剥卦(坤下艮上)
剝,爛也。剝者,落也,九月之卦也。五陰在下,一陽居上,陰盛陽孤,勢將剝落而盡,剝之義也。至高之山附著於地,有傾頹之勢,剝之象也。《序卦》:賁者飾也,致飾然後亨則盡矣,故受之剝,所以次賁。
《雑卦伝》は「剥」とはすなわち爛れるなりと言う。いわゆる「剥」とは剥落で、十二消息卦の中に於いて九月の卦に属す。五個の陰爻は下に在り、一個の陽爻は孤として上に懸る。陰気は極盛にして陽気は孤单で、眼看にまさに剥蝕し乾净に尽くさんとす。これがすなわち「剥」の含義である。極めて高き山は却って地上に貼附し、崩塌傾頽の勢有り。これがすなわち「剥」の取象である。《序卦伝》は言う。「賁」は文飾で、文飾が極致に到れば、亨通もまた尽頭に走り至る。だから賁卦の後は剥卦を以て接ぐ。これがすなわち剥卦が賁卦の後に排する道理である。
剝,不利有攸往。不利有攸往,言不可有所往,當儉德避難,所以為君子謀也。彖曰:剝,剝也,柔變剛也。不利有攸往,小人長也。順而止之,觀象也。君子尚消息盈虛,天行也。長,丁丈反。以卦體卦德釋卦名卦辭。剝者,陽剝也,所以剝之者陰也,五之陰上進而欲變乎上之一陽也。
剥卦の卦辞は言う。往く所有るに利ならず。いわゆる「不利有攸往」とは、冒然と行動すべからず、まさに才徳を収斂し禍難を避開すべしを言う。これは聖人が君子のために打算するなり。《彖伝》は言う。剥とはすなわち剥落で、陰柔が陽剛を改変する在り。往く所有るに利ならざるは、小人がまさに滋長するが因る。形勢に順従して時に適い停止するは、これは善く象を觀るなり。君子は消長盈虚の道理を推崇す。あれは天道の運行なるが因る。「長」は「丁丈反」と読み、滋長の意なり。この一段は「卦体」と「卦徳」とを以て卦名と卦辞とを解釈す。いわゆる「剥」とは、剥せらるるは陽で、来りてそれを剥するは陰なり。五個の陰爻は歩々上進し、上面のあの一個の陽爻をも変掉せんと要す。
以卦體言之,小人長也,陰邪之聲勢方張也;以卦象言之,內順外止,有順時而止之象,人當觀此象也。觀小人之時,時不可往;觀一卦之象,象自不往,所以不利有攸往。
卦体の上より講ずれば、「小人長也」なり。陰邪の声勢はまさに膨脹す。卦象の上より講ずれば、内卦の坤は順と為り外卦の艮は止と為る。時勢に順応して時に適い停住する象有り。人はまさにこの象を善く體察すべし。小人が道に当たる時勢を看清せば、便ち此の時は往くべからざるを知る。再びこの一卦の内順外止の象を看れば、本身就て往かざるの意なり。だから「不利有攸往」と言う。
消息者,盈虛之方始;盈虛者,消息之已成。消息盈虛四字皆以陽言:復者陽之息,姤者陽之消,乾者陽之盈,坤者陽之虛,此正陽消而將虛之時也。天行者,天道自然之運也,天運之使然,君子亦惟以是為尚,與天時行而已,既不可往,又豈往哉?君子二句,又推原不利有攸往之故。
「消」と「息」とは、盈虚が剛く開始する時である。「盈」と「虚」とは、消息がすでに完成した結果である。消・息・盈・虚のこの四字は皆陽に就いて言う。復卦の一陽初生は、陽の「息」なり。姤卦の一陰始生は、陽の「消」なり。乾卦の六陽は純全にして、陽の「盈」なり。坤卦の六陰は陽なきは、陽の「虚」なり。剥卦はまさに陽気が消退してまさに虚尽せんとする時である。「天行」とは、天道が自然に運転するを指す。すでに天運の然らしむるが如くなれば、君子もまたただこれを以て準則と為し、天時に随いて行うのみ。すでに往くべからざれば、またどうして往き去るを得んや。《彖伝》の最後に君子を講ずるこの両句は、進んで「不利有攸往」の根本縁由を追溯す。
象曰:山附於地,剝,上以厚下安宅。上,謂居民之上,一陽在上之象也;厚下者,厚民之生,省刑罰、薄稅斂之類也;宅者,上所居之位,非宅舍也,因艮體一陽覆幬於上,有宅舍之象,故以宅言之,所以上九亦以廬言者,以有廬之象也。厚下安宅者,言厚下而不剝下者,正所以自安其宅也,民惟邦本、本固邦寧之意。卦以下剝上取義,乃小人剝君子,成剝之義;象以上厚下取義,乃人君厚生民,則治剝之道也。
《大象伝》は言う。山は地上に貼附す。これがすなわち剥卦。上位に在る者はこれに由りて下民を厚く待ち自己の居位を安固にすべきを領悟す。「上」は百姓の上に居る人を指し、一陽が高く上位に居る象を取る。「厚下」とは、百姓の生計を丰厚ならしむること。例えば刑罰を減省し賦税を減軽する一類。「宅」は上に在る者の居る所の位置を指し、並びに真の房舎にあらず。艮体のあの一個の陽爻が上に覆蓋して屋宇の象有るが因りて、だから「宅」を借りて来りて言う。上九もまた「廬」の字を用い、同じくこの象を取る。「厚下安宅」とは、下民を厚く待ちて下民を剥削せざるを言う。まさに自己の位置をして安穏を得せしむるなり。すなわち《尚書》の「民惟邦本、本固邦寧」の意思である。卦義は下より上を剥るを以て取る。あれは小人が君子を剥蝕し、「剥」の含義を構成す。《大象》は却って上より下を厚くするを以て取る。あれは君主が百姓を厚養し、まさに剥落の世を整治する办法である。
初六:剝床以足,蔑貞吉。剝床以足者,剝落其床之足也。變震,足之象也。剝自下起,故以足言之。一陽在上,五陰列下,有宅象、廬象、床象。蔑者,滅也;蔑貞者,蔑其正道也,指上九也。方剝足而即言蔑貞,如履霜而知堅冰至也。
