Libo

金輿祿

民国 · 袁树珊 · 第5巻 / 9

作盤ガイド: 八字作盤

《星平會海》云:甲龍乙蛇丙戊羊,丁己猴歌庚犬旁,辛豬壬牛癸逢虎,此是金輿祿神方。以日主為主,如甲日見辰,乙日見巳是也。《三命通會》云:金輿祿星,日時見之最吉,年月減輕,此星入命,主人性柔貌願,婦人逢之多富貴,男子得之多妻妾。

「金輿祿」是れ安富尊榮・婚姻美滿を主るの吉星。《星平會海》の口訣は生肖を用いて支に代わる。甲干は龍に在り卽ち辰、乙干は蛇に在り卽ち巳、丙・戊の兩干は羊に在り卽ち未、丁・己の兩干は猴に在り卽ち申、庚干は犬に在り卽ち戌、辛干は猪に在り卽ち亥、壬干は牛に在り卽ち丑、癸干は虎に在り卽ち寅。此れすなわち金輿祿神の在する所の方位なり。査法は日柱天干を以て主と為す。たとえば甲日辰を見・乙日巳を見れば便ち是れ。《三命通會》説く、金輿祿星日支・時支に見るは最も吉、年支・月支に在れば則ち力量減輕す。此の星命に入れば、主人性情柔和・相貌恭謹にして、婦人これに逢えば多く富貴を得、男子之を得れば多く妻妾有り。

又云:輿者,車也。金者,貴之之義。譬之君子居官得祿,乘高車駟馬,金璧交輝,故金輿常居祿前二辰,如甲祿在寅,前二位為辰,故甲以辰為金輿也,餘仿此。

《三命通會》また取名と推法を説明す。「輿」便ち車、「金」是れ尊貴の意。君子官を做して祿を得、高車駟馬に乘り、金玉相映じて生輝するに好比す。ゆえに金輿と曰う。其の位置固定して本干の「祿」位より往きて第二支を數う。たとえば甲の祿は寅に在り、寅より往きて兩位を數えば是れ辰。ゆえに甲は辰を以て金輿と為す。其餘の各干此に照らして類推す(乙祿は卯に在り、前二位は巳と為る。丙戊祿は巳に在り、前二位は未と為る。丁己祿は午に在り、前二位は申と為る。庚祿は申に在り、前二位は戌と為る。辛祿は酉に在り、前二位は亥と為る。壬祿は亥に在り、前二位は丑と為る。癸祿は子に在り、前二位は寅と為る)。ここにの「祿」は臨官の位を指す。十二運と是れ同一套なり。「祿前二位」の此の條の公式を掌握せば、口訣同樣背せざる可し。

六甲空亡

《淵海子平》云:甲子旬中無戌亥,甲戌旬中無申酉,甲申旬中無午未,甲午旬中無辰巳,甲辰旬中無寅卯,甲寅旬中無子丑。如日元在甲子旬中,年支時支見戌亥,即是空亡,見辰巳即是孤虛。原注云:空亡對沖者為孤虛。《造微賦》云:空亡更臨寡宿,孤獨龍鍾。《三命通會》云:凡帶此煞,生旺則氣度寬大,多火意外名利,死絕則多成多敗,漂泊無蹤,惟與貴人、華蓋、三奇、長生並見者,主大聰明。

「空亡」亦「旬空」と曰い、是れ六十甲子分かちて六旬と為すの後每旬の缺く所の兩個の地支なり。《淵海子平》は六旬の空亡を列出す。甲子旬中戌・亥無し、甲戌旬中申・酉無し、甲申旬中午・未無し、甲午旬中辰・巳無し、甲辰旬中寅・卯無し、甲寅旬中子・丑無し。査法は日柱の在する所の旬を以て準と為す。たとえば日柱甲子旬中に在れば、年支あるいは時支戌・亥を見れば便ち空亡、辰・巳を見れば則ち「孤虛」と叫ぶ。原注説く、空亡の對衝の支便ち孤虛なり。《造微賦》説く、「空亡更に寡宿に臨めば、孤獨龍鍾」。空亡再び寡宿に遇えば、孤獨衰頹を主る。《三命通會》説く、およそ命空亡を帶ぶは、若し生旺に逢えば則ち氣度寬大にして、多く意外の名利有り(底本「多火」は當に「多有」と作るべし)。若し死絕に逢えば則ち多成多敗・漂泊定無し。唯獨天乙貴人・華蓋・三奇・長生と同見するは、主人極めて聰明なり。

《考原》云:十日為旬,以十干配十二支,自甲至癸而止,餘二辰天干不及,故為空亡。如甲子至癸酉不及戌亥,故甲子旬以戌亥為空,餘仿此。《協紀辯方》云:劉歆《七略》,有《風后孤虛》二十卷,今其書亡矣。古人以旬空為虛,其對為孤,如甲子旬中無戌亥,則戌亥為空,辰巳為孤也。兵法曰:背孤擊虛,一女可敵十夫。又按:旬中空亡,固不利矣,然猶有火空則發,金空則鳴之義,隨五行之性,輿所謂遇之格以為斷,未可盡以為凶。

《星曆考原》は空亡の成因を説明す。十天干十二地支に配し、十天を一旬と為し、甲より數えて癸に至れば便ち用盡し、餘る兩個の地支配すべき天干無し。ゆえに「空亡」と曰う。たとえば甲子より排して癸酉に至れば、戌・亥の兩支輪到せず。ゆえに甲子旬は戌・亥を以て空と為す。其餘の五旬此に照らして類推す。《協紀辨方書》補充して説く、漢代劉歆《七略》著録《風后孤虛》二十卷有り、今天此の部の書已に亡佚せり。古人旬空を「虛」と叫び、其の對衝の支を「孤」と叫ぶ。甲子旬中戌・亥無きがごとく、然らば則ち戌・亥は空と為り、辰・巳は孤と為る。兵法の上に「孤に背き虛を擊てば、一女以て十夫を敵する可し」と曰う。便ち此の道理を用いて陣を布くなり。袁樹珊按語提醒す。旬中空亡固より不利なりと雖も、但し還た「火空なれば則ち發し、金空なれば則ち鳴る」の説法有り。空亡の吉凶は所空のあの一行の性情に隨い、並びに本命の成す所の格局と結合して判斷するを要す。一概に凶と斷ずべからず。

四大空亡

《淵海子平》云:甲子並甲午,旬中水絕流;甲寅與甲申,金氣杳難求。甲子甲午旬,生人見水;甲寅甲申旬,生人見金,謂之正犯。如生年不犯,行運至水金處,亦謂之犯。《三命通會》云:凡帶此煞,主一生蹇滯,且多夭折。《壺中子》曰:顏回夭折,只因四大空亡。原注云:六甲中只有甲辰甲戌二旬,金木水火土具全,若甲子甲午旬,則無水矣;甲寅甲申旬,則無金矣。因此四旬五行不備,故曰四大空亡。

「四大空亡」は前面の旬空と不同なり。指す所是れ某一旬裡整整と一行の納音を缺く。《淵海子平》の口訣説く、甲子・甲午の兩旬之中、水已に絕流し、甲寅・甲申の兩旬之中、金氣杳然として尋ね難し。甲子・甲午の兩旬に生まれて命中水を見、甲寅・甲申の兩旬に生まれて命中金を見るを、「正犯」と叫作す。卽使出生の年犯さずとも、大運を行きて水地・金地に走到れば、亦犯と算す。《三命通會》説く、およそ命此の煞を帶ぶは、一生蹇滯不順を主り、而且多く夭折有り。《壺中子》説く、「顏回夭折せしは、只四大空亡に因るのみ」。原注緣由を解釋す。六甲之中ただ甲辰・甲戌の兩旬の納音金木水火土五行齊全のみ有り。甲子・甲午の兩旬は水を缺き、甲寅・甲申の兩旬は金を缺く。此の四旬五行完備せず。ゆえに四大空亡と曰う。

十惡大敗

《淵海子平》云:甲辰乙巳與壬申,丙申丁亥及庚辰,戊戌癸亥加辛巳,己丑都來十位神。以日主見者為是,年月時不論。《三命通會》云:此煞入命,未必皆凶。《協紀辯方》云:與天德月德並者不忌,得歲建月建太陽填實者,亦不忌,惟癸亥為干支俱盡,歲得吉解仍忌。

