妙法蓮華經卷第五
「普賢!若於後世,受持、讀誦是經典者,是人不復貪著衣服、臥具、飲食、資生之物,所願不虛,亦於現世得其福報。若有人輕毀之,言:『汝狂人耳,空作是行,終無所獲。』如是罪報,當世世無眼;若有供養讚歎之者,當於今世得現果報。若復見受持是經者,出其過惡,若實、若不實,此人現世得白癩病。若有輕笑之者,當世世牙齒踈缺,醜唇、平鼻,手腳繚戾,眼目角睞,身體臭穢,惡瘡、膿血、水腹、短氣、諸惡重病。是故,普賢!若見受持是經典者,當起遠迎,當如敬佛。」
「普賢!若し後世に於て、受持・讀誦して此の經典を受持する者、此の人復た衣服・臥具・飲食・資生の物を貪着せずして、願ふ所虛しからずして、亦現世に於て其の福報を得ん。若し人有りて之を輕毁して、言はく、『汝狂人耳、空しく此の行を作して、終に獲る所有ること無し』と。是の如き罪報、當に世世眼無からん。若し供養・讚歎する者有らば、當に今世に於て現果報を得べし。若し復た此の經を受持する者を見て、其の過惡を出だすも、若し實、若し不實、此の人現世白癩の病を得ん。若し輕笑する者有らば、當に世世牙齒疎缺して、醜き脣・平らなる鼻、手脚繚戾して、眼目角睐して、身體臭穢して、惡瘡・膿血・水腹・短氣の諸の惡重病ならん。是の故に、普賢!若し此の經典を受持する者を見れば、當に起ちて遠く迎へて、當に佛を敬ふが如くすべし。」
說是普賢勸發品時,恆河沙等無量無邊菩薩,得百千萬億旋陀羅尼;三千大千世界微塵等諸菩薩,具普賢道。
此の普賢勸發品を說く時、恒河沙等の無量無邊の菩薩、百千萬億旋陀羅尼を得て、三千大千世界微塵等の諸の菩薩、普賢の道を具へたり。
佛說是經時,普賢等諸菩薩,舍利弗等諸聲聞,及諸天、龍、人非人等,一切大會,皆大歡喜,受持佛語,作禮而去。
佛此の經を說く時、普賢等の諸の菩薩、舍利弗等の諸の聲聞、及び諸天・龍・人非人等、一切の大會、皆大いに歡喜して、佛の語を受持して、禮を作して而も去れり。
妙法蓮華經卷第七
妙法蓮華經後序
妙法蓮華經後序
後秦沙門僧叡述
後秦沙門僧叡述
《法華經》者,諸佛之秘藏,眾經之實體也。以華為名者,照其本也;稱芬陀利者,美其盛也。所興既玄,其旨甚婉,自非達識傳之,罕有得其門者。夫百卉藥木之英,物實之本也;八萬四千法藏者,道果之原也,故以喻焉。諸華之中,蓮華最勝,華尚未敷,名屈摩羅;敷而將落,名迦摩羅;處中盛時,名芬陀利。未敷喻二道,將落譬泥洹,榮曜獨足以喻斯典。至如《般若》諸經,深無不極,故道者以之而歸;大無不該,故乘者以之而濟;然其大略,皆以適化為大;應務之門,不得不以善權為用。權之為化,悟物雖弘,於實體不足,皆屬《法華》,固其宜矣。尋其幽旨,恢廓宏邃,所該甚遠,豈徒說實歸本,畢定殊塗而已耶?乃實大明覺理,囊括古今。雲佛壽無量,永劫未足以明其久也;分身無數,萬形不足以異其體也。然則壽量定其非數,分身明其無實,普賢顯其無成,多寶照其不滅。夫邁玄古以斯今,則萬世同一日;即萬化以悟玄,則千途無異轍。夫如是者,則生生未足以期存,永寂亦未可言其滅矣。尋幽宗以絕往,則喪功於本無;控心轡於三昧,則忘期於二地。經流茲土,雖復垂及百年,譯者昧其虛津,靈關莫之或啟;談者乖其準格,幽蹤罕得而履;徒復搜研皓首,竝未有窺其門者。秦司隷校尉左將軍安城侯姚嵩,擬韻玄門,宅心世表,注誠斯典,信詣彌至,每思尋其文,深識譯者之失。既遇鳩摩羅法師,為之傳寫,指其大歸真,若披重霄而高蹈,登崑崙而俯盻矣。於時聽受領悟之僧八百餘人,皆是諸方英秀,一時之傑也。是歲弘始八年,歲次鶉火。
