先天八卦図
此伏羲方位之圖,易之本也。故乾一坤八、兌二艮七、離三坎六、震四巽五,各各相對,不惟其數合成九數,其畫亦各各相對合成九畫焉。夫九乃老陽之數,無所不包。自震至乾為順,自巽之坤為逆。數往順天而左行,皆已生之卦,故云「數往者順」;知來逆天而右行,皆未生之卦,故云「知來者逆」。
これは伏羲の方位図で、《易》の根本と為る。ゆえに乾一は坤八に対し、兌二は艮七に対し、離三は坎六に対し、震四は巽五に対し、両両相対す。ただ両卦の数目相加して九を合成するのみならず、両卦の爻画相加しても九画を合成す。九は老陽の数で、包まざる所なし。《震》より《乾》に至るを順とし、《巽》より《坤》に至るを逆とす。「数往」は天道に順って左に行き、数う所はみな已生の卦。ゆえに《説卦》に「数往する者は順なり」と言う。「知来」は天道に逆って右に行き、推する所はみな未生の卦。ゆえに「知来る者は逆なり」と言う。
附圖一: 圖二 : 圖三: 圖四: 圖五 : 圖六: 圖七:
以下原書には順に図一・図二・図三・図四・図五・図六・図七の計七幅の挿図を附す。こ本は図題のみ存し、図形はすでに散佚した。
後天八卦図
後天為流行之用,出乎震,齊乎巽,相見乎離,致役乎坤,說言乎兌,戰乎乾,勞乎坎,成言乎艮,此文王方位之圖,易之用也。先天之離東坎西,象日月之出乎卯、入乎酉;後天之離南坎北,象天地之正子午。先天非後天,則無以成其變化;後天非先天,則無以自行。予按:先天,造化之初由心出跡之學;後天,生物之後因跡求心之學。心與道皆虛,不為物礙也;在先天之先不為無,在後天之後不為有,跡不能外也。朱子謂康節之學得於先天,看得道理透徹,自然前知耳。
後天卦が講ずるは流行の功用である。《説卦》に万物の「震に出づ、巽に斉し、離に相見え、坤に致役し、兌に説言し、乾に戦い、坎に労し、艮に成言す」と言う。これが文王方位図で、《易》の用である。先天図は離を東・坎を西に置き、日月が卯位より升り酉位に落ちるに象を取る。後天図は離を南・坎を北に置き、天地子午の正位に象を取る。先天に後天なければ、その変化を完成する由なく、後天に先天なければ、自ら運転する由なし。私は思うに:先天は造化未生の初・心より形迹を生ずる学、後天は万物已生の後・形迹より本心に回求する学である。心と道はみな虚で、外物に阻碍されない。先天の先に在っても「無」と算えず、後天の後に在っても「有」と算えず、而して形迹は終にそれを離れず。朱子は康節の学問が先天に得力し、道理を透徹に見たれば、自然によく予知するを得たと言う。
経世衍易図
經世衍易圖 太傳曰:易有太極,是生兩儀,兩儀生四象,四象生八卦,八卦定吉凶,吉凶生大業。予謂天地出於易,易非出於天地;聖人作易,而易不作於聖人也。易有太極者何也?當夫元氣渾淪,陰陽未判,是為太極〇
これは《経世衍易図》である。《繋辞伝》に言う:「易に太極あり、これ両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生じ、八卦は吉凶を定め、吉凶は大業を生ず。」私は思うに、天地は《易》の中より生じ、《易》は天地の中より生じたのではない。聖人はただ《易》を写出したのみで、《易》自体は聖人の造出したものではない。何をか「易有太極」と言う。元気が渾然一団・陰陽未だ分判せざる時、これが太極である。図上では一つの空心円圈をもってこれを表す。
及夫元氣既分動輒為陽 靜者為陰 動之上生一奇謂之陽 動之上生一偶謂之陰 靜之上生一奇謂之剛 靜之上生一偶謂之柔 合而言之陰陽剛柔四象也
元気が一を二と分かつに及び、動の一面がすなわち陽、静の一面がすなわち陰。「動」の上にさらに一奇画を生じて陽と言い、一偶画を生じて陰と言う。「静」の上にさらに一奇画を生じて剛と言い、一偶画を生じて柔と言う。合して言えば、陰・陽・剛・柔すなわち四象である。
四象陽之上生一奇謂之太陽 生一偶謂之太陰 陰之上生一奇謂之少陽 生一偶謂之少陰 四象剛之上生一奇謂之少剛 生一偶謂之少柔 柔之上生一奇謂之太剛 生一偶謂之太柔
四象のうち、「陽」の上に一奇画を生じて太陽と言い、一偶画を生じて太陰と言う。「陰」の上に一奇画を生じて少陽と言い、一偶画を生じて少陰と言う。また「剛」の上に一奇画を生じて少剛と言い、一偶画を生じて少柔と言う。「柔」の上に一奇画を生じて太剛と言い、一偶画を生じて太柔と言う。
