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近思录 · 第9巻

宋 · 朱熹 吕祖谦 · 第9巻 / 11

明道因論口將言而囁嚅雲若合開口時要他頭也須開口【本注云如荊軻於樊於期】須是聴其言也厲【囁嚅欲言而不敢發之貌厲剛決之意理明義直內無不足則出於口者自然剛決不可回撓安有囁嚅之態○朱子曰合開口者亦曰理之所當言樊於期事非理所得言特取其事之難言而猶言之耳】

明道は因りて「口は将に言わんとして囁嚅す」を論じて曰く——「もし合して口を開く時は、他の頭を要しても亦た須く口を開くべし。」【本注に曰く——荆軻の樊於期に於けるがごとし。】「須く是れ其の言を聴くに厲けん。」【囁嚅は是れ言わんと欲して而も敢て発せざるの貌。厲は是れ剛決の意。理明らかに義直く、内は足らざる無ければ、則ち口に出づる者は自然に剛決にして回撓す可からず。安んぞ囁嚅の態有らん。朱熹は言う——合して口を開くは、も亦た是れ理の当に言うべき所を説く。樊於期の事は并非に理の言うを得る所。特に其の事の言い難くして而も猶ほ之を言うを取るのみ。】

須是就事上學蠱振民育徳然有所知後方能如此何必讀書然後為學【振民育徳修己治人之事也然必知之至而後行之至無非學也豈但讀書而謂之學哉子路亦嘗有是言而夫子斥之何也葢為學之道固不専於讀書必以讀書為窮理之本子羔既未及為學而遽使之以仕為學則非持失知行之序而且廢窮理之大端臨事錯繆安能各當其則哉程子之教固以讀書窮理為先務然不就事而學則舍簡策之外凡應事接物之際不知所以用力其學之間防多矣二者之言各有在也】

「須く是れ事に就きて学ぶべし。『蠱』——民を振い徳を育む。然る而も知る所有りて後に方に能く此のごとくす。何ぞ必ず書を読みて而る後に学と為さん。」【民を振い徳を育むは是れ己を修め人を治むるの事。然る而も必ず須く之を知ることの至りて而る後に之を行うことの至る。非ずと雖も学、豈に但だ書を読みて而も之を学と謂わん。子路も亦た嘗て是の言有りて而も夫子は之を斥く。何を為めとや。蓋し学を為るの道は固より書を読むに専らならず。必ず須く書を読むを以て理を窮むるの本と為すべし。子羔は既に学を為るに及ばずして而も遽に之をして仕を以て学と為さしめば、則ち特に知行の序を失うのみならず、而も且つ理を窮むるの大端を廃す。事に臨みて錯繆せば、安んぞ能く各々其の則に当たらん。程子の教は固より書を読み理を窮むるを以て先務と為す。然る而も事に就きて学ばざれば、則ち簡策の外を舎て、凡そ事に應じ物に接するの際は以て力を用いる所以を知らず。其の学の間断は(底本は「間防」)多し。二者の言は各々在る所有り。】

先生見一學者忙迫問其故曰欲了幾處人事曰某非不欲周旋人事者曷常似賢急迫【事雖多為之必有序事雖急應之必有節未聞可以急遽苟且而處之者】

先生は一学者の忙迫するを見て、其の故を問う。他は曰く——幾処かの人事を了らんと欲す。先生曰く——「某は并非に人事を周旋せんと欲せざるに非ず。何ぞ嘗て汝のごとく急迫せむ。」【事は多しと雖も、之を為すに必ず序有り。事は急と雖も、之に應ずるに必ず節有り。未だ以て急遽苟且にして而も之に処るを聞かず。】

安定之門人往往知稽古愛民矣則於為政也何有【胡安定教學者以通經術治時務明體適用故其門人皆知以稽古愛民為事稽古則為政之法愛民則為政之本】門人有曰吾與人居視其有過而不告則於心有所不安告之而人不受則奈何明道曰與之處而不告其過非忠也要使誠意之交通在於未言之前則言出而人信矣【誠意素孚則信在言前】又曰責善之道要使誠有餘而言不足則於人有益而在我者無自辱矣【誠意多於言語則在彼有感悟之益在我無煩瀆之辱】

「安定の門人は往往として古を稽え民を愛するを知り了れり。則ち政を為すに於いても亦た何か有らん。」【胡安定は学者を教うるに経術を通じ時務を治め、体を明らかにし用に適わしむるを以てす。だから其の門人は皆古を稽え民を愛するを以て事と為すを知る。古を稽うるは是れ政を為すの法、民を愛するは是れ政を為すの本。】門人有りて曰く——「吾は人と居り、其の過有るを視て而も告げざれば、則ち心に於いて安からざる所有り。之に告げて而も人受けざれば、則ち奈何せん。」明道曰く——「之と処りて而も其の過を告げざるは、忠に非ず。誠意の交通は未だ言わざるの前に在るを要せしむれば、則ち言出でて而も人は信ず。」【誠意は素より孚まれば、則ち信は言の前に在り。】又た曰く——「善を責むるの道は、誠は余有りて而も言は足らざるを要せしむべし。則ち人に於いて益有りて而も我に在る者は自ら辱め無し。」【誠意は言語より多ければ、則ち彼に在りては感悟の益有り、我に在りては煩瀆の辱無し。】

職事不可以巧免【職所當為而巧圗規避是自私用智之人也】

「職事は以て巧みに免る可からず。」【職の当に為すべき所にして而も巧みに図りて規避するは、是れ自ら私して智を用うるの人。】

居是邦不非其大夫此理最好【朱子曰下訕上則無忠敬之心】

「是の邦に居りて其の大夫を非せざるは、此の理は最も好し。」【朱熹は言う——下は上を訕れば則ち忠敬の心無し。】

克勤小物最難【不忽於小謹之至也】

「小物を克勤するは最も難し。」【小に忽らざるは、是れ謹の至なり。】

欲當大任須是篤實【篤實則力量深厚而謀慮審固斯可以任大事】

「大任に当たらんと欲すれば須く是れ篤実ならん。」【篤実なれば則ち力量は深厚にして謀慮は審固し、才だ以て大事を任ず可し。】

凡為人言者理勝則事明氣忿則招怫【理勝而氣平則人易曉而聴亦順或者理雖明而挾忿氣以勝之則反致扞格矣】

「凡そ人の為に言う者は、理勝てば則ち事は明らか、気忿すれば則ち怫を招く。」【理勝ちて而も気平なれば、則ち人は曉り易くして而も聴も亦た順し。或いは理は明らかなりと雖も而も忿気を挟みて以て之に勝たば、則ち反って捍格を致す。】

居今之時不安今之法令非義也若論為治不為則己如復為之須於今之法度內處得其當方為合義若須更改而後為則何義之有【中庸曰非天子不議禮不制度不考文居下位而守上之法令義也由今之法而處得其宜斯為善矣若率意改作則已失為下之義】

「今の時に居りて、今の法令に安んぜざるは、義に非ず。若し治を為すを論ぜば、為さざれば則ち已む。もし復た之を為さば、須く今の法度の内に於いて其の当を得るに処り、方に合義と為る。若し須く更改して而る後に為さば、則ち何の義か之れ有らん。」【『中庸』曰く——天子に非ざれば則ち礼を議せず度を制せず文を考えず。下位に居りて上の法令を守るは、是れ義なり。今の法に由りて而も其の宜を得るに処るは、才だ是れ善なり。若し意を率いて改作せば、則ち已に下と為るの義を失えり。】

今之監司多不與州縣一體監司専欲伺察州縣州縣専欲掩蔽不若推誠心與之共治有所不逮可教者教之可督者督之至於不聴擇其甚者去一二使足以警眾可也

「今の監司は多く州県と一体せず。監司は専ら州県を伺察せんと欲し、州県は専ら掩蔽せんと欲す。誠心を推して之と共に治むるに若かず——逮ばざる所有れば、教う可きは之を教え、督す可きは之を督す。聴かざるに至れば、其の甚だしきを擇びて一二を去らしめ、以て衆を警すに足らしめば、則ち以て可なり。」

