Libo

大仏頂萬行首楞厳経巻第一

唐 · 般刺蜜帝译 · 第4巻 / 13

「阿難!如彼眾生別業妄見,矚燈光中所現圓影,雖現似境,終彼見者目眚所成。眚即見勞,非色所造;然見眚者終無見咎。例汝今日,以目觀見山河國土及諸眾生,皆是無始見病所成。見與見緣似現前境,元我覺明見所緣眚。覺見即眚,本覺明心覺緣非眚;覺所覺眚,覺非眚中,此實見見,云何復名覺、聞、知、見?是故汝今見我及汝並諸世間十類眾生,皆即見眚,非見眚者;彼見真精性非眚者,故不名見。

(仏また説きていわく、)「阿難!彼の衆生の別業妄見の如く、灯光の中に現ずる所の円影を看るに、雖も境界の似たるを現ずるも、終竟彼の看る人の目翳の成ずる所なり。翳は即ち是れ見の労にして、非ず色の造る所なり;然るに翳を見る能く那一分は、終に見の過咎無し。たとえば汝今日眼を以て山河国土および諸の衆生を見るが如く、皆是れ无始已来の見病の成ずる所なり。見と見の縁する所とは、現前の境界の似たり、元は是れ我が覚明の見の縁する翳なり。覚の見は即ち是れ翳にして、本覚の明心は能く所縁の那一分を覚じて翳に非ず;能く所覚の翳を覚ずれば、覚は翳の中に在らず、此れ実に即ち是れ『見見』なり、云何にか復た名づけて覚・聞・知・見と為す。是の故に汝今我を見る以及び汝併せて諸の世間十類の衆生は、皆即ち是れ見翳にして、非ず能く翳を見る那一分なり;彼の見の真精・性翳に非ざるは、故に不名づくる見なり。

「阿難!如彼眾生同分妄見,例彼妄見別業一人,一病目人同彼一國。彼見圓影,眚妄所生。此眾同分所現不祥,同見業中瘴惡所起,俱是無始見妄所生。例閻浮提三千洲中,兼四大海娑婆世界,並洎十方諸有漏國及諸眾生,同是覺明無漏妙心,見、聞、覺、知虛妄病緣、和合妄生,和合妄死。若能遠離諸和合緣及不和合,則復滅除諸生死因;圓滿菩提不生滅性,清淨本心本覺常住。

(仏また説きていわく、)「阿難!彼の衆生の同分妄見の如く、彼の妄見別業の一人を譬えば、一の病目の人は彼の一国に同じ。彼の見る所の円影は、是れ眚妄の生ずる所なり。此の衆同分の現ずる所の不祥は、同見業中の瘴悪の起る所にして、皆是れ无始の見妄の生ずる所なり。譬えば閻浮提三千洲の中、兼ねて四大海娑婆世界、併せて十方の諸の有漏国および諸の衆生に至るまで、同じく是れ覚明無漏の妙心にして、見・聞・覚・知の虚妄病縁・和合に妄生して、和合に妄死す。若し能く諸の和合縁および不和合を遠離せば、則ち復た諸の生死因を滅除して;円満菩提の不生滅性、清浄本心の本覚常住なり。

「阿難!汝雖先悟本覺妙明性非因緣非自然性,而猶未明如是覺元非和合生及不和合。阿難!吾今復以前塵問汝,汝今猶以一切世間妄想和合諸因緣性,而自疑惑證菩提心和合起者。則汝今者妙淨見精,為與明和?為與闇和?為與通和?為與塞和?若明和者,且汝觀明,當明現前,何處雜見?見相可辨,雜何形像?若非見者,云何見明?若即見者,云何見見?必見圓滿,何處和明?若明圓滿不合見和,見必異明,雜則失彼性明名字;雜失明性,和明非義。彼暗與通及諸群塞,亦復如是。

(仏また説きていわく、)「阿難!汝雖も先に本覚妙明性の非因縁非自然性を悟るも、而も猶お未だ明かならず是の如き覚元の非和合生および不和合を。阿難!我今復た前塵を以て汝に問わん、汝今還りて一切の世間の妄想和合の諸の因縁性を以てして、自ら疑惑して菩提心は和合に起ると証するなり。則ち汝今の妙浄見精は、是れ明と和するか。暗と和するか。通と和するか。塞と和するか。若し明と和せば、且つ汝が明を観るに、当に明が現前する、何の処か見を雑えん。見相は可辨して、雑は是れ何の形像ぞ。若し見に非ざれば、云何にか明を見る。若し即ち是れ見ならば、云何にか見を見る。必ず見円満せば、何の処か明を和せん。若し明円満して見と和を合せざれば、見は必ず明に異なりて、雑れば則ち彼の性明名字を失わん;雑えて明性を失えば、和明の義は成らず。彼の暗と通および諸の群塞も、亦復かくの如し。

「復次,阿難!又汝今者妙淨見精,為與明合?為與暗合?為與通合?為與塞合?若明合者,至於暗時明相已滅,此見即不與諸暗合,云何見暗?若見暗時不與暗合,與明合者應非見明?既不見明,云何明合了明非暗?彼暗與通及諸群塞,亦復如是。」

(仏また説きていわく、)「復た、阿難!又汝今の妙浄見精は、是れ明と合するか。暗と合するか。通と合するか。塞と合するか。若し明と合せば、暗の時に至りて明相は已に滅せり、此の見は即ち諸の暗と合せずして、云何にか暗を見る。若し暗を見るの時に暗と合せざれば、明と合するは応に非ず明を見るか。既に明を見ざれば、云何にか明に合して明を了わざる暗と。彼の暗と通および諸の群塞も、亦復かくの如し。」

阿難白佛言:「世尊!如我思惟,此妙覺元與諸緣塵及心念慮非和合耶?」

阿難仏に白して言さく、「世尊!我が思惟する所の如く、此の妙覚元は諸の縁塵および心念慮と和合せざるか」と。

佛言:「汝今又言覺非和合,吾復問汝,此妙見精非和合者,為非明和?為非暗和?為非通和?為非塞和?若非明和,則見與明必有邊畔。汝且諦觀,何處是明?何處是見?在見在明,自何為畔?阿難!若明際中必無見者,則不相及;自不知其明相所在,畔云何成?彼暗與通及諸群塞,亦復如是。

仏言さく、「汝今復た覚の非和合を説く、我復た汝に問わん、此の妙見精の非和合は、是れ非明和か。非暗和か。非通和か。非塞和か。若し非明和ならば、則ち見と明と必ず辺畔有らん。汝且つ諦に観よ、何の処か是れ明ぞ。何の処か是れ見ぞ。見に在り明に在りて、何よりして畔と為す。阿難!若し明の際の中に於て必ず見無ければ、則ち相い及ばず;自ら其の明相の所在を知らざれば、畔は云何にか成る。彼の暗と通および諸の群塞も、亦復かくの如し。

「又妙見精非和合者,為非明合?為非暗合?為非通合?為非塞合?若非明合,則見與明性相乖角,如耳與明瞭不相觸;見且不知明相所在,云何甄明合非合理?彼暗與通及諸群塞,亦復如是。

(仏また説きていわく、)「又妙見精の非和合は、是れ非明合か。非暗合か。非通合か。非塞合か。若し非明合ならば、則ち見と明性と相い乖角して、耳と明との了りて相い触れざるが如し;見且つ明相の所在を知らざれば、云何にか甄明して合と非合との道理を知らん。彼の暗と通および諸の群塞も、亦復かくの如し。

「阿難!汝猶未明一切浮塵諸幻化相,當處出生,隨處滅盡;幻妄稱相,其性真為妙覺明體。如是乃至五陰、六入,從十二處至十八界,因緣和合虛妄有生,因緣別離虛妄名滅;殊不能知生滅去來,本如來藏常住妙明不動周圓妙真如性,性真常中求於去來、迷悟、死生了無所得。

(仏また説きていわく、)「阿難!汝猶お未だ明かならず一切の浮塵の諸の幻化相は、当の処に於て出生して、随いて処に於て滅尽す;幻妄を称して相と為すも、其の性は真に為に妙覚明体なり。如是乃至五陰(色・受・想・行・識の五類の身心要素)・六入、十二処より十八界に至るまで、因縁和合に虚妄に生有りて、因縁別離に虚妄に名づけて滅と為す;殊に能く知らず生滅去来は、本是れ如来蔵常住妙明・不動周円の妙真如性なり、性真常の中に於て去来・迷悟・死生を求むれば了りて所得無し。

「阿難!云何五陰本如來藏妙真如性?

