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六壬断案 · 第2巻

宋 · 邵彦和 · 第2巻 / 12

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

先生析曰;宅上見本旬儀神,引出長生、旬首加旬尾,乃周而復始格。六合發用,故主退人口血財;中亥乘丁,加旬首上,屬西南西北不可興工。辰加丑為破,不可開田,必被水沖。後其田辛丑年開,盡被水沖作汙沙。又除夜移水甕,妻胎幾墮而得全。蓋寅並元武主墮胎。幸申作六合引長生,能制之,故保全也。其長子十二歲,自學舍歸而澡浴,因溼而感風,後卻無事。家族爭訟,得族人為道士者勸和。蓋寅加長生之地為道士也。經曰:寅作長生道士身。

邵先生が解釈して曰く。宅位上に本旬の儀神を見て、長生の気を引き出しており、しかも旬首が旬尾の上に加わっている——これは周が終わってまた始まる格局です。六合が発用するので、人口と血財(牲畜)の退折を主ります。中伝の亥が丁神を乘じて旬首の上に加わるので、属する西南・西北の二方は工を動かし興造してはなりません。辰が丑の上に加わって破を成すので、田地を開墾することができません。墾すれば必ず水に冲されます。後に彼の家の田は辛丑年に開墾され、果たして全部が水に冲されて汚沙となりました。また除夕の夜に水甕を動かし、妻の胎がほとんど落ちそうになってやっと保たれました——寅が玄武を併せればもともと堕胎を主るのですが、幸いに申が六合を乘じて長生の気を引き出してそれを制伏できるので保全されました。彼の長男は十二歳の時、学堂から帰って風呂に入り、湿気を受けて風寒に感じましたが、後にはむしろ大事には至りませんでした。家族の間の争訟は、族中の道士をしている一人が出面して説き和いだのです——寅が長生の地に加われば道士の象を取り、古経に曰く:「寅は長生を作して道士の身。」

20)何宣義丁丑年三十三歲,占宅己酉年三月癸巳日戌將酉時。(午未空亡,未申落空),遙克,蒿矢,連茹,一作辛丑生,愛圅曰:古本作辛丑生,六十九歲二月二十四日卯時生。 陳龍 六午未申酉空 朱巳 戌虎 陳 六 貴 后 鬼 空未 陳 初(空亡) 蛇辰 亥常 未 午 卯 寅 父 甲申 龍 中(落空) 貴卯寅丑子玄 午 巳 寅 癸 父 乙酉 空 末 后陰

第二十例:何宣義は丁丑年の生まれで三十三歳、住宅を占いに来ました。時は己酉年三月癸巳日で、戌の月将を酉の刻に加えて課を立てました(一本は辛丑年生と作る。編者の程愛圅曰く:古本は辛丑生・六十九歳と作り、二月二十四日卯時生)。癸巳日は甲申旬に属し、旬空は午・未に落ち、天盤の未・申二支が空亡宮位に落ちています。課名は三つ:「遥剋」「蒿矢」「連茹」(三伝の未申酉が順に連なり、茅を抜けば茹が連なるがごとし)。天盤は戌将を酉時に加えて布定し、貴人が卯に乘り、その下は螣蛇が辰に、朱雀が巳に、六合が午に、勾陳が未に、青竜が申に、天空が酉に、白虎が戌に、太常が亥に、玄武が子に、太陰が丑に、天后が寅に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の癸が丑宮に寄せられ、上に寅を見て天后を乘じ、第二課は寅の上に卯を見て貴人を乘じ、第三課は日支の巳の上に午を見て六合を乘じ、第四課は午の上に未を見て勾陳を乘じます。三伝は未・申・酉:初伝の未は旬空に落ちて官鬼爻で勾陳を乘じ、中伝の甲申は父母爻で青竜を乘じ、空地に落ち、末伝の乙酉は父母爻で天空を乘じます。

邵先生曰:本身貪色,心高志大。三傳與宅並在南方。一生難為眷屬,未為眷屬空亡故也。勞心費力積得財物。末傳至酉,晚年愈貪色,卻有一妾為主,反欺眾人,終死於此妾之手;家計異日比今日增數倍,只是後來被此妾盜去財物。行年支破作太常,主外服。又主兒婦因病退產。只在三月盡四月初見之。何果高傲好勝,勞心費力,營 運積財。庚子暫停,以庚子與身居於下也。宅上財與三傳皆在南方,所以此人運貨至南方,獲利成家。只是不合過寵一妾,被他盜去財也。當年五月有丈母之服,三月長媳小產,七月次媳因感風發熱亦小產。