故太陽為乾,太陰為兌,少陽為離,少陰為震,少剛為巽,少柔為坎,太剛為艮,太柔為坤。此伏羲畫卦之自然形體次第,而孔子發明之,故曰:易有太極,是生兩儀,兩儀生四象,四象生八卦,八卦定吉凶。此言最為切要,古今說者雖多,惟康節、明道二先生之說得之。故康節所謂乾一、兌二、離三、震四、巽五、坎六、艮七、坤八,正謂此也。
そこで太陽は《乾》、太陰は《兌》、少陽は《離》、少陰は《震》、少剛は《巽》、少柔は《坎》、太剛は《艮》、太柔は《坤》と為る。これは伏羲が卦を画く時自然生成した形体の次第で、孔子がこれを闡発した。ゆえに《繋辞》に「易有太極、是生両儀、両儀生四象、四象生八卦、八卦定吉凶」と言う。この几句は最も切要である。古今解说する者は多いが、ただ康節(邵雍)と明道(程颢)の両先生のみが点に言い当てた。康節のいわゆる乾一・兌二・離三・震四・巽五・坎六・艮七・坤八は、講ずる所まさにこの次序である。
夫易之未作,易在太極之先;易之既作,一在太極之內。八卦畫而吉凶定,吉凶定而大業生。以言乎法象之大,則有易中之天地,乾坤是也;以言乎變通之大,則有易中之男女,震巽六子是也;以言乎著名之大,則有易中之日月,離坎是也;以言乎崇高之大,則有易中之富貴,日新月盛、富有大業是也;以言乎利用之大,則有易中之生人,神道設教、順動服民是也;以言乎深遠之大,則有易中之蓍龜,某爻吉、某爻凶是也。
《易》が未だ写出されざる時、易理はすでに太極の先に在り。《易》がすでに写成れば、あの「一」は太極の内に含まる。八卦を一たび画き出せば吉凶は判定し、吉凶が判定すれば偉大の事業は生発する。法象の大に就いて言えば、《易》中に天地あり、すなわち乾坤の両卦。変通の大に就いて言えば、《易》中に男女あり、すなわち震・巽等の六子卦。顕明の大に就いて言えば、《易》中に日月あり、すなわち離・坎の両卦。崇高の大に就いて言えば、《易》中に富貴あり、いわゆる日新月盛・富有大業。利用の大に就いて言えば、《易》中に生民を養育する道あり、聖人は神道をもって教を設け、天に順って動き百姓を帰服さす。深遠の大に就いて言えば、《易》中に蓍亀卜筮あり、よく某爻吉・某爻凶を断定す。
此皆言易中之大業。非聖人立卦作易,孰能備天下之物、致天下之用、成天下之器,若是其廣大悉備矣乎?天地之道,陰陽剛柔,有動靜之兩儀,必有一元之太極。康節明天地陰陽剛柔始於太極之動靜,與周子所傳太極相表裡。康節復窮其變交,推天之陰陽、地之剛柔各自相交而生八卦,有相交而天以乾兌離震四卦生西北十六位,而後陰陽之用盡焉;地以坤艮坎巽四卦升東南十六位,而後剛柔之用盡焉。
これらの言う所はみな《易》中の大業である。聖人の立卦作《易》なくんば、誰かよく天下の物を備載して遺すことなく、天下の用を発揮し、天下の器を制造して成功し、このごとく広大にして完備ならんか。天地の道には、陰陽剛柔あり、動静両儀あれば、必ず一元の太極あり。康節は天地の陰陽剛柔はみな太極の動静に始まると闡明し、周敦頤の伝うる太極の説と互いに表裏と為す。康節はまたその交変を窮究し、天の陰陽・地の剛柔が各々相交して八卦を生ずを推し出した:天は《乾》《兌》《離》《震》の四卦をもって西北方の十六位を生じ、陰陽の用はようやく窮尽す。地は《坤》《艮》《坎》《巽》の四卦をもって東南方の十六位を升起し、剛柔の用はようやく窮尽す。
雖然,天地自交而未至於相交以生物也。是故動靜者,天地分太極之初;四象者,天地稟太極之理;十六卦者,天地達太極之用,而用在於交也。太極為一,一生二為動靜,二生四為陰陽剛柔,四生八為八卦,八生十六為十六位。分天地,則天有十六位、地有十六位,為三十二矣,是皆加倍之數也。
ただしこの時天と地はまだ各々内部に相交るのみで、未だ彼此相交して万物を生ぜず。ゆえに言う:動静は天地初分太極の時、四象は天地が太極の理を承受する、十六卦は天地が太極の用を通達する、而してこの「用」は全く「交」に在り、と。太極は一、一生二すなわち動と静、二生四すなわち陰陽剛柔、四生八すなわち八卦、八生十六すなわち十六位。分けて天地に見れば、天に十六位・地に十六位あり、合して三十二と為る。これはみな逐層加倍の数である。
一十六有二者天地各分其一用以為體是體也動之大者謂之太陽 動之小者謂之少陽 靜之大者謂之太陰 靜之小者謂之少陰 太陽為日太陰為月少陽為星少陰為辰日月星辰交而田之體盡矣靜之大者謂之太柔 靜之小者謂之少柔 動之大者謂之太剛 動之小者謂之少剛 太柔為水太剛為火少柔為土少剛為石水火土石變而地之體盡矣