(仏また説きていわく、)「阿難!云何にか五陰本是れ如来蔵妙真如性ぞ。

「阿難!譬如有人,以清淨目觀晴明空,唯一晴虛,逈無所有。其人無故不動目睛、瞪以發勞,則於虛空別見狂花,復有一切狂亂非相。色陰當知亦復如是。阿難!是諸狂花,非從空來,非從目出。如是阿難!若空來者,既從空來還從空入,若有出入即非虛空。空若非空,自不容其花相起滅,如阿難體不容阿難。若目出者,既從目出還從目入;即此花性從目出故,當合有見。若有見者,去既花空,旋合見眼。若無見者,出既翳空,旋當翳眼。又見花時目應無瞖,云何晴空號清明眼?是故當知色陰虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!たとえば人有りて、清浄の目を以て晴明の空を観るに、唯一の晴虗にして、迥に所有無し。其の人故無く目睛を動かさずして、瞪視して以て労を発せば、則ち虗空に於て別に狂華を見、又一切の狂乱非相有り。色陰当に知るべし亦復かくの如し。阿難!是の諸の狂華は、非ず空より来たり、非ず目より出づ。是の如く阿難!若し空より来たれば、既に空より来たれば還りて空より入る、若し出入有れば即ち非ず虗空なり。空若し空に非ざれば、自然として其の華相の起滅を容れず、たとえば阿難の体は阿難を容れざるが如し。若し目より出づれば、既に目より出づれば還りて目より入る;即ち此の華性目より出づるの故を以て、応に見有るべし。若し見有れば、去ること既に華は空に在りて、旋り回りて応に眼を見るべし。若し見無ければ、出づること既に空を翳し、旋り回りて応に眼を翳すべし。又華を見るの時は目は応に翳無からん、云何にか晴空は清明眼と号する。是の故を以て当に知るべし色陰は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!譬如有人,手足宴安,百骸調適,忽如忘生,性無違順。其人無故以二手掌於空相摩,於二手中妄生澁、滑、冷、熱諸相。受陰當知亦復如是。阿難!是諸幻觸,不從空來,不從掌出。如是阿難!若空來者,既能觸掌何不觸身?不應虛空選擇來觸。若從掌出,應非待合。又掌出故,合則掌知,離即觸入;臂腕骨髓,應亦覺知入時蹤跡。必有覺心知出知入,自有一物身中往來,何待合知要名為觸?是故當知受陰虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!たとえば人有りて、手足宴安にして、百骸調適して、忽然として生を忘ずるが如く、性は違順無し。其の人故無く二手掌を以て空中に於て相い摩すれば、二手の中に於て妄りに濇・滑・冷・熱の諸相を生ず。受陰当に知るべし亦復かくの如し。阿難!是の諸の幻触は、空より来たらず、掌より出でず。是の如く阿難!若し空より来たれば、既能く掌を触れば何の故ぞや身を触れざる、不応虗空選択して触れに来たらん。若し掌より出づれば、応に合を待たずしてならざるべし。又掌より出づるの故を以て、合すれば則ち掌知り、離れれば即ち触入す;臂腕骨髓も、亦応に入るの時の踪跡を覚知すべし。必ず覚心有りて出を知り入を知らば、自ら一物有りて身の中に往来す、何ぞ須らく合知を待ちて方に名づけて触と為さん。是の故を以て当に知るべし受陰は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!譬如有人,談說醋梅口中水出,思踏懸崖足心酸澁。想陰當知亦復如是。阿難!如是醋說不從梅生,非從口入。如是阿難!若梅生者,梅合自談何待人說?若從口入,自合口聞,何須待耳?若獨耳聞,此水何不耳中而出?想踏懸崖,與說相類。是故當知想陰虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!たとえば人有りて、酸梅を談説すれば口中水出出づ、懸崖を踏まんことを想えば足心酸澁す。想陰当に知るべし亦復かくの如し。阿難!如是の酸の説は梅より生ぜず、口より入らず。是の如く阿難!若し梅より生ぜば、梅は応に自ら談じて何ぞ須らく人の説くを待たん。若し口より入らば、自ら応に口聞きて何ぞ須らく耳を待たん。若し独り耳聞ならば、此の水は何の故ぞや耳の中より出でざる。想う懸崖を踏まんことを、説に相い類せり。是の故を以て当に知るべし想陰は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!譬如暴流波浪相續,前際後際不相踰越。行陰當知亦復如是。阿難!如是流性,不因空生,不因水有;亦非水性,非離空水。如是阿難!若因空生,則諸十方無盡虛空成無盡流,世界自然俱受淪溺。若因水有,則此暴流性應非水,有所、有相,今應現在。若即水性,則澄清時應非水體;若離空水,空非有外,水外無流。是故當知行陰虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!たとえば暴流の波浪相続するが如く、前際後際は相い逾越せず。行陰当に知るべし亦復かくの如し。阿難!如是の流性は、空に因りて生ぜず、水に因りて有らず;亦非ず水性にして、非ず空を離れ水を離る。是の如く阿難!若し空に因りて生ぜば、則ち諸の十方の無尽の虗空は無尽の流と成りて、世界は自然として皆沦溺を受けん。若し水に因りて有れば、則ち此の暴流性は応に非ず水なりて、所有・有相有りて、如今応に現前ならん。若し即ち是れ水性ならば、則ち澄清の時は応に非ず水体ならん;若し空を離れ水を離れれば、空は非ず外有りて、水の外に流無し。是の故を以て当に知るべし行陰は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!譬如有人,取頻伽瓶塞其兩孔,滿中擎空,千里遠行用餉他國。識陰當知亦復如是。阿難!如是虛空,非彼方來,非此方入。如是阿難,若彼方來,則本瓶中既貯空去,於本瓶地應少虛空。若此方入,開孔倒瓶,應見空出。是故當知識陰虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!たとえば人有りて、頻伽瓶を取りて両の孔を塞ぎて、中を満たして空を擎げて、千里遠く行きて以て他国に餉遺す。識陰当に知るべし亦復かくの如し。阿難!如是の虗空は、非ず彼の方より来たり、非ず此の方より入る。是の如く阿難!若し彼の方より来たれば、則ち本瓶の中に既に空を貯えて去りたれば、本瓶の地に於て応に虗空を少なからしめん。若し此の方より入れば、孔を開きて瓶を倒せば、応に空の出づるを見るべし。是の故を以て当に知るべし識陰は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

大仏頂萬行首楞厳経巻第二

大仏頂如来密因修証了義諸菩薩万行首楞厳経巻第三(一名中印度那蘭陀大道場経、灌頂部に於て別行を録出す)

唐天竺沙門般剌蜜帝譯

唐代天竺沙門般剌蜜帝訳。

「復次,阿難!云何六入本如來藏妙真如性?