初六の爻辞は言う。床を剥落す。床脚より始む。正道を滅絶して凶有り(原刻は「吉」と作す)。いわゆる「剥床以足」とは、あの張の床の脚を剥掉す。初六が陽に変ずれば、則ち下卦の坤は震を成し、震は足と為す。まさに「足」の取象である。剥蝕は総じて最下面より開始す。だから「足」を以て言う。一個の陽爻は上に在り、五個の陰爻は下に排列す。整体はすでに屋宅に似て、また草廬に似て、また一張の床に似たり。「蔑」とはすなわち滅で、「蔑貞」は正道を滅絕す。指す所はまさに上九のあの一陽である。剛く床脚に剥り到れば便ち立刻に正道を滅絶するに説き及ぶ。まさに坤卦の初六の「履霜堅氷至」の如く、霜を踏めば便ち堅氷のまさに至らんを知る。
初六陰剝在下,有剝床以足之象。剝床以足,猶未見其凶,然其剝足之勢,不至蔑貞而不已,故戒占者如此,此聖人為君子危而欲其自防於始也。象曰:剝床以足,以滅下也。以滅下,則漸而上矣,見其端甚微,知其必有蔑貞之禍。
初六は陰爻を以て最下に於いて剥蝕す。だから床脚より剥り起こる象有り。単に床脚を剥掉するは、還って凶険を看出す能わず。しかしこの脚を剥る勢は一たび発動せば、滅絶正道に剥り到らざれば停まることなし。だから爻辞はこのように占者に告誡す。これは聖人が君子のために擔憂し、彼が事情が剛く頭を起こす時に於いて自ら防備を加えんことを希望す。《小象伝》は言う。床を剥落して床脚より始むるは、下面より先に滅り起こるなり。すでに下面より滅り起これば、便ち一歩一歩に上に向かい蔓延せん。苗头は極めて細微なると雖も、しかしすでに必ず正道を滅絶するの禍有るを知る。
六二:剝床以辨,蔑貞凶。辨者,床之乾也,不曰乾而曰辨者,謂床之下、足之上分辨處也。蔑貞同初。象曰:剝床以辨,未有與也。與者,陽也。凡爻中,陽以應陰,陰以應陽,方謂之應,相比亦然。二本陰爻,有陽爻之應,或有陽爻之比,則有與矣。今比乎二者初也,初陰也;應乎二者五也,五亦陰也。前後左右皆無應與之陽,則上九乃孤陽矣,豈不蔑貞?故初知其蔑貞,而二亦知其必有此凶也。
六二の爻辞は言う。床を剥落し、床身と床脚とが交接する処に剥り到る。正道を滅絕す。凶険。「辨」は床の軀幹の部分を指す。直接「乾」と言わずして「辨」と言うは、それがまさに床身の下・床脚の上に在りて、両者の分界の処なるが因る。「蔑貞」の含義は初六と相同じ。《小象伝》は言う。床を剥落して交接の処に到るは、まだ支援有らざるなり。「与」は陽爻を指す。凡そ爻位の中に、陽と陰とが相応じ陰と陽とが相応ずるをこそ「応」と言い作す。相鄰り比附するもまた同じ道理なり。六二はもともと陰爻で、もし上に陽爻有りてそれと相応じ、或いは旁らに陽爻有りてそれと相比せば、便ち援助有りと算す。如今六二と相比するは初六で、初六は陰なり。六二と相応ずるは六五で、六五もまた陰なり。前後左右に呼応支援すべき陽爻なし。すなわち上九は便ち一個の孤零零たる陽と成る。どうして滅絶せられざるを得ん。だから初六の一爻はすでに正道を滅絶せんを預知し、六二のこの一爻は更に必定してこのような凶険を招来するを知る。
六三:剝之無咎。三雖與上九為正應,不可言剝,然在剝卦之中,猶不能離乎剝之名。語助辭。眾陰方剝陽而三獨與之為應,是小人中之君子也,去其黨而從正,雖得罪於私黨,而見取於公論,其義無咎矣,占者如此,故無咎。
六三の爻辞は言う。剥落の中に処りて過錯なし。六三は上九と正応なると雖も、もともとそれが陽を剥ると言うべからざれども、それの身は剥卦の中に在りて、終竟一個の「剥」の字を脱け開く能わず。「之」はここに語助詞なり。衆陰はまさに合力して陽爻を剥蝕す。唯だ六三はあの一陽と相応ず。これは小人の堆裏の君子なり。彼は自己の同党を離れて正道に帰従す。私党の罪を得罪すると雖も、しかし公論の嘉許する所と為る。義理に按ずれば過錯なし。占者がもしこの種の処境なれば、だから咎なし。
剝以近陽者為善,應陽者次之:近陽者六五是也,故無不利;應陽者此爻是也,故無咎。呂氏家賤,惡莫大焉。象曰:剝之無咎,失上下也。上下謂四陰,三居四陰之中,不與之同黨,而獨與一陽為應與,是所失者上下之陰,而所得者上九之陽也。惟其失四小人,所以得一君子。
剥卦の通例は、陽爻に貼近するを以て最好と為し、陽爻と相応ずるは次の一等なり。陽爻に貼近するは六五で、だから爻辞は「无不利」と言う。陽爻と相応ずるは便ちこの一爻で、だからただ「无咎」と言うのみ。原注は呂氏の説を引き、身は小人の家に在りて同流に甘んずるは、これより大なる悪なしと謂う。《小象伝》は言う。剥落の中に処りて咎なきは、上下の同類を失えればなり。「上下」はその余の四個の陰爻を指す。六三は四陰の中に夾まるも、しかし彼らと結党せず、独り独りあの一個の陽爻と応与を結成す。だから失う所は上下の陰で、得る所は上九の陽なり。まさに四個の小人を失掉したるがゆえに、こそ一個の君子を得着せり。
六四:剝床以膚凶。初足、二辨、三床之上,四乃上體,居床之上,乃床上人之膚也。剝床而及其肌膚,禍切身矣,故不言蔑貞而直曰凶。象曰:剝床以膚,切近災也。言禍已及身而不可免也。
六四の爻辞は言う。床を剥落してすでに人の肌膚に剥り到る。凶険。初六は床脚で、六二は床身の交接の処で、六三はすでに床面の上に在り、六四は則ち上卦に進入して床面の上に居る。あれはすなわち床の上に躺在床上の人の肌膚なり。床を剥りて人の肌膚に剥り到れば、災禍はすでに身に切なり。だから爻辞は再び「蔑貞」と言わず、而して直截了当に「凶」と言う。《小象伝》は言う。床を剥りて肌膚に剥り到るは、災禍はすでに身辺に逼近せり。これは禍患がすでに身に臨み、躲げ掉る能わざるを言う。
