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近思录 · 第6巻

宋 · 朱熹 吕祖谦 · 第6巻 / 11

晉之上九晉其角維用伐邑厲吉無咎貞吝伊川易傳曰人之自治剛極則守道愈固進極則遷善愈速如上九者以之自治則雖傷於厲而吉且無咎也嚴厲非安和之道而於自治則有功也【以陽居上剛之極也在晉之終進之極也剛進之極動則為過惟可用之以自伐其邑伐邑內自治也以是自治則守道固而遷善速雖過於嚴厲吉且無咎】雖自治有功然非中和之德故於貞正之道為可吝也【剛進之極有乖中和終為疵吝】

伊川先生は言う。「『晋』の上九——晋むる其の角、邑を伐つに用うる維れ、厲しくて吉にして咎無く、貞にして吝。伊川『易伝』曰く——人の自ら治むるは、剛の極なれば則ち道を守ること愈々固く、進の極なれば則ち善に遷ること愈々速やかなり。上九のごとき、之を以て自ら治むれば、則ち厲に傷くと雖も而も吉にして且つ咎無し。厳厲は安和の道に非ず。而も自ら治むるに於いては則ち功有り。【陽を以て上に居るは、剛の極。晋の終に在るは、進の極。剛進の極は、動けば則ち過と為る。惟だ以て其の邑を自ら伐つに用うる可し。邑を伐つは是れ内自ら治むるなり。是を以て自ら治むれば、則ち道を守ること固く善に遷ること速やかなり。厳厲に過ぐると雖も、吉にして且つ咎無し。】自ら治むるに功有ると雖も、然るに中和の徳に非ず。だから貞正の道に於いて吝たる可しと為る。【剛進の極は中和に乖く有り。終に疵吝と為る。】」

損者損過而就中損浮末而就本實也天下之害無不由末之勝也峻宇雕牆本於宮室酒池肉林本於飲食淫酷殘忍本於刑罰窮兵黷武本於徵討凡人慾之過者皆本於奉養其流之逺則為害矣先王制其本者天理也後人流於末者人慾也損之義損人慾以復天理而已【損卦彖傳天下之事其本皆出於天理民生日用之常治道之不可廢者其末流則末勝本華勝實人慾勝天理其害有不勝言者矣故損之為用亦惟損過以就中損浮末而就本實損人慾以復天理耳】夬九五曰莧陸夬夬中行無咎象曰中行無咎中未光也傳曰夫人心正意誠乃能極中正之道而充實光輝若心有所比以義之不可而決之雖行於外不失其中正之義可以無咎然於中道未得為光大也蓋人心一有所欲則離道矣夫子於此示人之意深矣【九五與上六比心有所暱未必能正特以義不可而勉勉決去之意亦未必誠也但九五中正故所行猶不失中正之義僅可無咎然心有所比不能無慾其於中正之道未得為光大聖人發此示人慾使人正心誠意無一毫繫累乃能盡中正之道充實而有光輝也】

伊川先生は言う。「損は是れ過を損して而も中に就き、浮末を損して而も本実に就く。天下の害は末の勝つに由らざる無し。峻宇彫牆は宮室に本づき、酒池肉林は飲食に本づき、淫酷残忍は刑罰に本づき、窮兵黷武は征討に本づく。凡そ人の欲の過ぐる者は皆奉養に本づく。其の流るるの遠きは則ち害と為る。先王の其の本を制するは是れ天理、後人の末に流るるは是れ人欲。損の義は、人欲を損して以て天理に復るのみ。【『損』卦彖伝。天下の事は其の本は皆天理に出づ。是れ民生日用の常・治道の廃す可からざる者。其の末流は則ち末は本に勝ち華は実に勝ち人欲は天理に勝つ。其の害は言に勝えざる有り。だから損の用と為るや、亦た惟だ過を損して以て中に就き、浮末を損して本実に就き、人欲を損して以て天理に復る。】『夬』九五曰く——苋陸は夬夬、中の行、咎無し。象に曰く——中の行咎無しとは、中未だ光ならざるなり。伝に曰く——夫れ人の心正しく意誠なれば、乃ち能く中正の道を極めて而も光輝を充実す。もし心に比する所有れば、義の可ならざるを以て而も之を決す。外に行うに其の中正の義を失わず以て咎無き可しと雖も、然るに中道に於いて未だ光為り大為りを得ず。人心は一たび欲する所有れば則ち道に離れれり。夫子の此に於いて人に示すの意は深し。【九五は上六と比す。心に昵る所有り。未だ必ずしも能く正ならず。特に義の可ならざるを以て而も勉勉として決して去る。意も亦た未だ必ずしも誠ならず。但し九五は中正。だから行う所は猶ほ中正の義を失わず、僅かに以て咎無し。然るに心に比する所有りて能く欲無き能わず。其の中正の道に於いては未だ光為り大為りを得ず。聖人は此を発して人に示す。人をして心を正しくし意を誠にして一毫の繋累も無くして、乃ち能く中正の道を尽くして充実して光輝有らしめんと欲するなり。】」

方說而止節之義也【節卦彖傳兌上坎下為節兌說也坎險也見險則止矣人惟說則易流方說而能止是節之義也】

伊川先生は言う。「方に説びて而も止まるは、是れ節の義。【『節』卦彖伝。兌上坎下は節と為る。兌は是れ説、坎は是れ険。険を見れば則ち止まる。人は惟だ説べば則ち流れ易し。方に説びて能く止まるは、是れ節の義。】」

節之九二不正之節也以剛中正為節如懲忿窒欲損過抑有餘是也不正之節如嗇節於用懦節於行是也【九二以剛居柔在節卦是為不正之節也懲忿窒欲損過抑有餘者節其過以就中此剛中正之節也節於用而為吝嗇則於用有不足節於行而為柔懦則於行有不足此不正之節九二是也】

伊川先生は言う。「節の九二は是れ正ならざるの節。剛中正を以て節と為すは、忿を懲し欲を窒ぎ過を損し有余を抑えるがごとき就きて是なり。正ならざるの節は、用に嗇しく節し行に懦れて節するがごとき就きて是なり。【九二は剛を以て柔に居り、『節』卦に在りては是れ正ならざるの節と為る。忿を懲し欲を窒ぎ過を損し有余を抑えるは、是れ其の過を節して以て中に就く。これは剛中正の節。用に節して而も吝嗇と為れば則ち用に於いて足らざる有り、行に節して而も柔懦と為れば則ち行に於いて足らざる有り。これは正ならざるの節。九二は就きて是なり。】」

人而無克伐怨欲惟仁者能之有之而能制其情不行焉斯亦難能也謂之仁則未可也此原憲之問夫子答以知其為難而不知其為仁此聖人開示之深也【經說○克忮害伐驕矜怨忿恨欲貪慾四者皆生於人心之私也天理流行自無四者之累則仁矣四者有於中而能力制於外則亦可謂之難能然欲之根未除故未可謂之仁○朱子曰克己為仁者從根源上便斬截了更不復萌不行者但禁制其末不行於外耳若其本則著於心而未能去也】

伊川先生は言う。「人にして克・伐・怨・欲無きは、惟だ仁者のみ能く之。之を有して而も能く其の情を制して行わざれば、此れ亦た能なりと難し。之を仁と謂えば則ち未だ可ならず。これは原憲の問にして、夫子は其の難を為すを知るを以て答えて而も其の仁を為すを知らず。これは聖人の開示するの深きなり。【『経説』に出る。○克は是れ忮害、伐は是れ驕矜、怨は是れ忿恨、欲は是れ貪欲。四者は皆人心の私に生ず。天理流行して、自ら四者の累無ければ、則ち仁れり。四者は中に有りて能く外に制すれば、則ち亦た之を能なりと謂う可し。然るに欲の根は未だ除かず。だから未だ之を仁と謂う可からず。○朱熹は言う——己に克つは是れ根源の上より便ち斬截して更に復た萌えず。行わざるは但だ其の末を禁制して外に行わざるのみ。もし其の本は則ち心に着して而も未だ能く去らず。】」

明道先生曰義理與客氣常相勝只看消長分數多少為君子小人之別義理所得漸多則自然知得客氣消散得漸少消盡者是大賢【遺書下同○義理者性命之本然客氣者形氣之使然】或謂人莫不知和柔寛緩然臨事則反至於暴厲明道曰只是志不勝氣氣反動其心也【學以立志為本而後氣質可變化】人不能祛思慮只是吝吝故無浩然之氣【吝則為私意小智所纒繞而無浩然正大之氣】

