Libo

強國篇第十六

战国 · 荀况 · 第7巻 / 12

曰:若是,則必不得所求焉。凡人之鬥也,必以其惡之為說,非以其辱之為故也。今俳優、侏儒、狎徒詈侮而不鬥者,是豈鉅知見侮之為不辱哉。然而不鬥者,不惡故也。今人或入其央瀆,竊其豬彘,則援劍戟而逐之,不避死傷。是豈以喪豬為辱也哉!然而不憚鬥者,惡之故也。雖以見侮為辱也,不惡則不鬥;雖知見侮為不辱,惡之則必鬥。然則鬥與不鬥邪,亡於辱之與不辱也,乃在於惡之與不惡也。夫今子宋子不能解人之惡侮,而務說人以勿辱也,豈不過甚矣哉!金舌弊口,猶將無益也。不知其無益,則不知;知其無益也,直以欺人,則不仁。不仁不知,辱莫大焉。將以為有益於人,則與無益於人也,則得大辱而退耳!說莫病是矣。

曰く、これのごとくなれば、則ち必ず求むる所を得ざらん。およそ人の争鬥は、必ずあの惡を以て説法と為して、あの辱を以て故と為すにあらず。如今俳優・侏儒・狎徒は侮を罵るも争鬥せず。これはどうして大大に侮を見るは辱ならざるを知るならんや。然りて争鬥せざるは、惡まざるの故なり。如今人はあの溝瀆に入りて、あの豬を偷えば、則ち劍戟を拿て往���て追逐して、死傷を躲避せず。これ豈に豬を喪失するを以て辱と為さんや。然りて争鬥を怕れざるは、惡の故なり。たとえ侮を見るを以て辱と為すとも、惡まざれば則ち争鬥せず。たとえ侮を見るは辱ならざるを知るとも、惡めば則ち必ず争鬥す。然れば則ち争鬥と不争鬥は、辱と不辱に在らず、即ち惡と不惡に在り。あの如今子宋子は能く人の侮を惡むを解除せずして、而して人をして辱と以為せざるを務求説服す。豈に過分甚だしきにあらざらんや。金舌頭は嘴を磨破しても、將に益処なからん。それの益処なきを知らざれば、則ち不智なり。それの益処なきを知りて、ただ以て人を欺かんとするは、則ち不仁なり。不仁不智は、辱はこれより大きなるなし。將に以て人に有益と為さんとして、却って人に无益なきと同じれば、則ち大辱を得て退去するのみ。説法はこれより病あるなし。

子宋子曰:"見侮不辱。"

子宋子曰く、「侮を見るも辱と以為せず」と。

應之曰:凡議必先立隆正,然後可也。無隆正則是非不分,而辨訟不決,故所聞曰:"天下之大隆,是非之封界,分職名象之所起,王制是也。"故凡言議期命是非,以聖王為師。而聖王之分,榮辱是也。

彼に應対して曰く、およそ議論は必ず先ず隆正を樹立して、然る後に可ならん。隆正なければ則ち是非は分別せずして、而して辯訟は決斷せず。だから聽聞する所に言う、「天下の大隆正、是非の封界、分職名象の興起する所は、王制なり」と。だからおよそ言議期命是非は、聖王を以て老師と為す。而して聖王の分際は、榮辱なり。

是有兩端矣。有義榮者,有埶榮者;有義辱者,有埶辱者。志意修,德行厚,知慮明,是榮之由中出者也,夫是之謂義榮。爵列尊,貢祿厚,形埶勝,上為天子諸侯,下為卿相士大夫,是榮之從外至者也,夫是之謂埶榮。流淫汙僈,犯分亂理,驕暴貪利,是辱之由中出者也,夫是之謂義辱。詈侮捽搏,捶笞臏腳,斬斷枯磔,借靡後縛,是辱之由外至者也,夫是之謂埶辱。是榮辱之兩端也。

これに両端あり。義の榮あり、勢の榮あり。義の辱あり、勢の辱あり。志意修整し、徳行厚く、智慮明らかは、榮の内より出づるなり。これを義榮という。爵列尊く、貢禄厚く、形勢勝りて、上は天子諸侯を為り、下は卿相士大夫を為るは、榮の外より來るなり。これを勢榮という。流淫污漫して、分際に觸犯し理を擾乱し、驕暴貪利するは、辱の内より出づるなり。これを義辱という。侮を罵り捽搏し、捶笞臏脚し、斬斷枯磔し、繩索で反綁するは、辱の外より來るなり。これを勢辱という。これは榮辱の両端なり。

故君子可以有埶辱,而不可以有義辱;小人可以有埶榮,而不可以有義榮。有埶辱無害為堯,有埶榮無害為桀。義榮埶榮,唯君子然後兼有之;義辱埶辱,唯小人然後兼有之。是榮辱之分也。聖王以為法,士大夫以為道,官人以為守,百姓以成俗,萬世不能易也。

だから君子は勢辱有るべくして、而して義辱有るべからず。小人は勢榮有るべくして、而して義榮有るべからず。勢辱有るは尭を為るを妨害せず、勢榮有るは桀を為るを妨害せず。義榮勢榮は、ただ君子のみ然る後に兼有す。義辱勢辱は、ただ小人のみ然る後に兼有す。これは榮辱の分際なり。聖王はこれを以て法と為し、士大夫はこれを以て道と為し、官人はこれを以て持守と為し、百姓はこれを成就して習俗と為す。万世は改變する能わず。

今子宋子則不然,獨詘容為己,慮一朝而改之,說必不行矣。譬之,是猶以磚塗塞江海也,以焦僥而戴太山也,蹎跌碎折,不待頃矣。二三子之善於子宋子者,殆不若止之,將恐得傷其體也。

如今子宋子は却ってこれにあらず、獨自に委曲容納して己を為り、一朝を考慮してこれを改變せんとす。説法は必ず行うべからず。譬えば磚泥を以て江海を堵塞し、焦僥を以て太山を頂くがごとし。跌倒碎折するは、片刻を待たず。二三子の中に子宋子を喜好するは、ほぼ彼を制止するに如かず。將に彼の身身體を傷害を得んことを恐怕す。

子宋子曰:"人之情,欲寡,而皆以己之情,為欲多,是過也。"故率其群徒,辨其談說,明其譬稱,將使人知情之慾寡也。

子宋子曰く、「人の情は、欲望は少なし。然りて皆己の情を以て欲望多しと為す。これは過錯なり」と。だからその群徒を率領して、その談説を辯説し、その譬稱を顯明にして、將に人をして情の欲望は少なるを知らしめんとす。

應之曰:然則亦以人之情為目不欲綦色,耳不欲綦聲,口不欲綦味,鼻不欲綦臭,形不欲綦佚--此五綦者,亦以人之情為不欲乎?

彼に應対して曰く、然れば則ちまた以て人の情は目は極致の色を欲せず、耳は極致の聲を欲せず、口は極致の味を欲せず、鼻は極致の氣味を欲せず、形體は極致の安逸を欲せずと為すか――この五种の極致は、また以て人の情は欲せざると為すか。

曰:"人之情,欲是已。"

曰く、「人の情は、これらを欲す」と。

曰:若是,則說必不行矣。以人之情為欲,此五綦者而不欲多,譬之,是猶以人之情為欲富貴而不欲貨也,好美而惡西施也。古之人為之不然。以人之情為欲多而不欲寡,故賞以富厚而罰以殺損也。是百王之所同也。故上賢祿天下,次賢祿一國,下賢祿田邑,願愨之民完衣食。今子宋子以是之情為欲寡而不欲多也,然則先王以人之所不欲者賞,而以人之慾者罰邪?亂莫大焉。今子宋子嚴然而好說,聚人徒,立師學,成文典,然而說不免於以至治為至亂也,豈不過甚矣哉!

