Libo

公冶長

春秋 · 孔子门徒(辑录) · 第3巻 / 10

子謂公冶長:“可妻也,雖在縲紲之中,非其罪也!”以其子妻之。

子、公冶長を謂ふ、「妻(め)さすべし。縲紲(れいせつ)の中に在ると雖も、其の罪に非ざるなり。」其の子(むすめ)を以て之に妻す。

子謂南容:“邦有道不廢;邦無道免於刑戮。”以其兄之子妻之。

子、南容を謂ふ、「邦道有らば、廢(すた)れず。邦道無くば、刑戮(けいりく)を免(まぬか)る。」其の兄の子を以て之に妻す。

子謂子賤:“君子哉若人!魯無君子者,斯焉取斯?”

子、子賤を謂ふ、「君子なる哉、若(もし)此の人は。魯君子無からば、斯(こ)れ焉(いづ)くよりか取らん。」

子貢問曰:“賜也何如?”子曰:“女器也。”曰:“何器也?”曰:“瑚璉也。”

子貢問ひて曰く、「賜也(や)何如。」子曰く、「女(なんぢ)器なり。」曰く、「何の器ぞ。」曰く、「瑚璉(これん)なり。」

或曰:“雍也仁而不佞。”子曰:“焉用佞?御人以口給,屢憎於人。不知其仁,焉用佞?”

或る人曰く、「雍(えう)也仁にして佞(ねい)ならず。」子曰く、「焉(いづく)んぞ佞を用ゐん。人以て口給(こうきふ)に禦(ふせ)ぐれば、屢(しばしば)人に憎まる。其の仁を知らざるなり。焉んぞ佞を用ゐん。」

子使漆雕開仕,對曰:“吾斯之未能信。”子說。

子、漆雕開をして仕へしむ。對へて曰く、「吾斯(こ)れに能く信ぜず。」子説(よろこ)ぶ。

子曰:“道不行,乘桴浮於海,從我者其由與?”子路聞之喜,子曰:“由也好勇過我,無所取材。”

子曰く、「道行はれずんば、桴(ふ)に乘(の)りて海に浮かばん。我に從(したが)はん者、其れ由(ゆ)歟(か)。」子路之を聞きて喜ぶ。子曰く、「由也、勇を好むこと我に過(す)ぐ。取材すること無きなり。」

孟武伯問:“子路仁乎?”子曰:“不知也。”又問,子曰:“由也,千乘之國,可使治其賦也,不知其仁也。”“求也何如?”子曰:“求也,千室之邑、百乘之家,可使為之宰也,不知其仁也。”“赤也何如?”子曰:“赤也,束帶立於朝,可使與賓客言也,不知其仁也。”

孟武伯問ふ、「子路仁ならんか。」子曰く、「知らざるなり。」又問ふ。子曰く、「由也、千乘の國、其の賦(へい)を治めしむべし。其の仁を知らざるなり。」求也何如。子曰く、「求也、千室の邑、百乘の家、其の宰(さい)と為さしむべし。其の仁を知らざるなり。」赤也何如。子曰く、「赤也、束帶(そくたい)して朝に立たば、賓客と言はしむべし。其の仁を知らざるなり。」

子謂子貢曰:“女與回也孰愈?”對曰:“賜也何敢望回?回也聞一以知十,賜也聞一以知二。”子曰:“弗如也,吾與女弗如也!”

子、子貢に謂ひて曰く、「女(なんぢ)與(と)回と孰(いづ)れか愈(まさ)れる。」對へて曰く、「賜也何ぞ敢て回を望まんや。回也一を聞きて以て十を知り、賜也一を聞きて以て二を知る。」子曰く、「如(し)かざるなり。吾女の如かざるを與(ゆる)す。」

宰予晝寢,子曰:“朽木不可雕也,糞土之牆不可杇也,於予與何誅?”子曰:“始吾於人也,聽其言而信其行;今吾於人也,聽其言而觀其行。於予與改是。”

宰予晝(ひる)寢(いね)る。子曰く、「朽木は雕(ほ)るべからず、糞土の牆は杇(ぬ)るべからず。予に於(お)いて何ぞ誅(ちう)せん。」子曰く、「始め吾人に於けるや、其の言を聽きて其の行を信ず。今吾人に於けるや、其の言を聽きて其の行を觀る。予に於いて改む。」

