火珠林 麻衣道者著と題す
47.起造・遷移を占う 附:陽宅
六爻納甲典籍
まず体例書で装卦の手順を握り、それから卦例集へ進む。取用神は断法全体の要となる一手であり、書ごとの処理の違いを対照する価値がある。
1.易中の明義
四營成易,八卦為體;三才變化,六爻為義。
「四営」とは《周易・繫辞》にいう分二・掛一・揲四・帰奇という四つの手続きで、一営ごとに一変し、四営を経て一爻が成る。成卦の法がここから立つので「四営成易」という。八卦はすべての卦象の骨格で、六十四卦はいずれも八卦を二つ重ねて成るので「八卦為体」という。天・地・人「三才」の気機が卦中を往来して変化し、具体的な推断に落とすには、すべて一卦六爻の爻位と爻象によって現れるので「六爻為義」という。この四句は全書の総綱である。成卦の根拠は四営と八卦にあり、占断の着眼点は六爻にある。
注云:書有三而異用,卦皆八以為經。一曰《連山》,二曰《歸藏》,三曰《周易》。自秦焚書坑儒,《連山》、《歸藏》不傳於世矣。又云:一曰治天下,二曰論長生,三曰卜吉凶。夫三才者,天干為上,能占九天之外,日月星辰,風雷雲雨明晴之事;地支為中,能占九地之上,山川草木,人倫吉凶,否泰存亡之事;納四象,四象生八卦,所謂四營成易也。
原注にいう。古来の易の書は三部あり、用途はそれぞれ異なるが、いずれも八卦を経緯の骨格とする。第一部を《連山》、第二部を《帰蔵》、第三部を《周易》という。秦代に焚書坑儒があって以来、《連山》《帰蔵》の二部は世に伝わらず、残ったのは《周易》のみである。原注はまたいう。三書の功用は、一つは天下を治めるため、二つは長生養錬を論ずるため、三つは吉凶を卜問するためである。いわゆる「三才」は、納甲の法においてそれぞれ分担がある。「天干」は上位に居り、九天の外の事、たとえば日月星辰の運行や風雷雲雨・陰晴の変化を占うことができる。「地支」は中位に居り、九地の上の事、たとえば山川草木、人倫の吉凶、時運の通塞や家国の存亡を占うことができる。干支が相配して卦爻に納められ、老陽・老陰・少陽・少陰という「四象」を生じ、四象がさらに八卦を生ず。これが上文にいう「四営成易」である。
又問:納音為下,能占九泉、六道、四生、虛無等事?答曰:六十甲子生成,變化而行鬼神,是故天干管天文,地支管人事,納音管地理。如乾卦初爻甲子動,占天文主風;占人事主子孫,六畜、花木、酒饌、憂喜等事;占地理,六穴中有石之類。
また問うていう。「納音」は最も下位に居るが、九泉の下、六道輪廻、胎卵湿化の「四生」および虚無渺茫の類の事を占うことができるのか。答えていう。六十甲子は干支が相配して生成し、納音はこの生成の数から変化して出るので、鬼神の情状に通ずる。ゆえに三層の分担は、天干は天文を司り、地支は人事を司り、納音は地理を司る。たとえば乾卦の初爻は甲子を納め、この爻が発動するとき、天時を占えば甲子は水に属し風を主る。人事を占えば甲子は乾宮において「子孫」爻で、子孫・六畜・花木・酒食・憂喜の類の事を主る。地理を占えば甲子の納音は海中金で、金が土の下に伏しているので、穴の中に石があるという類の情形を主る。
如占葬地,得姤之鼎卦,掘地五尺土中有石,其色大赤,離穴四十步,西南近柳樹,當有伏尸,葬出刀傷之人,並主火災。問曰:如何斷之?答曰:世持辛丑,土伏甲子金,世下伏金,是土中有石也。巽下伏乾,是乾為大赤也,第五爻壬申化己未火,火克本宮為鬼,是伏尸鬼,申化未是西南方也。
