Libo

白虎通义 · 第2巻

东汉 · 班固 · 第2巻 / 9

一說東方持矛,南方歌,西方戚,北方擊金。夷狄質,不如中國中國文章,但隨物名之耳,故百王不易戚二者制夷狄樂。不制夷狄禮何?以為禮者,身當履而行之,夷狄之人不能行禮;樂者,聖人作為以樂之耳,故有夷狄樂也。殊為舞者?以為使中國人。何以言之?夷狄之人禮不備,恐有過誤也。作之門外者何?夷在外,故就之也。夷狄無禮義,故不在內。《明堂記》曰:“九夷之國,在東門之外。”所以知不在門內也。《明堂記》曰:“禹納蠻夷之樂於太廟。”言納,明有入也。

一説に、東方は矛を執り、南方は歌い、西方は戚を執り、北方は金属楽器を撃ちます。夷狄は質朴で、中原のごとき文章なく、ただ事物に就いて名を起こすので、百王も改めず、戚など二様をもって夷狄の楽を制定しました。夷狄のために礼を制定しないのはなぜでしょうか。礼は自身が踏み行うべきものですが、夷狄の人は礼を行えません。楽は聖人が作って彼らを歓楽させるものなので、夷狄の楽があります。また誰に舞わせるのでしょうか。中原人に舞わせると考えます。何をもってこのように言うのでしょうか。夷狄の人は礼が備わらず、差錯あるを恐れます。門外で演奏するのはなぜでしょうか。夷は外に在るので、彼らに就きます。夷狄に礼義がないので門内に在りません。《明堂記》に「九夷の国は東門の外に在り」とあります。これによって門内に在らないと知れます。《明堂記》に「禹は蛮夷の楽を太廟に納れたり」とあります。「納」と言うのは、入ることあることを表明します。

曰四夷之樂者何謂也?以為四夷外無禮義之國,數夷狄者從東,故舉本以為之總名也。言夷狄者,舉終始也;言蠻,舉遠也;言貉,舉惡也。則別之,東方為九夷,南方為八蠻,西方為六戎,北方為五狄。故《曾子問》曰:“九夷、八蠻、六戎、五狄、百姓之難至者也。”

四夷の楽と称するのは、どういう意味でしょうか。四夷は外の礼義なき国と考え、夷狄を数えるに東方より数えるので、この本源を挙げて総名とします。「夷狄」と言うのは終と始を挙げ、「蛮」と言うのは遠を挙げ、「貉」と言うのは悪を挙げます。分かちて言えば、東方は九夷、南方は八蛮、西方は六戎、北方は五狄です。だから《曽子問》に「九夷・八蛮・六戎・五狄は、百姓の難しくして至らざる所なり」とあります。

何以知夷在東方?《禮?王制》曰:“東方曰夷,被髮文身;又曰:南方曰蠻,雕題交趾;西方曰戎,被髮衣皮;北方曰狄,衣羽毛穴居。”東所以九何?蓋來者過九之為言究也,德遍究,故應德而來亦九也,非故為之,道自然也。何以名為夷蠻?曰:聖人本不治外國,非為制名也,因其國名而言之耳。一說曰:名其短而為之制名也。夷者,聚狄無禮義。東方者,少陽易化,故取名也。北方太陰鄙郄,故少蠻難化,執心違邪。戎者,強惡也。狄者,易也,辟易無別也。

夷が東方に在ると何によって知るのでしょうか。《礼記・王制》に「東方を夷という。髪を披き身に文す」と言い、また「南方を蛮という。額を雕り、両足を交う。西方を戎という。髪を披き皮衣を著る。北方を狄という。羽毛を著て洞穴に住む」とあります。東方が九である所以はなぜでしょうか。来るものが九を超えたので、「九」は「究」の意で、徳が普遍に窮まったので、徳に応じて来るもまた九であり、故にこのように作ったのではなく、道は自然にこうです。なぜ夷蛮と名づけるのでしょうか。答えて曰く、聖人は本来外国を治めず、彼らに別に名を起こすのではなく、ただ彼らの国名に就いて言うのみです。もう一説では、彼らの短所に就いて名を起こしたとします。「夷」は聚り合った狄で礼義なし。東方は少陽で感化し易いのでこの名を取ります。北方は太陰で鄙陋閉塞なので少ないです。蛮は(底本の此字は生僻字で転写後に失われた)、感化し難く、心に邪僻を執着します。戎は強横凶悪です。狄は「易」であり、辟易して分別なきことです。

歌者在堂上,舞在堂下何?歌者象德,舞者象,君子上德而下功。《郊特牲》曰:“歌者在上。”《論語》曰:“季氏八佾舞於庭。”《書》曰:“下管召鼓,笙鏞以間。”

歌う者は堂上に在り、舞う者は堂下に在るのはなぜでしょうか。歌は徳に象り、舞は功に象るので、君子は徳を上に置き功を下に置きます。《郊特牲》に「歌う者は上に在り」とあります。《論語》に「季氏、庭中に八佾をもって舞う」とあります。《尚書》に「堂下に管・(底本の此字は生僻字で転写後に失われた)鼓を用い、笙と鏞とが交替して演奏す」とあります。

降神之樂在上何?為鬼神舉。故《書》曰:“戛擊鳴球、搏拊、琴瑟,以詠,祖考來格。”何以用鳴球、搏拊者何?鬼神清虛,貴淨賤鏗鏘也。故《尚書大傳》曰:“搏拊鼓,裝以秉。琴瑟,練絲朱弦。”鳴者,貴玉聲也。

神を降す楽は上に在るのはなぜでしょうか。鬼神のために設けるからです。だから《尚書》に「鳴球・搏拊・琴瑟を敲撃し、もって詠唱すれば、祖考來まし至る」とあります。なぜ鳴球・搏拊を用いるのでしょうか。鬼神は清虚で、清浄を重んじ鏗鏘を軽んじます。だから《尚書大伝》に「搏拊という鼓は、中に糠を装う。琴瑟は練した絲・朱紅色の弦を用いる」とあります。「鳴」は玉の声を重んじるのです。

王者食所以有樂何?樂食天下之太平、富積之饒也,明天子至尊,非功不食,非德不飽,故《傳》曰:“天子食時舉樂。”王者所以日食者何?明有四方之物,食四時之功也。四方不平,四時不順,有徹樂之法焉,所以明至尊著法戒也。王平居中央,制御四方。平旦食,少陽之始也;晝食,太陽之始也;脯食,少陰之始也;暮食,太陰之始也。《論語》曰:“亞飯幹適楚,三飯繚適蔡,四飯缺適秦。”諸侯三飯,卿大夫再飯,尊卑之差也。《弟子職》曰:“暮食士偃禮。”士也;食力無數,庶人職在耕桑,戮力勞役,飯即食,飽即作,故無數。

王者が食事するに楽がある所以はなぜでしょうか。天下の太平・蓄積の豊饒を食らうを楽しみ、天子の至尊を表明し、功なくして食せず、徳なくして飽かざるからです。だから《伝》に「天子は食するとき楽を挙ぐ」とあります。王者が一日に四食する所以はなぜでしょうか。四方の物あることを表明し、四時の功を食らうのです。四方太平ならず四時順わざれば、すなわち楽を撤する法度があり、至尊を顕明し法戒を著明するに用います。王は平居中央に在りて四方を制御します。平旦に食するは少陽の始め、日中に食するは太陽の始め、申時に食するは少陰の始め、夕暮に食するは太陰の始めです。《論語》に「第二の飯を掌る干は楚に逃げ、第三の飯を掌る繚は蔡に逃げ、第四の飯を掌る缺は秦に逃げたり」とあります。諸侯は三食、卿大夫は二食、これは尊卑の等差です。《弟子職》に「夕暮に飯して、士は偃息して礼を行う」とあり、これは士です。力に倚って食らう者には頓数なく、庶人の職分は耕田養桑に在り、力を竭して労役し、飯時に至れば食し、飽きれば作するので、定数ありません。

