Libo

巻一・測字十法

清 · 程省 · 第1巻 / 5

作盤ガイド: 六爻納甲の立卦, 大衍筮法

巻二・心易六法(庖羲之六義を借りて後学に垂示す)

占卜類典籍

一つの主体系に慣れてから読み流すのが向いている。同種の問題に対する占法ごとの処理の差を対照する材料になる。

何以直此十法?蓋一字之來必各有體,因其體之隱現不同,故其測之變化不定。邵子書曰:「認定用神。」又曰:「體立而後用行。」皆有深義。然測不立法,不足以示學者之權衡;字不加減,不足以開問者之蒙昧。是必乘除損益,每一字到真機,流動變化數字於其間,則所問之事昭然在目,驗後豈不愉快?列法於左。

なぜこの十種の測法を立てるのか。それは、持ち込まれて占いを求める一つ一つの字に、それぞれ固有の間架(字形の骨組み)があり、字体の蔵と露、疎と密がそれぞれ異なるため、そこから推し出される変化にも定まった基準がないからである。宋代の邵雍は書の中で「用神を認定せよ」と言い、また「体立ちて後用行わる」とも言った。この二つの言葉には深い意味が込められている——まずこの字のどこが事を主る要の部分か、すなわち「用神」を見定めなければならず、字の本体を立て定めてからでなければ、変化して用を取ることは論じられない。しかるに測字に法度を立てなければ、学ぶ者に衡量・取舍の準绳を示すことができず、字に加減を施さなければ、問卜する人の心の蒙昧を開くこともできない。そこで必ず一つの字の上で「乗除損益」の工夫をこなさなければならない。あるいは筆を加え、あるいは筆を減じ、あるいは拆き、あるいは合わせ、その字の「真機」が顕れるまで推し進め、そこから派生した幾つかの字をその間に流転・変化させれば、尋ねられた事柄は自ずから歴然と目の前に並び、後日一つずつ的中したときの快さはいかばかりか。ここに十種の法門を下に開列する。

装頭測法

字從太極出,各具首尾,各有結構。測字之法不離羲畫之理,生生化化,變幻萬端,因其所問之事而推之,據吾所觸之幾而斷之,百不失一。何以謂之裝頭?蓋其所問之事與所寫之字,雖隱露吉凶,而首猶藏,如神龍不見首;我則添筆於上而出之,燦如躍如,而字中之理全彰,故曰裝頭。

文字は「太極」の一点から生まれ出るもので、どの字にも頭があり尾があり、それぞれ独自の骨格構造を持つ。測字の理は伏羲が卦を画いた道理に外ならない。一が二を生み、二が四を生み、生々化々して変幻は万端に及ぶ。だから来たる人の尋ねる事柄に順って推演し、みずからその時々に触れた一点の「几」——すなわち兆し、きざし——に拠って判断すれば、百に一つも外れない。「装頭」とは何か。来たる人の尋ねる事と書いた字には、すでに吉凶がかすかに透けて見えているが、字の頭部はまだ蔵れて現れていない。あたかも神龍が尾は見せても首を見せないようなものである。そのとき術者は字の上方に数筆を添えて、蔵れていた頭を装い出す。字義はたちまち燦然と明るくなり、紙上に躍り出て、字の中に含まれる理もすべて明らかになる。ゆえに「装頭」と言う。

戊(茂)、裡(童)、(死、苑)、古(罟、苦、居)、兄(克、況、兌)、亦(赤)、日(春、皆、百)、爭(箏、事)、早(囗、草、章)、冊(扁、掞)、央(瑽、英)、黽(蒨、黿、蠅)、免(冤、冕)、艮(痕、摐、食)、合(答)、屈(窟)、魚(鯊、鰲)、至(窒、臺)、見(寬、覓、覺)、連(運、蓮)。

以下は装頭の例字を逐条に挙げたものである。「戊」の上に「艹」を加えて「茂」とし、「里」の上に「立」を加えて「童」とする。底本がここに挙げるのは「苑」字の成る「夗」で、「歹」を配して「死」とし、上に「艹」を加えて「苑」とする。「古」の上に「罒」を加えて「罟」、上に「艹」を加えて「苦」、上に「尸」を加えて「居」とする。「兄」の上に「十」を加えて「克」、旁に「冫」を加えて「况」、上に二点を加えて「兌」とする。「亦」の上に一横を添えて「赤」とする。「日」の上に「𡗗」を加えて「春」、上に「比」を加えて「皆」、上に一横を添えて「百」とする。「争」の上に「竹」を加えて「筝」、上に一横を添えて「事」とする。「早」の上に「艹」を加えて「草」、上に「立」を加えて「章」とし、もう一字は底本が残欠して「囗」のみ残る。「冊」の上に「戸」を加えて「扁」とし、「央」の上に「艹」を加えて「英」とし、「黽」の上に「元」を加えて「黿」、旁に「虫」を配して「蝿」とする。「免」の上に「宀」を加えて「冤」、上に「冃」を加えて「冕」とし、「艮」の上に「疒」を加えて「痕」、上に「人」を加えて「食」とし、「合」の上に「竹」を加えて「答」とし、「屈」の上に「穴」を加えて「窟」とする。「魚」の上に「沙」を加えて「鯊」、上に「敖」を加えて「鰲」とし、「至」の上に「穴」を加えて「窒」、「士・冖・口」を加えて「臺」(今は「台」と書く)とする。「見」の上に「宀・艹」を加えて「寛」、上に「爫」を加えて「覓」、上に「学」の頭を加えて「覚」とし、「連」の中の「車」を「云」に換えて「運」、上に「艹」を加えて「蓮」とする。このうち「冊」の下に挙げた「掞」、「央」の下に挙げた「瑽」、「黽」の下に挙げた「蒨」、「艮」の下に挙げた「摐」は、字形が本例に属さず、底本の伝写の誤りであろう。姑くその旧に従う。

元(坃、完)、冢(家、豪、蒙)、山(巒、甗)、目(眉、著、眷)、足(蹇、促)、可(河、奇、珝)、皮(波、破)、田(留、富、當)、由(笛、囗、甫)、令(零)、巾(吊、幕、皞、席)、比(庇、麗)、其(箕)、夋(戴、冀、翼)、衣(裹、裳)、金(釜、鑾)、心(愁、忠)、升(飛、升)、貝(貧、貴、貪)。

