抱朴子外篇 · 第10巻
抱朴子曰:四瀆辯源,五河分流,赴卑注海,殊途同歸。色不均而皆豔,音不同而鹹悲,香非一而並芳,味不等而悉美。
抱朴子曰く、四瀆は源を辨え、五河は流を分かち、卑に赴き海に注ぎ、殊途同歸す。色は均しからずして而も皆艶、音は同じからずして而も皆悲、香は一種に非ずして而も並び芳し、味は等しからずして而も皆美なり。
抱朴子曰:物貴濟事而飾其末,化俗以德而言非其本,故綿布可以禦寒,不必貂狐;淳素可以匠物,不在文辯。抱朴子曰:沖飈謐氣則轉蓬山峙,修綱既舒則萬目齊理。故未有上好謙而下慢,主賤寶而俗貧。
抱朴子曰く、物は事を濟するを貴びて而も文飾は是れ其の末なり、俗を化するは德を靠りて而も言は是れ其の本に非ず、ゆえに綿布は以て寒を禦ぐ可くして、不必貂狐ならず。淳素は以て物を匠る可くして、文辯に在らず。抱朴子曰く、衝飆は止息せば則ち轉蓬は山峙立の如し、修綱は既に舒べば則ち萬目は齊しく理る。ゆえに上は謙を好みて而も下は慢せざるなし、主は寶を賤みて而も俗は貧ならざるなし。
抱朴子曰:事有緣微而成著,物有治近而致遠。故修步武之池,而引沈鱗於江海;豐朝陽之林,而延靈禽於丹穴;設象於盤盂,而翠虯降於玄霄;委灰於尺水,而望舒變於太極。是以晉文回輪於勇蟲,而壯士雲赴;句踐曲躬於怒蛙,而戎卒輕死。九九顯而扣角之俊至,枯骨掩而叄分之仁洽。
抱朴子曰く、事は微緣より起りて而も顯著と爲る有り、物は近を治めて而も遠を致す有り。ゆえに步武のあの如き池を修めて、而も江海より沉鱗を引來す。朝陽の林を豐かにして、而も丹穴より靈禽を延來す。盤盂の上に象を設けて、而も翠虬は玄霄より降下す。灰を尺水に委りて、而も望舒は太極に變す。因此晉文は勇蟲に對して輪を回し、而も壯士は雲の如く赴く。句踐は怒蛙に對して躬を曲げ、而も戎卒は死を輕くす。九九の術は顯れて而も角を扣くの俊は到來し、枯骨は掩われて而も三分の仁は洽す。
抱朴子曰:膏壤在草亥,而枯葉含榮;率俗以身,則不言而化。故有唐以鹿裘臻太平;齊桓以捐紫止奢競。章華構而豐屋之過成,露臺輟而玄默之風行。
抱朴子曰く、膏壤は根荄に在りて(底本は「在草亥」と作る、「草亥」は「荄」の訛)、而も枯葉は榮を含む。自身を用いて以て俗を率いれば、則ち言わずして而も化す。ゆえに有唐は鹿裘を穿着して太平に臻り、齊桓は紫を捐掉して以て奢競を止む。章華は一構して而も豐屋の過は成り、露臺は停輟して而も玄默の風は行はれり。
抱朴子曰:聰者,料興亡於遺音之絕響;明者,覿機理於玄微之未形。故越人見齊桓不振之徵於未覺之疾;箕子識殷人鹿臺之禍於象箸之初。
抱朴子曰く、聰の人は、遺音の絶響の裡より興亡を料出す。明の人は、玄微の還に未だ形ならざる時に機理を看見す。ゆえに越人は未覺の疾の裡に齊桓の不振の徵を看見し、箕子は象箸の初に殷人の鹿臺の禍を識出す。
抱朴子曰:二儀不能廢春秋以成歲,明主不能捨刑德以致治。故誅貴所以立威,賞賤所以勸善。罰上達,則奸萌破而非懦弱所能用也;惠下逮,則遠人懷而非儉吝所能辦也。
抱朴子曰く、二儀は能く春秋を廢掉して以て歲を成せず、明主は能く刑德を舍掉して以て治を致せず。ゆえに貴を誅するは以て威を立つるに用い、賤を賞するは以て善を勸むるに用いる。罰は能く上達せば、則ち奸萌は破れて而も懦弱の能く用うる所に非ず。惠は能く下逮せば、則ち遠人は懷きて而も儉吝の能く辦する所に非ず。
抱朴子曰:浮海滄者,必精占於風氣,故保利涉之福。善蒞政者,必戰戰於得失,故享惟永之慶。故暗君之所輕,蓋明主之所重也。亡國之所棄,則治世之所行也。
