提要(四庫全書総目・霊城精義)
提要(四庫全書総目・霊城精義)
風水堪輿典籍
まず読む書が形勢か理気かを見極めてから条文に入るのがよい。派を跨いだ術語の混用が、この門で最もありがちな誤読の源である。
《靈城精義》二卷,舊本題南唐何溥撰。溥字令通,履貫未詳。是編上卷論形氣,主於山川形勢,辨龍辨穴。下卷論理氣,主於天星卦例,生克吉凶。自宋以來,諸家書目皆不著錄。
《霊城精義》は上下二巻で、旧本は南唐の何溥の撰と題する。何溥は字を令通といい、その経歴と籍貫はいずれももはや査考の術がない。全書の上巻は「形気」を説き、主に山川の形勢を論じて「龍」の来路と「穴」の所在を弁じ、下巻は「理気」を説き、主に天星と卦位の推算の体例および五行生剋の主する吉凶を論ずる。しかし宋代以来、歴代各家の書目にいずれもこの書を著録したことがない。
觀其言宇宙有大關合,氣運為主。又言地運有推移,而天氣從之。天運有轉旋,而地氣應之。蓋主元運之說者。考元運之說以甲子六十年為一元,配以《洛書》九宮。凡歷上中下三元為一周,更歷三周五百四十年為一運。凡為甲子九,每元六十年為大運,一元之中,每二十年為小運,以卜地氣之旺相休囚。如上元甲子一白司運,則坎得旺氣,震巽得生氣,乾兌得退氣,離得死氣,坤艮得鬼氣,大抵因《皇極經世》而推演之。
その書中に「宇宙に大关合あり、気運を主とす」と説き、また「地運に推移ありて天気これに従い、天運に転旋ありて地気これに応ず」と説くのを見れば、この書の主とするは「元運」一派の学説であることが分かる。「元運」の法を考えるに、六十年の一甲子をもって「一元」とし、《洛書》の九宮に配し、上元・中元・下元の三元を合して一周となし、三周相積して五百四十年を「一運」とし、その中に合わせて九個の甲子を含む。一元ごとの六十年を「大運」と称し、一元の内で二十年ごとにまた一つの「小運」に分け、もって地気の旺・相・休・囚を推占する。たとえば上元甲子は「一白」が運を当り、坎宮が旺気を得、震・巽の二宮が生気を得、乾・兌の二宮が退気を得、離宮が死気を得、坤・艮の二宮が鬼気を得る。この一組の推法は、おおよそ邵雍《皇極経世》の元会運世の数を承けて推演してなったものである。
其法出自明初寧波幕講僧,五代時安有是說?其非明以前書確矣。其注題曰劉基撰。前列引用書目凡二十二種,如《八式歌》之類,亦明中葉以後之偽書,則出於贗作,亦無疑義。但就其書而論,則所云大地無形看氣概,小地無勢看精神,水成形,山上止,山成形,水中止,龍為地氣,水為天氣諸語,於彼法之中頗為近理。註文亦發揮條暢,勝他書之鄙,猶解文義者之所為。術數之書無非依託,所言可採,即錄存以備一家,真偽固無庸辨,亦不足與辨也。
しかしこの元運の法は実は明朝初年の寧波の「幕講僧」に出たもので、五代の時にどうしてこのような説があろうか。それが決して明代以前の著作でないことは明白確実である。書中の注は劉基(劉伯温)の撰と題し、注の前に列する引用書目は二十二種あり、その中の《八式歌》の類はいずれも明代中葉以後にやっと現れた偽書である。ではこの注も同じく後人の偽託に出たもので、疑うべきところもない。ただ書の内容のみについて論ずれば、それが説く「大地無形看気概、小地無勢看精神」「水成形、山上止;山成形、水中止」「龍為地気、水為天気」の数句は、堪輿一派の法門の中ではなお頗る情理に合う。注文も闡発が条理通暢し、同類の書の鄙陋に勝り、真に文義を解する人の作のようである。術数の書はもとより古人に仮託せぬはなく、説くところに尚お取るべきがあれば、収録保存して一家の言に備えればよく、真偽はもとより深く弁ずるを要せず、弁ずるに値もしない。
霊城精義・巻上 形気章
上巻一 宇宙關合、気運気勢
宇宙有大關合,氣遠為主;山川有真性情,氣勢為先。
天地の間に自ら大いなる關鍵會合の処あり、その中に「気運」の推移をもって主宰とす。山川は各々その真實の性情あり、認取するには「気勢」をもって最先とす。これ全書開宗の第一義なり。地を相るに看る所は死せる土石にあらずして流行不居の生気なり。故に必ず先ず気運の上に立脚し、気勢の上に着眼す。
此首章,乃堪輿家之論氣者第一機竅也。昔云:有地非人不下,有人非時不下。蓋以氣遠言也。又云:察以眼界,會以性情,若能了此,天下橫行。此以氣勢言也。如彼前哲,一睹形勢,便知禍福之大小,世數之先後,全在氣遠上之。夫山川有真性情,何以辨也?昔人有云山乘秀氣,水乘積氣,石乘煞氣,平乘脊氣。又云:山谷異形,平原一氣,此山川之大勢,乃山川之真性情也。
この開篇の一章は堪輿家の「気」を論ずる第一道の機竅なり。前人の言に「有地非人不下、有人非時不下」——好地ありて福ある人なければ葬り下ろすあたわず、人ありて時運いまだ至らざれば、また葬り下ろすあたわず、これは「気運」に就て言ふなり。また「察以眼界、會以性情、若能了此、天下横行」——眼界をもって形勢を察看し、性情をもって気機を領會し、能く此の一層に了透せば即ち天下に横行すべし、これは「気勢」に就て言ふなり。故に從前の明師は一たび形勢を見れば即ち日後の禍福の大小・發福世代の先後を知ることを得、全て気運の上に着眼す。然らば山川の真性情はまた如何に分辨すべきか。前人の言に「山乘秀気、水乘積気、石乘煞気、平乘脊気」、また「山谷異形、平原一気」——これが講ずる所は正に山川の大勢、即ち山川の真性情なり。