子曰:“吾未見剛者。”或對曰:“申棖。”子曰:“棖也欲,焉得剛。”

子曰く、「吾未だ剛者を見ず。」或る人對へて曰く、「申棖(しんてう)。」子曰く、「棖也慾(よく)多し、焉(いづく)んぞ得て剛ならん。」

子貢曰:“我不欲人之加諸我也,吾亦欲無加諸人。”子曰:“賜也,非爾所及也。”

子貢曰く、「我人の我に加(くは)ふるを欲せざるは、吾も亦無く人に加へんと欲す。」子曰く、「賜や、爾の及ぶ所に非ざるなり。」

子貢曰:“夫子之文章,可得而聞也;夫子之言性與天道,不可得而聞也。”

子貢曰く、「夫子の文章は、得て聞くべし。夫子の性と天道とを言ふは、得て聞くべからず。」

子路有聞,未之能行,唯恐有聞。

子路、聞く所有りて、未だ能く之を行はざれば、惟(た)だ復(ま)た聞くことを恐る。

子貢問曰:“孔文子何以謂之文也?”子曰:“敏而好學,不恥下問,是以謂之文也。”

子貢問ひて曰く、「孔文子、何以(なに)を以てか之を文と謂ふ。」子曰く、「敏にして学を好み、下問(かもん)を恥ぢず。是を以て之を文と謂ふ。」

子謂子產:“有君子之道四焉:其行己也恭,其事上也敬,其養民也惠,其使民也義。”

孔子、子産を謂ふ、「君子の道四つ有り。其の己を行ふや恭、其の上に事ふるや敬、其の民を養ふや惠、其の民を使ふや義。」

子曰:“晏平仲善與人交,久而敬之。”

孔子曰く、「晏平仲、人と交はること善(よ)し。久しくして人の之を敬するや篤(あつ)し。」

子曰:“臧文仲居蔡,山節藻梲,何如其知也?”

孔子曰く、「臧文仲、蔡(おほだい)を居(か)す。山節(さんせつ)にして藻梲(さうせつ)。何を其れ知(かしこ)きとせん。」

子張問曰:“令尹子文三仕為令尹,無喜色,三已之無慍色,舊令尹之政必以告新令尹,何如?”子曰:“忠矣。”曰:“仁矣乎?”曰:“未知,焉得仁?”“崔子弒齊君,陳文子有馬十乘,棄而違之。至於他邦,則曰:‘猶吾大夫崔子也。’違之。之一邦,則又曰:‘猶吾大夫崔子也。’違之,何如?”子曰:“清矣。”曰:“仁矣乎?”曰:“未知,焉得仁?”

子張問ひて曰く、「令尹子文、三たび仕へて令尹と為るに、喜色無し。三たび已(や)められ、慍(うら)み色無し。舊令尹の政、必ず以て新令尹に告ぐ。何如。」子曰く、「忠なり。」曰く、「仁ならんか。」子曰く、「未だ知らず。焉(いづく)んぞ得て仁ならん。」崔子、齊の君を弒(しい)す。陳文子、馬四十乗有りて、違(す)てて棄(す)つ。邦に至りては、則ち曰く、「猶(なほ)吾が大夫崔子のごとし」と。違(の)く。之を一邦に至るに、又曰く、「猶吾が大夫崔子のごとし」。違く。何如。子曰く、「清(きよ)し。」曰く、「仁ならんか。」子曰く、「未だ知らず。焉んぞ得て仁ならん。」

季文子三思而後行,子聞之曰:“再斯可矣。”

季文子、三思して後行ふ。子之を聞きて曰く、「再(ふたた)び斯(こ)れ可なり。」

子曰:“甯武子,邦有道則知,邦無道則愚。其知可及也,其愚不可及也。”

孔子曰く、「寧武子は、邦道有らば則ち知(かしこ)し、邦道無くば則ち愚(おろか)なり。其の知は及ぶべし。其の愚は及ぶべからず。」

子在陳,曰:“歸與!歸與!吾黨之小子狂簡,斐然成章,不知所以裁之。”

