Libo

八佾

春秋 · 孔子门徒(辑录) · 第2巻 / 10

孔子謂季氏:“八佾舞於庭,是可忍也,孰不可忍也?”

孔子、季氏を謂ふ、「八佾、庭に舞ふ。是れ忍ぶべければ、孰(た)れをか忍ぶべからざらん。」

三家者以《雍》徹,子曰:“‘相維闢公,天子穆穆’,奚取於三家之堂?”

三家の者、《雍》を以て徹(てつ)す。子曰く、「『維(これ)辟(君)を相(たす)くるや、天子穆々たり』、奚(なに)を以てか三家の堂に取らん。」

子曰:“人而不仁,如禮何?人而不仁,如樂何?”

孔子曰く、「人にして仁ならざれば、礼を如何せん。人にして仁ならざれば、樂を如何せん。」

林放問禮之本,子曰:“大哉問!禮,與其奢也,寧儉;喪,與其易也,甯戚。”

林放、礼の本を問ふ。子曰く、「大なる哉、問や。礼は、其の奢(おご)るより、寧(むし)ろ倹なれ。喪は、其の易(やす)きより、寧ろ戚(悲)しまん。」

子曰:“夷狄之有君,不如諸夏之亡也。”

孔子曰く、「夷狄の君有るは、諸夏の亡(な)きに如かず。」

季氏旅於泰山。子謂冉有曰:“女弗能救與?”對曰:“不能。”子曰:“嗚呼!曾謂泰山不如林放乎?”

季氏、泰山に旅(たび)す。孔子、冉有に謂ひて曰く、「女(なんぢ)弗(な)く救ふか。」對へて曰く、「不能。」子曰く、「嗚呼、曾(なんぢ)泰山に謂ふ、林放に如かずと。」

子曰:“君子無所爭,必也射乎!揖讓而升,下而飲。其爭也君子。”

孔子曰く、「君子は争ふ所無し。必ずや射か。揖(ゆう)して讓りて升(のぼ)り、下りて飲む。其の争也、君子。」

子夏問曰:“‘巧笑倩兮,美目盼兮,素以為絢兮’何謂也?”子曰:“繪事後素。”曰:“禮後乎?”子曰:“起予者商也,始可與言《詩》已矣。”

子夏問ひて曰く、「『巧笑倩(せん)として、美目盻(けい)として、素を以て絢(くさづくり)を為す』とは、何の謂ぞ。」子曰く、「繪事(かへごと)、素の後。」曰く、「礼、後ならんか。」子曰く、「予を起(おこ)す者は商なり。始めて与(とも)に《詩》を言ふべし。」

子曰:“夏禮吾能言之,杞不足徵也;殷禮吾能言之,宋不足徵也。文獻不足故也,足則吾能徵之矣。”

孔子曰く、「夏の礼は吾能く之を言ふも、杞(き)足(た)りて徴(あきら)かならず。殷の礼は吾能く之を言ふも、宋足りて徴かならず。文献足らざれば故なり。足らば、則ち吾能く之を徴(あきら)めん。」

子曰:“禘自既灌而往者,吾不欲觀之矣。”

孔子曰く、「禘(てき)、既に灌(くはん)するより自(よ)りは、吾之を観るを欲せず。」

或問禘之說。子曰:“不知也。知其說者之於天下也,其如示諸斯乎!”指其掌。

或る人、禘の説を問ふ。子曰く、「知らず。其の説を知る者の天下に於(お)けるや、其れ諸(これ)を斯に視るが如きか。」其の掌を指す。

祭如在,祭神如神在。子曰:“吾不與祭,如不祭。”

祭(まつ)るに如在(ござい)とし、神を祭るに神在如し。子曰く、「吾祭に與(あずか)らざれば、祭らざるが如し。」

王孫賈問曰:“‘與其媚於奧,寧媚於灶’,何謂也?”子曰:“不然,獲罪於天,無所禱也。”

王孫賈問ひて曰く、「『其の奥に媚(こび)るより、寧(むし)ろ竈(かまど)に媚よ』とは、何の謂ぞ。」子曰く、「然(しか)らず。天に罪を獲(え)たれば、禱(いの)る所無し。」

子曰:“周監於二代,鬱郁乎文哉!吾從周。”

孔子曰く、「周は二代に監(かん)がみて、郁々(いくいく)として文なるかな。吾は周に從(したが)はん。」

子入太廟,每事問。或曰:“孰謂鄹人之子知禮乎?入太廟,每事問。”子聞之,曰:“是禮也。”

子、太廟に入るに、每(ごと)に事を問ふ。或る人曰く、「孰(た)れか鄹(すう)人の子を謂ひて礼を知るとせん。太廟に入りて、每に事を問ふ。」子之を聞きて曰く、「是れ礼なり。」

子曰:“射不主皮,為力不同科,古之道也。”

子曰く、「射、主(おも)なる皮に非ず。力科(ちからのか)同じからざるなり。古の道なり。」

子貢欲去告朔之餼羊,子曰:“賜也!爾愛其羊,我愛其禮。”

