行運喜忌を論ず(《子平真詮》を見よ)
作盤ガイド: 八字作盤
行運成格變格を論ず(《子平真詮》を見よ)
支中喜忌運に逢い清を透するを論ず(《子平真詮》を見よ)
流年を論ず
《三命通會》云:流年者,逐年遊行之太歲也。主一年之禍福,為四時之吉凶,不可不細察之。經云:太歲乃眾煞之主,入命未必為凶,如逢戰鬥之鄉,必主刑傷本命。蓋太歲如君也,大運如臣也。君臣和悅,其年則吉;君臣戰鬥,其年則凶。經云:歲傷日主,有禍必輕;日犯歲君,見災必重。如庚金太歲克甲木日主,謂之歲傷日主,猶之君治臣,父治子,上治下,順也,雖有舛誤,必無大害。如甲木日主,克戊土太歲,謂之日犯歲君,猶之臣殺君,子殺父,下凌上,逆也,雖有理由,亦遭譴責。
《三命通會》説く、流年便ち逐年遊行するの太歲。它一年の禍福・四季の吉凶を主管す。仔細考察せざるべからず。古經説く、太歲是れ衆煞の主、命に入れば未だ必ずしも便ち凶ならず。若し交戰の地に遇上せば、乃ち必定本命を刑傷す。太歲君主に好比し、大運臣子に好比すに因る。君臣和睦なれば、あの一年便ち吉。君臣交戰すれば、あの一年便ち凶。古經また説く、「歳日主を傷れば、禍有れば必ず輕し。日歳君を犯れば、災見れば必ず重し」。たとえば庚金太歲來りて甲木日主を克するを、「歳傷日主」と叫作す。君主の臣子を管治し・父親の兒子を管治し・上位の下位を管治するに好比す。是れ順なり。縦使差錯有りとも亦必ず大害無し。反對に甲木日主去りて戊土太歲を克するを、「日犯歳君」と叫作す。臣子の君を弑し・兒子の父を弑し・下位の上位に凌駕するに好比す。是れ逆なり。縦然自己理有りとも、亦譴責を遭到せんと要す。此れ是れ流年を斷ずるの第一條綱領。日主と太歲の間、宜しく制を受くべくして上を犯すに宜しからず。
若五行有救,四柱有情,其禍較減,如甲木日主,克戊土太歲,四柱原有庚申金,或大運中亦有金制伏甲木,使之不敢克犯戊土,謂之五行有救。經云:戊己愁逢甲乙,干頭需要庚辛是也。如大運與四柱中有一癸字,與戊相合,謂之四柱有情。經云:壬以癸妹配戊,凶為吉兆是也。若二字具全,凶反為吉,有一字者,凶半,二字具無,凶不能解。經云:五行有救,其年反必為財;四柱無情,故論名為克歲是也。
但し若し「五行救有り」あるいは「四柱情有り」なれば、禍患便ち減輕す。甚麽を五行有救と叫ぶや。たとえば甲木日主去りて戊土太歲を克するも、而して四柱中原來庚金・申金有り、あるいは大運中も亦金有りて來りて甲木を制伏し、它をして敢て戊土を冒犯せざらしむ。此れ便ち叫んで五行有救。古經説く、「戊己甲乙に逢うを愁う、干頭須らく庚辛あるべし」。正是れ此の意。甚麽を四柱有情と叫ぶや。たとえば大運あるいは四柱中一個の癸字有り、戊土と相合すれば(合すれば則ち相爭わず)、此れ便ち叫んで四柱有情。古經説く「壬は癸妹を以て戊に配す、凶は吉兆と為る」。亦是れ此の意。若し制と合と兩樣皆齊全なれば、凶反って轉じて吉と為る。ただ一樣のみ有るは、凶減一半。兩樣皆無きは、凶便ち化解する法無し。古經説く「五行有救、其年反必為財。四柱無情、故論名為克歳」。講ずる便ち是れ此の個の分別。見るべし、流年を斷ずるの第二步は、是れ四柱大運中制神と合神の有無を看るを須す。
又有真太歲,徵太歲之說,如甲子日主,逢甲子流年,謂之真太歲,又名轉趾煞,顯官得之,其年必有君臣慶會之喜;士人得之,亦主雲程進步。惟必須與大運用神協和乃吉,若值刑沖破害則凶。常人遇之,尤主災訟,如癸巳日主,逢丁亥流年,日主干支沖剋太歲干支,亦曰真,皆主凶禍。
還た「真太歲」「征太歲」の兩種の説法有り。たとえば甲子日主甲子流年に遇上すれば、日柱と太歲干支と完全相同、叫作して真太歲、又名は「轉趾煞」。顯官を做するの人遇上せば、あの年必ず君臣慶會の喜有り。讀書人遇上すれば、亦前程進步を主る。但し必ず大運の用神と協調して乃ち吉。若し刑衝破害に碰上せば便ち凶。平常人遇上すれば、尤も容易に災を招き訟を惹す。また癸巳日主丁亥流年に遇上するがごとき、日柱干支と太歲干支と正相衝克す(丁癸衝・巳亥衝)。亦叫んで真太歲。此の一種皆凶禍を主る。見るべし、「真太歲」相同と相衝の兩類有り。同なる者未だ必ずしも全吉ならず、衝する者則ち必ず凶なり。
如甲子流年,逢甲子大運,謂之歲運並臨,獨羊刃、七煞為凶,財官、印綬乃吉。經云:歲運並臨,災殃立至。此指羊刃、七煞言也。大抵日主犯歲君,五陽干重,五陰干輕。若日主帶二德,太歲值用神,則反有益矣;若天沖地擎,柱中原有,流年再見,亦無大凶。若太歲剋制生時,或生時克犯太歲,亦主有災,當以子位斷之。真太歲與徵太歲義同。
また甲子流年にして大運恰好亦是れ甲子なるがごとき、叫作して「歳運並臨」。此の種の情形ただ當に此の組の干支羊刃・七煞たるの時乃ち凶、若し是れ財官印綬なれば反って吉。古經説く「歳運並臨、災殃立至」。指す正是れ羊刃・七煞のあの一類。大致説き來れば、日主太歲を冒犯するは、五個の陽干は重と為り・五個の陰干は輕と為る。若し日主天德月德の二星を帶び、あるいは太歲恰好便ち是れ用神なれば、あれ反って益有り。若し天干相衝・地支相擊して(底本「地擎」は當に「地擊」と作るべし)、而して四柱中原本便ち此の種の衝擊有れば、流年再び一度を見るも、亦算して大凶と為さず。若し太歲時柱を克制し、あるいは時柱太を克犯すれば、亦災有るを主る。時柱子息を主るに因る。此の類の災は應當子女のあの一位の上に歸して去りて斷ずべし。「征太歲」に至りては、含義真太歲と相同なり。
歳運を論ず(宮限附す)
《滴天髓》云:休囚繫乎運,尤繫乎歲,戰沖視孰降,和好視孰切。日主譬如吾身,局中之神,譬之舟馬引從之人,大運譬所到之地,故重地支,未嘗無天干。太歲譬所遇之人,故重天干,未償無地支。必先明一日主,配合七字,權其輕重,看喜行何運,忌行何運。如甲日以氣機看春,以人心看仁,以物理看木,大率看氣機而餘在其中。遇庚辛申酉字面,如春而行之於秋,新伐其生生這機,又看喜與不喜,而行運生甲伐甲之地,何斷其休咎也。太歲一至,休咎即顯,於是詳論戰沖和好之勢,而得勝負適從之機,則休咎瞭然在目。
