四庫全書総目提要
この書は宋代の司馬光の撰である。蘇軾が司馬光のために書いた《行状》には、彼が《易説》三巻、《注繋辞》二巻を著したと記されている。《宋史・芸文…
易経易学典籍
術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。
宋司馬光撰。考蘇軾撰光《行狀》,載所作《易說》三卷,《注繫辭》二卷。《宋史·藝文志》作《易說》一卷,又三卷,又《繫辭說》二卷。晁公武《讀書志》云:“《易說》雜解《易》義,無詮次,未成書。”《朱子語類》又云:“嘗得溫公《易說》於洛人范仲彪,盡《隨卦》六二,其後闕焉。後數年,好事者於北方互市得版本,喜其復全。”
この書は宋代の司馬光の撰である。蘇軾が司馬光のために書いた《行状》には、彼が《易説》三巻、《注繋辞》二巻を著したと記されている。《宋史・芸文志》には《易説》一巻と著録され、また三巻本もあり、さらに《繋辞説》二巻がある。晁公武《郡斎読書志》にいわく:《易説》は《周易》の義理を散説的に解釈した著作で、編集の順序がなく、完璧な書として成っていなかった。《朱子語類》にはまたいわく:朱熹はかつて洛陽人の范仲彪から温公の《易説》を得たが、《随卦》六二の一爻までしかなく、それ以降は欠けていた。数年後、好事者が北方の辺境の榷場で版本を買い求め、朱熹はこの書が再び完全になったことを喜んだという。
是其書在宋時所傳本,已往往多寡互異,其後乃並失其傳。故朱彝尊《經義考》亦注為“已佚”。今獨《永樂大典》中有之,而所列實不止於《隨卦》,似即朱子所稱後得之本。其釋每卦或三四爻,或一二爻,且有全無說者。惟《繫辭》差完備,而《說卦》以下僅得二條。亦與晁公武之言相合。
ここから分かるように、この書は宋代に流伝した本が、すでに篇帙の多少が互いに異なっており、後には伝本そのものまで失われた。だから清の朱彝尊が《経義考》を編む際も「すでに亡佚」と注記している。今や《永楽大典》の中にのみ保存されており、しかも収録された内容は確かに《随卦》までにとどまらない。これは朱熹が言った後に再び得たあの本であろう。書中で一卦を解釈するに、あるものは三四爻のみ、あるものは一二爻のみで、さらに一卦全体に一句の説もないものもある。ただ《繋辞》の部分だけがやや完備し、《説卦》以下はわずか二条のみ残っている。これも晁公武の言う「未成書」との言葉に符合する。
又以陳友文《集傳精義》、馮椅《易學》、胡一桂《會通》諸書所引光說核之,一一具在。知為宋代原本無疑。其解義多闕者,蓋光本撰次未成,亦如所著《潛虛》,轉以不完者為真本,並非有所殘佚也。光傳家集中有《答韓秉國書》,謂王輔嗣以老莊解《易》,非《易》之本旨,不足為據。
さらに陳友文《周易集伝精義》、馮椅《易学》、胡一桂《周易本義啓蒙翼伝会通》などの諸書に引用された司馬光の《易説》で照合すると、引用された各条は《永楽大典》本の中に一つ残らず見出すことができ、これが確かに宋代の原本であることに疑いないことが分かる。その義理の解説に欠落が多いのは、おそらく司馬光がもともと編纂を終えていなかったためで、彼の著した《潜虚》と同じように、むしろ完成していない本を真本とすべきであって、流伝の中で損傷・散失したのではない。司馬光《伝家集》には《答韓秉国書》という一篇があり、王弼が老荘の学で《周易》を解釈したのは《周易》本来の宗旨ではなく、依拠に足りないと論じている。
蓋其意在深闢虛無玄渺之說。故於古今事物之情狀,無不貫徹疏通,推闡深至。如解《同人》之《彖》曰:“君子樂與人同,小人樂與人異。君子同其遠,小人同其近。”《坎》之《大象》曰:“水之流也,習而不止,以成大川。人之學也,習而不止,以成大賢。”《咸》之九四曰:“心苟傾焉,則物以其類應之。故喜則不見其所可怒,怒則不見其所可喜,愛則不見其所可惡,惡則不見其所可愛。”
ここから分かるように、彼の意図は虚無玄妙を空論する学风を痛烈に斥けることにあった。だから古今の事物のあらゆる情態に対し、すべて貫通して疏解し、極めて深く推究・闡明した。例えば《同人》卦の《彖伝》を解して:君子は人との求同を楽しみ、小人は人との立異を楽しむ。君子の认同する範囲は遠くまで推し広げ、小人の认同する範囲は身辺に限られる、と。《坎》卦の《大象伝》を解して:水の流れは繰り返し止まず、ついには大河を成す。人の学問も繰り返し止まず、ついに大賢を成す、と。《咸》卦九四爻を解して:心がひとたび偏倚すれば、外物はその偏倚する類にしたがって応じてくる。だから人は喜びの時には本来怒るべきことが見えず、怒る時には本来喜ぶべきことが見えず、偏愛すれば本来憎むべきところが見えず、憎めば本来愛すべきところが見えない、と。
大都不襲先儒舊說,而有德之言,要如布帛菽粟之切於日用。惜其沈湮既久,說《易》家竟不獲睹其書。今幸際聖朝,表章典籍,復得蒐羅故簡,裒次成編。亦可知名賢著述,其精義所在,有不終泯沒於來世者矣。謹校勘釐訂,略仿《宋史》原目,定為六卷,著於錄。
これらの解説はおおむね前代の儒者の旧説を踏襲せず、徳のある人が発した議論で、布帛や穀物のように日常生活に切実である。惜しいのはこの書があまりに長く埋没し、《周易》を講ずる学者がそれを見ることさえできなかったことだ。今幸いにも本朝が典籍を表彰する時に遇い、旧日の残簡を再び捜集して編次し書と成すことができた。これによっても、名賢の著述は精義あるところさえあれば、ついに永遠に後世に埋没することはないと分かる。ここに謹んで校勘・整理し、おおむね《宋史・芸文志》のもとの著録名目にならい、六巻と定めて《四庫全書》に収録する。
易説原序(宋・陳仁子)
九師興而易道微。易之微,豈専九師咎哉?彖翼而下,旁薄深廣,留七分者亡幾。田、丁、施、費師授,俾勿墜。龍圖書或左用之而不悟,京房守緯數,其失也浮。二千年間,易道倀倀如濛霧行,述而不論,河汾猶難之。歷越五閠,真人御宇,王澤萃鍾,異人間世:希夷抉羲畫而成於邵,濓溪洩周經而融於程;以至匯為漢上而尚變,演為考亭而尚占,支析為合沙而尚象。三聖蘊剖抉靡遺,而讀者瞭然如生三代之世。
