卷三・山に登りて羅經を用ゐず
或問:巒頭理氣千古聚訟,以子作《天機貫旨》專言理氣。考之經云:何處山頭無子午,登山不用開羅經。然則前賢之說非歟。答曰:惟得訣之人實有是事,非時師所得藉口也。凡生成之龍必有生成之穴,放棺之所果能認定來脈,則挨左挨右原不可差毫釐;其龍虎朝應非此不登對,其砂水明堂非此必有走竄,然後用羅經格之,理氣自合,所謂不用羅經者一也。入山尋水口,而格地之方位坐向皆可逆料,登龍格之巒頭自合,所謂登山不用羅經者二也。
人問ふ。巒頭と理氣とは千古爭論して休まず、而も汝は《天機貫旨》を作して專ら理氣を講ず。可是れ經書の上に曰く「何處の山頭に子午無からん、山に登りて羅經を開くを用ゐず」と。則ち前賢の話は豈に錯へるならんや。回答に曰く、只真正に訣を得たるの人乃ち確實に此の囘の事有りて、當今の地師の拿りて來りて擋箭牌と當る可きにあらず。凡そ天生自然に結成したるの龍は必定天生自然の穴有り。棺を放つ地方は若し真に來脈を認准すること能くば則ち左に挨り右に挨るは原本半分の差を容れず。龍虎と朝案とは此の如く擺らざれば配上するを得ず。砂水と明堂とは此の如く收めざれば必有りて走漏せん。用ゐる羅盤を以て去りて格量するに到れば理氣は自然に相合す——此れは「羅盤を用ゐず」の第一層の意思なり。山に進み入りて先ず水口を找せば全地の方位坐向は皆可なり豫め料定す。再び龍身に登上りて格量すれば巒頭は自然に相合す——此れは「山に登りて羅盤を用ゐず」の第二層の意思なり。
朱子云:天以陰陽之行化生萬物,氣以成形而理以賦焉。理者一定之理,氣者一定之氣,形則無一定之形。然形雖千變萬化,而終不能出此一方之外,則亦未嘗無一定之理。一定之氣合於一定之理、一定之氣則為生氣,不合於一定之氣、一定之理則為死氣。得訣之人羅經爛熟於胸中,是以真龍正穴有不用開羅經之時,正所謂巒頭之外別無理氣。餘仰止不知羅經,乃藉此言以闢理氣,謬矣。
朱熹の曰く、上天は陰陽五行を以て萬物を化生し氣は凝聚して形を成せば理も亦便ち其の中に賦與す。理は一定不移の理にして氣は一定不移の氣にして形は卻て一定の形無し。然るに形は雖も千變萬化するも終究此の一方の外を跳出すべからず、故に其の中も亦未だ嘗て一定の理無きにあらず。一定の氣は一定の理に合せば那れは便ち生氣なり。一定の氣と一定の理とに合せざれば那れは便ち死氣なり。訣を得たる人は早く羅盤を胸中に爛熟せり、故に真龍正穴に碰上る時乃ち羅盤を開くを必とせざるの時候有り、此れ正に所謂「巒頭の外に別に理氣無し」なり。余仰止は本來羅盤を懂らざるに卻て此の句の話を借りて來りて理氣を排斥す、則ち大に錯へりぬ。
卷三・望氣論
望氣者,望山川所升之氣以辨其龍之結作也。太祖之上,於夏秋之交、雨霧之後、丑寅之時必有升之氣,宜於此時望之。氣之發從山顛直起沖上,下小上大如傘,此為真氣;若橫于山腰者,乃云露之氣,非真氣之發也。氣清奇者貴,肥濁者富,端正者出文,偏斜者出武。要赤為上,青白黑次之,其詳《天機素書》。
所謂望氣は即ち山川の升起する所の氣を望みて以て此の條の龍は真有りて結作するか否かを辨別す。太祖山の上に於て夏秋の交替の際・雨霧の初收の後・丑寅の兩個の時辰に逢ふ毎に必定氣の上升する有り、應に此の時候に趁りて去りて望むべし。氣は發出し來れば山頂より直に冲りて上りて下小上大にして一把の傘の如きは此れ是真氣なり。若し只是れ山腰に橫はるなれば那れは雲霧露水の氣にして真氣の發出にあらず。氣の淸奇なるは貴を主とし肥濁なるは富を主とし端正なるは文人を出し偏斜なるは武將を出す。顏色は赤色を以て上と為し青・白・黑は之に次ぐ。詳細の説法は《天機素書》に見る。
卷三・水を認りて向を立つの論
或問:《玉尺經·審向篇》耑言卦氣,而審向之重惟在認水立向,穴與向豈有方歟。秀水則曰當趨,休囚則曰當避則避,豈六秀亦有不當趨、休囚亦有不當避者歟。答曰:五行各有所屬,生旺休囚不同,若從拘卦氣,則所謂生者非真生,旺者非真旺,休囚非真休囚,不過如時師所傳六秀黃泉之類耳。《審向篇》云:其訣則全在認水立向。如卯龍坤水朝立木向,則化官為鬼;午龍乾水朝立水向,則化煞生權,此認來水之訣。又如水出巽口,向丁未為沖生,改未丁則巽在絕地;水流坤口,向申庚為破旺,改坤申則坤在衰方,此認去水立訣也。
人問ふ。《玉尺經・審向篇》は專ら卦氣を講じて而も向を審するの關鍵は只「水を認りて向を立つ」に在り、穴と向とは豈に別に一定の方位有らんや。秀美の水に就れば便ち趨くべしと説き、休囚の水に就れば便ち避くべしと説く、豈に六秀の中にも亦趨ぐべからざる有りて休囚の中にも亦避くべからざる有らんや。回答に曰く、五行は各々其の屬する所有りて生旺休囚は各々相同ならず。若し卦氣に拘泥せば則ち所謂生は真の生にあらず所謂旺は真の旺にあらず所謂休囚も亦非ざる真の休囚なり、不過是れ今日の地師の傳ふるの六秀・黄泉の那一套の如くのみ。《審向篇》に曰く、此の套の口訣は全く水を認りて向を立つに在り。譬へば卯龍にして坤方より水來りて堂に朝せば若し木向を立てば便ち官星を變じて鬼星と成し、午龍にして乾方より水來りて堂に朝せば若し水向を立てば便ち煞氣を化して權柄と成す——此れは來水を認るの口訣なり。又譬へば水は巽方より口を出でば丁未向を立てば便ち生を冲すと成りて未丁向に改立せば則ち巽方は正に絕地に落つ。水は坤方より口を出でば申庚向を立てば便ち旺を破ると成りて坤申向に改立せば則ち坤方は正に衰方に落つ——此れは去水を認りて向を立つの口訣なり。
龍與水如夫與婦,有是夫有是婦,有是龍水必有是向,故當以龍為主。惟六十龍秘而不傳,先以教人以認水立向。已不能認龍,又不能認水,而徒求之六秀三合。六秀者多不合生旺,合生旺者反為八煞黃泉,此六秀所以有不宜趨,休囚所以有不宜避也。
龍と水との關係は譬へば夫と婦との如し。此の如きの丈夫有りて乃ち此の如きの妻子有り、此の如きの龍と水と有れば便ち必定此の如きの向有り、故に應に龍を以て主と為すべし。只因るに六十龍の法門は秘して傳へざれば前人は乃ち先ず人を敎へて水を認りて向を立つより手を入れしめたり。如今の人は既不能く龍を認る能はず又水を認る能はず、只一味に六秀・三合の上に到りて求む。六秀方は多半は並びに生旺に合せずして而も真正に生旺に合する方位は反って八煞黄泉と指せらる——此れ即ち六秀の中に趨ぐべからざる有り休囚の中に避くべからざる有るの緣故なり。
