Libo

抱朴子外篇 · 第8巻

东晋 · 葛洪 · 第8巻 / 12

“夫心不違仁而明不經國,危亡之禍,無以杜遏,亦可知矣。夫料盛衰於未兆,探機事於無形,指倚伏於理外,距浸潤於根生者,明之功也。垂惻隱於昆蟲,雖見犯而不校,睹觳觫而改牲,避行葦而不蹈者,仁之事也。爾則明者才也,行者行也。殺身成仁之行可力為,而至鑑玄測幽之明難亡假。精粗之分,居然殊矣。夫體不忍之仁,無臧否之明,則心惑偽真,神亂朱紫,思算不分,邪正不識。不遠安危,則一身之不保,何暇立以濟物乎!昔姬公非無友於之愛,而涕泣以滅親;石石昔非無天性之慈,而割私以奉公。蓋明見事體,不溺近情,遂為純臣。以義斷恩,舍仁用明,以計抑仁,仁可時廢而明不可無也。湯武逆取順守,誠不仁也。應天革命,以其明也。徐偃修仁以朝同班,外墜城池之險,內無戈甲之備,亡國破家,不明之禍也。”

(抱朴子が続けて言うには、)「心は仁に違わずして明は能く國を經せずば、危亡の禍は、杜遏する由無く、も亦た以て知る可し。未兆に盛衰を料り、無形に機事を探り、理外に倚伏を指出し、根生の處に浸潤を拒掉するは、是れ明の功なり。昆蟲に惻隱を垂れ、卽使犯されても計較せず、觳觫を看見して牲を改め、行葦を避開して而も踏まざるは、是れ仁の事なり。然らば則ち明は是れ才にして、行は是れ行なり。身を殺して仁を成すの行は以て力を用いて做す可く、至鑑にして玄く幽を測るの明は假借し難し。精粗の分は、顯然として同じからず。體は不忍の仁を具えて、臧否の明なければ、則ち心は僞真を迷惑し、神は朱紫を攪亂し、思算は分たれず、邪正は識らず。安危を遠く看ざれば、則ち一身も亦た能く保たず、何處か閑暇有りて立起して物を濟わんや。從前姬公は友于の愛なきに非ずして、然れども涕泣して以て親を滅し。石碏は天性の慈なきに非ずして(底本は「石石昔」と作る、「石昔」は「碏」の訛)、然れども私を割きて以て公を奉ず。大概是れ明は事體を見て、近情に溺らず、是に以て純臣と成る。義を以て恩を斷ぢ、仁を舍てて明を用い、計を以て仁を抑すれば、仁は可に一時廢す可くして而も明は可になからざる可からず。湯武は逆に取り順に守る、誠に不仁なり。天に應え革命するは、是れ其の明を用いるなり。徐偃は仁を修めて以て同列を朝し、外は城池の險を失い、內は戈甲の備なく、國を亡し家を破るは、是れ不明の禍なり」。

門人曰:“仲尼嘆仁為任重而道遠,又云,人而不仁如禮何若聖與仁,則吾豈敢!

門人曰く、仲尼は歎じて、仁は是れ任重くして道遠しとす、又曰く、人にして仁ならざれば、禮を怎麼せん。聖と仁とに至りては、那我怎ぞ敢えて當たらん、と。

孟子曰,仁,宅也;義,路也。人無惻隱之心,非仁也。三代得天下以仁,失天下以不仁。此皆聖賢之格言,竹素之顯證也。而先生貴明,未見典據。小子蔽暗,竊所惑焉。”

(門人が続けて言うには、)孟子曰く、仁は是れ宅にして、義は是れ路なり。人は惻隱の心なくば、便ち仁に非ず。三代は天下を得るは仁を靠り、天下を失うは不仁に因ると。這些は皆是れ聖賢の格言にして、竹素の上の明顯の證據なり。而も先生は明を看重して、典據を看見せず。小子は蔽暗にして、私下迷惑せり、と。

抱朴子答曰:“古人云,好仁不好學,其蔽也愚。子近之矣。曩六國相吞,豺虎力競,高權詐而下道德,尚殺伐而廢退讓,孟生方欲抑頓貪殘,褒隆仁義,安得不勤勤諄諄,獨稱仁邪然未有片言,雲仁勝明也。譬猶疫癘之時,醫巫為貴,異口同辭,唯論藥石,豈可便謂針艾之伎,過於長生久視之道乎且吾以為仁明之事,布於方策,直欲切理示,大較精神,舉一隅耳。而子猶日用而不知,雲明事之無據乎!乾稱大明終始,六位時成。是立天以明,無不包也。坤雲至哉萬物資生,是地德仁,承順而已。先後之理,不亦炳然!《詩》云,明明上天,照臨下土。明明天子,令問不已。’《易》曰,王明並受其福。幽贊神明,神而明之。此則明之與神合體,誠非純仁,所能企擬也。孔子曰‘聰明神武’,不雲‘聰仁’,又曰‘昔者明王之治天下’,不曰‘仁王’。《春秋傳》曰:‘明德惟磬’,不雲‘仁德’。《書》雲‘元首明哉’,不曰‘仁哉’。老子嘆上士,則曰‘明白四達’,其說衰薄,則曰‘失道而後德,失德而後仁’。《易》曰‘王者南面嚮明’,不雲‘向仁’也。我欲仁,斯仁至矣。又曰‘為仁由己’,斯則人人可為之也。至於聰明,何可督哉!故孟子云,凡見赤子將入井,莫不趨而救之。以此觀之,則莫不有仁心,但厚薄之間,而聰明之分時而有耳。昔崔杼不殺晏嬰,晏嬰謂杼為大不仁,而有小仁。然則奸臣賊子,猶能有仁矣。”