伊川先生曰人惡多事吾甚憫之世事雖多盡是人事人事不教人做更責誰做【人事雖多皆人所當為者苟有厭事之意則應之必不盡其理矣】

伊川先生は言う。「人は事多きを厭悪す。我は甚だ之を憫む。世事は多しと雖も、尽く是れ人事。人事は人をして為さしめずして、更に誰をか責めて為さしめん。」【人事は多しと雖も、皆是れ人の当に為すべき所。苟くも事を厭うの意有れば、則ち之に應ずるに必ず其の理を尽くさず。】

感慨殺身者易從容就義者難【一時感慨至於殺身而不顧此匹夫匹婦猶或能之若夫從容就義死得其所自非義精仁熟者莫之能也中庸曰白刃可蹈中庸不可能是也○張南軒曰君子不避難亦不入於難惟當夫理而已於所不當避而避固私也於所不當預而預乃勇於就難是亦私而已如曾子子思之避寇或不避三仁之或死或不死皆從容乎義之所當然而已】

「感慨して身を殺す者は易く、従容として義に就く者は難し。」【一時感慨して身を殺すに至りて而も顧みず。此れ是れ匹夫匹婦と雖も或いは能く之。若し夫れ従容として義に就き死は其の所を得るは、自ら義精仁熟の者に非ざれば之を能くする莫し。『中庸』曰く——白刃は蹈む可く、中庸は能わざるなり。就きて是なり。張南軒曰く——君子は難を避けず、も亦た難に入らず。惟だ夫の理に当たるのみ。当に避くべからざる所に於いて避くるは、固然として是れ私。当に預るべからざる所に於いて預るは、乃ち勇んで難に就く。も亦た是れ私のみ。曽子・子思の寇を避くる或いは避けざる、三仁の或いは死す或いは死せざるがごとき、皆是れ従容として義の当然なるに居るのみ。】

人或勸先生以加禮近貴先生曰何不見責以盡禮而責之以加禮禮盡則已豈有加也【此與孟子不與右師言同意】或問簿佐令者也簿所欲為令或不從奈何曰當以誠意動之今令與簿不和只是爭私意令是邑之長若能以事父兄之道事之過則歸己善則惟恐不歸於令積此誠意豈有不動得人【過則歸之己善則歸之令非曰姑為此以恱人葢事長之道當如是也】

或いは先生に勧めて以て貴近に礼を加えんとす。先生曰く——「何ぞ礼を尽くすを以て責めずして、而も之に礼を加えんを以て責むるを見ざる。礼尽くれば則ち已む。豈に加うる有らん。」【此れ孟子の右師と言わざると意同じ。】或いは問う——簿は是れ令を佐くる。簿の為さんと欲する所、令は或いは従わず。奈何せん。曰く——「当に誠意を以て之を動かすべし。今令と簿と和せざるは、只だ是れ私意を争う。令は是れ邑の長。若し能く父兄に事うるの道を以て之に事えば、過は則ち己に帰し、善は則ち惟だ令に帰せざらんことを恐る。此の誠意を積めば、豈に人を動かすを得ざる有らん。」【過は則ち之を己に帰し、善は則ち之を令に帰す。并非に姑く此を為して以て人を悦ばせんと説くに非ず。蓋し長に事うるの道は当に是のごとくすべし。】

問人於議論多欲直己無含容之氣是氣不平否曰固是氣不平亦是量狹【量狹故常欲己勝而無含容之氣】人量隨識長亦有人識高而量不長者是識實未至也【見識陋則人己得失之間皆為之動是即量之狹也故識之長則量亦長】大凡別事人都強得惟識量不可強【惟識與量則隨人天資學力所至而不可強也】今人有斗筲之量有釜斛之量有鐘鼎之量【十升為斗筲竹器容鬥二升釡容六鬥四升十鬥為斛十斛為鍾】有江河之量江河之量亦大矣然有涯有涯亦有時而滿惟天地之量則無滿故聖人者天地之量也聖人之量道也常人之有量者天資也【聖人之心純乎道道本無外故其量亦無涯天資者氣稟也氣稟則有涯常人而能學以通乎道極其至則亦聖人之無涯也】天資有量須有限大抵六尺之軀力量只如此雖欲不滿不可得也如鄧艾位三公年七十處得甚好及因下蜀有功便動了謝安聞謝破苻堅對客圍棋報至不喜及歸折屐齒強終不得也【事見魏晉史】更如人大醉後益恭謹者只益恭謹便是動了雖與放肆者不同其為酒所動一也又如貴公子位益高益卑謙只卑謙便是動了雖與驕傲者不同其為位所動一也【居之如常而不為異者量足以勝之也一有意於其間雖驕肆謙恭之不同要皆為彼所動也】然惟知道者量自然宏大不勉強而成今人有所見卑下者無他亦是識量不足也【知道者雖窮居陋巷而不加損雖祿之以天下而不加益舉世譽之而不加勸舉世非之而不加慍何者道固不為之而有増損也】人才有意於為公便是私心【公者天理之自然有意為之則計較安排即是私意】昔有人典選其子弟系磨勘皆不為理此乃是私意【選舉朝廷之選舉也進退之權實非己之所得而有子弟該磨勘而不為理葢避私嫌而不知如此是以選舉為己之私恩乃是私意也於此可以識大公之道矣】人多言古時用直不避嫌得後世用此不得自是無人豈是無時【本注云因言少師典舉明道薦才事○苟能以至公之心行至公之道何嫌之避何時而不可行】

問う——人は議論に於いて多く己を直くせんと欲し、含容の気無し。是れ気平ならざるか。曰く——「固より是れ気平ならず。も亦た是れ量狭なり。」【量狭なればだから常に己の勝たんことを欲して而も含容の気無し。】「人の量は識に随いて長ず。も亦た人識高くして而も量長らざる者有り。是れ識実に未だ至らざるなり。」【見識陋ければ則ち人己得失の間は皆之が為に動く。就きて是れ量の狭なり。だから識の長ずれば則ち量も亦た長ず。】「大凡そ別の事は人皆強うるを得。惟だ識量は強う可からず。」【惟だ識と量とは則ち人の天资学力の至る所に随いて而も強う可からず。】「今人は斗筲の量有り、釜斛の量有り、鐘鼎の量有り、【十升を斗と為す。筲は是れ竹器、斗二升を容る。釜は六斗四升を容る。十斗を斛と為し、十斛を鐘と為す。】江河の量有り。江河の量も亦た大なり。然る而も涯有り。涯有ればも亦た時に満つる有り。惟だ天地の量は則ち満つる無し。だから聖人は是れ天地の量。聖人の量は是れ道、常人の量有る者は是れ天资。」【聖人の心は道に純なり。道は本より外無し。だから其の量も亦た涯無し。天资は是れ気禀。気禀は則ち涯有り。常人にして能く学びて以て道に通ぜば、其の至を極めれば則ちも亦た是れ聖人の無涯。】「天资は量有れば須く限有るべし。大抵六尺の躯は、力量は只だ此のごとし。満たざらんと欲すと雖も得る可からず。鄧艾は位は三公・年は七十、処ること甚だ好し。及び蜀を下すの功有るに因りて便ち動けり。謝安は謝玄(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)の苻堅を破るを聞き、客に対して囲碁し、報至りて喜ばず。及び帰りて屐の齒を折る。強めて終に得ず。」【事は魏晋の史に見る。】「更に人の大いに酔う後に益々恭謹なるがごとき、只だ益々恭謹なれば便ち是れ動けり。放肆する者と同じからずと雖も、其の酒の動かす所と為るは一なり。又た貴公子の位益々高くして益々卑謙なるがごとき、只だ卑謙なれば便ち是れ動けり。驕傲する者と同じからずと雖も、其の位の動かす所と為るは一なり。」【之に居ること常のごとくして而も異と為さざるは、是れ量は以て之に勝つに足れり。一たび其の間に於いて意有れば、驕肆謙恭の同じからざると雖も、要するに皆彼の動かす所と為る。】「然る而も惟だ道を知る者は量は自然に宏大、勉強せずして成る。今人の見る所卑下なる有るは、他無し。も亦た是れ識量足らざるなり。」【道を知る者は窮して陋巷に居ると雖も而も損を加えず、天下を以て之を禄すと雖も而も益を加えず、举世之を誉めても勧を加えず、举世之を非としても愠を加えず。何を為めとや。道は本より之が為に増減有らず。】「人才だ公を為さんと意すれば、便ち是れ私心なり。」【公は是れ天理の自然。意有りて之を為せば則ち計較安排す。就きて是れ私意。】「昔人有りて選を典りし者。其の子弟は磨勘に繋る。皆為めに理せず。此れ乃ち是れ私意なり。」【選挙は是れ朝廷の選挙。進退の権は実は己の得て有る所に非ず。子弟は磨勘に該すと雖も而も為めに理せざるは、蓋し私嫌を避く。而も知らず、此のごとくするは是れ選挙を以て己の私恩と為す。乃ち是れ私意。此に於いて以て大公の道を識る可し。】「人は多く古時は直を用いて嫌を避けずして得と言い、後世は此を用いるを得ずと言う。自ら是れ人無し。豈に是れ時無からんや。」【本注に曰く——少師が挙を典り明道が才を薦めしの事に因る。苟くも能く至公の心を以て至公の道を行わば、何の嫌か之を避けん、何の時か而も行う可からざらん。】

