抱朴子外篇 · 第6巻
夫風經府藏,使人惚怳,及其劇者,自傷自虞。或遇斯疾,莫不憂懼,吞苦忍痛,欲其速愈。至於醉之病性,何異於茲。而獨居密以逃風,不能割情以節酒。若畏酒如畏風,憎醉如憎病,則荒沈之咎塞,而流連之失止矣。夫風之為疾,猶展攻治,酒之為變,在乎呼吸。及其悶亂,若存若亡,視泰山如彈丸,見滄海如盤盂,仰嚾天墮,俯呼地陷,臥待虎狼,投井赴火,而不謂惡也。夫用身之如此,亦安能惜敬恭之禮,護喜怒之失哉!
(抱朴子が続けて言うには、)風は府藏を經過して、人をして惚怳せしめ、劇烈の時に等到れば、自己を傷害し自己を憂虞す。或いは這種の病に遇上すれば、憂懼せざるなし、苦を吞み痛を忍んで、それの迅速全癒せんを欲す。醉が性を損壞するに至りては、這個と什麼の分別有らん。然れどもただ密居して以て風を逃避し、情を割舍して以て酒を節制する能わず。若し酒を怕ること風を怕るが如く、醉を憎惡すること病を憎惡するが如くせば、荒沈の咎は便ち堵塞せられ、流連の過失は便ち停止せん。風は疾病と爲して、還に攻治を施展す可く、酒は變亂と爲して、ただ呼吸の間に在り。悶亂に等到れば、在るが如く在らざるが如く、泰山を看れば彈丸の如く、滄海を看見れば盤盂の如く、頭を仰ぎて呼叫して天は將に墮せんとし、頭を低くして呼叫して地は將に陷せんとし、臥して虎狼を等待し、井に投じ火に赴くも、然れども這是惡と説かず。這の如く身子を使用すれば、又怎ぞ能く敬恭の禮を愛惜し、喜怒の過失を護住せんや、と。
昔儀狄既疏,大禹以興。糟丘酒池,辛癸以亡。豐侯得罪,以戴尊銜懷。景升荒壞,以三雅之爵。劉松爛腸,以逃暑之飲。郭珍發狂,以無日不醉。信陵之兇短,襄子之亂政,趙武之失眾,子反之誅戮,漢惠之伐命,灌夫之滅族,陳遵之遇害,季布之疏斥,子建之免退,徐邈之禁言,皆是物也。世人好之樂之者甚多,而戒之畏之者至少,彼眾我寡,良箴安施且願君節之而已。
(抱朴子が続けて言うには、)從前儀狄は疏遠せられ、大禹は此に因りて興起せり。糟丘酒池は、辛癸此に因りて滅亡せり。豐侯は罪を得たり、酒尊を戴着し酒杯を銜えたるに因る。劉表は荒壞せり、三雅の爵に因る。劉松は腸を爛し、暑を避くるの飲に因る。郭珍は狂を發し、一日も醉わざるなきに因る。信陵の凶短・襄子の亂政・趙武の衆を失う・子反の誅戮せられ・漢惠の性命を損傷し・灌夫の族を滅ばし・陳遵の害に遇い・季布の疏斥せられ・子建の免退せられ・徐邈の言を禁ぜられしは、皆是れ這個の東西なり。世人それを喜好しそれを以て樂と爲す人は甚だ多く、而もそれを警戒しそれを畏懼する人は至少し。彼衆く我寡く、良箴怎麼して施行せん。ただ願わくは您のそれを節制するのみ、と。
曩既年荒谷貴,人有醉者相殺,牧伯因此輒有酒禁,嚴令重申,官司搜索,收執榜徇者相辱,制鞭而死者太半。防之彌峻,犯者至多。至乃穴地而釀,油囊懷酒。民之好此,可謂篤矣。餘以匹夫之賤,托此空言之書,未如之何矣。
(抱朴子が続けて言うには、)從前既に年荒く穀貴く、人に醉て互相殺す者有り、牧伯此に因りて往往酒禁有り、嚴令重新申明し、官司搜索し、收執して榜徇する人は互相辱められ、制鞭に被りて死する人は太半なり。防備越加峻嚴なれば、觸犯する人越多し。甚至り地を挖りて以て釀し、油囊に酒を懷く。百姓は這個を喜好す、以て篤厚と説く可し。我は匹夫の低賤を以て、這空言の書裡に托付し、それを拿りて辦法なし、と。
又臨民者雖設其法,而不能自斷斯物,緩己急人,雖令不從,弗躬弗親,庶民弗信。以此而教,教安得行;以此而禁,禁安得止哉沽賣之家,廢業則困,遂修飾賂遺,依憑權右,所屬吏不敢問。無力者獨止,而有勢者擅市。張爐專利,乃更倍售,從其酤買,公行靡憚,法輕利重,安能免乎哉
(抱朴子が続けて言うには、)又民に臨む人は雖も法を設立するも、然れども能く自己に這種の物を斷絶せず、自己に對しては寬く別人に對しては急にして、卽使令を下すも亦た聽從せず、自己は躬親せざれば、庶民は便ち信ぜず。這個を拿りて以て教えば、教は怎麼して實行せん。這個を拿りて以て禁ずれば、禁は怎麼して止住せんや。沽賣の人家は、行業を廢棄すれば便ち困頓し、是に賄賂饋贈を修飾し、權右に依憑し、所屬の吏は問う敢えせず。力なき人は獨自停止し、勢有る人は獨占市場す。爐を張開して其の利を專擅し、竟に更加倍して出售し、彼らに跟って酒を買い、公然橫行して忌憚なく、法輕く利重ければ、怎麼して免れんや、と。
或人難曰:“夫夏桀殷紂之亡,信陵漢惠之殘,聲色之過,豈唯酒乎!以其生患於古,而斷之於今,所謂以褒姒喪周,而欲人君廢六宮,以阿房之危秦,而使王者結草菴也。蓋聞昊天表酒旗之宿,坤靈挺空桑之化,燎祡員丘,瘞薶圻澤,祼鬯儀彝,置降神祇,酒為禮也。
或る人が責難して曰く、夏桀殷纣の滅亡・信陵漢惠の殘敗は、聲色の過錯にして、何處かただ酒のみならんや。それが古代に患を產生したるに因りて、便ち今天にそれを斷絶するは、所謂褒姒に因りて周を喪えば、便ち人君をして六宮を廢除せしめんと想い、阿房に因りて秦を危害せば、便ち王者をして草庵を結ばんとするなり。聞く、昊天は酒旗の星宿を表彰し、坤靈は空桑の造化を挺出し、柴を圓丘に燎し、瘗を圻澤に埋め、祼鬯の儀彝は、設置して以て神祇を降下す、酒は是れ禮なり、と。
千鍾百觚,堯舜之飲也。唯酒無量,仲尼之能也。姬旦酒餚不撤,故能制禮作樂。漢高婆娑巨醉,故能斬蛇鞠旅。於公引滿一斛,而斷獄益明。管輅傾仰三鬥,而清辯綺粲。揚雲酒不離口,而《太玄》乃就。子圉醉無所識,而霸功以舉。一瓶之醪傾,而三軍之眾悅。解毒之觴行,而盜馬之屬感。消憂成禮,策勳飲至,降神合人,非此莫以也。內速諸父,外將嘉賓,如淮如澠,《春秋》所貴。由斯言之,安可誡乎”
(或る人が続けて言うには、)千鍾百觚は、是れ堯舜の飲なり。ただ酒のみ限量なく、是れ仲尼の能耐なり。姬旦は酒肴撤下せず、ゆえに能く禮を制し樂を作せり。漢高は婆娑大醉し、ゆえに能く蛇を斬り師を誓えり。于公は一斛を斟滿し、獄を斷ずる更加明白なり。管輅は三斗を傾仰し、清辯綺粲たり。揚雄は酒口を離れず、而も《太玄》乃ち寫成せり。子圉は醉て識る所なく、霸功此に因りて擧起せり。一瓶の醪傾倒すれば、三軍の衆喜悅す。毒を解するの觴通行すれば、馬を盜むの一類人は感化せられり。憂を消し禮を成し、勳を策し至に飲み、神を降し人を合すは、這個に非ざれば便ち從無し。內に諸父を招請し、外に嘉賓を送行し、淮の如く澠の如くするは、是れ《春秋》の貴ぶ所なり。此より説けば、怎麼して以て誡めんや、と。
抱朴子答曰:“酒旗之宿,則有之矣。譬猶懸象著明,莫大乎日月;水火之原,於是在焉。然節而宣之,則以養生立功;用之失適,則焚溺而死。豈可恃懸象之在天,而謂水火不殺人哉宜生之具,莫先於食;食之過多,實結症瘕。況於酒醴之毒物乎!
