。】只だ公なれば則ち物我兼照するに因りて、仁は能く恕し能く愛す。恕は仁の施行、愛は仁の用。【恕は是れ此に推し、愛は是れ彼に及ぶ。仁は泉の源に譬え、恕は則ち泉の流出、愛は則ち泉の潤沢。公は則ち疏通して壅塞なきの意。正に其の疏通して壅塞なきに因りて、能く流れて万物を潤沢す。】」

今之為學者如登山麓方其迤邐莫不濶歩及到峻處便止須是要剛決果敢以進【朱子曰為學須要剛毅果決悠悠不濟事且如發憤忘食樂以忘憂是什麼精神什麼骨力】

程子は言う。「今学を為す者は山麓を登るがごとし。正に迤邐の処に当たりて闊歩せざるなく、峻処に及べば便ち停まる。須く是れ剛決果敢を以て進むべし。【朱熹は言う——為学は須く剛毅果決なるべし。悠悠として事を済さず。便ち是れ憤を発して食を忘れ楽しみて以て憂を忘るるがごとき、是れ何の精神・何の骨力ぞ。】」

人謂要力行亦只是淺近語人既能知見一切事皆所當為不必待著意才著意便是有個私心這一防意氣能得幾時子【真知事之當然則不待著意自不容巳著意為之已是私心所謂私者非安乎天理之自然而出乎人力之使然也徒以其意氣之使然則亦必不能乆故君子莫急於致知】

程子は言う。「人の力を行わんと要するを言うも、亦た只是れ浅近の言なり。人すでに能く一切の事は皆当に為すべき所を知見せば、意を著くるを待つを必ずしせず。剛き意を著ければ便ち是れ箇の私心有り。此の一口気(底本は「这一防」とするが、「这一气」の誤り)は能く幾時を得ん。【真に事の当然を知れば、則ち意を著くるを待たずして自ら已むを容れず。意を著けて做るはすでに私心なり。いわゆる私は、天理の自然に安んぜずして人力の使然に出ずるなり。ただ其の意気の使然を憑れば、則ち亦た必ず能く久しからず。だから君子は知を致すより急なるはなし。】」

知之必好之好之必求之求之必得之古人此個學是終身事果能顛沛造次必於是豈有不得道理【學是終身事則不求速成不容半塗而廢勉焉孳孳死而後巳可也顛沛造次必於是則無一事而非學無一時而不勉苟能如是其有得於斯道可必矣所以誘進學者之不容自巳也】

程子は言う。「これを知れば必ずこれを好み、これを好めば必ずこれを求め、これを求めれば必ずこれを得。古人の此の学は終身の事なり。果して能く顛沛造次も必ずここに在らば、豈に得ざるの理あらん。【学は終身の事なれば、則ち速成を求めず半途にして廃するを容れず。勉焉孳孳として死して後已まれば可なり。顛沛造次も必ずここに在れば、則ち一事にして学に非ざるなく一時にして勉めざるなし。もし能く此のごとくなれば、其の斯道に於いて得るは以て必すべし。だから学者を誘導して自ら停止するを容れず。】」

古之學者一今之學者三異端不與焉一曰文章之學二曰訓詁之學三曰儒者之學欲趨道舍儒者之學不可【釋教言為訓釋古言為詁爾雅有釋訓釋詁是也儒者之學所以求道文章之學皆其末流】問作文害道否曰害也凡為文不専意則不工若専意則志局於此又安能與天地同其大也書曰玩物喪志為文亦玩物也【人所以參天地而並立者惟此心為之主耳苟志有所局又安能與天地參哉故玩習外物則正志喪失専意為文亦玩物也】呂與叔有詩云學如元凱方成癖文似相如始類俳獨立孔門無一事只輸顔氏得心齋古之學者惟務養情性其他則不學今為文者専務章句悅人耳目既務悅人非俳優而何【呂大臨字與叔張程門人也杜元凱嘗自謂有左氏癖所著訓解凡十餘萬言司馬相如作子虛上林等賦徒文辭務以悅人故曰類俳俳優倡戱也齋齋肅純一之意也心齋說見莊子】曰古者學為文否曰人見六經便以為聖人亦作文不知聖人亦攄發胷中所蘊自成文耳所謂有徳者必有言也【聖人道全徳盛非有意於為文而文自不可及耳】曰遊夏稱文學何也曰遊夏亦何嘗秉筆學為詞章也【遊夏蓋習於詩書禮樂之文者舊説子游作檀弓子夏作樂記之類凡此皆道體之流行人事之儀則固未嘗秉筆學為如此之文而亦非若後世無用之空言也】且如觀乎天文以察時變觀乎人文以化成天下此豈詞章之文也【説見賁卦○天文謂日月星辰之文人文謂人倫禮樂之文】