山何以獨取秀氣也?山之勢,類多剛猛幣頑硬,惟患不秀麗,若見秀麗所叢,穆是真氣所聚。且上聚地惟天清之氣居多,所謂收山不收水者,正用之此處,故以峰巒之秀氣為生氣耳。水何以獨取積氣也?水之勢,類多流走而散逸,惟患不澄凝,若見諸水所積,便是真氣所鍾。且下聚地惟取凝蓄之氣居多,所謂收水不收山者,正用之此處,故以水之積氣為生氣耳。
山は何ぞ単に「秀気」を取るや。山の形勢は多く剛猛頑硬にして、最も怕る所は秀麗ならざるなり。一たび一處の秀麗なる峰巒叢聚を見れば、彼の處は即ち真気の聚る所の地なり。況んや「上聚」の地は多く天上の清陽の気の結ぶ所にして、堪輿家の所謂「収山不收水」は正にこの種の地方に用ゆ。故に峰巒の秀気をもって生気と作す。水は何ぞ単に「積気」を取るや。水の形勢は多く流走散逸にして、最も怕る所は澄凝すること能はざるなり。一たび衆水匯積の處を見れば、彼の處は即ち真気の鍾る所の地なり。況んや「下聚」の地は多く凝蓄の気を取り、所謂「収水不收山」は正にこの種の地方に用ゆ。故に水の積気をもって生気と作す。見るべし、山と水の気を取る着眼處は本もと相同ならず、気を認る者は一概に論ずべからず。
石何以獨取煞氣也?山有山之喜氣,亦有山之怒氣。怒則山之威靈所在。威靈之氣,多露為石。若石山而徒剛猛,壓逼不成體勢,不作威儀,則徒有煞而無生矣。從而下之,禍不旋踵。故石貴乘煞氣者,取其威而成體,有生氣也,最宜細認。平何以獨取脊氣也?如平陽一派之土,純陽無陰,生氣不斂,苟得一骨脊之處高起,便為斂而有生氣矣。昔人有“沒牛吹氣,如酥在湯”之喻,正如此。
石は何ぞ単に「煞気」を取るや。山には山の喜気あり、また山の怒気あり。怒気の在る所は正に山の威靈の在る所にして、この威靈の気は多く半ば顯露して石と成る。若し石山がただ一味剛猛にして壓逼して人を逼り、體勢を成さず威儀を具へざれば、則ち煞のみあって生なし。この種の地方に下葬せば禍事は轉眼に便ち至る。故に石の貴ぶべきは「煞気を乘ずる」に在り、取る所はそれが威嚴にして能く體を成し、煞の中に生を含む一面なり。これ最も細々に辨认を須とす。平地は何ぞ単に「脊気」を取るや。平陽一帶の土の如きは純陽にして陰なく、生気は舒散して収斂せず。若し能く一處の骨脊高き起るを得ば、気は便ち收攏して生機有らん。前人に「没牛吹気、如酥在湯」の比喩あり——水牛が身を水中に没して只脊背を露し、鼻孔にて気を吹き、酥油が熱湯の上に浮んで微微と隆起す——説く所は正にこの気象なり。
山谷又何以稱異氣乎?如今山谷之間,各自起勢,各自開局,各自成門戶,其氣各異,故凡江南一帶,不當與江北同看,只見一個星辰特起,一個局面特開,有蓋有送,有朝有迎,或如專城,或如停釋,倘得兩三重水口,特特關鎖,便為有結,便當著眼。試觀閏、廣、吳越之間,各村各社,各有名族,亦各有名家,諸幾語言習尚,又各不同風,惟異氣然也。
山谷の地は何ぞ「異気」と稱するや。山谷の間は一處に一處の起勢あり、一處に一處の開局あり、各々自ら一個の門戸を成し、気脈は互いに相同ならず。故に江南一帶の山は江北の看法をもって套すること能はず。只一座の星峰特特に聳起し、一個の局面特特に展開し、上に「蓋」山あり、後に「送」山あり、前に「朝」山あり、旁に「迎」山あり、或いは圍合して一座の專城の如く、或いは停蓄して一處の驛舍の如く、再び能く兩三重の水口特特に關鎖あらば、那れ便ち結作有るなり、即ち着眼すべし。試みに閩・廣・呉越の間を看よ、各村各社に各々その望族名家あり、言語風俗すら村村同ならず、正に「異気」の然らしむるなり。
平原又何以稱一氣乎?如今四望廣漢之地,有何大分別,只見有一方岡脊起處,便作城池市鎮,其為廬舍墳墓,盡聚於此,即幾語言習尚,雖數百里多為通同,謂非一氣然乎。倘居異氣處而漫以漠然四望之勢求之,則以眼界太寬而失矣;倘署一氣處而必以山谷分結之勢求之,則又以眼界太窄而失矣。此認氣以認氣勢為難也。
平原の地はまた何ぞ「一気」と稱するや。目を擧げて四望すれば一片の廣漠にして、本もと大いなる分別あることなし。只見る、一方の岡脊隆起する地方あれば、便ち彼處に於て城池を築き市鎮を成し、房舍と墳墓と盡數此處に聚まる。言語風俗すら縱横數百里も大體相通ず、これ正に一気の貫通ならずや。若し身を「異気」の山谷に在して平原の漫然無邊際なる四望の勢をもって求めば、失は眼界の太だ寛きに在り。若し身を「一気」の平原に在して硬く山谷の分枝結穴の格局に按じて求めば、また失は眼界の太だ窄きに在り。故に気を認るには「気勢」を認清するをもって最難とす。
上巻二 地運天運、天人相應
地運有推移,而天氣從之;天運有轉旋,而地氣應之。天氣動於上。而人為應之;人為動於下,而天氣從之。
