財 產
132)章監稅庚午生三十九歲占財產,戊申年三月十一乙未日戌時丑將。(辰巳空亡,丑寅落空),重審,稼穡,勵德,遊子。 虎常 空寅卯辰巳玄 龍丑 午陰 龍 常 朱 龍 財 辛丑 龍 初(落空)(暗鬼) 陳子 未后 丑 辰 戌 丑 財 戊戌 朱 中 六亥戌酉申貴 辰 未 丑 乙 財 乙未 后 末 朱蛇
第一百三十二例:章監税は庚午年の生まれで三十九歳、財産を占いに来ました。時は戊申年三月十一日乙未日。底本は「戌時丑将」と記するも、しかし盤中の天盤の戌が正に地盤の丑の上に加わるを按ずれば、実は戌将を丑時に加えて課を立てたものです。乙未日は甲午旬に属し、旬空は辰・巳に落ち、天盤の丑・寅二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は四つ:「重審」「稼穡」(三伝の丑・戌・未が全て土)「励徳」「游子」。天盤は戌将を丑時に加えて布定し、貴人が申に乘り、その下は螣蛇が酉に、朱雀が戌に、六合が亥に、勾陳が子に、青竜が丑に、天空が寅に、白虎が卯に、太常が辰に、玄武が巳に、太陰が午に、天后が未に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の乙が辰宮に寄せられ、上に丑を見て青竜を乘じ、第二課は丑の上に戌を見て朱雀を乘じ、第三課は日支の未の上に辰を見て太常を乘じ、第四課は辰の上に丑を見て青竜を乘じます。三伝は丑・戌・未:初伝の辛丑は妻財爻で青竜を乘じ空地に落ちまた暗に鬼を帯び、中伝の戊戌もまた妻財爻で朱雀を乘じ、末伝の乙未は依然として妻財爻で天后を乘じます。
邵先生曰:此課日上見財,主進田莊,不用錢買,中間一人爭競,又後還他,後卻得眾財,乃是服滿人家得來。六月防家中鬥毆,不然卻門前有尊長新墳,與之爭訟。所得之財,悉化為鬼矣。是年童監稅與妻家主張分產,遂得田二十畝及財物,有第三房舅嫂守寡,得產不中意,要告官悔,眾分不欲破開,因將童氏眾人地與寡婦,眾人遂陪卻童氏財物。
邵先生は言いました。この課は日干上に財爻を見、主に一份の田荘を進め、しかも銭を花して買うを用いません。中間に一人の人が来て争奪し、後にまた彼に還し、随いて却って衆人の財物を得——一家の服喪期満した人家の彼方より得たのです。六月の裏に家中に鬭殴の発生を防ぐべく、さもなければすなわち門前に尊長の新たに葬った墳あり、これのために人と争訟します。得た所のこれらの財は、到頭すれば皆化して鬼を成します。この年、章監税は妻家において家産を分けるを主持し、ここにおいて二十畝の田と若干の財物を分け得ました。妻家の第三房の舅嫂は寡を守り、分け得た産業は意に称さず、官に告げて翻悔せんとしました。衆人はすでに分けた産業を再び拆き開くことを願わず、すなわち大家の名下の地を寡婦に撥し、衆人はここにおいて各々章家の財物を賠補しました。
先生析曰;蓋乙木以辰戌丑未為財,又以丑未為妻,故財自妻家而得。何以見彼之分產?乙未日破碎殺在丑,丑為田,田上有青龍,故得之不費錢買。末傳未作天后,是又彼人之產復還也。既還產又得眾財,乃辰加未,便是乙加未敢,卻克宅;宅者,彼也,故彼為財,辰為眾,故得眾人之財也。當年九月有一尊長葬於童氏門前墳地上,侵童監稅地界,遂與鬥爭訟於官,所得之財,果然悉化為鬼矣。蓋日為尊長,日為前,支為後,日加支,故宅前,辰為日墓,故曰新墓。經曰:三傳全財化為鬼,若非春占,乙木旺於春,財不可得,則反損己財也。
邵先生が解釈して曰く。乙木は辰・戌・丑・未の四土をもって財とし、また丑・未をもって妻とするので、この財は妻家より得たのです。どうして妻家の分産と見えますか?乙未日の破碎殺は丑に落ち、丑は田地を主り、田上にまた青竜あるので、田を得るに銭を花して買う必要なし。末伝の未は天后を乘じ、すなわちあの一方の産業がまた還り帰ったのです。すでに産業を還しまた衆人の財を得たのは、辰が未に加わるため——すなわち乙の寄宮の辰が未に加わり、反転して宅を剋します。宅は指して对方と言い、だから对方が自己の財と成り、辰はまた衆多を主るので、衆人の財を得ることができました。その年九月、一人の尊長が章家の門前の墳地に葬られ、章監税の地界を侵占したので、争鬥を起こして官に打ち至り、得た所の財は果たして全て化して鬼を成しました。これは日干が尊長を表し、日干は前と為し日支は後と為し、日が支の上に加わるので、宅前に応じたのです。辰はまた日干の墓なので、新墳と呼ばれます。《経》に曰く:三伝全て財なれば、反転して化して鬼を成す。もし春に占うに非ざれば——乙木は春において旺する——財は得られず、反転して自己の財を損することを要す。
133)鄒七丞務戊寅生三十二歲占求財,己酉年癸巳日寅將丑時。(午未空亡),遙克,連茹。 陳龍 六午未申酉空 朱巳 戌虎 陳 六 貴 后 鬼 空未 陳 初(空亡)(落空) 蛇辰 亥常 未 午 卯 寅 父 甲申 龍 中(落空) 貴卯寅丑子玄 午 巳 寅 癸 父 乙酉 空 末 后陰
第一百三十三例:鄒七丞務は戊寅年の生まれで三十二歳、財を求めるを占いに来ました。時は己酉年癸巳日で、寅の月将を丑の刻に加えて課を立てました。癸巳日は甲申旬に属し、旬空は午・未に落ちます。課名は二つ:「遥剋」「連茹」(三伝の未・申・酉が順次相い連なる)。天盤は寅将を丑時に加えて布定し、貴人が卯に乘り、その下は螣蛇が辰に、朱雀が巳に、六合が午に、勾陳が未に、青竜が申に、天空が酉に、白虎が戌に、太常が亥に、玄武が子に、太陰が丑に、天后が寅に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の癸が丑宮に寄せられ、上に寅を見て天后を乘じ、第二課は寅の上に卯を見て貴人を乘じ、第三課は日支の巳の上に午を見て六合を乘じ、第四課は午の上に未を見て勾陳を乘じます。三伝は未・申・酉:初伝の未は旬空に逢い官鬼爻で勾陳を乘じまた正に空亡宮に壓し、中伝の甲申は父母爻で青竜を乘じまた空地に落ち、末伝の乙酉は依然として父母爻で天空を乘じます。
邵先生曰:汝欲妻家去取財,未得又欲問令岳父借之,占人笑曰:果是。
邵先生は言いました。あなたは本は妻家に到って一筆の銭を取らんと想いましたが、取り得ず、また打ち算えて岳父に向かって口を開き借りんとしました。占いに来た人は笑って言いました:果たしてそのごとし。
先生析曰;蓋癸以午為財,又為妻,旬空,故未得。日上寅為子孫,生起午火,故云又借。中傳為日長生,為尊長,又乘龍為財類神,再借必得也。後必主婢女所費,且受責,酉為婢,天空淫,陰上戌作鬼故也。
邵先生が解釈して曰く。癸水は午火をもって財とし、午は同時にまた妻を表します。いま午は旬空に逢うので、取り得ません。日干上の寅は子孫爻で、午火を生起し得るので、なお再び借りに往くと説きます。中伝の申は癸水の長生で、尊長の象を取り、また青竜という財の類神を乘じるので、再び借りに往けば必ず借り得られます。日後はなお婢女のために破費し、併せてこれによって責罰を受けるを主ります——酉は婢女を主り、天空は淫佚を主り、太陰の臨む所の上の戌はまた化して鬼を為すので、このような応験あり。
邵丞務光岳丈許田未與,後經多年生子,欲往取之,岳丈與之三百千 。邵有人力宜童,婢榮奴,奴偷錢與人力,被邵見了,乃行吊打,當夜宜童持刀要殺榮奴及主,榮奴被刀不死,邵幸走脫,遂解入官,依法治童,邵以不稅田受責。
この丞務の岳父は早くより田を給うを答えれども一直に給わず(篇首は「鄒七丞務」と作り、ここおよび下文は皆「邵」と作る——底本の姓氏は両歧し、いま照録す)。後に多年を過ごして息子を生み、彼は往って索取せんと想い、岳父は彼に三百千銭を給いました。彼の家に一人の僕役の宜童あり、婢女の榮奴あり。榮奴は銭を偷えて僕役に給し、主人に撞見られ、すなわち吊るして打ちました。当日の夜、宜童は刀を持ち榮奴と主人を殺さんとし、榮奴は刀に中るも死せず、主人は僥幸にも逃げ脱れ、ここにおいて宜童を官に送り、法に依って懲治しました。主人自身もまた田ありて税を納めざることによって責罰を受けました。
