抱朴子外篇 · 第9巻
抱朴子曰:志合者不以山海為遠,道乖者不以咫尺為近。故有跋涉而遊集,亦或密邇而不接。
抱朴子曰く、志合う人は山海を以て遠と爲さず、道乖れる人は咫尺を以て近と爲さず。ゆえに跋涉して而も來り游集する有り、も亦た或いは密邇して而も相接せざる有り。
抱朴子曰:華袞粲爛,非只色之功;嵩岱之峻,非一簣之積。故九子任而康凝之績熙,四七授而佐命之勳著。
抱朴子曰く、華袞は粲爛として、一種の顏色の功に非ず。嵩岱の峻は、一簣の積に非ず。ゆえに九子は職に任じて而も康濟の績は光明し、四七は命を授けて而も佐命の勳は顯著す。
抱朴子曰:翠虯無翅而天飛;螣蛇無足而電鶩,鱉無耳而關頭善聞,蚓無口而揚聲。故皋繇喑而與辯者同功,晉野瞽而與離朱齊明。
抱朴子曰く、翠虬は翅なくして而も天飛し、騰蛇は足なくして而も電騖し、鱉は耳なくして而も聞に善く、蚓は口なくして而も聲を揚ぐ。ゆえに皋陶は口啞にして而も辨する人と功を同じくし、晉野は眼瞽にして而も離朱と明を齊しくす。
抱朴子曰:官達者才未必當其位,譽美者實未必副其名。故鋸齒不能咀嚼,箕舌不能別味,壺耳不能理音,屍彳喬鼻不能識氣,釜目不能扌盧望舒之景,床足不能有尋常之逝。
抱朴子曰く、官達の人は、才は未必其の位に當たらず。譽美の人は、實は未必其の名に副わず。ゆえに鋸齒は能く咀嚼せず、箕舌は能く味を別えず、壺耳は能く音を理せず、〔底本「尸彳喬鼻」文字訛脫〕は能く氣を識らず、釜目は能く望舒の光景を睹せず(底本「扌盧」は「睹」の訛)、床足は能く尋常の行走有らず。
抱朴子曰:路人不能挽勁命中而識養由之射,顏子不能控轡振策而知東野之敗。故有不能下棋而經目識勝負,不能徽弦而過耳解鄭雅者。
抱朴子曰く、路人は能く強を挽き中に命中せずして然れども能く養由の射を識る、顏子は能く轡を控え策を振せずして然れども東野の敗を知る。ゆえに能く棋を下さずして而も目を過ぎて能く勝負を識る有り、能く弦を調せずして而も耳を過ぎて能く鄭・雅を分辨する有り。
抱朴子曰:垂蔭萬畝者,必出峻極之嶺;滔天襄陵者,必發板桐之源。邈世之勳,必由絕倫之器;定傾之算,必吐冠俗之懷。是以蟲焦螟之巢,無乘風之羽;溝澮之中,無宵朗之琦。
抱朴子曰く、蔭を垂るる萬畝のは、一定に峻極の嶺より出づ。天を滔て陵を襄ぐるのは、一定に板桐の源より發す。邈世の勳は、一定に絶倫の器に由る。傾を定むるの算は、一定に冠俗の懷抱より吐出す。因此焦螟の巢は(底本は「虫焦螟」と作る、「虫」は偏旁の殘留)、風に乘るの羽なし。溝澮の中は、夜亮の琦なし。
抱朴子曰:沖飈焚輪,原火所以增熾也,而螢燭值之而反滅;甘雨膏澤,嘉生所以繁榮也,而枯木得之以速朽;朱輪華轂,俊民之大寶也,而負乘竊之而召禍;鼎食萬鍾,宣力之弘報也,而近才授之以覆食束。
抱朴子曰く、衝飆焚輪は、是れ原野の火の以て熾を增す所以の緣故にして、而も螢燭はそれに碰上れば反って滅す。甘雨膏澤は、是れ嘉生の以て繁榮する所以の緣故にして、而も枯木はそれを得て却って速朽す。朱輪華轂は、是れ俊民の大寶にして、而も乘を負う人はそれを竊りて却って禍を召す。鼎食萬鍾は、是れ力を宣うの弘報にして、而も近才はそれを授けられて却って𫗧を覆す(底本は「覆食束」と作る、「食束」は「𫗧」の訛)。
抱朴子曰:屠犀為甲,給乎專征之服,裂翠為華,集乎后妃之首,雖出幽谷,遷於喬木,然為二物之計,未若棲竄於林薄,攝生乎榛藪也。故靈龜寧曳尾於塗中,而不願巾笥之寶;澤雉樂十步之啄,以違雞鶩之禍。