君實嘗問先生雲欲除一人給事中誰可為者先生曰初若泛論人材卻可今既如此頤雖有其人何可言君實曰出於公口入於光耳又何害先生終不言【泛論人材則無不可若擇人任職乃宰相之事非在下位者所可與矣此制義之方也】

君実は嘗て先生に問う——「一人の給事中を除かんと欲す。誰か為す可き。」先生曰く——「初め若し汎く人材を論ぜば却って可なり。今既に此のごとし。頤は其の人有ると雖も、何ぞ言う可けん。」君実曰く——「公の口より出でて光の耳に入る。又た何の害か有らん。」先生は終に言わず。【汎く人材を論ずれば則ち可ならざる無し。若し人を擇びて職に任ずるは、乃ち宰相の事。下位に在る者の与る可き所に非ず。此れ是れ義を制するの方。】

先生雲韓持國服義最不可得一日頤與持國範夷叟泛舟於潁昌西湖須臾客將去有一官員上書謁見大資頤將為有甚急切公事乃是求知己頤雲大資居位卻不求人乃使人倒來求己是甚道理【韓維字持國範純禮字夷叟在上位者當勤於求賢豈當待人反求知求知者失己使之求知者失士】夷叟雲只為正叔太執求薦章常事也頤雲不然只為曾有不求者不與來求者與之遂致人如此持國便服

先生曰く——「韓持国は義に服す最も得る可からざるなり。一日頤は持国・范夷叟と潁昌の西湖に泛舟す。須臾にして客は将に去らんとす。一官員有りて書を上りて大資に謁見す。頤は以て甚だ急切の公事有りと為す。乃ち是れ知己を求むるなり。頤曰く——大資は位に居りて却って人を求めず、乃ち人をして倒れて来たり己を求めしむ。是れ甚の道理ぞ。」【韓維は字は持国、范純礼は字は夷叟。上位に在る者は当に賢を求むるに勤しむべし。豈に当に人の反って己を求むるを待たんや。己を求むる者は己を失い、之を己を求めしむる者は士を失う。】「夷叟曰く——只だ正叔の太く執るが為のみ。薦章を求むるは是れ常事。頤曰く——然らず。只だ曽て求めざる者は与えず来たりて求むる者は之に与うる有るが為に、遂に人をして此のごとくならしむ。持国は便ち服す。」

先生因言今日供職只第一件便做他底不得吏人押申轉運司狀頤不曾籤國子監自系臺省臺省系朝廷官外司有事合行申狀豈有臺省倒申外司之理只為從前人只計較利害不計較事體直得恁地【春秋書法王人雖微序於諸侯之上尊王也】須看聖人慾正名處見得道名不正時便至禮樂不興是自然住不得【說見論語○名分不正則施之於事者顛倒而無序乖戾而不和禮樂何以興此自然必至之勢】

先生は因りて曰く——「今日職に供す。只だ第一件は便ち他の為にするを得ず。吏人は申状を押して転運司にす。頤は曽て簽せず。国子監は自ら台省に係る。台省は朝廷官に係る。外司は事有りて合して申状を行う。豈に台省が倒れて外司に申するの理有らん。只だ従前の人は只だ利害を計較して事体を計較せざるが為に、直ちに恁地を得たり。」【『春秋』の書法——王人は微なりと雖も、諸侯の上に序す。是れ王を尊ぶ。】「須く聖人の名を正さんと欲する処を看て、道を見得べし——名正しからざる時は便ち礼楽興らざるに至る。是れ自然に住むを得ざるなり。」【説は『論語』に見る。名分正しからざれば、則ち之を事に施す者は顛倒して而も序無く乖戾して而も和せず。礼楽は何を以て興らん。此れ是れ自然に必ず至るの勢。】

學者不可不通世務天下事譬如一家非我為則彼為非甲為則乙為【君子存心正大如此其所以講明世道者葢亦非分外之事也】

「学者は世務に通ぜざる可からず。天下の事は譬如ば一家——我為さざれば則ち彼為し、甲為さざれば則ち乙為す。」【君子は心を存すること正大にして此のごとし。其の世道を講明する所以は、蓋しも亦た并非に分外の事に非ず。】

人無逺慮必有近憂思慮當在事外【外書下同○蘓氏曰慮不在千里之外則患在几席之下此以地之逺近言也一說先事而圗之則事至而無患此以時之逺近言也然其理則一也】

「人は遠慮無ければ、必ず近憂有り。思慮は当に事の外に在るべし。」【以下同じく『外書』に出る。蘇氏曰く——慮は千里の外に在らざれば、則ち患は几席の下に在り。此れ是れ地の遠近を以て言う。一説——事に先だちて之を図れば、則ち事至りて而も患無し。此れ是れ時の遠近を以て言う。然る而も其の理は則ち一なり。】

聖人之責人也常緩便見只欲事正無顯人過惡之意伊川先生雲今之守令惟制民之產一事不得為其他在法度中甚有可為者患人不為耳【制民之產謂井田貢助之法】明道先生作縣凡坐處皆書視民如傷四字嘗曰顥常愧此四字

「聖人の人を責むるや常に緩し。便ち只だ事の正しきを欲し、人の過悪を顕すの意無きを見る。」伊川先生は言う。「今の守令は、惟だ民の産を制するの一事は為すを得ず。其他は法度の中に在りて甚だ為す可き者有り。人の為さざるを患うのみ。」【民の産を制するは井田貢助の法を指す。】明道先生は県を作し、凡そ坐する処は皆「民を視ること傷のごとし」の四字を書す。曽て曰く——「顥は常に此の四字に愧ず。」

伊川先生每見人論前輩之短則曰汝輩且取他長處【人之短本為薄徳況前輩乎】

伊川先生は毎に人の前輩の短を論ずるを見れば、則ち曰く——「汝輩は且く他の長ずる処を取れ。」【人の短を彰す(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)は本より薄徳。況んや前輩をや。】

劉安禮雲王荊公執政議法改令言者攻之甚力明道先生嘗被防赴中堂議事荊公方怒言者厲色待之先生徐曰天下之事非一傢俬議願公平氣以聴荊公為之媿屈【附録下同○劉立之字安禮程子門人也熙寧初王荊公安石參知政事創制新法中外皆言其不便荊公獨憤然不顧明道先生權監察御史裡行被防赴中堂議事從容一言之間荊公乃為之媿屈葢有以破其私己之見而消其忿厲之氣也】

劉安礼曰く——王荆公は政を執り、法を議り令を改む。言う者は之を攻めること甚だ力めり。明道先生は嘗て旨を被りて(底本は「被防」)中堂に赴きて事を議す。荆公は方に言う者を怒り、色を厲くして之を待つ。先生は徐徐に曰く——「天下の事は一家の私議に非ず。願わくは平気を以て聴かん。」荆公は之が為に愧屈せり。【以下同じく『附録』に出る。劉立之は字は安礼、程子の門人。熈寧の初め、王荆公安石は参知政事、新法を創制す。中外は皆其の便ならざるを言う。荆公は独り憤然として顧みず。明道先生は権監察御史裏行、旨を被りて(底本は「被防」)中堂に赴きて事を議す。従容として一言の間、荆公は乃ち之が為に愧屈す。蓋し以て其の己を私するの見を破り其の忿厲の気を消す有り。】

