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先進

春秋 · 孔子门徒(辑录) · 第6巻 / 10

子曰:“先進於禮樂,野人也;後進於禮樂,君子也。如用之,則吾從先進。”

子曰く、「先進(せんしん)の禮樂は野人(やじん)なり。後進(こうしん)の禮樂は君子なり。如(も)し之を用ゐれば、則ち吾は先進に從(したが)はん。」

子曰:“從我於陳、蔡者,皆不及門也。”

子曰く、「陳・蔡より吾に從(したが)ふ者は、皆及門(きうもん)せざるなり。」

德行:顏淵,閔子騫,冉伯牛,仲弓。言語:宰我,子貢。政事:冉有,季路。文學:子游,子夏。

德行(とくかう)、顏淵・閔子騫・冉伯牛・仲弓。言語、宰我・子貢。政事、冉有・季路。文學、子游・子夏。

子曰:“回也非助我者也,於吾言無所不說。”

子曰く、「回也、助(たす)くる者に非ざるなり。吾が言に於(お)いて無(な)く所不說(よろこばざる)。」

子曰:“孝哉閔子騫!人不間於其父母昆弟之言。”

子曰く、「孝なる哉、閔子騫。人其の父母昆弟の言に間(かん)せず。」

南容三復白圭,孔子以其兄之子妻之。

南容、白圭(はくけい)を三復(さんぷく)す。孔子其の兄の子を以て之に妻(せい)す。

季康子問:“弟子孰為好學?”孔子對曰:“有顏回者好學,不幸短命死矣,今也則亡。”

季康子問ふ、「弟子孰(た)れか學を好む。」孔子對へて曰く、「顏回の者有りて學を好む。不幸にして短命死す。今也則ち亡(な)し。」

顏淵死,顏路請子之車以為之槨。子曰:“才不才,亦各言其子也。鯉也死,有棺而無槨,吾不徒行以為之槨。以吾從大夫之後,不可徒行也。”

顏淵死す。顏路、子の車を請ふて以て之が椁(くわく)を為さん。子曰く、「才(さい)不才(ふさい)、亦各(おのおの)其の子を言ふなり。鯉(り)の死するや、棺(くわん)有りて椁無し。吾徒(と)行(あゆ)みて以て之が椁を為さず。吾以(も)て大夫に從(したが)ふを以て、徒(かち)行(ゆ)くべからざるなり。」

顏淵死。子曰:“噫!天喪予!天喪予!”

顏淵死す。子曰く、「噫(い)、天の予を喪(ほろ)ぼす。天の予を喪ぼす。」

顏淵死,子哭之慟,從者曰:“子慟矣!”曰:“有慟乎?非夫人之為慟而誰為?”

顏淵死す。子之を哭(こく)するに慟(つう)す。從者曰く、「子慟す。」曰く、「慟する有りか。夫人(このひと)の為に慟し、孰(た)れが為か。」

顏淵死,門人慾厚葬之,子曰:“不可。”門人厚葬之,子曰:“回也視予猶父也,予不得視猶子也。非我也,夫二三子也!”

顏淵死す。門人厚葬(こうさう)せんと欲す。子曰く、「不可(ふか)。」門人厚葬せり。子曰く、「回也、予を視(み)ること父の如(ごと)し。予視ること子の如からざるを得たり。予に由(よ)るに非ず、二三子也(なり)。」

季路問事鬼神,子曰:“未能事人,焉能事鬼?”曰:“敢問死。”曰:“未知生,焉知死?”

季路、鬼神に事(つか)ふるを問ふ。子曰く、「未だ能く人に事へず、焉(いづく)んぞ能く鬼に事へん。」敢て死を問ふ。曰く、「未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん。」

閔子侍側,誾誾如也;子路,行行如也;冉有、子貢,侃侃如也。子樂。“若由也,不得其死然。”

閔子侍側(じそく)、誾誾(ぎんぎん)如(じょ)たり。子路、行行(かうかう)如たり。冉有・子貢、侃侃(かんかん)如たり。子樂(たの)しむ。「由の若(ごと)くば、其の死に得其(ところをえ)ざらん。」

魯人為長府,閔子騫曰:“仍舊貫如之何?何必改作?”子曰:“夫人不言,言必有中。”

