Libo

白虎通义 · 第3巻

东汉 · 班固 · 第3巻 / 9

水、木可食,金、火、土不可食何?木者陽,陽者施生,故可食;火者,陰在內,金者陰嗇吝,故不可食。

水・木は食べることができ、金・火・土は食べることができません。なぜでしょうか。木は陽で、陽は施生するので食べることができます。火は陰が内にあり、金は陰で吝嗇なので、食べることができません。

火、水所以殺人何?水盛氣也,故入而殺人;火陰在內,故殺人壯於水也;金木微氣,故不能自殺人也。火不可入其中者,陰在內也,入則殺人矣。水、土陽在內,故可入其中。金、木微氣也,精密不可得入也。

火・水が人を殺し得る所以はなぜでしょうか。水は盛気なので、入れば人を殺します。火は陰が内にあるので、人を殺すこと水よりも甚だしいです。金・木は微気なので、自ら人を殺すことができません。火はその中に入ることができません。陰が内にあるので、入れば人を殺します。水・土は陽が内にあるので、その中に入ることができます。金・木は微気で精密なので、入ることができません。

水、火不可加人功為用,金、木加人功何?火者盛陽,水者盛陰者也。氣盛不變,故不可加人功為人用。金木者不能自成,故須人加功,以為人用也。

水・火は人の功を加えて人の用とすることができず、金・木は人の功を加えることができるのはなぜでしょうか。火は盛陽、水は盛陰です。気盛んなれば変わらないので、人の功を加えて人の用とすることができません。金・木は自ら成就することができないので、人の加工を須ちて人の用とします。

五行之性,火熱水寒,有溫水,無寒火何?明臣可為君,君不可更為臣。五行常在,火乍亡何?水太陰也,刑者故常在。金少陰,木少陽,微氣無變,故亦常在火。太陽精微,人君之象。象尊常藏,猶天子居九重之內,臣下衛之也。藏於木者,依於仁也,木自主金,須人取之乃成,陰卑不能自成也。木所以浮,金所以沉何?子生於母之義。肝所以沉,肺所以浮何?有知者尊其母也。一說木畏金,金之妻庚,受庚之化,木者法其本,柔可曲直,故浮也,肝法其化,直,故沉。五行皆同義。

五行の性は、火は熱く水は寒く、温水はあって寒火はないのはなぜでしょうか。臣は君となるべく、君は再び臣となるべからざるを表明します。五行は常に在るのに、火が忽然として亡失するのはなぜでしょうか。水は太陰で刑なので、常に在ります。金は少陰、木は少陽で、微気は変わることがないので、また常に在ります。火は太陽で精微であり、人君の象です。象は尊くて常に蔵される、たとえば天子が九重の内に居りて、臣下が來りて護衛するがごとし。木に蔵するは、仁に依るなり。木は自ら金を主管し、人の取るを須ちて初めて成る。陰卑しきは自ら成就すること能わず。木が浮く所以・金が沈む所以はなぜか。子が母より生ずるの義なり。肝が沈む所以・肺が浮く所以はなぜか。知ある人はその母を尊ぶなり。一説に、木は金を怕る。金の妻は庚、庚の化を受く。木はその本に法り、柔は曲直すべきなので浮く。肝はその化に法り、直なので沈む。五行はみなこの義なり。

天子所以內明而外昧,人所以外明而內昧何?明天人慾相向而治也。行有五、時有四何?四時為時、五行為節,故木王即謂之春,金王即謂之秋,土尊不任職,君不居部,故時有四也。子不肯禪何法?法四時火不興土而興金也。父死子繼何法?法木終火王也。兄死弟及何法?夏之承春也。善善及子孫何法?法春生待夏復長也。惡惡止其身何法?法秋煞不待冬也。主幼臣攝政何法?法土用事於季孟之間也。子之復讎,何法?法土勝水、水勝火也。子順父、臣順君、妻順夫何法?法地順天也。

天子が内明にして外昧なる所以、人が外明にして内昧なる所以はなぜでしょうか。天人が相対して治理することを表明します。行に五あり時に四あるはなぜでしょうか。四時をもって時と為し、五行をもって節と為すので、木が王なれば春と呼び、金が王なれば秋と呼びます。土は尊くて職に任ぜず、君は部に居らず、故に時は四です。子が禅譲を肯んぜざるは何に法るか。四時に火は土を興さずして金を興すに法ります。父死んで子継ぐは何に法るか。木終わりて火が王と称するに法ります。兄死んで弟およびは何に法るか。夏が春を承接するに法ります。善善が子孫に及ぶは何に法るか。春生じて夏を待ちて再び長ずるに法ります。悪悪はその身に止まるは何に法るか。秋の殺が冬を待たざるに法ります。主幼く臣が政を攝るは何に法るか。土が季・孟の間に事を用いるに法ります。子が仇を報ずるは何に法るか。土が水に勝ち水が火に勝つに法ります。子は父に順い臣は君に順い妻は夫に順うは何に法るか。地が天に順うに法ります。

男不離父母何法?法火不離木也。女離父母何法?法水流去金也。娶妻親迎何法?法日入,陽下陰也。君讓臣何法?法月三十日,名其功也。善稱君、過稱己何法?法陰陽共敘共生,陽名生,陰名煞。臣有功歸於君何法?法歸明於日也。臣法君何法?法金正木也。子諫父何法?法火揉直木也。臣諫君不從則去何法?法水潤下、達於上也。君子遠子近孫何法?法木遠火近土也。親屬臣諫不相去何法?法水木枝葉不相離也。父為子隱何法?法木之藏火也。子為父隱何法?法水逃金也。君有眾民何法?法天有眾星也。王者賜先親近、後疏遠何法?法天雨,高者先得之也。□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