曰く、これのごとくなれば、則ち説法は必ず行うべからず。以て人の情はこの五种の極致を欲するも而して多を欲せざると為すは、譬えば以て人の情は富貴を欲するも而して貨を欲せず、美を喜好するも而して西施を惡むがごとし。古代の人はこれのためこれにあらず。以て人の情は多を欲して而して少を欲せずと為して、だから富厚を以て賞し、減損を以て罰す。これは百王の相同じき所なり。だから上等賢は禄は天下に及び、次等賢は禄は一国に及び、下等賢は禄は田邑に及び、謹愿端謹の民は衣食を完備す。如今子宋子はこのごとき情を以て少を欲して多を欲せざると為す。然れば則ち先王は欲せざる所を以て賞して、欲する所を以て罰するか。乱はこれより大きなるなし。如今子宋子は儼然として説法を喜好し、人徒を聚集して、師学を設立して、文典を成就す。然りて説法は免れずして至治を以て至乱と為す。豈に過分甚だしきにあらざらんや。

禮論篇第十九

禮起於何也?曰:人生而有欲,欲而不得,則不能無求。求而無度量分界,則不能不爭;爭則亂,亂則窮。先王惡其亂也,故制禮義以分之,以養人之慾,給人之求。使欲必不窮於物,物必不屈於欲。兩者相持而長,是禮之所起也。

礼は何處より興起する。曰く、人は生まれ來れば則ち欲望有り、欲望して得ざれば、則ち求取なかるべからず。求取して度量分界なくんば、則ち争なかるべからず。争えば乱り、乱れば窮す。先王はあの乱を惡みて、だから礼義を制定して以て分別し、以て人の欲望を養い、人の求取を供給す。欲望をして必ず物の上に窮尽せざらしめ、物をして必ず欲望の上に枯竭せざらしむ。両者は互相いに持守して増長す。これは礼の興起する所なり。

故禮者養也。芻豢稻梁,五味調香,所以養口也;椒蘭芬苾,所以養鼻也;雕琢刻鏤,黼黻文章,所以養目也;鐘鼓管磬,琴瑟竽笙,所以養耳也;疏房檖貌,越席床笫几筵,所以養體也。故禮者養也。

だから礼は養なり。肉食稻粱は、五味は調和して芳香なりは、以て口を養うなり。椒蘭芬苾は、以て鼻を養うなり。雕琢刻鏤・黼黻文章は、以て目を養うなり。鐘鼓管磬・琴瑟竽笙は、以て耳を養うなり。疏朗の房屋・深邃の廟貌・蒲席・床笫・几筵は、以て體を養うなり。だから礼は養なり。

君子既得其養,又好其別。曷謂別?曰:貴賤有等,長幼有差,貧富輕重皆有稱者也。故天子大路越席,所以養體也;側載睪芷,所以養鼻也;前有錯衡,所以養目也;和鸞之聲,步中武象,趨中韶護,所以養耳也;龍旗九斿,所以養信也;寢兕持虎,蛟韅、絲末、彌龍,所以養威也;故大路之馬必信至,教順,然後乘之,所以養安也。孰知夫出死要節之所以養生也!孰知夫出費用之所以養財也!孰知夫恭敬辭讓之所以養安也!孰知夫禮義文理之所以養情也!故人苟生之為見,若者必死;苟利之為見,若者必害;苟怠惰偷懦之為安,若者必危;苟情說之為樂,若者必滅。故人一之於禮義,則兩得之矣;一之於情性,則兩喪之矣。故儒者將使人兩得之者也,墨者將使人兩喪之者也,是儒墨之分也。

君子は既に養を得、またあの分別を喜好す。何を分別という。曰く、貴賤に等級あり、長幼に差別あり、貧富輕重は皆相称する有り。だから天子は大路蒲席は、以て體を養うなり。旁に香草を載せるは、以て鼻を養うなり。前に錯衡有るは、以て目を養うなり。和鸞の聲は、慢歩は武象に合し、趨歩は韶護に合すは、以て耳を養うなり。龍旗九斿は、以て信を養うなり。寢兕持虎・蛟韅・絲末・彌龍は、以て威を養うなり。だから大路の馬は必ず訓練して極致し、教て順從せしめて、然る後に乘ずは、以て安を養うなり。誰かあの出死要約節は生を養う所以なるを知らんや。誰かあの費用を支出するは財を養う所以なるを知らんや。誰かあの恭敬辭讓は安を養う所以なるを知らんや。誰かあの礼義文理は情を養う所以なるを知らんや。だから人もし生のみ見れば、このごとく必ず死せん。利のみ見れば、このごとく必ず害せん。怠惰偷懦を以て安と為せば、このごとく必ず危うからん。情欲喜悅を以て楽と為せば、このごとく必ず滅せん。だから人は礼義に専一すれば、則ち両樣は皆得たり。情性に専一すれば、則ち両樣は皆喪失せり。だから儒者は將に人をして両樣を得しめんとし、墨者は將に人をして両樣を喪失せしめんとす。これは儒墨の分際なり。

禮有三本:天地者,生之本也;先祖者,類之本也;君師者,治之本也。無天地,惡生?無先祖,惡出?無君師,惡治?三者偏亡,焉無安人。故禮、上事天,下事地,尊先祖,而隆君師。是禮之三本也。

礼に三個の根本あり――天地は、生の根本なり。先祖は、類の根本なり。君師は、治の根本なり。天地なければ、何處より生ぜん。先祖なければ、何處より出でん。君師なければ、何處より治めん。三者は偏亡して一樣なれば、則ち安定の人なし。だから礼は、上は天に事え、下は地に事え、先祖を尊敬して、而して君師を尊崇す。これは礼の三個の根本なり。

故王者天太祖,諸侯不敢壞,大夫士有常宗,所以別貴始;貴始得之本也。郊止乎天子,而社止於諸侯,道及士大夫,所以別尊者事尊,卑者事卑,宜大者巨,宜小者小也。故有天下者事七世,有一國者事五世,有五乘之地者事三世,有三乘之地者事二世,持手而食者不得立宗廟,所以別積厚,積厚者流澤廣,積薄者流澤狹也。

だから王者は太祖を以て天に配して、諸侯は毁壞を敢えてせず、大夫士は常宗有りは、以て始祖を分别看重す。始祖を看重するは得の根本なり。郊は天子に止まりて、而して社は諸侯に止まり、道祭は士大夫に達するは、以て尊は尊に事え、卑は卑に事え、宜しく大なるは巨大、宜しく小なるは小と分別す。だから天下有るは七世に事え、一国を有するは五世に事え、五乘の地有るは三世に事え、三乘の地有るは二世に事え、手に凭て飯を喫するは宗廟を立つるを得ずは、以て積の厚を分別す。積厚は流澤廣く、積薄は流澤狹し。

大饗,尚玄尊,俎生魚,先大羹,貴食飲之本也。饗,尚玄尊而用酒醴,先黍稷而飯稻粱。祭,齊大羹而飽庶羞,貴本而親用也。貴本之謂文,親用之謂理,兩者合而成文,以歸大一,夫是之謂大隆。故尊之尚玄酒也,俎之尚生魚也,豆之先大羹也,一也。利爵之不醮也,成事之俎不嘗也,三臭之不食也,一也。大昏之未發齊也,太廟之未入屍也,始卒之未小斂也,一也。大路之素未集也,郊之麻絻也,喪服之先散麻也,一也。三年之喪,哭之不反也,清廟之歌,一唱而三嘆也,縣一鍾,尚拊膈,朱弦而通越也,一也。

大饗は、玄酒尊を崇尚し、俎上に生魚を放ち、先ず大羹を上るは、食飲の根本を看重するなり。饗は、玄酒尊を崇尚して而して酒醴を用い、先ず黍稷して然る後に飯稻粱を食す。祭は、大羹を進上して庶羞を飽せしむるは、根本を看重して而して用に親しむなり。根本を看重するを文といい、用に親しむを理といい、両者は會合して文を成就して、以て太一に歸向す。これを大隆という。だから尊は玄酒を崇尚し、俎は生魚を崇尚し、豆は先ず大羹を上るは、一事なり。利爵は飲み尽くさず、事を成す俎は嘗せず、三たび食を獻して食わざるは、一事なり。大昏はいまだ齊を發せず、太廟はいまだ尸を入れず、始卒はいまだ小斂せざるは、一事なり。大路の素はいまだ聚集せず、郊の麻冕は、喪服は先ず散麻するは、一事なり。三年の喪は、哭聲は曲折せず、清廟の歌は、一人唱して三人嘆き、一口の鐘を懸挂して、拊膈を崇尚し、朱弦して通越するは、一事なり。