抱朴子曰く、犀を屠りて甲を做り、專征の服を供給し、翠を裂きて華を做り、后妃の頭上に集る、雖も幽谷より出でて、喬木に遷るとも、然れども這二物の爲に打算すれば、林薄に棲竄し、榛藪に生を攝するに如かず。ゆえに靈龜は寧ろ塗中に尾を曳かんことを、而も巾笥の裡の寶を做るを願わず。澤雉は十步に一啄を樂しみ、以て雞鶩の禍を避開す。
抱朴子曰:偏才不足以經周用,只長不足以濟眾短。是以雞知將旦,不能究陰陽之歷數;鵠識夜半,不能極晷景之道度;山鳩知晴雨於將來,不能明天文;蛇蟲豈知潛泉之所居,不能達地理。
抱朴子曰く、偏才は足りて以て周用を經せず、ただ一種に長ずるは足りて以て衆短を濟せず。因此雞は將旦を知るも、能く陰陽の曆數を究めず。鵠は夜半を識るも、能く晷景の道度を極めず。山鳩は將來の晴雨を知るも、能く天文を明かさず。蛇蟻は潜泉の居る所の處を知るも(底本は「蛇虫豈」と作る、「虫豈」は「蟻」の訛)、能く地理に達せず。
抱朴子曰:禁令不明,而嚴刑以靜亂;廟算不精,而窮兵以侵鄰。猶釤禾以討蝗蟲,伐木以殺蠹蠍,食毒以中蚤蝨,徹舍以逐雀鼠也。
抱朴子曰く、禁令は明ならずして、然れども嚴刑を用いて以て亂を靜め。廟算は精ならずして、然れども兵を窮めて以て鄰を侵す。便ち禾を釤して以て蝗蟲を討ち、木を伐りて以て蠹蝎を殺し、毒を食いて以て蚤虱に中り、屋子を拆掉して以て雀鼠を逐うが如し。
抱朴子曰:銳鋒產乎鈍石,明火熾乎暗木,貴珠出乎賤蚌,美玉出乎醜璞。是以不可以父母限重華,不可以祖禰量衛霍也。
抱朴子曰く、銳鋒は鈍石の裡より產し、明火は暗木の裡より熾し、貴珠は賤蚌の裡より出で、美玉は醜璞の裡より出づ。因此可に父母を以て重華を限定す可からず、可に祖禰を以て衛・霍を衡量す可からず。
抱朴子曰:志得則顏怡,意失則容戚。本朽則末枯,源淺則流促。有諸中者必形乎表,發乎邇者必著乎遠。
抱朴子曰く、志得れば則ち顏怡しく、意失えば則ち容戚たり。本朽れば則ち末梢枯れ、源淺ければ則ち流促し。裡面に在る有れば一定に外表に形い、近處より發すれば一定に遠處に顯る。
抱朴子曰:妍姿媚貌,形色不齊,而悅情可均;絲竹金石,五聲詭韻,而快耳不異;繳飛鉤沈,罾舉罝抑,而有獲同功;樹勳立言,出處殊途,而所貴一致。
抱朴子曰く、妍姿媚貌は、形色は齊しからずして、而も情を悅ばしむるは以て均しくす可し。絲竹金石は、五聲の韻は同じからずして、而も耳を快くするは異なし。飛を繳り沉を鉤り、網を領起し・罝を按下して、而も獲有りて功を同じくす。勳を樹て言を立つるは、出處は殊途にして、而も貴ぶ所は一致す。
抱朴子曰:利豐者害厚,質美者召災。是以南禽殲於藻羽,穴豹死於文皮,鱣鯉積而玄淵涸,麋鹿聚而繁林焚,金玉崇而寇盜至,名位高而憂責集。
抱朴子曰く、利豐の人は害厚く、質美の人は災を召す。因此南禽は藻羽に因りて殲せられ、穴豹は文皮に因りて死し、鱣鯉は積みて而も玄淵は乾涸し、麋鹿は聚りて而も繁林は焚かれ、金玉は崇まりて而も寇盜到り、名位は高くして而も憂責集る。
抱朴子曰:商風宵肅則絺扇廢,登危陟峻則輕舟棄,干戈雲擾則文儒退,喪亂既平則武夫黜。
抱朴子曰く、商風は夜裡肅殺せば則ち𫄨扇は廢し、危に登り峻に陟れば則ち輕舟は棄て、干戈は雲の如く擾せば則ち文儒は退き、喪亂は既に平げば則ち武夫は黜る。
抱朴子曰:價直萬金者,不待見其物而好惡可別矣;條枝連抱者,不俟圍其木而鉅細可論矣。故望洪濤之滔天,則知其不起乎潢汙之中矣;觀翰草之汪濊,則知其不出乎章句之徒矣。