抱朴子曰く、滄海に浮ぶ人は、一定に風氣に對して精加して察看す、ゆえに利涉の福を保有す。政に莅むに善き人は、一定に得失に對して戰戰す、ゆえに長久の慶を享有す。ゆえに暗君の看輕する所は、大概是れ明主の看重する所なり。亡國の抛棄する所は、則ち是れ治世の實行する所なり。
抱朴子曰:毫釐蹉於機,則尋常達於的;與奪失於此,則善否亂於彼。邪正混侔,則彝倫攸斁;功過不料,則庶績以崩。故明君賞猶春雨而無霖淫之失,罰擬秋霜而無詭時之嚴。
抱朴子曰く、毫釐は機の上に蹉えば、則ち尋常は的の上に偏離す。與奪は這裡に失えば、則ち善否は那裡に亂る。邪正は混侔せば、則ち彝倫は敗壞す。功過は料らざれば、則ち庶績は因此崩る。ゆえに明君は賞は春雨の如くして而も霖淫の失なく、罰は秋霜に比して而も時に詭るの嚴なし。
抱朴子曰:明銓衡者,所重不可得誣也;仗法度者,所愛不可得私也。故得人者,先得之於己者也;失人者,先失之於己者也。未有得己而失人,失己而得人者也。
抱朴子曰く、銓衡に明き人は、重んずる所の人は可に誣せられ可からず。法度を仗る人は、愛する所の人は可に私せられ可からず。ゆえに人を得る人は、是れ先ず之れを自己に得るなり。人を失う人は、是れ先ず之れを自己に失うなり。己を得て而も人を失い・己を失いて而も人を得るのなし。
抱朴子曰:明主躬操威恩,不假人以利器;暗主倒執干戈,雖名尊而勢去。故制慶賞而得眾者,田常所以奪齊也;擅威福而專朝者,王莽所以篡漢也。
抱朴子曰く、明主は親自威恩を操持して、利器を別人に借せず。暗主は干戈を倒執して、卽使名尊しとも而も勢は已に去れり。ゆえに能く慶賞を制して而も衆を得るは、是れ田常の以て齊を奪う所以の緣故なり。能く威福を擅にして而も朝を專にするは、是れ王莽の以て漢を篡する所以の緣故なり。
抱朴子曰:常制不可以待變化,一途不可以應無方,刻船不可以索遺劍,膠柱不可以諧清音。故翠蓋不設於晴朗,朱輪不施於涉川,味淡則加之以鹽,沸溢則增水而減火。
抱朴子曰く、常制は可に以て變化に對待す可からず、一條の途徑は可に以て無方に應ず可からず、船を刻すは可に以て遺劍を索め可からず、柱を膠するは可に以て淸音を諧す可からず。ゆえに翠蓋は晴朗に設けず、朱輪は川を涉るに施さず、味淡ければ便ち鹽を加え、沸溢すれば便ち水を增し而も火を減ず。
抱朴子曰:丹書鐵券,刺牲歃血,不能救違約之弊,則難以結繩檢矣。五刑九伐,赤族之威,不足以止覬覦之奸,則不可以舞幹化矣。是以《書》有世重之文,《易》有隨時之宜。
抱朴子曰く、丹書鐵券・牲を刺して血を歃むるも、能く約を違うの弊を救わざれば、便ち難く結繩を以て檢す可からず。五刑九伐・族を赤くするの威も、足りて以て覬覦の奸を止めざれば、便ち可に干を舞うを以て化す可からず。因此《書》は世重きの文有り、《易》は時に隨うの宜有り。
抱朴子曰:人有識真之明者,不可欺以偽也,有揣深之智者,不可誑以淺也。不然,以虺蛇為應龍,狐鴟為麟鳳矣。
抱朴子曰く、人は真を識るの明有れば、可に僞を以て欺く可からず。深を揣るの智有れば、可に淺を以て誑く可からず。然らざれば、便ち虺蛇を以て應龍と當て、狐鴟を以て麟鳳と當てん。
抱朴子曰:世有雷同之譽而未必賢也;俗有讙譁之毀而未必惡也。是以迎而許之者,未若鑑其事而試其用;逆而距之者,未若聽其言而課其實。則佞媚不以虛談進,良能不以孤弱退,駑蹇輟望於大輅,戎虯揚鑣而電騁。則功胡大而不可建,道胡遠而不可到
