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抱朴子外篇 · 第4巻

东晋 · 葛洪 · 第4巻 / 12

今且令天下諸當在貢舉之流者,莫敢不勤學。但此一條,其為長益風教,亦不細矣。若使海內畏妄舉之失,凡人息僥倖之求,背競逐之末,歸學問之本,儒道將大興,而私貨必漸絕,奇才可得而役,庶官可以不曠矣。”

(抱朴子が続けて言うには、)如今姑く天下の應に貢擧一流に當る人をして、勤學せざるを敢えてせざるなからしめん。ただ這一條、それの風教に對する長益は、も亦た細小ならず。若し海內をして胡亂に擧薦するの過失を畏懼せしめ、凡人は僥倖の求取を止息し、競逐の末に背對して、學問の本に回到せば、儒道は將に大大に興起し、私貨は一定に漸漸斷絶し、奇才は得て役使す可く、庶官は空缺せざる可からん、と。

或曰:“先生欲急貢舉之法,但禁錮之罪,苛而且重,懼者甚眾。夫急轡繁策,伯樂所不為;密防峻法,德政之所恥。”

或る人曰く、先生は貢擧の法を加急せんと想う、ただ禁錮の罪は、苛く且つ重く、懼怕する人甚だ衆し。轡頭急く馬鞭繁きは、伯樂の做らざる所なり。防備密く法峻嚴なるは、德政の恥とする所なり、と。

抱朴子曰:“夫骨填肉補之藥,長於養體益壽,而不可以救日曷溺之急也。務寬含垢之政,可以蒞敦御樸,而不可以拯衰弊之變也。虎狼見逼,不揮戈奮劍,而彈琴詠詩,吾未見其身可保也。燎火及室,不奔走灌注,而揖讓盤旋,吾未見其焚之自息也。今與知欲賣策者論此,是與蹠議捕盜也。”

抱朴子曰く、骨を填め肉を補うの藥は、體を養い壽を益するに長ず、然れども日に暍れ水に溺るるの急を救う可からず(底本は「日曷」と作る、疑らくは「暍」)。寬を務求し垢を含むの政は、敦厚に臨莅し朴を駕馭す可く、然れども衰弊の變を拯救する可からず。虎狼逼近するに、戈を揮い劍を奮わずして、却って琴を彈き詩を詠ずれば、我は彼の身の保全す可きを見ず。燎火は屋子に燒到るに、奔走灌注せずして、却って揖讓盤旋すれば、我は火の自ずから熄滅するを見ず。如今對策を賣らんと想うを知る人と這を論ずるは、盜跖と盜を捕るを議論するなり、と。

抱朴子曰:“今普天一統,九垓同風,王制政令,誠宜齊一。夫衡量小器,猶不可使往往有異,況人士之格,而可叄差而無檢乎江表雖遠,密邇海隅,然染道化,率禮教,亦既千餘載矣。往雖暫隔,不盈百年,而儒學之事,亦不偏廢也。惟以其土宇褊於中州,故人士之數,不得鈞其多少耳。及其德行才學之高者,子游仲任之徒,亦未謝上國也。

抱朴子曰く、如今普天一統にして、九垓同風し、王制政令は、實に應に齊一すべし。衡量は小器なるも、なお處處差異有らしむ可からず、況んや人士の格は、却って參差して檢核なき可けんや。江表は遠しと雖も、海隅に密近す、然れども道化に染み、禮教を遵循すること、も亦た已に一千多年なり。以往は暫時隔開せられたると雖も、百年に滿たず、儒學の事も、亦た偏廢せず。ただその疆土の中州より褊狹なるを以て、ゆえに人士の數目は、多少と相均する能わざるのみ。德行才學高きに至りては、子游・王充の一類人も、亦た上國に遜らず、と。

昔吳土初附,其貢士見偃以不試。今太平已近四十年矣,猶復不試,所以使東南儒業衰於在昔也。此乃見同於左衽之類,非所以別之也。且夫君子猶愛人以禮,況為其愷悌之父母邪!法有招患,令有損化,其此之謂也。今貢士無複試者,則必皆修飾馳逐,以競虛名,誰肯復開卷受書哉所謂饒之適足以敗之者也。

(抱朴子が続けて言うには、)從前吳土は剛剛歸附して、その貢士は試せざるに因りて壓制せられり。如今太平は已に近四十年なるも、還に試せず、ゆえに東南の儒業をして往昔より衰微せしむ。這是彼らを左衽の一類と相同と看なす、以て彼らを區別するに非ず。況んや君子はなお禮を以て人を愛す、況んや彼らの愷悌の父母を做るをや。法は禍患を招來する有り、令は教化を損傷する有り、説くは即ち這個なり。如今貢士は再び考試有るを更せず、便ち一定に皆修飾馳逐して、以て虛名を競争し、誰か還に肯じて再び卷を開き書を受けんや。所謂彼を饒すは恰好足りて彼を敗るなり、と。

“自有天性好古,心悅藝文。學不為祿,味道忘貧,若法高卿周生烈者。學精不仕(疑有脫文)徇乎榮利者,萬之一耳。至於甯越倪寬黃霸之徒,所以強自篤勵於典籍者,非天性也,皆由患苦困瘁,欲以經術自拔耳。向使非漢武之世,則朱買臣嚴助之屬,亦未必讀書也。今若取富貴之道,幸有易於學者,而復素無自然之好,豈肯復空自勤苦,執灑埽為諸生,遠行尋師問道者乎

(抱朴子が続けて言うには、)「自ずから天性は古を好み、心裡は藝文を喜悅する有り。學習は俸祿の爲にせず、道を體味して貧を忘掉するは、法真・周生烈の如き人なり。學精なるも出仕せず〔底本此處疑して脫文有り〕、榮利の爲に徇る人は、萬人の中に乃ち一個有るのみ。寧越・倪寬・黃霸の一類人に至りては、自己を強迫して典籍の上に篤勵する所以は、天性に非ず、皆患苦困瘁に由りて、經術を以て自己を拔出せんと欲するのみ。假使漢武帝の世に非ざれば、朱買臣・嚴助の一類人も、亦た未必書を讀まざらん。如今若し富貴を取るの路、幸に學習より容易なる有りて、而又素來自然の喜好なければ、豈に肯じて再び憑空に自己勤苦し、灑掃を執りて諸生を做り、遠行して師を尋ね道を問わんや」と。

兵興之世,武貴文寢,俗人視儒士如僕虜,見經誥如芥壤者,何哉由於聲名背乎此也。夫不用譬猶售章甫於夷越,徇髯蛇於華夏矣。今若遐邇一例,明考課試,則必多負笈千里,以尋師友,轉其禮賂之費,以買記籍者,不俟終日矣。”

(抱朴子が続けて言うには、)兵興の時世は、武は貴く文は止息し、俗人は儒士を僕虜と看なし、經誥を芥壤と看なす、何を爲すか。聲名は這個に背離するに由るなり。用いられざれば、便ち夷越に禮帽を出售し、華夏に髯蛇を求取するが如し。如今若し遠近一個の例子として、考課考試を明確にせば、便ち一定に書箱を背負いて千里を走り、師友を尋找し、禮賂の費用を轉過して以て記籍を買う人多かるを、一日の終了に等たず、と。

抱朴子曰:才學之士堪秀孝者,已不可多得矣。就令其人若桓靈之世,舉吏不先以財貨,便安臺閣主者,則雖諸經兼本解,於問無不對,猶見誣枉,使不得過矣。常追恨於時執事,不重為之防。

抱朴子曰く、才學の士の能く秀才孝廉を充當するは、已に多得る可からず。卽使あの人は桓靈の世の如く、吏を擧ぐるに先ず財貨を以て臺閣主事の人に便宜せず、則ち卽使諸經兼通し本文皆解して、問う所に對えざるなきも、還に誣枉せられて、彼をして通過を得ざらしむ。常常に當時執事の人を追恨して、再び這件の事の爲に設防せざるを、と。

餘意謂新年當試貢舉者,今年便可使儒官才士,豫作諸策,計足周用。集上禁其留草殿中,封閉之;臨試之時,亟賦之。人事因緣於是絕。當答策者,皆可會著一處,高選臺省之官親監察之。又嚴禁其交關出入,畢事乃遣。違犯有罪無赦。如此,屬託之翼窒矣。夫明君恃己之不可欺,不恃人之不欺己也。亦何恥於峻為斯制乎若試經法立,則天下可以不立學官,而人自勤樂矣。