抱朴子回答して曰く、古人曰く、仁を好みて學を好まざれば、其の蔽は是れ愚なり。你は這個に接近せり。從前六國は相吞み、豺虎は力競して、權詐を看重して而も道德を下に放ち、殺伐を崇尚して而も退讓を廢す、孟生は正要貪殘を抑頓し、仁義を褒隆せんとす、怎ぞ能く勤勤諄諄にして、獨獨仁を稱せざるや。然れども片言無くして、仁は明に勝過すと説かず。便ち疫癘の時の如く、醫巫は貴と爲り、口を異にして辭を同じくし、ただ藥石を論ずるのみ、豈に便ち以て鍼艾の伎は、長生久視の道を超過すと説く可けんや。況んや我以て仁明の事は、方策の上に散布して、ただ切近事理を欲して以て顯示し、大略の精神、一隅を擧げるのみ。而も你は還に日用して然れども知らず、明の事は根據なきと説かんや。乾は稱す、大明終始して、六位は時に按じて成ると。這是れ天を立てて明を以てし、包まざるなし。坤は説く、至るかな萬物は資生すと、這是れ地德の仁にして、承順するのみ。先後の理は、不も亦た炳然ならんか。《詩》は説く、明明たる上天、下土を照臨す。明明たる天子、令聞已まずと。《易》は説く、王明なれば、並び其の福を受くと。幽かに神明を贊し、神にして之れを明くすと。這便ち明と神と合體して、實に純仁の能く企及比擬する所に非ず。孔子は説く、『聰明神武』と、『聰仁』と説かず、又曰く、『昔者明王の治天下』と、『仁王』と説かず。《春秋傳》は説く、『明德惟馨』(底本は「惟磬」と作る、「磬」は「馨」の訛)、『仁德』と説かず。《書》は説く、『元首明哉』と、『仁哉』と説かず。老子は上士を歎じて、則ち説く、『明白四達』と、衰薄を説到れば、則ち説く、『道を失いて而も後德、德を失いて而も後仁』と。《易》は説く、『王者は南面して明に向かう』と、『仁に向かう』と説かず。我は仁を欲すれば、這仁は便ち到る。又曰く、『仁を爲すは己に由る』と、這便ち人人是れ以て做す可し。聰明に至りては、怎麼して以て督責して成らしめんや。ゆえに孟子曰く、凡そ赤子の將に井に入らんとするを看れば、趨きて而も救わざるなしと。這個より看れば、則ち仁心なき人なく、ただ厚薄の間に在りて、而も聰明の分は、時に乃ち有るのみ。從前崔杼は晏嬰を殺さず、晏嬰は説く、杼は大不仁にして、而も小仁有りと。然らば則ち奸臣賊子は、還に能く仁有らん」。

門人又曰:“《易》稱立人之道,曰仁與義,然則人莫大於仁也。”抱朴子答曰:“所以云爾者,以為仁在於行,行可力為,而明入於神,必須天授之才,非所以訓故也。

門人又曰く、《易》は稱して、人を立つるの道は、仁と義とを叫作すと、然らば則ち人は仁より大なるなし。抱朴子回答して曰く、這樣説く所以は、是れ以て仁は行に在り、行は以て力を用いて做す可くして、而も明は神に入りて、必ず天授の才なり、以て訓誨するに用いざるの緣故なり。

博喻卷第三十八

博喻巻第三十八

抱朴子曰:盈乎萬鈞,必起於錙銖;竦秀凌霄,必始於分毫。是以行潦集而南溟就無涯之曠,尋常積而玄圃致極天之高。

抱朴子曰く、萬鈞に盈滿するは、一定に錙銖より興起し。凌霄に竦秀するは、一定に分毫より開始す。因此行潦は匯集して而も南溟は無涯の曠を成就し、尋常は積起して而も玄圃は極天の高に達す。

抱朴子曰:騁逸策迅策迅者,雖遺景而不勞,因風凌波者,雖濟危而不傾。是以元凱分職,而則天之勳就;伊呂去世任,而革命之功就。

抱朴子曰く、逸を騁し迅を策する人は、卽使影子を後面に抛るとも勞せず。風に因りて波を凌ぐ人は、卽使危を濟すとも傾かず。因此元凱は職を分けば、則ち天を法るの勳は成り。伊・呂は去世して職に任じて(底本「策迅」二字は誤りて重複)、而も革命の功は成れり。