禮樂者,何謂也?禮之為言履也,可履踐而行樂者。君子樂得其道,小人樂得其欲。聲者,何謂。聲鳴也,聞其聲即知其所生;音者,飲也,言其剛柔清濁和而相飲也。《尚書》曰:“予欲聞六律、五聲、八音。”五聲者,何謂也?宮、商、角、徵、羽,土謂宮,金謂商,木謂角,火謂徵,水謂羽。月令曰:盛德在木,其音角,又曰:盛德在火,其音徵,盛德在金其音商,盛德在水,其音羽。所以名之為角者,躍也,陽氣動躍;徵者,止也,陽氣止;商者,張也,陰氣開張,陽氣始降也;羽者,紆也,陰氣在上,陽氣在下;宮者,容也,含也,含容四時者也。

礼楽とは何でしょうか。「礼」の意味は履で、踏み行うことができます。楽は、君子は道を得るを楽しみ、小人は欲望を得るを楽しみます。声とは何でしょうか。声はすなわち鳴で、声音を聞けばそれがどこより生ずるかを知ります。音はすなわち飲で、剛柔清濁が相和して互いに飲納することを言います。《尚書》に「我は六律・五声・八音を聞かんと欲す」とあります。五声とは何でしょうか。宮・商・角・徵・羽で、土は宮に対応し、金は商に対応し、木は角に対応し、火は徵に対応し、水は羽に対応します。《月令》に、盛徳木に在り、その音は角、また曰く、盛徳火に在り、その音は徵、盛徳金に在り、その音は商、盛徳水に在り、その音は羽とあります。角と呼ぶ所以は「躍」で、陽気が発動跳躍します。徵は「止」で、陽気が止住します。商は「張」で、陰気が開張し陽気が初めて下降します。羽は「紆」で、陰気が上に在り陽気が下に在ります。宮は「容」であり「含」で、四時を含容します。

八音者,何謂也?《樂記》曰:“土曰壎,竹曰管,皮曰鼓,匏曰笙,絲曰弦,石曰磬,金曰鍾,木曰。”此謂八音也。法《易》八卦也,萬物之數也;八音,萬物之聲也。所以用八音何?天子承繼萬物,當知其數。既得其數,當知其聲,即思其形。如此飛蠕動,無不樂其音者,至德之道也。天子樂之,故樂用八音。《樂記》曰:“壎,坎音也;管,艮音也;鼓,震音也;弦,離音也;鍾,兌音也;祝,乾音也。”壎在十一月,壎之為言勳也,陽氣於黃泉之下,勳蒸而萌;匏之言施也,在十二月,萬物始施而勞。笙者,太蔟之氣,象萬物之生,故曰笙。有七正之節焉,有六合之和焉,天下樂之,故謂之笙。鼓,震音煩氣也。萬物憤懣震動而出,雷以動之,溫以暖之,風以散之,雨以濡之,奮至德之聲,感和平之氣也,同聲相應,同氣相求,神明報應,天地佑之,其本乃在萬物之始耶,故謂之鼓也。召者,震之氣也,上應卯星以通王道,故謂之召也。簫者,中之氣,萬物生於無聲,見於無形,﹃也,簫也,故謂之簫。簫者以祿為本,言承天繼物為民,本人力加,地道化,然後萬物戮也,故謂之簫也。瑟者,嗇也,閒也,所以懲忽宮商角則宜。君父有節,臣子有義,然後四時和,四時和然後萬物生,故謂之瑟也。琴者,禁也,所以禁止淫邪、正人心也。磬者,夷則之氣也,象萬物之盛也,其氣磬,故曰磬,有貴賤焉,有親束焉,有長幼焉,朝廷之禮,貴不讓賤,所以有尊卑也;鄉黨之禮,長不讓幼,所以明有年也;宗廟之禮,親不讓束,所以有親也。此三者行然後王道得,王道得然後萬物成,天下樂用磬也。鍾之為言動也,陰氣用事,萬物動成,鍾為氣,用金聲也。者,時之氣聲也,節度之所生也。君臣有節度則萬物昌,無節度則萬物亡,亡與昌正相迫,故謂之。

八音とは何でしょうか。《楽記》に「土は塤、竹は管、皮は鼓、匏は笙、絲は弦、石は磬、金は鐘、木は(底本の此字は生僻字で転写後に失われた)」とあります。これが八音です。《周易》の八卦に法るは万物の数で、八音は万物の声です。なぜ八音を用いるのでしょうか。天子は万物を承継し、その数を知るべきです。すでに数を知れば、その声を知るべく、進んでその形状を思います。このようであれば、(底本の此字は生僻字で転写後に失われた)飛び蠕動する小虫に至るまで、その声を楽しまざるなし。これは至徳の道です。天子はこれを楽しむので、楽に八音を用います。《楽記》に「塤は坎の音、管は艮の音、鼓は震の音、弦は離の音、鐘は兌の音、祝と(底本の此字は生僻字で転写後に失われた)は乾の音」とあります。塤は十一月に在り、「塤」は「勲」の意で、陽気が黄泉の下に勲蒸して萌発します。匏は「施」の意で、十二月に在り、万物が初めて施展して労作します。笙は太蔟の気で、万物の出生に象るので笙と呼びます。七正の節度あり、六合の和諧あり、天下これを楽しむので、笙と呼ばれます。鼓は震音・煩気で、万物が憤懣震動して出で、雷が来りてこれを動かし、温暖が来りてこれを暖め、風が来りてこれを散じ、雨が来りてこれを潤し、奮発して至徳の声音を出し、和平の気に感応し、同声相応じ同気相求め、神明報応し天地保佑す。その根本はまさに万物の始めに在るので、鼓と呼ばれます。(底本の此字は生僻字で転写後に失われた)は震の気で、上は卯星に応じて王道を貫通するので、このように呼ばれます。簫は中央の気で、万物は無声の裏より生じ無形の裏より顕れ、「﹃」もまた簫の意なので、簫と呼ばれます。簫は禄を本とし、上は天を承け下は物を継ぎ民のためとすることを言い、人の気力がこれに加わり、地の道化が運行し、しかる後に万物が成るので、簫と呼ばれます。瑟は「嗇」であり「閑」で、疏忽を懲戒するに用い、宮商角が宜しきを得ます。君父に節あり臣子に義あり、しかる後に四時和し、四時和してしかる後に万物生ずるので、瑟と呼ばれます。琴は「禁」で、淫邪を禁止し人心を端正するに用います。磬は夷則の気で、万物の盛に象り、「其の気磬」なので磬と呼びます。貴賤あり、親疏あり、長幼あり。底本は「(底本の此字は生僻字)束」と作るが、「疏」の字を拆いた訛りです。朝廷の礼は、貴は賤に譲らず、故に尊卑あり。郷党の礼は、長は幼に譲らず、故に年歯あるを表明す。宗廟の礼は、親は疏に譲らず、故に親あり。この三者が行われてしかる後に王道を得、王道を得てしかる後に万物成り、天下は磬を用いるを楽しみます。鐘は「動」の意で、陰気が事を用い、万物が動いて成り、鐘は気、金声を用います。(底本の此字は生僻字で転写後に失われた)は時令の気声で、節度の生ずる所より出ます。君臣に節度あれば万物昌し、節度なければ万物亡び、亡と昌とまさに相迫るので、このように呼ばれます。