「元」に「土」を配して「坃」とし、上に「宀」を加えて「完」とする。「冢」の「冖」を「宀」に換えて「家」とし、上に「高」の頭を加えて「豪」、上に「艹・冖」を加えて「蒙」とする。「山」の上に「䜌」を加えて「巒」、上に「鬳」を加えて「甗」とする。「目」の上に「尸」を加えて「眉」、上に「羊」の頭を加えて「着」、上に「龹」を加えて「眷」とする。「足」の上に「宀・䇂」を加えて「蹇」、旁に「亻」を配して「促」とする。「可」の旁に「氵」を配して「河」、上に「大」を加えて「奇」とし、「皮」の旁に「氵」を配して「波」、「石」を配して「破」とし、「田」の上に「卯」を加えて「留」、上に「宀・一・口」を加えて「富」、上に「尚」の頭を加えて「當」(今は「当」と書く)とする。「由」の上に「竹」を加えて「笛」とし、もう一字は底本が残欠して「囗」となる。「令」の上に「雨」を加えて「零」とし、「巾」の上に「口」を加えて「吊」、上に「莫」を加えて「幕」、上に「广・廿」を加えて「席」とし、「比」の上に「广」を加えて「庇」とする。「其」の上に「竹」を加えて「箕」とする。「夋」の下に挙げた「戴」「冀」「翼」は、実は「異」字の装頭で、上に「北」を加えて「冀」、上に「羽」を加えて「翼」、「十」と「戈」を加えて「戴」とするもので、底本の「夋」は「異」の誤りであろう。「衣」の中間に「果」を納めて「裹」、上に「尚」を加えて「裳」とし、「金」の上に「父」を加えて「釜」、上に「䜌」を加えて「鑾」とする。「心」の上に「秋」を加えて「愁」、上に「中」を加えて「忠」とし、「升」は一に「昇」と作り、ゆえに「飛」と並び挙げられる。「貝」の上に「分」を加えて「貧」、上に「中・一」を加えて「貴」、上に「今」を加えて「貪」とする。

接脚測法

字如人之體,有冠必有履。測法因其所書之字察其善惡,如人之全身已現,但未舉足行動,因以囗囗之,故曰接腳。

一つの字は人の身体のようなもので、帽子をかぶったからには、必ず靴も履かなければならない。この法は、来たる人の書いた字についてその善悪・吉凶を察るものである。ちょうど一人の人が全身すでに目の前に立っているが、まだ足を上げて歩き出していないようなもので、術者は字の下方に筆画を補い、それに一足を取り付けて動かせるようにする(底本はここに二字残欠して「囗囗」とある)。ゆえに「接脚」と言う。装頭は上へ添えるもの、接脚は下へ添えるもので、二つの法は一上一下、ちょうど相対している。

採(悉、釋、番)、千(秀、壬)、立(產、童、音)、裡(冘、墨、鋋)、自(息、身)、苑(葬)、合(枿、會)。

以下は接脚の例字である。「采」の下に「心」を接いで「悉」、「睪」を接いで「釈」、「田」を接いで「番」とする。「千」の下に「乃」を接いで「秀」、一横を接いで「壬」とする。「立」の下に「厂・丿」を接いで「産」、「里」を接いで「童」、「日」を接いで「音」とする。「里」は上下に配して「冘」という類の字形をなし、下に「灬」を接ぎ「黑」を加えて「墨」とする。「自」の下に「心」を接いで「息」、筆を添えて「身」とする。「苑」の下に「廾」を接いで「葬」とし、「合」の下に木旁の諸形を接いで「枿」、一横を接いで「会」とする。見れば分かるように、接脚で補うのは多くが「心」「田」「日」「灬」といった下部の部件で、補った後は字義が一変し、吉凶もそれに従って現れてくる。

穿心測法

凡字畫端正、左右俱全,而從中穿入數筆,以變化其字,謂之穿心;如衣裾之縫,其不從中而合。

およそ筆画が端正で左右両方とも整っている字については、字の真ん中から貫き入る数筆を施し、その字を別の字に変えることを「穿心」と言う。これはちょうど衣服の襟を縫うようなもので、縫い目が真ん中を通らなければ二枚の生地は合わさらない。測字のこの一筆もまた、字の真正面の中を穿ち抜いてこそ、字を縫い合わせて新しい字にすることができるのである。

文(吏)、昌(量)、鞋(難)、維(棨)、月(舟、用、冉、角)、旦(裡、車、叟)、弓(弗、嵒、費)。

以下は穿心の例字である。「文」の中に一竪と口を穿ち入れて「吏」とし、「昌」の中に「一」「里」などの筆を穿ち入れて「量」とし、「鞋」の左右両半を配し換えて「難」とし、「維」を変えて「棨」とする。「月」の中に一筆を穿って「舟」「用」「冉」とし、さらに二筆を穿って「角」とする。「旦」の中に一竪を穿って「里」「車」とし、上に「臼」を加えて「叟」とする。「弓」の中に二筆を穿って「弗」とし、石を配して「嵒」、「貝」を加えて「費」とする。見れば分かるように、穿心の一法は字の外廓を動かさず、ただ正中に下筆するだけで、字形が一変すれば事理もこれに伴って様相を改める。

包籠測法

包籠者,字之全體不動,而將筆周圍包裹之,另成一字。

「包籠」とは、もとの字の全体を一筆も動かさず、その四周にのみ筆画を添えて字全体を包み込み、そこから別の新しい字を成すことである。装頭は上部を添えるだけ、接脚は下部を添えるだけ、穿心は中間を穿つだけであるのに対し、包籠は一周をめぐらして字を中に閉じ込める。ゆえにしばしば「囗」旁、「辶」旁、「宀」頭といった外枠を持つ字が得られる。

稚(灊)、韭(騑、殲、籤)、貝(遺、測)、矢(族、痴)、由(會、遭)、尹(倉、絺)、裡(墨)、玉(寶)、牛(逄、遲)、昔(翽、泬)、辛(襯、幸)、石(磨)、弓(潑)、主(囗)。

以下は包籠の例字である。「稚」の外に水と山を裹って「灊」とし、「韭」の外に「馬」を配して「騑」、「歹」を配して「殲」、上に「竹」を罩め下に「双」を托して「籤」とする。「貝」の外に「辶」と「中」を加えて「遺」、外に「氵」と「刂」を加えて「測」とし、「矢」の外に「方」「人」を加えて「族」、外に「疒」を罩めて「痴」とする。「由」の上に「人」「一」を罩めて「会」、外に「辶」を加えて「遭」とし、「尹」の外に「人」を罩めて「倉」、外に「糸」を纏めて「絺」とし、「里」の外に「黑」を加えて「墨」とし、「玉」の上に「宀」を罩め「缶」を加えて「寶」とする。「牛」の外に「辶」を加えて「逄」「遲」とし、「昔」の外に「羽」を加えて「翽」、外に「氵」「穴」を加えて「泬」とし、「辛」の外に「衣」を配して「襯」、上に一横を罩めて「幸」とし、「石」の外に「广」を罩め「林」を加えて「磨」とし、「弓」の外に「氵」「癶」を加えて「潑」とし、「主」の包む字は底本が残欠して「囗」のみ残る。

破解測法

破者,劈破。解者,解拆。將字之體段分開,從中加入數筆而成字,謂之破字。字之筆畫抉出,從旁標比、評論而成文,謂之解。破易而解難,破平正而解奇幻,觀後字可知。又,破與穿心不同。破必要分開,不若穿心字體不動也,解則隨意抉剔耳。