明道先生は言う。「義理と客気とは常に相い勝つ。只だ消長分数の多少を看るに、君子小人の別と為る。義理の得る所は漸々多ければ、則ち自然に客気の消散して漸々少なきを知り得る。消尽するは是れ大賢。【『遺書』に出る、以下同じ。○義理は是れ性命の本然、客気は是れ形気の使然。】或いは人は莫れ和柔寛緩を知らざるなく、然るに事に臨めば則ち反って暴厲に至ると説く。明道曰く——「只是れ志は気に勝たず、気は反って其の心を動かす。【学は志を立つるを以て本と為し、而る後に気質は変化する可し。】」人は能く思慮を祛めず。只是れ吝なり。吝なるが故に浩然の気無し。【吝なれば則ち私意小智に纒繞せられて、而も浩然正大の気無し。】」

治怒為難治懼亦難克己可以治怒明理可以治懼【怒氣盛則不能自遏懼氣怯則不能自立故治之皆難然己私既克則一朝之忿有所不作矣物理既明則非理之懼有所不動矣】

程子曰く——「怒を治むるは難しと為り、惧を治むるも亦た難し。己に克てば以て怒を治む可し、理を明らかにすれば以て惧を治む可し。【怒気盛んなれば則ち能く自ら遏えず、惧気怯なれば則ち能く自立せず。だから之を治むるは皆難し。然るに己の私すでに克てば、則ち一朝の忿は作らざる所有り。物理すでに明らかなれば、則ち非理の惧は動かざる所有り。】」

堯夫解他山之石可以攻玉玉者溫潤之物若將兩塊玉來相磨必磨不成須是得個麤礪底物方磨得出譬如君子與小人處為小人侵陵則修省畏避動心忍性増益豫防如此便道理出來【邵康節先生名雍字堯夫解詩小雅鶴鳴篇君子與小人處為小人所侵陵則修省其身者必謹畏避小人者必嚴動心而不敢苟安忍性而不敢輕發增益其所不能豫防其所未至如此則德日進而理日明矣】

程子曰く——「尭夫は『他山の石、以て玉を攻む可し』を解して曰く——玉は是れ温潤の物。もし両塊の玉を将って来りて相磨かば必ず磨成らず。須く是れ箇の粗礪底の物を得て方に磨き出だすを得。譬えば君子と小人と処れば、小人の為に侵陵せられれば則ち修省畏避して心を動かし性を忍び、益を増し防を預す。此のごとくすれば便ち道理は出で来たる。【邵康節先生は名は雍、字は尭夫。『詩・小雅・鶴鳴』篇を解す。君子が小人と処りて、小人の侵陵する所と為れば、則ち其の身を修省する者は必ず謹し、小人を畏避する者は必ず厳なり。心を動かして苟安を敢てせず、性を忍びて軽発を敢てせず、其の能わざる所を増益し其の未だ至らざる所を預防す。此のごとくなれば則ち徳は日に進み理は日に明らかなり。】」

目畏尖物此事不得放過便與克下室中率置尖物須以理勝他尖必不刺人也何畏之有【人有目畏尖物者明道敎以室中率置尖物習見旣熟則不復畏之矣克己之功類當如此】

明道先生は言う。「目は尖物を畏る。此の事は放過するを得ず。便ち与に克し下す。室中に率いて尖物を置き、須く理を以て他に勝つべし——尖は必ず人を刺さず。何の畏れか之れ有らん。【人に目の尖物を畏る者有り。明道は室中に率いて尖物を置くを教う。見習うこと既に熟せば則ち復た畏れず。己に克つの功は類は当に此のごとくすべし。】」

明道先生曰責上責下而中自恕己豈可任職分【專務責人而不知責己是捨己職分而憂人之憂者也】

明道先生は言う。「上を責め下を責めて而も中は自ら己を恕す。豈に以て職分に任ず可けん。【専ら人を責むるを務めて己を責むるを知らざるは、是れ己の職分を舎てて人の憂いを憂う。】」

捨己從人最為難事己者我之所有雖痛舍之猶懼守己者固而從人者輕也【朱子曰此程子為學者言若聖人分上則不如此也】九德最好【臯陶曰亦行有九德寛而栗柔而立愿而恭亂而敬擾而毅直而溫簡而亷剛而塞強而義寛而莊栗則寛不至於弛和柔而卓立則柔不至於懦愿而恭則樸願而不専尚乎質亂治也亂而敬則整治而不徒事乎文蓋恭著於外敬守於中也馴擾而毅則擾不至於隨勁直而溫則直不至於訐簡大者或規矩之不立今有亷隅則簡不至於疎剛者或傷於果斷今塞實而篤厚則剛不至於虐強力者或徇血氣之勇今有勇而義則強不至於暴蓋遊氣紛擾萬有不齊其生人也有氣稟之拘自非聖人至清至厚至中至正渾然天理無所偏雜蓋自中人以下未有不滯於一偏者惟能就其氣質之偏窮理克己矯揉以歸於正則偏者可全矣是知學問之道在理虞之際其論德已如是之密矣】

程子曰く——「己を舎てて人に従うは最も難き事と為る。己は是れ我の有する所。痛く之を舎つと雖も、猶ほ己を守る者は固く人に従う者は軽きを惧る。【朱熹は言う——此れは程子が学者の為に言う。もし聖人の分上は則ち此のごとくならず。】九徳は最も好し。【皋陶曰く——亦た行に九徳有り——寛にして栗、柔にして立、愿にして恭、乱にして敬、擾にして毅、直にして温、簡にして廉、剛にして塞、強にして義。寛弘(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落、「弘」と読むを按す)にして荘栗なれば、則ち寛は弛に至らず。和柔にして卓立すれば、則ち柔は懦に至らず。愿にして恭なれば、則ち朴愿にして専ら質を尚ばず。「乱」は是れ治。乱にして敬なれば則ち整治して徒らに文に事えず——恭は外に著り、敬は中に守る。馴擾にして毅なれば、則ち擾は随に至らず。勁直にして温なれば、則ち直は訐に至らず。簡大の者は或いは規矩の立たざる有り。今廉隅有れば則ち簡は疎に至らず。剛の者は或いは果断に傷く有り。今塞実にして篤厚なれば則ち剛は虐に至らず。強力の者は或いは血気の勇に徇る有り。今勇有りて義なれば則ち強は暴に至らず。游気紛擾にして万有斉からず。其の人を生ずるや気禀の拘有り。自ら聖人の至清至厚・至中至正・渾然として天理・偏雑する所無きに非ざれば、蓋し自ら中人以下は未だ一偏に滞らざる有らず。惟だ能く其の気質の偏に就きて、理を窮め己に克ち、矯揉して以て正に帰せば、則ち偏る者は全うする可し。是れ学問の道は理欲の際に在りて、其の徳を論ずる已に此のごときの密なるを知るなり。】」

飢食渴飲冬裘夏葛若致些私吝心在便是廢天職【食飲衣服各有當然之則是天賦之職分也有一毫私己貪吝之意即是廢天職】

程子曰く——「飢えれば食い渇けば飲み、冬は裘し夏は葛す。もし些の私吝の心を致す有れば、便ち是れ天職を廃す。【食い飲み衣服は各々当然の則有り。是れ天の賦うの職分。一毫の私己貪吝の意有れば、即ち是れ天職を廃す。】」

獵自謂今無此好周茂叔曰何言之易也但此心潛隱未發一日萌動復如前矣後十二年因見果知未也【本注云明道年十六七時好田獵十二年暮歸在田野間見田獵者不覺有喜心○周子用功之深故知不可易言程子治心之密故能隨寓加察在學者警省克治之力尤不可以不勉也】

程子曰く——「猟は、自ら今此の好無しと謂う。周茂叔曰く——何ぞ之を言うの易きや。但だ此の心は潜隠して未だ発せず。一日萌動すれば復た前のごとくなれり。後に十二年に因りて見るに、果して未だなりと知れり。【本注——明道は年十六七の時田猟を好めり。十二年暮れに帰るに、田野の間に於いて田猟する者を見て、覚えず喜びの心有り。○周子は功を用いること深し。だから易く言う可からざるを知る。程子は心を治むること密なり。だから能く寓に随いて察を加う。学者に在りては、警省克治の力は尤も以て勉めざる可からず。】」

伊川先生曰大抵人有身便有自私之理宜其與道難一【人有耳目鼻口四肢自然有私己之慾惟能克己然後合天理之公】

伊川先生は言う。「大抵人は身有れば便ち自私の理有り。其の道と難しきこと一たるに宜しきかな。【人は耳目鼻口四肢有りて、自然に私己の欲有り。惟だ能く己に克てば、然る後に天理の公に合す。】」

罪己責躬不可無然亦不當長留在心胷為悔【有過自責乃羞惡之心然已徃之失長留愧怍應酬之間反為繫累】

程子曰く——「己を罪め躬を責むるは無くある可からず。然るに亦た当に長く心胸に留めて悔と為すべからず。【過有りて自ら責むるは乃ち羞悪の心。然るに已往の失は長く愧怍を留めば、應酬の間に反って繋累と為る。】」