抱朴子回答して曰く、酒旗の星宿は、是れ有るなり。便ち懸象顯著光明は、日月より大なるなきが如し。水火の原は、便ちあそこに在り。然れども節制してそれを宣泄すれば、便ち以て生を養い功を立て、それを用いて宜を失えば、便ち焚かれ溺れて死す。豈に以て懸象の天上に在るを依恃して、便ち水火は人を殺さずと説かんや。生を養うの用具は、食より先なるなし。食は得る過多なれば、實に症瘕を結成す。況んや酒醴這種の毒物をや、と。
夫使彼夏桀殷紂信陵漢惠荒流於亡國之淫聲,沈溺於傾城之亂色,皆由乎酒燻其性,醉成其勢,所以致極情之失,忘修飾之術者也。我論其本,子識其末,謂非酒禍,禍其安出是獨知猛雨之沾衣,而不知雲氣之所作;唯患飛埃之糝目,而不覺飈風之所為也。
(抱朴子が続けて言うには、)あの夏桀殷纣・信陵漢惠をして亡國の淫聲の裡に荒流し、傾城の亂色の裡に沈溺せしめしは、皆酒が彼らの性を熏染し、醉があの勢を成就したるに由りて、ゆえに情を極處に用うの過失を致し、修飾の方法を忘掉せり。我は其の本を論じ、您は其の末を認識し、酒の禍に非ずと説くは、禍は何處より出來るか。這是ただ猛雨の衣を沾すを知りて、然れども雲氣の造成する所を知らず。ただ飛埃の目に糁るを患えて、然れども飆風の做す所を覺えざるなり、と。
“千鍾百斛,不經之言,不然之事,明者不信矣。夫聖人之異自才智,至於形骸非能兼人,有七尺三丈之長,萬倍之大也。一日之飲,安能至是仲尼則畏性之變,不敢及亂。周公則終日百拜,餚乾酒澄。上聖戰戰,猶且若斯,況乎庸人,能無悔乎
(抱朴子が続けて言うには、)「千鍾百斛は、是れ經ならざるの話にして、是れこの如きの事に非ず、明白の人は信ぜず。聖人の同じからざるは才智に在りて、形骸に至りては並び人に兼倍する能わず、七尺三丈の長・萬倍の大有らんや。一日の飲は、怎ぞ能く這個の程度に到らん。仲尼は則ち性の變を怕り、敢えて亂に到らず。周公は則ち終日百拜して、肴干く酒澄む。上聖戰戰兢兢として、なおこの如し、況んや庸人をや、能く悔なからんや」と。
漢高應天,承運革命,向雖不醉,猶當斬蛇。於公聰達,明於聽斷,小大以情,不失枉直。是以刑不濫加,世無怨民。但其健飲,不即廢事。若論大醉,亦俱無知。決疑之才,何賴於酒未聞皋繇甫侯子產釋之,醉乃折獄也。
(抱朴子が続けて言うには、)漢高は天に應え、運數を承受して革命し、先前卽使醉わざるとも、も亦た該當蛇を斬るべし。于公は聰達にして、聽斷明白にして、小大實情に按じ、枉直を失わず。ゆえに刑は濫りに加えられず、世上に怨民なし。ただ彼健く飲む、立刻事情を廢棄せず。若し大醉に論ずるに至れば、も皆無知なり。疑を決するの才は、何必酒に依賴せん。皋陶・甫侯・子產・釋之の、醉て乃ち獄を折るを聞かず、と。
管輅年少,希當劇談,故假酒勢以助膽氣。若過其量,亦必迷錯。及其刺毫釐於爻卦,索鬼神之變化,占氣色以決盛衰,聆鳴鳥以知方來,候風雲而克吉凶,觀碑柏而識禍福,豈復須酒,然後審之
(抱朴子が続けて言うには、)管輅は年少にして、劇談を擔當する少く、ゆえに酒勢を借りて以て膽氣を幇助す。若し彼の量を超過せば、も亦た一定に迷錯せん。彼の爻卦の上に毫釐を刺入し、鬼神の變化を求索し、氣色を觀察して以て盛衰を決斷し、鳴鳥を聽いて以て將來を知り、風雲を候いて而も吉凶を確定し、碑柏を觀看して而も禍福を認識するに等到れば、豈に還に酒を須要して、然後乃ち審察せんや、と。
揚雲通人,才高思遠,英瞻之富,稟之自天,豈藉外物,以助著述及其數飲,由於偶好;亦或有疾,以宜藥勢耳。子圉肆志,蓋已素定。雖復不醉,亦於終果。瓶醪悅眾,寓言之喻。誠能賞罰允當,威恩得所,長算縱橫,應機無方,則士思果毅,人樂奮命。其不然也,雖流酒淵,何補勝負繆公飲盜,造次之權,舍法長惡,何足多稱哉!豈如慎之邪
(抱朴子が続けて言うには、)揚雄は是れ通人にして、才高く思遠く、英瞻の富は、天より稟受し、何處か外物を借助して以て著述を幇助せん。彼の屢次飲むに等到れば、偶然の喜好に由る。も亦た或いは病有りて、藥勢に宜しきのみ。子圉は志向を放任す、大概已に素に確定せり。卽使再び醉わざるとも、も亦た終局の上に果然なり。瓶醪の衆を喜悅せしむるは、是れ寓言の比喻なり。若し真能く賞罰允當にして、威恩其の所を得て、長算縱橫にして、機宜に應じて定方なければ、則ち士は果毅を思念し、人は命を奮うを樂しむ。若し是れこの如くならざれば、卽使酒を流して淵と成すも、勝負に對して什麼の補益有らん。繆公は盜賊に酒を飲ましむるは、是れ倉卒の權宜にして、法を舍棄し惡を助長す、何處か多く稱道するに値せん。何處か謹愼に比するを得んや、と。
疾謬卷第二十五
疾謬巻第二十五
抱朴子曰:世故繼有,禮教漸頹。敬讓莫崇,傲慢成俗。儔類飲會,或蹲或踞。暑夏之月,露首袒體。盛務唯在摴草捕彈棋,所論極於聲色之間,舉足不離綺繻紈袴之側,遊步不去勢利酒客之門。不聞清談講道之言,專以醜辭嘲弄為先。以如此者為高遠,以不爾者為呆野。
抱朴子曰く、世故は接いで發生し、禮教は漸漸頹壞す。敬讓は推崇する人なく、傲慢は風俗と成れり。同類飲會し、或いは蹲り或いは踞す。暑夏の月份は、頭を露出し身を袒露す。盛務はただ樗蒱彈棋に在り(底本は「摴草捕」と作る、疑らくは當に「摴蒱」と作るべし)、談論する所は聲色の間に極まり、足を擧げて綺繡紈袴の側を離れず、游步は勢利酒客の門を離れず。清談講道の話を聽見せず、專門に醜辭嘲弄を先に放つ。是れこの如き人を以て高遠と當て、是れこの如きならざる人を以て呆野と當てす、と。
於是馳逐之庸民,偶俗之近人,慕之者猶宵蟲之赴明燭,學之者猶輕毛之應飈風。嘲戲之談,或上及祖考,或下逮婦女。往者務其必深焉,報者恐其不重焉。倡之者不慮見答之後患,和之者恥於言輕之不塞。周禾之芟,溫麥之刈,實由報恨,不能已也。利口者扶強而黨勢,辯給者借鍒以刺瞂。以不應者為拙劣,以先止者為負敗。如此,交惡之辭,焉能默哉!
是に馳逐の庸民・流俗に偶合する近人は、羨慕する人は夜裡の蟲の明燭に奔赴するが如く、學習する人は輕毛の飆風に應和するが如し。嘲戲の談は、或いは上は祖考に及び、或いは下は婦女に到る。先に口を開くは務めて深を求め、回報する人は自己の重からざるを怕る。倡導する人は答えられし後の後患を顧慮せず、應和する人は話の輕く填塞せられざるを恥とす。周禾は芟られ、溫麥は刈られ、實に恨を報ずるに由りて、能く停止せず。利口の人は強きを扶持し勢に結黨し、辯給する人は鋒利を借着して以て盾を刺す。應答せざるを以て拙劣と當て、先に停止するを以て負敗と當てす。這の如く、惡を交うるの辭は、怎ぞ能く沈默せんや。
其有才思者之為之也,猶善於依因機會,準擬體例,引古喻今,言微理舉,雅而可笑,中而不傷,不棖人之所諱,不犯人之所惜。若夫拙者之為之也,則枉曲直湊,使人愕愕然,妍之與媸,其於宜絕,豈唯無益而已哉!
