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大仏頂萬行首楞厳経巻第一

唐 · 般刺蜜帝译 · 第6巻 / 13

阿難、大眾答言:「無聲。」

阿難・大衆は答えて言わく、「声無し」と。

有頃,羅睺更來撞鍾,佛又問言:「爾今聲不?」

有頃、羅睺は更に来たりて鐘を撞きて、仏又問うて言さく、「汝今声有るや」と。

阿難、大眾俱言:「有聲。」

阿難・大衆は倶に言わく、「声有り」と。

佛問阿難:「汝云何聲?云何無聲?」

仏阿難に問うて曰わく、「汝云何にか声有る。云何にか声無き」と。

阿難、大眾俱白佛言:「鍾聲若擊則名有聲;擊久聲銷,音響雙絕,則名無聲。」

阿難・大衆は倶に仏に白して言さく、「鐘声若し撃たれば則ち名づけて声有りと為す;撃つこと久しければ声は銷して、音響は双絶して、則ち名づけて声無しと為す」と。

佛語阿難及諸大眾:「汝今云何自語矯亂?」

仏阿難および諸の大衆に語りて曰わく、「汝ら今云何にか自ら語を矯乱する」と。

大眾、阿難俱時問佛:「我今云何名為矯亂?」

大衆・阿難は同時に仏に問うて曰わく、「我ら今云何にか名づけて矯乱と為す」と。

佛言:「我問汝聞,汝則言聞;又問汝聲,汝則言聲。惟聞與聲報答無定,如是云何不名矯亂?阿難!聲銷無響,汝說無聞;若實無聞,聞性已滅同於枯木,鍾聲更擊,汝云何知?知有、知無,自是聲塵或無、或有,豈彼聞性為汝有、無?聞實雲無,誰知無者?是故阿難!聲於聞中自有生滅;非為汝聞聲生、聲滅,令汝聞性為有、為無。汝尚顛倒,惑聲為聞,何怪昏迷,以常為斷?終不應言離諸動靜、閉塞、開通,說聞無性。如重睡人眠熟床枕,其家有人於彼睡時擣練、舂米,其人夢中聞舂擣聲別作他物,或為擊鼓,或復撞鍾;即於夢時,自怪其鍾為木石響。於時忽寤,遄知杵音。自告家人:『我正夢時,惑此舂音將為鼓響。』阿難!是人夢中,豈憶靜搖、開閉、通塞?其形雖寐,聞性不昏。縱汝形銷命光遷謝,此性云何為汝銷滅?以諸眾生從無始來,循諸色、聲逐念流轉,曾不開悟性淨妙常。不循所常,逐諸生滅,由是生生雜染流轉。若棄生滅,守於真常,常光現前,塵根、識心應時銷落。想相為塵,識情為垢,二俱遠離;則汝法眼應時清明,云何不成無上知覺?」

仏言さく、「我汝に聞を問えば、汝は則ち聞と言う;又汝に声を問えば、汝は則ち声と言う。惟だ聞と声との報答は定まらざるに、是の如く云何にか名づけて矯乱と為さざらん。阿難!声は銷して響無きに、汝は無聞と説く;若し実に無聞ならば、聞性は已に滅して枯木に同じくして、鐘声は復た撃たれば、汝云何にか知る。知有・知無は、自ら是れ声塵の或いは無・或い是有にして、豈に彼の聞性が汝が為に有・為に無ならんや。聞若し実に無ければ、誰が無き者を知らん。是の故に阿に阿難!声は聞の中に於て自ら生滅有りて;非ず汝が聞は声生・声滅に、汝が聞性をして有・無を為らしむる。汝尚お顛倒して、声を惑いて聞と為す、何をか怪まん昏迷して、常を以て断と為すを。終に不応説く諸の動静・閉塞・開通を離れて、聞は性無しと説くことを。たとえば重睡の人の床枕に眠熟せるに、其の家有る人が彼が睡るの時に於て練を擣ち米を舂けば、其の人は夢の中に於て舂擣の声を聞きて別に他物を作して、或いは鼓を撃つと為し、或いは復た鐘を撞くと為し;即ち夢の時に於て、自ら其の鐘が木石の響を為すを怪しむ。時に於て忽ち寤めて、遄に杵音を知る。自ら家人に告げていわく:『我正に夢るの時、此の舂音を惑いて將に鼓の響と為さんとせり』と。阿難!此の人は夢の中に、豈に静揺・開閉・通塞を憶えんや。其の形は雖も寐るも、聞性は昏せず。縱い汝が形は銷して命光は遷謝すとも、此の性は云何にか汝が為に銷滅せん。諸の衆生は无始より已来、諸の色・声に循いて念に逐いて流転して、曽て開悟して性浄妙常を知らず。所常に循わずして、諸の生滅に逐いて、此に由りて生生に雑染流転す。若し生滅を弃てて、真常に守れば、常光は現前して、塵根・識心は応時に銷落せん。想相は塵と為り、識情は垢と為り、二倶に遠離せよ;則ち汝が法眼は応時に清明にして、云何にか無上の知覚を成さざらん?」