134)林子成占平生養息,三月乙亥日戌將午時。(申酉空亡,子丑落空),重審,曲直。 朱蛇 六酉戌亥子貴 陳申 丑后 龍 玄 貴 陳 財 癸未 龍 初 龍未 寅陰 未 卯 子 申 父 乙亥 蛇 中 空午巳辰卯玄 卯 亥 申 乙 兄 己卯 玄 末 虎常
第一百三十四例:林子成が平生の生計経営を占いに来ました。時は三月乙亥日で、戌の月将を午の刻に加えて課を立てました。乙亥日は甲戌旬に属し、旬空は申・酉に落ち、天盤の子・丑二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は二つ:「重審」「曲直」(三伝の未・亥・卯が木局を合成する)。天盤は戌将を午時に加えて布定し、貴人が子に乘り、その下は螣蛇が亥に、朱雀が戌に、六合が酉に、勾陳が申に、青竜が未に、天空が午に、白虎が巳に、太常が辰に、玄武が卯に、太陰が寅に、天后が丑に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の乙が辰宮に寄せられ、上に申を見て勾陳を乘じ、第二課は申の上に子を見て貴人を乘じ、第三課は日支の亥の上に卯を見て玄武を乘じ、第四課は卯の上に未を見て青竜を乘じます。三伝は未・亥・卯:初伝の癸未は妻財爻で青竜を乘じ、中伝の乙亥は父母爻で螣蛇を乘じ、末伝の己卯は兄弟爻で玄武を乘じます。
邵先生曰:凡占課見傳送空亡剋日,不可者四:一者養鵝不得,二者不得為醫,三者不得買碓,四者不宜為道士。林曰:我自二十七歲亡父,二十九歲買得一水碓及磨坊,日與爭訟,今十七年矣,累得累失,是我命不招乎?先生曰:汝命不得碓磨力,莫妄用心。因傳送空亡,四者終非己有也。支上幸有卯在長生上,一為驢騾,二為竹木,三為術士沙門,三者皆汝前程,必遂所得也。林遂棄碓磨養孳畜,多種竹木,有牝驢二頭,七年生五驢,竹木又大盛。先生過其門,林再三拜謝。先生又謂之曰:卯可舟車,何不興販?又從之,數年大發,鄉人叩問曰:曏者指彼數事,今皆大遂,可見吾丈神術有準。先生曰:大不然,是此人造化所該耳。
邵先生は言いました。凡そ課を起して「伝送」(申)が空亡に逢いまた日干を剋するを見れば、四件の事は為り得ません:一は鵝を養い成せず、二は医を為ること能わず、三は水碓を置買し得ず、四は道士を為るに宜しからず。林子成は言いました:私は二十七歳の上に父親が過世し、二十九歳に一座の水碓と磨坊を買い下し、天天それのために官司を打ち、今日に至り十七年、屡々手に得て屡々失います——我が命の裏に招き住めないのですか?邵先生は言いました:あなたの命の裏は碓磨の力を得られない、白く心思を費すなかれ——伝送が空亡に逢うので、この四樣は終じて自己のものではありません。所幸は日支上に卯あり、正に長生の位に坐す:一は驢騾を主り、二は竹木を主り、三は術士僧道を主り、この三樣は皆あなたの前程で、一定に願いのごとく手に得られます。林子成はここにおいて碓磨を丟開して牲口を畜養し、多く竹木を種えました。彼に両頭の母驢あり、七年に五頭の小驢を生み、竹木もまた極めて茂盛に長りました。邵先生が彼の家門口を路過し、林子成は再三して拜謝しました。邵先生はまた彼に言いました:卯はなお舟車の象を作すことができる、どうして販運の売買を為さないのですか?彼はまた照らして為し、幾年を下りて大大に発達しました。郷里の人が打聴して問いました:先前に彼を指点したあの幾件の事、いま全て大大に順遂——あなたの神術は真に准頭あることが見えます。邵先生は言いました:大いに然らず、これはこの人の命裏の造化が本はこのごとくなるべきのみ。
先生析曰;蓋乙日木局,全旺在卯,生於亥,故卯全有氣也。元武入廟,又就本家生旺,此所以大全美也。且曲直木局,生於亥,旺於卯,末傳逢祿逢旺,諸事遂意,盡在末也。初限卯六未八,乘之得四十八,折半得二十四。又加卯地盤三數,共二十七數一雲初傳未八青龍七,地盤卯六,未之本數土五,並之得二十六,故初限二十六年,正在父母庇廕之下享福,十六娶妻財又大盛,至二十六歲限足,二十七歲交中限,父母便死,何以其父先死,因中傳亥加未上,亥為干為父,亥又為乙木之父,正被未克,上見蛇凶將,所以先喪父也。
邵先生が解釈して曰く。乙日は木局を成し、木は全て卯において旺し、亥において長生するので、卯上に木気が最も足ります。玄武は廟に入り、また自己の本家に落ちて生旺を得——これが全盤の大いに美満たる縁由です。まして「曲直」の木局は亥に生じ卯に旺し、末伝はすでに禄に逢いまた旺に逢うので、事事心に称い、好処は全て末伝の上に在ります。初限を推すに:卯の数は六、未の数は八、相乗して四十八を得、半に折って二十四を得、さらに卯の地盤の数三を加えて共に二十七——もう一つの説は初伝の未の数は八、青竜の数は七、地盤の卯の数は六、未の本数は土に属して五を為し、合わせて二十六を得る。だから初限は二十六年、正に父母の庇蔭の下に在りて福を享け、十六歳に妻を娶り、家財もまた大いに興盛しました。二十六歳に至り初限が満屆し、二十七歳に中限に交わり、父母は皆過世しました。どうして父親が先に死したか?中伝の亥が未の上に加わるためで、亥は日干の一辺に属して父親を表し、亥はまた乙木の父で、いま正に未土に剋され、上頭にさらに螣蛇という凶将を見るので、先に父を喪いました。
二十九歲買水碓磨坊,爭十七年猶不已者,是申加辰,申七辰五,五七三十五,空亡減半,得十七年。申空加日上,是平生所不利,故因碓磨而費十七年之財。若申不是鬼,猶不至於訟。後予相見時,林年已四十八歲,遂令息爭改業,而向驢騾船隻竹木營生,今己酉年已五十四歲,現在末限,末傳卯加亥,卯六亥四,相乘得二十四,折半為一十二,加亥地盤四數,共十六數,五十六歲交末限一雲五十歲交末限,尚有十六年財利。此限遇亥與元琥水,併力生卯祿旺,是以諸事如意。
二十九歳に水碓磨坊を買い下し、争訟して十七年もなお停歇しないのは、申が辰に加わるためです:申の数は七、辰の数は五、五七三十五、また空亡に逢いて半を減じ、整を取ってすなわち十七年を得ます。申は「伝送」の神で、すでに空亡に落ちまた日干の上に加わるは、まさに彼の平生の不利とする所なので、この副の碓磨のために白く十七年の銭財を耗えました。倘若この申が彼を剋する鬼爻でなければ、なお官司を打ち至るに及ばず。後に我が彼と相見した時、林子成はすでに四十八歳で、我はすなわち彼をして争訟を息め業を改換せしめ、転じて驢騾・船只と竹木を経営せしめました。今年己酉に至り、彼はすでに五十四歳で、正に末限を走っています:末伝の卯が亥に加わり、卯の数は六、亥の数は四、相乗して二十四を得、半に折って十二と為し、さらに亥の地盤の数四を加えて共に十六——もう一つの説は五十歳の上に末限に交わる——なお十六年の財利あり。この限は亥と玄武の水が力を合わせて卯を生じ往くに遇い、卯はまた禄旺の地なので、事事意のごとしです。
三傳三限也,大凡日上所見者生我即利,脫我即為彼所苦。我克者為財,克我者,文武職人則為官,常人則為鬼。同類加干則是兄弟,助我也。或又問曰:中限父亡之後,累累官司何也。先生曰:是蛇相擾,又申亥六害,害者害我也。或又問曰:初傳未亦可以養羊賣酒,中傳亥亦可以養豬,何獨取卯乎?先生曰:曲直全在卯,乙祿到卯,長生於亥,故取其全盛之地營之。且未加卯,亥加未,皆受下克,故受生為利,受克為害也。