六五:貫魚以宮人寵,無不利。五正彖辭所謂順而止之也。貫魚者,魚之貫串而相次以序,五陰列兩旁之象也。本卦大象巽,此爻變巽,巽有魚象,詳見中孚;巽為繩,貫之象也。以者,后妃以之也,五君位,為眾陰之長,故可以以之。魚,陰物;宮人,眾妾,乃陰之美而受制於陽者;艮錯兌為少女,宮人之象也。以宮人寵者,統領宮人以次上行,進御而獲其寵也。
六五の爻辞は言う。一串の魚の如く宮人を帯領して往きて恩寵を承受す。不利なる何物かなし。六五はまさに《彖伝》の言う所の「順而止之」のあの一爻である。いわゆる「貫魚」とは、魚を把って縄を以て一串に穿して依次に排列す。五個の陰爻が依序に排列する象を取る。本卦の整体の大象は巽に似て、此の爻が陽に変ずれば上卦の艮は巽を成す。巽は魚の象を含有す。詳しくは中孚卦に見る。《説卦伝》はまた巽を縄と為すと講ず。まさに「貫」の取象である。「以」は后妃が彼女らを率領す。六五は君位に居り、また衆陰の長なり。だから率領する資格有り。魚は陰物に属す。宮人は衆多の姫妾で、陰の美好にして陽に受制する一類なり。上卦の艮の錯卦は兌と為し、兌は少女と為す。まさに「宮人」の取象である。「以宮人寵」とは、宮人を統領して依次に上行し、君の前に進御して恩寵を獲得す。
一陽在上,五率其眾陰,本卦原有此象;且內順外止,本卦原有此德。陰順則能從乎陽,艮止則必不剝陽矣。無不利者,陰聽命於陽,乃小人聽命於君子也,故無不利,非程傳別設義之說。六四以剝其膚而凶,至六五陰長陽消之極矣,然本卦順而且止,故陰不剝陽,有貫魚以宮人寵、反聽命於陽之象,此小人之福而君子之幸也,故占者無不利。象曰:以宮人寵,終無尤也。五以陰剝陽,今率其類以聽命於陽,有何過尤?
一個の陽爻は上に在り、六五は衆陰を率領してそれに向かい進御す。本卦はもともとすなわちこの象を含有す。しかも内卦は順・外卦は止で、本卦はもともとすなわちこのような卦徳を具備す。陰はすでに柔順なれば、便ち能く陽に順従す。艮はすでに止息なれば、便ち必定して往きて陽を剥蝕せず。「无不利」と言うは、陰は陽に聴命す。すなわち小人は君子に聴命するなり。だから不利なる何物かなし。並びに《程氏易伝》が新義を別立するあの種の講法にあらず。六四はすでに肌膚に剥り到りて凶にして、六五に到れば則ち陰長じ陽消する極点に到れり。しかし本卦はすでに順にして且つ止なれば、だから陰は終竟あの一陽を剥掉せず、反って魚を穿して串を成し宮人を率領して寵を承け、頭を回らして陽に聴命する象有り。これは小人の福気で、もまた君子の僥倖なり。だから占者は不利なる所なし。《小象伝》は言う。宮人を率領して恩寵を承受するは、終竟過失なし。六五はもともと陰を以て陽を剥るなり。如今は却って自己の同類を帯びて来りて陽に聴命す。還って何の過失の言うべき有らん。
上九:碩果不食,君子得輿,小人剝廬。碩果者,碩大之果,陽大陰小,碩之象也;艮為果,果之象也;不食者,在枝間未食也。諸陽皆消,一陽在上,碩果獨在枝上之象也。此爻未變,艮錯兌為口,猶有可食之象;此爻一變則為坤而無口矣,不食之象也。果碩大不食,必剝落朽爛矣,故孔子曰剝者爛也。果剝落朽爛於外,其中之核又復生仁,猶陽無可盡之理,窮上反下,又復生於下也。
上九の爻辞は言う。碩大の果実は喫食せられず。君子は車輿を得、小人は自己の廬舎を拆毀す。いわゆる「碩果」とは、また大にして飽満の果子なり。陽は大と為し陰は小と為す。一陽は上に居る。まさに「碩」の取象である。《説卦伝》は艮を果蓏と為すと講ず。「果」の取象である。「不食」とは、果子は還って枝頭に掛りて摘食せられざるなり。衆陽は皆すでに消尽し、ただこの一個の陽爻を剩して上に在る。正に一只の大果が孤零零として枝頭に留まるが如し。此の爻が未だ変ぜざる時は、艮の錯卦は兌で、兌は口と為す。還って食すべき象有り。此の爻が一変すれば、上体は便ち坤を成し、口有ることなし。まさに「不食」の取象である。果子は太だ大にして人の食うなく、必定して剥落して腐爛す。だから孔子は《雑卦伝》に於いて「剥者は爛なり」と言う。果実は外面に於いて剥落して朽爛するも、裏面の核仁は却ってまた能く重新に生発す。まさに陽気は剥尽せられざるの理の如し。最上に走り至れば便ち最下に返回し、重新に下面より生出す。
輿者,物賴之以載,猶地之能載物也,變坤,坤為大輿,輿之象也。一陽復生於地之下,則萬物皆賴之以生,此得輿之象也。廬者,人賴之以覆,猶天之能覆物也,五陰為廬,一陽蓋上,為廬之椽瓦,今一陽既剝,剝則陰矣,故曰小人。下一畫新生,此反下也,故曰得,得則陽矣,故曰君子。
「輿」は万物が頼りて以て承載する所の物で、大地が能く万物を承載するに比す。上九が陰に変ずれば上卦は坤を成し、《説卦伝》は坤を大輿と為すと講ず。まさに「輿」の取象である。一個の陽爻が重新に地の下に生ずれば、万物は便ち皆それに頼りて生長す。これが便ち「得輿」の取象である。「廬」は人が頼りて以て遮蓋する所の物で、上天が能く万物を覆蓋するに比す。五個の陰爻は廬舎の墙体で、一個の陽爻が上に蓋うは、すなわち廬舎の椽子と瓦なり。如今この一陽は剥掉せられ、剥掉せられれば便ち純に是れ陰なり。だから「小人」と言う。而して下面に新たに一画の陽を生出す。これは「窮上反下」で、だから「得」と言い、得は則ち陽なり。だから「君子」と言う。