「破」とは割り開くこと、「解」とは拆き散らすことである。一つの字の間架をまるごと二つに割って、裂けたところから数筆を加えて新しい字を作るのを「破字」と言う。字の中の筆画を一つずつ取り出し、その偏旁に寄せて比附し評説して、一筋の判語を編むのを「解字」と言う。破字は易しいが解字は難しく、破字から出る結論は平実で端正、解字から出る結論は奇幻で測りがたい。後に列する例字を見れば分かる。さらに注意すべきは、破は穿心とは違うことである。破は必ず字を割り開かなければならず、穿心のように字の本体がそのまま残るわけではない。解に至っては、字の中の筆画を意のままに抉り取るもので、一定の格に拘らない。

行(術、衙、衍)、辛(章)、共(莫、黃)、衣(鸑、紘、哀、衷)、颭(算)、合(倉)、苦(苗)、璟(枿)、罵(駟)、田(古)、隼(惟)、香(查)、敕(拐、架、枷)、勳(賀)、解(周、祥)。

以下は破解の例字である。「行」を左右両半に割り開き、中間に他の筆を納めて「術」「衙」「衍」とし、「辛」を割り開いて筆を加えて「章」とし、「共」を上下に割り開き、「日」を加えて「莫」、「田」を加えて「黄」とする。「衣」を割り開いた後、それぞれ「岳・鳥」を納めて「鸑」、「糸・厶」を納めて「紘」とし、上下に筆を加えて「哀」「衷」とする。「飐」を拆き出して「竹・目・廾」で「算」とする。「合」の下の口を拆き去って「倉」とし、「苦」の「口」を拆き去り「田」を加えて「苗」とし、「璟」の偏旁を拆き散らして「枿」とし、「罵」から「馬」と四点を拆き出して「駟」とし、「田」から十と口を拆き出して「古」とする。「隼」から「隹」を拆き出し「忄」を配して「惟」とし、「香」から「木」「日」を拆き出して「査」とし、「敕」を拆き散らした後、それぞれ「扌」を配して「拐」、「木」を配して「架」「枷」とし、「勲」から「貝」「力」を拆き出して「賀」とし、「解」から「用・口」を拆き出して「周」、「羊」を拆き出して「礻」を配して「祥」とする。

哉(告、戎)、乖(禾、比、千)、稱(再、利)、程(杜、和)、鱸(田、申、爐、魚、火)、琳(林、瑞、麻)、膊(肘、傅、補)、椒(叔、枝)、伐(仁、義)、忒(懿、戚)、冒(昂、香)、志(喜、悲)、宋(安、樂)。

「哉」を割り開いて「土・口」を取って「告」、「戈・十」を取って「戎」とし、「乖」をまるごと拆き散らして「禾」「比」「千」という三つの字を得、「称」を左右に拆き開いて「再」と「利」を得、「程」から「禾」と「土」を拆き出して配し「杜」、「禾」と「口」を配して「和」とする。「鱸」は極めて細かく拆く。魚の中に「田」と「申」があり、右旁は「炉」で、合わせて言えば「魚」と「火」がある。「琳」から「林」を拆き出し、また「瑞」と「麻」を作ることもできる。「膊」から「月」を拆き出し「寸」を配して「肘」、右旁の「尃」に「亻」を配して「傅」、「衤」を配して「補」とし、「椒」の右旁から「叔」を拆き出し、左旁の「木」に「支」を配して「枝」とし、「伐」から「亻」を拆き出し「二」を配して「仁」、「戈」を拆き出し「丷」を配して「義」とし、「忒」の「弋」「心」は筆を増して「懿」となり、「戊」を配し換えて「戚」となる。「冒」から「日」を拆き出して「卬」を配して「昂」、「禾」を配して「香」とし、「志」から「士」「心」を拆き出し、「口」を加えて「喜」、「非」を加えて「悲」とし、「宋」は木を去り「女」を加えて「安」、配し換えて「楽」とする。これらはみな先に割って後に湊め、手に随って抉剔する手段である。

添筆測法

凡字不添不減不足以盡變化。邵子曰:「當添亦添,當減亦減。」或問:「保故用添減?」余曰:「此理易明!添乃補不足,減乃損有餘耳。」

およそ一つの字は、それに筆を添えもせず筆を減じもしなければ、その変化を窮め尽くすことができない。邵雍は「添うべきには亦た添え、減ずべきには亦た減ず」と言った。人が問うて言う、「いったいなぜ添減という手を用いるのか」(底本はここ「保」の字、疑わしくは「何」と作るべきか)。私は言う、この道理はとても分かりやすい。添筆は足りないところを補うもので、減筆は余分なところを除くものである。字はその事柄の如くで、事柄に欠けがあれば補うべきであり、過ぎたところがあれば損ずべきであり、字の上の加減はちょうど事の上の盈虚に対応している。

唯(難)、佳(雌、雄、帷)、忝(添、泰)、合(命)、曹(會、槽)、鳥(鸞、鳳、鳴)、目(貧、身、貴、賤)、王(玉、弄、全、旺)、巴(色、絕、疤、邑)、才(財、木、牙)、良(勣、琅、娘)、言(詩、論、信)、孔(乳、吼)。

以下は添筆の例字である。「唯」の左の「口」に筆を添えて「又」と改めて「難」とし、「佳」の左に「此」を添えて「雌」、「厷」を添えて「雄」、「巾」を添えて「帷」とし、「忝」の旁に「氵」を添えて「添」、下に「水」を添えて「泰」とし、「合」の中に一竪を添えて「命」とし、「曹」の上部を減省して「会」、旁に「木」を添えて「槽」とする。「鳥」の上に「䜌」を添えて「鸞」、外に「几」を添えて「鳳」、旁に「口」を添えて「鳴」とし、「目」の上に「分」を添えて「貧」、撇を添えて「身」、上に「中一」を添えて「貴」、旁に「戔」を添えて「賤」とする。「王」に一点を添えて「玉」、下に「廾」を添えて「弄」、上に「人」を添えて「全」、旁に「日」を添えて「旺」とし、「巴」の上に「⺈」を添えて「色」、旁に「糸」を添えて「絶」、外に「疒」を添えて「疤」、筆を添えて「邑」とし、「才」の旁に「貝」を添えて「財」、一撇を添えて「木」、一竪を添えて「牙」とし、「良」の旁に「力」を添えて「勣」、「王」を添えて「琅」、「女」を添えて「娘」とし、「言」の旁に「寺」を添えて「詩」、「侖」を添えて「論」、「亻」旁に移して「信」とし、「孔」の旁に「爫・子」を添えて「乳」、「口」を配し換えて「吼」とする。およそこれらは皆もとの字に一二筆を補ったもので、字義はたちまち新たに変わる。