漢代に淮南王の門下のいわゆる「九師」一派が興って以来、《周易》の大道はかえって晦冥となった。しかし《周易》が晦冥となったのは、果たして九師だけの過ちだろうか。《彖伝》《文言》以下の諸伝は義理が広博で深遠だが、後人が十分の七を保ち得た家はすでに少ない。前漢の田何・丁寛・施讐・費直が師承を重ねて、ようやくこの学問が墜落しないようにした。《河図》《洛書》については、ある者は誤って用いて自覚しなかった。京房は専ら讖緯術数に守り、その弊は浮泛で実がないことにあった。二千年の間、《易》道は茫然として帰する所がなく、濃霧の中を行くがごとく、学者は転述するばかりで論断を敢えてせず、王通のような河汾の学もこれを難しいと感じた。五次の閏月のような長い歳月を経て、真人が天下を執り、王化の恩沢が集まり、奇特の士が世を隔てて出た。陳抟が伏羲画卦の意を発掘し、邵雍の手に至ってようやく完成した。周敦頤が《周易》の経義を闡発し、二程の手に至って融會貫通した。そして朱震が衆説を集めて変化を崇び、朱熹がその義を推演して占筮を崇び、林栗が分析して象数を崇んだ。伏羲・文王・孔子の三位の聖人の蘊奥は剖析し尽くされ、読者は読んで豁然と明らかになり、三代の世に身を置くがごとくであった。
晚得溫公易說一編,視諸老尤最通暢。今流傳人間世槁雖未完,其論太極陰陽之道、乾坤律呂之交,正而不頗,明而不鑿,獵獵與濓洛貫穿。中間分剛柔中正配四時,微疑未安,學者直心爾。易之作,聖人吉凶與民同患之書也,非隠奧難深而難見也。談易而病其隱且艱,非深於易者也。參習是編,易道庶其明乎!時丙申臘月朔,茶陵後學古迂陳仁子同俌序。
私はごく遅くになってようやく司馬温公の《易説》一編を得たが、上述の諸先輩に比べて、その説は特に通達暢達である。今世に流伝する稿本は完全ではないが、書中の「太極」「陰陽」の理の論、乾坤と十二律吕相配の義の論は、端正で偏頗なく、明白で穿鑿せず、気勢鮮明に濂渓・洛陽の学と互いに貫通している。その中で剛柔中正を四時に分配する一段は、やや疑わしく安心できないところがあるが、学者は読む時に坦然として疑を存すればよい。《周易》の制作は、もともと聖人が吉凶禍福を百姓とともに担当する書であって、隠晦深奥で窺い難いものではない。《易》を談じてその隠晦艱深を嫌う者は、真に《易》理に深く通じた者ではない。この編を参照して研習すれば、《周易》の道はおそらく明白になろう。時に丙申年臘月初一日、茶陵の後学、古迂の陳仁子同俌が序を作る。
易総論
或曰:易者,聖人之所作乎?曰:易者,先天而生,後天而終,細無不該,大無不容,逺無不臻,廣無不充。惟聖人能索而知之,逆而推之,使民識其所來,而知其所歸。夫易者,自然之道也,子以為伏羲出而後易乃生乎?
人が問う:《周易》は聖人が創作したものか。答えていわく:《周易》の講ずる道理は、天地が形成される前からすでに存在し、天地が終結した後にようやく終わる。細微な事物は包まないものなく、宏大な事物は容れないものなく、遥かな所は至らないところなく、広い範囲は満たないところない。ただ聖人のみがこれを探索して認識し、逆推して追溯し、百姓に自分がどこから来たかを認めさせ、どこへ行くかを知らしめることができる。《周易》の講ずるのは自然本来の規律である。あなたは伏羲が世に出てから《易》が始まったと思うのか。
或曰:敢問易者,天事歟?抑人事歟?曰:易者,道也。道者,萬物所由之塗也,孰為天,孰為人?故易者,陰陽之變也,五行之化也,出於天,施於人,被於物,莫不有陰陽五行之道焉。故陽者,君也,父也,樂也,徳也;陰者,臣也,子也,禮也,刑也。五行者,五事也,五常也,五官也。推而廣之,凡宇宙之間皆易也,烏在其專於天、專於人?二者之論皆蔽也。且子以聖人為取諸胸臆而為仁義禮樂乎?蓋有所本之矣。
人が問う:《周易》は天道の事を講ずるのか、それとも人事か。答えていわく:《周易》が講ずるのは「道」である。いわゆる「道」とは万物が共に行く途である。何が天に属し、何が人に属するかを分かてることができようか。だから《周易》が講ずるのは陰陽の変動、五行の化育で、それは天から出て人に施され、万物に覆い及び、陰陽五行の理を含まないものは一つもない。それゆえ陽に属するものは君・父・楽・徳であり、陰に属するものは臣・子・礼・刑である。五行については《尚書・洪範》のいう「五事」に対応し、仁義礼智信の「五常」であり、朝廷の「五官」である。これから推し広げれば、宇宙の内の一切はすべて《易》である。どうして専ら天に属し、専ら人に属すると言えようか。それを天事または人事に限定するのは、二説とも偏蔽の見である。ましてあなたは聖人が胸中の臆想で仁義礼楽を造ったと思うのか。それには本原の依拠があるのだ。
或曰:易道其有亡乎?天地可敝,則易可亡。孔子曰:“乾坤毀則無以見易,易不可見則乾坤或幾乎息矣。”是故人雖甚愚,而易未嘗亡也。推而上之,邃古之前而易已生;抑而下之,億世之後而易無窮。是故易之書或可亡也,若其道則未嘗一日而去物之左右也。萬物蚩蚩,若魚蝦蠃蚌之處於海,食焉,游焉,死焉,而終莫之知也。
人が問う:《易》道に消亡する日はあるか。答えていわく:天地が破敗し得るなら、《易》道もようやく消亡し得る。孔子は《繋辞》にいわく:乾坤が毀棄されれば《易》を見る由なく、《易》が見えなければ乾坤もほぼ息絶えるであろう、と。だから人はたとい愚昧の極みに至っても、《易》道はかつて消亡したことがない。上に溯れば遠古の以前から《易》道はすでに生じ、下に推せば億万世の後にも《易》道は窮尽しない。それゆえ《周易》という書はあるいは亡佚し得るが、それが講ずる道は、一日も万物の左右を離れたことがない。世間の万物は懵々として、魚・蝦・螺・蚌が大海に生活するごとく、海の中で食を求め、海の中で遊び、海の中で死ぬが、終始海が何であるかを知らない。
或曰:聖人之作易也,為數乎?為義乎?曰:皆為之。二者孰急?曰:義急,數亦急。何為乎數急?曰:義出於數也。義何為出於數?曰:禮樂刑徳,陰陽也;仁義禮智信,五行也。義不出於數乎?故君子知義而不知數,雖善無所統之。夫水無源則竭,木無本則蹶,是以聖人抉其本源以示人,使人識其所來,則益固矣。易曰:“君子居則觀其象而玩其辭,動則觀其變而玩其占。”明二者之不可偏廢也。