十六位に两套あるゆえんは、天地が各々その一を分ち得て、これをもって自身の「体」と為すためである。天に就いて言えば:動之大者を太陽と言い、動之小者を少陽と言い、静之大者を太陰と言い、静之小者を少陰と言う。太陽は日、太陰は月、少陽は星、少陰は辰と為し、日月星辰は交錯し、天の体はすなわち窮尽す(原文「田之体」の「田」は「天」字の訛)。地に就いて言えば:静之大者を太柔と言い、静之小者を少柔と言い、動之大者を太剛と言い、動之小者を少剛と言う。太柔は水、太剛は火、少柔は土、少剛は石と為し、水火土石は変化し、地の体はすなわち窮尽す。
自太極之判,以陰陽剛柔為天地之用,乃體之用也;自陰陽剛柔分太少,生為八卦,為天地之體,乃用之體也。今日月星辰交而天之體盡,水火土石交而地之體盡,則主生言之;而天以日月星辰交為十六卦也,地以水火土石交為十六卦也,則十六卦又各為生物之體,則主位言之也。
太極の分判より見れば、陰陽剛柔をもって天地の功用と為すは、あれは「体中之用」。陰陽剛柔よりさらに太少を分けて八卦を生じ、天地の形体と為すは、あれは「用中之体」。いま日月星辰相交して天の体窮尽し、水火土石相交して地の体窮尽すと言うは、これは「生」の角度に就いて講ずる:天は日月星辰相交して十六卦を得、地は水火土石相交して十六卦を得る。而してこの十六卦はまた各々生物の本体と為る、これは「位」の角度に就いて講ずる。
太者得氣之多,少者得氣之少也。日月星辰麗乎天,而乾為日者太陽也,兌為月者太陰也,離為星者少陽也,震為辰者少陰也。日月星辰交,而日有四位:乾、夬、大有、大壯;月有四位:履、兌、暌、歸妹;星有四位:同人、革、離、豐;辰有四位:無妄、隨、噬嗑、震,而為十六矣。非天之體盡於此乎?
いわゆる「太」は得気多きこと、いわゆる「少」は得気少なきこと。日月星辰は天に附麗す:《乾》は日と為し、太陽に属す。《兌》は月と為し、太陰に属す。《離》は星と為し、少陽に属す。《震》は辰と為し、少陰に属す。日月星辰交錯の後、日に四位あり——《乾》《夬》《大有》《大壮》。月に四位あり——《履》《兌》《暌》《帰妹》。星に四位あり——《同人》《革》《離》《豊》。辰に四位あり——《无妄》《随》《噬嗑》《震》。合して十六卦を成す。天の体は正しくここに至りて窮尽すではないか。
水火土石麗乎地,而坤為水者太柔也,艮為火者太剛也,坎為土者少柔也,巽為石者少剛也。水火土石交,而水有四位:坤、剝、比、觀;火有四位:謙、艮、蹇、漸;土有四位:師、蒙、坎、渙;石有四位:升、蠱、井、巽,而為十六矣。非地之體盡於此乎?
水火土石は地に附麗す:《坤》は水と為し、太柔に属す。《艮》は火と為し、太剛に属す。《坎》は土と為し、少柔に属す。《巽》は石と為し、少剛に属す。水火土石交錯の後、水に四位あり——《坤》《剥》《比》《観》。火に四位あり——《謙》《艮》《蹇》《漸》。土に四位あり——《師》《蒙》《坎》《涣》。石に四位あり——《升》《蠱》《井》《巽》。合して十六卦を成す。地の体は正しくここに至りて窮尽すではないか。
洪範以水火木金土為造化之用,此以五行有石土無金木者:木為土之子,有土無木,母孕子胎也;石者金之胞,有石而無金,子藏母胞也。
《洪範》は水・火・木・金・土の五行をもって造化の用と為す。ここの五行は却って石あり・土ありて金・木を列せず。その故は:木は土の生ずる儿子、土ありて木を列せざるは、ちょうど母の胎儿を懐ぐごとし。石は金の胞衣、石ありて金を列せざるは、ちょうど子の母胎の中に蔵るるごとし。
経世天地四象図
天地四象圖 日月星辰麗乎天,而乾兌離震生;水火土石麗乎地,而坤艮坎巽生。日午中而氣熱,故為暑;月子中而氣冷,故為寒。月十干之星為陽而主晝,十二支辰為陰而主夜,皆天之氣也。水降而為雨,地氣上騰也;火熾而生風,地氣旁達也;地氣夜升而為露,星殞有聲而主雷,皆地之氣也。
これは《天地四象図》である。日月星辰は天に附麗して《乾》《兌》《離》《震》より生じ、水火土石は地に附麗して《坤》《艮》《坎》《巽》より生ず。日が午位正中に行く時気は最も熱し。ゆえに暑を主とす。月が子位正中に行く時気は最も冷たし。ゆえに寒を主とす。十天干の配する星は陽に属して白昼を主とし、十二地支の配する辰は陰に属して黒夜を主とす。これらはみな天之气。水が降り下って雨と為るは地気の上騰なり。火が熾盛にして風を生ずるは地気の四旁への通達なり。地気は夜に上昇して露を凝成す。星が陨落して声あれば雷を主とす。これらはみな地之气。