所欲不必沉溺只有所向便是欲【一念外馳所向旣差即是欲也】明道先生曰子路亦百世之師【本注云人告之以有過則喜○聞過而喜則好善也誠改過也速子路以兼人之勇而用之於遷善改過其進德也庸可既乎是足為百世師矣】人語言緊急莫是氣不定否曰此亦當習習到言語自然緩時便是氣質變也學至氣質變方是有功

程子曰く——「欲する所は必ずしも沈溺せず。只だ向かう所有れば便ち是れ欲。【一念外に馳せ、向かう所すでに差れば、即ち是れ欲。】」明道先生は言う。「子路も亦た百世の師。【本注——人が之に告げるに過有りを以てせば則ち喜ぶ。○過を聞いて喜べば則ち善を好むこと誠にして過を改むること速やかなり。子路は人を兼ぬるの勇を以てして之を善に遷り過を改むるに用う。其の徳に進むや、庸り以て既んや。是れ百世の師と為るに足れり。】人は言語緊急なるは、莫れ是れ気の定まらざるか。」曰く——「此れ亦た当に習うべし。習いて言語自然に緩なる時に到れば、便ち是れ気質変えれり。学は気質変わるに至りて、方に是れ功有り。」

問不遷怒不貳過何也語錄有怒甲不遷乙之說是否伊川曰是曰若此則甚易何待顔子而後能曰只被說得麤了諸君便道易此莫是最難須是理防得因何不遷怒【怒甲而不遷其怒於乙槩而觀之則稟性和平者若皆可能然以身驗其實而求其所以不遷怒之由則非此心至虛至明喜怒各因乎物舉無一毫之私意者殆未易勉強而能也○朱子曰顔子見得道理透故怒於甲者雖欲遷於乙亦不可得遷也】如舜之誅四凶怒在四凶舜何與焉蓋因是人有可怒之事而怒之聖人之心本無怒也譬如明鏡好物來時便見是好惡物來時便見是惡鏡何嘗有好惡也【聖人之心因事當怒者而怒之是怒因物而生不自我而作也又豈有之於己耶譬明鏡照物妍媸在物鏡未嘗自有妍媸也】世之人固有怒於室而色於市且如怒一人對那人說話能無怒色否有能怒一人而不怒別人者能忍得如此已是煞知義理者若聖人因物而未嘗有怒此莫是甚難【怒氣易發而難制世固有怒於其室而作色於市人者其遷怒也甚矣有能自禁持怒此人而不以餘怒加辭色於他人者已不易得況乎物各付物而喜怒不有於我者豈非甚難者耶】君子役物小人役於物今見可喜可怒之事自家著一分陪奉他此亦勞矣聖人之心如止水【役物者我常定役於物者逐物而往聖人之心常湛然如止水無有一毫作好作惡】

問う——怒を遷さず過を貳たずとは、何ぞや。『語録』に甲に怒りて乙に遷さずの説有り。是なりや非なりや。伊川曰く——「是なり。」問う——もし此のごとくなれば則ち甚だ易し。何をか顔子を待ちて後に能くせん。曰く——「只だ説き得て粗きに被れり。諸君は便ち易しと道う。此れ莫れ最も難きか。須く是れ何を因りてか怒を遷さざるを理会し得るべし(底本は「理防」)。【甲に怒りて其の怒を乙に遷さず。槩して之を観れば、則ち禀性平和の者は皆能なりのごとし。然るに身を以て其の実を験して其の怒を遷さざる所以の由を求めれば、則ち此の心の至虚至明・喜怒は各々物に因り・挙げて一毫の私意無き者に非ざれば、殆ど未だ勉強して能くするに易からず。○朱熹は言う——顔子は道理を見ること透徹す。だから甲に怒る者は乙に遷さんと欲すと雖も亦た遷すを得ず。】舜の四凶を誅するがごとき、怒は四凶に在り。舜は何ぞ与らん。蓋し是れ人に怒る可きの事有るに因りて之に怒る。聖人の心は本より怒無し。譬えば明鏡のごとく、好物来たれば便ち是れ好と見え、悪物来たれば便ち是れ悪と見ゆ。鏡は何ぞ曽て好悪有らん。【聖人の心は事の当に怒るべき者に因りて之に怒る。是れ怒は物に因りて生じ我より作さず。又た豈に之を己に有さんや。譬えば明鏡の物を照らすがごとく、妍媸は物に在り。鏡は未だ曽て自ら妍媸有らず。】世の人は固より室に於いて怒りて而も市に於いて色を作す有り。且つ一人に怒るがごとき、彼の人に対して話説するに能く怒色無からんや。能く一人に怒りて別人に怒らざる有るは、能く此のごとく忍ぶを得るは、已に是れ煞に義理を知る者。もし聖人は物に因りて而も未だ曽て怒有らざれば、此れ莫れ是れ甚だ難きか。【怒気は発し易くして制し難し。世は固より其の室に於いて怒りて市人に色を作す有り。其の怒を遷するや甚し。能く自ら禁持して此の人に怒りて余怒を以て他人に辞色を加えざる有るは、已に得るに易からず。況んや物各々物に付して而も喜怒は我に有ること有らざるをや。豈に甚だ難きに非ざらんや。】君子は物を役し、小人は物に役せらる。今喜ぶ可し怒る可きの事を見れば、自家は一分を着けて他に陪奉す。此れ亦た労れり。聖人の心は止水のごとし。【物を役する者は我常に定まり、物に役せらる者は物を逐うて往く。聖人の心は常に湛然として止水のごとく、一毫の好を作し悪を作す有る無し。】」

人之視最先非禮而視則所謂開目便錯了次聽次言次動有先後之序人能克己則心廣體胖仰不愧俯不怍其樂可知有息則餒矣【外書下同○朱子曰此數語極有味又曰當初亦知是好語謾錄於此今看來直是恁地好○身心無私慾之累自然安舒俯仰無所愧怍自然快樂少有間斷則自視欿然矣】

程子曰く——「人の視るは最も先。礼に非ずして視れば、則ちいわゆる目を開けば便ち錯えれり。次は聴、次は言、次は動、先后の序有り。人は能く己に克てば、則ち心広く体胖やかにして、仰いで愧じず俯して怍じず。其の楽しみは知る可し。息有れば則ち餒えれり。【『外書』に出る、以下同じ。○朱熹は言う——此の数語は極めて味有り。また曰く——当初も亦た是れ好語と知り、谩りて此に録す。今看れば直ちに是れ恁地に好し。○身心に私欲の累無ければ、自然に安舒。俯仰して愧怍する所無ければ、自然に快楽。少しく間断有れば則ち自ら視て歉然たり。】」

聖人責己感也處多責人應也處少【聖人所謂厚於責己而薄於責人者非若後世欲為長厚之意蓋有感而後有應責人之應而不自反其感之之道則是薄於本而厚望於末無是理也】

程子曰く——「聖人は己を責めて感ずるは処多く、人を責めて應ずるは処少なし。【聖人のいわゆる己を責むるに厚く人を責むるに薄きは、後世の長厚と為らんと欲するの意のごとくに非ず。蓋し感有りて後に應有り。人を責むるの應にして自ら其の感ずるの道に反らざれば、則ち是れ本に薄くして末に望むこと厚し。是の理無し。】」

謝子與伊川別一年往見之伊川曰相別一年做得甚工夫謝曰也只去個矜字曰何故曰子細檢防得來病痛盡在這裡若按伏得這個罪過方有向進處伊川點頭因語在坐同志者曰此人為學切問近思者也【按胡文定公問上蔡矜字罪過何故恁地大謝曰今人做事只管要誇耀別人耳目渾不闗自家受用事有底人食前方丈便向人前吃只蔬食菜羹卻去房裡吃為甚恁地愚謂充謝子為己之學則一切外物皆不足以動其心矣】思叔詬詈僕伕伊川曰何不動心忍性思叔慙謝【說見孟子○朱子曰動心忍性謂悚動其心堅忍其性然所謂性者亦指氣稟而言耳】