たとえば葬地を占って、天風姤卦が火風鼎卦に変ずるを得たとする。断語にいう。下へ五尺掘れば土中に石があり、石の色は深紅。墓穴より四十歩、西南方で柳の木に近い処に、主なき「伏尸」一体があるはず。葬った後、家に刀刃に傷つけられる人が出て、また火災を主る。人が問うていう。これらはどう断じたのか。答えていう。姤卦の二爻は辛丑土が世を持ち、世爻の下に本宮乾金の甲子が伏している。土爻の下に金を蔵するので土中に石ありと断ず。姤卦の下体は巽で、巽の下に伏する本宮卦は乾、乾は《説卦》にて大赤の色なので、石色が深紅と断ず。第五爻の壬申金が発動して己未火を変出し、火が来たって乾金の本宮を剋するはまさに「官鬼」で、しかもこの鬼は蔵伏して露われないので伏尸ありと断ず。申は未に変じ、未はまさに西南に当たるので方位を西南と断ず。
掘下五尺見石者,土類五也。離穴四十步有伏尸者,壬申金,重數四,加丑未土類五,二五成十,並申金四是四十步也。出刀傷人者,壬申乃劍鋒金也;主火災者,已未化火,未克辛丑世也。樹旁者,己未火鬼,與壬午木合住,壬午乃楊柳木也。
五尺掘って石に当たるというのは、五行類数における「土」の類数が五であるを取った。穴より四十歩に伏尸ありというのは、こう合わせたものである。壬申は金に属し金の類数は四。辛丑と己未はいずれも土に属し土の類数は五、二つの五を合わせて十。さらに申金の四を乗ずれば四十歩となる。刀傷の人が出るというのは、壬申の納音が剣鋒金で、剣鋒は刀刃の傷を主るからである。火災を主るというのは、己未の納音が火に化し、未がまた返って世を持つ辛丑を剋し、火気が自家の身に逼るからである。木の傍らにあるというのは、己未という火鬼が壬午と合して牽かれ、壬午の納音がまさに楊柳木なので柳を指すからである。
又請占祟例為式,籤曰:如遁之姤卦,此卦是子孫鬼,一男一女為釵釧等事物來沉滯,男兒赤,性燥,女兒潔白,性剛;其墳墓現在西北,恐有動犯,告之則吉。
さらに占祟――いかなる鬼神が祟りをなすかを問う――の例を挙げて推断の格式とする。断辞にいう。天山遯卦が天風姤卦に変ずるを得た。この卦が犯したのは「子孫鬼」で、男一人・女一人の二つの亡魂が、釵釧の類の装身具の事で纏い去らず、事を沈滞難行に引きずっている。男は面色赤く性は急ぎ、女は肌白く性は剛い。彼らの墳墓はいま西北方にあり、恐らく土を動かした時に冲犯したのであろう。事由を禀明して祭告すれば、吉に転ずることができる。
問曰:何以知之?曰:二爻丙午火是鬼,化辛亥水是子孫,丙午納音屬水,化辛亥又屬水,如二乾宮子孫,故曰子孫鬼也;一男丙午,一女辛亥也;火主赤,金主白,火燥金剛,皆以五行之性言之也;為釵釧者,辛亥乃釵釧金也;言墳墓在西北者,水墓在戌,又火絕在亥,亥,西北也;墓有犯者,艮屬土,化巽為木,木去克土山。
人が問うていう。これらはまたどこから知ったのか。答えていう。遯卦の第二爻は丙午火で、乾宮にて「官鬼」。この爻が姤卦の辛亥水を変出し、乾宮にて「子孫」。丙午の納音は水に属し、変じた辛亥もここでは水として論じ、両爻とも乾宮の子孫の一路に帰するので「子孫鬼」という。丙午は陽に属するがあの男で、辛亥は陰に属するがあの女である。火の色は赤、金の色は白、ゆえに男は赤く女は白いという。火の性は燥急、金の性は剛硬、いずれも五行の性情によって人の性情を推したものである。釵釧の事というのは、辛亥の納音がまさに釵釧金だからである。墳墓が西北にあるというのは、水の墓庫は戌にあり、火の絶地は亥にあり、亥の位がまさに西北に当たるからである。墳墓が冲犯を受けたというのは、遯卦の下体はもと艮で、艮は土・山、変じて姤卦の巽、巽は木、木が来て土を剋する、すなわち山土を動かして墳墓を冲犯したのである。
2.六親の根源
卦定根源,六親為主;又究旁通,五行而取。
卦を起こした後、まず「根源」を定める。すなわちこの卦が八宮のうちどの宮に隷属するか、本宮の五行は何かを先に認め定める。本宮が定まれば、六爻それぞれに父母・兄弟・妻財・子孫・官鬼の「六親」を配し、占断は六親を主脳とする。次いでさらに「旁通」を推究する。すなわち卦面に現れた「飛神」と本宮が下に蔵する「伏神」がどう上下に相配するかである。六親が定め得る所以も、飛伏が断ぜ得る所以も、帰するところはすべて金木水火土の生剋に拠る。