者,終始之聲,萬物之所生也。陰陽順而復,故曰;承順天地,序迎萬物,天下樂之,故樂用。,始也;,終也。一說笙、、鼓、簫、瑟、壎、鍾、磬也。如其次,笙在北方,在東北方,鼓在東方,琴在南方,壎在西南方,鍾在西方,磬在北方。

(底本の此字は生僻字で転写後に失われた)は終と始の声で、万物の生ずる所より出ます。陰陽が順いて再来るので前の一字と呼び、天地を承順し、次序を排して万物を迎え、天下これを楽しむので、楽にこれを用います。前の一字は始、後の一字は終です。一説には、笙・(底本の此字は生僻字)・鼓・簫・瑟・塤・鐘・磬。この次序に按すれば、笙は北方、(底本の此字は生僻字)は東北方、鼓は東方、琴は南方、塤は西南方、鐘は西方、磬は北方に在ります。

聲五音八何?聲為本,出於五行;音為末,象八風,故《樂記》曰:“聲成文謂之音,知音而樂之謂之樂也。”

声は五種、音は八種なのはなぜでしょうか。声は本で五行より出、音は末で八風に象を取ります。だから《楽記》に「声が文采を組成すれば音と呼ばれ、音を識りてこれを喜楽すれば楽と呼ばれる」とあります。

問曰:“異說並行,則弟子疑焉。”孔子有言:“吾聞擇其善者而從之,多見而志之,知之次也。”“文武之道,未墜於地。”“天之將喪斯文也,樂亦在其中矣。”聖人之道,猶有文質,所以擬其說、述所聞者,亦各傳其所受而已。

ある人問いて曰く「異なる説が并行すれば、弟子は疑惑します」。孔子に言あり、「我は聞く、その善きを選択してこれに従い、多く見て之を記すは、次の一等の知なり」「文王・武王の道は、未だ地に墜ちず」「天、もしこの文を喪わんと欲せば、楽もまたその中に在り」。聖人の道にもなお文と質の分別があるので、これらの説を擬測し聞く所を記述する人も、各々その受くる所を伝えるのみです。

●卷三

●巻三

○封公侯

○公侯を封ず

王者所以立三公、九卿何?曰:天雖至神,必因日月之光;地雖至靈,必有山川之化;聖人雖有萬人之德,必須俊賢三公、九卿、二十七大夫、八十一元士,以順天成其道。司馬主兵,司徒主人,司空主地。王者受命為天、地、人之職,故分職以置三公,各主其一,以效其功。一公置三卿,故九卿也。天道莫不成於三:天有三光,日、月、星;地有三形,高、下、平;人有三尊,君、父、師。故一公三卿佐之,一卿三大夫佐之,一大夫三元士佐之。天有三光然後而能遍照,各自有三法,物成於三:有始、有中、有終,明天道而終之也。三公、九卿、二十七大夫、八十一元士,凡百二十官,下應十二子。《別名記》曰:司徒典民,司空主地,司馬順天。天者施生,所以主兵何?兵者,為諸除害也,所以全其生、衛其養也,故兵稱天。寇賊猛獸,皆為除害者所主也。《論語》曰:“天下有道,則禮樂、征伐自天子出。”司馬主兵,言馬者,馬陽物,乾之所為,行兵用焉,不以傷害為度,故言馬也;司徒主人,不言徒人者,徒眾也,重民;司空主土,不言土言空者,空尚主之,何況於實?以微見著。

王者が三公・九卿を設立する所以はなぜでしょうか。答えて曰く、天は至神といえども、必ず日月の光に凭り、地は至霊といえども、必ず山川の化育あり、聖人は万人に勝る徳ありといえども、必ず俊賢をして三公・九卿・二十七大夫・八十一元士と為し、天に順いその道を成就せしめます。司馬は兵を主管し、司徒は人を主管し、司空は地を主管します。王者は命を受け、天・地・人の職分を担任するので、職を分けて三公を設置し、各々その中の一項を主管せしめ、その功を考覈します。一公に三卿を設置するので九卿です。天道は三に成らざるなし。天に三光あり、日・月・星。地に三形あり、高・下・平。人に三尊あり、君・父・師。故に一公に三卿の輔佐あり、一卿に三大夫の輔佐あり、一大夫に三元士の輔佐あります。天に三光ありてしかる後に遍く照ること能くし、各々に三法あり、物は三に成る。始あり、中あり、終あり、天道を表明してこれを為し終うのです。三公・九卿・二十七大夫・八十一元士、あわせて百二十官で、下は十二支に応えます。《別名記》に「司徒は民を主管し、司空は地を主管し、司馬は天に順う」とあります。天は施生するもの、なぜ兵を主管するのでしょうか。兵は衆人のために害を除くもので、彼らの生を保全し彼らの養を衛護するに用いるので、兵は天と称します。寇賊・猛獣はみな害を除く人の主管に帰します。《論語》に「天下に道あれば、礼楽・征伐は天子より出ず」とあります。司馬が兵を主管するに「馬」と言うのは、馬は陽物で乾の成す所、兵を行くにこれを用い、傷害を度としないので、馬と言います。司徒は人を主管するに「徒人」と言わず、「徒」はすなわち衆で、民を重んじます。司空は土を主管するに土と言わず空と言うのは、空すら主管する、いわんや実をや。微をもって著を顕すのです。

王者主三公、九卿、二十七大夫,足以教道,照幽隱,必復封諸侯何?重民之至也。善惡比而易故知,擇賢而封之,使治其民,以著其德,極其才。上以尊天子,備蕃輔,下以子養百姓,施行其道,開賢者之路,謙不自專,故列土封賢,因而象之,象賢重民也。

王者に三公・九卿・二十七大夫あれば、すでに教を施し幽隠を照見するに足るのに、なお必ず改めて諸侯を封ずるのはなぜでしょうか。これは民を重んじること極まったものです。善悪を置きて比較すれば知り易いので、賢人を選択してこれを封じ、彼にその土地の民を治めさせ、その徳を顕しその才を窮めます。対上は天子を尊び藩輔を備え、対下は子に対するがごとく百姓を養い、その道を施行し、賢者の路を開き、謙虚にして自ら専断しないので、土地を画分して賢人を封じ、因而として象を取り、賢に象を取り民を重んじるのです。

州伯何謂也?伯,長也,選擇賢良,使長一州,故謂之伯也。《王制》曰:“千里之外設方伯。五國以為屬,屬有長;十國以為連,連有率;三十國以為卒,卒有正;二百一十國以為州,州有伯。”唐虞謂之牧何?尚質,使大夫往來牧諸侯,故謂之牧。旁立三人,凡十二人。《尚書》曰:“諮十有二牧。”何知堯時十有二州也?以《禹貢》言九州也。

州伯とは何でしょうか。「伯」はすなわち長で、賢良を選択し、彼に一州の長を為させるので、伯と呼びます。《王制》に「千里之外に方伯を設く。五国を一属とし、属に長あり。十国を一連とし、連に率あり。三十国を一卒とし、卒に正あり。二百一十国を一州とし、州に伯あり」とあります。唐虞は牧と称します。なぜでしょうか。質朴を尚び、大夫を往来させて諸侯を牧養せしめたので、牧と呼びます。傍らにさらに三人を立て、あわせて十二人です。《尚書》に「十有二牧を咨問す」とあります。尭の時に十二州あったと何によって知るのでしょうか。《禹貢》の言うは九州(後に十二に分かれた)だからです。