謝子は伊川と別れて一年、往きて之を見る。伊川曰く——「相別れて一年。甚の工夫をか做り得たり。」謝曰く——「亦た只だ箇の矜の字を去るのみ。」何故を問う。曰く——「仔細に検点して(底本は「検防」)来れば、病痛は尽くここに在り。もし此の罪過を按伏し得れば、方に向かい進む処有り。」伊川は点头す。因りて坐に在る同志に対して曰く——「此の人は学を為すに、切問近思する者なり。【胡文定公が上蔡に問うを按ず——矜の字の罪過は何故に恁地に大なり。謝曰く——今人は事を做すに只管に別人の耳目に夸耀せんと要し、渾として自家の受用に関わらず。事有り底の人は食前方丈なれば便ち人前に向かいて喫う。只だ蔬食菜羹は却って房裏に去りて喫う。為に甚だ恁地なる。葉采按——謝子の己が為の学を充てれば、則ち一切の外物は皆其の心を動かすに足らず。】」思叔は僕夫を詬詈す。伊川曰く——「何ぞ心を動かし性を忍ばざる。」思叔は慚じて謝す。【説は『孟子』に見る。○朱熹は言う——心を動かし性を忍ぶは其の心を悚動し其の性を堅忍す。然るにいわゆる性も、亦た気禀を指して言う。】

見賢便思齊有為者亦若是見不賢而內自省蓋莫不在已【說見論語○見人有善即思自勉則誰不可及見人不善惟當自省亦無非反己之地】橫渠先生曰湛一氣之本攻取氣之慾口腹於飲食鼻舌於臭味皆攻取之性也知德者屬厭而已不以嗜慾累其心不以小害大末喪本焉耳【正防下同○湛而不動一而不雜者氣之本體也飲食臭味之嗜而營求攻取於外者氣之動於欲者也攻取之性即氣質之性屬足也屬厭猶飫足也君子知德之本故凡飲食臭味才取足而已不以嗜好之末而累此心之本也孟子所謂不以口腹累心毋以小害大賤害貴是也】

程子曰く——「賢を見れば便ち斉らかならんことを思い、為す有る者は亦た是のごとし。不賢を見て内に自ら省るは、蓋し己に在らざる莫し。【説は『論語』に見る。○人の善有るを見れば即ち自ら勉めんことを思えば、則ち誰か及ぶ可からざらん。人の不善を見れば惟だ当に自ら省るべし。亦た己に反るの地に非ざる無し。】」横渠先生は言う。「湛一は是れ気の本、攻取は是れ気の欲。口腹の飲食に於ける、鼻舌の臭味に於ける、皆攻取の性。徳を知る者は属厭するのみ。嗜欲を以て其の心に累せず、小を以て大を害せず末を以て本を喪わずのみ。【『正蒙』に出る(底本は「正防」)、以下同じ。○湛として動かず一にして雑らざるは、是れ気の本体。飲食臭味の嗜みて外に営求攻取するは、是れ気の欲に動くなり。攻取の性は即ち気質の性。「属」は是れ足る。属厳は猶ほ飫足のごとし。君子は徳の本を知る。だから凡そ飲食臭味は才だ足るを取るのみ。嗜好の末を以て而も此の心の本に累せず。孟子のいわゆる口腹を以て心に累せず・小を以て大を害せず賤を以て貴を害せざれば就きて是なり。】」

纖惡必除善斯成性矣察惡未盡雖善必麤矣【成性者全其本然之天】

横渠先生は言う。「繊悪は必ず除く。善は斯に性を成せれり。悪を察すること未だ尽きざれば、善と雖も必ず粗れり。【性を成すは其の本然の天を全うするなり。】」

惡不仁故不善未嘗不知徒好仁而不惡不仁則習不察行不著【人能惡不仁則其察已也精有不善必知之矣苟徒知仁之可好而不知不仁之可惡則所習者或未之察所行者或未之明雖有好仁之心而卒陷於不仁而莫之覺矣】是故徒善未必盡義徒是未必盡仁好仁而惡不仁然後盡仁義之道【徒好仁而不惡不仁則雖有向善之意而無斷制之明故曰未必盡義徒惡不仁而不好仁則雖有去非之意而無樂善之誠故曰未必盡仁】

横渠先生は言う。「不仁を悪む。だから不善は未だ曽て知らざるなし。徒らに仁を好みて不仁を悪まざれば、則ち習は察せず行は著せず。【人は能く不仁を悪めば、則ち其の己を察するや精なり。不善有れば必ず之を知る。もし徒らに仁の好む可きを知りて不仁の悪む可きを知らざれば、則ち習う所は或いは之を察せず、行う所は或いは之を明らかにせず。仁を好むの心有ると雖も而も卒に不仁に陥りて之を覚る莫し。】だから徒らに善は未だ必ずしも義を尽くさず、徒らに是は未だ必ずしも仁を尽くさず。仁を好みて不仁を悪めば、然る後に仁義の道を尽くす。【徒らに仁を好みて不仁を悪まざれば、則ち善に向かうの意有ると雖も而も断制の明無し。だから未だ必ずしも義を尽くさずと言う。徒らに不仁を悪みて仁を好まざれば、則ち非を去るの意有ると雖も而も善を楽しむの誠無し。だから未だ必ずしも仁を尽くさずと言う。】」

責己者當知無天下國家皆非之理故學至於不尤人學之至也【處世有乖違豈在人者皆非在我者皆是以此存心則惟務盡已不必咎人也】有潛心於道忽忽為他慮引去者此氣也舊習纒繞未能脫灑畢竟無益但樂於舊習耳【舊習未除志不勝氣則心慮紛雜】古人慾得朋友與琴瑟簡編常使心在於此惟聖人知朋友之取益為多故樂朋友之來【橫渠論語說○朋友有講習責善之義琴瑟有調適性情之用簡編有前言往行之識朝夕於是則心有所養而習俗放僻之念不作矣然三者之中朋友之益尤多故有朋自遠方來所以樂也】

横渠先生は言う。「己を責むる者は当に「天下国家皆是ならず」の理無きを知るべし。人を尤めざるに至るを学ぶ所以は、是れ学の至り。【世に処りて乖違有れば、豈に人に在る者は皆非ならずして我に在る者は皆是ならんや。此を以て心を存せば、則ち惟だ己を尽くすを務めて、必ずしも人を咎めず。】道に潜心して、忽忽として他慮の引き去る所と為る有り。これは気。旧習纒繞して未だ能く脱洒せず。畢竟益無し。但だ旧習を楽しむのみ。【旧習は未だ除かれず志は気に勝たず。則ち心慮紛雑なり。】古人は朋友と琴瑟簡編とを得んと欲し、常に心を此に在らしめたり。惟だ聖人は朋友の益を取るの多きを知る。だから朋友の来たるを楽しむ。【横渠『論語説』に出る。○朋友は講習して善を責むるの義有り、琴瑟は性情を調適するの用有り、簡編は前言往行の識有り。朝夕に是に於いてすれば則ち心は養う所有りて、而も習俗放僻の念は作らず。然るに三者の中に朋友の益は尤も多し。だから朋有りて遠方より来たるは、楽しむ所以なり。】」

矯輕警惰【語錄下同○輕則浮躁惰則弛慢二者為學之大患然輕者必惰雖二病而實相因其進銳者其退速輕與惰之謂也】

横渠先生は言う。「軽きを矯め惰に警む。【『語録』に出る、以下同じ。○軽ければ則ち浮躁、惰ければ則ち弛慢。二者は学を為すの大患。然るに軽き者は必ず惰る。二病と雖も而も実は相い因る——其の進むや鋭き者は其の退くや速し。就きて是れ軽と惰なり。】」

仁之難成乆矣人人失其所好蓋人人有利慾之心與學正相背馳故學者要寡慾【仁者天理之公利慾者人心之私故背馳】君子不必避他人之言以為太柔太弱至於瞻視亦有節視有上下視高則氣髙視下則心柔故視國君者不離紳帶之中學者先須去其客氣其為人剛行【音項】終不肯進堂堂乎張也難與併為仁矣【學者當去輕傲之氣存恭謹之心剛行麤暴也其為人麤暴必不肯遜志務學而亦終不能深造於道子張氣貌高亢而無收斂誠實之意故曽子以為難與併為仁】蓋目者人之所常用且心常托之視之上下且試之已之敬傲必見於視所以欲下其視者欲柔其心也柔其心則聽言敬且信【心之神寓於目故目視高下而心之敬傲可見心柔者聴人之言必敬且信而不敢怠慢矣】人之有朋友不為燕安所以輔佐其仁今之朋友擇其善柔以相與拍肩執袂以為氣合一言不合怒氣相加朋友之際欲其相下不倦故於朋友之間主其敬者日相親與得效最速【始則氣輕而苟於求合終則負氣而不肯相下若是者其果有益於己乎故朋友之間以謙恭為主則其相親之意無厭相觀之效尤速】仲尼嘗曰吾見其居於位也與先生並行也非求益者欲速成者則學者先須溫柔溫柔則可以進學【闕里童子居則當位行則與先生並蓋輕傲而不循禮故夫子以為非能求益者但欲速於成人而已故學者當以和順為先則謙虛恭謹有以為進學之地】詩曰溫溫恭人維德之基蓋其所益之多【詩大雅抑篇溫和恭敬為德之本】