男が父母を離れざるは何に法るか。火が木を離れざるに法ります。女が父母を離るるは何に法るか。水が流れて金を離るるに法ります。妻を娶るに親迎するは何に法るか。日の入るに法り、陽が陰に下る。君が臣に譲るは何に法るか。月の三十日に法り、その功を名称す。善は君に称し過は己に称するは何に法るか。陰陽が共に叙び共に生じ、陽は生と名づけ陰は殺と名づくるに法ります。臣が功あるは君に帰するは何に法るか。明を日に帰するに法ります。臣が君を效法するは何に法るか。金が木を矯正するに法ります。子が父に諫めるは何に法るか。火が木を揉み直すに法ります。臣が君に諫めて従わざれば去るは何に法るか。水が潤下して上に通達するに法ります。君子が子を疏遠し孫を親近するは何に法るか。木が火を遠ざけ土に近づくに法ります。親属・臣諫が相離れざるは何に法るか。水・木の枝葉が相離れざるに法ります。父が子のために隠蔽するは何に法るか。木が火を蔵るに法ります。子が父のために隠蔽するは何に法るか。水が金を逃避するに法ります。君に众多の民あるは何に法るか。天に众多の星あるに法ります。王者の賞賜は先ず親しきを後に疏きは何に法るか。天が雨を降らし、高きは先に得るに法ります。「(底本の此字は残欠)」

長幼何法?法四時有孟、仲、季也。朋友何法?法水合流相承也。父母生子養長子何法?法水生木長大也。子養父母何法?法夏養長木,此火養母也。不以父命廢主命何法?法金不畏土而畏火。陽舒陰急何法?法日行遲月行疾也。有分土無分民何法?法四時各有分而所生者通也。若言東,東方天下皆生也。君一娶九女何法?法九州象天之施也。不娶同姓何法?法五行異類乃相生也。子喪父母何法?法木不見水則憔悴也。喪三年何法?法三年一閏,天道終也。父喪子、夫喪妻何法?法一歲物有終始,天氣亦為之變也。年六十閉房何法?法六月陽氣衰也。人有五藏六府何法?法五行六合也。人目何法?法日月明也。日照晝,月照夜,人目所不更照何法?目亦更用事也。王者監二王之後何法?法木須金以正,須水以潤也。明王先賞後罰何法?法四時先生後煞也。

長幼は何に法るか。四時に孟・仲・季あるに法ります。朋友は何に法るか。水が合流して相承接するに法ります。父母が子を生み長子を養うは何に法るか。水が木を生じて之を長大せしむるに法ります。子が父母を養うは何に法るか。夏が木を養い長ずるに法り、これは火が母を養うなり。父命をもって主命を廃せざるは何に法るか。金が土を怕れずして火を怕るに法ります。陽は舒にして陰は急なるは何に法るか。日は行くこと遅く月は行くこと疾きに法ります。分土ありて分民なきは何に法るか。四時に各々分ありて生ずる所は相通ずるに法ります。若し東と言わば、東方は天下皆生長す。君が一娶に九女を娶るは何に法るか。九州に法り、天の施与に象る。同姓を娶らざるは何に法るか。五行は異類なればこそ相生するに法ります。子が父母を喪うは何に法るか。木が水に見えざれば顦顇するに法ります。喪三年なるは何に法るか。三年一閏、天道終結するに法ります。父が子を喪い夫が妻を喪うは何に法るか。一年に物に終始あり、天気もまたこのために変化するに法ります。年六十にして房を閉ずるは何に法るか。六月に陽気衰るるに法ります。人に五蔵六府あるは何に法るか。五行・六合に法ります。人の目は何に法るか。日月の光明に法ります。日は昼を照らし月は夜を照らすに、人の目の再び照らさざる所は何に法るか。目もまた更迭に事を用う。王者が二王の後を監察するは何に法るか。木が金を須ちて矯正し水を須ちて潤すに法ります。明王が先ず賞し後に罰するは何に法るか。四時が先ず生じ後に殺すに法ります。

●卷四

●巻四

○三軍

○三軍

國有三軍何?所以戒非常,伐無道,尊宗廟,重社稷,安不忘危也。何以言有三軍也?《論語》曰:“子行三軍,則誰與?”《詩》云:“周王於邁,六師及之。”三軍者何法?法天、地、人也。以為五人為伍,五伍為兩,四兩為卒,五卒為旅,五旅為師,師二千五百人,師為一軍,六師一萬五千人也。《傳》曰:“一人必死,十人不能當;百人必死,千人不能當;千人必死,萬人不能當;萬人必死,橫行天下。”雖有萬人,猶謙讓自以為不足,故復加五千人,因法月數。月者,群陰之長也。十二月足以窮盡陰陽備物成功。二千人亦足以征伐不義,致太平也。《穀梁傳》曰:“天子有六軍,諸侯上國三軍,次國二軍,下國一軍。”諸侯所以一軍者何?諸侯,蕃屏之臣也,任兵革之重,距一方之難,故得有一軍也。

国に三軍あるはなぜでしょうか。非常の事に戒備し、道なきを討伐し、宗廟を尊び、社稷を重んじ、安きに在りて危を忘れざるためです。三軍あると何によって言うのでしょうか。《論語》に「子、三軍を行かば、則ち誰とともにせん」とあります。《詩経》に「周王が出行すれば、六師これに従う」とあります。三軍は何に法るか。天・地・人に法ります。五人をもって伍と為し、五伍をもって両と為し、四両をもって卒と為し、五卒をもって旅と為し、五旅をもって師と為し、一師は二千五百人、師をもって一軍と為し、六師は一万五千人です。《伝》に「一人必ず死せんとすれば、十人当たること能わず。百人必ず死せんとすれば、千人当たること能わず。千人必ず死せんとすれば、万人当たること能わず。万人必ず死せんとすれば、天下を横行すべし」とあります。万人あるといえども、なお譲譲として自ら足らずと為すので、再び五千人を加え、因而として月の数に法ります。月は群陰の長です。十二月は陰陽を窮尽し物を備え功を成すに足ります。一万五千人もまた義ならざるを征伐し太平を達致するに足ります。《穀梁伝》に「天子に六軍あり、諸侯の上国は三軍、次国は二軍、下国は一軍」とあります。諸侯に一軍ある所以はなぜでしょうか。諸侯は藩屏の臣で、兵革の重任を担当し、一方の禍難を抗拒するので、一軍を有すること能くします。