邵先生は言いました。この人はもとより女色を貪り好み、しかも心気が高く志向が大きいです。三伝と宅位がともに南方に落ちています。彼は一生、親眷の助けを得難いです。眷属を表す未が空亡に落ちるからです。彼は心を労し力を費やしてやっと財物を蓄積できます。末伝が酉に行き着くので、晚年はますます色を貪ることを主り、家中に一人の妾が家を当て主となって、反って衆人を欺圧し、彼は最後にこの妾の手に死にます。彼の家業は後日、現在より数倍に増長しますが、ただ後にこの妾に財物を盗まれてしまいます。行年は支破に逢い太常を乘じるので、外家の喪服があることを主ります。また息子嫁が病によって小産することを主り、三月底・四月初めに応じます。何宣義は果たして高慢で勝を好み、心を労し力を費やして経営し財を積みました。庚子年に至って商売は一時停止しました。庚子が彼の身位と同居して下位にあったからです。宅位上の財爻と三伝がいずれも南方にあるので、彼は貨物を南方に運んで行き、利を獲て家を成しました。ただ一人の妾を過分に寵愛すべきではなかったのが、ついに彼女に財物を盗まれました。まさにその年の五月に岳母の喪服があり、三月に長い息子嫁が小産し、七月に次の息子嫁が風に感じ発熱してこれも小産しました。

先生析曰;蓋日上天后乘寅木脫神,而寅木又脫於巳午,故主三四月婦人不產,寅以酉為破碎加申,故七月亦然。寅以亥為長生,上作太常,故主孝服。亥卯未三合,五月月建上得未,故五月有服。其晚年愈貪色者,酉作天空加癸水長生之上也。

邵先生が解釈して曰く。日干上に天后を乘じ、しかも天后が乘じる寅木は泄脱の神です。寅木はまた巳・午の火に泄気するので、三・四月に婦人が胎を保てないことを主ります。寅は酉をもって破碎とし、酉はまた申の上に加わるので、七月も同様です。寅は亥をもって長生とし、亥の上に太常を乘じ、太常は衣服・祭祀を主るので、孝服があることを主ります。亥卯未が三合して局を成し、五月の月建の上にちょうど未を得るので、五月に喪服の事があります。晚年にますます色を貪るというのは、酉が天空を乘じて癸水の長生の位の上に加わるからです。

21)林丞務丙辰生五十四歲占宅,己酉年六月辛卯日午將辰時。(午未空亡,申酉落空),蒿矢,龍戰,間傳,變盈,佚女。 朱六 蛇未申酉戌陳 貴午 亥龍 蛇 后 常 空 官 癸巳 后 初 后巳 子空 未 巳 寅 子 父 空未 蛇 中(空亡) 陰辰卯寅丑虎 巳 卯 子 辛 兄 乙酉 陳 末(落空) 玄常

第二十一例:林丞務は丙辰年の生まれで五十四歳、住宅を占いに来ました。時は己酉年六月辛卯日で、午の月将を辰の刻に加えて課を立てました。辛卯日は甲申旬に属し、旬空は午・未に落ち、天盤の申・酉二支が空亡宮位に落ちています。課名は五つ:「蒿矢」「竜戦」(卯酉の位で陰陽が交争する)「間伝」「変盈」(盈満がまさに変じ、盛から衰に転ずることを主る)「佚女」(また泆女と作り、女子の淫逸を主る)。天盤は午将を辰時に加えて布定し、貴人が午に乘り、その下は螣蛇が未に、朱雀が申に、六合が酉に、勾陳が戌に、青竜が亥に、天空が子に、白虎が丑に、太常が寅に、玄武が卯に、太陰が辰に、天后が巳に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の辛が戌宮に寄せられ、上に子を見て天空を乘じ、第二課は子の上に寅を見て太常を乘じ、第三課は日支の卯の上に巳を見て天后を乘じ、第四課は巳の上に未を見て螣蛇を乘じます。三伝は巳・未・酉:初伝の癸巳は官鬼爻で天后を乘じ、中伝の未は旬空に落ちて父母爻で螣蛇を乘じ、末伝の乙酉は兄弟爻で勾陳を乘じ、また空地に落ちます。