子、陳に在りて曰く、「歸(かへ)らんか、歸らんか。吾が黨の小子、狂簡(きやうかん)にして、斐然(ひぜん)として成章し、知らず所以(ゆゑん)裁(た)つを。」

子曰:“伯夷、叔齊不念舊惡,怨是用希。”

孔子曰く、「伯夷・叔齊、舊惡を念(ねん)ぜず。怨是の用ゐる所稀(まれ)なり。」

子曰:“孰謂微生高直?或乞醯焉,乞諸其鄰而與之。”

孔子曰く、「孰(た)れか微生高を直(ちよく)と謂はん。或る人醯(す)を乞ふ。諸(これ)を其の鄰に乞ひて之に與(あた)ふ。」

子曰:“巧言、令色、足恭,左丘明恥之,丘亦恥之。匿怨而友其人,左丘明恥之,丘亦恥之。”

孔子曰く、「巧言・令色・足恭(そくきやう)、左丘明之を恥ぢ、丘も亦之を恥づ。怨みを匿(かく)して其の人を友とすれば、左丘明之を恥ぢ、丘も亦之を恥づ。」

顏淵、季路侍,子曰:“盍各言爾志?”子路曰:“願車馬、衣輕裘與朋友共,敝之而無憾。”顏淵曰:“願無伐善,無施勞。”子路曰:“願聞子之志。”子曰:“老者安之,朋友信之,少者懷之。”

顏淵・季路侍(じ)す。子曰く、「盍(なん)ぞ各(おのおの)爾(なんぢ)が志を言はざる。」子路曰く、「願はくは車馬衣裘(いきゆう)を朋友と共にして、弊(やぶ)れて憾(うら)み無からん。」顏淵曰く、「願はくは善を伐(ほこ)ること無く、勞(つかれ)を施(ほどこ)さざらん。」子路曰く、「願はくは子の志を聞かん。」子曰く、「老者は之を安んじ、朋友は之を信じ、少者は之を懷(いだ)く。」

子曰:“已矣乎!吾未見能見其過而內自訟者也。”

孔子曰く、「已(や)めん乎(か)。吾未だ其の過を見て内(うち)自ら訟(せめ)むる者を見ざるなり。」

子曰:“十室之邑,必有忠信如丘者焉,不如丘之好學也。”

孔子曰く、「十室の邑、必ず忠信丘の如き者有り。丘の学を好むに如かざるなり。」

雍也

子曰:“雍也可使南面。”

孔子曰く、「雍也(や)、南面(なんめん)を使ふべし。」

仲弓問子桑伯子,子曰:“可也簡。”仲弓曰:“居敬而行簡,以臨其民,不亦可乎?居簡而行簡,無乃大簡乎?”子曰:“雍之言然。”

仲弓、子桑伯子を問ふ。子曰く、「可なり、簡なり。」仲弓曰く、「敬して居(お)りて簡(かん)にして、其の民に臨まば、亦(ま)た可ならずや。簡にして居りて簡にするは、毋乃(なから)太(はなは)だ簡ならんか。」子曰く、「雍の言、然(しか)り。」

哀公問:“弟子孰為好學?”孔子對曰:“有顏回者好學,不遷怒,不貳過,不幸短命死矣,今也則亡,未聞好學者也。”

哀公問ふ、「弟子孰(た)れか学を好む。」孔子對へて曰く、「顏回の者有りて学を好む。怒を遷(うつ)さず、過(あやまち)を貳(ふた)たびせず。不幸にして短命死す。今也則ち亡(な)し。未だ学を好むを聞かず。」

子華使於齊,冉子為其母請粟,子曰:“與之釜。”請益,曰:“與之庾。”冉子與之粟五秉。子曰:“赤之適齊也,乘肥馬,衣輕裘。吾聞之也,君子周急不繼富。”

子華、齊に使(つか)ひす。冉子、其の母の為に粟(くり)を請ふ。子曰く、「之に釜(ふ)を與(あた)へ。」益(ま)すを請ふ。曰く、「之に庾(よ)を與へ。」冉子、之に粟五秉(へい)を與へたり。子曰く、「赤の齊に適(ゆ)くや、肥馬に乘(の)り、輕裘(けいきゆう)を衣(き)る。吾之を聞くに、君子は急を周(めぐ)み、富を繼(つ)がざるなり。」

原思為之宰,與之粟九百,辭。子曰:“毋,以與爾鄰里鄉黨乎!”