《天機賦》云:生與旺而同歸,人共財而咸吉;更從六秀方來,定擬滿門朱紫。明生旺為主而六秀次之。又云:六秀如逢曜氣,定出強梁之輩。此則病死墓絕之方終為不吉。後之學者從穿山透地坐穴認取五行為主,則信手拈來,頭頭是道,即先賢之認水立向且落第二義,而六秀黃泉之非又不待言矣。
《天機賦》に曰く「生と旺とと同歸すれば人は財と共に咸く吉なり。更に六秀方より來れば定めて滿門の朱紫と擬す」と。此れ分明に生旺を以て主と為して六秀を以て次と為す。其れ又曰く「六秀は如し曜氣に逢はば定めて强梁の輩を出さん」と。見るべし病・死・墓・絕の方に落つるの水は終究吉ならず。後來の學者は只要く穿山・透地・坐穴の上より五行を認取して主と為せば便ち信手に拈來して頭頭是道なり。就中先賢の講ずる所の水を認りて向を立つすらも退居して第二義と為りて至りて六秀・黄泉の説の錯誤は那れ更に多説するを須とせず。
卷三・水を嘗むるの辨
水味可以知地脈之美惡,故有嘗水之法。平陽平崗不出澗水,須嘗其井水;高山則嘗其溪澗,須於多晴後嘗之。老山之中難以登臨,須逐澗嘗其水,其水香甜則此上有好穴,若水淡無味,其中不結穴也。凡水以香為貴,甜為富厚人丁;若甜而帶辣則出武貴,若味帶酸苦皆為不吉之所也。又水喜清忌濁,冬宜溫、夏宜冷為妙,論詳於後。昔吳公嘗朱子祖地有翰墨香,為朱氏扦此地,斷曰:當出一賢人,聰明如孔子。
水の味道は地脈の好壞を判斷する可し、故に水を嘗むるの此の一法有り。平原平岡の地は山澗水を流出し得ざれば便要く彼處の井水を嘗むべし。高山は則ち溪澗の水を嘗み而且連日晴天の後に於て去りて嘗むを要す。深山老林は登臨し難ければ便ち一條一條の山澗に沿りて逐一に水を嘗む。水味の香甜なれば上面に好穴有るを説明す。若水は淡にして味無ければ彼處は穴を結せず。大凡水は香を以て貴と為し甜ければ則ち富厚にして人丁旺を主とす。若し甜の中に辣を帶ぶれば主として武貴を出さん。若し味道は酸を發し苦を發すれば皆是れ不吉の地なり。此の外水は淸を以て喜びと為し濁を以て忌みと為し、冬は摸すれば溫にして夏は摸すれば冷たきは最も妙なり、詳細の議論は後文に見る。從前吳公は朱熹の祖墳の地の水を嘗めて一股の翰墨淸香有るを覺えて便ち朱家の為に此の塊の地を扦して斷言して曰く、此地は應に一位の賢人を出し聰明は孔子に比すべしと。
卷三・福を求むるは即ち大孝なり
或問:葬者藏也,期安其祖父,故程子五患皆為祖父起見,今必富貴之利祿誘其子孫,是安親之念不勝其求福之念也,忘親僥倖皆從此起,古之孝子慈孫果有是歟。答曰:不孝有三,無後為大,是子孫之有無關係祖父也。推之而事君不忠、範官不敬、戰陣無勇皆為不孝,使吾之子孫暫然繁衍,而上能致君、下可澤民,獨非孝乎。
人問ふ。葬は即ち藏にして目的は祖先をして安穩せしむるに在り、故に程頤の講ずる「五患」は皆是れ祖先の為に着想す。如今は卻て富貴利祿を拿りて去りて人家の子孫を引誘す、此れは親を安んずるの念頭は福を求むるの念頭に壓過せず、先人を忘掉し僥倖を心存するは皆此處より開始す。古代の孝子慈孫は豈に此の如くせんや。回答に曰く、不孝に三種有りて後代無きは最大にして見るべし子孫の有無は正に祖先に關係するを。此より推開して去れば君主に事ふるに忠ならず・官に居りて敬ならず・陣に臨みて勇ならずも亦皆不孝と算す。假如我の子孫は暫時繁衍を得以て而且上は能く君主を輔佐し下は能く百姓に福を造らば豈に此れ便ち孝にあらざらんや。
今葬法不審而破旺沖生,禍不旋踵,貽祖父之辱莫大於此。五患之說,程子猶洩之耳。古人所重固在積德於冥冥之中,然積德之外又能安其祖父以安其子孫,尤為大孝。若謂妄想僥倖皆從此起,然則學也祿在其中,是教人千祿也;以德行仁者王,是教人圖王也。充類至義之盡,無一可為,又不止風水而已也。
如今の葬法は審察を加へずして弄成して旺を破り生を冲せば禍事は眼を轉ずれば便ち到りて祖先に招來する羞辱は此れより大なる無し。程子の五患を講ずるは還た只話を說き了るや大概のみなり。古人の重んずる所は固然に冥冥の中に於て德を積むに在るも、但し德を積むの外に還た能く祖先を安頓して從りて子孫を安頓せば則ち更に是れ大孝なり。若し妄想僥倖は皆福を求むるより起ると説かば則ち孔子の説く「學べば祿は其の中に在り」は豈に人を敎へて祿を求めしむるにあらざるや。孟子の説く「德を以て仁を行へば王たり」は豈に人を敎へて王を圖らしむるにあらざるや。此の種の推論を極處に推せば則ち甚麼の事も皆做る能はざるに成りて又何ぞ止まらん風水の一項のみにあらずや。
卷三・秘訣辨
有種地師並不開口講論巒頭理氣,有人詢之則曰:我有秘訣在。夫曰秘訣,是不可輕與人言之物也;不可輕言,則人問可不必對,又另一家之妙也。又另一家則古書不必通,只此二字可以省酧酢、廢誦讀,而又勝於讀盡諸書而始堪應答者,又可靜坐養神以謀利,抑何妙也。
一種の地師有りて從來口を開きて巒頭理氣を講ぜず、人家は一たび問へば彼は便ち曰く「我は別に秘訣有り」と。既然に秘訣と叫べば那れは便ち隨便に人に告げる能はざるの東西なり。既然に隨便に説く能はざれば則ち人家の問起すも亦答へずして可なり、此れ又另一家の妙處なり。再び一家更に妙なり有り。連れ古書すらも皆讀通を必とせず、只「秘訣」の此の兩個の字を憑れば便ち應酬を省去し誦讀を免去することを得、而且彼の群書を讀遍して乃ち應答し來ることを得るの人に比して還た高明にして還た靜坐して神を養ひ坐して利を謀る可し——此れ應に多く妙なるや。
然天下之道除妖術之外,無一事有秘訣者。作聖作賢、成仙成佛皆無有秘訣者,何獨地理有秘訣乎。顧即以秘訣論,則其訣亦無用之物也。何也。吾見魏科高甲、富商大賈,其子弟未必如父兄,彼非不訓誨也,蓋神明在人無訣可傳故也。若曰吾得一訣即可以了明天地之道,夫多讀精思者尚不能,而一訣何容如此哉。吾不能信矣,故言秘訣者非明師。
然るに天下の道理は妖術を除きて以外に哪の一件も秘訣を靠るは無し。聖人を做り賢人を做り仙を成し佛を成すも皆秘訣無し、何の故に單單に地理に秘訣有るや。就中真に秘訣を拿りて來りて説くとも那の訣も亦是れ用無きの東西なり。何の為なるや。我は高中魁甲の人家・豪富の大商賈を見たる有りて其等の子弟は未必父兄に趕得上せず。那れは並びに敎導せざるにあらずして而も神明領悟は全く各人の身上に在りて本來便ち傳ふ可きの訣無し。若し我は一句の口訣を得れば便ち天地の道を通曉する能くと説かば、連れ博覽精思の人すらも尚ほ且つ做到せざるに一句の口訣は怎ぞ能く此の如きの本事有らんや。我は實に信ずること能はず。故に凡そ口を開きて秘訣を講ずるは皆是れ明師にあらず。