抱朴子曰:瓊艘瑤緝,無涉川之用;金弧玉弦,無激乖之能。是以介潔而無政事者,非撥亂之器,儒雅而乏治略者,非翼亮之才。

抱朴子曰く、瓊艘瑶楫は、川を涉るの用なし。金弧玉弦は、矢を激するの能なし。因此介潔にして而も政事なき人は、是れ亂を撥くの器に非ず。儒雅にして而も治略を缺乏する人は、是れ翼亮の才に非ず。

抱朴子曰:閬風玄圃,不借高於丘垤;懸黎結綠,不假觀於瓊珉。是以英偉不群,而幽蕙之芬駭;峻概獨立,而眾禽之響振。

抱朴子曰く、閬風・玄圃は、丘垤に高を借らず。懸黎・結綠は、瓊珉に觀を借らず。因此英偉は群れずして、而も幽蕙の芬は人を駭かし、峻概は獨立して、而も衆禽の響は振起す。

抱朴子曰:冰炭不炫能於冷熱,瑾瑜不證珍而體著。是以君子恭己,不恤乎莫與,至人屍居,心遺乎譭譽。

抱朴子曰く、冰炭は冷熱の上に能を炫わず、瑾瑜は珍を證明せずして而も本體自ら顯る。因此君子は己を恭しくして、人の從うなきを憂慮せず、至人は尸居して、心は毁譽を忘掉す。

抱朴子曰:沖飈傾山,而不能效力於拔毫;火爍金石,而不能耀烈以起溼。是以淮陰善戰守,而拙理治之策;絳侯安社稷,而乏承對之給。

抱朴子曰く、衝飆は能く山を傾くも、然れども能く毫を拔くの爲に效力せず。火は能く金石を爍くも、然れども能く烈耀を濕を起すの上に用いず。因此淮陰は戰守に善くして、而も理治の策に拙し。絳侯は社稷を安定して、而も應對の給を缺乏す。

抱朴子曰:徇名者不以授命為難,重身者不以近欲累情。是以紀信甘灰糜而不恨,楊朱同一毛於連城。

抱朴子曰く、名に徇る人は命を授けるを以て難と爲さず、身を重んずる人は欲に近づくを以て情を累さず。因此紀信は灰糜に甘んじて恨まず、楊朱は一根の毛を連城と一樣に看る。

抱朴子曰:小鮮不解靈虯之遠規,鳧鷖不知鴻鵠之非匹。是以耦耕者笑陳勝之投耒,淺識者嗤孔明之抱膝。

抱朴子曰く、小魚は靈虬の遠規を懂せず、鳧鷖は鴻鵠の匹偶に非ざるを知らず。因此耦耕の人は陳勝の耒を投ぐるを笑い、淺識の人は孔明の膝を抱くを嗤う。

抱朴子曰:淳鈞之鋒,驗於犀兕;宣慈之良,效於明試。是以同否則元凱與斗筲無殊,並任則騄騏與駑駘不異。

抱朴子曰く、淳鈞の鋒は、犀兕の上に驗證せられ。宣慈の良は、明試の上に效を見る。因此時運同じく否ければ則ち元凱と斗筲とは分別なく、一併任用すれば則ち騏驥と駑駘とは差異なし。

抱朴子曰:器非瑚簋,必進銳而退速;量擬伊呂,雖發晚而到早。是以鷦鷯倦翮,猶不越乎蓬杪,鴛雛徐起,顧眄而戾蒼昊。

抱朴子曰く、器は瑚簋に非ざれば、一定に進む銳く・退く速し。量は伊・呂に比擬すれば、卽使發す遲くとも到る早し。因此鷦鷯は翅膀倦れて、還に蓬杪を超過せず。鴛雛は慢慢飛起して、顧盼すれば便ち蒼昊に到る。

抱朴子曰:否終則承之以泰,晦極則清輝晨耀。是以垂耳吳阪者,騁千里之逸軌;縈鱗九淵者,凌虹霓以高蹈。

抱朴子曰く、否終れば則ち接下するは泰にして、晦極まれば則ち淸輝は晨間に閃耀す。因此吳阪に耳を垂るるは、千里の逸軌を騁出し。九淵に鱗を縈るるは、虹霓を凌りて以て高蹈す。

抱朴子曰:九斷四屬者,蘊藻所以表靈;摧柯碎葉者,茝蕙所以增芬。是以夷吾桎檻,而建匡合之績;應侯困辱,而著入秦之勳。

抱朴子曰く、多次折斷し・四肢分開するは、是れ蘊藻の以て靈を表する所以の緣故なり。枝柯を摧折し・葉子を碎了するは、是れ香蕙の以て芬を增す所以の緣故なり。因此夷吾は桎檻の裡にして、然れども匡合の績を建成す。應侯は困辱して、然れども秦に入るの勳を成就す。