王者征伐,所以必皮弁素幘何?伐者凶事,素服,示有悽愴也。伐者質,故衣古服。《禮》曰:“三王共皮弁素幘,服亦皮素幘,又招虞人,亦皮弁。”知伐亦皮。

王者が征伐するに必ず皮弁・素帻とする所以はなぜでしょうか。伐は凶事で、素服は凄愴あることを表します。伐は質朴なので古服を著ます。《礼》に「三王はみな皮弁・素帻を用う」とあります。服もまた皮弁・素帻で、また虞人を招くもまた皮弁です。これによって伐もまた皮弁と知れます。

王者將出,辭於禰;還,格祖、禰者,言子辭面之禮,尊親之義也。《王制》曰:“王者將出,類於上帝,宜於社,造於禰。”《尚書》曰:“歸假於藝祖。”出所以告天?至告祖無二元后。廟後告者。示不敢留尊者之命也。告天何。示不敢自專也,非出辭反面之道也,與宗廟異義。還不復告天者,天道質無內外,故不復告也。《尚書》言:“歸假於祖禰。”不見告於天,知不告也。

王者が将に出行せんとするに、禰廟に告辞し、帰れば祖廟・禰廟に至ります。子が面して告辞する礼・親を尊ぶ義を言います。《王制》に「王者将に出でんとすれば、上帝に類祭し、社に宜祭し、禰に造告す」とあります。《尚書》に「帰りて藝祖に假告す」とあります。出行が天に告げ帰来が祖に告ぐる所以は、二元后なきなり。先ず廟して後に告ぐるは、尊者の命を滞留せざるを敢えてせざるを表すなり。天に告ぐるは、自ら専断せざるを敢えてせざるを表すので、辞を出して面を反すの道ではなく、宗廟の義と同じからず。帰りて再び天に告げざるは、天道は質朴にして内外なきが故に、再び告げず。《尚書》に「帰りて祖禰に假す」とあり、天に告ぐるを見ざれば、告げざるを知る。

王者受命,質家先伐,文家先正何?質家之天命己也,使己誅無道,今誅,得為王,故先伐。文家言天命已成,為王者乃得誅伐王者耳,故先改正朔也。又改正朔者,文代其質也。文者先其文,質者先其質,故《論語》曰:“予小子履,敢昭告於皇天上帝。”此湯伐桀告天,用尤家之法也。《詩》云:“命此文王,於周於京。”此言文王誅伐,故改號為周,易邑為京也,明天著忠臣孝子之義也。湯親北面稱臣而事桀,不忍相誅也。《禮》曰:“湯放桀,武伐紂時也。”

王者が命を受くるに、質家は先ず伐ち、文家は先ず正すはなぜでしょうか。質家は天命すでに己に在りとし、己をして道なきを誅さしめ、今や誅して王となることを得たので、先ず伐ちます。文家は天命すでに成就したりと言い、王となって初めて王たる者を誅伐し得るので、先ず正朔を改めます。また、正朔を改むるは、文がその質に代わることです。文はその文を先にし、質はその質を先にするので、《論語》に「予小子履、敢えて皇天上帝に昭告す」とあります。これは湯が桀を伐ちて天に告ぐるに、質家の法を用いたのです。《詩経》に「この文王に命す。周に于り京に于り」とあるは、文王が誅伐したことを言い、故に号を改めて周とし邑を改めて京としました。天が忠臣孝子の義を顕彰することを表明します。湯は自ら北面して臣と称し桀に事え、相誅するに忍びませんでした。《礼》に「湯は桀を放ち、武王は紂を伐つ、あの時なり」とあります。

王法天誅者,天子自出者,以為王者乃天之所立,而欲謀危社稷,故自出,重天命也。犯王法,使方伯誅之。《尚書》曰:“命予惟恭行天之罰。”此所以言開自出伐有扈也。《王制》曰:“賜之弓矢,乃得專征伐。”犯王誅者也。

王は天に法りて誅します。天子が自ら出行するは、王者はまさに天の立てる所なりと考え、社稷を危うくせんと謀る人あるので、自ら出行して天命を重んじます。王法に触犯する者は、方伯をして誅せしめます。《尚書》に「我に命じて恭しみて天の罰を施行せしむ」とあるは、啓が自ら出行して有扈を伐ったことを言います。《王制》に「彼に弓矢を賜えば、乃ち征伐を専らにすべし」とあるは、王誅に触犯する者を言います。

大夫將兵出,必不御者,欲盛其威,使士卒一意繫心也。故但聞將軍令,不聞君命也,明進退大夫也。《春秋傳》曰:“此受命於君,如伐齊則還何?大其不伐喪也。”大夫以君命出,進退在大夫也。

大夫が兵を将いて出行するに、必ず遥制を受けざるは、その威を盛んにし、士卒をして一心にし心の繋る所有らしめんがためです。故にただ将軍の令を聞きて、君命を聞かざるは、進退が大夫に在ることを表明します。《春秋伝》に「これは君に命を受けたるなり。若し斉を伐ちてしかも帰らば、何ぞや。其の喪を伐たざるを許すなり」とあります。大夫は君命に凭りて出行し、進退は大夫に在ります。

天子遣將軍必於廟何?示不敢自專也。獨於祖廟何?製法度者祖也。《王制》曰:“受命於祖,受成於學。”此言於祖廟命遣之也。

天子が将軍を派遣するに必ず廟においてするはなぜでしょうか。自ら専断せざるを敢えてせざるを表します。ただ祖廟においてするはなぜでしょうか。法度を制定するは祖なればなり。《王制》に「祖に於て命を受け、学に於て成を受く」とあるは、祖廟において命遣することを言います。

王法年此受兵何?重不絕人嗣也。師行不必勝,故須其有世嗣。年六十歸兵者何?不忍並鬥人父子也。《王制》曰:“六十不預服戎。”又曰:“八十一子不從政,九十家不從政,父母之喪三年不從政,齊衰、大功三月不從政,廢疾非人不養者一人不從政。”

王法はこの年歳に至って初めて兵を受くるはなぜでしょうか。人の後嗣を断絶せしめざるを重んずるためです。師を出せば必ずしも勝たず、故に彼に世嗣あらしむるを須ちます。年六十にして兵を交還するはなぜでしょうか。人の父子をして一斉に斗わしむるに忍びざるなり。《王制》に「六十は戎事に参預せず」とあり、また曰く「八十は一子政に従わず、九十は全家政に従わず、父母の喪は三年政に従わず、斉衰・大功は三箇月政に従わず、廃疾にして人に非ざれば養われざるは、一人政に従わず」とあります。

