Libo

新序 · 第6巻

西汉 · 刘向 · 第6巻 / 6

高皇帝疑,問左右大臣,皆山東人,多勸上都雒陽,東有成皋,西有餚澠,倍河海,向伊洛,其固亦足恃,且週數百年,秦二世而亡,不如都周。留侯張子房曰:"雒陽雖有此固,國中小不過數百里,田地狹,四面受敵,此非用武之國。夫關中左餚函,右隴蜀,沃野千里,南有巴蜀之饒,北有故宛之利,阻三面,守一隅,東向制諸侯,諸侯安定,河渭漕輓。天下西給京師;諸侯有變,順流而下,足以委輸,此所謂金城千里,天府之國也。婁敬說是也。"於是高皇帝即日駕,西都關中,由是國家安寧。雖彭越。陳狶。盧綰之謀,九江燕代之兵,及吳楚之難,關東之兵,雖百萬之師,猶不能以為害者,由保仁德之惠,守關中之固也。國以永安,婁敬。張子房之謀也。上曰:"本言都秦地者,婁敬也。婁者乃嬌也。"賜姓嬌氏,拜為郎中,號曰奉春君,後卒為建信侯。

高皇帝懷疑して、左右大臣を問えば、皆是れ山東人、多く上に勸めて雒陽に定都せよと:東成皋有り、西崤澠有り、河海を背にして、伊洛に面向して、其の堅固亦足りて依仗す、況んや周幾百年して、秦二世にして亡ぶ、周に定都するに如かずと。留侯張子房曰く、「雒陽雖然此の堅固有るとも、國中小さくして幾百里を過ぎず、田地狹く、四面敵を受く、此れ是れ武を用うるの國にあらず。關中左崤函有り、右隴蜀有り、沃野千里、南巴蜀の富饒有り、北故宛の利有り、三面を阻んで、一隅を守りて、東に向かいて諸侯を制御す。諸侯安定せば、河渭漕運す。天下西に京師を給し;諸侯變有れば、流れに順いて下りて、足りて輸送す、此れ卽ち所謂金城千里・天府の國。婁敬の説法是れ對なり」と。於是高皇帝當日車を駕して、西行して關中に定都して、此より國家安寧す。たとい彭越・陳豨・盧綰の謀、九江燕代の兵、および吳楚の難、關東の兵、たとい百萬の師とも、還りて能く害と爲らず、是れ由りて仁德の惠を保有して關中の堅固を守住せり。國因りて永久安定す、是れ婁敬・張子房の謀劃なり。上曰く、「本來秦地に定都せんを建議するは是れ婁敬。婁卽ち劉」と。姓劉氏を賜して、拜して郎中と爲りて、號して奉春君と稱し、後來終に建信侯を爲る。

留侯張子房,於漢已定,性多疾,即導引不食谷,杜門不出。歲餘,上欲廢太子,立戚氏夫人子趙王如意,大臣多爭,未能得堅決者也。呂后恐,不知所為。人或謂呂后曰:"留侯善畫計策,上信用之。"呂后乃使建成侯呂澤劫留侯曰:"君常為上計,今日欲易太子,君安得高河臥?"留侯曰:"始上數在困急之中,幸用臣,今天下安定,以愛幼欲易太子骨肉間。雖臣等百餘人,何益?"呂澤強要曰:"為我畫計。"留侯曰:"此難以口舌爭也,顧上有所不能致者,天下有四人,園公。綺裡季。夏黃公。角里先生。此四人者年老矣,皆以上慢侮士,故逃匿山中,義不為漢臣,然上高此四人。公誠能無愛金玉璧帛,令太子為書,卑辭以安車迎之,因使辯士固請宜來,來以為客,時時從入朝,令上見之,上見之即必異問之,問之,上知此四人,亦一助也。"於是呂后令呂澤使人奉太子書,卑辭厚禮迎四人。四人至,舍呂澤所。至十二年,上從破黥布軍歸,疾益甚,愈欲易太子,留侯陳不聽,因疾不視事,太傅叔孫通稱說引古,以死爭太子,上佯許之,猶欲易之。及燕,置酒;太子侍,四人者從太子,皆年八十有餘,鬢眉皓白,衣冠甚偉,上怪而問之曰:"何為者?"四人前對,各言其姓名,上乃驚曰:"吾求公數歲,公避逃我,今公何自從吾兒遊乎?"四人皆對曰:"陛下輕士善罵,臣等義不辱,故恐而亡匿,聞太子為人子孝仁。敬愛士,天下莫不延頸,願為太子死者,故來耳。"上曰:"煩公幸卒調護太子。"四人為壽已畢,起去,上目送之,召戚夫人指示四人者曰:"我欲易之,彼四人輔之,羽翼已成,難動矣。呂氏真而主矣。"戚夫人泣下,上曰:"為我楚舞,吾為若楚歌。"歌曰:"檻鵠高蜚,一舉千里,羽翮已就,橫絕四海,當可奈何?雖有矰繳,尚安能施?