卷三・五行の謬を論ず
《天玉》之旨從來未經發明,得吾子如披雲露而見青天矣。外篇所重者耑在四經,內傳亦曾言之,子獨以為當闕疑,何也。答曰:四經之說群於外篇,而內傳一見於中編、再見於下篇,皆以上下文語氣不相蒙,中下篇數語必後人增入,外編是後人偽作。中編云:胎沐養生貪長,共冠臨衰旺仲,季子排來病死位墓絕亦皆是。此即皆生旺墓吊合於三方,而孟仲季之公位攸分。兄弟多者以一四七為長、二五八為中、三六九為小,本之河圖並非臆見。若又以四經分四男,是一山而有兩公位,其為後人增入斷斷無疑。
人有りて曰く、《天玉經》の宗旨は從來人の闡發したる無し、先生の一講を得ば真に雲霧を撥開して青天を見るが如し。不過《天玉外篇》の看重する所は專ら「四經」に在りて《内傳》の裏も亦曾て提到せり、先生は卻て疑を存するを主張す、此れは何の為なるや。回答に曰く、四經の説は皆《外篇》に聚りて《内傳》の中は只中篇に於て一次出現し下篇に於て再び一次出現し、而且上下文の語氣と皆接上せず、見るべし中・下篇の那の幾句は必ず後人の添へ入れたるにして《外篇》は則ち整個是れ後人の僞作なり。中篇に曰く「胎・沐・養・生は貪狼に屬して長房に歸し、冠・臨・衰・旺は次房に歸し、季子は排り來りて病・死・墓・絕の諸位も亦是れなり」と。此れ即ち生・旺・墓の三者は遥かに三方に合して而も長・中・幼の三房の公位は此に由りて分定すを説くなり。兄弟多きの人家は一・四・七を以て長と為し二・五・八を以て中と為し三・六・九を以て小と為す、此れは《河圖》に本づきて並びに憑空の臆斷にあらず。若し再び四經を拿りて去りて四個の兒子を分かたば則ち一座の山に兩套の公位有ると成りて其れは後人の添入なり斷然として疑無し。
外編非無精義,獨以四經為主,大旨全乖,故知為後人假託。餘擇其確然可信者備錄於後。其一則玄空大卦歟訣也,訣曰:外卦玄空理最幽,乾坤艮巽明根由,坎離震兌分天地,五行即在此中求。坎離震兌者,水火木金也;乾坤艮巽則其生地。此即《天玉經》之三卦,所謂四龍四局也。
《外篇》は並びに精義無きにあらず、只是一味に四經を以て主と為して大宗旨は全然背離す、故に斷定す其れは後人の假託なりと。我は其の中の確實に可信なるの幾條を挑出して一併に下面に抄錄す。第一條は玄空大卦の口訣にして訣に曰く「外卦玄空の理は最も幽にして乾坤艮巽は根由を明にし、坎離震兌は天地を分かち、五行は即ち此の中に於て求まる」と。坎・離・震・兌は即ち水・火・木・金の四局にして、乾・坤・艮・巽は則ち此の四局の長生の地なり。此れ正に《天玉經》の講ずる所の三卦にして即ち所謂四龍四局なり。
其一則五行合生命也,訣云:金木水火各一宮,生命不相同,查得五行合生命,自然發福勝石崇。如木局生命則天干必甲乙丁壬,地支必亥卯未寅,納音必屬木,推之金水火莫不皆然,此歷試而不爽者。
第二條は五行は亡人の生命に合するを要するの口訣にして訣に曰く「金木水火は各々一宮にして生命は相同ならず、五行の生命に合するを査得せば自然に發福して石崇に勝る」と。譬へば木局を立てば亡人の生年の天干は便要く甲・乙・丁・壬にして地支は要く亥・卯・未・寅にして納音も亦木に屬するを要す。金・水・火の三局に推して無きは此に照らして辦理せざるなり。此の一條は是れ屢試して爽はざるなり。
其一則四路黃泉也,訣云:庚丁坤上是黃泉,乙丙須防巽水先,甲癸向中休見艮,辛壬水路怕當乾。此專以去水言。庚丁者金局也,坤申同宮,來則為催官,故能救人;去則沖破官祿,故能殺人。木火水皆仿此。
第三條は四路黄泉の口訣にして訣に曰く「庚丁は坤の上は是れ黄泉にして、乙丙は須く巽水の先を防ぎ、甲癸は向中に艮を見ること休み、辛壬は水路は乾に當るを怕る」と。此の一條は專ら去水に就て言ふなり。庚・丁は金局に屬して坤は申と同宮にして坤申方の來水は便ち催官水にして故に能く人を救ひ、坤申方の去水は便ち官祿位を冲破して故に能く人を殺す。木・火・水の三局は皆此の道理に照らして類推す。
其一則救貧黃泉也,訣云:辛入乾宮百萬生,癸歸艮位煥文章,乙向巽流清富貴,丁坤終是萬斯箱。乾坤艮巽即木火金水,乙辛丁癸乃是四養方,所以救貧。又謂之黃泉者,此方去水如人之失所養,定主夭貧,此黃泉真訣也。
第四條は貧を救ふの黄泉の口訣にして訣に曰く「辛は乾宮に入りて百萬生じ、癸は艮位に歸りて文章を煥し、乙は巽に向りて流れて淸富貴にして、丁は坤は終に是れ萬斯箱なり」と。乾・坤・艮・巽は分別して木・火・金・水の四局に對應して而も乙・辛・丁・癸は正に四個の養方にして故に能く貧を救ふ。其れ同時に又黄泉と叫ぶは此の幾方は一旦去水せば便ち人の養育を失掉するが如く必定夭亡貧困を主とするを以てなり。此れ乃ち黄泉の真訣なり。
外此則與《天玉》不合。如金木水火山山有玄竅,所以為造化之妙;四經則不論納音而割裂二十四山,分為四局,律以生死衰旺之義總不可解,其謬一。乾為西金之關,艮為北水之關,則木之關宜在巽而反在坤,火之關宜在坤而反在巽,其謬二。金為父母,木為子孫,水為兄弟,火為孫媳,於義奚取;而既分公位,又別三才,又分天地人鬼,名目愈多支離愈甚,其謬三。
此の四條を除きて以外に《外篇》は便ち《天玉經》と合せず。譬へば金・木・水・火の四局は每一座の山に皆其の玄竅有りて此れ乃ち造化の妙處なり。四經は卻て納音を論ぜずして硬に二十四山を割裂し開きて分かちて四局と作し生死衰旺の義理を拿りて去りて衡量するも總じて講通せず——此れは第一個の錯謬なり。乾は西方金局の關口にして艮は北方水局の關口にして則ち木局の關口は本に應に巽に在るべきに其れは卻て坤に放在し、火局の關口は本に應に坤に在るべきに其れは卻て巽に放在す——此れは第二個の錯謬なり。其れ又説く金は父母にして木は子孫にして水は兄弟にして火は孫媳なりと、此れは義理の上に取る所は甚麼なるや。既に公位を分かち又三才を分かち又天・地・人・鬼を分かちて名目は愈々多くして支離破碎するや愈々厲害なり——此れは第三個の錯謬なり。
沖生破旺皆論納音,其應如響,即所謂長生位上黃泉是下化之年定見形者,亦當以挨星為主。今而歸之四經,遍觀古墓百無一驗,其謬四。木旺於東是為東卦,金旺西是為西卦,水旺北、火旺南是為南北二卦,皆大父母為之主宰,故五行統於三卦,又統於天地二卦,舉天地而左旋右旋、順逆零正皆在其中。外編獨以乾卦為天卦、支卦為地卦,與《天玉經》之義前不相蒙,其謬五。