古者師出不逾時者,為怨思也。天道一時生。一時養。人者,天之貴物也。逾時則內有怨女。外有曠夫。《詩》云:“昔我往矣,楊柳依依;今我來思,雨雪霏霏。”《春秋》曰:“宋人取長葛。”《傳》曰:“外取邑不書,此何以書?久也。”

古は師を出すに一時令を過ぎなかったのは、怨思あるが故です。天道は一時令に生じ一時令に養います。人は天の貴重する物です。時令を過ぎれば、内に怨女あり外に曠夫あり。《詩経》に「昔我往けば、楊柳依々たり。今我來れば、雨雪霏霏たり」とあります。《春秋》に「宋人、長葛を取る」とあり、《伝》に「外に在りて邑を取るは書さず、ここに何ぞ書するや。久しければなり」とあります。

王者有三年之喪,夷狄有內侵伐之者,重天誅,為宗廟社稷也。《春秋傳》曰:“天王居狄泉。”《傳》曰:“此未三年,其稱天王何?著有天子也。”

王者に三年の喪ありて、夷狄が内侵するを加えて討伐するは、天誅を重んじ、宗廟社稷のためです。《春秋伝》に「天王、狄泉に居る」とあり、《伝》に「これは未だ三年を満たざるに、しかも天王と称するは何ぞや。天子あるを顕明せんがためなり」とあります。

○誅伐

○誅伐

誅不避親戚何?所以尊君卑臣,強幹弱枝,明善惡善惡之義也。《春秋傳》曰:“季子煞其母兄,何善?示誅不避母兄,君臣之義。”《尚書》曰:“肆朕誕以爾東征。”誅弟也。

誅は親戚を避けざるはなぜでしょうか。君を尊び臣を卑くし、幹を強め枝を弱め、善悪の義を表明するためです。《春秋伝》に「季子、其の母兄を殺す、何の善かあらん。誅が母兄を避けざるを表するは、君臣の義なり」とあります。《尚書》に「肆に朕、爾を以て東征せんとす」とあるは、弟を誅するなり。

諸侯有三年之喪,有罪且不誅何?君子恕己,哀孝子之思慕,不忍加刑罰。《春秋傳》曰:“晉士丐帥師侵齊至谷,聞齊侯卒,乃還。”《傳》曰:“大其不伐喪也。”

諸侯に三年の喪ありて、罪ありといえども且く誅せざるはなぜでしょうか。君子は己を推して人に及ぼし、孝子の思慕を哀怜し、刑罰を施加するに忍びざるなり。《春秋伝》に「晋の士丐、師を率いて斉を侵す。穀に至り、斉侯の卒するを聞きて、すなわち帰る」とあり、《伝》に「其の喪を伐たざるを許すなり」とあります。

諸侯之義,非天子之命,不得動眾起兵誅不義者,所以強幹弱枝,尊天子,卑諸侯。《論語》曰:“天下有道,則禮樂、征伐自天子出;天下無道,則禮樂、征伐自諸侯出。”世無聖賢方伯,諸侯有相滅者,力能救者可也。《論語》曰:“陳恆弒其君,孔子沐浴而朝,請討之。”王者侯之子篡弒其君而立,臣下得誅之者,廣討賊之義也。《春秋傳》曰:“臣弒君,臣不討賊,非臣也。”又曰:“蔡世子班弒其君,楚子誅之。”

諸侯の義は、天子の命に非ざれば、衆を動かし兵を起こして義ならざる者を誅すること能わず。幹を強め枝を弱め、天子を尊び諸侯を卑くするためです。《論語》に「天下に道あれば、則ち礼楽・征伐は天子より出で、天下に道なければ、則ち礼楽・征伐は諸侯より出ず」とあります。世に聖賢の方伯なければ、諸侯に相滅ぶるものあり、力能く救う者なれば可なり。《論語》に「陳恒、其の君を弑す。孔子沐浴して朝し、討伐を請う」とあります。王者・侯の子が其の君を篡弑して立たば、臣下は彼を誅すること能く、賊を討つの義を推広するなり。《春秋伝》に「臣、君を弑し、臣、賊を討たざれば、臣に非ず」とあり、また曰く「蔡の世子班、其の君を弑す。楚子、之を誅す」とあります。

王者受命而起,諸侯有臣弒君而立,當誅君身死,子不得繼者,以其逆,無所天也。《詩》云:“毋封靡於爾邦,惟王其崇之。”此言追誅大罪也。或盜天子土地,自立為諸侯,絕之而已。

王者が命を受けて興るに、諸侯に臣が君を弑して立つ者あれば、誅すべし。君身死して子継承すること能わざるは、彼が悖逆にして、天に禀く所なきが故なり。《詩経》に「汝の邦にて大いに罪悪を行う勿れ、王は汝を尊崇せん」とあるは、大罪を追誅することを言います。あるいは天子の土地を盗取し自立して諸侯となる者は、ただ彼を絶つのみ。

父煞其子當誅何?以為天地之性,人為貴,人皆天所生也,托父母氣而生耳。王者以養長而教之,故父不得專也。《春秋傳》曰:“晉侯煞世子申生不出蔡。”

父が其の子を殺すは誅すべきなり。なぜでしょうか。天地の性は人を最も貴しと為し、人はみな天の生ずる所で、ただ父母の気に依托して生ずると考えるからです。王者はこれを養長して教えるので、父は専断すること能わず。《春秋伝》に「晋侯、世子申生を殺す。其の蔡に出奔するを書さず」とあります。

佞人當誅何?為其亂善行,傾覆國政。《韓詩內傳》曰:“孔子為魯司寇,先誅少正卯。”謂佞道已行,敵國政也。佞道未行,章明遠之而已。《論語》曰:“放鄭聲,遠佞人。”