(仏また説きていわく、)「復た、阿難!云何にか六入本是れ如来蔵妙真如性ぞ。

「阿難!即彼目精瞪發勞者,兼目與勞,同是菩提瞪發勞相。因於明暗二種妄塵,發見居中,吸此塵象,名為見性。此見離彼明暗二塵,畢竟無體。如是阿難!當知是見非明暗來,非於根出,不於空生。何以故?若從明來,暗即隨滅,應非見暗。若從暗來,明即隨滅,應無見明。若從根生,必無明暗,如是見精本無自性。若於空出,前矚塵象,歸當見根;又空自觀,何關汝入?是故當知眼入虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!即ち彼の目精の瞪視して労を発するは、目と労とを兼ねて、同じく是れ菩提の瞪視して労を発する相なり。明暗の二種の妄塵に因りて、見を発して中に居りて、此の塵象を吸して、名づけて見性と為す。此の見は彼の明暗二塵を離れて、畢竟に体無し。是の如く阿難!当に知るべし此の見は非ず明暗より来たり、非ず根より出づ、空より生ぜず。何を以ての故ぞや。若し明より来たれば、暗は即ち随いて滅して、応に非ず暗を見る。若し暗より来たれば、明は即ち随いて滅して、応に明を見る無からん。若し根より生ぜば、必ず明暗無くて、如是の見精は本より自性無し。若し空より出づれば、前に塵象を看て、帰り来たりて応に根を見るべし;又空自ら観れば、汝が入に何の関らん。是の故を以て当に知るべし眼入は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!譬如有人,以兩手指急塞其耳,耳根勞故頭中作聲;兼耳與勞,同是菩提瞪發勞相。因於動靜二種妄塵,發聞居中,吸此塵象,名聽聞性。此聞離彼動靜二塵,畢竟無體。如是阿難!當知是聞,非動靜來,非於根出,不於空生。何以故?若從靜來,動即隨滅,應非聞動;若從動來,靜即隨滅,應無覺靜。若從根生,必無動靜,如是聞體本無自性。若於空出,有聞成性,即非虛空;又空自聞,何關汝入?是故當知耳入虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!たとえば人有りて、両の手指を以て急に其の耳を塞げば、耳根労するが故に頭の中に声を作す;耳と労とを兼ねて、同じく是れ菩提の瞪視して労を発する相なり。動静の二種の妄塵に因りて、聞を発して中に居りて、此の塵象を吸して、名づけて聴聞性と為す。此の聞は彼の動静二塵を離れて、畢竟に体無し。是の如く阿難!当に知るべし此の聞は、非ず動静より来たり、非ず根より出づ、空より生ぜず。何を以ての故ぞや。若し静より来たれば、動は即ち随いて滅して、応に非ず動を聞く;若し動より来たれば、静は即ち随いて滅して、応に静を覚る無からん。若し根より生ぜば、必ず動静無くて、如是の聞体は本より自性無し。若し空より出づれば、聞有りて性と為る、即ち非ず虗空なり;又空自ら聞くは、汝が入に何の関らん。是の故を以て当に知るべし耳入は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!譬如有人急畜其鼻,畜久成勞,則於鼻中聞有冷觸。因觸分別通塞、虛實,如是乃至諸香、臭氣;兼鼻與勞,同是菩提瞪發勞相。因於通塞二種妄塵,發聞居中,吸此塵象,名嗅聞性。此聞離彼通塞二塵,畢竟無體。當知是聞,非通塞來,非於根出,不於空生。何以故?若從通來,塞自隨滅,云何知塞?如因塞有,通則無聞,云何發明香、臭等觸?若從根生,必無通塞,如是聞體本無自性。若從空出,是聞自當迴嗅汝鼻;空自有聞,何關汝入?是故當知鼻入虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!たとえば人有りて急に其の鼻を畜せば、畜すること久しければ労を成して、則ち鼻の中に於て冷触有るを聞く。触に因りて通塞・虗実を分別して、如是乃至諸の香・臭気に至るまで;鼻と労とを兼ねて、同じく是れ菩提の瞪視して労を発する相なり。通塞の二種の妄塵に因りて、聞を発して中に居りて、此の塵象を吸して、名づけて嗅聞性と為す。此の聞は彼の通塞二塵を離れて、畢竟に体無し。当に知るべし此の聞は、非ず通塞より来たり、非ず根より出づ、空より生ぜず。何を以ての故ぞや。若し通より来たれば、塞は自ら随いて滅して、云何にか塞を知る。如し塞に因りて有れば、通は則ち聞無し、云何にか香・臭等の触を発明せん。若し根より生ぜば、必ず通塞無くて、如是の聞体は本より自性無し。若し空より出づれば、此の聞は自ら応に汝が鼻を回りて嗅ぐべし;空自ら聞有りて、汝が入に何の関らん。是の故を以て当に知るべし鼻入は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!譬如有人以舌舐吻,熟舐令勞,其人若病則有苦味,無病之人微有甜觸;由甜與苦顯此舌根,不動之時淡性常在。兼舌與勞,同是菩提瞪發勞相。因甜苦、淡二種妄塵,發知居中,吸此塵象,名知味性。此知味性,離彼甜、苦及淡二塵,畢竟無體。如是阿難!當知如是嘗苦、淡知,非甜、苦來,非因淡有,又非根出,不於空生。何以故?若甜、苦來,淡即知滅,云何知淡?若從淡出,甜即知亡,復云何知甜、苦二相?若從舌生,必無甜、淡及與苦塵,斯知味根本無自性。若於空出,虛空自味,非汝口知;又空自知,何關汝入?是故當知舌入虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!たとえば人有りて舌を以て吻を舐め、熟舐して労を令せば、其の人若し病有れば則ち苦味有り、病無き人は微かに甜触有り;甜と苦とに由りて此の舌根を顕して、動かざるの時は淡性常に在り。舌と労とを兼ねて、同じく是れ菩提の瞪視して労を発する相なり。甜苦・淡の二種の妄塵に因りて、知を発して中に居りて、此の塵象を吸して、名づけて知味性と為す。此の知味性は、彼の甜・苦および淡の二塵を離れて、畢竟に体無し。是の如く阿難!当に知るべし是の如き苦・淡を嘗むの知は、非ず甜・苦より来たり、非ず淡に因りて有り、又非ず根より出づ、空より生ぜず。何を以ての故ぞや。若し甜・苦より来たれば、淡は即ち知滅して、云何にか淡を知る。若し淡より出づれば、甜は即ち知亡して、又云何にか甜・苦二相を知る。若し舌より生ぜば、必ず甜・淡および苦塵無くて、此の知味根は本より自性無し。若し空より出づれば、虗空自ら味して、非ず汝が口の知る所なり;又空自ら知りて、汝が入に何の関らん。是の故を以て当に知るべし舌入は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!譬如有人,以一冷手觸於熱手,若冷勢多熱者從冷,若熱功勝冷者成熱。如是以此合覺之觸,顯於離知;涉勢若成,因於勞觸。兼身與勞,同是菩提瞪發勞相。因於離、合二種妄塵,發覺居中,吸此塵象,名知覺性。此知覺體,離彼離、合、違、順二塵,畢竟無體。如是阿難!當知是覺,非離、合來,非違、順有,不於根出,又非空生。何以故?若合時來,離當已滅,云何覺離?違、順二相,亦復如是。若從根出,必無離、合、違、順四相,則汝身知元無自性。必於空出,空自知覺,何關汝入?是故當知身入虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!たとえば人有りて、一の冷手を以て熱手に触れれば、若し冷の勢多ければ熱の者は冷に従い、若し熱の功勝れば冷の者は熱と成る。是の如く此の合する所覚の触を以て、離知に於て顕す;勢に渉いて若し成れば、労触に因りてなり。身と労とを兼ねて、同じく是れ菩提の瞪視して労を発する相なり。離・合の二種の妄塵に因りて、覚を発して中に居りて、此の塵象を吸して、名づけて知覚性と為す。此の知覚体は、彼の離・合・違・順の二塵を離れて、畢竟に体無し。是の如く阿難!当に知るべし此の覚は、非ず離・合より来たり、非ず違・順に有り、根より出でず、又非ず空より生ず。何を以ての故ぞや。若し合の時より来たれば、離は当に已に滅せん、云何にか離を覚る。違・順の二相も、亦復かくの如し。若し根より出づれば、必ず離・合・違・順の四相無くて、則ち汝が身知は元より自性無し。必ず空より出づれば、空自ら知覚して、汝が入に何の関らん。是の故を以て当に知るべし身入は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!譬如有人,勞倦則眠,睡熟便寤,覽塵斯憶,失憶為忘;是其顛倒生、住、異、滅,吸習中歸,不相踰越,稱意知根。兼意與勞,同是菩提瞪發勞相。因於生、滅二種妄塵,集知居中,吸撮內塵,見聞逆流,流不及地,名覺知性。此覺知性,離彼寤寐、生滅二塵,畢竟無體。如是阿難!當知如是覺知之根,非寤寐來,非生滅有,不於根出,亦非空生。何以故?若從寤來,寐即隨滅,將何為寐?必生時有,滅即同無,令誰受滅?若從滅有,生即滅無,孰知生者?若從根出,寤、寐二相隨身開合,離斯二體,此覺知者同於空花,畢竟無性。若從空生,自是空知,何關汝入?是故當知意入虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!たとえば人有りて、労倦すれば則ち眠り、熟睡すれば便ち覚め、塵を覽れば憶に就きて、憶を失えば忘と為す;是れ其の顛倒の生・住・異・滅にして、習を吸して中に帰して、相い逾越せず、意知根と称す。意と労とを兼ねて、同じく是れ菩提の瞪視して労を発する相なり。生・滅の二種の妄塵に因りて、知を集めて中に居りて、内塵を吸撮して、見聞は逆流して、流は地に及ばず、名づけて覚知性と為す。此の覚知性は、彼の寤寐・生滅の二塵を離れて、畢竟に体無し。是の如く阿難!当に知るべし是の如き覚知の根は、非ず寤寐より来たり、非ず生滅に有り、根より出でず、亦非ず空より生ず。何を以ての故ぞや。若し寤より来たれば、寐は即ち随いて滅して、将に何を以て寐と為さん。必ず生の時に有れば、滅は即ち同じく無にして、誰をして滅を受けしめん。若し滅より有れば、生は即ち滅無にして、誰が生ずる者を知らん。若し根より出づれば、寤・寐の二相は身に随いて開合して、此の二体を離れて、此の覚知の者は空華に同じくして、畢竟に性無し。若し空より生ぜば、自ら是れ空知にして、汝が入に何の関らん。是の故を以て当に知るべし意入は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「復次,阿難!云何十二處本如來藏妙真如性?