横渠先生は言う。「仁の成し難きは久し。人人其の好む所を失う。人人に利欲の心有るに因りて、学と正に相い背馳す。だから学者は要して欲を寡くせん。【仁は是れ天理の公、利欲は是れ人心の私。だから相い背馳す。】君子は必ずしも他人の言を避けて以て太柔太弱と為さず。瞻視に至っては亦た節有り——視に上下有り。高く視れば則ち気高く、下に視れば則ち心柔らかし。だから国君を視る者は紳帯の中に離れず。学者は先に須く其の客気を去るべし。其の人と為りや剛行【注音——「行」は項に音す】なれば、終に肯んじて進まず。「堂堂たるかな張也」——与に並びて仁を為すに難し。【学者は当に軽傲の気を去り恭謹の心を存すべし。「剛行」は是れ粗暴。其の人と為りや粗暴なれば、必ず肯んじて志を遜びて学を務めず、而も亦た終に能く道に深造する能わず。子張は気貌高亢にして収斂誠実の意無し。だから曽子は以て与に並びて仁を為すに難しと為す。】蓋し目は是れ人の常用する所にして、且つ心は常に之に托す。之を視るの上下は、且く之を試みよ——己の敬傲は必ず視に見ゆ。だから其の視を下らんと欲する者は、其の心を柔らかならんと欲す。其の心を柔らかにすれば則ち言を聴くこと敬にして且つ信。【心の神は目に寓る。だから目の視る高下にして而も心の敬傲は見る可し。心柔らかなる者は人の言を聴くに必ず敬にして且つ信にして、而も敢て怠慢せず。】人の朋友有るは、燕安を為さず。其の仁を輔佐する所以。今の朋友は其の善柔を擇びて以て相い与し、肩を拍ち袂を執りて以て気合と為し、一言合わざれば怒気相い加わる。朋友の際は其の相い下りて倦まざるを欲す。だから朋友の間に於いて其の敬を主とする者は日に相い親与し、効を得ること最も速やかなり。【始めは則ち気軽くして苟くも合を求め、終には則ち気を負いて肯んじて相い下らず。もし是のごとき者は其れ果して己に益有るか。だから朋友の間は謙恭を以て主と為れば、則ち其の相い親しむの意は厭う無く、相い観るの効は尤も速やかなり。】仲尼は曽て曰く——「吾れ其の位に居るを見、先生と並びて行くを見る。是れ益を求める者に非ず、速成せんと欲する者なり。」則ち学者は先に須く温柔なるべし。温柔なれば則ち以て学に進む可し。【闕里の童子は居れば則ち位に当たり、行けば則ち先生と与に並ぶ。是れ軽傲にして礼に循わず。だから夫子は以て能く益を求める者に非ずと為す。但だ成人に速かならんと欲するのみ。だから学者は当に和順を以て先と為すべし。則ち謙虚恭謹は以て学に進むの地と為る有り。】『詩』に曰く——温温たる恭人、徳の基と維れ。蓋し其の益するの多き所以。【『詩・大雅・抑』篇。温和恭敬は徳の本と為る。】」

世學不講男女從幼便驕惰壞了到長益兇很只為未嘗為子弟之事則於其親己有物我不肯屈下病根常在又隨所居而長至死只依舊為子弟則不能安灑掃應對在朋友則不能下朋友有官長則不能下官長為宰相則不能下天下之賢甚則至於徇私意義理都喪也只為病根不去隨所居所接而長人須一事事消了病則義理常勝【後世小學既廢父母愛逾於禮恣之驕惰而莫為禁止病根既立隨寓隨長卒至盡失其良心蓋有自來學者所當察其病源力加克治則舊習日消而道心日長矣】

横渠先生は言う。「世学は講せられず。男女は幼きより便ち驕惰に壊れ、長ずるに到りて益々凶狠。只だ未だ曽て子弟の事を為さざる為めなり。則ち其の親に於いて已に物我有りて肯んじて屈下せず。病根は常に在りて、又た居る所に随いて長ず。死に至るまで只だ依旧なり。子弟と為れば則ち能く洒掃應對に安んぜず、朋友に在れば則ち能く朋友に下らず、官長有れば則ち能く官長に下らず、宰相と為れば則ち能く天下の賢に下らず。甚しきは則ち私意に徇りて義理は皆喪えりに至る。只だ病根の去らざる為め、居る所接する所に随いて長ず。人は須く一事事病を消せば、則ち義理は常に勝つ。【後世は小學すでに廃れ、父母の愛は礼に逾え、之に恣して驕惰にして禁止するを為さず。病根すでに立ち、寓に随い長に随い、卒に至りて其の良心を尽く失う。蓋し自ら来る所有り。学者は当に其の病源を察し力を加えて克治すべし。則ち旧習は日に消えて道心は日に長ぜん。】」

近思錄卷五

近思録巻五

欽定四庫全書

欽定四庫全書

近思錄卷六宋朱子呂祖謙同編

近思録巻六 宋朱子・呂祖謙同編

葉採集解

葉采集解

家道【凡二十二條】

家道【凡そ二十二条】

此卷論齊家蓋克己之功旣至則施之家而家可齊矣

この巻は家を斉えるを論ず。己に克つの功すでに至れば、則ち之を家に施せば家は斉う可し。

伊川先生曰弟子之職力有餘則學文不修其職而學非為己之學也【經解說見論語為弟為子者其職在於孝弟而已行之有餘力而後可學詩書六藝之文職有未盡而急於學文則是徒欲人之觀美非為己之學也】

伊川先生は言う。「弟子の職は、力余り有れば則ち文を学ぶ。其の職を修めずして学ぶは、是れ己が為の学に非ず。【『経解』に出る。説は『論語』に見る。弟と為り子と為る者は其の職は孝弟に在るのみ。之を行うて余力有りて後に乃ち詩書六芸の文を学ぶ可し。職未だ尽くさざる有りて文を学ぶに急なれば、則ち是れ徒らに人の観美せんと欲するのみ。己が為の学に非ず。】」

孟子曰事親若曽子可也未嘗以曽子之孝為有餘也蓋子之身所能為者皆所當為也【易傳下同○師卦九二傳可者僅足而無餘之稱竭其所當為無過外也】

伊川先生は言う。「孟子曰く——親に事えるは曽子の若くば可なり。未だ曽て曽子の孝を以て有余と為さず。子の身の能く為す所は、皆当に為すべき所なればなり。【『易伝』に出る、以下同じ。○『師』卦九二伝。「可」は是れ僅かに足りて余無きの称。其の当に為すべき所を竭くして外に過ぎる無し。】」

幹母之蠱不可貞子之於母當以柔巽輔導之使得於義不順而致敗蠱則子之罪也【蠱卦九二傳幹治也蠱事之弊也人子事親皆當以承順為主使事得於理而已然婦人柔暗有難以遽曉尤當以柔巽行之比之事父又有間矣但為矯拂而反害其所治之事則子之過也】從容將順豈無道乎若伸已剛陽之道遽然矯拂則傷恩所害大矣亦安能入乎在乎屈己下意巽順將承使之身正事治而已剛陽之臣事柔弱之君義亦相近【以剛直之資遽為矯拂內則傷恩而有害天倫之重外則敗事而卒廢幹蠱之功剛陽之臣事柔弱之君若孟子於齊宣王諸葛孔明於蜀後主是也】

伊川先生は言う。「母の蠱を幹す、貞にする可からず。子の母に於いてするは、当に柔巽を以て輔導して、義に得るを得しむべし。順わずして敗蠱を致せば、則ち子の罪。【『蠱』卦九二伝。「幹」は是れ治、「蠱」は是れ事の弊。人子は親に事えるに皆当に承順を以て主と為し、事をして理に得せしむるのみ。然るに婦人は柔暗にして、以て遽に暁らしめ難き有り。尤も当に柔巽を以て之を行うべし。父に事えるに比べて又た間有り。但し矯拂と為りて反って其の治むる所の事を害せば、則ち子の過。】従容として将順せば、豈に道無からんや。もし己の剛陽の道を伸ばして遽然として矯拂せば、則ち恩を傷き、害する所は大なり。亦た安んぞ能く入らんや。己を屈し意を下げ巽順にして将承するに在りて、之をして身正しく事治まらしむるのみ。剛陽の臣は柔弱の君に事えるは、義も亦た相近し。【剛直の資を以て遽に矯拂を為せば、内は則ち恩を傷きて而も天倫の重きを害する有り、外は則ち事を敗りて而も卒に幹蠱の功を廃す。剛陽の臣が柔弱の君に事えるは、孟子の斉宣王に於ける・諸葛亮の蜀後主に於けるがごとき就きて是なり。】」