凡禮,始乎梲,成乎文,終乎悅校。故至備,情文俱盡;其次,情文代勝;其下復情以歸大一也。天地以合,日月以明,四時以序,星辰以行,江河以流,萬物以昌,好惡以節,喜怒以當,以為下則順,以為上則明,萬變不亂,貳之則喪也。禮豈不至矣哉!立隆以為極,而天下莫之能損益也。本末相順,終始相應,至文以有別,至察以有說,天下從之者治,不從者亂,從之者安,不從者危,從之者存,不從者亡,小人不能測也。

およそ礼は、簡略に始めて、文に成就して、悅校に終結す。だから至備は、情と文は皆窮尽す。その次は、情と文は更迭して勝つ。その下は情に回复して以て太一に歸向す。天地はこれに因って合し、日月はこれに因って明らかに、四時はこれに因って序あり、星辰はこれに因って運行し、江河はこれに因って流れ、万物はこれに因って昌盛し、好惡はこれに因って節あり、喜怒はこれに因って恰当なり。以て下と為れば則ち順い、以て上と為れば則ち明らかに、万變して乱れず、二心すれば則ち喪失す。礼は豈に至極ならざらんや。隆盛を樹立して以て極致と為して、而して天下は能くこれを増減するなし。本末は相順い、終始は相應じ、至文は因って分別有り、至察は因って解説有り。天下はその治に從い、從わざるは乱り、從うは安んじ、從わざるは危うく、從うは存し、從わざるは亡ぶ。小人は測量する能わず。

禮之理誠深矣,"堅白""同異"之察入焉而溺;其理誠大矣,擅作典制闢陋之說入焉而喪;其理誠高矣,暴慢恣孳輕俗以為高之屬入焉而隊。故繩墨誠陳矣,則不可欺以曲直;衡誠縣矣,則不可欺以輕重;規矩誠設矣,則不可欺以方圓;君子審於禮,則不可欺以詐偽。故繩者,直之至;衡者,平之至;規矩者,方圓之至;禮者,人道之極也。然而不法禮,不足禮,謂之無方之民;法禮,足禮,謂之有方之士。禮之中焉能思索,謂之能慮;禮之中焉能勿易,謂之能固。能慮、能固,加好者焉,斯聖人矣。故天者,高之極也;地者,下之極也;無窮者,廣之極也;聖人者,人道之極也。故學者,固學為聖人也,非特學無方之民也。

礼の理は確かに深し。「堅白」「同異」の察辨は入りて沈溺す。その理は確かに大なり。擅自に典制を制作し、僻陋の説法は入りて喪失す。その理は確かに高し。暴慢恣肆して、世俗を輕視するを以て高き一類と為すは入りて墜落す。だから繩墨は確かに陳設せば、則ち以て曲直に欺くべからず。衡は確かに懸挂せば、則ち以て輕重に欺くべからず。規矩は確かに設置せば、則ち以て方圓に欺くべからず。君子は礼に審察すれば、則ち以て詐僞に欺くべからず。だから繩は、直の極致。衡は、平の極致。規矩は、方圓の極致。礼は、人道の極致なり。然りて礼に取法せず、礼に足らざるは、これを方向なきの民という。礼に取法し、礼に足れるは、これを方向あるの士という。礼の中に能く思索するは、これを能慮という。礼の中に能く改變せざるは、これを能固という。能慮・能固して、喜好を加うれば、これ即ち聖人なり。だから天は、高の極致。地は、下の極致。無窮は、廣の極致。聖人は、人道の極致なり。だから学ぶ者は、本來は聖人を為るを学ぶにして、並びにただ方向なきの民を為るを学ぶにあらず。

禮者,以財物為用,以貴賤為文,以多少為異,以隆殺為要。文理繁,情用省,是禮之隆也。文理省,情用繁,是禮之殺也。文理情用相為內外表墨,並行而雜,是禮之中流也。故君子上致其隆,下盡其殺,而中處其中。步驟馳騁厲鶩不外是矣。是君子之壇宇宮廷也。人有是,士君子也;外是,民也;於是其中焉,方皇周挾,曲得其次序,是聖人也。故厚者,禮之積也;大者,禮之廣也;高者,禮之隆也;明者,禮之盡也。詩曰:"禮儀卒度,笑語卒獲。"此之謂也。

礼は、財物を以て用と為し、貴賤を以て文と為し、多少を以て差異と為し、隆殺を以て要約と為す。文理繁くして、情用省なるは、礼の隆なり。文理省にして、情用繁なるは、礼の殺なり。文理情用は互相いに内外表裏と為して、併行して交錯するは、礼の中流なり。だから君子は上に對してその隆を致し、下に對してその殺を尽くして、而して中間に在りて中に處す。歩驟馳騁疾馳はこれを超出せず。これは君子の壇宇宮廷なり。人はこれ有れば、これは士君子なり。これの外に在れば、これは民なり。これの中間に在りて、廣大周遍して、曲折はその次序を得るは、聖人なり。だから厚は、礼の積累なり。大は、礼の廣なり。高は、礼の隆なり。明は、礼の窮尽なり。『詩経・小雅・楚茨』に言う。「礼儀は尽く度に合し、笑語は尽く宜を得し」と。これを言うのである。

禮者,謹於治生死者也。生、人之始也,死、人之終也,終始俱善,人道畢矣。故君子敬始而慎終,終始如一,是君子之道,禮義之文也。夫厚其生而薄其死,是敬其有知,而慢其無知也,是奸人之道而倍叛之心也。君子以倍叛之心接臧谷,猶且羞之,而況以事其所隆親乎!故死之為道也,一而不可得再復也,臣之所以致重其君,子之所以致重其親,於是盡矣。故事生不忠厚,不敬文,謂之野;送死不忠厚,不敬文,謂之瘠。君子賤野而羞瘠,故天子棺槨七重,諸侯五重,大夫三重,士再重。然後皆有衣衾多少厚薄之數,皆有翣菨文章之等,以敬飾之,使生死終始若一;一足以為人願,是先王之道,忠臣孝子之極也。天子之喪動四海,屬諸侯;諸侯之喪動通國,屬大夫;大夫之喪動一國,屬修士;修士之喪動一鄉,屬朋友;庶人之喪合族黨,動州里;刑餘罪人之喪,不得合族黨,獨屬妻子,棺槨三寸,衣衾三領,不得飾棺,不得晝行,以昏殣,凡緣而往埋之,反無哭泣之節,無衰麻之服,無親疏月數之等,各反其平,各復其始,已葬埋,若無喪者而止,夫是之謂至辱。

