寅時を定めるの法
作盤ガイド: 八字作盤
日出日沒の時を定めるの法
月出月を定め入るの法
日を看て時を定めるの法
日を看て時を定めるの圖
月を看て時を定めるの法(以上五篇略す)
男女合婚を論ず
西溪逸叟曰:男女合婚之說,由來久矣。男家擇婦,看夫子二星,蓋夫幸子益,其福必優也。女家擇夫八字貴得中和之氣,蓋不偏不依,其壽必長也。若男命比肩、劫財重者,必擇女命食神、傷官重者配之;女命食神、傷官重者,必擇男命比肩劫財重者配之,始可琴瑟和諧,子嗣繁衍。
此の一篇は俗法合婚を駁斥す。是れ全書最も現實意義有るの一篇。西溪逸叟説く、男女合婚の説法由來已に久し。男家媳婦を挑るは、女命の「夫星」と「子星」の兩項を看るを須す。夫其の助を得・子其の益を得れば、福氣必定優厚なり。女家女婿を挑るは、男命中和の氣を得るを貴ぶ。不偏不倚、壽數必定長久なり。若し男命の比肩・劫財重ければ、便ち一定して食神・傷官重きの女命を挑りて來りて相配するを須す。女命の食神・傷官重ければ、便ち一定して比肩・劫財重きの男命を挑りて來りて相配するを須す(比劫は食傷を生じ、兩下相配せば則ち氣脈相通ず)。此の様乃ち能く夫婦和諧・子孫繁衍す。此の一段は先ず正法を立つ。合婚は兩造八字の實際配合を看るを須し、不是れ表を查して號に對す。
若泥於俗書所載,不論命之何如,僅觀男女生年之三元九宮,而謂生氣、天乙、福德為上婚,絕體、游魂。歸魂為中婚,五鬼、絕命為下婚,牽合非論,毫無義理,豈不誤人良緣耶?至於骨髓破、鐵掃帚、六害、八敗、狼藉、飛天、大敗、孤寡等煞,但以人之所生年支,硬配日月支一字,尤為謬妄。夫以年、月、日、時干支八字,及五行生剋,論人吉凶,猶虞不足,豈可棄日時等六字,只論年月二字,即可判斷災祥乎?他如進財、退財、望門鰥、望門寡、夫多厄、妻多厄,種種名目,只以生年納音所屬之金、木、水、火、土硬配一字,荒誕不經,更無庸深辯矣。
西溪逸叟続きて痛く俗法を駁す。若し俗書の載する所に拘泥して、全く兩人の命究竟如何を問わず、ただ男女生年の三元九宮を看て、便ち説いて配成して「生氣」「天乙」「福德」は上等婚・配成して「絕體」「游魂」「歸魂」は中等婚・配成して「五鬼」「絕命」は下等婚とす。此の種の牽強附會毫も義理無し。豈に是れ人家の良緣を耽誤するに非ずや。骨髓破・鐵掃帚・六害・八敗・狼藉・飛天・大敗・孤寡の此らの煞に至りては、ただ人の生まる所の年份の地支を拿りて硬に日支あるいは月支の一個の字に配するに去る。便ち更加荒謬なり。須らく知るべし、年・月・日・時の八個の字連ねて五行生克とを拿りて來りて人の吉凶を論ずるも、尚ほ且つ周全に足らざるを怕る。怎麼以て日・時の等六個の字を丟開し、ただ年月兩個の字を論じて便ち災祥を判斷する可けんや。其餘進財・退財・望門鰥・望門寡・夫多厄・妻多厄の此らの名目のごときは、ただ生年納音の屬する所の金木水火土を拿りて硬に一個の字を配す。荒誕經せず、更に多く辯駁を加うるに値せず。
按:男家擇婦,貴看夫子二星,女家擇夫,貴得中和之氣,此二語,乃合婚之要法。然看夫星,不可泥正官,而日主平正者,因以官、煞為夫星。官煞盛,而日主衰弱者,又當以傷食為夫星。官煞缺,或官煞衰,而日主盛者,又當以財為夫星。若食神傷官不弱,而日主有氣者,因食傷為子星也。食傷盛,而日主衰者,又當以梟印為子星。參伍錯綜,其法不一,豈可見傷官即雲妨夫,見梟神即去克子也。