(仏また説きていわく、)「復た、阿難!云何にか十二処本是れ如来蔵妙真如性ぞ。

「阿難!汝且觀此祇陀樹林及諸泉池,於意云何?此等為是色生眼見,眼生色相?阿難!若復眼根生色相者,見空非色,色性應銷;銷則顯發一切都無;色相既無,誰明空質?空亦如是。若復色塵生眼見者,觀空非色,見即銷亡;亡則都無,誰明空色?是故當知見與色、空俱無處所,即色與見二處虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!汝且つ此の祇陀樹林および諸の泉池を観看して、汝云何にか見る。是の等は是れ色眼見を生ずるか、是れ眼色相を生ずるか。阿難!若し復た眼根色相を生ぜば、空を見るは色に非ずして、色性は応に銷せん;銷すれば則ち一切の無を顕発し;色相既に無ければ、誰が空質を明らかにせん。空も亦是の如し。若し復た色塵眼見を生ぜば、空を観るは色に非ずして、見は即ち銷亡し;亡すれば則ち都く無くして、誰が空色を明らかにせん。是の故を以て当に知るべし見と色・空とは倶に処所無くて、即ち色と見との二処は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!汝更聽此祇陀園中食辦擊鼓,眾集撞鐘,鐘鼓音聲前後相續。於意云何?此等為是聲來耳邊,耳往聲處?阿難!若復此聲來於耳邊,如我乞食室羅筏城,在祇陀林則無有我;此聲必來阿難耳處,目連、迦葉、應不俱聞?何況其中一千二百五十沙門,一聞鐘聲同來食處?若復汝耳往彼聲邊,如我歸住祇陀林中,在室羅城則無有我。汝聞鼓聲,其耳已往擊鼓之處;鐘聲齊出,應不俱聞?何況其中象、馬、牛、羊種種音響?若無來、往,亦復無聞?是故當知聽與音聲俱無處所,即聽與聲二處虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!汝更に此の祇陀園の中に於て食辦の鼓を撃ち、衆集の鐘を撞くを聴け、鐘鼓の音声は前後相続す。汝云何にか見る。是の等は是れ声耳辺に来たるか、是れ耳声処に往くか。阿難!若し復た此の声耳辺に来たれば、我が室羅筏城に乞食するが如く、祇陀林に在りては則ち我無し;此の声は必ず阿難の耳処に来たれば、目連・迦葉は応に倶に聞かざるべし;況んや其の中の一千二百五十の沙門に於てをや、一たび鐘声を聞けば同じく食処に来たる。若し復た汝が耳彼の声辺に往けば、我が祇陀林に帰住するが如く、室羅城に在りては則ち我無し。汝鼓声を聞けば、其の耳は已に鼓を撃つの処に往けり;鐘声は斉しく出づれば、応に倶に聞かざるべし;況んや其の中の象・馬・牛・羊の種種の音響に於てをや。若し来・往無ければ、亦聞無からんか。是の故を以て当に知るべし聴と音声とは倶に処所無くて、即ち聴と声との二処は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!汝又嗅此鑪中栴檀,此香若復然於一銖,室羅筏城四十里內同時聞氣。於意云何?此香為復生栴檀木,生於汝鼻,為生於空?阿難!若復此香生於汝鼻,稱鼻所生,當從鼻出;鼻非栴檀,云何鼻中有栴檀氣?稱汝聞香,當於鼻入,鼻中出香,說聞非義。若生於空,空性常恆,香應常在,何藉鑪中爇此枯木?若生於木,則此香質因爇成煙,若鼻得聞,合蒙煙氣?其煙騰空未及遙遠,四十里內云何已聞?是故當知香、鼻與聞俱無處所,即嗅與香二處虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!汝又此の鑪の中の旃檀を嗅げ、此の香若し復た一銖を燃やせば、室羅筏城四十里の内は同時に気を聞く。汝云何にか見る。此の香は是れ旃檀木に生ずるか、汝が鼻に生ずるか、是れ空に生ずるか。阿難!若し復た此の香は汝が鼻に生ぜば、鼻の生ずる所と称せば、応に鼻より出づべし;鼻は非ず旃檀なり、云何にか鼻の中に旃檀の気有らん。汝が香を聞くと称せば、応に鼻に於て入るべし、鼻の中より香出づれば、聞の義は成らず。若し空に生ぜば、空性は常恒にして、香は応に常に在るべし、何ぞ須らく鑪の中に此の枯木を焼かん。若し木に生ぜば、則ち此の香質は焼に因りて煙と成りて、若し鼻得て聞かば、応に煙気を蒙るべし;其の煙は空を騰げて未だ遥遠に及ばざるに、四十里の内は云何にか已に聞見せん。是の故を以て当に知るべし香・鼻と聞とは倶に処所無くて、即ち嗅と香との二処は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!汝常二時眾中持缽,其間或遇酥酪醍醐,名為上味。於意云何?此味為復生於空中?生於舌中?為生食中?阿難!若復此味生於汝舌,在汝口中秖有一舌,其舌爾時已成酥味,遇黑石蜜應不推移。若不變移,不名知味;若變移者,舌非多體,云何多味一舌之知?若生於食,食非有識,云何自知?又食自知,即同他食,何預於汝名味之知?若生於空,汝噉虛空,當作何味?必其虛空若作鹹味,既鹹汝舌亦鹹汝面,則此界人同於海魚。既常受鹹,了不知淡,若不識淡亦不覺鹹;必無所知,云何名味?是故當知味、舌與甞俱無處所,即甞與味二俱虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!汝常に二時に衆の中に於て鉢を持して、其の間或いは酥酪醍醐に遇えば、名づけて上味と為す。汝云何にか見る。此の味は是れ空中に生ずるか。舌中に生ずるか。是れ食中に生ずるか。阿難!若し復た此の味は汝が舌に生ぜば、汝が口の中に於て唯一の舌なり、其の舌は爾の時已に酥味と成れる、黒石蜜に遇えば応に推移せざるべし。若し変移せざれば、不名づくる知味なり;若し変移すれば、舌は非ず多体なり、云何にか多味は一舌の知る所ぞ。若し食に生食に生ぜば、食は識無くて、云何にか自ら知る。又食自ら知れば、即ち他の食に同じくして、汝に何の関りて名づくる味の知ぞ。若し空に生ぜば、汝虗空を啖えば、当に何の味を作せん。必ず其の虗空若し鹹味を作せば、既に汝が舌を鹹からしめて亦汝が面を鹹からしめて、則ち此の界の人は海魚に同じからん。既に常に鹹を受けて、全く淡を知らず、若し淡を識らざれば亦不覚鹹せず;必ず知る所無ければ、云何にか名づけて味と為す。是の故を以て当に知るべし味・舌と嘗とは倶に処所無くて、即ち嘗と味との二倶は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!汝常晨朝以手摩頭,於意云何?此摩所知,誰為能觸?能為在手、為復在頭?若在於手,頭則無知,云何成觸?若在於頭,手則無用,云何名觸?若各各有,則汝阿難應有二身。若頭與手,一觸所生,則手與頭當為一體;若一體者,觸則無成。若二體者,觸誰為在?在能非所,在所非能;不應虛空與汝成觸。是故當知覺、觸與身俱無處所,即身與觸二俱虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!汝常に晨朝手を以て頭を摩る、汝云何にか見る。此の摩の知る所は、誰が能触と為す。能は是れ手に在るか、是れ頭に在るか。若し手に在れば、頭は則ち知無くて、云何にか触を成す。若し頭に在れば、手は則ち用無くて、云何にか名づけて触と為す。若し各々有れば、則ち汝阿難は応に二身有るべし。若し頭と手と、一の触の生ずる所ならば、則ち手と頭とは応に一体と為るべし;若し一体ならば、触は則ち成る所無し。若し二体ならば、触は誰が在と為す。能に在れば是れ所に非ず、所に在れば是れ能に非ず;不応虗空汝と触を成さん。是の故を以て当に知るべし覚・触と身とは倶に処所無くて、即ち身と触との二倶は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!汝常意中所緣善、惡、無記三性,生成法則;此法為復即心所生?為當離心別有方所?

(仏また説きていわく、)「阿難!汝常に意の中に縁ずる所の善・悪・無記の三性は、法則を生成す;此の法は是れ即ち心の生ずる所か、是れ心を離れて別に方所有るか。

「阿難!若即心者,法則非塵,非心所緣,云何成處?若離於心別有方所,則法自性為知非知?知則名心,異汝非塵,同他心量。即汝即心,云何汝心更二於汝?若非知者,此塵既非色、聲、香、味、離、合、冷、煖及虛空相,當於何在?今於色、空都無表示,不應人間更有空外。心非所緣,處從誰立?是故當知法則與心俱無處所,則意與法二俱虛妄,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!若し即ち心ならば、法則は非ず塵なり、非ず心の縁ずる所なり、云何にか処を成す。若し心を離れて別に方所有れば、則ち法の自性は是れ知るか是れ知らざるか。知れば則ち名づけて心と為して、汝に異なれば非ず塵にして、他の心量に同じ。即ち汝即ち心ならば、云何にか汝が心更に汝に二ぜん。若し是れ知に非ざれば、此の塵は既に色・声・香・味・離・合・冷・煖および虗空相に非ざれば、当に何の処に在らん。如今色・空に於て倶に表示無きに、不応人間に更に空外有らん。心は非ず縁ずる所なり、処は誰より立つ。是の故を以て当に知るべし法則と心とは倶に処所無くて、則ち意と法との二倶は虚妄にして、本より非因縁・非自然性なり。

「復次,阿難!云何十八界本如來藏妙真如性?

(仏また説きていわく、)「復た、阿難!云何にか十八界本是れ如来蔵妙真如性ぞ。

「阿難!如汝所明眼、色為緣生於眼識,此識為復因眼所生、以眼為界?因色所生、以色為界?阿難!若因眼生,既無色、空,無可分別,縱有汝識,欲將何用?汝見又非青、黃、赤、白,無所表示,從何立界?若因色生,空無色時汝識應滅,云何識知是虛空性?若色變時,汝亦識其色相遷變;汝識不遷,界從何立?從變則變,界相自無;不變則恆。既從色生,應不識知虛空所在?若兼二種眼、色共生,合則中離、離則兩合,體性雜亂,云何成界?是故當知眼、色為緣生眼識界,三處都無,則眼與色及色界三,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!汝が明らかにする所の如く、眼・色は縁と為して眼識を生ず、此の識は是れ眼に因りて生ずる所・眼を以て界と為すか。色に因りて生ずる所・色を以て界と為すか。阿難!若し眼に因りて生ぜば、既に色・空無くて、分別する可き無くて、縱い汝が識有るも、将に何を用いん。汝が見又是れ青・黄・赤・白に非ずして、表示する所無くて、何よりして界を立つ。若し色に因りて生ぜば、空に色無きの時は汝が識は応に滅すべし、云何にか是れ虗空性を識知せん。若し色変るの時は、汝亦其の色相の遷変を識す;汝が識は遷らざれば、界は何よりして立つ。変に従えば則ち変じて、界相は自ら無し;不変ならば則ち恒なり。既に色より生ぜば、応に虗空の所在を識知せざるべし。若し二種眼・色を兼ねて倶に生ぜば、合すれば則ち中を離れ、離すれば則ち両に合して、体性雑乱にして、云何にか界を成す。是の故を以て当に知るべし眼・色は縁と為して眼識界を生ずは、三処倶に無くて、則ち眼と色および色界の三は、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!又汝所明耳、聲為緣生於耳識,此識為復因耳所生、以耳為界?因聲所生、以聲為界?