人が問う:聖人が《周易》を創作したのは「数」を講ずるためか、それとも「義」を講ずるためか。答えていわく:両方とも講ずる。では二者のどちらが急要か。答えていわく:義理も急要、術数も急要。なぜ術数も急要か。義理はまさに術数から生じるからである。義理がどうして術数から生じるのか。答えていわく:礼・楽・刑・徳は陰陽に対応し、仁・義・礼・智・信は五行に対応する。義理はまさに数から出るのではないか。だから君子が義理のみを解して術数を解さなければ、その学問はよくても統攝貫通する所がない。水に源がなければ涸れ、樹に根本がなければ倒れる。それゆえ聖人は義理の本源を掘り出して人に示し、それがどこから来たかを認めさせ、学問をいっそう牢固にする。《繋辞》にいわく:君子は平居に卦爻の象を観てその文辞を玩び、行動の時にその変化を観てその占断を玩ぶ、と。これはまさに義理と術数の両者が偏廃できないことを説明している。
巻一 上経
乾卦
乾下乾上。乾:元亨利貞。初九:潛龍勿用。初九,陽之始也。於律為黃鐘,於曆為建子之月,陽氣方萌於黃泉,太陰始盛,萬物未被其澤,故曰潛龍。龍者何?陽也。陽則曷謂之龍?龍者神獸,變化無常,升降有時,故象陽也。其言勿用何?聖人觀象而為之戒也。潛龍之時,伏於泉,不可用也。是故冬華而雷為妖為災,人躁而狂為凶為殃,皆時不可用而用之也。
乾卦は下卦が乾、上卦も乾である。卦辞にいわく:元・亨・利・貞。初九爻辞にいわく:潜伏する龍、施用すべからず。初九のこの爻は陽気の端緒である。十二律に配すれば「黄鐘」、暦法に配すれば建子の月、すなわち夏暦十一月である。この時陽気がちょうど地下黄泉の中に萌動し、太陰の気が盛んで、万物はまだ陽気の潤沢を受けていない。だから「潜龍」という。何を「龍」というか。それは陽である。陽であるのに、なぜ龍と称するか。龍は神獣で、変化に定形がなく、昇降にそれぞれ時節があるから、陽気を象徴するのに用いる。爻辞に「勿用」というのは何の意味か。これは聖人が卦象を観て世人のために立てた告誡である。潜龍の時、陽気は泉下に伏蔵し、動用すべきではない。だから冬に花が咲き、冬に雷が鳴れば、妖異の災変となる。人心が浮躁して狂妄になれば、凶険の禍殃を招く。すべて時機が動用を容れないのに強いて動用したためである。
九二:見龍在田,利見大人。九二者,陽之見也。於律為太蔟,於曆為建寅之月,陽氣蔟達,發而在田,萬物忻忻,生意昭蘇,故曰見龍在田。其言利見大人者何?通之於人也。君子修徳行義,始聞於人,人莫不悅,莫不歸焉,雖未有功,善之端也,治之本也,故曰利見大人。
九二爻辞にいわく:龍がすでに田野に現れ、大人に見るに利あり。九二のこの爻は陽気が顕現する段階である。十二律に配すれば「太蔟」、暦法に配すれば建寅の月、すなわち夏暦正月である。この時陽気が叢聚して通達し、発散して田野に布き、万物が欣々として栄え、生機が再び甦醒する。だから「見龍在田」という。爻辞に「利見大人」というのはまた何の意味か。これは天時の象を人事に貫通して言ったものである。君子が品德を修養し道義を踐行すれば、名声が人に知られ始め、人々は喜び帰附しない者がいない。この時彼はまだ実際の功業を建てていないが、すでに善の端緒・治世の根本である。だから「利見大人」という。
九三:君子終日乾乾,夕惕若厲,無咎。九三,陽之進也。於律為姑洗,於曆為建辰之月,萬物畢生而趨於繁茂之時也,故君子進徳修業,自強不息也。其言夕惕若厲無咎者何?聖人為之戒也。九三在下體之上,居上體之下,勤則進乎上,怠則退乎下,故夕惕若厲,然後得無咎也。
九三爻辞にいわく:君子は終日勤勉して懈らず、夜になってもなお警惕戒惧し、危境に臨むがごとくにすれば、過ちがない。九三のこの爻は陽気が逓進する段階である。十二律に配すれば「姑洗」、暦法に配すれば建辰の月、すなわち夏暦三月で、まさに万物がすべて生発して繁茂に趨る時である。だから君子は德行を増進し、学业を修治し、自彊して息まない。爻辞に「夕惕若厲、无咎」というのは何の意味か。これは聖人がこの位置に処する人のために立てた告誡である。九三は下卦の最上の爻と上卦の最下の爻の間に処し、勤勉すれば上卦に上進でき、懈怠すれば下卦に退落する。だから必ず日夜に警惕して危境に臨むがごとくにして、そうしてようやく過ちがなくなる。
九四:或躍在淵,無咎。九四,陽之盛也。於律為蕤賓,於曆為建午之月,萬物誠茂矣而未及於大成,徳業誠盛矣而未至於夫亨,安居則不能,欲進而自疑,故躍以試之也。夫言在淵無咎者何?失於進不若失於止之愈也。
九四爻辞にいわく:あるいは騰躍して起き、あるいは退いて深淵に処る。いずれも過ちがない。九四のこの爻は陽気が壮盛な段階である。十二律に配すれば「蕤賓」、暦法に配すれば建午の月、すなわち夏暦五月である。この時万物は確かに繁茂したが、まだ完全な成熟には至らない。德行事業は確かに興盛したが、まだ通達顕揚の地步に至っていない。彼に安然として動かないことを求めるのはできず、前進しようとすれば心におのずから疑慮が生ずる。だからまず騰躍してみて時機を試す。爻辞に「在淵无咎」というのは何の意味か。意味は:冒進において失うよりは、持重停留において失う方が、後者の方がはるかによい。
九五:飛龍在天,利見大人。九五,陽之成也。於律為夷則,於曆為建申之月,黍稷既實,功徳成矣,徳業普施,大人亨矣,萬物熙熙,道力行矣,故曰利見大人。
九五爻辞にいわく:龍が飛騰して天上にあり、大人に見るに利あり。九五のこの爻は陽気が功を成す段階である。十二律に配すれば「夷則」、暦法に配すれば建申の月、すなわち夏暦七月である。この時黍稷はみな結実し、功業德行はみな成り告げた。徳沢事業は普遍に施行され、大人の道は通達して阻まず、万物は一斉に和楽興盛し、大道は有力に推行される。だから「利見大人」という。
上九:亢龍有悔。乾上九。或曰:物之盛則蕤賓不若林鐘也,物之成則夷則不若仲呂也,舉其微而舍其彰,何也?曰:君倡而臣和,陽生而陰成,故陰者佐陽而代有終也,陽者倡陰而尸其功也,是君臣之道也,又何疑矣。
上九爻辞にいわく:あまりに高く飛んだ龍には悔恨がある。ここでは乾卦上九を論ずる。人が問う:万物の繁盛を論ずれば、「蕤賓」の月は「林鐘」の月に及ばない。万物の成熟を論ずれば、「夷則」の月は「仲吕」の月に及ばない。あなたは気象の微弱な方を挙げて、かえって気象の顕著な方を捨てる。これはなぜか。答えていわく:君主が倡導すれば臣下が応和し、陽気が発生すれば陰気が促成する。だから陰の職分は陽を輔佐し、陽に代わって收尾を完成することにあり、陽の職分は陰を倡率してその功を居ることにある。これはまさに君臣の間の道理であって、何の疑惑があろうか。