袁樹珊の按:「男家婦を擇ぶは夫子二星を看るを貴び、女家夫を擇ぶは中和之氣を得るを貴ぶ」の此の兩句、確かに是れ合婚の要法。但し夫星を看るに死守して正官の一項すべからず。日主平正なるは、固より官煞を以て夫星と為す。若し官煞盛んにして日主衰弱なれば、那便ち該に食傷を以て夫星と為すべし(食傷能く官煞を制し・日主を護る)。若し官煞缺けあるいは官煞衰して日主盛んなれば、那また該に財を以て夫星と為すべし(財能く官を生ず)。子星を看るも亦是れ此のごとし。食神傷官弱からずして日主氣有るは、固より食傷を以て子星と為す。若し食傷盛んにして日主衰なれば、那便ち該に梟印を以て子星と為すべし(印能く食傷を制し・日主を扶く)。參伍錯綜して、方法止まず一種なり。怎麼以て一たび傷官を見れば便ち丈夫を妨害すと説き、一たび梟神を見れば便ち子女を克害すと説く可けんや。此の條の按語の糾正する是れ女命を看る法の上の最も常見の兩個の成見なり。
至於中和之氣,尤難辨別,即能辨別矣,其義太狹,中選頗難,必須統觀命運,乃無遺憾。若但觀八字,五行不缺,財、官、印、食勢力平均,即謂得中和之氣,吾恐壽元雖高,究不免失之平庸,斷難顯揚。試問此等命,擇夫婿者,亦何取焉,若夫日主衰者為不及,日主盛者為太過,似皆失中和之氣矣。然日主衰,而得比劫印綬之大運者,不可以不及論,當以得中和之氣言也。日主盛,而得財官之大運者,不可以太過論,亦當以得中和之氣言也。
いわゆる「中和之氣」に至りては、尤も難く辨別す。卽使辨別し出すとも、其の範圍も亦太狹窄し、合選の人很少し。必ず本命と大運とを合わせて起きて來りて看て、乃ち遺憾無し。若し只是れ八字を看、五行缺けず・財官印食勢力平均するを見て便ち説いて中和之氣を得たりとせば、我恐らく此の種の人壽數縦使高しとも、終究免れず平庸に失して、顯達し難し。試みに問う此の樣の命、女兒に替わりて女婿を挑る人また它の甚麽を取らんや。日主衰するは不及・日主盛んなるは太過と説くに至りては、似乎都く中和之氣を失えりとす。然りと雖も日主縦使衰すとも而して大運比劫印綬に走るは、便ち當て不及を作して以て論ずる可からず。應當算して中和之氣を得たりと為すべし。日主縦使盛んなりとも而して大運財官に走るは、亦當て太過を作して以て論ずる可からず。同樣應當算して中和之氣を得たりと為すべし。此の一層最も要緊。「中和」是れ八字本身の靜態平衡に非ずして、是れ本命大運を加えて之後の動態平衡なり。
人之命運大都類比,其清純者,則富貴壽考;其次者,亦名利兼優;其最次者,亦身家俱泰。擇夫婿者,能得此造,豈非大幸福耶。至於男命比肩、劫財重者,擇女命傷官、食神重者;女命傷官、食神重者,擇男命比肩、劫財重者配之。似合正理,然按五行,每多牴觸。不若以男女命之五行,斟酌損益,以決從違。如男命木盛亦金者,得女命之剛金補之,則為盡美。得土生金者亦佳。得火者,較次。得水木者,則無取矣。如女命金剛喜火者,得男命之烈火助之,則為盡美。得木生火者,亦佳。得水者較次。得金土者,則無取矣。餘仿此。若夫三元九宮,上中下婚,及骨髓破、鐵掃帚,諸般惡煞之說,毫無義理,萬不可信。西溪先生闢之甚是。《協紀辯方》書載明刪除,亦本此說,學者宜參觀之。
袁樹珊続きて説く、人の命運大抵皆上述の此の一類に屬す(本命偏有りて大運來りて補う)。其中清純の便ち富貴長壽、次の一等のも亦名利兼優、最次のも亦身家安泰なり。女兒に替わりて婿を擇ぶ若し能く此の樣の命造を得れば、豈に是れ大幸福に非ずや。「男命比劫重ければ便ち食傷重きの女命に配し・女命食傷重ければ便ち比劫重きの男命に配す」の此の條の辦法に至りては、看來正理に合乎するも、けれども五行に按じて推究すれば、往往互に抵觸す。男女兩造の五行に就きて斟酌增減し、以て取舍を決定するに如かず。たとえば男命木盛んにして金を需要する(底本「亦金」は當に「宜金」と作るべし)、女命の剛金を得て來りて補えば、便ち盡善盡美なり。土を得て來りて金を生ずるも亦好し。火を得れば(火は金を克す)便ち次の一等。水木を得れば(更に其の盛を助く)便ち取る可からず。また女命金剛にして火を喜ぶがごとき、男命の烈火を得て來りて助ければ、便ち盡善盡美なり。木を得て來りて火を生ずるも亦好し。水を得れば(水は火を克す)便ち次の一等。金土を得れば(更に其の剛を助く)便ち取る可からず。其餘照らして此に類推す。三元九宮・上中下婚、並びに骨髓破・鐵掃帚の等種種の惡煞の説に至りては、毫も義理無し。萬萬相信すべからず。西溪先生駁斥する極めて是なり。官修の《協紀辨方書》明白載明して此らを把りて削除す。亦是れ此の説に本づく。學者應當參看すべし。