蓋陽剝於上,則必生於下;生之既終,則必剝於上。未剝之先,陽一畫在上,故其象似廬;既剝之後,陽生於下,則上一畫又在下矣,故其象似輿。諸陽消剝以盡,獨上九一爻,故有碩果不食之象。今上九一爻既變,則純陰矣,然陽無可盡之理,既剝於上,必生於下者,有君子得輿而為民所載之象;剝於上者,有小人剝廬、終無所用之象。占者得此,君子小人當自審矣。象曰:君子得輿,民所載也;小人剝廬,終不可用也。民所載者,民賴之以承載也;廬所賴以安身者也,今既剝矣,終何用哉?必不能安其身矣。國破家亡,小人無獨存之理。載字從輿字上來,不可用從剝字上來。
知るべし。陽は上に在りて剥掉せられれば、必定してまた下面より生出す。生長は尽頭に到れば、また必定して上面より剥掉せらる。未だ剥れざる前は、一画の陽は最上に横たわる。だからその形は廬舎に似たり。剥落した後は、陽は下面より生起し、原先のあの一画の陽は便ち最下に転到す。だからその形は車輿に似たり。衆陽は消剥し殆ど尽き、ただ上九の一爻を剩す。だから碩果が枝頭に留まりて人の摘食するなき象有り。如今上九が一変すれば、全卦は便ち純陰と成る。しかし陽は剥尽せられざる道理は、すでに上面より剥落せば、必定して下面より再生す。これは便ち君子が車輿を得て百姓の擁戴する所と為る象有り。而して上に於いて剥落するは、則ち小人が廬舎を拆毀して終竟一つとして用うる所なき象有り。占者が此の爻を得れば、是れ君子か是れ小人か、まさに自ら善く省察すべし。《小象伝》は言う。君子が車輿を得るは、百姓の載する所と為るなり。小人が廬舎を拆毀するは、終竟任用すべからざるなり。「民所載」とは、百姓は彼に依靠して以て自己を承載す。廬舎はもともと人が頼りて以て身を安んずる所なり。如今すでに拆毀したれば、還って何の用有らん。必定して自身を連ねても安頓し得ず。国破れ家亡くるの際は、小人は絶えて独り保全する道理なし。「載」の字は「輿」の字の上より生出せるなり。「不可用」は「剥」の字の上より生出せるなり。
復卦(震下坤上)
復。震下坤上。復,反也。 復者,來復也。自五月一陰生後,陽一向在外,至十月變坤。今冬至復來,反還於內,所以名復也。《序卦》:「物不可以終盡剝,窮上反下,故受之以復。」所以次剝。
《復》卦は、下卦は震・上卦は坤で、六爻は下より上に向かい一陽五陰と為す。《雑卦伝》は「復は反なり」と言う。「復」とはすなわち返回である。いわゆる「復」とは、陽気が去りて復た来るを指す。五月の《姤》卦の一陰が始生した以後より、陽気は便ち一路に卦の外に逼せられ、十月の《坤》卦の六爻が純陰に到れば、陽気は全数卦の外に退く。如今冬至が一たび至れば、陽気は重新に回来り、卦の内に返還す。だからこの一卦は名を取って「復」と為す。《序卦伝》は言う。「万物は剥落して窮尽に到る能わず。剥は上爻に到りて窮極すれば便ち反転して下面に於いて重新に生起す。だから《剥》卦の後に接ぐるは《復》卦なり。」これがすなわち《復》卦が《剥》卦の後に排する縁故である。
復:亨。出入無疾,朋來無咎。反復其道,七日來復。利有攸往。 先言出而後言入者,程子言「語順」是也。出者,剛長也;入者,剛反也;疾者,遽迫也。言出而剛長之時,自一陽至五陽,以漸而長,是出之時未嘗遽迫也。入而剛反之時,五月一陰生,九月之剝猶有一陽,至十月陽變、十一月陽反,以漸而反,是入之時未嘗遽迫也。
《復》卦の卦辞は言う。亨通す。陽気は出去り進入るも皆急迫の病害なし。同類は相牽れて来るも過錯なからん。往返は皆それの固有の道路に循い、七個の階段を経れば陽気は便ち一たび返回す。往く所有るに宜し。卦辞は先に「出」を言い後に「入」を言う。程頤の《伊川易伝》はこのようにすれば「語順」なりと言う。この話は是なり。「出」は陽剛が上に往きて生長するを指し、「入」は陽剛が卦内に返回するを指し、「疾」は急迫逼促を指す。陽気が外に出でて生長するこの一面に就いて言えば、《復》の一陽より、《臨》の二陽・《泰》の三陽・《大壮》の四陽を歴て、《夬》の五陽に到るまで、これは一歩一歩に慢々と長じ起これるなり。「出」の時は曽て急迫せざるを見るべし。陽気が返入するこの一面に就いて言えば、五月の《姤》卦の一陰始生より、九月の《剥》卦の上爻に到れば還って一陽を留め、十月の《坤》卦に於いてこの一陽はこそ変尽し、十一月の《復》卦に於いてこの一陽はまた反回来る。同じく一歩一歩に慢々と返回せるなり。「入」の時もまた曽て急迫せざるを見るべし。だから卦辞は「出入无疾」と言う。
朋者,陰牽連於前,朋之象也。故豫卦、損卦、益卦、泰卦、咸卦,皆因中爻三陽三陰牽連,皆得稱朋也。自外而之內曰來。言陰自六爻之二爻,雖成朋黨而來,然當陽復之時,陽氣上行,以漸而長,亦無咎病也。復之得亨者,以此。
「朋」は陰爻が一個接一個に牽連して群を成す象を取る。《復》卦の上面の五個の陰爻は一片に連る。まさに朋党の象である。だから《豫》卦の九四は「朋盍簪」と言い、《損》卦の六五と《益》卦の六二は「十朋之亀」と言い、《泰》卦の九二は「朋亡」と言い、《咸》卦の九四は「朋従爾思」と言う。此の幾卦の爻辞は皆「朋」の字を用上る。その原因是、彼らの「中爻」——すなわち二・三・四爻と三・四・五爻との互体の成る所の両個の三画卦を取る——は合わせてまさに三陽三陰の彼此牽連して群を成すなり。卦の外より卦の内に進入るを「来」と言い作す。ここに説くは、陰爻は上六より一直に六二に排し、朋党を結成して圧し来ると雖も、しかし一陽の来復の時にまさに当たり、陽気は下より上に往きて行き一歩一歩に生長すれば、もまた災病を招来せざるなり。《復》卦の亨通する能う所以の道理は、便ちここに在る。