佞人は誅すべきなり。なぜでしょうか。善行を扰乱し国政を傾覆するが故なり。《韓詩内伝》に「孔子、魯の司寇を為し、先ず少正卯を誅す」とあるは、佞道すでに施行され国政を敵害することを言います。佞道未だ施行せざるは、ただ彼を彰明して疏远するのみ。《論語》に「鄭声を放ち、佞人を遠ざく」とあります。

子得為父報仇者,臣子於君父,其義一也。忠臣孝子所以不能已,以恩義不可奪也。故曰:父之仇不與共天下,兄弟之仇不與共國,朋友之仇不與同朝,族人之仇不共鄰。故《春秋傳》曰:“子不復仇,非子。”檀弓記。子夏問曰:“居兄弟之仇如之何?仕不與同國,銜君命,遇之不鬥。”父母以義見殺,子不復仇者,為往來不止也。《春秋》曰:“父不受誅,子復仇,可也。”

子が父のために仇を報じ得るは、臣子の君父に対する義は一なればなり。忠臣孝子が止め得ざる所以は、恩義奪うべからざればなり。故に曰く、父の仇とは天下を共にせず、兄弟の仇とは国を共にせず、朋友の仇とは朝を同じくせず、族人の仇とは隣を共にせず。故に《春秋伝》に「子、仇を復せざれば、子に非ず」とあります。《檀弓》に記す、子夏問う「兄弟の仇に対するは如何」。官を為して彼と国を同じくせず、君命を衔えて相遇えば、斗わず。父母が義を以て殺されて、子が仇を復せざるは、往来に止境なければなり。《春秋》に「父、誅を受けず、子、仇を復するは、可なり」とあります。

誅猶責也。誅其人,責其罪,極其過惡。《春秋》曰:“楚子虔誘蔡侯班,煞之於申。”《傳》曰:“誅君之子不立。”

誅は、責に猶(な)ほごとし。誅はその人を、責はその罪、其の過悪を窮尽す。《春秋》に「楚子虔、蔡侯班を誘い、申に於て之を殺す」とあり、《伝》に「誅せられたる君の子は立たず」とあります。

討者何謂?討猶除也,欲言臣當掃除君之賊。《春秋》曰:“衛人殺州籲於濮。”《傳》曰:“其稱人何?討賊之辭也。”

討とは何の意か。討は除に猶ほごとく、臣は君の賊を掃除すべきを言おうとするなり。《春秋》に「衛人、濮に於て州吁を殺す」とあり、《伝》に「『人』と称するは何ぞや。賊を討つの辞なり」とあります。

伐者何謂伐擊也,欲言伐擊之也。《尚書》曰:“武王伐紂。”

伐とは何の意か。伐はすなわち撃、彼を伐撃するを言おうとするなり。《尚書》に「武王、紂を伐つ」とあります。

徵者何謂也?徵猶正也,欲言其正也,輕重從辭也。誕以爾東征。誅祿甫也。又曰:“甲戌,我惟徵徐戎。”

征とは何の意か。征は正に猶ほごとく、彼を正すを言おうとするなり、軽重は文辞に随う。「誕に爾を以て東征す」は、禄甫を誅するなり。また曰く「甲戌、我、惟れ徐戎を征す」。

戰者何謂也?《尚書大傳》曰:“戰者,憚警之也。”《春秋讖》曰:“戰者,延改也。”

戦とは何の意か。《尚書大伝》に「戦は、彼を惮警せしむ」とあり、《春秋谶》に「戦は、延改なり」とあります。

弒者試也,欲言臣子殺其君父不敢卒,候間司事,可稍稍弒之。《易》曰:“臣弒其君,子弒其父,非一朝一夕之故也。”

弑は、試の意で、臣子が其の君父を殺すに敢えて猝然とせず、間隙を候い事情を窺伺し、漸く彼を弑すべきを言おうとするなり。《易》に「臣、其の君を弑し、子、其の父を弑するは、一朝一夕の故に非ず」とあります。

篡者何謂也?篡猶奪也,取也,欲言庶奪嫡,孽奪宗,引奪取其位。《春秋傳》曰:“其言入何?篡詞也。”

篡とは何の意か。篡は奪に猶ほごとく、取なり、庶が嫡を奪い孽が宗を奪い、援引して其の位を奪取するを言おうとするなり。《春秋伝》に「『入』と曰うは何ぞや。篡の詞なり」とあります。

襲者何謂也?行不假途,掩人不備也。《春秋傳》曰:“其謂之秦何?夷狄之也。曷為夷狄之?秦伯將襲鄭。”入國掩人不備,行不假途,人銜枚,馬韁勒,晝伏夜行,為襲也。諸侯家國,入人家,宜告主人,所以尊敬、防併兼也。《春秋傳》曰:“桓公假途於陳而伐楚。”《禮》曰:“使次介先假途,用束帛。”即如是,諸侯賣王者道,禮無往不反,非謂所賣者也。將入人國,先使大夫執幣假道,主人亦遣大夫迎於郊,為賓主,設禮而待之,是其相尊敬也。防併兼奈何?諸侯之行,必有師旅,恐掩人不備,士卒斂取恆遲,先假途則預備之矣。

襲とは何の意か。路を行くに道を借らず、人の備えなきを趁るなり。《春秋伝》に「彼を秦と称するは何ぞや。彼を夷狄と視るなり。何ぞ夷狄と視るや。秦伯、将に鄭を襲わんとす」とあります。人の国に入り、人の備えなきを趁り、路を行くに道を借らず、人は枚を衔み馬は轡を勒し、昼伏し夜行すれば、すなわち襲なり。諸侯に家国安り、人家に入るには、主人に告ぐべきなり。尊敬し兼并を防ぐためなり。《春秋伝》に「桓公、陳に道を借りて楚を伐たんとす」とあり、《礼》に「次介をして先に道を借らしめ、束帛を以てす」とあります。若しこの如くならば、諸侯は王者の道路を出売するに、礼は往きて返らざるなく、売る所を言うに非ず。将に人の国に入らんとするに、先に大夫を遣わし币を持たせて道を借らしめ、主人もまた大夫を遣わし郊に至りて迎え、賓主を為し礼を設けて待つは、互いに尊敬するなり。兼并を防ぐは又如何。諸侯が出行すれば必ず師旅あり、人の備えなきを趁るを恐れ、士卒収斂し行動往往遅緩なれば、先に道を借るは預め防ぐなり。