卷六 先賢名論
子平源流考、明通賦、元理賦、氣象篇、五行生剋賦、六神篇、碧淵賦、玄機賦、形象論、方局論、八格論、體用論、清濁論、真假論、寒暖燥溼論、論蓋頭、論陰陽生克、論十干有得時不旺失時不弱、論外格取舍、論時說拘泥格局、論雜格、論星辰無關格局。以上各篇錄自《星平會海》、《三命通會》、《淵海子平》、《子平真詮》、《神峰通考》《滴天髓》。
卷六「先賢名論」是れ袁樹珊前人の著作中より整冊輯錄せる名篇匯編。本卷の收する所の各篇の篇目依次是れ。《子平源流考》《明通賦》《元理賦》《氣象篇》《五行生克賦》《六神篇》《碧淵賦》《玄機賦》《形象論》《方局論》《八格論》《體用論》《清濁論》《真假論》《寒暖燥濕論》《論蓋頭》《論陰陽生克》《論十干有得時不旺失時不弱》《論外格取舍》《論時説拘泥格局》《論雜格》《論星辰無關格局》。袁樹珊自注説く、以上各篇分別錄自《星平會海》《三命通會》《淵海子平》《子平真詮》《神峰通考》《滴天髓》の六種の書。篇目より以て本卷の編排用意を看出する可し。前半是れ歷代の賦訣(源流・明通・元理・氣象・碧淵・玄機の類)、後半是れ《子平真詮》と《滴天髓》の兩家の專論(形象・方局・八格・體用・清濁・真假・寒暖燥濕の等)。一は歌賦を以て記誦に便りし、一は專論を以て義理を明にす。底本此の卷に於てただ篇目を存して未だ正文を錄せず。
卷七 潤德堂藏稿(推命範例と為す)
某君の為に推す
戊子 乙卯 戊戌 甲寅 安命癸亥 初二丙辰 十二丁巳 廿二戊午 卅二己未 四二庚申 五二辛酉 六二壬戌 七二癸亥
卷七「潤德堂藏稿」收錄袁樹珊自己人に替わりて命を批するの稿件、以て推命の實際範例と為す(潤德堂是れ其の鎭江に在るの堂號)。此れ是れ其の中一造の命盤。四柱自右向左依次為年・月・日・時。年柱戊子、月柱乙卯、日柱戊戌、時柱甲寅。命宮癸亥に安ず。大運八步、二歲丙辰を起し、十二歲丁巳、二十二歲戊午、三十二歲己未、四十二歲庚申、五十二歲辛酉、六十二歲壬戌、七十二歲癸亥。是れ戊年陽男に因る。月柱乙卯より順排す。此の張の盤を讀むに先ず兩點を抓住するを須す。日主戊土卯月に生まれ、正當木旺土を克するの時。而して月干乙木・時柱甲寅また皆是れ官煞の黨。官煞極重にして日主孤立す。下一段袁樹珊の批語便ちここより説き起こす。
戊屬中央之土,生二月,春氣秀瀉,萬物發生,土之功用,可謂大矣。惜甲寅與乙卯齊逢,木盛又嫌土衰,必須火以生土,金以制木,而後乃為完全。今觀八字,金與火皆暗藏,其力太微,以致椿庭先逝,功名無成,然堂棣聯三,權力早握,亦辛事也。
袁樹珊の批語先ず格局を論ず。戊是れ中央の土、二月(卯月)に生まれ、春氣秀發外泄し、萬物萌生す。土の功用算して大と為す可し。可惜時柱甲寅と月柱乙卯と一齊出現し、木勢太盛、反って土衰を嫌う。必ず火有りて來りて土を生じ(印綬は身を幫く)・金有りて來りて木を制して(食傷は煞を制す)、乃ち算して完備と為す。如今此の八字を看れば、金と火皆ただ地支之中に暗藏す(戌中丁火辛金有り、寅中丙火有り)。力量太微弱。ゆえに父親早亡す(「椿庭」は父親を指す、偏財は父と為りて比劫と官煞とに困せらる)。功名も亦成就無し。但し兄弟三人相聯し(「堂棣」は《詩經・常棣》の典を用いて、兄弟を指す)、而且很だ早く權力を掌握す。此亦是れ可喜の事(底本「辛事」は當に「幸事」と作るべし)。此の一段は如何に「官煞太重、印食俱微」の此の一格局特徵より、推して出でて父早亡・功名不遂にして兄弟得力の具體斷語と為るかを示範す。
