大仏頂萬行首楞厳経巻第八
大仏頂如来密因修証了義諸菩薩万行首楞厳経巻第九(一名中印度那蘭陀大道場経、灌頂部に於て録出して別行す)
唐天竺沙門般剌蜜帝譯
唐代天竺沙門般剌蜜帝訳。
「阿難!世間一切所修心人,不假禪那,無有智慧。但能執身不行婬慾,若行、若坐想念俱無,愛染不生無留欲界;是人應念身為梵侶,如是一類名梵眾天。欲習既除,離欲心現,於諸律儀愛樂隨順,是人應時能行梵德,如是一類名梵輔天。身心妙圓,威儀不缺,清淨禁戒加以明悟,是人應時能統梵眾為大梵王,如是一類名大梵天。阿難!此三勝流,一切苦惱所不能逼。雖非正修真三摩地,清淨心中諸漏不動,名為初禪。
(仏また説きていわく、)「阿難!世間の一切の修する所の心の人は、禅那を假らざれば、智慧有る無し。但だ能く身を執して淫欲を行ぜずして、若しくは行き、若しくは坐りて想念は倶に無くて、愛染は生ぜずして欲界に留まる無し;此の人は念に応じて身は梵侣と為る、是の如き一類は名づけて梵衆天と為す。欲習は既に除かれて、欲を離るる心は現じて、諸の律儀に於て愛楽して随順する、此の人は応時に能く梵徳を行ず、是の如き一類は名づけて梵輔天と為す。身心は妙円にして、威儀は缺けずして、清浄の禁戒に明悟を加えて、此の人は応時に能く梵衆を統べて大梵王と為る、是の如き一類は名づけて大梵天と為す。阿難!此の三の勝流は、一切の苦悩の逼める能わざる所なり。雖も正修の真三摩地に非ざれども、清浄の心の中に諸漏は動かず、名づけて初禅と為す。
「阿難!其次梵天,統攝梵人圓滿梵行,澄心不動寂湛生光,如是一類名少光天。光光相然,照耀無盡,映十方界遍成瑠璃,如是一類名無量光天。吸持圓光,成就教體,發化清淨,應用無盡,如是一類名光音天。阿難!此三勝流,一切憂懸所不能逼。雖非正修真三摩地,清淨心中麁漏已伏,名為二禪。
(仏また説きていわく、)「阿難!其の次の梵天は、梵人を統攝して梵行を円満にして、心を澄めて動かず寂湛して光を生ず、是の如き一類は名づけて少光天と為す。光光は相い燃えて、照耀は尽くる無くて、十方界を映して遍く琉璃を成す、是の如き一類は名づけて無量光天と為す。円光を吸持して、教体を成就して、化を発して清浄にして、応用は尽くる無し、是の如き一類は名づけて光音天と為す。阿難!此の三の勝流は、一切の憂懸の逼める能わざる所なり。雖も正修の真三摩地に非ざれども、清浄の心の中に粗漏は已に伏す、名づけて二禅と為す。
「阿難!如是天人,圓光成音,披音露妙,發成精行,通寂滅樂,如是一類名少淨天。淨空現前,引發無際,身心輕安,成寂滅樂,如是一類名無量淨天。世界身心一切圓淨,淨德成就,勝託現前,歸寂滅樂,如是一類名遍淨天。阿難!此三勝流,具大隨順,身心安隱得無量樂。雖非正得真三摩地,安隱心中歡喜畢具,名為三禪。
(仏また説きていわく、)「阿難!是の如き天人は、円光は音を成して、音を披きて妙を露して、発して精行を成して、寂滅の楽に通ず、是の如き一類は名づけて少浄天と為す。浄空は現前にして、引発して際無くて、身心は軽安にして、寂滅の楽を成す、是の如き一類は名づけて無量浄天と為す。世界・身心は一切円浄にして、浄徳は成就して、勝托は現前にして、寂滅の楽に帰す、是の如き一類は名づけて遍浄天と為す。阿難!此の三の勝流は、具えて大随順にして、身心は安隱にして無量の楽を得たり。雖も正しく真三摩地を得るに非ざれども、安隱の心の中に歓喜は畢く具えり、名づけて三禅と為す。
「阿難!復次,天人不逼身心,苦因已盡;樂非常住,久必壞生,苦樂二心俱時頓捨。麁重相滅,淨福性生,如是一類名福生天。捨心圓融,勝解清淨,福無遮中得妙隨順,窮未來際,如是一類名福愛天。阿難!從是天中有二歧路:若於先心,無量淨光福德圓明修證而住,如是一類名廣果天。若於先心,雙厭苦樂,精研捨心相續不斷,圓窮捨道身心俱滅,心慮灰凝經五百劫;是人既以生滅為因,不能發明不生滅性,初半劫滅,後半劫生,如是一類名無想天。阿難!此四勝流,一切世間諸苦樂境所不能動。雖非無為真不動地,有所得心功用純熟,名為四禪。
(仏また説きていわく、)「阿難!再び、天人は身心を逼めずして、苦因は已に尽きて;楽は常住に非ずして、久しければ必ず壊を生ず、苦楽の二心は同時に頓に舎つ。粗重の相は滅して、浄福の性は生ず、是の如き一類は名づけて福生天と為す。舎心は円融にして、勝解は清浄にして、福は遮る無きの中に妙なる随順を得て、未来際を窮む、是の如き一類は名づけて福愛天と為す。阿難!是の天より二中に歧路有り:若し先の心に於て、無量の浄光の福徳は円明にして修証して住すれば、是の如き一類は名づけて広果天と為す。若し先の心に於て、双つながら苦楽を厭い、舎心を精研して相続して断えずして、舎道を円く窮めて身心倶に滅して、心慮は灰凝して五百劫を経る;此の人は既に生滅を以て因と為して、能く不生滅の性を発明する能わず、初めの半劫は滅して、後の半劫は生ず、是の如き一類は名づけて無想天と為す。阿難!此の四の勝流は、一切世間の諸の苦楽の境の動かす能わざる所なり。雖も無為の真の不動地に非ざれども、得心有る所の功用は純熟す、名づけて四禅と為す。
「阿難!此中復有五不還天。於下界中九品習氣,俱時滅盡,苦樂雙亡;下無卜居,故於捨心眾同分中,安立居處。阿難!苦樂兩滅,鬪心不交,如是一類名無煩天。機括獨行,研交無地,如是一類名無熱天。十方世界妙見圓澄,更無塵象一切沈垢,如是一類名善見天。精見現前,陶鑄無礙,如是一類名善現天。究竟群幾,窮色性性入無邊際,如是一類名色究竟天。
(仏また説きていわく、)「阿難!此の中に又五の不還天有り。下界の中に於て九品の習気は、同時に滅尽して、苦楽は双亡す;下に卜居無ければ、是の故に舎心の衆同分の中に於て、居処を安立す。阿難!苦楽は両滅して、鬪心は交わらずして、是の如き一類は名づけて無煩天と為す。機括は独行して、交を研げば地無し、是の如き一類は名づけて無熱天と為す。十方世界を妙見して円澄にして、更に塵象の一切の沈垢無し、是の如き一類は名づけて善見天と為す。精見は現前にして、陶鋳して無礙なり、是の如き一類は名づけて善現天と為す。究竟して群幾し、色性を窮めて性は無辺際に入る、是の如き一類は名づけて色究竟天と為す。
「阿難!此不還天,彼諸四禪四位天王獨有欽聞,不能知見。如今世間曠野深山聖道場地,皆阿羅漢所住持故,世間麁人所不能見。阿難!是十八天獨行無交,未盡形累。自此已還名為色界。
(仏また説きていわく、)「阿難!此の不還天は、彼の諸の四禅の四位の天王は独り欽聞有るのみ、能く知見する能わず。如今世間の曠野・深山の聖道場の地は、都く阿羅漢の住持する所の故に、世間の粗人の見る能わざる所なり。阿難!是の十八天は独行して交わる無くて、未だ形累を尽さず。此より已還は名づけて色界と為す。
「復次,阿難!從是有頂色邊際中,其間復有二種歧路:若於捨心發明智慧,慧光圓通便出塵界,成阿羅漢,入菩薩乘,如是一類名為迴心大阿羅漢。若在捨心捨厭成就,覺身為礙,銷礙入空,如是一類名為空處。諸礙既銷,無礙無滅,其中唯留阿賴耶識,全於末那半分微細,如是一類名為識處。空色既亡,識心都滅,十方寂然逈無攸往,如是一類名無所有處。識性不動,以滅窮研,於無盡中發宣盡性,如存不存,若盡非盡,如是一類名為非想非非想處。此等窮空,不盡空理。從不還天聖道窮者,如是一類名不迴心鈍阿羅漢。若從無想諸外道天窮空不歸,迷漏無聞,便入輪轉。