留侯張子房、漢已に平定したる後に在りて、生性病多くして、卽ち導引して穀を喫せず、門を閉ぢて出でず。一年餘、上太子を廢して、戚氏夫人の兒子趙王如意を立てんと想う。大臣多く爭うも、還りて未だ堅決を得ず。呂后恐懼して、何を爲すかを知らず。人呂后に對して曰く、「留侯善く計策を畫く、上彼を信用す」と。呂后於是建成侯呂澤を派して留侯を劫持して曰く、「君常常上に謀劃を給す、今日太子を更換せんと想う、君何處にか能く高臥せんや?」と。留侯曰く、「起初上屢々困急の中に在りて、幸にして臣を用いり。如今天下安定して、因りて愛幼して太子を更換せんと想うは、是れ骨肉の間。たとい臣等一百多人とも、何の益處か有らん?」と。呂澤強求して曰く、「我らに計を畫け」と。留侯曰く、「此れ口舌を以て爭うに難し。只是上招致する能くざる所有りて、天下四個人有り:園公・綺里季・夏黃公・角里先生。此の四個人年紀老いて、皆因りて上士を怠慢侮辱す、ゆえに山中に逃匿して、義漢臣を爲らず、可是上此の四人を推重す。您果真金玉璧帛を吝惜せずして、太子をして信を寫らしめて、謙卑の辭・安車を以て迎接して、於是辯士を派して堅決に請求せしめば、該に來らん。來れば卽ち客人と當てて、時時入朝に跟隨せしめて、上をして看しめよ。上看れば一定驚異して詢問し、詢問せば、上此の四人を知る、亦是れ一種の幫助なり」と。於是呂后呂澤をして人を派して太子の書を奉じ、謙卑の辭・厚禮を以て四人を迎接せしむ。四人到りて、呂澤其の處に住す。十二年に到りて、上黥布軍を攻破して囘來りて、病更加に厲しくして、更加太子を更換せんと想う。留侯陳説するも聽かれず、於是病と稱して事を視ず。太傅叔孫通稱説して古事を引用して、死を以て太子を爭う、上假裝答應するも、還りて更換せんと想う。宴飲酒を設くるに及びて、太子陪侍して、四人太子に跟隨して、皆年紀八十多、鬢眉皓白にして、衣冠甚だ偉岸なり。上奇怪して問う、「是れ何を爲すか」と。四人上前對答して、各々姓名を説く。上於是喫驚して曰く、「我公を求むること幾年、公我を躲避せり、如今公何ぞ自己我が兒子に跟隨して交游するか?」と。四人皆答えて曰く、「陛下士を輕して罵を好めば、臣等義辱を受けず、ゆえに恐懼して逃亡藏匿せり。聞く太子人子を爲りて孝仁にして、士を敬愛して、天下伸頸せざらずして、太子のため死せんと願うなし、ゆえに來れり」と。上曰く、「煩勞公幸にして始終太子を調護せん」と。四人壽を爲して畢りて、起身して離去す。上彼らを目送して、戚夫人を召して四人を指着して曰く、「我更換せんと想うも、其の四人輔佐して、羽翼已に成りて、動搖し難し。呂氏眞に是れ你の主なり」と。戚夫人哭泣落下す。上曰く、「我に楚舞を跳べ、我你に楚歌を唱はん」と。歌を唱して曰く、「鴻鵠高飛して、一擧千里、羽翮已に成就して、四海を橫絕す、如何せん?たとい矰繳有るとも、還りて能く何を施加せん?」