抱朴子曰く、世上は雷同の譽有りて而も未必賢ならず。俗は喧嘩の毁有りて而も未必惡ならず。因此迎えて便ち許可するは、其の事を鑑りて其の用を試みるに如かず。逆えて便ち拒絶するは、其の話を聽きて其の實を課するに如かず。則ち佞媚は虛談を靠らずして進用せられ、良能は孤弱に因りて退下せず、駑蹇は大輅に對して望を停め、戎虬は鑣を揚げて而も電騁す。則ち功は何大しか不可建とせんや、道は何遠しか不可到とせんや。
抱朴子曰:潛朽之木,不能當傾山之風,含隙之崖,難以值滔天之濤。故七百之祚,三十之世,非徒牧野之功;倒戈之敗,鹿臺之敗,不始甲子之朝。其強久矣,其亡尚矣。
抱朴子曰く、潜朽の木は、能く傾山の風に當たらず。隙を含むの崖は、難く滔天の濤に碰上らず。ゆえに七百の祚・三十の世は、ただ牧野の功のみならず。戈を倒すの敗・鹿臺の敗は、甲子の那日の早上より始まらず。其の強は是れ久しきなり、其の亡は是れ早有り。
抱朴子曰:貴遠而賤近者,常人之用情也;信耳而疑目者,古今之所患也。是以秦王嘆息於韓非之書而想其為人,漢武慷慨於相如之文而情不同世;及既得之,終不能拔。或納讒而誅之,或放之乎冗散,此蓋葉公之好偽形,見真龍而失色也。
抱朴子曰く、遠を貴びて近を賤むは、是れ常人の情を用うるなり。耳を信じて目を疑うは、是れ古今の患う所なり。因此秦王は韓非の書に對して歎息して而も其の爲人を想い、漢武は相如の文に對して慷慨して而も情は世を同じくせず。已に得るに等到れば、終竟能く拔用せず。或いは讒を納れて而も彼を誅し、或いは彼を冗散に放つ、這大概是れ葉公の僞形を好みて、真龍を看見して而も色を失うなり。
抱朴子曰:摩尼不宵朗,則無別於磧礫;化鯤不凌霄,則靡殊於桃蟲。綿駒吞聲,則與喑人為群;逸才沈抑,則與凡庸為伍。故(魚旦)鰍褻絳虯於淵洿,駑蹇黷駿騄於垧野者,不識彼物靜與之同,動與之異。
抱朴子曰く、摩尼は夜裡亮せざれば、則ち磧礫と分別なし。化鯤は霄を凌がざれば、則ち桃蟲と殊なし。綿駒は聲を吞めば、則ち啞人と群を成し、逸才は沉抑せば、則ち凡庸と伍を爲す。ゆえに泥鰌は深池の裡に絳虬を褻慢し(底本は「(魚旦)鰍」と作る、「魚旦」は偏旁の殘留)、駑蹇は垧野に駿驥を垢黷す、是れ那物の靜時にそれと同じく・動時にそれと異なるを識らざるなり。
抱朴子曰:棄金璧於途路,則行人止足;委錦紈於泥濘,則見者驚咄。若夫放高世之士於庸滷之伍,捐經國之器於困滯之地,而談者不訟其屈,達者不拯其窮,或貴其文而忽其身,或用其策而忘其功。斯之為病,由來久矣。
抱朴子曰く、金璧を途路に棄てば、則ち行人は足を止む。錦紈を泥濘に委れば、則ち見る人は驚咄す。高世の士を庸鹵の隊伍の裡に放ち、經國の器を困滯の處に捐ぐるに至りては、而も談ずる人は其の屈を訟えず、達する人は其の窮を拯わず、或いは其の文を看重して而も其の身を忽略し、或いは其の策を用いて而も其の功を忘掉す。這の病は、由來久し。
抱朴子曰:開源不億仞,則無懷山之流;崇峻不凌霄,則無彌天之雲。財不豐,則其惠也不博;才不遠,則其辭也不贍。故睹盈丈之牙,則知其不出徑寸之口;則百尋之枝,則知其不附毫末之木。
抱朴子曰く、源を開くは億仞に到らざれば、則ち山を懷くの流なし。峻を崇むるは霄を凌がざれば、則ち天を彌るの雲なし。財豐ならざれば、則ち其の惠も亦た博ならず。才遠からざれば、則ち其の辭も亦た贍ならず。ゆえに丈に盈つるの牙を看見すれば、便ちそれは寸を徑るの口より出でざるを知る。百尋の枝を看見すれば、便ちそれは毫末の木に附せざるを知る。
抱朴子曰:靈鳳所以晨起丹穴,夕萃軒丘,日未移晷,周章九陔,凌風蹈云,不掇不閡者,以其六翮之輕勁也。夫才大器,亦有國之六翮也。