礼は、謹慎に生死を治理するなり。生は、人の開始。死は、人の終結なり。終始皆善ければ、人道は完備せり。だから君子は開始を敬して終結を慎みて、終始は一回事のごとし。これは君子の道にして、礼義の文なり。あの生を看重して死を看輕するは、彼の知あるを敬して、而して彼の知なきを怠慢す。これは奸人の道にして背叛の心なり。君子は背叛の心を以て奴僕孩童に接待するも、尚お以て羞と為す。況んや以て尊崇する所の親に事えるをや。だから死を以て道と為すは、一度にして再び得べからず。臣の極尽にその君を看重する所以、子の極尽にその親を看重する所以は、ここに窮尽す。だから生に事えて忠厚ならず、敬文ならざるは、これを野という。死を送りて忠厚ならず、敬文ならざるは、これを瘠という。君子は野を賤視して瘠を羞とする。だから天子は棺椁七重、諸侯五重、大夫三重、士兩重なり。然る後に皆衣衾多少厚薄の数有り、皆翣菨文章の等次有りて、以て敬飾して、生死終始をして一樣のごとくせしむ。一樣は以て人の願望を為すに足る。これは先王の道にして、忠臣孝子の極致なり。天子の喪は四海を震動して、諸侯に連屬す。諸侯の喪は通国を震動して、大夫に連屬す。大夫の喪は一国を震動して、修士に連屬す。修士の喪は一鄕を震動して、朋友に連屬す。庶人の喪は族黨を會合して、州里を震動す。刑余罪人の喪は、族黨を會合するを得ず、ただ妻子に連屬し、棺椁は三寸、衣衾は三領にして、棺を文飾するを得ず、白天に行走するを得ず、黄昏に埋葬して、平常の衣服を以て往きて埋め、返回して哭泣の節なく、衰麻の服なく、親疎月数の等次なく、各自平常に返回して、各自起初に回复して、已に葬埋せば、喪なきの人のごとくして止まる。これを至辱という。

禮者,謹于吉兇不相厭者也。紸纊聽息之時,則夫忠臣孝子亦知其閔矣,然而殯斂之具,未有求也;垂涕恐懼,然而幸生之心未已,持生之事未輟也。卒矣,然後作具之。故雖備家必踰日然後能殯,三日而成服。然後告遠者出矣,備物者作矣。故殯久不過七十日,速不損五十日。是何也?曰:遠者可以至矣,百求可以得矣,百事可以成矣;其忠至矣,其節大矣,其文備矣。然後月朝卜日,月夕卜宅,然後葬也。當是時也,其義止,誰得行之?其義行,誰得止之?故三月之葬,其貌以生設飾死者也,殆非直留死者以安生也,是致隆思慕之義也。

礼は、謹慎に吉凶は相壓せざるなり。絲綿を放ちて氣息を聴くの時は、則ちあの忠臣孝子もまた危殆を知る。然りて殯斂の器具は、いまだ求取せず。淚を垂れて恐懼するも、然りて幸いに生の心はいまだ停止せず、生を持守するの事はいまだ輟まず。死して、然る後に制作具備す。だからたとえ具備の家なりとも必ず日を過して乃ち殯し、三日にして然る後に服を成す。然る後に遠方の人に吿げて出發すれば、物を具備する者は興起す。だから殯は久しくして七十日に超えず、快くして五十日を少くせず。これは何ぞや。曰く、遠き者は以て到るべく、百求は以て得べく、百事は以て成すべし。彼の忠は極致し、彼の節は大にして、彼の文は完備せり。然る後に月初は日期を問卜し、月末は宅兆���問卜して、然る後に葬す。あの時に當りて、あの義は止まるべければ、誰か能く實行せん。あの義は行うべければ、誰か能く止止せん。だから三月の葬は、あの形貌は生の陳設を以て死を文飾するにして、ほぼ並びにただ死者を留りて生者を安定するにあらず、極尽隆盛思慕の義なり。

喪禮之凡,變而飾,動而遠,久而平。故死之為道也,不飾則惡,惡則不哀;尒則翫,翫則厭,厭則忘,忘則不敬。一朝而喪其嚴親,而所以送葬之者,不哀不敬,則嫌於禽獸矣,君子恥之。故變而飾,所以滅惡也;動而遠,所以遂敬也;久而平,所以優生也。

喪礼の大凡は、變化して文飾し、挙動して疎遠にして、久しくして平かなり。だから死を以て道と為すは、文飾せざれば則ち惡しく、惡ければ則ち哀らず。近ければ則ち狎玩して、狎玩すれば則ち厭き、厭ければ則ち忘れ、忘れば則ち敬せず。一個の朝に莊嚴の親を喪失して、而して葬を送る所以は、哀らず敬せざれば、則ち近似して禽獣なり。君子は以て耻と為す。だから變化して文飾するは、以て惡を滅するなり。挙動して疎遠にするは、以て敬を成就するなり。久しくして平かにするは、以て生者を優待するなり。

禮者、斷長續短,損有餘,益不足,達愛敬之文,而滋成行義之美者也。故文飾、麤惡,聲樂、哭泣,恬愉、憂戚;是反也;然而禮兼而用之,時舉而代御。故文飾、聲樂、恬愉,所以持平奉吉也;麤惡、哭泣、憂戚,所以持險奉兇也。故其立文飾也,不至於窕冶;其立麤惡也,不至於瘠棄;其立聲樂、恬愉也,不至於流淫、惰慢;其立哭泣、哀慼也,不至於隘懾傷生,是禮之中流也。

礼は、長を截りて短を補い、有余を減損して、不足を増益して、愛敬の文に達致して、而して義を行うの美を滋養成就するなり。だから文飾と粗惡、声楽と哭泣、恬愉と憂戚は、相反るなり。然りて礼は彼らを兼用して、時に按じて擧起して更迭して駕御す。だから文飾・声楽・恬愉は、以て平を持守し吉を奉事するなり。粗惡・哭泣・憂戚は、以て險を持守し凶を奉事するなり。だからそれの樹立する文飾は、妖冶に至らず。樹立する粗惡は、瘠棄に至らず。樹立する声楽・恬愉は、流淫・惰慢に至らず。樹立する哭泣・哀戚は、狹隘懾懼して生を傷害するに至らず。これは礼の中流なり。

故情貌之變,足以別吉凶,明貴賤親疏之節,期止矣。外是,奸也;雖難,君子賤之。故量食而食之,量要而帶之,相高以毀瘠,是奸人之道,非禮義之文也,非孝子之情也,將以有為者也。故說豫、娩澤,憂戚、萃惡,是吉凶憂愉之情發於顏色者也。歌謠、謷笑、哭泣、諦號,是吉凶憂愉之情發於聲音者也。芻豢、稻梁、酒醴,餰鬻、魚肉、菽藿、酒漿,是吉凶憂愉之情發於食飲者也。卑絻、黼黻、文織,資麤、衰絰、菲繐、菅屨,是吉凶憂愉之情發於衣服者也。疏房、檖貌、越席、床笫、几筵,屬茨、倚廬、席薪、枕塊,是吉凶憂愉之情發於居處者也。兩情者,人生固有端焉。若夫斷之繼之,博之淺之,益之損之,類之盡之,盛之美之,使本末終始,莫不順比,足以為萬世則,則是禮也。非順孰修為之君子,莫之能知也。

だから情貌の變化は、以て吉凶を分別し、貴賤親疎の節を顯明にするに足りて、期望はここに止まる。これの外は奸なり。たとえ難しくとも、君子はこれを賤視す。だから食を量りて吃し、腰を量りて帶を系き、毁瘠を以て高に比すは、奸人の道にして、礼義の文にあらず、孝子の情にあらず。將に為す所有らんとす。だから喜悅豫楽して顔色潤澤と、憂戚・憔悴惡とは、吉凶憂愉の情の顔色に發するなり。歌謡・戲笑・哭泣・啼號は、吉凶憂愉の情の聲音に發するなり。肉食・稻粱・酒醴と、稀粥・魚肉・豆藿・酒漿とは、吉凶憂愉の情の食飲に發するなり。卑冕・黼黻・文織と、粗惡・衰絰・菲繐・菅屨とは、吉凶憂愉の情の衣服に發するなり。疏朗の房屋・深邃の廟貌・蒲席・床笫・几筵と、編茅・倚廬・席薪・枕塊とは、吉凶憂愉の情の居愉の情の居處に發するなり。兩種の情は、人は生まれ來りて本來端緒有り。それを截斷し、それを接續し、それを加廣し、それを減淺し、それを増益し、それを減損し、それを類推し、それを窮尽し、それを盛んにし、それを美にして、本末終始をして順比せざるなからしめ、以て万世の法則と為すに足れば、則ちこれは礼なり。順從精熟して修為する君子にあらざれば、知る能くするなし。