我の意は、新年應に貢擧する人を考試するに、今年は便ち儒官才士をして、豫先に各種の策問を作らしめ、計算して周遍使用するに足らしめん。集中して交上し、草稿を殿中に留むるを禁止し、封閉す。試に臨むの時、立刻分發す。人事因緣は此より斷絶す。應に策を答うべき人は、皆可に會集して一處に安置し、高く臺省の官を選拔して親自監察せしめん。又嚴禁して彼らの交關出入せしめず、事務完畢して乃ち遣回す。違犯すれば便ち罪有りて赦免せず。這の如くなれば、嘱托の翅膀は便ち窒塞せん。明君は自己の欺かる可からざるを依恃して、別人の自己を欺かざるを依恃せず。又河を必ずしも這種の制度を加峻するを以て恥と爲さんや。若し經を試するの法立住せば、天下は便ち學官を設立せずして、而も人は自ずから勤勉快樂す可し。

案四科亦有明解法令之狀,今在職之人,官無大小,悉不知法令。或有微言難曉,而小吏多頑,而使之決獄,無以死生委之,以輕百姓之命,付無知之人也。作官長不知法,為下吏所欺而不知,又決其口筆者,憤憤不能知食法,與不食不問,不以付主者。或以意斷事,蹉跌不慎法令,亦可令廉良之吏,皆取明律令者試之如試經,高者隨才品敘用。如此,天下必少弄法之吏,失理之獄矣。

四科に按じても亦た法令を明白了解するの狀有り、如今在職の人は、官は大小を論ずとも、全く法令を知らず。或いは微言曉喻し難き有りて、而も小吏は多半頑劣にして、然れども彼らをして獄訟を判決せしむ、死生を彼らに委托する無し、這是百姓の命を看輕して、無知の人に交付するなり。官長を做るは法を知らず、下吏に欺瞞せられて知らず、又あの口を動かし筆を動かす人に由りて、昏昏然として吃法を知る能わず、喫らず問わざると、それを主事の人に交付せざると。或いは私意を憑りて事情を決斷し、蹉跌して法令を謹愼せず、も亦た廉良の吏をして、皆明白律令の人を取りて經を試するが如く考試せしめ、高きは才に隨りて品叙用す可し。這の如くなれば、天下は一定に法を玩弄する吏・道理を失去する獄少なからん。

交際卷第十六

交際巻第十六

抱朴子曰:餘以朋友之交,不宜浮雜。面而不心,揚雄攸譏。故雖位顯名美,門齊年敵,而趨舍異規,業尚乖互者,未嘗結焉。或有矜其先達,步高視遠,或遺忽陵遲之舊好,或簡棄後門之類味,或取人以官而不論德,其不遭知己,零淪丘園者,雖才深智遠,操清節高者,不可也;其進趨偶合,位顯官通者,雖面牆庸瑣,必及也。如此之徒,雖能令壤蟲雲飛,斥鴳戾天,手捉刀尺,口為禍福,得之則排冰吐華,失之則當春凋悴,餘代其口止叔口止脊,恥與共世。

抱朴子曰く、我は以て朋友の交往は、浮雜なる可からずと爲す。面有りて心なきは、揚雄の譏刺する所なり。ゆえに卽使位子顯れ名字美しく、門第齊しく年紀相當すとも、而も趨向取舍規矩同じからず行業崇尚乖互の人は、未曾だ結交せず。或る人は自己の先に顯達したるを誇矜し、步子高く視線遠く、或いは遺棄忽略して陵夷遲緩の舊好をし、或いは簡慢抛棄して後門の一類の趣味をし、或いは人を取るに官を憑りて德を論ぜず、あの知己に遇わず丘園に零落沈淪する人は、卻使才深く智遠く操守清く節操高くとも、亦た不可なり。あの進趨偶然相合し位子顯れ官通達する人は、卽使面牆庸瑣なるも、一定に顧及す。這の如き一類人は、卽使壤蟲をして雲の如く飛ばしめ、斥鴳をして天空に冲上せしめ、手裡に刀尺を捉え、口裡に禍福を決定し、彼を得れば便ち冰を排除し花を吐出し、彼を失えば便ち正に春に當りて凋悴する能くするも、我は彼らに替りて〔底本「口止叔口止脊」は文字訛脫嚴重にして通讀する能わず〕、彼らと共に一世に處するを恥とす。

窮之與達,不能求也。然而輕薄之人,無分之子,曾無疾非俄然之節,星言宵征,守其門廷,翕然諂笑,卑辭悅色,提壺執贄,時行索媚;勤苦積久,猶見嫌拒,乃行因托長者以構合之。其見受也,則踴悅過於幽系之遇赦;其不合也,則懊悴劇於喪病之逮己也。通塞有命,道貴正直,否泰付之自然,津途何足多諮。嗟乎細人,豈不鄙哉!人情不同,一何遠邪每為慨然,助彼羞之。

窮と達とは、強求する能わず。然れども輕薄の人・名分なき一類は、竟に疾惡非議・俄然の節操なく、星夜話を言い夜に路を趕り、彼の門庭を守りて、翕然として諂笑し、言辭卑下し面色喜悅し、壺を提げ贄を拿着し、時時に往きて媚を求む。勤苦積得久しくして、還に嫌棄拒絶せられ、是に往きて長者を憑藉して以て構合す。彼に接受せられれば、踊躍喜悅して幽囚の人の赦に遇うに超過す。彼に相合せざれば、懊惱悴傷して喪病の自己に臨むより劇烈なり。通塞は命有り、道は正直に貴し、否泰は自然に交付す、津途は何處か多く咨嗟するに値せん。嗟乎細人、豈に鄙陋ならざらんや。人情は同じからず、何ぞその遙遠なる。每々此の爲に慨然として、彼を幇して羞愧す。

昔莊周見惠子從車之多,而棄其餘魚。餘感俗士(或脫“無”)不汲汲於攀及至也。瞻彼云云,馳騁風塵者,不懋建德業,務本求己,而偏徇高交,以結朋黨,謂人理莫比之要,當世莫此之急也。以嶽峙獨立者,為澀吝疏拙;以奴顏婢睞者,為曉解當世。風成俗習,莫不逐末,流遁遂往,可慨者也。

從前莊周は惠子の從車の多きを見て、便ち其餘の魚を抛棄せり。我は俗士〔底本或いは「無」の字を脫す〕の攀附に極まらざるを急急せざるに感ず。あの紛紛紜紜・風塵の中に馳騁する人を看るに、德業を勉力建立せず、根本を務求し之を己に求めずして、却って偏に高交に徇って、以て朋黨を結成し、人理は這個より更に緊要なるなく、當世は這個より更に急なるなしと説く。岳峙の如く獨立する人を、澀吝疏拙と當て、奴顏婢睞の人を、曉解當世と當てす。風成り俗習と成りて、末を逐わざるなし、流遁是に於て前往す、是れ慨歎す可きなり。

或有德薄位高,器盈志溢,聞財利則驚掉,見奇士則坐睡。襤縷杖策,被褐負笈者,雖文豔相雄,學優融玄,同之埃芥,不加接引。若夫程鄭王孫羅裒之徒,乘肥衣輕,懷金挾玉者,雖筆不集札,菽麥不分辯,為之倒屣,吐食握髮。

或いは德薄く位高く、器盈ち志溢れて、財利を聞けば便ち驚掉し、奇士を見れば便ち坐りて睡着す。襤縷して杖を拄き、褐を披着し書箱を背負う人は、卽使文采艷麗にして揚雄と並列す可く、學問馬融・鄭玄より優れるも、亦た埃芥に等同して、接引を加えず。程鄭・卓王孫・羅裒の一類人に至りては、肥馬に乘り輕裘を穿着し、金を懷き玉を挾むるは、卽使筆札に集まらず、菽麥を分辨せざるも、亦た彼の爲に屣を倒し、口裡の食を吐出し頭髮を握る。