邵先生曰:日上子為盜氣,又見天空,主下部遺洩,兼子息不美。支上破碎,又兼發用、中傳空亡,末傳又加空亡之上,作今日祿神,祿神即空,前程不永。宅犯破碎,子作盜氣,是諸子耗盜財物,各抽入己,於我則空。除非另爨,可以少延。否則家破財散矣。林丞務有四子,二妻所出,家道不齊,堂前之物,子盡盜之,為之一空。本身常有淋疾。家計漸覺退敗。

邵先生は言いました。日干上の子は我を泄す気で、また天空を乘じているので、下部の滑泄の疾を主り、しかも子女が成器しません。日支上は破碎を犯しています。さらに三伝を見ると:発用と中伝がともに空亡に落ち、末伝はまた空亡の上に加わり、しかも末伝の酉はまさに今日の辛金の禄神です——禄神が一たび空に落ちれば、前程は長く続きません。宅位はすでに破碎を犯し、子はまた盗泄の気です。これはまさに数人の息子が家中の財物を耗盗し、それぞれ自分に抽げ取り、我の手に落ちるところは全て空になる象です。分かれて別に炉竈を立てない限り、あるいはしばらく引き延ばすことができるかもしれませんが、そうでなければついに家が破れ財が散じます。林丞務には四人の息子があり、二人の妻の生んだ子で、家道はもともと斉しくありませんでした。厅堂の前の物は息子たちに盗まれて皆無でした。彼自身は常に淋疾を患い、家業もまただんだん退敗していきました。

先生析曰;蓋辛見了盜氣,宅上又見破碎,子為一陽之始,巳為六陽之終,始於身、終於宅也,故始主自身下部遺洩,而卒於破家。子為子息,所以敗家由子也。初傳宅上,中末俱空,號曰不行,故只以干支二處分斷,中末皆空,初仍宅上,等之無傳矣,故只就干支分斷。若初傳不從宅與日上起,則又當細審,不得概為不行也。然初傳更加一重破碎,子為脫空,六陽至此極處;又見破碎作初傳,上見天后,數又名泆女卦,其妻最淫蕩,第四子最蠢者是其所生,更有兩子尤作手腳。若占病必死之課,占前程脫精而亡。

邵先生が解釈して曰く。辛金が盗泄の気に遇い、宅位上にまた破碎を見ます。子は一陽が初生する処、巳は六陽の終極の処で、一端は本身に起こり、一端は宅舎に終わるので、初めは自身の下部滑泄に応じ、終わりは家業の破敗に応じます。子はまた子息を表すので、家を敗くのはまさに息子です。さらに三伝を見ると:初伝は宅上から起こり、中伝・末伝はともに空亡に落ちます。これを「不行」と言い、ゆえに日干・日支の二か所に就いて分かれて断ずるほかありません——中末がともに空で、初伝がまたなお宅上にあれば、三伝の推すべきものがないに等しいので、干支に就いてのみ立論するのです。もし初伝が宅位や日干上から発したのではなければ、別に細かく審察しなければならず、一概に「不行」と断ずることはできません。ただこの課の初伝の上にはさらに一重の破碎が加わり、子はまた脱空の神で、六陽はここに至ってすでに極です。破碎が初伝を作し、その上にまた天后を見るので、数理に按ずればこれをまた「泆女」卦と言い、彼の妻が最も淫蕩であることを主ります。四人目の息子の最も愚鈍な者はまさに彼女の生んだ子で、ほかに二人の息子が特に細工を好みます。このような課を病を占うのに用いれば必ず死症であり、前程を占うのに用いれば精気が泄尽して亡ぶことを主ります。

22)馮修職己卯生三十歲占宅,戊申年五月乙酉日申將卯時。(午未空亡,亥子落空),知一,不備,亂首,驀越。 蛇貴 朱戌亥子丑后 六酉 寅陰 龍 陰 陰 六 財 空未 龍 初(空亡) 陳申 卯玄 未 寅 寅 酉 父 戊子 貴 中(落空) 龍未午巳辰常 寅 酉 酉 乙 子 癸巳 虎 末 空虎