生を冲し旺を破るは一律に納音を論ずるを要して應驗し起れば快きこと回聲の如し。就中所謂「長生位の上の黄泉は是れ下化の年に定めて形を見る」の此の如きの斷語すらも亦應に挨星を以て主と為すべし。如今は卻て之を四經の上に歸して遍く古墓を看れば百に一驗も無し——此れは第四個の錯謬なり。木は東に旺して故に東卦有り、金は西に旺して故に西卦有り、水は北に旺し火は南に旺して故に南北の二卦有り。此れ等は皆大父母卦に由りて主宰を作し、故に五行は統じて三卦に屬し三卦は又統じて天地二卦に屬す。只要く天地を提起せば左旋右旋・順逆零正は便ち全く其の中に在り。《外篇》は卻て單單に天干卦を以て天卦と叫び地支卦を以て地卦と叫びて《天玉經》の本義と前後接上せず——此れは第五個の錯謬なり。
予初讀《天玉》如行露中,亦曾廢書而嘆,及悟其為羅經解,則觸處流通全無空礙,獨外編舛謬反覆,思之不得其說。然《青囊》《玉尺》皆發明內傳之旨,而四經獨無一字齒及,此必後人假託,無容附會。善讀者惟求其理之可信者從之。又云:五行無根水上折,時師那會得。似言穿透俱無可論,而後取四經折水,乃萬不得已之法,故袁波幹云:攢地奇驗,而造葬則無是理。
我は起初《天玉經》を讀むに露水の中に夜行するが如く曾て亦書を丢開して長嘆せり。其れ其の實は一部の羅盤の解説なるを悟出するに到れば便ち處處貫通して毫も窒礙無し、唯獨《外篇》は舛錯反覆して反覆思量するも亦説き通ぜず。而且《青囊經》《玉尺經》は皆《内傳》の宗旨を闡發するに在りて四經に對しては卻て一個の字も亦提到せず、見るべし其れは必ず後人の假託にして牽強附會を容れず。書を讀むに善きの人は只彼の道理の可信なるを挑びて依從すれば則ち是れなり。《外篇》に又曰く「五行は根無き水の上に折る、時師那れ會得せん」と。此れは似て穿山透地は皆論起する從無く而して後乃ち四經の水を折るの法を取るを説くが如く、那れは萬得已ざるの辦法なり。故に袁波干の曰く、此の法子は用ゐて來りて臨時權葬(攅地)するは頗る奇驗にして若し正式造葬に用ゐれば便ち此の道理無しと。
卷三・俯察提綱
余讀古今地理之書,其論巒頭者則謂巒頭重而理氣輕,論理氣者則謂理氣精而巒頭淺,聚誦紛紛幾成矛戟。不知有巒頭而無理氣,則乘真截偽、收水配向之功廢;執理氣而背巒頭,則真龍真穴真砂真水之情以違殊,失《青囊》之本旨矣。蓋有形斯有氣,有氣斯有理,因形以察氣,因氣以論理,一體一用不得偏廢者也。但古集雖多而二者不串論,以致一本兩岐而真道不明於世矣。餘故集巒頭理氣並取,作此星期合為一篇,體用兼舉,本末一貫,庶無偏而不舉之患雲。
我は古今の地理書を讀むに巒頭を講ずれば便ち巒頭は重要にして理氣は次要と説き、理氣を講ずれば便ち理氣は精微にして巒頭は淺陋と説き、衆口紛紜として幾ほどに刀槍相向と成らんとす。彼等は明白せず、巒頭有りて理氣無ければ則ち真氣に乘り僞氣を截り水を收め向に配するの此れ等の功夫は便ち全く廢れ、理氣を死執して巒頭に背離せば則ち真龍・真穴・真砂・真水の情態は便ち皆違失して亦便ち《青囊經》の本旨を失掉す。形有りて乃ち氣有り氣有りて乃ち理有り、形に由りて氣を察し氣に由りて理を論じて一個は體にして一個は用にして偏廢する能はず。只是れ古人の集子は雖も多しと卻て兩者を貫串し來りて講ぜず、以致本來一個の源頭は兩條の歧路を分出して真道は是に於て世に明ならず。故に我は巒頭と理氣とを兼收并取して合して此の如きの一篇を成し、體と用とは一齊に擧出し本と末とは貫通して一と為し、希望するは再び一邊に偏して兼顧する能はざるの毛病無からんことを。
卷三・小玄空の生克は龍向を論ぜざるを論ず
或問:小玄空古人用量山步水,袁波千雲平洋可論小玄空,山龍則在所後。近刻《地理原真》者並以龍穴論生入克入,紛紛聚訟,吾子將誰適從。答曰:小玄空乃穴前放水,非生成之水也。《造微賦》云:五行實無繫於龍家,禍福須聚於水路。相生相剋、生入克入為有情,生出克出為無情,是以生入克入則為吉神,生出克出雖旺來墓去亦為殺。《奧語》云:天心既辨穴何難,但把向中放水看。向中者,穴前也,穴前放水以消溝澮之盈。餘但將造賦熟讀之,自有渙然冰釋者,不待予言。
人問ふ。小玄空は古人は用ゐて來りて山を量り水を步し、袁波干の曰く平洋地は小玄空を論ずる可く山龍は則ち其次に放在すべしと。近來刻印の《地理原真》は卻て連れ龍穴すらも亦生入・克入を拿りて來りて論じて衆説紛紜として先生は哪の一家に依從するや。回答に曰く、小玄空の講ずる所は穴前に放出して去るの水にして天生自然の大水にあらず。《造微賦》に曰く「五行は實に龍家に係る無く、禍福は須く水路に聚る」と。相生相克の中に生入・克入は有情と為し生出・克出は無情と為す。故に生入・克入は即ち吉神にして生出・克出は即ち旺方より來り墓方に去ると雖も亦仍お煞と算す。《青囊奧語》に曰く「天心は既に辨ぜば穴何ぞ難からん、但し向中に水を放るを把て看よ」と。所謂「向中」は即ち穴前にして、穴前に水を放るは是れ溝渠の裏の滿溢の積水を消泄せんが為なり。諸位は只要く《造微賦》を一遍熟讀せば自然に渙然として冰釋して我の多説を等るを必とせず。
卷三・地理師の法を辨別す
夫天下盡皆人子,則無一人無厝葬之事,是此事也須人人知之能之矣。然四民各業,勢不得也,其中乃有嗜好其道、精專是事者,人乃厚禮而延之為地師,於是有傳家之學焉。為地師則有利於是,漸變為射利之途焉;自為射利之途,而變偽百出,黎丘貌似真道,大喪而孝子仁人反受其害矣。世人雖知其弊,而勢不得不延師;勢必延師,則地之得不得在師,更急於得地也。
天下の人は皆是れ別人の兒子にして因りて一個人も先人を安葬するの事に遇はざる無し。理に照らせば此の件事は應に人人皆懂り人人皆會すべし。可是れ士農工商は各々本業有りて勢ひ必ず做到すること能はず、其の中に便ち一些人の此の門の學問を偏好して專心鑽研する有りて別人は便ち厚禮を以て彼を延請して地師を做らしむ、是に於て世代相傳の家學有りぬ。地師を當るは既然に利の圖る可き有れば此の一行は便ち漸漸に利を牟るの門路と變成し、一旦利を牟るの門路と成れば變詐作僞は層出して窮まらず、黎丘の鬼の如く裝るや真と一模一樣にして結果は喪事は辦り砸れて孝子仁人は反って害を受く。世人は雖も此の弊病を知るも形勢の上は地師を請はざる能はず。既然に請はざる可からざれば則ち好地を得る能くや否やは全く地師の身上に在り、故に地師を選對するは好地を得るに比して還た要緊なり。