抱朴子曰:聽競者細,則利同而讎結;善否殊途,則事異而結生。是以嫫母宿瘤,惡見西施之豔容;商臣小白,曾聞延州之退耕。

抱朴子曰く、競爭を聽る人は細れば、則ち利同じくして而も仇結ばる。善と否とは殊途なれば、則ち事異なりて而も怨生ず。因此嫫母・宿瘤は、西施の艶容を看見するを厭惡す。商臣・小白は、曾て延州の退耕を聽聞せり。

抱朴子曰:精純舛跡,則凌遲者愧恨;壯弱異科,則扛鼎者見忌。是以淮陰顯擢,而庸隸悒懊以疾其超;武安功高,而範睢飾談以破其事。

抱朴子曰く、精と純とは軌迹同じからざれば、則ち凌遲の人は愧恨す。壯と弱とは科別同じからざれば、則ち鼎を扛ぐ人は忌るを被る。因此淮陰は顯擢して、而も庸隸は悒懊して以て其の超を疾恨す。武安は功高くして、而も范睢は言談を修飾して以て其の事を破壞す。

抱朴子曰:必死之病,不下苦口之藥;朽爛之材,不受雕鏤之飾。是以比干匪躬,而剖心於精忠;田豐見微,而夷戮於言直。

抱朴子曰く、必死の病は、苦口の藥を下さず。朽爛の材は、雕鏤の飾を接受せず。因此比干は自身を顧みずして、精忠に因りて心を剖られ。田豊は微を見る能くして、言直きに因りて夷戮せられり。

抱朴子曰:嶧陽孤桐,不能無弦而激哀響;大夏孤竹,不能莫吹而吐清聲。是官卑者稷離不能康庶績,權薄者伊周不能臻昇平。

抱朴子曰く、嶧陽の孤桐は、能く弦なきに就きて哀響を激出せず。大夏の孤竹は、能く吹なきに就きて淸聲を吐出せず。因此官卑き人は、稷・契も亦た能く庶績を康濟せず(底本は「是官卑者」と作る、疑らくは「以」を脱す)。權薄き人は、伊・周も亦た能く升平に臻らず。

抱朴子曰:登峻者戒在於窮高,濟深者禍生於舟重。是以西秦有思上蔡之李斯,東越有悔盈亢之文種。

抱朴子曰く、峻に登る人は、戒は窮高に在り。深を濟る人は、禍は舟重に生ず。因此西秦は上蔡を思念するの李斯有り、東越は盈亢を後悔するの文種有り。

抱朴子曰:剛柔有不易之質,貞橈有天然之性。是以百鍊而南金不虧其真,危困而烈士不失其正。

抱朴子曰く、剛柔は可に改易す可からざるの質有り、貞橈は天然の性有り。因此百煉して而も南金は其の真を虧かず、危困して而も烈士は其の正を失わず。

抱朴子曰:不以其道,則富貴不足居;違仁舍義,雖期頤不足吝。是以卞隨負石以投淵,仲由甘心以赴刃。

抱朴子曰く、其の道に按じざれば、則ち富貴は居るに値せず。仁に違い義を舍てば、卽使期頤に活くるとも吝惜するに値せず。因此卞隨は石を負いて淵に投げ、仲由は甘くして刃に赴く。

抱朴子曰:卑高不可以一概齊,餐廩不可以勸沮化。是以惠施患從車之苦少,莊周憂得魚之方多。

抱朴子曰く、卑と高とは可に一個の標準を以て齊しくす可からず、餐廩は可に勸沮を以て化す可からず。因此惠施は從車の苦少なきを患え、莊周は魚を得るの方法多きを憂う。

抱朴子曰:出處有冰炭之殊,躁靜有飛沈之異。是以墨翟以重繭趼怡顏,箕叟以遺世得意。

抱朴子曰く、出と處とは冰炭の殊有り、躁と靜とは飛沉の異有り。因此墨翟は重繭の脚繭に因りて怡顏し、箕叟は世を遺すに因りて意を得たり。

抱朴子曰:適心者交淺而愛深,忤神者接久而彌乖。是以聲同則傾蓋而居暱,道異而白首而無愛。

抱朴子曰く、心意に適合する人は交淺くして而も愛深し、精神に忤逆する人は接久しくして却って更加乖り。因此聲同じければ則ち蓋を傾けて便ち親暱し、道異なれば則ち白首しても愛なし。

抱朴子曰:艅艎鷁首,涉川之良器也,棹之以北狄,則沈漂於波流焉。蒲梢汗血,迅趨之駿足也,御非造父,則傾僨於嶮途焉。青萍豪曹,剡鋒之精絕也,操者非羽越,則有自傷之患焉。勁兵銳卒,撥亂之神物也,用者非明哲,則速自焚之禍焉。