(仏また説きていわく、)「再び、阿難!是の有頂の色の辺際の中より、其の間に又二種の歧路有り:若し舎心に於て智慧を発明すれば、慧光は円通して即ち塵界を出でて、阿羅漢を成して、菩薩乗に入る、是の如き一類は名づけて回心の大阿羅漢と為す。若し舎心に於て舎厭を成就して、身を覚えて礙と為して、礙を銷して空に入る、是の如き一類は名づけて空処と為す。諸礙は既に銷して、礙無くて滅無きは、其の中に只だ阿頼耶識を留めて、末那の半分の微細を全うす、是の如き一類は名づけて識処と為す。空色は既に亡びて、識心は都く滅して、十方は寂然として迥に往く攸無し、是の如き一類は名づけて無所有処と為す。識性は動かずして、滅を以て研を窮めて、無尽の中に於て尽性を発宣して、存するが如くして存せず、尽くるが若くして尽くるに非ず、是の如き一類は名づけて非想非非想処と為す。此の等は空を窮むも、空理を尽さず。不還天の聖道を窮めたるに従うは、是の如き一類は名づけて回心せざる鈍阿羅漢と為す。若し無想の諸の外道天より空を窮めて帰せざれば、漏を迷い聞く無くて、便ち輪転に入る。
「阿難!是諸天上各各天人,則是凡夫業果酬答,答盡入輪。彼之天王,即是菩薩遊三摩提,漸次增進,迴向聖倫所修行路。阿難!是四空天身心滅盡,定性現前,無業果色,從此逮終,名無色界。此皆不了妙覺明心,積妄發生,妄有三界,中間妄隨七趣沈溺。補特伽羅,各從其類。
(仏また説きていわく、)「阿難!是の天上の各々の天人は、則ち是れ凡夫の業果の酬答にして、答は尽きて輪に入る。彼の天王は、即ち是れ菩薩の三摩提に遊びて、漸次に増進して、聖倫に回向する修行の路なり。阿難!是の四空天は身心は滅尽して、定性は現前にして、業果の色無くて、此より逮び終に至るまで、名づけて無色界と為す。此は都く妙覚の明心を了せずして、妄を積みて発生して、妄に三界有りて、中間に妄に七趣に随いて沈溺す。補特伽羅(有情の個体)は、各々其の類に從う。
「復次,阿難!是三界中,復有四種阿修羅類:若於鬼道,以護法力成通入空,此阿修羅從卵而生,鬼趣所攝。若於天中降德貶墜,其所卜居隣於日月,此阿修羅從胎而出,人趣所攝。有修羅王執持世界,力洞無畏,能與梵王及天帝釋、四天爭權,此阿修羅因變化有,天趣所攝。阿難!別有一分下劣修羅,生大海心,瀋水穴口,旦遊虛空,暮歸水宿,此阿修羅因濕氣有,畜生趣攝。
(仏また説きていわく、)「再び、阿難!是の三界の中に、又四種の阿修羅の類有り:若し鬼道に於て、法を護る力を以て通を成して空に入る、此の阿修羅は卵より生じて、鬼趣の攝する所なり。若し天中に於て徳を降して貶墜せば、其の卜居する所は日月に鄰る、此の阿修羅は胎より出でて、人趣の攝する所なり。修羅王有りて世界を執持して、力は洞して無畏にして、能く梵王および天帝釈・四天と権を爭う、此の阿修羅は変化に因りて有りて、天趣の攝する所なり。阿難!別に一分の下劣の修羅有りて、大海の心に生まれて、水穴の口に沈みて、旦に虗空に遊びて、暮に水に帰りて宿す、此の阿修羅は湿気に因りて有りて、畜生趣の攝なり。
「阿難!如是地獄、餓鬼、畜生、人及神仙、天洎修羅,精研七趣,皆是昏沈諸有為想。妄想受生,妄想隨業,於妙圓明無作本心,皆如空花,元無所有。但一虛妄,更無根緒。阿難!此等眾生不識本心,受此輪迴,經無量劫不得真淨。皆由隨順殺、盜、婬故;反此三種,又則出生無殺、盜、婬。有名鬼倫,無名天趣,有無相傾,起輪迴性。若得妙發三摩提者,則妙常寂。有、無二無,無二亦滅,尚無不殺、不偷、不婬,云何更隨殺、盜、婬事?阿難!不斷三業,各各有私,因各各私,眾私同分非無定處。自妄發生,生妄無因,無可尋究。汝勗修行,欲得菩提,要除三惑。不盡三惑,縱得神通,皆是世間有為功用,習氣不滅,落於魔道。雖欲除妄,倍加虛偽,如來說為可哀憐者。汝妄自造,非菩提咎。作是說者,名為正說;若他說者,即魔王說。」
(仏また説きていわく、)「阿難!是の如き地獄・餓鬼・畜生・人および神仙・天および修羅は、精研すれば七趣は、皆是れ昏沈の諸の有為の想なり。妄想にて生を受け、妄想にて業に随い、妙円明の無作の本心に於ては、都く空花の如く、元本所有る無し。但だ一の虚妄にして、更に根緒無し。阿難!此の等の衆生は本心を識らずして、此の輪回を受けて、無量劫を経て真浄を得ず。皆随順して殺・盗・淫するが故に由る;此の三種に反れば、又則ち無殺・盗・淫を出生す。有れば名づけて鬼倫と為し、無ければ名づけて天趣と為して、有無は相い傾きて、輪回の性を起す。若し妙に三摩提を発するを得れば、則ち妙は常寂なり。有・無の二は無く、無二も亦た滅して、尚お不殺・不偸・不淫無し、云何にか更に殺・盗・淫の事に随わんや?阿難!三業を断ぜざれば、各々私有りて、各々私有るに因りて、衆私の同分は定処無きに非ず。自妄より発生して、妄を生ずるに因無くて、尋究す可き無し。汝修行を勖めて、菩提を得んと欲すれば、要して三惑を除くべし。三惑を尽さざれば、縱い神通を得るも、皆是れ世間の有為の功用にして、習気は滅せずして、魔道に落つ。雖も妄を除かんと欲するも、倍に虗偽を加う、如来は説いて可哀憐の者と為す。汝の妄は自ら造るにして、菩提の咎に非ず。此の説を作すは、名づけて正説と為す;若し他の説けば、即ち魔王の説なり。」
即時如來將罷法座,於師子床攬七寶機,迴紫金山,再來憑倚,普告大眾及阿難言:「汝等有學緣覺、聲聞,今日迴心趣大菩提無上妙覺,吾今已說真修行法。汝猶未識修奢摩他、毘婆舍那微細魔事;魔境現前,汝不能識,洗心非正,落於邪見。或汝陰魔,或復天魔,或著鬼神,或遭魑魅;心中不明,認賊為子。又復於中得少為足,如第四禪無聞比丘妄言證聖,天報已畢衰相現前,謗阿羅漢身遭後有,墮阿鼻獄。汝應諦聽!吾今為汝子細分別。」阿難起立,並其會中同有學者,歡喜頂禮,伏聽慈誨。
即時如来は將に座を下らんとして、師子床に於て七宝の几に攬り著きて、紫金山の如き身相を回転して、再び凭倚して、普く大衆および阿難に告げて説きていわく、「汝ら有学の縁覚・声聞は、今日心を回して大菩提の無上妙覚に趣向するに、我今已に真の修行の法を説きたり。汝ら未だ曾て奢摩他・毘婆舎那を修する時の微細の魔事を識得せず;魔境は現前すれば、汝らは識破する能わずして、心を洗いて正しからざれば、便ち邪見に落つ。或いは汝の陰魔、或いは又天魔、或いは鬼神に著き、或いは魑魅に遭う;心の中に明らかならずして、賊を認めて子と作す。又再び其の中に於て少を得て足りと為すは、第四禅の無聞比丘の妄りに聖を証せりと言えるが同じく、天報は已に尽きて衰相は現前して、阿羅漢は身の後に還た後有りと毀謗して、阿鼻獄に堕せり。汝ら当に諦らかに聴くべし!我今汝らが為に詳細に分別せん」と。阿難は起立して、併せて同座の有学の人と會して、歓喜して頂礼して、伏して慈誨を聴きたり。
佛告阿難及諸大眾:「汝等當知有漏世界十二類生,本覺妙明覺圓心體,與十方佛無二無別。由汝妄想迷理為咎,痴愛發生,生發遍迷,故有空性;化迷不息,有世界生。則此十方微塵國土,非無漏者,皆是迷頑妄想安立。當知虛空生汝心內,猶如片雲點太清裡。況諸世界在虛空耶?汝等一人發真歸元,此十方空皆悉銷殞;云何空中所有國土而不振裂?汝輩修禪飾三摩地,十方菩薩及諸無漏大阿羅漢心精通㳷,當處湛然。一切魔王及與鬼神、諸凡夫天,見其宮殿無故崩裂,大地振坼;水陸飛騰,無不驚慴。凡夫昏暗,不覺遷訛。彼等鹹得五種神通,唯除漏盡,戀此塵勞,如何令汝摧裂其處?是故神鬼及諸天魔、魍魎、妖精,於三昧時僉來惱汝。
仏阿難および諸の大衆に告げていわく、「汝ら当に知るべし、有漏の世界の十二類生は、本覚の妙明・覚円の心体は、十方の仏と二無く別無し。汝らの妄想・理を迷えるを咎とするに由りて、痴愛は発生して、生発は遍く迷えば、是の故に空性有り;迷を化して息まずして、世界の生ずる有り。則ち此の十方の微塵の国土は、凡そ無漏に非ざるは、皆是れ迷頑の妄想の安立なり。当に知るべし虗空は汝が心の里に生じて、猶お片雲の太清の中に点ずるが如し。況んや諸の世界は還た虗空の中に在るをや?汝ら一人は真を発して元に帰せば、此の十方の空は都く一齊に銷殞せん;空の中の所有の国土は云何にか震裂せざるを得ん?汝らは禅を修し、三摩地を厳飾するに、十方の菩薩および諸の無漏の大阿羅漢は心精は通澈して、当処に湛然たり。一切の魔王および鬼神・諸の凡夫天は、其の宮殿の故無く崩裂し、大地は震坼するを見て;水陸は飛騰して、驚懾せざる無し。凡夫は昏暗にして、遷訛を覚えず。彼らは皆五種の神通を得て、只だ漏尽を除きて、此の塵労に恋い、怎んぞ汝らをして彼らの住処を摧裂せしめんや?是の故に神鬼および諸の天魔・魍魎・妖精は、三昧の時に於て一齊に来たりて汝らを悩乱す。