道猶言路,言剛反而復之道路也。七日來復者,自姤而遯、否、觀、剝、坤、復,凡七也,即七日得之意。蓋陽極於六,陰極於六,極則反矣,故七日來復也。無疾咎者,復之亨也;七日來復,復之期也;利有攸往,復之占也。
「道」は道路と言うに如し。陽剛が返回し復帰するに走るあの条の路を指す。いわゆる「七日来復」とは、五月の《姤》卦より数え起こし、《遯》《否》《觀》《剥》《坤》を経て《復》に到る。恰好七卦なり。《既済》の六二の「婦はその茀を喪う、逐う勿れ、七日に得ん」と言う所の「七日」と同一個の意思である。一卦は六位にして、陽は最多く六に到り陰もまた最多く六に到る。極点に到れば便ち反転せんと要す。だから七日に陽気は便ち一たび返回すと言う。「出入无疾、朋来无咎」が講ずるは《復》卦が亨通する所以なり。「反復其道、七日来復」が講ずるは陽気が来復する期限なり。「利有攸往」は則ち《復》卦の占断の辞である。
大抵姤、復之理,五月一陰生為姤。一陰生於內,則陽氣浮而在外矣。至於十月坤,陰氣雖盛,而陽氣未嘗息也,但在外耳。譬之妻雖為主,而夫未嘗亡。故十一月一陽生,曰剛反。反者,言反而歸之於內也。十一朋陽生而復,一陽生於內,則陰氣浮而在外矣。至於四月乾,陽氣雖盛而陰氣未嘗息也,但在外耳。譬之夫雖為主,而妻未嘗亡。故五月一陰復生。天地雖分陰陽,止是一氣,不過一內一外而已。一內一外,即一升一沉、一盛一衰、一代一謝也。消息盈虛,循環無端,所以言剝言復。
大略して言えば、《姤》《復》の両卦の道理はこのようなものである。五月に一陰は下に始生して、《姤》卦を成す。一陰は卦内に生ずれば、陽気は便ち卦の外に浮き去る。十月の《坤》卦に到れば、陰気は極盛なると雖も、陽気は並びに止息せず。ただ外面に退くのみ。打ち方を譬えば、家裏に妻子が家を當りて主を為すが如く、丈夫は並びに死去せざるなり。だから十一月に一陽は来りて生ず。《彖伝》はそれを「剛反」と称す。「反」とはすなわち返回して裏面に帰る。(原文は「十一朋」、「朋」はまさに「月」の字の誤なり。)十一月に陽気は生じて《復》卦を成す。一陽は卦内に生ずれば、陰気は便ち卦の外に浮き去る。四月の《乾》卦に到れば、陽気は極盛なると雖も、陰気もまた並びに止息せず。ただ外面に退くのみ。打ち方を譬えば、家裏に丈夫が家を當りて主を為すが如く、妻子は並びに死去せざるなり。だから五月に一陰はまた重新に生起す。天地は陰陽の両端を分出すと雖も、実はただ同一股の気で、不過一個は内に在り一個は外に在るのみ。一内一外は、すなわち一升一沈・一盛一衰・一去一来なり。陽は消し陰は息し、盈満して虧虚す。循環して往復し起点なく終点なし。だから《易》は《剥》《復》の両卦を立てて以てそれを説明せんと要す。
彖曰:復,亨。剛反,動而以順行,是以出入無疾,朋來無咎。反復其道,七日來復,天行也。利有攸往,剛長也。復,其見天地之心乎! 以卦德、卦體釋卦辭而贊之。「剛反」對「剛長」。反者,言剝之剛窮上反下而為復也;長者,言復之剛自下進上,歴臨、泰而至於乾也。以其既去而來反也,故亨;以其既反而長也,故利有攸往。剛反,言方復之初;剛長,言已復之後。
《彖伝》は言う。《復》卦が亨通するは、陽剛が返回するに因る。内卦は震動して外卦は坤順なり。時勢に順いて動くなり。だから陽気は出去り進入るも皆急迫の病害なく、陰類は相牽れて来るも過錯なからん。往返は固有の道路に循い、七個の階段に陽気は便ち一たび返回す。これは天道の自身の運行なり。「利有攸往」は、陽剛がまさに生長するが因る。《復》卦は、大概便ちここより天地が万物を生養する本心を見るを得べしや。これは卦徳(下の震は動を主とし上の坤は順を主とす)と卦体(一陽は下に在五陰は上に在り)とを以て卦辞を解釈し、加えて讃嘆す。「剛反」は「剛長」に対して言う。「反」は、《剥》卦のあの一点の陽剛が上爻に於いて窮極した後に最下面に返還して《復》卦と成ったを指す。「長」は、《復》卦のこの一点の陽剛が下より上に推進して《臨》《泰》を経て一路《乾》卦に長じ到るを指す。陽剛はすでに離去してまた返回するに因りて、だから「亨」と言う。すでに返回してしかも還って生長し続けんと要するに因りて、だから「利有攸往」と言う。「剛反」が説くは剛く来復する初めで、「剛長」が説くはすでに来復した後なり。
行亦動也。言下體雖震動,然上體乃坤順,以順而動,所以出入往來,無疾無咎。天行者,陰陽消息,天運之自然也,故反復其道,七日來復。陽剛用事,君子道長,所以利有攸往。見天地之心者,天地無心,生之不息者,乃其心也。剝落之時,天地之心,幾於息矣;今一陽來復,可見天地生物之心,無一息之間斷也。