地上の気運に推移變遷あれば天上の星気は便ち之に隨て動き、天上の星運に轉旋變化あれば地下の気脈は便ち之に應じて變ず。天気は上に在て先に動けば人事は即ち下に在て相應じ、人事は下に在て先に動けば天気も亦之に隨て轉ず。天・地・人三者の気は本もと一貫相通ず。故に善く気運を觀る者は能く天象に由り人事を預知し、亦能く人事の興作に由り天気の向背を看出す。
此言宇宙氣運,天地人皆相與於有成,一有轉移舉動,氣即以異,此識時觀變者之一大樞紐也。何謂地運有轉移而天氣從之?如黃河是天地間一大血脈,據黃虞時河由龍門而轉呂梁,由呂梁而轉太行,由太行而轉褐石乃入海,是河從西轉南,從南轉東北,而巽居其中,則所謂黃河如帶,五嶽俱朝,為天下第一大風。水者,此也。此巽都一時而堯舜禹三聖人出焉,千古莫盛矣。
これは宇宙間の気運は天・地・人三者の互相參與を以て乃ち成就を得るを説くなり。只一處の轉移擧動あらば気は即ち之に隨て異なり、これ時務を識り變化を觀る人の把握すべき一大樞紐なり。何をか「地運に推移ありて天気之に從ふ」と謂ふや。黄河は天地の間の一条の大血脈なり。説に唐堯虞舜の世、黄河は龍門に由り吕梁に折れ、吕梁に由り太行に折れ、太行に由り碣石に折れて而して後海に入る。河道は自ら西より南に轉じ、又自ら南より東北に轉向し、巽方は正にその中に居る。これ即ち所謂「黄河如帶、五岳俱朝」にして天下第一等の大風水と為す。正に此の一段の巽方帝都の気運に因り、一時の間に堯・舜・禹三位の聖人相繼ぎて出づ、千古に此より盛んなるはなし。
夫惟黃河經其北,長江繞其南,而泰嶽夾於其間,則泰山為華山以來大盡之龍,乃中國之一大干也。若論中國形勝,則泰山為中盡,當時孔聖起而群賢濟濟並生,千古亦莫盛焉。此開闢以來未有轉徒之山水也。自漢黃河漸徒而南,乃至穿斷部魯之墟,宜走準泅,則泰山反居北,而黃河乃居南矣。巽州之水勢傾,鄒魯之地脈斷,而北地之氣運衰矣。
正に黄河が其の北面を流れ、長江が其の南面を環繞し、泰山一岳が兩水の間に夾まるに因り、故に泰山は自ら華山一路行来の「大盡」の龍にして中国の一条の大干龍なり。若し中国の形勝を論ぜば泰山は即ち居中して盡くる一處なり。當年孔子は其の地に起り、群賢濟濟として並び出づ、千古にも此より盛んなるはなし。これは開天闢地以来遷移したることなき山水なり。漢代以後に至り黄河は漸く南徙し、甚だしきは鄒魯一帶の故墟を穿斷して淮泗に向って流道を改む。是に於て泰山は反って北に居り黄河は卻て南に居る。巽方一帶の水勢は傾瀉し鄒魯の地脈は截斷せられ、北方の気運も亦之に隨て衰落す。
我朝祖陵鍾於中都,大業起於滁陽,正在準泗之間,豈非黃河南徒,氣運固使之然乎!人言江南之盛,以宋南渡而然,不知黃河徒而之南,則天運亦從而之南,人不能為之挽也。夫天氣一從地運之轉者如女人何謂天運有轉旋而地氣亦應之?如秦太史占金陵有天子氣,乃疏秦淮跌洩之,不知奏港一疏,地運乃動,溺後小而六朝之建都。大而我朝之鼎奠,果應於此。
本朝(明朝)の祖陵は中都鳳陽に鍾靈し、開國の大業は滁陽に發端し、恰好として皆淮泗の間に在り——これ豈に正に黄河の南徙・気運の然らしむるにあらずや。世人は皆江南の興盛は宋室の南渡に因ると謂へども、知らず黄河先に南方に徙り天運も亦之に隨て南行し、人力は挽回すること能はざるを。これ即ち天気が地運の轉移に跟隨するの例なり。何をか「天運に轉旋ありて地気之に應ず」と謂ふや。たとへば秦朝の太史は金陵に天子の気あるを占出して、乃ち秦淮を開鑿して之を泄さんとす。不料秦淮一たび疏鑿を經れば地運は反って引動せられ、此後小には六朝が此に都を建て、大には本朝が此に基業を奠定す。果然として此處に應驗せり。
又如洛陽素未有杜鵑,及杜鵑啼而天氣行於南矣,商人自是果作相,是地運未到而天運先到,則地乃從天轉也。何謂天氣動於上而人為應之?如陳希夷一夕見小星居帝星之左,及旦而亞覓其所,見宋太祖與趙普同坐酒肆間,而趙居其左。陳乃曰:小星何敢居帝座左哉!推而易之。此宋太祖微時事。今人多以星氣為渺茫,而不知天動人應,其不爽如此。
又如洛陽は一向に杜鵑なく、杜鵑が洛陽に啼くを待ちて便ち天気已に南行せるの徵候と為し、此後南方の人は果然として朝に入りて相と為る——これは地運いまだ到らざるに天運先に到り、地気反って天運に隨て轉ずるなり。何をか「天気上に動きて人為之に應ず」と謂ふや。たとへば陳摶(希夷先生)は或る夜一顆の小星の帝星の左に居るを見、天亮して後蹤跡を循て尋ね行き、宋太祖と趙普と同く酒肆の中に坐し、趙普は左邊に坐せるを見る。陳摶便ち言ふ、小星あふぎて帝座の左に居るを敢へてせんや、と。乃ち兩人の座次を調換して來す。これ宋太祖尚お微賤の時の事なり。今人は多く星気を渺茫無憑と看作して知らず、天上一たび動けば人間一たび應じ、竟に此の般の地步に準確なるを。
何謂人事動於下而天氣認之?如洛陽花石,何大關係,而元史占之,以為花石不會,由宋之旺氣不絕,及一旦移去花石,而航海之舟遂覆。今人多以前哲按星勢為作用。似為怪涎不經。而不知一舉一動,天即為應。氣何不貫通也?夫論氣運者而苟拘拘於定格,不及於轉徒幻化之不常,抑何以定其變哉!夫古大哲望氣而可預占。察時而可觀變,蓋通此竅耳,自非神仙道眼,烏足語此!