大仏頂萬行首楞厳経巻第四

大仏頂如来密因修証了義諸菩薩万行首楞厳経巻第五(一名中印度那蘭陀大道場経、灌頂部に於て別行を録出す)

唐天竺沙門般剌蜜諦譯

唐代天竺沙門般剌蜜諦訳。

阿難白佛言:「世尊!如來雖說第二義門,今觀世間解結之人,若不知其所結之元,我信是人終不能解。世尊!我及會中有學聲聞,亦復如是。從無始際,與諸無明俱滅俱生,雖得如是多聞善根,名為出家,猶隔日瘧。唯願大慈哀愍淪溺!今日身心云何是結?從何名解?亦令未來苦難眾生,得免輪迴,不落三有。」作是語已,普及大眾五體投地,雨淚翹誠,佇佛如來無上開示。

阿難仏に白して言さく、「世尊!如来は雖も第二義門を説きたまうも、如今世間の結を解く人を観ずるに、若し其の結ぶ所の元を知らざれば、我信ず此の人は終に能く解かざらんと。世尊!我および会中の有学の声聞も亦復かくの如し。无始際より已来、諸の無明と倶に滅し倶に生じて、雖も是の如き多聞の善根を得たるも、名づけて出家と為すも、還りて隔日の瘧の如し。唯だ願わくは大慈は淪溺を哀愍したまえ!今日の身心は云何にか是れ結ぞ。何の処よりか名づけて解と為す。亦未来の苦難の衆生をして、輪回を免れて、三有に落ちざらしめん!」此の語を作し已りて、普く大衆に及んで五体を地に投げて、涙を雨らして誠を翘げて、佇ねて仏如来の無上開示を候せり。

爾時,世尊憐愍阿難及諸會中諸有學者,亦為未來一切眾生為出世因,作將來眼。以閻浮檀紫金光手摩阿難頂,即時十方普佛世界六種振動,微塵如來住世界者,各有寶光從其頂出,其光同時於彼世界來祇陀林灌如來頂。是諸大眾得未曾有!於是阿難及諸大眾,俱聞十方微塵如來異口同音告阿難言:「善哉!阿難!汝欲識知俱生無明,使汝輪轉生死結根,唯汝六根更無他物。汝復欲知無上菩提,令汝速證安樂解脫寂靜妙常,亦汝六根更非他物!」

爾の時、世尊は阿難および会中の諸の有学の人を憐憫して、亦未来の一切衆生の為に出世の因を作り、将来の眼を作らんとて、閻浮檀の紫金の光手を以て阿難の頂を摩でたまうに、即時十方普き仏の世界は六種に振動して、微塵の如来の世界に住したまえるは、各々宝光有りて其の頂より出でて、其の光は同時に彼の世界より祇陀林に来たりて如来の頂を灌せり。是の諸の大衆は未曾有を得たり!是に於て阿難および諸の大衆は、皆十方の微塵の如来が異口同音に阿難に告げて言うを聞けり、「善哉!阿難!汝が識知せんと欲する倶生無明・汝をして輪転生死せしむる結根は、只だ汝が六根にして更に他物無し。汝復た無上菩提を知らんと欲して、汝をして安楽解脱寂静妙常を速証せしむるも、亦是れ汝が六根にして更に他物に非ず!」

阿難雖聞如是法音,心猶未明,稽首白佛:「云何令我生死輪迴,安樂妙常,同是六根更非他物?」

阿難は雖も是の如き法音を聞くも、心は猶お未だ明ならず、稽首して仏に白して言さく、「云何にか我をして生死輪回・安楽妙常と、同じく六根にして更に他物に非ざらしめる」と。