抱朴子曰く、靈鳳の晨起して丹穴を離れ・夕萃して軒丘に・日還に未だ晷を移さずして・便ち九陔を周章し・風を凌り雲を蹈りて・掇せず阂せざる所以は、是れ其の六翮の輕勁に因る。才大の器は、も亦た是れ國有るの六翮なり。
抱朴子曰:淇衛忘歸,不能無弦而遠激;振塵之音,不能無器而興哀。超俗拔萃之德,不能立功於未至之時。
抱朴子曰く、淇衛・忘歸は、能く弦なきに就きて遠激せず。塵を振るの音は、能く器なきに就きて哀を興さず。俗を超え萃を拔くの德は、能く未至の時に功を立てず。
抱朴子曰:朱綠之藻,不秀於枯柯;傾山之流,不發乎涸源。熠耀之宵焰,不能使萬品呈形;志盡勢利,不能使芳風邈世。
抱朴子曰く、朱綠の藻は、枯柯の上に秀でず。山を傾ぐるの流は、涸源より發出せず。熠耀は夜裡の焰は、能く萬品をして形を呈せしめず。志は勢利に盡くれば、能く芳風をして世を邈ならしめず。
抱朴子曰:重淵不洞地,則不能含螭龍,吐吞舟;峻山不極天,則不能韜琳琅,播雲雨;立德不絕俗,則不能收美聲,著厚實;執志不絕群,則不能臻成功,銘弘勳。而凡夫朝為蜩翼之善,夕望丘陵之益,猶立植黍稷,坐索於豐收也。
抱朴子曰く、重淵は地を洞穿せざれば、便ち能く螭龍を含み・舟を吐吞せず。峻山は天に極まらざれば、便ち能く琳琅を韜め・雲雨を播さず。德を立つるは俗を絶たざれば、便ち能く美聲を収め・厚實を顯せず。志を執るは群を絶たざれば、便ち能く功を成し・弘勳を銘せず。而も凡夫は早上蜩翼のあの如き善を做して、晚上便ち丘陵のあの如き益を望むは、便ち剛く立ちて黍稷を種下して、坐して便ち豐收を索要するが如し。
抱朴子曰:行無邈俗之標,而索高世之稱;體無道藝之本,而營朋黨之末。欲以收清貴於當世,播德音於將來,猶褰裳以越滄海,企佇而躍九玄。
抱朴子曰く、行は邈俗の標なくして、然れども高世の稱を索め。體は道藝の本なくして、然れども朋黨の末を營す。這個を憑りて以て當世に淸貴を収め、將來に向かって德音を播かんと想うは、便ち衣裳を提起して以て滄海を越え、脚を踮りて以て九玄に躍上せんとするが如し。
抱朴子曰:泥龍雖藻繪炳蔚,而不堪慶雲之招;撩禽雖雕琢玄黃,而不任凌風之舉;芻狗雖飾以金翠,而不能躡景以頓逸;近才雖豐其寵祿,而不能令天清而地平。
抱朴子曰く、泥龍は卽使藻繪炳蔚とも、慶雲の招に當たる能わず。木雕の禽は卽使玄黄を雕琢するとも、能く風を凌ぐの擧に任ぜず。芻狗は卽使金翠を用いて以て飾るとも、能く景を蹑みて以て逸を頓せず。近才は卽使其の寵祿を加豐するとも、能く天をして淸にして而も地を平げしめず。
抱朴子曰:毒弱既陳,則旁有爛腸之鼠;明燎宵舉,則下有聚死之蟲。芻豢之豐,則鼎俎承之;才小任大,則泣血漣如。桑霍為戒厚矣,範疏之鑑明矣。
抱朴子曰く、毒弩は既に陳列せられば、則ち旁邊に腸を爛かすの鼠有り。明燎は夜裡擧起せられば、則ち下面に死を聚むるの蟲有り。芻豢は豐盛なれば、則ち鼎俎は接して來る。才小さく任大なれば、則ち血を泣き漣如たり。桑・霍は戒を做る已に厚く、范・疏の鑑は已に明なり。
抱朴子曰:滄海揚萬里之濤,不能斂山峰之塵;驚風摧千仞之木,不能拔弱草之草亥。豸區虎武虎闞,不能威蚊虻;冠世之才,不能合流俗。
抱朴子曰く、滄海は萬里の濤を揚ぐるも、能く山峰の塵を斂めず。驚風は千仞の木を摧折するも、能く弱草の根荄を拔かず(底本は「草之草亥」と作る、「草亥」は「荄」の訛)。虓虎は怒阚するも(底本は「豸區虎武虎阚」と作る、文字訛脫、當に「虓虎阚」と讀作すべし)、能く蚊虻を威嚇せず。世に冠たるの才は、能く流俗に合せず。
抱朴子曰:堅志者,功名之主也;不惰者,眾善之師也。登山不以艱險而止,則必臻乎峻嶺矣;積善不以窮否而怨,則必永其令問矣。