子貢、告朔(こくさく)の餼羊(きよう)を去らんと欲す。子曰く、「賜や、爾其の羊を愛(おし)み、我其の礼を愛す。」

子曰:“事君盡禮,人以為諂也。”

孔子曰く、「君に事へて礼を尽(つく)す、人以て諂(へつら)ひと為す。」

定公問:“君使臣,臣事君,如之何?”孔子對曰:“君使臣以禮,臣事君以忠。”

定公問ふ、「君、臣を使ひ、臣、君に事ふる、之を如何。」孔子對へて曰く、「君の臣を使ふに礼を以てし、臣の君に事ふるに忠を以てす。」

子曰:“《關睢》,樂而不淫,哀而不傷。”

孔子曰く、「《關雎》は、樂(たの)しみて淫(みだ)らず、哀しみて傷(いた)まず。」底本は「關睢」と作る。「睢」は「雎」の訛(あやまり)なり、「關雎」と作るべし。

哀公問社於宰我,宰我對曰:“夏后氏以松,殷人以柏,周人以栗,曰使民戰慄。”子聞之,曰:“成事不說,遂事不諫,既往不咎。”

哀公、社(しゃ)を宰我に問ふ。宰我對へて曰く、「夏后氏は松を以てし、殷人は柏を以てし、周人は栗を以てす。曰く、民をして戰栗(せんりつ)せしめんと。」子之を聞きて曰く、「成事は説(い)はず、遂事は諫(いさ)めず、既往は咎(とが)めず。」

子曰:“管仲之器小哉!”或曰:“管仲儉乎?”曰:“管氏有三歸,官事不攝,焉得儉?”“然則管仲知禮乎?”曰:“邦君樹塞門,管氏亦樹塞門;邦君為兩君之好,有反坫。管氏亦有反坫,管氏而知禮,孰不知禮?”

孔子曰く、「管仲の器(うつわ)、小なる哉。」或る人曰く、「管仲儉(つま)やかか。」子曰く、「管氏有三歸(みつき)し、官事(かんじ)攝(か)ねず、焉(いづく)んぞ得て儉か。」然らば則ち管仲礼を知るか。子曰く、「邦君、塞門(さいもん)を樹(た)つ。管氏も亦塞門を樹つ。邦君、兩君の好(よしみ)を為さんが為に、反坫(はんてん)有り。管氏も亦反坫有り。管氏にして礼を知らば、孰(た)れか礼を知らざらん。」

子語魯大師樂,曰:“樂其可知也。始作,翕如也;從之,純如也,皦如也,繹如也,以成。”

子、魯の大師(たいし)に樂を語りて曰く、「樂は其れ知るべし。始め翕(あ)ひて從(したが)ひ、縱(ほう)れて純如(じゅんじょ)とし、皦如(ぎゃうじょ)として、繹如(えきじょ)として、以て成る。」

儀封人請見,曰:“君子之至於斯也,吾未嘗不得見也。”從者見之。出曰:“二三子何患於喪乎?天下之無道也久矣,天將以夫子為木鐸。”

儀の封人、見(まみ)ゆるを請ふて曰く、「君子の此に至るや、吾未だ見ざる有らず。」從者之を見せしむ。出でて曰く、「二三子、何ぞ患(うれ)ふるに喪(うしな)ふを以てせん。天下の道無きや久し。天將(まさ)に夫子を以て木鐸(ぼくたく)と為さんとす。」

子謂《韶》:“盡美矣,又盡善也。”謂《武》:“盡美矣,未盡善也。”

子、《韶》を謂ひて、盡(ことごと)く美なり、又盡く善なりとす。《武》を謂ひて、盡く美なり、未だ盡く善ならずとす。

子曰:“居上不寬,為禮不敬,臨喪不哀,吾何以觀之哉?”

子曰く、「上に居りて寬ならず、礼を為して敬せず、喪に臨みて哀しまずんば、吾何以(なに)を以てか之を觀らん。」

里仁

子曰:“里仁為美。擇不處仁,焉得知?”

孔子曰く、「里(り)の仁なるは美なり。擇(えら)びて仁に處(お)らざれば、焉(いづく)んぞ知(かしこ)きを得ん。」

子曰:“不仁者不可以久處約,不可以長處樂。仁者安仁,知者利仁。”

孔子曰く、「不仁者は、久しく約(やく)に處るべからず、長く樂(らく)に處るべからず。仁者は仁に安んじ、知者は仁に利(り)す。」

子曰:“唯仁者能好人,能惡人。”

孔子曰く、「唯だ仁者の能く人を好(すき)、能く人を惡(にく)む。」

子曰:“苟志於仁矣,無惡也。”

孔子曰く、「志を仁に苟(いやしく)も致さば、惡無からん。」

子曰:“富與貴,是人之所欲也;不以其道得之,不處也。貧與賤,是人之所惡也;不以其道得之,不去也。君子去仁,惡乎成名?君子無終食之間違仁,造次必於是,顛沛必於是。”