減筆測法

減筆一法,非事之當而理之正,不可漫然用之也。凡當減時,亦當略減方是。不然,混入摘字法矣。

減筆という法は、尋ねられた事柄がまさに減ずべきもので、道理の上でも確かに立つものでなければ、軽々しく用いてはならない。およそ減ずべきときでも、ほんの一二筆を減じるに留めるのが適切である。減じすぎれば、字をズタズタに拆き散らすことになり、後で説く「摘字法」と混同されてしまう。摘字は字の中のこまかい筆画を意のままに摘み取るものだが、減筆は字の大体を保たなければならず、両者は混ぜてはならない。

寬(莧、見)、難(鞋)、莫(草)、袍(祀)、鶉(鳴)。

以下は減筆の例字である。「寛」の宝蓋頭を減じて「莧」とし、さらに「艹」を減じて「見」のみ残す。「難」の右旁の「隹」を減じ、「圭」を配し換えて「鞋」とする。「莫」の下半を減じ、「艹」と「日」のみ残して「草」とする。「袍」の「衣」旁の二筆を減じ、「礻」と改めて「祀」とする。「鶉」の右の「鳥」旁の筆画を減じて「鳴」とする。減じるのはいずれも一二筆か一つの部件だけで、もとの字の骨組みはなお残っている。これこそが減筆の分際にかなうものである。

対関測法

關者,關門也。開則任人出入,闔惟見門而已。測字之有對關體,亦猶是也。其法,專取頭足首尾。如某字頭、某字尾,則如門之閉;分開雲某字頭,某字腳,一頭一尾闔之,則如門之開。此法最簡捷,其用又最廣,為字中第一要義,學者更宜究心。

「関」とは門の関である。門が開いていれば、人は思いのままに出入りする。門が閉じれば、ただ一枚の門が見えるだけである。測字に「対関」という一体があるが、その道理はまさにこれと同じである。その法は、ひとえに一つの字の頭と脚、首と尾を取るものである。この字は「某字の頭、某字の尾」であると言い、両頭を合わせて一句にすれば、ちょうど門が閉じたように渾然と一体となる。それを分けて「某字の頭」は如何、「某字の脚」は如何と言えば、一頭一尾がそれぞれ義を成して再び合わさり、ちょうど門が開いて往来自如となる。この法は最も簡捷で、用いどころも最も広く、測字における第一等の肝要な義例であり、学ぶ者はとりわけこの上に工夫を積むべきである。

先(牛頭虎足、生頭死足)、善(美頭喜足)、帛(皇頭帝足)、裡(男頭童足)、禹(千頭萬足)、展(眉梢眼角)、伯(伸頭縮腳)、友(有頭沒尾)、推(攔頭截尾)、彥(龍頭彪尾)、吝(頭吉尾、交頭合足)、言(文頭句腳)、找(拖頭曳腳)。

以下は対関の例字である。「先」の上半は「牛」の頭、下半は「虎」の脚である。言い換えれば「生」の頭に「死」の脚を配したものでもあり、同じ一つの字でも、吉を取るか凶を取るかはこの一句をどう下すかに尽きる。「善」の上半は「美」の頭、下半は「喜」の脚。「帛」の上半は「皇」の頭、下半は「帝」の脚。「里」の上半は「男」の頭、下半は「童」の脚。「禹」の上半は「千」の頭、下半は「万」の脚。「展」は「眉」の梢と「眼」の角を取る。「伯」は「伸」の頭に「縮」の脚を配し、一伸一縮、進退の象がすでにその中にある。「友」は「有」の頭であって尾がない。「推」は「攔」の頭に「截」の尾を加え、前は攔えられ後は截られて、寸步も行き難い。「彦」は「龍」の頭に「彪」の尾を配す。「吝」は底本が「頭吉尾」とあるが、これは「吉頭吝尾」の意であろう。また「交」の頭に「合」の脚を配したとも言える。「言」は「文」の頭に「句」の脚を配し、「找」は「拖」の頭に「曳」の脚を配す。判語が一たび出れば吉凶はたちどころに見える。これが対関の妙である。

摘字測法

凡事之機到,雖旁人言語、萬物影響,皆可以借來應用,況字中筆畫乎?故或遇指點刻劃處,不妨摘字中一二些小筆畫以斷之,無不奇中。

およそ事の機縁が一たび到来すれば、傍の者がふと口にした一言も、身の回りの万物の一時の動静・音響も、皆これを借りて占断の根拠とすることができる。まして字の中に具わっている筆画であればなおさらである。だから来たる人が指でどこかを指したり、紙上に一画を劃したりしたら、術者は妨げず字の中から一両か所のこまかい筆画を摘み出して断語を下せばよい。奇中しないことはない。この法は減筆とは違う。減筆は字の大体を保全しなければならないが、摘字はひとえに細かいところを挑み出し、取るのはまさにその時々に触れた一点の「機」である。

哉(土、戈)、殿(共)、調(吉、司)、鞠(米、採、十)、曜(隹、士、紵)、謀(小、口)、廣(共、由)。

以下は摘字の例字である。「哉」の中から「土」と「戈」を摘み出し、「殿」の中から「共」を摘み出し、「調」の中から「吉」と「司」を摘み出し、「鞠」の中から「米」「采」「十」を摘み出し、「曜」の中から「隹」「士」および「紵」の偏旁を摘み出し、「謀」の中から「小」と「口」を摘み出し、「広」の中から「共」と「由」を摘み出す。どこを摘んだかによって、そのところの字義をもって断語を下す。「戈」を摘み出せば争闘を主とし、「吉」を摘み出せば喜慶を主とし、ことごとく術者がその時々に触れた機による。

観梅測字

觀梅之法活潑潑地,惟在人之心鏡光明,隨物洞照而不遺纖毫,庶可得之。前立九法,特為後學程式;此則邵子之心訣也,其《精微奧妙觀梅法》中已詳。茲姑錄曾驗之事數則,以便學者會悟雲。

「観梅」という法は活溌々たるもので、死んだ格套がなく、すべては術者の心の中の一面の鏡が明るく照るかどうかにかかっている。目の前の事物に随って一照して底まで見通し、繊毫も遺さなければ、ようやく門径に入ったと言える。前に立てた九種の法門は、わざわざ後学のために立てた程式で、それに照らして行えば取りつくところがある。この法は邵雍の心訣であって、彼の《精微奥妙観梅法》の中ですでに詳しく説かれ尽くしている。ここでは姑く、かつて応験したことのある事例を数条書き留めて、学ぶ者がその中から体得・領悟するようにしたい。

天(凡事空虛,然利於行動。若問功名,宜於晴朗之日。此舉一端,變化由人)。地(凡事有成,但嫌其遲。家宅田禾利)。人(凡事可成可敗,只在真誠方安)。日(實也。完全而不虧,但利於春冬曉;□若夏與晚,不足取也)。月(缺也。時有圓缺,然事之有根。上弦利,下弦不利也)。