原思、宰(さい)と為る。之に粟九百を與ふ。辭(じ)す。子曰く、「毋(なか)れ。以て爾が鄰里鄉黨に與へ。」

子謂仲弓曰:“犁牛之子騂且角,雖欲勿用,山川其舍諸?”

子、仲弓を謂ふ、「犂牛(れいぎう)の子、騂(あか)く且(か)つ角(かど)すれば、用ゐんと欲せずと雖も、山川其れ諸(これ)を舍(す)てんや。」

子曰:“回也,其心三月不違仁,其餘則日月至焉而已矣。”

孔子曰く、「回也、其の心三月に仁を違(たが)へず。其の餘は則ち日月至るのみ。」

季康子問:“仲由可使從政也與?”子曰:“由也果,於從政乎何有?”曰:“賜也可使從政也與?”曰:“賜也達,於從政乎何有?”曰:“求也可使從政也與?”曰:“求也藝,於從政乎何有?”

季康子問ふ、「仲由、政に從事せしむべからんか。」子曰く、「由也果(か)なり。從政に於いて何ぞ有らん。」曰く、「賜也、政に從事せしむべからんか。」曰く、「賜也達(たつ)なり。從政に於いて何ぞ有らん。」曰く、「求也、政に從事せしむべからんか。」曰く、「求也藝(げい)なり。從政に於いて何ぞ有らん。」

季氏使閔子騫為費宰,閔子騫曰:“善為我辭焉。如有復我者,則吾必在汶上矣。”

季氏、閔子騫をして費(ひ)の宰(さい)と為さしめんとす。閔子騫曰く、「善く我が為に辭(じ)せよ。如(も)し復(ま)た我を來(こ)せしむる有らば、則ち吾必ず汶(ぶん)の上に在らん。」

伯牛有疾,子問之,自牖執其手,曰:“亡之,命矣夫!斯人也而有斯疾也!斯人也而有斯疾也!”

伯牛疾有り。子之を問ふ。牖(まど)より自りて其の手を執(と)りて曰く、「亡(な)からん、命なり。斯の人にして斯の疾有らん。斯の人にして斯の疾有らん。」

子曰:“賢哉回也!一簞食,一瓢飲,在陋巷,人不堪其憂,回也不改其樂。賢哉,回也!”

孔子曰く、「賢(けん)なる哉、回也。一簞(たん)の食(し)、一瓢(べう)の飲(いん)、陋巷(ろうかう)に在りて、人其の憂に堪(た)へざるも、回も其の樂を改めず。賢なる哉、回也。」

冉求曰:“非不說子之道,力不足也。”子曰:“力不足者,中道而廢,今女畫。”

冉求曰く、「子の道を説(よろこ)ばざるに非ず、力足らざるなり。」子曰く、「力足らざる者は、中道にして廢(はい)す。今女(なんぢ)畫(かく)す。」

子謂子夏曰:“女為君子儒,無為小人儒。”

子、子夏に謂ひて曰く、「女は君子儒と為れ。小人儒と為ること無かれ。」

子游為武城宰,子曰:“女得人焉爾乎?”曰:“有澹臺滅明者,行不由徑,非公事,未嘗至於偃之室也。”

子游、武城の宰と為る。子曰く、「女(なんぢ)人を得たりしか。」曰く、「澹臺滅明(たんだいめめい)の者有りて、行くに徑(こみち)に由らず。公に非ざれば、未だ嘗て偃(えん)の室に至らず。」

子曰:“孟之反不伐,奔而殿,將入門,策其馬曰:‘非敢後也,馬不進也。’”

子曰く、「孟之反は伐(ほこ)らず。奔(ほん)して殿(しんがり)たり。門に將に入らんとして、其の馬を策(むちう)ちて曰く、「敢て殿(でん)せず、馬進まざるなり。」」

子曰:“不有祝鮀之佞,而有宋朝之美,難乎免於今之世矣。”

子曰く、「祝鮀(しゆくだ)の佞(ねい)有らずんば、宋朝(てうてう)の美有らば、難(かた)し今世に免(まぬか)るる。」

子曰:“誰能出不由戶?何莫由斯道也?”