抱朴子曰く、堅志は、是れ功名の主なり。惰ならざるは、是れ衆善の師なり。山に登るは險艱に因りて止まざれば、便ち一定に峻嶺に臻る。善を積むは窮否に因りて怨ぜざれば、便ち一定に其の令聞をして長久ならしむ。
抱朴子曰:和鵲雖不長生,而針石不可謂非濟命之器也;儒者雖多貧賤,而墳典不可謂非進德之具也。播種有不收者矣,而稼穡不可廢;仁義有遇禍者矣,而行業不可惰。
抱朴子曰く、和・鵲は雖も能く長生せざるも、然れども鍼石は可に以て是れ命を濟するの器に非ずと説く可からず。儒者は雖も多く貧賤なるも、然れども墳典は可に以て是れ德を進むるの具に非ずと説く可からず。播種は収めざるの了有るも、然れども稼穑は可に廢す可からず。仁義は禍に遇うの了有るも、然れども行業は可に惰る可からず。
抱朴子曰:重載不止,所以沈我舟也;昧進忘退,所以危我身也。聚蠍攻本,雖權安然,必傾之徵也。
抱朴子曰く、重載は停まらざるは、是れ我が舟を沉める所以の緣故なり。昧進して退を忘るるは、是れ我が身を危くする所以の緣故なり。蝎を聚めて本を攻むれば、卽使暫時安然とも、も亦た是れ必傾の徵兆なり。
抱朴子曰:玄雲為龍興,非虺蜓所能招也;飈風為虎發,非狐貉之能致也。是以大人受命,則逸倫之士集;玉帛幽求,則丘園之俊起。
抱朴子曰く、玄雲は龍の爲に興るは、虺蜓の能く招く所に非ず。飆風は虎の爲に發するは、狐貉の能く致す所に非ず。因此大人は命を受けば、則ち逸倫の士は集り。玉帛を用いて幽に求めれば、則ち丘園の俊は起つ。
抱朴子曰:金以剛折,水以柔全,山以高陊,谷以卑安。是以執雌節者無爭雄之禍,多尚人者有召怨之患。
抱朴子曰く、金は剛に因りて折れ、水は柔に因りて全うし、山は高に因りて崩堕し、谷は卑に因りて安んず。因此雌節を執る人は雄を爭うの禍なく、人を尚ぶ多き人は怨を召すの患有り。
抱朴子曰:淮陰隱勇於跨下,不損其龍躍而虎視;應侯韜奇於溺簣,不妨其鸞翔而鳳起也。或南面稱孤,或宰總檯鼎。故一抑一揚者,輕鴻所以凌虛也;乍屈乍伸者,良才所以俟時也。
抱朴子曰く、淮陰は胯下に勇を隱すも、其の龍躍して虎視するを損せず。應侯は溺簣の裡に奇を韜めるも、其の鸞翔して鳳起つを防礙せず。或いは南面して孤と稱し、或いは臺鼎を宰總す。ゆえに一抑一揚は、是れ輕鴻の以て虛を凌ぐ所以の緣故なり。乍屈乍伸は、是れ良才の以て時を俟ぐ所以の緣故なり。
抱朴子曰:焦螟之卑棲,不肯為銜鼠之唳天;玄蟬之潔飢,不願為蜣螂之穢飽。是以禦寇不納鄭陽之惠,曾叄不美晉楚之寶。
抱朴子曰く、焦螟は卑栖して、肯んじて鼠を銜えて以て天に唳るの事を做らず。玄蟬は潔饑して、願わず蜣螂の穢飽の事を做らず。因此御寇は鄭陽の惠を接納せず、曾參は晉楚の寶を美とせず(底本は「曾叁」と作る、「叁」は「参」の訛)。
抱朴子曰:微飆不能揚大海之波;毫芒不能動萬鈞之鍾。是以漆園思惠,有捐斤之嘆;伯氏哀期,有剿弦之憤。短唱不足以致弘麗之和,勢力不足以移淡泊之心。
抱朴子曰く、微飆は能く大海の波を揚起せず。毫芒は能く萬鈞の鐘を打動せず。因此漆園は惠を思いて、斤を捐ぐるの歎有り。伯氏は期を哀して、弦を剿するの憤有り。短唱は足りて以て弘麗の和を招致せず、勢力は足りて以て淡泊の心を移易せず。
抱朴子曰:熊羆不校捷於狐狸,金鶚不兢擊於小鷂。是以張耳掩壯於抱關,朱亥竄勇於鼓刀。
抱朴子曰く、熊羆は狐狸と捷を較べず、金鶚は小鷂と擊を競わず。因此張耳は關を抱きて壯を掩住し、朱亥は刀を鼓するに勇を竄藏す。
抱朴子曰:懸魚惑於芳餌,檻虎死於籠狐。不可以釣緡致者,必虯螭也;不可以機阱誘者,必麟虞也。