抱朴子曰く、艅艎鷁首は、是れ川を涉るの良器なり、北狄を用いて以て之れを棹せば、便ち波流の裡に沉漂せん。蒲梢汗血は、是れ迅趨の駿足なり、駕馭する人は造父に非ざれば、便ち險途の上に傾覆せん。青萍・豪曹は、是れ鋒を剡するの精絶なり、操持する人は羽・越に非ざれば、便ち自傷の患有り。勁兵銳卒は、是れ亂を撥くの神物なり、用うる人は明哲に非ざれば、便ち自焚の禍を加速せん。

抱朴子曰:天秩有不遷之常尊,無禮犯遄死之重刺。是以玄洲之禽獸,惟能言而不得廁貴牲;蛩蛩之負厥足,雖寄命而不得為仁義。

抱朴子曰く、天秩は可に遷す可からざるの常尊有り、禮なきに觸犯すれば便ち遄死の重刺有り。因此玄洲の禽獸は、ただ能く話を説くも而も能く貴性に廁身せず(底本は「貴牲」と作る、「牲」は「性」の訛)。蛩蛩は蹶鼠を背上に負いて、卽使命を寄するとも能く仁義と算作せず。

抱朴子曰:謗讀言不可以巧言弭,實恨不可以虛事釋。釋之非其道,弭之不由理,猶懷冰以遣冷,重爐以卻暑,逐光以逃影,穿舟以止漏矣。

抱朴子曰く、謗讟は可に巧言を以て消弭す可からず(底本は「謗讀言」と作る、「讀」は「讟」の訛)、實恨は可に虛事を以て解釋す可からず。解釋は其の道に按じざれば、消弭は其の理に由らず、便ち冰を懷きて以て冷を遣り、爐を加重して以て暑を却け、光を追逐して以て影を逃れ、破船を穿りて以て漏を止むるが如し。

抱朴子曰:明主官人,不令出其器;忠臣居位,不敢過其量。非其才而妄授,非所堪而虛任,猶冰碗之盛沸湯,葭莩之包烈火,綴萬鈞於腐索,加倍載於扁舟。

抱朴子曰く、明主は人を管して、彼をして其の器を超出せしめず。忠臣は位に居りて、敢えて其の量を超過せず。那才に非ざるに然れども妄授し、所能堪に非ざるに然れども虛任すれば、便ち冰碗は沸湯を盛り、葭莩は烈火を包み、萬鈞を腐索の上に綴り、加倍の載を扁舟の上に加うるが如し。

抱朴子曰:豹笏之裘,不為負薪施;九成六變,不為聾夫設;高唱遠和,不為庸愚吐;忘身致果,不為薄德作。

抱朴子曰く、豹・狐の裘は、薪を負うの爲に施さず。九成六變は、聾夫の爲に設けず。高唱遠和は、庸愚の爲に吐かず。身を忘れて果を致すは、薄德の爲に作らず。

抱朴子曰:民財匱夫而求不已,下力竭矣,而役不休,欲怨嘆之不生,規其寧之惟永,斷根以續枝,割背以裨腹,刻目以廣明,剜耳以開聰也。

抱朴子曰く、民財は匱乏了して(底本は「匱夫」と作る、「夫」は「矣」の訛)然れども求は還に停まらず、下力は竭きて而も役は還に休まず、怨歎を生ぜずして、安寧長久を謀らんと想うは、是れ根を斬斷して以て枝を續け、背を割きて以て腹を補い、目を刻きて以て明を增廣し、耳を剜きて以て聰を開くが如し。

抱朴子曰:法無一定,而慕權宜之隨時,功不倍前,而好屢變以偶俗,猶剸高馬以適卑車,削附踝以就偏履,斷長劍以赴短鞞,割尺璧以納促匣也。

抱朴子曰く、法は一定なくして、然れども權宜を羨みて以て時に隨い、功は從前に比べて加倍せずして、然れども屢次改變を好みて以て俗に偶るは、便ち高馬を削りて以て矮車に適合し、附踝を削りて以て偏履に就き、長劍を斷ぢて以て短鞞に赴き、尺璧を割きて以て促匣に納入するが如し。

抱朴子曰:止波之修鱗,不出窮谷之隘;鸞棲之峻木,不秀培螻之卑,九疇之格言,不吐庸猥之口,金版之高算,不出恆民之懷,睹百抱之支,則足以知其本之不細,睹汪濊之文,則足以覺其人之淵邃。

抱朴子曰く、能く波を止むるの修鱗は、窮谷の隘より出でず。鸞の棲するの峻木は、培𪣻の卑に秀でず(底本は「培螻」と作る、「螻」は「𪣻」の訛)。九疇の格言は、庸猥の口より吐出せず。金版の高算は、常民の懷抱より出でず。百抱の枝を看見すれば、便ち足りて以て其の本の細ならざるを知る。汪濊の文を看見すれば、便ち足りて以て那人の淵邃を覺る。

抱朴子曰:桑林鬱藹,無補柏木之悽冽;膏壤帶郭,無解黔敖之蒙袂。然繭纊綈紈,引之自出,千倉萬箱,於是乎生。故識遠者貴本,見近者務末。

抱朴子曰く、桑林は郁藹として、松柏の凄冽に補なし。膏壤は郭を帶びて、黔敖の蒙袂を解釋する能わず。然れども繭纊綈紈は、這裡より引出され、千倉萬箱は、這裡より生出す。ゆえに遠を識る人は本を貴び、近を見る人は末を務む。