注云:根源者,八卦之宮主也。而原有六親旁通者,六爻之飛象也,而上下相乘。五行者,金水木火土也。而定四時六親者,主宮也。六爻,父、子、兄弟、妻財、官鬼,定一宮管八卦,七卦皆從一宮出。旁通者,上下宮飛象六五也。蓋本宮在下為伏之六親,旁宮在上為飛之六親,如六壬課有天盤、地盤。先看六親之下,後看六親之上,所乘得何爻,而辨吉凶存亡也。
原注にいう。いわゆる「根源」とは八宮の宮主、すなわち本卦が属するその宮である。本宮にはもとより六親が配定されている。いわゆる「旁通」とは、六爻の面に現れた「飛象」を指し、飛象と下の伏神とが上下に相乗配する。五行とは金・水・木・火・土である。四時の旺衰をもって六親を定めるが、その拠り処は依然として本宮である。六爻に配する六親は父母・子孫・兄弟・妻財・官鬼。一宮は八卦を統管し、本宮の首卦以外の七卦はみなこの一宮から変出するので、六親を取るには一律に本宮の五行を準とする。いわゆる「旁通」とは、上下二宮の飛象の交錯相配である。本宮の六親が下に蔵するを「伏神」といい、旁宮の六親が上に顕れるを「飛神」という。たとえば六壬課に天盤・地盤があって上下に加わるがごとし。占断にはまず六親の下に何が伏するかを見、次に六親の上に何が飛ぶかを見、それがどの爻に乗ったかを見て、ここから吉凶存亡を分弁する。
或問:六親為主,父母、兄弟、妻財、子孫、官鬼,只有五件,而曰六親何也?答曰:卦身當一親。問曰:如何為卦身?曰:陽世則從子月起,陰世還當午月生,此即卦身也。而《元龜》以月卦言之,所以吉凶不應。問:卦身亦主甚吉凶?曰:如本卦世空,卻去看身,豈為無用?
人が問うていう。六親を主とするというが、父母・兄弟・妻財・子孫・官鬼は五つしかないのに、なぜ「六親」というのか。答えていう。「卦身」を一親と算えれば、ちょうど六つに足る。また問うていう。卦身はどう定めるのか。答えていう。口訣に「陽世ならば則ち子月より起こり、陰世ならば還って午月に生ずるに当たる」――世爻が陽爻なら子月から数え起こし、世爻が陰爻なら午月から数え起こし、世爻の居する爻位に順数して上り、数え当たったその月建が卦身である。《卜筮元亀》は月卦のみをもって卦身を講じたので、断じ出す吉凶は往々にして応えない。また問うていう。卦身はいかなる吉凶を主るのか。答えていう。たとえば本卦の世爻が空に落ちて事に拠りどころがない時、転じて卦身を見る。どうして用なしといえよう。
又問:何謂旁通?曰:本宮之六親在飛象之下,為之親王,為之伏神。旁宮之飛象加伏神之上,為飛象,親爻世下之爻為伏。知飛伏二爻之來歷,然後可與言八卦、六親矣。
また問うていう。何を「旁通」というのか。答えていう。本宮の六親が飛象の下に蔵する、これを「親爻」といい、また「伏神」ともいう。旁宮の飛象が伏神の上に圧する、これを「飛神」という。本宮の親爻のうち、世爻の下に伏するその一爻が最も緊要で、これがこの卦の真の伏神である。飛・伏二爻それぞれの来歴をすべて明らかにしてから、はじめて八卦を講じ六親を講ずるに足る。
3.財官の輔助
財官異路,可辨五鄉;用有輔助,類可忖量。
「妻財」と「官鬼」は異なる二つの路数である。私事を占うには財爻を取り、公事を占うには官爻を取り、用途はそれぞれ別である。この二つを凭りて父母・兄弟・妻財・子孫・官鬼の「五郷」を分弁すれば、主次・軽重は明らかとなる。用神の外にまた輔助の神がなければならない。官鬼を用いる時は父母を輔とし、妻財を用いる時は子孫を輔とする。用神と輔神を一類に帰して併せ衡量すれば、事の成敗・深淺を斟酌して得ることができる。