抱朴子曰く、懸くるの魚は芳餌に惑わされ、檻裡の虎は籠中の狐に死す。可に釣緡を以て招致す可からざるは、一定是れ虬螭なり。可に機阱を以て引誘す可からざるは、一定是れ麟虞なり。
抱朴子曰:夫雲翔者,不知泥居之洿;處貴者,鮮恕群下之勞。然根朽者,尋木不能保其千日之茂也;民怨者,堯舜不能恃其長世之慶也。
抱朴子曰く、雲の中に翔る人は、泥居の污を知らず。貴に處る人は、群下の勞を體諒する少なし。然れども根朽るるは、喬木は能く其の千日の茂を保たず。民怨むるは、堯舜は能く彼らの長世の慶を恃まず。
抱朴子曰:凡木結根於靈山,而匠石為之寢斤斧;小鮮寓身於龍池,而漁父為之息綱罟。蚊集鷹首,則鳸鵦不敢啄;鼠住虎側,則狸犬不敢睨。
抱朴子曰く、凡木は根を靈山に結びて、而も匠石は此の爲に斤斧を停めたり。小魚は身を龍池に寄せて、而も漁父は此の爲に綱罟を息めたり。蚊は鷹首に集れば、則ち鳸鳥は敢えて啄まず。鼠は虎側に住せば、則ち狸犬は敢えて睨まず。
抱朴子曰:靈蔡默然,而吉凶昭晰於無形;春蛙長譁,而醜音見患於聒耳。故聲希者響必巨,辭寡者信必著。
抱朴子曰く、靈蔡は默然として、而も吉凶は無形の中に昭晰す。春蛙は長く嘩きて、而も醜音は耳を聒くに因りて患えられり。ゆえに聲稀の人は響一定に巨く、辭寡の人は信一定に顯る。
抱朴子曰:箕踞之俗,惡盤旋之容;被髮之域,憎章甫之飾。故忠正者排於讒勝之世,雅人不容乎惡直之俗。
抱朴子曰く、箕踞の俗は、盤旋の容を厭惡す。被髮の域は、章甫の飾を憎惡す。ゆえに忠正の人は讒勝の世に排せられ、雅人は直を惡むの俗に容せられず。
抱朴子曰:升水不能救藪之燔草熱,撮壤不能遏砥柱之騰沸,寸刃不能刊長洲之林,獨是不能止朋黨之非。
抱朴子曰く、升水は能く大澤の裡の燔燒の熱を救わず(底本は「燔草熱」と作る、「草」は疑らくは衍)、撮壤は能く砥柱の騰沸を遏めず、寸刃は能く長洲の林を刊せず、獨自正確は能く朋黨の非を止めず。
抱朴子曰:千羊不能捍獨虎,萬雀不能抵一鷹。庭燎攢舉,不及羲和之末景;百鼓並伐,未若震霆之餘聲。是以庸夫盈明,不能使彝倫攸敘;英俊孤任,足以令庶事根長。
抱朴子曰く、千羊は能く一隻の獨虎を抵禦せず、萬雀は能く一隻の鷹を抵當せず。庭燎は攢りて擧起するも、羲和の末景に趕及ばず。百鼓は一併敲伐するも、震霆の餘聲に如かず。因此庸夫は朝廷に充滿するも、能く彝倫をして攸叙せしめず。英俊は孤任するも、足りて以て庶事をして根長せしむ。
抱朴子曰:非分之達,猶林卉之冬華也;守道之窮,猶竹柏之履霜也。故識否泰於獨見者,雖劫以鋒銳,猶不失正而改途焉,安肯諂笑以偶俗乎體方貞以居直者,雖誘以封國,猶不違情以趨時焉,安肯躐徑以取容乎
抱朴子曰く、分に非ざるの達は、便ち林卉の冬花の如し。道を守るの窮は、便ち竹柏の霜を履むの如し。ゆえに獨見の裡に否泰を識る人は、卽使鋒銳を拿りて以て劫すとも、還に正を失わずして而も途を改めず、怎ぞ肯んじて諂笑して以て俗に偶らんや。方貞を體して以て直に居る人は、卽使封國を拿りて以て誘うとも、還に情に違わずして以て時に趨らず、怎ぞ肯んじて捷徑を踩りて以て容を取らんや。
抱朴子曰:震雷車訇車盍,而不能致音乎聾聵之耳,重光麗天,而不能曲景於幽岫之中;凝冰慘慄,而不能凋款冬之華;朱飆鑠石,而不能靡蕭丘之木。故至德有所不能移也。
抱朴子曰く、震雷は訇磕すれど(底本は「車訇車盍」と作る、當に「訇磕」と讀作すべし)、而も能く音を聾聵の耳の裡に送到せず。重光は天に麗すれど、而も能く影を幽岫の中に曲照せず。凝冰は慘栗すれど、而も能く款冬の花を凋ませず。朱飆は石を鑠くれど、而も能く蕭丘の木を摧毀せず。ゆえに至德は能く移せざる所有り。