程子は言う。「古の学者は一種、今の学者は三種、異端はまだ算中に入れず——一曰く文章の学、二曰く訓詁の学、三曰く儒者の学。道に趨近せんと欲すれば、儒者の学を舎てて不可なり。【文義を解釈するを訓と言い、古言を解釈するを詁と言う。『爾雅』に釈訓・釈詁有り。儒者の学は道を求むる所以、文章の学は皆其の末流なり。】問う——文を作るは道を妨害するか。答える——妨害す。凡そ文章を作るは、意を專らにせざれば則ち工ならず。もし意を專らにすれば則ち志向は此に局限せらる。又た怎んぞ能く天地と其の大を同じくせん。『尚書』曰く『物を玩ぶれば志を喪う』。文を為すも亦た是れ物を玩ぶなり。【人の天地に参じて並び立つ所以は、ただ此の心が主を為す有るのみ。もし志は局限する所有れば、又た怎んぞ能く天地に参ぜん。だから外物を玩習すれば則ち正志喪失し、意を專らにして文を為すも亦た是れ物を玩ぶなり。】呂與叔に詩有りて曰く——『学は元凱のごとき才だ癖と成り、文は相如に似て才だ俳優に似たり。孔門に独立して一事無く、只だ顔氏に輸きて心斎を得たり』。古の学者はただ情性を養うを務め、其の他は則ち学ばず。今文を為す者は專ら章句を務めて人の耳目を悦ばしむ。すでに人を悦ばしむるを務めば、俳優に非ずして是れ何ぞ。【呂大臨は字は與叔、張・程の門人。杜元凱は曽て自ら《左氏》の癖有りと謂い、著す所の訓解は共に十余万言。司馬相如は『子虚』『上林』等の賦を作し、ただ文辞を騁めて(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)務めて以て人を悦ばしむ。だから俳に類すと言う。俳優は倡戯なり。斎は斎肅純一の意。心斎の説は『荘子』に見る。】問う——古代は文を作るを学ぶか。答える——人は六経を見て便ち以て聖人も亦た文を作ると為す。知らず、聖人も亦た只是れ胸中の蘊える所を抒発して自然に文と成るのみ。すなわちいわゆる徳有る者は必ず言有り。【聖人は道全く徳盛んにして、文を為さんと意する有るに非ず。而も文は自ら及ぶべからず。】問う——子游・子夏は文学を称す、是れ何ぞ。答える——游・夏は亦た何ぞ曽て筆を拿りて詞章を作るを学ばんや。【游・夏は大概詩書礼楽の文を熟習せり。旧説は子游は『檀弓』を作し、子夏は『楽記』を作すの類。凡そ此れらは皆道体の流行・人事の儀則。固より曽て筆を拿りて此のごとき文を作るを学ばず、亦た後世の用なき空言のごとくに非ず。】便ち是れ『天文を観て以て時変を察し、人文を観て以て天下を化成す』。此れ豈に詞章の文ならんや。【説は『賁』卦に見る。○天文は日月星辰の錯列、寒暑陰陽の代変、其の運行上に觀察して以て時変を知る。人文は詩書礼楽の制度、五倫の秩序、其の条理上に觀察して以て天下を教化す。】」

莫説道將第一等讓與別人且做第二等才如此説便是自棄雖與不能居仁由義者差等不同其自小一也言學便以道為志言人便以聖為志【性無不善人所同得苟安於小成皆自棄也】

程子は言う。「第一等を把りて他人に譲り、且らく第二等を做ると言う勿れ。才だ此のごとく言えば便ち是れ自棄なり。仁に居り義に由る能わざると差等同じからずと雖も、其の自ら看小するは是れ一なり。学と言えば便ち道を以て志と為し、人と言えば便ち聖を以て志と為す。【性に不善なし。人の同じく得る所。もし小成に安んずれば、皆是れ自棄なり。】」

問必有事焉當用敬否曰敬是涵養一事必有事焉須用集義只知用敬不知集義卻是都無事也【孟子言養氣曰必有事焉又曰是集義所生者人之所為皆合於義自反無愧此浩然之氣所以生也敬者存心而已若不集義安得謂之必有事焉】又問義莫是中理否曰中理在事義在心【義者吾心之裁製中理者合乎事理之宜也故有在事在心之別】