「十惡大敗」是れ十個の特定日柱に由りて構成するの凶煞。《淵海子平》の口訣は此の十日を列出す。甲辰・乙巳・壬申・丙申・丁亥・庚辰・戊戌・癸亥・辛巳・己丑。査法ただ日柱を看るのみ。年・月・時の三柱論ぜず。但し古人其の凶性に對して保留有り。《三命通會》説く、此の煞命に入れば未だ必ずしも皆凶ならず。《協紀辨方書》説く更に細なり。若し天德・月德と同見せば便ち忌むを須せず。若し當年太歲・當月月建あるいは太陽あの空位を填實することを得ば、亦忌むを須せず。唯獨癸亥の一日、天干地支皆六十甲子の盡頭に走到せば、卽便流年吉神の化解を得るも、仍舊忌むを須す。此の條は讀者を提示す。神煞の凶吉は其他の吉神と・流年の填實するや否やと合わせて看るを須す。能わず名を見れば便ち斷ずべからず。

《通書》云:甲祿在寅,乙祿在卯,甲辰旬寅卯空,故甲辰乙巳為無祿日也。庚祿在申,辛祿在酉,甲戌旬中申酉空,故庚辰辛巳為無祿日也。丙戊祿在巳,甲午旬辰巳空故丙申戊戌為無祿日也,丁己祿在午,甲申旬中午未空,故丁亥己丑為無祿日也。壬祿在亥,甲子旬中戌亥空,故壬申為無祿日也。癸祿在子,甲寅旬子丑空,故癸亥為無祿日也。此十日,名曰無祿,又曰十惡大敗。

《通書》は十惡大敗の構成原理を揭出す。它其の實便ち是れ「日干の祿位恰好本旬空亡に落つる」の十個の日子。ゆえに又「無祿日」と叫ぶ。甲の祿は寅に在り・乙の祿は卯に在り。而して甲辰旬中寅・卯は空と為る。ゆえに甲辰日・乙巳日祿無し。庚の祿は申に在り・辛の祿は酉に在り。而して甲戌旬中申・酉は空と為る。ゆえに庚辰日・辛巳日祿無し。丙・戊の祿は巳に在り。而して甲午旬中辰・巳は空と為る。ゆえに丙申日・戊戌日祿無し。丁・己の祿は午に在り。而して甲申旬中午・未は空と為る。ゆえに丁亥日・己丑日祿無し。壬の祿は亥に在り。而して甲子旬中戌・亥は空と為る。ゆえに壬申日祿無し。癸の祿は子に在り。而して甲寅旬中子・丑は空と為る。ゆえに癸亥日祿無し。此の十天合わせて無祿日と稱す。亦卽ち十惡大敗なり。此の條の推法を懂得せば、十個の日子必ずしも死背するを須せず。而且亦能く它凶の在する何處かを明白す。凶は日主自身の根祿の落空するに在り。

四廢

《協紀辯方》云:春庚申辛酉,夏壬子癸亥,秋甲寅乙卯,冬丙午丁巳。以日主為主,年月時不論,如春月逢庚申辛酉日,皆為四廢。《三命通會》云:命帶四廢,主人作事不成,有始無終。如有生扶,不作此論。曹震圭曰:四廢者,干支具絕也。假令庚申辛酉絕於春,寅卯辰也,他仿此。

「四廢」是れ季節に按じて定めるの凶日。《協紀辨方書》説く、春天の四廢日是れ庚申・辛酉、夏天是れ壬子・癸亥、秋天是れ甲寅・乙卯、冬天是れ丙午・丁巳。査法ただ日柱を看るのみ。年・月・時論ぜず。たとえば春月生にして日柱是れ庚申あるいは辛酉なれば、便ち算して命に四廢を帶ぶ。《三命通會》説く、命に四廢を帶ぶは、主人事を作すも成らず・始有りて終無し。但し若し命中別に生扶の神有れば、便ち此の様に斷ずる能わず。曹震圭其の原理を點出す。いわゆる四廢は、天干と地支と同時に絕地に處す。たとえば庚申・辛酉の兩日、金は春天の寅・卯・辰の三個月正に絕地。干支雙絕、ゆえに廢と稱す。其餘の三季此に照らして類推す(水は夏に絕し・木は秋に絕し・火は冬に絕す)。見るべし、四廢並びに別に立つるの神煞に非ずして、十二運の「絕」の一種の極端の組合なり。

天地轉煞

《淵海子平》云:春乙卯辛卯,夏丙午戊午,秋辛酉癸酉,冬壬子丙子。以日主為主,如春月逢乙卯日,為天轉;逢辛卯日為地轉。《三命通會》云:命逢此日,必主夭折。《玄微賦》云:韓信被誅,因逢天地轉煞。如有制伏,不作此論。原注云:天地轉者,乃干支納音俱專旺於四時之謂也。如春月乙卯日,干支皆屬木,專旺於春之時也,故為天轉。辛卯日,納音屬木,地支有屬木,亦專旺於春之時也。故為地轉,餘仿此。

「天地轉煞」亦是れ季節に按じて定めるの凶日、四廢と正好相反す。四廢是れ干支俱に絕、它是れ干支俱に旺極點に到る。《淵海子平》説く、春天是れ乙卯・辛卯、夏天是れ丙午・戊午、秋天是れ辛酉・癸酉、冬天是れ壬子・丙子。査法は日柱を以て主と為す。たとえば春月乙卯日に遇うを「天轉」と曰い、辛卯日に遇うを「地轉」と曰う。《三命通會》説く、命此の日に逢えば、必ず夭折を主る。《玄微賦》説く、「韓信誅せられしは、天地轉煞に逢えるに因る」。但し若し命中別に制伏の神有れば、便ち此の様に斷ずる能わず。原注原理を説明す。天地轉は、干支あるいは納音該季節裡に旺して極處に到りて毫も制約無きを指す。春月の乙卯日のごとき、天干乙・地支卯皆木に属し、春天に專旺す。ゆえに天轉と曰う。辛卯日の納音は木に属し(辛卯是れ松柏木)、地支卯また木に属す。同樣春天に專旺す。ゆえに地轉と曰う。其餘此に照らして類推す。見るべし、此の煞の凶は、凶は「盛極制無し」に在り。此れ卷一の「三刑是れ極數・天道盈滿を惡む」の道理と是れ一貫なり。

劫煞

《三命通會》云:申子辰見巳,寅午戌見亥,巳酉丑見寅,亥卯未見申。以日主為主,月時見之最重,年較輕,如申子辰日,見巳月巳時是也。《古歌》云:劫煞為災不可當,徒然奔走利名場。原注云:劫者,奪也。自外奪之為劫,蓋劫在五行絕處也。如申子辰水局,絕於巳,巳中戊土劫水,故以巳為劫煞也。寅午戌火局絕於亥,亥中壬水劫火,故以亥為劫煞也,餘仿此。

「劫煞」是れ外來劫奪・奔波成る無きを主るの凶煞。《三命通會》説く、日支申・子・辰に属するは巳を見、寅・午・戌に属するは亥を見、巳・酉・丑に属するは寅を見、亥・卯・未に属するは申を見。査法は日柱を以て主と為し、月支・時支の上に見るは最も重く、年支の上は較だ輕し。たとえば日支申・子・辰に属して月支・時支皆是れ巳なれば、便ち算して劫煞を帶ぶ。《古歌》説く、「劫煞災と為るは當つべからず、徒然に奔走して利名場」。此の煞を帶ぶの人常常名利場中に白忙す。原注取義を説明す。「劫」便ち奪、外面より來りて奪うを劫と曰う。劫煞の位置正に本局五行の「絕」の處に在り。たとえば申子辰水局絕は巳に在り、巳中の藏する所の戊土來りて水を克奪す。ゆえに巳を以て劫煞と為す。寅午戌火局絕は亥に在り、亥中の藏する所の壬水來りて火を克奪す。ゆえに亥を以て劫煞と為す。其餘の兩局此に照らして類推す。見るべし、劫煞便ち三合局長生前一位の絕地、其中の藏する所の干正に本局の行を克す。