劉安禮問臨民明道曰使民各得輸其情【民情皆得以上聞則自無不得其所之患然非平易聰達者能之乎】問御吏曰正己以格物【居上既正則下有所感而正矣非徒事乎刑罰之嚴也】

劉安礼は民に臨むを問う。明道曰く——「民をして各々其の情を輸るを得せしめよ。」【民情は皆上聞するを得れば、則ち自ら其の所を得ざるの患無し。然る而も平易聴達の者に非ざれば能くせんや。】吏を御するを問う。曰く——「己を正しくして以て物を格つ。」【上に居るは既に正しければ、則ち下は感ずる所有りて正し。并非に徒らに刑罰の厳に事うるに非ず。】

橫渠先生曰凡人為上則易為下則難然不能為下亦未能使下不盡其情偽也大抵使人常在其前已嘗為之則能使人【文集○樂於使人而憚於事人此人常情也然知事人之道然後知使人之道已未嘗事人則使人之際必不能盡其情】

横渠先生は言う。「凡そ人は上と為れば則ち易く、下と為れば則ち難し。然る而も下と為る能わざれば、も亦た未だ能く下をして其の情偽を尽くさしむる能わず。大抵人を使うは、常に其の前に己嘗て之を為せば、則ち能く人を使う。」【『文集』に出る。人を使うを楽しみて而も人に事うるを憚る。此れ人の常情。然る而も人に事うるの道を知りて、然る後に人を使うの道を知る。己は未だ嘗て人に事えざれば、則ち人を使うの際は必ず能く其の情を尽くす能わず。】

坎維心亨故行有尚外雖積險苟處之心亨不疑則雖難必濟而往有功也【坎為重險故曰積險二五以剛居中故外雖有積險其中心自亨通而無所疑懼也心亨而無疑則可以出險矣】今水臨萬仞之山要下即下無復凝滯之在前惟知有義理而已則復何迴避所以心通【易說下同此以坎象而言人於義理苟能信之篤行之決如水之就下則沛然而莫御何往而不心亨哉】

「坎は、惟だ心亨る。だから行くに尚有り。外は険を積むと雖も、苟くも之に処るに心亨りて疑わざれば、則ち難しと雖も必ず済りて而も往けば功有り。」【坎は是れ重険。だから険を積むと叫ぶ。二五は剛を以て中に居る。だから外は積険有ると雖も、其の中心は自ら亨通して而も疑惧する所無し。心亨りて而も疑無ければ、則ち以て険を出づ可し。】「今水の万仞の山に臨み、下らんと要すれば則ち下り、復た凝滞の前に在る無し。惟だ義理有るを知るのみ。則ち復た何をか回避せん。だから心通ず。」【以下同じく『易説』に出る。此れ是れ坎の象を以て言う——人は義理に於いて苟くも能く之を信ずること篤く・之を行うこと決せば、水の下に就くがごとく、則ち沛然として而も禦ぐ莫し。何れに往きて而も心亨らざらん。】

人所以不能行己者於其所難者則惰其異俗者雖易而羞縮惟心則不顧人之非笑所趨義理耳視天下莫能移其道【志不立氣不充故有怠惰與羞縮惟心則立志逺大義理勝則氣充】然為之人亦未必怪正以在己者義理不勝惰與羞縮之病消則有長不消則病常在意思齷齪無由作事【滕文公行三年之喪始也父兄百官皆不欲文公以義理所當為發哀慼之誠心人亦莫不恱服所患在我義理不勝則不能自強故有惰與羞縮之患】在古氣節之士冒死以有為於義未必中然非有志槩者莫能況吾於義理已明何為不為【志氣感慨雖未必中於義而死且不顧況吾義理既明尚何怠惰羞縮之為舉重明輕所以激昂兼懦之士】姤初六羸豕孚蹢躅豕方羸時力未能動然至誠在於蹢躅得伸則伸矣【羸弱也蹢躅跳躍也豕性隂躁雖當羸弱之時其誠心未嘗不在於動也得肆則肆矣猶小人雖困志在求逞君子所當察也】如李徳裕處置閹宦徒知其帖息威伏而忽於志不忘逞照察少不至則失其幾也【唐武宗時徳裕為相君臣契合莫能間之宦寺之徒帖息畏伏誠若無能為者而不知其志在求逞也繼嗣重事卒定於宦者之手而徳裕逐矣葢幾微之間所當深察】

「人の己を行う能わざる所以——其の難き所に於いては則ち惰り、其の俗に異なる者は易しと雖も而も羞縮す。惟だ心弘ければ(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)則ち人の非笑を顧みず、趨る所は義理のみ。天下を視ても能く其の道を移す莫し。」【志立たず気充たず。だから怠惰と羞縮と有り。惟だ心弘ければ則ち志を立つること遠大、義理勝てば則ち気充つ。】「然る而も之を為すは人も亦た未だ必ずしも怪しまず。正に己に在る者は義理勝たざるを以てす。惰と羞縮との病は消えれば則ち長じ、消えざれば則ち病は常に在り。意思は齷齪にして、作事するの由無し。」【滕文公は三年の喪を行う。始めは父兄百官は皆欲せず。文公は義理の当に為すべき所を以て、哀戚の誠心を発せば、人も亦た悦服せざる莫し。患うる所は我に在りて義理勝たざれば、則ち能く自ら強めず。だから惰と羞縮との患有り。】「古の気節の士に在りては死を冒して以て為す有る有り。義に於いて未だ必ずしも中らず。然る而も志概有る者に非ざれば能くする莫し。況んや吾は義理に於いて已に明らかなるをや。何を為めて為さざらん。」【志気感慨は未だ必ずしも義に中らずと雖も而も死すとも且つ顧みず。況んや吾が義理既に明らかなれば、尚お何の怠惰羞縮の為す所有らん。重きを挙げて軽きを明らかにす。懦弱の士を激昂する所以。】「『姤』初六——羸豕は孚蹢躅す。豕は方に羸る時は力は未だ能く動かず。然る而も至誠は蹢躅に在り。伸ぶるを得れば則ち伸ぶ了れり。」【羸は是れ弱、蹢躅は是れ跳躍。豕の性は陰躁。羸弱の時に当たると雖も、其の誠心は未だ嘗て動くに在らざる無し。肆を得れば則ち肆す。猶ほ小人は困ると雖も、志は逞せんことを求めるに在るがごとし。君子の当に察すべき所。】「李德裕の宦竪を処置するがごとき、徒らに其の帖息威伏するを知りて、而も志は逞せんことを忘れざるに忽り。照察は少しも至らざれば、則ち其の幾を失う。」【唐武宗の時、徳裕は相と為る。君臣は契合して之を間する能くする莫し。宦寺の徒は帖息畏伏し、誠に能く為す者無きがごとし。而も其の志は逞せんことを求めるに在るを知らず。継嗣の重事は卒に宦者の手に定まりて、而も徳裕は逐われ了れり。蓋し幾微の間は当に深く察すべき所。】

人教小童亦可取益絆已不出入一益也【取益謂有益於己絆牽繫也】授人數數已亦了此文義二益也【數數猶頻數也了曉徹也】對之必正衣冠尊瞻視三益也常以因己而壊人之才為憂則不敢墮四益也【語録○此段當在十一卷之末】

「人は小童を教うるも亦た益を取る可し——己を絆して出入せざるは、一の益【益を取るは是れ己に益有り。絆は是れ牽繋】。人に授けて数数すれば、己も亦た此の文義を了る。二の益【数数は猶ほ頻数のごとし。了は是れ曉徹】。之に対すれば必ず衣冠を正しくし瞻視を尊ぶ。三の益。常に己に因りて人の才を壊るを以て憂と為せば則ち敢て惰らず。四の益。」【『語録』に出る。此の段は当に十一巻の末に在るべし。】