注云:財者,妻財;官者,官鬼。是故至柔者財,至剛者鬼。而有輔體,輔體者,用官鬼以父母輔之,用妻財以子孫輔之;值旺相為有氣,休囚為無氣,得生扶為吉,克破為凶。
原注にいう。「財」は妻財爻を指し、「官」は官鬼爻を指す。財は陰柔に属し最も柔順の一路で、鬼は陽剛に属し最も剛硬の一路である。用神の外に別に「輔体」がある。官鬼を取って用とする者は父母爻をもって輔佐し、妻財を取って用とする者は子孫爻をもって輔佐する。用神と輔神はいずれも月令四時をもって衡量する。旺に逢い相に逢えば「有気」で、休に逢い囚に逢えば「無気」。さらに別爻の生扶を得れば吉、剋せられ冲せられ破せられれば凶である。
春,寅卯木旺,巳午火相,亥子水休,申酉金囚,辰戌丑未土死。 夏,巳午火旺,辰戌丑未土相,寅卯木休,亥子水囚,申酉金死。 秋,申酉金旺,亥子水相,辰戌丑未土休,巳午火囚,寅卯木死。 冬,亥子水旺,寅卯木相,申酉金休,辰戌丑未土囚,巳午火死。
四時五行の旺衰の次第は以下のごとし。春は木をもって令に当たる。寅卯木を「旺」、巳午火は木の生ずるを得て「相」、亥子水は木を生じて自ら泄気するを「休」、申酉金はかえって旺木に侮られるを「囚」、辰戌丑未土は木に剋せられるを「死」とする。夏は火をもって令に当たる。巳午火を旺、辰戌丑未土を相、寅卯木を休、亥子水を囚、申酉金を死とする。秋は金をもって令に当たる。申酉金を旺、亥子水を相、辰戌丑未土を休、巳午火を囚、寅卯木を死とする。冬は水をもって令に当たる。亥子水を旺、寅卯木を相、申酉金を休、辰戌丑未土を囚、巳午火を死とする。総括の規律は、令に当たる者は旺、我の生ずる者は相、我を生ずる者は休、我を剋する者は囚、我が剋する者は死である。用神・輔神の有気か無気かを判断するには、すべてこの表に照らして推す。
4.独発と乱動
獨發易取,亂動難尋;先看世應,後審淺深。
一卦のうちただ一爻のみ発動するを「独発」といい、事意は専一にして用神は一望して知れ、最も取断しやすい。六爻が紛紛として俱に動くを「乱動」といい、頭緒は雑乱にして用神はかえって尋ね難い。乱動の卦に遇うたら、まず世爻と応爻を見る。世は我が方、応は他方である。まず両方の強弱・向背を定め、それから逐爻に生剋・冲合の軽重・浅深を審察し、一層一層剥いで入るべし。劈頭に或る動爻を掴んで即断してはならない。
注云:亂動之法,思之最難。一看世上旁爻生財旺相,忌應爻克世;二看世下親爻財官喜靜;三看何爻最旺為用神,如發動,動要生世;四看獨發之爻,旺相最急,休囚事慢。
原注にいう。乱動の断法は最も思量を費やし、四歩に分けて行うべし。第一歩、世爻の上に乗る旁爻が財爻を生じ得るか、財爻が旺相か否かを見、同時に最も忌むは応爻が返って世を剋すること。第二歩、世爻の下に伏する本宮の親爻を見、その処の財爻・官爻は静を宜しとし擾されるを宜しとしない。第三歩、六爻のうちどの爻が最も旺かを見、最も旺なるを取って用神とする。この爻がまさに発動しているなら、さらにそれが動して世を生ずるを要してはじめて力を得たとす。第四歩、あの独発の爻を見、それが旺相なら事は急に来たり、休囚なら事は遅く来たる。
官用,官鬼為主。伏旺動生世者出現發動,看變得何爻。父母為輔,喜生現發動者。 私用,妻財為主。伏旺動生世者,忌伏鬼下,並出現發動。子孫為輔,喜旺相發動者。 凡財官乘旺相,俱動,公私兩用皆可成。
公家の事を占うを「官用」といい、官鬼爻を主とする。官鬼は伏すれども旺にして動して世を生ずるが最上。もし官鬼がすでに卦面に出現してまた発動するなら、それが何の爻を変出するかを見て吉凶を定めるべし。官用は父母爻を輔とし、父母が出現発動して官を生ずるを喜ぶ。私家の事を占うを「私用」といい、妻財爻を主とする。妻財は伏すれども旺にして動して世を生ずるが最上。最も忌むは財爻が官鬼の下に伏することで、またそれが出現した後に乱動するをも忌む。私用は子孫爻を輔とし、子孫が旺相発動して財を生ずるを喜ぶ。およそ財爻と官鬼がともに旺相の気に乗りまたともに発動する者は、公事・私事ともに両頭で成し遂げられる。