《滴天髓》説く、「休囚運に係る、尤も歳に係る。戰衝孰降を視、和好孰切を視」。意思是れ命の興衰大運に係り、更に流年に係る。交戰相衝に遇上せば、哪の一方肯んじて降服するかを看るを須す。相和相好に遇上せば、哪の一方更に親切なるかを看るを須す。解注一個の極好の比方を打つ。日主我が自身に好比し、局中の各神、船馬と隨行の人に好比す。大運到る所の地方に好比す。ゆえに地支を重看す。但し天干も亦是れ關係無きに非ず。太歲路上の遇見する所の人に好比す。ゆえに天干を重看す。但し地支も亦是れ關係無きに非ず。推斷の時必ず先ず日主を弄明白し、其餘の七個の字に配合し、輕重を權衡し、它喜んで甚麽の運を行り・忌んで甚麽の運を行るかを看るを須す。譬如甲日主、氣機の上より看れば是れ春天、人心の上より看れば是れ仁德、物理の上より看れば是れ木。大體の上氣機を看れば、其餘の兩層便ち皆其中に在り。若し庚・辛・申・酉の此らの字面に遇上せば、便ち春天忽然行りて秋天に到り、它の生生不息の生機を斫伐するに好比す(底本「新伐」は當に「斫伐」と作るべし、「這機」は當に「之機」と作るべし)。再び它喜むか喜まざるかを看、而行運また走りて甲を生ずるあるいは甲を伐るの地に到る。此れに據りて其の吉凶を斷ず。太歲一たび到れば、吉凶立刻顯現す。ここに詳しく交戰・相衝・相和・相好の形勢を論じ、誰勝誰負・何去何從の樞機を得出せば、然らば則ち一年の休咎便ち了然として目に在り。
按:如甲木日主,生春月,局中有金,堪作制木成財之用,此即舟馬引從之人物合格矣。若再逢金土歲運,輔佐用神,此即行舟順水,馬走平堤,而又遇吉人之相,安得不貞祥獲福哉。若局中無金,用神缺乏,歲運又不逢金土,此即未得舟馬引從之功,而有逆流懸巖,所遇非人之險,安得不生災禍哉。若局中無金,而歲運得土金,補其缺點,此破船遇順風,高人來摧手之兆,雖危亦安,不可盡作凶言,舉甲為例,他可類推。
袁樹珊の按、上面の比喻を把りて落實して三種の局面と成す。第一種:甲木日主春月に生まれ、局中金有り。正好以て木を制し・又能く財星と成る。此れ便ち船馬と隨行の人と皆配齊したるに等し。若し再び金土の流年大運に逢い來りて用神を輔佐せば、那便是れ行船水に順い・走馬堤に平かなり。而且路上また吉人に遇見して來りて相助けば、怎麼會吉祥して福を獲せざらんや。第二種:局中金無く、用神缺乏し、流年大運また金土に遇不着せば、那便ち等しき既に船馬隨從の助無く、また逆流懸崖・遇う所人に非ざるの凶險に碰上す。怎麼會災禍を生ぜざらんや。第三種:局中縦使金無しとも、而して流年大運土金を得て來りて此の缺點を補えば、那便是れ破船順風に遇い・高人手を伸べて來りて扶けるの徵兆。危なりと雖も安し。一概に凶と斷ずべからず。ここに甲木を拿りて例を擧ぐ。其餘の四行以て類推する可し。此の條の按語は《滴天髓》の比喻を把りて翻して三條の以て操作する可きの判斷と為す。是れ全書歳運を講ずるの最も實用の一段なり。
何をか戰と為す
如丙運庚年,謂之運伐歲。若日主喜庚,要丙降,得丙者吉,日主喜丙,則歲不降運,得戊己以和為妙。如庚坐寅午,丙之力量大,則歲運亦不得不降,降之亦保無禍。庚運丙年,謂之歲伐運,日主喜庚,得戊己以和丙者吉;日主喜丙,則運不降歲,又不可用戊己洩助庚。若庚坐寅午,丙之力量大,則運自降歲,亦保無患。
此の一節は歳運の相「戰」を講ず。卽ち大運と流年の天干互相克伐す。たとえば丙運を行りて庚年に遇えば、丙火庚金を克す。叫作して「運伐歳」(大運は流年を伐る)。此の時若し日主庚金を喜べば、便ち丙火をして降服せしむるを須す。能く丙を制住するの年份便ち吉。若し日主丙火を喜べば、那便是れ流年肯んじて大運に向かいて降服せず。此の時戊己土を得て來りて通關調和せば(火は土を生じ・土は金を生ず)最妙なり。假如此の庚金寅あるいは午の上に坐せば(火の長生と帝旺)、丙火の力量大勢を占む。然らば則ち流年も亦降服せざるを得ず。降服すれば亦以て禍無きを保する可し。反對に、庚運を行りて丙年に遇えば、丙火庚金を克す。叫作して「歳伐運」(流年は大運を伐る)。此の時若し日主庚金を喜べば、戊己土を得て來りて丙火を調和せば便ち吉。若し日主丙火を喜べば、那便是れ大運肯んじて流年に向かいて降服せず。而且以て戊己土を用いて去りて丙を泄し庚を助くべからず。假如庚金寅あるいは午の上に坐せば、丙火力量大なり。然らば則ち大運自ら會し流年に向かいて降服す。亦以て患無きを保する可し。斷法の準則ただ一條のみ有り。日主の喜ぶ所是れ哪の一方かを看、便ちあの一方に勝を得せしむるを須す。
何をか衝と為す
如子運午年,謂之運沖歲,日主喜子,則要助子,又得年之干頭,遇制午之神,或午之黨多,干頭遇戊甲字者必凶。如午運子年,謂之歲沖運,日主喜午,而子之黨多,干頭助子者必凶;日主喜子,而午之黨少,干頭助子者必吉,若午重子輕,則不降,亦無咎。
此の一節は歳運の相「衝」を講ず。卽ち大運と流年の地支互相衝擊す。たとえば子運を行りて午年に遇えば、子午相衝す。叫作して「運衝歳」。此の時若し日主子水を喜べば、便ち設法して子水を幫助し、并且流年の天干の上還た能く午火を制住するの神に遇見するを須す。反對に、若し午火の黨羽多く(地支寅・戌有りて來りて會して火局を成す)、而して流年天干また戊土に遇上せば(火を泄し金を生じて卻ってまた水を制す)あるいは甲木(火を生ず)の此の類の字、然らば則ち必定凶なり。反對に、午運を行りて子年に遇えば、叫作して「歳衝運」。此の時若し日主午火を喜べば、而して子水の黨羽多・天干また來りて子を幫けば、然らば則ち必定凶。若し日主子水を喜べば、而して午火の黨羽少・天干また來りて子を幫けば、然らば則ち必定吉。假如午火重くして子水輕し、午肯んじて降服せず、那亦咎害無し。衝を斷ずるは戰を斷ずると一樣、先ず日主の喜ぶ所を看、再び雙方の黨羽多寡と天干助力とを看。
按:以上兩條,但言大運沖伐太歲,太歲沖伐大運,並未言日主沖伐太歲,太歲沖伐日主,當與《三命通會》論太歲篇,參觀互證,乃為精確。
袁樹珊の按:以上「戰」「衝」の兩條、ただ大運太歲を衝伐し・太歲大運を衝伐するの兩種の情形を講ずるのみ。並びに日主太歲を衝伐し・太歲日主を衝伐するの此の一層を講ぜず。應當前面の引く所の《三命通會》「論流年」一篇(「歳傷日主」と「日犯歳君」を講ずるのあの一段)と參照互證して、判斷乃ち算して精確と為す。此の條の按語は讀者を提醒す。歳運關係其の實三方有り。日主・大運・流年なり。《滴天髓》ただ運と歳の兩方の交涉を講じ、日主と太歲の直接の交涉は《三命通會》裡に到りて補うを要す。某の一年の吉凶を斷ずるの時、此の三方皆照顧して到るを須す。
何をか和と為す
如乙運庚年,庚運乙年則和,日主喜金則吉,日主喜木則不吉,子運丑年,丑運子年,日主喜土則吉,喜水則不吉。