「天」の字を書いて問う場合。天は空闊で物がなく、ゆえに万事おおよそ空しく帰すが、天体は運行して息まないため、かえって動き回ることや出行には利がある。功名を問うなら、晴れた日に図るのがよい。これは一端を挙げて例としたにすぎず、実際の変化はなお術者が機に随って取るところにある。「地」の字を書く場合。地は生養するもので、凡事ことごとく成就できるが、ただ成るのが遅いのが惜しまれる。家宅を問い、田の稲の収穫を問うのが最も有利である。「人」の字を書く場合。人には善悪・反覆があるから、凡事は成りもすれば敗れもし、ただ一片の真誠があってこそ平安が保てる。「日」の字を書く場合。日は実体で、円満して欠けることがないが、ただ春・冬の二季と清晨のときにのみ利がある(底本はここに缺字があって「□」とある)。問うているのが夏か夕暮れなら、取るに足りない。「月」の字を書く場合。月は欠けるもので、時に円く時に欠けるが、月には定期の出没があり、事に根柢があることを示す。上弦の月はだんだん円くなって吉を主り、下弦の月はだんだん欠けて不吉となる。

金(世之寶,人之累。久煉則良)。木(春旺秋衰。亦觀其何字,若松柏桂梅之類,又不在衰旺中論)。水(流通無住,獨不利於冬)。火(日中則晦,耀夜有玏;逢水則衰,得木則旺)。土(萬物之母,事事有基,但遲滯不能速就)。

「金」の字を書く場合。金は世の宝貨でもあり、また人の身の贅でもある。久しく鍛錬を経てはじめて良器と成るから、事が磨に堪えてはじめて結果が出ることを主る。「木」の字を書く場合。木は春に旺え秋に衰えるが、さらに来たる人が具体的にどの木の字を書いたかを見なければならない。松・柏・桂・梅といった耐寒・長青の木なら、四時の衰旺で論じることはできない。「水」の字を書く場合。水は流れ通って止まらず、留まるところがなく、事が通達して固守しないことを主るが、ただ冬は水が凍って行けず、最も不利である。「火」の字を書く場合。日が中天にあってはかえって火光が顕れず、火は夜になってはじめてその功用を照らし出す。火は水に遇えば衰え滅し、木を得ればますます旺える。「土」の字を書く場合。土は万物の母で、事ごとに托すべき根基があるが、ただ土の性は遅滞で、速やかに成就することはできない。

至於一切有物之字,或觀梅,或相字,隨機應變,妙用不窮。若無物之字亦可觀梅,則審其來意與字到時上下左右遠近之影響,借而用之,否則拆字。此至精之訣也。以上略舉大概。引伸觸類,神而明之,存乎其人。

さらに、およそ具体的な事物を指し得る字については、あるいは観梅の法をもって物に就いて象を取り、あるいは相字の法をもって形に就いて義を取り、機に随って変に応じ、その妙な用い方は尽きることがない。仮に来たる人の書いたのが実物を指し得ない虚字であっても、同じように観梅を用いることができる。その場合は、彼が問いに来た本意を審察し、かつこの字が手に届いたその一刻に、四周・上下・左右・遠近で起きた一切の動静・音響を借りて断語とする。実に借りるものがなければ、はじめて退いて拆字に戻る。これが観梅の最も精微な訣である。以上はほんの概略を挙げたにすぎず、あとは触類旁通によるべきで、運用して神に入ることができるかどうかは、各人みずからの悟性を見るほかない。

巻二・心易六法(庖羲之六義を借りて後学に垂示す)

象形測法

以字象物:口、了、又、飛、馬、簫、廉、丨、眉、木、雲、柵。以物象字:乙(似魚鉤)、亞(紗窗)、弓(蛇)、且(神主)、鳧(嗇犯)、金(斷柄傘)、外(旌旗)、幾(鍾)、身(皂隸)。

心易六法は、許慎の六書の名目——象形・会意・仮借・諧声・指事・転注——を借りて、後学に測字を指し示すものである。第一は「象形」で、字形と実物を二つ並べて照らし合わせることである。まず「字をもって物に象る」を言う。「口」は方形の枠のようであり、「了」は鉤のようであり、「又」は手のようであり、「飛」は鳥の翼のようであり、「馬」は馬の身のようであり、「簫」は並んだ竹管のようであり、「廉」は屋檐の一角のようであり、「丨」は一本の直杆のようであり、「眉」は眉毛のようであり、「木」は木のようであり、「云」は浮雲のようであり、「柵」は柵のようである。逆に「物をもって字に象る」というのがある。魚鉤を見れば「乙」の字を思い、紗窓を見れば「亜」の字を思い、蛇を見れば「弓」の字を思い、神主の牌位を見れば「且」の字を思い、頭を縮め脚を縮めたような物を見れば「鳧」の字を思い、柄の折れた傘を見れば「金」の字を思い、旌旗を見れば「外」の字を思い、鐘を見れば「几」の字を思い、皂衣を着た役人を見れば「身」の字を思う。象を取り得れば、事の吉凶もまたこの象に従う。

以字象字:芒(破□)、祀(破袍)、貴(破櫃)、虛(戲可)、殳(收疫)、工(進貢)、牙(穿心)、白(宿尾)。以意象字:辛(似幸)、未(似來)、了(似了)、兔(似免)、夫(似失)、桃(似挑)、歡(似坎)、因(似良)、黽(似龜)、兩(似雨)。

次に「字をもって字に象る」を言う。これは一つの字を別の字の残形に比することである。「芒」は某字の一角が破れたようである(底本はここに一字を欠き「□」とある)。「祀」は「袍」の字が衣旁を破ったようであり、「貴」は「柜」の字が木旁を破ったようであり、「虚」は「戯」と「可」に拆き得られ、「殳」は「疫」の字が病頭を収め去ったようであり、「工」は「貢」の字が一歩進んだようであり、「牙」は「穿」の字の心であり、「白」は「宿」の字の尾である。最後に「意をもって字に象る」は、ただ意思が近く字形が似たものを取る。「辛」は「幸」に近く、一筆の差で辛苦と僥倖とに分かれる。「未」は「来」に近く、未だ至らざると将来とが一横を隔てるのみである。「了」は「子」に近い(底本は「似了」と作るが、「似子」の誤りであろう)。「兎」は「免」に近く、ただ一点多い。「夫」は「失」に近く、「桃」は「挑」に近く、「歓」は「坎」に近く、歓喜のうちに坎陥が蔵されている。「因」は「困」に近い(底本は「似良」と作るが、疑わしくは訛りあらん)。「黽」は「亀」に近く、「両」は「雨」に近い。測字のときこの一点の形似・意近を捉えれば、判語に落ち着きが出る。

会意測法

煙(因風吹火之象,事必借力方成)、淋(楚漢爭鋒之象,主有口角是非)、霏(長虹截雨之象,事多阻隔不成)、蜃(飛龍破蟄之象,凡事主有權柄)、薊(蘇秦背劍之象,功名以待晚成)、居(跋胡幹尾之象,進退不得自如)、逢(劈破蓮蓬之象,子必見傷)。