抱朴子曰く、價值萬金のは、其の物を看見するを待たずして而も好惡は以て分別す可し。枝條は抱を連ねるのは、其の木を圍量するを待たずして而も巨細は以て論ず可し。ゆえに洪濤滔天を望見すれば、便ちそれは潢污の中より起るに非ざるを知る。翰墨の汪濊を看れば、便ちそれは章句の徒の出ずる所に非ざるを知る。
抱朴子曰:丹華綠草,不拘於曲瘁之株;紫芝芳秀,不限於斥鹵之壤。是以受玄珪以告成者,生於四罪之門;承歷數於文祖者,出於頑囂之家。
抱朴子曰く、丹華綠草は、曲瘁の株に拘らず。紫芝は芳秀して、斥鹵の壤に限らず。因此玄珪を受けて以て成を告ぐる人は、四罪の門に生れり。文祖に歷數を承受する人は、頑囂の家より出づ。
抱朴子曰:善言居室,則靡遠不應;枉直不中,則無近不離。是以宋野有退舍之熒惑;殷朝有外奔之暱屬。四環至自少廣之表,鹿馬變於蕭牆之裡。
抱朴子曰く、善言は居室より出づれば、則ち遠くして應ぜざるなし。枉直は中らざれば、則ち近くして離れざるなし。因此宋野は退舍の熒惑有り。殷朝は外奔の昵屬有り。四環は少廣の外より到來し、鹿馬は蕭墻の裡に變す。
抱朴子曰:荊卿朱亥,不示勇於怯弱之間;孟賁馮婦,不奮戈戟於俚俠之群。英儒碩生,不飾細辯於淺近之徒;達人偉士,不變日交察於流俗之中。
抱朴子曰く、荊卿・朱亥は、怯弱の間に勇を顯示せず。孟賁・馮婦は、俚俠の群の裡に戈戟を奮わず。英儒碩生は、淺近の徒の前に細辯を修飾せず。達人偉士は、流俗の中に日日の觀察を變易せず。
抱朴子曰:盤旋揖讓,非禦寇之容;摜甲纓胄,非廟堂之飾。垂紳振佩,不可以揮刃爭鋒;規行矩步,不可以救火拯溺。
抱朴子曰く、盤旋揖讓は、是れ寇を御ぐの容に非ず。甲を貫き胄を纓けるは、是れ廟堂の飾に非ず。紳を垂れ佩を振るは、可に刃を揮い鋒を爭う可からず。規行矩步は、可に火を救い溺を拯う可からず。
抱朴子曰:乾坤陶育,而庶物不識其惠者,由乎其益無方也;大人神化,而群細不覺其施者,由乎治之於未有也。故可知者小也,易料者少也。
抱朴子曰く、乾坤は陶育して、而も庶物は其の惠を識らず、是れ其の益の定方なきに由る。大人は神化して、而も群細は其の施を覺えず、是れ未だ有らざる時に就きて治めたるに由る。ゆえに以て知る可きは是れ小にして、料る易きは是れ少なり。
抱朴子曰:娥英任姒,不以蠶織為首稱,湯武漢高,不以細行招近譽。故澄視於三辰者,不遑紆鑑於井谷;清聽於韶濩者,豈暇垂耳於桑間。
抱朴子曰く、娥皇・女英・太任・太姒は、蠶織を以て首先に稱せらるるなし。湯武・漢高は、細行を以て近處の譽を招かず。ゆえに三辰に視を澄める人は、井谷に向かって鑑照を紆回する及ばず。韶濩に聽を淸くする人は、何處か閑暇有りて桑間に向かって耳を垂れんや。
抱朴子曰:膚表或不可以論中,望貌或不可以核能。仲尼似喪家之狗,公旦類樸斫之材,咎繇面如蒙倛,伊尹形若槁骸,及龍陽宋朝,猶土偶之冠夜光,藉孺董鄧,猶錦紈之裹塵埃也。
抱朴子曰く、膚表は時有りて可に以て裡面を論ず可からず、貌を望むは時有りて可に以て才能を核す可からず。仲尼は喪家の狗の如く、公旦は樸斫の材の如く、皋陶は面は蒙倛の如く、伊尹は形は槁骸の如し。龍陽・宋朝に至りては、便ち土偶は夜光を戴けるが如し。藉孺・董・鄧は、便ち錦紈は塵埃を裹めるが如し。
抱朴子曰:勳華不能化下愚,故教不行於子弟;辛癸不能改上智,故惡不染於三仁。
抱朴子曰く、勳・華は能く下愚を化せず、ゆえに教は能く子弟に行はれず。辛・癸は能く上智を改めず、ゆえに惡は能く三仁に染まず。
抱朴子曰:至大有所不能變,極細有所不能奪。故冰霜肅殺,不能凋菽麥之茂;熾暑鬱陰,不能消雪山之凍;飈風蕩海,不能使潛泉揚波;春澤榮物,不能使枯卉發華。抱朴子曰:泣血之寶,仰石監石諸以摛景,沈閭孟勞,須楚砥以斂鋒,騮馬日待王孫而致遠,令質俟檃括而成德。