此の一節は歳運の相「和」を講ず。卽ち天干相合あるいは地支相合す。たとえば乙運を行りて庚年に遇い、あるいは庚運を行りて乙年に遇えば、乙庚相合す。便ち叫作して「和」。合すれば則ち金を化す。ゆえに日主金を喜ぶは便ち吉、日主木を喜ぶは便ち不吉なり(乙木合去せられて能く我の為に用いられず)。また子運を行りて丑年に遇い、あるいは丑運を行りて子年に遇うがごとき、子丑相合して土を化す。ゆえに日主土を喜ぶは便ち吉、水を喜ぶは便ち不吉なり(子水合住せらる)。見るべし、「和」並びに一概是れ好事に非ず。忌神を合去すれば則ち吉、喜神を合去すれば則ち凶。關鍵仍ほ合掉せらるるは哪の一個なるかに在り。
何をか好と為す
如庚運辛年,辛運庚年,申運酉年,酉運申年,則好。日主喜陽,則庚與申為好,喜陰,則辛與酉為好,凡此皆宜類推。
此の一節は歳運の相「好」を講ず。卽ち大運と流年と同属一行にしてただ陰陽を分かつ。たとえば庚運を行りて辛年に遇い、あるいは辛運を行りて庚年に遇い、申運を行りて酉年に遇い、あるいは酉運を行りて申年に遇う。兩者氣類相同・彼此親近す。便ち叫作して「好」。此の時日主若し陽を喜べば、然らば則ち庚と申の此の一邊算して好し。日主若し陰を喜べば、然らば則ち辛と酉の此の一邊算して好し。其餘の各行皆照らして此に類推する可し。戰・衝・和・好の四條講じ畢り、《滴天髓》歳運を斷ずるの四種の基本關係便ち齊き。相克を戰と為し、相衝を衝と為し、相合を和と為し、同類を好と為す。而して哪の一種を論ぜずとも、最終皆「日主の喜ぶ所の者勝れば則ち吉・忌む所の者勝れば則ち凶」の此の一條の總準繩の上に回到するを須す。
按:以上斷命流年宜忌之理,條分縷晰,不難玩索而知。至於宮限宜忌,諸書皆未詳言,世人每多不察,殊不知命宮繫一生榮枯,小限繫一年之休咎,豈可不重視之耶。如丙火夏生,喜水濟之,八字中水無一點,恰逢命宮之壬水子水,補其缺乏,則一生受益無窮矣。如小限逢戊土克之,或午火沖之,則一年不幸矣。
袁樹珊の按:以上流年宜忌を斷ずるの道理條分縷析、玩味領會するに難からず。命宮と小限の宜忌に至りては、各家の書裡皆詳説有ること無し。世人往往留意を加えず。殊に知らず命宮一生の榮枯に關係し、小限一年の休咎に關係す。怎麼以て重視せざる可けんや。一個の例子を擧ぐ。丙火夏天に生まれ、火炎土燥、水の來りて相済するを喜ぶ。けれども八字裡一點の水も無し。若し恰好命宮是れ壬水あるいは子水なれば、正に此の缺乏を補う。然らば則ち一生受益無窮なり。反對に、某の一年の小限若し戊土に逢い來りて此の壬水を克し、あるいは午火に逢い來りて此の子水を衝せば、あの一年便ち不幸なり。此れすなわち命宮を把りて當て「八字之外の第九個の字」に作して以て用うなり。它能く八字の缺を補い、亦能く小限に破せらる。
又如庚金秋生,喜火煉之,八字中僅有一點丁火,或巳火,堪作用神,恰逢命宮之癸水克之,或亥水沖之,則一生困難多矣。如小限逢午逢申,即可助用神之丁,合神之巳,籍生化克,籍合解沖,則一年利達多矣。舉此一例,不過略言大概,其中神奇變化,不可思議,要在智者細心體驗之。
再び一個の反面の例子を擧ぐ。庚金秋天に生まれ、金旺權を當つ。火の來りて煅煉するを喜ぶ。八字中ただ一點の丁火あるいは巳火以て用神を作す可きのみ。若し恰好命宮是れ癸水來りて丁を克し、あるいは亥水來りて巳を衝せば、然らば則ち一生困難重重なり。けれども某の一年の小限若し午に逢い・申に逢えば、情形また變ず。午能く用神を作すの丁火を幫助し(午は丁の祿と為る)、申能く巳と相合す(巳申合)。ここに相生を借りて克を化解し・相合を借りて衝を解開す。あの一年便ち大に順利通達す。袁樹珊説く、此の一例を擧ぐる不過略々大概を言うのみ。其中の神奇變化思議すべからず。全靠智慧有るの人細心體驗す。此の兩段合わせて看れば、便ち本書命宮と小限とを使用するの完整の方法なり。命宮缺を補いて一生を看、小限救應して一年を看。
小運を論ず
《三命通會》云:夫小運者,補大運之不足而立名也。然必須先詳八字衰旺喜忌,然後與大運及用神互相較量,吉凶乃定。至於幼童未交大運,尤宜用此法衡之。大致行死絕煞旺之宮,多主危難;行長生臨官之地,多主安寧耳。
《三命通會》説く、小運此の個の名目は、是れ大運の不足を補うが為めに設立す。但し它を用うる時必ず先ず詳細に八字の衰旺喜忌を考察し、然る後大運及び用神と互相比較權衡して、吉凶乃ち能く確定す。撇開して本命ただ小運を看るべからず。幼童還た大運に交上せざるのあの幾年に至りては、尤も應當小運を用いて來りて衡量すべし。大致説き來れば、小運走りて死・絕並びに煞旺の宮に到れば、多く危難を主る。走りて長生・臨官の地に到れば、多く平安を主る。此れ卷二「推小運法」一節と相呼應す。あれは怎樣に時柱より小運を起排するかを講じ、ここは小運吉凶を斷ずるの原則を講ず。兩處合わせて看て乃ち算して完整と為す。
貞元を論ず
《滴天髓》云:造化起於元,亦止於貞。再肇貞元之會,胚胎嗣續之機。三元皆有貞元。如以八字看,以年為元,月為亨,日為利,時為貞。年月吉者,前半世吉,日時吉者,後半世吉。以大運看,以初十五年為元,次十五年為亨,中十五年為利,後十五年為貞。元亨運吉者,前半世吉,利貞運吉者,後半世吉,皆貞元之道。
《滴天髓》説く、「造化元より起り、亦貞に止まる。再び肇めて貞元の會、胚胎嗣續の機」。ここにの元・亨・利・貞の四字は《周易》乾卦より借す。用いて以て人生の四段を劃分す。解注説く、天元・地元・人元の三元皆各々貞元有り。若し八字に就きて看れば、年柱を以て「元」と為し・月柱を以て「亨」と為し・日柱を以て「利」と為し・時柱を以て「貞」と為す。年月兩柱吉なるは、前半生吉なり。日時兩柱吉なるは、後半生吉なり。若し大運に就きて看れば、最初の十五年は元と為り、其次の十五年は亨と為り、中間の十五年は利と為り、最後の十五年は貞と為る。元・亨の兩段運吉なるは、前半生吉なり。利・貞の兩段運吉なるは、後半生吉なり。此ら皆是れ貞元の道、亦即ち一生を把りて四段に按じて來りて分觀す。
然有貞元之妙存焉,非特絕處逢生、北盡東來之意也。至於仁之壽終矣,而既終之後,運之所行,果所喜者歟?則其家必興;果所忌者歟?則其家必替。蓋以父為貞,子為元也。貞下起元之妙,生生不息之機。予著此論,非欲人知考之年,而示天下萬世,實所以驗奕世之兆,而知數之不可逃也。學者勖之!