《法華經》は、是れ諸佛の祕藏、衆經の實體なり。華を以て名と爲すは、是れ其の本を照見するなり。芬陀利と稱するは、是れ其の盛んなるを讚美するなり。興す所既に玄くして、其の旨甚だ婉かなり、若し達識にして之を傳ふるに非ざれば、罕だ其の門を得る者有り。百卉・藥木の英は、是れ物實の本、八萬四千の法藏は、是れ道果の原なり、故に以て相喻す。諸の華の中、蓮華最も勝れたり。華未だ開かざるは、名づけて屈摩羅、開きて而も落ちんと將にすれば、名づけて迦摩羅、中に處りて盛んなる時は、名づけて芬陀利と曰ふ。未だ開かざるは二道に喻へ、將に落ちんとするは泥洹に譬へ、榮曜獨り足りて以て此の典に喻ふ。至る《般若》の諸經の如き、深きこと極まらざる無くして、故に道ずる者以て而も歸す、大きさ該らざる無くして、故に乘ずる者以て而も濟ぐ、然れども其の大略、皆以て化に適ふを以て大と爲す。應務の門、不得不し以て善權を以て用と爲す所なり。權の化と爲すは、物を悟らしむること雖弘しと雖も、實體に於て足らず、皆《法法華》に屬す、固より其の宜なり。其の幽旨を尋ねれば、恢廓として宏邃にして、該む所甚だ遠し、豈に只だ實を說きて本に歸し、畢定して殊途のみと曰はんや。乃ち實に大明にして理を覺りて、古今を囊括す。佛壽無量と說くは、永劫未だ以て其の久しきを明らかにするに足らず、分身無數は、萬形以て其の體に異ならんとするに足らず。然らば則ち壽量其の數に非ずを定め、分身其の實無きを明らかにし、普賢其の成無きを顯し、多寶其の滅せざるを照らす。玄古に邁んで以て今に斯くれば、則ち萬世同一日なり。萬化に即きて以て玄を悟れば、則ち千途轍を異にすること無し。夫れ是の如し、則ち生々未だ存を期するに足らず、永寂亦未だ其の滅を言ふべきならざるなり。幽宗を尋ねて以て往を絕てば、則ち本無に功を喪ふ。心を三昧の轡に控れば、則ち二地に期を忘れり。經此の土に流れて、復た百年に垂及すと雖も、譯者其の虛津を昧くして、靈關之を啓くこと或は無し。談ずる者其の准格に乖れて、幽蹤罕だ履むを得ず。徒らに皓首まで搜研すと雖も、竝せに未だ其の門を窺ふ者有らず。秦の司隸校尉・左將軍・安城侯姚嵩、玄門に韻を擬して、世表に心を宅せり、誠を此の典に注して、信詣彌り至れり、每に其の文を尋ねんことを思ひて、深く譯者の失を識れり。既に鳩摩羅法師に遇ふて、之が爲に傳寫して、其の大歸の眞を指せば、若し重霄を披きて而も高蹈し、崑崙に登りて而も俯盼するが如し。時に於て聽受して領悟する僧八百餘人、皆是れ諸方の英秀、一時の傑なり。是の歲弘始八年、歲次鶉火なり。
魯國太夫人張氏,伏遇亡夫太傅大丞相李公遠忌之辰,謹施淨財壹貫文入福州開元寺大藏經司,雕鳳字凾《妙法蓮華經》七卷、《法華三昧》等經三卷,共計一十卷,伏茲勝因薦嚴超生淨土。時紹興二十一年正月十五日謹題。
魯國太夫人張氏、亡夫の太傅大丞相李公の遠忌の辰に逢ひて、謹みて淨財一貫文を施して福州開元寺大藏經司に入れて、鳳字函の《妙法蓮華經》七卷、《法華三昧》等の經三卷、共に計ること一十卷を雕らしめ、伏して茲の勝因を以て嚴に薦めて净土に超生せん。時に紹興二十一年正月十五日謹みて題す。