抱朴子曰く、至大は能く變變ぜざる所有り、極細は能く奪はれざる所有り。ゆえに冰霜は肅殺するも、能く菽麥の茂を凋ませず。熾暑は鬱陰するも、能く雪山の凍を消せず。飆風は海を蕩すも、能く潜泉をして波を揚げしめず。春澤は物を榮すも、能く枯卉をして花を開かしめず。抱朴子曰く、泣血の寶は、礜諸を仰仗して以て光景を舒展す(底本は「石監石諸」と作る、當に「礜諸」と讀作すべし)。沈閭・孟勞は、楚砥を須要して以て鋒を收斂し、驊騮は王孫を等待して而も遠を致し、美質は檃括を等待して而も德を成す。
抱朴子曰:棲鸞戢鸑,雖飢渴而不願籠委於庖人之室;乘黃天鹿,雖幽飢而不樂草芻秣於濯龍之廄。是以掇蜩之叟,忘萬物於芳林,垂綸之生,忽執珪於南楚。
抱朴子曰く、鸞に棲き𬸚を斂むるは、卽使饑渴するとも庖人の室に籠委せられんを願わず。乘黃・天鹿は、卽使幽饑するとも濯龍の廄に芻秣を食うを樂まず。因此蜩を掇るの叟は、芳林に萬物を忘掉し、綸を垂るの生は、南楚に執珪を忽略す。
抱朴子曰:方圓舛狀,逝止異歸。故渾象尊於行健,坤後貴於安貞。七政四氣,以周流成功;五嶽六柱,以峙靜作鎮。是以宋墨楚申,以載馳存國,幹木胡明,以無為折沖。
抱朴子曰く、方と圓とは形狀同じからず、逝と止とは歸向同じからず。ゆえに渾象は行健に尊く、坤后は安貞に貴し。七政四氣は、周流を靠りて功を成し、五岳六柱は、峙靜を靠りて鎮と作る。因此宋國の墨翟・楚國の申包胥は、載馳を靠りて國を存し、段干木・胡昭は、無爲を靠りて衝を折る。
抱朴子曰:得意於丘園者,身否而神泰;役己以恤物者,形逸而心勞。故抱甕灌園者,歡於臺宰;嘔餐茹薇者,美乎鼎食;仗策去豳者,形如月居臘;夜以待旦者,勤憂損命。
抱朴子曰く、丘園に意を得る人は、身否くして而も神泰し。自己を役使して以て物を恤る人は、形逸くして而も心勞す。ゆえに甕を抱きて園を灌ぐ人は、臺宰に比べて還に歡し。餐を嘔き薇を茹む人は、鼎食に比べて還に美し。策を仗きて豳を離る人は、形は〔底本「月居臘」文字訛脫〕の如し。夜を以て旦を待つ人は、勤憂して命を損す。
抱朴子曰:仁忍有天淵之絕,善否猶有無之覺。騶虞側足以蹈虛,豺狼掩群以害生。虞卿捐相印以濟窮,華公讓三事以推賢。李斯疾勝己而殺韓非,龐涓患不如而刑孫臏。
抱朴子曰く、仁と忍とは天淵の絶有り、善と否とは便ち有と無との覺察の如し。騶虞は足を側きて以て虛を蹈り、豺狼は群を掩いて以て生を害す。虞卿は相印を捐掉して以て窮を濟し、華公は三事を讓掉して以て賢を推す。李斯は自己に勝過するを疾恨して而も韓非を殺し、龐涓は自己の如かざるを患えて而も孫臏を刑す。
抱朴子曰:用得其長,則才無或棄;偏詰其短,則觸物無可。故輕羅霧縠,治服之麗也,而不可以御流鏑;沈閭巨闕,斷斬之良也,而不可以挑腳刺。
抱朴子曰く、其の長を得るを用いれば、則ち才は棄てられざるなし。偏りて其の短を詰れば、則ち物に觸れて取る可きなし。ゆえに輕羅霧縠は、是れ服を治むの麗にして、然れども可に以て飛鏑を抵禦す可からず。沈閭・巨闕は、是れ斷斬の良にして、然れども可に以て脚刺を挑む可からず。
抱朴子曰:小疵不足以損大器,短疒火不足以累長才。日月挾蟲鳥之瑕,不妨麗天之景,黃河合泥滓之濁,不害凌山之流。樹塞不可以棄夷吾,奪田不可以薄蕭何,竊妻不可以廢相如,受金不可以斥陳平。