"歌數闋,戚夫人唏噓流涕,上起去罷酒,竟不易太子者,留侯召四人之謀也。

歌幾遍して、戚夫人唏噓流涕して、上起身して離去して酒を罷む。終に太子を更換せず、是れ留侯四人を召し來るの謀劃なり。

漢十一年,九江黥布反,高皇帝疾,欲使太子往擊之,是時園公。綺裡季。夏公黃。角里先生,已侍太子,聞太子將擊黥布,四人相謂曰:"凡來者將以存太子,太子將兵事,危矣。"乃說建成侯曰:"太子將兵,有功,則位不益;無功,從此受禍矣。且太子所與俱諸將,皆嘗與上定天下梟將也,乃使太子將之,此無異使羊將狼也,皆不肯為用盡力,其無功必矣。臣聞母愛者子抱,今戚夫人日夜侍御,趙王常居抱前,上終不使不肖子居愛子上。明乎其代太子位必矣。君何不急謂呂后承間為上泣,言黥布天下猛將,善用兵,諸將皆陛下故等倫,乃令太子將此屬,無異使羊將狼,莫為用。且使布聞之,即鼓行而西耳。上雖疾,臥護之,諸將不敢不盡力,雖苦,強為妻子計。載輜車,臥而行。"於是呂澤立夜見呂后,呂后承間為上泣而言,如四人意。上曰:"吾惟豎子,故不足遣,乃公自行耳。"於是上自將東,群臣居守,皆送至霸上。留侯疾,強起至曲郵見上曰:"臣宜從,疾甚,楚人剽疾,願上無與楚人爭鋒。"因說上曰:"令太子為將軍,監關中諸侯兵。"上謂子房雖疾,強起臥而傅太子,是時叔孫通已為太子太傅,留侯行少傅事。漢遂誅黥布,太子安寧,國家晏然,此四公子之謀也。

漢十一年、九江黥布反叛す。高皇帝病して、太子を派して前往して攻擊せしめんと想う。此の時園公・綺里季・夏黃公・角里先生已に太子を侍奉して、太子將に黥布を攻擊せんとするを聞きて、四人互相いに曰く、「凡是れ來るは是れ將に太子を保全せんとす、太子兵を率ゐば、事情危險なり」と。於是建成侯を游說して曰く、「太子兵を率ゐば、功有れば則ち位子增加せず;功なければ、此より禍を受けん。況んや太子の一起する各位の將領は、皆曾て上と天下を平定せる梟將、卽ち太子をして彼らを率領せしむるは、此れ羊をして狼を率領せしむるに異ならず、皆肯んじて力を盡くして用いられず、其の功なき是れ一定なり。臣聞く母の愛せらるる子抱えらると、如今戚夫人日夜侍御して、趙王常常抱前に在りて、上終に不肖子をして愛子の上に處せしめず。彼太子の位を替代する是れ明白なり。君何ぞ急忙呂后に對して説かざるか、空隙に趁りて上のため哭泣して、説く黥布是れ天下の猛將、善く兵を用い、各位の將領皆是れ陛下從前の同輩、卽ち太子をして此の班の人を率領せしむるは、羊をして狼を率領せしむるに異ならず、彼のため力を用いる人なし。況んや黥布をして聞かしめば、卽ち鼓を擊ちて西進せん。上雖然病むとも、臥して監護すれば、各位の將領敢えて力を盡くさざるなし。たとい辛苦すとも、勉强妻子のため謀劃せん。輜車に載せて、臥して前行せよ」と。於是呂澤立刻夜裏呂后を見て、呂后空隙に趁りて上のため哭泣して説く、四人の意思のごとくす。上曰く、「我只當豎子、ゆえに以て派遣するに足らず、乃公自己往くのみ」と。於是上自己軍を率いて東進して、群臣居守して、皆霸上に送る。留侯病して、勉强起身して曲郵に到りて上を見て曰く、「臣應に跟隨すべし、病むこと甚だし、楚人剽疾なり、願わくは上楚人と鋒を爭う勿れ」と。