日月星辰自相交,而天之變盡於十六卦;水火土石自相交,而地之變盡於十六卦。是天地之氣凝結而生物,有物斯有質,有質則有數。故乾在天成象為月,在地成形為火,火與日本一體,故陽燧取於日而得火;兌在天成象為月,在地成形為水,水與月本一體,故方諸取於月而得水;離在天成象為星,在地成形為石,石與星本一體,故傳言星殞為石。
日月星辰は自ら相交錯し、天の変化は尽く十六卦にあり。水火土石は自ら相交錯し、地の変化は尽く十六卦にあり。これは天地の気が凝結して万物を生ず:物あれば形質あり、形質あれば数目あり。ゆえに《乾》は天に象を成して日と為り、地に形を成して火と為る——火と日は本と一体、ゆえに「陽燧」(凹面銅鏡)をもって太陽に向かえば火を取るを得る(原文ここ「成象為月」は「成象為日」と作るべし)。《兌》は天に象を成して月と為り、地に形を成して水と為る——水と月は本と一体、ゆえに「方諸」(露を承ける器皿)をもって月亮に向かえば水を取るを得る。《離》は天に象を成して星と為り、地に形を成して石と為る——石と星は本と一体、ゆえに古書に星の陨落すれば石と成ると言う。
震在天成象為辰,在地成形為土,辰與土本一體。故自日月星之外,高而蒼蒼者皆辰也;自水火石之外,廣而茫茫者皆土也。蓋日月星辰猶人之有耳目口鼻,水火土石猶人之血氣骨肉也。是故數者,盡天下之物則也;得乎數,則物之則、事之理無不在焉。不明乎數,不明乎善矣;不誠乎數,不誠乎身矣。
《震》は天に象を成して辰と為り、地に形を成して土と為る——辰と土は本と一体、ゆえに日月星を除いて、あの高高として上に在り一片蒼蒼たるものはみな辰に属し、水火石を除いて、あの広袤無際・一片茫茫たるものはみな土に属す。日月星辰はたとえば人の耳目口鼻、水火土石はたとえば人の血気骨肉。ゆえに「数」は天下万物の法則を窮尽し得ると言う:数を掌握すれば、物の法則・事の道理はその中に在らざるなし。数を明白にせずんば、「善」を明白にするとは言えず、数の上に真実无妄を致せずんば、自身を「誠」ならしむるとは言えず。
易之與極,其旨若相似而致用實不同。易之與極,八卦名同而位殊,爻同而旨異。位之殊,先天後天之圖可識矣;旨之異,卦同而象不同也。故易之乾為天、為君,而極則為日、為暑;易之兌為澤、為金,而極則為寒、為月;易之離為火、為日,而極則為星、為晝;易之震為雷、為木,而極則為辰、為夜;易之巽為風、為木,而極則為石、為雷;易之坎為水、為月,而極則為土、為露;易之艮為山、為土,而極則為火;易之坤為地、為土,而極則為水、為雨矣。
《易》と《皇極経世》は、宗旨は相似たるに見えて実際の用法は同じからず:両家は八卦の名称は同じくして位置は同じからず、爻画は同じくして取旨は同じからず。位置の不同は、先天図と後天図を見れば識別し得る。取旨の不同は、卦は同じなれど取る所の象の同じからざるに在り。ゆえに《易》の《乾》は天と為し君と為るも、《皇極》では日と為し暑と為る。《易》の《兌》は沢と為し金と為るも、《皇極》では寒と為し月と為る。《易》の《離》は火と為し日と為るも、《皇極》では星と為し昼と為る。《易》の《震》は雷と為し木と為るも、《皇極》では辰と為し夜と為る。《易》の《巽》は風と為し木と為るも、《皇極》では石と為し雷と為る。《易》の《坎》は水と為し月と為るも、《皇極》では土と為し露と為る。《易》の《艮》は山と為し土と為るも、《皇極》では火と為る。《易》の《坤》は地と為し土と為るも、《皇極》では水と為し雨と為る。
易以占為神,極以算為智。占者聽圓變之蓍,以求將見之象;算者布一定之卦,以銜無窮之數。占則取象於天,神之研幾也;算則斷在於人,智之極深也。神以知來,而未嘗不藏往;知以藏往,而未嘗不知來也。左為天,右為地。日月星辰麗乎天,而離震乾兌居之;水火土石麗乎地,而坤艮坎巽居之。體數有四,布算之法皆源於此。 附圖8:
《易》は占筮を「神」とし、《皇極》は推算を「智」とす。占う者は円転変化の蓍草に聴凭して、将に現れんとする象を求取し、算う者は固定不変の卦を排布して、無窮無尽の数を衔接す。占は天上より象を取り、「神」の研幾入微に属し、算は人より判断し、「智」の極深探索に属す。神は未来を知り得るも未だかつて過往を含蔵せざるにあらず、智は過往を含蔵するも未だかつて未来を知り得ざるにあらず。図上は左辺を天とし右辺を地とす:日月星辰は天に附麗して《離》《震》《乾》《兌》これに居り、水火土石は地に附麗して《坤》《艮》《坎》《巽》これに居る。体数は共に四類あり、布算の方法はみなここより発源す。以下原書は図八を附す。