案:光解乾坤六爻,本於《景王將鑄無射》篇。韋昭注云:十一月曰黃鐘,乾初九;正月曰太蔟,乾九二;三月曰姑洗,乾九三;五月曰蕤賓,乾九四;七月曰夷則,乾九五;九月曰黃鐘,乾上九。據此,則此爻注於律應為無射,為建戌之月。乃此條復論蕤賓、林鐘、夷則、仲呂,不及無射,疑上有脫文。
館臣按語:司馬光が乾坤両卦の六爻を解釈するのは、《国語・周語》中の《景王将鋳無射》一篇に依拠している。韋昭注にいわく:十一月を黄鐘と称し、乾卦初九に配す。正月を太蔟と称し、乾卦九二に配す。三月を姑洗と称し、乾卦九三に配す。五月を蕤賓と称し、乾卦九四に配す。七月を夷則と称し、乾卦九五に配す。九月を黄鐘と称し、乾卦上九に配す、と。これによって推算すれば、上九のこの爻が配する律は本来「無射」であるべきで、配する暦は建戌の月、すなわち夏暦九月であるべきだ。しかしこの一条はまた転じて蕤賓・林鐘・夷則・仲吕を論じ、ひとえに無射を言わない。上に脱漏の文字があると疑う。
用九:見群龍無首,吉。龍者神獸,能隠能見,有變化之象;陽氣能生能成,聖賢能出能處,故易皆謂之龍。惟聖知聖,惟賢知賢,聖賢見己之類,當推而下之,勿為之首,為之首則亢矣。
用九爻辞にいわく:一群の龍が現れていずれも首領を争わないのは、吉利である。龍は神獣で、隠れることも現れることもでき、変化不測の意象を具えている。陽気は生発することも成就することもでき、聖賢は出仕することも退処することもできる。だから《周易》はすべて「龍」をもってこれらを称呼する。ただ聖人のみが聖人を知り、ただ賢者のみが賢者を知る。聖賢が自分と同類の人に見れば、相手を推挙して自分を下位に置き、衆人の首領となることを争わない。ひとたび首領を争えば驕亢に流れる。
彖曰:大哉乾元,萬物資始,乃統天。雲行雨施,品物流形。大明終始,六位時成,時乘六龍以御天。乾道變化,各正性命,保合大和,乃利貞。首出庶物,萬國咸寜。
《彖伝》にいわく:偉大なりや乾卦の代表する元始の気、万物はみなそれに依頼して初めて生成し、それは全天道を統攝している。雲気は流行し、雨沢は降下し、各類の事物は流布して形を成す。太陽の光明は終始を貫徹し、六爻の位次は時序によって成立し、聖人は時に乗じてこの六条の龍に乗駕して天道を駕御する。乾道は運行変化し、万物をして各自その性命を端正せしめ、太和の気を保持会合せしめ、ここに「利」と「貞」がある。乾道は衆物の首に居りて万物を生養し、天下万国はこれによって安寧する。
象曰:天行健,君子以自強不息。潛龍勿用,陽在下也。見龍在田,徳施普也。終日乾乾,反復道也。反復道也:君子進徳修業,反覆以求先王之道而力行之。或躍在淵,進無咎也。進無咎也:言進亦無咎,而君子寜在淵也。飛龍在天,大人造也。大人造也:大人之所宜為也。亢龍有悔,盈不可乆也。用九,天徳不可為首也。
《大象伝》にいわく:天道の運行は剛健にして息まず、君子はこれに取法して自ら奮発し永に歇まない。「潜龍勿用」は、陽気がまだ下位に処するからである。「見龍在田」は、徳沢の施与がすでに普遍であることを言う。「終日乾乾」は、正道を反復して行くことを言う。いわゆる「反復道也」とは:君子が德行を増進し学业を修治し、先王の道を反復して探求し努力して踐行することである。「或躍在淵」は、前進しても過ちがないことを言う。いわゆる「進无咎也」とは:前進は固より過ちがないが、君子はむしろしばらく深淵に退処することを願うという意味である。「飛龍在天」は、大人が有所作为することを言う。いわゆる「大人造也」とは、大人のなすべき事である。「亢龍有悔」は、盈満の状態が長く保持できないことを言う。「用九」は、天徳が衆人の首に居ることを争わないことにあることを言う。
文言曰:元者,善之長也;亨者,嘉之也;利者,義之和也;貞者,事之乾也。君子體仁足以長人,嘉足以合禮,利物足以和義,貞固足以幹事。
《文言伝》にいわく:「元」は衆善の中で最も首位に居るもの、「亨」は美好な事物の聚会、「利」は道義が調和を得ること、「貞」は事を弁ずる骨干である。君子が身をもって仁徳を体現すれば、人々の首領となるに足り、衆美を会合すれば礼に符合するに足り、万物をして各々その利を得せしめれば道義を調和するに足り、正固を堅守すれば事業を支撑するに足る。
元者善之長也,體仁足以長人:長猶首也。仁者愛人,人皆歸之,可為之首。亨者嘉之也,嘉足以合禮:君明臣忠,父慈子孝,兄友弟恭,夫義婦順,上下皆羙,際交通,然後成禮。
「元者善之長也、體仁足以長人」の一句について:いわゆる「長」とは首領の意味である。仁者は他人を愛護し、人々はみな彼に帰附する。ゆえに彼らの首領となることができる。「亨者嘉之也、嘉足以合禮」の一句について:君主が英明で臣子が忠誠、父が慈愛で子が孝順、兄が友愛で弟が恭敬、夫が義に合い妻が理に順い、上下各方がすべて尽善尽美で、彼此の間が交往通達すれば、こうして「礼」が成就する。
利者義之和也,利物足以和義:仁者聖人,不裁之義,則事失其宜,人喪其利,故君子以義制仁政,然後和。
「利者義之和也、利物足以和義」の一句について:仁心を懐く聖人が、「義」をもって裁断節制しなければ、事情は応有の分寸を失い、人々はかえって本来得るべき利益を失う。だから君子は「義」をもって仁政の施行を節制し、そうして初めて仁と義が調和し得る。
貞者事之乾也,貞固足以幹事:《詩》三百,一言以蔽之,曰思無邪,故貞者事之乾也。君子固守其正,以楨乾萬事,使不散亂也。君子行此四徳者,故曰乾:元亨利貞。
「貞者事之幹也、貞固足以幹事」の一句について:《詩経》三百篇を一句で概括すれば「思无邪」である。純正こそがまさに事を弁ずる骨干であることが分かる。君子は自分の正道を牢牢と守り、それをもって万事の支柱とし、事情が散乱失序に至らないようにする。君子が「元亨利貞」の四種の徳性を踐行し得るから、卦辞にいわく:乾卦、元・亨・利・貞、と。
初九曰“潛龍勿用”,何謂也?子曰:龍徳而隠者也。不易乎世,不成乎名,遁世無悶,不見是而無悶,樂則行之,憂則違之,確乎其不可拔,潛龍也。不見是而無悶:舉世非之亦無悶也。樂行憂違:君子遇有道得行其志則樂,遇無道不得行其志則憂。