何をか「人為下に動きて天気之に從ふ」と謂ふや。たとへば洛陽の花石は本もと大いなる干係なく、元朝の史官は占候して卻て花石一日散ぜざれば宋朝の旺気も一日絶えざらんと認め、一日ありて花石を遷去するを待ちて花石を運送する海船は隨に傾覆す。今人は多く前賢の星象形勢に按じて興作施為するを怪誕不經と看成し、知らず人間の一擧一動に上天は立刻に回應有り、気豈に貫通せざるの理あらんや。故に気運を論ずる者は若し一味に死格に拘守して気運の遷徙幻化・變動不居を顧みざれば、又怎ぞ能く其の變化を斷定せんや。古來大哲は気を望みて預占し時を察して變を觀ることを能くす、靠る所は正に此の一竅を通ずるに在り。若し神仙の如き道眼にあらざれば、是れ等を談論するに配せず。
上巻三 三講三星、胎局聚氣
有聚講、行講、坐講,則氣聚於龍;有權星、尊星、雄星,則氣聚於勢;有蓋鉛、夾胎、乘胎,則氣聚於穴;有收襟、收堂、收關,測氣聚於局。
龍の起祖の處に「聚講」あり、行度の中に「行講」あり、歸宿の處に「坐講」あり、三講俱全ならば気は便ち龍身の上に聚まる。「權星」(萬山の祖たる極大の峰)・「尊星」(一方に高き出づる祖宗の峰)・「雄星」(水口の門戶を把守する卓立の峰)あり、三星俱全ならば気は便ち形勢の上に聚まる。穴の上に「蓋胎」(頂上の蓋座)・「夾胎」(左右の龍虎の夾護)・「乘胎」(穴前の小明堂の承気)あれば気は便ち穴の中に聚まる。外圍に能く「收襟」(穴内の微茫界水の交合)・「收堂」(龍虎界水の會聚)・「收關」(城郭水口の關鎖)あらば気は便ち整個の局面の裡に聚まる。此の四層は分かちて龍・勢・穴・局の四處より気を認るに、形氣一門の總綱なり。
此四段,乃認氣者第一關鍵也。夫龍忌孤單,人所共知,然亦但知看到頭數節耳,不知龍有起有止有行度,起處必要聚講。如層雲疊霧,合氣運形,大以數百里,小以數十里,橫亙綿延,或五星聚而不分,謂之聚講。如都會之地,萬食所聚,萬民所止,乃樞要之會也。
此の四段は氣を認るの第一關鍵なり。龍は最も孤單を忌む、これは人皆知る所なれど、一般人は只入首前後の幾節を看るを知りて、龍に起り有り・止り有り・行度有るを知らず、而も起祖の處は必ず「聚講」有らざるべからず。所謂聚講は衆山が層雲疊霧の如く會合し、氣と形と交相凝聚し、大なるは横亙數百里、小なるも亦數十里にして綿延斷えず、或いは五星叢聚して分開せず、これを聚講と謂ふ。それは通都大邑の如く、萬貨の聚まる所・萬民の止まる所にして一方の樞要總會なり。
既之後,則分枝劈脈而去,條分縷析,正幹從中,徐支分左分右而行。以渡峽,或以定閃,兩邊夾護,各帶峰巒,帶印、帶筆、帶旗、帶鼓、帶倉、帶庫,各各不一,總之叢聚拱護,不孤不露,謂之行講。龍之行度既歷剝換,必有歸宿,譬則行者之赴家,其一家骨肉必為團聚,又譬則貴人之登堂,其所屬僚佐必為拱護,決無孤立獨坐之理,謂之坐講。有此三講,其龍乃真,若或不然,則孤單二字,不特在入穴之所矣。
聚講既に成りて後、便ち枝を分かち脈を劈きて去り、條分縷析す。正幹は居中直行し、餘支は分かれて左右に走り、或いは峽口を渡り、或いは身を閃して勢を取り、兩邊に山の夾護あり、各々峰巒を帶び——或いは印の如く、或いは筆の如く、或いは旗の如く、或いは鼓の如く、或いは倉の如く、或いは庫の如く、形狀各々相同ならず、總じて是れ叢聚拱護して孤ならず露ならず、これを「行講」と謂ふ。龍の行度既に層層の剝換を歷れば必定歸宿の處あり。譬へば出門の人が家に歸り至れば一家の骨肉自然團聚し、又譬へば貴人が堂に升り視事すれば屬下僚佐自然環列拱護す、決して孤零零として獨坐するの理なし、これを「坐講」と謂ふ。三講俱備なれば此の龍は乃ち真龍なり。若し是の如くならざれば則ち「孤單」二字の毛病は入穴の一處のみに在らざるなり。
何以謂之權星?吳公《鉗龍經》中所稱都權之星也。蓋以其勢正盛正大,祖宗二字不足以盡之。高大如雪山之齊天,不見其頂,綿亙如雲中之雁,不見其來,叢集如艮侖,八方之播踞,不見其分,則天下萬派之山,皆祖於此,此亦何可以祖言,故以都權之星名也。大抵權星多土金之體,蓋惟土金能綿豆也。若水木火多作祖星,以其活動而卓立,則為分形矣,則宇宙間惟土石為大為盛,蓋石即金也。
何をか「權星」と謂ふや。即ち呉景鸞《鉗龍經》に所謂「都權の星」なり。その形勢の極盛極大に因りて「祖宗」の兩字を用ゐてもなお形容し足らず。高大なること雪山の天と斉きが如く、その頂を望見すること能はず。綿亙なること雲中の飛雁の如く、それが何處より來るを望見すること能はず。叢集なること崑崙の如く八方に盤踞し、それが何處より分れ出づるを望清すること能はず——天下の千支萬派の山は皆之を以て祖と為し、已に一個の「祖」の字の稱呼する所能にあらず。故に名づけて「都權の星」と為す。大抵權星は多く土體・金體なり、ただ土金の形のみが能く綿亙廣遠たるを以てなり。至りて水・木・火の三體は多く只一方の祖星と作るのみ、その形態が活動して卓然獨立するを以て、那れは即ち分出したる形に屬するなり。故に宇宙の間は只土と石と最も大にして最も盛んなり——石は即ち金なり。
經云權星宜大不宜秀,祖星臨來要起峰。正此之謂。從此而推,一郡有一郡之權星,幾論佛仙候王相公之大結構,必本於此。至如尊星,則或祖或宗,高出於一方,為眾山所首出者,從此而知龍之正幹正結,皆肇於此。又如雄星,則於城廓交關之處,有卓立星辰,可以應尊星而當門戶者,則以雄星稱、即今所謂北辰羅侯之類。蓋交牙織結,不如以禽獸成形,物形守關,又不如以人守關之為大也。有此三星,方為勢大。
經文に「權星は大なるを宜として秀なるを宜とせず、祖星の臨來は峰を起さんことを要す」と説くは正に此の意を講ず。此に由り類推すれば一郡は自ら一郡の權星あり、凡そ佛地・仙跡および侯王將相の大結作は皆必ず此を以て本源と為す。至りて「尊星」は或いは祖山と為り或いは宗山と為り、一方に高き出でて衆山の首と為り、之に由り便ち龍の正幹と正結と皆此に發端することを知る。再び「雄星」の如きは城郭交會關鎖の處に卓然特立する星峰にして、能く尊星と相呼應して門戶を把守するを便ち雄星と稱し、即ち今人の所謂「北辰」「羅睺」の類なり。大凡水口は只砂脚の交牙織結のみにして山形の禽獸が關を守るに如かず、禽獸の形が關を守るも又人形の尊峰が關を守るの盛大に如かず。三星俱備なれば形勢乃ち宏大と算すべし。