元会運世図
愚嘗考之:陽一為奇,陰二為偶,是以一元之數起於乾,故乾為起數之端,猶一歲包年月日時而為之也。乾之後有兌,兌為月,其數二,衍之為十二,猶一歲有十二月也;兌之後有離,離為日,其數三,衍之為三百六十,猶一歲有三百六十日也;離之後有震,震為時,其數四,衍之為四千三百二十,猶一歲有四千三百二十時也。
私はかつて考究した:陽は一をもって奇とし、陰は二をもって偶とす。ゆえに「一元」之数は《乾》に起り、《乾》はすなわち起数の開端で、たとえば一年が年・月・日・時を包含するごとし。《乾》の後は《兌》、《兌》は月と為し、その数は二、推衍せば十二、たとえば一年に十二の月あるごとし。《兌》の後は《離》、《離》は日と為し、その数は三、推衍せば三百六十、たとえば一年に三百六十日あるごとし。《離》の後は《震》、《震》は時と為し、その数は四、推衍せば四千三百二十、たとえば一年に四千三百二十の時辰あるごとし。
此一二三四為天地生物之始數,陽之所以先乎陰也。震之後繼以巽五,陰元之氣莫先於此,是以巽元之年數衍之為十二萬九千六百年,為起數之端。坎六繼之,是為巽元之月數,衍之為一百五十五萬五千二百月;艮七又繼之,是為巽元之日數,衍之為四千六百六十五萬六十日;若夫巽元之時數,則居坤之八焉,又衍之為五萬五千九百八十七萬二千時。此五六七八又為天地成物之終數,陰之所以承乎陽也。
この一・二・三・四は天地生物の起始之数で、正に陽の陰に先んずるを説明す。《震》の後には《巽》が接し、第五位に居り、陰元之气はこれをもって最先と為す。ゆえに《巽》元の年数は十二万九千六百年に推衍し、起数の開端と為す。《坎》は第六に居り、《巽》元の月数で、一百五十五万五千二百月に推衍す。《艮》は第七に居り、《巽》元の日数で、四千六百六十五万六千日に推衍す(原文は一「千」字を脱す)。《巽》元の時数に至っては、《坤》の第八位に落ち、五億五千九百八十七万二千時に推衍す。この五・六・七・八はまた天地成物の終結之数で、正に陰の陽を承接するを説明す。
由是重而衍之,以至於八,則乾之世數四千三百二十,衍之為五萬五千九百八十七萬二千;兌之世數五萬一千八百四十,衍之為六十七萬一千八百四十六萬四千。循而推之,皆可概見。
これよりさらに加倍して第八層に推衍すれば、《乾》の世数四千三百二十は五億五千九百八十七万二千に推衍し、《兌》の世数五万一千八百四十は六十七億一千八百四十六万四千に推衍し得る。このごとく循序推算して行けば、その余の各数はみな大略見出すことを得る。
大抵乾兌離震之數,包巽坎坤艮在其中。子至巳上六辰皆屬乾,謂之先天;自午至亥下六辰皆屬坤,謂之後天。後天皆效先天而為之,故曰「成象謂之乾,效法謂之坤」,可舉隅而知。 附圖9:
大体において、《乾》《兌》《離》《震》之数はすでに《巽》《坎》《坤》《艮》をその中に包含す。子より巳に至る上半の六辰はみな《乾》に属し、先天と言い、午より亥に至る下半の六辰はみな《坤》に属し、後天と言う。後天はみな先天を仿效して運行す。ゆえに《繋辞》に「成象之謂乾、效法之謂坤」と言う。一隅を挙げてその余を推知し得る。以下原書は図九を附す。
伏羲六十四卦円図
伏羲六十四卦圓圖(此乃先天之所覆也) 愚謂圓圖者,天地之陰陽也。在天為日月星辰、寒暑晝夜,謂之流行之易,言其天地四時流行而不息也。其卦皆從中起:自坤生者始於復,自乾生者始於姤,皆在天地之中。中者,心也,萬事萬化生於心。是康節之學本於先天之易,尚象而不尚辭,蓋欲示不言之教,如伏羲六十四卦初無言語文字也。
《伏羲六十四卦円図》(これは先天之図の覆被する範囲)。私は思うに、円図が講ずるは天地の陰陽:天に在っては日月星辰・寒暑昼夜と為り、「流行之易」と言い、説く所は天地四時の流転不息である。その卦はみな中間より起る:《坤》より生ずるものは《復》より始まり、《乾》より生ずるものは《姤》より始まり、みな天地の中に在り。「中」はすなわち心、万事万化はみな心の裏より生ず。見るべし、康節の学問は先天之《易》に本づき、卦象を重んじて卦辞を重んぜず、言語を用いざる教化を施行せんと欲す。ちょうど伏羲の画いた六十四卦はもともと一字もなかったごとし。