抱朴子曰:弓廣弩危機,嚴鏃銜弦,至可忌也,而勇雉觸之而不猜;暗政亂邦,惡直妒能,甚難測也,而貪人競而不避。故飛鋒暴集而不覺,禍敗奄及而不振。是以愚夫之所悅,乃達者之所悲也;凡才之所趨,乃大智之所去也。
抱朴子曰く、彍弩は危機にして(底本は「弓廣弩」と作る、「弓廣」は「彍」の訛)、嚴鏃は弦を銜えるは、是れ極めて忌る可きにして、而も勇雉は往きて觸れて然れども猜せず。暗政亂邦・直を惡み能を妒むは、是れ測り難きにして、而も貪人は競趨して然れども避けず。ゆえに飛鋒は暴集して而も覺えず、禍敗は忽然として到來して而も振わず。因此愚夫の悅ぶ所は、乃是れ達者の悲しむ所なり。凡才の趨る所は、乃ち是れ大智の去る所なり。
抱朴子曰:風不輟則扇不用,日不入則燭不明,華不墮則實不結,岸不虧則谷不盈。九有乂安,則韓白之功不著;長君繼軌,則伊霍之勳不成。故病困乃重良醫,世亂而貴忠貞。
抱朴子曰く、風停まらざれば則ち扇は用いられず、日入らざれば則ち燭は明ならず、花墮ちざれば則ち實は結ばず、岸虧けざれば則ち谷は盈たず。九有は安定せば、則ち韓・白の功は顯れず。長君は軌を繼げば、則ち伊・霍の勳は成らず。ゆえに病困して乃ち良醫を看重し、世亂れて乃ち忠貞を貴ぶ。
抱朴子曰:好榮故樂譽之慾多,畏辱則憎毀之情急。若夫通精元一,命契造化,混盈虛以同條,齊得失於一指者,愛惡未始有所繫,窮通不足以滑和。
抱朴子曰く、榮を好むはゆえに譽を樂しむの欲多く、辱を畏るれば則ち毁を憎むの情急し。玄一に精を通じ、命と造化と合契して、盈虛を一條に混成し、得失を一指に齊しくする人に至りては、愛惡は未だ曾て係る所有らず、窮通は足りて以て和を滑亂せず。
抱朴子曰:與奪不汨其神者,至粹者也;利害不染其和者,極醇者也。浩浩乎非瓢觶所校矣,茫茫乎非跬步所尋矣。聲希所以為大音,和寡所以崇我貴,玄黃遼邈而不與□其曠,死生大矣,而不以改其守,常分細碎,將胡恤焉
抱朴子曰く、與奪は其の神を汩亂せざる人は、是れ至粹の人なり。利害は其の和に染まざる人は、是れ極醇の人なり。浩浩乎として瓢觶の能く校する所に非ず、茫茫乎として跬步の能く尋くる所に非ず。聲稀なるはゆえに大音と成り、和寡なるはゆえに我が貴を崇む、玄黄は遼邈として而も〔底本此字殘缺〕と其の曠を比せず、死生は是れ大なるにして、而も此に因りて其の守を改めず、常分は細碎にして、又何須憂恤せんや。
抱朴子曰:林繁則匠入矣,珠美則蟲奉裂矣。石含金者焚鑠,草任藥者剪掘,刃利則先缺,弦哀則速絕。用以適己,真人之寶也;才合世求,有伎之災也。
抱朴子曰く、林繁ければ則ち匠人は進入し、珠美なれば則ち蚌は裂けられ(底本は「虫奉裂」と作る、「虫奉」は「蚌」の訛)。石は金を含むは焚鑠せられ、草は藥に任ずるは剪掘せられ、刃利なれば則ち先ず缺け、弦哀すれば則ち速やかに絶ゆ。以て己に適うに用いるは、是れ真人の寶なり。才は世の求に合うは、是れ伎有るの災なり。
抱朴子曰:準的陳則流鏑赴焉;美名起則謗讀言攻焉。瑰貨多藏則不招怨而怨至矣,器盈志驕則不召禍而禍來矣。
抱朴子曰く、準的一旦陳列せば則ち流鏑は之れに赴向し、美名一旦興起せば則ち謗讟は之れに攻向す(底本は「謗讀言」と作る、「讀」は「讟」の訛)。瑰貨は多藏すれば則ち怨を招かずして而も怨到り、器盈ち志驕れば則ち禍を召せずして而も禍來る。
抱朴子曰:連城之寶,非貧寒所能市也;高世之器,非淺俗所能識也。然盈尺之珍,不以莫知而暗其質;逸倫之士,不以否塞而薄其節。樂天任命,何怨何尤!