あの才思有る人は這件事を做れば、還に善く機會を依憑し、體例を比准し、古を引き今を喻え、話微にして理擧起し、雅にして可笑く、中して然れども傷つけず、人の忌諱する所を枨觸せず、人の愛惜する所を觸犯せず。拙の人の這件事を做するに至りては、便ち枉曲直湊して、人をして愕愕然たらしめ、妍と媸とは、それらは應に斷絶すべく、何處かただ益處なきのみならんや。
乃有使酒之客,及於難侵之性,不能堪之,拂衣拔棘,而手足相及,醜言相加於所尊,歡心變而成讎,絕交壞身,構隙致禍,以杯螺相擲者有矣,以陰私相訐者有矣。昔陳靈之被矢,灌氏之泯族,匪降自天,口實為之。樞機之發,榮辱之主,二緘之戒,豈欺我哉!
竟に酒を使うの客・及び侵擾し難きの性情有りて、堪える能わず、衣を拂い棘を拔出して、而も手脚互相够り、醜言を以て尊する所の人に加え、歡心は仇と變成し、交を絶ち身を壞し、嫌隙を構成して禍を招致し、杯螺を拿りて互相投擲する者之れ有り、陰私を拿りて互相攻訐する者之れ有り。從前陳靈は箭に射中せられ、灌氏は族を滅ばされ、是れ天より降下するに非ず、口實在りて這些を造成せり。樞機一發すれば、是れ榮辱の主宰にして、二緘の警戒は、豈に我を欺騙せんや。
激雷不能追既往之失辭,班輪不能磨斯言之既玷。雖不能三思而吐清談,猶可息謔調以防禍萌也。尊其辭令,敬其威儀,使言無口過,體無倨容,可法可觀,可畏可愛,蓋遠辱之良術,全交之要道也。
激雷は能く既往の失當の辭を追回する能わず、公輸班は能く這話已に玷污の處を磨掉する能わず。卽使能く三思して然れども清談を吐出する能わざるも、還に可に謔調を止息して以て禍の萌芽を防止せん。彼の辭令を看重し、彼の威儀を敬重し、話に口過なく、身體に倨傲の容なく、以て效法す可く以て觀看す可く、以て畏す可く以て愛す可きは、大概是れ辱を遠離する的好方法・交游を保全するの要道なり。
且夫慢人者,不愛其親者也;輕鬥者,不重遺體者也。皆陷不孝,可不詳乎!然而迷謬者無自見之明;觸情者諱逆耳之規。疾美而無直亮之針艾,群惑而無指南以自反。諂媚小人,歡笑以贊善;面從之徒,拊節以稱功。益使惑者不覺其非,自謂有端晏之捷過人之辯,而不悟斯乃招患之旌召害之符傳非之驛傾身之車也。豈徒減其方策之令聞,虧其沒世之德音而已哉!
況んや人を慢待する者は、是れ彼の親を愛せざる人なり。輕易爭鬪する者は、是れ父母の留下したる身體を看重せざる人なり。皆不孝に陷入す、以て審愼せざる可けんや。然れども迷謬の人は自己を見る自己の明なく、情に觸れる人は耳に逆らうの規勸を忌諱す。美を疾恨して然れども直亮の鍼艾なく、群惑して然れども指南なくして以て自己返回せず。諂媚小人は、歡笑して以て贊美す。面に當りて順從の徒は、節を拊して以て功を稱す。更加迷惑する人をして自己の非を覺えしめず、自己以て端木賜・晏嬰の敏捷・人に過ぐるの辯有りと爲して、然れども這乃是れ患を招くの旌・害を召するの符・非を傳えるの驛・身子を傾覆するの車なるを覺悟せず。何處かただ彼の方策の上の美名を減損し、彼の沒世の德音を虧損するのみならんや。
蓋雖有偕老之慎,不能救一朝之過,雖有陶朱之富,不能贖片言之謬。故毫釐之失,有千里之差;傷人之語,有劍戟之痛。積微致著,累淺成深,鴻羽所以沈龍舟,群輕所以折勁軸,寸飈所以燔百尋之室,蠹蠍所以僕連抱之木也。古賢何獨口止局口止脊恂恂之如彼,今人何其憒慢傲放之如此乎!
卽使偕老の謹愼有るも、も亦た能く一朝の過錯を救う能わず。卽使陶朱の富有るも、も亦た能く片言の謬誤を贖回する能わず。ゆえに毫釐の失は、千里の差有り。人を傷るの話は、劍戟の痛有り。微を積みて以て顯著を致し、淺を累ねて深と成る、這即ち鴻羽の龍舟を沉掉したる所以・群輕の勁軸を折斷したる所以・寸飆の百尋の屋子を燔燒したる所以・蠹蝎の抱を連ぬるの木頭を仆倒したる所以の緣故なり。古賢は何を爲すか獨獨跼蹐恂恂としてあの如く(底本「口止局口止脊」は當に「跼蹐」と讀作すべく、「口止」は偏旁の殘留)、今人は何を爲すか這樣憒慢傲放なるや。
是以高世之士,望塵而旋跡;輕薄之徒,響赴而影集。謀事無智者之助,居危無切磋之益。良史懸筆,無可書之善;談者含音,無足傳之美。令聞不著,醜聲宣流,沒有餘敗,貽譏將來,始無可法,終無可紀,斯亦志士之恥也。
ゆえに世俗に高出するの士は、塵土を望見すれば便ち足迹を旋轉す。輕薄の徒は、回響の赴來するが如く影子の聚集するが如し。事を謀るに智者の幇助なく、危に處るに切磋の益處なし。良史は筆を懸げて、寫す可きの善なし。談論する人は音を含みて、傳えるに値するの美なし。美名顯著せず、醜聲宣揚流布し、死後還に其餘の敗有りて、譏評を以て將來に留遺し、開始效法す可きなく、終了記載す可きなし、這も亦た志士の恥なり。
安忍為之!過而不改,斯誠委夷路而陷叢棘,舍嘉旨而咽鉤吻者也,豈所謂以小善為無益而不為,以小惡為無損而不止,以至惡積而不可掩,罪大而不可解者邪!餘願世人改其無檢之行,除其驕吝之失,遣其誇矜尚人之疾,絕息嘲刑不典之言,則趙勝之門無去客,黃祖之棓無所用矣。
怎ぞ能く殘忍に安んじて這些を做らんや。過有りて然れども改めず、這實に平夷の路を委棄して叢棘に陷入し、嘉旨を舍棄して鈎吻を咽下す、何處か是れ所謂小善を以て益處なきと當てて便ち做さず、小惡を以て損なきと當てて便ち停止せず、以て惡積みて然れども掩う可からず、罪大きくして然れども解く可からざるに至るをや。我願わくは世人のあの檢束なきの德行を改正し、驕吝の過失を除去し、夸矜・人に勝過するを以て尚と爲すの病を遣開し、嘲戲・典ならざるの話を斷絶せば、則ち趙勝の門は便ち離開の客なく、黃祖の棒は便ち使用する處なからん。
抱朴子曰:或有不治清德以取敬,而仗氣力以求畏。其入眾也,則亭立不坐,爭處端上,作色諧聲,逐人自安,其不得意,恚懟不退。其行出也,則逼狹之地,恥於作途,振策長驅,推人於險,有不即避,更加攄頓。鳴呼,非哉!此雲古之卑而不可逾,推蔭讓路,勞謙下士,無競於物,立若不勝衣,行若不容身者,何其緬然之不肖哉!