《彖伝》の「動而以順行」の「行」とは、すなわち「動」なり。説くは《復》卦の下体は震で、性は動を主とし、上体は坤で、性は順を主とす。柔順の徳を以て動けば、だから陽気は出去り進入り往復して已まず、皆急迫の病害なく、もまた過錯なからざるなり。いわゆる「天行」とは、陰陽の消退と生息とはもともと天道が運転する自然の節律を指す。だから陽気はこそ固有の道路に循い往返して、七個の階段に一たび返回す。此の時は陽剛はまさに権を當り事を用う。君子の道はまさに生長す。だから「利有攸往」と言う。いわゆる「見天地之心」とは、天地はもともと一個の意有りて造作する心なく、それは生々して息まず永遠に停歇せず。あれは便ちそれの心なり。《剥》卦の陽気が剥落してまさに尽きんとする時は、天地のこの点の生意は幾ほど熄灭せんと欲せり。如今一陽は来復し、まさに天地が万物を生養する心は従来一息も中断したることなしを看出すべし。
象曰:雷在地中,復。先王以至日閉關,商旅不行,后不省方。 一陽初復,萬物將發生之時,當上下安靜,以養微陽。商旅不行者,下之安靜也;后不省方者,上之安靜也。人身亦然,《月令》「齋戒掩身」是也。
《大象伝》は言う。雷は地中に潜蔵す。これがすなわち《復》卦の象なり。先王はそれに取法し、冬至のこの一日に於いて関口を閉鎖し、商人旅客は出行せず、君主もまた四方に到りて巡視せず。一陽は剛く回復し、まさに万物の萌発せんと欲する時なり。上上下下は皆安静を保持して以てこの一点の微弱の陽気を涵養すべし。「商旅不行」は下に在る者の安静で、「后不省方」は上に在る者の安静なり。人の身体もまた同じ道理なり。《礼記・月令》は仲冬の月を講じて「君子は斎戒して、処れば必ず身を掩う」と言う。説くはまさにこの事なり。
以卦體論:陰爻貫魚,商旅之象;陽爻橫亙於下,閉關之象;陽君不居五而居初,潛居深宮,不省方之象。以卦象論:震為大塗,中開火路,旅之象;坤為眾,商旅之象;震綜艮,艮止不行之象;闔戶為坤,閉關之象;坤為方,方之象。
卦体の上より看れば、五個の陰爻は一条一条に行列を排成す。まさに《剥》卦の六五の言う所の「貫魚」の如く、商旅が隊を結して行く象なり。あの一画の陽爻は最下面に横亘し、一根の横木が門戸を閂住するが如し。「閉関」の象なり。もともと九五の君位に居るべき陽爻は却って初爻に屈居す。君主が深く宮中に蔵れて出でざるに如同し。「不省方」の象なり。卦象の上より看れば、《説卦伝》は震を大路と為すと言う。震卦は一陽は下に横たわり二陰は中間に断開す。まさに当中に一条の通道を開出する様子なり。行旅の象なり。坤は衆多と為し、群を成し隊を結す。商旅の象なり。震卦を整个倒転せば便ち艮と成る。これがまさに来氏の言う所の「綜卦」で、艮の徳性は停止なり。「不行」の象なり。《系辞伝》は「闔戸を坤と謂う」と言う。門を閉ずればすなわち坤なり。「閉関」の象なり。坤はまた方と為す。正に「省方」の「方」の象に合す。
初九:不遠復,無祗悔,元吉。 不遠者,失之不遠也。祗者,適所以之辭。適者,往也,至也。人有過失,必至徵色發聲而後悔悟,此則困心衡慮者也。惟自此心而失之,又自此心而知之善,無至於悔之象,大善而吉之道也,故其占如此。 象曰:不遠之復,以修身也。為學之道無他,惟知不善,則速改以從善而已。復則人慾去而天理還,修身之要,何以加此。
初九の爻辞は言う。歩み錯ること還って遠からざれば便ち返回来る。悔恨を生出するに至らず。大いに吉善。「不遠」とは迷失すること還って遠からざるを説く。「祗」はここに「適」に等しく、「到・及ぶ」を表示する用詞なり。「適」とはすなわち往、すなわち到なり。一般の人は過失有れば、往往として顔色の変じ声気の発し苦しみを喫足るに到りて、こそ醒悟して悔る。これがすなわち《孟子・告子下》の言う「心に困み慮に衡せられて、而して後に作す」のあの一類の人である。初九は却って然らず。過失はただこの一念の心の上より生出し、随いてまたこの一念の心の上よりその中の善と不善とを察知す。だから「悔を生ずるに至らず」の象有り。これは大善にして吉の路数である。ここに此の爻を占得するの断語はこのようである。《小象伝》は言う。歩み錯ること遠からざれば返回すは、以て身を修めるなり。学問を為すに別の門路なく、ただ一たび自己の不善を知れば、便ち趕緊に過を改め転じて善に従うのみ。一たび返回すれば、人欲は便ち退去り天理は便ち回来る。身を修める要領はこれより切要なるなし。
六二:休復,吉。 休者,休而有容也,人之有善,若已有之者也。以其才位皆柔,又變悅體,所以能下其初之賢而復。 六二柔順中正,近於初九,見初九之復而能下之,故有休復之象,吉之道也,故其占如此也。 象曰:休復之吉,以下仁也。復初爻本碩果不食,窮上反下,其核又生仁,所以取此仁字。復禮為仁,初陽復,即復於仁也,故曰以下仁。
六二の爻辞は言う。美善寛容にして返回す。吉祥。「休」は安美にして能く人を容る。別人に善有れば、便ち自己に善有るが如く歓喜す。六二は才質は柔に属し居る所の位もまた柔に属す(陰爻は陰位に居る)。しかもこの一爻は陰より陽に変じた後は、下卦の震(☳)は便ち兌(☱)に変成し、兌の徳性は喜悦なり。だからそれは能く身段を放低し、初九のこの位の賢者に親附して正道に返回す。六二は柔順にしてまた中に居りて位に当たり、緊く初九に挨ぎ、初九の能く返回するを見れば、便ち肯んじてその下に屈居す。だから「休復」の象有り。これは吉祥の路数で、此の爻を占得するの断語は便ちこのようである。《小象伝》は言う。休復の吉祥は、能く仁者の下に屈居すればなり。《復》卦の初爻は、もともとすなわち《剥》卦の上九の「碩果不食」のあの一点の陽なり。剥は上爻に到りて窮極すれば便ち反転して下面に到り、果核の裏にまた「仁」(果仁)を生出す。だから孔子はここに於いてこの「仁」の字を取用す。《論語・顔淵》は「己に克ち礼に復るを仁と為す」と言う。初九の一陽来復は、すなわち仁に復帰するなり。だから「以下仁」と言う。