王者所以有二伯者,分職而授政,欲其亟成也。《王制》曰:“八伯各以其屬屬於天子之老。”曰二伯。《詩》云:“蔽芾甘棠,勿翦勿伐,邵伯所茇。”《春秋公羊傳》曰:“自陝已東,周公主之,自陝已西,邵公主之。”不分南北何?東方被聖人化日少,西方被聖人化日久,故分東西,使聖人主其難者,賢者主其易者,乃俱到太平也。又欲令同有陰陽寒暑之節,共法度也。所分陝者,是國中也,若言面,八百四十國矣。

王者に二伯ある所以は、職を分け政を授け、事の速やかに成るを望むためです。《王制》に「八伯は各々その属する所を帯て、天子の老臣に隷属す」とあり、これが二伯です。《詩経》に「小さき甘棠の樹、翦る勿れ、砍る勿れ、これ召伯の歇ぎし所なり」とあります。《春秋公羊伝》に「陝より以東は周公が主之、陝より以西は召公が主之」とあります。南北を分たないのはなぜでしょうか。東方は聖人の教化を受けた日が少なく、西方は聖人の教化を受けた日が久しいので、東西に分かち、聖人に難しきを主管させ、賢人に易しきを主管させ、才能が斉しく太平に至るようにします。また両辺に同じく陰陽寒暑の節候を同有させ、一套の法度を共用させます。分つ所の陝は国の中央で、面によって算すれば、八百四十国あります。

諸侯有三卿者,分三事也。五大夫者,下天子。《王制》曰:“大國三卿,皆命於天子。下大夫五人,上士二十七人;次國三卿,二卿命於天子,一卿命於其君;小國二卿,皆命於其君。大夫悉同。《禮?王度記》曰:“子、男三卿,一卿命於天子。”

諸侯に三卿あるのは、三つの事を分担するためです。五大夫あるのは、天子より下るためです。《王制》に「大国は三卿、みな天子の任命する所。下大夫五人、上士二十七人。次国は三卿、二卿は天子の任命し、一卿は本国の国君の任命す。小国は二卿、みな本国の国君の任命す」とあります。大夫はみな相同じです。《礼・王度記》に「子・男は三卿あり、その中一卿は天子の任命す」とあります。

諸侯封不過百里,象雷震百里,所潤雨同也。雷者,陰中之陽也,諸侯象也。諸侯比王者為陰,南面賞罰為陽,法雷也。七十里、五十里,差德功也。故《王制》曰:“凡四海之內九州,州方千里,建百里之國二十,七十里之國六十,五十里之國百有二十。名山大澤不以封,其餘以為附庸閒田。”天子所治方千里,此平土三千,並數邑居山川至五十里,名山大澤不以封者,與百姓共之,不使一國獨專也。山木之饒,水泉之利,千里相通,所均有無,贍其不足。制土三等何?因土地有高、下、中。

諸侯の封地は百里を過ぎず、雷の震う百里・雨の潤すも百里に象を取ります。雷は陰中の陽で、諸侯はこれに象を取ります。諸侯は王者に比べて陰で、南面して賞罰するは陽、雷に法ります。七十里・五十里は功徳の等差です。だから《王制》に「四海の内、あわせて九州あり、毎州は方千里、百里の国二十を建て、七十里の国六十、五十里の国百二十。名山大沢は封に取らず、余を附庸と閑田とす」とあります。天子の治する所は方千里で、ここに平土三千、邑居山川を連ねて五十里に算えます。名山大沢を封に取らないのは、百姓と共享して、一国に独り専有させないためです。山の木材の富饒・水泉の便利は千里相通じ、有無を均しくし不足を補うに用います。地を画して三等に分けるのはなぜでしょうか。土地に高・下・中あるからです。

王者即位,先封賢者,憂人之急也。故列土為疆非為諸侯,張官設府非為卿大夫,皆為民也。《易》曰:“利建侯。”此言因所利故立之。《樂記》曰:“武王克殷反商,下車封夏后氏之後於杞,殷人之後於宋,封王子比干之墓,釋箕子之囚。”天下太平乃封親屬者,示不私也。即不私封之何?普天之下,莫非王土,率土之賓,莫非王臣。海內之眾已盡得使之,不忍使親屬無短足之居,一人使封之,親親之義也。以《尚書》封康叔據平安也。王者始起封諸父、昆弟,與己共財之義,故可與共土也。一說諸父不得封諸侯二十國,厚有功象賢以為民也,賢者子孫類多賢。又卿不世位,為其不子愛百姓,各加一功,以虞樂其身也。受命不封子者,父子手足,無分離異財之義。至昆弟皮體有分別,故封之也。以舜封弟象有比之野也。

王者が即位すれば、先ず賢者を封じます。他人の急難を憂慮するためです。だから土地を画分し疆界を立てるは諸侯のためではなく、官府を張設するは卿大夫のためでもなく、みな民のためです。《周易》に「諸侯を封建するに利あり」とあるのは、利あるによって設立することを言います。《楽記》に「武王、殷を克して商地に帰り、車を下るや、夏后氏の後裔を杞に封じ、殷人の後裔を宋に封じ、王子比干の墓を修め、箕子を釈放したり」とあります。天下太平して初めて親属を封ずるは、私を営まないことを表します。私を営まないのに、なぜ封ずるのでしょうか。普天の下、王の土に非ざるなく、率土の濱、王の臣に非ざるなし。海内の衆人すでに皆使うべし、親属に立錐の地なからしむるに忍びず、すなわちこれを封じるは、親を親しむ義です。《尚書》の康叔を封じたを按すれば、平安に依拠します。王者が初めて興れば諸父・兄弟を封ずるは、己と財を共にする理あるが故に、彼らと土を共にすることができます。もう一説では、諸父は二十の諸侯国に封ずるを得ず、功ある者を厚くし賢人に象を取るは、民のためであり、賢人の子孫もまた多く賢なり。また、卿は禄位を世襲せず、彼らが百姓を子と愛しないを恐れ、各々一份の功を加えて自らを安楽にせんとするからです。命を受けて子を封ぜざるは、父子は手足のごとく、分離して財を分ける理なし。兄弟に至れば、身体すでに分別したるが故に、彼らを封じます。舜が弟の象を有庳の野に封じたを按すれば然り。

封諸侯以夏何?陽氣盛養,故封諸侯,盛養賢也。封立人君,陽德之盛者。《月令》曰:“孟夏之月行賞,封諸侯,慶賜,無不欣悅。”

諸侯を封ずるに夏を選ぶのはなぜでしょうか。陽気がまさに盛んで長養するので、諸侯を封ずるは、盛んに賢人を長養することです。人君を封立するは、陽徳がまさに盛んな時です。《月令》に「孟夏この月、賞を行い、諸侯を封じ、慶賜し、欣悦せざるなし」とあります。

何以言諸侯繼世以立?諸侯,象賢也。大夫不世位何?股肱之臣,任事者也,為其專權擅勢,傾覆國家。又曰孫苟中,庸不任輔政,妨塞賢,故不世世。故《春秋公羊傳》曰:“譏世世,非禮也。”諸侯世位,大夫不世,安法?所以諸侯南面之君,體陽而行,陽道不絕;大夫人臣,北面,體陰而行,陰道絕。以男生內向,有留家之義;女生外嚮,有從夫之義。此陽不絕、陰有絕之效也。