抱朴子曰く、或いは人有りて清德を修治して以て敬を取得せずして、却って氣力を仗りて以て人の怕を求む。彼衆人の裡に進入すれば、便ち亭立して坐せず、端上に處るを爭い、色を作し聲を諧し、別人を追逐して以て自己を安定し、彼意を得ざれば、恚懟して退かず。彼出行すれば、便ち逼狹の處に、路を讓るを恥とし、馬鞭を振起して長驅し、人を險處に推到し、立刻避開せざる有らば、更加攄頓す。嗚呼、對ならざるか。這と古時候の卑下して然れども逾越す可からず、蔭を推讓し路を讓り、勞謙して士を下し、物と競争せず、立てば衣を撑不起するが如く、行けば身を容下するが如き人とは、何其邈遠にして不肖なるや、と。
夫德盛操清,則雖深自挹降,而人猶貴之。若履蹈不高,則雖行凌暴,而人猶不敬。假令外服人體,內失人心,所謂見憎惡,非為見尊重也。昔莊生未食,趙王側立;騶衍入疆,燕君擁彗;康成之裡,逆虜望拜;林宗之庭,莫不卑肅。非力之所服也。
德盛んに操清ければ、則ち卽使深深自己挹降するも、人は還に彼を貴ぶ。若し履蹈高からざれば、則ち卽使行爲凌暴なるも、人は還に敬せず。假如外は人をして體服せしめ、內裡は人心を失去するは、所謂見られて憎惡せられ、見られて尊重せられに非ず。從前莊生は未だ食せざるに、趙王側立せり。騶衍は疆界に進入すれば、燕君は帚を拿着せり。康成の里巷は、逆虜望いて下拜せり。林宗の庭は、卑肅せざるなし。是れ力氣の制服する所に非ず。
夫以抄盜致財,雖鉅富不足嘉,凶德脅人,雖見憚不足榮也,然而庸民為之不惡。故聞其言者,猶鴟梟之來鳴也;睹其面者,若鬼魅之見形也。其所至詣,則如妖怪之集也;其在道途,則甚逢虎之群也。愚夫行之,自矜為豪;小人徵之,以為橫階。亂靡有定,實此之由也。
抄盜を靠りて以て財を取得するは、卽使巨富なるも亦た嘉許するに値せず。凶德を用いて以て人を脅迫するは、卽使人の忌惮せらるるも亦た榮に値せず、然れども庸民は這些を做して然れども厭惡せず。ゆえに彼の話を聽見する人は、還に鴟梟の來り鳴くが如し。彼の面を看見する人は、鬼魅の形を現すが如し。彼の到る所は、便ち妖怪の聚集するが如し。彼の道路に在るは、虎群に逢上するより甚し。愚夫はそれを實行して、自己矜夸して以て豪と當てす。小人はそれを徵引して、以て橫出の階梯と當てす。亂に安定なきは、實に這個に由る、と。
然敢為此者,非必篤頑也。率多冠蓋之後,勢援之門,素頗力行善事,以竊虛名,名既粗立,本情便放。或假財色以交權豪,或因時運以佻榮位,或以婚姻而連貴戚,或弄譭譽以合威柄。器盈志溢,態發病出,黨成交廣,道通步高。清論所不能複製,繩墨所不能復彈,遂成鷹頭之繩,廟垣之鼠。
然れども敢えて這個を做する人は、不必是れ篤頑なり。大抵多く是れ冠蓋の後人・勢援の門第にして、素來頗る善事を做るに用力して、以て虛名を竊取し、名既に粗略立住せば、本來の情は便ち放縱す。或いは財色を假借して以て權豪を結交し、或いは時運を憑借して以て榮位を佻取し、或いは婚姻を用いて以て貴戚を連結し、或いは毁譽を玩弄して以て威柄を合上す。器盈ち志溢れて、態發し病出で、黨成り交廣く、路通じ步高し。清論は能く再び制約せず、繩墨は能く再び彈劾せず、是に鷹頭の繩・廟垣の老鼠と成る、と。
所未及者,則低眉埽地以奉望之。居其下者,作威作福以控御之。故勝己者則不得聞,聞亦陽不知也;減己者則不敢言,言亦不能禁也。夫災蟲害谷,至降霜則殄矣。佞雄亂群,值嚴時則敗矣。獨善其身者,唯可以不肯事之,不行效之而已耳。有斧無柯,其如之何哉!
尚未够到する所の人は、便ち眉を低くし地を掃いて以て奉望す。彼の下に處する人は、威を作し福を作して以て控御す。ゆえに自己に勝過する人は便ち彼をして聽見せしむる能わず、聽見するも亦た知らずと假裝す。自己に減する人は便ち敢えて説かず、説くも亦た能く禁止せず。災蟲は穀を害して、霜の降るに到れば便ち殄滅す。佞雄は群を擾亂して、嚴の時世に碰上れば便ち敗る。獨自其身を善くする人は、ただ可に肯じて彼を事奉せず、彼を實行效法せざるのみ。斧有りて柯なければ、又能くそれを拿りて怎樣せんや。
抱朴子曰:《詩》美睢鳩,貴其有別。在禮,男女無行媒,不相見,不雜坐,不通問,不同衣物,不得親授,姊妹出適而反,兄弟不共席而坐,外言不入,內言不出,婦人送迎不出門,行必擁蔽其面,道路男由左,女由右,此聖人重別杜漸之明制也。
抱朴子曰く、《詩經》は雎鳩を贊美して、其の分別有るを貴重す。禮の裡に、男女は行媒なく、相見えず、雜坐せず、問を通ぜず、衣物を共用せず、親自授受するを得ず、姊妹嫁いで返回すれば、兄弟は席を共にして坐せず、外言は入らず、內言は出でず、婦人送迎は門を出でず、行走は一定に面を擁蔽し、道路上は男は左より從い女は右より從う、這是聖人の分別を看重し漸を杜するの明制なり、と。
且夫婦之間,可謂暱矣,而猶男子非疾病不晝居於內,將終不死婦人之手,況於他乎!昔魯女不幽居深處,以致他扈犖之變;孔妻不密潛戶庭,以起華督之禍;史激無防,有汗種之悔;王孫不嚴,有杜門之辱。而今俗婦女,休其蠶織之業,廢其玄紞之務,不績其麻,市也婆娑。舍中饋之事,修周施之好。更相從詣之適親戚,承星舉火,不已於行,多將侍從,瑋曄盈路,婢使吏卒,錯雜如市,尋道褻謔,可憎可惡。
況んや夫婦の間は、以て親暱と説く可くして、而も男子は還に非疾病なれば晝日內室に住せず、將終なれば婦人の手裡に死せず、況んや別人に對してをや。從前魯女は幽居深處せず、以て彼扈犖の變故を招來に致れり。孔妻は戶庭を密潛せず、以て華督の禍を興起に致れり。史激は防閑なく、種姓を玷污するの悔有り。王孫は嚴ならず、門を杜するの辱有り。而も如今世俗婦女は、蠶織の業を停下し、玄𬘘の務を廢棄し、其の麻を績せず、市上に婆娑す。中饋の事を舍棄して、周旋施與の交好を修めに往く。更互相跟從して以て親戚を探訪し、星を披き火を擧げて、行路停まず、多く侍從を帶びて、瑋曄路に盈ち、婢使吏卒は、錯雜して市集の如く、沿路褻謔して、可憎可惡なり、と。
或宿於他門,或冒夜而反,遊戲佛寺,觀視漁畋,登高臨水,出境慶弔,開車褰幃,周章城邑。杯觴路酌,絃歌行奏,轉相高尚,習非成俗。生致因緣,無所不肯。誨淫之源,不急之甚,刑於寡妻,家邦乃正。願諸君子,少可禁絕。婦無外事,所以防微矣。
或いは別人の家裡に住宿し、或いは夜色を冒して返回し、佛寺を游戲し、漁獵を觀看し、高に登り水に臨み、境を出でて慶弔し、車を開き帷帳を揭起し、城邑を周章す。杯觴は路上に酌み、弦歌は一邊走り一邊奏で、轉相崇尚して、非を習い俗と成す。憑空に因緣を生出して、肯んぜざるなし。淫を誨するの源頭・急ならざるの務は極に到れり。寡妻に刑すれば、家邦乃ち正し。願わくは諸位君子、稍稍以て禁絶を加えん。婦人は外事なく、正是れ以て微を防ぐなり。
抱朴子曰:輕薄之人,跡廁高深,交成財贍,名位粗會,便背禮判教,托雲率任,才不逸倫,強為放達,以傲兀無檢者為大度,以惜護節操者為澀少。於是臘鼓垂無賴之子,白醉耳熱之後,結黨合群,遊不擇類,奇士碩儒,或隔籬而不授,妄行所在,雖遠而必至,攜手連袂,以遨以集,入他堂室,觀人婦女,指玷修短,評論美醜,不解此等何為者哉
抱朴子曰く、輕薄の人は、形迹高深に廁身し、交游成り財用贍足し、名位粗略會合せば、便ち禮に背き教に叛き、率任を假稱し、才は並び同倫を逸出せずして、然れども強いて放達を作り、傲兀檢束なき人を以て大度と當て、節操を愛惜護持する人を以て澀少と當てす。是に臘鼓あの無賴の子を垂下し、白醉耳熱の後は、黨を結び群を合し、交游は類を擇ばず、奇士碩儒は、或いは籬笆を隔てるも亦た授接せず、妄行の在所は、卽使遠くとも亦た一定に到り、手を攜え袂を連ねて、以て遨游し以て聚集し、別人の堂室に進入し、人家の婦女を觀看し、瑕玷を指點し修短を評し、美醜を評論す、這等の人は是れ什麼を做るを懂せざるか、と。
或有不通主人,便共突前,嚴飾未辦,不復窺聽,犯門折關,逾垝穿隙,有似抄劫之至也。其或妾媵藏避不及,至搜索隱僻,就而引曳,亦怪事也。夫君子之居室,猶不掩家人之不備,故入門則揚聲,升堂則下視,而唐突他家,將何理乎
或いは主人に通報せずして有りて、便ち一齊に突前し、嚴飾未だ辦好せざるに、再び窺聽せず、門を犯し關を折り、牆を翻り隙を穿ち、抄劫の到來するが如し。其の中或いは妾媵藏避に及ばずして、以て隱僻を搜索し、就いて拖曳するに至るも、も亦た怪事なり。君子は家裡に住むも、還に人家の人の備ならざるの時を掩わず、ゆえに門に入れば便ち聲を揚げ、堂に升れば便ち視を垂る、然れども人家を唐突するは、將に什麼の道理有らんや。
然落拓之子,無骨鯁而好隨俗者,以通此者為親密,距此者為不恭,誠為當世不可以不爾。於是要呼憒雜,入室視妻,促膝之狹坐,交杯觴於咫尺,絃歌淫冶之音曲,以言兆文君之動心,載號載呶,謔戲醜褻,窮鄙極黷,爾乃笑亂男女之大節,蹈《相鼠》之無儀。
然れども落拓の子・骨鯁なくして然れども俗に隨うを好む人は、這個を准許するを以て親密と當て、這個を拒絶するを以て不恭と當て、誠然以て當世は以て這樣せざる可からずと爲す。是に邀呼憤雜して、室に入り人の妻を看、促膝の狹坐にして、杯觴を咫尺に交え、弦歌淫冶の音曲して、話を以て文君のあの如き心を挑動し(底本は「言兆」と作る、「兆」は「挑」の訛)、又號し又呶き、謔戲醜褻して、鄙陋を窮盡し垢黷を極盡し、這乃ち笑い攪亂して男女の大節・《相鼠》の無儀を蹈む、と。
夫桀傾紂覆,周滅陳亡,鹹由無禮,況匹庶乎!蓋信不由中,則屢盟無益,意得神至,則形器可忘。君子之交也,以道義合,以志契親,故淡而成焉。小人之接也,以勢利結,以狎慢密,故甘而敗焉。何必房集內宴,爾乃款誠,著妻妾飲會,然後分好暱哉!