会意とは、字の中の幾つかの部件の意味を合わせて一つの完全な画面を読み出し、さらにこの画面によって事を断ずることである。「煙」は火と因から成り、「風に因りて火を吹く」の象である。火は風力を借りてはじめて旺えるから、問う事は必ず外力を借りてはじめて成る。「淋」は水旁に林を加え、二つの木が水を挟む形で、楚・漢が河を隔てて対峙し、争鋒して相持するが如く、口舌・是非があることを主る。「霏」は雨の下に非を加え、あたかも一筋の長虹が雨を腰のあたりで截り断つが如く、事に阻隔が多くて成し遂げられないことを主る。「蜃」は辰の下に虫を加え、蛟竜が土を破って出で、驚蟄が乍ら動く象で、凡事には権柄を掌どる能くを主る。「薊」は艹の下に魚と刂を加え、蘇秦が剣を背負って列国を遊説するが如く、功名は晩年になってはじめて成ることを主る。「居」は尸の下に古を加え、《詩経》の言う老狼が進めば己の頸肉を踏み、退けば己の尾に絆かるが如く、進退ともに自如を得ないことを主る。「逢」は辶旁に夆を加え、蓮蓬が割り破られて蓮子が散り落ちるが如く、子女に傷損があることを主る。

字(樂子之無家,乃政繁賦重,不堪其苦之詩)、裕(補天浴日之象,必得大人維持)、鏗(緌之彌堅,竭力乃成)、蠙(鹿鳴食萍,情適聲和)、薏(著意栽花,事反不順)、子(蜉蝣之羽,無遠慮者有近憂)、徠(小往事大來,諸事亨通)。

「字」は宀の下に子を加え、ちょうど《詩経・小雅・黄鳥》の一路の意に合う——「子が家なきを楽しめ」とは、政令が煩苛で賦税が重く、百姓がその苦しみに堪えないことを言う。だからこの字を書いて事を問う者は、おおよそ負担の重すぎることに苦しむ。「裕」は衣旁に谷を加え、女媧が石を錬って天を補い、羲和が日を浴する気象があり、必ず有力な大人物が出て維持してこそ成ることを主る。「鏗」は金旁に堅を加え、「磨くほどにいよいよ堅し」の義を取り、全力を尽くしてはじめて成し遂げられる。「蠙」は虫旁に賓を加え、《詩経・小雅・鹿鳴》の群鹿が呦呦と鳴いて野の萍を食うが如く、賓主相得て情意投合し、声気が和らぐことを主る。「薏」は艹の下に意を加え、「意を着けて花を栽うれど花発かず」の象で、刻意に経営するほど事はかえって順わない。「子」を一字だけ書くのは、《詩経・曹風》に詠まれた蜉蝣の羽の如く、朝に生まれ暮に死すもので、人に遠慮なければ必ず近憂あることを主る。「徠」は彳旁に来を加え、まさに《周易・泰卦》の「小往大来」の象で、諸事は亨通する。

爐(百病叢生,驟然更變。何謂百病?火也,虛也,胃氣不足也,血少也,打虐疾也,出盜汗也,勞傷也,思慮太過也。)

「炉」は火旁に盧を加え、火が炉の中にあって虚熱が内に煎じ、百病が叢生し病勢が驟然と翻変することを主る。「百病」とは何か。条を追って言えば、一に火気の上炎、二に本元の空虚、三に胃気の不足、四に血分の亏少、五に打摆子の瘧疾、六に夜の盗汗、七に労倦の内傷、八に思慮の過度による傷神である。およそ「炉」の字を書って病を問う者は、この八項に照らして証を審らかに断を下せば、おおよそ違わない。この一条はまた、会意の法が吉凶を断ずるだけでなく、病症の門類まで断じ得ることを見せている。

仮借測法

旦(借為春)、千(借為夏)、甲(借為秋)、夕(借為冬)。此四時借用於一日也。立(逢人借為位,遇水借為泣,有女必為妾,得男可成童)。子(旁有女人,則事必好;若在門邊,王有字來)。此二字皆借人事為用也。

仮借とは、目の前のこの字を別の字に借りて用いることである。まず時令を借ることを言う。「旦」は日が初めて出るところで、春に借る。「千」は字形が「午」に近く、日が正の中にあるとして夏に借る。「甲」は万物が甲を披き実を結ぶ時で、秋に借る。「夕」は日の落ちるところで、冬に借る。これは一日の早・午・暮・夜を借りて四季に配するものである。次に人事を借ることを言う。「立」の字の傍に人が来れば「位」に借り、官位を得ることを主る。水に遇えば「泣」に借り、哭泣を主る。女子が相配すれば「妾」と成り、男子が相配を得れば「童」と成る。「子」の字の傍に女人があれば「好」の字を合成し、事は必ず順遂する。もし「子」が門辺に落ちれば「閑」の類の字形を成し、王という姓の人が字帖を携えて来ることとなる。この二字はいずれも人事を借りて用を取るものである。

口(見鳥過也,有欲鳴之象;見木過,主中)。心(聞音樂定然得意,在水邊沁徹完全)。化(見花為妙,遇草好觀,聽旁人言必褵)。此三字皆借事物為用也。餘仿此例推。

次に事物を借ることを言う。「口」の字を書くとき、ちょうど鳥が飛び過ぎれば、口と鳥とが合わさって「鳴」となり、まさに声を発し名を揚げる象となる。もし人が木を担いで過ぎれば、口と木とが合わさって「呆」、中と合わさって「中」となり、試験に及第することを主る。「心」の字を書くとき、もし音楽の声を聞けば、心と音とが合わさって「意」となり、必ず心に称い意に得る。もしちょうど水辺にいれば、心と水とが合わさって「沁」となり、事が通徹して円満することを主る。「化」の字を書くとき、花を見れば、化と花とが相就いて「花」となり、妙な象である。青草に遇えば、草に化を加えて「花」となり、見るべき美しさがある。もし傍の人が話すのを聞けば、言に化を加えて「訛」と「褵」に近く、嫁娶または口舌の事があることを主る。この三つの字はいずれも、その時々に見聞した事物を借りて用を取るものである。あとはこの例に照らして類推できる。

諧声測法

倒到、秤稱、叉差、加家、非飛、桃逃、梨離。秤心(即稱心)、齊(內中差了,即差在內也)、耗(來日到了,倒到同音)、鶯(如問晴雨,但鶯陰音同,主天必陰難問晴矣)。

諧声とは、字音の同じか近いものを取り、この字を彼の字として読んで事を断ずることである。「倒」は「到」に諧り、「秤」は「称」に、「叉」は「差」に、「加」は「家」に、「非」は「飛」に、「桃」は「逃」に、「梨」は「離」に諧る。だから「秤心」の二字を書けば「称心」と読み、事事意の如くなることを主る。「斉」の字を書けば、斉の中に「差」があり、すなわち「内中差した」で、差錯が内に出るということである。「耗」の字を書けば、耗は耒と毛から成り、「来日倒れた」と拆き出すことができ、しかも「倒」と「到」は同音だから、事がまさに至ると断ずる。また「鶯」の字を書って天が晴れるか雨が降るかを問うなら、「鶯」は「陰」と音が近いから、天は必ず陰に転ずると断じ、晴れを問うのは難しい。諧声は耳の中の音を取るもので、目の中の形ではない。巧みに用いれば最も神速である。