餘徒恨不在其位,有斧無柯,無以為國家流穢濁於四裔,投畀於有北。彼雖赫奕,刀尺決乎(有脫文)勢力足以移山拔海,吹呼能令泥象登云,造其門庭,我則未暇也。而多有下意怡顏,匍匐膝進,求交於若人,以圖其益。悲夫!生民用心之不鈞,何其遼邈之不肖也哉!餘所以同生聖世而抱困賤,本後顧而不見者,今皆追瞻而不及,豈不有以乎!然性苟不堪,各從所好,以此存亡,予不能易也。

我はただあの位子に在らざるを恨み、斧有りて柯なく、國家の爲に穢濁を四裔に流放し、北極に投與する無し。彼らは卽使赫奕にして、刀尺は〔底本此處疑して脫文有り〕に決斷し、勢力足りて山を移し海を拔き、吹呼して能く泥象を雲に登らしむと雖も、彼らの門庭に到るに、我は却って閑暇なし。然れども多く心意を低下し和顏悅色して、匍匐して膝を以て進み、あの種の人に向かって交を求めて、以て自己の益處を圖謀す。悲夫、生民の用心の均ならざるは、何ぞその遼邈にして不肖なる。我の彼らと同じく聖世に生れて困賤を抱く所以・本來回頭すれば見る能わざる人は、如今皆追い瞻望するも趕及ばざるは、豈に緣故なからんや。然れども性情もし擔當し得ざれば、各々好む所に從い、這を以て存亡を決定す、我は改換する能わず。

或又難曰:“時移世變,古今別務,行立乎己,名成乎人。金玉經於不測者,托於輕舟也;靈烏萃於玄霄者,扶搖之力也;芳蘭之芬烈者,清風之功也;屈士起於丘園者,知己之助也。今先生所交必清澄其行業,所厚必沙汰其心性,孑然只口止寺,失棄名輩,結讎一世,招怨流俗,豈合和光以籠物,同法之高義乎若比智而交,則白屋不降公旦之貴;若鈞才而遊,則尼父必無入室之客矣。”

又或る人が責難して曰く、時は移り世は變わり、古今の事務は別有り、德行は自己に立ち、名字は別人に成る。金玉は測り可からざる處を經過するは、輕舟に托付するなり。靈烏が玄霄に萃集するは、扶搖の力氣なり。芳蘭が芬烈するは、清風の功勞なり。屈士が丘園の中より起きるは、知己の幇助なり。如今先生の交わる所は一定に彼の行業を澄清し、厚くする所は一定に彼の心性を沙汰し、孑然として獨立し(底本「只口止寺」は疑らくは當に「只峙」と作るべし)、名輩に失棄せられ、一世と仇を結び、流俗の怨を招來す、豈に和光を以て物を籠罩し塵に同じうするの高義に合乎や。若し智才に比して結交すれば、白屋は周公旦の貴を降下せざらん。若し才を均しくして交游すれば、尼父は一定に入室の客なからん、と。

抱朴子曰:“吾聞詳交者不失人,而泛結者多後悔。故曩哲先擇而後交,不先交而後擇也。子之所論,出人之計也;吾之所守,退士之志也。子云玉浮鳥高,皆有所因,誠復別理一家之說也。吾以為寧作不載之寶,不飛之鵬,不颺之蘭,無黨之士,亦(何)損於夜光之質,垂天之大,含芳之卉,不朽之蘭乎且夫名多其實,位過其才,處之者猶鮮免於禍辱,交之者何足以為榮福哉!

抱朴子曰く、我聞く、結交を審愼する人は人を失掉せず、而も浮泛に結交する人は多く后悔す。ゆえに往昔の哲人は先ず選擇して後に結交し、先ず結交して後に選擇せず。你の論ずる所は、仕に出づる人の計なり。我の守る所は、退士の志向なり。你は玉浮・鳥高を説き、皆憑藉する所有り、實に又另一の家の説法なり。我は以て寧ろ裝載せられざる寶、飛ばざる鵬、揚起せられざる蘭、黨なき士と爲るも、又何の夜光の質地・天を垂るの大・芳を含む卉・不朽の蘭に損あらん。況んや名は實より多く、位子は才能を超過し、あの位子に處る人はなお禍辱を免るる少き、彼らと結交する人は何處か足りて榮福と當てんや。

“由茲論之,則交彼而遇者,雖得達不足貴;芘之而誤者,譬如蔭朽樹之被笮也。彼尚不能自止其顛蹶,亦安能救我之碎首哉!吾聞大丈夫之自得而外物者,其於庸人也,蓋逼迫不獲已而與之形接,雖以千計,猶蚤蝨之積乎衣,而贅疣之攢乎體也。失之雖以萬數,猶飛塵之去嵩岱,鄧林之墮朽條耳。豈以有之為益,無之覺損乎

(抱朴子が続けて言うには、)「此より説けば、彼を結交して遇う人は、卽使顯達を得るも貴ぶに値せず。彼を庇蔭して却って事を誤る人は、朽樹を蔭して壓笮せらるるが如し。彼はなお自ら顛蹶を止住する能わず、又怎ぞ能く我の頭碎を救わん。我聞く、大丈夫は自得して外物を外に放つ人は、庸人に對しては、大概逼迫して不得已に乃ち彼らと形體を接觸し、卽使數を以て千計するも、還に衣上に積る蚤虱・身上に攅る贅疣の如し。彼らを失掉するは卽使數を以て萬計するも、還に飛塵の嵩岱を離れ、鄧林の朽枝を墮下するのみ。何處か彼ら有るに因りて益有り、彼ら無きに因りて損と覺えんや」と。

“且夫朋友也者,必取乎直諒多聞,拾遺斥謬,生無請言,死無託辭,終始一契,寒暑不渝者。然而此人良未易得,而或默語殊途,或憎愛異心,或盛合衰離,或見利忘信。其處今也,璧猶禽魚之結侶,冰炭之同器,欲其久合,安可得哉!夫父子天性,好惡宜鈞,而子政子駿,平論異隔;南山伯奇,辯訟有無。面別心殊,其來尚矣。總而混之,不亦難哉!

(抱朴子が続けて言うには、)「況んや朋友は、一定にあの直諒多聞を取り、遺を拾い謬を斥け、活くるに請托の話なく、死するに嘱托の辭なく、終始一個の契、寒暑改變せざる人を取る。然れどもこの如き人は實に得る容易ならず、或いは沈默說話して道路同じからず、或いは憎愛の心思同じからず、或いは盛時相合し衰時離開し、或いは利を見て信を忘掉す。今日に處すれば、便ち禽魚の伴侶を結成し、冰炭の一個の器裡に同在するが如く、彼らの長久相合せんを欲するは、怎麼して得る可けん。父子は天性にして、好惡應に均同なるべく、然れども子政・子駿は、平論隔離して同じからず。南山・伯奇は、辯訟して有無す。面に別有り心同じからざるは、由來已に久し。總じて混じて一にするは、不亦難きか」と。

“世俗之人,交不論志,逐名趨勢,熱來冷去;見過不改,視迷不救;有利則獨專而不相分,有害則苟免而不相恤;或事便則先取而不讓,值機會則賣彼以安此。凡如是,則有不如無也。

(抱朴子が続けて言うには、)「世俗の人は、結交に志向を論ぜず、名を追逐し勢に趨向し、熱ければ便ち來り冷たければ便ち去る。過錯を見て改めず、迷惑を見て救わず。利有れば便ち獨自專有して互相分かたず、害有れば便ち苟且に免れを求めて互相體恤せず。或いは事情便利なれば便ち先に取りて讓らず、機會に碰上れば便ち彼を出賣して以て此を安定す。凡是この如し、有るは無きに如かず」と。

“天下不為盡不中交也,率於為益者寡而生累者眾。知人之明,上聖所難。而欲力厲近才,短於鑑物者,務廣其交,又欲使悉得,可與經夷險而不易情,歷危苦而相負荷者,吾未見其可多得也。雖搜琬琰於培螻之上,索鸞鳳乎鷦鷯之巢,未為難也。吾亦豈敢謂藍田之陽,丹穴之中,為無此物哉!亦直言其稀已矣。