齊悼王者,孝惠皇帝之兄也。孝惠皇帝二年,悼惠王入朝,孝惠皇與悼惠王燕飲,乃行家人禮,同席。呂太后怒,乃進鴆酒,孝惠皇帝知,欲代飲之,乃止。悼惠王懼不得出城,上車太息,內史參乘怪問其故,悼惠王具以狀語內史,內史曰:"王寧亡十城耶?將亡齊國也?"悼惠王曰:"得全身而已,何敢愛城哉!"內史曰:"魯元公主,太后之女,大王之弟也。大王封國七十餘城,而魯元公主湯沐邑少;大王誠獻十城為魯元公主湯沐邑,內有親親之恩,外有順太后之意,太后必大喜。是亡十城而得六十城也。"悼惠王曰:"善。"至邸上,奏獻十城為魯元公主湯沐邑,太后果大悅受邑,厚賜悼惠王而歸之,國遂安,齊內史之謀也。

齊悼惠王是れ孝惠皇帝の兄。孝惠皇帝二年、悼惠王入朝して、孝惠皇帝と悼惠王と宴飲して、於是家人の禮を行して、同席す。呂太后發怒して、於是鴆酒を進む。孝惠皇帝知りて、代替して喝まんと想う、於是停止す。悼惠王恐懼して能く城を出でずして、車に上りて長歎す。內史陪乘奇怪して緣故を問う、悼惠王全部情況を以て內史に告ぐ。內史曰く、「王寧ろ十城を丟失するか?還りて將に齊國を丟失せんか?」と。悼惠王曰く、「自身を保全するを得るのみ、何處にか敢えて城を愛せんや!」と。內史曰く、「魯元公主是れ太后の女兒・大王の妹妹。大王封國七十多城して、而して魯元公主湯沐邑少なし。大王果真十城を獻して魯元公主湯沐邑を爲さば、內親親の恩有り、外太后の意に順從する有りて、太后一定大喜せん。此れ是れ十城を丟失して六十城を得るなり」と。悼惠王曰く、「好し」と。邸上に到りて、奏を上して十城を獻して魯元公主湯沐邑を爲して、太后果然大悦して邑を接受して、悼惠王を厚賜して彼をして囘去らしめて、國於是安定す、是れ齊內史の謀劃なり。

孝武皇帝時,大行王恢數言擊匈奴之便,可以除邊境之害,欲絕和親之約,御史大夫韓安國以為兵不可動。孝武皇帝召群臣而問曰:"朕飾子女以配單于,幣帛文錦,賂之甚厚,今單于逆命加慢,侵盜無已,邊境數驚,朕甚閔之,今欲舉兵以攻匈奴,如何?"大行臣恢再拜稽首曰:"善。陛下不言,臣固謁之。臣聞全代之時,北未嘗不有強胡之故,內連中國之兵也,然尚得養老長幼,樹種以時,倉廩常實,守禦之備具,匈奴不敢輕侵也。今以陛下之威,海內為一家,天子同任,遣子弟乘邊守塞,轉粟挽輸,以為之備,而匈奴侵盜不休者,無他,不痛之患也。臣以為擊之便。"御史大夫臣安國稽首再拜曰:"不然。臣聞高皇帝嘗圍於平城,匈奴至而投鞍高於城者數所。平城之危,七日不食,天下嘆之。及解圍反位,無忿怨之色,雖得天下,而不報平城之怨者,非以力不能也。夫聖人以天下為度者也,不以己之私怒,傷天下之公義,故遣嬌敬結為私親,至今為五世利。孝文皇帝嘗一屯天下之精兵於常溪廣武,無尺寸之功。天下黔首,約要之民,無不憂者,孝文皇帝悟兵之不可宿也,乃為和親之約,至今為後世利。臣以為兩主之跡,足以為效,臣故曰勿擊便。"