孔子曰く、「富と貴とは、是れ人の欲する所なり。其の道を以て之を得ざれば、處(お)らず。貧と賤とは、是れ人の惡(にく)む所なり。其の道を以て之を得ざれば、去らず。君子仁を去りて、惡(いづく)にか名を成さん。君子は終食の間も仁に違(たが)はず。造次(さうじ)必ず於(これ)に是、顚沛(てんぱい)必ず於是。」

子曰:“我未見好仁者,惡不仁者。好仁者,無以尚之;惡不仁者,其為仁矣,不使不仁者加乎其身。有能一日用其力於仁矣乎?我未見力不足者。蓋有之矣,我未見也。”

孔子曰く、「我未だ仁を好(この)む者を見ず。不仁を惡む者を見ず。仁を好む者は、尚(なほ)以て之に加(くは)ふる無し。不仁を惡む者は、其の仁を為すや、不仁者をして其の身に加(くは)はらざらしむ。有り能く一日其の力を仁に用ゐる者か。我未だ力足らざる者を見ず。蓋(けだ)し之れ有らん、我未だ見ざるなり。」

子曰:“人之過也,各於其黨。觀過,斯知仁矣。”

孔子曰く、「人の過(あやまち)は、各(おのおの)其の黨(とがら)に於(お)く。過を觀れば、斯(こ)れに仁を知る。」

子曰:“朝聞道,夕死可矣。”

孔子曰く、「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり。」

子曰:“士志於道,而恥惡衣惡食者,未足與議也。”

孔子曰く、「士、道に志して、惡衣惡食を恥づる者は、未だ與(とも)に議るに足らず。」

子曰:“君子之於天下也,無適也,無莫也,義之與比。”

孔子曰く、「君子の天下に於けるや、適(かな)ふ無く、莫(な)く、義の與(かぎ)り。」

子曰:“君子懷德,小人懷土;君子懷刑,小人懷惠。”

孔子曰く、「君子は徳を懷(いだ)き、小人は土を懷く。君子は刑を懷き、小人は惠を懷く。」

子曰:“放於利而行,多怨。”

孔子曰く、「利に放(よ)りて行はば、怨多し。」

子曰:“能以禮讓為國乎?何有?不能以禮讓為國,如禮何?”

孔子曰く、「能く礼譲を以て國を為めば、何ぞ有らん。能く礼譲を以て國を為めざれば、礼を如何せん。」

子曰:“不患無位,患所以立。不患莫己知,求為可知也。”

孔子曰く、「位無きを患へず、所以(ゆゑん)立たんを患ふ。己を知ること莫(な)きを患へず、知らるべきを求む。」

子曰:“參乎!吾道一以貫之。”曾子曰:“唯。”子出,門人問曰:“何謂也?”曾子曰:“夫子之道,忠恕而已矣。”

孔子曰く、「參(しん)乎(こ)、吾が道、一を以て之を貫く。」曾子曰く、「唯(はい)。」子出づ。門人問ひて曰く、「何の謂ぞ。」曾子曰く、「夫子の道、忠恕而已(のみ)。」

子曰:“君子喻於義,小人喻於利。”

孔子曰く、「君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る。」

子曰:“見賢思齊焉,見不賢而內自省也。”

孔子曰く、「賢を見ては齊(ひと)しからんことを思ひ、不賢を見ては内(うち)自ら省(み)る。」

子曰:“事父母,幾諫,諫志不從,又敬不違,勞而不怨。”

孔子曰く、「父母に事ふるに幾諫(きかん)す。志を見て從(したが)はざるに、又敬して違(たが)はず。勞(つか)れて怨みず。」

子曰:“父母在,不遠遊,遊必有方。”

孔子曰く、「父母在れば、遠く遊ばず。遊ばば必ず方(かた)有り。」

子曰:“三年無改於父之道,可謂孝矣。”

孔子曰く、「三年、父の道を改めざれば、孝と謂ふべし。」

子曰:“父母之年,不可不知也,一則以喜,一則以懼。”

孔子曰く、「父母の年は、知らざるべからず。一には以て喜び、一には以て懼(おそ)る。」

子曰:“古者言之不出,恥躬之不逮也。”

孔子曰く、「古者、言之出(い)でざるは、躬(みづから)之に逮(およ)ばざるを恥づるなり。」

子曰:“以約失之者鮮矣。”

孔子曰く、「約を以て之を失ふ者は鮮(すく)なし。」

子曰:“君子欲訥於言而敏於行。”

孔子曰く、「君子は言に訥(どな)れて、行ひに敏ならんと欲す。」

子曰:“德不孤,必有鄰。”

孔子曰く、「徳は孤(こ)ならず、必ず鄰有り。」

子游曰:“事君數,斯辱矣;朋友數,斯疏矣。”

子游曰く、「君に事ふるに數(しばしば)なれば、斯れ辱(はぢ)。朋友に數なれば、斯れ疏(うと)し。」

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