第二十二例:馮修職は己卯年の生まれで三十歳、住宅を占いに来ました。時は戊申年五月乙酉日で、申の月将を卯の刻に加えて課を立てました。乙酉日は甲申旬に属し、旬空は午・未に落ち、天盤の亥・子二支が空亡宮位に落ちています。課名は四つ:「知一」「不備」「乱首」「蓦越」。天盤は申将を卯時に加えて布定し、貴人が子に乘り、その下は螣蛇が亥に、朱雀が戌に、六合が酉に、勾陳が申に、青竜が未に、天空が午に、白虎が巳に、太常が辰に、玄武が卯に、太陰が寅に、天后が丑に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の乙が辰宮に寄せられ、上に酉を見て六合を乘じ、第二課は酉の上に寅を見て太陰を乘じ、第三課は日支の酉の上に寅を見て太陰を乘じ、第四課は寅の上に未を見て青竜を乘じます。三伝は未・子・巳:初伝の未は旬空に落ちて妻財爻で青竜を乘じ、中伝の戊子は父母爻で貴人を乘じ、空地に落ち、末伝の癸巳は子孫爻で白虎を乘じます。

邵先生曰:此課支來加干,名上門亂首;又用神當囚死,斗罡繫日本加寅,名天獄,不有大服,必有大禍。支神犯日,酉為婢妾,恐婢妾死亡為累。初中傳六害,貴人行年又加其上;甲乙以子為父母,主先遭橫擾,次值凶喪。又防失火,此凶課也。時馮為主簿,五月初二日占課,六月十七(一作七月)日,婢子爭寵,因責之,遂自縊,縣尉與主簿不足,依法看驗,申州被拘,在能仁寺將及一月;母亡,遂得丁憂而去。

邵先生は言いました。この課は日支が走って来て日干の上に加わるので「上門乱首」(外人が門に上りて尊卑の序を失う)と言います。発用の神がまたちょうど囚死の地に当たり、天罡が日と係わり合って寅の上に加臨するので、課名は「天獄」です。このような課は、大喪が出ないまでも必ず大禍があります。日支の神が日干を冲犯し、酉は人事において婢妾なので、婢妾が死亡して主人に累及するのを恐れます。初伝と中伝が六害を構成し、貴人と行年がまたいずれもその上に加わっています。甲・乙木日は子水をもって父母爻とするので、まず横生する攪扰に遭い、続いて凶喪に遇うことを主ります。このほか火災にも防備しなければなりません——これは一課の凶象です。当時、馮某は主簿に任じており、五月初二日に占いに来ました。六月十七日に至り(一本は七月と作る)、家中の婢女が寵を争って責め打たれ、首を縊って自ら尽きました。県尉は平素、主簿と不和だったので、法に依りて来て屍を検験し、案件を州に申報し、馮某は能仁寺に拘押されることほぼ一か月になりました。ちょうど母が亡くなったため、彼はこれによって丁憂して職を離れました。

先生析曰;蓋支辰犯日,乃下犯上也。酉為婢,六合為人口。五月火鬼在酉,故婢橫死;酉金克乙木,故為所累。貴人六害,所以被拘。又未為眷屬,本宮上見子為父母,母受土克,又受未害,行年加之,重克重害,所以母亡。五月以巳為月病符,行入末傳,乘虎加母之本宮,歸喪於家也。又兩月母之妹又沒,此為馮之姨母,供養在家者也;未葬而廚下火發,延燒將及堂前而滅。大凡火鬼克人,不是一個可當。六合為棺木,卯神亦是。

邵先生が解釈して曰く。日支の神が日干を冲犯するのは、下が上を犯すことです。酉は婢女を表し、六合は家中の人口を表します。五月の火鬼がちょうど酉位にあるので、婢女が横死しました。酉金は乙木を剋することができるので、主人が彼女に累されました。貴人が六害と相い并んだので、拘押される事がありました。未は眷属を表し、未の本宮の上に子水を見るのは父母爻です。母親はすでに土に剋され、また未に害され、行年がまた加わって、重々に剋害されるので、母が亡くなりました。五月は巳をもって月の病符とし、巳が末伝に行き、白虎を乘じて母親の本宮の上に加わるので、まさに喪事が家中に帰る象です。さらに二か月を過ぎて、母の妹もまた亡くなりました——これは馮某の姨母で、ずっと彼の家で奉養されていました。霊柩がまだ安らかに葬られないうちに、厨房に火が起こり、火勢が蔓延して堂前に焼き及ぼうとしてやっと熄みました。およそ火鬼が来て人を剋するのは、一人の力で防ぎ得るものではありません。六合は棺木の象を取ることができ、卯神も同じく棺木を主ります。