或問:世上旁爻生財旺相,下面注云忌應動克世,不知克世上何爻?又問:忽有亂動卦,世上與財官持世,如何斷?答曰:豈不見又言二看世下親爻,財官喜靜,蓋旁爻無財,官便去搜尋伏神之財官。
人が問うていう。原注に「世上の旁爻が財を生じて旺相」といい、下にはまた応爻の発動して世を剋するを忌むというが、いったい世の上のどの爻を剋するのか。また問うていう。忽然として乱動の卦を得て、世爻の上にちょうど財爻か官爻が世を持っている場合、これをどう断ずべきか。答えていう。原注の第二歩にいう「世下の親爻を見よ、財官は静を喜ぶ」を見なかったのか。世の上の旁爻に財・官の用いるべきがなければ、世爻の下に向かって本宮の伏神のうちの財爻・官爻を捜索し、改めて伏神をもって用とすべし。
又問:既言世上財官是伏藏者,本靜,何故言喜靜?曰:汝看誤矣!世下親爻本靜,或有沖剋,即非靜,故曰喜靜,蓋不欲亂動之爻去沖剋之也。
また問うていう。世爻の上の財官は伏蔵しているというが、伏蔵はもとより動かないのに、なぜさらに「静を喜ぶ」というのか。答えていう。汝は見誤っている。世下の親爻は自身は固より動かないが、いったん他の動爻に冲せられ剋せられれば、それはもう静ではない。ゆえに「静を喜ぶ」というのは、あの乱動の爻どもが駆け来たってそれを冲剋することを望まない意である。
又問:三看何爻最旺為用神,而注云發動要生世,何為用神?何為發動?曰:亂動之卦只取旺爻,旺爻即用神也。生克吉凶皆在此爻。若伏藏安靜要旺相,若發動,卻要生世之爻為用神,又不專泥旺相爻也。
また問うていう。第三歩に「何の爻が最も旺かを見て用神とせよ」というのに、原注はまた発動は世を生ずるを要すという。いったいどれを用神とし、どれを発動とするのか。答えていう。乱動の卦はただ最も旺なる一爻を取るのみ。最も旺なるが用神で、全卦の生剋・吉凶はすべてこの一爻に係る。それが伏蔵して動かなければ、旺相さえすればよい。それがまさに発動していれば、すなわちあの動して世を生ずる爻を取って用神とすべし、「旺相」の二字に死守して放さずしてはならない。
又問:何謂伏旺生世者?曰:用此已發明,人自不察耳。伏爻要旺相、動爻要生世、官用取官、私用取私,如上篇卻要輔助之爻發動,時人並作一句讀之,所以失其義也。
また問うていう。何を「伏旺生世」というのか。答えていう。この一層の意は上文ですでに講じ明らかにした。ただ人が細察しないだけである。伏神は旺相を要し、動爻は世を生ずるを要す。公事を占うは官鬼を取り、私事を占うは妻財を取る。さらに前章にいうごとく、また輔助の爻が発動して扶け助けるを要す。これはもと分かれて説かれた数句であるが、今人は連ねて一句として読むので、本意を読み失ったのである。
5.世応の相剋
旁爻持世,旺相得地;應與動爻,不克方是。
「旁爻」とは本宮以外で卦面に顕れる爻を指す。旁爻が世を持つとき、自身が旺相有気にして得地の位に居るを要してはじめて事を支えるに足る。ただ自身が有気あるのみでは足らず、さらに応爻と卦中の動爻とがともに来たってそれを剋しないを要す。これをもってはじめて真に合格という。応爻か動爻が一たび剋すれば、世位はさらに旺なるも割引となる。
占財,子孫旺相,妻財持世; 占官,父母旺相,官鬼持世。 以上皆可許,忌應爻、動爻克之。世爻乃我家情由,應爻為彼之事理。