佛告阿難:「根、塵同源,縛、脫無二,識性虛妄,猶如空花。阿難!由塵發知,因根有相,相見無性同於交蘆。是故汝今,知見立知即無明本;知見無見斯即涅槃無漏真淨。云何是中更容他物?」

仏阿難に告げたまわく、「根・塵は同源にして、縛・脱は二無く、識性は虚妄にして、たとえば空華の如し。阿し。阿難!塵に由りて知を発し、根に因りて相有りて、見相は性無くて交蘆に同じ。是の故に汝如今、知見は知を立つれば即ち無明の本にして;知見は見無ければ此れ即ち涅槃の無漏真浄なり。此の中に云何にか更に他物を容れん?」

爾時,世尊欲重宣此義,而說偈言:

爾の時、世尊は此の義を重ねて宣べんと欲して、偈を説いて曰わく:

「真性有為空,緣生故、如幻;

「真性は有為にして是れ空なり、因縁より生ずるが故に、幻の如し;

無為無起滅,不實、如空花。

無為は起滅無くて、実ならず、空華の如し。

言妄顯諸真,妄、真同二妄。

妄を言いて諸の真を顕せば、妄と真とは同じく是れ二の妄なり。

猶非真、非真,云何見所見?

還りて非真・非真にして、云何にか見と所見と有らん。

中間無實性,是故若交蘆。

中間は実性無ければ、故に交蘆の若し。

結解同所因,聖凡無二路。

結と解とは同じく因る所、聖凡は二路無し。

汝觀交中性,空有二俱非。

汝観る交の中の性は、空・有の二倶に非ず。

迷晦即無明,發明便解脫。

迷晦は即ち無明にして、発明すれば便ち解脱なり。

解結因次第。六解一亦亡。

結を解くは次第に因る。六を解すれば一も亦亡す。

根選擇圓通,入流成正覺。

根は円通を選擇して、入流して正覚を成す。

陀那微細識,習氣成暴流,

陀那の微細の識は、習気は成りて暴流と為り、

真非真恐迷,我常不開演。

真に非真なれば迷を恐れて、我常に開演せず。

自心取自心,非幻成幻法。

自らの心は自らの心を取る、幻に非ずして幻法を成す。

不取無非幻,非幻尚不生;

取らざれば非幻無くて、非幻は尚お生ぜず;

幻法雲何立?是名妙蓮華,

幻法は云何にか立たん。此れ名づけて妙蓮華、

金剛王寶覺、如幻三摩提,

金剛王の宝覚・如幻の三摩提、

彈指超無學。此阿毘達磨,

弾指に無学を超ゆ。此の阿毘達磨は、

十方薄伽梵,一路涅槃門。」

十方の薄伽梵は、一路の涅槃門なり。」

於是阿難及諸大眾,聞佛如來無上慈誨,祇夜伽陀雜糅精瑩,妙理清徹,心目開明,歎未曾有。阿難合掌、頂禮白佛:「我今聞佛無遮大悲、性淨妙常真實法句,心猶未達六解一亡舒結倫次;惟垂大慈,再愍斯會及與將來,施以法音洗滌沈垢!」

是に於て阿難および諸の大衆は、仏如来の無上の慈誨を聞きて、祇夜伽陀(重頌と孤起頌)雑糅して精瑩にして、妙理は清徹して、心目は開明して、未曾有を嘆じたり。阿難は合掌・頂礼して仏に白して言さく、「我如今仏の無遮大悲・性浄妙常の真実法句を聞くも、心は猶お未だ六を解すれば一も亡ぶの舒結の倫次に達せず;唯だ願わくは大慈を垂れて、復た此の会および将来を憫みて、法音を施して沈垢を洗滌したまえ!」

即時如來於師子座,整涅槃僧,斂僧伽梨,攬七寶機,引手於機,取劫波羅天所奉花巾,於大眾前綰成一結。示阿難言:「此名何等?」

即時如来は師子座に於て、涅槃僧を整え、僧伽梨を斂め、七宝の机を攬りて、手を引きて机に於て、劫波羅天の奉れる花巾を取りて、大衆の前に於て綰めて一結を成せり。阿難に示して曰わく、「此れ名づけて何と為す」と。