胎星是結穴之所,何謂蓋胎?即蓋座是也。蓋無蓋勢,胎必不結。華蓋盡為上,冠蓋寶蓋次之,即個字飛蛾亦是蓋樣。蓋有蓋則脈不露不孤,而穴必藏風聚氣矣。何謂夾胎?如今龍虎夾耳之說,使風門不動,所以衛穴者也。何謂乘胎?如今小明堂是也。蓋上蓋則氣注於下,下乘則氣墮於上,兩旁夾則氣蓄於中,方謂有氣之穴。
「胎星」は即ち結穴の所在なり。何をか「蓋胎」と謂ふや。即ち穴上の蓋座なり。若し蓋覆の勢なければ胎は便ち結成せず。蓋座は「華蓋」の形を以て最上とし、「冠蓋」「寶蓋」之に次ぎ、「个」の字形・飛蛾形の分脈すら亦一種の蓋樣と算す。蓋有れば脈は孤露するに至らず穴は自然に風を藏し氣を聚むることを能くす。何をか「夾胎」と謂ふや。即ち今日の所謂龍虎夾耳の法にして左右の風門を動かさず以て穴場を衞護す。何をか「乘胎」と謂ふや。即ち今日の所謂小明堂なり。上に蓋覆あれば氣は自ら上より下に注ぎ、下に承托あれば氣は自ら下より上に托し、兩旁に夾護あれば氣は中に蓄へ、是の如くして乃ち氣有るの穴と稱すことを得。
何謂收襟?則穴中微茫,界水所會,如人之襟領所交,名曰襟合。何謂收堂?則龍虎界割之水所會,如居室之明堂,為四水之所聚,名曰堂合。何謂收關?以龍之分來作城作郭之水所會,小如居室之門戶,大如城郭之關鎖,名曰關合。古人所謂小合收囊,以堂合言也;大合收局,以關合言也。穴情低小者,收堂以內之水;穴情高大者,收關以內之水。
何をか「收襟」と謂ふや。穴中の那の一線微茫の界水交會の處、人の衣襟領口の相交るが如し、故に「襟合」と謂ふ。何をか「收堂」と謂ふや。龍虎兩砂界割して來る水の匯合の處、屋宅前の明堂の如く、四面來水の聚まる所なり、故に「堂合」と謂ふ。何をか「收關」と謂ふや。龍身より分出して城と作り郭と作る衆水會合の處、小なるは居室の門戶の如く大なるは城郭の關鎖の如し、故に「關合」と謂ふ。古人の所謂「小合は嚢を收む」は堂合を指し、「大合は局を收む」は關合を指す。穴情の低小なるは只堂合以内の水を收め、穴情の高大なるは乃ち關合以内の水を收む。
至如穴前小明堂合襟之水,無論高低穴皆所當收也。幾論局者,必準諸此,合而論之。昔人有云:有穴方言地,無局不言龍。則局又龍之所以定背面也。廖公洩天機,分龍穴砂水,而又加之以堂,正此之謂與!
至りて穴前小明堂の合襟する那の一點の水は則ち穴位の高低を論ぜず、皆是れ必ず收取せざるべからざるなり。凡そ「局」を論ずるは皆此を以て準と為し、合はせて通盤に看るべし。前人の言に「有穴方言地、無局不言龍」——局は正に龍の向背の分定する所の由なり。廖瑀が《泄天機》を作りて龍・穴・砂・水の四者の外に又一個の「堂」を加ふ、説く所は大氣此の道理ならんや。
上巻四 陰陽交止、雌雄相御
陰勝逢陽則止,陽勝逢陰則住。雄龍須要雌龍御,雌龍須要雄龍簇。
陰氣偏盛の龍は開陽の局面に遇へば便ち止住し、陽氣偏盛の地は起陰の形體に遇へば便ち駐住す。雄健の正幹の龍は須く柔順の雌龍を旁に護送駕御せしむべく、柔嫩の雌龍は則ち須く雄峻の砂峰を簇擁夾輔せしむべし。見るべし、龍は必ず陰陽雌雄交媾の地方に於て乃ち穴胎を結成することを得。
此二段言龍勢必得陰陽雌雄媾會之處而始成胎,認氣者所當審也。如山谷之間,陰氣嘗勝,故一卸平洋,脫胎換骨,局面亦且開陽舒暢,此便有結,所謂陰勝逢陽而止是也。大開大結,小開小結,萬萬不爽。又如平洋之地,陽氣嘗勝,故忽然起一岡阜、一山脊,謂之吉氣所起,乃四面陰砂,未纏未護,便是淺露,亦自成局。故平原之處,只要分局得明,骨脈顯示露為證,所謂陽勝逢陰而住也。
此の兩段は説く、龍勢は必ず陰陽雌雄交媾會合の地方に走り至りて乃ち結胎することを得、氣を認る者は應に細審すべし。譬へば山谷の間は常は陰氣偏盛なり、故に一旦平洋に卸落せば便ち脫胎換骨して局面も亦之に隨て開陽舒暢し、此處に便ち結作有り、正に所謂「陰勝は陽に逢へば則ち止まる」なり。局面の開くるや大なれば結するや大なり、開くるや小なれば結するや小なり、萬に一の失なし。又如平洋の地は常は陽氣偏盛なり、故に忽然として一座の岡阜・一条の山脊を隆起す、これを吉氣の起れる所と謂ふ。縱ひ四面の陰砂いまだ纏護周密せずして淺露を顯すとも、亦自ら局を成すことを能くす。故に平原に於て地を相るは只分辨して局面を出だし骨脊顯露して憑證と作す有らば、便ち所謂「陽勝は陰に逢へば則ち住まる」なり。
又如龍勢之來,正幹雄強,謂之雄龍,有自天而降、御風而行之勢,乃兩護送之山須要柔順婉轉,遠纏遠護,不與爭強,則正幹乃結。昔人所云雄龍坐大將以握重兵是也。要之所御之砂若果秀雅,亦出文士,或以文臣握兵權耳。又如龍勢之行,一派軟嫩為雌,必兩邊擁護,拱夾有力,作起氣勢,乃見精神。夫雌龍固主文秀,然四面砂如筆、如笏、如鼓、如旗,亦主威嚴,豈止文秀哉!此雌龍以夾從雄勢為佳,幾雌雄貴交媾如此。
又如來龍の正幹雄強なるを「雄龍」と謂ひ、天より降りて風を御して行くの氣勢有り。此の時兩邊護送の山は必ず柔順婉轉して遠遠に纏護し、正幹と強を爭はず、正幹乃ち結穴することを得。前人の所謂「雄龍は大將に坐して重兵を握る」は指す所は此の格局なり。ただ駕御する所の護砂若し果して秀雅ならば亦一樣に文士を出だし、或いは文臣を以て兵權を掌るの人物を出だす。又如龍の行度一路軟嫩なるは、此れ即ち「雌龍」にして必ず兩邊擁護・拱夾有力にして氣勢を撑起し、乃ち精神を見出すことを得。雌龍は固より文秀を主とすれども、四面の砂若し筆の如く・笏の如く・鼓の如く・旗の如くならば亦一樣に威嚴を主とす、豈に只だ文秀のみならんや。故に雌龍は雄峻の砂の夾從有るを以て佳と為す——雌雄の貴は交媾に在り、正に此の意なり。