抱朴子曰く、小疵は足りて以て大器を損せず、短疾は足りて以て長才を累さず(底本は「短疒火」と作る、「疒火」は「疢」の訛)。日月は蟲鳥の瑕を挾けて、麗天の景を妨礙せず。黄河は泥滓の濁を合して、山を凌ぐの流を害せず。塞を樹つるは以て夷吾を棄つ可からず、田を奪うは以て蕭何を薄む可からず、妻を竊るは以て相如を廢す可からず、金を受くるは以て陳平を斥く可からず。
抱朴子曰:虎豹不能搏噬於波濤之中,螣蛇不能登凌於不霧之日,摯雉兔則鸞鳳不及鷹鷂,引耕犁則龍麟不逮雙峙。故武夫勇士,無用乎晏如之世;碩生逸才,不貴乎力競之運。
抱朴子曰く、虎豹は能く波涛の中に搏噬せず、騰蛇は能く霧なきの日に登凌せず、雉兎を捉うれば則ち鸞鳳は鷹鷂に及ばず、耕犁を拉ばば則ち龍麟は雙峙の牛に趕及ばず。ゆえに武夫勇士は、晏如の世に用なし。碩生逸才は、力競の運に看重せられず。
抱朴子曰:兩絆而項領,則騏騄與蹇驢同矣;失林而居檻,則猿狖與獾貉等矣;韜鋒而不擊,則龍泉與鉛刀均矣;才遠任近,則英俊與庸王肖比矣。若乃求千里之跡於縶維之駿,責匠世之勳於劇碎之賢,謂之不惑,吾不信也。
抱朴子曰く、兩頭を絆されて而も項領は受制せば、則ち騏驥と蹇驢とは相同じ。林を失いて而も檻の裡に住せば、則ち猿狖と獾貉とは相等し。鋒を韜起して而も擊たざれば、則ち龍泉と鉛刀とは均し。才遠くして任近ければ、則ち英俊と庸瑣とは相比す(底本は「庸王肖」と作る、「王肖」は「瑣」の訛)。絷維せらるるの駿に向かって千里の迹を求め、劇碎の賢に向かって匠世の勳を責求すに至りては、這不惑なりと説くは、我信ぜず。
抱朴子曰:捐荼茹蒿者,必無識甘之口;棄瓊拾礫者,必無甄珍之明。薄九成而悅北鄙者,吾知其不能格靈祇而儀翔鳳矣。舍英秀而杖常民者,吾知其不能敘彝倫而臻昇平矣。
抱朴子曰く、荼を捐掉して蒿を食う人は、一定に甘を識るの口なし。瓊を棄掉して礫を拾う人は、一定に珍を甄するの明なし。九成を薄めて北鄙を悅ぶ人は、我は彼の能く靈祇を格して翔鳳をして來儀せしめざるを知る。英秀を舍てて常民を仗る人は、我は彼の能く彝倫を叙して而も升平に臻らざるを知る。
抱朴子曰:達乎通塞之至理者,不悁悒於窮否;審乎自然之有命者,不逸豫於道行。故縈抑淵洿,則遺慍悶之心;振耀宸戶衣,而無得意之色。三仕三已,則其人也。
抱朴子曰く、通塞の至理に達する人は、窮否の裡に悁悒せず。自然命有るを審らかにする人は、道行の上に逸豫せず。ゆえに淵洿に縈抑せらるれば、便ち慍悶の心を忘掉し。宸屏に振耀するに(底本は「宸戶衣」と作る、「戶衣」は「扆」の訛)、得意の色なし。三仕三已す、便ち是れ這樣の人なり。
抱朴子曰:否泰系乎運,窮達不足以論士;得失在乎適,營辱不可以量才。時命不可以力求,遭遇不可以智違。故尚父者,老婦之棄夫;韓信者,乞食之餓子;蕭公者,斗筲之吏;黥布者,刑黜之亡隸。當其行龍姿於虺蜥之中,卷鳳翅乎斥鴳之群,則彼龍後,謂為其倫。
抱朴子曰く、否泰は過程運に係り、窮達は足りて以て士を論ぜず。得失は適に在り、榮辱は可に以て才を量る可からず(底本は「營辱」と作る、「營」は「榮」の訛)。時命は可に力を以て求め可からず、遭遇は可に智を以て違え可からず。ゆえに尚父は、是れ老婦の棄夫なり。韓信は、是れ食を乞うの餓子なり。蕭公は、是れ斗筲の吏なり。黥布は、是れ刑黜の亡隸なり。彼らが虺蜥の中に龍姿を行い、斥鷃の群に鳳翅を卷くに當たれば、則ちあの龍后は、彼らを説いて同類と爲す。
抱朴子曰:四靈翳逸,而為隆平之符;幽人嘉遁,而為有國之寶。何必司晨而銜鑣,羈紲於憂責哉有用人之用也,無用我之用也,徇身者不以名汨和,修生者不以物累己。
