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妙法蓮華經卷第五

姚秦 · 鸠摩罗什译 · 第43巻 / 48

如是諸天眾,常來至其所。

是の如き諸の天衆、常に來りて其の所に至れり。

諸佛及弟子,聞其說法音,

諸佛及び弟子、其の法を說く音を聞きては、

常念而守護,或時為現身。

常に念じて而も守護して、或る時身を現ぜん。

「復次,常精進!若善男子、善女人,受持是經,若讀、若誦,若解說、若書寫,得八百身功德。得清淨身、如淨琉璃,眾生憙見。其身淨故,三千大千世界眾生,生時、死時,上下、好醜,生善處、惡處,悉於中現。及鐵圍山、大鐵圍山、彌樓山、摩訶彌樓山等諸山,及其中眾生,悉於中現。下至阿鼻地獄,上至有頂,所有及眾生,悉於中現。若聲聞、辟支佛、菩薩、諸佛說法,皆於身中現其色像。」

「復次、常精進!若し善男子・善女人、此の經を受持して、若しくは讀し、若しくは誦し、若しくは解說し、若しくは書寫せば、八百の身功德を得ん。清淨の身を得て、淨琉璃の如くして、衆生見るを喜ばん。其の身淨なるが故に、三千大千世界の衆生、生ずる時・死する時、上下・好醜、善處・惡處に生ずるも、悉く中に於て現ず。及び鐵圍山・大鐵圍山・彌樓山・摩訶彌樓山等の諸の山、及び其の中の衆生、悉く中に於て現ず。下は阿鼻地獄に至り、上は有頂に至りて、所有及び衆生、悉く中に於て現ず。若し聲聞・辟支佛・菩薩・諸佛法を說かば、皆身の中に於て其の色像を現ぜん。」

爾時世尊欲重宣此義,而說偈言:

爾の時世尊、欲りて重ねて此の義を宣べて、偈を說きて曰く、

「若持法花者,其身甚清淨,

「若し法華を持する者、其の身甚だ清淨にして、

如彼淨琉璃,眾生皆憙見。

彼の淨琉璃の如くして、衆生皆見るを喜ばん。

又如淨明鏡,悉見諸色像,

又淨明の鏡の如くして、悉く諸の色像を見るが如くして、

菩薩於淨身,皆見世所有,

菩薩淨身に於て、皆世の所有を見て、

唯獨自明瞭,餘人所不見。

唯だ獨り自ら明瞭にして、餘人の見る所に非ず。

三千世界中,一切諸群萌,

三千世界の中、一切の諸の群萌、

天人阿修羅、地獄鬼畜生,

天人・阿修羅、地獄・鬼・畜生、

如是諸色像,皆於身中現。

是の如き諸の色像、皆身の中に於て現ず。

諸天等宮殿,乃至於有頂,

諸天等の宮殿、乃至有頂と、

鐵圍及彌樓、摩訶彌樓山,

鐵圍及び彌樓、摩訶彌樓山、

諸大海水等,皆於身中現。

諸の大海の水等、皆身の中に於て現ず。

諸佛及聲聞,佛子菩薩等,

諸佛及び聲聞、佛の子・菩薩等、

若獨若在眾,說法悉皆現。

若し獨り若し衆に在れども、法を說くは悉く皆現ず。

雖未得無漏,法性之妙身,

未だ無漏の、法性の妙身を得ざると雖も、

以清淨常體,一切於中現。

清淨の常體を以て、一切中に於て現ず。

「復次,常精進!若善男子、善女人,如來滅後、受持是經,若讀、若誦、若解說、若書寫,得千二百意功德。以是清淨意根,乃至聞一偈一句,通達無量無邊之義,解是義已,能演說一句一偈至於一月、四月乃至一歲,諸所說法,隨其義趣,皆與實相不相違背。若說俗間經書、治世語言、資生業等,皆順正法。三千大千世界六趣眾生,心之所行、心所動作、心所戲論,皆悉知之。雖未得無漏智慧,而其意根、清淨如此。是人有所思惟、籌量、言說,皆是佛法,無不真實,亦是先佛經中所說。」

「復次、常精進!若し善男子・善女人、如來滅後、此の經を受持して、若しくは讀し、若しくは誦し、若しくは解說し、若しくは書寫せば、千二百の意功德を得ん。此の清淨の意根を以て、乃至一偈・一句を聞きて、無量無邊の義に通達して、此の義を解し已りて、能く一句・一偈を演說して一月・四月乃至一歲に至る、諸の說く所の法、其の義趣に隨ひて、皆實相と相違背せず。若し俗間の經書・治世の語言・資生の業等を說くも、皆正法に順ふ。三千大千世界の六趣の衆生、心の行ずる所・心の動作する所・心の戲論する所、皆悉く之を知れり。未だ無漏の智慧を得ざると雖も、而も其の意根、清淨此の如し。此の人思惟・籌量・言說する所有れば、皆是れ佛法、實ならざる無くして、亦是れ先佛の經の中に說く所なり。」