近思録卷十

近思録巻十

欽定四庫全書

欽定四庫全書

近思録卷十一宋朱子呂祖謙同編

近思録巻十一 宋朱子・呂祖謙同編

葉採集解

葉采集解

教學【凡二十二條】

教学【凡そ二十二条】

此卷論教人之道葢君子進則推斯道以覺天下退則明斯道以淑其徒所謂得英才而教育之即新民之事也

この巻は人を教うるの道を論ず。蓋し君子は進めば則ち斯の道を推して以て天下を覚らしめ、退けば則ち斯の道を明らかにして以て其の徒を淑くす。いわゆる英才を得て而も之を教育するは、即ち新民の事。

濂溪先生曰剛善為義為直為斷為嚴毅為幹固惡為猛為隘為強梁柔善為慈為順為防惡為懦弱為無防為邪佞【朱子曰氣稟剛柔固隂陽之大分而其中又各有善惡之分焉惡者固為非正而善者亦未必皆得乎中也】惟中也者和也中節也天下之達道也聖人之事也【朱子曰此以得性之正而言也然其以和為中與中庸不合葢就已發無過不及者而言之如書所謂允執厥中者也】故聖人立教俾人自易其惡自至其中而止矣【通書○朱子曰易其惡則剛柔皆善有嚴毅慈順之徳而無強梁懦弱之病矣至其中則其或為嚴毅或為慈順也又皆中節而無太過不及之偏矣】

濂渓先生は言う。「剛の善は義と為り直と為り断と為り厳毅と為り干固と為る。悪は猛と為り隘と為り強梁と為る。柔の善は慈と為り順と為り巽と為る(底本は「為防」)。悪は懦弱と為り無断と為り(底本は「無防」)邪佞と為る。」【朱熹は言う——気禀の剛柔は固より是れ陰陽の大分。而も其の中は又た各々善悪の分有り。悪なる者は固然として非正と為るも、而も善なる者も亦た未だ必ずしも皆中を得るに非ず。】「惟だ中なるは、是れ和、是れ中節、是れ天下の達道、是れ聖人の事。」【朱熹は言う——此れ是れ性の正を得るを以て言う。然る而も其の和を以て中と為すは、『中庸』と合せず。蓋し已発にして過不及無き者に就きて之を言う。『書』のいわゆる允に厥の中を執るがごとし。】「だから聖人は教を立て、人をして自ら其の悪を易え自ら其の中に至りて而も止まらしむ。」【『通書』に出る。朱熹は言う——其の悪を易うれば、則ち剛柔は皆善、厳毅慈順の徳有りて而も強梁懦弱の病無し。其の中に至れば、則ち其の或いは厳毅或いは慈順と為るも、又た皆中節にして太過不及の偏無し。】

伊川先生曰古人生子能食能言而教之【古者子生能食則教之以右手能言則教之唯諾】大學之法以豫為先人之幼也知思未有所主便當以格言至論日陳於前雖未曉知且當薰聒使盈耳充腹久自安習若固有之雖以他言惑之不能入也【學記曰禁於未發之謂豫此所謂少成若天性習慣如自然者也】若為之不豫及乎稍長私意偏好生於內眾口辯言鑠於外慾其純完不可得也【文集教之不早及其稍長內為物慾所防溺外為流俗所銷靡欲其心徳之無偏駁難矣】

伊川先生は言う。「古人は子を生めば、能く食い能く言えば而も之を教う。」【古は子生まれて能く食えば則ち之を教うるに右手を以てし、能く言えば則ち之を教うるに唯諾を以てす。】「大学の法は豫を以て先と為す。人の幼きや、知思は未だ主る所有らず。便ち当に格言至論を以て日に前に陳ぶべし。未だ曉知せずと雖も、且く当に薫聒して、耳に盈ち腹に充たしむべし。久しくして自ら安習して固有するが若し。他言を以て之を惑わすと雖も、能く入らず。」【『学記』曰く——未だ発せざるに禁ぐるを豫と謂う。此れ就きて是れいわゆる少成は天性の若く、習慣は自然のごとし。】「若し之を為すに豫ならざれば、稍や長ずるに及びて、私意偏好は内に生じ、衆口辯言は外に鑠る。其の純完ならんことを欲すれば得る可からず。」【『文集』に出る。之を教うること早からざれば、其の稍や長ずるに及びて、内は物欲の陷溺する所と為り(底本は「所防溺」)、外は流俗の銷靡する所と為る。其の心徳の偏駁無からんことを欲すれば、難し。】

觀之上九曰觀其生君子無咎象曰觀其生志未平也伊川易傳曰君子雖不在位然以人觀其徳用為儀法故當自慎省觀其所生常不失於君子則人不失所望而化之矣【上為無位之地故曰不在位然當觀之時高而在上固眾人所觀瞻而用為法則者要當謹畏反觀內省己之所為常不違乎君子之道而後人心慰滿得所矜式也】不可以不在於位故安然放意無所事也【易傳○釋志未平也言高尚之士亦不可以輕意肆志也】聖人之道如天然與眾人之識甚殊邈也門人弟子既親炙而後益知其高逺既若不可及則趨望之心怠矣故聖人之教常俯而就之【聖人教人循循善誘常俯而就之葢亦因其資以設教不使之徒見高逺而自沮也】事上臨喪不敢不勉君子之常行不困於酒尤其近也而以己處之者不獨使夫資之下者勉思企及而才之髙者亦不敢易乎近矣【經說說見論語○道固不外日用常行之間在聖人無事乎思勉耳夫子設教固常人之所可勉而賢者之所不可忽也】

『観』の上九曰く——「其の生を観る。君子は咎無し。」象曰く——「其の生を観るは、志は未だ平ならざるなり。」伊川『易伝』曰く——「君子は位に在らずと雖も、然る而も人の其の徳を観て用いて儀法と為すを以てす。だから当に自ら慎省し、其の生ずる所を観て、常に君子に失わざれば、則ち人は望む所を失わずして而も之に化了れり。」【上は是れ位無きの地。だから位に在らずと説く。然る而も観の時に当たり、高くして上に在れば、固より是れ衆人の観瞻して而も用いて法則と為す所。要して当に謹畏して反観内省し、己の為す所は常に君子の道に違わざれば、而る後に人心は慰満して而も矜式する所を得ん。】「位に在らざるに在らざるを以て、だから安然として意を放ち事と為す所無からしむ可からず。」【『易伝』に出る。「志は未だ平ならざるなり」を釋す——是れ高尚の士も亦た以て意を軽んじ志を肆にす可からざるを説く。】「聖人の道は天のごとく、衆人の識と甚だ殊邈なり。門人弟子は既に親炙して而る後に益々其の高遠を知る。既に及ぶ可からざるが若ければ、則ち趨望の心は怠れり。だから聖人の教は常に俯して而も之に就く。」【聖人は人を教うるに循循として善く誘い、常に俯して而も之に就く。蓋しも亦た其の資に因りて以て教を設け、之をして徒らに高遠を見て而自ら沮ましめず。】「上に事え喪に臨みて敢て勉めざらざるは、是れ君子の常行。酒に困らざるは、尤も其の近し。而も己を以て之に処る者は、独り夫の資の下なる者をして勉めて企及せんと思わしむるのみならず、而も才の高き者も亦た敢て近きを易とせず。」【『経説』に出る。説は『論語』に見る。道は本より日用常行の間の外ならず。聖人に在りては思勉に事うる無きのみ。夫子の教を設くるは、固より是れ常人の勉む可き所にして、而も賢者の忽せす可からざる所。】

明道先生曰憂子弟之輕俊者只教以經學唸書不得令作文字【志輕才俊者憚於檢束而樂於馳逞使之習經唸書則心平氣定使作文字則得以用其才而長其輕俊矣】子弟凡百玩好皆奪志至於書札於儒者事最近然一向好著亦自喪志如王虞顔栁輩誠為好人則有之曾見有善書者知道否平生精力一用於此非惟徒廢時日於道便有妨處足知喪志也【遺書下同王右軍羲之虞永興世南顔魯公真卿栁河東公權皆工書札亦各有風節表見當世然終不足以知道葢専工一藝豈特徒廢時日妨於學問而志局於此已失其操存之本矣】