23)葉油餅店店主庚戌生五十九歲占宅,戊申年六月戊辰日未將酉時。(戌亥空亡,申酉落空),重審,間傳,極陰,龍德。 六朱 陳卯辰巳午蛇 龍寅 未貴 虎 龍 空 陳 兄 乙丑 空 初(暗鬼) 空丑 申后 子 寅 丑 卯 財 空亥 常 中(空亡) 虎子亥戌酉陰 寅 辰 卯 戊 子 癸酉 陰 末(落空) 常玄

第二十三例:油餅店を営む葉店主は庚戌年の生まれで五十九歳、住宅を占いに来ました。時は戊申年六月戊辰日で、未の月将を酉の刻に加えて課を立てました。戊辰日は甲子旬に属し、旬空は戌・亥に落ち、天盤の申・酉二支が空亡宮位に落ちています。課名は四つ:「重審」「間伝」「極陰」「竜德」(青竜が德神を帯び、解救の力があることを主る)。天盤は未将を酉時に加えて布定し、貴人が未に乘り、その下は螣蛇が午に、朱雀が巳に、六合が辰に、勾陳が卯に、青竜が寅に、天空が丑に、白虎が子に、太常が亥に、玄武が戌に、太陰が酉に、天后が申に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の戊が巳宮に寄せられ、上に卯を見て勾陳を乘じ、第二課は卯の上に丑を見て天空を乘じ、第三課は日支の辰の上に寅を見て青竜を乘じ、第四課は寅の上に子を見て白虎を乘じます。三伝は丑・亥・酉:初伝の乙丑は兄弟爻で天空を乘じ、また暗鬼、中伝の亥は旬空に落ちて妻財爻で太常を乘じ、末伝の癸酉は子孫爻で太陰を乘じ、また空地に落ちます。

邵先生曰:丑亥酉為極陰課,幸甲子旬中末皆空,故雖有災危,不至不測。只是子孫多門戶事擾,遂消折財本,晚年不得意而死。不合土塞東門,其外又不合堆木板,太陰乘酉加亥,敗處乘空,母主酒病死,家道衰矣。葉宅東邊有門,果有泥土,乃戊辰干支加土,丑土又加卯門之上發用,故主土塞東門。二木來克干支二土,故知壁外有木板。

邵先生は言いました。丑・亥・酉の三伝は「極陰」の課ですが、幸いに甲子旬の中にあって中伝・末伝がともに空亡に落ちるので、災危はあっても意外の禍には至りません。ただ子孫が多く、門戸の上の事が絶えず攪扰し、元の資本を少しずつ消磨し、主人は晚年に鬱々として意を得ずに死にます。また泥土で東門を塞いではならず、門外にまた木板を堆積してはなりません。太陰が酉を乘じて亥の上に加わるのは、ちょうど敗地に当たってまた空亡を乘じるので、母が酒の病によって死に、家道がここから衰落することを主ります。葉家の宅の東には門があり、果たして泥土が堆積していました——これは戊辰日の干支がともに土に属し、丑土がまた門を表す卯の上に加わって発用するので、土が東門を塞ぐことを主ります。二重の木が日干・日支の二重の土を剋するので、牆外に木板が堆積していることが分かります。

先生析曰;課得極陰,主災變,最喜空亡可解。今中末空,不入亥地陰極之處,故不於火災。然畢竟陰耗財物也。子孫繁多者,戊辰一帶皆是東方丑寅卯之旺氣也。甲子旬中乙丑丙寅丁卯乃真三奇,所以無災。不合退歸亥酉西北,土敗於酉,三奇亦暗,日月星傾於西北,自然消折也。母酒病、至辛亥年死者,太陰老婦肖母,酉乘亥為酒也;死於辛亥者,太歲填實亥,仍入極陰不空也。男女七人婚姻所費,家業消矣。

邵先生が解釈して曰く。課が極陰を得るのはもともと災変を主りますが、最も良いのは空亡があって化解できることです。今、中伝・末伝がともに空で、亥という陰気の極まる処に落ち込まないので、火災には至りません。ただし終には暗に財物を耗損します。子孫が繁多だと言うのは、戊辰のこの一路がすべて東方の丑・寅・卯の旺気だからです。甲子旬中の乙丑・丙寅・丁卯はまさに真の三奇なので、大災を免れることができます。宜しくないのは三伝が一路退いて亥・酉の西北方に帰することです:土は酉に敗れ、三奇の光もこれに随って暗淡となり、日月星辰が皆西北に傾き、家業は自然に消磨します。母が酒の病で死んだのは、太陰が老婦を表してまさに母親の象に肖く、酉が亥を乘じれば酒の象を取るからです。辛亥年に死んだのは、その年の太歳が亥位を填実して、依然として極陰に落ち込み、もはや空に落ちなくなった故です。また七人の児女の婚嫁の費用もまた家業を耗し尽くしました。