三伝はすなわち初・中・末の三限です。大凡、日干上に見る所の神は、我を生ずればすなわち利あり、我を泄すればすなわちそれに拖累されるべし。我の剋する所は財で、我を剋するは、もし文武の職官なればすなわち官星を作し、もし平常人なればすなわち鬼を作します。同類が日干上に加わればすなわち兄弟で、来て我を幇く者です。ある人がまた問いました:中限に父親が亡故した後、接続して絶えない官司は何事ですか?邵先生は言いました:あれは螣蛇が来て相い擾し、さらに申と亥の相い六害を加え、謂う所の「害」はすなわち我を害するです。ある人がまた問いました:初伝の未もまた羊を養い酒を売ることができ、中伝の亥もまた猪を養うことができるのに、どうして単に卯を取ったのですか?邵先生は言いました:「曲直」の精気は全て卯上に在り、乙の禄は卯に到り、長生は亥に在るので、それの最も全盛なる処を揀って経営するを要します。まして未は卯に加わり、亥は未に加わり、皆下神に剋されるを受けます。生を受ければ便ち利を得、剋を受ければ便ち害を受けます。
135)張公癸卯十月初四亥時生,六十六歲,占店業。戊申年九月初九日庚寅日辰將丑時。(午未空亡,酉戌落空),重審,元胎,六儀。 朱六 蛇申酉戌亥陳 貴未 子龍 蛇 陰 虎 陳 兄 甲申 蛇 初 后午 丑空 申 巳 寅 亥 子 丁亥 六 中(丁神)(暗鬼) 陰巳辰卯寅虎 巳 寅 亥 庚 財 庚寅 虎 末 玄常
第一百三十五例:張公は癸卯年十月初四日亥時の生まれで六十六歳、店業を占いに来ました。時は戊申年九月初九日庚寅日で、辰の月将を丑の刻に加えて課を立てました。庚寅日は甲申旬に属し、旬空は午・未に落ち、天盤の酉・戌二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は三つ:「重審」「元胎」「六儀」。天盤は辰将を丑時に加えて布定し、貴人が未に乘り、その下は螣蛇が申に、朱雀が酉に、六合が戌に、勾陳が亥に、青竜が子に、天空が丑に、白虎が寅に、太常が卯に、玄武が辰に、太陰が巳に、天后が午に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の庚が申宮に寄せられ、上に亥を見て勾陳を乘じ、第二課は亥の上に寅を見て白虎を乘じ、第三課は日支の寅の上に巳を見て太陰を乘じ、第四課は巳の上に申を見て螣蛇を乘じます。三伝は申・亥・寅:初伝の甲申は兄弟爻で螣蛇を乘じ、中伝の丁亥は子孫爻で、底本は六合を乘じると標すが盤中の亥上は実に勾陳を乘じるに拠りここに訛字あるを疑い、それはまた「丁神」にして暗に鬼を帯び、末伝の庚寅は妻財爻で白虎を乘じます。
邵先生曰:干支上皆盜氣,其家世店業,十退五六矣。初申加巳,庚祿在申,祿來加蛇上,又蛇擾,是少人錢物;中亥加日上,脫氣太重;末財在脫上,又遭虎克,到此十分去盡矣。
邵先生は言いました。日干日支上は皆盗泄の気——彼の家の世代経営する店業は、十成の裏にすでに五六成を退去しました。初伝の申は巳に加わり、庚の禄は正に申に在るのに、禄神は却って螣蛇の上に加わり、また螣蛇に攪擾される——これは他人の銭物を欠いています。中伝の亥は日干上に加わり、脱泄の気が重すぎます。末伝の財爻はまた脱泄の地に落ち、さらに白虎に剋伐されるを遭う——この歩に至れば、十成はすなわち干干净净に去ります。
先生析曰;主四十八年中去一半,七年中全退。又妻生病死,占時家甚費力,至辛亥年兩店皆歇。亥為庚脫,且巳為店,亥又克之,故重會亥而歇業。甲寅欠債狼狽,為人所訟寅爻為店,既為巳脫,故至寅而廢也,妻病浮腫而死也。
邵先生が解釈して曰く。四十八年の内に半を去るを主り、再び七年を過ごせば全部退き光ります。また妻子が病を患って死するを主ります。課を起した時、彼の家はすでに甚だ喫力していました。辛亥年に至り両か所の店舗は全て歇業しました。亥は庚金の脱気で、しかも巳は店、亥はまた来て巳を剋するので、再び亥の年份に遇うと歇業します。甲寅年に彼は債を欠いて狼狽し、人に官に告げられました——寅爻もまた店で、すでに巳の脱泄の神なので、寅年に至れば店はすなわち廃します。妻子もまたこの時に浮腫の病を患い去世しました。
136)曹八秀才戊辰生四十二歲,占開店。己酉年十月己亥日寅將酉時。(辰巳空亡,酉戌落空),知一,鑄印,斬關,勵德。 六陳 朱戌亥子丑龍 蛇酉 寅空 蛇 常 玄 陳 父 空巳 玄 初(空亡) 貴申 卯虎 酉 辰 巳 子 兄 戊戌 朱 中(落空) 后未午巳辰常 辰 亥 子 己 鬼 癸卯 虎 末 陰玄
第一百三十六例:曹八秀才は戊辰年の生まれで四十二歳、店を開くを占いに来ました。時は己酉年十月己亥日で、寅の月将を酉の刻に加えて課を立てました。己亥日は甲午旬に属し、旬空は辰・巳に落ち、天盤の酉・戌二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は四つ:「知一」「鑄印」「斬關」「励徳」。天盤は寅将を酉時に加えて布定し、貴人が申に乘り、その下は螣蛇が酉に、朱雀が戌に、六合が亥に、勾陳が子に、青竜が丑に、天空が寅に、白虎が卯に、太常が辰に、玄武が巳に、太陰が午に、天后が未に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の己が未宮に寄せられ、上に子を見て勾陳を乘じ、第二課は子の上に巳を見て玄武を乘じ、第三課は日支の亥の上に辰を見て太常を乘じ、第四課は辰の上に酉を見て螣蛇を乘じます。三伝は巳・戌・卯:初伝の巳は旬空に逢い父母爻で玄武を乘じ、中伝の戊戌は兄弟爻で朱雀を乘じ空地に落ち、末伝の癸卯は官鬼爻で白虎を乘じます。
邵先生曰:日上見貴財,支上見財庫,日上財神又歸財庫,此大利。初又為店,但修葺有費耳。蓋元武為費用倍常也。中又為店之庫,重重皆是財利奮發,但末傳被人取店,須用爭競。曹曰:莫賃,買之如何?曰:買亦爭競。以九年為期。曹曰:九年再問。乃問汪七娘賃房,大費修葺,入店三年大發,積百萬,第六年汪七娘以店賣與之。第七年汪七秀才因分取贖不肯,具告陳論與他。果如先生言。
邵先生は言いました。日干上に貴重の財爻を見、日支上に財庫を見、日干上の財神はまた財庫に入り帰る——これは大吉大利です。初伝の巳もまた店で、ただ修葺に一筆の銭を花すを要します——玄武を乘じるので、費用は倍を加うべし。中伝の戌はまた店の庫で、層層皆財利の奮発する象です。ただ末伝の上に人が来て店面を收回する——少なからず一場の争執を要します。曹八秀才が問いました:賃せずして、直ちに買い下すは如何?邵先生は言いました:買っても一樣に争うを要し、九年をもって期限と為します。曹は言いました:九年の後に我は再び来て問わん。彼はここにおいて汪七娘に向かって房子を賃し下し、修葺の花費は甚だ大なり。店を開いて三年にすなわち大大に発達し、百万の家資を積み下しました。第六年に汪七娘は店を彼に売り、第七年に汪家の七秀才は家を分けたために、取り贖えて回らんと要し、彼は肯んぜず、双方は状を遞して陳訴して彼と争訟しました。果たして一たび邵先生の言う所のごとし。
137)張克用商人占遠方買賣,己未日酉將亥時。(子丑空亡,寅卯落空),八專,獨足。 陳六 龍未申酉戌朱 空午 亥蛇 蛇 六 蛇 六 子 辛酉 六 初 虎巳 子貴 亥 酉 亥 酉 子 辛酉 六 中 常辰卯寅丑后 酉 未 酉 己 子 辛酉 六 末 玄陰
第一百三十七例:商人の張克用が遠方へ往って売買を為すを占いに来ました。時は己未日で、底本は「酉将亥時」と作るも、しかし盤式は前の第一百二十七例(巳将を卯時に加う)と完全に相同で、天盤の酉は正に地盤の未の上に加わる——二者の間に当に一处の訛字あるべし。己未日は甲寅旬に属し、旬空は子・丑に落ち、天盤の寅・卯二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は二つ:「八専」(己は未に寄宮し、日支の未と同じく一处に居る)「独足」。盤上は貴人が子に乘り、その下は螣蛇が亥に、朱雀が戌に、六合が酉に、勾陳が申に、青竜が未に、天空が午に、白虎が巳に、太常が辰に、玄武が卯に、太陰が寅に、天后が丑に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の己が未宮に寄せられ、上に酉を見て六合を乘じ、第二課は酉の上に亥を見て螣蛇を乘じ、第三課は日支の未の上に酉を見て六合を乘じ、第四課は酉の上に亥を見て螣蛇を乘じます。三伝は皆辛酉の子孫爻で、皆六合を乘じ、一支が底に到ります。