明道先生は言う。「子弟の軽俊なるを憂うるは、只だ経学を教え書を念らしめ、文字を作らしむるを得ざれ。」【志軽く才俊なる者は検束を憚りて而も馳逞を楽しむ。之をして経を習い書を念ぜしめば則ち心平らぎ気定まる。之をして文字を作らしめば則ち以て其の才を用い而も其の軽俊を長ずるを得。】「子弟は凡そ百の玩好は皆志を奪う。書札に至っては、儒者の事に於いて最も近し。然る而も一向に之を好めば、も亦た自ら志を喪う。王・虞・顔・柳の輩のごとき、誠に好人と為るは則ち之有り。曽て書を善くする者の道を知る有るを見たりや。平生の精力は一たび此に用いれば、非惟だ徒らに時日を廃す。道に於いて便ち妨げる処有り。以て志を喪うを知るに足れり。」【以下同じく『遺書』に出る。王右軍羲之・虞永興世南・顔魯公真卿・柳河東公権は、皆書札に工し。も亦た各々風節有りて当世に表見す。然る而も終に以て道を知るに足らず。蓋し一芸を専ら工にするは、豈に特に徒らに時日を廃し学問に妨ぐるのみならんや。而も志は此に局り、已に其の操存の本を失えり。】

胡安定在湖州置治道齋學者有欲明治道者講之於中如治民治兵水利算數之類嘗言劉彛善治水利後累為政皆興水利有功【治民如政教施設之方治兵如戰陣部伍之法水利如江河渠堰之利算數如律厯九章之】

胡安定は湖州に於いて治道斎を置き、学者の治道を明らかにせんと欲する者有れば之を中に講ず——治民・治兵・水利・算数の類のごとし。曽て劉彝は水利を治むるに善しと言う。後に累々政を為すに皆水利を興して功有り。【治民は政教施設の方のごとく、治兵は戦陣部伍の法のごとく、水利は江河渠堰の利のごとく、算数は律暦九章の術のごとし(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)。】

凡立言欲涵蓄意思不使知徳者厭無徳者惑【知徳者玩其意而不厭無徳者守其說而不惑○朱子曰近看尹先生論語說句句有意味不可以為常談而忽之也】教人未見意趣必不樂學欲且教之歌舞如古詩三百篇皆古人作之如闗雎之類正家之始故用之鄉人用之邦國日使人聞之此等詩其言簡奧今人未易曉欲別作詩略言教童子灑掃應對事長之節令朝夕歌之似當有助

「凡そ言を立つるは、意思を涵蓄せんと欲して、徳を知る者をして厭わしめず徳無き者をして惑わしめず。」【徳を知る者は其の意を玩びて而も厭わず、徳無き者は其の説を守りて而も惑わず。朱熹は言う——近く尹先生の『論語』説を看るに、句句意味有り。以て常談と為して而も之を忽せす可からず。】「人を教うるに未だ意趣を見ざれば、必ず学を楽しまず。想うに且く之に歌舞を教えよ。古詩三百篇のごときは、皆是れ古人の作る所。『関雎』の類のごときは、是れ家を正しくするの始。だから之を郷人に用い之を邦国に用い、日に人をして之を聞かしむ。此の等の詩は其の言は簡奥。今人は未だ曉る易からず。想うに別に詩を作りて、略ほ童子に洒掃應對・長に事うるの節を教うるを言い、朝夕に之を歌わしめば、似て当に助有るべし。」

子厚以禮教學者最善使學者先有所據守【禮以恭敬辭遜為本而有節文度數之詳學者從事乎此則日用言動之間皆有依據持守之地】

「子厚は礼を以て学者を教うること最も善し。学者をして先ず守る所の拠有らしむ。」【礼は恭敬辞遜を以て本と為し、而も節文度数の詳有り。学者は此に従事せば、則ち日用言動の間は皆拠依持守の地有り。】

語學者以所見未到之理不惟所聞不深徹反將理低看了【學者所見未到而驟以語之則彼不惟無深造自得之功而亦且輕視之矣】

「学者に語るに見る所未だ至らざるの理を以てせば、不惟だ聞く所は深徹ならず、反って将に理を低く看んとす。」【学者は見る所未だ至らずして而も驟に以て之に語れば、則ち彼は不惟だ深造自得の功無く、而も且つ之を軽視す。】

舞射便見人誠古之教人莫非使之成已【舞者所以導其和射者所以正其志要必以誠心為之誠者所以成己也】自灑掃應對上便可到聖人事【灑掃應對即是教之以誠誠之至即是聖人事】

「舞・射は便ち人の誠を見る。古の人を教うるは、莫れ之をして己を成さしむるに非ざるなし。」【舞は是れ其の和を導く所以、射は是れ其の志を正しくする所以。要して必ず誠心を以て之を為す。誠は是れ己を成す所以。】「洒掃應對の上自り便ち聖人の事に到る可し。」【洒掃應對は即ち是れ之を教うるに誠を以てす。誠の至は即ち是れ聖人の事。】

自幼子常視母誑以上便是教人以聖人事【說見曲禮視同示誑欺妄也小未有知常示以正事此聖人無妄之道】

「『幼子は常に視て誑す毋かれ』(底本は「母誑」)以上自り、便ち是れ人を教うるに聖人の事を以てす。」【説は『曲礼』に見る。視は示に同じ。誑は是れ欺妄。小孩は未だ知有らず。常に正事を以て示す。此れ是れ聖人の妄無きの道。】

先傳後倦君子教人有序先傳以小者近者而後教以大者逺者非是先傳以近小而後不教以逺大也【子游譏子夏之門人於灑掃應對進退末事則可矣於道之本原則無如之何子夏聞而非之曰君子之道孰先傳焉孰後倦焉葢君子教人先後有序不容躐等而驟進非謂傳以近小者於先而不教以逺大者於後也○朱子曰灑掃應對精義入神事有大小禮無大小事有大小故其教有序而不可躐理無大小故隨其所處而皆不可不盡愚謂子夏正謂教人小大有別前段程子之說卻就灑掃應對上發明理無大小自是一義】伊川先生曰說書必非古意轉使人薄學者須是潛心積慮優遊涵養使之自得今一日說盡只是教得薄至如漢時說下帷講誦猶未必說書【理貴玩索至於口耳之傳末矣下帷講誦如董仲舒之徒說見漢史】

「先に伝え後に倦む——君子は人を教うるに序有り。先ず之を伝うるに小き者近き者を以てし、而る後に之を教うるに大きい者遠き者を以てす。并非に先ず之を伝うるに近小を以てし、而も後に教うるに遠大を以てせざるに非ず。」【子游は子夏の門人を譏る——洒掃應対進退の末事に於いては則ち可なり、道の本原に於いては則ち之を如何ともする無し。子夏は聞きて而も之を非とし曰く——君子の道は、孰れか先に伝え孰れか後に倦まん。蓋し君子は人を教うるに先后序有り。躐等して驟に進むを容れず。并非に近小なる者を以て先に伝え、而も遠大なる者を以て後に教えずと謂うに非ず。朱熹は言う——洒掃應對・精義入神は、事は大小有り、理は大小無し。事は大小有れば、だから其の教は序有りて而も躐す可からず。理は大小無ければ、だから其の処る所に随いて而も皆尽くさざる可からず。葉采按——子夏は正に人を教うるに小大別有りと謂う。前段の程子の説は却って洒掃應對の上に就きて理は大小無きを発明す。自ら是れ一義。】伊川先生は言う。「書を説くは必ず古意に非ず。転じて人をして薄からしむ。学者は須く是れ心を潜め慮を積み、優游涵養して、之を自得せしむべし。今一日に説き尽くすは、只是れ教えて薄きを得るのみ。漢時の下帷講誦のごときに至っては、猶ほ未だ必ずしも書を説かず。」【理は玩索を貴ぶ。口耳の伝に至っては、末なり。下帷講誦は董仲舒の徒のごとし。説は漢史に見る。】