圖左三十二陽卦,春以發生,夏以長養,自復至乾得一百一十二陽爻、八十陰爻,是陽數多陰數少,即春夏之晝長而熱也。圖右三十二陰卦,秋以收斂,冬以包藏,自姤至坤得一百一十二陰爻、八十陽爻,是陰數多陽數少,即秋冬之晝短而寒也。
図の左半は三十二の陽卦、春に発生し夏に長養す。《復》より《乾》に至るまで陽爻一百十二・陰爻八十あり、陽多く陰少なく、正に春夏の白昼長くして天气熱きに対応す。図の右半は三十二の陰卦、秋に収斂し冬に包蔵す。《姤》より《坤》に至るまで陰爻一百十二・陽爻八十あり、陰多く陽少なく、正に秋冬の白昼短くして天气寒きに対応す。
左右三十二而為六十四卦,又以春夏秋冬分之,各四其六十四,而為一千五百三十六卦之氣,以運行於天。四象立體,六甲循環,以見皇帝王霸之跡治;三百六旬有六日轉旋,乾坤主之,屬乎天地之造化。衍之為元會運世,散之為歲月日時。事有體用而分皇帝王霸,業有心跡而分易書詩禮春秋,理無往而不在其
左右各三十二は合して六十四卦を成し、さらに春夏秋冬に按じて各々四に分かち、六十四卦を四倍して推き、共に一千五百三十六卦之气を成して天に運行す。四象は本体を確立し、六十甲子は循環往复し、これより皇・帝・王・覇の治迹を見るべし。一年三百六十六日の旋転は、乾坤の主宰に由り、天地の造化に属す。推衍すればすなわち元・会・運・世、散布せばすなわち歳・月・日・時。事には体用あり、そこで皇・帝・王・覇を分かち、功業には心迹あり、そこで《易》《書》《詩》《礼》《春秋》を分かつ。この理は往く所に在らざるなし。
伏羲六十四卦方図
伏羲六十四卦方圖 愚謂方圖者,地道之剛柔也。在地為水火土石、風雨露雷,謂之對待之易,言其承天時行以生物也。其卦皆從中起,自中而起則震巽之一陰一陽,故陰至巽而伏,亦至巽而止;陽至震而休,亦自震而生。陰陽二氣交乎震巽,實坎離交乎黃庭之象也。
《伏羲六十四卦方図》。私は思うに、方図が講ずるは地道の剛柔:地に在っては水火土石・風雨露雷と為り、「対待之易」と言い、説く所はそれが天時を承奉して運行し、もって万物を生養するである。その卦もみな中間より起る。中間より起れば、《震》《巽》の一陰一陽に落ちつく。ゆえに陰は《巽》に至りて潜伏し、また《巽》に至りて止息す。陽は《震》に至りて休歇し、また《震》より新生す。陰陽二気は《震》《巽》に交会す。実はすなわち坎離の「黄庭」(丹家のいう身中の中宮)に交会する象である。
內一截三十二陽卦,西北角乾,東北角泰;外一截三十二陰卦,西南角坤,東南角否,亦共六十而為六十四卦。又以元會運世分之,各四其六十四,以為二百五十六位之卦體,以生物於地。四四立體,四九為用,以見律呂音聲、陽唱陰和、動植飛走、出生入死,坎離主之,屬乎地之造化。故邵子有詩云:「天地定位,否泰交類;山澤通氣,咸損見義;雷風相薄,恆益起意;水火相射,既濟未濟。四象相交成十六事,八卦相蕩為六十四。」此正言方圖之意也。 附圖10:
内の一層は三十二の陽卦、西北角は《乾》、東北角は《泰》。外の一層は三十二の陰卦、西南角は《坤》、東南角は《否》。合しても六十四卦。さらに元・会・運・世に按じて各々四に分かち、六十四卦を四倍して推き、二百五十六位の卦体と為して地に生物す。四四相乗して体を立て、四九相配して用と為す。これより律呂声音・陽唱陰和、および動物植物・飛禽走獣の出生入死を見るべし。みな坎離の主宰に由り、地の造化に属す。ゆえに邵子に詩ありて曰く:天地定位、《否》《泰》交類。山沢通気、《咸》《損》見義。雷風相薄、《恒》《益》起意。水火相射、《既済》《未済》。四象相交りて十六事を成し、八卦相盪して六十四と為る。これ正に方図の意旨を講ずる。以下原書は図十を附す。
朱子先天卦気
朱子曰:先天圖自左方《震》初,為冬至,《離》、《兌》中,為春分,至《乾》之末,而交夏至,右方自《巽》初為夏至,《坎》、《艮》中,為秋分,至《坤》之末,而交冬至。圖之順逆左右,先儒說之詳也。
朱子曰く:先天図は左辺《震》の起始の処より算えば冬至、到《離》《兌》の中間は春分、《乾》の末尾に至ればすなわち夏至に交る。右辺《巽》の起始の処より算えば夏至、《坎》《艮》の中間に至れば秋分、《坤》の末尾に至ればすなわち冬至に交る。この図の左右順逆の理は、先輩の儒者すでに言い詳めたり。