(抱朴子が続けて言うには、)「天下は並び皆完全に結交に適合せざるに非ず、大抵益處と成る能くするは少なくして牽累を產生するは衆し。人を知るの明は、上聖も亦た難しと覺う。然れども近才を磨砺し物を鑑るに短なる人を力めて、務めて交游を擴大せんと欲し、又想いて彼らをして全て得しめ、自己と經歷して平夷險阻に情を改めず、危苦を經歷して互相擔負する人を得んとするは、我はこの如き人の多得る可きを見ず。卽使培螻の上に琬琰を搜尋し、鷦鷯の巢裡に鸞鳳を索求するも、亦た難と算えず。我又何處か敢えて藍田の南面・丹穴の中に、這種の物なしと言わんや。も亦たただ直にそれの稀少なるを説くのみ」と。

“夫操尚不同,猶金沈羽浮也。志好之乖次,猶火升而水降也。苟不可同,雖造化之靈,大塊之匠,不可使同也,何可強乎!餘所稟訥馬矣,加之以天挺篤懶,諸戲弄之事,彈棋博弈,皆所惡見;及飛輕走迅,遊獵傲覽,鹹所不為,殊不喜嘲褻。凡此數者,皆時世所好,莫不耽之,而餘悉闕焉,故親交所以尤遼也。加以挾直,好吐忠藎,藥石所集,甘心者鮮。又欲勉之以學問,諫之以馳競,止其樗蒲,節其沈湎,此又常人所不能悅也。

(抱朴子が続けて言うには、)「操守の崇尚は同じからず、金沉し羽浮くが如し。志向喜好の乖離は、火升り水降るが如し。若し同じくする可からざれば、卽使造化の靈・大塊の匠も、彼らをして同じくせしむる能わず、怎麼して強いる可けん。我の稟受する所は木訥(底本は「馬」と作る、「馬」は「焉」の訛)、再加上天生極めて懶く、各種の戲弄の事・彈棋博弈は、皆我の厭惡して見る所なり。輕きを飛ばし迅きを跑らせ、游獵傲覽するに至りては、皆我の爲さざる所にして、尤も嘲謔褻狎を喜歡せず。這幾件の事は、皆時世の喜好する所にして、沈溺せざるなきに、而も我は全て缺けり、ゆえに親交は此に因りて尤も遼遠なり。再加上正直を挾み、忠藎を吐出するを喜び、藥石の集中する處は、甘心する人少なし。又想いて學問を以て彼らを勉勵し、馳競を以て彼らを勸諫し、彼らの樗拍を止住し、彼らの沈湎を節制せんとす、這又常人の喜悅する能くする所に非ず」と。

“毀方瓦合,違情偶俗,人之愛力,甚所不堪,而欲好日新,安可得哉!知其如此而不辯改之,可不謂之暗於當世,拙於用大乎夫交而不卒,合而又離,則兩受不弘之名,俱失克終之美。夫厚則親愛生焉,薄則嫌隙結焉,自然之理也,可不詳擇乎!為可臨觴者拊背,執手須臾,欲多其數而必其全,吾所懼也。”

(抱朴子が続けて言うには、)「方正を毀掉して以て瓦合し、情に違背して以て流俗に偶合するは、人の力氣を愛惜するは、我の甚だ擔當し得起こさざる所にして、然れども交好日々更新せんと想うは、怎麼して得る可けん。這の如くを知りて辨改せざれば、當世に暗昧・大を用うるに拙しと稱する可からざらんか。結交して終了せず、相合して又離開すれば、則ち兩方皆弘ならざる名を承受し、一齊に克終の美を失去す。厚ければ則ち親愛生出し、薄ければ則ち嫌隙結起す、是れ自然の道理にして、詳細に選擇せざる可けんや。酒杯に臨み背を拍ち手を執りて片刻す可きを爲して、數目多くして一定に全を求めんと欲するは、我の懼怕する所なり」と。

或曰:“然則都可以無交乎”

或る人曰く、然らば皆交游無くする可きか、と。

抱朴子答曰:“何其然哉!夫畏水者何必廢舟楫,忌傷者何必棄父斤交之為道,其來尚矣。天地不交則不泰,上下不交即乖志。夫不泰則二氣隔並矣,志乖則天下無國矣。然始之甚易,終之竟難。患乎所結非其人,敗於爭小以忘大也。《易》美多蘭,《詩》詠百朋,雖有兄弟,不如友生。切思三益,大聖所嘉,門人所以增親,惡言所以不至;管仲所以免誅戮而立霸功,子元所以去亭長而驅朱軒者,交之力也。

抱朴子回答して曰く、怎麼してこの如くならんや。水を怕る人は何必舟楫を廢除せん、傷を受くるを忌惮する人は何必斧斤を抛棄せん(底本は「父」と作る、「父」は「斧」の訛)。結交を道と爲すは、由來已に久し。天地交わらざれば便ち泰ならず、上下交わらざれば便ち志向乖離す。泰ならざれば則ち二氣は隔開兼并し、志向乖離すれば則ち天下に國なし。然れども開始は甚だ容易く、終結は竟に難し。毛病は結交する所のあの種の人に非ざるに在り、敗は小を争い大を忘掉するに在り。《周易》は多蘭を贊美し、《詩經》は百朋を詠歎し、卽使兄弟有るも、友生に如かず。切偲三益は、大聖の嘉許する所にして、門人は此に因りて更加親しく、惡言は此に因りて到らず。管仲の誅戮を免れて霸功を立下したる所以・子元の亭長を離開して朱軒を驅りたる所以は、皆交の力なり、と。

“單絃不能發《韶》《夏》之和音,孑色不能成兗龍之瑋燁,一味不能合伊鼎之甘,獨木不能致鄧林之茂。玄圃極天,蓋由眾石之積。南溟浩漾,實須群流之赴。明鏡舉則傾冠見矣,羲和照則曲影覺矣,檃括修則枉刺之疾消矣,良友結則輔仁之道弘矣。

(抱朴子が続けて言うには、)「單弦は《韶》《夏》の和音を發出する能わず、一種の顏色は袞龍の瑋燁を成就する能わず、一味は伊尹鼎中の甘を合成する能わず、獨木は鄧林を茂盛ならしむる能わず。玄圃の極天に高きは、大概衆石の堆積に由る。南溟浩漾たるは、實に必ず群流の奔赴を須要す。明鏡擧起すれば則ち傾斜の冠は便ち見え、羲和一照すれば則ち彎曲の影は便ち發覺し、檃括修治すれば則ち枉刺の疾病は便ち消除し、良友結交すれば則ち輔仁の道は便ち弘大す」と。

達者知其然也,所企及則必簡乎勝己,所降結則必料乎同志。其處也則講道進德,其出也則齊心比翼。否則鈞魚釣之業,泰則協經世之務。安則有以精義,危則有以相恤。恥令譚肯專面地之篤,不使王貢擅彈冠之美。夫然,故交道可貴也。

(抱朴子が続けて言うには、)通達の人はこの如くを知り、企及する所は便ち一定に自己に勝過するを簡選し、心を降し結交する所は便ち一定に同志と料想す。閑處すれば便ち道を講じ德を進め、仕に出づれば便ち心を齊し翼を比す。否なれば則ち漁釣の行業を均同し、泰なれば則ち經世の事務を協助す。安ければ則ち以て義を精研する有り、危なければ則ち以て互相體恤する有り。譚・肯をして面地の篤厚を專有せしめざるを恥とし、王陽・貢禹をして冠を彈くの美を獨占せしめず。這の如く、乃ち交道の貴ぶ可きなり。

“然實未易知,勢利生去就,積毀壞刎頸之契,漸漬釋膠漆之堅。於是有忘素情之惆嘆,或睚眥而不思,遂令元伯巨卿之好,獨著於昔;張耳陳餘之變,屢構於今。推往尋來,良可嘆也。夫梧禽不與鴟梟同枝,麟虞不與豺狼連群,清源不與濁潦混流,仁明不與兇暗同處。何者漸染積而移直道,暴迫則生害也。”

(抱朴子が続けて言うには、)「然れども實に知る容易ならず、勢利は去る或いは就くを生出し、積毁は刎頸の契を壞掉し、漸漸漬染して膠漆の堅を解開す。是に素情を忘掉する惆歎有り、或いは睚眦して然れども思念せず、是に元伯・巨卿の好をして、往昔に獨自顯著せしめ、張耳・陳餘の變を、今日に屢次構成せしむ。往を推し來を尋ぬれば、實に歎す可し。梧禽は鴟梟と同枝せず、麟虞は豺狼と連群せず、清源は濁潦と混流せず、仁明は凶暗と同處せず。何を爲すか。漸染積累すれば便ち直道を移易し、暴迫すれば便ち害を產生せん」と。