桀傾き紂覆り、周滅び陳亡ぶるは、皆無禮に由る、況んや匹庶をや。信は中より由らざれば、則ち屢次盟誓するも亦た益處なし。意得て神至れば、則ち形器は以て忘掉す可し。君子の交は、道義を以て相合し、志契を以て相親し、ゆえに淡くして然れども能く成る。小人の接は、勢利を以て相結び、狎慢を以て加密し、ゆえに甘くして然れども敗る。何必房中集會・內宴して、這乃ち款誠と算え、妻妾をして妝を着け飮會せしめて、然後乃ち好を分かち親暱せんや。
古人鑑淫敗之曲防,杜傾邪之端漸,可謂至矣。修之者為君子,背之者為罪人。然禁疏則上宮有穿窬之男,網漏則桑中有奔隨之女。縱而肆之,其猶烈猛火於雲夢,開積水乎萬仞,其可撲以帚彗,過以撮壤哉!然而俗習行慣,皆曰:此乃京城上國,公子王孫貴人所共為也。
古人は淫敗を鑑戒して、曲に堤防を爲して、傾邪の端漸を杜住す、以て極に到れりと説く可し。それを修するは是れ君子にして、それに背くは是れ罪人なり。然れども禁疏なれば則ち上宮に穿窬の男子有り、網漏れれば則ち桑中に奔隨の女子有り。放縱して肆意なれば、便ち猛火を雲夢に烈しくし、積水を萬仞に開くが如く、豈に以て帚箒を以て撲滅し、一撮の土を以て堵住せんや。然れども俗習行慣して、皆曰く、這乃是れ京城上國・公子王孫貴人の共同做する所なり、と。
餘每折之曰:夫中州,禮之所自出也。禮豈然乎!蓋衰亂之所興,非治世之舊風也。夫老聃,清虛之至者也,猶不敢見乎所欲,以防心亂,若使柳下惠潔(疑脫一字)高行,屢接褻宴,將不能不使情生於中,而色形於表,況乎情淡者萬未一,而抑情者難多得。如斯之事,何足長乎
我每々彼を折って曰く、中州は、是れ禮の從出する所の處なり。禮豈に是れ這樣ならんや。這大概是れ衰亂の興起する所にして、治世の舊風に非ず。老聃は、是れ清虛極に到る人にして、還に敢えて自己の欲する所を見ずして、以て心亂れを防ぐ。若し柳下惠をして潔〔底本此處疑して脫文有り〕高行せしめば、屢次褻宴に接して、將に情を中より生ぜしめ、而も色を外表に形さざる能わざらん、況んや情淡の人は萬個の裡に還に一個に到らずして、而も能く情を抑する人は多得る難し。這樣の事は、何處か助長するに値せんや、と。
窮士雖知此風俗不足引進,而名勢並乏,何以整之!每以為慨,故常獲憎於斯黨,而見謂為野樸之人,不能隨時之宜,餘期於信己而已,亦安以我之不可,從人之可乎!可嘆非一,率如此也。已矣夫,吾未如之何也!彼之染入邪俗,淪胥以敗者,曷肯納逆耳之讜言,而反其東走之遠跡哉!
窮士は雖も這種の風俗は引進するに値せざるを知るも、而も名と勢皆缺乏して、什麼を拿りて以てそれを整飭せん。每々此の爲に感慨して、ゆえに常常に這黨人に憎を獲られて、而も野朴の人と説成せられて、時の宜に隨う能わずとす。我ただ自己を信ずるを期望するのみ、又怎ぞ能く我の不可を拿りて、以て別人の可に跟從せんや。歎す可きは一件に止まらず、大抵皆這樣の如し。算了吧、我それを拿りて辦法なし。あの邪俗に染入り淪胥して以て敗に至る人は、何處か肯じて耳に逆らうの讜言を接納して、而も彼の東に向かって奔走するの遠迹を收回せんや、と。
抱朴子曰:俗間有戲婦之法,於稠眾之中,親屬之前,問以醜言,責以慢對,其為鄙黷,不可忍論。或蹙以楚撻,或系腳倒懸。酒客酗醟,不知限齊,至使有傷於流血,口止委折支體者,可嘆者也。古人感離別而不滅燭,悲代親而不舉樂禮,論禮,娶者羞而不賀。今既不能動蹈舊典,至於德為鄉閭之所敬,言為人士之所信,誠宜正色矯而呵之,何謂同其波流,長此弊俗哉!然民間行之日久,莫覺其非,或清談所不能禁,非峻刑不能止也。遂詘周而疵孔,謂傲放為邈世矣。
抱朴子曰く、俗間に新婦を戲弄するの法子有りて、稠衆の中・親屬の前に、醜言を以て以て問い、慢對を以て以て責む、あの鄙黷は、以て論ずるを忍ぶ可からず。或いは楚撻を蹙り、或いは脚を繫ぎて倒懸す。酒客酗蒏して、限齊を知らず、以て傷いて流血し肢體を委折する有るに至りては(底本「口止委折支體」は「口止」は偏旁の殘留)、可歎なり。古人は離別を感じて然れども燭を滅せず、親に代わるを悲しみて然れども樂を擧げず。禮、禮を論ずれば、娶る者は羞じて然れども賀せず。如今既に能く舊典を動蹈する能わず、德は鄉閭の敬する所・言は人士の信ずる所なる人に至りては、誠宜しく正色して矯正して而もそれを呵斥すべく、怎麼して以て其の波流に同じくして、這弊俗を助長せんと説かんや。然れども民間それを實行する日子久しく、其の非を覺える人なく、或いは清談の禁ずる能くする所に非ず、峻刑に非ざれば能く止まず。是に周を屈して孔を疵り、傲放を叫作して邈世と爲す、と。
或因變故,佻竊榮貴,或賴高援,翻飛拔萃,於是便驕矜誇驁,氣凌雲物,步高視遠,眇然自足,顧瞻否滯失群之士,雖實英異,忽焉若草。或傾枕而延賓,或稱疾以距客,欲令人士立門以成林,軍騎填噎於閭巷,呼謂尊貴,不可不爾。
或いは變故に因りて、榮貴を佻竊し、或いは高援を靠着して、翻飛拔萃し、于是便に驕矜夸驁して、氣は雲物を凌り、步高く視遠く、眇然として自足し、あの否滯失群の士を顧瞻するは、卽使實に英異なるも、亦た忽然として以て草の如く看なす。或いは枕を傾けて賓を延ぎ、或いは疾を稱して客を拒み、人士をして門前に立って林と成らしめ、軍騎を閭巷に填噎せしめんと想い、尊貴と呼謂して、以て這樣せざる可からずと爲す、と。
夫以勢位言之,則周公勤於吐握;以聞望校之,則仲尼恂恂善誘。鹹以勞謙為務,不以驕慢為高。漢之末世,則異於茲。蓬髮亂鬢,橫挾不帶。或褻衣以接,或裸袒而箕踞。朋友之集,類味之遊,莫切切進德,門言門言修業,攻過弼違,講道精義。
勢位を以て言えば、則ち周公は吐握に勤し。聞望を以て校すれば、則ち仲尼は恂恂として善く誘う。皆勞謙を以て務と爲して、驕慢を以て高と爲さず。漢の末世は、便ち這と同じからず。蓬髮亂鬢して、帶を横挾せず。或いは褻衣を以て接待し、或いは裸袒して箕踞す。朋友の集會・同類の交游は、切切として德を進め・訚訚として業を修め(底本「門言門言修業」は「門言」は「訚」の訛)、過を攻め違を弼し、道を講じ義を精せず、と。
其相見也,不復敘離闊,問安否。賓則入門而呼奴,主則望客而喚狗。其或不爾,不成親至,而棄之不與為黨,及好會,則狐蹲牛飲,爭食競割。掣撥淼折,無復廉恥,以同此者為泰,以不爾者為劣。終日無及義之言,徹夜無箴規之益。誣引老莊,貴於率任,大行不顧細禮,至人不拘檢括,嘯傲縱逸,謂之體道。嗚呼,惜乎,豈不哀哉!