財を求めるを占うには子孫爻の旺相を要す。子孫は財を生ずる源である。同時に妻財爻が世を持ってはじめて財は我が掌握に帰す。官を求めるを占うには父母爻の旺相を要す。父母は文書・官印である。同時に官鬼爻が世を持ってはじめて官職は我が身に落ちる。このごとき卦局はみなその成事を許すことができる。ただ応爻か動爻が来たってこれらの関鍵の爻を剋するを忌む。記すべし。世爻は我が方の情由を代表し、応爻は相手方の事理を代表す。両方の向背はすべて世応の上に分弁する。
或問:應與動爻不克方是,競不知克什爻?答曰:汝道不知克什爻?不克輔爻耳。
人が問うていう。「応爻と動爻が来たって剋せずしてはじめて合格」というが、いったいどの爻を剋することを許さないのか。答えていう。汝はどの爻を剋するか知らないというのか。あの輔助の爻を剋することを許さないのである。財を占うは子孫を輔とし、官を占うは父母を輔とす。輔爻が一たび剋せられれば、用神は扶けを失う。
又問:忌動爻應艾墓克之如何?曰:占財要財爻持世,占官要官爻持世,若應又是世之墓,動又是世之墓,皆不中矣。墓是自墓,克是自克。
また問うていう。動爻・応爻が世爻の墓庫となってそれを困るを防ぐべしというが、これはどういう事か。答えていう。財を占うは財爻の持世を要し、官を占うは官爻の持世を要す。しかるにもし応爻がちょうど世爻の墓庫で、動爻がまたちょうど世爻の墓庫ならば、みな用をなさない。ここにいう「墓」は世爻が自ら墓に入るで、いう「剋」は世爻が自身剋せられるをいう。禍はみな自家の身に落ちて他処に在らず。
6.公私の用事
陰陽男女,次策推排;官用取官,私用取財。
卦に陰陽あり、人に男女分かる。事を占うには爻位の陰陽の次第に依って一々に排布し、問う所の人・問う所の事がどの爻に落ち、陽に属し陰に属するかを見て、それから用神を定める。用神を定める大原則はただ二条のみ。およそ公門・官府の一路に属する事は「官鬼」を取って用とし、およそ私家・営謀の一路に属する事は「妻財」を取って用とする。
占病鬼祟,占失看賊,占求官事,占官詞訟,占婚問夫,以上皆看官爻。占買賣財,占家事,占婚婢事,占求財事,占婚姻事,以上皆看財爻。
疾病を占うはいかなる鬼祟かを問い、失物を占うは賊は何人かを問い、官職を謀求するを占い、官府の詞訟を占い、婚姻を占って女家が夫婿を問う――以上の数類はみな官鬼爻を見る。売買・求利を占い、家宅の事を占い、婚事と婢僕の事を占い、求財の事を占い、男家の妻を娶る事を占う――以上の数類はみな妻財爻を見る。
或問:言公私用事,只言財官,而不及父子兄弟,何也?答曰:天下之事,散而言之,紛若物色;總而言之,不出財官二字。占官必用父母,占財必用子孫。兄弟是破財之人,不為主、不為輔,何必看也?
人が問うていう。公私の用事を講ずるに、ただ財と官を説いて父母・子孫・兄弟を提げないのはなぜか。答えていう。天下の事を散じて講ずれば、五花八門にして万物の色のごとく紛雑である。総括して講ずれば「財」「官」の二字を出ず。何况や官を占うは必ず父母を用いるを要し、財を占うは必ず子孫を用いるを要す。父母と子孫はすでに財官の輔助の中に含まれている。兄弟に至っては財を劫し財を破る人で、主用と為すこと能わず、また輔助と為すこと能わず。なんぞ必ずしもそれを見んや。
凡卜筮者,但用心於財官,則括天下之理,此法簡而最捷,若分支劈脈、瑣碎求之,則萬物紛然,無以折衷,用心多,功力少,《元龜》“六神”之類是也。故吾捷法,惟以財官伏五鄉而定吉凶,自然神妙。
およそ卜筮する人は、ただ心思を財・官二爻の上に用いれば、天下の理をすべて籠括し尽くす。この法門は最も簡省にして最も快捷である。もし一支一脉に分かれて瑣瑣碎碎に求めれば、万物は紛然として涌き来たり、かえって折衷して取断する准なく、心を用うるほど多くして功効はほど少ない――《卜筮元亀》が「六神」の一路を講ずるはまさにこのごとし。ゆえに我がこの捷法は、ただ財・官二者が五郷の中に伏するを凭りて吉凶を定め、自然に神妙にして験あり。
7.出現と伏蔵