「然彼諸魔雖有大怒,彼塵勞內,汝妙覺中,如風吹光,如刀斷水,了不相觸。汝如沸湯,彼如堅氷,煖氣漸隣,不日銷殞。徒恃神力,但為其客;成就破亂,由汝心中五陰主人。主人若迷,客得其便。當處禪那覺悟無惑,則彼魔事無奈汝何。陰銷入明,則彼群邪鹹受幽氣。明能破暗,近自銷殞,如何敢留擾亂禪定?若不明悟被陰所迷,則汝阿難必為魔子,成就魔人。如摩登伽,殊為眇劣,彼雖呪汝破佛律儀,八萬行中秖毀一戒,心清淨故尚未淪溺。此乃隳汝寶覺全身,如宰臣家忽逢籍沒,宛轉零落,無可哀救。
(仏また説きていわく、)「然るに彼の諸魔は雖も大怒有れども、彼らは塵労の内に在りて、汝は妙覚の中に在れば、たとえば風の光を吹き、刀の水を断つが如く、了げて相い触れず。汝は沸湯の如く、彼らは堅氷の如くて、煖気は漸く近づけば、日ならずして銷殞す。彼らは徒らに神力を仗恃して、只だ客を作るのみ;破乱を成就するは、汝が心中の五陰の主人に由る。主人は若し迷えば、客は其の便を得。当処に禅那は覚悟して惑無ければ、則ち彼の魔事は汝に奈何すること無し。陰は銷して明に入れば、則ち彼の群邪は都く幽気を受く。明は能く暗を破りて、近き処に自ずから銷殞す、云何にか敢えて留まりて禅定を擾乱せんや?若し明悟せずして、陰の迷わす所と為れば、則ち汝阿難は必ず魔子を成して、魔人を成就せん。たとえば摩登伽の、実に眇劣なりしは、彼女は雖も汝を咒して仏の律儀を破れども、八万行の中に只だ一戒を毀るのみ、心は清浄なるが故に未だ淪溺せざりし。此は却って汝が宝覚の全身を隳壞するにして、たとえば宰臣の家の忽然として籍没せられて、宛転として零落して、哀救す可き無きが如し。
「阿難當知,汝坐道場銷落諸念,其念若盡,則諸離念一切精明,動靜不移,憶忘如一。當住此處入三摩提,如明目人處大幽暗,精性妙淨心未發光;此則名為色陰區宇。若目明朗,十方洞開無復幽黯,名色陰盡,是人則能超越劫濁。觀其所由,堅固妄想以為其本。
(仏また説きていわく、)「阿難は当に知るべし、汝道場に坐して諸念を銷落して、其の念は若し尽きれば、則ち諸の離念の一切精明は、動静に移らずして、億忘は一の如し。当に此の処に住して三摩提に入るべし、たとえば明目の人は大幽暗の中に処りて、精性は妙浄にして心は未だ光を発せざるが如し;此れ則ち名づけて色陰の区宇と為す。若し目は明朗なれば、十方は洞開して再び幽暗せずして、名づけて色陰尽と為し、此の人は則ち能く劫濁を超越す。其の由る所を観ずれば、堅固の妄想を以て其の本と為す。
「阿難!當在此中精研妙明,四大不織,少選之間身能出礙。此名精明流溢前境,斯但功用暫得如是,非為聖證。不作聖心,名善境界;若作聖解,即受群邪。
(仏また説きていわく、)「阿難!当に此の中に於て精研して妙明に、四大は織らずして、少選の間に身は能く礙を出づ。此れ名づけて精明は前境に流溢す、此は只だ是れ功用の暫く是の如くを得るにして、並びに聖証に非ず。聖心を作さざれば、名づけて善境界と為す;若し聖解を作せば、即ち群邪を受く。
「阿難!復以此心精研妙明,其身內徹,是人忽然於其身內拾出蟯蛔,身相宛然亦無傷毀。此名精明流溢形體,斯但精行暫得如是,非為聖證。不作聖心,名善境界;若作聖解,即受群邪。
(仏また説きていわく、)「阿難!再び此の心を以て精研して妙明に、其の身は内に徹して、此の人は忽然として其の身の内に蟯蛔を拾い出でて、身相は宛然として亦た傷毀無し。此れ名づけて精明は形体に流溢す、此は只だ是れ精行の暫く是の如くを得るにして、並びに聖証に非ず。聖心を作さざれば、名づけて善境界と為す;若し聖解を作せば、即ち群邪を受く。
「又以此心內外精研,其時魂魄、意志、精神,除執受身,餘皆涉入,互為賓主;忽於空中聞說法聲,或聞十方同敷密義。此名精魄遞相離合成就善種,暫得如是,非為聖證。不作聖心,名善境界;若作聖解,即受群邪。
(仏また説きていわく、)「又此の心を以て内外を精研するに、爾の時魂魄・意志・精神は、身を執受するを除きて、其の余は都く相い渉入して、互いに賓主を為し;忽然として空中に於て法を説く声を聞き、或いは十方の同じく密義を敷くを聞く。此れ名づけて精魄は遞い相い離合して、善種を成就する、暫く是の如くを得るにして、並びに聖証に非ず。聖心を作さざれば、名づけて善境界と為す;若し聖解を作せば、即ち群邪を受く。
「又以此心澄露皎徹,內光發明,十方遍作閻浮檀色,一切種類化為如來。於時忽見毘盧遮那踞天光臺,千佛圍繞,百億國土及與蓮華俱時出現。此名心魂靈悟所染,心光研明照諸世界,暫得如是,非為聖證。不作聖心,名善境界;若作聖解,即受群邪。
(仏また説きていわく、)「又此の心を以て澄露皎徹にして、内光は発明して、十方は遍く閻浮檀色を作して、一切の種類は化して如来と為る。時に於て忽ち毘盧遮那の天光台に踞りて、千仏は囲繞して、百億の国土および蓮華は同時に出現するを見る。此れ名づけて心魂の靈悟の染ずる所にして、心光は研明して諸の世界を照らす、暫く是の如くを得るにして、並びに聖証に非ず。聖心を作さざれば、名づけて善境界と為す;若し聖解を作せば、即ち群邪を受く。
「又以此心精研妙明,觀察不停,抑按降伏制止超越,於時忽然十方虛空成七寶色、或百寶色,同時遍滿不相留礙,青、黃、赤、白各各純現。此名抑按功力踰分,暫得如是,非為聖證。不作聖心,名善境界;若作聖解,即受群邪。
(仏また説きていわく、)「又此の心を以て精研して妙明に、観察は停まずして、抑按降伏して制止して超越するに、時に於て忽然として十方虗空は七宝色を成し、或いは百宝色と成りて、同時に遍満して相い留礙せずして、青・黄・赤・白は各々純に現ず。此れ名づけて抑按の功力は分を逾ゆる、暫く是の如くを得るにして、並びに聖証に非ず。聖心を作さざれば、名づけて善境界と為す;若し聖解を作せば、即ち群邪を受く。
「又以此心研究澄徹,精光不亂,忽於夜合在暗室內,見種種物不殊白晝,而暗室物亦不除滅。此名心細密澄其見,所視洞幽,暫得如是,非為聖證。不作聖心,名善境界;若作聖解,即受群邪。
(仏また説きていわく、)「又此の心を以て研究して澄徹にして、精光は乱れずして、忽然として夜に於て暗室の中に合し、種種の物を見ること白昼に異ならずして、而も暗室の物も亦た除滅せず。此れ名づけて心は細密にして其の見を澄めて、視る所は幽を洞る、暫く是の如くを得るにして、並びに聖証に非ず。聖心を作さざれば、名づけて善境界と為す;若し聖解を作せば、即ち群邪を受く。
「又以此心圓入虛融,四𨈛忽然同於草木,火燒、刀斫曾無所覺。又則火光不能燒爇,縱割其肉猶如削木。此名塵併排四大性一向入純,暫得如是,非為聖證。不作聖心,名善境界;若作聖解,即受群邪。
(仏また説きていわく、)「又此の心を以て円く虗融に入るに、四肢は忽然として草木に同じくして、火焼・刀斫も曾て覚える所無し。又則ち火光は能く焼爇せずして、縱い其の肉を割るも猶お木を削るが如し。此れ名づけて塵併して、四大性を排して一向に純に入る、暫く是の如くを得るにして、並びに聖証に非ず。聖心を作さざれば、名づけて善境界と為す;若し聖解を作せば、即ち群邪を受く。
「又以此心成就清淨,淨心功極,忽見大地十方山河皆成佛國,具足七寶光明遍滿。又見恆沙諸佛如來,遍滿空界,樓殿華麗。下見地獄、上觀天宮,得無障礙。此名欣厭凝想日深,想久化成,非為聖證。不作聖心,名善境界;若作聖解,即受群邪。