故曰:性者、本始材樸也;偽者、文理隆盛也。無性則偽之無所加,無偽則性不能自美。性偽合,然後成聖人之名,一天下之功於是就也。故曰:天地合而萬物生,陰陽接而變化起,性偽合而天下治。天能生物,不能辨物也,地能載人,不能治人也;宇中萬物生人之屬,待聖人然後分也。詩曰:"懷柔百神,及河喬嶽。"此之謂也。

だから言う、性は、本始の材樸。僞は、文理の隆盛なり。性なければ則ち僞は加うるの地方なし。僞なければ則ち性は能く自ら美ならず。性と僞は會合して、然る後に聖人の名を成就して、天下を統一するの功はここに成就す。だから言う、天地は會合して万物生じ、陰陽は交接して變化興起し、性と僞は會合して天下治まる、と。天は能く物を生ずるも、能く物を辨えず。地は能く人を載するも、能く人を治めず。宇中の万物生の人一類は、聖人を待ちて然る後に分別す。『詩経・周頌・時邁』に言う。「百神を安撫して、河と高山に及ぶ」と。これを言うのである。

喪禮者,以生者飾死者也,大象其生以送其死也。故事死如生,事亡如存,終始一也。始卒,沐浴、鬠體、飯唅,象生執也。不沐則濡櫛三律而止,不浴則濡巾三式而止。充耳而設瑱,飯以生稻,唅以槁骨,反生術矣。設褻衣,襲三稱,縉紳而無鉤帶矣。設掩面儇目,鬠而不冠笄矣。書其名,置於其重,則名不見而柩獨明矣。薦器:則冠有鍪而毋縰,甕廡虛而不實,有簟席而無床笫,木器不成斲,陶器不成物,薄器不成內,笙竽具而不和,琴瑟張而不均,輿藏而馬反,告不用也。具生器以適墓,象徙道也。略而不盡,貌而不功,趨輿而藏之,金革轡靷而不入,明不用也。象徙道,又明不用也,是皆所以重哀也。故生器文而不功,明器貌而不用。凡禮,事生,飾歡也;送死,飾哀也;祭祀,飾敬也;師旅,飾威也。是百王之所同,古今之所一也,未有知其所由來者也。故壙壟、其貌象室屋也;棺槨、其貌象版蓋斯象拂也;無帾絲歶縷翣,其貌以象菲帷幬尉也。抗折,其貌以象槾茨番閼也。故喪禮者,無他焉,明死生之義,送以哀敬,而終周藏也。故葬埋,敬藏其形也;祭祀,敬事其神也;其銘誄繫世,敬傳其名也。事生,飾始也;送死,飾終也;終始具,而孝子之事畢,聖人之道備矣。刻死而附生謂之墨,刻生而附死謂之惑,殺生而送死謂之賊。大象其生以送其死,使死生終始莫不稱宜而好善,是禮義之法式也,儒者是矣。

喪礼は、生者を以て死者を文飾するにして、大略彼の生きているがごとくして彼の死を送るなり。だから死に事えるは生のごとく、亡に事えるは存のごとく、終始は一事なり。剛に死せば、沐浴・束髪・飯含するは、生きて執持する所のごとし。沐せざれば則ち濕梳を以て三下して止め、浴せざれば則ち濕巾を以て三拭して止む。耳を充して瑱を設置し、生稻を以て飯し、貝を以て含ますは、生の方法に違反せり。内衣を設置して、襲は三称して、笏を插して而して鈎帶なし。掩面を設置して目を覆蓋し、髮を束して而して冠笄を加えず。その名を寫して、あの重に放てば、則ち名は見えずして柩は独り顯明なり。明器を進上すれば、則ち冠は頭盔有りて包髪巾なく、瓮庑は空虚して充實せず、簟席有りて床笫なく、木器は砍削を完成せず、陶器は器物を完成せず、薄器は内部を完成せず、笙竽は具備して而して調和せず、琴瑟は張開して而して均平せず、車子は藏して馬は返回すは、用いざるを吿ぐるなり。生器を具備して墓に送るは、遷徙の道路のごとし。簡略して窮尽せず、形貌有りて功用を求めず、車子を趕りてそれを藏し、金革轡靷は進入せざるは、用いざるを表明す。遷徙の道路のごとくして、また用いざるを表明するは、これら皆以て哀を加重するなり。だから生器は文有りて功用を求めず、明器は形貌有りて用いず。およそ礼は、生に事えるは、歡を文飾するなり。死を送るは、哀を文飾するなり。祭祀は、敬を文飾するなり。師旅は、威を文飾するなり。これは百王の相同じき、古今の斉一する所にして、未だ嘗てそれの何處より來るを知るなし。だから墳壟は、その形貌は室屋のごとし。棺椁は、その形貌は版蓋と屏障のごとし。無帾絲縷翣は、その形貌は以て菲帷帳尉に似す。抗折は、その形貌は以て涂茨藩籬に似す。だから喪礼は、別れなく、死生の義を顯明にして、哀敬を以て送りて、而して周遍に埋藏に終わるなり。だから葬埋は、あの形を敬藏するなり。祭祀は、あの神を敬事するなり。あの銘誄系世は、あの名を敬傳するなり。生に事えるは、開始を文飾するなり。死を送るは、終結を文飾するなり。終始具備して、而して孝子の事は畢わり、聖人の道は完備せり。死を刻削して生に附益するを墨といい、生を刻削して死に附益するを惑といい、生を殺して死を送るを賊という。大略彼の生きているがごとくして彼の死を送りて、死生終始をして相称して適宜して好善せざるなからしむるは、これは礼義の法式にして、儒者は即ちこのごとし。

三年之喪,何也?曰:稱情而立文,因以飾群,別親疏貴賤之節,而不可益損也。故曰:無適不易之術也。創鉅者其日久,痛甚者其愈遲,三年之喪,稱情而立文,所以為至痛極也。齊衰、苴杖、居廬、食粥、席薪、枕塊,所以為至痛飾也。三年之喪,二十五月而畢,哀痛未盡,思慕未忘,然而禮以是斷之者,豈不以送死有已,復生有節也哉!凡生天地之間者,有血氣之屬必有知,有知之屬莫不愛其類。今夫大鳥獸則失亡其群匹,越月踰時,則必反鉛;過故鄉,則必徘徊焉,鳴號焉,躑躅焉,踟躕焉,然後能去之也。小者是燕爵,猶有啁焦之頃焉,然後能去之。故有血氣之屬莫知於人,故人之於其親也,至死無窮。將由夫愚陋淫邪之人與,則彼朝死而夕忘之;然而縱之,則是曾鳥獸之不若也,彼安能相與群居而無亂乎!將由夫修飾之君子與,則三年之喪,二十五月而畢,若駟之過隙,然而遂之,則是無窮也。故先王聖人安為之立中制節,一使足以成文理,則舍之矣。

三年の喪は、何ぞや。曰く、情を稱量して文を樹立して、因って以て群類を文飾し、親疎貴賤の節を分別して、而して増減すべからず。だから言う、何處に至りても改變せざるの方法なし、と。創傷巨大なるは日は久しく、痛い厲きは痊愈遅し。三年の喪は、情を稱量して文を樹立するは、以て至痛の極致を為すなり。齊衰・苴杖・居廬・吃粥・席薪・枕塊は、以て至痛の文飾を為すなり。三年の喪は、二十五月にして畢われど、哀痛はいまだ窮尽せず、思慕はいまだ忘れざれど、然りて礼はこれを以て截斷す。豈に以て死を送るに已止あり、生に回复するに節有るにあらざらんや。およそ天地の間に生あるは、血気一類は必ず知有り、知一類はあの類を愛せざるなし。如今あの大鳥獣はその群匹を喪失亡失せば、月を越え時を超えて、則ち必ず返回して盤旋し、故郷を經過せば、則ち必ず徘徊して、鳴號して、踯躅して、踟躕して、然る後に能く離去す。小なるは燕雀なりとも、猶片刻の啁啾有りて、然る後に能く離去す。だから血気一類は人より智なるなく、だから人はその親に於いては、死に至りて窮尽なし。將にあの愚陋淫邪の人に由らんとするか、則ち彼は朝に死して晚に忘れん。然りて彼を放縱せば、則ちこれは竟に連れ鳥獣にも比ぶべからず。彼はどうして能く互相いに群居して乱なからん。將にあの修飾の君子に由らんとするか、則ち三年の喪は、二十五月にして畢わるは、駟馬の隙を過ぐるがごとし。然りてこれに順えば、則ち是れ無窮なり。だから先王聖人はここに彼らのために中道を樹立して節を制約して、一をして以て文理を成就するに足らしめれば、則ち舍棄せり。