抱朴子曰:體粗者系形,知精者得神,原始見終者,有可推之緒,得之未朕者,無假物之因。是以晝見天地,未足稱明,夜察分毫,乃為絕倫。

抱朴子曰く、體粗の人は形に係り、知精の人は神に得、原始見終の人は、以て推す可きの端緒有り、未だ朕兆有らざる時に便ち得る人は、外物を假借するの因なし。因此白天は天地を看見して、足りて明と稱せず、夜裡は分毫を察して、乃ち是れ絶倫なり。

抱朴子曰:鐓藻春耀,不能離柯以久鮮;吞舟之魚,不能捨水而攝生。是以名美而實不副者,必無沒節之風;位高而器不稱者,不免致寇之敗。

抱朴子曰く、藻を綴るは春花の閃耀の如く、能く柯を離れて而も長久鮮ならず。舟を吞むの魚は、能く水を舍てて而も生を攝せず。因此名美にして實副ならざる人は、一定に沒世節を守るの風なし。位高くして器稱わざる人は、寇を招來するの敗を免れず。

抱朴子曰:忍痛苦之藥石者,所以除伐命之疾;嬰甲冑之重冷者,所以捍鋒鏑之集;潔操履之拘苦者,所以全拔萃之業;納拂心之至言者,所以無易方之惑也。

抱朴子曰く、痛苦の藥石を忍受するは、是れ以て命を伐るの疾を除去するに用いるなり。甲胄の重冷を承受するは、是れ以て鋒鏑の集を捍ぐるに用いるなり。操履の拘苦を潔守するは、是れ以て拔萃の業を保全するに用いるなり。心に拂うの至言を接納するは、是れ以て方向を改易するの惑なきに用いるなり。

抱朴子曰:鸞鳳競粒於庭場,則受褻於雞鶩;龍麟雜廁於芻豢,則見覿於六牲。是以商老棲峻以播邈世之操,卞隨赴深以全遺物之聲。

抱朴子曰く、鸞鳳は庭場に粒を競えば、便ち雞鶩に褻慢せられ。龍麟は芻豢の裡に雜廁せば、便ち以て六牲と看なさる。因此商山四老は峻處に棲して以て邈世の操を播き、卞隨は深に赴いて以て物を遺すの聲を保全す。

抱朴子曰:浚井不渫則泥濘滋積,嘉穀不耘則荑莠彌蔓。學而不思則閡實繁,講而不精則長惑喪功。

抱朴子曰く、浚井は淘渫せざれば則ち泥濘は滋積し、嘉穀は耘せざれば則ち荑莠は彌蔓す。學びて而も思わざれば則ち滯阂は實に繁多く、講じて而も精ならざれば則ち迷惑を增長し・功勞を喪失す。

抱朴子曰:積萬金於篋匱,雖儉乏而不用,則未知其有異於貧窶。懷逸藻於胸心,不寄意於翰素,則未知其有別於庸猥。

抱朴子曰く、萬金を篋匱の裡に積みて、卽使儉乏とも用いざれば、則ちそれと貧窶と什麼の異有るかを知らず。懷裡に逸藻を藏して、翰素の上に意を寄せざれば、則ちそれと庸猥と什麼の別有るかを知らず。

抱朴子曰:南威青琴,姣冶之極,而必俟盛飾以增麗,回賜遊夏,雖天才雋朗,而實須《墳》《誥》以廣智。

抱朴子曰く、南威・青琴は、姣冶は極に到れり、而も一定に盛飾を待ちて以て麗を增す。顏回・端木賜・子游・子夏は、卽使天才隽朗とも、而も實に《墳》《誥》を須いりて以て智を廣ぐ。

抱朴子曰:丹幃接網,組帳重蔭,則醜姿翳矣;朱漆飾致,錯塗炫耀,則枯木隱矣。是以六藝備則卑鄙化為君子,眾譽集則孤陋邈乎貴遊。

抱朴子曰く、丹帷は網を接し、組帳は蔭を重ぬれば、則ち醜姿は遮蔽せられり。朱漆は文飾し、錯塗は炫耀せば、則ち枯木は隱藏せられり。因此六藝は備具せば則ち卑鄙は君子と化成し、衆譽は匯集せば則ち孤陋は邈然として貴游の如し。

抱朴子曰:繁林翳薈,則羽族雲萃;玄淵浩汗,則鱗群兢赴。德盛業廣,則宅心者眾,舍瑕錄用,即遠懷近集。

抱朴子曰く、繁林は翳薈せば、則ち羽族は雲の如く萃集す。玄淵は浩汗せば、則ち鱗群は爭いて赴く。德盛んにして業廣ければ、則ち心を宅する人多く、瑕を舍てて錄用すれば、便ち遠は懷き近は集る。