邵先生曰:酉為兌,兌為澤,六合為舡,只利舡行,獨足無足,不利陸行,若舡行加倍得利,果應。
邵先生は言いました。酉は兌卦に属し、兌は沢水と為し、六合は船の象を取るので、ただ水路を走るに利あり。三伝は独足にして行くべき足なし——陸路を走るに利あらず。もし船を行けば、倍を加えて利を獲ることができます。後に果たして応験しました。
138)曹八秀才癸酉生三十七歲占進屋,己酉年十月二十五庚子日寅將未時。(辰巳空亡,亥子落空),知一,比用。 貴后 蛇子丑寅卯陰 朱亥 辰玄 后 空 六 陰 父 戊戌 六 初 六戌 巳常 寅 未 戌 卯 官 空巳 常 中(空亡) 陳酉申未午虎 未 子 卯 庚 子 庚子 蛇 末(落空) 龍空
第一百三十八例:曹八秀才は癸酉年の生まれで三十七歳、房屋を買い進むるを占いに来ました。時は己酉年十月二十五日庚子日で、寅の月将を未の刻に加えて課を立てました——課式は前の第一百二十四例の李二伯が成親を占ったと完全に相同です。庚子日は甲午旬に属し、旬空は辰・巳に落ち、天盤の亥・子二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は二つ:「知一」「比用」。天盤は寅将を未時に加えて布定し、貴人が丑に乘り、その下は螣蛇が子に、朱雀が亥に、六合が戌に、勾陳が酉に、青竜が申に、天空が未に、白虎が午に、太常が巳に、玄武が辰に、太陰が卯に、天后が寅に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の庚が申宮に寄せられ、上に卯を見て太陰を乘じ、第二課は卯の上に戌を見て六合を乘じ、第三課は日支の子の上に未を見て天空を乘じ、第四課は未の上に寅を見て天后を乘じます。三伝は戌・巳・子:初伝の戊戌は父母爻で六合を乘じ、中伝の巳は旬空に逢い官鬼爻で太常を乘じ、末伝の庚子は子孫爻で螣蛇を乘じ空地に落ちます。
邵先生曰:斫輪課,須仔細,後必爭競。支受干制之課,犯者畜產不生,宅上天空作害,主有幼小干上,互換羅網,必有小擾大之事。太陰宅母不明,兼行年湊成羅網,定是不足。末蛇乘子絕了又生,生了又絕,切不可居。庚以酉為天羅,卯為地網。
邵先生は言いました。これは「斫輪」の課で、必ず格外仔細ならざるべからず——日後に必ず争執あり。凡そ日支が日干に制伏される課は、それを犯した人の牲畜は養い活かせません。宅位上にまた天空が害を為し、家中の小輩が長輩の頭上に欺くを主ります。日干日支は互いに換えて羅網を成し、必ず小をもって大を擾する事あり。太陰は宅中の主母を主り、いま晦喑にして明らかならず、これに行年もまた湊して羅網を成すを加え、家裏は一定に寛裕ならず。末伝の螣蛇は子水を乘じ、絶してまた生じ生じてまた絶す——この房子は切に住むべからず。庚金は酉をもって天羅とし、卯をもって地網とします。
139)水四哥占求財,己酉年十月壬寅日寅將申時。(辰巳空亡,戌亥落空),反吟,元胎。 虎常 空亥子丑寅玄 龍戌 卯陰 玄 六 空 貴 子 壬寅 玄 初 勾酉 辰后 寅 申 亥 巳 父 丙申 六 中 六申未午巳貴 申 寅 巳 壬 子 壬寅 玄 末 朱蛇
第一百三十九例:水四哥が財を求めるを占いに来ました。時は己酉年十月壬寅日で、寅の月将を申の刻に加えて課を立て、月将と時辰が相冲するので「反吟」です。壬寅日は甲午旬に属し、旬空は辰・巳に落ち、天盤の戌・亥二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は二つ:「反吟」「元胎」。天盤は寅将を申時に加えて布定し、貴人が巳に乘り、その下は螣蛇が午に、朱雀が未に、六合が申に、勾陳が酉に、青竜が戌に、天空が亥に、白虎が子に、太常が丑に、玄武が寅に、太陰が卯に、天后が辰に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の壬が亥宮に寄せられ、上に巳を見て貴人を乘じ、第二課は巳の上に亥を見て天空を乘じ、第三課は日支の寅の上に申を見て六合を乘じ、第四課は申の上に寅を見て玄武を乘じます。三伝は寅・申・寅:初伝の壬寅は子孫爻で玄武を乘じ、中伝の丙申は父母爻で六合を乘じ、末伝は依然として壬寅の子孫爻で玄武を乘じます。
邵先生曰:主先討他還本,今再重討利。是如此否?水曰:然。先生曰:壬水絕於巳,巳財絕了。又見申長生,是還本後重討也。但討得此財,下稍必被他擾害,實成不足。四年外必見是非。後癸丑年果爭息錢下獄,得赦免罪。丑年者,惹動丑上朱雀鬼故也。
邵先生は言いました。あなたは先に对方に本銭を還せられて討え得、いま再び往って利銭を重ねて討たんとするのではありませんか?水四哥は言いました:是です。邵先生は言いました:壬水は巳において絶し、巳というこの財はすでに絶しました。また申を見れば壬の長生なので、本を還した後に再び往って重ねて討つのです。ただこの筆の財は手に討えても、末に至り必ず对方に攪擾陷害され、実に寛裕とは算えません。四年の外に必ず是非を見ます。後に癸丑年、彼は果たして利銭を争ったために獄に下り、赦に遇ってようやく罪を免れました。丑年に応じたのは、丑上の朱雀の化した鬼を惹き動かしたためです。
140)劉五官己巳生四十七歲占店,乙卯年十月戊寅日寅將丑時。(申酉空亡,酉戌落空),重審,進茹。 貴后 蛇午未申酉陰 朱巳 戌玄 六 陳 貴 蛇 兄 庚辰 六 初 六辰 亥常 辰 卯 未 午 父 辛巳 朱 中 陳卯寅丑子虎 卯 寅 午 戊 父 壬午 蛇 末 龍空
第一百四十例:劉五官は己巳年の生まれで四十七歳、店舗を占いに来ました。時は乙卯年十月戊寅日で、寅の月将を丑の刻に加えて課を立てました。戊寅日は甲戌旬に属し、旬空は申・酉に落ち、天盤の酉・戌二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は二つ:「重審」「進茹」(三伝の辰・巳・午が順次相い連なる)。天盤は寅将を丑時に加えて布定し、貴人が未に乘り、その下は螣蛇が午に、朱雀が巳に、六合が辰に、勾陳が卯に、青竜が寅に、天空が丑に、白虎が子に、太常が亥に、玄武が戌に、太陰が酉に、天后が申に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の戊が巳宮に寄せられ、上に午を見て螣蛇を乘じ、第二課は午の上に未を見て貴人を乘じ、第三課は日支の寅の上に卯を見て勾陳を乘じ、第四課は卯の上に辰を見て六合を乘じます。三伝は辰・巳・午:初伝の庚辰は兄弟爻で六合を乘じ、中伝の辛巳は父母爻で朱雀を乘じ、末伝の壬午もまた父母爻で螣蛇を乘じます。
邵先生曰:此課三傳被日辰夾定,占店終久得之。亥卯未生人方成,其店被人買斷,三年後其主必定來贖此店,卻發目不至丙年四五六年方見頭尾斷贖,再求方得。謂日辰拋離後再贖,恐後有司事發不一,此屋死人多,無氣故也。
邵先生は言いました。この課は三伝が日干日支に夾まり定められており、占った店舗は終じて手に得られますが、亥・卯・未年の生まれの人が出面してようやく成り立ちます。この店はすでに人に買い断されており、三年の後に原主が必ず来て贖い回さんとします。事は却って拖延して了結せず、丙年の上の第四・第五・第六年に至るまで首尾を見ず、贖い回るの議を断じて、再び往って求めてようやく手に得られます。謂う所の日干日支が抛離した後に始めて再び贖う可し。ただ日後に官府の彼方にまた別の枝節を生出すを怕れます。この房子の裏は死した人が多く、地気はすでに衰えているので、このようです。