上巻五 大地氣概、小地精神
大地無形看氣概,小地無勢看精神。水成形山上止,山成形水中止。
大地は往々にして巧媚現成の穴形なく、只整體の氣概の上より看るのみ。小地は既に宏大の氣勢なければ、局中聚斂の精神の上より看ることを要す。平支の龍は水の界合に靠りて形を成し、氣脈は隆起して剛なる高處に止住す、故に「水成形、山上止」と謂ふ。山壟の龍は山勢に靠りて形を成し、氣脈は界水交會の平坦處に止住す、故に「山成形、水中止」と謂ふ。
此言立穴當先認其形神止聚之處而穴之,不可一概論也。今人於入首作穴處,便看窩鉗乳突四字,一有此四者,便稱好穴,不知形乃穴之證佐耳。至其生機真結之處,全在大勢上理會。如大地之形,嘗隱嘗拙,何有形之巧媚動人。只於大象上察其氣勢,認其性情,苟得生機,便成穴法,不在拘拘於窩鉗乳突之常法也。至若小地,既無氣概,必須形局合度,聚氣藏風。出局觀之,似無氣勢,入局觀之,卻有精神,則便可於精神聚處穴之,亦可成一器局也。
これは説く、立穴は必ず先ず形と神の止聚する地方を認清して而して後下穴し、一概に論ずべからず。今人は入首作穴の處に到りて只「窩・鉗・乳・突」の四字を看て、一たび此の四種の形狀有るを見れば便ち好穴と稱す。然れども知らず「形」は只穴の旁證のみなるを。至りて生機真結の處は全く大勢の上に領會するを要す。大地の形狀は常々隱晦にして拙朴にして、豈に巧媚動人の形有らんや。只大象の上に其の氣勢を察し其の性情を認り、只生機を得著せば便ち穴法を成すことを得、死守して窩鉗乳突の常規を須とせず。至りて小地は既に宏大の氣概なければ、必ず形局合度して氣を聚め風を藏することを須とす。局外に立て看れば氣勢毫もなきが似たれど、局中に走り入りて看れば卻て自ら精神有り。然らば便ち精神團聚の處に下穴すべく、一樣に一個の器局を成就すること能くす。見るべし、大地は氣概を重んじ小地は精神を重んず、兩者の着眼處は本もと相同ならず、硬く一套の眼光を用ゐて套せば必定之を失ふ。
此管氏立穴以認形勢為先,最為至要。乃論形之止宿處,又要辨支攏高下,乃不失其性情也。如平支之龍,全以水為界合而成,陽氣嘗勝,其勢柔婉,穴當從其起處剛而乘之,所謂山上止者是也,即《葬書》支葬其瘍之意。如山攏之龍陰氣常勝,其勢雄急,穴當從其坦處而乘之,所謂水中止者是也。謂之水中只是界水會而止處,古所云:來不來,坦中裁,住不住,坪中取。此與《葬書》攏葬其麓之意同。
此れ即ち管氏一派の立穴は形勢を認るを以て先と為すの宗旨にして最も緊要なり。而も形の止宿する處に論至れば、還た「支」と「壟」・地勢の高と下とを分辨して乃ち山川の真性情を失はざらん。平支の龍は全く水の界合に靠りて形を成し、陽氣は常に盛んにして其の勢柔婉なり、故に穴は其の隆起して剛なる地方に於て乘るを要す。此れ即ち「山上止」にして正に《葬書》の「支は其の巔に葬る」の意なり。山壟の龍は陰氣常に盛んにして其の勢雄急なり、故に穴は其の坦平の地方に於て乘るを要す。此れ即ち「水中止」にして、所謂「水中」は只界水交會して氣止まるの處を指す。古人の言に「來不來、坦中裁;住不住、坪中取」は此れ《葬書》の「壟は其の麓に葬る」の意と相同なり。
上巻六 尊星主星、胎伏胎息、解星恩星
認氣於大父母看尊星,認氣於賓子富看主星,認氣於方交搏看胎伏星,認氣於胎育看胎息星,認氣於化煞為權看解星,認氣於逢絕而生看恩星。
發祖の「大父母」の上に氣を認るには「尊星」を看るを要す——即ち一方最高最大にして一方を獨擅する主峰なり。賓主分明の處に氣を認るには「主星」を看るを要す。陰陽交媾の處に氣を認るには「胎伏星」を看るを要す——即ち跌斷過峽・一俯一仰なる那の一節なり。成胎孕育の處に氣を認るには「胎息星」を看るを要す。凶煞を化解して反って凶星を我が用と為す處に氣を認るには「解星」を看るを要す。氣將に斷絕せんとして復た生機を得る處に氣を認るには「恩星」を看るを要す。此の六星は分かれて龍氣の發祖より行度・過峽・結胎に至り化煞逢生に到る各階段に對應し、是れ龍身の上より氣を認る一套の次第なり。
此數段乃龍氣中認氣第一法門也。幾看龍須認尊星為主,蓋到一方看是何山最高最大,專擅一方,便以之為大父母。看尊星是何星辰,如土星起頂垂肩,大開蓋帳,則為土龍勢,其所育之子孫,土是本氣,金是生氣。如木則為煞,如火則為其所洩,如水則又為其所刑。故凡自上而下,遇生旺為子息,遇克害則為其煞。其法當祖《河圖》,一以順生為序,蓋父母不可克子孫也。李家《龍經》云:息星克母子榮昌,母星克子死絕亡。蓋下可克上,上不可克下也。
此の幾段は龍氣の中に氣を認るの第一法門なり。凡そ龍を看るは必ず「尊星」を認るを以て主と為す。一方に到りて、哪の一座の山が最高最大にして一方を獨擅するかを看て、便ち之を以て「大父母」と為す。再看此の尊星は何種の星體に屬するか。譬へば土星起頂垂肩して蓋帳を大開せば、那れは即ち土龍の勢なり。其の生育する所の子孫山は土を以て本氣と為し金を以て生氣と為す。若し木を出づれば便ち煞なり、火を出づれば其の泄る所と為り、水を出づれば又其の刑する所と為る。故に凡そ自上而下相承して生旺に遇ふは即ち子息なり、克害に遇ふは即ち煞なり。此の一套の推法は《河圖》を以て祖と為し一律に順生を以て次序と為す、父母は子孫を克すべからざるを以てなり。李氏《龍經》に「息星克母子榮昌、母星克子死絕亡」——下は上を克すること可なれど、上は下を克すること可ならずと曰ふ。これ相龍の生克を論ずるの一条の根本準則なり。
凡山一到入首之處,看是何星辰,如金星入首,祖宗原是土勢出脈,則為真子孫矣。若干入首蓋覆之星或帶木,不兔相剋。然息為金而覆胎之星帶木,則子息破母胎而出,原有此理。便是金木相接之處,微有水意,便不隔絕矣。此即合前所云息星克母子榮昌之說,有何妨乎!其法出於《洛書》,一以逆克為序。而吳公解義云:木星入土星,一甲輔明廷。亦以從下克上之不畏也。如今術家所稱屏下貴人,夫以木星貴人而在屏土之下,非木入土之說乎!