《文言伝》が問う:初九に「潜龍勿用」というのは、何を講ずるか。孔子が答えていわく:これは龍のような德行を具えて隠居して出ない人である。彼は世俗の風気によって操守を変えず、名声を求取せず、世を避けて隠居しても苦悶を覚えず、人に称許されなくても苦悶を覚えない。時世が行うべきなら出て道を行い、時世が憂うべきなら退避して身を引く。意志が堅定にして動揺できない。これが「潜龍」である。司馬光が解していわく:「不見是而无悶」とは、たとい挙世がみな彼を非議しても、彼は苦悶を覚えないことを言う。「樂則行之、憂則違之」とは、君子が有道の世に遇えば自分の抱負を施行し得て欣然として行い、無道の世に遇えば抱負を施行し得ず引退して避けることを言う。
九二曰“見龍在田,利見大人”,何謂也?子曰:龍徳而正中者也。庸言之信,庸行之謹,閒邪存其誠,善世而不伐,徳博而化。易曰“見龍在田,利見大人”,君徳也。正中信謹以下,皆所以修身也。君子有君徳而無其位,修已以俟時,徳已及人也。
《文言伝》が問う:九二に「見龍在田、利見大人」というのは、何を講ずるか。孔子が答えていわく:これは龍徳を具えて中正の位に居る人である。彼は平常の言話に信用を講じ、平常の行事に謹慎で、邪念を防範して内心の誠を保全し、当世に沢を被せても誇耀せず、德行が広博にして他人を感化し得る。《周易》に「見龍在田、利見大人」というのは、まさに君たるの徳を指す。司馬光が解していわく:「正中」「信」「謹」これらの言葉から下は、すべて自身を修養する功夫を講ずる。君子が君たるの德行を具えてもまだ相応の地位がなければ、自己を修養して時機を待つ。その徳沢はこの時すでに他人に恵及している。
九三曰“君子終日乾乾,夕惕若厲,無咎”,何謂也?子曰:君子進徳修業。忠信,可以進徳也;修辭立其誠,所以居業也。知至至之,可與幾也;知終終之,可與存義也。是故居上位而不驕,在下位而不憂,故乾乾因其時而惕,雖危無咎矣。修辭立其誠所以居業也:君子外修言辭,內推至誠,內外相應,令無不行,事業所以日新也。
《文言伝》が問う:九三に「君子終日乾乾、夕惕若厲、无咎」というのは、何を講ずるか。孔子が答えていわく:君子は德行を増進し、学业を修治する。忠誠守信は德行を増進し得、言辞を修飭し誠意を確立すれば事業を守ることができる。到達すべき境地を知って努力して到達すれば、彼と幾微の理を談ずることができる。終止すべき時を知って適時に終止すれば、彼とともに道義を持守することができる。だから上位に居ても驕横せず、下位に処しても憂惧しない。それゆえ勤勉不懈で随時に警惕し、たとい危険に遇うも過ちがない。司馬光が解していわく:「修辭立其誠、所以居業也」とは、君子が外に言辞を修飭し、内に至誠の心を推行し、内外が互いに応合し、発する政令に推行されないものがなく、事業はこれによって日日に更新することを言う。
九四曰“或躍在淵,無咎”,何謂也?子曰:上下無常,非為邪也;進退無恆,非離群也。君子進徳修業,欲及時也,故無咎。君子時行則上進,時止則下退,非為邪以求利,非違眾以干名也,恐失時而已。
《文言伝》が問う:九四に「或躍在淵、无咎」というのは、何を講ずるか。孔子が答えていわく:あるいは上りあるいは下るのに常規はなく、邪僻の事をするためではない。あるいは進みあるいは退くのに定則はなく、同類を離れるためではない。君子が德行を増進し学业を修治するのは、時機に趕上しようと欲するからで、ゆえに過ちがない。司馬光が解していわく:君子は行動すべき時には向上して進取し、止息すべき時には下に退処する。彼は邪念のために私利を牟取するのでもなく、衆人に違背して名声を猟取するのでもなく、ただ時機を錯失することを恐れるのみである。
九五曰“飛龍在天,利見大人”,何謂也?子曰:同聲相應,同氣相求。水流溼,火就燥,雲從龍,風從虎,聖人作而萬物睹。本乎天者親上,本乎地者親下,則各從其類也。聖人在位,萬物無不知之,故聖賢畢集,亦從其類也。
《文言伝》が問う:九五に「飛龍在天、利見大人」というのは、何を講ずるか。孔子が答えていわく:相同の声は互いに応和し、相同の気は互いに尋求する。水は低湿の所に流れ、火は乾燥の所に焼き、雲は龍に随いて起き、風は虎に随いて生ずる。聖人が興起すれば、万物はみな仰望して瞻視する。本源が天に出るものは上に親附し、本源が地に出るものは下に親附し、各自その同類に従う。司馬光が解していわく:聖人が君位に居れば、万物は彼を識らない者がなく、ゆえに聖賢の士が紛紛として彼の身辺に汇集する。これも各々その類に随う道理である。
上九曰“亢龍有悔”,何謂也?子曰:貴而無位,髙而無民,賢人在下位而無輔,是以動而有悔也。既亢驕自賢,則賢人在下位莫肯輔,其顛危也。
《文言伝》が問う:上九に「亢龍有悔」というのは、何を講ずるか。孔子が答えていわく:地位が尊貴でも実際の職位がなく、身が高処に居ても百姓の帰附がなく、賢人は下位に居るが肯んじて輔佐に来ず、ゆえに一たび挙動すれば悔恨を招く。司馬光が解していわく:すでに驕亢自負で自ら賢と為せば、下位に処する賢人で肯んじて輔佐に来る者はなく、彼は勢い必ず傾覆危亡する。
潛龍勿用,下也。見龍在田,時舍也。為時所舍,故有君徳而無其位。終日乾乾,行事也。或躍在淵,自試也。飛龍在天,上治也。亢龍有悔,窮之災也。乾元用九,天下治也。
《文言伝》またいわく:「潜龍勿用」は、身が下位に処するからである。「見龍在田」は、時勢に暫く擱置されたのである。司馬光が解していわく:まさに時勢に擱置されたからこそ、君たるの徳があっても相応の地位がない。「終日乾乾」は、事を弁ずるに勤いことを言う。「或躍在淵」は、自ら時機を試探することを言う。「飛龍在天」は、上位に居りて治理を施行することを言う。「亢龍有悔」は、窮極が招く災禍を言う。「乾元用九」は、天下がこれによって治理を得ることを言う。
潛龍勿用,陽氣潛藏。見龍在田,天下文明。終日乾乾,與時偕行。或躍在淵,乾道乃革。飛龍在天,乃位乎天徳。亢龍有悔,與時偕極。乾元用九,乃見天則。
《文言伝》またいわく:「潜龍勿用」は、陽気が潜伏収蔵する時である。「見龍在田」は、天下が文采光明の時である。「終日乾乾」は、時勢とともに前進することである。「或躍在淵」は、乾道がまさに変革を生じようとすることである。「飛龍在天」は、天徳に合う尊位に居ることである。「亢龍有悔」は、時勢とともに極点に走到したことである。「乾元用九」は、ここに上天の運行の法則が顕現する。
乾元者,始而亨者也。利貞者,性情也。乾始能以羙利利天下,不言所利,大矣哉!大哉乾乎!剛健中正,純粹精也。六爻發揮,旁通情也。時乘六龍,以御天也。雲行雨施,天下平也。