爾時世尊欲重宣此義,而說偈言:

爾の時世尊、欲りて重ねて此の義を宣べて、偈を說きて曰く、

「是人意清淨,明利無穢濁,

「此の人意清淨にして、明利にして穢濁無くて、

以此妙意根,知上中下法,

此の妙なる意根を以て、上中下の法を知りて、

乃至聞一偈,通達無量義,

乃至一偈を聞きて、無量の義に通達して、

次第如法說,月四月至歲。

次第にして法の如く說く、月四月歲に至るまで。

是世界內外,一切諸眾生,

是の世界の內外、一切の諸の衆生、

若天龍及人、夜叉鬼神等,

若し天・龍及び人、夜叉・鬼神等の、

其在六趣中,所念若干種,

其の六趣の中に在る、念ずる所の若干種を、

持法花之報,一時皆悉知。

法華を持する報に、一時に皆悉く知れり。

十方無數佛,百福莊嚴相,

十方の無數の佛、百福の莊嚴の相、

為眾生說法,悉聞能受持。

衆生の爲に法を說くを、悉く聞きて能く受持せん。

思惟無量義,說法亦無量,

思惟す無量の義を、法を說くも亦無量にして、

終始不忘錯,以持法華故。

終始忘錯せず、法華を持する故を以てなり。

悉知諸法相,隨義識次第,

悉く諸法の相を知りて、義に隨ひて次第を識りて、

達名字語言,如所知演說。

名字・語言を達して、知る所の如く演說す。

此人有所說,皆是先佛法,

此の人說く所有れば、皆是れ先佛の法、

以演此法故,於眾無所畏。

此の法を演ぶるを以ての故に、衆に於て畏るる所無し。

持法花經者,意根淨若斯,

法華經を持する者、意根淨きこと此の若し、

雖未得無漏,先有如是相。

未だ無漏を得ざると雖も、先に是の如き相有り。

是人持此經,安住希有地,

此の人此の經を持して、希有の地に安住して、

為一切眾生,歡喜而愛敬。

一切衆生の、歡喜して而も愛敬する所と爲れり。

能以千萬種,善巧之語言,

能く千萬種の、善巧の語言を以て、

分別而說法,持法花經故。」

分別して而も法を說かん、法華經を持するが故なり。」

妙法蓮華經常不輕菩薩品第二十

妙法蓮華經常不輕菩薩品第二十

爾時,佛告得大勢菩薩摩訶薩:「汝今當知!若比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷持法花經者,若有惡口、罵詈、誹謗,獲大罪報,如前所說;其所得功德,如向所說,眼、耳、鼻、舌、身、意清淨。

爾の時、佛得大勢菩薩摩訶薩に告げて曰く、「汝今當に知るべし!若し比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷法華經を持する者、若し惡口・罵詈・誹謗有らば、大きなる罪報を獲ん、前の說く所の如し。其の得る所の功德、向に說く所の如くして、眼・耳・鼻・舌・身・意清淨なり。

「得大勢!乃往古昔,過無量無邊不可思議阿僧祇劫,有佛名威音王如來、應供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊。劫名離衰,國名大成。其威音王佛,於彼世中,為天、人、阿修羅說法,為求聲聞者,說應四諦法,度生老病死,究竟涅槃;為求辟支佛者,說應十二因緣法;為諸菩薩,因阿耨多羅三藐三菩提,說應六波羅蜜法,究竟佛慧。

「得大勢!乃ち往く古昔、無量無邊不可思議阿僧祇劫を過し、佛有りて名は威音王如來・應供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・佛・世尊なりき。劫の名は離衰、國の名は大成。其の威音王佛、彼の世の中に於て、天・人・阿修羅の爲に法を說きて、聲聞を求むる者の爲に、應に四諦の法を說きて、生老病死を度して、究竟の涅槃と爲り、辟支佛を求むる者の爲に、應に十二因緣の法を說きて、諸の菩薩の爲に、無上正等正覺に因りて、應に六波羅蜜の法を說きて、究竟の佛慧と爲せり。