子曰く、「誰(た)れか能く戸を出でずんば。何ぞ道に由る莫(な)きや。」

子曰:“質勝文則野,文勝質則史。文質彬彬,然後君子。”

子曰く、「質、文に勝(まさ)れば則ち野(や)。文、質に勝れば則ち史(し)。文質彬彬(ひんぴん)として、然る後に君子。」

子曰:“人之生也直,罔之生也幸而免。”

子曰く、「人の生きるや直(ちよく)なり。罔(な)きが生くるは、幸(さいは)ひして免(まぬか)るのみ。」

子曰:“知之者不如好之者;好之者不如樂之者。”

子曰く、「之を知る者は、之を好む者に如(し)かず。之を好む者は、之を樂(たの)しむ者に如かず。」

子曰:“中人以上,可以語上也;中人以下,不可以語上也。”

子曰く、「中人以上は、以て上を語るべし。中人以下は、以て上を語るべからず。」

樊遲問知,子曰:“務民之義,敬鬼神而遠之,可謂知矣。”問仁,曰:“仁者先難而後獲,可謂仁矣。”

樊遲、知を問ふ。子曰く、「民の義を務め、鬼神を敬して之を遠ざくれば、知と謂ふべし。」仁を問ふ。曰く、「仁者は難(かた)きを先にして、獲(う)るを後にすれば、仁と謂ふべし。」

子曰:“知者樂水,仁者樂山。知者動,仁者靜。知者樂,仁者壽。”

孔子曰く、「知者は水を樂(たの)しみ、仁者は山を樂しむ。知者は動き、仁者は靜(しづ)かなり。知者は樂しみ、仁者は壽(いのちなが)し。」

子曰:“齊一變至於魯,魯一變至於道。”

孔子曰く、「齊一變(いつぺん)して魯に至り、魯一變して道に至る。」

子曰:“觚不觚,觚哉!觚哉!”

子曰く、「觚(こ)、觚ならず。觚なる哉、觚なる哉。」

宰我問曰:“仁者,雖告之曰:‘井有仁焉。’其從之也?”子曰:“何為其然也?君子可逝也,不可陷也;可欺也,不可罔也。”

宰我問ひて曰く、「仁者、雖(たと)ひ之に告げて曰く、「井に仁有り」と曰はば、其の從(したが)ひて墜(お)ちんか。」子曰く、「何を其れ然ると為さん。君子は逝(ゆ)くべく、陷(おと)さるべからず。欺(あざむ)くべく、罔(あざむ)かるべからず。」

子曰:“君子博學於文,約之以禮,亦可以弗畔矣夫。”

子曰く、「君子、文に博(ひろ)く、礼を以て之を約(やく)すれば、亦以て畔(そむ)かざるべし。」

子見南子,子路不說,夫子矢之曰:“予所否者,天厭之!天厭之!”

子、南子を見(まみ)ゆ。子路説(よろこ)ばず。夫子矢(ちか)ひて之に曰く、「予の否(あら)ざる所の者は、天之(これ)を厭(いと)はん、天之を厭はん。」

子曰:“中庸之為德也,其至矣乎!民鮮久矣。”

孔子曰く、「中庸の德を為すや、其れ至れるかな。民尠(すく)なし久し。」

子貢曰:“如有博施於民而能濟眾,何如?可謂仁乎?”子曰:“何事於仁,必也聖乎!堯、舜其猶病諸!夫仁者,己欲立而立人,己欲達而達人。能近取譬,可謂仁之方也已。”

子貢曰く、「如(も)し有り能く博く民に施(ほどこ)して能く衆を濟(すく)ふ者は、何如。仁と謂ふべからんか。」子曰く、「何事をか仁に於(お)かん。必ずや聖か。堯・舜、其れ猶(なほ)病(や)み諸(これ)。夫(そ)れ仁者は、己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す。能く近く譬(たと)へを取るは、仁の方(ほう)を謂ふべし。」

The original text is in the public domain. The Japanese is a machine-assisted translation of this library’s own Chinese paraphrase, checked against a fixed glossary so that technical terms match the definitions used elsewhere on this site. It is a reading aid and does not replace the original.