(仏また説きていわく、)「阿難!又汝が明らかにする所の如く、耳・声は縁と為して耳識を生ず、此の識は是れ耳に因りて生ずる所・耳を以て界と為すか。声に因りて生ずる所・声を以て界と為すか。

「阿難!若因耳生,動、靜二相既不現前,根不成知,必無所知。知尚無成,識何形貌?若取耳聞,無動、靜故,聞無所成。云何耳形雜色、觸塵名為識界?則耳識界復從誰立!若生於聲,識因聲有、則不關聞,無聞則亡聲相所在。識從聲生,許聲因聞而有聲相,聞應聞識,不聞非界。聞則同聲,識已被聞,誰知聞識?若無知者,終如草木,不應聲、聞雜成中界。界無中位,則內、外相復從何成?是故當知耳、聲為緣生耳識界,三處都無,則耳與聲及聲界三,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!若し耳に因りて生ぜば、動・静の二相は既に現前せずして、根は知を成さず、必ず知る所無からん。知尚お成らざれば、識は是れ何の形貌ぞ。若し耳聞を取れば、動・静無きが故に、聞は成ずる所無し。云何にか耳形は色・触の塵を雑えて名づけて識界と為す。則ち耳識界は復た誰よりして立たん。若し声に生ぜば、識は声に因りて有りて、則ち聞に関らず、聞無ければ則ち声相の所在を亡す。識は声より生ずれば、声は聞に因りて声相有ると許せば、聞は応に識を聞くべし、不聞なれば是れ界に非ず。聞なれば則ち声に同じくして、識は已に聞かれたり、誰が識を聞くを知らん。若し知無ければ、終に草木の如くして、不応声・聞を雑えて中界を成さん。界は中位無ければ、則ち内・外の相は復た何よりして成らん。是の故を以て当に知るべし耳・声は縁と為して耳識界を生ずは、三処倶に無くて、則ち耳と声および声界の三は、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!又汝所明鼻、香為緣生於鼻識,此識為復因鼻所生、以鼻為界?因香所生、以香為界?

(仏また説きていわく、)「阿難!又汝が明らかにする所の如く、鼻・香は縁と為して鼻識を生ず、此の識は是れ鼻に因りて生ずる所・鼻を以て界と為すか。香に因りて生ずる所・香を以て界と為すか。

「阿難!若因鼻生,則汝心中以何為鼻?為取肉形雙爪之相?為取嗅知動搖之性?若取肉形,肉質乃身,身知即觸,名身非鼻,名觸即塵;鼻尚無名,云何立界?若取嗅知,又汝心中以何為知?以肉為知,則肉之知元觸非鼻。以空為知,空則自知,肉應非覺。如是則應虛空是汝,汝身非知,今日阿難應無所在。以香為知,知自屬香,何預於汝?若香、臭氣必生汝鼻,則彼香、臭二種流氣,不生伊蘭及栴檀木。二物不來,汝自嗅鼻為香為臭?臭則非香、香應非臭。若香、臭二俱能聞者,則汝一人應有兩鼻,對我問道有二阿難,誰為汝體?若鼻是一,香、臭無二,臭既為香,香復成臭,二性不有,界從誰立?若因香生,識因香有,如眼有見不能觀眼,因香有故應不知香。知則非生,不知非識,香非知有,香界不成。識不知香,因界則非從香建立。既無中間,不成內、外,彼諸聞性畢竟虛妄!是故當知鼻、香為緣生鼻識界,三處都無,則鼻與香及香界三,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!若し鼻に因りて生ぜば、則ち汝が心の中に於て何を以て鼻と為す。是れ肉形双爪の相を取るか。是れ嗅知動揺の性を取るか。若し肉形を取れば、肉の質は乃ち是れ身にして、身知は即ち是れ触にして、名づけて身にして非ず鼻なり、名づけて触にして即ち是れ塵なり;鼻尚お名無きに、云何にか界を立てん。若し嗅知を取れば、又汝が心の中に於て何を以て知と為す。肉を以て知と為せば、則ち肉の知は元是れ触にして鼻に非ず。空を以て知と為せば、空は則ち自ら知りて、肉は応に非ず覚ならん。是の如くなれば則ち応に虗空は汝なりて、汝が身は知に非ずして、今日阿難は応に所在無からん。香を以て知と為せば、知は自ら香に属して、汝に何の関らん。若し香・臭の気は必ず汝が鼻に生ぜば、則ち彼の香・臭の二種の流気は、伊蘭および旃檀木に生ぜざらん。二物は来たらずして、汝自ら鼻を嗅げば香と為すか臭と為すか。臭なれば則ち非ず香、香は応に非ず臭ならん。若し香・臭の二倶に能く聞かば、則ち汝一人は応に両の鼻有るべく、我に対して道を問うて二の阿難有れば、誰が汝が体と為す。若し鼻是れ一にして、香・臭は二無ければ、臭は既に香と為りて、香は復た臭と成りて、二性有らざれば、界は誰よりして立たん。若し香に因りて生ぜば、識は香に因りて有りて、眼に見有りて眼を観ること能わざるが如く、香に因りて有るが故に応に香を知らざるべし。知れば則ち非ず生、知らざれば非ず識なり、香は非ず知有りて、香界は成らず。識は香を知らざれば、因の界は則ち香より建立するに非ず。既に中間無くて、内・外を成さず、彼の諸の聞性は畢竟に虚妄なり!是の故を以て当に知るべし鼻・香は縁と為して鼻識界を生ずは、三処倶に無くて、則ち鼻と香および香界の三は、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!又汝所明舌、味為緣生於舌識,此識為復因舌所生、以舌為界?因味所生、以味為界?

(仏また説きていわく、)「阿難!又汝が明らかにする所の如く、舌・味は縁と為して舌識を生ず、此の識は是れ舌に因りて生ずる所・舌を以て界と為すか。味に因りて生ずる所・味を以て界と為すか。

「阿難!若因舌生,則諸世間甘蔗、烏梅、黃連、石鹽、細辛、薑、桂、都無有味。汝自嘗舌為甜、為苦?若舌性苦,誰來嘗舌?舌不自嘗,孰為知覺?舌性非苦,味自不生,云何立界?若因味生,識自為味,同於舌根,應不自嘗,云何識知是味非味?又一切味非一物生,味既多生,識應多體!識體若一,體必味生,鹹、淡、甘、辛、和合俱生諸變異相,同為一味,應無分別!分別既無則不名識,云何復名舌味識界?不應虛空生汝心識!舌、味和合,即於是中元無自性,云何界生?是故當知舌、味為緣生舌識界,三處都無,則舌與味及舌界三,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!若し舌に因りて生ぜば、則ち諸の世間の甘蔗・烏梅・黄連・石塩・細辛・姜・桂は、都く味無からん。汝自ら舌を嘗めて甜と為すか苦と為すか。若し舌の性苦なれば、誰か来たりて舌を嘗めん。舌は自ら嘗めざれば、誰が知覚と為す。舌の性は非ず苦なれば、味は自ら生ぜずして、云何にか界を立てん。若し味に因りて生ぜば、識は自ら味と為りて、舌根に同じくして、応に自ら嘗めざるべし、云何にか是れ味是れ非味を識知せん。又一切の味は非ず一物の生ずる所にして、味既に多く生ずれば、識は応に多体ならん!識の体若し一なれば、体は必ず味に生ぜば、鹹・淡・甘・辛・和合に倶に生ずる諸の変異相は、同じく一味と為りて、応に分別無からん!分別既に無ければ則ち不名づくる識、云何にか復た名づけて舌味識界と為す。不応虗空に汝が心識を生ぜしめん!舌・味は和合して、即ち是の中に於て元より自性無し、云何にか界を生ぜん。是の故を以て当に知るべし舌・味は縁と為して舌識界を生ずは、三処倶に無くて、則ち舌と味および舌界の三は、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!又汝所明身、觸為緣生於身識,此識為復因身所生、以身為界?因觸所生、以觸為界?

(仏また説きていわく、)「阿難!又汝が明らかにする所の如く、身・触は縁と為して身識を生ず、此の識は是れ身に因りて生ずる所・身を以て界と為すか。触に因りて生ずる所・触を以て界と為すか。

「阿難!若因身生,必無合、離二覺觀緣,身何所識?若因觸生,必無汝身,誰有非身知合、離者?阿難!物不觸知,身知有觸;知身即觸,知觸即身;即觸非身,即身非觸,身、觸二相元無處所。合身即為身自體性,離身即是虛空等相,內、外不成,中雲何立?中不復立,內、外性空,即汝識生從誰立界?是故當知身、觸為緣生身識界,三處都無,則身與觸及身界三,本非因緣、非自然性。

(仏また説きていわく、)「阿難!若し身に因りて生ぜば、必ず合・離の二覚観縁無くて、身は何を識せん。若し触に因りて生ぜば、必ず汝が身無くて、誰が身に非ずして合・離を知る者あらん。阿難!物は触知せずして、身は触有るを知る;身を知るは即ち触、触を知るは即ち身;即ち触は非ず身、即ち身は非ず触、身・触の二相は元より処所無し。身に合せば則ち是れ身の自本体性にして、身を離れば則ち是れ虗空等の相にして、内・外は成らずして、中は云何にか立つ。中復た立たざれば、内・外の性は空にして、即ち汝が識の生ずる所は誰よりして界を立てん。是の故を以て当に知るべし身・触は縁と為して身識界を生ずは、三処倶に無くて、則ち身と触および身界の三は、本より非因縁・非自然性なり。

「阿難!又汝所明意、法為緣生於意識,此識為復因意所生、以意為界?因法所生、以法為界?