《文言伝》またいわく:いわゆる「乾元」は、万物を開創してこれを亨通せしめる力である。いわゆる「利貞」は、万物の本性と実情を講ずる。乾道は始めから美好な利益をもって天下に施恵し得るが、自分が何の利を施したかを宣揚することはない。これは真に偉大である。偉大なりや乾卦。それは剛強勁健にして中を居り正を守り、純浄で雑なく極めて精粹である。六爻の意義が発揮されれば、万物の情状に旁通する。時に乗じてこの六条の龍を駕御するのが、すなわち天道を駕御することである。雲気が流行し雨沢が降下すれば、天下はここに太平となる。
君子以成徳為行,日可見之行也。潛之為言也,隠而未見,行而未成,是以君子弗用也。君子學以聚之,問以辨之,寛以居之,仁以行之。易曰“見龍在田,利見大人”,君徳也。
《文言伝》またいわく:君子は德行を成就することを自己の行為準則とし、それは日日に行事に見ることができる。「潜」の字の含義は、隠蔵してまだ顕現せず、修行してまだ成就せず、ゆえに君子はこの時作為を施展しない。君子は学习によって学問を積聚し、請教によって疑難を辨明し、寛厚によって居処し人を待ち、仁愛によって実行に付す。《周易》に「見龍在田、利見大人」というのは、君たるの德行を講ずる。
九三重剛而不中,上不在天,下不在田,故乾乾因其時而惕,雖危無咎矣。九四重剛而不中,上不在矢,下不在田,中不在人,故或之。或之者,疑之也,故無咎。
《文言伝》またいわく:九三は陽爻が陽位に居り、重畳の剛で中位に居らず、上は天位に到らず、下は田位を離れ、ゆえに勤勉不懈で随時に警惕し、たとい危険があっても過ちがない。九四もまた重畳の剛で中位に居らず、上は天位に到らず、下は田位を離れ、中に居りて人位に在らず、ゆえに「或」の字を用いる。いわゆる「或」とは、心に遅疑を存し審慎して決しない意味で、ゆえに過ちがない。
夫大人者,與天地合其徳,與日月合其明,與四時合其序,與鬼神合其吉凶。先天而天弗違,後天而奉天時。天且弗違,而況於人乎?況於鬼神乎?亢之為言也,知進而不知退,知存而不知亡,知得而不知喪。其惟聖人乎!知進退存亡而不失其正者,其惟聖人乎!
《文言伝》またいわく:いわゆる「大人」は、その德行が天地と合し、その光明が日月と合し、その秩序が四時と合し、その断定する吉凶が鬼神と合する。彼が天時の先に行動しても、上天も彼に違背せず、彼が天時の後に行動すれば、上天の時序を奉行する。上天すらなお彼に違背しないのに、いわんや人をや、いわんや鬼神をや。「亢」の字の含義は、ただ前進を知って後退を知らず、ただ生存を知って滅亡を知らず、ただ獲得を知って喪失を知らないことである。これに能くしないのは、おそらく聖人のみであろう。進退存亡の道理を知ってその正道を失わないのは、おそらく聖人のみであろう。
坤卦
坤下坤上。坤:元亨,利牝馬之貞。君子有攸往,先迷後得主,利西南得朋,東北喪朋,安貞吉。彖曰:至哉坤元,萬物資生,乃順承天。坤厚載物,徳合無疆,含光大,品物咸亨。牝馬地類,行地無疆,柔順利貞。君子攸行,先迷失道,後順得常。西南得朋,乃與類行;東北喪朋,乃終有慶。安貞之吉,應地無疆。
坤卦は下卦が坤、上卦も坤である。卦辞にいわく:坤は元始にして亨通し、母馬のように柔順にして正を守るに利あり。君子が往く所あれば、先んじて行けば方向を迷い、後に随従すれば主人を得る。西南方に往けば朋友を得、東北方に往けば朋友を失う。正道に安んずれば吉利である。《彖伝》にいわく:至極なりや坤の代表する元始の徳、万物はそれに依頼してようやく生長し得、それは上天に順承する。大地は深厚にして万物を承載し得、その徳性は無辺無際に合し、涵容広大にして各類の事物を亨通順遂せしめる。母馬は地類に属し、大地上を窮りなく行走し得、柔順にして正を守るに利あり。君子が往く所あれば、先んじて行けば正道を迷い、後に随従すれば常理に合う。「西南得朋」は、同類と同行することを言う。「東北喪朋」は、最終にかえって福慶があることを言う。正道に安守するが吉たる所以は、それが大地の無辺の徳性に相応するからである。
象曰:地勢坤,君子以厚徳載物。乾之象曰“自強不息”,坤之象曰“厚徳載物”,何也?曰:強者,勉之謂也;載者,安濟之謂也。君子自強法天,厚徳法地,徳不厚則物不得而濟也。是故自強不息則道無不臻,厚徳而載則物無不濟。夫乾坤者,易之門戶,二象者,道徳之關樞也。
《大象伝》にいわく:大地の形勢は順承寛厚で、君子はこれに取法して深厚の德行をもって万物を承載する。司馬光が問う:乾卦の《大象》に「自彊不息」といい、坤卦の《大象》に「厚德載物」というのは、なぜか。答えていわく:いわゆる「強」は勉力奮発の意味、いわゆる「載」は安頓済助の意味である。君子の自彊は天に取法し、德行の深厚は地に取法する。德行が厚くなければ万物は済助を得ない。だから自彊不息なれば大道は至らない所なく、徳厚にして承載し得れば万物は済助を得ないものなし。乾と坤は《周易》の門戸であり、「自彊不息」「厚德載物」のこの二つの卦象は、道と徳の関鍵枢紐である。
初六:履霜,堅冰至。象曰:履霜堅冰,陰始凝也,馴致其道,至堅冰也。初六者,陰之始也。於律為林鐘,於曆為建未之月,陽氣方盛,陰生而物未之知也,是故君子謹之。其曰履霜堅冰至:霜者寒之先也,冰者寒之盛也。君子見微而知彰,原始而知終,攘惡於未芽,杜禍於未萌,是以身禔而國家乂寜也。
初六爻辞にいわく:脚下に霜を踏めば、堅厚の氷がまさに至ろうとしている。《小象伝》にいわく:霜を履んで堅氷の至るを知るは、陰気が凝結し始めることであり、この路に順って発展すれば、堅氷の地步に至る。初六のこの爻は陰気の端緒である。十二律に配すれば「林鐘」、暦法に配すれば建未の月、すなわち夏暦六月である。この時陽気が正に盛んで、陰気はすでに産生したが万物はまだ察覚していない。だから君子はこれに格外に謹慎する。爻辞に「履霜、堅氷至」という:霜は寒冷の先兆、氷は寒冷の極盛である。君子は細微の苗头を見て顕著の后果を推知し、開端を推究して結局を預知し、悪がまだ発芽しない時にこれを除き、禍がまだ萌生しない時にこれを堵す。ゆえに自身安寧にして国家太平である。
六二:直方大,不習無不利。象曰:六二之動,直以方也;不習無不利,地道光也。六二者,於律為南呂,於曆為建酉之月,草木黃落,暑去而寒至也。其曰直方大何?直方而大,地之徳也。六二何為擅地之徳?坤之主也。六二何為坤之主?夫陰陽雖殊,皆主中正者也,故乾九五陽之主也,坤六二陰之主也。地之得其為直方大者何?直者言其氣,方者言其形也,大者兼形與氣而言之也。