阿難、大眾俱白佛言:「此名為結。」

阿難・大衆は倶に仏に白して言さく、「此れ名づけて結と為す」と。

於是如來綰疊花巾,又成一結,重問阿難:「此名何等?」

是に於て如来は畳花巾を綰めて、又一結を成して、重ねて阿難に問うて曰わく、「此れ名づけて何と為す」と。

阿難、大眾又白佛言:「此亦名結。」如是倫次綰疊花巾,總成六結。一一結成,皆取手中所成之結持問阿難:「此名何等?」阿難、大眾,亦復如是次第酬佛:「此名為結。」

阿難・大衆は又仏に白して言さく、「此も亦名づけて結と為す」と。是の如く倫次に畳花巾を綰めて、総じて六結を成せり。一々結成るに、皆手中に於て成せるの結を取りて阿難に持問して曰わく、「此れ名づけて何と為す」と。阿難・大衆も亦是の如く次第に仏に酬えて言わく、「此れ名づけて結と為す」と。

佛告阿難:「我初綰巾;汝名為結,此疊花巾先實一條,第二第三云何汝曹復名為結?」

仏阿難に告げたまわく、「我初めに巾を綰めて;汝は名づけて結と為せば、此の畳花巾は元より実に是れ一条なり、第二第三には云何にか汝らは還りて名づけて結と為す」と。

阿難白佛言:「世尊!此寶疊花緝績成巾,雖本一體。如我思惟:『如來一綰得一結名,若百綰成終名百結。何況此巾秖有六結,終不至七,亦不停五?』云何如來秖許初時,第二、第三不名為結?」

阿難仏に白して言さく、「世尊!此の宝の畳花は緝績して巾と成りて、雖も本は一体なり。我が思惟する如く:『如来は一に綰めれば一の結名を得て、若し百に綰めて成れば終に百結と名づく。況んや此の巾は只だ六結有りて、終に七に至らず、亦五に停まらざるをや』。云何にか如来は只だ初時を許して、第二・第三は名づけて結と為さざる」と。

佛告阿難:「此寶花巾,汝知此巾元止一條,我六綰時名有六結。汝審觀察,巾體是同,因結有異。於意云何?初綰結成名為第一,如是乃至第六結生,吾今欲將第六結名成第一不?」

仏阿難に告げたまわく、「此の宝花巾は、汝知る此の巾は元より只だ是れ一条なり、我が六に綰めるの時は六結有りと名づく。汝審かに観察せよ、巾の体は同じくして、結に因りて異有り。汝云何にか見る。初めに綰めて結成るを名づけて第一と為し、是の如く乃至第六の結が生ずるに、我今欲して第六の結名を将てて第一を成さんとす、可なりや」と。

「不也,世尊!六結若存,斯第六名終非第一。縱我歷生盡其明辯,如何令是六結亂名?」

「不可なり、世尊!六結若し存せば、此の第六の名は終に非ず第一なり。縱い我生を歴りて其の明辯を尽くすも、如何にか此の六結をして名を乱らしめんや」と。

佛言:「六結不同,循顧本因一巾所造,令其雜亂終不得成。則汝六根亦復如是,畢竟同中生畢竟異。」

仏言さく、「六結は同じからずして、本因に循顧すれば一巾の造る所にして、彼をして雑乱せしむれば終に成るを得ず。則ち汝が六根も亦復かくの如し、畢竟に同の中に於て畢竟の異を生ず」。

佛告阿難:「汝必嫌此六結不成,願樂一成復云何得?」

仏阿難に告げたまわく、「汝必ず此の六結は成らざるを嫌えば、一を成さんを願楽するは又云何にか得ん」と。

阿難言:「此結若存,是非鋒起,於中自生此結非彼,彼結非此。如來今日若總解除,結若不生,則無彼此,尚不名一,六云何成?」

阿難言さく、「此の結若し存せば、是非は鋒の如く起りて、中に於て自ら此の結は彼に非ず・彼の結は此に非ずを生ず。如来今日若し総じて解除せば、結若し生ぜざれば、則ち彼此無くて、尚お一と名づけざれば、六は云何にか成らん」と。