諸侯が世系によって継立すると何によって言うのでしょうか。諸侯は賢に象を取るからです。大夫が禄位を世襲しないのはなぜでしょうか。彼らは股肱の臣・政事を担任する者で、彼らが権を専らにし勢を擅(ほしいまま)にして国家を傾覆するを恐れるからです。また曰く、孫子がただ中等・平庸であれば、輔政に胜任せず、賢人を妨げ塞ぐことになるので、世襲させません。だから《春秋公羊伝》に「世襲を譏刺す、礼に非ず」とあります。諸侯は世襲し大夫は世襲しないのは、何に法るのでしょうか。諸侯は南面の君で、陽に体して行い、陽道は絶えません。大夫は人臣で、北面し、陰に体して行い、陰道は絶があります。男は生まれて内向きで家に留まる理あり、女は生まれて外向きで夫に従う理あるをもって見れば、これが陽絶えず陰絶あるの効験です。

國在立太子者,防篡煞,壓臣子之亂也。《春秋》之弒太子,罪與弒君同。《春秋》曰:“弒其君之子奚齊。”明與弒君同也。君薨,適夫人無子,有育遺腹,必待其產立之何?專適重正也。《曾子問》曰:“立適以長不以賢何?以言為賢不肖,不可知也。”《尚書》曰:“惟帝其難之。”立子以貴不以長,防愛憎也。《春秋傳》曰:“適以長不以賢,立子以貴不以長也。”

国は必ず太子を立てます。篡殺を防ぎ、臣子の作乱を押さえるためです。《春秋》が太子を弑するは、罪は君を弑するに同じです。《春秋》に「其の君の子奚斉を弑す」とあり、君を弑するに同じであることを表明します。国君が去世し、嫡夫人に子がなくて遺腹を懐いているときは、必ず彼女の生産を待って立てるのはなぜでしょうか。嫡に専一し正統を重んじるためです。《曽子問》に「嫡を立てるに年長によって賢によらざるは何ぞや。誰が賢で誰が不肖かを預め知ること能わざればなり」とあります。《尚書》に「帝ですら難しと思う」とあります。子を立てるに貴によって長によらざるは、愛憎を防ぐためです。《春秋伝》に「嫡を立てるに年長によって賢によらず、子を立てるに貴によって長によらず」とあります。

始封諸侯無子死,不得與兄弟何?古者象賢也,弟非賢者子孫。《春秋傳》曰:“善善及子孫。”不言及昆弟,昆弟尊同,無相承養之義,以閔公不繼莊公也,昆弟不相繼。至繼體諸侯無子,得及親屬者,以其俱賢者子孫也。重其先祖之功,故得及之。

始封の諸侯が子なくして死せば、兄弟に伝え得ません。なぜでしょうか。古は賢に象を取り、弟はその賢人の子孫ではないからです。《春秋伝》に「善善は子孫に推及す」とあり、兄弟に推及すとは言いません。兄弟は尊さ同等で、互いに承養する理がなく、閔公が荘公を継がなかったをもって見れば、兄弟は相承継しません。継体の諸侯に至って子がなければ、親属に推及できます。彼らはみな賢人の子孫だからです。先祖の功を重んじるので、推及できます。

《禮服傳》曰:“大宗不可絕。同宗則可以為後、為人作子何?明小宗可以絕,大宗不可絕。故舍己之父,往為後於大宗,所以尊祖,重不絕大宗也。”《春秋傳》曰:“為人後者,為人子者。”

《礼服伝》に「大宗は断絶すべからず。同宗の人ならば後嗣となり人の子となるべし、何ぞや。小宗は断絶すべく、大宗は断絶すべからざるを表明す。故に自らの父を放下し、大宗に至りて後嗣となるは、祖を尊ぶため、大宗を断絶せしめざるを重んずるなり」とあります。《春秋伝》に「人の後嗣となるは、すなわち人の子となるなり」とあります。

繼世諸侯無子又無弟,但有諸父庶兄當誰庶與兄推親之序也。王者受命而作,興滅國、繼絕世何?為先王無道,妄煞無辜,及嗣子幼弱,為強臣所奪,子孫皆無罪囚而絕,重其先人之功,故復立之。《論語》曰:“興滅國,繼絕世。”誅君之子不立者,義無所繼也。諸侯世位,象賢也,今親被誅絕也。《春秋傳》曰:“誅君之子立。”君見弒其子得立何?所以尊君、防篡弒。《春秋繼經》曰:“齊無知殺其君,貴妾子公子糾當立也。”

継体の諸侯に子なくまた弟なく、ただ諸父・庶兄あるのみならば、誰を立つべきか、親疏の次序によって推します。王者が命を受けて興るに、滅国を興し絶世を継ぐはなぜでしょうか。先王が道なく、無辜を妄殺し、および嗣子が幼弱で強臣に奪われ、子孫はみな罪なきに因って断絶したので、先人の功を重んじ、故に再び立てます。《論語》に「滅国を興し、絶世を継ぐ」とあります。誅せられた君の子は立てません。義上継承すべきものがないからです。諸侯が禄位を世襲するは賢に象を取るのに、今や親人はすでに誅絶されました。《春秋伝》に「誅せられた君の子、立つ」とあります。国君が弑されてその子が立てるのはなぜでしょうか。君を尊び篡弑を防ぐためです。《春秋継経》に「斉の无知、其の君を殺す。貴妾の子公子糾、立つべし」とあります。

大夫功成,未封,子得封者,善善及子孫也。《春秋傳》曰:“賢者子孫宜有土地也。”

大夫が功業を成してまだ封を受けず、子が封を受け得るのは、善善が子孫に推及するからです。《春秋伝》に「賢人の子孫は土地あるべし」とあります。

周公不之魯何?為周公繼武王之業也。《春秋傳》曰:“周公曷為不之魯?欲天下一於周也。”《詩》云:“王(指周成王)曰叔父(指周公),建爾元子,俾侯於魯。”周公身薨,天為之變,成王以天子禮葬之,命魯郊,以明至孝,天所興也。

周公が魯に至らなかったのはなぜでしょうか。周公は武王の事業を継承したからです。《春秋伝》に「周公はなぜ魯に至らざるか。天下を周に統一せんと欲すればなり」とあります。《詩経》に「王(周成王を指す)曰く、叔父(周公を指す)よ、汝の長子を立て、彼に魯にて侯たらしめよ」とあります。周公が去世すれば、天がこのために変異を示し、成王は天子の礼をもって彼を葬り、魯に郊祭を許して、至孝を表明するに用いました。天の興す所です。

○京師

○京師

王者必即土中者何?所以均教道,平往來,使善易以聞,為惡易以聞,明當懼慎,損於善惡。《尚書》曰:“王來紹上帝,自服於土中。”聖人承天而製作。尚書曰:“公不敢不敬天之休來相宅。”

王者が必ず土地の中央に就くのはなぜでしょうか。教化を均平にし、往来の遠近を同じくし、善を為すは聞こえ易く、悪を為すも聞こえ易くし、戒め懼れ慎むべきことを表明し、善悪において損益あるためです。《尚書》に「王、來りて上帝を紹継し、自ら土中にて服事す」とあります。聖人は天を承けて制作します。《尚書》に「公、敢えて天の休美を敬せざらず、前に來りて宅地を相看す」とあります。

周家始封於何?后稷封於邰,公劉去邰之。《詩》云:“即有臺家室。”又曰:“篤公劉於斯觀。”周家五遷,其意一也,皆欲成其道也。時寧先皇者,不以諸侯移,必先請從然後行。