孝武皇帝の時、大行王恢屢々匈奴を攻擊するの便利を講じて、以て邊境の害を除去す可く、和親の約を斷絕せんと想う、御史大夫韓安國以爲兵動かす可からずとす。孝武皇帝群臣を召して問う、「朕子女を修飾して以て單于に匹配して、幣帛文錦賄賂甚だ厚し、如今單于命令に違逆して怠慢を加えて、侵盜停止なく、邊境屢々驚を受く、朕甚だ憫惜す。如今兵を擧げて匈奴を攻めんと想う、如何」と。大行臣恢再拜叩頭して曰く、「好し。陛下説かざるとも、臣本來稟告せんと欲せり。臣聞く全代の時候、北面曾て強胡の緣故なかりしなく、內裏中國の兵を連ねて、可是還りて能く老幼を養い、種植時に按じて、倉廩常常充實して、守御の防備齊備して、匈奴敢えて輕易に侵せず。如今陛下の威を憑りて、海內一家と爲りて、天子同一委任して、子弟を派遣して邊に乘りて塞を守りて、總轉粟輓輸して以て防備を爲るも、而して匈奴侵盜停止せず、別のなし、是れ痛擊せざるの患。臣以爲攻擊便利なり」と。御史大夫臣安國叩頭再拜して曰く、「不對。臣聞く高皇帝曾て平城に於て圍せられて、匈奴到りて扔下する馬鞍城より高き好幾處有り。平城の危は、七天喫せず、天下歎息せり。圍を解きて位子に返回するに及びて、忿怨の神色なし。たとい天下を得るとも、而して平城の怨を報復せず、是れ因りて力能わざるにあらず。聖人是れ以て天下を度量と爲すの人、自己の私怒を用いて天下の公義を傷害せず、ゆえに劉敬を派して和親を結ばしめて、至今是れ五世の利なり。孝文皇帝曾て天下の精兵を以て一次常溪・廣武に屯して、尺寸の功なし。天下黔首・要約の民、憂えざるなし。孝文皇帝覺悟して兵久留す可からずを、於是和親の約を爲して、至今後世の利と爲る。臣以爲兩位の主の事迹足りて以て效驗と爲す、臣ゆえに攻擊せざるを便利と爲すと説く」と。

大行曰:"不然。夫明於形者,分則不過於事;察於動者,用則不失於利;審於靜者,恬則免於患。高帝被堅執銳,以除天下之害,蒙矢石,沾風雨,行幾十年,伏屍滿澤,積首若山,死者什七,存者什三,行者垂泣而倪於兵。夫以天下末力,厭事之民,而蒙匈奴飽佚,其勢不便。故結和親之約者,所以休天下之民。高皇帝明於形而以分事,通於動靜之時。蓋五帝不相同樂,三王不相襲禮者,非政相反也,各因世之宜也。教與時變,備與敵化,守一而不易,不足以子民。今匈奴縱意日久矣,侵盜無已,系虜人民,戍卒死傷,中國道路,槥車相望,此仁人之所哀也。臣故曰擊之便。"御史大夫曰:"不然,臣聞之,利不什不易業,功不百不變常,是故古之人君,謀事必就聖,發政必擇語,重作事也。自三代之盛,遠方夷狄,不與正朔服色,非威不能制,非強不能服也,以為遠方絕域,不牧之民,不足以煩中國也。且匈奴者,輕疾悍前之兵也,畜牧為業,弧弓射獵,逐獸隨草,居處無常,難得而制也。至不及圖,去不可追;來若風雨,解若收電,今使邊郡久廢耕織之業,以支匈奴常事,其勢不權。臣故曰勿擊為便。"

大行曰く、「不對。形に明白なるは、分辨すれば則ち事を超過せず;動に察するは、用いれば則ち利を失去せず;靜に審なるは、恬なれば則ち患を免る。高帝堅を披き銳を執りて、以て天下の害を除去して、矢石を蒙受して、風雨を沾いて、實行幾十年して、伏屍澤に滿ち、首を積みて山のごとくして、死する十分の七、存する十分の三して、行走の人淚を垂れ頭を低くして兵を看る。天下の末力・事を厭える民を憑りて、而して匈奴の飽逸を蒙受するは、其の勢便ならず。ゆえに和親の約を結ぶは、是れ以て天下民をして休息せしむるを用う。高皇帝形に明白して以て事を分辨し、動靜の時機に通達せり。大概五帝相樂を沿用せず、三王相禮を沿襲せず、是れ政治相反するにあらず、各々世の適宜に根據す。教時に隨りて變じ、防備敵に隨りて變化して、一成不變を守れば、以て民を撫育するに足らず。如今匈奴心意を放縱すること日子久しく、侵盜停止なく、人民を系虜し、戍卒死傷して、中國道路の上、殮を裝するの車子相望み、此れ是れ仁人の哀痛する所。臣ゆえに攻擊便利なりと説く」と。御史大夫曰く、「不對。臣聞く、利十倍に到らざれば事業を更換せず、功百倍に到らざれば常規を改變せず、此に因りて古代人君事を謀る一定聖人に就近して、政令を發布する一定話語を選擇す、是れ事を作るを看重せり。三代の盛より、遠方夷狄正朔服色に參與せず、是れ威以て制御す能わざるにあらず、是れ強以て降伏す能わざるにあらず、是れ以爲遠方絕域・牧養せざるの民、以て中國を煩勞するに足らず。況んや匈奴是れ輕捷悍銳の兵、畜牧を業と爲し、弧弓を以て射獵して、獸を追逐して草に隨りて、居處常規なく、制御し難し。到れば卽ち圖謀するに及ばず、去れば卽ち追う可からず;來るは風雨のごとく、解くるは電を收むるがごとし。如今邊郡をして長久耕織の業を廢棄せしめて、以て匈奴の常事を支應するは、其の勢權衡せず。臣ゆえに攻擊せざるを便利と爲すと説く」と。