141)甲申生人三十三歲占求財,丙辰年五月十八日丁酉日申將未時。(辰巳空亡,巳午落空),知一,進茹,斬關。 常玄 虎午未申酉陰 空巳 戌后 貴 蛇 朱 六 鬼 己亥 貴 初 龍辰 亥貴 亥 戌 酉 申 鬼 庚子 后 中 陳卯寅丑子蛇 戌 酉 申 丁 子 辛丑 陰 末 六朱
第一百四十一例:甲申年の生まれの人、三十三歳、財を求めるを占いに来ました。時は丙辰年五月十八日丁酉日で、申の月将を未の刻に加えて課を立てました。丁酉日は甲午旬に属し、旬空は辰・巳に落ち、天盤の巳・午二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は三つ:「知一」「進茹」(三伝の亥・子・丑が順次相い連なる)「斬關」。貴人は亥に乘り、貴人の臨む所の地盤は戌に在りて陰位に属するが故に、天将は逆行します:螣蛇は戌に、朱雀は酉に、六合は申に、勾陳は未に、青竜は午に、天空は巳に、白虎は辰に、太常は卯に、玄武は寅に、太陰は丑に、天后は子に乘ります(底本の盤図の天将の排布は四課三伝の標す所と恰好相反する——いま四課三伝に依って逆行と定む)。四課は右から左へ:第一課は日干の丁が未宮に寄せられ、上に申を見て六合を乘じ、第二課は申の上に酉を見て朱雀を乘じ、第三課は日支の酉の上に戌を見て螣蛇を乘じ、第四課は戌の上に亥を見て貴人を乘じます。三伝は亥・子・丑:初伝の己亥は官鬼爻で貴人を乘じ、中伝の庚子もまた官鬼爻で天后を乘じ、末伝の辛丑は子孫爻で太陰を乘じます。
邵先生曰:進連茹三傳皆鬼,只喜日上人財,而辰上作六害。日上申加丁作六合,支上戌加酉作蛇,六合乃卯,蛇乃巳,此是卯與戌合,巳與申合,又末見財之庫,三傳雖鬼,只是少阻無妨,此是來往故事,再三方得。本命行年俱在傳課,又本命作財,必主喜兆非鬼兆也。
邵先生は言いました。三伝は順に連なって下り、一路皆鬼爻です。所幸は日干上に人有り財あり、ただ日支上に六害を結成するのみ。日干上の申は丁の寄宮の上に加わって六合を乘じ、日支上の戌は酉に加わって螣蛇を乘じます。六合は本は卯に属し、螣蛇は本は巳に属し、まさに卯と戌が相合し巳と申が相合す。末伝にまた財の庫を見ます。三伝は皆鬼であるものの、すなわち畧しく阻碍あるも大妨なく——これは一件の往来して拉锯する旧事で、三番両次してようやく成り立ちます。本命と行年は皆三伝四課の中に落ち、本命はまた化して財を為すので、必ず喜兆にして鬼兆に非ず。
141)己巳生人四十八歲占求財,丙辰年六月甲寅日巳將亥時。(子丑空亡,午未落空),反吟,元胎,六儀。 龍空 陳亥子丑寅虎 六戌 卯常 虎 蛇 虎 蛇 兄 甲寅 虎 初 朱酉 辰玄 寅 申 寅 申 鬼 庚申 蛇 中(暗鬼) 蛇申未午巳陰 申 寅 申 甲 兄 甲寅 虎 末 貴後
この一例は底本になお「一百四十一」と標し、上の一例と編号が重複す——いま照録す:己巳年の生まれの人、四十八歳、財を求めるを占いに来ました。時は丙辰年六月甲寅日で、巳の月将を亥の刻に加えて課を立て、月将と時辰が相冲するので「反吟」です。甲寅日は甲寅旬に属し、旬空は子・丑に落ち、天盤の午・未二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は三つ:「反吟」「元胎」「六儀」。天盤は巳将を亥時に加えて布定し、貴人が未に乘り、その下は螣蛇が申に、朱雀が酉に、六合が戌に、勾陳が亥に、青竜が子に、天空が丑に、白虎が寅に、太常が卯に、玄武が辰に、太陰が巳に、天后が午に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の甲が寅宮に寄せられ、上に申を見て螣蛇を乘じ、第二課は申の上に寅を見て白虎を乘じ、第三課は日支の寅の上に申を見て螣蛇を乘じ、第四課は申の上に寅を見て白虎を乘じます。三伝は寅・申・寅:初伝の甲寅は兄弟爻で白虎を乘じ、中伝の庚申は官鬼爻で螣蛇を乘じ暗に鬼を帯び、末伝は依然として甲寅の兄弟爻で白虎を乘じます。
邵先生曰:此乃反覆爭奪之財,甚薄。應在戊寅日得之。據課體本無財,蓋此人己巳乃是寅作德,又蛇制申金,行年財臨甲戌日得之也。此課又是論化氣,甲日己年,甲己化土也。
邵先生は言いました。これは一筆の反反復復として争い奪い来たる財で、数目は甚だ薄く、戊寅日に応じてようやく手に到ります。単に課体を看れば本は財なし——ただこの人は己巳年の生まれで、寅はまさに彼の徳神です。また螣蛇が申金を制住し、行年上の財は甲戌日に臨むあるので、得ることを能くします。この課はなお兼ねて化気を看るを要す:甲日に己年の生まれ人に遇い、甲己は相い合して化して土を為します。
142)錢三郎甲戌生三十六歲占開店,己酉年丙戌日辰將寅時。(午未空亡,申酉落空),重審,間傳。 六朱 陳未申酉戌蛇 龍午 亥貴 玄 后 朱 陳 鬼 戊子 后 初 空巳 子后 寅 子 酉 未 父 庚寅 玄 中 虎辰卯寅丑陰 子 戌 未 丙 子 壬辰 虎 末(暗鬼) 常玄
第一百四十二例:銭三郎は甲戌年の生まれで三十六歳、店を開くを占いに来ました。時は己酉年丙戌日で、辰の月将を寅の刻に加えて課を立てました。丙戌日は甲申旬に属し、旬空は午・未に落ち、天盤の申・酉二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は二つ:「重審」「間伝」(三伝の子・寅・辰が位を隔てて順に行く)。天盤は辰将を寅時に加えて布定し、貴人が亥に乘り、その下は螣蛇が戌に、朱雀が酉に、六合が申に、勾陳が未に、青竜が午に、天空が巳に、白虎が辰に、太常が卯に、玄武が寅に、太陰が丑に、天后が子に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の丙が巳宮に寄せられ、上に未を見て勾陳を乘じ、第二課は未の上に酉を見て朱雀を乘じ、第三課は日支の戌の上に子を見て天后を乘じ、第四課は子の上に寅を見て玄武を乘じます。三伝は子・寅・辰:初伝の戊子は官鬼爻で天后を乘じ、中伝の庚寅は父母爻で玄武を乘じ、末伝の壬辰は子孫爻で白虎を乘じ暗に鬼を帯びます。
邵先生曰:此課開店來,當有他事相擾,主方開店便有人來美虛賬本,主無人,此必是隔皮親人,及去報他,遂來相攻,不能為害,其店終嘈雜不甚興。令郎長大,因淘汰錢物,使用動眾,一一撓其店遂止。此向三陽,乃向高之意,終不可止也。
邵先生は言いました。この課を拿って店を開くを占えば、日後に当に別の事情ありて来て攪擾せん。まず張を開けばすなわち人ありて虚偽の帳本を拿って門に上りて討え来るを主り、主家のこちら辺は应付する人なく、あの来る人は必ず親に沾り故を帯びた隔房の親戚です。往って彼に回報せば、彼は便ち反転して攻訐し、害を成さないものの、この店は終じて嘈雑にして甚だ興旺せず。令郎が長大するを待ち、銭物を淘換し人手を使喚したことによって衆人を驚動し、一桩一桩攪擾して下れば、この店もまた開き続けることができません。ただ此の課は「向三陽」で、向上して髙く走るの意を取るので、終じてここに歩を止めはしません。
錢氏重陽日開店,有邵一郎,與他是姨夫,因前數次向錢氏假貸不允,今因開店,邵令彼主母入狀索前簽過帳內錢七十貫,官中令追還,依舊開店。果不興發。至壬子年,其子斗黃禽與兩邊收錢不明,遂相打經官,因此歇店。先生析曰;蓋日上未作勾陳空亡,空撓也。支子作天后,厭翳無興發也。中寅作元武,子偷錢物也。末辰作白虎,動眾相打也。