彼ら相見えれば、再び離闊を叙せず、安否を問わず。賓は一門に入れば便ち奴を呼び、主は一客を望見すれば便ち狗を喚く。其の中或いは這樣せざる有れば、便ち親至と算えずして、而も彼を抛棄し彼と結黨せず。好會に等到れば、便ち狐蹲牛飲して、食を爭い割を競う。掣撥拗折して、再び廉恥なく、這と同じくするを以て泰と當て、這樣せざるを以て劣と當てす。終日義に及ぶの話なく、徹夜箴規の益處なし。老莊を誣引して、率任に貴く、大行は細禮を顧みず、至人は檢括に拘わらず、嘯傲縱逸して、叫作して體道と爲す。嗚呼、可惜なり、豈に悲哀ならざらんや、と。
於是嘲族以敘歡交,極黷以結情款。以傾倚申腳者為妖妍標秀,以風格端嚴者為田舍樸馬矣;以蚩鎮抗指者為巢力令鮮倚,以出言有章者為折答猝突。凡彼輕薄之徒,雖便辟偶俗,廣結伴流,更相推揚,取達速易,然率皆皮膚狡澤,而懷空抱虛。有似蜀人瓠壺之喻,胸中無一紙之誦,所識不過酒炙之事。所謂傲很明德,即聾從昧,冒於貨財,貪於飲食,左生所載,不才之子也。
是に嘲族を以て以て歡交を叙し、黷を極めて以て情款を結ぶ。傾倚して脚を伸する人を以て妖妍標秀と當て、風格端嚴なる人を以て田舍焉と當て(底本は「朴馬矣」と作る、「朴馬」は「焉」の訛)。蚩鎭抗指する人を以て〔底本「巢力令鮮倚」文字訛脫、未能唯一判定〕と當て、言を出すに章有る人を以て折答猝突と當てす。凡あの輕薄の徒は、卽使便辟偶俗して、廣く伴流を結伴し、更相推揚して、達を取る迅速容易なるも、然れども大抵皆皮膚狡澤にして、而も空を懷き虛を抱く。蜀人瓠壺の比喻の如く、胸中は一紙の誦讀なく、識る所は酒炙の事に過ぎず。所謂傲很明德・即聾從昧・貨財に冒し・飮食に貪るは、左丘明の記載する所の不才の子なり、と。
若問以《墳》《索》之微言,鬼神之情狀,萬物之變化,殊方之奇怪,朝廷宗廟之大禮,郊祀禘祫之儀品,三正四始之原本,陰陽律歷之道度,軍國社稷之殿式,古今因革之異同,則怳悸自失,喑鳴俯仰,濛濛焉,莫莫焉。雖心覺面牆之困,而外護其短乏之病,不肯謐己,強張大談,曰:雜碎故事,蓋是窮巷諸生章句之士,吟詠而向枯簡,匍匐以守黃卷者所宜識,不足以問吾徒也。
若し《墳》《索》の微言・鬼神の情狀・萬物の變化・殊方の奇怪・朝廷宗廟の大禮・郊祀禘祫の儀品・三正四始の原本・陰陽律曆の道度・軍國社稷の殿式・古今因革の異同を拿りて以て問えば、便ち怳悸自失して、喑鳴俯仰し、蒙蒙然・莫莫然たり。卽使心裡に面牆の困を覺えるも、然れども外は短乏の病を護りて、肯じて自己靜謐せず、強いて大談を張して、曰く、雜碎故事は、大概是れ窮巷諸生・章句之士、吟詠して枯簡に對し匍匐して以て黃卷を守る人の該當識る所にして、以て我ら這一類人を問うに足らず、と。
誠知不學之弊,碩儒之貴,所祖習之非,所輕易之謬,然終於迷而不返者,由乎放誕者無損於進趨故也。若高人以格言彈而呵之,有不畏大人而長惡不悛者,下其名品,則宜必懼然冰泮而革面,旋而東走之跡矣。
誠然學ばざるの弊・碩儒の貴・祖習する所の非・輕易する所の謬を知るも、然れども終に迷いて然れども返らざるの緣故は、是れ放誕の人は進趨に損無きに由るなり。若し高人は格言を以て彈じて而もそれを呵すれば、大人を畏れずして惡を長として悛めざる有れば、其の名品を下せば、便ち一定に懼然として冰泮の如く革面して、東に向かって奔走するの踪迹を收回せん、と。
譏惑卷第二十六
譏惑巻第二十六
抱朴子曰:澄濁剖判,庶物化生,習族或能應對焉,毛宗或有知言焉。於玃識往,歸終知來,玄禽解陰陽,蟲也蟲豈遠泉流,蓍龜無以過焉,甘石不能勝焉。夫唯無禮,不廁貴性,厥初邃古,民無階級,上帝悼混然之甚陋,憫巢穴之可鄙,故構棟宇以去鳥獸之群,制禮數以異等威之品。教以盤旋,訓以揖讓,立則磬折,拱則抱鼓,趨步升降之節,瞻視接對之容,至於三千。蓋檢溢之堤防,人理之所急也。故儼若冠於曲禮,望貌首於五事,出門有見賓之肅,閒居有敬獨之戒,顏生整儀於宵浴,仲由臨命而結纓,恭容暫廢,惰慢已及,安上治民,非此莫以。
抱朴子曰く、清濁剖判して、庶物化生し、羽族或いは能く應對し(底本は「習族」と作る、「習」は「羽」の訛)、毛宗或いは知言有り。于玃は往を識り、歸終は來を知り、玄禽は陰陽を解し、〔底本「虫也虫豈遠泉流」文字訛脫、所指當に遠泉を知る能くするの蟲鳥、正字未能唯一判定〕、蓍龜は辦法なくして彼らを超過せず、甘石は能く彼らに勝過せず。ただ無禮に因りて、便ち貴性に廁身せず。太初邃古は、民に階級なく、上帝は混然の太陋を哀憐し、巢穴の可鄙を憫み、ゆえに棟宇を構起して以て鳥獸の群を離れ、禮數を制定して以て等威の品級を分別す。盤旋を以て教え、揖讓を以て訓え、立てば則ち磬折し、拱手すれば便ち鼓を抱くが如く、趨步升降の節・瞻視接對の容は、三千に至る。這是滿溢を檢束するの堤防・人理の急ぐ所なり。ゆえに儼若として《曲禮》に冠たり、貌を望んで五事の首と爲し、門を出でて賓を見るの肅有り、閑居に獨を敬するの戒有り、顏生は夜浴の時に儀を整え、仲由は命に臨みて而も纓を結ぶ。恭容暫く廢すれば、惰慢已に到來す。上を安んじ民を治むるは、此に非ざれば可ならず、と。
蓋人之有禮,猶魚之有水矣。魚之失水,雖暫假息,然枯糜可必待也。人之棄禮,雖猶面見然,而禍敗之階也。魯秉周禮,暴兵不加,魏式幹木,銳冠旋旆。大楚帶甲百萬,而有振槁之月色;強秦餚函襲嶮,而無折柳之固。豈非棄三本而喪根柢之攸召哉!矧乎安逸觸情,喪亂日久,風禿頁教沮,抑斷之儀廢,簡脫之俗成,近人值政化之蚩役,庸民遭道網之絕紊,猶網魚之去水罟,圍獸之出陸羅也。
人は禮有れば、便ち魚の水有るが如し。魚は水を失えば、卽使暫く息を假るも、枯糜は却って一定に等待す。人は禮を棄てば、卽使表面上還に過去するを見るを得るも、然れども是れ禍敗の階梯なり。魯は周禮を秉持して、暴兵加えられず。魏式は段干木を敬して、銳卒は旌旆を回旋せり。大楚は甲を帶びて百萬なるも、然れども槁を振るが如き容易有り(底本は「月色」と作る、「月色」は「易也」の訛)。強秦は肴函險を襲するも、然れども柳を折るの堅固なし。豈に是れ三本を棄てて根柢を喪うの召來する所に非ざらんや。況んや安逸觸情して、喪亂日久しく、風頹き教沮がれ(底本は「風禿頁教沮」と作る、「禿頁」は「頹」の訛)、抑斷の儀は廢し、簡脫の俗は成り、近人は政化の蚩役に碰上り、庸民は道網の絶紊に遭到す、網裡の魚の水罟を離れ、圍裡の獸の陸上の羅を走出するが如し、と。
喪亂以來,事物屢變,冠履衣服,袖袂財制,日月改易,無復一定。乍長乍短,一廣一狹,忽高忽卑,或粗或細,所飾無常,以同為快。其好事者,朝夕放效,所謂“京輦貴大眉,遠方皆半額”也。