(仏また説きていわく、)「又此の心を以て清浄を成就するに、浄心の功極まりて、忽ち大地の十方の山河は都く仏国を成して、七宝を具足して光明は遍満するを見る。又恒沙の諸仏如来を見て、空界に遍満して、楼殿は華麗なり。下には地獄を見、上には天宮を観て、障礙無きを得。此れ名づけて欣厭の凝想は日に深くして、想久しく化して成ず、並びに聖証に非ず。聖心を作さざれば、名づけて善境界と為す;若し聖解を作せば、即ち群邪を受く。
「又以此心研究深遠,忽於中夜遙見遠方市井街巷,親族眷屬,或聞其語。此名迫心逼極飛出,故多隔見,非為聖證。不作聖心,名善境界;若作聖解,即受群邪。
(仏また説きていわく、)「又此の心を以て研究して深遠なるに、忽然として中夜に於て遥かに遠方の市井・街巷・親族・眷属を見、或いは其の語を聞く。此れ名づけて心を迫りて逼極して飛出す、是の故に多く隔てて見る、並びに聖証に非ず。聖心を作さざれば、名づけて善境界と為す;若し聖解を作せば、即ち群邪を受く。
「又以此心研究精極,見善知識形體變移,少選無端種種遷改。此名邪心含受魑魅,或遭天魔入其心腹,無端說法,通達妙義,非為聖證。不作聖心,魔事銷歇;若作聖解,即受群邪。
(仏また説きていわく、)「又此の心を以て研究して精極まるに、善知識の形体の変移して、少選の間に端無く種種に遷改するを見る。此れ名づけて邪心は魑魅を含受し、或いは天魔に遭いて其の心腹に入りて、端無く法を説きて、妙義を通達す、並びに聖証に非ず。聖心を作さざれば、魔事は銷歇す;若し聖解を作せば、即ち群邪を受く。
「阿難!如是十種禪那現境,皆是色陰用心交互,故現斯事。眾生頑迷,不自忖量,逢此因緣,迷不自識,謂言登聖。大妄語成,墮無間獄。汝等當依如來滅後,於末法中宣示斯義;無令天魔得其方便,保持覆護,成無上道。
(仏また説きていわく、)「阿難!是の如き十種の禅那の現境は、皆是れ色陰の用心の交互にして、是の故に此の事を現ず。衆生は頑迷にして、自ら忖量せずして、此の因縁に逢うに、迷いて自ら識らずして、謂えて聖に登れりと言う。大妄語は成じて、無間獄に堕す。汝ら当に如来滅後に依りて、末法の中に於て此の義を宣示すべし;天魔をして其の方便を得せしむる勿れ、保持して覆護して、無上道を成ぜよ。
「阿難!彼善男子修三摩提,奢摩他中色陰盡者,見諸佛心,如明鏡中顯現其像。若有所得而未能用,猶如魘人,手足宛然,見聞不惑,心觸客邪而不能動;此則名為受陰區宇。若魘咎歇,其心離身,返觀其面,去住自由,無復留礙,名受陰盡,是人則能超越見濁。觀其所由,虛明妄想以為其本。
(仏また説きていわく、)「阿難!彼の善男子が三摩提を修して、奢摩他の中に色陰の尽きるは、諸仏の心を見ること、たとえば明鏡の中に其の像を顕現するが如し。若し得る所有りて未だ能く用いざれば、猶お魘人の如く、手足は宛然として、見聞は惑わずして、心は客邪に触れて動く能わず;此れ則ち名づけて受陰の区宇と為す。若し魘咎は歇まれば、其の心は身を離れて、其の面を返観して、去住は自由にして、再び留礙せずして、名づけて受陰尽と為し、此の人は則ち能く見濁を超越す。其の由る所を観ずれば、虗明の妄想を以て其の本と為す。
「阿難!彼善男子,當在此中得大光耀,其心發明內抑過分,忽於其處發無窮悲。如是乃至觀見蚊虻猶如赤子,心生憐愍,不覺流淚。此名功用抑摧過越,悟則無咎,非為聖證;覺了不迷,久自銷歇。若作聖解,則有悲魔入其心府,見人則悲,啼泣無限,失於正受,當從淪墜。
(仏また説きていわく、)「阿難!彼の善男子は、当に此の中に於て大光耀を得て、其の心は発明して内抑は分を過ぎて、忽然として其の処に於て無窮の悲を発す。是の如く乃至蚊虻を観見して猶お赤子の如くして、心は憐愍を生じて、覚えず流涙す。此れ名づけて功用の抑摧は過越す、悟れば則ち咎無く、聖証と為さず;覚了して迷わざれば、久しければ自ずから銷歇す。若し聖解を作せば、則ち悲魔有りて其の心府に入りて、人を見れば則ち悲みて、啼泣は限無くて、正受を失い、当に淪墜に從うべし。
「阿難!又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,勝相現前,感激過分,忽於其中生無限勇。其心猛利,志齊諸佛,謂三僧祇一念能越。此名功用凌率過越,悟則無咎,非為聖證;覺了不迷,久自銷歇。若作聖解,則有狂魔入其心腑,見人則誇,我慢無比。其心乃至上不見佛,下不見人,失於正受,當從淪墜。
(仏また説きていわく、)「阿難!又彼の定中の諸の善男子は、色陰の銷え受陰の明白なるを見て、勝相は現前して、感激は分を過ぎて、忽然として其の中に於て無限の勇を生ず。其の心は猛利にして、志は諸仏に斉しくして、三僧祇は一念に能く越ゆと謂う。此れ名づけて功用の凌率は過越す、悟れば則ち咎無く、聖証と為さず;覚了して迷わざれば、久しければ自ずから銷歇す。若し聖解を作せば、則ち狂魔有りて其の心腑に入りて、人を見れば則ち誇りて、我慢は比ぶ無し。其の心は乃至上に仏を見ず、下に人を見ずして、正受を失い、当に淪墜に從うべし。
「又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,前無新證,歸失故居。智力衰微,入中墮地,逈無所見。心中忽然生大枯渴,於一切時沈憶不散,將此以為勤精進相。此名修心無慧自失,悟則無咎,非為聖證。若作聖解,則有憶魔入其心腑,旦夕撮心懸在一處,失於正受,當從淪墜。
(仏また説きていわく、)「又彼の定中の諸の善男子は、色陰の銷え受陰の明白なるを見て、前に新証無くて、帰して故居を失い、智力は衰微して、中に入りて地に堕して、迥として見る所無し。心の中に忽然として大枯渇を生じて、一切の時に沈億して散ぜずして、此を将って以て勤精進の相と為す。此れ名づけて修心は慧無くて自ら失う、悟れば則ち咎無く、聖証と為さず。若し聖解を作せば、則ち億魔有りて其の心腑に入りて、旦夕に心を撮して一処に懸けて、正受を失い、当に淪墜に從うべし。
「又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,慧力過定,失於猛利,以諸勝性懷於心中,自心已疑是盧舍那,得少為足。此名用心亡失恆審溺於知見,悟則無咎,非為聖證。若作聖解,則有下劣易知足魔入其心腑,見人自言:『我得無上第一義諦。』失於正受,當從淪墜。
(仏また説きていわく、)「又彼の定中の諸の善男子は、色陰の銷え受陰の明白なるを見て、慧力は定を過ぎて、猛利に失して、諸の勝性を以て心中に懐いて、自心は已に盧舍那なりと疑いて、少を得て足りと為す。此れ名づけて用心は恒の審を亡失して、知見に溺る、悟れば則ち咎無く、聖証と為さず。若し聖解を作せば、則ち下劣の足るを易うする魔有りて其の心腑に入りて、人を見れば自ら言わく『我は無上第一義諦を得たり』と。正受を失い、当に淪墜に從うべし。
「又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,新證未獲,故心已亡,歷覽二際自生艱險,於心忽然生無盡憂,如坐鐵床,如飲毒藥,心不欲活,常求於人令害其命,早取解脫。此名修行失於方便,悟則無咎,非為聖證。若作聖解,則有一分常憂愁魔入其心腑,手執刀劍自割其肉,欣其捨壽。或常憂愁,走入山林,不耐見人。失於正受,當從淪墜。
(仏また説きていわく、)「又彼の定中の諸の善男子は、色陰の銷え受陰の明白なるを見て、新証は未だ獲ずして、故心は已に亡びて、二際を歴覧して自ら艱険を生じて、心に於て忽然として無尽の憂を生ずること、たとえば鉄床に坐り、毒薬を飲むが如く、心は活きんことを欲せずして、常に人に求めて其の命を害せしめて、早く解脱を取らんとす。此れ名づけて修行は方便に失う、悟れば則ち咎無く、聖証と為さず。若し聖解を作せば、則ち一分の常の憂愁の魔有りて其の心腑に入りて、手に刀劍を執りて自ら其の肉を割きて、其の寿を舎つるを欣む。或いは常に憂愁して、山林に走り入りて、人を見るに耐えず。正受を失い、当に淪墜に從うべし。