凡そ山の行りて入首の處に到るは、其れ何種の星體なるかを看るを要す。譬へば金星を以て入首せども祖宗元は土勢出脈ならば、那れは便ち真正の子孫なり。若し入首の處の蓋覆の星に木意を帶ぶれば未免金と相克す。然れども息星既に金にして覆胎の星は木を帶ぶ、則ち是れ子息が母胎を衝破して出づるなり、本もと亦此の道理有り。只金木相接の處に微微と一點の水意を帶ぶれば兩者は隔絕するに至らず——此れ正に前の説く「息星克母子榮昌」に合す、又復た何の妨礙あらんや。此の一套の推法は《洛書》に出で一律に逆克を以て次序と為す。呉景鸞が其の義を解して「木星は土星に入り一甲明廷を輔く」と曰ふも亦是れ下より上を克して畏れを必せずの意を取るなり。今日術家の稱する所の「屏下貴人」の如きは木星の貴人峰を以て土屏の下に立つ、正に木の土に入るの説法ならずや。見るべし、生克の用は須く活看して一端に拘執すべからず。
又如大父母既佈勢降脈而來。若干其間不遇雌雄交媾,何以成胎?故當行到氣盛處。須要跌斷過峽,一俯一仰而成胎伏,乃成交磺。此去方有生育。若無胎伏,放去必不變化,便是純陽純陰,無生機矣。楊公論龍。必以胎伏,意正如此,此於龍腰認氣之第一機竅也。龍既跌斷,過峽則再起,必有好星辰或開蓋覆,必成胎育。蓋覆之下,一線起脈為胎。所謂鶴膝蜂腰龍已成,正指此處。
再び説く、大父母既に氣勢を布開して脈を降して來り、若し一路上雌雄交媾に遇はざれば、又怎ぞ能く穴胎を結成せんや。故に氣盛の地方に行り至りては必ず跌斷過峽して一俯一仰して「胎伏」と成り、此れ乃ち交媾成功と算して下りて往に生育有らん。若し胎伏なく一味に脈を放ちて直去せば必定變化すること能はず、那れは即ち純陽或いは純陰にして全く生機なし。楊筠松の龍を論じて必ず胎伏を講ずるは用意正に此に在り、是れ龍腰の上に氣を認るの第一道の機竅なり。龍既に跌斷し過峽して後必ず再び星峰を起こし、或いは蓋覆の形を開出し、是に於て「胎育」を成就す。蓋覆の下に一線を垂落して脈を起こす、此れ即ち「胎」なり。所謂「鶴膝蜂腰龍已成」は指す所は正に此の地方なり。
此一線垂落,必要水體乃成胎,所謂萬物皆生於水是也。此即束氣之處胎之下,再起便是息星,或於一節即結,或數節乃結,在所不拘。然喬不可節數太多,以氣離胎不可緩,亦不可脫也。息星便是入首,入首之下。再看入手成河穴法。或即貼於息星之本體,或脫落而為另體。乃穴場也。此認真氣於父母。相合處正在此。
此の一線垂落の脈は必ず水體にして乃ち胎を成すことを得、所謂「萬物は皆水に生ず」は即ち此の意なり。此處は亦正に氣を束ぬるの地方なり。胎の下に再び一星を起こすは便ち「息星」なり。有るは一節にして便ち結穴し、有るは幾節を走りて乃ち結し、定數なし。ただ總じて節數の太多きを宜とせず、氣一たび胎位を離れば既に太だ緩なること能はず亦脫開すること能はざるを以てなり。息星は即ち入首なり、入首の下に再び入手の處如何に穴を成すかを看る。或いは緊貼して息星の本體の上に在り、或いは脫落して來りて別に一體を成せば、那れは便ち穴場なり。大父母と子息と相合するの處に真氣を認取するの關鍵は正に此に在り。
凡龍行度。豈能盡無駁雜。如土龍行度。遇木則為煞,然以木星貴人之峰而在土屏之下,雖為煞而有權。若於貴人峰下少轉水而頓起金星,則金可制木之煞,而水為貴人秀矣,豈不化煞為權乎!謂之解星,從此行去,必為生旺,便結穴矣。凡龍行察,必不變換,湖雖生旺,未免太過,反致剛煞矣。
凡そ龍の行度に豈に全く駁雜なからんや。譬へば土龍行度の中に木に遇へば便ち煞なれど、若し此の木星が貴人の峰にして土屏の下に立たば、煞と為すと雖も卻て反って權有り。假に貴人峰の下に略一轉して一段の水體を出し、再び頓起して一座の金星となせば、則ち金は木の煞氣を制するを以て而も水は又襯ひて貴人愈々清秀たるべく、此れ豈に即ち「化煞為權」ならずや。此の一座の金星を便ち「解星」と謂ふ、此れより行き去りて必ず生旺に轉じ、便ち結穴すべし。反って説く、龍一路行き去りて若し始終變換を肯ぜざれば、縱ひ一味に生旺なりとも未免太過にして反って剛煞と成る。
如土龍陣勢,金星為生,乃一派金星,三五不同,不生支腳。渾是堅剛,則純陽不化,反為陽龍之絕,必須卸下,或轉天虹之土,兩邊開掙,以分堅剛之氣,是以母救子為恩也,或卸下轉折,如三奧之水,經洩剛直之氣。是以子救母。亦恩也。得此方去結穴,若不得此,便是香火之居,或為鉸戈之窟矣。
譬へば土龍の陣勢は本もと金星を以て生氣と為す。然れども若し一路皆金星にして三五座形狀雷同して又支脚を生ぜず通體堅剛ならば、那れは即ち純陽不化にして反って陽龍の絕地と成る。此の時必ず卸落して來りて、或いは一轉して長虹の空に橫はるが如き一段の土體を出して兩邊を撐開し、堅剛の氣を分泄する——是れ母(土)を以て子(金)を救ふにして「恩」と謂ふ。或いは卸落して後曲折して轉出し、三重深曲の水體の如くして剛直の氣を泄去する——是れ子(水)を以て母(金)を救ふにして亦「恩」と謂ふ。此の轉換を得著して乃ち結穴すること好し。若し得ざれば那れは只寺觀香火の居と作り、或いは兵戈相爭の窟と成るのみ。