但し「貞元」の中還た一層更に妙なるの意思有り。不只是れ絕處逢生・北方走盡して轉向して東方に向かう(卽ち冬盡春來)の此の一層なり。它是れ説く、一個人壽終の後、其の本命の大運仍舊下り往きて推行す。那の以後行る所の運、若し正是れ其の生前の喜ぶ所なれば、然らば則ち其の家必定興旺す。若し正是れ其の生前の忌む所なれば、然らば則ち其の家必定衰替す。父輩是れ「貞」(一輪の末)、子輩是れ「元」(下一輪の始)に因る。貞の下再び元を起こすは、正是れ生生不息の機括なり。作者説く、我此の一篇論を寫す、並びに人をして父親亡故の年份を推知せしめんと要するに非ずして、是れ天下萬世を昭示せんと欲す。它實在以て累世の徵兆を驗證する可く、從りて氣數是れ逃掉する能わざるを知る。學者之に勉めよ。此の一説は命理を把りて一人一世より推して父子相承に到る。是れ《滴天髓》中の最も哲思に富むの一段なり。
按:余每觀一種困厄之士,甫行好運,而即病逝,甫掌握兵柄,而即陣亡。及其逝後,往往子孫發達,聲名洋溢,世人聞之,莫不有才到榮華壽有終之憾。而餘亦百思莫知其故,及讀此論,疑義乃明。繼又讀紀文達《閱微草堂筆記》,載常見一術士云,凡陣亡將士,推其死綏之歲月,運必極盛,蓋盡節一時,垂名千古,馨香百世,榮逮子孫,所得有在王侯將相之上者故也。於是而益信貞元之論,具有至理,發前人所未發也。
袁樹珊の按:我常常一種の困頓の士を見る。剛ち好運に交上すれば便ち病逝し、剛ち兵權を握到すれば便ち陣亡す。其の去世の後を等し、往往子孫發達・聲名遠播す。世人聞説して、無くして「纔到榮華而壽已終」の為に遺憾を感到せざるは無し。我亦百思して其の中の緣故を解せず。此の一篇の「論貞元」を讀了するを等し、疑惑乃ち渙然として冰釋す。原來あの好運並びに落空せず、只是れ子孫の身上に應じたり。後來また紀昀(諡は文達)の《閱微草堂筆記》を讀む。其中記載常見有位の術士説く、およそ陣亡の將士は、其の殉難の年月を推算すれば、大運必定極盛なり。它一時節を盡すも、卻って名を千古に垂れ・馨香百世し、榮耀子孫に延及す。得る所の東西王侯將相の上に在る者有りに因ると。ここに更加相信す貞元の論確かに至理有り、是れ前人の未發を發したり。此の條の按語は袁樹珊の讀書と閱歷と相印證するの功夫を見出し、亦上文のあの略々玄遠を嫌うの道理に替わりて人事の上の落點を找到せり。
六親
六親を論ず
《滴天髓》云:夫妻因緣宿世來,喜神有意傍天財。按:妻與子一也,局中有喜神,一生富貴在於是,妻子在於是。大率依財看妻,如喜神即是財神,其妻美而富貴,喜神與財神不相妒忌,亦好,否則克妻,或不美,或欠和。然看財神,又有活法,如財神薄,須用助財。財旺身弱,又喜比劫,財神傷印者,要官星。財薄官多者要傷官。財氣未行,要沖者沖,瀉者瀉。財氣流通,要合者合,庫者庫。若財神瀉氣太重,比劫太露。及身旺無財者,必非夫婦全美也。至於財旺身強,必富貴而妻妾。用者當審辯其輕重如何。
《滴天髓》六親を論ずる共四句、此れ是れ第一句。「夫妻因緣宿世より來る、喜神意有りて天財に傍う」。意思是れ夫妻の緣分自ら前定有り、妻を看るは喜神是れ否か財星に依傍するを看るを須す。袁樹珊の按:妻を看ると子を看るとは同一個の道理。局中喜神有れば、一生の富貴它に係り、妻と子も亦它に係る。大體の上財星に依りて妻を看る。若し喜神恰好便ち是れ財星なれば、然らば則ち妻子既に美貌且つ富貴なり。若し喜神と財星と彼此相妒忌せざれば、亦算して好し。然らざれば則ち妻を克せんと要し、あるいは妻美ならず、あるいは夫婦和せず。但し財星を看るに還た活法有り。財星薄きは、要して食傷を用いて來りて財を助くべし。財旺して身弱なるは、また比劫身を幫くるを喜ぶ。財星印綬を傷めたるは、要して官星を用いて來りて通關すべし。財薄くして官多きは、要して傷官を用いて來りて官を制し財を護るべし。財氣流通せざるは、該に衝すべきは便ち衝開し・該に泄すべきは便ち泄す。財氣已に流通するは、該に合すべきは便ち合住し・該に庫に入るべきは便ち庫に入る。若し財星泄氣太重・比劫太顯露、並びに身旺して全く財星無きは、夫婦必定能わず兩全其美す。財旺身強に至りては、必定富貴而且妻妾成群なり。此の方法を用うるの人は、應當其中の輕重を細辨すべし。
子女根枝一世傳,喜神看與殺相連。按:大約依官看子,如喜神即是官星,其子賢俊。喜神與官星不相妒亦好,否則無子,或不肖,或有克。然看官星又須活法,如官輕要助官,煞重身輕,又須印比,無官只論財。若官星阻滯,要生扶沖法,官星洩氣太重,須合逢助。若煞重身輕而無子者,必多女。
第二句。「子女根枝一世傳わる、喜神看る煞と相連なるや否や」。意思是れ子女樹の根枝のごとく、一世相傳わる。子を看るは喜神是れ否か官煞と相連するを看るを須す。袁樹珊の按:大體の上官星に依りて子を看る。若し喜神恰好便ち是れ官星なれば、然らば則ち兒子賢良俊秀なり。若し喜神と官星と相妒忌せざれば、亦算して好し。然らざれば則ち便ち子無く、あるいは子肖らず、あるいは子を克するの事有り。但し官星を看るも亦活法有るを須す。官星輕きは官を助くるを要す(財を用いて官を生ず)。煞重くして身輕きは、また印綬・比劫を用いて來りて身を幫くるを須す。命中全く官星無きは、便ちただ財を論ず(財能く官を生ず)。若し官星阻滯せられて通ぜざれば、生扶あるいは衝開の辦法を用いるを須す。官星泄氣太重なるは、須らく合を用いて來りて相助くべし。若し煞重身輕して子無きは、あれ多半是れ女兒多し。見るべし、子息を看るは妻室を看ると一樣、皆「喜神と該星との關係」の上に落到するを須す。
父母或降與或替,歲月所關果非細。按:子平之法,以偏財為父,以正印為母,而斷其吉凶,十有九驗。然看歲月為緊,歲氣有益於月令者,及歲月不傷夫喜神者,父母必昌。歲月財氣斫喪於時支者,先克父;歲月印綬斫喪於時支者,先克母。又須活看局中大勢,不可專泥財印論,中間隱隱露露,其興旺之機,不必在財印,看生財、生印,與財生、印生之神,而損益舒配,並及陰陽多寡之論,無不驗矣。
第三句。「父母あるいは興りあるいは替わる、歳月の關する所果たして細ならず」。意思是れ父母の興衰、年柱・月柱と關係極大なり(底本「或降」は當に「或興」と作るべし)。袁樹珊の按:子平の法は偏財を以て父と為し・正印を以て母と為す。此れに據りて吉凶を斷ずれば、十次九次應驗す。但し要緊なるは年月兩柱を看るに在り。年柱の氣月令に有益有る、並びに年月兩柱喜神を傷害せざるは、父母必定昌盛す。年月の財氣時支に斫傷せらるるは、先ず父を克す。年月の印綬時支に斫傷せらるるは、先ず母を克す。此外還た全局の大勢を活看するを須し、死守して財印の二字すべからず。其の間あるいは隱れあるいは顯れ、父母興旺の機括未だ必ずしも便ち財印本身に在らず。還た財を生ずるの神・印を生ずるの神、並びに財の生ずる所・印の生ずる所の神を看、其れらの損益配置を權衡し、再び陰陽多寡の推論を加えれば、便ち應驗せざる無し。