亡神

《三命通會》云申子辰見亥,寅午戌見巳,巳酉丑見申,亥卯未見寅。以日主為主,月時見之最重,年較輕,如申子辰日,見亥月亥時是也。《古歌》云:亡神入命禍非輕,用盡機關心不寧。原注云:亡者,失也,自內失之謂之亡,蓋亡在五行臨官之地也。如申子辰水局,臨官於亥,亥中甲木盜水,故以亥為亡神也。寅午戌火局,火臨官於巳,巳中戊土盜火,故以巳為亡神也。餘仿此。

「亡神」は劫煞と相對し、內部損耗・機關算盡して心神寧ならざるを主る。《三命通會》説く、日支申・子・辰に属するは亥を見、寅・午・戌に属するは巳を見、巳・酉・丑に属するは申を見、亥・卯・未に属するは寅を見。査法は日柱を以て主と為し、月支・時支見るは最も重く、年支較だ輕し。たとえば日支申・子・辰に属して月支・時支皆是れ亥なれば、便ち算して亡神を帶ぶ。《古歌》説く、「亡神命に入れば禍輕からず、機關用盡して心寧ならず」。原注取義を説明す。「亡」便ち失、裡面より失掉するを亡と曰う。亡神の位置本局五行の「臨官」の地に在り。たとえば申子辰水局、水臨官は亥に在り、而して亥中の藏する所の甲木水氣を盗泄す。ゆえに亥を以て亡神と為す。寅午戌火局、火臨官は巳に在り、而して巳中の藏する所の戊土火氣を盗泄す。ゆえに巳を以て亡神と為す。其餘の兩局此に照らして類推す。劫煞は絕地に在りて外來の神に克せられ、亡神は臨官の地に在りて內藏の神に泄せらる。一は外奪・一は內耗、兩者の分別正にここに在り。

天羅地網

《淵海子平》云:戌亥為天羅,辰巳為地網。凡納音火命,見戌亥日為天羅;水土命,見辰巳日為地網,金木二命無之。原注云:此煞入命,多主蹇滯,如並惡煞,而又五行無氣,必主死亡。行運至此,亦然。《三命通會》云:羅網之說,其義明,然何以戌亥為天羅,辰巳為地網,蓋世道汙隆,人事得失,具有終極。戌亥者,六陰之終也;辰巳者,六陽之終也。陰陽終極,則闇昧不明,如人之在羅網也。

「天羅地網」是れ困頓制を受くるを主るの凶煞。《淵海子平》説く、戌・亥は天羅と為り、辰・巳は地網と為る。およそ納音火に属するの命、戌日・亥日を見れば天羅と為る。納音水に属し・土に属するの命、辰日・巳日を見れば地網と為る。納音金に属し・木に属するの命は則ち此の煞無し。原注説く、此の煞命に入れば多く蹇滯不順を主る。若しまた其他の惡煞と並見して、而して五行本身また毫も生氣無ければ、然らば則ち必ず死亡を主る。大運走りてここに到るも亦是一樣なり。《三命通會》は取名の義を解釋す。羅網の説法意思本來明白なり。但し何故に偏に戌亥を取りて天羅と為し・辰巳を取りて地網と為すや。世道の盛衰・人事の得失に因る、皆一個の終點有り。戌・亥是れ六陰の氣の終點、辰・巳是れ六陽の氣の終點。陰陽走りて終極に到れば、便ち晦暗明白ならず、人羅網裡に陷るがごとし。

咸池

咸池 一名敗神,一名桃花煞。《三命通會》云寅午戌見卯,巳酉丑見午,申子辰見酉,亥卯未見子。以日主為主,如寅午戌日,納音又屬火,見卯月卯時皆是。申子辰日,納音又屬水,見酉月酉時皆是。《幽微賦》云:酒色猖狂,只為桃花帶煞。

「咸池」又名は「敗神」、俗稱「桃花煞」、酒色風流を主る。《三命通會》説く、日支寅・午・戌に属するは卯を見、巳・酉・丑に属するは午を見、申・子・辰に属するは酉を見、亥・卯・未に属するは子を見。査法は日柱を以て主と為し、還た納音相合するや否やを看るを須す。たとえば日支寅・午・戌に属して納音また火に属せば、卯月・卯時を見れば皆算す。日支申・子・辰に属して納音また水に属せば、酉月・酉時を見れば皆算す。《幽微賦》説く、「酒色猖狂、只桃花の煞を帶ぶるが為めなり」。注意すべし、咸池の取る所の四支子・午・卯・酉正に四個の正位、亦卽ち下文の説く所の沐浴の地。命理の上沐浴を以て裸形の象と為す。ゆえに色欲と相連す。

原注云:《淮南子》曰:日出扶桑,人於咸池,故五行沐浴之地,名咸池。是取日入之義。萬物闇昧之時也。寅午戌合火局,長生於寅,沐浴於卯,故卯為咸池。巳酉丑合金局,長生於巳,沐浴於午,故以午為咸池,餘仿此。

原注は咸池の取名と推法を説明す。《淮南子》説く、太陽扶桑より昇起し、咸池に落入す(底本「人于」は當に「入于」と作るべし)。ゆえに五行沐浴の位置便ち咸池と曰う。取る所是れ日落の義、あれ是れ萬物晦暗明白ならざるの時候なり。推法很だ簡單、本局長生の支の下一位を取る(卽ち沐浴の地)。寅午戌合して火局、火長生は寅に在り・沐浴は卯に在り。ゆえに卯は咸池と為る。巳酉丑合して金局、金長生は巳に在り・沐浴は午に在り。ゆえに午は咸池と為る。其餘の兩局此に照らして類推す(申子辰水局長生は申に在り・沐浴は酉に在り、ゆえに酉は咸池と為る。亥卯未木局長生は亥に在り・沐浴は子に在り、ゆえに子は咸池と為る)。「本局長生の下一位」の此の條の公式を掌握せば、桃花の支立時に推す可し。

羊刃

羊刃 對宮曰飛刃,又曰唐符。《淵海子平》云:甲日羊刃在卯,乙日羊刃在辰,丙戊日羊刃在午,丁己日在未,庚日羊刃在酉,辛日羊刃在戌,壬日羊刃在子,癸日羊刃在丑。如甲日,見卯年卯月卯時皆是。經云:煞刃兩停,位之候王。又云:身強遇刃,災禍勃然。

「羊刃」是れ十神之外最も要緊の一個の凶煞、其の對衝の支を「飛刃」と曰い、亦「唐符」と曰う。《淵海子平》説く、甲日の羊刃は卯に在り、乙日は辰に在り、丙日・戊日は午に在り、丁日・己日は未に在り、庚日は酉に在り、辛日は戌に在り、壬日は子に在り、癸日は丑に在り。査法は日干を以て主と為す。たとえば甲日卯年・卯月・卯時を見れば皆是れ。古書説く、「煞刃兩停せば、位侯王に至る」。七煞と羊刃勢均力敵して互相制衡するは、以て侯王に貴る可し。また説く、「身強刃に遇えば、災禍勃然」。日主本已に強旺して再び羊刃に遇えば、災禍便ち突然發作す。見るべし、羊刃是れ一把の雙刃刀。身弱刃を得れば以て身を幫す可く、身強刃を得れば則ち剛暴して禍を生ず。全く強弱と制化とを看る。

希夷曰:陰陽萬物之理,皆惡極盛,當其極處,火則焦滅,水則潰竭,金則破缺,土則崩裂,木則摧折,故既成而未極則為吉,已極則反為凶。極盛之地,十干中正處是也。卯者,甲之正位,為陽木之極;辰者,乙之正位,為陰火之極;酉者,庚之正位,為陽金之極;戌者辛之正位,為陰金之極;子者,壬之正位,為陽水之極;丑者,癸之正位,為陰水之極。當其極處,其性剛烈,其氣暴戾,所以祿前一辰為羊刃,對沖為飛刃。既盛而未極,則溫柔和暢,故刃後一辰為祿也。