大行曰:"不然。夫神蛟濟於淵,而鳳鳥乘於風,聖人因於時。昔者,秦繆公都雍郊,地方三百里,知時之變,攻取西戎,闢地千里,幷國十二,隴西北地是也。其後蒙恬為秦侵胡,以河為境,累石為城,積木為寨,匈奴不敢飲馬北河,置烽燧然後敢牧馬。夫匈奴可以力服也,不可以仁畜也。今以中國之大,萬倍之資,遣百分之一以攻匈奴,譬如以千石之弩,射潰疽,必不留行矣。則北發月氏,可得而臣也。臣故曰擊之便。"御史大夫曰:"不然。臣聞善戰者,以飽待飢,安行定舍,以待其勞,整治施德,以待其亂,接兵奮眾,深入伐國墮城,故常坐而役敵國,此聖人之兵也。夫沖風之衰也,不能起毛羽;強弩之末力,不能入魯縞。盛之有衰也,猶朝之必暮也,今卷甲而輕舉,深入而長驅,難以為功。夫橫行則中絕,從行則迫脅;徐則後利,疾則糧乏,不至千里,人馬絕飢,勞以遇敵,正遺人獲也。意者有他詭妙,可以擒之,則臣不知,不然未見深入之利也。臣故曰勿擊之便。"

大行曰く、「不對。神蛟淵に渡りて、而して鳳鳥風に乘ず、聖人時に根據す。從前、秦繆公雍郊に定都して、土地方圓三百里、時の變化を知りて、西戎を攻取して、地を開辟すること千里、十二國を兼倂して、隴西・北地卽ち是れ。後來蒙恬秦のため胡を侵して、河を以て境と爲して、石頭を堆積して城を爲り、木頭を堆積して寨を爲して、匈奴敢えて北河に於て馬を飲ませず、烽燧を設置して然る後敢えて馬を牧す。匈奴以て力を降伏す可く、以て仁を畜養す可からず。如今中國の大・萬倍の資を憑りて、百分の一を派遣して以て匈奴を攻むれば、比すれば千石の弩を以て潰爛の疽を射るがごとく、一定停留せず。則ち北面月氏を招來して、得て臣服す可し。臣ゆえに攻擊便利なりと説く」と。御史大夫曰く、「不對。臣聞く作戰を善くするは、飽を以て飢を等待し、安穩に行走し安定に舍止して、以て其の勞を等待し、整治して德を施して、以て其の亂を等待し、兵を交えて衆を奮わして、深く入りて國を伐ち城を堕して、ゆえに常常坐して敵國を役使す、此れ是れ聖人の兵なり。衝風衰落して、能く毛羽を揚起せず;強弩の末力、能く魯縞を穿入せず。盛衰有るは、卽ち朝一定暮有るがごとし。如今甲を卷起して輕易に擧動し、深く入りて長驅すれば、成功し難し。橫行すれば則ち中間斷えられ、從行すれば則ち脅迫せられ;慢なれば則ち利に落後し、快なれば則ち糧食缺乏して、千里に到らずして、人馬斷絕飢餓して、勞累して以て敵に遇うは、正好人に留められて擒獲せん。心別の詭妙有りて以て擒獲す可くと想う、則ち臣知らず;不然なれば、未だ深く入るの利を見ず。臣ゆえに攻擊する勿れを便利と爲すと説く」と。