抱朴子曰く、四靈は翳逸するも、然れども是れ隆平の符なり。幽人は嘉遁するも、然れども是れ國有るの寶なり。何必晨を司りて而も鑣を銜え、憂責の裡に羈絏せられんや。用有るは是れ別人の用にして、用なきは是れ我が用なり。身に徇る人は名を拿りて以て和を汩亂せず、生を修する人は物を拿りて以て自己を累さず。
抱朴子曰:量才而授者,不求功於器外;揆能而受者,不負責於力盡。故滅熒燭者不煩滄海,扛斤兩者不事烏獲。運薪輦鹽,不宜枉騏驥之腳;碎職琑任,安足屈獨行之俊矣
抱朴子曰く、才を量りて而も授ける人は、器の外に功を求めず。能を揆して而も受くる人は、力盡きたる後に責を負わず。ゆえに熒燭を滅する人は滄海を煩わせず、斤兩を扛ぐ人は烏獲を煩わせず。薪を運び鹽を輦すは、該當騏驥の脚を枉費すべからず。碎職瑣任は(底本は「琑任」と作る、「琑」は「瑣」の訛)、何處か足りて以て獨行の俊を屈せんや。
抱朴子曰:田川澮之流,不能運大白之艘;升合之器,不能容千鍾之物。熠耀不能並表微之景,常才不能別逸倫之器。蓋造化所假,聰明有本根也。
抱朴子曰く、畎澮の流は(底本は「田川澮」と作る、「田」は疑らくは衍)、能く大白の艘を運ばず。升合の器は、能く千鍾の物を容れず。熠耀は能く微を表するの景と並び比せず、常才は能く逸倫の器を分別せず。大概是れ造化の假借する所にして、聰明は本根有り。
抱朴子曰:郢人美下里之淫蛙,而薄六莖之和音;庸夫好悅耳之華譽,而惡利行之良規。故宋玉舍其延靈之精聲,智士招其獨見之遠謀。
抱朴子曰く、郢人は下里の淫蛙の聲音を美として、而も六莖の和音を薄む。庸夫は耳を悅ますの華譽を好みて、而も行を利するの良規を惡む。ゆえに宋玉は其の靈を延くの精聲を舍掉し、智士は其の獨見の遠謀を收起す。
抱朴子曰:瓊珉山積,不能無挾瑕之器;鄧林千里,不能無偏枯之木。論珍則不可以細疵棄巨美;語大則不可以少累廢其多故。叛主者,良平也,而吐六奇以安上;群盜者彭越也,而建弘勳於佐命。
抱朴子曰く、瓊珉は山の如く堆積するも、能く瑕を挾むの器なからざる可からず。鄧林は千里にして、能く偏枯の木なからざる可からず。珍を論ずれば則ち可に細疵に因りて巨美を棄掉す可からず。大を語れば則ち可に少累に因りて其の多を廢掉す可からず。ゆえに主を叛くる人は、是れ張良・陳平にして、然れども六奇を吐出して以て上を安んじ。群盜する人は是れ彭越にして、然れども佐命の上に弘勳を建成す。
抱朴子曰:五嶽巍峨,不以藏疾傷其極天之高;滄海滉漾,不以含垢累其無涯之廣。故九德尚寬以得眾,宣尼泛愛而與進。
抱朴子曰く、五岳は巍峨として、疾を藏するに因りて其の天に極まるの高を損傷せず。滄海は滉漾として、垢を含むに因りて其の涯なきの廣を連累せず。ゆえに九德は寬を尚びて以て衆を得、宣尼は泛愛して而も人と進を爲す。
廣譬卷第三十九
廣譬巻第三十九
抱朴子曰:立德踐言,行全操清,斯則富矣,何必玉帛之崇乎高尚其志,不降不辱,斯則貴矣,何必青紫之兼拖也俗民不能識其度量,庸夫不得揣其銓衡,是則高矣,何必凌雲而蹈霓乎問者莫或測其淵流,求者未有覺其短乏,是則深矣,何必洞河而淪海乎四海苟備,雖室有懸磬之窶,可以無羨乎鑄山而煮海矣。身處鳥獸之群,可以不渴乎朱輪而華轂矣。
抱朴子曰く、德を立て言を踐えば、行全うして操淸し、這便ち富なり、何必玉帛の崇盛せんや。其の志を高尚して、降らず辱められず、這便ち貴なり、何必青紫を兼拖せんや。俗民は能く其の度量を識らず、庸夫は能く其の銓衡を揣らず、這便ち高なり、何必雲を凌りて而も霓を蹈らんや。問う人は能く其の淵流を測るなし、求むる人は其の短乏を覺るなし、這便ち深なり、何必河を洞りて而も海に淪せんや。四海若し備具せば、卽使室に懸磬の貧窶有るとも、可に鑄山煮海を羨慕せず。身は鳥獸の群に處して、可に朱輪華轂を渴慕せず。