抱朴子曰:尋飛絕景之足,而不能騁逸放於呂梁;凌波泳淵之屬,而不能陟峻而攀危。故離朱剖秋毫於百步,而不能辯八音之雅俗;子野合通靈之絕響,而不能指白黑於咫尺。

抱朴子曰く、能く飛び絶景を尋くの足は、然れども能く呂梁に逸放を騁せず。波を凌ぎ淵に泳ぐの一類は、然れども能く峻に陟りて而も危を攀せず。ゆえに離朱は百步の外に秋毫を剖くも、然れども能く八音の雅俗を辨えず。子野は能く通靈の絶響を合すも、然れども能く咫尺に白黑を指せず。

抱朴子曰:四聰廣闢,則羲和納景;萬仞虛己,則行潦交赴。故博辨之道弘,則異聞畢集;庭燎之耀輝,則奇士叩角;誹謗之木設,則有過必知;敢諫之鼓懸,則直言必獻。

抱朴子曰く、四聰は大開せば、則ち羲和は光景を納入す。萬仞は己を虛くせば、則ち行潦は交い赴く。ゆえに博辨の道は弘大なれば、則ち異聞は皆集まり來り。庭燎は耀輝せば、則ち奇士は角を叩く。誹謗の木は設立せば、則ち過有れば一定に知る。敢諫の鼓は懸掛せば、則ち直言は一定に獻上す。

抱朴子曰:能言莫不褒堯,而堯政不必皆得也;舉世莫不貶桀,而桀事不必盡失也。故一條之枯,不損繁林之蓊藹;蒿麥冬生,無解畢發之肅殺。西施有所惡而不能減其美者,美多也;嫫母有所美而不能救其醜者,醜篤也。

抱朴子曰く、能く話を説く人は堯を褒せざるなく、而も堯の政は不必皆得たらず。世を擧げて桀を貶せざるなく、而も桀の事は不必盡く失ならず。ゆえに一條枯れたるも、繁林の蓊藹を損せず。蒿麥は冬天生ずるも、霜發の肅殺を解釋する能わず。西施は惡む所有るも而も能く其の美を減ぜず、是れ美多きなり。嫫母は美しき所有るも而も能く其の醜を救わず、是れ醜深きなり。

抱朴子曰:身與名,難兩濟;功與神,鮮並全。支離其德者,苦而必安;用以適世,者樂而多危。故鷙禽以奮擊拘縶,言鳥以智慧見寵,瓊瑤以符辨剖判,三金以琦玩治鑠,蘭茝以芬馨剪刈,文梓以含音受伐。是以翠蚪睹化益而登玄云,靈鳳值孟戲而反丹穴,子永嘆天倫之偉,漆園悲被繡之犧。

抱朴子曰く、身と名とは、兩濟し難し。功と神とは、並び全うする能くす少なし。德を支離に弄する人は、苦しけれども一定に安んず。以て世に適う人は、樂しけれども危多し(底本「用以適世、者樂」は疑らくは「者」の字錯位)。ゆえに鷙禽は奮擊に因りて拘絷せられ、言鳥は智慧に因りて寵せられ、瓊瑶は符采に因りて剖判せられ、三金は琦玩に因りて冶鑠せられ、蘭芷は芬馨に因りて剪刈せられ、文梓は音を含むに因りて伐を受く。因此翠虬は化益を看見して而も玄雲に登上し、靈鳳は孟戲に碰上して而も丹穴に返回し、子永は天倫の偉を歎じ、漆園は繡を被るの犧を悲しむ。

抱朴子曰:萬麋傾角,猛虎為之含牙;千禽鱗萃,鷙鳥為之握爪。是以四國流言,公旦不能遏;謗者盈路,而子產無以塞。

抱朴子曰く、萬頭の麋は一起に角を傾けば、猛虎は因此牙を含む。千禽は鱗の如く萃集せば、鷙鳥は因此爪を握る。因此四國は流言して、公旦は能く遏めず。謗する人は路に盈ちて、而も子產は堵塞する由なし。

抱朴子曰:威施之豔,粉黛無以加,二至之氣,吹噓不能增。是以懷英逸之量者,不務風格以示異;體邈俗之器者,不恤小譽以徇通。

抱朴子曰く、西施の艶は、粉黛は再び加うる由なし。二至の氣は、吹噓は再び增す能わず。因此英逸の量を懷く人は、風格を務求して以て特異を顯示せず。邈俗の器を體具する人は、小譽を憂慮して以て通に徇わず。

抱朴子曰:鱗止鳳儀,所患在少;狐鳴梟呼,世忌其多。是以俊乂盈朝,而求賢者未倦;讒佞作威,而忠貞者切齒。

抱朴子曰く、麟止し鳳儀するは、患は少きに在り。狐鳴し梟呼するは、世は其の多きを忌る。因此俊乂は朝に盈ちて、而も賢を求むる人は還に未だ倦まず。讒佞は威を作して、而も忠貞の人は齒を切る。