佛言:「六解一亡,亦復如是,由汝無始心性狂亂,知見妄發,發妄不息,勞見發塵。如勞目睛,則有狂花。於湛精明無因亂起;一切世間山河大地,生死涅槃,皆即狂勞顛倒花相。」

仏言さく、「六を解して一亡ぶも亦復かくの如し、汝が无始の心性は狂乱して、知見は妄りに発して、発妄は息まずして、労見は塵を発す。たとえば目睛の労するは、則ち狂華有るが如し。湛精の明に於て因無くして乱起す;一切の世間の山河大地・生死涅槃は、皆即ち狂労の顛倒の華相なり」。

阿難言:「此勞同結,云何解除?」

阿難言さく、「此の労は結に同じ、云何にか解除せん」と。

如來以手,將所結巾偏掣其左,問阿難言:「如是解不?」

如来は手を以て、結ぶ所の巾を偏に其の左を掣りて、阿難に問うて言さく、「是の如く解くや」と。

「不也,世尊!」

「不也。世尊!」

旋復以手偏牽右邊,又問阿難:「如是解不?」

旋りて復た手を以て偏に右辺を牽りて、又阿難に問うて曰わく、「是の如く解くや」と。

「不也,世尊!」

「不也。世尊!」

佛告阿難:「吾今以手左右各牽,竟不能解,汝設方便云何成解?」

仏阿難に告げたまわく、「我今手を以て左右に各々牽くるも、竟に能く解かず、汝設けて方便は云何にか解を成せん」と。

阿難白佛言:「世尊!當於結心,解即分散。」

阿難仏に白して言さく、「世尊!当に結の心に於て、解けば即ち分散せん」と。

佛告阿難:「如是,如是!若欲除結,當於結心。阿難!我說佛法從因緣生,非取世間和合麁相。如來發明世出世法,知其本因隨所緣出,如是乃至恆沙界外一滴之雨亦知頭數,現前種種松直、棘曲、鵠白、烏玄皆了元由。是故阿難!隨汝心中選擇六根,根結若除,塵相自滅;諸妄銷亡,不真何待!阿難!吾今問汝,此劫波羅巾六結現前,同時解縈得同除不?」

仏阿難に告げたまわく、「是の如し、是の如し!若し結を除かんと欲せば、当に結の心に於てすべし。阿難!我説く仏法は因縁より生ず、非ず世間の和合の粗相を取るなり。如来は世出世の法を発明して、其の本因は縁する所に随いて出づるを知りて、是の如く乃至恒沙の界外の一滴の雨も其の頭数を知りて、現前の種種の松の直・棘の曲・鵠の白・烏の玄も倶に元由を了れり。是の故に阿難!汝が心中に於て六根を選擇するに随いて、根の結若し除かれば、塵相は自ら滅し;諸の妄は銷亡して、真ならざるは何をか待たん!阿難!我如今汝に問う、此の劫波羅巾の六結は現前して、同時に解萦して能く同じく除かんや」と。

「不也,世尊!是結本以次第綰生,今日當須次第而解。六結同體,結不同時,則結解時云何同除?」

「不能なり、世尊!是の諸の結は本より次第を以て綰生せり、今日は当に須く次第にして解くべし。六結は同体にして、結は時を同じくせざれば、則ち結解の時は云何にか同じく除かん」と。

佛言:「六根解除,亦復如是。此根初解,先得人空;空性圓明,成法解脫;解脫法已俱空不生,是名菩薩從三摩地得無生忍。」

仏言さく、「六根の解除も亦復かくの如し。此の根は初めに解けば、先に人空を得;空性は円明にして、法解脱を成す;解脱は法は已に倶に空にして生して生ぜざれば、此れ名づけて菩薩は三摩地に従りて無生忍を得ると為す」。

阿難及諸大眾蒙佛開示,慧覺圓通,得無疑惑。一時合掌、頂禮雙足而白佛言:「我等今日,身心皎然,快得無礙。雖復悟知一六亡義,然猶未達圓通本根。世尊!我輩飄零,積劫孤露,何心何慮預佛天倫,如失乳兒忽遇慈母!若復因此際會道成,所得密言還同本悟,則與未聞無有差別?唯垂大悲惠我秘嚴,成就如來最後開示!」作是語已,五體投地,退藏密機,冀佛冥授。