問う——『必ず事焉有らん』、当に敬を用いるべきか。程子曰く——「敬は涵養の一事。『必ず事焉有らん』は須く義を集むるを用いるべし。ただ敬を用うるを知りて義を集むるを知らざれば、却って是れ都て事なし。【孟子は気を養うを説いて曰く『必ず事焉有らん』、又曰く『是れ義を集むる所生ずる者なり』。人の為す所は皆義に合して自ら反して愧無し。此れ浩然の気の生ずる所以なり。敬は只是れ心を存するのみ。もし義を集めざれば、怎んぞ能く『必ず事焉有らん』と言わん。】」又問う——義は莫れ中理に非ずや。答える——「中理は事に在り、義は心に在り。【義は吾が心の裁制、中理は事理の宜に合す。だから事に在り・心に在りの分別有り。】」

問敬義何別曰敬只是持巳之道義便知有是有非順理而行是為義也若只守一個敬不知集義卻是都無事也【張南軒曰居敬集義工夫並進相須而相成也若北要得敬不知集義則所謂敬者亦塊然無所為而已烏得心體之周流哉又曰集義只是事事求個是而已朱子曰敬義工夫不可偏廢彼専務集義而不知主敬者固有虛驕急迫之病而所謂義者或非其義然専言主敬而不知就日用間念慮起處分別其公私義利之所在而決取捨之幾焉則亦未免於昏憒雜擾而所謂敬者亦非其敬矣】且如欲為孝不成只守著一個孝字須是知所以為孝之道所以侍奉當如何溫凊當如何然後能盡孝道也【言此以明集義之道必有事焉者也】

問う——敬と義と何の分別か有る。程子曰く——「敬は只是れ己を持するの道。義なれば便ち是有り非有るを知り、理に順いて之を行うはすなわち義。もし只だ一個の敬を守りて義を集むるを知らざれば、却って是れ都て事なし。【張栻曰く——敬に居り義を集むるは工夫並進して、相須けて相成す。もし只だ敬を得んと要して(底本は「若北」とするが、「若只」の誤り)義を集むるを知らざれば、則ちいわゆる敬も亦た只是れ塊然として為す所なきのみ。怎んぞ心体の周流を得んや。また曰く——義を集むるは只是れ事事箇の是を求むるのみ。朱熹曰く——敬義の工夫は偏廃すべからず。彼の専ら義を集むるを務めて敬を主るを知らざるは、固より虚驕急迫の病有り、而もいわゆる義は或いは其の義に非ず。然るに専ら敬を主るを言いて日用の間に就きて念慮の起る処に於いて其の公私義利の在る所を分別して取舍の幾を決するを知らざれば、則ち亦た未免昏憒雑擾、而もいわゆる敬も亦非なり。】譬えば孝を為さんと欲するに、成らずただ一個の孝字を守りて、須く是れ孝を為す所以の道を知るべし——侍奉は当に如何、温凊は当に如何、然る後に能く孝道を尽くす。【此れを説きて以て義を集むるの道はすなわち『必ず事焉有らん』を表明す。】」

學者湏是務實不要近名方是有意近名則是偽也大本已失更學何事為名與為利清濁雖不同然其利心則一也【志於求名則非務實有為而為即是私心】

程子曰く——「学者は須く是れ実を務めて、名を求むるに近づく勿れ、乃ち是れなり。意を有して名に近づけば則ち是れ偽。大本すでに失われ、還って何の事をか学ばん。名の為と利の為とは、清濁は同じからずと雖も、然るに其の利心は則ち是れ一なり。【名を求むるに志せば則ち是れ実を務めず。為す所有りて為すはすなわち私心なり。】」

回也其心三月不違仁只是無纖毫私意有少私意便是不仁【仁者天理之公心徳之全也有一毫私意介乎其間則害乎仁之全體矣】

程子曰く——「『回や其の心三月仁に違わず』——只是れ纎毫の私意なきなり。少許の私意有れば便ち是れ不仁。【仁は天理の公・心徳の全。一毫の私意を中間に夾めば、則ち仁の全体を害す。】」

仁者先難後獲有為而作皆先獲也古人惟知為仁而已今人皆先獲也【説見論語○後猶未有義而後其君之後先難者存心之篤而不容一念之或間克已之力而不容一事之非禮後獲者順乎天理而未嘗謀其私發乎誠心而未嘗計其效此仁者之事也或曰智者利仁是亦先獲也曰所謂利仁者以其察之明而後行之決蓋擇善而固執之者也未若仁者安行乎天理之自然而巳又豈區區計功謀效者之為哉萌計謀之私則已非仁矣尚何利仁之有】有求為聖人之志然後可與共學學而善思然後可與適道思而有所得則可與立立而化之則可與權【説見論語○學者所以學為聖人也有志希聖然後可與共學學原於思善於致思然後能通乎道思而有實得然後可與立而物慾異端不能奪之既立矣又能通變而不滯斯可與權蓋權者隨時制宜惟變所適又非執一者所能與也】