抱朴子曰:潛靈俟慶雲以騰竦,棲鴻階勁風以凌虛,素鱗須姬發而躍,白雉待公旦而來,姜老值西伯而投石番溪之綸,韓英遭漢高乃騁撥亂之才。
抱朴子曰く、潜靈は慶雲を待ちて以て騰竦し、棲鴻は勁風を借着して以て虛を凌ぎ、素鱗は姬發を須要して乃ち躍り、白雉は公旦を待ちて乃ち來り、姜老は西伯に碰上して乃ち磻溪の綸を投げ、韓・英は漢高に遭遇して乃ち亂を撥くの才を騁す。
抱朴子曰:澄精神於玄一者,則形器可忘;邈高節以外物者,則富貴可遺。故支離之□,偉造化而怡顏;北人箕叟,棲嵩岫而得意焉。
抱朴子曰く、精神を玄一の上に澄むる人は、則ち形器は以て忘掉す可し。高節を外物の外に放つ人は、則ち富貴は以て遺棄す可し。ゆえに支離の〔底本此字殘缺〕は、造化を以て偉として而も顏を怡しくし。北人・箕叟は、嵩岫に棲して而も意を得たり。
抱朴子曰:粗理不可浹全,能事不可舉兼。故懸象明而可蔽,山川滯而或移,金玉剛而可柔,堅冰密而可離。公旦不能與伯氏跟絓於馮雲之峻,仲尼不能與呂梁較伎於百仞之溪。
抱朴子曰く、粗理は可に以て浹洽して全を求め可からず、能事は可に以て擧げて兼ぬ可からず。ゆえに懸象は明なれども蔽う可く、山川は滯るれども或いは移す可く、金玉は剛なれども柔す可く、堅冰は密なれども離す可し。公旦は能く伯氏と馮雲の峻の上に跟挂を比せず、仲尼は能く呂梁と百仞の溪の裡に伎を較べず。
抱朴子曰:震雷不能細其音,以協金石之和;日月不能私其耀,以變曲照之惠;大川不能促其涯,以適速濟之情;五嶽不能削其峻,以副陟者之慾。故廣車不能脅其轍以苟通於狹路,高士不能撙其節以同塵於隘俗。抱朴子曰:陰陽以廣陶濟物,三光以普照著明,嵩華以藏疾為曠,北溟以含垢稱大,碩儒以與進弘道,遠數以博愛容眾。
抱朴子曰く、震雷は能く其の音を細にして、以て金石の和に協えず。日月は能く耀を私藏して、以て照を曲げるの惠を變えず。大川は能く其の涯を促短して、以て濟を速くするの情に適えず。五岳は能く其の峻を削りて、以て登陟する人の欲に副えず。ゆえに廣車は能く其の轍を脇せて以て苟且狹路に通ず可からず、高士は能く其の節を撙えて以て隘俗と塵を同じくす可からず。抱朴子曰く、陰陽は廣陶を以て物を濟し、三光は普照を以て明を顯し、嵩華は疾を藏するを以て曠と爲し、北溟は垢を含むを以て大と稱し、碩儒は進を與するを以て道を弘げ、遠數は博愛を以て衆を容る。
抱朴子曰:靈龜之甲,不必為戰施;麟角鳳爪,不必為鬥設。故雋生不釋劍於平世,擊柝不輟備於思危。
抱朴子曰く、靈龜の甲は、不必戰の爲に施さず。麟角鳳爪は、不必鬥の爲に設けず。ゆえに隽生は平世に劍を解下せず、柝を擊つは危を思うに因りて備を停めず。
抱朴子曰:南金不為處幽而自輕,瑾瑤不以居深而止潔。志道者不以否滯而改圖,守正者不以莫賞而苟合。
抱朴子曰く、南金は幽に處るに因りて自己を看輕せず、瑾瑶は深に居るに因りて潔を停止せず。道に志す人は否滯に因りて圖を改めず、正を守る人は賞する人なきに因りて苟合せず。
抱朴子曰:登玄圃者,悟丘阜之卑;浮溟海者,識池沼之褊。披九典乃覺牆面之篤蔽,聞至道乃知拘俗之多迷。
抱朴子曰く、玄圃に登る人は、乃ち丘阜の卑を悟る。溟海に浮ぶ人は、乃ち池沼の褊を識る。九典を披閱して乃ち面牆の深蔽を覺え、至道を聞いて乃ち拘俗の多迷を知る。
抱朴子曰:渾沌之原,無皎澄之流;毫釐之根,無連抱之枝;分寸之燼,無炎遠之熱;隙穴