銭三郎は重陽の日に店を開きました。一人の邵一郎あり、彼の姨夫で、先前に幾次も銭家に向かって借貸するも皆借り得ませんでした。いま彼が店を開くを見、邵一郎は便ち自家の主母を叫んで状を遞させ、従前に籤押したことある帳内の銭七十貫を索取し、官府は追い還すべしと判じました。追還の後、店は照舊として開いていたものの、果たして興旺を見ず。壬子年に至り、彼の息子は黄雀を鬭わせて銭を賭け、両辺が銭を収め帳目は清からず、ここにおいて架を打ち起こして官に鬧ぎ至り、店舗はこれによって歇業しました。邵先生が解釈して曰く:日干上の未は勾陳を乘じまた空亡に逢うは、空しく攪擾するなり。日支上の子は天后を乘じ、晦暗して遮蔽し興発するに由なし。中伝の寅は玄武を乘じるは、息子が銭物を偷取するなり。末伝の辰は白虎を乘じるは、衆人を驚動して相い打たしむるなり。
一課二事多斷式
143)王縣丞丙寅生四十三歲占官職,戊申年五月初一甲申日申將巳時。(午未空亡,酉戌落空),重審,元胎。 空虎 龍申酉戌亥常 陳未 子玄 后 朱 龍 常 官 甲申 龍 初 六午 丑陰 寅 亥 申 巳 父 丁亥 朱 中(丁神) 朱巳辰卯寅后 亥 申 巳 甲 兄 庚寅 后 末(暗鬼) 蛇貴
第一百四十三例:王県丞は丙寅年の生まれで四十三歳、官職を占いに来ました。時は戊申年五月初一日甲申日で、申の月将を巳の刻に加えて課を立てました。甲申日は甲申旬に属し、旬空は午・未に落ち、天盤の酉・戌二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は二つ:「重審」「元胎」。甲日巳時は昼貴を用い、貴人は丑に乘り、貴人の臨む所の地盤は戌に在りて陰位に属するが故に、天将は逆行します:螣蛇は子に、朱雀は亥に、六合は戌に、勾陳は酉に、青竜は申に、天空は未に、白虎は午に、太常は巳に、玄武は辰に、太陰は卯に、天后は寅に乘ります(底本の盤図の天将の左右の次序は四課三伝の標す所と恰好相い顛倒する——いま四課三伝に依って厘正す)。四課は右から左へ:第一課は日干の甲が寅宮に寄せられ、上に巳を見て太常を乘じ、第二課は巳の上に申を見て青竜を乘じ、第三課は日支の申の上に亥を見て朱雀を乘じ、第四課は亥の上に寅を見て天后を乘じます。三伝は申・亥・寅:初伝の甲申は官星で青竜を乘じ、中伝の丁亥は父母爻で朱雀を乘じまた「丁神」、末伝の庚寅は兄弟爻で天后を乘じ暗に鬼を帯びます。
邵先生曰:日上見巳作太常,主兼職而費力。初傳官主兼職,中傳臨宅上,主上人垂顧,兼職而加俸,末傳寅臨亥,名字必達到庭,是費力中得便宜,勞苦中得遷轉。任滿朝廷面君,有內絳帳之榮。後王縣丞因知縣恩澤,受財事發,遂擢縣印,兩項職事,悉皆了辦,見知上司列薦,得旨任滿日引見,遂得諸王宮教授。
邵先生は言いました。日干上に巳を見て太常を乘じるは、身が両職を兼ねて格外喫力するを主ります。初伝は官星で、また兼職を主ります。中伝は宅位の上に臨み、上級に看顧提携されるを主り、すでに職を兼ねまた俸禄を加えられます。末伝の寅は亥の上に臨み、姓名は必ず朝廷に上達します。これは喫力の中に便宜を占め、労苦の中に昇遷を得たのです。任が満ちた後、朝廷に到って天子に面見することができ、将に宮中において講学して徒を授けるの栄あり。後に王県丞は知県の恩沢によって財を受けた案子に牽連して発作するも、反転して提起されて県印を執掌しました。両桩の職事は皆妥当に弁じ、上司に知られ併せて名を列して保薦され、旨を奉じて任の満ちる日に天子に引見され、ここにおいて諸王宮教授の職位を得ました。
先生析曰;緣日上見巳,是甲木生巳火,故費力也。太常為職,巳為雙女,故曰兼職。初傳申官臨於雙女上之,亦是兼職。青龍主喜慶,中傳亥與行年上亥,皆是官長之屬。亥為天庭,朱雀為舉薦,末傳寅為己身,上臨於長生之地,又登天門,上乘天后恩澤之神,同生甲與寅木。甲以亥為長生學堂,故主絳帳之職。在天門則為內絳帳也。甲木生巳火,雖云費力,卻得天后水及亥水之生,申金官星居巳火之上,又得青龍,所以費力中而加升也。
邵先生が解釈して曰く。日干上に巳を見るは、甲木が往って巳火を生ずるなので、喫力します。太常は職任を主り、巳は西法の星象において「雙女」を主るので、兼職と説きます。初伝の申は官星で、またこの雙女の上に臨むも、また兼職の象です。青竜は喜慶を主ります。中伝の亥と行年上の亥は、皆官長の一類に属します。亥は天庭で、朱雀は挙薦を主ります。末伝の寅は自身を代表し、上に長生の地を臨み、また天門に登り、上頭に天后という恩沢の神を乘じ、甲木・寅木と同じ気にして相い生じます。甲は亥をもって長生とし、長生はすなわち学堂なので、講学して徒を授ける職位を主ります。またそれが天門の上に在るので、宮廷の内の講席です。甲木は巳火を生じ、喫力と雖も、却って天后の水と亥水に生ぜられるを得、申金の官星はまた巳火の上に居りて、さらに青竜を得るので、喫力の中において昇遷を得ることを能くしました。
144)汪五公丁未生六十一歲占買賣同得此課。(午未空亡,酉戌落空),重審,元胎。 空虎 龍申酉戌亥常 陳未 子玄 后 朱 龍 常 官 甲申 龍 初 六午 丑陰 寅 亥 申 巳 父 丁亥 朱 中(丁神) 朱巳辰卯寅后 亥 申 巳 甲 兄 庚寅 后 末(暗鬼) 蛇貴
第一百四十四例:汪五公は丁未年の生まれで六十一歳、売買を占いに来て、恰好上の一例の王県丞と完全に相同なる課を起し得ました。旬空は午・未に落ち、天盤の酉・戌二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は二つ:「重審」「元胎」。盤中は貴人が丑に乘り、天将は逆行します:螣蛇は子に、朱雀は亥に、六合は戌に、勾陳は酉に、青竜は申に、天空は未に、白虎は午に、太常は巳に、玄武は辰に、太陰は卯に、天后は寅に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の甲が寅宮に寄せられ、上に巳を見て太常を乘じ、第二課は巳の上に申を見て青竜を乘じ、第三課は日支の申の上に亥を見て朱雀を乘じ、第四課は亥の上に寅を見て天后を乘じます。三伝は申・亥・寅:初伝の甲申は官星で青竜を乘じ、中伝の丁亥は父母爻で朱雀を乘じまた「丁神」、末伝の庚寅は兄弟爻で天后を乘じ暗に鬼を帯びます。
邵先生曰:如何染得許多紅紫?今已發變斑點,都是染皂用耳。汪公尚不覺,及開包裹看之,果然紅紫皆退,又發斑點。汪大驚,曰:大端懷此絹帛,奈何?先生曰:不妨,十月染皂不折本,但滯得半年耳。
邵先生は言いました。どうしてこのように多くの紅紫の色に染まりましたか?いまや色は褪せて斑点を発し、ただ拿って黒に染めて用いるのみ。汪五公はまだ察覚せず、打開して包裹を看れば、紅紫は果たして皆色を退け、また斑点を生出していました。汪五公は大いに驚きて言いました:我は全副の本銭を皆これらの絹帛に押えた——どうすればよい?邵先生は言いました:緊要せず、十月の裏に黒色に染めて売れば、本を虧きません、ただ半年積圧するを要するのみ。
先生析曰;蓋日上見巳蝕甲,寅去亥上受生,未甚費力。今又添行年丙,便是兩個巳而蝕一甲,雖寅受生於亥,費有餘而得不足也。太常為綿絲衣帛,在日上與行年上皆赤,便是紅紫之類。寅作天后為改色,寅為虎,主斑點。初傳官鬼破身傷財,又立於耗盜之上,中傳亥來生甲,只宜染暗青黑綠,以北方主黑,亥加申白而生黑。州人仿他鋪染暗青黑綠都不好,八九月亦不翻騰 。汪公至十月染皂,鋪中有買賣,果不折本
邵先生が解釈して曰く。日干上に巳を見て甲木を蝕耗せしむるに来たり、寅は亥上に到ればなお生を受け得る——本は甚だ喫力と算えず。いままた行年が丙に在るのを添えて、すなわち二つの巳が一人の甲を蝕むを成し、寅は亥上において生を受けるものの、終じて耗費は有余にして所得は足らずです。太常は綿絲衣帛を主り、日干上と行年上に落ちてまた皆赤色に属す——まさに紅紫の一類です。寅は天后を乘じ、顔色を改換することを主ります。寅は十二属相の中に虎なので、斑点を生ずるを主ります。初伝の官鬼はすでに身を破りまた財を傷い、さらに耗泄盗損の上に立ちます。中伝の亥は来て甲木を生ずるので、ただ暗青・黒・緑に染めるに宜し——北方は黒を主り、亥は申という白色の上に加わって黒色を生出するためです。当時、州の裏に人ありて彼の鋪子に仿らって暗青黒緑に染めんとするも、皆染め能わず、八九月の裏にもまた貨を翻し動かせず。汪五公は十月の裏に至って黒に染め、鋪中にすなわち売買あり、果たして本を虧きませんでした。