或人曰:“敢問全交之道可得聞乎”

或る人曰く、敢えて問う、交游を保全するの道は、我をして聽かしめん可きか、と。

抱朴子答曰:“君子交絕猶無惡言,豈肯向所異辭乎殺身猶以許友,豈名位之足競乎善交狎而不慢,和而不同,見彼有失,則正色而諫之;告我以過,則速改而憚。不以忤彼心而不言,不以逆我耳而不納,不以巧辯飾其非,不以華辭文其失,不形同而神乖,不若情而口合,不面從而背憎,不疾人之勝己,護其短而引其長,隱其失而宣其得,外無計數之諍,內遺心競之累。夫然後《鹿鳴》之好全,而《伐木》之刺息。若乃輕合而不重離,易厚而不難薄,始如形影,終為叄辰,至歡變為篤恨,接援化成讎敵,不詳之悔,亦無以(原有脫文)。

抱朴子回答して曰く、君子は交絶するも還に惡言なく、豈に肯じて同じからざる所に向かって言辭を改變せんや。身を殺すもなお以て朋友に許す、名位は何處か競争するに値せん。結交に善き人は親しみて然れども怠慢せず、和して然れども同ぜず、對方に過失有るを見れば、便ち正色して勸諫す。過錯を我に告ぐれば、便ち迅速に改めて畏憚す。對方の心に忤逆するに因りて説かざることなく、我の耳に逆らうに因りて接納せざることなく、巧辯を拿りて自己の非を文飾せず、華辭を拿りて自己の失を掩飾せず、外形は同じくして神乖離せず、情投の如くして口相合せず、面に當りて順從して背後に憎惡せず、別人の自己に勝過するを疾恨せず、彼の短を護りて彼の長を引き、彼の失を隱藏して彼の得を宣揚し、外に計數の諍なく、內に心裡競争の牽累を遺棄す。然後《鹿鳴》の好は保全され、《伐木》の刺は止息す。輕易に相合して然れども離開を看重せず、容易く厚く變りて然れども薄くするを難とせず、開始は形影の如く、終了は參辰の如く、至歡は深恨と變成し、接援は仇敵と化成し、審愼せざるの悔は、も亦た從無し(底本原脫文有り)に至りては、と。

往者漢季陵遲,皇轡不振,在公之義替,紛競之俗成。以違時為清高,以救世為辱身。尊卑禮壞,大倫遂亂。在位之人,不務盡節,委本趨末,背實尋聲。王事廢者其譽美,奸過積者其功多。莫不飛輪兼策,星言假寐,冒寒觸暑,以走權門,市虛華之名於秉勢之口,買非分之位於賣官之家。或爭所欲,還相屠滅。

(抱朴子が続けて言うには、)往昔漢季は陵夷遲緩にして、皇家の轡は振起せず、公に在るの義は廢替し、紛競の風俗は形成せり。時に違背するを以て清高と當て、世を救うを以て身を辱むと當てす。尊卑の禮は壞れ、大倫は是に亂れたり。位に在る人は、節を盡くすを務求せず、本を委棄し末に趨向し、實に背對し聲を尋找す。王事廢棄する人は聲譽美しく、奸過積累する人は功勞多し。輪を飛ばし鞭を兼ね、星夜話を言い衣を和して打盹し、寒を冒し暑に觸れて、以て權門に奔走し、勢を把持するの口に向かって虛華の名を買い、官を賣るの家に向かって分に非ざる位を買うせざるなし。或いは欲する所を争奪して、轉じて互相屠滅す、と。

於是公叔偉長疾其若彼,力不能正,不忍見之,爾乃發憤著論,杜門絕交,斯誠感激有為而然。蓋矯枉而過正,非經常之永訓也。徒當遠非類之黨,慎諂黷之源。何必裸袒以詭彼己,斷粒以刺玉食哉!夫交之為非,重諫而不止,遂至大亂。故禮義之所棄,可以絕矣。

(抱朴子が続けて言うには、)是に公叔・偉長はあの如くを疾恨し、力氣は糾正する能わず、見るに忍びず、這乃ち發憤して論を著し、門を杜じ交を絶つ、這實に感激して作爲有るを以て乃ちこの如し。大概枉を矯めて正に過ぐるは、經常の永久訓誡に非ず。ただ應に非類の黨を遠離し、諂瀆の源頭を謹愼すべし。何必裸袒して以て彼己を詭譎し、糧を斷ちて以て玉食を諷刺せんや。結交は非と成り、重ねて勸諫するも然れども止まず、是に大亂に到れり。ゆえに禮義の抛棄する所は、以て絶す可し、と。

備闕卷第十七

備闕巻第十七

抱朴子曰:騕褭能奮蘭筋以絕景,而不能履冰以乘深;猛虎能似雷霆以博噬,而不能踴雲霧以凌虛。鴻鵾不能振翅於籠罩之中,輕鷂不能電擊於几筵之下。物既然矣,人亦如之。故能調和陰陽者,未必能兼百行修簡書也;能敷五邁九者,不必能全小潔經曲碎也。

抱朴子曰く、駿馬は能く蘭筋を奮起して以て光影を超過するも、然れども冰を踏着して以て深に乘る能わず。猛虎は能く雷霆の如く搏噬するも、然れども雲霧に踊上して以て虛空を凌越する能わず。鴻鵾は籠罩の中に翅を振る能わず、輕鷂は几筵の下に電撃の如くする能わず。物已にこの如く、人も亦たこの如し。ゆえに能く陰陽を調和する人は、未必能く百行を兼備し簡書を修治せず。能く五を敷陳し九を邁過する人は、不必能く小潔を保全し瑣碎を經理せず、と。

惠子,上相之標也,而不能役舟楫以凌陽侯;漢高,神武之傑也,而不能治產業端檢括;淮陰,良將之元也,而不能修農商免飢寒;周勃,社稷之鯁也,而不能答錢穀責獄辭。若以所短棄所長,則逸儕拔萃之才不用矣;責具體而論細禮,則匠世濟民之勳不著矣。

惠子は、上相の標準にして、然れども舟楫を役使して以て陽侯を凌越する能わず。漢高は、神武の傑にして、然れども產業を治理し檢括を端正する能わず。淮陰は、良將の元首にして、然れども農商を修治して飢寒を免るる能わず。周勃は、社稷の鯁直にして、然れども錢穀を回答し獄辭を責問する能わず。若し短ずる所に因りて長ずる所を抛棄せば、逸儕拔萃の才は便ち用いられず。具體を責求して細禮を論ぜば、世を匠し民を濟うの勳勞は便ち顯著ならず。

天不能平其西北,地不能隆其東南,日月不能摛光於曲穴,沖風湧揚波於井底。扌適齒則松檟不及一寸之筵,挑耳則棟梁不如鷦鷯之羽,彈鳥則千金不及丸泥之用,縫緝則長劍不及數寸之針。何必伏巨象而捕鼠,制大鵬以司晨乎故姜牙賣煦(疑作“漿’)無所售,而見師於文武;蔣生憒慢於百里,而獨步三槐。

天はその西北を平ならしむる能わず、地はその東南を隆起せしむる能わず、日月は曲穴の裡に光を舒展する能わず、衝風は井底に波を涌起揚する能わず。牙齒を剔れば則ち松檟は一寸の筵に趕及ばず(底本「扌适」は「扌」は偏旁の殘留)、耳朵を挑れば則ち棟梁は鷦鷯の羽毛に如かず、鳥を彈けば則ち千金は丸泥の用處に趕及ばず、縫緝すれば則ち長劍は數寸の針に趕及ばず。何必巨象を降伏して以て鼠を捕え、大鵬を制服して以て晨を司らんや。ゆえに姜牙は漿を賣るも售る處なし(底本「煦」は疑らくは當に「漿」と作るべし)、然れども文王・武王に師事せられり。蔣生は百里に對して昏憒怠慢なるも、然れども三槐の中に獨步せり。