魯人、長府(てうふ)を為(な)さんとす。閔子騫曰く、「仍舊貫(ねうきうくわん)、之を如何。何ぞ必(かなら)ず改作(かいさく)せん。」子曰く、「夫人(このひと)言はざれば、言に必ず中(ちう)有り。」

子曰:“由之瑟奚為於丘之門?”門人不敬子路,子曰:“由也升堂矣,未入於室也。”

子曰く、「由の瑟(しつ)、奚(なん)ぞ丘の門に於(お)いて為さん。」門人子路を敬せず。子曰く、「由也、堂に升(のぼ)れり。未だ室に入らざるなり。」

子貢問:“師與商也孰賢?”子曰:“師也過,商也不及。”曰:“然則師愈與?”子曰:“過猶不及。”

子貢問ふ、「師(し)與(と)商(しやう)と孰(た)れか賢(かしこ)し。」子曰く、「師也過(す)ぎ、商也及(およ)ばず。」曰く、「然らば則ち師愈(まさ)れるか。」子曰く、「過ぎるは猶(なほ)及ばざるが如し。」

季氏富於周公,而求也為之聚斂而附益之。子曰:“非吾徒也,小子鳴鼓而攻之可也。”

季氏、周公に富(と)む、求も亦之が斂(あつ)めを為し、附益(ふえき)す。子曰く、「吾徒に非ざるなり。小子、鼓(こ)を鳴らして之を攻めて可なり。」

柴也愚,參也魯,師也闢,由也喭。

柴(さい)は愚(ぐ)、參(しん)は魯(ろ)、師は辟(へき)、由は喭(げん)。

子曰:“回也其庶乎,屢空。賜不受命而貨殖焉,億則屢中。”

子曰く、「回也、其れ庶(しよ)幾(ちか)ふ。屢(しばしば)空(くう)。賜、命を受けずして貨殖(かしよく)し、億(おく)則(そく)屢中(ちう)す。」

子張問善人之道,子曰:“不踐跡,亦不入於室。”

子張、善人の道を問ふ。子曰く、「迹(せき)を踐(ふ)まざれば、亦室に入らず。」

子曰:“論篤是與,君子者乎,色莊者乎?”

子曰く、「篤(あつ)く論じて是(これ)とすれば、君子者か、將(まさ)に色莊者(しきさうしゃ)か。」

子路問:“聞斯行諸?”子曰:“有父兄在,如之何其聞斯行之?”冉有問:“聞斯行諸?”子曰:“聞斯行之。公西華曰:“由也問聞斯行諸,子曰‘有父兄在’;求也問聞斯行諸,子曰‘聞斯行之’。赤也惑,敢問。”子曰:“求也退,故進之;由也兼人,故退之。”

子路問ふ、「聞けば斯(こ)れに諸(これ)を行(おこな)はんか。」子曰く、「父兄有り、之を如何。」冉有問ふ、「聞けば斯れに諸を行はんか。」子曰く、「聞けば斯れに行へ。」公西華曰く、「由の聞けば斯れに諸を行はんかを問ふに、子曰く父兄有り。求の聞けば斯れに諸を行はんかを問ふに、子曰く聞けば斯れに行へ。赤也惑(まど)ふ。敢て問はん。」子曰く、「求也退(しりぞ)く、故に之を進めたり。由也人に兼(けん)す、故に之を退けたり。」

子畏於匡,顏淵後。子曰:“吾以女為死矣!”曰:“子在,回何敢死!”

子、匡(きやう)に畏(かしこ)まれ、顏淵後(おく)る。子曰く、「吾女(なんぢ)を以て死せりと為せり。」曰く、「子在れば、回何ぞ敢て死せん。」

季子然問:“仲由、冉求可謂大臣與?”子曰:“吾以子為異之問,曾由與求之問。所謂大臣者,以道事君,不可則止。今由與求也,可謂具臣矣。”曰:“然則從之者與?”子曰:“弒父與君,亦不從也。”

季子然問ふ、「仲由・冉求、大臣と謂ふべからんか。」子曰く、「吾子を以て異(こ)とを問ふと為せり。曾(なんぢ)由與求を問はんとは。所謂(いはゆる)大臣は、道を以て君に事へ、不可なれば則ち止(や)む。今由與求也、具臣(ぐしん)と謂ふべし。」曰く、「然らば則ち從(したが)ふ者と為さんか。」子曰く、「父を弑(しい)し君を弑すれば、亦從はざるなり。」