先生析曰;。蓋末傳有寅生於亥上,中傳亥卻為旬丁,主變動之神。末傳天后水為皂色,以此婦人俱重此色衣服,亥為十月,信知造物亦有時也。可見占驗之神,與造物無間耳。
邵先生がまた解釈して曰く:末伝の寅は亥上に生じ、中伝の亥は却って旬中の「丁神」——変動を主る神です。末伝上の天后は水に属し、まさに黒色なので、あの時婦人は皆この色の衣料を看重しました。亥はまた十月に対応します。これによって造化の万物を生成するに自ずからそれの時あり、また占卜の応験する理と造化とは並んで二致ならざるが見えます。
或問:王縣丞與汪五公同月將日時,同得此課,何以王縣丞許其升遷,汪五公卻說彩帛變色?先生答曰:縣丞本命寅下臨長生得恩澤之神。行年添一官星,在任者宜占之,必然升遷。汪公命本未,下臨魁罡,上得虛誕之神,行年上添一盜氣,經紀者忌見之,必然敗壞。幸得汪公寅加亥上,中傳亥又來生身,為不折本耳。
ある人が問いました:王県丞と汪五公は同じ月将・同じ日辰時辰を用い、同じ課を起し得たのに、どうして王県丞には彼に昇遷を許し、汪五公には彩帛が色を変ずると説いたのですか?邵先生が答えて言いました:県丞の本命は寅に在り、寅の下は長生の地に臨み、また天后という恩沢の神を得ました。行年上にさらに一人の官星を添える——職任に在る人が占い得れば、必ず昇遷します。汪五公の本命は未に在り、未の下は魁罡に臨み、上頭に得たは虚誕にして実ならざる神です。行年上にまた一重の盗泄の気を添える——売買を為す人が最も忌み見る所で、必ず敗壊します。所幸は汪五公のこちら辺は寅が亥に加わり、中伝の亥はまた来て身を生ずるので、ようやく本を虧くに至らずです。
145)劉判官己未生五十歲占前程,戊申年七月初一癸未日午將卯時。(申酉空亡,亥子落空),元首,斬關,稼穡。 陳龍 六申酉戌亥空 朱未 子虎 常 龍 朱 后 鬼 庚辰 后 初 蛇午 丑常 丑 戌 未 辰 鬼 癸未 朱 中 貴巳辰卯寅玄 戌 未 辰 癸 鬼 甲戌 龍 末 后陰
第一百四十五例:劉判官は己未年の生まれで五十歳、前程を占いに来ました。時は戊申年七月初一日癸未日で、午の月将を卯の刻に加えて課を立てました。癸未日は甲戌旬に属し、旬空は申・酉に落ち、天盤の亥・子二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は三つ:「元首」「斬關」「稼穡」(三伝の辰・未・戌が全て土)。天盤は午将を卯時に加えて布定し、貴人が巳に乘り、その下は螣蛇が午に、朱雀が未に、六合が申に、勾陳が酉に、青竜が戌に、天空が亥に、白虎が子に、太常が丑に、玄武が寅に、太陰が卯に、天后が辰に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の癸が丑宮に寄せられ、上に辰を見て天后を乘じ、第二課は辰の上に未を見て朱雀を乘じ、第三課は日支の未の上に戌を見て青竜を乘じ、第四課は戌の上に丑を見て太常を乘じます。三伝は辰・未・戌:初伝の庚辰は官鬼爻で天后を乘じ、中伝の癸未もまた官鬼爻で朱雀を乘じ、末伝の甲戌は依然として官鬼爻で青竜を乘じます。
邵先生曰:日上見墓神,天后又是滯神,今方自墓中脫去。中傳未是旬末,末傳歸家,卻見旬首,旬首加旬尾,做官方始起,卻早歸家,如何得改官遷轉?不如治生,何以見之?本命上中傳,甲戌旬末是癸未,未土癸水為三傳全鬼,卻變成財,若要求官仍復為鬼,所以治生,必然興發,為甚佳也。
邵先生は言いました。日干上に墓神を見、天后はまた一つの停滞の神——いまようやく墓の中より身を脱じ出しました。中伝の未はこの一旬の末位で、末伝は本家に帰ってまた旬首を見——旬首が旬尾の上に壓す。官を為してようやく起步するも、すでに早く家に帰らんと要し、どうしてなお改官昇遷を談ずるに及ばん。むしろ回って生計を経営するに如かず。どうして見出したか?本命が正に中伝上に落ちる:甲戌の一旬の末位はすなわち癸未で、未土と癸水が湊って三伝全鬼を成すも、反転して却って財と変成しました。もし必ず往って官を求めれば、それは依然として元に還って鬼を成します。だから家に帰って生を治めれば必ず興発し、しかも好し極まりなし。
劉判官三十八上及第,到五十方受第一任,緣丁了三服,乃是庶出,兼有喪服,後做判官任滿,不得改官,任中文字又多,遂思先生之言,歸家治生,開雜賣鋪見利,為之靡所不至,自初歸時,止有三千餘貫,後十二年共發至三十五萬貫,造屋買田,如法做起,信知先生之言不妄也。閉口主不能升。
劉判官は三十八歳の上に進士に考中し、五十歳に至ってようやく第一任の差遣を領しました——相次いで三度喪を服し、彼は庶出にしてまた喪服が身に在りしたためです。後に判官を為り任が満ちるも、改官昇遷すること能わず、任内の公文案牍もまた多く、ここにおいて邵先生の言葉を想起し、家に帰って生計を経営し、一間の雑貨鋪を開いて利頭を見、凡そ為し得るは為さざるなく。剛に家に帰った時、ただ三千余貫あり、此の後十二年に共に三十五万貫に積み至り、屋を造り田を買い、樣樣規矩に按じて辦じ起こしました——これによって邵先生の言葉は虚言でないことが知れます。課中に「閉口」の象あるので、昇遷し得ないを主りました。
146)劉一翁代一人占身位亦同此課,其人丙辰生五十三歲。(申酉空亡,亥子落空),元首,斬關,稼穡。 陳龍 六申酉戌亥空 朱未 子虎 常 龍 朱 后 官 庚辰 后 初 蛇午 丑常 丑 戌 未 辰 鬼 癸未 朱 中 貴巳辰卯寅玄 戌 未 辰 癸 官 甲戌 龍 末 后陰
第一百四十六例:劉一翁がもう一人の人に替わって身位を占いに来て、また上の例と完全に相同なる課を起し得ました。その人は丙辰年の生まれで五十三歳。旬空は申・酉に落ち、天盤の亥・子二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は三つ:「元首」「斬關」「稼穡」。盤中は貴人が巳に乘り、その下は螣蛇が午に、朱雀が未に、六合が申に、勾陳が酉に、青竜が戌に、天空が亥に、白虎が子に、太常が丑に、玄武が寅に、太陰が卯に、天后が辰に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の癸が丑宮に寄せられ、上に辰を見て天后を乘じ、第二課は辰の上に未を見て朱雀を乘じ、第三課は日支の未の上に戌を見て青竜を乘じ、第四課は戌の上に丑を見て太常を乘じます。三伝は辰・未・戌:初伝の庚辰は官爻と標し天后を乘じ、中伝の癸未は鬼爻で朱雀を乘じ、末伝の甲戌もまた官爻と標し青竜を乘じます。
邵先生曰:此人不長久,目下如雲霧中行耳。明年五十四歲,行年在未,上見戌為閉口,戌為九月,其人九月間患積塊疼痛,氣塞脹蠱而終。
邵先生は言いました。この人は活くること長からず、眼下はすなわち雲霧の裏を行走するがごとく茫然たり。明年は五十四歳、行年は未に走到し、未上に戌を見るは「閉口」の象で、戌はまた九月に対応する——この人は九月の間に結塊の疼痛を患い、気機は壅塞し腹は脹れて蠱を成して死します。
或問:此人與劉判官同月將日時,同得此課,何故前言治生,此言就死? 邵先生曰:前是己未生,中傳得本命,自墓引生來,末傳見旬首,周而復始,三傳全鬼,卻化為財,所以治生發旺也。此是丙辰生,他的本命自來墓身,既來添墓,如何去得? 旬首甲克未,戌克癸,所以化財。