然不能識師,焉能得師。餘於此中久矣,見師多矣,師非不可辨別之物,能知辨之之道,自不得之師也,故者相師之法為人子告焉。或曰:審若是,則世之射利者君而怨多矣。余曰:天下仁人孝子多,地師少,射利者究非地師,乃奸偽之徒也。葬親事大,射利事小,利人子之利溥,害地師之害微;況所利者乃仁人孝子,仁人;而所害者不過奸偽之徒哉。
然るに地師を識別する會せざれば又怎ぞ好地師を請得せんや。我は此の一行の裏に混るや久しきを得て見たるの地師も亦多し、地師は並びに分辨し出來せざるの東西にあらず、只要く分辨の方法を懂得せば自然に庸師を請はざらん。故に我は地師を相看するの方法を寫出して人の兒子を做るに告げる。人有りて曰く、汝の此の如く講ずるに照らせば世上の彼の利を牟るの地師は豈に皆汝を恨まざらんや。我曰く、天下の仁人孝子は多く地師は少し。彼の利を牟るは其の實は地師と算上せず、只是れ奸猾作僞の徒なり。親人を安葬するは是れ大事にして利を牟るは是れ小事なり。兒子を做るに帶來する好處は廣大にして地師に帶來する損害は輕微なり。何况利を得るは是れ仁人孝子にして損を受るは不過是れ奸僞の徒のみなり。
卷三・萬物は天地之氣に隨て轉移す
或問:木生於山,粟芽於室,以其有生氣也;既死之朽骨有何生氣而能澤其子孫。即太王遷邠、周公卜洛,建都立國或有形勢之說,而陰宅前此未聞。大儒朱紫陽酷信風水,而後世猶或非之,吾子專言理氣,獨未思之歟。答曰:上古之不信風水,猶之於草依木處也,利用前民之事皆以漸而興,何況風水,至於朽骨無知。
人問ふ。樹木は山上に長ち穀子は屋裏に發芽するは那れは其等に生氣有るに因る。已に死掉せる朽骨に甚麼の生氣有りて能く子孫に蔭及せんや。就中周太王は邠地に遷り周公は洛邑を相度して都を建て國を立つるは或いは形勢の説有らんも、可し陰宅の此の一套は那の以前に從來聽聞せざりしなり。大儒の朱熹は極めて風水を信ずるも後世に還た人の彼を非議する有り、先生は專ら理氣を講ず、豈に此の一層を想過せざりしや。回答に曰く、上古の人は風水を信ぜずは就跟ち彼等は還た草窠樹洞の裏に住するが一般なり。一切の民生に便利するの事は皆是れ逐漸に興起し來れるにして何况風水の此の門の學問をや。至りて朽骨は知覺無しと説くは——
余幼以泥其說,偶以針浮杯水,亦如羅經之指南北,乃覺其非針與杯水有知也,其所以指南北者乃天地自然之氣也。天包地外,地在天中,則靈蠢蠕物皆轉移於天地之氣。故死者不必有知,而死者之骨實生人之根本,其澤及子孫者,天地之氣為之也。江南之桔樹之江北為枳,無非為天地之氣所使;知桔枳為氣所使,則知死者之骨亦為氣所使也。通天地人謂之儒,朱子為信天地之大者。至於《青鳥》《葬書》前此未聞,則前代有其時耳,豈可以草衣木食反咎今日之布帛宮室也哉。
我は小時候も亦此の種の疑問に拘泥せり。偶然に針を一杯の水の上に浮せば其れも亦羅盤の如く南北を指す、此れ乃ち覺悟す並びに針と杯水とに知覺有るにあらず、其等の能く南北を指す所以は乃ち天地自然の氣の然らしむるなり。天は地の外面に包み地は天の當中に懸り、則ち靈性有る・靈性無き・蠕動の一切の生物は皆天地之氣に隨て轉移す。故に死者は必ずしも知覺を須とせずして而も死者の骨骸は實に是れ生者の根本にして其れは能く子孫に蔭澤す、正に是れ天地之氣の作用を起すに在り。江南の橘樹は江北に移到せば便ち枳と變ず、無非是れ天地之氣に支配せらるるなり。既然に橘の枳に變ずるは氣の然らしむるを知れば便ち應に知るべし死者の骨骸も亦是れ氣の然らしむるを。能く天・地・人の三才を貫通する乃ち儒者と稱するを得、朱子は正に天地の大を相信するの人なり。至りて《青鳥經》《葬書》は從前聽聞したる無しと説くは那れは只因るに前代は還た其等の出現する時候に到らざりしのみ。豈に上古の草衣を穿ち木實を食ふの日子を拿りて來りて反って今天の布帛と宮室とを責怪する可けんや。
卷三・天星卦例
或問:天星卦例有侈談秘訣者,又有斥其非者。餘仰止極貶星卦並黜理氣,而子耑言理氣又不及星卦,豈理氣在星卦之外歟。先賢云:得卦不得金,枉自費勞心;得金不得卦,謾自空閒話。彼所謂金卦者,獨非理氣歟。
人問ふ。天星卦例は或る人は大談して其れは秘訣なりとし或る人も亦之を斥けて謬誤と為す。余仰止は極力に星卦を貶斥して連れ理氣をも一緒に廢掉す。先生は專ら理氣を講じて卻て又星卦を提げず、豈に理氣は星卦の外に在らんや。先賢の曰く「卦を得て金を得ざれば枉げて自ら勞心を費し、金を得て卦を得ざれば謾りて自ら空閒話なり」と。彼の所謂「金」と「卦」とは豈に便ち是れ理氣にあらざらんや。
答曰:楊公云:世人愛把天星論,盡說貪狼武曲尊,嘗將兩字鉗龍脈,莫把天機亂指空。所謂兩字者,實指穿山透地。蓋奪神功、改天命則兼論天盤,而乘氣坐穴專以地盤為主。七十二龍所以坐穴,得金者得七十二龍之分金也;六十龍所以乘氣,得卦者得六十龍之本卦也。時師金卦乃以一百二十分金與卦外起卦,失之遠矣。
回答に曰く、楊公に詩有りて云く「世人は天星を論ずるを愛して盡く貪狼武曲の尊を説き、嘗て兩字を將りて龍脈を鉗し、天機を把りて空しく亂指すること莫れ」と。所謂「兩字」は實際指す所は穿山と透地なり。神功を奪ひ天命を改むるの時は天盤を兼論するを要して而も氣に乘り穴を坐するは則ち專ら地盤を以て主と為す。七十二龍は用ゐて來りて穴を坐するにして所謂「得金」は即ち七十二龍の分金を得着するなり。六十龍は用ゐて來りて氣に乘るにして所謂「得卦」は即ち六十龍の本卦を得着するなり。如今の地師は金を講じ卦を講じて卻て一百二十分金と卦外に別に一卦を起るの那一套を拿りて去りて湊る、離るるや太も遠し。
以假混真相傳既久,惟《鐵彈子》有云:用先天以統龍,當詳究子四龍之天星;用後天以布屬,宜熟察乎三盤之卦例。四龍者,金木水火也;三盤者,穿山一盤、透地一盤、坐穴一盤。故先天之卦用震坎離兌之局,辨在納音所屬何五行。自五行言之則為四卦,自二父母言之則為三卦,自甲庚丙壬、乙辛丁癸言之則為玄空大卦。其法以之先看坐穴五行所屬何卦,次看穴中透氣所屬何卦,又看逐節來脈所屬何卦,必同歸一卦,而後自山頭立向皆與水合,所謂富貴結全龍也;反此則為出卦,破旺沖生,終歸敗絕。