○諫諍

○諫諍

冬至,所以休兵不舉事。閉開旅不行何,此日陽氣微弱。王者承天理物,故率天下靜,不復行役,扶助微氣成萬物也。故孝經糹曰:“夏至陰氣始動。冬至陽氣始萌。”易曰:先王以至日閉開。旅不行。夏至陰始起。反大熱何。陰氣始起,陽氣推而上。故大熱也。冬至陽始起陰氣推而上。故大寒也。

冬至が兵を休め事を挙办せず「(底本の此字は生僻字)」旅を閉じて行かせざる所以はなぜでしょうか。この日は陽気微弱なるが故なり。王者は天を承けて万物を治るので、天下を率いて安静にし、再び役を行わず、微気を扶助して万物を成就す。故に《孝経》「(底本の此字は生僻字)」に曰く「夏至、陰気始めて発動し、冬至、陽気始めて萌生す」とあります。《易》に曰く、先王は至日に関を閉ず。「(底本の此字は生僻字)」旅は行かず。夏至に陰始めて興るに、反って大熱なるは何ぞや。陰気始めて興り、陽気推して上る、故に大熱なり。冬至に陽始めて興り、陰気推して上る、故に大寒なり。

臣所以有諫君之義何?盡忠納誠也。愛之能無勞乎?忠焉能無誨乎?《孝經》曰:“天子有諍臣七人,雖無道,不失其天下;諸侯有諍臣五人,雖無道,不失其國;大夫有諍臣三人,雖無道,不失其家;士有諍友,則身不離於令名;父有諍子,則身不陷於不義。”

臣に君を諫むる義ある所以はなぜでしょうか。忠を尽くし誠を納るるためなり。彼を愛して労苦せざるべけんや。彼に忠して教誨せざるべけんや。《孝経》に「天子に諍臣七人あれば、道なしといえども、天下を失わず。諸侯に諍臣五人あれば、道なしといえども、国を失わず。大夫に諍臣三人あれば、道なしといえども、家を失わず。士に諍友あれば、則ち身は好名を離れず。父に諍子あれば、則ち身は不義に陥らず」とあります。

天子置左輔、右弼、前疑、後承,以順。左輔主修政,剌不法。右弼主糾,周言失傾。前疑主糾度,定德經。後承主匡正,常考變天。四弼興道,率主行仁。夫陽變於七,以三成,故建三公,序四諍,列七人,雖無道,不失天下,杖闢賢也。

天子は左輔・右弼・前疑・後承を設置し、順従するに用います。左輔は修政を主管し、不法を刺挙す。右弼は糾察を主管し、言辞の失誤・傾側を周遍す。前疑は糾度を主管し、徳の経常を勘定す。後承は匡正を主管し、常に天の変化を考す。四弼は道を興し、主上を率いて仁を施行せしむ。陽は七上に変化し、三を以て之を成す。故に三公を建立し、四諍を序列し、七人を排列す。道なしといえども天下を失わざるは、賢人を辟挙するに依仗すればなり。

諸侯諍,不從得去何?以屈尊申卑,孤惡君也。去曰:“某質性頑鈍。”言愚不任用,請退避賢。如是之是待以禮,臣待放;如不以禮待,遂去。君待之以禮奈何?曰:“予熟思夫子言,未得其道。今子不且留,聖王之制,無塞賢之路,夫子欲何之?”則遣大夫送至於郊。

諸侯が諍諫して聴従せざれば去ること能くするはなぜでしょうか。尊を屈折し卑を伸張して、悪君を孤立せしむるに用いるためなり。去る時に曰く「某は質性頑鈍」と。愚笨にして任用せられずと言い、退避して賢人に譲らんことを請う。此の如くなれば、則ち礼を以て相待し、臣は放遣を待つ。若し礼を以て相待せざれば、則ち径自に去る。君が礼を以て相待するは如何。曰く「我は夫子の言を熟思すれども、未だ其の道を得ず。今、汝暫く留まらざれば、聖王の制度は賢人の路を塞がず、夫子は何れの処にか之かん」と。すなわち大夫を遣わして郊に至りて送らしむ。

必三諫者何?以為得君臣之義,必得於郊者,忠厚之至也,冀君覺悟能用之。所以必三年,古者臣下有大喪,君子年不呼其門,所以復君恩。今己所言,不合於禮義,君欲罪之,可得也。《援神契》曰:“三諫待放,復三年,盡也。”所以言放者,臣為君諱,若言有罪放之也。

必ず三度進諫するのはなぜでしょうか。これによって君臣の義を得ると考えるからです。必ず郊で待つのは、忠厚が極まって、君が覚悟してなお彼を用いることを願うからです。だから必ず三年です。古は臣下に大喪あれば、君子は年を整えてその門を叫ばず、君恩に報いるに用いました。今や自ら言うところが礼義に合わず、君が罪を加えるのも可なり。《援神契》に「三諫して放遣を待ち、さらに三年を過ごして「(底本の此字は生僻字)」「(底本の此字は生僻字)」を尽くす」とあります。「放」と言う所以は、臣が君のために諱を避け、あたかも罪あって彼を放つと言うがごときです。

所諫事已行者,遂去不留。凡待放者,冀君用其言耳,事已行,各去無為留之。《易》曰:“介如石,不終日,貞吉。”《論語》曰:“三日不朝,孔子行。”

諫めた事がすでに行われれば、去って留まりません。およそ放遣を待つ者は、ただ君がその言を用いることを希望するのみ。事すでに行われれば、各々去りて、留まる理はありません。《易》に「石の如く耿介にして、日を終ざるを待たず、貞正なれば吉」とあり、《論語》に「三日朝せざれば、孔子行きぬ」とあります。

臣待於郊者,君絕其祿者,示不欲去也,道不合耳。祿參三與之,一留與其妻、長子,使終祭宗廟。賜之環則反,賜之則去,明君子重恥也。《王度記》曰:反之以,其不待放者,亦與之物。明有介主無介民也。”《詩》曰:“逝將去汝,適彼樂土。”