蠱之九三以陽處剛而不中剛之過也故小有悔然在巽體不為無順順事親之本也又居得正故無大咎然有小悔已非善事親也【九爻陽而三位剛位又不中剛過乎中者也事親而過剛不能無悔矣然蠱之下卦為巽巽者順也又陽爻居陽位居得其正則亦不至大過故無大咎也但謂之小悔則於事親之道已非盡善者矣】

伊川先生は言う。「『蠱』の九三は陽を以て剛に処りて而も中ならず。剛の過。だから小さく悔有り。然るに巽体に在りて、順無きと為さず。順は是れ親に事えるの本。又た居りて正を得。だから大咎無し。然るに小悔有れば、已に善く親に事えるに非ず。【九爻は是れ陽にして三位は是れ剛位。又た中ならず。剛は中に過ぐ。親に事えて剛に過ぐれば、能く悔無き能わず。然るに蠱の下卦は巽と為る。巽は是れ順。又た陽爻は陽位に居り、居りて其の正を得れば、則ち亦た大過に至らず。だから大咎無し。但し之を小悔と謂えば、則ち親に事えるの道に於いて已に善を尽くすに非ず。】」

正倫理篤恩義家人之道也【家人卦彖傳正倫理則尊卑之分明篤恩義則上下之情合二者並行而後處家之道得矣然必以正倫理為先未有倫理不正而恩義可篤者也】

伊川先生は言う。「倫理を正しくし恩義を篤くするは、是れ家人の道。【『家人』卦彖伝。倫理を正しくすれば則ち尊卑の分明らかに、恩義を篤くすれば則ち上下の情合す。二者並び行われて後に家に処るの道は了れり。然るに必ず倫理を正しくするを以て先と為すべし。未だ倫理正しからずして恩義の篤くする可き有らず。】」

人之處家在骨肉父子之間大率以情勝禮以恩奪義惟剛立之人則能不以私愛失其正理故家人卦大要以剛為善【家人卦六二傳相親附猶骨之於肉】

伊川先生は言う。「人の家に処るは、骨肉父子の間に在りて、大率情を以て礼に勝ち恩を以て義を奪う。惟だ剛立の人は則ち能く私愛を以て其の正理を失わず。だから『家人』卦の大要は剛を以て善と為す。【『家人』卦六二伝。相い親附するは、猶ほ骨の肉に於けるがごとし。】」

家人上九爻辭謂治家當有威嚴而夫子又復戒雲當先嚴其身也威嚴不先行於己則人怨而不服【上九威如終吉象曰威如之吉反身之謂也所貴治家之威者非徒繩治之嚴蓋必正己為本使在我持身謹嚴而無少縱弛則家人自然有所嚴憚而不敢逾越有所觀感而率歸於正凡御下之道皆然齊家本於修身則尤為切近】歸妹九二守其幽貞未失夫婦常正之道世人以媟狎為常故以貞靜為變常不知乃常久之道也【正靜乃相處可久之道媟狎則玩侮乖離所自生】

伊川先生は言う。「『家人』上九爻辞は家を治むるに当に威厳有るべしと謂う。而も夫子は又た復た戒めて曰く——当に先ず其の身を厳にすべし。威厳は先に己に於いて行わざれば、則ち人は怨みて服せず。【上九「威如、終に吉」。象に曰く——威如の吉は、身に反るの謂なり。家を治むるの威の貴ぶ所は、徒らに之を縄治するの厳に非ず。必ず己を正しくするを本と為す。我に在りて身を持すること謹厳にして少しの縦弛も無からしめば、則ち家人は自然に厳惮する所有りて敢て逾越せず、観感する所有りて率いて正に帰す。凡そ下を御するの道は皆然り。家を斉えるは身を修むるに本づけば、則ち尤も切近なり。】『帰妹』九二は其の幽貞を守る。未だ夫婦の常正の道を失わず。世人は媟狎を以て常と為す。だから貞静を以て常に変ずと為す。知らず、乃ち是れ常久の道。【正静は乃ち相い処りて久しき可きの道。媟狎は則ち玩侮乖離の生ずる所以。】」

世人多愼於擇壻而忽於擇婦其實壻易見婦難知所繫甚重豈可忽哉【遺書下同】

伊川先生は言う。「世人は多く婿を擇ぶに慎みて而も婦を擇ぶに忽なり。其の実は婿は見易く婦は知り難し。繋る所は甚だ重し。豈に忽ならん可けんや。【『遺書』に出る、以下同じ。】」

人無父母生日當倍悲痛更安忍置酒張樂以為樂若具慶者可矣【具慶謂父母俱存】

伊川先生は言う。「人は父母無ければ、生日は当に悲痛を倍すべし。更に安んぞ忍びて酒を置き楽を張りて以て楽しみと為さんや。もし具慶の者は可なり。【「具慶」は是れ父母倶に存するを言う。】」

問行狀雲儘性至命必本於孝弟不識孝弟何以能儘性至命也伊川曰後人便將性命別作一般說了性命孝弟只是一統底事就孝弟中便可儘性至命【伊川先生所作明道先生行狀孝弟者人道之本百行之原仁民愛物皆由是推之人能盡孝弟之道擴而充之至於極致則可以儘性至命矣朱子曰此與孝弟也者其為仁之本與一意又曰若是聖人如舜之孝王季之友便是儘性至命事】如灑掃應對與儘性至命亦是一統底事無有本末無有精粗卻被後來人言性命者別作一般高逺說故舉孝弟是於人切近者言之【天下無理外之事亦無事外之理即其末而本已存即其粗而精實具本末精粗非二致也】然今時非無孝弟之人而不能儘性至命者由之而不知也【今之孝弟者未必能儘性至命蓋行不著習不察故亦不能擴充之以抵作聖之極功】

問う——『行状』は性を尽くし命に至るは必ず孝弟に本づくと説く。孝弟は何以を以て能く性を尽くし命に至るを識らず。伊川曰く——「后人は便ち性命を把って別に一般に作りて説く。性命・孝弟は只だ是れ一統底の事。孝弟の中に就きて便ち以て性を尽くし命に至る可し。【伊川先生の作る所の明道先生『行状』。孝弟は是れ人道の本・百行の原。民を仁し物を愛するは皆是由りて推す。人は能く孝弟の道を尽くし、擴めて之を充てて極致に至れば、則ち以て性を尽くし命に至る可し。朱熹は言う——此れは「孝弟なる者は、其れ仁を為すの本か」と一意。また曰く——もし是れ聖人なれば、舜の孝・王季の友のごとき、便ち是れ性を尽くし命に至るの事。】洒掃應對と性を尽くし命に至るとは亦た是れ一統底の事。本末有る無く、精粗有る無し。却って後來人の性命を言う者は別に一般の高遠を作りて説くに被れり。だから孝弟を挙ぐるは、是れ人の切近なる者に於いて之を言う。【天下に理外の事無し。亦た事外の理無し。即ち其の末にして而も本已に存し、即ち其の粗にして而も精実に具わる。本末精粗は二致に非ず。】然るに今時は孝弟の人無きに非ずして而も能く性を尽くし命に至らざるは、是れ之に由りて而も知らざるに由る。【今の孝弟する者は未だ必ずしも能く性を尽くし命に至らず。行に著せず習に察せざるに因る。だから亦た能く之を擴充して以て聖を作るの極功に抵る能わず。】」

問第五倫視其子之疾與兄子之疾不同自謂之私如何伊川曰不待安寢與不安寢只不起與十起便是私也父子之愛本是公才著些心做便是私也【後漢第五倫傳或問倫曰公有私乎對曰吾兄子嘗病一夜十起退而安寢吾子有疾雖不省視而竟夕不眠若是者豈可謂無私乎人知安寢與不眠為私愛其子而不知十起與不起亦私意也蓋事事物物各有自然之理不容安排父子之愛天性今子疾不視而十起於兄子豈人情哉著意安排卽是私矣】又問視己子與兄子有間否曰聖人立法曰兄弟之子猶子也是欲視之猶子也【視兄弟之子亦如己子】又問天性自有輕重疑若有間然曰只為今人以私心看了孔子曰父子之道天性也此只就孝上說故言父子天性若君臣兄弟賓主朋友之類亦豈不是天性只為今人小看卻不推其本所由來故爾己之子與兄之子所爭幾何是同出於父者也只為兄弟異形故以兄弟為手足人多以異形故親己之子異於兄弟之子甚不是也又問孔子以公冶長不及南容故以兄之子妻南容以己之子妻公冶長何也曰此亦以己之私心看聖人也凡人避嫌者皆內不足也聖人至公何更避嫌凡嫁女各量其才而求配或兄之子不甚美必擇其相稱者為之配己之子美必擇其才美者為之配豈更避嫌耶若孔子事或是年不相若或時有先後皆不可知以孔子為避嫌則大不是如避嫌事賢者且不為況聖人乎【聖人所為至公無私安行乎天理何嫌之可避凡人避嫌者皆內有不足而不能自信者也】