兄弟誰廢與誰興,提用財神看重輕。按:敗財、比肩、羊刃皆兄弟也。要在提綱之神,與財神喜神,較其輕重。財官弱,三者顯其攘奪之跡,兄弟必強;財官旺,三者其助主之功,兄弟必美;身與財官兩平,三者伏而不凶,兄弟必貴;比肩重而傷官財煞亦旺者,兄弟必富;身旺而三者不顯,有印,兄弟必多;身旺而三者又顯,無官,兄弟必衰。
第四句。「兄弟誰廢く誰興る、提用財神輕重を看る」。意思是れ兄弟の興廢、月令(提綱)の神と用神・財星とを拿りて輕重を比較して以て定めるを須す。袁樹珊の按:敗財・比肩・羊刃の此の三者皆兄弟を代表す。關鍵は月令の神を財星・喜神と一處に放りて來りて輕重を比較するに在り。若し財官衰弱して、此の三者爭奪の痕跡を顯出せば、然らば則ち兄弟必定強橫なり(我より強し)。若し財官旺盛して、此の三者日主を幫助するの功用を起こせば、然らば則ち兄弟必定美好なり。若し日主と財官と兩邊平衡して、此の三者潛伏して凶と為さざれば、然らば則ち兄弟必定顯貴なり。若し比肩重くして傷官・財・煞も亦旺せば(比劫出路有りて又財を奪わず)、然らば則ち兄弟必定富有なり。若し身旺して此の三者顯露せず・命中また印綬有れば、然らば則ち兄弟必定衆多なり。若し身旺して此の三者また顯露し・命中卻って官星無くして來りて制せざれば、然らば則ち兄弟必定衰敗す。《滴天髓》六親を論ずる四句ここに至りて講じ畢せり。通例是れ、某一の親屬の休咎、それを代表するあの個の十神と全局喜神との向背を看る。
宮分用神配六親を論ず(《子平真詮》を見よ)
妻子を論ず
《子平真詮》云: 大凡命中吉凶,於人愈近,其驗益靈。富貴貧賤,本身之事,無論矣,至於六親,妻以配身,子為後嗣,亦是切身之事。故看命者,妻財子提綱得力,或年干有用,皆主父母身所自出,亦自有驗。所以提綱得力,或年干有用,皆主父母雙全得力。至於祖宗兄弟,不甚驗矣。
《子平真詮》説く、大凡命中の吉凶、關係越えて切近の人、應驗越えて靈なり。富貴貧賤是れ本身の事、説くを須せず。六親之中妻我と配偶し・子是れ我の後嗣に至りては、亦皆是れ切身の事。ゆえに命を看るの人妻と子とに對しても亦斷じて準なり。父母是れ自己の從出する所。若し月令(提綱)力を得、あるいは年干用有れば、亦皆父母雙全して力を得るを主る。同樣應驗有り。祖宗・兄弟の此らの較だ遠きの關係に至りては、便ち不很だ靈驗ならず。(底本此の段「妻財子提綱得力」の一句文字竄亂有り、下句と重出す。讀者文義に依りて讀み作して「父母に至りては、提綱得力あるいは年干有用、皆主父母雙全得力」とすれば卽ち可なり。)此の一段は先ず一條の通則を立つ。命理六親を斷ずるの準確度は、親疏遠近と正比を成す。
以妻論之,坐下財官,妻當賢貴;然亦有坐財官而妻不利,逢傷刃而妻反吉者,何也?此蓋月令用神,配成喜忌。如妻宮坐財,吉也,而印格逢之,反為不美。妻坐官,吉也,而傷官逢之,豈能順意?妻坐傷官,凶也,而財格逢之,可以生財,煞格逢之,可以制煞,反主妻能內助。妻坐陽刃,凶也,而或財官煞傷等格,四柱已成格局,而日主無氣,全憑日刃幫身,則妻必能相關。其理不可執一。
先ず妻を説く。日支(妻宮)財星あるいは官星に坐すれば、妻子應當賢良顯貴なり。然りと雖も亦財官に坐して妻利ならず・傷官羊刃に遇いて妻反って吉なる有り。此れ是れ何為ぞや。原來還た月令用神の配成する所の喜忌を看るを須す。たとえば妻宮財に坐するは本是れ吉。けれども印格(印を用いて用神と為す)它に遇上せば、財來りて印を破り、反って美ならず。妻宮官に坐するは本是れ吉。けれども傷官格它に遇上せば、傷官官を見れば、怎能順心せんや。反對に、妻宮傷官に坐するは本是れ凶。けれども財格它に遇上せば、傷官正好財を生ず。煞格它に遇上せば、傷官正好煞を制す。反って妻子能く内助するを主る。妻宮陽刃に坐するは本是れ凶。けれども若し命財・官・煞・傷の等の格を成して日主氣無く、全靠日支の羊刃に依りて來りて身を幫かば、然らば則ち妻子必定能く我に對して關切の助有るを主る(底本「相關」は當に「相幫」の意と作るべし)。見るべし、此の道理執定して一端すべからず。妻宮の吉凶は、全局格局の喜忌の裡に放りて去りて衡量するを須す。
既看妻宮,又看妻星。妻星者,干頭之財也。妻透而成局,若官格透財、印多逢財、食傷透財為用之類,即坐下無用,亦主內助。妻透而破格,若印輕財露、食神傷官、透煞逢財之類,即坐下有用,亦防刑剋。又有妻透成格,或妻宮有用而坐下刑沖,未免得美妻而難偕老。又若妻星兩透,偏正雜出,何一夫而多妻?亦防刑剋之道也。
妻を看るは不ただ「妻宮」(日支)を看るのみならず、還た「妻星」(天干上の財星)を看るを須す。妻星透出して格を成すに助有るは。たとえば官格財を透して來りて官を生じ・印多くして財に逢い來りて其の太過を損し・食傷財を透して用と為すの此の一類。然らば則ち卽使日支坐るの字用無しとも、亦妻子能く内助するを主る。妻星透出して格局を破壞するは。たとえば印輕くして財露なり(財は印を破る)・食神傷官格にして煞を透して財に逢う(財は煞を生ず)の此の一類。然らば則ち卽使日支坐るの字用有りとも、亦要して妻室を刑克するを防ぐべし。別に一種の情形有り。妻星透出して格を成し、あるいは妻宮本是れ有用の神なりと雖も、けれども日支刑衝を遭到せば、那便ち未免美妻を娶得して卻って白頭偕老し難し。また若し妻星兩個皆透出し、正財偏財雜然と並見せば、一個の丈夫怎麼會兩個の妻子有らんや。此亦是れ刑克を防備するの一種の徵象なり。總じて妻を看るは「宮」「星」並びに看るを須す。兩者皆破無き、乃ち是れ妻宮美滿なり。
至於子息,其看宮分與星所透喜忌,理與論妻略同。但看子息,長生沐浴之歌,亦當熟讀,如“長生四子中旬半,沐浴一雙保吉祥,冠帶臨官三子位,旺中五子自成行,衰中二子病中一,死中至老沒兒郞,除非養取他之子,入墓之時命夭亡,受氣為絕一個子,胎中頭產養姑娘,養中三子只留一,男子宮中子細詳”是也。
子息に至りては、時支(子宮)と透する所の星の喜忌とを看る。道理論妻と大致相同なり。但し子息を看るに還た一首の「長生沐浴歌」應當背熟すべき有り。它子星時支に在るの十二運位置に按じて以て子女數目を定む。歌辭是れ曰く、長生位は四子を主り、其中あるいは半を折す。沐浴位は一雙を主り、以て吉祥を保する可し。冠帶・臨官の兩位各々三子を主る。帝旺位は五子成行を主る。衰位は二子を主り、病位は一子を主る。死位則ち到老兒郎無し。墓に入るの位、縦使子有りとも亦早夭す。別人の兒子を抱養するに非ずんば。絕位(氣を受くるを絕と為る)は一個の兒子を主る。胎位則ち頭胎女を生ず。養位本は三子を主りてただ一個を留得るのみ。男命の子女の數は、要して時支の上に細細推詳すべし。注意すべし、此れ只是れ古法の一個の概數。實際仍ほ下文の活法と參看するを須す。
然長生論法,用陽而不用陰。如甲乙日只用庚金長生,巳酉丑順數之局,而不用辛金逆數之子申辰。雖書有官為女煞為男之說,然終不可以甲用庚男而用陽局,乙用辛男而陰局。蓋木為日主,不問甲乙,總以庚為男辛為女,其理為然,拘於官煞,其能驗乎?