陳摶(號は希夷先生)は羊刃の道理を解釋す。陰陽萬物の常理皆盛極點に到るを厭惡す。極處に到れば、火は自焚して滅し、水は潰決して竭き、金は破損し、土は崩裂し、木は摧折す。ゆえに事物已成して未だ極點に到らざる是れ吉、已に極點に到れば反って凶。此の極盛の位置、便ち十干の「正位」なり。卯是れ甲の正位、陽木の極と為る。辰是れ乙の正位、陰木の極と為る(底本は「陰火」と作る、當に「陰木」の訛たるべし)。酉是れ庚の正位、陽金の極と為る。戌是れ辛の正位、陰金の極と為る。子是れ壬の正位、陽水の極と為る。丑是れ癸の正位、陰水の極と為る。極處に處すれば、其の性剛烈・其の氣暴戾。ゆえに祿位の前一支を取りて羊刃と為し、其の對衝の支を取りて飛刃と為す。已に盛んなれど未だ極點に到らざるに至りては、則ち溫柔和暢。ゆえに羊刃後一支便ち祿なり。一句話、祿是れ恰到好處の旺、刃是れ頭を過ぐるの旺なり。

按:《易》云,兌為羊,其質好剛滷。《說文》云,刃,刀堅也。象刀有刃之形,古人以極盛之處曰羊刃,極言其至剛堅,而易蹈危險也。《乾元秘旨》泥於祿前一位為刃之說,並不深思五行之義,誤以乙刃在寅,丁己刃在巳,辛刃在申,癸刃在亥,不足為訓也。

袁樹珊の按:《周易・説卦》説く、兌卦は羊と為り、羊の性質剛を好みて莽なり。《説文解字》説く、「刃」是れ刀の堅利の處、字形便ち畫作して刀上鋒刃有るの樣子。古人極盛の處を把りて「羊刃」と叫ぶは、正に極言して它剛堅極點に到り、因りて容易に危險に踏入る。又指出して一處の流行の錯誤を説く。《乾元秘旨》は「祿前一位を刃と為す」の此の句話を死守し、肯んじて五行の道理を細想せず。ここに乙の刃を寅に定め、丁己の刃を巳に定め、辛の刃を申に定め、癸の刃を亥に定む。陰干本應逆行して、祿前一位當に回り往きて數すべし。此の様の順推是れ訓と為すに足らず。前引《淵海子平》に按れば、陰干の刃は辰・未・戌・丑に在り、乃ち正解なり。此の條の按語は學者を提醒す。神煞口訣を讀みて其の推法を追問するを須し、乃ち訛を以て訛を傳えざるに至らん。

又按:吉神化君子也,凶煞猶小人也。親君子,遠小人,古有明訓。然君子小人,又有真偽之分,不可不辯。真君子親之固宜,偽君子又豈可親之乎?真小人遠之固宜,偽小人又何必遠之耶!況偽君子之為禍,人皆不測,故受害獨多。真小人之為禍,人可易防故受害較少。如貴人文昌等,裨益日主,誠君子矣,然有反傷八字之用神者,乃偽君子也,當以凶言。咸池羊刃等,妨礙日主,誠小人矣,然有反助八字之用神者,乃偽小人也,又豈可以凶言乎。此特言其大要而已,至於吉神力微其福輕,凶煞勢盛其禍烈,尤不可不細心鑑別也。

袁樹珊再び按す。これは全部神煞門の總結論、亦是れ本書最も見識有るの一段なり。彼説く、吉神君子に好比し、凶煞小人に好比す。君子に親近し・小人に疏遠するは、古來明訓有り。但し君子小人また真僞の分有り、辨せざるべからず。真君子固より該に親近すべし、僞君子難道も亦以て親近する可けんや。真小人固より該に疏遠すべし、僞小人又何必疏遠せんや。況んや僞君子の禍を作すや、人人料想せず。ゆえに受害最も多し。真小人の禍を作すや、人人容易に防備す。ゆえに受害較だ少なし。命理に就きて論ずれば、天乙貴人・文昌の一類日主に有益は、確かに是れ君子。けれども若し它反って八字の用神を傷めば、那便是れ僞君子、當に凶を作りて論ずべし。咸池・羊刃の一類日主を妨礙するは、確かに是れ小人。けれども若し它反って八字の用神を幫助せば、那便是れ僞小人、又怎んぞ能く凶を作りて論ぜんや。ここただ個の大概を説くのみ。吉神力量微弱なれば則ち福澤も亦輕く、凶煞勢力強盛なれば則ち禍患も亦烈しきに至りては、尤も細心分辨するを須す。總じて一句、神煞の吉凶必ず用神を以て準繩と為すべし。能わずただ名目を看るのみ。

卷四 宜忌

天干宜忌を論ず

《滴天髓》云:甲木參天,脫胎要火。春不容金,秋不容土。火熾乘龍,水宕騎虎。地潤天和,植立千古。純陽之木,參天雄壯。火者木之子也,旺木得火而愈敷榮。生於春則欺金,而不能容金也;生於秋則助金,而不能容土也。寅午戌,丙丁多見而坐辰,則能歸;申子辰,壬癸多見而坐寅,則能納。使土氣不干,水氣不消,則能長生矣。

ここより起りて是れ《滴天髓》の十天干性情を論ずるの十條、每條先ず四言歌訣を出し、後に解注を附す。第一條甲木を論ず。「甲木天を參り、脱胎は火を要す。春は金を容れず、秋は土を容れず。火熾にして龍に乘り、水宕して虎に騎る。地潤いて天和し、植立して千古。」解注説く、甲是れ純陽の木、天を參りて雄壯なり。火是れ木の生ずる所の子、旺木火を得て乃ち更に敷榮舒展す。ゆえに脱胎は火を要すと曰う。春天に生まれて木氣正に銳く、反對に金を欺壓す。ゆえに金を容下る能わず。秋天に生まれて木衰えて金旺す。此の時若し再び土を見ればただ金を助くるのみ。ゆえに土を容下る能わず。「火熾乘龍」は説く、四柱寅午戌火局を成し・丙丁また多し。若し日主辰の上に坐すれば、辰是れ水庫、火氣便ち能く歸納す。「水宕騎虎」は説く、四柱申子辰水局を成し・壬癸また多し。若し日主寅の上に坐すれば、寅是れ木の臨官、水氣便ち能く收納す。ただ土氣燥せず・水氣散ぜざれば、甲木便ち能く長久生長す。ゆえに「地潤天和、植立千古」と曰う。

乙木雖柔,刲羊解牛。懷丁抱丙,跨鳳乘猴。虛溼之地,騎馬亦憂。藤蘿繫甲,可春可秋。乙木者,生於春如桃李,夏如禾稼,秋如桐桂,冬如奇葩。坐丑未能制柔土,如割宰羊、解割牛然,只要有一丙丁,則雖生申酉之月,亦不胃之;生於子月,而又壬癸發透者,則雖坐午,亦能發生。故益知坐丑未月之為美。甲與寅字多見,弟從兄義,譬之藤蘿附喬木,不畏斫伐也。

第二條乙木を論ず。「乙木柔なりと雖も、羊を刲り牛を解く。丁を懷き丙を抱き、鳳に跨り猴に乘る。虛濕の地、馬に騎るも亦憂えん。藤蘿甲に繫がり、春と為り秋と為る可し。」解注説く、乙木春天に生まれれば桃李のごとく、夏天は禾稼のごとく、秋天は梧桐丹桂のごとく、冬天は奇花のごとし。它縦使柔弱なりと雖も、丑・未の兩個の柔土の上に坐し能く土を制す。宰羊解牛の一般の輕易に好比す。此れすなわち「刲羊解牛」(未は羊に属し・丑は牛に属す)。ただ天干一個の丙あるいは丁有れば、然らば則ち卽使申・酉金旺の月に生ずるも、亦金の來りて克伐するを怕れず(底本「之を胃わず」は當に「之を畏れず」と作るべし)。此れすなわち「懷丁抱丙、跨鳳乘猴」(酉は雞に属し卽ち鳳、申は猴に属す)。但し若し子月に生まれて壬癸また天干に透出せば、水多く木浮べり、卽使午の上に坐すも(午は乙の長生と為る)仍ほ憂患在り。此れすなわち「虛濕之地、騎馬亦憂」。此に由りて更に丑・未に坐するの美たるを見る。若し四柱多く甲と寅とを見れば、乙木便ち弟弟兄長に依從するがごとく、藤蘿喬木に攀附するに好比し、砍伐を怕れず。ゆえに「藤蘿繫甲、可春可秋」と曰う。