「又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,處清淨中心安隱後,忽然自有無限喜生,心中歡悅不能自止。此名輕安無慧自禁,悟則無咎,非為聖證。若作聖解,則有一分好喜樂魔入其心腑,見人則笑。於衢路傍自歌自舞,自謂已得無礙解脫。失於正受,當從淪墜。
(仏また説きていわく、)「又彼の定中の諸の善男子は、色陰の銷え受陰の明白なるを見て、清浄の中に処りて心は安隱するの後に、忽然として自ら無限の喜を生じて、心の中に歓悦して自ら止める能わず。此れ名づけて軽安は慧無くて自ら禁ず、悟れば則ち咎無く、聖証と為さず。若し聖解を作せば、則ち一分の喜楽を好む魔有りて其の心腑に入りて、人を見れば則ち笑う。衢路の傍に於て自ら歌い自ら舞い、自ら謂うて已に無礙の解脱を得たりと。正受を失い、当に淪墜に從うべし。
「又彼定中諸善男子,見色陰銷,受陰明白,自謂已足,忽有無端大我慢起。如是乃至慢與過慢,及慢過慢,或增上慢,或卑劣慢,一時俱發。心中尚輕十方如來,何況下位聲聞、緣覺。此名見勝無慧自救,悟則無咎,非為聖證。若作聖解,則有一分大我慢魔入其心腑,不禮塔廟,摧毀經像。謂檀越言:『此是金、銅、或是土、木,經是樹葉、或是疊花。肉身真常,不自恭敬;卻崇土木,實為顛倒。』其深信者,從其毀碎埋棄地中,疑誤眾生,入無間獄。失於正受,當從淪墜。
(仏また説きていわく、)「又彼の定中の諸の善男子は、色陰の銷え、受陰の明白なるを見て、自ら謂うて已に足れりとして、忽ち端無く大我慢の起こる有り。是の如く乃至慢と過慢、および慢過慢、或いは増上慢、或いは卑劣慢、一時に倶に発す。心の中に尚且ち十方の如来を軽視す、況んや下位の声聞・縁覚をや。此れ名づけて勝を見るに慧無くて自ら救う、悟れば則ち咎無く、聖証と為さず。若し聖解を作せば、則ち一分の大我慢の魔有りて其の心腑に入りて、塔廟に礼せず、経像を摧毀す。檀越に對して説かく『此れ是れ金・銅、或いは土・木なり、経は樹葉、或いは畳花なり。肉身は真常にして、自ら恭敬せず;却って土木を崇むは、実に顛倒なり』と。彼の深信する人は、彼に随いて毀碎して地中に埋棄して、衆生を疑誤して、無間獄に入らしむ。正受を失い、当に淪墜に從うべし。
「又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,於精明中圓悟精理,得大隨順,其心忽生無量輕安,己言成聖得大自在。此名因慧獲諸輕清,悟則無咎,非為聖證。若作聖解,則有一分好輕清魔入其心腑,自謂滿足,更不求進。此等多作無聞比丘,疑誤眾生,墮阿鼻獄。失於正受,當從淪墜。
(仏また説きていわく、)「又彼の定中の諸の善男子は、色陰の銷え受陰の明白なるを見て、精明の中に於て精理を円悟して、大随順を得て、其の心は忽ち無量の軽安を生じて、自ら説いて聖を成して大自在を得たりと為す。此れ名づけて慧に因りて諸の軽清を獲る、悟れば則ち咎無く、聖証と為さず。若し聖解を作せば、則ち一分の軽清を好む魔有りて其の心腑に入りて、自ら謂うて満足して、更に進まんことを求めず。此の等は多く無聞比丘を作して、衆生を疑誤して、阿鼻獄に堕つ。正受を失い、当に淪墜に從うべし。
「又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,於明悟中得虛明性,其中忽然歸向永滅,撥無因果,一向入空。空心現前,乃至心生長斷滅解。悟則無咎,非為聖證。若作聖解,則有空魔入其心腑,乃謗持戒名為小乘,菩薩悟空有何持犯!其人常於信心檀越,飲酒、噉肉,廣行婬穢。因魔力故,攝其前人不生疑謗。鬼心久入,或食屎尿與酒肉等,一種俱空。破佛律儀,誤入人罪。失於正受,當從淪墜。
(仏また説きていわく、)「又彼の定中の諸の善男子は、色陰の銷え受陰の明白なるを見て、明悟の中に於て虗明の性を得て、其の中に忽然として永滅に帰向して、因果を撥無して、一向に空に入る。空心は現前にして、乃至心に長の断滅の解を生ず。悟れば則ち咎無く、聖証と為さず。若し聖解を作せば、則ち空魔有りて其の心腑に入りて、便ち持戒を謗りて名づけて小乘と為し、菩薩は空を悟るに何ぞ持犯有らんや!其の人は常に信心の檀越に於て、酒を飲み、肉を啖い、広く淫秽を行ず。魔力の故に因りて、其の前の人を攝して、疑謗を生ぜしめず。鬼心は久しく入りて、或いは屎尿を食して酒肉と等しくして、一種倶に空なり。仏の律儀を破りて、誤りて人の罪に入る。正受を失い、当に淪墜に從うべし。
「又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,味其虛明深入心骨,其心忽有無限愛生,愛極發狂,便為貪欲。此名定境安順入心,無慧自持,誤入諸欲;悟則無咎,非為聖證。若作聖解,則有欲魔入其心腑,一向說欲為菩提道,化諸白衣平等行欲,其行婬者名持法子。神鬼力故,於末世中攝其凡愚,其數至百,如是乃至一百、二百或五六百,多滿千萬。魔心生厭,離其身體,威德既無,陷於王難;疑誤眾生,入無間獄。失於正受,當從淪墜。
(仏また説きていわく、)「又彼の定中の諸の善男子は、色陰の銷え受陰の明白なるを見て、其の虗明を味わいて深く心骨に入りて、其の心は忽ち無限の愛を生じて、愛極まりて狂を発して、便ち貪欲を為す。此れ名づけて定境の安順は心に入りて、慧無くて自ら持たざれば、誤りて諸の欲に入る;悟れば則ち咎無く、聖証と為さず。若し聖解を作せば、則ち欲魔有りて其の心腑に入りて、一向に欲を説いて菩提道と為し、諸の白衣を化して平等に欲を行ぜしめて、其の淫を行ずるは名づけて法子を持つと為す。神鬼の力の故に、末世の中に於て其の凡愚を攝して、其の数は百に至りて、是の如く乃至一百・二百或いは五六百、多くは千万に満つ。魔心は厭を生じて、其の身体を離れて、威徳は既に無くて、王難に陥る;衆生を疑誤して、無間獄に入る。正受を失い、当に淪墜に從うべし。
「阿難!如是十種禪那現境,皆是受陰用心交互,故現斯事。眾生頑迷,不自忖量,逢此因緣,迷不自識,謂言登聖;大妄語成,墮無間獄。汝等亦當將如來語,於我滅後傳示末法,遍令眾生開悟斯義。無令天魔得其方便,保持覆護,成無上道。
(仏また説きていわく、)「阿難!是の如き十種の禅那の現境は、皆是れ受陰の用心の交互にして、是の故に此の事を現ず。衆生は頑迷にして、自ら忖量せずして、此の因縁に逢うに、迷いて自ら識らずして、謂えて聖に登れりと言う;大妄語は成じて、無間獄に堕す。汝らも亦た当に如来の語を将て、我が滅後に末法に伝示して、遍く衆生をして此の義を開悟せしむべし。天魔をして其の方便を得せしむる勿れ、保持して覆護して、無上道を成ぜよ。
「阿難!彼善男子修三摩提受陰盡者,雖未漏盡,心離其形,如鳥出籠;已能成就從是凡身、上歷菩薩六十聖位,得意生身隨往無礙。譬如有人熟寐寱言,是人雖則無別所知,其言已成音韻倫次,令不寐者鹹悟其語。此則名為想陰區宇。若動念盡,浮想銷除,於覺明心如去塵垢;一倫死生首尾圓照,名想陰盡,是人則能超煩惱濁。觀其所由,融通妄想以為其本。
(仏また説きていわく、)「阿難!彼の善男子が三摩提を修して受陰の尽きるは、雖も未だ漏尽せざれども、心は其の形を離れて、たとえば鳥の籠を出ずるが如し;已に能く此の凡身より上に菩薩の六十の聖位を歴て、意生身を得て往くに随いて無礙なりを成就す。たとえば人の熟寐して囈語する有るが如く、此の人は雖も則ち別に知る所無けれども、其の言は已に音韻の倫次を成して、寐ざるの人をして皆其の語を悟らしむ。此れ則ち名づけて想陰の区宇と為す。若し動念は尽きて、浮想は銷除して、覚明の心に於て塵垢を去るが如くば;一倫の死生は首尾円照して、名づけて想陰尽と為し、此の人は則ち能く煩悩濁を超越す。其の由る所を観ずれば、融通の妄想を以て其の本と為す。