ある人が問いました:この人と劉判官は同じ月将・同じ日辰時辰を用い、同じ課を起し得たのに、どうして前は家に帰って生を治めると説き、ここではすなわち死せんと説くのですか?邵先生は言いました:前の一位は己未年の生まれで、中伝は正に彼の本命を得、墓の中より生気を引出し、末伝はまた旬首を見て周り復り始まる——三伝は全鬼であるものの、転化して財を成したので、家に帰って経営すれば必ず興旺します。この一位は丙辰年の生まれで、彼の本命の辰は本身が来てその身を墓す——すでにまた一重の墓を添えたは、どうして脱け開くことを得んや。三伝の全鬼が何をもって財に化するかは、旬首の甲が未を剋し得戌が癸を剋し得るためなので、財に化成しました。
147)何秀才丁亥生二十二歲占膠程,戊申年五月丁酉日申將辰時。(辰巳空亡,申酉落空),元首,曲直。 蛇貴 朱酉戌亥子后 六申 丑陰 空 陰 常 貴 鬼 己亥 貴 初 陳未 寅玄 巳 丑 卯 亥 父 癸卯 常 中(暗鬼) 龍午巳辰卯常 丑 酉 亥 丁 子 乙未 陳 末 空虎
第一百四十七例:何秀才は丁亥年の生まれで二十二歳、科考の前程を占いに来ました。時は戊申年五月丁酉日で、申の月将を辰の刻に加えて課を立てました。丁酉日は甲午旬に属し、旬空は辰・巳に落ち、天盤の申・酉二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は二つ:「元首」「曲直」(三伝の亥・卯・未が木局を合成する)。天盤は申将を辰時に加えて布定し、貴人が亥に乘り、その下は螣蛇が戌に、朱雀が酉に、六合が申に、勾陳が未に、青竜が午に、天空が巳に、白虎が辰に、太常が卯に、玄武が寅に、太陰が丑に、天后が子に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の丁が未宮に寄せられ、上に亥を見て貴人を乘じ、第二課は亥の上に卯を見て太常を乘じ、第三課は日支の酉の上に丑を見て太陰を乘じ、第四課は丑の上に巳を見て天空を乘じます。三伝は亥・卯・未:初伝の己亥は官鬼爻で貴人を乘じ、中伝の癸卯は父母爻で太常を乘じ暗に鬼を帯び、末伝の乙未は子孫爻で勾陳を乘じます。
邵先生曰:本命在日上作初傳,既是官星,上見貴人,貴人帶官來,三十歲定主及第,及第後須見大病,病後卻吉。迤邐至守土官。宅上丑作太陰,終身居於舊宅,一生不能建造,但有守土之名,無守土之實。殘病在身,不能卦美任矣。何二十九中舉,三十及第。第六任授台州太守,為風癱不能赴任。
邵先生は言いました。本命は日干上に落ち取って初伝と為し、それはすでに官星にして、上頭にまた貴人を見る——これは貴人が官職を帯びて前に来るで、三十歳の上に必ず進士に考中します。進士に中った後に一場の大病を得、病が過ぎた後に反転して吉なり——一路迤邐として守土の地方官に致るまで。宅位上の丑は太陰を乘じ、一輩子旧宅に住すを主り、終身新屋を蓋い成し得ません。守土の官の名分あるも、守土の官の実際なし。身の上に残病を帯び、あの美差に赴くことができません。何秀才は二十九歳に挙に中り、三十歳に進士に中りました。第六任の上に台州太守に授けられましたが、中風して癱瘓したために赴任することができませんでした。
先生析曰;蓋亥水克丁為官,本命又是官,是自家官星相催也。三十乃丙辰年分,辰上見申,申金生亥水,官星有氣,故及第。及第後大病四十餘日方安者,先論官,次論克也。病得不死者,亥卯未木局,木能生火故了。卯乃生丁之神,卯數六,故六任。末傳未是本身,加日祿卯上,為勾陳所拘,本能生風,死敗之氣,乃虛風也。勾陳留滯之神,故終為之纏也。未即今日之丁,未死於卯,丁敗於卯,未為守土之任,既死敗不能赴也。
邵先生が解釈して曰く。亥水は丁火を剋して官星を成し、本命はまた正にこの官星なので、自家の官星が自己を催逼しているのです。三十歳のあの年は丙辰年で、辰上に申を見、申金は亥水を生じ、官星は気ある——だから進士に中りました。中った後、四十余日の大病してようやく全愈したのは、先に官を論じ後に剋を論じたためです。病して死せざるは、亥卯未が木局を合成し、木は火を生じ得るためです。卯は丁火を生ずる神で、卯の数は六なので、第六任に致りました。末伝の未は本身を代表し、日干の禄神卯の上に加わり、勾陳に拘られます。卯は本は風を生じ得、また死敗の気なので、虚風の症です。勾陳は留滞を主る神なので、終身それに纏まれます。未はすなわち今日の丁:未は卯において死し、丁は卯において敗す。未はまた守土の任を主る——すでに死敗せば、自然と赴任し得ません。
148)何學錄庚申生四十九歲占身位及家宅同得此課。(辰巳空亡,申酉落空),元首,曲直。 蛇貴 朱酉戌亥子后 六申 丑陰 空 陰 常 貴 鬼 己亥 貴 初 陳未 寅玄 巳 丑 卯 亥 父 癸卯 常 中(暗鬼) 龍午巳辰卯常 丑 酉 亥 丁 子 乙未 陳 末 空虎
第一百四十八例:何学録は庚申年の生まれで四十九歳、身位と家宅を占いに来て、また上の例と完全に相同なる課を起し得ました。旬空は辰・巳に落ち、天盤の申・酉二支が正に空亡の宮位に壓します。課名は二つ:「元首」「曲直」。盤中は貴人が亥に乘り、その下は螣蛇が戌に、朱雀が酉に、六合が申に、勾陳が未に、青竜が午に、天空が巳に、白虎が辰に、太常が卯に、玄武が寅に、太陰が丑に、天后が子に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の丁が未宮に寄せられ、上に亥を見て貴人を乘じ、第二課は亥の上に卯を見て太常を乘じ、第三課は日支の酉の上に丑を見て太陰を乘じ、第四課は丑の上に巳を見て天空を乘じます。三伝は亥・卯・未:初伝の己亥は官鬼爻で貴人を乘じ、中伝の癸卯は父母爻で太常を乘じ暗に鬼を帯び、末伝の乙未は子孫爻で勾陳を乘じます。
邵先生曰:前課二十二歲,官星未過,是取官之年,今乃四十九,官星已過,乃是絕神克身,末又受克,不能制水,是數不永。辛亥必死矣。況卯乃截路空亡,未加於上,亦以空言。所以不得力。更宅前左手,不合被人遷墳,掘斷龍脈葬老陰人,因此生事,家計悉破也。何三十二上中舉,已滿官星之數,四十外已無力,故不及第,為學錄。至辛亥年死。
邵先生は言いました。前の課のあの人は二十二歳で、官星の数はまだ用い盡さず、まさに功名を取る年紀でした。いまこの位はすでに四十九歳で、官星の数は早已過ぎ、亥水はすなわち絶神を成して身を剋するに至りました。末伝はまた下神に剋され、水を制し得ず——寿数は長からざるが見え、辛亥年に至れば必ず死します。まして卯はまさに截路空亡で、未はまたその上頭に加わり、また空をもって論ずるを要するので、力を使い上げることができません。さらに宅子の前面左手の一帯は、人に墳墓を遷されて来られるべからず——龍脈を掘り断して去り一人の年長の女眷を安葬し、これによって事端を生出し、家業は全て敗れ光りました。何学録は三十二歳の上に挙に中り、官星の数はすでに用い満たしました。四十を過ぎればすなわち力なき——だから進士に中ることができず、ただ学録に致るまでで、辛亥年に至って去世しました。
先生析曰;蓋亥克丁為官,亥四未八,四八三十二,故四十外即不得力,既不為官,即是鬼,鬼來克身,又是丁之絕神,至亥年鬼旺,身不可逃,故死。又酉日丑加酉為墓神,丑在前,西方看北方,是左手也。太陰老陰人也。五十二死者,命上子水,變殺破祿也。夫同此一課,而命添一水,便乃迥異如此。
邵先生が解釈して曰く。亥は丁を剋して官星を成し、亥の数は四、未の数は八、四八三十二なので、四十を過ぎればすなわち力を使い上げられません。すでに官星を作すことができなければ、それはすなわち鬼。鬼が来て身を剋し、それはまた丁火の絶神で、亥年に至れば鬼気が正に旺し、身子は躲け過ごすことができないので、死します。さらに酉日の裏に丑が酉に加わればすなわち墓神で、丑は前方に在ります。西方より北方に向かって看て過ごせば、まさに左手の一辺です。太陰は年長の女眷を代表します。五十二歳の上に身死したは、本命上に子水あり、官星を変じて殺を成しまた禄を冲破したためです。同じこの課にして、ただ本命上に一重の水を添えたがために、結局はこのように遠く相差るが見えます。