24)童秀才庚辰生二十九歲占宅,戊申年三月十一日乙未日戌將丑時。(辰巳空亡,丑寅落空),重審,稼穡,勵德,遊子。 虎常 空寅卯辰巳玄 龍丑 午陰 龍 常 朱 龍 財 辛丑 龍 初(暗鬼)(落空) 陳子 未后 丑 辰 戌 丑 財 戊戌 朱 中 六亥戌酉申貴 辰 未 丑 乙 財 乙未 后 末 朱蛇

第二十四例:童秀才は庚辰年の生まれで二十九歳、住宅を占いに来ました。時は戊申年三月十一日乙未日で、戌の月将を丑の刻に加えて課を立てました。乙未日は甲午旬に属し、旬空は辰・巳に落ち、天盤の丑・寅二支が空亡宮位に落ちています。課名は四つ:「重審」「稼穡」(三伝の丑戌未が皆土で、田土稼穡の義を取る)「勵德」「游子」。天盤は戌将を丑時に加えて布定し、貴人が申に乘り、その下は螣蛇が酉に、朱雀が戌に、六合が亥に、勾陳が子に、青竜が丑に、天空が寅に、白虎が卯に、太常が辰に、玄武が巳に、太陰が午に、天后が未に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の乙が辰宮に寄せられ、上に丑を見て青竜を乘じ、第二課は丑の上に戌を見て朱雀を乘じ、第三課は日支の未の上に辰を見て太常を乘じ、第四課は辰の上に丑を見て青竜を乘じます。三伝は丑・戌・未:初伝の辛丑は妻財爻で青竜を乘じ、暗鬼であると同時に空地に落ち、中伝の戊戌は妻財爻で朱雀を乘じ、末伝の乙未は妻財爻で天后を乘じます。乙木は土をもって財とし、三伝が全て財で、まさに稼穡の象に合します。

邵先生曰:此課人來就宅,正是求新宅之課。夫宅不可無土,今四土俱備,是前後左右皆有山也。主山太高來逼宅,山有新墳欲開闢,定與墳主爭競。宅左青龍帶破碎,此云宅左青龍是以支陰論,不以天盤論。惟斷墳墓方用天盤看坐山朝山等。家宅則止就四課言。邵公諸案皆然也。須用土填,將來必富,青龍加丑雖云破碎,卻又不備,故左必不完,宜用土填也。但無清秀之士。初傳青龍,妻為之主,末財作天后,主婦人守寡;未財作後,何以便曰婦人守寡?

邵先生は言いました。この課は人が宅に就きに来るもので、まさに新しい宅を謀求する課です。宅は土なくしてはありえず、今、四重の土がすべて備わっています。すなわち前後左右に山があるということです。主山があまりに高く、宅に逼り近づいています。山上に新しい墳を開こうとして、必ず墳主と争い起こります。宅の左は青竜でありながら破碎の神を帯びています——(原注:ここで「宅左青竜」と言うのは、日支の陰神に拠って論じるのであって、天盤に拠って論じるのではない。墳墓を断ずる時にのみ天盤を用いて坐山・朝山の類を見るのであり、家宅を断ずるのには四課に就いて立論するだけだ。邵公の各案は皆この法である。)だから左は必ず土をもって填補しなければならず、将来きっと富足します。青竜が丑の上に加わるのは破碎を帯びると言っても、この課はまた「不備」の体なので、左は必ず残欠して完整せず、土をもって填実すべきです。ただ家中に清秀な読書人が出ません。初伝が青竜を乘じるのは、妻が家を当て主となることです。末伝の財爻が天后を乘じるのは、婦人が寡を守ることを主ります。——末伝の未は財でもありまた天后を乘じているのに、何をもって婦人の守寡と断ずるのでしょうか。