二十七歲前,損益各半。二十八歲八月十六日,交午運,第一二年,猶未盡佳,宜善處之。三十歲丁巳,至三十二歲己未,外華美,內喜慶,快哉快哉。三十三歲交己運上層樓開眼界矣。三十八歲交未運,災耗。四十三歲交庚運,接申運,至樂無憂。五十三歲外,靜居為是。妻遲,子一。
批語続きて運に逐いて流年を論ず。二十七歲以前、得失各半(此の時丙辰・丁巳の運を行る、火印縦使好しとも而して辰土濕し・巳中庚金また暗損す)。二十八歲八月十六日午運に交入す。午是れ戊土の帝旺兼ねて印綬の地、本屬佳運。但し頭の一兩年還た算して全好と為さず。應當妥善應付すべし。三十歲丁巳年より三十二歲己未年に到る、外面風光・內裡喜慶、謂う可し痛快なり(丁巳・戊午・己未の三年火土並旺、正に日主を扶す)。三十三歲己運に交る、更に上一層樓・大に眼界を開く(己土身を幫く)。三十八歲未運に交る、災禍破耗有り(未中乙木官煞を助け、また卯木と半合して木局)。四十三歲庚運に交り・続きて申運、快樂無憂なり(庚申金は木を制す、正是れ命中の缺くる所の制煞の神)。五十三歲以後、宜しく安靜退居すべし。妻室之を得る較だ遲し、子息只是れ一個有り。此の份の批稿の價値是れ、它「命中の缺くる所者何・哪の運之を補うか」の推理を把りて、一步步落とし成して以て驗證する可きの年份と為せるに在り。
卷八 星家十要
學問
長安趙展如中丞序《自評真詮》云:星命雖為小道,而所繫大焉。近世術士,為餬口計,莫能深究其理,故學術多不精。學術不精,則信者寡。信者寡,則非分之營求愈熾,而安命者愈稀。君子憂之,觀此可知學問之道,貴乎深究其理。然欲深究其理,宜多讀書。不僅宜多讀星命書,凡經、史、子、集,有關於星命學者,亦宜選讀。既增學問,又益身心。用之行道,則吉凶瞭然,批談不俗;用以律己,則行藏合理,人格自高。有心斯道者首當知此。
卷八「星家十要」の講ずる是れ術士の職業操守と自我修養。第一條是れ「學問」。袁樹珊先ず長安人趙展如中丞の《子平真詮》に為りて作る所の序中の話を引く(底本「自評真詮」は當に「子平真詮」と作るべし)。星命縦使小道なりとも、關係する所の卻って很だ大なり。近世の術士糊口するが為め、功夫無く其中の道理を深究す。ゆえに學術大多精ならず。學術精ならざれば、相信する人少し。相信する人一たび少なければ、あの些の非分の鑽營越發熾烈し、而安分守命の人越發稀少す。有識の士此れが為め憂慮す。袁樹珊続きて申説す、此の段話より以て學問を做するの道深く其の理を究むるを貴ぶを知る可し。而して深く其の理を究めんと要せば該に書を多讀すべし。不但星命の書を多讀し、およそ經・史・子・集之中星命學と關係有るの皆、亦皆應當選讀すべし。此の樣既に學問を增長し、また身心に有益す。用いて以て道を行れば、便ち吉凶了然・談吐俗ならず。用いて以て己を律すれば、便ち出處進退道理に合乎し・人格自然高尚なり。心此の道に有るの人、首先應當此の一層を懂得すべし。
常變、言語、敦品、廉潔、勤勉、警歷、治生、濟貧、節義
星命事實叢談
《東坡志林》云:退之詩云,我生之辰,月宿直斗。乃知退之磨蠍為身宮,而僕乃以磨蠍為命,平生多得謗譽,殆是同病也。