夫《乾》一、《兌》二、《離》三、《震》四,已生之卦也。其序自南而北。若卦氣運行,則自北而南,一陽生於《震》始。故邵子以冬至之半為《復》。十一月中也。
《乾》一・《兌》二・《離》三・《震》四は、みな已に生成した卦で、その次序は南より北へ排す。しかし卦気の運行を論ずれば、すなわち北より南へ、一陽は《震》より生起す。ゆえに邵子は冬至の那一半、すなわち子月の中を《復》卦と定め、これすなわち十一月の中気である。
十二月丑初小寒,其卦為《頤》、《屯》、《益》,月半大寒,則《震》、《噬嗑》、《隨》。正月寅初立春,其卦為《無妄》,為《明夷》,月半雨水,則《賁》、《既濟》、《家人》,二月卯初驚蟄,其卦為《豐》、《離》、《革》,月半春分,則《同人》、《臨》,
十二月(丑月)の初は小寒に交り、配する卦は《頤》《屯》《益》。月中に至り大寒に交り、配するは《震》《噬嗑》《随》。正月(寅月)の初は立春に交り、配する卦は《无妄》《明夷》。月中に至り雨水に交り、配するは《賁》《既済》《家人》。二月(卯月)の初は驚蟄に交り、配する卦は《豊》《離》《革》。月中に至り春分に交り、配するは《同人》《臨》。
三月辰初清明,其卦為《損》、《節》、《孚》,(此處應為《中孚》卦,省略一“中”字)月半穀雨,則《歸妹》、《暌》、《兌》,四月巳初立夏,其卦為《履》、《泰》,月半小滿,則《大畜》、《需》、《小畜》,五月午初芒種,其卦為《大壯》、《大有》、《夬》,至《乾》之末交夏至焉。
三月(辰月)の初は清明に交り、配する卦は《損》《節》《孚》(ここの《孚》は《中孚》であるべく、原文は一「中」字を省く)。月中に至り谷雨に交り、配するは《帰妹》《暌》《兌》。四月(巳月)の初は立夏に交り、配する卦は《履》《泰》。月中に至り小満に交り、配するは《大畜》《需》《小畜》。五月(午月)の初は芒種に交り、配する卦は《大壮》《大有》《夬》。《乾》卦の末尾に至ればすなわち夏至に交る。
《巽》五、《坎》六、《艮》七、《坤》八,未生之卦也。其圖自西而北,若卦氣之行,自一陰生於《巽》始,故夏至午之半為《姤》,五月中也,
《巽》五・《坎》六・《艮》七・《坤》八は、みな未だ生成せざる卦で、それらは図上西より北へ排す。卦気の運行を論ずれば、すなわち一陰は《巽》より生起す。ゆえに夏至の那一半、すなわち午月の中を《姤》卦と定め、これすなわち五月の中気である。
六月未初小暑,其卦為《大過》、《鼎》、《恆》,月半大暑,則《巽》、《井》、《蠱》,七月申初立秋,其卦為《升》、《訟》,月半處暑,則《困》、《未濟》、《解》,八月酉初白露,其卦為《渙》、《坎》、《蒙》,月半秋分,則《師》、《遯》,九月戌初寒露,其卦為《咸》、《旅》、《小過》,月半霜降,則《漸》、《蹇》、《艮》,十月亥初立冬,其卦為《謙》、《否》,月半小雪,則《萃》、《晉》、《豫》,十一月子初大雪,其卦為《觀》、《比》、《剝》、,至坤之末交冬至焉,即子之半也。
六月(未月)の初は小暑に交り、配する卦は《大過》《鼎》《恒》。月中に至り大暑に交り、配するは《巽》《井》《蠱》。七月(申月)の初は立秋に交り、配する卦は《升》《訟》。月中に至り処暑に交り、配するは《困》《未済》《解》。八月(酉月)の初は白露に交り、配する卦は《涣》《坎》《蒙》。月中に至り秋分に交り、配するは《師》《遯》。九月(戌月)の初は寒露に交り、配する卦は《咸》《旅》《小過》。月中に至り霜降に交り、配するは《漸》《蹇》《艮》。十月(亥月)の初は立冬に交り、配する卦は《謙》《否》。月中に至り小雪に交り、配するは《萃》《晋》《豫》。十一月(子月)の初は大雪に交り、配する卦は《観》《比》《剥》。《坤》卦の末尾に至ればすなわち冬至に交る、これすなわち子月之半である。
此三十二卦屬陰,以當秋冬,子至巳,《乾》、《兌》、《離》、《震》,六陽月,其節有四,冬至、立春、春分、立夏也。午至亥,《巽》、《坎》、《艮》、《坤》,六陰月,其節有四,夏至、立秋、秋分、立冬也。一年八節二之,計一十六卦,外有十六卦,三之計四十八卦,並之則六十四卦,以當一期之氣候,所以定時成歲,行鬼神成變化也。
この三十二卦は陰に属し、秋冬両季に対応せしむ。子より巳に至るは、《乾》《兌》《離》《震》の主る六つの陽月で、その中に四つの大節あり:冬至・立春・春分・立夏。午より亥に至るは、《巽》《坎》《艮》《坤》の主る六つの陰月で、その中にも四つの大節あり:夏至・立秋・秋分・立冬。一年八節、每節に両卦を配し、共に十六卦。このほかさらに十六卦あり、每卦さらに三分を配し、共に四十八卦。両者相加せば正に六十四卦、もって一周年の気候に対応す。この套の办法に凭ればすなわち時令を確定し歳功を成就し、鬼神之用を推行して万物の変化を成就し得る。