六二爻辞にいわく:正直・端方・博大で、刻意に演習しなくても不利なし。《小象伝》にいわく:六二の挙動は正直にして端方、演習しなくても不利なきは、大地の道が光明顕著だからである。六二のこの爻は、十二律に配すれば「南吕」、暦法に配すれば建酉の月、すなわち夏暦八月で、この時草木は枯黄凋落し、暑気は退いて寒気が至る。爻辞に「直方大」というのは何の意味か。正直・端方にして博大は、まさに大地の徳性である。六二は何によって独り大地の徳性を得るか。それは坤卦の主爻だからである。六二はまた何によって坤卦の主爻となるか。陰陽は性質が異なるが、いずれも居中守正の爻を主とする。ゆえに乾卦九五は陽の主爻、坤卦六二は陰の主爻である。大地の「直方大」と称し得る所以は、またどう講ずるか。「直」はその気について言い、「方」はその形について言い、「大」は形と気の両面を兼合して言うのである。
六三:含章可貞,或從王事,無成有終。象曰:含章可貞,以時發也;或從王事,知光大也。乾坤之爻,得位未必告,失位未必凶,其故何也?曰:陽非陰則不成,陰非陽則不生,陰陽之道,表裡相承,陰勝則消,陽勝則亢。是故乾坤以陰居陽、以陽居陰,不皆為咎也。
六三爻辞にいわく:文采を含蘊して正を守るべく、あるいは君王の政事に従事し、成功を居らずしてよい結局がある。《小象伝》にいわく:文采を含蘊して正を守るべきは、時機を待って発露するためである。あるいは王事に従事するは、彼の智慧が広大であることを言う。司馬光がいわく:乾坤両卦の爻は、正位を得ても必ずしも吉でなく、正位を失っても必ずしも凶でない。これは何の故か。答えていわく:陽は陰なくして成就できず、陰は陽なくして生発できない。陰陽の道理は表裏互いに承接する。陰が過盛になれば陽を消退せしめ、陽が過盛になれば驕亢に流れる。だから乾坤両卦の中で陰爻が陽位に居り、陽爻が陰位に居る情形は、すべてが過ちと算入されるわけではない。
乾之九三以陽居陽而不中,故曰“夕惕若厲,無咎”;坤之六四以陰居陰而不中,故曰“括囊,無咎無譽”:皆剛柔太過,故須畏慎而後免咎也;然未失其正,故不凶也。九五、六二居中履正,其徳最羙;九二、六五不失其中,徳羙次之;九三、六四不失其正,雖危無疑;九四、六三雖無中正之徳,九四以陽處下,剛克而沈潛者也,故曰“在淵無咎”;六三以陰處上,柔克而髙明者也,故曰“含章可貞”。
乾卦九三は陽爻が陽位に居りて中位に在らず、ゆえに爻辞に「夕惕若厲、无咎」という。坤卦六四は陰爻が陰位に居りて中位に在らず、ゆえに爻辞に「括囊、无咎无譽」という。この両爻はいずれも剛または柔が過頭で、ゆえに必ず戒惧謹慎して後に過ちを免れ得る。しかしそれらは畢竟正位を失っていないから、凶険ではない。九五と六二は中位に居りかつ正位を得て、德行は最も美善である。九二と六五は位に当たらないが中に居り、德行の美は次一等である。九三と六四は正位を失わず、危険はあるが疑慮する所なし。九四と六三については、中でもなく正でもないが、九四は陽爻をもって上卦の下位に処し、「剛克」に属して沈潜し得る一類で、ゆえに「在淵无咎」という。六三は陰爻をもって下卦の上位に処し、「柔克」に属して高明になり得る一類で、ゆえに「含章可貞」という。
六三者,於律為應鐘,於曆為建亥之月,百榖斂藏,萬物備成,陰功小終。體執乎柔而志存乎剛,故曰含章;柔不泥於下,剛不疑乎上,故曰可貞。王者,尊之極也,為臣之榮,從王役也;不敢專成,下之職也;承事之終,臣之力也。
六三のこの爻は、十二律に配すれば「応鐘」、暦法に配すれば建亥の月、すなわち夏暦十月である。この時百谷は収斂して倉に入り、万物は完全に成熟し、陰の功用は小さく成り告げる。その形体は柔順を執守し、心志は剛健を存する。ゆえに「含章」という。柔順にして下に拘泥せず、剛健にして上に疑われず。ゆえに「可貞」という。君王は尊貴の極点であり、臣子たるの栄耀は君王に効力して事を弁ずることにある。成功を独占することを敢えてしないのは下位に居る者の本分で、事情を承当してそれを底迄するのは臣子の功労である。
物以陽生,得陰而成;令由君出,得臣而行。故陽而不陰則萬物傷矣,君而不臣則百職曠矣。陰陽同功,君臣同體,天之經也,人之紀也。《虞書》曰:“予欲左右有民,汝翼;予欲宣力四方,汝為。”此之謂也。
万物は陽気によって生じ、陰気を得て成熟する。政令は君主から発し、臣子を得て推行される。だから陽のみあって陰なければ、万物は損害を受ける。君のみあって臣なければ、百官の職事は荒廃する。陰と陰は共に一功を成し、君と臣は同じく一体を為す。これは上天の常道であり、人間の綱紀でもある。《尚書・虞書》に舜帝の言葉を記していわく:「私は百姓を輔助教養したい。あなたたちに輔翼してほしい。私は四方に力量を施展したい。あなたたちに実行してほしい」、と。言うのはまさにこの道理である。
六四:括囊,無咎無譽。象曰:括囊無咎,慎不害也。六四者,於律為大呂,於曆為建丑之月,曰窮於次,月窮於紀,天吟地閉,萬物伏死,陰氣大盛,陽將更始。履卑體順,以陰居陰,處不得中而潛伏乎其深,是以幽晦否塞而不通,雖無咎亦無譽也。
六四爻辞にいわく:口袋を扎緊するように口を閉じて言わなければ、過ちもなく称誉もない。《小象伝》にいわく:口袋を扎緊して禍患に遭わないのは、謹慎だからこそ損害を受けない。六四のこの爻は、十二律に配すれば「大吕」、暦法に配すれば建丑の月、すなわち夏暦十二月である。この時太陽は一年の十二次を走り終え、月は一年の会合を走り終え、天地は閉塞凝滞し、万物は潜伏して死のごとく、陰気は極めて旺盛で、陽気はまさに重新に始まろうとする。六四の処する位置は卑下で、体性は柔順で、陰爻をもって陰位に居り、中に居らずして深く潜伏し、ゆえに幽暗閉塞して通達しない。こうすれば過ちはないが、称誉も得られない。
六五:黃裳元吉。象曰:黃裳元吉,文在中也。六五者,於律為夾鐘,於曆為建帽之月,天地始闢,和氣融明,莩甲發散,庶物滋榮。體柔而志剛,乘陰而佐陽,中羙能黃,上羙則元,下羙則裳,是以吉也。