程子曰く——「仁者は難きを先にし獲るを後にす。為す所有りて作るは、皆是れ先に獲るなり。古人は只だ仁を為すを知るのみ、今人は皆先に獲る。【説は『論語』に見る。○『後』は猶ほ『未だ義有りて其の君を後にせず』の『後』のごとし。難きを先にするは心を存するの篤くして一念の或いは間断するを容れず、己に克つの力にして一事の礼に非ざるを容れず。獲るを後にするは天理に順いて曽て其の私を謀らず、誠心に発して曽て其の効を計らず。此れ仁者の事なり。或いは曰く——智者の仁に利するも亦是れ先に獲るなり。答える——いわゆる仁に利するとは、察すること明らかにして後之を行うこと決なり。是れ善を択びて固く執る者。還って仁者の天理の自然に安行するに似ざるのみ。又た豈に区区として功を計り効を謀る人の為す所ならんや。計謀の私を萌生せば則ち已に仁に非ず。還って何の仁に利するを談ぜん。】聖人を為さんと求むるの志有りて、然る後に与に共に学ぶべし。学んで善く思えば、然る後に与に道に適うべし。思うて得る所有れば、則ち与に立つべし。立ちて之を化すれば、則ち与に権すべし。【説は『論語』に見る。○学者は聖人を為すを学ぶ所以。聖を希う志有りて、然る後に与に共に学ぶべし。学は思に源し、善く思を致せば、然る後に能く道に通ず。思うて実得有りて、然る後に与に立つべくして、物慾異端も奪う能わず。すでに立ちて又能く通変して滞らずしてこそ、与に権すべし。権は時に随い宜を制してただ変の適う所なり。又た一を執る人の与かる能くする所に非ず。】」

古之學者為巳其終至於成物今之學者為物其終至於喪巳【為巳者盡吾性之當然非有預於人也其終至於成物者蓋道本無外人巳一致能盡巳之性則能盡物之性然其成物也亦無非盡巳之事也苟徒務外則將陷於邪偽反害其性矣】

程子曰く——「古の学者は己の為なり。其の終は万物を成就するに至る。今の学者は外物の為なり。其の終は己を喪失するに至る。【己の為は吾が性を尽くすの当然、並びて人に求むる有るに非ず。其の終の物を成すに至るは、道はもとより外なく人己一致なればなり。能く己の性を尽くせば則ち能く物の性を尽くす。然るに其の物を成すも亦た無非是れ己を尽くすの事。もし只だ外を務めば、則ち将に邪偽に陥り、反って其の性を害せん。】」

君子之學必日新日新者日進也不日新者必日退未有不進而不退者惟聖人之道無所進退以其所造者極也【君子之學當日進而不已一或自止則智日昏而行日矣惟聖人理造乎極行底乎成則無所進退或曰聖人純亦不巳固未嘗不自新也曰論其心固無時而自巳一念之或巳則是間斷也何以為聖人論其進退之地則至於神聖而極不容有所加損也】

程子曰く——「君子の学は必ず日新なるべし。日新はすなわち日進。日新ならざるは必ず日退。未だ進まずして退かざる有らず。ただ聖人の道は進退する所なし。其の至る所は極致なればなり。【君子の学は当に日に進みて已まざるべし。一旦自ら停止せば則ち智は日に昏く行は日に退く(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)。ただ聖人は理は極に造り行は成に底る。則ち進退する所なし。或いは曰く——聖人『純にして亦た已まず』、固より曽て自ら新たにせざるなし。答える——其の心を論ずれば固より時に自ら停止するなく、一念或いは停まれば則ち是れ間断。何以を以て聖人と為さん。其の進退の地を論ずれば、則ち神聖に至りて極まり、加損する所有るを容れず。】」

明道先生曰性靜者可以為學【外書下同○智以靜而明行以靜為主】而不毅則無規矩毅而不則隘陋【説見前】

明道先生曰く——「性静なる者は以て学を為すべし。【『外書』に出る、以下同じ。○智は静に因りて明らかに、行は静を以て主と為す。】弘(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)にして毅ならざれば則ち規矩なし。毅にして弘ならざれば則ち隘陋。【説は前に見る。】」

知性善以忠信為本此先立其大者【學莫大於知性真知性之本善則知之大者忠信以為質然後禮義有所措以忠信為本則行之大者】

程子曰く——「性善を知り忠信を以て本と為す。此れ先に其の大者を立つるなり。【学は性を知るより大なるはなし。真に性の本善を知れば則ち是れ知の大者。忠信を以て質と為して、然る後に礼義は措置する所有り。忠信を以て本と為すは則ち行の大者。】」

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