然則何以分之?曰:至親以期斷。是何也?曰:天地則已易矣,四時則已無矣,其在宇中者莫不更始矣,故先王案以此象之也。然則三年何也?曰:加隆焉,案使倍之,故再期也。由九月以下何也?曰:案使不及也。故三年以為隆,緦麻、小功以為殺,期、九月以為間。上取象於天,下取象於地,中取則於人,人所以群居和一之理盡矣。故三年之喪,人道之至文者也,夫是之謂至隆。是百王之所同也,古今之所一也。

然れば則ち何を凭って分別せん。曰く、至親は一年を以て截斷す。これは何ぞや。曰く、天地は已に變易して、四時は已に終了して、あの宇中に在るは重新開始せざるなし。だから先王はここにこれを以てそれに像す。然れば則ち三年は何ぞ。曰く、更に隆盛にして、ここにそれを加倍せしむ。だから更に一年を過す。九月以下よりは何ぞ。曰く、ここにそれを達到せざらしむ。だから三年を以て隆と為し、緦麻・小功を以て殺と為し、期・九月を以て中間と為す。上は天に取象し、下は地に取象し、中は人に取則す。人の群居和一する所以の理は窮尽せり。だから三年の喪は、人道の至文にして、これを至隆という。これは百王の相同じき、古今の斉一する所なり。

君之喪,所以取三年,何也?曰:君者、治辨之主也,文理之原也,情貌之盡也,相率而致隆之,不亦可乎?詩曰:"愷悌君子,民之父母。"彼君子者,固有為民父母之說焉。父能生之,不能養之;母能食之,不能教誨之;君者,已能食之矣,又善教誨之者也。三年畢矣哉!乳母、飲食之者也,而三月;慈母、衣被之者也,而九月;君曲備之者也,三年畢乎哉!得之則治,失之則亂,文之至也。得之則安,失之則危,情之至也。兩至者俱積焉,以三年事之,猶未足也,直無由進之耳。故社,祭社也;稷、祭稷也;郊者,並百王於上天而祭祀之也。

君の喪は、三年を取る所以は、何ぞや。曰く、君は、治辨の主にして、文理の本原にして、情貌の窮尽なり。相率いて極尽に彼を尊崇するは、また可ならずや。『詩経・大雅・泂酌』に言う。「愷悌君子は、民の父母」と。あの君子は、本來民の父母と為るの説法有り。父は彼を生む能くも、彼を養う能わず。母は彼に食を與うる能くも、彼を教誨する能わず。君は、已に能く彼に食を與えて、また彼を教誨するに善し。三年にして畢わらんや。乳母は、彼に飲食を與うるにして、而して三月なり。慈母は、彼に衣被を與うるにして、而して九月なり。君は周遍具備するにして、三年にして畢わらんや。それを得れば治まり、それを失えば乱るは、文の極致なり。それを得れば安んじ、それを失えば危うきは、情の極致なり。兩至は皆ここに積累して、三年を以て事えるも、猶足らず、ただ再び增加する由なきのみ。だから社は、社を祭るなり。稷は、稷を祭るなり。郊は、併せて百王を上天に於いて祭祀するなり。

三月之殯,何也?曰:大之也,重之也。所致隆也,所致親也,將舉措之,遷徙之,離宮室而歸丘陵也,先王恐其不文也,是以繇其期,足之日也。故天子七月,諸侯五月,大夫三月,皆使其須足以容事,事足以容成,成足以容文,文足以容備,曲容備物之謂道矣。

三月の殯は、何ぞや。曰く、これはそれを大にし、それを重にするなり。極尽隆盛する所、極尽親近する所は、將にそれを挙措し、それを遷徙して、宮室を離れて丘陵に歸向せんとす。先王はそれに文なからんことを恐れて、これに因ってあの期限を延長して、日子を充足せしむ。だから天子七月、諸侯五月、大夫三月にして、皆彼らをして以て事を容納するに足り、事は以て成就を容納するに足り、成就は以て文を容納するに足り、文は以て完備を容納するに足りて、周遍容納して完備物を為るを道という。

祭者、志意思慕之情也。愅詭唈僾而不能無時至焉。故人之歡欣和合之時,則夫忠臣孝子亦愅詭而有所至矣。彼其所至者,甚大動也;案屈然已,則其於志意之情者惆然不嗛,其於禮節者闕然不具。故先王案為之立文,尊尊親親之義至矣。故曰:祭者、志意思慕之情也。忠信愛敬之至矣,禮節文貌之盛矣,苟非聖人,莫之能知也。聖人明知之,士君子安行之,官人以為守,百姓以成俗;其在君子以為人道也,其在百姓以為鬼事也。故鐘鼓管磬,琴瑟竽笙,韶夏護武,汋桓箾簡象,是君子之所以為愅詭其所喜樂之文也。齊衰、苴杖、居廬、食粥、席薪、枕塊,是君子之所以為愅詭其所哀痛之文也。師旅有制,刑法有等,莫不稱罪,是君子之所以為愅詭其所敦惡之文也。卜筮視日、齋戒、修塗、几筵、饋薦、告祝,如或饗之。物取而皆祭之,如或嘗之。毋利舉爵,主人有尊,如或觴之。賓出,主人拜送,反易服,即位而哭,如或去之。哀夫!敬夫!事死如事生,事亡如事存,狀乎無形,影然而成文。

祭は、志意思慕の情なり。感動は欝結して時の到来なくんばならず。だから人の歡欣和合するの時は、則ちあの忠臣孝子もまた感動して到来する所有り。彼の到来する所は、甚だ大なる發動なり。ここに空屈停止すれば、則ち彼は志意の情に於いて惆然として満足せず、礼節に於いて闕然として具備せず。だから先王はここに彼らのために文を樹立して、尊々親々の義は極致せり。だから言う、祭は、志意思慕の情なり。忠信愛敬の極致にして、礼節文貌の隆盛にして、聖人にあらざれば、知る能くするなし。聖人は明白に知りて、士君子は安然として實行し、官人はこれを以て持守と為し、百姓はこれを成就して習俗と為す。それは君子に在りては人道と為し、百姓に在りては鬼事と為す。だから鐘鼓管磬・琴瑟竽笙・韶夏護武・汋桓箾簡象は、君子の彼の喜楽する所の感動のために文を為す所以なり。齊衰・苴杖・居廬・吃粥・席薪・枕塊は、君子の彼の哀痛する所の感動のために文を為す所以なり。師旅に制度有り、刑法に等次有りて、罪と相称せざるなきは、君子の彼の敦厚に惡む所の感動のために文を為す所以なり。卜筮を問い、日子を看て、齋戒し、道路を修治し、几筵・饋薦・吿祝するは、神の來りて享用するがごとし。物は取りて皆祭るは、神の來りて嘗するがごとし。利者に爵を擧げさせず、主人に尊あるは、神の來りて酒を飲むがごとし。賓出でて、主人は拜送して、返回して服を換え、位に即きて哭くは、神の離去するがごとし。哀れなり。敬なり。死に事えるは生に事えるがごとく、亡に事えるは存に事えるがごとし。狀貌は無形に在りて、影然として文を成就す。

樂論篇第二十

夫樂者、樂也,人情之所必不免也。故人不能無樂,樂則必發於聲音,形於動靜;而人之道,聲音動靜,性術之變盡是矣。故人不能不樂,樂則不能無形,形而不為道,則不能無亂。先王惡其亂也,故制雅頌之聲以道之,使其聲足以樂而不流,使其文足以辨而不諰,使其曲直繁省廉肉節奏,足以感動人之善心,使夫邪汙之氣無由得接焉。是先王立樂之方也,而墨子非之奈何!