抱朴子曰:多力何必孟賁烏獲,逸容凱唯鄭旦毛嬙,飈迅非徒驊騮驌驦,立斷未獨沈閭干將。是以能立素王之業者,不必東魯之丘;能洽掩枯之仁者,不必西鄰之昌。

抱朴子曰く、多力は何必孟賁・烏獲ならんや、逸容は豈にただ鄭旦・毛嬙ならんや(底本は「凱唯」と作る、「凱」は「豈」の訛)、飆迅はただ驊騮・驌驦のみならず、立斷は獨り沈閭・干將のみならず。因此能く素王の業を立つる人は、不必是れ東魯の丘ならず。能く枯を掩うの仁を洽する人は、不必是れ西鄰の昌ならず。

抱朴子曰:靈鳳振響於朝陽,未有惠物之益,而莫不澄聽於下風焉。鴟梟宵集於垣宇,未有分釐之損,而莫不掩耳而注鏑焉。故善言之往,無遠不悅;惡言之來,靡近不忤。猶日月無謝於貞明,枉矢見忘於暫出。

抱朴子曰く、靈鳳は朝陽に響を振るは、物を惠するの益なく、而も下風に聽を澄めざるなし。鴟梟は夜裡垣宇に集るは、分釐の損なく、而も耳を掩いて而も鏑を注視せざるなし。ゆえに善言は往けば、遠くして悅ばざるなし。惡言は來れば、近くして忤わざるなし。便ち日月は貞明に因りて謝せず、枉矢は暫出に因りて忘掉せらるるが如し。

抱朴子曰:影無違形之狀,名無離實之文。故背源之水,必不能揚長流以東漸;非時之華,必不能稽輝藻於冰霜。

抱朴子曰く、影は形の狀に違背するなし、名は實の文を離るるなし。ゆえに源頭を背離するの水は、一定に能く長流を揚起して以て東漸せず。時候に非ざるの花は、一定に能く輝藻を冰霜の上に稽留せず。

抱朴子曰:鋸牙之獸,雖低伏而見憚;揮斧之蟲,雖口止全形而不威。故君子被褐,窮而不可輕;小人軒冕,達而不足重。

抱朴子曰く、鋸牙の獸は、卽使低伏するとも忌惮せられ。斧を揮するの蟲は、卽使形體を保全するとも威ならず(底本「口止全形」、「口止」は偏旁の殘留)。ゆえに君子は褐を被きて、窮して而も輕んず可からず。小人は軒冕して、達して而も重んずに足らず。

抱朴子曰:逸麟逍遙大荒之表,故無機阱之禍;靈鶬振翅玄圃之峰,以違罩羅之患。何必曲穴而永懷怵惕。何必銜蘆而慘慘畏容。故充乎宰割之用者,必愛乎芻豢者也。給乎煎熬之膳者,必安乎庭立者也。

抱朴子曰く、逸麟は大荒の外に逍遙すれば、ゆえに機阱の禍なし。靈鶬は玄圃の峰に翅を振るい、以て罩羅の患を避開す。何必曲穴して而も永遠に怵惕を懷き、何必蘆を銜えて而も慘慘として容身を畏懼せんや。ゆえに宰割の用に充當するは、一定是れ芻豢を愛するなり。煎熬の膳を供給するは、一定是れ庭立に安んずるなり。

抱朴子曰:聰者貴於理遺音於千載之外,而得興亡之跡。明者珍於鑑逸群於寒瘁之中,而抽匡世之器。若夫聆繁會之響,而顧問於庸工,非延州之清聽也。枉英遠之才,而諮之於常人,非獨見之奇識也。故與不賞物者而論用凌儕之器,是使瞽者指五色也;與妒勝己者而謀舉疾惡之賢,是與狐議治裘也。

抱朴子曰く、聰の人は貴くは能く千載の外より遺音を理出して、而も興亡の迹を得るに在り。明の人は珍くは能く寒瘁の中より逸群を鑑出して、而も匡世の器を抽出するに在り。繁會の響を聽くに至りては、然れども庸工に向かって顧問するは、是れ延州の淸聽に非ず。英遠の才を枉屈して、然れども常人に向かって咨問するは、是れ獨見の奇識に非ず。ゆえに物を賞識せざる人と儕類を超出するの器の用を論ずるは、是れ瞽者をして五色を指せしむるなり。自己に勝過するを妒嫉する人と惡を疾むの賢を擧薦するを謀劃するは、是れ狐狸と裘を治むるを商議するなり。

抱朴子曰:鸗駁危苦於嶮峻之端,不樂口弗守之役,吉光飢渴於冰霜之野,不願犧牲之鮑,孤竹不以絕粒易鹿臺之富,子廉不以困匱貿銅山之豐。

抱朴子曰く、駁馬は險峻の端の上に危苦して、〔底本「口弗守之役」文字訛脫〕を樂まず。吉光は冰霜の野の裡に饑渴して、犧牲の飽食を做るを願わず。孤竹は絶粒を拿りて以て鹿臺の富に換えず、子廉は困匱を拿りて以て銅山の豐に貿えず。

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