周家は最初どこに封じられたのでしょうか。后稷は邰に封じられ、公劉は邰を離れて「(底本の此字は生僻字)」に至りました。《詩経》に「すなわち邰に家室あり」と言い、また「篤厚の公劉、「(底本の此字は生僻字)」ここにて観望す」とあります。周家は五度遷徙し、その意は同じく、みな彼らの道を成就せんとするためです。当時安寧・先代帝王の者は、諸侯のために自ら遷移せず、必ず先に請い許されて後に去りました。

京師者,何謂也?千里之邑號也。京,大也;師,眾也。天子所居,故以大眾言之,明諸侯,法日月之徑千里。《春秋傳》曰:“京曰天子之居也。”《王制》曰:“天子之田方千里”。

京師とは、どういう意味でしょうか。千里の邑の名号です。京は大であり、師は衆です。天子の居する所なので、大衆をもって言い、諸侯が法る日月の径長千里を表明します。《春秋伝》に「京は、天子の居処を言う」とあります。《王制》に「天子の田は方千里」とあります。

或曰:夏曰夏邑,殷曰商邑,周曰京師。《尚書》曰:“率割夏邑。”謂桀也。“在商邑。”謂殷也。

ある人曰く、夏は夏邑と呼ばれ、殷は商邑と呼ばれ、周は京師と呼ばれる。《尚書》に「夏邑を率割す」とあるのは桀を言います。「商邑に在り」とあるのは殷を言います。

《王制》曰:“天子三公之田視公侯,卿視伯,大夫視子、男士視附庸。”上農夫食九人,其次食八人,其次食七人,其次食六人;下農夫食五人,庶人在官者,以是為差也。諸侯之下士,視上農夫,祿足以代其耕也;中士倍下士,上士倍中士,下大夫倍上士,卿四大夫祿,君十卿祿;次國之卿三大夫祿,君十卿祿;小國之卿倍上大夫祿,君十卿祿。天子之縣,內有百里之國九,七十里之國二十一,五十里之國六十三,凡九十三國。名山大澤不以封,其餘以祿士,以為閒田。

《王制》に「天子の三公の田は公侯に比し、卿は伯に比し、大夫は子に比し、士は附庸に比す」とあります。上等の農夫は九人を養い、その次は八人、その次は七人、その次は六人、下等の農夫は五人を養います。庶人で官府に当差する者は、この差別によります。諸侯の下士は上等の農夫に比し、俸禄は彼の耕種に代わるに足り、中士は下士に倍し、上士は中士に倍し、下大夫は上士に倍し、卿は大夫の禄の四倍、国君は卿の禄の十倍。次国の卿は大夫の禄の三倍、国君は卿の禄の十倍。小国の卿は上大夫の禄の二倍、国君は卿の禄の十倍。天子の畿内は、百里の国九つ、七十里の国二十一、五十里の国六十三、あわせて九十三国です。名山大沢は分封に取らず、その余をもって士人の禄となし、閑田とします。

諸侯入為公卿大夫,得食兩家菜不?日有能然後居其位,德加於人然後食其祿,所以尊賢重有德也。今以盛德人輔佐,兩食之何?故《王制》曰:“天子縣內,諸侯祿也;外諸侯,嗣也。”

諸侯が朝に入りて公卿大夫となれば、二份の采地を食むことができるでしょうか。曰く、才能ありてしかる後にその位に居り、徳が人に加わりてしかる後にその禄を食むは、賢を尊び徳ある人を重んずるためです。今や盛徳をもって朝に入りて輔佐するに、二份とも食むはなぜでしょうか。だから《王制》に「天子の畿内は、諸侯の禄。畿外の諸侯は、世嗣なり」とあります。

天子太子食菜者,儲君嗣主也,當有土以尊之也。太子食百里,與諸侯封同,故《禮》曰:“公士大夫子子也。”無爵而在大夫上,故知百里也。

天子の太子が采地を食むのは、彼が儲君・嗣主で、土地を有して彼を尊ぶべきだからです。太子は百里を食み、諸侯の封と同じです。だから《礼》に「公・士大夫の子もまた子なり」とあります。爵なくして大夫の上にあるので、百里と知れます。

公卿大夫皆食菜者,示與民同有無也。

公卿大夫がみな采地を食むのは、民と有無を同じくすることを表します。

五行者,何謂也?謂金、木、水、火、土也。言行者,欲言為天行氣之義也。地之承天,猶妻之事夫,臣之事君也,謂其位卑。卑者親視事,故自周於一行,尊於天也。《尚書》:“一曰水,二曰火,三曰木,四曰金,五曰土。”水位在北方,北方者,陰氣在黃泉之下,任養萬物;水之為言淮也,陰化沾濡任生木。木在東方。東方者,陰陽氣始動,萬物始生。木之為言觸也,陽氣動躍,火在南方,南方者,陽在上,萬物垂枝。火之為言委隨也,言萬物佈施;火之為言化也,陽氣用事,萬物變化也。金在西方,西方者,陰始起,萬物禁止。金之為言禁也。土在中央者,主吐含萬物。土之為言吐也。何知東方生?《樂記》曰:“春生,夏長,秋收,冬藏。”土所以不名時,地,土別名也,比於五行最尊,故不自居部職也。《元命苞》曰:“土之為位而道在,故大不預化,人主不任部職。”

五行とは、何でしょうか。金・木・水・火・土を言います。「行」と言うのは、天に代わって気を運行する意を言おうとするのです。地は天を承け、たとえば妻が夫に事え、臣が君に事えるがごとく、その位の卑しきを言います。位卑しきは自ら事を行うので、自ら一行に周全し、天より親しみます(しかし尊はなお天に在り)。《尚書》に「一は水、二は火、三は木、四は金、五は土」とあります。水の位は北方に在り。北方は、陰気が黄泉の下に在りて、万物を養育を担任します。水の意は准で、陰気が変化し沾潤して、木を生ずるを担任します。木は東方に在り。東方は、陰陽の気が初めて発動し、万物が初めて生長します。木の意は触で、陽気が発動躍起します。火は南方に在り。南方は、陽が上に在り、万物の枝が垂れ下がります。火の意は委随で、万物の布施を言います。火はまた化を言い、陽気が当令し、万物が変化します。金は西方に在り。西方は、陰が初めて興起し、万物が禁止されます。金の意は禁です。土は中央に在り、万物を吐出し含蔵するを主管します。土の意は吐です。東方が生を主ると何によって知るのでしょうか。《楽記》に「春は生じ、夏は長じ、秋は収め、冬は蔵す」とあります。土が時令を称するに取られない所以は、地はすなわち土の別名で、五行に比べて最も尊いので、自ら一部の職事を占めません。《元命苞》に「土、この位に処りて道在り。故に大なる者は具体の変化に参預せず、人主は一部の職事を担任せず」とあります。

五行之性或上或下何?火者,陽也,尊,故上;水者,陰也,卑,故下;水者,少陽;金者,少陰,有中和之性,故可曲可直,從革;土者最大,苞含物,將生者出者,將歸者,不嫌清濁為萬物。《尚書》曰:“水曰潤下,火曰炎上,木曰曲直,金曰從革,土爰稼穡。”五行所以二陽三陰何?土尊,尊者配天,金木水火,陰陽自偶。

五行の性に上向するものと下向するものがあるのはなぜでしょうか。火は陽で尊いので上向し、水は陰で卑しいので下向し、木は少陽、金は少陰で中和の性あるので、曲ぐべくも直きべくもし、また変革に順従できます。土は最大で、万物を包含し、将に生ぜんとするもの・已に出たもの・将に帰らんとするもの、清濁を嫌わず、万物となります。《尚書》に「水は潤下といい、火は炎上といい、木は曲直といい、金は従革といい、土は則ち稼穡」とあります。五行が二陽三陰なのはなぜでしょうか。土は尊く、尊きは天に配し、金・木・水・火は、陰陽各自対を成します。