臣が郊に在りて待つに、君がその禄を断絶するは、彼を去らしめたく思わず、ただ道合わざるのみを表します。禄を三份に分かちて彼に与え、一份は妻子・長子に留め、彼をして宗廟を終祭せしめます。彼に環を賜えば即ち返り、「(底本の此字は生僻字)」を賜えば即ち去るは、君子が恥を重んずることを表明します。《王度記》に「(底本の此字は生僻字)」を用いて彼を返らしむとあります。それ放遣を待たざる者にも、物を与えます。耿介の主ありて耿介の民なきを表明します。《詩経》に「逝きて将に汝を去らん、彼の楽土に適かん」とあります。

或曰:天子之臣,不得言放。天子以天下為家也。親屬諫不待放者,骨肉無相去離之義也。《春秋傳》曰:“司馬皮曰:‘請處乎此,臣請歸。”子皮者,楚公子也,時不待放。

ある人曰く、天子の臣は「放」と言うべからず。天子は天下を以て家と為すなり。親属が進諫して放遣を待たざるは、骨肉は互相去の義なければなり。《春秋伝》に「司馬皮曰く『請う、ここに処らん、臣は請う帰らん』」とあります。子皮は楚の公子で、当時放遣を待たざりき。

士不得諫者,士賤,不得豫政事,故不得諫也。謀及之,得固盡其忠耳。《禮?保傅》曰:“大夫進諫,士傳民語。”

士は進諫すること能わず。士は賤しく政事に参預すること能わざれば、故に諫むること能わず。謀を彼に問えば、則ちその忠を尽くすべきのみ。《礼・保傅》に「大夫は進諫し、士は民の言を伝述す」とあります。

妻得諫夫者,夫婦榮恥共之。《詩》云:“相鼠有體,人而無禮。人而無禮。胡不遄死?”此妻諫夫之詩也,諫不從不得去之者,本娶妻,非為諫正也,故一與齊,終身不改。此地無去夫之義也。

妻は夫を諫むること能く、夫婦は栄辱を共に承当すればなり。《詩経》に「相鼠に体あり、人にして礼なし。人にして礼ならざれば、胡ぞ遄く死せざる」とあるは、妻が夫を諫むる詩なり。諫めて従わざれば去ること能わず。もともと妻を娶るは諫正のためではなく、故に一旦彼と斉体すれば、終身改めず。これは地に夫を離るるの義なきなり。

子諫父,不去者,父子一體而分,無相離之法,猶火去木而滅也。《論語》:“事父母,幾諫。”下言:“又敬不違。”臣之諫君何取法?法金正木也。子之諫父,法火以揉木也。臣諫君以義,故折正之也。子諫父以恩,故但揉之也,木無毀傷也。待放去,取法於水火,無金則相離也。

子が父を諫むるに去らざるは、父子は一体にして分かるるのみ、互相離の法なし。たとえば火が木を離れれば滅するがごとし。《論語》に「父母に事えんには、幾諫せよ」とあり、下に曰く「また敬して違わず」。臣が君を諫むるは何に法るか。金が木を矯正するに法る。子が父を諫むるは、火に法りて木を揉む。臣は義を以て君を諫む、故に折りて彼を矯正す。子は恩を以て父を諫む、故にただ彼を揉むのみ、木に毀傷なし。放遣を待ちて去るは、水火に法るなり。金なければ互相離なり。

諫者何?諫間也,因也,更也,是非相間革更其行也。人懷五常,故有五諫:謂諷諫。順諫,窺諫,指諫,伯諫。諷諫者,智也,患禍之萌,深睹其事,未彰而諷告,此智性也。順諫者,仁也,出詞遜順,不逆君心,仁之性也。窺諫者,禮也,視君顏色,不悅且卻,悅則復前,以禮進退,此禮之性也。指諫者,信也,指質相其事也,此信之性也。伯諫者,義也,惻隱發於中,直言國之害,勵志忘生,為君不避喪身,義之性也。孔子曰:“諫有五,吾從諷之諫。事君,進思盡忠,退思補過,去而不訕,諫而不露。”故《曲禮》曰:“為人臣不顯者。”纖微未見於外,如詩所刺也。若過惡已著,民蒙毒螫,天見災變,事白異露,作詩以刺之,幸其覺悟也。

諫とは何か。諫は間なり、因なり、更なり、是は非互相間隔し、変革して彼の行を更改す。人は五常を懐く、故に五諫あり。諷諫・順諫・窺諫・指諫・伯諫と曰う。諷諫は智なり。禍患が萌生するに、深くその事を看清し、未だ彰明ならざるに諷告す、これ智の性なり。順諫は仁なり。詞を出だして遜順にして、君心に逆らわず、是れ仁の性なり。窺諫は礼なり。君の顔色を見て、悦ばざれば暫く退き、悦べば再び前に進み、礼を以て進退す、これ礼の性なり。指諫は信なり。質実を指して以てその事を明す、これ信の性なり。伯諫は義なり。惻隠が中より発し、直ちに国家の害を言い、志を励まして生を忘れ、君のために身を喪するを避けず、是れ義の性なり。孔子曰く「諫に五あり、我は諷諫に従う。君に事えるは、進めば則ち忠を尽くさんことを思い、退けば則ち過を補わんことを思い、離れて訕謗せず、進諫して顕露せず」と。故に《曲礼》に「人臣を為るは顕揚せず」とあります。纖微未だ外に顕現せざれば、詩の諷する所の如し。若し過悪すでに顕著にして、民が荼毒を蒙り、天が災変を顕現し、事明白にして変異顕露なれば、詩を作りて以て諷し、彼が覚悟せんことを希望す。

明王所以立諫諍者,皆為重民而求已失也。《禮?保傅》曰:“於是立進善之旌,懸誹謗之木,建招諫之鼓。”王法立史記事者,以為臣下之儀樣,人之所取法則也。動則當應禮,是以必有記過之史,撤膳之宰。《禮?玉藻》曰:“動則左史書之,言則右史書之。”《禮?保傅》曰:“王失度,則史書之,工誦之,三公進讀之,宰夫撤其膳。是以天子不得為非。故史之義,不書則死,宰不撤膳亦死。