「阿難!彼善男子受陰虛妙,不遭邪慮,圓定發明;三摩地中心愛圓明,銳其精思,貪求善巧。爾時,天魔候得其便,飛精附人,口說經法。其人不覺是其魔著,自言謂得無上涅槃。來彼求巧善男子處,敷座說法。其形斯須或作比丘令彼人見,或為帝釋,或為婦女,或比丘尼;或寢暗室,身有光明。是人愚迷,惑為菩薩。信其教化,搖蕩其心,破佛律儀,潛行貪欲。口中好言災祥變異,或言如來某處出世,或言劫火、或說刀兵,恐怖於人,令其家資無故耗散。此名怪鬼,年老成魔,惱亂是人。厭足心生,去彼人體;弟子與師俱陷王難。汝當先覺,不入輪迴;迷惑不知,墮無間獄。
(仏また説きていわく、)「阿難!彼の善男子は受陰は虗妙にして、邪慮に遭わずして、円定は発明す;三摩地の中に心は円明を愛して、其の精思を鋭くして、善巧を貪求す。爾の時、天魔は候い其の便を得て、精を飛ばして人に附して、口に経法を説く。其の人は覚えずして是れ魔の著けるとせずして、自ら言いて無上涅槃を得たりと謂う。彼の巧を求むる善男子の処に来たりて、座を敷きて法を説く。其の形は頃刻に或いは比丘を作して彼の人をして見せしめ、或いは帝釈と為り、或いは婦女と為り、或いは比丘尼と為り;或いは暗室に寝て、身に光明有り。此の人は愚迷にして、惑いて菩薩と為す。其の教化を信じて、其の心を揺蕩して、仏の律儀を破りて、潜く貪欲を行ず。口の中に好みて災祥の変異を言い、或いは如来の某処に出世するを言い、或いは劫火を言い、或いは刀兵を説きて、人に於て恐怖して、其の家資をして故無く耗散せしむ。此れ名づけて怪鬼の、年老いて魔を成して、此の人を悩乱すと為す。厭足の心は生じて、彼の人体を去る;弟子と師とは倶に王難に陥る。汝は当に先ず覚るべし、輪回に入らず;迷惑して知らざれば、無間獄に堕さん。
「阿難!又善男子受陰虛妙,不遭邪慮,圓定發明;三摩地中心愛遊蕩,飛其精思,貪求經歷。爾時,天魔候得其便,飛精附人,口說經法。其人亦不覺知魔著,亦言自得無上涅槃。來彼求遊善男子處,敷座說法。自形無變,其聽法者、忽自見身坐寶蓮華,全體化成紫金光聚。一眾聽人,各各如是,得未曾有。是人愚迷,惑為菩薩,婬逸其心,破佛律儀,潛行貪欲。口中好言諸佛應世,某處某人當是某佛化身來此,某人即是某菩薩等來化人間。其人見故、心生傾渴,邪見密興,種智銷滅。此名魃鬼,年老成魔,惱亂是人。厭足心生,去彼人體;弟子與師俱陷王難。汝當先覺,不入輪迴;迷惑不知,墮無間獄。
(仏また説きていわく、)「阿難!又善男子は受陰は虗妙にして、邪慮に遭わずして、円定は発明す;三摩地の中に心は遊蕩を愛して、其の精思を飛ばして、経歴を貪求す。爾の時、天魔は候い其の便を得て、精を飛ばして人に附して、口に経法を説く。其の人も亦た覚知せずして魔に著けられて、亦た言うて自ら無上涅槃を得たりと。彼の遊を求むる善男子の処に来たりて、座を敷きて法を説く。自身に形の変無くて、彼の法を聴くの人は、忽然として自ら身の宝蓮華に坐るを見て、全体は化して紫金の光聚を成す。一衆の聴く人は、各々是の如くして、未曾有を得たり。此の人は愚迷にして、惑いて菩薩と為して、其の心を淫逸して、仏の律儀を破りて、潜く貪欲を行ず。口の中に好みて諸仏の世に応ずるを言い、某処の某人は当に是れ某仏の化身にして此に来たるべし、某人は即ち是れ某菩薩等の人間を化しに来たると。其の人は見るが故に、心は傾渇を生じて、邪見は密かに興りて、種智は銷滅す。此れ名づけて魃鬼の、年老いて魔を成して、此の人を悩乱すと為す。厭足の心は生じて、彼の人体を去る;弟子と師とは倶に王難に陥る。汝は当に先ず覚るべし、輪回に入らず;迷惑して知らざれば、無間獄に堕さん。
「又善男子受陰虛妙,不遭邪慮,圓定發明;三摩地中心愛綿㳷,澄其精思,貪求契合。爾時,天魔候得其便,飛精附人,口說經法。其人實不覺知魔著,亦言自得無上涅槃。來彼求合善男子處,敷座說法。其形及彼聽法之人,外無遷變,令其聽者,未聞法前心自開悟。念念移易,或得宿命、或有他心、或見地獄、或知人間好惡諸事,或口說偈、或自誦經。各各歡喜,得未曾有。是人愚迷,惑為菩薩。綿愛其心,破佛律儀,潛行貪欲。口中好言佛有大小,某佛先佛,某佛後佛,其中亦有真佛、假佛、男佛、女佛,菩薩亦然。其人見故,洗滌本心,易入邪悟。此名魅鬼,年老成魔,惱亂是人。厭足心生,去彼人體;弟子與師,俱陷王難。汝當先覺,不入輪迴;迷惑不知,墮無間獄。
(仏また説きていわく、)「又善男子は受陰は虗妙にして、邪慮に遭わずして、円定は発明す;三摩地の中に心は綿澈を愛して、其の精思を澄めて、契合を貪求す。爾の時、天魔は候い其の便を得て、精を飛ばして人に附して、口に経法を説く。其の人は実に覚知せずして魔に著けられて、亦た言うて自ら無上涅槃を得たりと。彼の合を求むる善男子の処に来たりて、座を敷きて法を説く。其の形および彼の法を聴くの人は、外に遷変無くて、聴くの人をして、未だ法を聞かざる前に心は自ら開悟せしむ。念々に移易して、或いは宿命を得、或いは他心有り、或いは地獄を見、或いは人間の好悪の諸事を知り、或いは口に偈を説き、或いは自ら経を誦す。各々歓喜して、未曾有を得たり。此の人は愚迷にして、惑いて菩薩と為す。其の心を綿愛して、仏の律儀を破りて、潜く貪欲を行ず。口の中に好みて仏に大小有りて、某仏は先の仏、某仏は後の仏、其の中にも亦た真仏・假仏・男仏・女仏有りて、菩薩も亦た是の如しと言う。其の人は見るが故に、本心を洗滌して、易く邪悟に入る。此れ名づけて魅鬼の、年老いて魔を成して、此の人を悩乱すと為す。厭足の心は生じて、彼の人体を去る;弟子と師とは、倶に王難に陥る。汝は当に先ず覚るべし、輪回に入らず;迷惑して知らざれば、無間獄に堕さん。
「又善男子受陰虛妙,不遭邪慮,圓定發明;三摩地中心愛根本,窮覽物化性之終始,精爽其心,貪求辯析。爾時,天魔候得其便,飛精附人,口說經法。其人先不覺知魔著,亦言自得無上涅槃。來彼求元善男子處,敷座說法。身有威神摧伏求者,令其座下雖未聞法自然心伏。是諸人等,將佛涅槃、菩提、法身,即是現前我肉身上。父父子子遞代相生,即是法身常住不絕。都指現在即為佛國,無別淨居及金色相。其人信受,忘失先心,身命歸依,得未曾有。是等愚迷,惑為菩薩。推究其心,破佛律儀,潛行貪欲,口中好言眼、耳、鼻、舌皆為淨土,男女二根即是菩提涅槃真處。彼無知者,信是穢言。此名蠱毒魘勝惡鬼,年老成魔,惱亂是人。厭足心生,去彼人體;弟子與師,俱陷王難。汝當先覺,不入輪迴;迷惑不知,墮無間獄。
(仏また説きていわく、)「又善男子は受陰は虗妙にして、邪慮に遭わずして、円定は発明す;三摩地の中に心は根本を愛して、物化の性の終始を窮覧して、其の心を精爽にして、辨析を貪求す。爾の時、天魔は候い其の便を得て、精を飛ばして人に附して、口に経法を説く。其の人は先ず覚知せずして魔に著けられて、亦た言うて自ら無上涅槃を得たりと。彼の元を求むる善男子の処に来たりて、座を敷きて法を説く。身に威神有りて求むるの人を摧伏して、其の座下をして未だ法を聞かざれども自然に心は伏せしむ。此の等の人は、仏の涅槃・菩提・法身を将りて、即ち是れ現前の我が肉身上に在りとす。父父子子は代を遞えて相い生ずは、即ち是れ法身は常住して絶えず。都く現在を指して即ち佛国と為して、別に浄居および金色の相無し。其の人は信受して、先心を忘失して、身命は帰依して、未曾有を得たり。此の等の愚迷は、惑いて菩薩と為す。其の心を推究して、仏の律儀を破りて、潜く貪欲を行じ、口の中に好みて眼・耳・鼻・舌は皆是れ浄土にして、男女の二根は即ち是れ菩提涅槃の真処なりと言う。彼の無知の人は、是の穢言を信ず。此れ名づけて蠱毒魘勝の悪鬼の、年老いて魔を成して、此の人を悩乱すと為す。厭足の心は生じて、彼の人体を去る;弟子と師とは、倶に王難に陥る。汝は当に先ず覚るべし、輪回に入らず;迷惑して知らざれば、無間獄に堕さん。