子路使子羔為費宰,子曰:“賊夫人之子。”子路曰:“有民人焉,有社稷焉,何必讀書然後為學。”子曰:“是故惡夫佞者。”

子路、子羔をして費(ひ)の宰(さい)と為さしむ。子曰く、「夫人(このひと)の子を賊(そこな)ふなり。」子路曰く、「民人有り、社稷(しやしよく)有り。何ぞ必ず學ばば則ち學と謂はん。」子曰く、「是故(かれゆゑん)に佞者(ねいしゃ)を惡(にく)む。」

子路、曾皙、冉有、公西華侍坐,子曰:“以吾一日長乎爾,毋吾以也。居則曰‘不吾知也’如或知爾,則何以哉?”子路率爾而對曰:“千乘之國,攝乎大國之間,加之以師旅,因之以饑饉,由也為之,比及三年,可使有勇,且知方也。”夫子哂之。“求,爾何如?”對曰:“方六七十,如五六十,求也為之,比及三年,可使足民。如其禮樂,以俟君子。”“赤!爾何如?”對曰:“非曰能之,願學焉。宗廟之事,如會同,端章甫,願為小相焉。”“點,爾何如?”鼓瑟希,鏗爾,舍瑟而作,對曰:“異乎三子者之撰。”子曰:“何傷乎?亦各言其志也。”曰:“暮春者,春服既成,冠者五六人,童子六七人,浴乎沂,風乎舞雩,詠而歸。”夫子喟然嘆曰:“吾與點也!”三子者出,曾皙後。曾皙曰:“夫三子者之言何如?”子曰:“亦各言其志也已矣。”曰:“夫子何哂由也?”曰:“為國以禮,其言不讓,是故哂之。”“唯求則非邦也與?”“安見方六七十、如五六十而非邦也者?”“唯赤則非邦也與?”“宗廟會同,非諸侯而何?赤也為之小,孰能為之大?”

子路・曾晳(そく)・冉有・公西華、侍坐(じざ)す。子曰く、「吾を以て一日長(ちやう)ずるを以て、毋(なか)れ吾以(をもつ)て也。居(お)れば則ち曰く、「吾を知る莫(な)し」と。如(も)し或(あ)る人爾(なんぢ)を知らば、則ち何以(なに)を以てかせん。」子路率爾(そつじ)として對へて曰く、「千乘の國、攝(せっ)乎(こ)大國の間に在りて、之に師旅(しりよ)を加(くは)へ、之に饑饉(ききん)を因(つ)ぐ。由も之を為(つく)らば、比(ひ)及(およ)び三年、勇有り、且(か)つ方(はう)を知らしむべし。」夫子哂(しん)之。「求、爾何如。」對へて曰く、「方六七十、如(も)し五六十。求も之を為らば、比及三年、民をして足(た)らしむべし。其の禮樂に如(し)きては、以て君子を俟(ま)たん。」「赤、爾何如。」對へて曰く、「能(あた)はずと曰はざるに非ず、願はくは學ばん。宗廟の事、會同(かいどう)に如(し)きては、端章甫(たんしやうふ)をして、願はくは小相(せうしやう)と為らん。」「點(てん)、爾何如。」瑟を鼓(こ)して希(まれ)、鏗爾(かうじ)として瑟を舍(す)てて作(おきた)つ。對へて曰く、「三子者の撰(せん)に異(こと)なり。」子曰く、「何傷(なんぞいた)まん。亦各(おのおの)其の志を言ふのみ。」曰く、「莫春(ぼしゆん)の者、春服既に成り、冠者(くわんしゃ)五六人、童子六七人、沂(ぎ)に浴し、舞雩(ぶう)に風(ふう)し、詠(えい)して歸(かへ)る。」夫子喟然(きぜん)として嘆じて曰く、「吾點を與(ゆる)す。」三子者出づ。曾晳後(おく)る。曾晳曰く、「夫(そ)れ三子者の言何如。」子曰く、「亦各其の志を言ふのみ。」曰く、「夫子何ぞ由を哂(しん)するや。」曰く、「國を為るに禮を以てす。其の言譲(じやう)せず。是故(かれゆゑん)に之を哂す。」「唯(た)だ求則(すなは)ち邦に非ざるを與(か)。」「安(いづく)んぞ方六七十、如(も)し五六十にして、邦に非ざるを見ん。」「唯赤則ち邦に非ざるを與。」「宗廟會同、諸侯に非ずんば何ぞ。赤も之が小相を為さば、孰(た)れか能く大相を為さん。」