(仏また説きていわく、)「阿難!又汝が明らかにする所の如く、意・法は縁と為して意識を生ず、此の識は是れ意に因りて生ずる所・意を以て界と為すか。法に因りて生ずる所・法を以て界と為すか。

「阿難!若因意生,於汝意中必有所思發明汝意,若無前法,意無所生,離緣無形,識將何用?又汝識心、與諸思量、兼了別性,為同為異?同意即意,云何所生?異意不同,應無所識!若無所識,云何意生?若有所識,云何識意?唯同與異二性無成,界云何立?若因法生,世間諸法不離五塵。汝觀色法及諸聲法、香法、味法、及與觸法,相狀分明以對五根,非意所攝。汝識決定依於法生,汝今諦觀法法何狀?若離色空、動靜、通塞、合離、生滅,越此諸相,終無所得。生則色、空諸法等生,滅則色、空諸法等滅;所因既無,因生有識,作何形相?相狀不有,界云何生?是故當知意、法為緣生意識界,三處都無,則意與法及意界三,本非因緣、非自然性。」

(仏また説きていわく、)「阿難!若し意に因りて生ぜば、汝が意の中に於て必ず思する所有りて汝が意を発明す、若し前法無ければ、意は生ずる所無し、縁を離れて形無くて、識は将に何を用いん。又汝が識心と諸の思量とおよび了別性とは、是れ同か是れ異か。意に同じければ則ち是れ意にして、云何にか生ずる所ぞ。意に異なりて同じからざれば、応に識する所無からん!若し識する所無ければ、云何にか意に生ず。若し識する所有れば、云何にか意を識せん。唯だ同と異との二性は成る所無くて、界は云何にか立つ。若し法に因りて生ぜば、世間の諸法は五塵を離れず。汝観る色法および諸の声法・香法・味法・および触法は、相状分明として五根に対して、非ず意の攝する所なり。汝が識は決定して法に依りて生ずれば、汝今諦に看法は何の状ぞや。若し色空・動静・通塞・合離・生滅を離れて、此の諸相を越えれば、終に所得無し。生すれば則ち色・空の諸法等生じ、滅すれば則ち色・空の諸法等滅す;因する所は既に無くて、因に生じて識有れば、何の形相を作さん。相状有らざれば、界は云何にか生ず。是の故を以て当に知るべし意・法は縁と為して意識界を生ずは、三処倶に無くて、則ち意と法および意界の三は、本より非因縁・非自然性なり。」

阿難白佛言:「世尊!如來常說和合因緣,一切世間種種變化,皆因四大和合發明。云何如來因緣、自然二俱排擯?我今不知斯義所屬,唯垂哀愍,開示眾生中道了義無戲論法!」

阿難仏に白して言さく、「世尊!如来常に和合因縁を説きて、一切の世間の種種の変化は、皆四大の和合に因りて発明したまう。云何にか如来は因縁・自然の二者を倶に排すや。我今此の義の属する所を知らず、唯だ願わくは哀愍を垂れて、衆生に中道了義の無戯論法を開示したまえ!」

爾時,世尊告阿難言:「汝先厭離聲聞、緣覺諸小乘法,發心勤求無上菩提,故我今時為汝開示第一義諦;如何復將世間戲論、妄想因緣而自纏繞?汝雖多聞,如說藥人,真藥現前不能分別,如來說為真可憐愍!汝今諦聽!吾當為汝分別開示;亦令當來修大乘者通達實相。」阿難默然,承佛聖旨。

爾の時、世尊は阿難に告げて言さく、「汝先に声聞・縁覚の諸の小乗法を厭離して、発心して無上菩提を勤求せり、是の故に我今汝が為に第一義諦を開示す;云何にか復た世間の戯論・妄想因縁を将てて自ら纏繞せん。汝雖も多聞なりと雖も、たとえば薬を説く人の、真薬現前して能く分別せざるが如し、如来は為に真に可憐愍と説く!汝今諦に聴くべし!我当に汝が為に分別開示して、亦当来に大乗を修する人をして実相に通達せしめん」と。阿難は默然として、仏の聖旨を承けり。

「阿難!如汝所言『四大和合發明世間種種變化』,阿難!若彼大性體非和合,則不能與諸大雜和,猶如虛空不和諸色。若和合者同於變化,始終相成,生滅相續,生死死生,生生死死,如旋火輪未有休息。阿難!如水成氷,氷還成水。

(仏また説きていわく、)「阿難!汝が説く所の如く『四大の和合に於て世間の種種の変化を発明す』、阿難!若し彼の大の性の体は和合に非ざれば、則ち能く諸の大と雑和せず、たとえば虗空は諸の色と和せざるが如し。若し和合ならば則ち変化に同じくして、始終は相い成じ、生滅は相続して、生死死生・生生死死して、旋火輪の如く未だ休息有らず。阿難!水は氷と成りて、氷は還りて水と成るが如し。

「汝觀地性,麁為大地,細為微塵;至隣虛塵,析彼極微色邊際相,七分所成;更析隣虛,即實空性。阿難!若此隣虛析成虛空,當知虛空出生色相。汝今問言『由和合故出生世間諸變化相』,汝且觀此一隣虛塵,用幾虛空和合而有?不應隣虛合成隣虛。又隣虛塵析入空者,用幾色相合成虛空?若色合時,合色非空,若空合時,合空非色。色猶可析,空云何合?汝元不知如來藏中性色真空、性空真色,清淨本然周遍法界,隨眾生心應所知量。循業發現,世間無知,惑為因緣及自然性;皆是識心分別計度,但有言說,都無實義!

(仏また説きていわく、)「汝観る地性は、粗なれば大地と為り、細なれば微塵と為る;隣虗塵に至るまで、彼の極微の色の辺際相を析れば、七分の成ずる所なり;更に隣虗を析れば、即ち是れ実空性なり。阿難!若し此の隣虗を析して虗空を成せば、当に知るべし虗空は色相を出生す。汝今問うて曰わく『和合の故を以て世間の諸の変化相を出生す』、汝且つ此の一の隣虗塵を観よ、幾許の虗空を用いて和合して有らん。不応隣虗を合して隣虗を成ぜん。又隣虗塵の析れて空に入るは、幾許の色相を用いて虗空を合せん。若し色を合するの時は、色を合するは空に非ず、若し空を合するの時は、空を合するは色に非ず。色は還りて析る可きも、空は云何にか合せん。汝元より如来蔵の中の性色真空・性空真色を知らず、清浄本然として法界に周遍して、衆生の心に随いて知る所の量に応ず。業に循いて発現して、世間は知無くて、惑いて因縁および自然性と為す;皆是れ識心の分別計度にして、但だ言説有るのみ、都く実義無し!

「阿難!火性無我,寄於諸緣。汝觀城中未食之家,欲炊爨時,手執陽燧日前求火。阿難!名和合者,如我與汝一千二百五十比丘今為一眾;眾雖為一,詰其根本各各有身,皆有所生氏族名字。如舍利弗、婆羅門種,優盧頻螺、迦葉波種,乃至阿難、瞿曇種姓。阿難!若此火性因和合有,彼手執鏡於日求火,此火為從鏡中而出?為從艾出?為於日來?阿難!若日來者,自能燒汝手中之艾,來處林木皆應受焚?若鏡中出,自能於鏡出然於艾,鏡何不鎔?紆汝手執尚無熱相,云何融泮?若生於艾,何藉日、鏡、光明相接,然後火生?汝又諦觀,鏡因手執,日從天來,艾本地生,火從何方遊歷於此?日、鏡相遠,非和非合,不應火光無從自有。汝猶不知如來藏中性火真空、性空真火,清淨本然周遍法界,隨眾生心應所知量。阿難!當知世人一處執鏡一處火生,遍法界執滿世間起,起遍世間,寧有方所?循業發現,世間無知,惑為因緣及自然性;皆是識心分別計度,但有言說,都無實義!

(仏また説きていわく、)「阿難!火性は我無くて、諸の縁に寄す。汝観る城中の未食の家、炊爨せんことを欲するの時、手に陽燧を執りて日の前に於て火を求む。阿難!名づけて和合と為すは、我と汝との一千二百五十の比丘が如今一衆を為すが如し;衆は一と雖も、其の根本を詰すれば各々身有りて、倶に生ずる所の氏族名字有り。たとえば舎利弗は婆羅門種、優盧頻螺は迦葉波種、乃至阿難は瞿曇種姓なり。阿難!若し此の火性は和合に因りて有れば、彼の手に鏡を執りて日に於て火を求むるに、此の火は是れ鏡の中より出づるか。艾より出づるか。是れ日より来たるか。阿難!若し日より来たれば、自ら能く汝が手中の艾を焼かば、来たる処の林木は皆応に焚を受くべし。若し鏡の中より出づれば、自ら能く鏡より出でて艾に於て燃ゆれば、鏡は何の故ぞや鎔けざる。紆りて汝が手執するは尚お熱相無きに、云何にか融泮せん。若し艾に生ぜば、何ぞ須らく日・鏡・光明の相い接するを借りて、然る後に火生ぜん。汝復た諦に観よ、鏡は手に執るに因りて、日は天より来たりて、艾は本地より生じて、火は何の方より此に遊歴する。日・鏡は相い遠くて、非和非合にして、不応火光は従る無くして自ら有らん。汝還りて知らず如来蔵の中の性火真空・性空真火を、清浄本然として法界に周遍して、衆生の心に随いて知る所の量に応ず。阿難!当に知るべし世人は一処に於て鏡を執れば一処に火生じて、法界に遍く執れば世間に満ちて起り、起りて世間に遍し、豈に方所有らんや。業に循いて発現して、世間は知無くて、惑いて因縁および自然性と為す;皆是れ識心の分別計度にして、但だ言説有るのみ、都く実義無し!

「阿難!水性不定,流息無恆。如室羅城迦毘羅仙、斫迦羅仙、及缽頭摩訶薩多等諸大幻師,求太陰精用和幻藥。是諸師等,於白月晝,手執方諸,承月中水。此水為復從珠中出?空中自有?為從月來?阿難!若從月來,尚能遠方令珠出水,所經林木皆應吐流。流則何待方諸所出?不流明水非從月降。若從珠出,則此珠中常應流水;何待中宵承白月晝?若從空生,空性無邊,水當無際;從人洎天,皆同滔溺,云何復有水、陸、空行?汝更諦觀,月從天陟,珠因手持,承珠水盤本人敷設,水從何方流注於此?月珠相遠,非和非合,不應水精無從自有。汝尚不知如來藏中性水真空、性空真水,清淨本然周遍法界,隨眾生心應所知量。一處執珠一處水出,遍法界執滿法界生,生滿世間,寧有方所?循業發現,世間無知,惑為因緣及自然性;皆是識心分別計度,但有言說,都無實義!