出現旺相,為久為遠;伏藏有氣,只利暫時。
用神が卦面の六爻の中に顕現するを「出現」という。出現してまた旺相ならば、事は長久綿遠にして長遠の打算をなし得る。用神が卦面に在らず飛爻の下に蔵するを「伏蔵」という。伏蔵の爻はたとえ有気あるも、眼前の一時に利あるのみで、長久の局を成すこと能わず。
現為重迭,為再用,為兩事,財官兩事出現旺相,可宜久遠,若持世忌動。伏藏旺相,更看日辰透出,或伏世下,可取,雖成只利暫時,不能久遠也。
用神が卦面に出現するは、往々にして重複畳出を主り、一事を再做一遍することを主り、手上に同時に二件事を持つを主る。財爻・官爻の両様がともに出現してしかも旺相の者は、事は長久に做し得る。もしそれがまたちょうど世を持つならば、それの発動を忌む。一たび動けばかえって変故を生ず。用神が伏蔵して旺相の者は、さらに日辰がそれを透し出すか否か、あるいはそれがまさに世爻の下に伏しているか否かを見るを要す。この二種の情形のみ取用すべし。ただしたとえ成し弁するも、一時に利あるのみで長久はし難い。
或問:出現為重迭,為再用、為兩事,何也?答曰:且如乾卦為主,後七卦皆從乾坤中來,其出現財是伏藏中而又出現也,豈不是重迭乎?故取占事為再用、為兩事。
人が問うていう。出現は「重畳」を主り「再用」を主り「両事」を主るというが、これは何の理か。答えていう。たとえば乾卦を本宮の主とすれば、乾宮の後の七卦はみな乾・坤両体から変化して来たる。本宮の財爻はもとすでに下に伏蔵しているのに、いま卦面にまた一重の財を現ずるは、これまさに重複畳出にあらずや。ゆえにこの種の卦に遇うて事を占うは、再做一次すべしと断じ、あるいは手上に同時に二件事ありと断ず。
又問:伏藏有氣,只利暫時?答曰:本宮財官伏世下,方可取,不伏世下,則不取也。旁爻財官非也,必要細看,不可忽□。
また問うていう。伏蔵の有気は一時に利あるのみというが、これは何の故か。答えていう。必ず本宮の財爻・官爻が世爻の下に伏するを要して、はじめて取用すべし。世爻の下に伏せざるは取らず。旁宮の飛爻の上の財官に至っては、あれは本宮の物にあらず、真に当たること能わず。ここは必ず細看すべし、軽忽すべからず――底本ここに一字を缺き、ただ「□」と作すのみ。臆して補うこと敢えてせず。
8.財の鬼に伏するを占う
財伏鬼鄉,買賣遭傷;日辰福德,方始榮昌。
妻財爻が官鬼爻の下に伏するを「財の鬼郷に伏す」という。財は去って鬼を生じ、自身泄気す。売買を占うは必ず折損する。ただ日辰の上に「福徳」――すなわち子孫爻――が透し出るを待ち、来たって官鬼を剋去し妻財を生起してはじめて、売買は転じて興旺となる。
財爻伏官鬼之下,乃財爻洩鬼無氣,須是子孫旺相,透出日辰,或持世上方有,蓋子孫能克官鬼也。
妻財爻が官鬼爻の下に伏すれば、財は去って鬼を生ずるを要し、自身泄気して力なく用いるべからず。この時必ず子孫爻が旺相か、あるいは日辰の上に子孫が透し出るか、あるいは子孫が世爻の上に持するかを要して、はじめて求むべき財ありと算す。子孫は能く官鬼を剋制し、鬼が一たび制を受ければ、財はもはや泄されないからである。
或問:兄弟能克財,官鬼不傷財,官鬼克兄弟,何故買賣遭傷?答曰:不曉其理,則斷卦不靈。財伏鬼鄉,財則去生官,財又洩氣,況用財以子孫為輔,官鬼生你,父去克子,財爻內外受傷,故買賣不能獲利,反能傷財。若日辰是子孫,子能生財,克去官鬼;日辰是財,財能克父,使得出現,亦有財也。