擢才卷第十八

擢才巻第十八

抱朴子曰:華章藻蔚,非矇瞍所玩;英逸之才,非淺短所識。夫瞻視不能接物,則兗龍與素褐同價矣;聰鑑不足相涉,則俊民與庸夫一概矣。眼不見,則美不入神焉;莫之與,則傷之者至焉。且夫愛憎好惡,古今不均,時移俗易,物同價異。譬之夏後之璜,曩直連城,鬻之於今,賤於銅鐵。故昔以隱居求志為高士,今以山林之儒為不肖。故聖世之良幹,乃暗俗之罪人也;往者之介潔,乃末葉之羸劣也。

抱朴子曰く、華章藻蔚たるは、蒙瞍の玩賞する所に非ず。英逸の才は、淺短の認識する所に非ず。瞻視は物に接觸する能わざれば、袞龍と素褐は便ち同一の價錢なり。聰鑑は足りて互相涉及せざれば、俊民と庸夫は便ち一個の概なり。眼睛は見る能わざれば、美は便ち神に進入せず。人の給與する無ければ、彼を傷害する人は便ち到來す。況んや愛憎好惡は、古今均ならず、時移り俗易りて、物は同じく價錢は同じからず。夏后の璜に比方すれば、從前價値連城にして、今日に賣れば、銅鐵より還に賤し。ゆえに從前は隱居して志を求むるを以て高士と爲し、如今は山林の儒を以て不肖と爲す。ゆえに聖世の良幹は、乃ち暗俗の罪人なり。往昔の介潔は、乃ち末葉の羸劣なり、と。

弘偉之士,履道之生,其崇信匪徒重仞之牆,其淵澤不唯呂梁之深也,故短近不能賞,而淺促不能測焉。因以異乎己而薄之矣,以不求我而疾之矣,不貴不用,何足言乎乃有播埃塵於白珪,生瘡疒有於玉肌,訕疵雷同,攻伐獨立,曾叄蒙劫剽之垢,巢許獲穿窬之謗。自匪明並懸象,玄鑑表微者,焉能披泥抽淪玉,澄川掇沈珠哉!夫珪璋居肆而不售,矧乃翳於盤璞乎奇士扣角而見遏,況乃潛於四羊藪乎

弘偉の士・道を履行する書生は、彼らの崇信はただ幾仞の牆のみならず、彼らの淵澤はただ呂梁の深のみならず、ゆえに短近は賞識する能わず、淺促は測度する能わず。是に自己と同じからざるに因りて彼を看薄し、我を求めざるに因りて彼を疾恨し、貴ばず用いず、何處か説くに値せん。竟に人ありて埃塵を白珪の上に播き、玉肌の上に瘡痏を生出し(底本「疒有」は當に「痏」と爲す)、訕疵雷同して、獨立を攻伐すれば、曾參は劫剽の垢を蒙受し、巢父・許由は穿窬の謗を獲得せん。若し明は懸象と並列し玄鑑は能く微細を表彰する人に非ざれば、怎ぞ能く泥を披開して沈淪の玉を抽出し、川を澄清して下沉の珠を掇取せんや。珪璋は肆上に放りて還に售出せず、況んや盤璞の裡に翳蔽するをや。奇士は角を叩くも還に遏止せられ、況んや藪澤の裡に潛藏するをや(底本「四羊薮」は「四羊」は疑らくは衍文)。

孫臏思騁其秘略,而司馬刖之;韓非願建治績,而李斯殺之;賈誼慷慨,懷經國之術,而武夫排之;子政忠良,有匡危之具,而恭顯陷之。和氏所以抱璞而泣血,禽息所以發憤而碎首也。夫玉石易別於賢愚,愛寶情篤於好士,以易別之寶,合篤好之物,猶獲罪截趾,歷世受誣。況乎難知之賢,非意所急,讒人畫蛇足於無形,奸臣畏忠貞之害己,體曲者忌繩墨之容,夜裸者憎明燭之來。是以高譽美行,抑而不揚,虛構之謗,先形生影。又無楚人號哭之薦,萬無一遇,固其宜矣。

孫臏はその秘略を馳騁せんと想うも、司馬は却って彼を刖せり。韓非は治績を建立せんと願うも、李斯は却って彼を殺せり。賈誼は慷慨にして、經國の術を懷くも、武夫は却って彼を排擠せり。子政は忠良にして、危を匡する器具有るも、弘恭・石顯は却って彼を陷害せり。這即ち和氏の璞を抱きて血を泣いたる所以・禽息の發憤して頭を撞碎したる所以の緣故なり。玉と石は賢愚に比して分別し易く、寶を愛する情は士を好むに比して篤厚く、分別し易き寶を拿りて、篤好する物に配合するも、還に罪を獲て趾を截られ、歷代誣を受く。況んや知り難き賢・心意の急ぐ所に非ざるをや。讒人は無形の上に蛇足を畫き、奸臣は忠貞の自己を害するを怕り、體曲する人は繩墨の容を忌惮し、夜裡裸たる人は明燭の到來を憎惡す。ゆえに高譽美行は、壓抑せられて揚起せられず、虛構の謗は、形に先んじて便ち影を生出す。又楚人の號哭するが如き薦擧なく、萬人の中に一個に遇わざるは、本來應然なり。

夫以玉為石者,亦將以石為玉矣;以賢為愚者,亦將以愚為賢者矣。以石為玉,未有傷也;以愚為賢者,亡之診也。蓋診亡者雖存而必亡,猶脈死者雖生而必死也。可勿慎乎!於戲,悲夫!莫之思者也。昔仲尼上聖也,東受累於齊人,南見塞於子西。文種大賢也,初不齒於荊俗,末雍遊於鈞如。競年立功,不亦難乎夫結綠玄黎,非陶猗不能市也;千鈞之重,非賁獲不能抱也。《白雪》之弦,非靈素不能徽也;邁倫之才,非明主不能用也。

玉を以て石と當てる人は、亦た將に石を以て玉と當てん。賢を以て愚と當てる人は、亦た將に愚を以て賢と當てん。石を以て玉と當つるは、傷害なし。愚を以て賢と當つるは、滅亡の診兆なり。將に亡びんと診する人は卽使還に在るも一定に亡び、脈象は死の人は卽使活くるも一定に死するが如し。謹愼せざる可けんや。于戲、悲夫。このを思索する人なし。從前仲尼は上聖にして、東邊に齊人に牽累せられ、南邊に子西に堵塞せられり。文種は大賢にして、起初荆俗に齒及せられず、末了に乃ち雍容として鈞如に交游せり。年歲を競争して以て功を立つるは、不亦難きか。結綠・玄黎は、陶朱・猗頓に非ざれば買う能わず。千鈞の重は、賁・獲に非ざれば抱く能わず。《白雪》の弦は、靈素に非ざれば徽を彈く能わず。倫類を邁過するの才は、明主に非ざれば用う能わず。

然耀靈光夜之珍,不為莫求而虧其質,以苟且於賤賈;洪鍾周鼎(或有脫文),不為委淪而輕其體,取見舉於侏儒;嶧陽雲和,不為不御而息唱,以競顯於淫哇;冠群之德,不以沈抑而履徑,而剸節於流俗。是以和璧變為滯貨,柔木廢於勿用,赤刀之礦,不得經歐冶之爐;元凱之疇,終不值四門之闢也。

然れども耀靈の夜を照らすの珍は、人の求むる無きに因りてその質を虧損せず、賤價の上に苟且せり來らず。洪鍾周鼎〔底本或いは脫文有り〕は、委棄沈淪するに因りてその體を看輕せず、侏儒に擧用せられ往かず。嶧陽・雲和は、御用せられざるに因りて唱を止息せず、淫哇と顯揚を競争せり來らず。群に冠たる德は、沈抑せらるるに因りて小路を走らず、流俗に向かって節操を專斷せり來らず。ゆえに和氏璧は滯貨と變成し、柔木は勿用に廢し、赤刀の礦は、歐冶の爐を經過する能わず。元凱の一類人は、終竟四門の開闢に遇わず。

任命卷第十九

任命巻第十九

抱朴子曰:餘之友人有居泠先生者,恬愉靜素,形神相忘,外不飾驚愚之容,內不寄有容之心,遊精墳誥,樂以忘憂。晝競羲和之末景,夕照望舒之餘耀,道靡遠而不究,言無微而不研。然車跡不軔權右之國,尺牘不經貴勢之庭。是以名不出蓬戶,身不離畎畝。