問う——第五倫は其の子の疾を視ると兄子の疾と同じからず、自ら之を私と謂う。如何。伊川曰く——「安寝と不安寝とを待たず。只だ起たざると十たび起つとは便ち是れ私。父子の愛は本より是れ公。才だ些の心を著けて做せば便ち是れ私。【『後漢・第五倫伝』——或いは倫に問う——「公に私有りや。」対えて曰く——「吾が兄子は曽て病み、一夜十たび起つ。退きて安寝す。吾が子に疾有りて、省視せずと雖も而も竟夕眠らず。もし是のごとき者は豈に私無しと謂う可けん。」人は安寝と不眠とは其の子を私愛するを知るも、而も十たび起つと起たざるとも亦た私意なるを知らず。事事物物は各々自然の理有りて、安排を容れざるに因る。父子の愛は是れ天性。今子の疾を視ずして兄子に十たび起つは、豈に人情ならん。意を著けて安排すれば即ち是れ私。】」又た問う——己の子と兄子とを視るに間有るか否か。曰く——「聖人は法を立てて曰く——兄弟の子は猶ほ子のごとし。是れ之を視るに猶ほ子のごとくせんと欲するなり。【兄弟の子を視るも亦た己の子のごとし。】」又た問う——天性は自ら軽重有りて、疑いて若しくは間然たる有るがごとし。曰く——「只だ今人以て私心を以て看了せる為めなり。孔子曰く——父子の道は、天性なり。此れ只だ孝の上に就きて言う。だから父子は天性と言う。もし君臣・兄弟・賓主・朋友の類は、亦た豈に是れ天性に非ざらんや。只だ今人は小看して、却って其の本の由りて来る所を推さざる為めなり。己の子と兄の子とは争うこと幾何ならず、是れ同じく父に出づる者。只だ兄弟は形を異にする為め、だから兄弟を以て手足と為す。人は多く形を異にするを以て故に己の子を親しみて兄弟の子に異と為す。甚だ是ならず。」又た問う——孔子は公冶長は南容に及ばずを以て、だから兄の子を以て南容に妻し己の子を以て公冶長に妻せしめり。何ぞや。曰く——「此れ亦た以て己の私心を以て聖人を看る。凡そ人の嫌を避くる者は皆内に足らざる有り。聖人は公なる至り、何ぞ更に嫌を避けん。凡そ女を嫁ぐるは各々其の才を量りて而も配を求む——或いは兄の子は甚だ美ならざれば、必ず其の相称する者を擇びて之が配と為し、己の子が美なれば、必ず其の才美なる者を擇びて之が配と為す。豈に更に嫌を避けん。もし孔子の事は、或いは年は相若からず、或いは時に先后有り。皆知る可からず。孔子を以て嫌を避くと為せば則ち大いに是ならず。嫌を避くるの事のごとき、賢者は且く為さず。況んや聖人をや。【聖人の為す所は至公無私にして、天理に安行す。何の嫌か避く可き。凡そ人の嫌を避くる者は、皆内に足らざる有りて能く自ら信ぜず。】」

問孀婦於理似不可取如何伊川曰然凡取以配身也若取失節者以配身是己失節也【婦人從一而終者也再嫁為失節】又問或有孤孀貧窮無托者可再嫁否曰只是後世怕寒餓死故有是說然餓死事極小失節事極大【餓死事極小所惡有甚於死也】

問う——孀婦は理に於いて似て娶る可からず。如何。伊川曰く——「然り。凡そ娶るは以て身に配す。もし節を失う者を娶りて以て身に配せば、是れ己の節を失う。【婦人は一に従いて終わる。再嫁は失節と為る。】」又た問う——或いは孤孀貧窮して托する無き者は、再嫁する可きか否か。曰く——「只是れ後世は寒餓死を怕るるが故に、是の説有り。然るに餓死するは事は極めて小、節を失うは事は極めて大。【餓死するは事は極めて小、悪む所は死より甚だしき有り。】」

病臥於床委之庸醫比之不慈不孝事親者亦不可不知醫【外書下同】

伊川先生は言う。「病みて床に臥すに、之を庸医に委ぬ。之を不慈不孝に比す。親に事える者も亦た以て医を知らざる可からず。【『外書』に出る、以下同じ。】」

程子葬父使周恭叔主客客欲酒恭叔以告先生曰勿陷人於惡【周行已字恭叔臨喪飲酒非禮也】

程子は父を葬るに、周恭叔をして客を主らしむ。客は酒を欲す。恭叔は以て告ぐ。先生曰く——「人を悪に陥れ勿れ。【周行己は字は恭叔。喪に臨みて酒を飲むは礼に非ず。】」

買乳婢多不得已我不能自乳必使人然食己子而殺人之子非道必不得已用二子乳食三子足備他虞或乳母病且死則不為害又不為己子殺人之子但有所費若不幸致誤其子害孰大焉【幼吾幼以及人之幼其慮之周蓋如此】先公太中諱珦字伯溫前後五得任子以均諸父子孫嫁遣孤女必盡其力所得俸錢分贍親戚之貧者伯母劉氏寡居公奉養甚至其女之夫死公迎從女兄以歸敎養其子均於子侄旣而女兄之女又寡公懼女兄之悲思又取甥女以歸嫁之時小官祿薄克己為義人以為難【任子謂保任使之入仕諸父謂從父也】公慈恕而剛斷平居與幼賤處惟恐有傷其意至於犯義理則不假也左右使令之人無日不察其飢飽寒燠娶侯氏侯夫人事舅姑以孝謹稱與先公相待如賓客先公賴其內助禮敬尤至而夫人謙順自牧雖小事未嘗專必稟而後行仁恕寛厚撫愛諸庶不異己出從叔幼孤夫人存視常均己子治家有法不嚴而整不喜笞撲奴婢視小臧獲如兒女【男僕曰臧女僕曰獲】諸子或加呵責必戒之曰貴賤雖殊人則一也汝如是大時能為此事否先公凡有所怒必為之寛解唯諸兒有過則不掩也常曰子之所以不肖者由母蔽其過而父不知也夫人男子六人所存惟二其愛慈可謂至矣然於敎之之道不少假也才數歲行而或踣家人走前扶抱恐其驚啼夫人未嘗不呵責曰汝若安徐寧至踣乎飲食常置之坐側嘗食絮羹即叱止之曰幼求稱欲長當何如【絮羹調羹也禮不絮羹為其詳於味也】雖使令輩不得以惡言罵之故頤兄弟平生於飲食衣服無所擇不能惡言罵人非性然也敎之使然也與人爭忿雖直不右曰患其不能屈不患其不能伸及稍長常使從善師友遊雖居貧或欲延客則喜而為之具夫人七八歲時誦古詩曰女子不夜出夜出秉明燭自是日暮則不復出房閤既長好文而不為辭章見世之婦女以文章筆札傳於人者則深以為非【文集】