喪亂以來、事物屢次改變し、冠履衣服・袖袂の裁制は、日月改易して、再び一定有らず。乍長く乍短く、一寬く一窄く、忽高く忽低く、或いは粗く或いは細く、飾る所常規なく、相同を以て快と爲す。あの好事の人は、朝夕仿效す、所謂「京輦は大眉を貴び、遠方は皆半額」なり、と。
餘實凡夫,拙於隨俗,其服物變不勝,故不變,無所損者,餘未曾易也。雖見指笑,餘亦不理也。豈苟欲違眾哉,誠以為不急耳。上國眾事,所以勝江表者多,然亦有可否者,君子行禮,不求變俗,謂違本邦之他國,不改其桑梓之法也。況其在於父母之鄉,亦何為當事棄舊而強更學乎!吳之善書,則有皇象劉纂岑伯然朱季平,皆一代之絕手,如中州有鍾元常胡孔明張芝索靖,各一邦之妙,並用古體,俱足周事。
我實に是れ凡夫にして、俗に隨うに拙し、服物變りて人をして應付し來らせざる、ゆえに變せず。損する什麼なきは、我未だ曾て改過せず。卽使人に指笑せらるるも、我も亦た理せず。何處か是れ苟且に衆に違うを要せんや、實に急ならずと覺えるのみ。上國衆事は、江表に勝過する所以多し、然れども亦た可に不可有る有り。君子は禮を行いて、俗を變するを求めず、是れ本邦を違離して他國に到りて、桑梓の法度を改めずと説くなり。況んや還に父母の鄉に在るをや、又什麼を爲すか事に當れば便ち舊を棄てて強いて改學せんや。吳地の書に善きは、皇象・劉纂・岑伯然・朱季平有りて、皆一代の絶手にして、正如中州に鍾元常・胡孔明・張芝・索靖有りて、各々是れ一邦の妙にして、皆古體を用いて、皆足りて事を周す、と。
餘謂廢已習之法,更勤苦以學中國之書,尚可不須也,況於乃有轉易其聲音,以效北語,既不能便良,似可恥可笑,所謂不得邯鄲之步,而有匍匐之嗤者。此猶其小者耳,乃有遭喪者,而學中國哭者,令忽然無復念之情。昔鍾儀莊舄,不忘本聲,古人韙之。
我曰く、已に習熟したるの法を廢掉して、再び勤苦して以て中國の書を學ぶは、なお必ずしもせず、況んや竟に自己の聲音を轉易して、以て北語を仿效し、既に能く就便に學好せず、樣子も亦た可恥可笑なるをや、所謂邯鄲の步を得ずして、然れども匍匐の嗤笑有るなり。這還に是れ小なり。竟に喪に遭う人ありて、然れども中國の哭法を學び、忽然として再び哀念の情なからしむ。從前鍾儀・莊舄は、本來の聲音を忘掉せず、古人は以て對と爲せり、と。
孔子云:喪親者,若嬰兒之失母。其號豈常聲之有!寧令哀有餘而禮不足,哭以洩哀,妍拙何在而乃治飾其音,非痛切之謂也。又聞貴人在大哀,或有疾病,服石散以數食宣藥勢,以飲酒為性命,疾患危篤,不堪風冷,幃帳茵褥,任其所安,於是凡瑣小人之有財力者,了不復居於喪位,常在別房,高床重褥,美食大飲,或與密客,引滿投空,至於沈醉。曰:‘此京洛之法也。”不亦惜哉!
孔子曰く、親を喪う人は、嬰兒の母を失去するが如し。其の號哭は何處か還に平常の聲音有らんや。寧ろ哀有餘にして然れども禮不足ならしめん。哭は是れ以て哀を泄るなり、妍拙何處に在らん、然れども聲音を整治修飾しに往くは、痛切の説法に非ず。又聞く、貴人は大哀の中に、或いは疾病有りて、石散を服し多次進食を靠りて以て藥勢を宣發し、飮酒を以て性命と當て、疾患危篤にして、風冷に堪えず、帷帳茵褥は、安んずる所に聽任し、是に凡瑣小人財力有る者は、完全に再び喪位に居せず、常常に別房に在り、高牀重褥して、美食大飲し、或いは密客と滿を引き空を投じて、沈醉に至る。曰く、『這是京洛の法なり』と。不も亦た可惜ならんか、と。
餘之鄉里,先德君子,其居重難,或並在衰老,於禮唯應衰麻在身,不成喪致毀者,皆過哀啜粥,口不經甘。時人雖不肖者,莫不企及自勉,而今人乃自取如此,何其相去之遼緬乎!又凡人不解,呼謂中國之人居喪者多皆奢溢,殊不然也。吾聞晉之宣景文武四帝,居親喪皆毀瘠逾制,又不用王氏二十五月之禮,皆行七月服,於時天下之在重哀者,鹹以四帝為法,世人何獨不聞此,而虛誣高人,不亦惑乎!
我の鄉里は、先德君子は、彼ら重喪に居るに、或いは年紀已に衰老して、禮に按じてただ該當衰麻身に在りて、居喪毁瘠に至らざるは、皆哀を過して粥を啜り、口は甘を經ず。當時卽使不肖の人も、企及して自勉せざるなし、而も今人は却って自ら這樣を取る、相去何其遼遠なるや。又凡人明白せず、呼謂して中國人は居喪大多皆奢溢とす、完全に是れ這樣に非ず。我聞く、晉の宣・景・文・武四帝は、親喪に居る皆毁瘠制度を超過し、又王氏二十五個月の禮を用いず、皆七月服を行い、當時天下重哀に在る人は、皆四帝を以て法と爲せり。世人は什麼を爲すか獨獨這個を聽聞せずして、然れども高人を虛誣す、不も亦た迷惑ならんか、と。
刺驕卷第二十七
刺驕巻第二十七
抱朴子曰:生乎世貴之門,居乎熱烈之勢,率多不與驕期而驕自來矣。非夫超群之器,不辯於免盈溢之過也。蓋勞謙虛己,則附之者眾;驕慢倨傲,則去之者多;附之者眾,則安之徽也;去之者多,則危之診也。
抱朴子曰く、世貴の門第に生まれ、熱烈の勢位に處するは、大抵多く驕と相約せずして然れども驕は自己來る。超群の器量に非ざれば、便ち能く盈溢の過失を免れず。勞謙虛己すれば、則ち附從する人は便ち多し。驕慢倨傲すれば、則ち離開する人は便ち多し。附從する人は多きは、是れ安の徵兆なり。離開する人は多きは、是れ危の診候なり、と。
存亡之機,於是乎在。輕而為之,不亦蔽哉!亦有出自卑碎,由微而著,徒以翕肩斂跡,偓伊側立,低眉屈膝,奉附權豪,因緣運會,超越不次,毛成翼長,蟬蛻泉壤,便自軒昂,目不步足,器滿意得,視人猶芥。或曲晏密集,管絃嘈雜,後賓填門,不復接引。或於同造之中,偏有所見,復未必全得也。直以求之,差勤以數接其情,苞苴繼到,壺榼不曠者耳。
存亡の機は、便ち這裡に在り。輕易に以て做するは、不も亦た蔽塞ならんか。も亦た卑碎より出自して、微より顯に由りて、ただ翕肩斂迹・偓伊側立・低眉屈膝を憑りて、權豪に奉附し、運會に因緣して、次第に按らずして超越し、毛成り翼長けば、泉壤より蟬蛻して、便ち自己軒昂して、眼睛は脚下を看ず、器滿ち意得て、人を看れば草芥の如し。或いは曲宴密集して、管絃嘈雜し、後到の賓客門を填めば、再び接引せず。或いは同來の人の裡に在りて、偏に見る所有りて、又未必全く對ならず。只不過彼を求むる比較勤く・多次接過を以て情を用い・苞苴接いで送到し壺榼空ならざる人のみ、と。
孟軻所謂愛而不敬,豕畜之也。而多有行諸,雲是自尊重之道。自尊重之道,乃在乎以貴下賤,卑以自牧,非此之謂也。乃衰薄之弊俗,膏肓之廢疾,安共為之,可悲者也。若夫偉人巨器,量逸韻遠,高蹈獨往,蕭然自得,身寄波流之間,神躋九玄之表,道足於內,遺物於外,冠摧履決,藍縷帶索,何肯與俗人競幹佐之便僻,修佞幸之媚容,效上林喋喋之嗇夫,為春蜩夏繩之聒耳!