顏淵

顏淵問仁,子曰:“克己復禮為仁。一日克己復禮,天下歸仁焉。為仁由己,而由人乎哉?”顏淵曰:“請問其目?”子曰:“非禮勿視,非禮勿聽,非禮勿言,非禮勿動。”顏淵曰:“回雖不敏,請事斯語矣。”

顏淵、仁を問ふ。子曰く、「己を克(こ)き、禮に復(ふく)するを仁と為す。一日己を克き禮に復れば、天下仁に歸(き)す。仁を為すは己に由(よ)る。人に由らんや。」顏淵曰く、「其の目(もく)を問はん。」子曰く、「禮に非ざれば視る勿(なか)れ、禮に非ざれば聽く勿れ、禮に非ざれば言ふ勿れ、禮に非ざれば動く勿れ。」顏淵曰く、「回雖(たと)ひ不敏(びん)なりとも、事(つか)ふことを請はん。」

仲弓問仁,子曰:“出門如見大賓,使民如承大祭。己所不欲,勿施於人。在邦無怨,在家無怨。”仲弓曰:“雍雖不敏,請事斯語矣。”

仲弓、仁を問ふ。子曰く、「門を出(い)づるに、大賓(たいひん)を見(まみ)ゆるが如く、民を使ふに、大祭(たいさい)を承(う)くるが如し。己の欲せざる所は、人に施(ほどこ)す勿れ。邦に在りて怨(うら)み無く、家に在りて怨み無し。」仲弓曰く、「雍雖(たと)ひ不敏なりとも、事ふことを請はん。」

司馬牛問仁,子曰:“仁者,其言也訒。”曰:“其言也訒,斯謂之仁已乎?”子曰:“為之難,言之得無訒乎?”

司馬牛、仁を問ふ。子曰く、「仁者は、其の言や訒(じん)なり。」曰く、「其の言訒なり、斯れ仁と謂ふべきか。」子曰く、「之を為(な)すに難(かた)し。之を言ふに訒無からんや。」

司馬牛問君子,子曰:“君子不憂不懼。”曰:“不憂不懼,斯謂之君子已乎?”子曰:“內省不疚,夫何憂何懼?”

司馬牛、君子を問ふ。子曰く、「君子は憂へず懼(おそ)れず。」曰く、「憂へず懼れず、斯れ君子と謂ふべきか。」子曰く、「内省(ないせい)して疚(やま)しからず。夫(そ)れ何の憂何の懼。」

司馬牛憂曰:“人皆有兄弟,我獨亡。”子夏曰:“商聞之矣:死生有命,富貴在天。君子敬而無失,與人恭而有禮,四海之內皆兄弟也。君子何患乎無兄弟也?”

司馬牛、憂へて曰く、「人皆兄弟有り、我獨(ひとり)亡(な)し。」子夏曰く、「商之を聞くに、「死生命有り、富貴天に在り」。君子敬して失(しつ)無く、人と交はりて恭にして禮有れば、四海の内、皆兄弟なり。君子何ぞ患(うれ)ふるに兄弟亡きを以てせん。」

子張問明,子曰:“浸潤之譖,膚受之愬,不行焉,可謂明也已矣;浸潤之譖、膚受之愬不行焉,可謂遠也已矣。”

子張、明を問ふ。子曰く、「浸潤(しんじゅん)の譖(しん)、膚受(ふじゅ)の愬(そ)、行はれざれば、明と謂ふべし。浸潤の譖、膚受の愬、行はれざれば、遠(とほ)しと謂ふべし。」

子貢問政,子曰:“足食,足兵,民信之矣。”子貢曰:“必不得已而去,於斯三者何先?”曰:“去兵。”子貢曰:“必不得已而去,於斯二者何先?”曰:“去食。自古皆有死,民無信不立。”