丙火猛烈,欺霜侮雪。能煅庚金,逢辛反怯。土眾成慈,水猖顯節。虎馬犬鄉,甲木若來,必當焚滅(一本作虎馬犬鄉,甲來成滅)。火陽精也,丙火灼陽之至,故猛烈,不畏秋而欺霜,不畏冬而侮雪。庚金雖頑,力能煅之,辛金本柔,合而反弱。土其子也,見戊己多而成慈愛之德;水其君也,遇壬癸旺而顯忠節之風。至於未遂炎上之性,而遇寅午戌三位者,露甲木則燥而焚滅也。

第三條丙火を論ず。「丙火猛烈、霜を欺き雪を侮る。能く庚金を煅し、辛に逢えば反って怯れん。土衆なれば慈を成し、水猖れば節を顯す。虎馬犬の鄉、甲木若し來れば、必ず當に焚滅せん。」(另一の版本は「虎馬犬鄉、甲來れば成滅す」と作る。)解注説く、火是れ陽の精華、丙火陽氣最も盛ん。ゆえに性情猛烈にして、秋霜を怕れず・冬雪を怕れず。庚金縦使頑硬なりと雖も、丙火力量有りて之を煅煉す。辛金本來柔弱、丙辛一たび合すれば、丙反って牽制を受けて怯弱を顯す。土是れ丙火の生ずる所の子、戊己多きを見れば便ち慈愛の德を成就す。水是れ丙火の君(我を克する者を官と為る)、壬癸旺するに遇えば則ち忠節の風を顯出す。四柱寅・午・戌の三支齊全して火勢未だ其の炎上の性を遂げざる時に至りては、若し天干再び甲木を露出して來りて生ぜば、便ち燥烈して自焚して滅するに至る。此の一條は讀者に告ぐ、丙火最も怕るは水に非ずして、木火太旺して制無く泄無きなり。

丁火柔中,內性昭融。抱乙而孝,合壬而忠。旺而不烈,衰而不窮,如有嫡母,可秋可冬。丁干屬陰,火性雖陰,柔而得其中矣。外柔順而內文明,內性豈不昭融乎?乙非丁之嫡母也,乙畏辛而辛抱之,不若丙抱甲而反能焚甲木也,不若乙抱丁而反能晦丁火也,其孝異乎人矣。壬為丁之正君也,壬畏戊而丁合之,外則撫卹戊土,能使戊土不欺壬也,內則暗化木神,而使戊土不敢抗乎壬也,其忠異乎人矣。生於秋冬,得一甲木,則倚之不滅,而焰至無窮也,故曰可秋可冬。皆柔之道也。

第四條丁火を論ず。「丁火柔中、内性昭融。乙を抱きて孝し、壬を合して忠なり。旺して烈せず、衰して窮まらず。嫡母有るがごとき、秋と為り冬と為る可し。」解注説く、丁は陰干に属し、火性縦使陰なりと雖も、卻って柔にして中を得。外表柔順にして内裡文明、内在的性情豈に光明通透ならずや。「抱乙而孝」を説く。乙縦使丁の嫡母に非ずとも(正印當に甲たるべし)、けれども乙は辛金の來りて克するを怕れ、丁卻って能く它を抱護す。丙の甲を抱きて反って甲木を焚掉するに似ず、乙の丁を抱きて反って丁火を晦暗するに亦似ず。ゆえに丁の孝順與衆不同なり。「合壬而忠」を説く。壬是れ丁の正官卽ち正君、壬は戊土の來りて克するを怕る。丁壬と一たび合すれば、對外能く戊土を撫恤して它をして壬を欺かざらしめ、對内また暗かに化して木神と為して戊土をして壬と相抗せざらしむ。ゆえに丁の忠誠亦與衆不同なり。秋冬火衰の時に生まれて、ただ一個の甲木を得れば、便ち能く它以て依靠として火滅せず・焰窮無し。ゆえに「可秋可冬」と曰う。此ら皆柔順の道の致す所なり。

戊土固重,既中且正。靜翕動闢,萬物司命。水潤物生,火燥物病。若在艮坤,怕沖宜靜。戊土非城牆堤岸之謂也,較己特高厚剛燥,乃己土發源之地,得乎中氣而且正大矣。春夏則氣闢而生萬物,秋冬則氣翕而成萬物,故為萬物之司命也。其氣屬陽,喜潤不喜燥,坐寅怕申,坐申怕寅。蓋沖則根動,非地道之正也,故宜靜。

第五條戊土を論ず。「戊土固重、既に中にして且つ正なり。靜に翕み動に辟かれ、萬物の司命。水潤せば物生じ、火燥せば物病む。若し艮坤に在れば、衝を怕れ靜に宜し。」解注説く、戊土並びに城牆堤岸のあの種の死板の土に非ず、ただ己土に比べ格外高厚剛燥なり。它是れ己土の發源の地、中和の氣を得て端正博大なり。春夏の時氣機開闢して萬物を生養し、秋冬の時氣機收斂して萬物を成就す。ゆえに萬物の司命と為る。戊の氣陽に属し、滋潤を喜びて燥烈を喜ばず。寅の上に坐して申を見るを怕れ、申の上に坐して寅を見るを怕る。寅申一たび衝すれば則ち根基動搖し、大地厚重安靜の道に合せざるに因る。ゆえに靜に宜しく衝に宜しからず。ここにの「艮坤」卽ち寅(艮位)と申(坤位)とを指す。

按:今人每以戊土為城牆堤岸之土,謂不能發生萬物,讀此便知其誤。若夫水潤物生,火燥物病二句,其義重潤字、燥字、非謂戊土不宜見火,只宜見水也。若四柱水多,必須火喧,不可以燥言;四柱火多,必須水潤,不可以溼言。明乎此理,不獨可以論戊土,而己土亦可以類推。

袁樹珊の按:今人往往戊土を説いて城牆堤岸の土と為し、認定して它萬物を生養する能わずとす。《滴天髓》の此の一條を讀めば便ちあれ是れ錯なるを知る。「水潤物生、火燥物病」の兩句に至りては、重點は「潤」字と「燥」字の上に落つ。並びに戊土火を見るに宜からず・ただ水を見るに宜しと説くに非ず。若し四柱水多ければ、必ず火を用いて溫暖を來すを須す。此の時の火は「燥」と叫ぶ能わず。若し四柱火多ければ、必ず水を用いて滋潤を來すを須す。此の時の水は「濕」と叫ぶ能わず。此の道理を明白せば、不ただ以て戊土を論ず可きのみならず、己土も亦以て此に照らして類推する可し。此の條の按語は命書を讀むの一個の通病を點出す。古人の形容語を把りて死條文と當作し、「燥」を見れば便ち火を忌み・「濕」を見れば便ち水を忌みて、而して取舍全く四柱本身の偏枯と調劑とに在るを忘る。

己土卑溼,中正蓄藏。不愁木盛,不畏水狂。火少火晦,金多金光。若要物旺,宜助宜幫。己土卑薄軟溼,乃戊土枝葉之地,亦主中正而能蓄藏萬物。柔土能生木,非木所能克,故不愁木盛;土深而能納水,非水所能蕩,故不畏水狂。無根之火,不能生溼土,故火少而火反晦;溼土能潤金氣,故金多而金光彩,反清瑩可觀。此其無為而有為之妙用。若要萬物充盛長旺,惟土勢深固,又得火氣暖和方可。

第六條己土を論ず。「己土卑濕、中正して蓄藏す。木盛んなるを愁えず、水狂なるを畏れず。火少なければ火晦み、金多ければ金光る。若し物の旺を要せば、助け幫うに宜し。」解注説く、己土卑下薄軟にして濕潤。是れ戊土の枝葉延伸の地、同じく中正にして能く萬物を蓄藏す。柔土能く木を生じ、並びに木の能く克傷する所に非ず。ゆえに木旺するを愁えず。土層深厚にして能く水を容納し、並びに水の能く衝蕩する所に非ず。ゆえに水狂を怕れず。根無きの火は濕土を生ずる能わず。ゆえに火少なき時反って濕土に晦暗せらる。濕土能く金氣を潤澤す。ゆえに金多き時金反って光彩清瑩なり。此れすなわち己土の「為無くして為有り」の妙用なり。萬物をして充盛生長せしめんと欲するに至りては、然らば則ち必ず土勢深厚堅固にして、また火氣の來りて溫暖することを得て乃ち可なり。此れすなわち「宜助宜幫」。己土を上條の戊土と對讀すれば、同じく土にして陰陽異性・剛柔異用なるを看出す可し。此の正是れ《滴天髓》の干を論ずるの精髓の在る所なり。