六五爻辞にいわく:黄色の下裳は大いに吉利である。《小象伝》にいわく:黄裳の大吉は、文采が中位に蘊含されているからである。六五のこの爻は、十二律に配すれば「夾鐘」、暦法に配すれば建卯の月、すなわち夏暦二月である。この時天地が開闢し始め、和暖の気が融和明朗で、草木の種殻が萌発綻裂し、万物が滋長繁栄する。六五は体性が柔順にして心志が剛健で、衆陰に凌乗して陽剛を輔佐する。内在の美が中に居るから「黄」の中央の色を取り、上にある美徳を「元」と称し、下にある美徳を「裳」と称し、ゆえに吉利である。
上六:龍戰于野,其血黃。象曰:龍戰于野,其道窮也。上六者,陰之窮也。於律為仲呂,於曆為建巳之月,純陰用事,陽道已窮,冒進不已,不能守中,是以戰也。夫下不能自重,重之者上也;臣不能自大,大之者君也。重而不已,上必危;大而不已,君必虧。既危且虧,能無戰乎?故君子執臣之樞,守臣之機,謹其樞,固其機,禍無從來。樞機之失,儓僕為災,雖得而勝之,猶有傷也,故曰其血黃。
上六爻辞にいわく:龍が郊野で交戦し、青黄相雑の血を流す。《小象伝》にいわく:龍が郊野で交戦するのは、陰の道路がすでに尽頭に走到したからである。上六のこの爻は陰気が窮尽する段階である。十二律に配すれば「仲吕」、暦法に配すれば建巳の月、すなわち夏暦四月である。この時純陰が権を当てて事を用い、陽の道路はすでに窮処に至る。陰気はひとえに冒進して止まず、中道を守ることができず、ゆえに交戦がある。下位に居る人は自分で自分を抬高できず、彼を抬高するのは上の君主である。臣子たるは自分で自分を強大にできず、彼を強大にするのは君主である。抬高して止まなければ、上の者は必ず危険になる。壮大にして止まなければ、君主は必ず損害を受ける。危険であり損害を受けるのに、争闘が発生しないことがあろうか。だから君子は臣子たるの枢紐を把握し、臣子たるの関鍵を守る。この枢紐を謹守し、この関鍵を穏固にすれば、禍患は生ずる由がない。ひとたび枢紐関鍵が失守すれば、僕隷の下人すら禍患となり、たとい僥倖に相手に戦勝しても、自分はすでに傷を受けている。ゆえに爻辞に「其血玄黄」という。
文言曰:臣弒其君,子弒其父,非一朝一夕之故,其所由來者漸矣,由辨之不早辨也。嗚呼!聖人之戒為人上者,如此其深乎!用六:利永貞。象曰:用六永貞,以大終也。
《文言伝》にいわく:臣子が君主を殺害し、子が父を殺害するのは、いずれも一朝一夕に造成されたのではなく、その由来は逐漸に積累し、原因は辨察すべき時に及早に辨察しなかったことにある。司馬光が感嘆していわく:ああ、聖人が上位に居る者に告誡するその用意は、竟にこのように深切であるか。用六爻辞にいわく:長久に正を守るに利あり。《小象伝》にいわく:用六の「永貞」たる所以は、宏大をもって全卦を収結しようとするためである。
文言曰:坤至柔而動也剛,至靜而徳方,後得主而有常,含萬物而化光。坤道其順乎,承天而時行。積善之家,必有餘慶;積不善之家,必有餘殃。臣弒其君,子弒其父,非一朝一夕之故,其所由來者漸矣,由辨之不早辨也。易曰“履霜堅冰至”,蓋言順也。
《文言伝》にいわく:坤は極めて柔順だが、ひとたび運動すれば剛勁である。それは極めて安静で、徳性が方正である。後に随従してようやく主人を得、ゆえに常道に合する。それは万物を涵容して化育の功が広大である。坤道は真に柔順なりや、それは上天を承奉して時に依って運行する。善行を積累する家は、必ず余裕の福慶を後人に留める。悪行を積累する家は、必ず余裕の禍殃を後人に留める。臣子が君主を殺害し、子が父を殺害するのは、いずれも一朝一夕に造成されたのではなく、その由来は逐漸に積累し、原因は辨察すべき時に及早に辨察しなかったことにある。《周易》に「履霜、堅氷至」というのは、まさに事情が勢いに順って発展し、循序に至る道理を講ずる。
直其正也,方其義也。君子敬以直內,義以方外,敬義立而徳不孤。“直方大,不習無不利”,則不疑其所行也。君子法地之直方,則敬以直內,義以方外,敬義立而徳不孤,則大也。何謂敬以直內、義以方外?敬則所受不陷於敗也,義則所適不失其宜也。直且方者,守諸己而無待於外也。君子居則不陷於敗,動則不爽其宜,施於身而身正,施於國而國治,夫又何習而何不利焉?可以斷然無疑矣。
《文言伝》にいわく:「直」は内心の端正を言い、「方」は行事の合宜を言う。君子は恭敬をもって内心を正直にし、道義をもって行為を方正にする。敬と義が確立すれば、德行は孤立无助とならない。爻辞に「直方大、不習无不利」というのは、彼が自分の所作所為に疑慮がないことを言う。司馬光が解していわく:君子が大地の正直と方正に取法すれば、敬をもってその内を正しくし、義をもってその外を方とすることができる。敬と義が確立して徳が孤立しなければ、これが「大」である。何が「敬以直内、義以方外」か。心に恭敬を存すれば、承受する事情が敗壊に陥らない。行事が義に合すれば、往く所が分寸を失わない。正直にして方正の人は、根本を自己身上に守りて外物に依頼しない。君子は平居に敗壊に陥らず、行動に事宜に違背せず、自身に施行すれば自身が端正し、国家に施行すれば国家が安治する。こうなれば、なお何の演習が必要で、何の不利があろうか。完全に断然として疑うことがない。
陰雖有羙,含之以從王事,弗敢成也。地道也,妻道也,臣道也。地道無成而代有終也。天地變化,草木蕃;天地閉,賢人隠。易曰“括囊,無咎無譽”,蓋言謹也。君子黃中通理,正位居體,羙在其中而暢於四支,發於事業,羙之至也。陰疑於陽必戰,為其嫌於無陽也,故稱龍焉;猶未離其類也,故稱血焉。夫黃者,天地之雜也,天而地黃。
《文言伝》にいわく:陰は美徳を含有するが、それを含蔵して君王の政事に従事し、成功に自居することを敢えてしない。これが大地の道、妻子の道、臣子の道である。大地の道は成功に自居することを敢えてせず、ただ上天に代わって終結を完成するのみである。天地が交感変化すれば、草木は繁盛する。天地が閉塞して通ぜざれば、賢人は隠退する。《周易》に「括囊、无咎无譽」というのは、まさに謹慎を講ずる。君子は中和の徳を内含して文理に通達し、正位に居りて体統が安定し、美徳が心中に蘊含して四肢に暢達し、事業上に発揮する。これは美の極点である。陰が盛んになって陽と疑似する地步に至れば、必ず争戦が発生する。人がその中に陽がないと誤認するを怕れるから、それを「龍」と称する。しかしそれは畢竟陰の類属を脱していないから、また「血」と称する。「黄」については、それは天地の色が相雑じて成ったもので、天色は玄にして地色は黄である。