抱朴子曰く、連城の寶は、是れ貧寒の能く買う所に非ず。高世の器は、是れ淺俗の能く識る所に非ず。然れども尺に盈つるの珍は、知る人なきに因りて其の質を暗くせず。逸倫の士は、否塞に因りて其の節を薄くせず。天を樂しみ命に任すれば、什麼の怨・什麼の尤有らん。
抱朴子曰:大鵬無戒旦之用,巨象無馳逐之才。故蔣琬敗績於百里,而為三臺之標;陳平困瘁於治家,而懷六奇之略。
抱朴子曰く、大鵬は旦を戒むるの用處なく、巨象は馳逐の才なし。ゆえに蔣琬は百里に敗績するも、然れども三臺の標を做り。陳平は家を治むるに困瘁するも、然れども六奇の略を懷けり。
抱朴子曰:明暗者,才也,自然而不可飾焉;窮達者,時也,有會而不可力焉。呂尚非早蔽而晚智,然振素而僅遇;韓信非初怯而末勇,然危困而後達。
抱朴子曰く、明暗は是れ才にして、自然にして而も可に文飾す可からず。窮達は是れ時にして、際會有りて而も可に力強す可からず。呂尚は是れ早蔽して而も晚智なるに非ず、然れども白髮に到りて乃ち僅僅遇上せり。韓信は是れ初怯して而も後來勇なるに非ず、然れども危困して而も後達せり。
抱朴子曰:奔驥不能及既住之失,千金不能救斯言之玷。故博其施者,未若防其微;勤其求者,不如寡其辭。
抱朴子曰く、奔驥は已に過去するの失に趕及ばず、千金は這話の已に玷污するの處を救わず。ゆえに施博を大にするは、其の微を防ぐに如かず。求を加勤するは、其の辭を寡くするに如かず。
抱朴子曰:烈士之愛國也如家,奉君也如親,則不忠之事,不為其罪矣。仁人之視人也如己,待疏也猶密,則不恕之怨,不為其責矣。
抱朴子曰く、烈士は國を愛するは家の如く、君を奉ずるは親の如くせば、則ち忠ならざるの事は、其の罪と爲らず。仁人は人を看るは自己の如く、疏の人を待つは還に密の如くせば、則ち恕ならざるの怨は、其の責と爲らず。
抱朴子曰:玄冰未結,白雪不積,則青松之茂不顯;俗化不弊,風教不頹,則皎潔之操不別。在危國而沈賤,故莊萊抗遺榮之高;居亂邦而飢寒,故曾列播忘富之稱。
抱朴子曰く、玄冰は還に未だ結ばず、白雪は還に積らざれば、則ち青松の茂は顯れず。俗化は弊れず、風教は頹れざれば、則ち皎潔の操は分別せず。危國に在りて而も沉賤すれば、ゆえに莊・萊は榮を遺すの高を抗起せり。亂邦に居りて而も饑寒すれば、ゆえに曾・列は富を忘るるの稱を播下せり。
抱朴子曰:天居高而鑑卑,故其網雖疏而不漏;神聰明而正直,故其道賞真而伐偽。是以惠和暢於九區,則七耀得於玄昊;殘害著於品物,則二氣謬於四八。
抱朴子曰く、天は高に居りて而も卑を鑑る、ゆえに其の網は雖も疏なるも而も漏らず。神は聰明にして正直、ゆえに其の道は真を賞して而も僞を伐つ。因此惠は九區に和暢せば、則ち七耀は玄昊に得ん。殘害は品物に顯れれば、則ち二氣は四時八節の上に繆えん。
抱朴子曰:天秩有罔極之尊,人爵無違德之貴。故仲尼雖匹夫而饗祀於百代,辛癸為帝王而僕豎不願以見比,商老身愈賤而名愈貴,幽厲位彌重而罪彌著。故齊王之生,不及柳惠之墓;秦王之宮,未若康成之閭。
抱朴子曰く、天秩は極なきの尊有り、人爵は德に違うの貴なし。ゆえに仲尼は雖も是れ匹夫なるも而も百代は祀を饗き、辛・癸は帝王を做るも而も僕豎は以て比ぶるを願わず、商山四老は身は越えて賤く而も名は越えて貴く、幽・厲は位は越えて重く而も罪は越えて顯る。ゆえに齊王は生きて、柳下惠の墓に趕及ばず。秦王の宮は、康成の里巷に如かず。
抱朴子曰:影響不能無形聲以著,餘慶不可以無德而招。故唐堯為政七十餘載,然後景星摛耀;羊公積行,黃髮不倦,而乃墜金雨集。途遠者其至必遲,施後者其報常晚。
抱朴子曰く、影響は能く形聲なきに就きて顯れず、餘慶は可に無德を以て招く可からず。ゆえに唐堯は政を爲すこと七十余年にして、然後景星は耀を舒ぶ。羊公は行を積み、黃髮は倦まずして、而も後墜金は雨の如く集る。路遠き人は到る一定に遲く、施在後の人は報常常に晚し。