庚金帶煞,剛健為最。得水而清,得火而銳。土潤則生,土干則脆。能贏甲兄,輸於乙妹。庚金乃天上之太白,帶殺而剛健。健而得水,則氣流而清;剛而得火,則氣純而銳。有水之土,能全其生;有火之土,能使其脆。甲木雖強,力足伐之;乙木雖柔,合而反弱。

第七條庚金を論ず。「庚金煞を帶び、剛健最と為す。水を得て清く、火を得て銳し。土潤なれば則ち生じ、土乾なれば則ち脆し。能く甲兄に贏ち、乙妹に輸す。」解注説く、庚金天上の太白金星に好比し、肅殺の氣を帶びて最も剛健なり。剛健にして水を得て來りて泄れば、氣便ち流轉清澈。剛硬にして火を得て來りて煉れば、氣便ち純粹銳利。水を帶びたる濕土能く庚金の生機を保全す。火を帶びたる燥土反って它をして脆裂せしむ。甲木縦使強壯なりと雖も、庚金力量有りて它を砍伐す。乙木縦使柔弱なりと雖も、乙庚一たび合すれば、庚反って牽制せられて轉弱す。ゆえに贏ち得たり甲兄に、卻って輸したり乙妹にと曰う。此の一條は前面の丙火「能く庚金を煅し、辛に逢えば反って怯れん」と正に同一機理なり。陽干同性に遇えば則ち相爭して能く勝ち、異性に遇えば則ち相合して制を受く。

辛金軟弱,溫潤而清。畏土之疊,樂水之盈。能扶社稷,能救生靈。熱則喜母,寒則喜丁。辛乃陰金,非珠玉之謂也。凡溫軟清潤者,皆辛金也。戊己土多而能埋,故畏之;壬癸水多而必秀,故樂之。辛為丙之臣也,合丙化水,使丙火臣服壬水,而安扶社稷;辛為甲之君也,合丙化水,使丙火不焚甲木,而救援生靈。生於九夏而得己土,則能晦火而存之;生於隆冬而得丁火,則能敵寒而養之。故辛金生於冬月,見丙火則男命不貴,雖貴亦不忠;女命剋夫,不克亦不和。見丁男女皆貴且順。

第八條辛金を論ず。「辛金軟弱、溫潤にして清し。土の疊なるを畏れ、水の盈たるを樂しむ。能く社稷を扶け、能く生靈を救う。熱なれば則ち母を喜び、寒なれば則ち丁を喜ぶ。」解注説く、辛是れ陰金、並びに專ら珠玉を指すに非ず。およそ溫軟清潤の金は、皆是れ辛金なり。戊己土層層堆疊して它を埋没すること會す。ゆえに土を怕る。壬癸水多ければ金水相涵して必然秀氣。ゆえに水を喜ぶ。「能扶社稷」を説く。辛是れ丙の臣(辛は丙の正財と為り、丙は辛の正官と為る)。丙辛一たび合して水を化し、丙火をして壬水に臣服せしめ、社稷安を得。「能救生靈」を説く。辛又是れ甲の君(辛は甲の正官と為る)。丙火を合住して它をして甲木を焚燒せざらしめ、草木生靈救を得。盛夏火烈の時に生まれて己土を得れば、能く火を晦して辛金を保全す。此れすなわち「熱なれば則ち母を喜ぶ」(土は金の母と為る)。隆冬嚴寒の時に生まれて丁火を得れば、能く寒を禦ぎて辛金を溫養す。此れすなわち「寒なれば則ち丁を喜ぶ」。ゆえに辛金冬月に生まれて、丙火を見れば則ち男命貴からず、卽使貴なりとも亦忠ならず、女命は夫を克し、克せずとも亦和らがず。丁火を見れば則ち男女皆既に貴く且つ順なり。

按:辛金軟弱,似如庚金剛健不同。然寒則喜丁,亦有非火不為功者,今人泥辛為珠玉之說,概為忌火毀傷,豈不謬甚。

袁樹珊の按:辛金軟弱、看似庚金の剛健と截然不同。但し歌訣に「寒なれば則ち丁を喜ぶ」と曰う。見るべし、辛金も亦非に火を用いて能く成功せざるの時有り。今人「辛を珠玉と為す」の比喻を死守し、一概に認定して辛金火を忌み、火を見れば便ち毀傷なりとす。豈に大錯特錯ならずや。此の條の按語は前面の戊土を論ずるあの條の按語と用意一貫なり。皆古人の取象比喻を把りて絕對禁忌と當作するを反對す。命理の取舍ただ一條の準繩のみ有り。四柱寒暖燥濕の偏向と用神の須要とを看る。寒極の者は縦使辛金なりとも必ず火を用うるを須し、熱極の者は縦使壬水なりとも亦其の寒を嫌わず。

壬水通河,能洩金氣,剛中之德,周流不滯。通根透癸,沖天奔地。化則有情,從則相濟。壬水即癸水之發源,崑崙之水也;癸水即壬水之歸宿,扶桑之水也。有分有合,運行不息,所以為百川者此也,亦為雨露者此也,是不可歧而二之。申為天關,乃天河之口,壬水長生於此,能洩西方金氣。周流之性,沖進不滯,剛中之德猶然也。若申子辰全而又透癸,則其勢沖奔,不可遏也。

第九條壬水を論ず。「壬水河に通じ、能く金氣を泄す。剛中の德、周流して滯らず。根に通じ癸を透かし、天に衝き地に奔る。化すれば則ち情有り、從えば則ち相済す。」解注先ず壬癸の關係を辨す。壬水是れ癸水の發源、崑崙の水に好比し、癸水是れ壬水の歸宿、扶桑の水に好比す。二者分有り合有り、運行息まず。百川と成るは它、雨露と化する亦是れ它。它們を截然と兩物に分かつべからず。申は方位の上は天關、是れ天河の入口。壬水此に於て長生す。ゆえに能く西方の金氣を泄す。此れすなわち「通河」「泄金」の來歴なり。壬水周流の本性是れ衝奔前進して停滯せず。此の正是れ它剛健して中を得るの德性なり。若し四柱申・子・辰の三支齊全して天干また癸水を透出せば、あの水勢便ち衝奔して遏止する法無し。此れすなわち「通根透癸、衝天奔地」。

如東海本發端於天河,復成水患,命中遇之,若無財官者,其禍當何如哉!合丁化木,又生丁火,則可謂有情;能制丙火,不使其奪丁之愛,故為夫義而為君仁。生於九夏,則巳、午、未、申火土之氣,得壬水熏蒸而成雨露,故雖從火土,未嘗不相濟也。

解注続きて説く。東海の水本は天河に發源するに好比し、一旦泛濫すれば便ち水患を成す。命中此の種の局面に遇上して、若しまた財星官星の來りて收束する無ければ、あの禍患當に多大ならんや。「化則有情」に至りては、壬は丁と相合して木を化し、木また能く丁火を生ず。以て情有りと説く可し。而且壬能く丙火を制住して、丙をして丁の愛する所を奪去せざらしむ。ゆえに夫婦の義の上は情義有るの丈夫、君臣の分の上は仁心有るの君主なり。「從則相濟」に至りては、盛夏に生まれて、巳・午・未・申一片の火土の氣、壬水の一熏蒸を得れば便ち化して雨露を成す。ゆえに壬水卽使火土の勢に順從せざるを得ずと雖も、亦未だ嘗て之と相済する能わざるに非ず。此の兩句の講ずるは壬水極旺と極弱の兩端の出路なり。旺極のは須らく財官の收束有るべし、弱極のは則ち化する可く從う可し。

癸水至弱,達於天津。得龍而運,功化斯神。不愁火土,不論庚辛。合戊見火,化象斯真。癸水乃陰之純而至弱,故扶桑有弱水也。達於天津,隨天而運,得龍以成雲雨,乃能潤澤萬物,功化斯神。凡柱中有甲乙寅卯,皆能運水氣,生木制火,潤土養金,定為貴格,火土雖多不畏。至於庚金,則不賴蜞生,亦不忌其多。