明王が諫諍を設立する所以は、皆民を重んじ己の過を求むるがためなり。《礼・保傅》に「是に於て善を進むるの旌を樹立し、誹謗の木を懸挂し、諫を招くの鼓を建起す」とあります。王法は史を立てて事を記し、臣下の儀範と為すは、人の取法する所なり。挙動すれば則ち礼に応ずべきなり、故に必ず過を記する史・膳を撤する宰あり。《礼・玉藻》に「挙動あれば左史これを書き、言語あれば右史これを書く」とあり、《礼・保傅》に「王が度を失えば、則ち史これを書き、楽工これを誦読し、三公これを進読し、宰夫その膳を撤去す。これを以て天子は非を為すこと能わず。故に史の義は、書かざれば死し、宰が膳を撤せざればまた死す」とあります。

所以謂之史何?明王者使為之也。謂之宰何?宰,制也,使製法度也。宰所以撤膳何?陰陽不調,五穀不熟,故王者為不盡味而食之。《禮》曰:“一谷不升,不備雞;二谷不升,不備三牲。人臣之義,當掩惡揚美,所以記君過何,各有所緣也。掩惡者,謂廣德宣禮之臣。

史と呼ぶ所以はなぜでしょうか。王者が彼をして為さしむるを表明します。宰と呼ぶはなぜでしょうか。宰は制なり、彼をして法度を制定せしむ。宰が膳を撤する所以はなぜでしょうか。陰陽調わず五穀熟せざれば、故に王者は味を尽くさずして食う。《礼》に「一種の穀登らざれば、鶏「(底本の此字は生僻字)」を備えず、二種の穀登らざれば、三牲を備えず」とあります。人臣の義は、悪を掩い美を揚ぐべきなのに、故に君の過を記録するはなぜでしょうか。各々縁る所有り。悪を掩うと言うは、徳を広め礼を宣ぶるの臣を言うなり。

所以為君隱惡何?君至尊,故設輔弼、置諫官,本不當有遺失。故《論語》曰:“陳司敗問昭公知禮乎?孔子曰:‘知禮’。”此為君隱也。

君のために悪を隠瞞する所以はなぜでしょうか。君は最も尊し、故に輔弼を設置し諫官を安置す、もともと遺失あるべからず。故に《論語》に「陳の司敗、昭公は礼を知るやと問う。孔子曰く『礼を知る』」とあるは、君のために隠すなり。

君所以不為臣隱何?以為君之與臣無適無莫,義之與比,賞一善而眾臣勸,罰一惡而眾臣懼。若為卑隱,為不可殆也。故《尚書》曰:“必力賞罰,以定厥功。”

君が臣のために隱瞞せざる所以はなぜでしょうか。君の臣に対しては親疏偏私なしと考え、義は之と比す。善一を賞せば衆臣勉励し、悪一を罰すれば衆臣懼怕す。若し卑下のために隱すれば、則ち危険にして不可なり。故に《尚書》に「必ず力を用いて賞罰し、以て其の功を定めよ」とあります。

諸侯臣對天子,亦為隱乎?然。本諸侯之臣,今來者,為聘問天子無恙,非為告君之惡來也。故《孝經》曰:“將順其美,匡救其惡,故上下治,能相親也。”

諸侯の臣が天子に対して、また替わりて隱すや。然り。もともと諸侯の臣なり、今や前來するは、天子に聘問して无恙ならんがため、君の悪を告げんがために來るに非ず。故に《孝経》に「其の美を将順し、其の悪を匡救す。故に上下治まり、能く相親しむ」とあります。

君不為臣隱,父獨為子隱何?以為父子一體,而分榮恥相及,故《論語》曰:“父為子隱,子為父隱,直在其中矣。”

君は臣のために隱さず、父は独り子のために隱すはなぜでしょうか。父子一体にして、分かれたる後も栄辱は互相牽連す、と考えるなり。故に《論語》に「父は子のために隠し、子は父のために隠す、直は其の中に在り」とあります。

兄弟相為隱乎?曰:然,與父子同義,故周公誅四國,常以祿甫為主也。

兄弟は互相隱すや。曰く、然り、父子と義を同じくす。故に周公が四国を誅するに、常に禄甫を以て主と為す。

朋友相為隱者,人本接朋結友,為欲立身揚名也。朋友之道有四焉,通財不在其中,近則正之,遠則稱之,樂則思之,患則死之。

朋友が互相隱すは、人はもともと朋友を交接するは、身を立て名を揚げんと欲すればなり。朋友の道に四条あり、財を通ずるは其の中に在らず。近ければ則ち彼を矯正し、遠ければ則ち彼を称揚し、楽しければ則ち彼を思念し、患難あれば則ち彼のために死す。

夫妻相為隱乎?《傳》曰:“曾去妻,藜蒸不熟。問曰:‘婦有七出,不蒸亦預乎?’曰:‘吾聞之也,絕交令可友,棄妻令可嫁也。黎蒸不熟而已。何問其故?”此為隱之也。

夫妻は互相隱すや。《伝》に「曾子が妻を休す、藜蒸熟せず。問う『婦に七出あり、蒸せざるもまた其の中に在るや』。曰く『我聞く、交を絶つは還た朋友と為すべく、妻を棄つは還た嫁すべしと。ただ藜蒸の熟せざるのみ、何ぞ必ずしも緑故を問わん』」とあるは、彼女のために隱すなり。

○鄉射

○郷射

天所以以親射何?助陽氣達萬物也。春氣微弱,恐物有窒塞,不能自達者。夫射,自內發外,貫堅入剛,象物之生,故以射達之也。

天が親射を以てする所以はなぜでしょうか。陽気を助けて万物を通達せしむるためなり。春気微弱にして、物に窒塞あり自ら通達すること能わざるを恐る。射は、内より発して外に至り、堅硬を貫穿し剛強に入る、物の生長に象る。故に射を以て之を通達す。

《含文嘉》曰:“天子射熊。諸侯射麋,大夫射虎、豹,士射鹿、豕。”

《含文嘉》に「天子は熊を射、諸侯は麋を射、大夫は虎・豹を射、士は鹿・豕を射つ」とあります。

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