「星命事實叢談」一門は歷代文人筆記中星命と關係有るの記載を輯錄す。ここに存する所是れ其の中一條。蘇軾《東坡志林》説く、韓愈(字は退之)詩裡寫して「我生の辰、月宿斗を直う」とす。此れより以て韓愈是れ磨蝎宮を以て「身宮」と為すを知る可し。而我則ち是れ磨蝎宮を以て「命宮」と為す。我ら兩人生平皆是れ毀譽參半・謗議特別多し。大概是れ同一種の毛病か。ここにの「磨蝎」是れ西洋十二宮中國に傳入の後用る所の譯名(卽ち摩羯宮)。星命家以て磨蝎命に坐するの人多く謗議を招くと為す。蘇軾此の語後來成りて文人自嘲身世坎坷の常典と為る。袁樹珊此を錄するは、是れ星命の説歷代士大夫中に本來相當の信從有り、並びに僅か市井術士の間に流行するに非ざるを説明せんと要するなり。
命理探源補遺
流年神煞及び月建吉凶を論ず
《古歌》云:太歲劍鋒伏尸同,二曰太陽並天空,三是喪門並地喪,四為勾絞貫索同,五值官府聯五鬼,六逢死符小耗從,七見歲破與大耗,八臨暴敗天厄宮,九應飛廉白虎位,十來捲舌福星宗,十一天狗弔客患,十二病符且莫逢。
此の首の《古歌》の背する所是れ流年神煞の十二位の排列。每一句一位の地支を管す。句に逐いて讀み來れば、第一位是れ太歲・劍鋒・伏屍。第二位是れ太陽・天空。第三位是れ喪門・地喪。第四位是れ勾絞・貫索。第五位是れ官符・五鬼。第六位是れ死符・小耗。第七位是れ歲破・大耗。第八位是れ暴敗・天厄。第九位是れ飛廉・白虎。第十位是れ卷舌・福星。第十一位是れ天狗・弔客。第十二位是れ病符。此の十二句正好十二地支に對應す。起法下段を見よ。留意すべし、其中吉神ただ太陽・福星寥寥數位のみ、其餘全是れ凶煞なり。此の一點袁樹珊後面の按語裡專門の評論有り。
以生年為主,每句一位,以次順排,假如今年甲子流年,即以子起太歲、劍鋒、伏尸,丑起太陽、天空,寅起喪門、地喪,卯起勾絞、貫索,辰起官符、五鬼,巳起死符、小耗,午至亥,仿此推,餘年同。
起法是れ流年の年支を以て起點と為し、一句一位を管し、依次順排す。例を擧ぐ。今年是れ甲子流年、便ち子位より第一句の太歲・劍鋒・伏屍を起し、丑位より第二句の太陽・天空を起し、寅位より第三句の喪門・地喪を起し、卯位より第四句の勾絞・貫索を起し、辰位より第五句の官符・五鬼を起し、巳位より第六句の死符・小耗を起す。午より亥に到るの六位照らして此に順推す(午は歲破・大耗と為り、未は暴敗・天厄と為り、申は飛廉・白虎と為り、酉は卷舌・福星と為り、戌は天狗・弔客と為り、亥は病符と為る)。其餘の各年の起法相同なり。ただ第一句を當年の年支の上に安ずれば卽ち可なり。查得の煞本命四柱の哪の一支の上に落つれば、舊法便ち説いて該年哪の一項の災祥に應ずとす。
按:流年神煞古歌,共十二句,應十二支,載在《神峰通考》及《星平會海》等書。然凶煞有十之九,吉神僅十之一,其不適用可知。今人固執此說,輒謂人之命宮,如值流年吉神,其年則福,值凶煞,其年則禍。又謂小限起生月,逆行十二位,值吉神,其月則吉;值凶煞,其月則凶。舍干支五行生剋之理,而惟務此虛文,宜其毫無效驗,貽譏大雅,故此篇不列於神煞門,而評斷門,又但論宮限之向背理由者,蓋欲革除此俗習也。茲因友人函詢,特補錄之。
袁樹珊の按:此の首の流年神煞古歌共十二句、十二地支に對應し、《神峰通考》と《星平會海》の等の書中に載る。然りと雖も其中凶煞十分の九を占め、吉神ただ十分の一を占む。其の適用せざるも亦想い知る可し。今人死守此の説、動もすれば便ち説いて一個人の命宮若し流年吉神に碰上せば、あの一年便ち福有り。凶煞に碰上せば、あの一年便ち禍有りとす。又説いて小限生月より起り、逆行して十二位、吉神に碰上すればあの月便ち吉・凶煞に碰上すればあの月便ち凶とす。干支五行生克の正理を撇開し、專ら此の種の空文を務む。難怪毫も應驗無く、通達の士の譏笑する所と為す。ゆえに本書正編此の一篇を把りて「神煞」門に列入せず。而して「評斷」門中命宮小限を講ずるの時も、亦ただ它と用神の向背の道理を講ずるのみ。用意正在此の種の陋習を革除するに在り。如今朋友來信詢問有るに因りて、乃ち特地補錄してここに在り。此の條の按語は袁樹珊の編纂立場を交代する很だ清楚なり。錄して用いず、其の説を存して其の法を斥く。