指事測法

凡事之來,即因其事□□,此則散格、雙句格之法也。其法必審其情性,察其動靜,兼明其蹤跡方妙,所謂「觀梅之深者也」。內分十法:曰觀人,曰察色,曰辨言,曰辨事,曰察墨,曰辨紙,曰觀時,曰相機,曰正論勿好奇,曰言語不可雜。具此十法,則一事即指一事之理而斷之,判字易如反掌矣。

指事とは、来たる人の問うその事に就いて直ちにその理を指すことである(底本はここに二字を欠き「□□」とある)。すなわち後の巻五の「散格」、巻四の「双句格」が用いる路数である。この一法を用いるには、必ず来たる人の性情を審らかにし、その挙止・動静を観察し、さらに彼の此に至った来龍去脈を究めてはじめて到家と言え、これがいわゆる「観梅の法を深く用いる人」である。その中にまた十条を分かつ。一は「観人」、来たる人の身分・気度を見る。二は「察色」、その顔色・神情を見る。三は「辨言」、その話の中の意を弁ずる。四は「辨事」、その問うところが果たしてどの類の事に属するかを弁ずる。五は「察墨」、落墨」、落筆の濃淡・枯潤を見る。六は「辨紙」、用いる紙張の新旧・精粗を見る。七は「観時」、字を書いた時辰・節候を見る。八は「相機」、その時々に何の触動があるかを見る。九は「正論、好奇を為す勿れ」、断語は平正にすべく、一味に新奇を求めてはならない。十は「言語雑なるべからず」、口から出る言葉は専一にすべく、あれこれ引き回してはならない。この十条がすべて備われば、一事は直ちに一事の道理を指して断じ、字を判ずることは反掌の如く易しい。

転注測法

一字有二義、三義四義,如為(平)、為(去),行(蘅)、行(杭)、行(沆)、行(慎),王(平)、王(旺),長(場)、長(障)、長(掌)、長(仗),夫(平)、夫(扶)類。不可不隨機應變而用之也。

転注とは、一つの字に二種、三種、さらには四種の読み方と意義があり、読み方が一変すれば断語もそれに従って変わることである。たとえば「為」には平声(作為・行為)と去声(~のために、~に替わって)の二つの読みがある。「行」には「蘅」のごとく読むもの(行列の行)、「杭」のごとく読むもの(行走の行)、「沆」のごとく読むもの、「慎」のごとく読むものなど数種がある。「王」には平声(王者)と去声「旺」の二読がある。「長」には「場」のごとく読むもの(長短の長)、「障」のごとく読むもの、「掌」のごとく読むもの、「仗」のごとく読むものなど数種がある。「夫」には平声(丈夫)と「扶」のごとく読むもの(発語詞)の別がある。およそこれらは皆死んだ見方をしてはならず、必ず機に随い変に応じて取用しなければならない。

如臨字問病,斷不吉,則曰臨喪,臨乃去聲也。王字問求財,斷曰旺相,王乃去聲讀之。以此應人,誰曰不然。餘有詩曰:一字千金信有之,奇中有正正中奇,五行八卦供吾後,此段天機不易知。

例を挙げて言う。ある人が「臨」の字を書いて病を問い、断語を不吉に言うべきときは、「臨」を去声に読んで「臨喪」の講とすれば、一言にして病人の凶信が出る。ある人が「王」の字を書いて財を求めることを問い、断語を利を得ると言うべきときは、「王」を去声に読んで「旺相」の講とすれば、財気は自ずから旺盛になる。この法をもって来たる人に応対すれば、誰が正しくないと言えようか。私はこのために一首の詩を作った。「一字千金、信に之有り。奇中に正有り、正中に奇有り。五行八卦は吾が後に供え、此段の天機は知り易からず。」意味するところは、一つの字は確かに千金に値する。断語は奇を出すようでいてその中に正理があり、平正のようでいてその中にまた奇変が蔵れている。五行の生克・八卦の爻象はすべて我に駆使され、我の調遣を聴く。この一段の天機は、軽々しく参透できるものではない。

巻三・測字取格大法

凡一字之來,用一語判之,謂之取格,如文章人品之有定論也。法先詳其五行生剋,次觀其六神動靜。假若五行相生、六爻安靜,則取吉格斷之,否則以凶格斷之。其斷語皆當出經入史,搜神剔髓,字字珠璣,筆筆風雅,方妙此不傳之秘也。今將既驗之語分類錄後,學者毋忘予苦心焉。

およそ一つの字が手に届いたら、一つの言葉でそれに定評を下す。これを「取格」と言い、あたかも一篇の文章を評し、一人の人品を論ずるが如く、一言で高下を定めてしまう。取格の次第は、まずこの字の属する五行に生克があるかどうかを詳しく審らかにし、次に「六神」——青龍・朱雀・勾陳・螣蛇・白虎・玄武——が動いているか静かかを見る。もし五行が相生し六爻が安靜なら、吉格を取って断じ、反すれば凶格を用いて断ずる。下す断語はいずれも経伝・史籍から出るべきで、典故の神髄を捜剔して、字ごとに珠玉の如く、筆ごとに風雅が見えるようにする。これこそがこの門外不出の絶技の妙である。ここに従来すでに応験したことのある判語を門を分かち類を別けて後に録す。学ぶ者が読むとき、私のこの一番の苦心を裏切らぬよう願う。以下は偏旁部首によって編次し、各字の下に繋げたものがその成格の判語である。

水旁取格

氵:洩(御溝紅葉漂流一民)、沛(酒闌席散)、漢(臨河興嘆、望洋而嘆)、淬(醉後如泥)、灌(將酒勸人)、沃(波浪掀天)、濯(魚躍於淵)、漚(馳驅跋涉)、漸(源流斬截)、淦(破釜沉舟)、汪(冰清玉潔)、涯(平沙落雁、水邊孤雁)、澹(秋簷滴雨)、沆(龍歸滄海)、渢(長風破浪、風流浪蕩)、津(法律兼備,書筆生涯)。