古者八嵗入小學十五入大學擇其才可教者聚之不肖者復之農畝葢士農不易業既入學則不治農然後士農判【古者自國之貴胄子弟及士庶人之子八嵗則皆入小學十五則入大學然後擇其才之可教者聚之於學其不可教者復歸之農畝】在學之養若士大夫之子則不慮無養雖庶人之子既入學則亦必有養古之士者自十五入學至四十方仕中間自有二十五年學又無利可趨則所志可知須去趨善便自此成徳後之人自童稚間已有汲汲趨利之意何由得向善故古人必使四十而仕然後志定只營衣食卻無害惟利祿之誘最害人【本注云人有養便方定志於學○先王設教養之周而行之久士有定志專於修己而緩於干祿故能一意趨善卒於成徳後世反是隻營衣食者求於力分之內未足以奪志故無害若誘於利祿則所學皆非為己而根本己撥矣故害最甚】

「古は八歳にして小学に入り、十五にして大学に入る。其の才の教う可き者を擇びて之を聚め、不肖の者は之を農畝に復す。蓋し士農は業を易えず——既に学に入れば則ち農を治めず。然る後に士農は判つ。」【古は国の貴胄子弟自り士庶人の子に及び、八歳は則ち皆小学に入り、十五は則ち大学に入る。然る後に其の才の教う可き者を擇びて之を学に聚め、其の教う可からざる者は復た之を農畝に帰す。】「学に在るの養——若し士大夫の子は則ち養無きを慮らず。庶人の子と雖も、既に学に入れば則ちも亦た必ず養有り。古の士者は十五に学に入りて四十にして方に仕う。中間は自ら二十五年の学有り。又た利の趨く可き無し。則ち志す所は知る可し。須く善に趨るを去りて、便ち此自り徳を成す。後の人は童稚の間自り已に汲汲として利に趨るの意有り。何に由りて善に向かうを得ん。だから古人は必ず四十にして仕えしめ、然る後に志は定まる。只だ衣食を営むは却って害無し。惟だ利禄の誘は最も人を害す。」【本注に曰く——人は養有りて、才だ方に学に志を定む。先王は教を設け、之を養うこと周にして而も之を行うこと久し。士は定志有り、己を修むるに専らにして而も禄を干るに緩し。だから能く一意に善に趨り、卒に徳を成す。後世は是に反す。只だ衣食を営むは、力分の内に求め、未だ以て志を奪うに足らず。だから害無し。若し利禄に誘われば、則ち学ぶ所は皆己が為に非ずして而も根本は已に撥れたり。だから害は最も甚だし。】

天下有多少才只為道不明於天下故不得有所成就且古者興於詩立於禮成於樂如今人怎生會得古人於詩如今人歌曲一般雖閭巷童稚皆習聞其說而曉其義故能興起於詩後世老師宿儒尚不能曉其義怎生責得學者是不得興於詩也【古人歌詩習熟其說而通達其義故吟諷之間足以感發其善心而懲創其逸志】古禮既廢人倫不明以至治家皆無法度是不得立於禮也【禮所以敘人倫而施之家國者皆有法度以為據依故能有立也】古人有歌詠以養其性情聲音以養其耳目舞蹈以養其血脈今皆無之是不得成於樂也【歌詠聲詩溫柔篤厚有以養其性情也五聲成文八音相比鴻殺防數節奏和平有以養其耳目也至於手之舞足之蹈執其羽籥干鏚之器習其屈伸俯仰綴兆舒疾之文是以容貌得莊行列得正進退得齊心志條暢而血氣和平是有以養其血脈也】古之成材也易今之成材也難

「天下は多少の才有り。只だ道は天下に明らかならざるが為に、だから成就する所有るを得ず。且く古は詩に興り礼に立ち楽に成る。今人は怎生にして会得せん。古人は詩に於いて、今人の歌曲するがごとく、閭巷の童稚と雖も皆其の説を習聞して而も其の義を曉る。だから能く詩に於いて興起す。後世は老師宿儒と雖も尚お其の義を曉る能わず。怎生にして学者を責むるを得ん。是れ詩に於いて興るを得ざるなり。」【古人は詩を歌うに、其の説を習熟して而も其の義を通達す。だから吟諷の間は以て其の善心を感発し其の逸志を懲創するに足れり。】「古礼は既に廃れ、人倫は明らかならず。以て家を治むるに至るまで皆法度無し。是れ礼に於いて立つを得ざるなり。」【礼は人倫を敘し而も家国に施す所以。皆法度有りて以て拠依と為す。だから能く立つ有り。】「古人は歌咏有りて以て其の性情を養い、声音有りて以て其の耳目を養い、舞蹈有りて以て其の血脉を養う。今は皆之無し。是れ楽に於いて成るを得ざるなり。」【歌咏声詩は、温柔篤厚にして、以て其の性情を養う有り。五声は文を成し、八音は相い比し、洪殺度数(底本は「防数」)節奏は和平にして、以て其の耳目を養う有り。手の舞い足の蹈むに至り、其の羽籥干戚の器を執り、其の屈伸俯仰・綴兆舒疾の文を習う。だから容貌は荘を得、行列は正を得、進退は斉を得、心志は条暢にして血気は和平なり。是れ以て其の血脉を養う有り。】「古の材を成すや易く、今の材を成すや難し。」

孔子教人不憤不啟不悱不發葢不待憤悱而發則知之不固待憤悱而後發則沛然矣學者須是深思之思而不得然後為他說便好【朱子曰憤者心求通而未得之意悱者口欲言而未能之貌啟謂開其意發謂達其辭愚謂不待憤悱而遽啟發之則未嘗深思其受之也必淺既無所得其聴之也若亡啟發於憤悱之餘則思深力窮而倐然有得必沛然而通達矣】初學者須是且為他說不然非獨他不曉亦止人好問之心也【此又誘進初學之道】橫渠先生曰恭敬撙節退讓以明禮仁之至也愛道之極也【曲禮曰君子恭敬撙節退讓以明禮鄭氏曰撙猶趨也謂趨就乎節約也恭敬者禮之本撙節退讓禮之文君子從事乎此則視聴言動之間天理流行人慾消盡而心徳全矣是仁之至也恭敬則無慢忽撙節則無驕溢退讓則無怨爭是皆所以盡仁愛之道者也】己不勉明則人無從倡道無從教無從成矣【正防○明謂明禮也人必以禮而倡率道必以禮而宏大教必以禮而成就】

「孔子は人を教うるに、憤せざれば啓せず、悱せざれば発せず。蓋し憤悱を待たずして発せば則ち之を知ること固からず。憤悱を待ちて而る後に発せば則ち沛然了れり。学者は須く是れ之を深思すべし。思いて而も得ざれば、然る後に他の為に説けば便ち好し。」【朱熹は言う——憤は是れ心が通ぜんことを求めて未だ得ざるの意、悱は是れ口が言わんと欲して未だ能わざるの貌。啓は是れ其の意を開き、発は是れ其の辞を達す。葉采按——憤悱を待たずして遽に之を啓発せば、則ち未だ嘗て深思せず。其の之を受くるや必ず浅し。既に得る所無ければ、其の之を聴くや若く亡し。憤悱の余に於いて啓発せば、則ち思は深く力は窮まりて倏然として得有り。必ず沛然として通達せん。】「初学の者は須く是れ且く他の為に説くべし。然らざれば独り他の曉らざるのみならず、も亦た人の問うを好むの心を止む。」【此れ又た是れ初学を誘進するの道。】横渠先生は言う。「恭敬撙節退譲して以て礼を明らかにするは、是れ仁の至、愛道の極。」【『曲礼』曰く——君子は恭敬撙節退譲して以て礼を明らかにす。鄭氏曰く——撙は猶ほ趨のごとし。是れ節約に趨就するを言う。恭敬は是れ礼の本、撙節退譲は是れ礼の文。君子は此に従事せば、則ち視聴言動の間は天理流行して人欲は消尽して而も心徳は全し。是れ仁の至。恭敬は則ち慢忽無く、撙節は則ち驕溢無く、退譲は則ち怨争無し。皆是れ仁愛の道を尽くす所以。】「己は勉めて明らかならざれば、則ち人は倡うの従無く、道は弘がるの従無く(底本はこの字が生僻字で転写後に脱落)、教は成るの従無し。」【『正蒙』に出る(底本は「正防」)。明は是れ礼を明らかにす。人は必ず礼を以て而も倡率し、道は必ず礼を以て而も宏大し、教は必ず礼を以て而も成就す。】