但し長生訣を用いて子息を推すに一條の規矩有り。ただ陽干を用いて陰干を用いず。たとえば甲日・乙日皆ただ庚金の長生を用い(庚長生は巳に在り、巳・酉・丑に按じて順數して十二運を排す)、而して辛金逆數のあの一套を用いず(辛長生は子に在り、逆數して申・辰)。縦使命書「官は女と為り・煞は男と為る」の説法有りとも、但し終究以て甲庚を用いて煞と為せば便ち陽局を取り・乙辛を用いて煞と為せば便ち陰局を取る可からず。木既に日主なれば、それ甲か乙かを管せず、總じて庚を以て男と為し・辛を以て女と為す。此の道理是れ此の樣なり。若し官煞の分に拘泥せば、怎能應驗せんや。此の一條極めて要緊。子息を推すの時、日主木に屬すれば一律庚辛を用い、火に屬すれば一律壬癸を用い、其餘類推す。而して十二運ただ陽干に按じて順數し、日主の陰陽に因りて改めず。
所以八字到手,要看子息,先看時支。如甲乙生日,其時果係庚金何宮?或生旺,或死絕,其多寡已有定數,然後以時干子星配之。如財格而時干透食,官格而時干透財之類,皆謂時干有用,即使時逢死絕,亦主子貴,但不甚繁耳。若又逢生旺,則麟兒繞膝,豈可量乎?若時干不好,子透破局,即逢生旺,難為子息。若又死絕,無所望矣。此論妻子之大略也。
ゆえに八字手に到りて子息を看るは、先ず時支を看る。甲日・乙日生の人のごとき、時支究竟庚金十二運の哪の一宮に落つるや。是れ生旺か是れ死絕か。子女の多寡已に一個の定數有り。然る後再び時干の「子星」を拿りて來りて配合す。たとえば財格にして時干食神を透出し・官格にして時干財星を透出するの此の一類、皆叫作して時干有用なり。此の樣卽使時支死絕の位に逢うとも、亦兒子顯貴を主る。只是れ數目不多而已。若し時支また生旺の位に逢えば、然らば則ち麟兒膝を繞り、多きこと以て估量する法無し。反對に、若し時干好まず、子星透出して格局を破壞せば、卽使時支生旺に逢うとも、亦難く子息有らず。若し時支また死絕に逢えば、然らば則ち毫も指望無し。以上便ち論妻・論子の大概なり。歸納して來れば是れ兩條。數目は時支の十二運を看、賢愚貴賤は時干と格局の成敗とを看る。
按:《滴天髓》與《子平真詮》論六親法,由常而變,參伍錯綜,學者固宜細讀。然子平之常法,亦不可不知,如以五行生剋論偏財旺者主父壽;比劫重者主父喪;正印有氣者主母壽;財旺破印者主母喪;比肩劫財旺者雁行眾;正官七煞盛者昆仲希;正財得令,官煞有權,男命則妻賢子盛;疊逢比、刃、傷、食者,則又有鼓盆喪明之痛。
袁樹珊の按:《滴天髓》と《子平真詮》と六親を論ずるの方法は、皆常法より推して變法に到り、交錯參伍す。學者固より應當細讀すべし。然りと雖も子平の常法も亦知らざるべからず。五行生克に就きて説けば、偏財旺なるは父親長壽を主り、比劫重なるは父を喪うを主る(比劫は財を克す)。正印氣有るは母親長壽を主り、財旺印を破るは母を喪うを主る。比肩劫財旺なるは兄弟衆多なり(「雁行」は兄弟行列を指す)。正官七煞盛んなるは兄弟稀少なり(官煞は比劫を克す)。正財令を得て官煞權有るは、男命則ち妻賢く子盛んなり。反對に若し比肩・羊刃・傷官・食神層層疊見せば、那便ち妻を喪い子を喪うの痛有り(「鼓盆」は莊子妻死して盆を鼓するの典を用いて、妻を喪うを指す。「喪明」は子夏子を喪いて哭して眼を瞎すの典を用いて、子を喪うを指す)。此ら是れ最も基本の對應。初學妨げず先ず記熟し、再び前兩家の變法を看るべし。
官煞不雜,而有精神,傷食不繁,而居旺相,女命則夫榮子貴;重見傷、食、梟、印者,則又有敬姜器夫器子之悲,此皆理之自然者也。又有以四柱次序論者,年為根,為祖宗,月為苗,為父母,日為花,為己身與妻宮;時為實,為子宮。年、月值用神佔優勢,而不犯空亡沖剋刑破者,必叼祖宗父母庇廕。日時值用神佔優勢,而不犯空亡沖剋刑破者,自身固多建設,而妻和子貴,尤不待言,反是則不足觀矣。
女命に就きて説けば、官煞混雜せずして精神有り、傷官食神繁多ならずして旺相の地に處すれば、那便ち夫榮え子貴し(女命は官煞を以て夫と為し・食傷を以て子と為す)。反對に若し傷官・食神・梟神・印綬重重疊見せば、那便ち夫を喪い子を喪うの悲有り(「敬姜哭夫哭子」は《國語》魯大夫の母敬姜の典故を用う)。此ら皆是れ事理の自然。別に一種四柱次序に按じて來りて論ずるの辦法有り。年柱は根と為り、祖宗を代表す。月柱は苗と為り、父母を代表す。日柱は花と為り、自身と妻宮とを代表す。時柱は果實と為り、子宮を代表す。年・月の兩柱の上正是れ用神にして優勢を占め、また空亡・衝・克・刑・破を犯さざるは、必定祖宗父母の庇蔭を承受す。日・時の兩柱の上正是れ用神にして優勢を占め、また空亡衝克刑破を犯さざるは、自身固より多く建樹有り、妻子和順・兒子顯貴更に言うを待たず。反對に來れば便ち觀るに足らず。此の個の「根苗花實」の分法最も初學に便りす。讀者以て前面各家の説と並びに用うる可し。
婦幼
女命を論ず(《地天髓》を見よ)
童造を論ず
《滴天髓》云:論財論殺論精神,四柱和平易養成,氣勢攸長無削喪,殺關雖有不傷身。財神不黨七殺,主旺精神貫足,干支安頓和平。又要看氣勢,如氣勢在日主,而日主雄壯者;氣勢在財官,而財官不叛日主;氣勢在東南,而五七歲之前,不行西北;氣勢在西北,而五七歲之前,不行東南。行運不逢前喪,此為氣勢攸長,雖有關殺,亦不傷身。
此の一篇は小孩子の命(童造)を論ず。《滴天髓》説く、「財を論じ煞を論じ精神を論ず、四柱和平養成し易し。氣勢攸長にして削喪無ければ、煞關有りと雖も身を傷めず」。意思是れ幼童の命を看るは、財星・七煞と精神の三項を看るを須す。四柱平和なるは養い大きくし易し。ただ氣勢綿長にして削奪せられざれば、縦使關煞有りとも亦身を傷める能わず。解注説く、いわゆる合格は、財星七煞と結黨せず(財は煞を生じて身を攻めず)、日主旺して精神貫注充足し、干支安頓して平和なり。此外還た「氣勢」を看るを須す。氣勢日主の一邊に在りて、日主雄壯なり。あるいは氣勢財官の一邊に在りて、財官日主を背叛せず(仍ほ日主と相通ず)。氣勢東南(木火)に在るは、五七歲の前西北(金水)の運を行るを要せず。氣勢西北に在るは、五七歲の前東南の運を行るを要せず。運を行りて前面の説く所の削奪に逢わざれば、此れ便ち叫んで氣勢綿長なり。此の樣卽使命關煞を帶ぶとも、亦會して身を傷めず。舊時小兒多く夭す。ゆえに命書特に此の門を設く。要點氣勢順にして運逆ならざるに在り。