子貢、政を問ふ。子曰く、「食を足し、兵を足し、民之を信ず。」子貢曰く、「必ず已(や)むを得ずして去れば、於(お)いて斯(こ)れ三者、何を先(ま)づせん。」曰く、「兵を去れ。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去れば、於斯二者、何を先づせん。」曰く、「食を去れ。自(むか)しより皆死有り。民信なくば立(た)たず。」

棘子成曰:“君子質而已矣,何以文為?”子貢曰:“惜乎,夫子之說君子也!駟不及舌。文猶質也,質猶文也。虎豹之鞟猶犬羊之鞟。”

棘子成曰く、「君子、質而已(のみ)。何以(なに)を以てか文を爲せん。」子貢曰く、「惜(せき)乎(こ)、夫子の君子を説(せつ)する。駟(し)も舌に及ばず。文は猶(なほ)質のごとく、質は猶文のごとし。虎豹の鞹(かく)は猶(なほ)犬羊の鞹のごとし。」

哀公問於有若曰:“年飢,用不足,如之何?”有若對曰:“盍徹乎?”曰:“二,吾猶不足,如之何其徹也?”對曰:“百姓足,君孰與不足?百姓不足,君孰與足?”

哀公、有若に問ひて曰く、「年饑(ねんき)にして用足らず、之を如何。」有若對へて曰く、「盍(なん)ぞ徹(てつ)せんか。」曰く、「二(に)なり、吾猶(なほ)足らず。之を如何して徹せん。」對へて曰く、「百姓足れば、君孰(た)れと與(とも)に足らざらん。百姓足らざれば、君孰れと與に足らん。」

子張問崇德辨惑,子曰:“主忠信,徙義,崇德也。愛之慾其生,惡之慾其死;既欲其生又欲其死,是惑也。‘誠不以富,亦只以異。’”

子張、德を崇(あ)げ惑(まど)ひを辨(わか)つを問ふ。子曰く、「忠信を主とし、義に徙(うつ)る、崇德(すうとく)なり。愛すれば其の生きんことを欲し、惡(にく)めば其の死なんことを欲す。旣(すで)に其の生きんことを欲して、又其の死なんことを欲す、是れ惑なり。『誠(まこと)に富を以てせず、亦只(た)だ其の異(こと)なるを以てす』。」

齊景公問政於孔子,孔子對曰:“君君,臣臣,父父,子子。”公曰:“善哉!信如君不君、臣不臣、父不父、子不子,雖有粟,吾得而食諸?”

齊景公、政を孔子に問ふ。孔子對へて曰く、「君君たり、臣臣たり、父父たり、子子たれ。」公曰く、「善(よ)し哉。信(まこと)に君君たらず、臣臣たらず、父父たらず、子子たらざれば、粟(ぞく)有りと雖も、吾得て食(くら)はんや。」

子曰:“片言可以折獄者,其由也與?”子路無宿諾。

子曰く、「片言(へんげん)を以て獄(げく)を折(た)つべき者は、其れ由(ゆ)歟(か)。」子路、宿諾(しゆくだく)無し。

子曰:“聽訟,吾猶人也。必也使無訟乎。”

子曰く、「訟(しやう)を聽(き)く、吾猶(なほ)人のごとし。必ずや訟無からしめよ。」

子張問政,子曰:“居之無倦,行之以忠。”

子張、政を問ふ。子曰く、「居(お)るに倦(う)まず、行ふに忠なれ。」

子曰:“博學於文,約之以禮,亦可以弗畔矣夫。”

子曰く、「文に博(ひろ)く、禮を以て之を約(やく)すれば、亦以て畔(そむ)かざるべし。」

子曰:“君子成人之美,不成人之惡;小人反是。”

子曰く、「君子は人の美を成して、人の惡を成さず。小人は是(こ)れに反(はん)す。」

季康子問政於孔子,孔子對曰:“政者,正也。子帥以正,孰敢不正?”