學記曰進而不顧其安使人不由其誠教人不盡其材【其安其成其材皆謂受教者】人未安之又進之未喻之又告之徒使人生此節目不盡材不顧安不由誠皆是施之妄也【此言進而不顧其安徒使人生此節目葢三患實相因而然皆陵節躐等不當其可而施之也】教人至難必盡人之材乃不誤人觀可及處然後告之聖人之明直若庖丁之解牛皆知其隙刃投餘地無全牛矣【此言教人必盡其材聖人隨材施教各當其可如庖丁解牛洞見間隙無全牛矣事見莊子】人之才足以有為但以其不由於誠則不盡其材若曰勉率而為之則豈有由誠哉【橫渠禮記說下同此言使人不由其誠勉強為之而無誠意雖材所可為者亦不能盡之矣○朱子曰嘗見橫渠簡與人謂其子日來誦書不熟宜教他熟誦盡其誠與材】

「『学記』曰く——進みて而も其の安を顧みず、人をして其の誠に由らしめず、人を教えて其の材を尽くさず。」【其の安・其の誠(底本は「其成」)・其の材は、皆是れ教を受くる者を説く。】「人は未だ之を安んぜずして而も之を進め、未だ之を喻せずして而も之に告ぐ。徒らに人をして此の節目を生ぜしむ。材を尽くさず・安を顧みず・誠に由らずは、皆是れ之を施すこと妄なり。」【此れ是れ進みて而も其の安を顧みず、徒らに人をして此の節目を生ぜしむを説く。蓋し三患は実は相い因りて然り。皆是れ節を陵り等を躐して、其の可に当たらずして而も之を施すなり。】「人を教うるは至難。必ず人の材を尽くせば乃ち人を誤らず。可及する処を観て然る後に之に告ぐ。聖人の明は、直ちに庖丁の牛を解くが若し。皆其の隙を知り、刃は余地に投じ、全牛無し。」【此れ是れ人を教うるに必ず其の材を尽くすを説く。聖人は材に随いて教を施し、各々其の可に当たる。庖丁の牛を解くがごとく、間隙を洞見して全牛無し。事は『荘子』に見る。】「人の才は以て為す有るに足れり。但だ其の誠に由らざるを以てすれば則ち其の材を尽くさず。若し勉率して之を為すと説かば、則ち豈に誠に由る有らん。」【以下同じく横渠の『礼記』説に出る。此れ是れ人をして其の誠に由らしめずを説く——勉強して之を為して而も誠意無ければ、材の為す可き所と雖もも亦た能く之を尽くす能わず。朱熹は言う——曽て横渠の人に与うるの簡を見る。其の子に日来書を誦して熟ならずと謂い、宜しく彼を教えて熟誦せしめ、其の誠と材とを尽くさしむべしと。】

古之小兒便能敬事長者與之提攜則兩手奉長者之手問之掩口而對【說見曲禮○捧手習扶持尊者掩口而對習其鄉尊者屏氣也】葢稍不敬事便不忠信故教小兒且先安詳恭敬【安詳則不躁率恭敬則不誕慢此忠信之本也】

「古の小儿は便ち能く長者に敬事す——之に提携せば則ち両手に長者の手を奉り、之を問えば口を掩いて而も対す。」【説は『曲礼』に見る。手を捧ぐるは是れ尊者を扶持するを習い、口を掩いて対すは是れ其の尊者に向かいて気を屏るを習う。】「蓋し稍や敬事せざれば便ち忠信ならず。だから小儿を教うるは且く先ず安詳恭敬。」【安詳なれば則ち躁率せず、恭敬なれば則ち誕慢せず。此れ是れ忠信の本。】

孟子曰人不足與適也政不足與間也唯大人為能格君心之非非唯君心至於朋遊學者之際彼雖議論異同未欲深較惟整理其心使歸之正豈小補哉【橫渠孟子說】近思録卷十一

「孟子曰く——人は以て適するに足らず、政は以て間するに足らず。惟だ大人は能く君心の非を格つ。非唯だ君心のみ。朋游学者の際に至るまで、彼は議論異同すと雖も、未だ深く較せんと欲せず。惟だ其の心を整理して以て正に帰せしめば、豈に小補ならんや。」【横渠の『孟子』説に出る。】『近思録』巻十一。

欽定四庫全書

欽定四庫全書

近思録卷十二宋朱子呂祖謙同編

近思録巻十二 宋朱子・呂祖謙同編

葉採集解

葉采集解

警戒

警戒

此卷論戒謹之道修己治人常存警省之意不然則私慾易萌善日消而惡日積矣

この巻は戒謹の道を論ず。己を修め人を治むるに常に警省の意を存す。然らざれば則ち私欲は萌え易く、善は日に消えて而も悪は日に積む。

濓溪先生曰仲由喜聞過令名無窮焉今人有過不喜人規如防疾而忌醫寧滅其身而無悟也噫【通書子路有改過遷善之實故令名無窮焉】

濂渓先生は言う。「仲由は過を聞くを喜ぶ。令名は窮り無し。今人は過有りて人の規るを喜ばず。疾を諱みて(底本は「防」)医を忌むがごとく、寧ろ其の身を滅して而も悟る無し。噫。」【『通書』に出る。子路は過を改め善に遷るの実有り。だから令名は窮り無し。】

伊川先生曰徳善日積則福祿日臻徳逾於祿則雖盛而非滿自古隆盛未有不失道而喪敗者也【易傳下同○泰卦九三傳徳勝於祿則所享者雖厚而不為過祿過其徳則所享者雖薄且不能勝況於隆盛乎隆盛之敗喪必自無徳者致之也】

伊川先生は言う。「徳善は日に積めば則ち福禄は日に臻る。徳は禄に逾ゆれば、則ち盛んなりと雖も而も満に非ず。自ら古隆盛は、未だ道を失わずして喪敗せざる有らず。」【以下同じく『易伝』に出る。『泰』卦九三伝。徳は禄に勝てば、則ち享くる所は厚しと雖も而も過と為らず。禄は其の徳に過ぎれば、則ち享くる所は薄しと雖も且つ能く勝たず。況んや隆盛をや。隆盛の敗喪は、必ず徳無き者自り之を致す。】

人之於豫樂心說之故遲遲遂至於耽戀不能已也豫之六二以中正自守其介如石其去之速不俟終日故貞正而吉也【人處豫樂易至耽戀六二中正上又無應特立自守其節之堅介然如石無所轉移也其去之速不俟終日無所耽戀也】處豫不可安且久也久則溺矣如二可謂見幾而作者也蓋中正故其守堅而能辨之早去之速也【惟其自守之堅故能見幾而作】

「人の豫楽に於けるや、心は之を悦び、だから遅遅として、遂に耽恋して已む能わざるに至る。『豫』の六二は中正を以て自ら守る。其の介なること石のごとく、其の之を去ること速やかにして終日を俟たず。だから貞正にして吉。」【人は豫楽に処り、耽恋に至り易し。六二は中正、上は又た應無し。特立して自ら守る。其の節の堅きこと介然として石のごとく、転移する所無し。其の之を去ること速やかにして終日を俟たず、耽恋する所無し。】「豫に処るは安く且つ久しくす可からず。久しければ則ち溺れ了れり。二のごときは、幾を見て而も作ると謂う可し。蓋し中正なり。だから其の守は堅く、能く之を辨ること早く而も之を去ること速し。」【惟だ其の自ら守ることの堅き、だから能く幾を見て而も作る。】

人君致危亡之道非一而以豫為多【豫卦六五傳衰世之君大率以逸豫致危亡可不深戒哉】

「人君が危亡を致すの道は一に非ず。而も豫を以て多しと為す。」【『豫』卦六五伝。衰世の君は大率逸豫を以て危亡を致す。深く戒めざる可からずや。】

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