孟軻所謂愛して然れども敬せざるは、是れ猪を養うが如く彼を畜するなり。而も多く這個を實行する有りて、這を自己尊重の道と説く。自己尊重の道は、乃ち貴を以て賤に下り、卑を以て自牧するに在りて、是れ這個の意思に非ず。這乃是れ衰薄の弊俗・膏肓の廢疾にして、怎麼して一起に這個を做する、可悲なり。偉人巨器・量逸れ韻遠く、高蹈獨往して、蕭然として自得し、身子は波流の間に寄り、神は九玄の外に升り、道は內裡に充足し、物を以て外に遺し、冠摧れ履裂け、藍縷帶索するに至りては、何處か肯じて俗人と干佐の便僻を競求し、佞幸の媚容を修め、上林喋喋の嗇夫を效法し、春蜩夏蠅のあの如き耳を聒すの事を做らんや(底本は「夏繩」と作る、「繩」は「蠅」の訛)、と。
求之以貌,責之以妍,俗人徒睹其外形之粗簡,不能察其精神之淵邈,務在皮膚,不料心志,雖懷英抱異,絕倫邁世,事動可以悟舉世之術,言發足以解古今之惑,含章括囊,非法不談,而茅蓬不能動萬鈞之鏗鏘,侏儒不能看重仞之弘麗,因而蚩之,謂為凡憒。夫非漢濱之人,不能料明珠於泥淪之蟲奉;非泣血之民,不能識夜光於重崖之裡。蟲焦螟之屯蚊眉之中,而笑彌天之大鵬;寸鮒遊牛跡之水,不貴橫海之巨鱗。故道業不足以相涉,聰明不足以相逮。理自不合,無所多怪。所以疾之而不能默者,願夫在位君子,無以貌取人,勉勖謙損,以永天秩耳。
貌を以て以て求め、妍を以て以て責むれば、俗人ただ外形の粗簡を看見して、能く精神の淵邈を察せず、務は皮膚に在りて、心志を料せず、卽使英を懷き異を抱き、倫を絶ち世を邁すとも、事動けば能く以て擧世の術を覺悟せしめ、話發出すれば足りて以て古今の惑を解開するも、章を含み囊を括りて、法に非ざれば談ぜずして、而も茅蓬は能く萬鈞の鏗鏘を打動せず、侏儒は能く重仞の弘麗を看見せず、因りて以て彼を嗤笑して、凡憒と説く。漢濱の人に非ざれば、能く泥淪の中に明珠を料出せず(底本「泥淪之虫奉」は「虫奉」文字訛脫)。泣血の民に非ざれば、能く重崖裡に夜光を識出せず。焦螟は蚊眉の中に屯して、然れども彌天の大鵬を笑う。寸鮒は牛迹の水裡に游び、橫海の巨鱗を看重せず。ゆえに道業は足りて互相涉及せず、聰明は足りて互相趕上せず。理自ら合せず、什麼の多怪す可きなきなり。ゆえに這個を疾恨して然れども能く沈默せざるの緣故は、是れ位に在るの君子が、貌を以て人を取ることなく、謙損を勉勵して、以て天秩を長久保有天せんを願うのみ、と。
抱朴子曰:世人聞戴叔鸞阮嗣宗傲俗自放,見謂大度,而不量其材力非傲生之匹,而慕學之。或亂項科頭,或裸袒蹲夷,或濯腳於稠眾,或溲便於人前,或停客而獨食,或行酒而止所親,此蓋左衽之所為,非諸夏之快事也。夫以戴阮之才學,猶以耽踔自病,得失財不相補,向使二生敬蹈檢括,恂恂以接物,競競以御用,其至到何適但爾哉!況不及之遠者,而遵修其業,其速禍危身,將不移陰,何徒不以清德見待而已乎!
抱朴子曰く、世人は戴叔鸞・阮嗣宗の俗に傲りて自放し、大度と稱せらるるを聽聞して、然れども自己の材力は並び傲世者の匹敵に非ざるを衡量せずして、而も彼らを羨慕學習す。或いは項を亂し頭を科く、或いは裸袒蹲夷し、或いは稠衆の裡に脚を洗い、或いは人前に溲便し、或いは客を停下して獨自喫し、或いは酒を行いて然れどもただ親する所の人に給す、這大概是れ左衽の做する所にして、諸夏の快事に非ず。戴・阮の才學を以てするも、還に放縱に因りて自己病を得て、得失乃ち相補せず、假如二生は檢括を敬守し、恂恂として以て物に接し、兢兢として以て御用せば(底本は「競競」と作る、「競」は「兢」の訛)、彼らの至到は何止僅僅這樣のみならんや。況んや彼らに及ばざる甚だ遠き人をや、然れども彼らの業を遵修して、禍を速め身を危くするは、將に一頓飯の工夫を用いらん、何處かただ清德を以て對待せられざるのみならんや、と。
昔者西施痛而臥於道側,姿顏妖麗,蘭麝芬馥,見者鹹美其容而念其疾,莫不躊躇焉。於是鄰女慕之,因偽疾伏於路間,形狀既醜,加之酷臭,行人皆憎其貌而惡其氣,莫不睨面掩鼻,疾趨而過焉。今世人無戴阮之自然,而效其倨慢,亦是醜女暗於自量之類也。帝者猶執子弟之禮於三老五更者,率人以敬也。人而無禮,其刺深矣。夫慢人必不敬其親也,
從前西施は痛みて道側に臥すも、姿顏妖麗にして、蘭麝芬馥として、見る人は皆其の容を美しくして其の疾を念い、躊躇せざるなし。是に鄰女は彼を羨慕して、便ち病有るを假裝して路間に伏すも、形狀既に醜く、加上酷臭して、行人は皆其の貌を憎み其の氣を惡み、睨面掩鼻・疾趨して過ぐるなきなし。如今世人は戴・阮の自然なく、然れども彼らの倨慢を效すは、も亦た醜女の自量に暗き一類なり。帝者は三老五更に還に子弟の禮を執るは、是れ人を率いて敬を用いるなり。人に而も禮なければ、あの譏刺は便ち深し。人を慢待する人は一定に其の親を敬せず、と。
蓋欲人之敬之,必見自敬焉。不修善事,則為惡人,無事於大,則為小人。紂為無道,見稱獨夫;仲尼陪臣,謂為素王。則君子不在乎富貴矣。今為犯禮之行,而不喜聞遄死之譏,是負豕而憎說其臭,投泥而諱人言其汙也。
大概別人をして彼を敬せしめんと欲するは、一定に先ず自己見えて自敬するを出さん。善事を修せざれば、便ち是れ惡人なり。大に事なければ、便ち是れ小人なり。紂は無道を爲して、獨夫と稱せられり。仲尼は陪臣にして、然れども素王と稱せられり。然らば則ち君子は富貴に在らず。如今禮を犯すの行爲を做して、然れども遄死の譏刺を聽見するを喜歡せざるは、是れ猪を背着して然れども別人の臭と説くを憎惡し、泥裡に投進して然れども別人の污と説くを諱むなり、と。