六三:頻復,厲,無咎。 頻者,數也。三居兩卦之間,一復既盡,一復又來,有頻之象,與頻巽同。頻復者,頻失而頻復也。厲者,人心之危也;無咎者,能改過也。不遠之復者,顏子也;頻復則日月一至,諸子也。
六三の爻辞は言う。屡々足を失してまた屡々返回す。危険有るも、過錯なからん。「頻」は屡次・頻数の意である。六三はまさに下卦の震と上卦の坤とが交接する処に処り、一次の返回は剛く完り、一次の返回はまた来る。だから「頻」の象有り。《巽》卦の九三の「頻巽」の取象と相同じ。「頻復」とはすなわち屡屡失いまた屡屡返回す。「厲」は人心が危殆不安の中に処るを指す。「无咎」は彼が終竟還って能く改過するを説く。歩み錯ること遠からざれば返回するは、顔回の如き人なり。屡失し屡復し隔る一月或いは隔る一日にしてこそ能く仁に到るは、孔門のその余の弟子の如き人なり——《論語・雍也》のいわゆる顔回は「三月仁に違わず、その余は則ち日月の至るのみ矣」。
六三以陰居陽,不中不正,又處動極,復之不固,故有頻失頻復之象。然當復之時,既失而能知其復,較之迷復者遠矣,故當頻失之時,雖免危厲,而至於復,則無咎也,故其占如此。 象曰:頻復之厲,義無咎也。此言頻復而又頻失,雖不免於厲,然能改過,是能補過矣,揆之於義,故無咎。
六三は陰爻を以て陽位に居り、すでに中に居らず位に当たらず、還って下卦の震の「動」の最上端に処り、動きて能く自ら止まらず。だから返回すること牢固ならず。因りて屡失屡復の象有り。不過まさに陽気の来復の時に当たり、すでに迷失するも仍として返回を知る。上六のあの種の「迷復」に比ぶれば強きこと遠し。だから屡屡に足を失する当口に於いては、危厲を免れ難きと雖も、しかしただ終竟能く返回すれば、便ち過錯なからん。此の爻を占得するの断語は便ちこのようである。《小象伝》は言う。頻復の危厲は、道理の上より講ずれば過錯なからざるなり。これは屡屡返回してまた屡屡足を失し、危厲を免れ難きと雖も、しかし畢竟能く改過すを説く。能く改過すれば、便ち能く過を補うなり。道理に按じて衡量すれば、だから「无咎」と言う。
六四:中行獨復。 中行者,在中行也。五陰而四居其中,中之象也。凡卦三四皆可言中,益卦三四皆言中行是也。此爻變震,應爻亦震,震為足,行之象也。獨復者,不從其類而從陽也,故孔子以從道象之。
六四の爻辞は言う。衆陰の当中を走りて独自に返回す。「中行」とは中間を走るを説く。《復》卦の上面の五個の陰爻は、六四は恰好この五陰の正中に居る(上下は各々両個の陰爻有り)。「中」の象なり。凡そ一卦は、第三爻と第四爻とは皆「中」と称すべし。《益》卦の六三・六四の爻辞が皆「中行」を講ずるは便ち明証なり。六四のこの一爻は陰より陽に変ずれば、上卦の坤(☷)は便ち震(☳)を成す。而してそれと相応ずる初九は、在る所の下卦はもともとすなわち震なり。《説卦伝》は震を足と為すと言う。足は能く行走す。だから「行」の象なり。「独復」はそれが自己の同類(その余の四個の陰爻)に跟従せずして、偏えに去りて陽剛に随従するを説く。だから孔子は《小象伝》の裏に於いて「従道」を以て象を取りてそれを説明す。
六四柔而得正,在群陰之中,而獨能下應於陽剛,故有中行獨復之象。曰獨復,則與休者等矣,蓋二比而四應也。 象曰:中行獨復,以從道也。初之象曰以修身也,二曰仁,四曰道。修身以道,修道以仁,仁與道,皆修身之事。二比而近,故曰仁;四應而遠,故曰道。小象之精極矣。
六四は陰爻にして陰位に居り、柔順にして位に当たり、身は一群の陰爻の当中に処るも、しかし独り独り能く下に向かい陽剛の初九に相応ず。だから「中行独復」の象有り。すでに「独復」と言えば、それの品第は便ち六二の「休復」と相当す——分別はただ六二は緊く初九に挨ぐは「比」に属し、六四は隔るること遠きは「応」に属するに在るのみ。《小象伝》は言う。衆陰の当中を走りて独自に返回するは、正道に随従すればなり。初九の《小象》は「以修身」と言い、六二は「仁」と言い、六四は「道」と言う。《中庸》は「身を修むるに道を以てし、道を修むるに仁を以てす」と講ず。仁と道とは皆身を修める工夫に属す。六二は初九と相比して距離は近し。だから「仁」と言う。六四は初九と相応して距離は遠し。だから「道」と言う。孔子の《小象伝》の措辞の精微は、ここに到りて登峰造極と算すべし。
六五:敦復,無悔。 敦者,厚也。有一毫人慾之雜,非復;有一毫人慾之間,非復。敦復者,信道篤,執道堅,不以久暫時而或變者也。不遠復者,善心之萌;敦復者,善行之固。無悔者,反身而誠也。敦臨、敦復,皆因坤土。
六五の爻辞は言う。敦厚篤実にして返回す。悔るべき事なし。「敦」は厚重である。一丝一毫の私欲を夾雑せば、便ち「復」と算すべからず。一丝一毫の私欲に間断すれば、もまた「復」と算すべからず。いわゆる「敦復」とは、道を信じて篤実にして執守は堅定にして、時間の久暫・境遇の変換に因りて改易する所有らざるなり。初九の「不遠復」は善心が剛く萌動し、六五の「敦復」は善行はすでに穏固せり。「无悔」とはすなわち《孟子・尽心上》の言う所の「反身而誠」で、自身を反省して一処として真実ならざるなし。《臨》卦の上六は「敦臨」と言い、《復》卦の六五は「敦復」と言う。皆この両爻が同じく坤体に居るに因る。坤は土と為し、土性は厚重なり。だから一個の「敦」の字を取る。