(仏また説きていわく、)「阿難!水性は定まらずして、流息は恒無し。たとえば室羅城の迦毘羅仙・斫迦羅仙・および鉢頭摩訶薩多等の諸の大幻師は、太陰精を求めて用いて幻薬を和す。是の諸の師等は、白月の昼に於て、手に方諸を執りて、月の中の水を承く。此の水は是れ珠の中より出づるか。空中自ら有るか。是れ月より来たるか。阿難!若し月より来たれば、尚お能く遠方にして珠に水を出でしむれば、経る所の林木は皆応に流を吐くべし。流すれば何ぞ須らく方諸の出ずる所を待たん。流せざれば則ち明かなり水は非ず月より降ると。若し珠より出づれば、則ち此の珠の中は常に応に水を流すべし;何ぞ須らく中宵に白月の昼を承けん。若し空より生ぜば、空性は無辺にして、水は当に際無からん;人より天に至るまで、皆同じく滔溺して、云何にか復た水・陸・空行有らん。汝復た諦に観よ、月は天より昇りて、珠は手に持するに因りて、珠の水盤を承くるは本より人の敷設して、水は何の方より流注して此に至る。月・珠は相い遠くて、非和非合にして、不応水精は従る無くして自ら有らん。汝尚お知らず如来蔵の中の性水真空・性空真水を、清浄本然として法界に周遍して、衆生の心に随いて知る所の量に応ず。一処に於て珠を執れば一処に水出づ、法界に遍く執れば法界に満ちて生じ、生じて世間に満つ、豈に方所有らんや。業に循いて発現して、世間は知無くて、惑いて因縁および自然性と為す;皆是れ識心の分別計度にして、但だ言説有るのみ、都く実義無し!

「阿難!風性無體,動靜不常。汝常整衣入於大眾,僧伽梨角動及傍人,則有微風拂彼人面。此風為復出袈裟角?發於虛空?生彼人面?阿難!此風若復出袈裟角,汝乃披風;其衣飛搖,應離汝體!我今說法會中垂衣,汝看我衣風何所在?不應衣中有藏風地。若生虛空,汝衣不動,何因無拂?空性常住,風應常生;若無風時虛空當滅。滅風可見,滅空何狀!若有生滅,不名虛空;名為虛空,云何風出?若風自生彼拂之面,從彼面生,當應拂汝!自汝整衣,云何倒拂?汝審諦觀,整衣在汝,面屬彼人,虛空寂然不參流動,風自誰方鼓動來此?風、空性隔,非和非合;不應風性無從自有。汝宛不知如來藏中性風真空、性空真風,清淨本然周遍法界,隨眾生心應所知量。阿難!如汝一人微動服衣有微風出,遍法界拂滿國土生,周遍世間,寧有方所?循業發現,世間無知,惑為因緣及自然性;皆是識心分別計度,但有言說,都無實義!

(仏また説きていわく、)「阿難!風性は体無くて、動静は常ならず。汝常に衣を整えて大衆に入れば、僧伽梨の角は傍人に動きて、則ち微風有りて彼の人面を拂う。此の風は是れ袈裟の角より出づるか。虗空に発するか。是れ彼の人面に生ずるか。阿難!此の風若し復た袈裟の角より出づれば、汝は乃ち披風なり;其の衣は飛揺して、応に汝が体を離るべし!我今法の会に於て衣を垂るるを説くに、汝看よ我が衣の風は何の処に在る。不応衣の中に蔵風の地有らん。若し虗空に生ぜば、汝が衣は動かざれば、何に因りて拂う無からん。空性は常住にして、風は応に常に生ずべし;若し風無きの時は虗空は当に滅すべし。風を滅するは可見なり、空を滅するは是れ何の状ぞ!若し生滅有れば、不名づくる虗空;名づけて虗空と為せば、云何にか風出でん。若し風は自ら彼の拂わるる面に生ぜば、彼の面より生じて、応に汝を拂うべし!自ら汝衣を整うるに、云何にか倒さに拂う。汝審諦に観ずれば、衣を整うるは汝に在りて、面は彼の人に属して、虗空は寂然として流動に参らず、風は自ら誰の方より鼓動して此に来たる。風・空は性隔たりて、非和非合にして;不応風性は従る無くして自ら有らん。汝宛然として知らず如来蔵の中の性風真空・性空真風を、清浄本然として法界に周遍して、衆生の心に随いて知る所の量に応ず。阿難!たとえば汝一人微かに服衣を動かせば微風出づるが如く、法界に遍く拂えば国土に満ちて生じ、世間に周遍す、豈に方所有らんや。業に循いて発現して、世間は知無くて、惑いて因縁および自然性と為す;皆是れ識心の分別計度にして、但だ言説有るのみ、都く実義無し!

「阿難!空性無形,因色顯發。如室羅城去河遙處,諸剎利種及婆羅門、毘舍、首陀,兼頗羅墮、旃陀羅等,新立安居,鑿井求水。出土一尺,於中則有一尺虛空;如是乃至出土一丈,中間還得一丈虛空。虛空淺深,隨出多少。此空為當因土所出?因鑿所有?無因自生?阿難!若復此空無因自生,未鑿土前何不無礙?唯見大地逈無通達。若因土出,則土出時應見空入。若土先出無空入者,云何虛空因土而出?若無出入,則應空、土元無異因;無異則同,則土出時空何不出?若因鑿出,則鑿出空,應非出土;不因鑿出,鑿自出土,云何見空?汝更審諦、諦審、諦觀,鑿從人手隨方運轉,土因地移,如是虛空因何所出?鑿、空虛實不相為用,非和非合,不應虛空無從自出。若此虛空性圓周遍本不動搖,當知現前地、水、火、風均名五大,性真圓融,皆如來藏,本無生滅。阿難!汝心昏迷,不悟四大元如來藏,當觀虛空為出為入?為非出入?汝全不知如來藏中性覺真空、性空真覺,清淨本然周遍法界,隨眾生心應所知量。

(仏また説きていわく、)「阿難!空性は形無くて、色に因りて顕発す。たとえば室羅城の河を遠く離るるの処、諸の刹利種および婆羅門・毘舎・首陀、兼ねて頗羅堕・旃陀羅等は、新たに安居を立てて、井を鑿りて水を求む。土を出づること一尺、中に於て則ち一尺の虗空有り;是の如く乃至土を出づること一丈、中間に還りて一丈の虗空を得。虗空の浅深は、出づる多少に随う。此の空は是れ土に因りて出づるか。鑿に因りて所有るか。是れ因無くして自ら生ずるか。阿難!若し復た此の空は因無くして自ら生ぜば、土を鑿たざる前は何の故ぞや礙無きに非ざる、只だ大地を見て迥に通達無し。若し土に因りて出づれば、則ち土の出づるの時は応に空の入るを見るべし。若し土先に出でて空入る無ければ、云何にか虗空は土に因りて出づる。若し出入無ければ、則ち応に空・土は元より因に異無からん;異無ければ則ち同じくして、則ち土の出づるの時は空は何の故ぞや出でざる。若し鑿に因りて出づれば、則ち鑿は空を出でて、応に非ず土を出づるならん;鑿に因らずして出づれば、鑿は自ら土を出でて、云何にか空を見る。汝復た審諦・諦審・諦観せよ、鑿は人手に従りて方に随いて運転して、土は地に因りて移る、是の如く虗空は何の所に因りて出づる。鑿・空は虗実にして相い為に用いず、非和非合にして、不応虗空は従る無くして自ら出づん。若し此の虗空性は円周に遍くして本より動揺せざれば、当に知るべし現前の地・水・火・風は均しく名づけて五大と為し、性は真に円融して、皆是れ如来蔵にして、本より生滅無し。阿難!汝が心は昏迷して、四大は元是れ如来蔵なるを悟らず、当に虗空を観ずるに出と為すか入と為すか。非出入と為すか。汝全く知らず如来蔵の中の性覚真空・性空真覚を、清浄本然として法界に周遍して、衆生の心に随いて知る所の量に応ず。

「阿難!如一井空、空生一井,十方虛空亦復如是,圓滿十方,寧有方所?循業發現,世間無知,惑為因緣及自然性;皆是識心分別計度,但有言說,都無實義!

(仏また説きていわく、)「阿難!たとえば一の井の空は、空は一の井に生ずるが如く、十方の虗空も亦復かくの如し、十方に円満して、豈に方所有らんや。業に循いて発現して、世間は知無くて、惑いて因縁および自然性と為す;皆是れ識心の分別計度にして、但だ言説有るのみ、都く実義無し!

「阿難!見覺無知,因色空有。如汝今者在祇陀林,朝明、夕昏,設居中宵,白月則光、黑月便暗;則明暗等因見分析。此見為復與明、暗相併太虛空為同一體?為非一體?或同非同?或異非異?阿難!此見若復與明與暗及與虛空元一體者,則明與暗二體相亡,暗時無明,明時非暗。若與暗一,明則見亡;必一於明,暗時當滅,滅則云何見明見暗?若暗明殊,見無生滅,一云何成?若此見精與暗與明非一體者,汝離明暗及與虛空,分析見元作何形相?離明、離暗及離虛空,是見元同龜毛、兔角。明、暗、虛空三事俱異,從何立見?明、暗相背,云何或同?離三元無,云何或異?分空、分見本無邊畔,云何非同?見暗、見明性非遷改,云何非異?汝更細審,微細審詳,審諦審觀,明從太陽,暗隨黑月,通屬虛空,壅歸大地,如是見精因何所出?見覺、空頑,非和非合,不應見精無從自出。若見、聞、知性圓周遍,本不動搖,當知無邊不動虛空並其動搖地、水、火,風,均名六大。性真圓融,皆如來藏,本無生滅。阿難!汝性沈淪,不悟汝之見、聞、覺,知本如來藏。汝當觀此見、聞、覺、知,為生、為滅?為同、為異?為非生滅?為非同異?汝曾不知如來藏中性見覺明、覺精明見,清淨本然周遍法界,隨眾生心應所知量。如一見根見周法界,聽、嗅、嘗、觸、覺觸覺知,妙德瑩然,遍周法界,圓滿十虛,寧有方所?循業發現,世間無知,惑為因緣及自然性。皆是識心分別計度,但有言說,都無實義!