水味所以鹹何?是其性也。所以北方鹹者,萬物鹹與,所以堅之也,猶五味得鹹乃堅也。木味所以酸何?東方,萬物之生也,酸者以達生也,猶五味得酸乃達也。火味所以苦何?南方主長養,苦者所以長養也,猶五味須苦可以養也。金味所以辛何?西方煞傷成物,辛所以煞傷之也,猶五味得辛乃委煞也。土味所以甘何?中央者,中和也,故甘,猶五味以甘為主也。《尚書》曰:“潤下作鹹,炎上作苦,曲直作酸,從革作辛,稼穡作甘。”北方其臭朽者何?,北方水,萬物所幽藏也,又水者受垢濁,故臭腐朽也。東方者木也,萬物新出地中,故其臭羶。南方者水也,盛陽承動,故其臭焦。西方者金也,萬物成熟,始復諾,故其臭腥。中央土也,主養,故其臭香也。《月令》曰:“東方其臭羶,南方其臭焦,中央其臭香,西方其臭腥,北方其臭朽。”所以名之為東方者,動方也,萬物始動生也。南方者,任養之方,萬物懷任也。西方者,遷方也,萬物遷落也。北方者,伏方也,萬物伏藏也。

水の味が鹹い所以はなぜでしょうか。これはその性です。北方が鹹い所以は、万物がみなこれと相鹹して、これを堅固にするためで、たとえば五味が鹹を得て初めて堅くなるがごとし。木の味が酸い所以はなぜでしょうか。東方は万物生長の処で、酸はもって生長を通達する、たとえば五味が酸を得て初めて通達するがごとし。火の味が苦い所以はなぜでしょうか。南方は長養を主管し、苦はもって長養する、たとえば五味は苦を須ちて初めて養うべきがごとし。金の味が辛い所以はなぜでしょうか。西方は殺傷し万物を成就し、辛はもってこれを殺傷する、たとえば五味が辛を得て初めて委頓殺傷するがごとし。土の味が甘い所以はなぜでしょうか。中央は中和なので甘く、たとえば五味が甘を主とするがごとし。《尚書》に「潤下は作りて鹹となし、炎上は作りて苦となし、曲直は作りて酸となし、従革は作りて辛となし、稼穡は作りて甘となる」とあります。北方の気味は朽。なぜでしょうか。北方は水で、万物の幽蔵する所、水はまた垢濁を承受するので、気味は腐朽します。東方は木で、万物が初めて地中より出るので、気味は膻です。南方は火で、盛陽が動を承接するので、気味は焦です。西方は金で、万物が成熟し初めて回復するので、気味は腥です。中央は土で、養を主管するので、気味は香です。《月令》に「東方、その臭は膻。南方、その臭は焦。中央、その臭は香。西方、その臭は腥。北方、その臭は朽」とあります。東方と呼ぶ所以は、動の方位で、万物が初めて発動生長します。南方は、養育を担任する方位で、万物が懐妊します。西方は、遷の方位で、万物が遷落します。北方は、伏の方位で、万物が伏蔵します。

少陽見寅,寅者,演也,律中大蔟,律之言率,所以率氣令生也;卯者,茂也,律中夾鍾;衰於辰,辰震也,律中姑洗。其日甲乙者,萬物孚甲也;乙者,物蕃屈有節慾出。時為春,春之為言蠢蠢動也。位在東方。其色青。其音角,角者,氣動耀也。其帝太,者,大起萬物擾也。其神勾芒者,物之始生,其精青龍,芒之為言萌也。

少陽は寅に出ます。寅は演の意。律は大蔟に中たり。律の意は率で、気を率領してそれを生長せしめます。卯は茂の意、律は夾鐘に中たり。衰は辰に在り。辰は震、律は姑洗に中たり。その日は甲乙。甲は万物の孚甲、乙は物が蕃盛し屈曲して節ありて出づる。時令は春。春の意は蠢蠢として発動。位は東方に在り。色は青。その音は角。角は気の発動顕耀。その帝は太「(底本の此字は生僻字)」、「(底本の此字は生僻字)」は大きく起り万物が擾動。その神は勾芒、物の生長を始むる。その精は青龍。芒の意は萌。

陰中陽故,太陽見於巳,巳者物必起,律中仲呂;壯盛於午,午物滿長,律中蕤賓;衰於未,未味也,律中林鐘。其日丙丁者,其物炳明丁者,強也。時為夏,夏之言大也。位在南方。其色赤。其音徵,徵,止也,陽度極也。其帝炎帝者,太陽也。其神祝融,祝融者,屬續。其精為鳥,離為鸞。

陰中に陽ある故に、太陽は巳に出ます。巳は物の必ず興起する、律は仲呂に中たり。壮盛は午に在り。午は物の満長、律は蕤賓に中たり。衰は未に在り。未は味、律は林鐘に中たり。その日は丙丁。丙は物の炳明、丁は強。時令は夏。夏の意は大。位は南方に在り。色は赤。その音は徵。徵は止、陽の度数が極に至る。その帝は炎帝、すなわち太陽。その神は祝融。祝融は属続。その精は鳥、離は鸞。

故少陰見於申,申者,身也,律中夷則;壯於酉,酉者,老物收斂,律中南呂;衰於戌,戌者,滅也,律中無射,無射者,無聲也。其日庚辛,庚者,物更也;辛者,陰始成。時為秋,秋之為言愁亡也。其位西方。其色白。其音商,商者,強也。其神少,少者,少斂也。其神蓐收,蓐收者,縮也。其精白虎,虎之為言搏討也。

故に少陰は申に出ます。申は身の意、律は夷則に中たり。壮は酉に在り。酉は老物の収斂、律は南呂に中たり。衰は戌に在り。戌は滅、律は無射に中たり。無射は無声。その日は庚辛。庚は物の更改、辛は陰の初めて成就する。時令は秋。秋の意は愁亡。位は西方に在り。色は白。その音は商。商は強。その帝は少「(底本の此字は生僻字)」。少「(底本の此字は生僻字)」は少斂。その神は蓐収。蓐収は縮。その精は白虎。虎の意は搏討。

故太陰見於亥,亥者,仰也,律中應鐘;壯於子,於子者,孳也,律中黃鐘;衰於醜,醜者,紐也,律中大呂。其日壬癸,壬者,陰始任;癸者,揆揆度。可揆度也。時為冬,冬之為言終也。其位在北方。其音羽,羽之為言舒,言萬物始孳。其帝顓頊,顓頊者,寒縮也。其神玄冥,玄冥者,入冥也。其精玄武,掩起離體泉,龜蛟珠蛤。

故に太陰は亥に出ます。亥は仰の意、律は應鐘に中たり。壮は子に在り。子は孳、律は黄鐘に中たり。衰は丑に在り。丑は紐、律は大呂に中たり。その日は壬癸。壬は陰の初めて担任する、癸は揆度、揆度すべきこと。時令は冬。冬の意は終。位は北方に在り。その音は羽。羽の意は舒、万物が初めて孳生することを言う。その帝は顓頊。顓頊は寒縮。その神は玄冥。玄冥は冥に入る。その精は玄武、掩起・離体・泉、亀・蛟・珠・蛤。