九一方起一尊星,必有一結。或於盡處正受。便為正格。或盡處皆受到煞,則於解星思星之有生機處。或作騎龍,或作斬關,須要詳認。覆蓋峽前峽後之處,每有結作,正數脫卸處而得,解星恩星之有氣也,從龍認氣,妙法在此。
凡そ一方に一座の尊星を起こせば必ず一處の結作有り。有るは龍脈の盡頭に於て正受して結す、那れは便ち正格なり。有るは盡頭處處煞を受けば、那れは要く解星・恩星に生機有るの地方に於て穴を取り、或いは「騎龍」の穴と作り或いは「斬關」の穴と作り、須く細々に辨认すべし。蓋覆の峽前峽後も往々にして結作有り、正に幾處の脫卸する地方に於て解星・恩星の生氣を得著するの致す所なり。龍身の上より氣を認るの妙法は全て此に在り。
上巻七 認龍以勢、認穴以情
認龍之氣以勢,認穴之氣以情。
龍の氣を認るは其の一路行り來るの形勢の上より認るを要し、穴の氣を認るは其の四圍の山水と呼應向背するの情態の上より認るを要す。
昔人云:望氣存乎勢,立穴乘乎情。大要看龍以勢為方。其局有五:曰直,曰橫,早回,曰飛,曰潛。《入式歌》云:直龍原是撞背來,中出貴徘徊。言直來之龍勢多宜硬,妙在徘徊,乃有氣也。橫龍原是從例落,逆轉須磅礴。言橫來之龍,其勢不正,氣須逆轉,而勒定乃收住也。回龍原是逆翻身,顧祖要逡巡。言回龍之勢多湊促,其氣不舒,必得寬暢逮巡。氣乃和也。
前人の言に「望氣存乎勢、立穴乘乎情」。大要是れ、龍を看るは「勢」を以て準と為し、龍勢の局面は共に五種あり、直・横・回・飛・潜と謂ふ。《入式歌》に「直龍元は撞背より來り中出貴徘徊」は、直來の龍は其の勢多く剛硬にして妙處は中間に於て能く徘徊頓挫するに在り、是の如くして乃ち氣有るを謂ふ。又「横龍元は側より落ち逆轉須く磅礴たれ」は、横來の龍は其の勢正ならず、氣は必ず逆轉して來り勒定住して乃ち收住るを得るを謂ふ。又「回龍元は逆に翻身して祖を顧るに逡巡を要す」は、回龍の勢は多く凑促逼窄して氣舒展せず、必ず寬暢從容に祖山を回顧して氣乃ち平和なるを謂ふ。此の三種の龍勢は一は硬の中に活を求め、一は斜の中に逆を求め、一は促の中に寬を求む、皆「勢」の上に氣を認るの功夫なり。
飛龍原是結上聚,昂首真奇異。言飛龍既屬上勢,須要軒昂,收得眾山水,制得眾山水,氣象始為奇也。潛龍原是落平洋,撒脈自悠揚。言平洋多撒漫,病在脈不到,故須撒脈悠揚,有分有合。有擺有折,則氣乃真耳。從龍論氣,大約在此五者。穴法大要有天地人三停,不論高下,只要收得山水,便是真情向也。即如以飛龍而作天穴,情在上聚。法當以龍之氣勢與上聚峰巒配合為是。昔人斷天穴之吉凶,專以龍斷,以上聚專主於龍勢也,若下面砂水,不為用事,則不必論矣。
「飛龍元は上聚に結して昂首真に奇異」は、飛龍は既に上聚の勢に屬すれば、便ち軒昂特起して既に衆山衆水を收住りて又衆山衆水を制住り、氣象乃ち奇特と算すべし。「潜龍元は平洋に落ちて脈を撒き自ら悠揚」は、平洋の地は脈多く散漫にして毛病は脈の頭に到らざるに在り、故に必ず脈を撒きて悠揚し分有り合有り擺有り折有りて氣乃ち真なるを謂ふ。龍より氣を論ずるは大略此の五種を出でず。至りて穴法は大要に天・地・人の三停の分あり、穴位の高低を論ぜず、只山水を收住るを得ば便ち真の情意の向かふ所なり。譬へば飛龍を以て天穴と作せば、情は上聚に在り、法は應に龍の氣勢を以て上聚の峰巒と相配合すべし。前人の天穴の吉凶を斷ずるは專ら龍に就て斷ず、正に上聚の地は專ら龍勢を主とするに因る。至りて下面の砂水は既に用事と為さざれば便ち之を論ずるを必とせず。見るべし、天・人・地の三停の穴の分別は全て氣の上に聚まるか中に聚まるか下に聚まるかに在り、配合する所の對象も亦之に隨て異なる。
幾收山納水,只以眼中得力用事者為緊要也,至如雌雄相半之龍,可扦人穴,情在中聚,則以中聚拱揖之砂為應,取人首之脈與之配合,以其後龍之勢尚緩,而歸堂之水尚低,惟取中聚之砂收而納之,其氣聚,其應速也。至如柔婉之龍,所謂潛龍,多作地穴,則以入口之水為主矣。蓋平洋之地,一以水之界合為龍,故聚水歸堂,乃為有情,故收下聚之氣者,妙在用水。昔人斷中聚之地以砂,下聚之地以水者,誠有見也。
凡そ山を收め水を納るるは只眼中の真正得力用事する那の一部分を最緊要と為す。至りて雌雄各半の龍は人穴と作して扦る可く、情は中聚に在り、那れは要く中間の拱揖朝抱する砂を以て呼應と作し、入首の脈を取りて之と相配合す。此種の地方は後龍の來勢還お緩く、堂に歸る水位還お低く、只中聚の砂を取りて收納し入れて氣乃ち聚住りて應るや快きを以てなり。再如柔婉の龍、即ち所謂潜龍は多く地穴と作し、那れは則ち入口の水を以て主と為す。平洋の地は全く水の界合を以て龍と當て、故に水を聚めて堂に歸せば乃ち情有ると算し、下聚の氣を收下るの妙處は全て水を用ゐるに在り。前人の中聚の地を斷ずるに砂を看、下聚の地を斷ずるに水を看るは實に見地有るなり。總じて上聚は龍勢を看、中聚は砂を看、下聚は水を看、三者各々主る所有りて混用すること能はず——此れ正に「情」の字の穴法の上に落ちるの實處なり。