(仏また説きていわく、)「阿難!見覚は知無くて、色空に因りて有り。たとえば汝今祇陀林に在りて、朝は明らかに夕は昏く、設し中宵に居れば、白月は則ち光にして黒月は便ち暗し;則ち明暗等は見に因りて分析す。此の見は是れ明・暗の相および太虗空と為に一体に同じか。為に非一体か。或いは同か非同か。或いは異か非異か。阿難!此の見若し復た明と暗とおよび虗空と元より一体なれば、則ち明と暗との二体は相い亡びて、暗の時は明無くて、明の時は非ず暗なり。若し暗と一なれば、明は則ち見亡び;必ず明と一なれば、暗の時は当に滅すべし、滅すれば則ち云何にか明を見暗を見ん。若し暗明は殊なれば、見は生滅無くて、一は云何にか成る。若し此の見精は暗と明と非一体なれば、汝は明暗および虗空を離れて、見元を分析して何の形相を作さん。明を離れ・暗を離れおよび虗空を離れば、此の見元は亀毛・兎角に同じ。明・暗・虗空の三事は倶に異なりて、何よりして見を立つ。明・暗は相い背きて、云何にか或いは同ぜん。三を離れて元より無くて、云何にか或いは異ぜん。空を分け見を分くるは本より辺畔無くて、云何にか非同ならん。暗を見明を見る性は非ず遷改にして、云何にか非異ならん。汝復た細かに審かに、微細に審詳して、審諦審観せよ、明は太陽に従りて、暗は黒月に随いて、通は虗空に属して、壅は大地に帰す、是の如く見精は何の所に因りて出づる。見覚・空頑は、非和非合にして、不応見精は従る無くして自ら出づん。若し見・聞・知の性は円周に遍くして、本より動揺せざれば、当に知るべし無辺不動の虗空併せて其の動揺の地・水・火・風は、均しく名づけて六大と為す。性は真に円融して、皆是れ如来蔵にして、本より生滅無し。阿難!汝が性は沈淪して、汝が見・聞・覚・知は本是れ如来蔵なるを悟らず。汝当に此の見・聞・覚・知を観ずべし、生と為すか滅と為すか。同と為すか異と為すか。非生滅と為すか。非同異と為すか。汝曽て知らず如来蔵の中の性見覚明・覚精明見を、清浄本然として法界に周遍して、衆生の心に随いて知る所の量に応ず。たとえば一の見根は法界に見周して、聴・嗅・嘗・触・覚触・覚知も、妙徳は瑩然として、法界に遍周して、十虗に円満して、豈に方所有らんや。業に循いて発現して、世間は知無くて、惑いて因縁および自然性と為す。皆是れ識心の分別計度にして、但だ言説有るのみ、都く実義無し!

「阿難!識性無源,因於六種根塵妄出。汝今遍觀此會聖眾,用目循歷,其目周視,但如鏡中無別分析;汝識於中次第標指,此是文殊、此富樓那、此目犍連、此須菩提、此舍利弗。此識了知,為生於見?為生於相?為生虛空?為無所因突然而出?阿難!若汝識性生於見中,如無明、暗及與色、空,四種必無,元無汝見;見性尚無,從何發識?若汝識性生於相中、不從見生,既不見明、亦不見暗,明暗不矚,即無色、空;彼相尚無,識從何發?若生於空,非相、非見,非見無辯,自不能知明、暗、色、空;非相滅緣,見、聞、覺、知無處安立。處此二非,空非同無,有非同物;縱發汝識,欲何分別?若無所因突然而出,何不日中別識明月?汝更細詳、微細詳審,見託汝睛,相推前境,可狀成有,不相成無,如是識緣因何所出?識動、見澄,非和非合;聞、聽、覺、知亦復如是,不應識緣無從自出。若此識心本無所從,當知了別見、聞、覺、知,圓滿湛然,性非從所;兼彼虛空、地、水、火、風,均名七大。性真圓融,皆如來藏,本無生滅。阿難!汝心麁浮,不悟見、聞發明瞭知,本如來藏。汝應觀此六處識心,為同、為異?為空、為有?為非同異?為非空有?汝元不知如來藏中性識明知、覺明真識,妙覺湛然,遍周法界,含吐十虛,寧有方所?循業發現,世間無知,惑為因緣及自然性;皆是識心分別計度,但有言說,都無實義。」

(仏また説きていわく、)「阿難!識性は源無くて、六種の根塵に因りて妄出す。汝今遍く此の会の聖衆を観て、目を用いて循歴して、其の目は周視して、但だ鏡の中の如くして別に分析無し;汝が識は中に於て次第に標指して、此是れ文殊・此是れ富楼那・此是れ目犍連・此是れ須菩提・此是れ舎利弗と。此の識の了知は、是れ見に生ずるか。相に生ずるか。虗空に生ずるか。是れ因無きに突然として出づるか。阿難!若し汝が識性は見の中に生ぜば、明・暗および色・空無ければ、四种の子は必ず無くて、元より汝が見無し;見性尚お無ければ、何よりして識を発せん。若し汝が識性は相の中に生じて、見より生ぜざれば、既に明を見ず、亦暗を見ず、明暗を看らざれば、即ち色・空無し;彼の相尚お無ければ、識は何よりして発せん。若し空に生ぜば、非相・非見にして、非見は辯無くて、自ら能く明・暗・色・空を知らず;非相は縁を滅して、見・聞・覚・知は安立する処無し。此の二非に処して、空は同じく無に非ずして、有は同じく物に非ず;縱い汝が識を発すも、何を分別せんと欲する。若し因無きに突然として出づれば、何の故ぞや日の中に於て別に明月を識せざる。汝復た細かに詳らかに、微細に詳審せよ、見は汝が睛に託して、相は前境を推して、状を成す可きを有として、相成さざるを無と為す、是の如く識縁は何の所に因りて出づる。識は動き見は澄みて、非和非合にして;聞・聴・覚・知も亦復かくの如し、不応識縁は従る無くして自ら出づん。若し此の識心は本より従る所無ければ、当に知るべし了別の見・聞・覚・知は、円満にして湛然として、性は非ず所に従るなり;彼の虗空・地・水・火・風を兼ねて、均しく名づけて七大と為す。性は真に円融して、皆是れ如来蔵にして、本より生滅無し。阿難!汝が心は粗浮して、見・聞の発明了知は本是れ如来蔵なるを悟らず。汝応に此の六処の識心を観ずべし、同と為すか異と為すか。空と為すか有と為すか。非同異と為すか。非空有と為すか。汝元より知らず如来蔵の中の性識明知・覚明真識を、妙覚湛然として、法界に遍周して、十虗を含吐して、豈に方所有らんや。業に循いて発現して、世間は知無くて、惑いて因縁および自然性と為す;皆是れ識心の分別計度にして、但だ言説有るのみ、都く実義無し。」

爾時,阿難及諸大眾,蒙佛如來微妙開示,身心蕩然得無罣礙。是諸大眾,各各自知心遍十方,見十方空如觀掌中所持葉物。一切世間諸所有物,皆即菩提妙明元心,心精遍圓含裹十方。反觀父母所生之身,猶彼十方虛空之中吹一微塵,若存若亡;如湛巨海流一浮漚,起滅無從。瞭然自知獲本妙心,常住不滅。禮佛合掌,得未曾有,於如來前說偈讚佛:

爾の時、阿難および諸の大衆は、仏如来の微妙開示に蒙りて、身心は荡然として掛礙無きを得たり。是の諸の大衆は、各々自ら心知る心は十方に遍し、十方の空を見るに掌の中の持する所の葉物を観るが如し。一切の世間の諸の所有物は、皆即ち是れ菩提妙明元心にして、心精は遍円にして十方を含裹す。反りて父母の生じたる身を観ずれば、たとえば彼の十方の虗空の中に於て一微塵を吹くが如く、若し存若し亡;湛たる巨海に一浮漚を流るるが如く、起滅は従る無し。了然として自ら知る本妙心を獲たり、常住にして滅せず。仏を礼して合掌して、未曾有を得て、如来の前に於て偈を説きて仏を讃えていわく:

「妙湛總持不動尊,首楞嚴王世希有!

「妙湛総持不動尊、首楞厳王は世に稀有なり!

銷我億劫顛倒想,不歷僧祇獲法身。

我が億劫の顛倒想を銷して、僧祇を経ずして法身を獲たり。

願今得果成寶王,還度如是恆沙眾;

願はくは今果を得て宝王と成りて、還りて是の如き恒沙衆を度せん;

將此深心奉塵剎,是則名為報佛恩。

此の深心を将てて塵刹に奉ずる、此れ即ち是れ仏恩に報ゆるを名づくる。

伏請世尊為證明,五濁惡世誓先入,

伏して請わくは世尊証明と為したまえ、五濁悪世に誓いて先入らん、

如一眾生未成佛,終不於此取泥洹。

如一衆生未だ仏と成らざれば、終に此に於て泥洹を取らざらん。

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