抱朴子曰く、我の友人に居泠先生の位居す有り、恬愉靜素にして、形と神は互相忘掉し、外は愚人を驚動する容貌を修飾せず、內は容る所有るの心を寄托せず、精神をして墳誥に游ばしめ、樂しみて憂を忘掉す。晝日は羲和末了の光影を競逐し、夜裡は望舒其餘の光耀を照らし、道は遠き窮盡せざるなく、言は微き研求せざるなし。然れども車迹は權右の都邑の裡に轫を停めず、尺牘は貴勢の庭を經過せず。ゆえに名は蓬戶を出でず、身は畎畝を離開せず、と。

於是翼亮大夫候而難之曰:“餘聞淵蟠起則玄雲赴,道化雨沾則逸才奮。故康衢有角歌之音,鼎俎發凌風之跡。沽之則收不貲之賈,踴之則超在天之舉。耀逸景於暘谷,播大明乎九垓。勳蔭當世,聲揚罔極。故尋仞之途甚近而弗往者,雖追風之腳不能到也;楹梲之下至卑而不動者,雖鴻鵾之翅未之及也。況乎寢足於大荒之表,斂羽於幽梧之枝,安得效迅以尋景,振輕乎蒼霄哉

是に翼亮大夫は等候して以て彼を責難して曰く、我聞く、淵中に蟠曲するは一動すれば則ち玄雲赴來し、道化の雨は一沾れば則ち逸才奮起す。ゆえに康衢に角を叩き歌うの聲音有り、鼎俎は凌風の足迹を發出す。それを沽れば則ち計量す可からざる價を收回し、それに踊れば則ち天に在るの擧動を超出す。暘谷に逸景を閃耀し、大明を九垓に播く。勳は當世を蔭し、聲名は極なきに揚ぐ。ゆえに尋仞の路は近きも然れども往かざる人は、卽使風を追うの足も亦た到る能わず。楹梲の下は至卑にして然れども動かざる人は、卽使鴻鵾の翅膀も亦た趕及ばず。況んや足を大荒の外に停歇し、羽毛を幽梧の枝上に收斂するをや、怎ぞ能く迅疾を效法して以て光影を尋ね、蒼霄の中に輕を振起せんや、と。

年期奄冉而不久,托世飄迅而不再,智者履霜則知堅冰之必至,處始則悟生物之有終。六龍促軌於大渾,華顛倏忽而告暮,古人所以映順流而顧嘆,眄過隙而興悲矣。

(翼亮大夫が続けて言うには、)年期は奄冉として久長ならず、人世に寄托して飄迅として再び來らず、智者は霜を踏着して便ち堅冰の一定に到來するを知り、開始に處して便ち生物に終結有るを覺悟す。六龍は大渾の上に軌道を催促し、華髮は倏忽として便ち日暮を告知す、這即ち古人の順流に映りて回顧歎息し、隙を過ぐるを眄めて悲傷を興起したる所以の緣故なり。

先生資命世之逸量,含英偉以邈俗,銳翰汪濊以波湧,六奇抑鬱而淵蓄;然不能凌扶搖以高竦,揚清耀於九玄,器不陳於瑚簋之末,體不免於負薪之勞,猶奏和音於聾俗之地,鬻章甫於被髮之域。徒忘寤於翰林,銳意以窮神,崇琬琰於懷抱之內,吐琳琅於毛墨之端,躬困屢空之儉,神勞堅高之間,譬若埋尺璧於重壤之下,封文錦於沓匱之中,終無交易之富,孰賞堙翳之珍哉

(翼亮大夫が続けて言うには、)先生は命世の逸量を資し、英偉を包含して以て流俗を遠離し、銳利の筆翰は汪濊として波涌の如く、六出奇計は抑郁として淵の如く蓄えるも、然れども扶搖を凌越して以て高竦し、九玄に清耀を揚起する能わず、器は瑚簋の末位に陳列せられず、身體は薪を負うの勞苦を免れず、聾俗の地に和音を奏し、髮を披く域裡に禮帽を賣るが如し。徒然に翰林に醒寤を忘掉し、意を銳にして神を窮盡し、懷抱の內に琬琰を推崇し、毛墨の端に琳琅を吐出し、自身は屢空の儉に困り、精神は堅高の間に勞し、尺璧を重壤の下に埋め、文錦を層層の匱中に封ずるが如く、終竟交易の富なく、誰か來りて堙翳せられたる珍を賞識せんや、と。

“夫龍驥維縶,則無以別乎蹇驢;赤刀韜鋒,則曷用異於鉛刃。鱣鮪不居牛跡,大鵬不滯蒿林。願先生委龍蛇之穴,升利見之途,釋戶庭之獨潔,覽二鼠而遠寤,越窮谷以登高,襲丹藻以改素,競驚飈於清晨,不盤旋以錯度,收名器於崇高,響鍾鼎之慶祚。柏成一介之夫,辨薇可足多慕乎”

(翼亮大夫が続けて言うには、)「龍驥は繫絆せられれば、便ち蹇驢と分別する無し。赤刀は鋒刃を韜藏すれば、又河處か以て鉛刃と同じからざるを用いん。鱣鮪は牛蹄印の裡に住まず、大鵬は蒿林に滯留せず。願わくは先生は龍蛇の穴を離開し、利見の路に升上し、戶庭獨自の潔を放下し、二鼠を看て遙かに醒寤し、窮谷を越えて以て高に登り、丹藻を襲上して以て素を改變し、清晨に驚飆を競逐し、盤旋せずして度數を錯過せず、崇高に名器を收取し、鍾鼎の慶祚に回響せん。柏成はただ一介の夫のみ、薇菜を辨認するは何處か多く羨慕するに値せんや」と。

居泠先生應曰:“蓋聞靈機冥緬,混芒眇昧,禍福交錯乎倚伏之間,興亡纏綿乎盈虛之會;迅遊者不能脫逐身之景,樂成者不能免理致之敗;匡流末者,未若挺治乎無兆之中;整已然者,不逮反本乎玄樸之外。是以覺蠖者,甘屈以保伸;識通塞者,不慘悅於否泰。

居泠先生回答して曰く、聞く、靈機冥緬にして、混芒眇昧にして、禍福は倚伏の間に交錯し、興亡は盈虛の會合の上に纏綿す。迅游する人は自身を追逐する影を脫掉する能わず、成功を樂しむ人は事理の致す所の敗を免るる能わず。流末を匡正する人は、兆無きの中間に挺身治理するに如かず。已にこの如くを整飭する人は、玄朴の外に根本を返回するに趕及ばず。ゆえに尺蠖を覺悟する人は、屈曲して以て伸を保全するに甘心す。通塞を認識する人は、否泰の上に慘戚あるいは喜悅せず、と。

且夫洪陶範物,大象流形,躁靜異尚,翔沈舛情。金寶其重,羽矜其輕。篤隘者執束於滓涅達妙者逍遙於玄清。潢洿納行潦而潘溢,渤澥吞百川而不盈。鮋蝦踴悅於泥濘,赤螭凌厲乎高冥。嚼香餌者,快嗜慾而赴死;味虛淡者,含天和而趨生;識機神者,瞻無兆而弗惑;暗休咎者,觸強弩而不驚。各附攸好,安肯改營

(居泠先生が続けて言うには、)況んや洪陶は模子を以て物を鑄り、大象は流轉して形を成し、躁靜の崇尚は同じからず、飛翔或いは下沉して情意舛錯す。金寶はその重を貴重し、羽毛はその輕を矜夸す。隘に篤き人は滓涅に執束せられ、妙に通達する人は玄清の中に逍遙す。潢洿は行潦を接納すれば便ち溢出し、渤澥は百川を吞下するも然れども滿ちず。鮋蝦は泥濘の中に踊躍喜悅し、赤螭は高冥に凌厲す。香餌を嚼る人は、快意嗜欲して以て死に奔赴す。虛淡を品味する人は、天和を含みて以て生に趨向す。機神を認識する人は、兆無きを瞻望して惑わず。休咎に暗昧する人は、強弩に觸れて然れども驚かず。各々好む所に依附して、怎ぞ肯じて經營を改換せんや、と。