「得大勢!是威音王佛,壽四十萬億那由他恆河沙劫;正法住世劫數,如一閻浮提微塵;像法住世劫數,如四天下微塵。其佛饒益眾生已,然後滅度。正法、像法滅盡之後,於此國土復有佛出,亦號威音王如來、應供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊。如是次第有二萬億佛,皆同一號。

「得大勢!是の威音王佛、壽四十萬億那由他恒河沙劫なりき。正法の世に住する劫數、一閻浮提の微塵の如く、像法の世に住する劫數、四天下の微塵の如くなりき。其の佛衆生を饒益し已りて、然る後に滅度せり。正法・像法滅盡の後、此の國土に於て復た佛出で給ひて、亦號して威音王如來・應供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・佛・世尊と曰はれり。是の如く次第に二萬億の佛有りて、皆同じき一號なりき。

「最初威音王如來既已滅度,正法滅後,於像法中,增上慢比丘有大勢力。爾時有一菩薩比丘名常不輕。得大勢!以何因緣名常不輕?是比丘,凡有所見——若比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷——皆悉禮拜讚歎而作是言:『我深敬汝等,不敢輕慢。所以者何?汝等皆行菩薩道,當得作佛。』而是比丘,不專讀誦經典,但行禮拜,乃至遠見四眾,亦復故往禮拜讚歎而作是言:『我不敢輕於汝等,汝等皆當作佛。』四眾之中,有生瞋恚、心不淨者,惡口罵詈言:『是無智比丘從何所來?自言:「我不輕汝。」而與我等授記,當得作佛。我等不用如是虛妄授記。』如此經歷多年,常被罵詈,不生瞋恚,常作是言:『汝當作佛。』說是語時,眾人或以杖木瓦石而打擲之,避走遠住,猶高聲唱言:『我不敢輕於汝等,汝等皆當作佛。』以其常作是語故,增上慢比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷,號之為常不輕。是比丘臨欲終時,於虛空中,具聞威音王佛先所說法華經二十千萬億偈,悉能受持,即得如上眼根清淨、耳鼻舌身意根清淨。得是六根清淨已,更增壽命二百萬億那由他歲,廣為人說是法華經。於時增上慢四眾——比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷——輕賤是人,為作不輕名者,見其得大神通力、樂說辯力、大善寂力,聞其所說,皆信伏隨從。是菩薩復化千萬億眾,令住阿耨多羅三藐三菩提。命終之後,得值二千億佛,皆號日月燈明,於其法中,說是法華經。以是因緣,復值二千億佛,同號雲自在燈王,於此諸佛法中,受持讀誦,為諸四眾說此經典故,得是常眼清淨,耳、鼻、舌、身、意諸根清淨,於四眾中說法,心無所畏。

「最初の威音王如來既に已に滅度して、正法滅の後、像法の中に於て、增上慢の比丘大きなる勢力有りき。爾の時一の菩薩比丘有りて名は常不輕なりき。得大勢!何の因緣を以てか常不輕と名づく。此の比丘、凡そ見る所有れば——若しくは比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷——皆悉く禮拜讚歎して而も此の言を作さく、『我深く汝等を敬して、輕慢するを敢へてせず。何以故。汝等皆菩薩道を行じて、當に佛と作るを得べし』と。而も是の比丘、專ら經典を讀誦せずして、但だ禮拜を行じて、乃至遠く四衆を見ても、亦復た故に往きて禮拜讚歎して而も此の言を作さく、『我敢へて汝等を輕ぜず、汝等皆當に佛と作るべし』と。四衆の中、瞋恚を生じて心不淨なる者生じて、惡口罵詈して言ふ、『此の無智の比丘何の所よりか來れる、自ら言ふ、「我汝を輕ぜず」而も我等に記を與へて、當に佛と作るべしと。我等是の如き虛妄の授記を用ゐざれ』と。此の如く多年を經歷して、常に罵詈せられて、瞋恚を生ぜずして、常に此の言を作さく、『汝當に佛と作るべし』と。此の語を說く時、衆人或は杖・木・瓦石を以て而も之を打擲すれば、避け走りて遠く住して、猶だ高聲に唱へて言ふ、『我敢へて汝等を輕ぜず、汝等皆當に佛と作るべし』と。其の常に此の語を作すを以ての故に、增上慢の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷、之を號して常不輕と爲せり。此の比丘終らんと欲するに臨みて、虛空の中に於て、具に威音王佛の先に說く所の法華經二十千萬億偈を聞きて、悉く能く受持して、即ち上の如く眼根清淨・耳鼻舌身意の根清淨を得たり。此の六根清淨を得已りて、更に壽命を增すこと二百萬億那由他歲にして、廣く人の爲に此の法華經を說けり。時に於て增上慢の四衆——比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷——此の人を輕賤して、不輕の名を作す爲の者、其の大神通力・樂說の辯力・大善寂力を得たるを見て、其の說く所を聞きて、皆信伏して隨從せり。是の菩薩復た千萬億の衆を化して、無上正等正覺に住せしめたり。命終の後、二千億の佛に值ふを得て、皆號して日月燈明と曰ふ、其の法の中に於て、此の法華經を說けり。此の因緣を以て、復た二千億の佛に值ふ、同じく號して雲自在燈王と曰ふ、此の諸佛の法の中に於て、受持・讀誦して、諸の四衆の爲に此の經典を說くが故に、此の常眼清淨を得て、耳・鼻・舌・身・意の諸根清淨して、四衆の中に於て法を說きて、心畏るる所無かりき。