「又善男子受陰虛妙,不遭邪慮,圓定發明;三摩地中心愛懸應,周流精研,貪求冥感。爾時,天魔候得其便,飛精附人,口說經法。其人元不覺知魔著,亦言自得無上涅槃。來彼求應善男子處,敷座說法。能令聽眾,暫見其身如百千歲,心生愛染,不能捨離。身為奴僕,四事供養不覺疲勞。各各令其座下人心,知是先師本善知識。別生法愛,粘如膠漆,得未曾有。是人愚迷,惑為菩薩。親近其心,破佛律儀,潛行貪欲。口中好言:『我於前世、於某生中先度某人,當時是我妻妾兄弟,今來相度;與汝相隨歸某世界,供養某佛。』或言:『別有大光明天,佛於中住,一切如來所休居地。』彼無知者,信是虛誑,遺失本心。此名厲鬼,年老成魔,惱亂是人。厭足心生,去彼人體;弟子與師,俱陷王難。汝當先覺,不入輪迴;迷惑不知,墮無間獄。
(仏また説きていわく、)「又善男子は受陰は虗妙にして、邪慮に遭わずして、円定は発明す;三摩地の中に心は懸応を愛して、周流して精研して、冥感を貪求す。爾の時、天魔は候い其の便を得て、精を飛ばして人に附して、口に経法を説く。其の人は元より覚知せずして魔に著けられて、亦た言うて自ら無上涅槃を得たりと。彼の応を求むる善男子の処に来たりて、座を敷きて法を説く。能く聴衆をして、暫く其の身の百千歳の如きを見て、心は愛染を生じて、舎離する能わざらしむ。身は奴僕と為りて、四事を供養して疲労を覚えず。各々其の座下の人心をして、知らしめて是れ先師の本の善知識なりと。別に法愛を生じて、粘ること膠漆の如くして、未曾有を得たり。此の人は愚迷にして、惑いて菩薩と為す。其の心に親近して、仏の律儀を破りて、潜く貪欲を行ず。口の中に好みて言わく『我は前世に於て、某の生の中に於て先ず某人を度し、当時は是れ我が妻妾の兄弟にして、今来たりて相い度す;汝と相随いて某の世界に帰して、某仏を供養せん』と。或いは言わく『別に大光明天有りて、仏は其の中に住し、一切如来の休居の地なり』と。彼の無知の人は、是の虗誑を信じて、本心を遺失す。此れ名づけて厲鬼の、年老いて魔を成して、此の人を悩乱すと為す。厭足の心は生じて、彼の人体を去る;弟子と師とは、倶に王難に陥る。汝は当に先ず覚るべし、輪回に入らず;迷惑して知らざれば、無間獄に堕さん。
「又善男子受陰虛妙,不遭邪慮,圓定發明;三摩地中心愛深入,克己辛勤,樂處陰寂,貪求靜謐。爾時,天魔候得其便,飛精附人,口說經法。其人本不覺知魔著,亦言自得無上涅槃。來彼求陰善男子處,敷座說法。令其聽人各知本業;或於其處語一人言:『汝今未死已作畜生。』勅使一人於後踏尾,頓令其人起不能得。於是一眾傾心欽伏。有人起心,已知其肇。佛律儀外,重加精苦。誹謗比丘,罵詈徒眾,訐露人事,不避譏嫌。口中好言未然禍福,及至其時,毫髮無失。此大力鬼,年老成魔,惱亂是人。厭足心生,去彼人體;弟子與師多陷王難。汝當先覺,不入輪迴,迷惑不知,墮無間獄。
(仏また説きていわく、)「又善男子は受陰は虗妙にして、邪慮に遭わずして、円定は発明す;三摩地の中に心は深入を愛して、己を克て辛勤して、陰寂に処るを楽しみて、静謐を貪求す。爾の時、天魔は候い其の便を得て、精を飛ばして人に附して、口に経法を説く。其の人は本より覚知せずして魔に著けられて、亦た言うて自ら無上涅槃を得たりと。彼の陰を求むる善男子の処に来たりて、座を敷きて法を説く。聴くの人をして各々本業を知らしめ;或いは其の処に於て一人に對して説かく『汝は今未だ死せずして已に畜生を作せり』と。一人を敕して後に於て尾を踏ましめて、頓に其の人をして起つ能わざらしむ。是に於て一衆は心を傾けて欽伏す。人の心を起こす有れば、已に其の肇を知る。仏の律儀の外に、重ねて精苦を加う。比丘を誹謗して、徒衆を罵詈し、人の事を訐露して、譏嫌を避けず。口の中に好みて未然の禍福を言いて、其の時に及ぶに及びて、毫髪も失わず。此れ大力の鬼の、年老いて魔を成して、此の人を悩乱す。厭足の心は生じて、彼の人体を去る;弟子と師とは多く王難に陥る。汝は当に先ず覚るべし、輪回に入らず、迷惑して知らざれば、無間獄に堕さん。
「又善男子受陰虛妙,不遭邪慮,圓定發明;三摩地中心愛知見,勤苦研尋,貪求宿命。爾時,天魔候得其便,飛精附人,口說經法。其人殊不覺知魔著,亦言自得無上涅槃。來彼求知善男子處,敷座說法。是人無端於說法處,得大寶珠。其魔或時化為畜生,口銜其珠,及雜珍寶、簡策、符牘、諸奇異物,先授彼人,後著其體。或誘聽人藏於地下,有明月珠照耀其處。是諸聽者得未曾有。多食藥草,不飡嘉膳,或時日飡一麻一麥,其形肥充,魔力持故。誹謗比丘,罵詈徒眾,不避譏嫌。口中好言他方寶藏,十方聖賢潛匿之處。隨其後者,往往見有奇異之人。此名山林、土地、城隍、川嶽鬼神,年老成魔。或有宣婬破佛戒律,與承事者潛行五欲;或有精進純食草木,無定行事,惱亂彼人。厭足心生,去彼人體;弟子與師,多陷王難。汝當先覺,不入輪迴;迷惑不知,墮無間獄。
(仏また説きていわく、)「又善男子は受陰は虗妙にして、邪慮に遭わずして、円定は発明す;三摩地の中に心は知見を愛して、勤苦して研尋して、宿命を貪求す。爾の時、天魔は候い其の便を得て、精を飛ばして人に附して、口に経法を説く。其の人は殊に覚知せずして魔に著けられて、亦た言うて自ら無上涅槃を得たりと。彼の知を求むる善男子の処に来たりて、座を敷きて法を説く。此の人は端無く法を説く処に於て、大宝珠を得たり。其の魔は或いは時に化して畜生と為りて、口に其の珠を銜えて、および雜珍の宝・簡策・符牘・諸の奇異の物を、先ず彼の人に授けて、後に其の体に著く。或いは聴くの人を誘いて地下に蔵せしむれば、明月の珠有りて其の処を照耀す。此の聴くの人は未曾有を得たり。多く薬草を食して、嘉膳を餐わずして、或いは時日に一麻一麦を餐して、其の形は肥充して、魔力の持するが故なり。比丘を誹謗して、徒衆を罵詈して、譏嫌を避けず。口の中に好みて他方の宝蔵、十方の聖賢の潜匿する処を言う。其の後に随うは、往々にして奇異の人有るを見る。此れ名づけて山林・土地・城隍・川岳の鬼神の、年老いて魔を成す。或いは淫を宣びて仏の戒律を破りて、承事するの人と潜く五欲を行じ;或いは精進して純に草木を食して、定まる行事無くして、彼の人を悩乱す。厭足の心は生じて、彼の人体を去る;弟子と師とは、多く王難に陥る。汝は当に先ず覚るべし、輪回に入らず;迷惑して知らざれば、無間獄に堕さん。
「又善男子受陰虛妙,不遭邪慮,圓定發明;三摩地中心愛神通種種變化,研究化元,貪取神力。爾時,天魔候得其便,飛精附人,口說經法。其人誠不覺知魔著,亦言自得無上涅槃。來彼求通善男子處,敷座說法。是人或復手執火光,手撮其光,分於所聽四眾頭上。是諸聽人,頂上火光皆長數尺,亦無熱性,曾不焚燒。或水上行如履平地,或於空中安坐不動,或入瓶內,或處囊中,越牖透垣曾無障礙,唯於刀兵不得自在。自言是佛,身著白衣,受比丘禮,誹謗禪律,罵詈徒眾,訐露人事,不避譏嫌。口中常說神通自在,或復令人傍見佛土,鬼力惑人非有真實。讚歎行婬,不毀麁行,將諸猥媟以為傳法。此名天地大力山精、海精、風精、河精、土精、一切草樹積劫精魅,或復龍魅,或壽終仙再活為魅,或仙期終計年應死、其形不化他怪所附,年老成魔,惱亂是人。厭足心生,去彼人體;弟子與師,多陷王難。汝當先覺,不入輪迴;迷惑不知,墮無間獄。