第十條癸水を論ず。「癸水至弱、天津に達す。龍を得て運し、功化斯く神なり。火土を愁えず、庚辛を論ぜず。戊を合して火を見れば、化象斯く真なり。」解注説く、癸水是れ純陰にして至弱の水。ゆえに傳説扶桑の東に「弱水」有り。它上達して天津(銀河の渡口)に、天に隨いて運行し、「龍」(卽ち辰、辰は水庫・また龍と為る)を得れば便ち能く雲を興し雨を致し、萬物を潤澤し、功用神妙なり。およそ四柱中甲・乙・寅・卯の木有るは、皆能く水氣を運化す。木を生じ・火を制し・土を潤し・金を養う。必定貴格、火土縦使多しとも亦怕れず。此れすなわち「不愁火土」。庚金に至りては、癸水既に它に依賴して以て相生せず、亦它の多きを忌まず。此れすなわち「不論庚辛」(底本「不賴蜞生」は當に「不賴其生」と作るべし)。

惟合戊土化火也,戊生寅,癸生卯,皆屬東方,故能生火。此固一說也,不知地不滿東南,戊土之極處,即癸水之盡處,乃太陽起方也,故化火。凡戊癸得丙丁透者,不論衰旺,秋冬皆能化火,最為真也。

解注最後に癸水の合化を講ず。唯獨戊土と相合して能く火を化す。一説以て爲く、戊寄生は寅に在り・癸長生は卯に在り、皆東方に属し、東方木能く火を生ず。ゆえに戊癸火を化すと。此れ固より一種の解釋なりと雖も、但し更に深き一層を看れば、大地東南方向に滿たず(古に「地は東南に滿たず」の説有り)、戊土の盡處正に癸水の盡處、而してあれ恰も太陽昇起の方位。ゆえに合して火を化す。およそ戊癸相合して天干また丙あるいは丁を透出するは、衰旺を論ぜず、卽使秋冬に生ずるも皆能く火を化す。此の種の化象最も真切なり。此れすなわち「合戊見火、化象斯真」。ここに至りて《滴天髓》十干を論ずるの十條講じ畢せり。通讀一過して看出す可し。它の干を論ずるは十神名目を用いずして、直接に每一干の性情・喜する所忌する所に就きて言を立つ。是れ命學中の最も氣象を見るの一路の筆法。ゆえに袁樹珊它を卷四「宜忌」の首に列す。

干支異同を論ず

山陰沈孝瞻《子平真詮》云:天地之間,一氣而已。惟有動靜,遂分陰陽。有老少,遂分四象。老者極動靜之時,是為太陽太陰;少者初動初靜之際,是為少陰少陽。有是四象,而五行具於其中矣。水者,太陰也;火者,太陽也;木者,少陽也;金者,少陰也;土者,陰陽老少、木火金水沖氣所結也。

此の一篇の引く所是れ山陰人沈孝瞻《子平真詮》の開卷第一論なり。彼説く、天地之間ただ一氣のみ有るのみ。此の一氣動有り靜有り、ここに分かちて陰陽と為す。動靜また老有り少有り、ここに分かちて四象と為す。いわゆる「老」は、動靜走りて極處に到るの時候、便ち太陽と太陰。いわゆる「少」は、剛動剛靜の時候、便ち少陰と少陽。此の四象有れば、五行も亦便ち其中に包含せり。水是れ太陰、火是れ太陽、木是れ少陽、金是れ少陰、土は則ち陰陽老少と木火金水の四者の衝和の氣凝結して成る所なり。此の一段是れ五行の為に一個の「一氣」より推衍して下来るの源頭を找せんとする。説明すれば五行は五種並列の物質に非ずして、同一股の氣の不同動靜狀態下の名目なり。此の層を懂得して乃ち後面何故に同一個の木還た再び甲乙に分かち・再び寅卯に分かつかを明白せん。

有是五行,何以又有十干十二支乎?蓋有陰陽,因生五行,而五行之中,各有陰陽。即以木論,甲乙者,木之陰陽也。甲者,乙之氣;乙者,甲之質。在天為生氣,而流行於萬物者,甲也;在地為萬物,而承茲生氣者,乙也。又細分之,生氣之散佈者,甲之甲,而生氣之凝成者,甲之乙;萬木之所以有枝葉者,乙之甲,而萬木之枝枝葉葉者,乙之乙也。方其為甲,而乙之氣已備;及其為乙,而甲之質乃堅。有是甲乙,而木之陰陽具矣。

沈孝瞻続きて問う。既然に五行有れば、何故に還た十天干・十二地支有ることを要するや。回答是れ曰く、先ず陰陽有りて而後五行を生ず。而して五行の中また各自再び陰陽を分かつ。便ち木を以て説けば、甲と乙便ち木の陰陽兩面なり。甲是れ乙の「氣」、乙是れ甲の「質」。天上に在りて生發の氣と作して萬物に流行するは、是れ甲。地上に在りて萬物の體と作して此の股の生氣を承受するは、是れ乙。再び細裡に往きて分かてば、生氣の散布して開來するは、是れ甲中の甲。生氣の凝聚して成形するは、是れ甲中の乙。萬木の所以に枝葉を生ずる能くするは、是れ乙中の甲。而して一枝一葉の具體形態は、則ち乙中の乙。當に它還た甲たるの時、乙の氣已に具備す。它乙と成るの時を等し、甲の質乃ち堅實を算す。甲乙の此の一對有れば、木の陰陽便ち完備す。此の段の要害は「氣」と「質」の分別に在り。甲乙は兩種の木に非ずして、同一木の氣と質の兩面なり。

何以復有寅卯者,又與甲乙分陰陽天地而言之者也。以甲乙而分陰陽,則甲為陽,乙為陰,木之行於天而為陰陽者也。以寅卯而陰陽,則寅為陽,卯為陰,木之存乎地而為陰陽者也。以甲乙寅卯而統分陰陽,則甲乙為陽寅卯為陰,木之在天成象而在地成形者也。甲乙行乎天,而寅卯受之;寅卯存乎地,而甲乙施焉。是故甲乙如官長,寅卯如該管地方。甲祿於寅,乙祿於卯,如府官之在郡,縣官之在邑,而各司一月之令也。

然らば則ち何故に甲乙之外還た寅卯有ることを要するや。あれ是れ天と地の兩層に就きて再び陰陽を分かつ。單に甲乙の間に在りて陰陽を分かてば、甲は陽と為り・乙は陰と為る。これは木天上に運行するの陰陽なり。單に寅卯の間に在りて陰陽を分かてば、寅は陽と為り・卯は陰と為る。これは木地下に存留するの陰陽なり。若し甲乙寅卯を合わせて通りて陰陽を分かてば、則ち甲乙は陽と為り・寅卯は陰と為る。これは木天に於て象を成し・地に於て形を成すの分別なり。甲乙天上に運行し、寅卯它を承受す。寅卯地下に存留し、甲乙它に施加す。ゆえに甲乙官長に好比し、寅卯其の管轄する所の地方に好比す。甲の祿は寅に在り・乙の祿は卯に在り。便ち知府其の郡裡に在り・知縣其の邑裡に在るがごとく、各自一個月の時令を主管す。此の比喻極めて貼切なり。天干是れ流動の官、地支是れ固定の轄區。同一個の木天に在りて干と為り・地に在りて支と為る。兩者混ぜて一談と為すべからず。

甲乙在天,故動而不居。建寅之月,豈必當甲?建卯之月,豈必當乙?寅卯在地,故止而不遷。甲雖遞易,月必建寅;乙雖遞易,月必建卯。以氣而論,甲旺於乙;以質而論,乙堅於甲。而俗書謬論,以甲為大林,盛而宜斬,乙為微苗,脆而莫傷,可為不知陰陽之理者矣。以木類推,餘者可知,惟土為木火金水沖氣,故寄旺於四時,而陰陽氣質之理,亦同此論。欲學命者,必須先知干支之說,然後可以入門。