大行曰:"不然。夫草木之中霜霧,不可以風過;清水明鏡,不可以形遯也;通方之人,不可以文亂。今臣言擊之者,故非發而深入也,將順因單于之慾,誘而致之邊,吾伏輕卒銳士以待之,險鞍險阻以備之。吾勢以成,或當其左,或當其右;或當其前,或當其後,單于可擒,百必全取。臣以為擊之便。"於是遂從大行之言。孝武皇帝自將師伏兵於馬邑,誘致單于。單于既入塞,道覺之,奔走而去。其後交兵接刃,結怨連禍,相攻擊十年,兵凋民勞,百姓空虛,道殣相望,槥車相屬,寇盜滿山,天下搖動。孝武皇帝后悔之。御史大夫桑弘羊請佃輪臺。詔卻曰:"當今之務,務在禁苛暴,止擅賦。今乃遠西佃,非能以慰民也。朕不忍聞。"封丞相號曰富民侯,遂不復言兵事。國家以寧,繼嗣以定,從韓安國之本謀也。

大行曰く、「不對。草木中間の霜霧は、風をして經過せしむ可からず;淸水明鏡は、形をして隱遁せしむ可からず;方略に通達する人は、以て文を擾亂す可からず。如今臣攻擊するを説くは、本來是れ出發して深く入るにあらず、將に單于の欲望に順って、邊境に引誘して、我ら輕卒銳士を埋伏して以て等待し、險阻を以て防備す。我らの勢已に成れば、或其の左に當たり、或其の右に當たり;或其の前に當たり、或其の後に當たらば、單于擒獲す可く、百發一定全取す。臣以爲攻擊便利なり」と。於是終に大行の話を聽從す。孝武皇帝自己師を率いて馬邑に於て兵を埋伏して、單于を引誘す。單于已に塞に入りて、路上に於て發覺して、奔走して離去す。此の以後兵を交え刃を接して、怨を結び禍を連ねて、互相いに攻擊十年して、兵凋敝し民勞苦し、百姓空虚して、路上餓死する相望み、殮を裝するの車子相繼ぎ、寇盜山に滿ちて、天下搖動す。孝武皇帝後悔す。御史大夫桑弘羊輪台に於て屯田を請求す。詔書卻りて曰く、「當今の事務は、務めて苛暴を禁止し、擅賦を停止す。如今竟に遠く西面に到りて屯田するは、是れ能く以て民を慰むるに用うるにあらず。朕忍びて聽かず」と。丞相を封じて號して富民侯と稱して、於是再び兵事を談ぜず。國家因りて安寧して、繼嗣因りて確定す、是れ韓安國本來の謀劃を聽從せり。

孝武皇帝時,中大夫主父偃為策曰:"古者諸侯地不過百里,強弱之形易制也。今諸侯或連城數十,地方千里,緩則驕,易為淫亂;急則阻其強而合從,謀以逆京師,今以法割之,即逆節萌起,前日晁錯是也。今諸侯子弟或十數,而適嗣代立,餘雖骨肉,無尺地之封,則仁孝之道不宣,顧陛下令諸侯得推恩,分子弟以地侯之,彼人人喜得所願,上以德施,實封其國,而稍自消弱矣。"於是上從其計,因關馬及弩不得出,絕遊說之路,重附益諸侯之法,急詿誤其君之罪,諸侯王遂以弱,而合從之事絕矣,主父偃之謀也。

孝武皇帝の時、中大夫主父偃策を爲して曰く、「古代諸侯地百里を超過せず、強弱の形容易く制御す。如今諸侯或くは城を連ねること幾十、土地方圓千里して、緩なれば則ち驕傲して、淫亂し易く;急なれば則ち強を依仗して合從して、謀劃して以て京師に違逆す。如今法を以て割削せば、則ち逆節萌芽興起す、前日晁錯卽ち是れ。如今諸侯子弟或くは十幾人有りて、而して嫡嗣位を替代する、其の餘雖然骨肉なれど、尺地の封なくば、則ち仁孝の道宣揚せず。願わくは陛下諸侯をして恩を推すを得せしめて、子弟に分給して土地封侯せしめば、彼ら人人喜悅して願う所を得て、上德を以て施予して、實際其の國を封じて、而して漸漸自己削弱せん」と。於是上其の計を聽從して、於是關卡馬と弩と出るを得ず、游說の路を斷絕して、諸侯に附益するの法を加重して、其の君を詿誤するの罪を加急して、諸侯王於是此に因りて弱くして、而して合從の事斷絕せり、是れ主父偃の謀劃なり。

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