「得大勢!是常不輕菩薩摩訶薩,供養如是若干諸佛,恭敬、尊重、讚歎、種諸善根,於後復值千萬億佛,亦於諸佛法中說是經典,功德成就,當得作佛。

「得大勢!是の常不輕菩薩摩訶薩、是の如き若干の諸佛を供養して、恭敬・尊重・讚歎して諸の善根を種りて、後に於て復た千萬億の佛に值ふ、亦諸佛の法の中に於て此の經典を說きて、功德成就して、當に佛と作るを得たり。

「得大勢!於意云何?爾時常不輕菩薩豈異人乎?則我身是。若我於宿世不受持讀誦此經、為他人說者,不能疾得阿耨多羅三藐三菩提。我於先佛所,受持讀誦此經、為人說故,疾得阿耨多羅三藐三菩提。

「得大勢!汝が意に於て云何。爾の時の常不輕の菩薩、豈に異人ならんや。則ち我が身是れなり。若し我宿世に於て此の經を受持讀誦し、他の爲に說かざらば、疾く無上正等正覺を得ること能はざらん。我先佛の所に於て、受持・讀誦して此の經を、人の爲に說くが故に、疾く無上正等正覺を得たり。

「得大勢!彼時四眾——比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷——以瞋恚意輕賤我故,二百億劫常不值佛、不聞法、不見僧,千劫於阿鼻地獄受大苦惱。畢是罪已,復遇常不輕菩薩,教化阿耨多羅三藐三菩提。

「得大勢!彼の時の四衆——比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷——瞋恚の意を以て我を輕賤するが故に、二百億劫常に佛に值はず、法を聞かず、僧を見ざりき、千劫阿鼻地獄に於て大きなる苦惱を受けたり。此の罪を畢え已りて、復た常不輕菩薩に遇ふて、無上正等正覺を教化せり。

「得大勢,於汝意云何?爾時四眾常輕是菩薩者,豈異人乎?今此會中跋陀婆羅等五百菩薩、師子月等五百比丘、尼思佛等五百優婆塞,皆於阿耨多羅三藐三菩提不退轉者是。

「得大勢、汝が意に於て云何。爾の時の四衆の常に此の菩薩を輕する者、豈に異人ならんや。今此の會中の跋陀婆羅等の五百の菩薩、師子月等の五百の比丘、尼思佛等の五百の優婆塞、皆無上正等正覺に於て不退轉せる者是れなり。

「得大勢!當知是法華經,大饒益諸菩薩摩訶薩,能令至於阿耨多羅三藐三菩提。是故諸菩薩摩訶薩,於如來滅後,常應受持、讀誦、解說、書寫是經。」

「得大勢!當に知るべし此の法華經は、大いに諸の菩薩摩訶薩を饒益して、能く無上正等正覺に至らしめん。是の故に諸の菩薩摩訶薩、如來滅後に於て、常に應に受持・讀誦・解說・書寫して此の經を書寫すべし。」

爾時世尊欲重宣此義,而說偈言:

爾の時世尊、欲りて重ねて此の義を宣べて、偈を說きて曰く、

「過去有佛,號威音王,神智無量,

「過去に佛有りて、號は威音王、神智無量にして、

將導一切,天人龍神,所共供養。

將導す一切を、天人・龍神の、共に供養する所なりき。

是佛滅後,法欲盡時,有一菩薩,

此の佛滅の後、法盡きんと欲する時、一の菩薩有りて、

名常不輕。時諸四眾,計著於法。

名は常不輕。時に諸の四衆、法に計着せり。

不輕菩薩,往到其所,而語之言:

不輕の菩薩、往きて其の所に到りて、而も之に語りて言ふ、

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