伊川先生は言う。「乳婢を買うは多く已むを得ず。我は能く自ら乳せず。必ず人を使う。然るに己の子を食わしめて而も人の子を殺すは、道に非ず。必ず已むを得ざれば、二子を用いて三子を乳食せしむれば、他虞を備うるに足れり。或いは乳母病みて且つ死せんとすれば、則ち害と為さず、又た己の子の為に人の子を殺さず。但だ費うる所有り。もし不幸にして其の子を誤らしめば、害は孰れか大ならん。【吾が幼を幼として以て人の幼に及ぼす。其の慮るの周なるは蓋し此のごとし。】先公太中は諱は珦、字は伯温。前后五たび任子を得て、以て諸父・子孫に均しきす。孤女を嫁遣するは必ず其の力を尽くす。得る所の俸銭は親戚の貧しき者に分かち贍う。伯母劉氏は寡居す。公は奉養すること甚だ至れり。其の女の夫死せば、公は従女兄を迎えて以て帰し、其の子を教養して子侄に均しきす。既而して女兄の女は又た寡し、公は女兄の悲思を惧れ、又た甥女を取りて以て帰りて之を嫁がす。時に小官は禄薄し。己に克ちて義を為す。人は以て難しと為す。【「任子」は是れ保任して之を入仕せしむるを言う。「諸父」は是れ従父。】公は慈恕にして剛断。平居に幼賤と処るに、惟だ其の意を傷つける有るを恐る。犯義理に至っては則ち假わず。左右使令の人は、日其の飢飽寒燠を察せざる無し。侯氏を娶る。侯夫人は舅姑に事えるに孝謹を以て称せられ、先公と相待つこと賓客のごとし。先公は其の内助に頼る。礼敬は尤も至れり。而も夫人は謙順にして自ら牧し、小事と雖も未だ曽て専らにせず。必ず禀げて後に行う。仁恕寛厚にして、諸庶を撫愛して己出に異ならず。従叔は幼くして孤なり。夫人は存視して常に己の子に均しきす。家を治むるに法有り。厳ならずして整う。奴婢を笞扑するを喜ばず。小臧獲を視ること児女のごとし。【男僕を臧と叫び、女僕を獲と叫ぶ。】諸子は或いは呵責を加えれば、必ず之を戒めて曰く——「貴賤は殊なりと雖も、人は則ち一なり。汝は是のごとき大なる時は能く此の事を為さんや否や。」先公は凡そ怒る所有れば、必ず之が為に寛解す。唯だ諸児に過有れば則ち掩わず。常に曰く——子の不肖なる所以は、母の其の過を蔽いて而も父の知らざるに由る。夫人は男子六人、存する所は惟だ二。其の愛慈は以て至れりと謂う可し。然るに之を教えるの道に於いて少しも假わず。才だ数歳にして、行きて或いは仆れば、家人は走り前りて扶抱して其の驚啼するを恐る。夫人は未だ曽て呵責せざらずして曰く——「汝もし安徐ならば、寧ぞ仆に至らんや。」飲食は常に之を坐側に置く。曽て絮羹を食えば即ち叱り止めて之に曰く——「幼にして欲に称うを求めば、長じて当に如何せん。」【絮羹は是れ羹を調る。『礼』は絮羹せず。其の味に詳ならんが為め。】使令輩と雖も悪言を以て之を罵るを得ず。だから頤兄弟は平生飲食衣服に於いて擇ぶ所無く、能く悪言を以て人を罵らず。性然るに非ず。之を教えるの然らしむるなり。人と争忿する与するは、直と雖も右せず。曰く——其の能く屈せざるを患え、其の能く伸べざるを患えず。稍長ずるに及びて、常に善師友に従りて游ばしむ。貧に居ると雖も、或いは客を延かんと欲すれば則ち喜びて之が為に具を為す。夫人は七八歳の時古詩を誦して曰く——「女子は夜出でず、夜出ずれば明燭を秉る。」自是より日暮れれば則ち復た房閣を出でず。既に長じて文を好みて而も辞章を為さず。世の婦女の文章筆札を以て人に伝うる者を見れば、則ち深く以て非と為す。【『文集』に出る。】」

橫渠先生嘗曰事親奉祭豈可使人為之【行狀○使人代為孝敬之心安在】

横渠先生は曽て曰く——「親に事え祭を奉ずるは、豈に人をして之を為さしむる可けん。【『行状』に出る。○人をして代わりて為さしむれば、孝敬の心は安んぞ在らん。】」

舜之事親有不悅者為父頑母嚚不近人情若中入之性其愛惡略無害理姑必順之【事親以順為主非甚不得已者固不可輕為矯拂也】親之故舊所喜者當極力招致以悅其親凡於父母賓客之奉必極力營辦亦不計家之有無然為養又須使不知其勉強勞苦苟使見其為而不易則亦不安矣【橫渠記說○所謂養志者也】

横渠先生は言う。「舜の親に事えるに悦ばざる者有るは、父頑にして母嚚にして人情に近からざるが為め。もし中人(底本は「中入」、当に「中人」の誤り)の性は、其の愛悪は略ほ理を害する無し。姑く必ず之に順うべし。【親に事えるは順を以て主と為す。甚だ已むを得ざる者に非ざれば、固より軽々しく矯拂を為すべからず。】親の故旧の喜ぶ所の者は、当に力を極めて招致して以て其の親を悦ばしむべし。凡そ父母の賓客の奉に於いては、必ず力を極めて営辦して、亦た家の有無を計らず。然るに養と為るは又た須く其の勉強労苦を知らしめざるべし。苟くも其の為すを見て易ならざれば、則ち亦た安んぜず。【横渠『記説』に出る。○いわゆる志を養う。】」

斯干詩言兄及弟矣式相好矣無相猶矣言兄弟宜相好不要相學猶似也人情大抵患在施之不見報則輟故恩不能終不要相學己施之而已【詩說下同○兄弟友愛盡其在我不可視報以為施兄友而弟不恭不可學弟而廢其友弟恭而兄不友不可學兄而廢其恭】

横渠先生は言う。「『斯干』の詩に曰く——兄及び弟よ、式に相い好め、相い猶る無かれ。是れ兄弟は宜しく相い好むべし、相い学ぶ勿れと言う。「猶」は是れ似。人情は大抵患は之を施して報を見ざれば則ち輟むに在り。だから恩は能く終わらず。相い学ぶ勿れ、己は之を施すのみ。【『詩説』に出る、以下同じ。○兄弟の友愛は其の我に在るを尽くす。報を視て以て施と為す可からず。兄は友して弟恭ならざれば、弟に学びて其の友を廃す可からず。弟は恭して兄友ならざれば、兄に学びて其の恭を廃す可からず。】」

人不為周南召南其猶正牆面而立常深思此言誠是不從此行甚隔著事向前推不去蓋至親至近莫甚於此故須從此始【宜其家人而後可以敎國人不然猶正牆面隔礙而不可通行也】婢僕始至本懷勉勉敬心若到所提掇更謹則加謹慢則棄其本心便習以成性故仕者入治朝則德日進入亂朝則德日退只觀在上者有可學無可學耳【語錄提掇謂提起警防之也】

横渠先生は言う。「人は『周南』『召南』を為さざれば、其れ猶ほ牆面に正して立つがごとし。常に此の言を深く思えば、誠に是なり。此に従いて行わざれば、甚だ事に隔たり、前に推して去らず。至親至近は此より甚だしきは莫きに因る。だから須く此より始まるべし。【其の家人に宜しきにして後に以て国人を教う可し。然らざれば猶ほ牆面に正するがごとく、隔碍して通行す可からず。】婢僕の始めて至るは、本より勉勉敬の心を懐く。もし提掇する所に到りて更に謹なれば則ち謹を加え、慢なれば則ち其の本心を棄つ。便ち習いて以て性を成す。だから仕える者は治朝に入れば則ち徳は日に進み、乱朝に入れば則ち徳は日に退く。只だ上に在る者の学ぶ可き・学ぶ可からざるを観るのみ。【『語録』に出る。「提掇」は是れ提起して之を警戒す(底本は「警防」)。】」

近思錄卷六

近思録巻六

欽定四庫全書

欽定四庫全書

近思錄卷七宋朱子呂祖謙同編

近思録巻七 宋朱子・呂祖謙同編

葉採集解

葉采集解

出處【凡三十九條】

出処【凡そ三十九条】

此卷論出處之道蓋身旣修家旣齊則可以仕矣然去就取捨惟義之從所當審處也

この巻は出処の道を論ず。身すでに修まり家すでに斉えば、則ち以て仕う可し。然るに去就取舍は惟だ義の従う所。当に審らかに処るべし。

伊川先生曰賢者在下豈可自進以求於君苟自求之必無能信用之理古之人所以必待人君致敬盡禮而後徃者非欲自為尊大蓋其尊德樂道之心不如是不足與有為也【易傳下同○防卦彖傳賢者之進將以行其道也自非人君有好賢之誠心則諫不行言不聽豈足以有為哉】

伊川先生は言う。「賢者は下に在り。豈に自ら進みて以て君に求めん可けんや。苟くも自ら之を求めば、必ず能く信用するの理無し。古の人の必ず人君の敬を致し礼を尽くして後に往くを待つ所以は、自ら尊大を為さんと欲するに非ず。蓋し其の徳を尊び道を楽しむの心は此のごとくならざれば、与に為す有るに足らず。【『易伝』に出る、以下同じ。○『蒙』卦(底本は「防卦」)彖伝。賢者の進むは将に其の道を行わんとす。自ら人君の賢を好むの誠心に非ざれば、則ち諫は行われず言は聴かれず。豈に以て為す有るに足らん。】」

君子之需時也安靜自守志雖有須而恬然若將終身焉乃能用常也雖不進而志動者不能安其常也【需卦初九象傳靜退以待時而終至於失常者蓋其身雖退而志則動也】

伊川先生は言う。「君子の時を需ぐるは、安静にして自ら守り、志は須有ると雖も而も恬然として若くは将に終身せんとする焉。乃ち能く常を用う。進まずと雖も而も志動く者は、能く其の常に安んぜず。【『需』卦初九象伝。静退して以て時を待ちて終に失常に至るは、是れ其の身は退くと雖も而も志は則ち動くなり。】」

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