抱朴子曰く、渾沌の源は、皎澄の流なし。毫釐の根は、抱を連ねるの枝なし。分寸の燼は、炎遠の熱なし。隙穴
之中,無炳蔚之群;鉤曲之形,無繩直之影;叄差之上,無整齊之下。
(抱朴子が続けて言うには、)の中は、炳蔚の群なし。鉤曲の形は、繩直の影なし。參差の上は、整齊の下なし。
抱朴子曰:不睹瓊琨之熠爍,則不覺瓦礫之可賤;不覿虎豹之彧蔚,則不知犬羊之質漫。聆白雪之九成,然後悟巴人之極鄙;識儒雅之汪濊,爾乃悲不學之固陋。
抱朴子曰く、瓊琨の熠爍を看見せざれば、便ち瓦礫の賤しき可きを覺えず。虎豹の彧蔚を看見せざれば、便ち犬羊の質漫を知らず。白雪の九成を聆聽して、然後乃ち巴人の極鄙を悟る。儒雅の汪濊を識りて、這に不學の固陋を悲しむ。
抱朴子曰:無當之玉碗,不如全用之埏埴;寸裂之錦黻,未若堅完之韋布。故夏姬之無禮,不如孤逐之皎潔;富貴之多罪,不如貧賤之履道。
抱朴子曰く、底なきの玉碗は、能く全用するの陶埴に如かず。寸寸裂開するの錦黻は、堅完の韋布に如かず。ゆえに夏姬の無禮は、孤逐の皎潔に如かず。富貴の多罪は、貧賤の道を履むに如かず。
抱朴子曰:猛獸不奮搏於度外,鷹鷂不揮翮以妄擊。若廟算既內不揆德,進取又外不量力,猶輕羽之沒洪爐,飛雪之委沸鑊,朝菌之試干將,羔犢之犯武虎虎也。
抱朴子曰く、猛獸は法度の外に搏を奮わず、鷹鷂は翮を揮りて以て妄擊せず。若し廟算は內に在りて既に德を揆せず、進取は外に在りて又力を量らざれば、便ち輕羽は洪爐に沒進し、飛雪は沸鑊に委り、朝菌は干將を試みに往き、羔犢は猛虎を犯しに往くが如し。
抱朴子曰:三辰蔽於天,則清景暗於地;根草亥蹶於此,則柯條瘁於彼;道失於近,則禍及於遠;政繆於上,而民困於下。
抱朴子曰く、三辰は天に蔽われれば、則ち淸景は地に就きて暗し。根荄は這裡に蹶れば(底本は「根草亥」と作る、「草亥」は「荄」の訛)、則ち柯條は那裡に瘁ゆ。道は近處に失えば、則ち禍は遠處に及ぶ。政は上に繆えば、而も民は下に困む。
抱朴子曰:務於遠者或失於近,治其外者或患生乎內。覆頭者不必能令足不濡,蔽腹者不必能令背不傷。故秦始築城遏胡而禍發幃幄,漢武懸旌萬里而變起蕭牆。
抱朴子曰く、遠に務むる人は、或いは近處に失有り。其の外面を治むる人は、或いは患は內裡より生ず。頭を蓋う人は、不必能く脚をして濡れざらしめず。腹を蔽う人は、不必能く背をして傷つかざらしめず。ゆえに秦始皇は城を築きて胡を遏むるも而も禍は帷幄より發し、漢武帝は旌を萬里に懸けて而も變は蕭墻より起れり。
抱朴子曰:人才無定珍,器用無常道,直趨者以適世為奇,役御者以合時為妙。故玄冰結則五明捐,隆暑熾則裘爐退,高鳥聚則良弓發,狡兔多則盧鵲走,干戈興則武夫奮,韶夏作則文儒起。
抱朴子曰く、人才は固定の珍なく、器用は常道なし。直趨の人は世に適うを以て奇と爲し、役御の人は時に合うを以て妙と爲す。ゆえに玄冰結べば則ち五明扇は捐棄し、隆暑熾れば則ち裘爐は退き、高鳥聚れば則ち良弓發し、狡兎多ければ則ち盧鵲走り、干戈興れば則ち武夫奮い、韶夏作れば則ち文儒起つ。
抱朴子曰:激修流揚朝宗者,不可以背五城而跨積石;舒翠葉吐丹葩者,不可以舍洪草亥而去繁柯。敗源失本,鮮不枯汔,叛聖違經,理不弘濟。
抱朴子曰く、修流を激起して朝宗に揚去するは、可に五城を背對して而も積石を跨過す可からず。翠葉を舒び丹葩を吐くは、可に洪荄を舍掉して而も繁柯を離る可からず(底本は「洪草亥」と作る、「草亥」は「荄」の訛)。源を敗り本を失えば、枯渴せざる少なし。聖を叛き經に違えば、理は能く弘濟せず。