季康子、政を孔子に問ふ。孔子對へて曰く、「政とは正(ただ)しきなり。子帥(ひきゐ)て以て正(ただ)しければ、孰(た)れか敢(あへ)て正しからざらん。」

季康子患盜,問於孔子。孔子對曰:“苟子之不欲,雖賞之不竊。”

季康子、盜(とう)を患(うれ)へて孔子に問ふ。孔子對へて曰く、「苟(いやしく)も子の欲せざれば、賞(しやう)して之を竊(ぬす)ましむと雖も竊まず。」

季康子問政於孔子曰:“如殺無道以就有道,何如?”孔子對曰:“子為政,焉用殺?子欲善而民善矣。君子之德風,小人之德草,草上之風必偃。”

季康子、政を孔子に問ひて曰く、「如(も)し道無きを殺して以て道有るに就(つ)かば、何如。」孔子對へて曰く、「子政を爲す、焉(いづく)んぞ殺を用ゐん。子善くあらんと欲すれば、民善(ぜん)なり。君子の德は風、小人の德は草。草に上(のぼ)る風、必ず偃(ふ)す。」

子張問:“士何如斯可謂之達矣?”子曰:“何哉爾所謂達者?”子張對曰:“在邦必聞,在家必聞。”子曰:“是聞也,非達也。夫達也者,質直而好義,察言而觀色,慮以下人。在邦必達,在家必達。夫聞也者,色取仁而行違,居之不疑。在邦必聞,在家必聞。”

子張問ふ、「士何くして斯れ達(たつ)と謂ふべき。」子曰く、「何ぞ爾(なんぢ)が謂ふ所の達。」子張對へて曰く、「邦に在りて必ず聞(きこ)ゆ、家に在りて必ず聞ゆ。」子曰く、「是れ聞なり、達に非ざるなり。夫(そ)れ達なる者は、質直にして義を好み、言を察して色を觀、慮(おもんぱか)りて人に下(くだ)る。邦に在りて必ず達し、家に在りて必ず達す。夫聞なる者は、色(いろ)仁を取りて行(おこな)ひ違(たが)へり、之に居(お)りて疑(うたが)はず。邦に在りて必ず聞ゆ、家に在りて必ず聞ゆ。」

樊遲從遊於舞雩之下,曰:“敢問崇德、修慝、辨惑。”子曰:“善哉問!先事後得,非崇德與?攻其惡,無攻人之惡,非修慝與?一朝之忿,忘其身,以及其親,非惑與?”

樊遲、舞雩(ぶう)の下より從(したが)ひ游(ゆう)びて曰く、「敢て問はん、德を崇げ、慝(とく)を修(をさ)め、惑を辨(わか)つ。」子曰く、「善(よ)し哉、問や。事を先にして得を後にすれば、崇德に非ずや。其の惡を攻(せ)めて、人の惡を攻めざれば、修慝に非ずや。一朝(いつてう)の忿(ふん)に、其の身を忘れ、以て其の親に及ぶ、惑に非ずや。」

樊遲問仁,子曰:“愛人。”問知,子曰:“知人。”樊遲未達,子曰:“舉直錯諸枉,能使枉者直。”樊遲退,見子夏,曰:“鄉也吾見於夫子而問知,子曰:‘舉直錯諸枉,能使枉者直’,何謂也?”子夏曰:“富哉言乎!舜有天下,選於眾,舉皋陶,不仁者遠矣。湯有天下,選於眾,舉伊尹,不仁者遠矣。”

樊遲、仁を問ふ。子曰く、「人を愛す。」知を問ふ。曰く、「人を知る。」樊遲未(いま)だ達(たっ)せず。子曰く、「直(ちよく)を擧げて諸(これ)を枉(をう)に錯(お)けば、能く枉をして直ならしむ。」樊遲退きて、子夏を見(まみ)ゆ。曰く、「鄕(さき)に吾夫子を見て知を問ふ。子曰く、直を擧げて諸を枉に錯けば、能く枉をして直ならしむ、何の謂ぞ。」子夏曰く、「富(と)む哉、言乎(こ)。舜天下を有ちて、衆に於いて選(えら)びて、皐陶(かうやう)を擧ぐ。不仁者遠し。湯天下を有ちて、衆に於いて選びて、伊尹を擧ぐ。不仁者遠し。」

子貢問友,子曰:“忠告而善道之,不可則止,毋自辱焉。”

子貢、友を問ふ。子曰く、「忠告(ちうこく)して善く道(みちび)け。不可なれば則ち止(や)め、毋(なか)れ自(みづから)辱(はぢ)められん。」

曾子曰:“君子以文會友,以友輔仁。”

曾子曰く、「君子、文を以て友を會(あ)し、友を以て仁を輔(たす)く。」

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