以下は水旁の字の成格判語である。「泄」、紅葉に詩を題して御溝に随って漂い出ず——遠方の消息あるいは縁が自ずから来ることを主る。「沛」、酒闌り席散ず——聚合がまさに終わらんとすることを主る。「漢」、河に臨んで嘆を興し、洋を望んで嘆ず、水を隔てて渡り難く、望むべくして及ぶべからず。「淬」、酔後泥の如し——沉溺して度を失うことを主る。「灌」、酒を把りて人に勧む——人の慫恿・攅掇を受けることを主る。「沃」、波浪天を掀す——風波が驟り起ることを主る。「濯」、魚、淵に躍る——困を脱し顕達することを主る。「漚」、馳駆跋涉——奔走して労碌することを主る。「漸」、源流が斬り断たれる——来路が中絶することを主る。「淦」、釜を破り舟を沈む——孤注を擲つことを主る。「汪」、氷清玉潔——操守に瑕なきことを主る。「涯」、平沙に雁落ち、水辺の孤雁——形影単只たることを主る。「澹」、秋檐に雨滴く——凄清零落たることを主る。「沆」、竜、滄海に帰る——各その所を得ることを主る。「渢」、長風に乗じ浪を破ると風流に浪蕩するの二義並存し、功名を問えば風に乗じて意を得るを取り、品行を問えば放浪して檢なしを取る。「津」、法律兼備し書筆の生涯——刀筆・文墨を以て業とすることを主る。

渱(渴虹飲澗)、泉(無絲引線,身恐不永)、溶(芙蓉出水)、江(功名源遠、財源半空)、淙(服水朝宗)、湯(東漂西蕩)、濃(穠華消減)、池(普施得濟,平地興波)、漏(雲泥之隔)、漁(如魚得水)、洙(泣淚成珠,朱衣點頭)、淮(漸入佳境)、淳(溫柔敦厚)、溽(青龍得水)、潘(筆海瀾翻)、潛(浸潤之譖)、渥(海屋添籌)、清(精衛填海)、沿(江日尋船)。

「渱」、長虹が澗に垂れて水を飲む——勢を借りて取給することを主る。「泉」、白の字の下に水——引くべき糸なし、身躰長からざるを恐る。「溶」、芙蓉水より出ず——清麗に顕露することを主る。「江」、工旁に水を帯び——功名は源流長遠にして財源は半ば落空の処。「淙」、衆水朝宗して海に帰す——帰順し服従することを主る。「湯」、東に漂い西に蕩く——居るに定所なきことを主る。「濃」、繁花凋減す——盛んなる極み衰に転ずることを主る。「池」、普く甘霖を施して人その済を受く、また平地に風波を起すを主る。「漏」、雲と泥と相隔つ——上下懸絶し高攀し難きを主る。「漁」、魚の水を得たるが如し——心に称い意に適うを主る。「洙」、泣泪珠と成す、また「朱衣点頭」を取る——科考に中ることを主る。「淮」、漸く佳境に入る——漸く好転することを主る。「淳」、温柔敦厚——性情醇厚なることを主る。「溽」、青龍水を得——貴人勢を得ることを主る。「潘」、筆海の波瀾翻湧す——文思浩瀚たるを主る。「潜」、暗水浸潤す——讒言漸く進むを主る。「渥」、海屋に籌を添ふ——延年し寿を増すを主る。「清」、精衛石を銜えて海を填む——志堅けれど功成り難きを主る。「沿」、江に沿いて終日船を尋ぬ——到る処人に接引を求むるを主る。

汀(流水不停,口如懸河)、浙(逝不以濯)、遊(旌旗映水)、浮(江湖遊子)、淋(楚漢爭鋒)、汶(渭水遇文)、鴻(烏江不渡)、潼(河鯉登龍)、淄(涅而不緇)、瀘(三顧茅廬)、湖(鴻臚可居)、沐(一木浮沉)、沈(淚沾繡枕)、深(曲江探花)、沕(夕陽沉汶)、(其顙有氵此恐有顛沛)、浴(冶容誨淫)、浭(投鞭斷流)。

「汀」、流水停まらず、口は懸河の若し——言辞滔滔たるを主る。「浙」、逝水再び濯い難し——一去して回らざるを主る。「游」、旌旗水に映ず——行旅途上に在るを主る。「浮」、江湖の游子——漂泊して依る無きを主る。「淋」、楚漢水を隔てて争鋒す——口角の相争うを主る。「汶」、渭水の濱に文王に遇う——貴人に遇合するを主る。「鴻」、烏江渡らず——英雄末路を主る。「潼」、黄河の鯉魚竜門を跳ぶ——一挙に名を成すを主る。「淄」、染まりて黒からず——身を守りて汚れざるを主る。「瀘」、茅廬に三顧す——再三の延請にして方に成るを主る。「湖」、鴻臚の職居るべし——清要の官を得るを主る。「沐」、一木水に浮沉す——升沈未だ定まらざるを主る。「沈」、泪、繍枕を湿す——閨中の悲泣を主る。「深」、曲江の探花——科第に名有るを主る。「沕」、夕陽水に沈む——晩景黯淡たるを主る。底本はここに測る字を脱し、ただ判語「其の顙に氵此有り、恐らくは顛沛有らん」のみ存す。額の上に水を帯ぶるは、顛沛流離の憂あるを謂う。「浴」、冶容は淫を誨す——淫禍を招惹するを主る。「浭」、鞭を投じて流を断つ——兵勢浩大にして一挙克つべきを主る。

沽(枯魚近河)、治(按法可告,望重三臺)、泖(狡兔三窟)、澤(流落釋門)、湛(斟酌浮沉)、濟(齊戒沐浴)、洞(銅壺漏滴)、流(洪荒之象)、沂(淫水芹香,一車漸來)、汛(遠浦歸帆)、沁(甘心淡泊)、汁(海底撈針)、海(望梅止渴)、湧(不能流通)、測(如流財利)、活(舌上波瀾)、漠(聞雷泣墓)、濫(水溢籃橋)、激(褷褷易汙)、洮(湠浪桃花)、溼(沉淪不顯)。

「沽」、枯魚水に近けれど活せず——枉げて便を有つを主る。「治」、法を依りて呈告すべし、また声望三台の位に重きを主る。「泖」、狡兎三窟——退路を預め留むるを主る。「沢」、仏門に流落す——出家あるいは寺院に身を托するを主る。「湛」、浮沈の間、細かに斟酌すべし。「済」、斎戒沐浴——誠敬に福を求むるを主る。「洞」、銅壺滴漏——更漏遅々として事は時を待つべきを主る。「流」、一片の洪荒涯なし——茫然として帰着なきを主る。「沂」、泮水の芹香、また一車漸く来るを主る——泮に入り芹を采り、登第の期有りの義を取る。「汛」、遠浦の帰帆——行人まさに至らんとするを主る。「沁」、心に甘んじて淡泊——貧に安んじ求めなきを主る。「汁」、海底針を撈む——渺として着落なきを主る。「海」、梅を望みて渇を止む——餅を画きて飢に充つるを主る。「涌」、水壅れて流通せず——事の阻塞するを主る。「測」、財利水の如く来る——進財順遂を主る。「活」、舌上に波瀾を生ず——口舌是非を主る。「漠」、雷を聞きて墓前に泣く——孝思哀痛を主る。「濫」、水溢れて籃橋を過ぐ——泛濫失守を主る。「激」、水花衣を濺ぎ、洁白汚れ易し——清名損なわれ易きを主る。「洮」、浪桃花を逐う——春風意を得て風流を帯ぶを主る。「湿」、水底に沈淪す——埋没して顕れざるを主る。

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