人が問うていう。能く財を剋するは兄弟で、官鬼は財を傷めず、官鬼はかえって兄弟を剋するのに、なぜ財が鬼下に伏すれば売買が損を受けるのか。答えていう。その中の道理を明白にせずんば、卦を断ずるも霊験なし。財が鬼郷に伏すれば、財は去って官を生ずるを要し、自身まず気を泄らす。何况や財を用いるはもと子孫をもって輔とするに、官鬼は財の滋生を得て愈々強旺し、転じて来たって父母を生起し、父母はまた去って子孫を剋し、輔神もまた傷められる――このごとく財爻は裏外両頭で損を受く。ゆえに売買は利を獲る能わざるのみならず、かえって本を折る。もし日辰がちょうど子孫ならば、子孫は能く財を生じ能く官鬼を剋去す。もし日辰がちょうど妻財ならば、財は能く父母を剋住して子孫をして圧制を受けずして出頭するを得しむ。この二種の情形もまたなお得べき財あり。
9.財の兄に伏するを占う
用財伏兄,口舌相侵;若在世下,旺相可成。
妻財を取って用神とするに、財爻が兄弟爻の下に伏するを「用財の兄に伏す」という。兄弟は財を劫する神で、財が兄弟に圧せられれば、財を求めるはまず口舌の争競を招来する。しかるにもしこの伏財がちょうど世爻の下に伏し、しかも旺相有気ならば、事は依然として成し得る。
財伏兄弟之下,本無氣無財,卻喜財爻旺相,貼世下透出,值日辰方有。
財爻が兄弟爻の下に伏するは、もと無気無財の象である。喜ぶべきはこの財爻が自身旺相にして、また世爻の下に緊貼し、さらに日辰に逢うてそれを透し出し、まさに日を値うに当たる。これをもってはじめて真に財ありと算す。
或問:用財伏兄,口舌相侵矣,緣何在世下又旺相可成?答曰:財伏在兄弟爻下,是財被他人把住,故生口舌。若伏世下,世持兄弟,我去克財,財又旺相,豈得不成乎?
人が問うていう。「用財の兄に伏す」は口舌の相侵を主るというのに、なぜ世爻の下に伏してまた旺相はかえって成り得るのか。答えていう。財が別処の兄弟爻の下に伏するは、財が外人に把持せられたので、口舌の争奪を生ず。もし世爻の下に伏すれば、世爻自身の持つはまさに兄弟、すなわち我自己が去ってこの財を剋する。財は我に由りて掌握せられ、財はまた旺相、どうして成らざることがあらんや。
10.財の父・子に伏する
財伏父母,旺相得半;財伏子孫,有氣必滿。
妻財爻が父母爻の下に伏するは、たとえ旺相するも財を求むるは半分を得るのみ。父母は専ら子孫を剋し、財を生ずる源頭が截断せられるからである。妻財爻が子孫爻の下に伏するは、ただ財爻に気あらば、子孫が源々として絶えず財を生ずれば、財を求むるは必ず満円にして願のごとくなる。
財爻旺相,伏父母爻下,求財有一半。財伏子孫之下,世應不克,終是有財。若子孫旺相,父母爻持世應,亦不能克子孫,求財亦有。
財爻が自身旺相にして父母爻の下に伏するは、財を求むるは半分を得るのみ。財爻が子孫爻の下に伏するは、ただ世爻・応爻が来たってそれを剋せざらば、終帰して財あるなり。たとえ子孫爻の旺相の時に父母爻が世を持ちあるいは応を持つとも、父母もこの旺相の子孫を剋し動かすこと能わず、財を求むるも一様に落着あり。
或問:財伏父母旺相得半,不審何故?答曰:用財須子能輔財,財伏父下,則子不能生財矣。只有本等財,故曰一半。
人が問うていう。財の父母に伏するは旺相なりとも半分を得るのみというが、その故を明白にせざるは何か。答えていう。財を用いるは必ず子孫が旁より輔助して財を生ずるを得るを要す。いま財が父母の下に伏すれば、父母は専ら子孫を剋し、子孫は財を生じ出すこと能わず。このごとくただ財爻自身のあの一点の本分の財のみ残り、さらに進益なし。ゆえに半分を得るのみという。
又問:財伏子孫、世應不克,久必有財,是不克何爻?曰:不克子孫爻也。故下云,若子孫旺相,縱父母持世應,亦不能克子孫,求財亦有也。
また問うていう。財の子孫に伏し世応剋せざれば終久財ありというが、この「剋せず」はいったいどの爻を剋せざるか。答えていう。子孫爻を剋せざるである。ゆえに下文は続けていう。もし子孫が旺相ならば、たとえ父母が世爻にあれ応爻の上に持するも、それを剋し動かすこと能わず、財を求むるも照様に得ることあり。