古今地名異同歌訣
浦二田《釀蜜集》云:冀為直北與山西,青兗上東國是齊,徐揚連跨兩江浙,湖廣荊州楚所基,豫屬河南洛陽地,梁為滇蜀雍陝西,更增福建號八閩,百粵分作廣東西,貴州是漢藏戈郡,古今名號多參差。按:卷四論九州分野宜忌篇,所言九州,曰冀、青、兗、徐、揚、荊、梁、雍、豫、乃夏制也。
此の首歌訣は古代九州と清代省份とを對照し起す。是れ卷四「九州分野」一篇を讀むの必備工具。浦二田《釀蜜集》説く、冀州直隸(今河北)と山西とに相當す。青州・兗州山東に相當し、古時是れ齊國の地(底本「上東」は當に「山東」と作るべし)。徐州・揚州江蘇・浙江の兩地に跨る。湖廣と荊州、是れ古代楚國の根基。豫州河南に屬し、卽ち洛陽一帶。梁州雲南・四川に相當し、雍州陝西に相當す。此外また福建を增出し、號して八閩と稱す。百粵則ち分かち作して廣東・廣西と為す。貴州漢代是れ牂牁郡(底本「藏戈」は當に「牂牁」と作るべし)。古今地名稱號多く出入有り。袁樹珊の按:卷四「論五行四時九州分野宜忌」一篇の説く所の九州——冀・青・兗・徐・揚・荊・梁・雍・豫、用うる所是れ夏代の建制。讀者須らく此の歌訣に按じて折算して今地と成して、乃ちあの一篇の推法を用うるに得上す。
化氣五行生克名詞表
日主橫推 甲作戊,乙作辛,丙作壬,丁作乙,戊作丙,己作己,庚作庚,辛作癸,壬作甲,癸作丁 化劫財 己庚辛壬癸甲乙丙丁戊 化食神 庚辛壬癸甲乙丙丁戊己 化正財 辛壬癸甲乙丙丁戊己庚 化七煞 壬癸甲乙丙丁戊己庚辛 化正印 癸甲乙丙丁戊己庚辛壬 化比肩 甲乙丙丁戊己庚辛壬癸 化傷官 乙丙丁戊己庚辛壬癸甲 化偏財 丙丁戊己庚辛壬癸甲乙 化正官 丁戊己庚辛壬癸甲乙丙 化偏印 戊己庚辛壬癸甲乙丙丁
此れ是れ化氣格專用の十神對照表。讀法下のごとし。最上の一行是れ「日主橫推」。化氣格成立の後日主應當哪の一個の正五行に按じて改めて看るかを指す。甲改め作して戊(甲己土を化し、甲陽に屬す、ゆえに陽土戊を作す)。乙改め作して辛(乙庚金を化し、乙陰に屬す、ゆえに陰金辛を作す)。丙改め作して壬(丙辛水を化す)。丁改め作して乙(丁壬木を化し、丁陰に屬す、ゆえに陰木乙を作す)。戊改め作して丙(戊癸火を化す)。己仍ほ己を作し、庚仍ほ庚を作し、辛改め作して癸、壬改め作して甲、癸改め作して丁。以下の十行、每行首の二字是れ十神名目。後面の十個の字依次最上の一行の甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十個の日主に對應す。用うるの時先ず最上の一行本命日主を找到し、其の在る所の列次を記住し、再び下面各行の同一列次の上に字を取れば、便ち該字化氣後の日主に對して甚麽の十神かを知る。たとえば日主是れ甲(第一列)、甲戊を作せば、然らば則ち第一列各行依次為、已是れ劫財・庚是れ食神・辛是れ正財・壬是れ七煞・癸是れ正印・甲是れ比肩・乙是れ傷官・丙是れ偏財・丁是れ正官・戊是れ偏印。此の正是れ陽土戊の十神排列なり。
凡遇化氣之命,先將日主化出正五行,如日主為甲,與己作合,則甲旁書作戊字,蓋甲己化土,甲屬陽,當為陽土,戊即正五行之陽土也。然後將年月時之天元次弟化出,以之配戊,看當屬何名詞,如見甲為比肩,見乙為傷官之類。支藏人元,亦如是推,惟日主遇己庚者,仍作己庚論。試再列式於下以明之。