“吾聞五玉不能自剖於嵩岫,騰蛇不能無霧而電徵,龍淵不能勿操而斷犀兕,景鍾不能莫扣而揚洪聲。金芝須商風而激耀,倉庚俟煙火日皿而修鳴,騏騄不苟馳以赴險,君子不詭遇以毀名。運屯則沈淪於勿用,時行則高竦乎天庭。士以自炫為不高,女以自媒為不貞。何必委洗耳之峻標,效負俎之幹榮哉

(居泠先生が続けて言うには、)「我聞く、五玉は自ずから嵩岫より剖出する能わず、騰蛇は霧なくして電の如く征行する能わず、龍淵は人の操持なくして犀兕を砍斷する能わず、景鍾は人の叩くなくして洪聲を揚起する能わず。金芝は必ず商風あって乃ち激耀し、倉庚は〔底本「烟火日皿」疑して訛字有り〕を等待して乃ち長鳴し、騏驥は苟且馳騁して以て險に赴かず、君子は詭遇を用いて以て名を毁せず。運數屯なれば則ち勿用に沈淪し、時該行なれば則ち天庭に高竦す。士は自己炫示を以て高ならずと爲し、女は自己媒を做るを以て貞ならずと爲す。何必洗耳の峻標を委棄して、俎を背負いて榮を求取するを效法せんや」と。

夫其窮也,則有虞婆娑而陶釣,尚父見逐於愚嫗,範生來辱於溺簣,弘式匿奇於耕牧;及其達也,則淮陰投竿而稱孤,文種解屍彳喬而紆青,傅說釋築而論道,管子脫桎為上卿。蓋君子藏器以有待也,蓄德以有為也,非其時不見也,非其君不事也,窮達任所值,出處無所繫。其靜也,則為逸民之宗;其動也,則為元凱之表。或運思於立言,或銘勳乎國器。殊途同歸,其致一焉。

(居泠先生が続けて言うには、)窮の時は、有虞は婆娑として陶釣し、尚父は愚嫗に驅逐せられ、范雎は溺せられたる箕に辱を受け、弘式は耕牧の中に奇を藏匿せり。達に等到れば、淮陰は釣竿を投下して孤を稱し、文種は〔底本「尸彳乔」疑らくは當に「屣」と作るべし〕を解開して青綬を紆上し、傅説は筑を放下して道を論じ、管子は桎梏を脫掉して上卿を做れり。大概君子は器を藏して以て等待する所有り、德を蓄えて以て作爲する所有り、其の時に非ざれば便ち出現せず、其の君に非ざれば便ち事奉せず、窮達は遇う所に聽任し、出仕或いは隱居は繫絆なし。彼靜なれば、便ち逸民の宗と成り。彼動けば、便ち元凱の表と成る。或いは思慮を立言の上に運轉し、或いは勳勞を國器の上に銘刻す。殊途同歸して、旨趣は一個なり、と。

“士能為可貴之行,而不能使俗必貴之也;能為可用之才,而不能使世必用之也。被褐茹草罝兔,則心歡意得,如將終身,服冕乘軺,兼朱重紫,則若固有之。常如布衣,此至人之用懷也。

(居泠先生が続けて言うには、)「士は能く貴ぶ可き德行を做出するも、然れども流俗をして一定に彼を貴ばしむる能わず。能く用う可き才と成るも、然れども時世をして一定に彼を用いしむる能わず。褐を披着し草を喫い兔を網るは、便ち心歡意得して、將に終身この如くせんとするが如く、冕を穿着し輕車に乘り、朱紅を兼ね紫綬を重疊するは、便ち本來有るが如くす。常常に布衣の如く、這是至人の用心なり」と。

若席上之珍不積,環堵之操不粹者,予之罪也。知之者希,名位不臻,以玉為石,謂鳳曰鴳者,非餘罪也。夫汲汲於見知,悒悒於否滯者,裳民之情也;浩然而養氣,淡爾而靡欲者,無悶之志也。時至道行,器大者不悅;天地之間,知命者不憂。若乃徇萬金之貨,以索百十之售,多失骨幹毛,我則未暇矣。”

(居泠先生が続けて言うには、)若し席上の珍は積累せず、環堵の操守は純粹ならざれば、是れ我の罪なり。我を知る人稀少にして、名位は到達せず、玉を以て石と當て、鳳を叫作して鴳と爲すは、我の罪に非ず。知られんを急急として、滯留に悒悒たるは、常民の情なり(底本は「裳」と作る、「裳」は「常」の訛)。浩然として氣を養い、淡然として欲望なきは、煩悶なきの志向なり。時到れば道は便ち實行し、器大なる人は喜悅せず。天地の間は、命を知る人は憂えず。萬金の貨に徇って、以て百十の售出を索取するに至りては、多半骨干と毛を失掉す、我は却って閑暇なし、と。

名實卷第二十

名實巻第二十

門人問曰:“聞漢末之世,靈獻之時,品藻乖濫,英逸窮滯,饕餮得志,名不準實,賈不本物,以其通者為賢,寒者為愚。其故何哉”

門人問い道く、聞く、漢末の世・靈帝獻帝の時は、品藻乖濫にして、英逸窮滯し、饕餮は志を得て、名は實に比准せず、價錢は本物と相當せず、あの通達するを以て賢と當て、寒微するを以て愚と當つ。緣故は什麼なるか、と。

抱朴子答曰:“夫雷霆車訇磕,而或不聞焉;七曜經天,而或不見焉。豈唯形器有聾瞽哉!心神所蔽,亦又如之。是以聞格言而不識者,非無耳也;見英異而不知者,非無目也;由乎聰不經妙,而明不逮奇也。夫智大量遠者,盤桓以山峙;器小志近者,蓬飛而萍浮。夫唯山峙,故莫之能動焉;夫唯萍浮,故流而不滯焉。

抱朴子回答して曰く、雷霆は車然として磕響するも、然れども或る人は聽見せず。七曜は天を經過するも、然れども或る人は看見せず。何處かただ形器に聾瞽有るのみならんや。心神の遮蔽する所も、も亦たこの如し。ゆえに格言を聽見して然れども認識せざる人は、耳朵なきに非ず。英異を看見して然れども知らざる人は、眼睛なきに非ず。是れ聰は妙を經過せず、明は奇に到達せざるに由るなり。智大く量遠き人は、盤桓して山峙の如し。器小さく志近き人は、蓬飛の如く萍浮の如し。ただ山峙に因りて、ゆえに彼を動かす能くするなし。ただ萍浮に因りて、ゆえに流れて滯らず、と。

方之貨也,則緘連以待賈者,唯至珍而難售;鳴鼓以徇之者,雖凡蔽而易盡。比之材也,則結根於嵩岱者,雖竦蓋千仞,垂蔭萬畝,而莫之知也;插株途要者,雖鉤曲戾細而速朽,而猶見用也。故廟堂有枯楊之瑚簋,窮谷多不伐之梓橡也。

(抱朴子が続けて言うには、)貨に比方すれば、緘封して連ねて以て買を待つは、ただ至珍にして售出し難し。鼓を敲きて以て徇示するは、卽使凡蔽なるも亦た賣盡し易し。材に比方すれば、根を嵩岱に結ぶは、卽使竦起して樹蓋千仞・蔭を垂下して萬畝するも、然れども知る人なし。株を路要に插すは、卽使鉤曲細くして迅速朽壞するも、還に用いらる。ゆえに廟堂に枯楊を以て做る瑚簋有り、窮谷に砍伐せられざる梓橡多し、と。

是以竊華名者,螻蜥騰於雲霄;失實賈者,翠虯淪乎九泉。於是斥鴳凌風以高奮,靈鳳卷翮以幽戢,鉛鋒充太阿之寶,犬羊佻虎狼之資矣。夫佞者鼓珍賂為勁羽,則無高而不到矣;乘朋黨為舟楫,則無遠而不濟矣。

(抱朴子が続けて言うには、)ゆえに華名を竊取する人は、螻蜥雲霄に騰上す。實價を失去する人は、翠虯九泉に沈淪す。是に斥鴳は風を凌りて高く奮起し、靈鳳は翮を卷きて幽靜に收藏し、鉛鋒は太阿の寶を充當し、犬羊は虎狼の資質を佻取す。佞人は珍賂を以て勁羽に鼓成せば、便ち高き到らざるなし。朋黨を乘じて舟楫と當てれば、便ち遠き渡らざるなし、と。

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