假を以て真に亂して相傳するや日久しくして只《鐵彈子》の説くや對なり「先天を用ゐて以て龍を統るは當に四龍の天星を詳究すべく、后天を用ゐて以て局を布くは宜しく三盤の卦例を熟察すべし」と。所謂四龍は即ち金・木・水・火にして所謂三盤は即ち穿山の一盤・透地の一盤・坐穴の一盤なり。故に先天の卦は震・坎・離・兌の四局を用ゐて辨別する時は全く納音の哪の一種の五行に屬するかを看る。五行の上より説けば是れ四卦にして二父母の上より説けば是れ三卦にして甲庚丙壬と乙辛丁癸との上より説けば便ち玄空大卦なり。其の用法は先ず坐穴の五行は哪の一卦に屬するかを看、其次に穴中に透り進み入るの氣は哪の一卦に屬するかを看、再び一節一節の來脈は各々哪の一卦に屬するかを看て必ず一卦に同歸し而して後山頭より向を立つれば皆能く水と相合す、此れ即ち所謂「富貴は全龍を結す」なり。反れば便ち「出卦」と叫びて旺を破り生を冲して終に敗絕に歸す。
卷三・真僞を辨ずるの總綱
天下至難辨者真偽,而以偽亂真猶莫如地理。蓋奪神功改天命,其術雖神,而遇不遇之機緣仍不能強。昔玄宗不知,疑其盜竊神器,乃至藏其書、禁其學,復飭一行禪師撰《銅涵》偽經,為亂雅奪朱之計。朝廷既忌其真,而習其者猶稀,其偽於是有一真說即設一謬解,以混其傳。
天下の最も分辨し難きは真と僞にして而も僞を以て真に亂るの最も厲害は又地理に過ぐるは莫し。地理は能く神功を奪ひ天命を改むるを以て此の門の術は雖も神妙なるも但し遇と不遇とは仍お機緣を看るを要して勉强し來る能はず。當年唐玄宗は明ならずして就裏を疑りて民間は此を借りて神器を竊取するを疑ひて竟に至りて書を收藏し民間の講習を禁止し又一行禪師に指令して《銅涵經》の此の部の僞書を撰造せしめて行ふ所は雅を以て正に亂り紫を以て朱を奪ふの計策なり。朝廷は既然に真法を忌諱せば真法を習ふの人は便ち更に少し。僞法は是に於て流行し開きて一種の真説法の出現する毎に便ち一種の謬解を配上して其の傳授を攪亂す。
如坎離正位人難識,差卻毫釐斷不靈,此真訣也,則有中針審龍、縫針定穴以亂其真。九星雙起雌雄異,玄關真妙處,此真訣也,則有艮丙為貪狼星、垣分貴賤以亂其真。二父母者陰陽之別名,三卦者從生趨旺、自旺朝生之隱語,此真訣也,則有天父地母二卦審生氣天醫以亂其真。穿山透地坐穴是為三盤,震兌坎離是為四卦,此真訣也,則有才官父子、卦外起卦以亂其真。甲庚丙壬俱屬陽而行,此真訣也,則有陽亥龍為甲木、陰龍為乙木以亂其真。
譬へば「坎離の正位は人は識り難く、毫釐を差へば便ち斷靈せず」は此れ是真訣にして便ち人の中針を拿りて龍を審し縫針を拿りて穴を定むるの那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。「九星は雙起して雌雄異にして玄關の真妙處」は此れ是真訣にして便ち人の艮丙を拿りて貪狼星と為し垣局に按じて貴賤を分かつの那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。「二父母」は不過是れ陰陽の別名にして「三卦」は不過是れ生より旺に趨き旺自り生に朝すの隱語なり、此れ是真訣にして便ち人の天父地母の二卦・生氣天醫を審するの那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。穿山・透地・坐穴は合して三盤と稱し震・兌・坎・離は合して四卦と稱す、此れ是真訣にして便ち人の妻財官鬼父母子孫・卦外に別に一卦を起るの那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。甲・庚・丙・壬は一律に陽に屬して順行す、此れ是真訣にして便ち人の陽亥龍は甲木と算し陰亥龍は乙木と算すの那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。
淨陰淨陽專言乘氣,兩氣交至是為雙金斗腦,此真訣也,則有陽射陰、陰射陽、向上雙金以亂其真。六十甲子分佈二十四山是為平分六十龍,此真訣也,則以盈宿六十龍以亂其真。七十二龍應七十二候,如淘沙撿金故謂之分金,此真訣也,則有百二十分金以亂其真。
淨陰淨陽は專門是れ氣に乘るに就て言ひて兩股の氣は一處に交會すれば便ち「雙金斗腦」と叫ぶ、此れ是真訣にして便ち人の陽は陰を射陰は陽を射・向上雙金の那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。六十甲子を二十四山の下に分布するを「平分六十龍」と叫作す、此れ是真訣にして便ち人の盈縮六十龍を拿りて來りて之を攪亂する有り。七十二龍は一年の七十二候に對應して沙を淘して金を揀ぶが如く取有り舍有りて故に「分金」と叫ぶ、此れ是真訣にして便ち人の一百二十分金を拿りて來りて之を攪亂する有り。
二十八宿喜龍水生和、不宜克戰,此真訣也,則有甲子起角管禽星以亂其真。三百六十五度忌關煞空亡,此真訣也,則有天度六十以亂其真。納甲者先天之五行、納音者後天之五行,此真訣也,則有洪範卦氣以亂其真。廉貞破軍是為煞曜,破旺沖生是為黃泉,此真訣也,則有八煞黃泉以亂其真。大玄空乃生成之水,耑論俟星;小玄空實人力所為,穴前折水,此真訣也,則有向上起長生、潮水論生克以亂其真。
二十八宿は龍・水と相生相和するを喜びて相克相戰するを宜しとせず、此れ是真訣にして便ち人の甲子より角宿を起り禽星を管するの那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。周天の三百六十五度は要く關煞と空亡とを忌む、此れ是真訣にして便ち人の「天度六十」を拿りて來りて之を攪亂する有り。納甲は先天の五行にして納音は后天の五行なり、此れ是真訣にして便ち人の洪範卦氣を拿りて來りて之を攪亂する有り。廉貞・破軍は煞曜にして旺を破り生を冲すは便ち黄泉なり、此れ是真訣にして便ち人の八煞黄泉の那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。大玄空の講ずる所は天生自然の水にして專ら星辰を論じ、小玄空の講ずる所は其の實は人力の為す所にして是れ穴前の水を折るなり、此れ是真訣にして便ち人の向上に長生を起り來潮の水に按じて生克を論ずるの那一套を拿りて來りて之を攪亂する有り。
諸如賴氏《催官》乍合乍離,吳公《教子書》楊曾二計之外總無一是,矛盾參商其類非一。惟《玉尺》發明《天玉》,而無如倫父覆假劉賴之名為之註釋,展轉傳偽,千古長夜。雖以蔡西山、朱紫陽互相商討,然且縫針雙向依違無定;如《玉髓》陰陽流泉,莫知為理氣。後之人即欲不廢書而嘆,寧可得乎。