袁樹珊此の表の用法を説明す。およそ化氣格の命に遇上すれば、先ず日主を把りて化して正五行と為す。たとえば日主是れ甲にして、而して己と相合せば、便ち甲字の旁邊一個の「戊」字を注す。甲己合化して土と為り、甲陽に屬すに因る。ゆえに當て陽土を作す。而して戊正是れ正五行中の陽土なり。然る後年・月・時の三柱の天干を把りて依次表に照らして化出し、拿りて來りて此の個の戊と相配し、它該に甚麽名目と叫ぶべきかを看る。甲を見れば比肩と為り・乙を見れば傷官と為るの類のごとし。地支の藏する所の人元も亦此の個の辦法に照らして推す。唯獨日主本身己あるいは庚たるは、仍舊己・庚本身に按じて論ず(己は土を化して仍ほ己・庚は金を化して仍ほ庚、化前化後變ぜざるに因る)。下面再び兩個の式子を列して以て説明す。ここにの關鍵是れ、化氣格成立の後、全盤十神皆須らく「化出之後の日主」に按じて重新標注すべく、而して能わず再び原日主に按じて標すべからず。
某武員外造 化比 甲申 化食煞印 化劫 己巳 化食財印 日主 作戊 甲子 化印 化劫 己巳 化食財印 初七庚午,十七辛未,廿七壬申,卅七癸酉,四七甲戌,五七乙亥,六七丙子,七七丁丑。
第一個の例式。某位の武職員外郎の命造。日主是れ甲子日の甲木、月干・時干の己土と相合して土を化す。ゆえに日主旁邊「作戊」と注し、全盤陽土戊に按じて來りて十神を標す。年柱甲申:天干甲戊に對して比肩と為る。ゆえに「化比」と標す。申中藏す庚・壬・戊、戊土に對して依次是れ食神・偏財(原式煞・印を作す、系就化出之干を推す)・比肩。原式標し作して「化食煞印」。月柱己巳:天干己戊に對して劫財と為る。ゆえに「化劫」と標す。巳中藏す丙・戊・庚、依次是れ印・比・食。原式標し作して「化食財印」。日柱甲子、天干卽ち日主、「作戊」と注明す。子中藏す癸、癸丁を化して火と為り、戊土に對して正印と為る。ゆえに「化印」と標す。時柱己巳、月柱と相同なり。大運八步、七歲庚午、十七辛未、二十七壬申、三十七癸酉、四十七甲戌、五十七乙亥、六十七丙子、七十七丁丑。
吳君造 化印 甲戌 化傷財煞 化劫 乙亥 化財印 日元 作庚 庚午 化財印 化食 丙子 化官 初九丙子,十九丁丑,廿九戊寅,卅九己卯,四九庚辰,五九辛巳,六九壬午,七九癸未。
第二個の例式。吳君の命造。日主是れ庚午日の庚金、月干乙木と相合して金を化す。ゆえに日主旁邊「作庚」と注す。庚金を化して仍ほ庚なり。正に上文「日主己庚に遇う者仍ほ己庚を作して論ず」の規矩に合す。年柱甲戌:甲戊を化して土と為り、土は金を生じ、庚に對して印と為る。ゆえに「化印」と標す。戌中藏す辛・丁・戊、化後依次是れ傷・財・煞。原式標し作して「化傷財煞」。月柱乙亥:乙辛を化して金と為り、庚と同類なり。ゆえに「化劫」と標す。亥中藏す壬・甲、化後是れ財・印。日柱庚午、「作庚」と注明す。午中藏す丁・己、化後是れ財・印。時柱丙子:丙壬を化して水と為り、庚金の生ずる所なり。ゆえに「化食」と標す。子中藏す癸、化後是れ官。大運八步、九歲丙子、十九丁丑、二十九戊寅、三十九己卯、四十九庚辰、五十九辛巳、六十九壬午、七十九癸未。兩式對讀すれば、化氣格十神を標注するの整套の手續便ち完全清楚なり。
以上所陳,僅就化氣生克名詞而言,至看命之法,不可盡拘於忌官煞,喜財印之說,蓋有常有變,生剋制化,亦如正五行之變化無窮,神而明之,存乎其人也。
袁樹珊末了提醒す。以上の講ずる所只是れ化氣格生克名目を標注するの辦法。實際命を看るの方法に至りては、一味拘泥して「官煞を忌み・財印を喜ぶ」の此の類の成説すべからず。凡事常有り變有るに因る。化氣格中の生克制化も、亦正五行と一樣變化無窮なり。能く融會貫通し・運用神妙を得するか否かは、便ち各人自己の功夫を看る。此の段話全書各處の按語と一貫す。袁樹珊每に一套の具體方法を講じ畢れば、總じて回頭して來りて讀者を提醒して死守條文すべからずとす。方法是れ死、配合是れ活なり。
心算命宮法