按:觀童造之成立與否,其要訣在“主旺,精神貫足,干支安頓、和平。”二句,然有主旺而精神暴露者,太過也,非貫足也。主弱而精神敗脫者,不及也,非和平也,皆難成立。太過者,行剝削歲運;不及者,行生扶歲運,乃主成立,此又不可盡泥。
袁樹珊の按:一個の幼童の命能く長成するか否かを看るは、要訣便ち「日主旺、精神貫足」と「干支安頓、和平」の此の兩句話の上に在り。但し亦日主縦使旺なりとも而して精神外に暴露する有り。那是れ太過、算して貫足と為さず。亦日主弱くして精神敗散脱泄する有り。那是れ不及、算して和平と為さず。兩種皆難く長成す。太過のは、要して剥削の運を行るべし(其の太過を克泄す)。不及のは、要して生扶の運を行りて、乃ち能く長成するを主る。ゆえに此の兩句話も亦死守すべからず。此の條の按語は《滴天髓》の原則を把りてまた一層を推進す。幼兒能く養い大きくするか否かを判斷するは、能わずただ本命平か平和なるか否かを看るのみ、還た頭の幾步の運是れ它を補うか是れ它を損うかを看るを須す。
雜説
雙生を論ず
錢塘舒繼英《乾元秘旨》云:雙生之別,命主太旺,幼者勝;命主太弱,長者勝;命主不旺不弱,長幼略同。
此の一節は雙胞胎如何に分辨するかを講ず。錢塘人舒繼英《乾元秘旨》裡説く、雙生子の分別は。日主太旺なるは、弟弟(後生の者)哥哥に勝る。日主太弱なるは、哥哥(先生の者)弟弟に勝る。日主不旺不弱なるは、兄弟二人の境遇大致相同なり。此の條の理路是れ、雙生子八字相同なれば、ただ能く先後次序の上より差別を找る。日主太旺なれば則ち泄を宜しくし制を宜しくす。後生の者の値する所の氣已に衰退に趨く。反って合宜なり。日主太弱なれば則ち生を宜しくし扶を宜しくす。先生の者の値する所の氣尚ほ方盛に在り。反って合宜なり。舊法雙生子に對するの處理各家一ならず。袁樹珊ただ此の一説を錄す。亦未だ評斷を加えず。
平常命を論ず
《乾元秘旨》云:大吉大凶之命,一望而知,易於推算。若中庸之輩,只可斷其大概。必謂當為某等人,不作某等業,抑知士農之子,長為士農;工商之子,長為工商耶。
《乾元秘旨》説く、大吉大凶の命は、一たび看れば便ち知る。推算し易し。中等平常の輩に至りては、便ちただ能く一個の大概を斷ずるのみ。若し一定して某人應當哪の一等の人を做すべく・哪の一種の行業を做すべからざるかを説かば、那便ち未免拘泥なり。哪裡に知らんや、讀書人と農人の兒子多半長大して仍ほ讀書人・農人を做り、工匠商人の兒子多半長大して仍ほ工匠・商人を做るを。此の段話是れ説く、平常の命の貴賤差別本來便ち細微、出身門第と家業傳承と其の一生の行業に對するの影響は、往往八字に比べ更に直接なり。此れ是れ命書中難得の老實話。袁樹珊それを錄するは、正に他一貫肯んじて命理を説きて萬能と為さざるの態度と相合す。
富貴命を論ず
《乾元秘旨》云:一日不過十二時,所產何止數萬人,雖五方風土不齊,要亦大率相類。凡大富大貴之命,往往世不偶生,而貧賤者恆曾見疊出,何歟?蓋天地之精華,獨醞釀於此一日,發洩於此一時。闢諸祥麟綵鳳,原不多見,若泛泛化生於陰陽五行之內,不啻吠犬鳴雞。何地無之。
《乾元秘旨》説く、一天不過十二個の時辰、而して此の一天生まれ出るの人何ぞ止まらん數萬。縦使各地風土不同なりとも、大體の上八字總じて是れ相類す。けれども大富大貴の命往往幾世も亦難得碰上せず、貧賤のは卻って層出不窮す。此れ是れ何為ぞや。天地の精華、偏偏ただ此の一日に醞釀し・此の一時に發泄するに因る。祥瑞の麒麟・彩色の鳳凰に好比し、本來便ち多見せず。泛泛ただ陰陽五行中に化生して出來するに至りては、便ち吠叫の狗・報曉の雞のごとく、哪の地方無きや。此の段話の回答する是れ命學最も常に詰難せらるるの問題。同時辰生の人此の麽多き、何為ぞ貴賤懸殊するや。其の答案是れ。真正天地の精華を得るは只是れ極少數。其餘縦使八字同じとも而して禀する所の氣厚薄不同なり。
按:大富大貴之命,往往世不偶生,而貧賤者恆曾見疊出,此數語誠為確論,足補古人之不逮。然間有同一八字,而富貴貧困迥異者,此變格也,不可以常法衡之。其理由備列《星命十家》常變篇,茲再節錄先賢所記事實二條於後,俾可參考。
袁樹珊の按:「大富大貴の命往往幾世遇い難く、而して貧賤の命層出不窮」の此の幾句話確かに是れ定論。以て前人の及ばざる所を補うに足る。但し偶爾も亦八字完全相同にして富貴貧困迥然不同なる有り。那屬して變格と為る。以て常法を用いて去りて衡量する可からず。其の中の理由は、已に詳しく我の著す所の《星命十家》の「常變」一篇裡に列す。ここに再び節錄して前賢の記する所の兩條の事實を後面に附し、以て參考に供す。下面の兩條一條は紀昀《閱微草堂筆記》より出づ、一條は清人筆記の載する所の制軍と中軍の故事。皆是れ八字同じくして遭遇不同なるの實例。袁樹珊それらを引くは、是れ事實を以て命理の分限を説明せんと要し、而して命理に替わりて辯護するに非ず。
紀文達《閱微草堂筆記》云:餘當以聞見最確者,反覆深思,八字貧富貴賤,特大如是,其間乘除盈縮,略有異同。無錫鄒小山先生夫人,與安州陳密山先生夫人,八字干支並同。小山先生,官吏部侍郎,密山先生,官貴州佈政,均二品也。論爵,佈政不及侍郎之尊;論祿,則侍郎不及佈政之厚,互相補矣。二夫人並壽考,陳夫人早寡,然晚歲康強安樂;鄒夫人白首齊眉,然晚歲喪明,家計亦薄,又相補矣。
紀昀《閱微草堂筆記》説く、我曾て見聞中最も確鑿の例子を拿りて反覆深思せば、八字の定むる所の貧富貴賤大致便ち是れあの樣。其の間加減盈虧略々出入有り。無錫鄒小山先生の夫人、安州陳密山先生の夫人と、八字干支完全相同なり。鄒小山官は吏部侍郎に至り、陳密山官は貴州布政使に至る。皆是れ二品。爵位を論ずれば、布政使侍郎の尊貴に及ばず。俸祿を論ずれば、侍郎卻って布政使の豐厚に及ばず。兩下正好互に補足し來りて。兩位の夫人皆長壽なり。陳夫人早年守寡す、けれども晚年身體康健・生活安樂なり。鄒夫人夫婦白頭偕老す、けれども晚年眼睛失明・家計も亦不寬裕なり。又是れ互に補足す。此の個の例子説明す、同八字の者得る所の總量相當す。只是れ不同の項目の上に分配す。
此或疑地有南北,時有初正也。餘第六侄,與奴子劉雲鵬生時,只隔一牆,兩窗相對,兩兒並落草,非惟時同刻同。侄只十六歲而夭,而奴子今尚在,豈非此命所賦之祿,只有此數,侄長生富貴消耗先盡,奴子長生貧賤,消耗無多,祿尚未盡耶。盈虛消息,理似如是,俟知命者,更詳之。