あの楽は、快楽にして、人情の一定に免れざる所なり。だから人は楽なくんばならず、楽あれば則ち必ず聲音に發して、動静に形す。而して人の道は、聲音動静は、性術の變化はここに窮尽す。だから人は楽なくんばならず、楽あれば則ち形なかるべからず、形して而して引導を為さざれば、則ち乱なかるべからず。先王はあの乱を惡みて、だから雅頌の聲を制作して以て引導して、あの聲をして以て楽しくして放蕩せざるに足らしめ、あの文をして以て辨別して憂懼せざるに足らしめ、あの曲直繁省廉肉節奏をして、以て人の善心を感動するに足らしめ、あの邪污の氣をして從て接觸を得ざらしむ。これは先王の楽を設立するの方なり。而して墨子はこれを非議す。これをどうせん。

故樂在宗廟之中,君臣上下同聽之,則莫不和敬;閨門之內,父子兄弟同聽之,則莫不和親;鄉里族長之中,長少同聽之,則莫不和順。故樂者審一以定和者也,比物以飾節者也,合奏以成文者也;足以率一道,足以治萬變。是先王立樂之術也,而墨子非之奈何!

だから楽は宗廟の中に在りて、君臣上下は一同聴けば、則ち和敬せざるなし。閨門の内に在りて、父子兄弟は一同聴けば、則ち和親せざるなし。鄕里族長の中に在りて、長少は一同聴けば、則ち和順せざるなし。だから楽は一を審察して以て和を確定し、物を比次して以て節を文飾し、合奏して以て文を成就す。以て一道を統率するに足りて、以て万變を治理するに足る。これは先王の楽を設立するの方法なり。而して墨子はこれを非議す。これをどうせん。

故聽其雅頌之聲,而志意得廣焉;執其干鏚,習其俯仰屈伸,而容貌得莊焉;行其綴兆,要其節奏,而行列得正焉,進退得齊焉。故樂者、出所以徵誅也,入所以揖讓也;徵誅揖讓,其義一也。出所以徵誅,則莫不聽從;入所以揖讓,則莫不從服。故樂者、天下之大齊也,中和之紀也,人情之所必不免也。是先王立樂之術也,而墨子非之奈何!

だからあの雅頌の聲を聴けば、而して志意は廣大を得る。干戚を拿て、あの俯仰屈伸を熟習せば、而して容貌は莊重を得る。あの綴兆を走りて、あの節奏を要約せば、而して行列は正を得、進退は斉を得る。だから楽は、出づれば以て征誅を為し、入れば以て揖讓を為す。征誅揖讓は、あの義は一事なり。出でて以て征誅すれば、則ち聽從せざるなし。入りて以て揖讓すれば、則ち從服せざるなし。だから楽は、天下の大斉一にして、中和の紀にして、人情の一定に免れざる所なり。これは先王の楽を設立するの方法なり。而して墨子はこれを非議す。これをどうせん。

且樂者、先王之所以飾喜也;軍旅鈇鉞者,先王之所以飾怒也。先王喜怒皆得其齊焉。是故喜而天下和之,怒而暴亂畏之。先王之道,禮樂正其盛者也。而墨子非之。故曰:墨子之於道也,猶瞽之於白黑也,猶聾之於清濁也,猶欲之楚而北求之也。

況んや楽は、先王の以て喜を文飾する所なり。軍旅斧鉞は、先王の以て怒を文飾する所なり。先王の喜怒は皆斉一を得たり。これに因って喜べば天下應和し、怒れば暴乱は畏懼す。先王の道は、礼楽は正にあの隆盛なり。而して墨子はこれを非議す。だから言う、墨子は道に於いては、瞎子の黑白に於けるがごとく、聾子の清濁に於けるがごとく、楚に往かんと欲して却って北に求むるがごとし、と。

夫聲樂之入人也深,其化人也速,故先王謹為之文。樂中平則民和而不流,樂肅莊則民齊而不亂。民和齊則兵勁城固,敵國不敢嬰也。如是,則百姓莫不安其處,樂其鄉,以至足其上矣。然後名聲於是白,光輝於是大,四海之民莫不願得以為師,是王者之始也。樂姚冶以險,則民流僈鄙賤矣;流僈則亂,鄙賤則爭;亂爭則兵弱城犯,敵國危之如是,則百姓不安其處,不樂其鄉,不足其上矣。故禮樂廢而邪音起者,危削侮辱之本也。故先王貴禮樂而賤邪音。其在序官也,曰:"修憲命,審詩商,禁淫聲,以時順修,使夷俗邪音不敢亂雅,太師之事也。"

聲音和楽は人に入ること深くして、人を感化すること速し。だから先王は謹慎にそれのために文飾を為す。楽は中正平和なれば、則ち民は和順して放蕩せず。楽は肅敬莊重なれば、則ち民は斉一して乱れず。民は和順斉一なれば、則ち兵力は強く城池は固くして、敵国は觸犯を敢えてせず。これのごとくなれば、則ち百姓はその處所に安んじ、その鄕里を樂しみて、以てその上に在る者に充分供給せざるなし。然る後に名声はここに顯白にして、光輝はここに盛大なり。四海の民は彼を得て師と為さんことを願意せざるなし。これは王者の開始なり。楽は妖冶して險陂なれば、則ち民は放蕩怠慢して鄙陋下賤す。放蕩怠慢すれば乱り、鄙陋下賤すれば争い、乱と争は則ち兵力は弱く城池は侵犯せられて、敵国はこれを危害す。これのごとくなれば、則ち百姓はその處所に安んぜず、その鄕里を樂しまずして、その上に在る者に充分供給する能わず。だから礼楽廢棄して邪音興起するは、危殆・削奪・侮辱の根本なり。だから先王は礼楽を看重して邪音を賤視す。それは序官に言う、「法令を修治し、詩章を審察し、淫聲を禁止し、時に按じて修治に順い、夷俗邪音をして雅正を擾乱を敢えてせざらしむるは、太師の職事なり」と。

墨子曰:"樂者、聖王之所非也,而儒者為之過也。"君子以為不然。樂者,聖王之所樂也,而可以善民心,其感人深,其移風易俗。故先王導之以禮樂,而民和睦。夫民有好惡之情,而無喜怒之應則亂;先王惡其亂也,故修其行,正其樂,而天下順焉。故齊衰之服,哭泣之聲,使人之心悲。帶甲嬰胄,歌於行伍,使人之心傷;姚冶之容,鄭衛之音,使人之心淫;紳、端、章甫,舞韶歌武,使人之心莊。故君子耳不聽淫聲,目不視邪色,口不出惡言,此三者,君子慎之。

墨子曰く、「楽は、聖王の非議する所にして、而して儒者はこれを為すは過錯なり」と。君子は以てこれにあらずと為す。楽は、聖王の喜悅する所にして、而して以て民心を善に向かわしむべし。それは人を感じること深く、それは風を移り俗を易う。だから先王は礼楽を以て引導して、而して民は和睦す。民は好惡の情有りて、而して喜怒の應和なければ乱る。先王はあの乱を惡みて、だからその徳行を修治し、その楽を端正して、而して天下は順從せり。だから齊衰の喪服と哭泣の聲音は、人心を悲哀せしむ。甲を披き胄を戴きて、行伍の中に歌唱すれば、人心を悲壯せしむ。妖冶の容貌と鄭衛の聲音は、人心を放蕩せしむ。大帶・玄端・章甫之冠と、韶を舞い武を歌えば、人心を莊重せしむ。だから君子は耳は淫聲を聴かず、目は���色を看ず、口は惡言を説かず。こ三樣は、君子は謹慎に對待す。