至りて賴文俊の《催官篇》は忽に合し忽に離し、吳公の《敎子書》は楊・曾の二仙の兩次の批語を轉錄するを除きて以外に其の餘は一句も對無し、此の類の自相矛盾・彼此參商の書は還た不少なり。只《玉尺經》のみ真正に《天玉經》を闡發せるに惜むらくは偏偏として庸人の劉秉忠・賴文俊の名字を假借して其の為に注を作る有りて輾轉傳訛して此の門の學問をして千古の長夜の中に陷らしむ。就中蔡元定・朱熹の反覆商討すらも縫針と雙向とに對しては還お是れ模棱兩可なり。《玉髓真經》の如きは陰陽を講じ流泉を講じて竟に知らず那れ正に是れ理氣なるを。後來の人は即ち書本を丢開して長嘆せざらんと想ふとも又怎麼樣にして做到せんや。
予以參悟微言,鑑古人之成格而知五行有主,悟此則吉凶如見,迷此則悵悵何之。因而盡掃群言,獨標正義,作《天機貫旨》以遺天下仁人孝子,今而後楊曾之心法無所不貫也。天以陰陽五行化生萬物,氣以成形而理以賦焉,巒頭理氣是一非一、是二非二,是貫乎《中庸》也。龍陽則水必陰,龍陰則水必陽,天根月屈宛然一太極圖,是貫乎《易》也。相其陰陽即楊曾之看雌雄,觀其流泉即楊曾之認水立向,是貫乎《詩》也。萬事本於黃鐘、起於河洛,律呂旋宮,體用一源,是以後天五行耑重納音,是貫乎性理也。地在天中,為天之大氣所主,則天地之氣即地之氣,是葬乘生氣皆轉移於天地之氣,是貫乎天道也。
我は古人の微言を參悟して古人の現成の格局に印證して乃ち知る五行は各々主宰有るを。此の一層を悟れば吉凶は便ち目前に在るが如し。此の一層に迷へば便ち茫茫然として往く所を知らず。此に因りて我は衆説を一概に掃開して獨り正義を標して此の部の《天機貫旨》を作して天下の仁人孝子に留下す。今より以後楊・曾の心法は貫串し到らざるの地方無し。上天は陰陽五行を以て萬物を化生して氣は凝結して形を成し而も理は其の中に賦與す。巒頭と理氣とは一にして一に非ず二にして又二に非ず——此れは《中庸》に貫通す。龍は陽に屬せば則ち水は必ず陰に屬し龍は陰に屬せば則ち水は必ず陽に屬し、天根月窟は宛然として便ち一幅の太極圖なり——此れは《易經》に貫通す。「其の陰陽を相す」は即ち楊・曾の雌雄を看るにして「其の流泉を觀る」は即ち楊・曾の水を認りて向を立つなり——此れは《詩經》に貫通す。萬事は黄鐘の律に本づき河圖洛書に起りて律呂は宮を旋じ體用は一源に同出す、故に后天五行は專ら納音を重んず——此れは性理の學に貫通す。地は天の當中に懸りて天の大氣の主宰を受く、則ち天地之氣は便ち是れ地氣にして安葬して生氣に乘るも亦皆天地之氣に隨て轉移す——此れは天道に貫通す。
歲漸差而東,是以縫針之子午進前一位,所以示造葬家候氣之準;天漸差而西,是以中針之子午退後一位,所以示造葬家查緾度之準,是貫乎治歷也。夫滿屋散錢終歸一索,以萬錢同一孔也;同此後天則同此五行,萬事萬物舍是蔑由,而看於天機乎。或者曰:紫色龜聲,餘分閏位,又烏知夫偽之非真而真之非偽也。餘則曰:書以偽,天亦偽,地亦偽,古今之言天道性理者無非一偽,是則餘亦偽也,即謂《天機貫旨》之書以偽亂真也又不可乎。
節氣は逐年に東に移る、故に縫針の子午を前に向りて一格を推して用ゐて造葬家に候氣の準繩を作して與ふ。天度は逐年に西に移る、故に中針の子午を後に向りて一格を退けて用ゐて造葬家に纏度を査考するの準繩を作して與ふ——此れは曆法に貫通す。屋に滿ちて散亂の錢は最後は總じて一根の繩を用ゐて穿起するを要す、萬枚の錢の方孔は皆一樣なるを以てなり。同じく后天なれば便ち同じく此の一套の五行にして萬事萬物は之を離れれば便ち下手するに從無し、何况是れ天機を窺測せんとするをや。或いは人有りて説かん、紫色は能く朱に亂り龜獸の聲は能く雅樂に亂り閏餘の位も亦能く正統に冒充す、汝は又怎ぞ知らん僞は真にあらず真は僞にあらざるを。我便ち回答して曰く、如果書は僞なれば則ち天も亦僞にして地も亦僞にして古往今來に天道性理を講ずるの人は無非全是れ僞にして則ち我も亦是れ僞なり。就中《天機貫旨》の此の部の書は僞を以て真に亂るなりと説くとも又甚麼の不可有らんや。
卷三・雙金煞を論ず
或問:雙金煞紛紛不一,《行程記》云:不換雙金只管扦,休泥淨陰淨陽。楊曾傳授心法,固有不盡信矣。答曰:雙金乃論乘氣非立向也。卜宅兆者淘沙撿金,古人謂之分金,乃六十龍與七十二龍,後曰三針之下皆添設一百二十,謬種偽傳,遂相率而忘其初耳。六十甲子分佈二十四山,其氣不過一線,從來山起頂處仔細認取,方能使承接之間不差毫釐。如同一子也,丙庚為陽、甲戊壬為陰,既承而子氣不宜雜,以甲戌氣線在界縫之間,兩字雙行,是以雙金斗腦,陰陽駁雜無氣可乘,下後必絕。
人問ふ。雙金煞の説法は衆説紛紜として《行程記》は卻て曰く「雙金を換へざれば只管扦し、淨陰淨陽に泥むこと休め」と。見るべし楊・曾の傳へ下るの心法も亦未必皆信ずる可きならん。回答に曰く、雙金の講ずる所は氣に乘るにして向を立つにあらず。墓地を卜擇するは要く沙を淘して金を揀ぶが如く挑選して古人は之を「分金」と稱し指す所は正に六十龍と七十二龍なり。後來に又説く三針の下に皆一百二十分金を添出し僞法亂傳して是に於て大家は跟著して走りて最初の本義を忘掉しぬ。六十甲子は二十四山の下に分布して每一條の氣は不過一線の寛にして必ず來山の頂を起る地方より仔細に認定して乃ち承接の間に毫釐を差へざらしむることを得。譬へば同じく子山にして丙子・庚子は陽に屬し甲子・戊子・壬子は陰に屬す。既然に承接すれば便ち陰陽夾雜するを宜しとせず。甲・戌の兩條の氣線は正に界縫の間に落ちて兩字は並行して是に於て「雙金斗腦」を形成して陰陽駁雜して乘る可きの氣無し、葬り下りて後必定嗣を絕たん。
《青囊經》云:更有淨陰淨陽法,前後八尺不宜雜。斜正受來陰陽取,氣乘生旺方無煞。來山起頂方要知,三節四節不須拘,只要龍神得生旺,陰陽卻與穴中殊。陰陽取者,陰則乘丙子氣,陽則受戊子氣也。泛論羅經何從而辨其為甲子、其為戊子,從來山頂起處認取,草蛇灰線之脊,或陰或陽有毫釐不可混之處。先賢云:一毫千里,一指萬山。所謂一毫一指者,辨在微茫。