凡推命宮,須以生月,(如過中氣,作次月之數推。)生時之數合算,(寅一、卯二、辰三……丑十二)得十四為本位。如月時之數,不滿十四者,當加之,(加之十四為止)即以所加至數為某宮,如加滿十四數者,當加至二十六為本位,即以所加之數為某宮。若推小限,須以命宮之數,與生年之數合算,再減本流年之數,即以所餘之數為某限。如命宮與生年之數合算,再不足減本流年之數者,當再加十二。若減本流年之數二有餘者,當再減十二,均以所餘之數為某限。
此れ是れ手掌を用いず・直接數字を用いて心算して命宮と小限を算するの速算法。卷二の掌上法に比べ更に便捷なり。先ず十二支に編號を與う。寅は一と為り、卯は二と為り、辰は三と為り、依次數え下りて丑十二と為る。命宮を推すの時、生月の數(若し已に中氣を過ぎれば、便ち下一個の月の數に按じて算す)と生時の數とを把りて相加え、十四を以て基準と為す。若し兩數の和未だ十四に滿たざれば、便ち補足して十四に到る。補う所のあの個の數の對應する所の地支便ち命宮なり。若し兩數の和已に十四に滿てば、便ち二十六を以て基準と為して補足す。補うの數の對應する所の地支便ち命宮なり。小限を推すの時、命宮の數と生年の數とを把りて相加え、再び當年流年の數を減ず。餘る所の數の對應する地支便ち該年の小限なり。若し兩數相加の後流年の數を減ずるに足らざれば、便ち先ず十二を加えて再び減ず。若し流年の數を減ずるの後還た多餘有れば(十二を超過す)、便ち再び十二を減ず。總じて最後の餘る所の數を以て小限を定む。此の套の算法は掌訣を把りて翻して加減法と成す。熟練の後掐指せずとも亦能く立刻命宮と小限とを報出す。
跋
星命之學,通人未必習,習之者未必皆通。人以其書或有文無訣,或有訣無文,究其訣與文,又類失之鄙俚,俗積學之士,不得其訣。遂厭其文,遊食者流,不講其文,專秘其訣,故學者難之。
此れ是れ全書末尾の跋文。作者是れ蜀南人劉漢光。彼先ず星命の學學び難きの緣故を指出す。通達の士未だ必ずしも它を學ぶを肯んぜず、它を學ぶを肯んずるも又未だ必ずしも皆通せず。原因此の一門の書籍に在り、あるはただ文辭有りて口訣無く、あるはただ口訣有りて文辭無し。就使細究して其の口訣と文辭とを究むとも、又大多鄙陋粗俗に失す。此れに因りて學問積累有るの士人口訣を得ず、便ち其の文辭も亦一並びに厭棄す。而して此の行に靠りて飯を喫うの江湖の流、又不講文辭、ただ口訣を把りて祕して宣せず。兩頭一たび夾まれば、學ぶの人自然困難を感到す。此の幾句は民國以前命學傳承の實際困境を説きて極めて透徹せり。雅者訣無く、俗者訣を祕す。中間一部の以て卷に按じて自學する可きの書無し。
袁君是書,舉前人之訣,悉發其秘,窮源竟委,了無餘蘊,雖無師傳,可以執卷而求,不致恍惚迷離,如墜五里霧中,茫然不知崖岸,其加惠後學,豈淺鮮哉。至文章淵雅,議論明通,滌盡鄙俚俾俗之跡,俾俗士讀之,絕無扦格之弊;通人讀之,益相賞於牝牡驪黃之外者,又其餘事也。丙辰八月,蜀南劉漢光緝熙甫謹跋
劉漢光続きて本書を推許す。袁先生此の部の書は、前人の口訣を把りて全部揭示し出し、保留毫無し。源を探り委を究め、講じて一も剩義無し。讀者縦然師傅傳授無しとも、亦以て書を捧げて自行尋求し、至らず恍惚迷離・五里霧中に墜するがごとく茫然として邊際を知らず。它後學を嘉惠する、豈に是れ淺少ならんや。文章淵博典雅・議論明白通達・鄙陋粗俗の痕跡を洗淨し、一般人をして讀めば絕無扞格難通の弊なからしめ、通達の士をして讀めば更能く文字形跡之外に神理を以て相賞せしむるに至りては(「牝牡驪黄」は《列子》九方皐馬を相するの典を用いて、其の精神を得て其の外形を遺るを指す)、あれ還た只是れ其の餘事而已。丙辰年(一九一六)八月、蜀南劉漢光・字緝熙甫謹んで跋す。此の篇の跋恰好《命理探源》の命學史上の地位を點出す。它是れ第一部歷代口訣を把りて系統公開し、並びに人をして卷に據りて自學するを得せしむるの集成の作なり。