土為中宮。其日戊己,戊者,茂也;己抑屈起。其音宮,宮者,中也。其帝黃帝。其神后土。

土は中宮。その日は戊己。戊は茂、己は抑屈して起つ。その音は宮。宮は中。その帝は黄帝。その神は后土。

《月令》云:十一月律謂之黃鐘何?中和之色;鍾者,動也。言陽氣動於黃泉之下,動養萬物也。

《月令》に、十一月の律を黄鐘と呼ぶはなぜか。黄は中和の色、鐘は動。陽気が黄泉の下に発動して、発動して万物を養育することを言う。

十二月律之謂之大呂何?大,大也;呂者,拒也。言陽氣欲出,陰不許也。呂之為言拒者,旅抑拒難之也。

十二月の律を大呂と呼ぶはなぜか。大は大、呂は拒。陽気が出でんと欲するに、陰が許さざるを言う。呂が拒なりし所以は、旅居・抑制・拒みて之を難ずるなり。

正月律謂之太蔟何?太,亦大也;蔟者,湊也。言萬物始大,湊地而出也。

正月の律を太蔟と呼ぶはなぜか。太もまた大、蔟は湊。万物が初めて大なり、地に湊いて長じ出づるを言う。

二月律謂之夾鍾何?夾者,孚甲也,言萬物孚甲,種類分也。

二月の律を夾鐘と呼ぶはなぜか。夾は孚甲、万物が孚甲して種類分かるるを言う。

三月謂之姑洗何?姑者,故也;洗者,鮮也。言萬物皆去故就其新,莫不鮮明也。

三月を姑洗と呼ぶはなぜか。姑は故、洗は鮮。万物がみな旧を去り新に就き、鮮明ならざるなしを言う。

四月謂之仲呂何?言陽氣極將,彼故復中難之也。

四月を仲呂と呼ぶはなぜか。陽気が極に至りて将に過ぎ去らんとするを言う。故に再び中より之を阻難す。

五月謂之蕤賓,蕤者,下也;賓者,敬也。言陽氣上極,陰氣始,賓敬之也。

五月を蕤賓と呼ぶ。蕤は下、賓は敬。陽気が上向して極に至り、陰気が始まり、賓礼をもってこれを敬すを言う。

六月謂之林鐘何?林者,眾也,萬物成熟,種類眾多。

六月を林鐘と呼ぶはなぜか。林は衆、万物が成熟して種類众多なるを言う。

七月謂之夷則何?夷,傷也;則,法也。言萬物始傷,被刑法也。

七月を夷則と呼ぶはなぜか。夷は傷、則は法。万物が初めて傷害を受け、刑法に遭うを言う。

八月謂之南呂何?南者,任也,言陽氣尚有,任生薺麥也,故陰拒之也。

八月を南呂と呼ぶはなぜか。南は任、陽気なお有りて、薺麦を生長するを担任し、故に陰が來りて之を拒ぐを言う。

九月謂之無射何?射者,終也。言萬物隨陽而終,當復隨陰而起,無有終已也。

九月を無射と呼ぶはなぜか。射は終。万物が陽に隨いて終結し、また陰に隨いて興起すべく、終止なきを言う。

十月謂之應鐘何?應者,應也;鍾者,動也。言萬物應陽而動下藏也。

十月を應鐘と呼ぶはなぜか。應は應、鐘は動。万物が陽に應じて動き、下に潜蔵するを言う。

五行所以更王何?以其轉相生,故有終始也。木生火,火生土,土生金,金生水,水生木。是以木王,火相,土死,金囚,水休,王所勝老死、囚,故王者休。見王火相何?以知為臣,土所以死者,子為父報仇者也。五行之子慎之物歸母,木王火相,金成,其火ㄡ金。金生水,水滅火,報其理;火生土,土則害水,莫能而御。

五行が更迭に王と称する所以はなぜでしょうか。それらが輾転相生するので、終始あります。木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず。これによって木は王、火は相、土は死、金は囚、水は休。王者の勝つ所は衰老し囚われるので、王者は休です。王を見て火相なのはなぜでしょうか。臣たるを知るに用います。土が死する所以は、子が父のために仇を報ずるからです。五行の子は慎重で、物は母に帰向します。木王・火相のとき、金は成し、あの火は金を克す。金は水を生じ、水は火を滅して、この理に報います。火は土を生じ、土はすなわち水を害し、抵禦し得るなし。

五行所以相害者,天地之性,眾勝寡,故水勝火也;精勝堅,故火勝金;剛勝柔,故金勝木;專勝散,故木勝土;實勝虛,故土勝水也。火陽,君之象也;水陰,臣之義也。臣所以勝其君何?此謂無道之君也,故為眾陰所害,猶紂王也。是使水得施行,金以蓋之,土以應之,欲溫則溫,欲寒,亦何從得害火乎?曰:五行各自有陰陽,木生火所以還燒其母何?曰金勝木,火欲為木害金。金者,堅強難消,故母以遜體助火燒金,此自欲成子之義。又陽道不相離,故為兩盛火死子乃繼之。

五行が相害する所以は、天地の性です。衆は寡に勝つ、故に水は火に勝つ。精は堅に勝つ、故に火は金に勝つ。剛は柔に勝つ、故に金は木に勝つ。専は散に勝つ、故に木は土に勝つ。実は虚に勝つ、故に土は水に勝つ。火は陽で君の象、水は陰で臣の義。臣がその君に勝ち得る所以はなぜでしょうか。これは道なき君を言うので、衆陰の害する所となる、たとえば紂王のごとし。このようにして水が施行を得、金が來りてこれを蓋い、土が來りてこれに應じ、温まらんと欲すれば温まり、寒くならんとすれば、またどこより火を害し得ようか。曰く、五行は各自陰陽あり。木は火を生ずるに、反ってその母を焼くはなぜか。曰く、金は木に勝つ、火は木のために金を害せんと欲す。金は堅強にして消え難いので、母は遜譲の体をもって火の金を焼くを助く。これは自ら子を成就せんとする義なり。また陽道は相離れず、故に両盛んにして、火が死してしかる後に子が接続する。

木王所以七十二日何?土王四季,各十八日,合九十日為一時,王九十日。土所以王四季何?木非土不生,火非土不榮,金非土不成,水無土不高。土扶微助衰,歷成其道,故五行更王,亦須土也。王四季,居中央不名時。五行何以知同時起?醜訖義相生。《傳》曰:“五行並起赴,各以名別。”陽氣陰煞,火中無生物,水中反有生物何?生者以內火,陰在內,故不生也。水、火獨一種,金、木多品何?以為南北陰陽之極也,得其極故一也;東西非其極也,故非一也。

木が王と称する所以が七十二日なのはなぜでしょうか。土は四季各々十八日に王と称し、九十日を合して一時とし、九十日に王と称します。土が四季に王と称する所以はなぜでしょうか。木は土なくして生ぜず、火は土なくして栄えず、金は土なくして成らず、水は土なくして高からず。土は微弱を扶持し衰敗を助け、历练してそれらの道を成就するので、五行が更迭に王と称するも、また土を須ちます。四季に王と称し、中央に居り、もって時令を称することを取りません。五行が同時に興起すると何によって知るのでしょうか。丑より完び、義によって相生します。《伝》に「五行は一斉に興起奔赴し、各々名称をもって分別す」とあります。陽気・陰殺、火の中に生物なく、水の中に反って生物あるはなぜか。生じ得るは内裏に火あるが故。陰が内に在れば、故に生ぜず。水・火は各々一種のみ、金・木は品類多きはなぜか。南北は陰陽の極なれば、極を得れば故に一。東西は極に非ざれば、故に一に非ず。

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