甲乙天上に在り。ゆえに流動して固定せず。正月寅を建つ、未だ必ずしも月干便ち甲ならず。二月卯を建つ、未だ必ずしも月干便ち乙ならず。寅卯地下に在り。ゆえに停住して遷移せず。年干怎樣輪換するを管えず・月干怎樣遞變するを管えず、正月總じて寅を建て、二月總じて卯を建つ。「氣」に就きて論ずれば、甲乙に比べて旺なり。「質」に就きて論ずれば、乙甲に比べて堅なり。而して俗書胡亂に説を立て、甲を説いて大樹林と為し、茂盛なれば該に砍伐すべしとし、乙を説いて小嫩苗と為し、脆弱して碰るを得ずとす。此の真に算して陰陽の理を懂せざるの人と可し。木を拿りて類推すれば、其餘の四行も亦便ち知る可し。唯獨土是れ木火金水衝和の氣。ゆえに寄旺して四季に在り、而して其の陰陽氣質の道理も亦上面の説く所と相同なり。命を學ばんと欲する人は、必ず先ず干支の此の一層の分別を弄清し、然る後乃ち入門に談ずべし。沈孝瞻此の一論是れ全部子平學の門檻。袁樹珊它を《滴天髓》十干を論ずるの後に録するは、用意正に「何故に干支此の様に分かつを要するか」の理論根據を補足するに在り。

五行生克制化宜忌を論ず

徐大升曰:金賴土生,土多金埋;土賴火生,火多土焦;火賴木生,木多火熾;木賴水生,水多木漂;水賴金生,金多水濁。金能生水,水多金沉;水能生木,木盛水縮;木能生火,火多木焚;火能生土,土多火埋;土能生金,金多土弱。

宋代徐大升此の一篇の講ずるは五行生克の「過猶不及」、是れ用神を取る時最も實用の一組の口訣なり。第一組は「我を生ずる者太多ければ反って其の害を受く」を講ず。金は土に靠りて以て生ずるを須す。けれども土太多ければ金反って埋没せらる。土は火に靠りて以て生ずるを須す。けれども火太多ければ土反って烤焦せらる。火は木に靠りて以て生ずるを須す。けれども木太多ければ火反って熾烈して失控す。木は水に靠りて以て生ずるを須す。けれども水太多ければ木反って漂浮して根無し。水は金に靠りて以て生ずるを須す。けれども金太多ければ水反って渾濁して清からず。第二組は「我の生ずる者太多ければ反って我が身を耗す」を講ず。金能く水を生ず。けれども水太多ければ金反って沈没す。水能く木を生ず。けれども木太盛ければ水反って吸縮せらる。木能く火を生ず。けれども火太多ければ木反って焚毀せらる。火能く土を生ず。けれども土太多ければ火反って埋没せらる。土能く金を生ず。けれども金太多ければ土反って虛弱す。此の兩組を合わせて看れば、便ち命學の上の説く所の「印重身埋」と「食傷太過して氣を盗す」なり。讀者記住すべし、相生本是れ好事、多くして失衡と成れば便ち病と成る。

金能剋木,木堅金缺;木能剋土,土重木折;土能剋水,水多土流;水能剋火,火多水熱;火能剋金,金多火熄。金衰遇火,必見銷鎔;火弱逢水,必為熄滅;水弱逢土,必為淤塞;土衰遇木,必遭傾陷;木弱逢金,必為砍折。強金得水,方挫其鋒;強水得木,方洩其勢;強木得火,方化其頑;強火得土,方止其焰。強土得金,方制其壅。

第三組は「我の克する者太強ければ反って我を傷む」を講ず。金能く木を克す。けれども木太堅硬なれば金反って缺損せらる。木能く土を克す。けれども土太厚重なれば木反って折斷せらる。土能く水を克す。けれども水太多ければ土反って衝流せらる。水能く火を克す。けれども火太多ければ水反って燒熱して蒸乾せらる。火能く金を克す。けれども金太多ければ火反って壓熄せらる。第四組は「我衰えて我を克する者に遇えば必ず重傷を受く」を講ず。金衰弱して火に遇えば、必定熔化せらる。火衰弱して水に遇えば、必定澆滅せらる。水衰弱して土に遇えば、必定淤塞せらる。土衰弱して木に遇えば、必定傾陷せらる。木衰弱して金に遇えば、必定砍折せらる。第五組は「強者は泄に宜しく制に宜しからず」を講ず。過強の金は水を得て來りて泄し、乃ち能く其の鋒芒を挫掉す。過強の水は木を得て來りて泄し、乃ち能く其の氣勢を疏導す。過強の木は火を得て來りて泄し、乃ち能く其の頑硬を化掉す。過強の火は土を得て來りて泄し、乃ち能く其の焰勢を止住す。過強の土は金を得て來りて泄し、乃ち能く其の壅塞を疏通す。此の五組を合わせて來れば便ち一部の用神を取るの綱領なり。太過の者は泄に宜しく克に宜しく、不及の者は生に宜しく扶に宜しく、而して泄往往硬克に勝る。

四時の木宜忌を論ず

《窮通寶鑑》云:生於春月之木,餘寒猶有。得火溫燠,別無盤屈之患。得水潤之,而有舒暢之美。然水多則木溼,水缺則木枯,必須水火既濟方佳。至於土多則損力堪虞,土薄則豐財可許。如逢金重,見火無傷,假使木強,得金乃發。夏月之木,根幹葉燥,盤而且直,曲而已伸。欲其水盛,而成滋潤之力,誠不可少。忌其火旺,而招焚化之憂,故獨為凶。喜土在薄,不宜重厚,厚則反為災咎。惡金在多,不可欠缺,缺則不能琢削。重重見木,徒以成林。疊疊逢華,終無結果。

《窮通寶鑑》此の一門は日主五行に按じて四季を分かちて宜忌を講ず。是れ調候取用の最も方便の入門表なり。先ず木を説く。春月に生ずるの木、餘寒還た在り。火を得て來りて溫暖すれば、便ち蜷曲して伸びざるの毛病無し。水を得て來りて滋潤すれば、便ち舒展暢達の美有り。但し水多ければ木濕れ、水少なければ木枯る。必ず水火配合得當(「既濟」)して乃ち好し。土に至りては、土多ければ木力を耗し、慮る可し。土薄ければ木能く土を疏して財を得、許る可し。若し金重に遇うも、ただ火有りて金を制すれば便ち妨無し。假使木本身強旺なれば、反って金を得て來りて砍削して乃ち發達する能し。夏月に生ずるの木、根乾葉枯れ、形態縦使挺直なりと雖も已に伸展して頭に到れり。水盛んなりて來りて滋潤するを希望す。此れ是れ萬萬少くすべからざるなり。最も火旺して焚燒の憂を招くを忌む。ゆえに夏木獨り火を以て凶と為す。土薄きを喜びて厚重に宜しからず。土厚ければ反って災咎を成す。金太多を厭う。但し亦全く無きべからず。金を缺けば便ち雕琢して器を成すに從う無し。木再び層層疊見するは、不過白く一片の林子を長成するのみ。花開くる再び多きも、終究果實を結出す能わず。

秋月之木,氣漸淒涼,形漸凋敗。初秋之時,火氣未除,猶喜水土以相滋。中秋之令,果已成實,欲得剛金而修削。霜降後不宜水盛,水盛則木漂。寒露節又喜火炎,火炎則木實。木多有多材之美,土厚無己任之才。冬月之木,盤曲在地。欲土金而培養,惡水盛而亡形。金縱多不能克伐,火重見溫燠成功。歸根復命之時,木病安能輔助。惟忌死絕,只宜生旺。

再び秋冬兩季の木を説く。秋月に生ずるの木、氣象漸漸凄涼、形體漸漸凋敗。三段に分かちて看るを須す。初秋火氣未だ退かず、仍ほ水土の來りて滋養するを喜ぶ。中秋果實已成、剛硬の金を須要して來りて修削して器を成さしむ。霜降之後水盛に宜しからず。水盛ければ則ち木漂浮して根無し。寒露一節また火の來りて溫暖するを喜ぶ。火暖ければ則ち木能く結實す。秋木若し木多ければ、多材の美有り。若し土厚ければ、則ち木力無くして擔當せず(「己任の才無し」)。冬月に生ずるの木、蜷曲して地下に伏す。土有り金有りて來りて培養するを希望し、最も水盛して形體を消亡せしむるを惡む(水多ければ木浮ぶ)。金縦使多しとも亦它を克伐して動かす能わず(冬木伏藏し、金亦寒して力無し)。火多見幾重も乃ち能く溫暖して成功す。此の時正に萬物歸根復命の時候、木本身已に病めり。哪裡か還た能く別を輔助せんや。ゆえに冬木ただ死絕の地を忌み、ただ生旺の運を行くに宜し。

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