阿難および諸の大衆は仏の開示に蒙りて、慧覚は円通して、疑惑無きを得たり。一時に合掌・頂礼して双の足にして仏に白して言さく、「我ら今日は、身心は皎然として、快く無礙を得たり。雖も一六亡の義を悟知すと雖も、然るに猶お未だ円通の本根に達せず。世尊!我輩は飄零して、劫を積みて孤露せり、何の心何の慮にてか仏の天倫に預かる、たとえば乳を失える児の忽ち慈母に遇うが如し!若し再び此の際会に因りて道を成ぜば、得る所の密言は還りて本悟に同じからん、則ち未だ聞かざると差別有る無からん。唯だ願わくは大悲を垂れて我に秘厳を恵みて、如来の最後の開示を成就したまえ!」此の語を作し已りて、五体を地に投げて、退きて密機を蔵して、仏の冥授を冀えり。

爾時,世尊普告眾中諸大菩薩及諸漏盡大阿羅漢:「汝等菩薩及阿羅漢,生我法中得成無學。吾今問汝,最初發心悟十八界,誰為圓通?從何方便入三摩地?」

爾の時、世尊は普く衆の中の諸の大菩薩および諸の漏尽の大阿羅漢に告げて曰わく、「汝らの菩薩および阿羅漢は、我が法の中に生まれて無学を得成せり。我今汝らに問わん、最初の発心に於て十八界を悟るに、誰を円通と為す。何の方便よりか三摩地に入る」と。

憍陳那五比丘即從座起,頂禮佛足而白佛言:「我在鹿苑及於雞園,觀見如來最初成道,於佛音聲悟明四諦。佛問比丘,我初稱解;如來印我名阿若多。妙音密圓,我於音聲得阿羅漢。佛問圓通,如我所證,音聲為上。」

憍陳那の五比丘は即座より起ちて、仏の足に頂礼して仏に白して言さく、「我は鹿苑および鶏園に於て、如来の最初に道を成せりを観見して、仏の音声に於て四諦を悟明せり。仏比丘に問えば、我初めに解と称せり;如来は我を印して名づけて阿若多と為す。妙音は密かに円にして、我音声に於て阿羅漢を得たり。仏円通を問えば、我が証する所の如く、音声を上と為す」と。

優波尼沙陀即從座起,頂禮佛足而白佛言;「我亦觀佛最初成道,觀不淨相,生大厭離,悟諸色性,以從不淨、白骨、微塵歸於虛空;空色二無,成無學道。如來印我名尼沙陀。塵色既盡,妙色密圓,我從色相得阿羅漢。佛問圓通,如我所證,色因為上。」

優波尼沙陀は即座より起ちて、仏の足に頂礼して仏に白して言さく、「我も亦仏の最初に道を成せりを観て、不浄の相を観じて、大いに厭離を生じて、諸の色性を悟りて、不浄・白骨・微塵に従りて虗空に帰す;空色は二倶に無くて、無学の道を成せり。如来は我を印して名づけて尼沙陀と為す。塵色は既に尽きて、妙色は密かに円にして、我色相に従りて阿羅漢を得たり。仏円通を問えば、我が証する所の如く、色因を上と為す」と。

香嚴童子即從座起,頂禮佛足而白佛言:「我聞如來教我諦觀諸有為相。我時辭佛,宴晦清齋,見諸比丘燒瀋水香,香氣寂然來入鼻中。我觀此氣,非木、非空、非煙、非火,去無所著,來無所從,由是意銷,發明無漏,如來印我得香嚴號,塵氣倏滅,妙香密圓,我從香嚴得阿羅漢。佛問圓通,如我所證,香嚴為上。」

香厳童子は即座より起ちて、仏の足に頂礼して仏に白して言さく、「我聞く如来は我に諸の有為相を諦観せよと教えたまえり。我時に仏に辞して、宴く晦んで清斎して、諸の比丘の沈水香を焼くを見て、香気は寂然として来たりて鼻の中に入れり。我此の気を観ずるに、非木・非空・非煙・非火にして、去れば著る所無く、来たれば従る所無し、此に由りて意は銷して、無漏を発明して、如来は我を印して香厳の号を得たり、塵気は倏に滅して、妙香は密かに円にして、我香厳に従りて阿羅漢を得たり。仏円通を問えば、我が証する所の如く、香厳を上と為す」と。

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