凡奸聲感人而逆氣應之,逆氣成象而亂生焉;正聲感人而順氣應之,順氣成象而治生焉。唱和有應,善惡相象,故君子慎其所去就也。君子以鐘鼓道志,以琴瑟樂心;動以干鏚,飾以羽旄,從以磬管。故其清明象天,其廣大象地,其俯仰周旋有似於四時。故樂行而志清,禮修而行成,耳目聰明,血氣和平,移風易俗,天下皆寧,美善相樂。故曰:樂者、樂也。君子樂得其道,小人樂得其欲;以道制欲,則樂而不亂;以欲忘道,則惑而不樂。故樂者,所以道樂也,金石絲竹,所以道德也;樂行而民鄉方矣。故樂也者,治人之盛者也,而墨子非之。

およそ奸邪の聲音は人を感じて逆氣はそれに應和して、逆氣は氣象を形成して乱は即ち產生す。純正の聲音は人を感じて順氣はそれに應和して、順氣は氣象を形成して治は即ち產生す。唱和は應ありて、善惡は互相いに氣象を形成す。だから君子はその離去と趨就する所を謹慎す。君子は鐘鼓を以て志を引導し、琴瑟を以て心を娯楽し、干戚を以て動作し、羽旄を以て文飾し、磬管を以て隨從す。だからその清明は天に象り、その廣大は地に象り、その俯仰周旋は四時に似り。だから楽は實行して志は清明にし、礼は修治して徳行は成就し、耳目は聰明にし、血氣は和平にして、風を移り俗を易え、天下は皆安寧にして、美と善は互相いに歓楽す。だから言う、楽は、即ち快楽なり。君子はあの道を得るを楽しみ、小人はあの欲望を得るを楽しむ。道を以て欲望を制約すれば、則ち楽しくして乱れず。欲望に因って道を忘れれば、則ち迷惑して楽しまず。だから楽は、以て快楽を引導するなり。金石絲竹は、以て徳を引導するなり。楽實行して民は即ち正道に向かう。だから楽は、人を治理するの隆盛にして、而して墨子はこれを非議す。

且樂也者,和之不可變者也;禮也者,理之不可易者也。樂合同,禮別異,禮樂之統,管乎人心矣。窮本極變,樂之情也;著誠去偽,禮之經也。墨子非之,幾遇刑也。明王已沒,莫之正也。愚者學之,危其身也。君子明樂,乃其德也。亂世惡善,不此聽也。於乎哀哉!不得成也。弟子勉學,無所營也。

況んや楽は、和の變易すべからざるなり。礼は、理の改易すべからざるなり。楽は同を會合し、礼は異を分別す。礼楽の統攝は、人心を管る。本原を窮究して變化を極尽するは、楽の情なり。誠を顯明にして僞を去掉するは、礼の經常なり。墨子はこれを非議す。ほぼ刑罰に遇上せんとす。明王已に沒して、これを端正する人なし。愚者はこれを学びて、その身を危害す。君子は楽を彰明して、乃ちその徳なり。乱世は善を惡みて、これを聴かず。嗚呼悲哀なり。成就する能わず。弟子は努力学習して、營求有るなかれ。

聲樂之象:鼓大麗,鍾統實,磬廉制,竽笙簫和,筦鑰發猛,壎篪翁博,瑟易良,琴婦好,歌清盡,舞意天道兼。鼓其樂之君邪。故鼓似天,鍾似地,磬似水,竽笙簫和筦鑰,似星辰日月,鼗柷、拊鞷、椌楬似萬物。曷以知舞之意?曰:目不自見,耳不自聞也,然而治俯仰、詘信、進退、遲速,莫不廉制,盡筋骨之力,以要鐘鼓俯會之節,而靡有悖逆者,眾積意謘謘乎!

聲音和楽の象征は、鼓は大にして華麗にして、鐘は統括して充實し、磬は棱角有りて節制有り、竽笙簫は和暢し、管籥は發揚猛厲し、塤篪は涵容廣博し、瑟は平易温良し、琴は柔婉美好し、歌唱は清澈窮尽し、舞の意は天道を兼有す。鼓はほぼ楽の君ならん。だから鼓は天に象り、鐘は地に象り、磬は水に象り、竽笙簫と管籥は、星辰日月に象り、鞀柷・拊鞷・椌楬は万物に象る。何を凭って舞の意を知らん。曰く、目は己を見る能わず、耳は己を聴く能わざるも、然りて俯仰・屈伸・進退・遅速を治理するは、棱角有りて節制せざるなく、筋骨の力を用尽して、以て鐘鼓に要約して俯就して會合の節にして、而して悖逆なし。衆人積聚の意はあれほど嚴整なり。

吾觀於鄉,而知王道之易易也。主人親速賓及介,而眾賓皆從之。至於門外,主人拜賓及介,而眾賓皆入;貴賤之義別矣。三揖至於階,三讓以賓升。拜至、獻、酬,辭讓之節繁,及介省矣。至於眾賓,升受、坐祭、立飲,不酢而降;隆殺之義辨矣。工入,升歌三終,主人獻之;笙入三終,主人獻之;間歌三終,合樂三終,工告樂備,遂出。二人揚觶,乃立司正,焉知其能和樂而不流也。賓酬主人,主人酬介,介酬眾賓,少長以齒,終於沃洗者,焉知其能弟長而無遺也。降,說屨升坐,修爵無數。飲酒之節,朝不廢朝,莫不廢夕。賓出,主人拜送,節文終遂,焉知其能安燕而不亂也。貴賤明,隆殺辨,和樂而不流,弟長而無遺,安燕而不亂,此五行者,足以正身安國矣。彼國安而天下安。故曰:吾觀於鄉,而知王道之易易也。

我は鄕飲酒礼を觀察して、而して王道は甚だ容易なるを知る。主人は親ら賓と介を邀請して、而して衆賓は皆彼らに隨從す。門外に至りて、主人は賓と介を拜して、而して衆賓は皆進入す。貴賤の義は分別せり。三たび揖讓して階に至り、三たび謙讓して賓をして堂に升らしむ。拜至・獻・酬の辭讓の節は繁多にして、介に至れば則ち減省す。衆賓に至れば、堂に升りて接受して、坐して祭して、立ちて飲して、回りて酒を敬せずして階に降る。隆殺の義は辨別せり。楽工進入して、堂に升りて歌して三終して、主人は酒を獻す。笙進入して奏して三終して、主人は酒を獻す。間隔して歌して三終して、合楽三終して、楽工は樂具備せりを報告して、ここに出でず。二人は觶を擧げて、ここに司正を設立す。ここよりそれの能く和楽して放蕩せざるを知る。賓は主人を酬し、主人は介を酬し、介は衆賓を酬して、少長は年齢に按じて、沃洗の人に終結す。ここよりそれの能く悌と長を分別して遺漏せざるを知る。階に降りて、鞋を脫ぎて坐に升りて、爵を行うは次数なし。飲酒の節は、朝は朝事を廢棄せず、黄昏は夕事を廢棄せず。賓出でて、主人は拜送して、節文は終結完成す。ここよりそれの能く燕飲に安んじて乱れざるを知る。貴賤顯明にし、隆殺辨別し、和楽して放蕩せず、悌長して遺漏せず、安燕して乱れず。こ五件事は、以て身を端正して国を安定するに足る。あの国安んずれば天下安んず。だから言う、我は鄕飲酒礼を觀察して、而して王道は甚だ容易なるを知る、と。

亂世之徵:其服組,其容婦。其俗淫,其志利,其行雜,其聲樂險,其文章匿而採,其養生無度,其送死瘠墨,賤禮義而貴勇力,貧則為盜,富則為賊;治世反是也。

乱世の征象は、その衣服は華麗繁組にして、その容貌は婦人に象り、その習俗は放蕩にして、その志向は利を逐いて、その行為は駁雜にして、その声楽は險陂にして、その文章は隱匿して文采有り、その養生は限度なく、その死を送るは瘠薄して墨家のごとく、礼義を賤視して勇力を看重し、貧なれば即ち盗にして、富なれば即ち賊なり。治世はこれと相反る。

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