六五以中德居尊位,當復之時,故有敦厚其復之象,如是則心與理一,無可悔之事矣,故占者無悔。 象曰:敦復無悔,中以自考也。考者,成也,言有中德,自我而成其敦復也,不由於人之意。初乃復之主,二以下仁而成休復,四以從道而成獨復,皆有資於初以成其復;惟五以中德而自成,不資於初,故曰自。無祗悔者,入德之事;無悔者,成德之事,故曰考。
六五は居中の徳を以て尊位を占拠し、またまさに陽気の来復の時に当たる。だからその復を敦厚にする象有り。このようなれば則ち心と理とが合して一と為り、再び悔るべき事なし。だから此の爻を占得する人は悔なからん。《小象伝》は言う。敦復无悔とは、中徳に憑りて自ら成全す。「考」は成就の意で、説くは六五は居中の徳を具備し、自己に靠りて便ちこの份の敦厚の復を成全して、旁人に仰頼せざるを要せず。初九は全卦の復道の主爻なり。六二は仁者の下に屈居するに靠りて「休復」を成就し、六四は正道に随従するに靠りて「独復」を成就す。皆初九を借助してこそ自己の復を完成す。唯だ六五は中徳に憑りて自ら成就し、初九を借助せざるを要せず。だから《小象》は特地に一個の「自」の字を下す。初九の「无祗悔」は剛く徳門に入る事で、六五の「无悔」は徳はすでに成就した事なり。だから「考」(成)の字を以てそれを説く。
上六:迷復,凶,有災眚。用行師,終有大敗,以其國君凶,至于十年不克征。 坤為迷,迷之象也。迷復者,迷其復而不知復也。坤本先迷,今居其極,則迷之甚矣。以者,與也,並及之意,因師敗而並及其君,有傾危之憂也。坤為眾,師之象也。變艮,大象離,離為戈兵,眾人以戈兵而震動,行師之象也。國者,坤之象也,詳見謙卦。十者,土之成數也。不克征者,不能雪其恥也。
上六の爻辞は言う。迷いて返回を知らざる。凶険。天災と人禍とが並び至る。もし用いて兵を興して戦えば、終竟大いに敗北し、彼の国君に連ねて一並びに凶に遭い、以至十年の久しきに至るまで兵を出して雪辱する能わず。坤は「迷」の性質有り(《坤》の卦辞は「先迷后得主」と言う)。だから「迷」の象なり。「迷復」は帰路に迷いて返回を知らざるなり。坤はもともと「先迷」と言うに、上六はまた坤体の最上端に居る。それは迷うこと更に深し。「以」は「与」と當りて講じ、連帯・牽累の意なり。軍隊の潰敗に因りて国君に牽連し、傾覆危亡の憂有り。《説卦伝》は坤を衆と為すと言う。衆人の聚集は、まさに軍隊の象なり。上六のこの一爻は陰より陽に変ずれば、上卦の坤は便ち艮を成す(全卦は《頤》卦を成す)。此の時は六爻の整体の「大象」は両端は陽実・中間の四陰は虚にして、形は放大した離卦の如く、離は戈兵と為す。衆人が手に戈兵を執りて震動し起こるは、まさに師を行い兵を用うる象なり。「国」もまた坤の象で、詳細なる解説は《謙》卦に見よ。「十」は河図の中の土の成数で(天は五を以て土を生じ、地は十を以てそれを成す)、だから爻辞は「十年」と言う。「不克征」は一たび前恥を雪ぐ力なきを説く。
災眚者,凶也。用師以下,則災眚之甚,又凶之大者也。復卦何以言行師?以其敵陽也。剝、復相綜,陽初復,陰極盛,正龍戰于野之時。曰終有大敗者,陽上進,知其終之時,必至於夬之無號也。
「災眚」とはすなわち凶なり。「用行師」以下の言う所は、災眚の裏の最も重く、もまた凶険の裏の最も大なるなり。《復》卦は是れ何の為に師を行い兵を用うるを講ずるか。上六のこの陰爻がまさに初九の陽を敵と為すが因る。《剥》卦と《復》卦とは互いに「綜卦」——《剥》卦を整个倒転せばすなわち《復》卦なり。此の時は陽気は剛く返回し、陰気は却って極点に盛んなり。まさに《坤》卦の上六の言う所の「龍は野に戦う」のあの種の陰陽交戦の時なり。爻辞が「終有大敗」と言うは、陽気は還って一路に上に向かい推進せんと要し、以て最後に到れば必定して《夬》卦の上六の「无号、終有凶」のあの一歩に走り至るを預知すべし——五陽は一陰を決尽し、上六は呼号して救を求めても応答する人なし。
上六陰柔居復之終,故有迷復之象,占者得此,凶可知矣。是以天災人眚,雜然並至,天下之事無一可為者。若行師,則喪師辱君,至於十季之久,猶不能雪其恥,其凶如此。 象曰:迷復之凶,反君道也。反君道者,反其五之君道也。六五有中德,敦復無悔;六居坤土之極,又無中順之德,所以反君道而凶。
上六は陰柔の質を以て《復》卦の最末位に居る。だから「迷復」の象有り。此の爻を占得すれば、凶険は想い知るべし。ここに天の降す災禍と人為の過失とが紛然として一斉に到来し、天下の事は一件として為し成る能わざるなし。倘若用いて兵を興して戦えば、便ち師を喪い君を辱め、十年の久しきに至るまで還って一たび前恥を雪ぐ能わず。凶険はこの般の地步に到る。(原文の「十季」はすなわち「十年」なり。)《小象伝》は言う。迷復の凶険は、君道に違反すればなり。いわゆる君道に違反するとは、六五の代表するあの種の君道に違反するなり。六五は居中の徳を具備し、能く「敦復无悔」す。上六は坤土の極端に居り、また居中柔順の徳なし。だから君道に違反して凶険を招致す。