邵子先天卦気
《乾》、《坤》、《坎》、《離》分配四時,主二十四氣,《坤》盡子中,交《離》初爻冬至,上爻驚蟄,《離》盡卯中,交乾初爻春分,上爻芒種,《乾》盡午中,交《坎》初爻夏至,上爻白露,坎盡酉中,交《坤》初爻秋分,上爻大雪。
《乾》《坤》《坎》《離》の四卦は四季に分配し、二十四節気を主管す:《坤》卦は子月の中に終り、接いで《離》卦の初爻は冬至に当たり上爻は驚蟄に当たる。《離》卦は卯月の中に終り、接いで《乾》卦の初爻は春分に当たり上爻は芒種に当たる。《乾》卦は午月の中に終り、接いで《坎》卦の初爻は夏至に当たり上爻は白露に当たる。《坎》卦は酉月の中に終り、接いで《坤》卦の初爻は秋分に当たり上爻は大雪に当たる。
春、夏、秋、冬各有六十四卦氣,皆從中起,子、午、卯、酉為四仲,二分二至當之,寅、申、巳、亥為四孟,四立當之,經世曆以冬至為天地之元,元之元也。故去四正卦,而用三百六十卦氣圖,以春分為人物之元,亦元之元也。故用六十四卦而四之,而二百五十六位卦氣圖。
春夏秋冬は各々六十四卦之气あり、みな「中」より起る。子・午・卯・酉は四仲之月で、二分(春分・秋分)二至(冬至・夏至)により対応す。寅・申・巳・亥は四孟之月で、四立(立春・立夏・立秋・立冬)により対応す。《経世》暦法は冬至を以て天地之元と為し、「元中之元」とす。ゆえに坎離震兌の四正卦を除去し、ただ三百六十卦の卦気図を用う。また春分を以て人物之元と為し、同じく「元中之元」とす。ゆえに六十四卦を取りて四を乗じ、二百五十六位の卦気図と為す。
以冬至子中為世之元,春分卯中為元之元,夏至午中為會之元,秋分酉中為運之元,各六十四卦,各以氣運而更疊值事。開物於寅中,而起於驚蟄者,二月初氣也。閉物於戌中,而終於立冬者,十月初氣也。
冬至(子月之中)を「世」之元とし、春分(卯月之中)を「元」之元とし、夏至(午月之中)を「会」之元とし、秋分(酉月之中)を「運」之元とし、各々六十四卦を配し、各々気運に按じ輪番に当値管事す。万物は寅月の中に開闢し、而して実際は驚蟄に起る、あれは二月の初気である。万物は戌月の中に閉蔵し、而して実際は立冬に終る、あれは十月の初気である。
何也?曰:寅中戌中雖主月會而言,其用實由乎節氣,地之生物以氣為機,天之氣先至,而後地之物應之,氣之來常先半月,氣以舒而常盈,用以疾而常縮,故關朗子云:當期之數,過者謂之氣盈,不及者謂之朔虛,朔者盈虛之不齊,積微之久,中氣中有居於月晦者,必閏以置之,乃復於初經,本於先天,故中朔同起卦氣,因先天卦氣取中氣,以主月元會運世,皆從中起,所謂舉正於中也。
何となれば。寅中・戌中は月と会に就いて言うなれど、実際作用するは節気なればなり。地上の生物は気を以て機括とす:天の気先に至り、地の物しかる後に随い応ず。気の到来は常に半月提前す。気は舒緩、ゆえに常に盈余あり。用は急促、ゆえに常に亏縮あり。このゆえに関朗子は言う:一周年の応有の日数、多く出づるを「気盈」と言い、不足するを「朔虚」と言う。朔の盈虚は斉しからず、積累久しければ、中気の月末に落ちる情形を現出し、必ず閏月を設置せねば、本来の常度に帰る能わず、と。この套の办法は先天に本づく。ゆえに中気と朔日は同じく卦気を起す。先天卦気に依って中気を取りて月を主管せしめ、元・会・運・世もみな「中」より起る。これいわゆる「中に正を挙ぐ」である。
卦圖曰:大運法當從經世,數起於星甲、辰子,小運法當依卦氣圖,起甲仲巳孟日,天統乎體,氣之體生於四仲,故大運甲子當冬至,而二十四氣之中,皆得子午卯酉之四中也,氣之用行於四立,故小運甲寅當立春,而二十四氣之首,皆得寅、申、巳、亥,而生乎孟矣。
卦図上に言う:大運の算法は《経世》之数に依るべく、「星甲」「辰子」より起算すべし。小運の算法は卦気図に依るべく、甲日は仲に属し巳日は孟に属すより起算すべし、と。天は「体」を統摂し、而して気の体は四仲に生ず。ゆえに大運の甲子は冬至に対応し、二十四気の中の中気はみな子・午・卯・酉の四仲之位に落ちる。気の用は四立に行われ、ゆえに小運の甲寅は立春に対応し、二十四気の首の節気はみな寅・申・巳・亥に落ち、而して四孟之位に生ず。