紀昀続きて説く、上一例あるいは人懷疑有らん。兩家一南一北、出生時辰また「初」「正」の別有り。然らば則ち再び一例を擧ぐ。我の第六個の侄兒、家僕劉雲鵬と、出生の時ただ一堵の牆を隔つ。兩邊窗子正相對して、兩個の孩子同時落地す。不但時辰相同、連ねて刻數も亦相同なり。けれども侄兒ただ十六歲に活到して便ち夭折す。而して此の僕人今天に到りて還た在り。此れ豈に是れ説明するに非ずや、此の個の命の禀賦する所の祿ただ此の麽多きのみ。侄兒長ずる富貴の家、消耗する得快し、先ず用盡す。僕人長ずる貧賤の家、消耗する不多し、祿還た用完せざり。盈虛消長の道理似乎便ち是れ此のごとし。留待して命を懂るの人再び詳加考究せん。此の一例は「同命不同壽」を把りて祿の消耗速度の上に歸す。是れ筆記體命論中極めて有名の一段なり。
制軍與其中軍八字相同,是日生人皆貴,因制軍生於牢獄,得貫索星對照命宮,更主榮顯。某君算命者都算為乞丐命,而其人奮志攻讀,登甲第,放知縣,擢郡守。後欽天監精於算命者,算得其生日有文曲星高照,天廚化解,若再生於文明之地,必貴。果其母避難他鄉時,值日暮,將欲分娩,而棲之無地,因於欞星門左產焉。兒之貴,果為是歟,命之理微矣。
第二條は兩個の出生地點と關係有るの例子を講ず。其一:某總督(制軍)其の部下の中軍と八字相同。あの一天生まれの人皆貴を主る。而して總督の更に顯達なる所以は、是れ它牢獄之中に生まれ、「貫索星」命宮に對照するを得たり(貫索本來主牢獄、其の地に生まれて反って應驗を成す)。ゆえに格外榮顯なり。其二:某君人を請いて命を算せしめれば、算命的皆説いて是れ乞丐命なりとす。けれども它發奮讀書し、進士に考中し、放任して知縣と為り、升じて知府と為る。後に欽天監中命を算するに精なる者算して出だす、其の生日文曲星高く照り、また天廚星化解有り。若し再び文明の地に生まれば、必定顯貴なり。一たび查れば、果然其の母親當年難を避けて他鄉し、日暮將に分娩せんとして棲身する處無し。便ち孔廟の欞星門左側に就きて它を生下せり。此の孩子の顯貴、果真は此の個の緣故に因るか。命理の微妙實在難く究詰す。袁樹珊此の兩條を錄するは、正是れ出生地點も亦可能變格の成因の一たるを説明せんと要するなり。
時刻及び夜子時と子時正の不同を論ず
萬育吾曰:晝夜十二時,均分百刻,一時有八大刻,二小刻。大刻總九十六,小刻總二十四,小刻六,準大刻一,故共為百刻也。上半時之大刻四,始曰初,初次初一,次初二,次初三,最後為小刻為初四。下半時之大刻亦曰四,始曰正,初次正一,次正二,次正三,最後小刻正四。若子時,則上半時在夜半前,屬作日,下半時在夜半後,屬今日。亦猶冬至得十一月中氣,一陽來後,為天道之初耳。古歷每時以二小時為始,乃各繼以四大刻,然不若今曆之便於籌策也。世謂子午卯酉各九刻,餘皆八刻,非是。
此の一篇は一個の極實際の問題を解決す。夜裡十一點より十二點に到りて生まれの人、日柱該に今天を算すべきか是れ昨天か。萬民英先ず刻數を講ず。一晝夜十二個の時辰、均分して一百刻と為す。每個の時辰八個の大刻・兩個の小刻を含む。大刻共九十六個、小刻共二十四個。六個の小刻折合して一個の大刻と為す。ゆえに總共是れ一百刻。每個の時辰の上半段四刻有り。第一刻は「初」と叫び、依次是れ初一・初二・初三、最後のあの小刻は「初四」と叫ぶ。下半段も亦是れ四刻。第一刻は「正」と叫び、依次是れ正一・正二・正三、最後のあの小刻は「正四」と叫ぶ。子時に至りては、上半段夜半(零點)之以前に在り、昨天に屬す。下半段夜半之後に在り、今天に屬す。此れ便ち冬至縦使十一月の中氣なりとも、一陽來復之後乃ち算して天道の開端と為すに好比す。古歷每個の時辰の兩個の小刻を以て起頭と為し、然る後四個の大刻を接ぐ。今歷の籌算に便なるに如かず。世人説いて子・午・卯・酉の四個の時辰各九刻・其餘各八刻とす。那是れ對ならず。
《星平大成》云:余初不明一夜字,詢諸監中友人始知。子正者,今日之早,非作日之晚也。夜子者,今日之夜,非今日之早也。觀十二生肖陰陽可知,牛兔羊雞豬屬陰,其蹄爪雙偶,蛇陰甚,不見足。虎龍馬猴犬屬陽,其蹄爪單奇,獨鼠前兩隻腳屬陰,四爪,後兩隻腳屬陽,五爪,故夜子時屬陰,而子時正屬陽。如康熙辛未年十二月十七夜子時立春,十七亥時末刻,尚未立春,若不知此,必差訛一年矣。
《星平大成》説く、我起初「夜」此の個の字を明白せず。欽天監の朋友に向かいて請教して乃ち弄清楚す。「子時正」是れ今天の清早、不是れ昨天の夜晚なり。「夜子時」是れ今天の夜裡、不是れ今天の清早なり。十二生肖の陰陽の上よりも亦以て此の道理を看出する可し。牛・兔・羊・雞・豬は陰に屬し、其れらの蹄爪皆是れ雙數(偶)。蛇陰氣最も重く、索性足を見ず。虎・龍・馬・猴・狗は陽に屬し、其れらの蹄爪皆是れ單數(奇)。唯獨鼠の前兩只の脚是れ四爪にして陰に屬し・後兩只の脚是れ五爪にして陽に屬す。ゆえに夜子時は陰に屬し、子時正は陽に屬す。一鼠にして兼ねて兩性を持つは、正に子時兩日に跨越するの象に合す。例を擧げて説けば、康熙辛未年十二月十七日夜子時立春。然らば則ち十七日亥時末刻還た未だ立春せず。若し此の個の分別を懂せざれば、年柱便ち差錯して整整一年なり。
按:假如甲寅年,正月初十,辛酉,夜子時立春,其人正月初十日,午後九點後,十一點前,亥時生,即作癸丑年,乙丑月,辛酉日,己亥時推。如在初十日,午後十點後,十二點前,夜子時生,即作甲寅年,丙寅月,辛酉日,庚子時推。(用壬日起庚子時。)所謂今日之夜,非今日之早也。如在初十日,午後十二點後,一點前子時正生,即作甲寅年,丙寅月,壬戌日,庚子時推,所謂今日之早,非昨日之晚也。若夫推行運之零借,命宮之過氣,尤當知此。
袁樹珊の按、一個の完整の三段對照例を擧ぐ。假設甲寅年正月初十日辛酉、夜子時に立春せりとす。第一種:此の人正月初十日の下午九點後・十一點前に生まる。卽ち亥時。尚未だ立春せず。年月退るを須す。作して癸丑年・乙丑月・辛酉日・己亥時と推す。第二種:初十日の下午十點後・十二點前の「夜子時」に生まる。已に立春を過ぐ。年月進むを須す。作して甲寅年・丙寅月・辛酉日・庚子時と推す(日柱仍ほ是れ辛酉、時干辛日に按じて戊子を起して順推す。原書の注「用壬日起庚子時」は、是れ次日壬戌日に就きての起時法に對して言う)。此れ便ち所謂「今日之夜、不是今日之早」なり。日柱變ぜずして時柱已に子に入る。第三種:初十日の十二點後・一點前の「子時正」に生まる。已經日を跨ぐ。作して甲寅年・丙寅月・壬戌日・庚子時と推す。此れ便ち所謂「今日之早、不是昨日之晚」なり。日柱一日を進むるを須す。大運を推すの零頭借足・命宮を推すの中氣過否に至りては、尤も此の個の分別を懂得するを須す。