(仏また説きていわく、)「又善男子は受陰は虗妙にして、邪慮に遭わずして、円定は発明す;三摩地の中に心は神通の種種の変化を愛して、化元を研究して、神力を貪取す。爾の時、天魔は候い其の便を得て、精を飛ばして人に附して、口に経法を説く。其の人は誠に覚知せずして魔に著けられて、亦た言うて自ら無上涅槃を得たりと。彼の通を求むる善男子の処に来たりて、座を敷きて法を説く。此の人は或いは又手に火光を執りて、手に其の光を撮みて、所聴の四衆の頭上に分かつ。此の聴く人は、頂上の火光は都く長さ数尺にして、亦た熱性無くて、曾て焚焼せず。或いは水上に行歩して平地を履むが如く、或いは空中に於て安坐して動かず、或いは瓶の内に入り、或いは囊の中に処りて、牖を越え垣を透るも曾て障礙無くて、唯だ刀兵に於て自在を得ず。自ら言うて是れ仏なりと、身に白衣を著て、比丘の礼を受けて、禅律を誹謗し、徒衆を罵詈し、人の事を訐露して、譏嫌を避けず。口の中に常に神通自在を説き、或いは又人をして旁に仏土を見しめて、鬼力は人を惑わして、並びに真実に非ず。淫を行ずるを讃嘆して、粗行を毀らずして、諸の猥褻を将りて以て法を伝うと為す。此れ名づけて天地の大力の山精・海精・風精・河精・土精・一切草樹の劫を積みたる精魅、或いは又龍魅、或いは寿終わりて仙は再び活して魅と為り、或いは仙は期終わりて年を計れば死すべし、其の形は化せずして他怪の附する所、年老いて魔を成して、此の人を悩乱す。厭足の心は生じて、彼の人体を去る;弟子と師とは、多く王難に陥る。汝は当に先ず覚るべし、輪回に入らず;迷惑して知らざれば、無間獄に堕さん。
「又善男子受陰虛妙,不遭邪慮,圓定發明;三摩地中心愛入滅,妍究化性,貪求深空。爾時,天魔候得其便,飛精附人,口說經法。其人終不覺知魔著,亦言自得無上涅槃。來彼求空善男子處,敷座說法。於大眾內其形忽空,眾無所見,還從虛空突然而出,存沒自在。或現其身洞如瑠璃,或垂手足作栴檀氣,或大小便如厚石蜜。誹毀戒律,輕賤出家。口中常說無因無果,一死永滅,無復後身及諸凡聖。雖得空寂,潛行貪欲,受其欲者,亦得空心,撥無因果。此名日月薄蝕精氣、金玉芝草、麟鳳龜鶴、經千萬年不死為靈,出生國土,年老成魔;惱亂是人。厭足心生,去彼人體;弟子與師,多陷王難。汝當先覺,不入輪迴;迷惑不知,墮無間獄。
(仏また説きていわく、)「又善男子は受陰は虗妙にして、邪慮に遭わずして、円定は発明す;三摩地の中に心は入滅を愛して、化性を妍究して、深空を貪求す。爾の時、天魔は候い其の便を得て、精を飛ばして人に附して、口に経法を説く。其の人は終に覚知せずして魔に著けられて、亦た言うて自ら無上涅槃を得たりと。彼の空を求むる善男子の処に来たりて、座を敷きて法を説く。大衆の内に於て其の形は忽ち空にして、衆は見る所無くて、還って虗空より突然として出でて、存没は自在なり。或いは其の身を現じて洞らかに琉璃の如く、或いは手足を垂れて栴檀の気を作し、或いは大小便は厚石蜜の如し。戒律を誹毀して、出家を軽賤す。口の中に常に因無く果無し、一死にして永滅して、更に後身および諸の凡聖有らずと説く。雖も空寂を得るも、潜く貪欲を行じて、其の欲を受くるは、亦た空心を得て、因果を撥無す。此れ名づけて日月の薄蝕の精気・金玉芝草・麟鳳亀鶴の、千万年を経て死せずして靈と為り、国土に出生して、年老いて魔を成す;此の人を悩乱す。厭足の心は生じて、彼の人体を去る;弟子と師とは、多く王難に陥る。汝は当に先ず覚るべし、輪回に入らず;迷惑して知らざれば、無間獄に堕さん。
「又善男子受陰虛妙,不遭邪慮,圓定發明;三摩地中心愛長壽,辛苦研幾,貪求永歲,棄分段生,頓希變易細相常住。爾時,天魔候得其便,飛精附人,口說經法。其人竟不覺知魔著,亦言自得無上涅槃。來彼求生善男子處,敷座說法。好言他方往還無滯,或經萬裡瞬息再來,皆於彼方取得其物。或於一處在一宅中數步之間,令其從東詣至西壁,是人急行累年不到。因此心信,疑佛現前。口中常說十方眾生皆是吾子,我生諸佛,我出世界,我是元佛,出世自然不因修得。此名住世自在天魔,使其眷屬如遮文茶,及四天王毘舍童子未發心者,利其虛明,食彼精氣。或不因師,其修行人親自觀見,稱執金剛與汝長命。現美女身,盛行貪欲,未逾年歲,肝腦枯竭。口兼獨言,聽若𩲓魅。前人未詳,多陷王難,未及遇刑,先已乾死。惱亂彼人,以至殂殞。汝當先覺,不入輪迴;迷惑不知,墮無間獄。
(仏また説きていわく、)「又善男子は受陰は虗妙にして、邪慮に遭わずして、円定は発明す;三摩地の中に心は長寿を愛して、辛苦して幾を研じて、永歳を貪求して、分段の生を棄てて、頓に変易の細相の常住を希う。爾の時、天魔は候い其の便を得て、精を飛ばして人に附して、口に経法を説く。其の人は竟に覚知せずして魔に著けられて、亦た言うて自ら無上涅槃を得たりと。彼の生を求むる善男子の処に来たりて、座を敷きて法を説く。好みて他方に往還して滞り無し、或いは万里を経て瞬息に再び来たりて、都く彼の方に於て其の物を取り得たりと言う。或いは一処に於て、一宅の中の数歩の間に在りて、其をして東より西壁に詣り至らしめれば、此の人は急行して年を累ねても到らず。此に因りて心は信じて、仏の現前を疑う。口の中に常に十方の衆生は皆是れ吾が子にして、我は諸仏を生じ、我は世界を出だし、我は是れ元の仏にして、出世は自然にして、修得に因らずと説く。此れ名づけて住世の自在天魔の、其の眷属の遮文荼の如きを使い、および四天王の毘舎の童子の未だ心を発せざるをして、其の虗明を利して、彼の精気を食わしむ。或いは師に因らずして、其の修行の人は親自ら観見して、金剛を称執して汝に長命を与うと。美女の身を現じて、盛んに貪欲を行じて、未だ年歳を逾えずして、肝脳は枯竭す。口は兼ねて独り言い、聴くは魍魎の若し。前の人は未だ詳ならずして、多く王難に陥りて、未だ刑に遇わざるに、先ず已に干死す。彼の人を悩乱して、殂殞に至らしむ。汝は当に先ず覚るべし、輪回に入らず;迷惑して知らざれば、無間獄に堕さん。
「阿難當知,是十種魔於末世時在我法中出家修道,或附人體,或自現形,皆言已成正遍知覺;讚歎婬欲,破佛律儀。先惡魔師與魔弟子,婬婬相傳。如是邪精,魅其心腑,近則九生,多踰百世,令真修行總為魔眷。命終之後必為魔民,失正遍知,墮無間獄。汝今未須先取寂滅,縱得無學,留願入彼末法之中,起大慈悲,救度正心深信眾生;令不著魔,得正知見。我今度汝已出生死,汝遵佛語,名報佛恩。
(仏また説きていわく、)「阿難は当に知るべし、此の十种の魔は末世の時に於て我が法の中に出家して道を修して、或いは人体に附き、或いは自ら形を現じて、都く言うて已に正遍知覚を成れりと;淫欲を讃嘆して、仏の律儀を破る。先の悪の魔師と魔の弟子とは、淫淫として相い伝う。是の如き邪精は、其の心腑を魅して、近ければ九生、多くは百世を逾えて、真に修行するをして総て魔眷と為さしむ。命終の後に必ず魔民と為りて、正遍知を失い、無間獄に堕す。汝は今未だ須らく先ず寂滅を取るべからず、縱い無学を得るも、願を留めて彼の末法の中に入りて、大慈悲を起こして、正心の深信の衆生を救度して;魔に著れざらしめて、正知見を得しめよ。我今汝を度して已に生死を出でしめたり、汝は仏の語に遵うは、名づけて仏の恩に報ゆと為す。
「阿難!如是十種禪那現境,皆是想陰用心交互,故現斯事。眾生頑迷,不自忖量,逢此因緣、迷不自識,謂言登聖,大妄語成,墮無間獄。汝等必須將如來語,於我滅後傳示末法,遍令眾生開悟斯義。無令天魔得其方便,保持覆護,成無上道。
(仏また説きていわく、)「阿難!是の如き十種の禅那の現境は、皆是れ想陰の用心の交互にして、是の故に此の事を現ず。衆生は頑迷にして、自ら忖量せずして、此の因縁に逢うに、迷いて自ら識らずして、謂えて聖に登れりと言い、大妄語は成じて、無間獄に堕す。汝らは必ず如来の語を将て、我が滅後に末法に伝示して、遍く衆生をして此の義を開悟せしむべし。天魔をして其の方便を得せしむる勿れ、保持して覆護して、無上道を成ぜよ。