《青囊經》に曰く「更に淨陰淨陽の法有りて前後の八尺は雜るを宜しとせず。斜正受け來りて陰陽を取り氣は生旺方に乘れば煞無し。來山の頂を起る方は要く知りて三節四節は須く拘らず、只要く龍神の生旺を得れば陰陽は卻て穴中と殊なり」と。所謂「陰陽を取る」は即ち陰に屬するは丙子の氣に乘り陽に屬するは戊子の氣を受くなり。若し只泛泛として羅盤の上に看れば甚を憑りて其れ甲子なるや戊子なるやを分辨せんや。必ず來山の頂を起る地方より去りて認るを須とす、那の條の草蛇灰線の如きの脊脈は是れ陰か是れ陽か毫釐の間に混淆する可からざるの地方有り。先賢の曰く「一毫は千里、一指は萬山」と。所謂一毫・一指は分辨は便ち此の極微茫の處に在り。
故指出雙金合入之所趨避。《玉尺經》云:龍落空亡須明避忌。此那六十龍之空亡,即是大金,舊注指七十二失之遠也。《青囊經》之淨陰淨陽、《行程記》之不犯雙金,無非一理,特其文之少變耳。俗以小玄空論雙金於金庫,龍向猶為近似,其餘皆不合。總之以偽亂真,辨之必嚴,乘氣之訣此處明顯矣。
故に要く雙金交合の處を指明して人をして趨避を知らしめん。《玉尺經》に曰く「龍は空亡に落ちば須く避忌を明にすべし」と。此處の説く所は正に六十龍の空亡にして即ち「大金」なり。舊注は之を指して七十二龍と作せば便ち差るや遠し。《青囊經》の淨陰淨陽を講ずると《行程記》の雙金を犯さざるを講ずるとは其の實是れ同じ一個の道理にして只是れ文字稍稍變化するのみ。世俗は小玄空を用ゐて來りて雙金を論じて之を金庫の上に安んずれば就中龍と向とに就て言へば還お勉强に相近し、其の餘は便ち皆合せず。總じて之、僞を以て真に亂るの東西は必ず嚴加して分辨し、氣に乘るの口訣は此處に到れば便ち甚だ明白に講じ了れり。
天機貫旨紅囊經卷之四
卷四・天機出煞賦
宜豐李三素著。天機出煞出何煞,不出災殃發。明得雙金直射墳,閃得是仙人。直山直向不須下,下後兒孫罷。天機穴裡披雙金,屬土急推尋。巽龍乾向龍虎正,絕了長房定。乾龍巽向亦如然,敗了長房田。艮龍坤向災殃發,亦犯雙金煞。坤龍艮向亦如之,敗了長房兒。
本篇は宜豊李三素の撰著す。天機の講ずる所の出煞は出ずる所は甚麼の煞なるや。之を出掉せざれば災殃は便ち發作せん。雙金線は正に墳頭を射着るを看明白して能く之を閃開するの人は便ち是れ神仙なり。坐山と向と正對の一線(直山直向)の地方は葬を下すを必とせず、葬り下れば子孫は便ち了らん。若し穴裏に雙金を披着して納音は土に屬せば便ち要く趕緊に推尋清楚すべし。巽龍は乾向を立てば龍虎砂は雖も端正なるも長房は亦一定要して絕たん。乾龍は巽向を立つるも亦是れ一樣にして長房の田產を敗掉せん。艮龍は坤向を立てば災殃は立發して同じく雙金煞を犯す。坤龍は艮向を立つるも亦此の如くにして長房の兒子を敗掉せん。
亥龍巽向龍虎偏,吉慶進田莊。艮龍丁向亦如此,主得兒孫富。甲庚丙壬龍直向,長子有災殃;乙辛丁癸亦如之,直射長房兒。坤申來龍寅甲向,壬癸向為上。庫逢子癸位端停,子癸最昌榮。癸山丁向是本法,亦犯雙金煞。離龍坎向亦如妨,壬癸何相當。坎龍午向暫時吉,久後人丁失。離龍單子一般凶,子息也除蹤。
亥龍は巽向を立てば龍虎砂は即ち偏斜するも亦一樣に吉慶門に臨み田莊を添置す。艮龍は丁向を立つるも亦是れ此の樣にして主として子孫富足す。甲・庚・丙・壬の四龍は若し正對の向を立てば長子は災殃に遭はん。乙・辛・丁・癸の四龍は同じく此の如くにして那の條の線は直に長房の兒子を射す。坤・申方より來龍して寅甲向を立つるは其の實は壬・癸向を立つるを以て上と為す。墓庫は若し子・癸の位に逢りて端正停蓄せば那れは子癸の最も昌榮なり。癸山は丁向を立つるは本に正法なれども可是れ仍お雙金煞を犯す。離龍は坎向を立つるも亦同じく妨礙有りて壬・癸の二字は怎ぞ配上するを得んや。坎龍は午向を立つるは暫時は還お吉なれども日子一たび久しければ人丁は便ち損失せん。離龍は單に子向を立つるは一樣に凶にして子嗣も亦斷絕せん。
兌龍直卯何堪下,以卯為向□,又加左右庚甲兼不怕。卯龍直酉何堪裝,辛庚也無妨。十二山頭正直射,絕了長房也。十二支辰正直對,子午命傾危。直山直向合紫微亥也,家吉永無危。辛戌得龍又得穴,左右無空缺。丙丁庚辛水口連,立便進田莊。取得辛亥穴得正,水口流永吉。忽然左畔有高峰,右畔有凹風。左邊山風容易整,填滿便無病。有力之家用土培,無力之家用木栽。
兌龍は正對して卯位は怎ぞ能く葬を下せんや。若し一定要して卯を以て向と為せば只要く左右に再び庚・甲を兼上せば亦便ち怕れず。卯龍は正對して酉位は怎ぞ能く安葬せんや。辛・庚を兼上するも亦妨礙無し。十二地支の山頭は若し正線に直射せられば長房は便ち絕たん。十二支辰は若し正線に直對せられば子・午の命に屬するの人は便ち性命の危有らん。若し直山直向は恰好に紫微垣の在る所の亥位に合上せば那れは反って家宅吉利にして永に危險無し。辛・戌方は既に真龍を得て又得る正穴にして左右の砂手に空缺無し。丙・丁・庚・辛の幾方の水口は相連して立時に便ち田莊を添置せん。若し辛亥を取得して穴は又得て正に坐せば水口は長流して永遠に吉利なり。倘若忽然に左邊に高峰有り右邊に凹風吹來すれば左邊の山風は容易に整治して之を填滿せば便ち毛病無し。力量有るの人家は土を用ゐて培高し力量無きの人家は便ち樹を種ゑて遮擋す。
明得天心天穴子,便識陰陽山水口。陽山穴莫水流陰,閃受穴中心。二十四山依此識,不怕穴斜側。穴心水口合山頭,穴側也風流。龍虎穴正是本法,水口怕犯煞。水口龍虎若彎弓,富貴在其中。淺學時師無學識,只道穴斜側,不知其地有真龍,富貴即相逢。陰陽交雜正龍穴,穴正多啾唧;陰陽不雜穴偏側,偏側也為吉。此是太華出煞訣,依此全無煞。吾今特錄與時師,留下救人災。
能く天心と天穴の在る所を看明白せば便ち陰陽と山水口との關係を懂得す。陽山の穴は水をして陰の一邊に流れ到らしむるを要せず、一點を閃開して穴の中心に受くる可し。二十四山は皆此の法子に照らして去りて認れば便ち穴位の斜側を怕れず。只要く穴心と水口とは山頭に合得上せば穴は雖も偏側するも亦一樣に風光なり。龍虎砂と穴と皆端正なるは固然是れ正法なれども、但し水口は最も煞を犯るを怕る。水口の兩邊の龍虎砂は若し彎弓の如く環抱せば富貴は便ち其の中に在り。學問淺薄の地師は見識無くして只會して此の穴は斜なり偏なりと説きて知らず那の地裏に真龍有りて富貴は立刻に便ち來るを。若し陰陽交雜して穴は正に坐せば穴は雖も正なるも亦是非啾唧多し。若し陰陽雜らずして穴は稍稍偏側せば偏側は反って是れ吉なり。此れは太華仙師の出煞の口訣にして照らして做れば便ち全く煞氣無し。我は今天特に抄錄し出して各位の地師に與へて之を留下して人の災禍を救はん。