先生析曰;蓋財妻也,後女也,未婦人也。未又今日乙未之墓,卻來刑日上之丑,刑則克,故主婦人皆寡。受圅竊謂:未為年之寡宿殺,故邵公敢如此斷。又主家西北界未修,主與人爭界,西北當作東北,愛圅見數本皆作西北,玩味爭界二字,似指戌乘朱雀而言,戌為西北,雀主爭也。奈何都無水出,主出人重濁。乙以土為財,又臨旺地,天將更無凶神,故主其家大發。又緣初財爻,兼得青龍財星也。造宅二十年,應未八戌五,五八相乘得四十,春木旺土死,當折半,故二十年而應也。

邵先生が解釈して曰く。財はすなわち妻で、天后はすなわち女で、未もまた婦人を表します。未はまた今日の乙未の墓庫でありながら、却って回りて日干上の丑を刑します。刑はすなわち剋なので、婦人は皆寡を守ることを主ります。(編者の程愛圅は私の考えでは:未はまさに本年の寡宿煞なので、邵公が敢えてこのように断じたのだと思います。)また彼の家の西北一帯の地界が修整されておらず、人と地界を争うことを主ります。——(編者注:「西北」は「東北」と作るべきだ。ただ私が見た数本は皆西北と作る。「争界」の二字を細かく玩味すると、戌が朱雀を乘じることを指すらしい:戌は西北に属し、朱雀は争を主る。)惜しいことに四方に流出する水がないので、家中に出る人は質が重濁であることを主ります。乙木は土をもって財とし、土がまた旺地に臨み、乘じる天将の中に凶神もないので、彼の家が大いに発することを主ります。まして初伝がすなわち財爻で、また青竜という財星を兼ね得ています。造宅の後二十年に応验するというのは、未の数が八、戌の数が五で、五八を乗じて四十を得ます。しかも春は木旺土死なので半分に折るべきで、ゆえに二十年に応じました。

25)何七秀才壬申生三十七歲占宅,戊申年二月甲子日亥將午時。(戌亥空亡,卯辰落空) 朱蛇 六戌亥子丑貴 陳酉 寅后 六 常 蛇 空 父 甲子 蛇 初 龍申 卯陰 戌 巳 子 未 子 己巳 常 中 空未午巳辰玄 巳 子 未 甲 財 空戌 六 末(空亡) 虎常

第二十五例:何七秀才は壬申年の生まれで三十七歳、住宅を占いに来ました。時は戊申年二月甲子日で、亥の月将を午の刻に加えて課を立てました。甲子日は甲子旬に属し、旬空は戌・亥に落ち、天盤の卯・辰二支が空亡宮位に落ちています。天盤は亥将を午時に加えて布定し、貴人が丑に乘り、その下は螣蛇が子に、朱雀が亥に、六合が戌に、勾陳が酉に、青竜が申に、天空が未に、白虎が午に、太常が巳に、玄武が辰に、太陰が卯に、天后が寅に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の甲が寅宮に寄せられ、上に未を見て天空を乘じ、第二課は未の上に子を見て螣蛇を乘じ、第三課は日支の子の上に巳を見て太常を乘じ、第四課は巳の上に戌を見て六合を乘じます。三伝は子・巳・戌:初伝の甲子は父母爻で螣蛇を乘じ、中伝の己巳は子孫爻で太常を乘じ、末伝の戌は旬空に落ちて妻財爻で六合を乘じます。

邵先生曰:歲內眷屬人來,必成大獄。天罡加日本,名天獄故也。《指掌賦》云:太常乘破碎為孝服,加天獄螣蛇生災致訟破碎作太常入宅,主有喪服人歸來分撓,被他爭產。以行年與身作一處,愛圅曰:蓋未交生,行年尚在丑,丑加申命,故曰行年與身作一處。只是今年事。末後須添一口,又見分灶也。蓋未加甲乃墓神,未為眷屬,天空為平地起堆之象。初傳子為父母,未為眷屬,作六害害人也,螣蛇擾人也。傳歸入宅,卻是兩重破碎,巳為廚灶,必主分灶不寧也。何秀才兄弟五人,最小者與姊為子,父母在日家產分作四分了。當年四月其姊夫死,姊亦先亡,家務已退,六月小弟歸家,兄弟皆不容,遂興訟,州縣斷理撥財產與之,著依舊歸姊夫家,他乃不服,直至大理與拘法遂有歸條。自戊申六月興訟,至壬子年十二月方止。

邵先生は言いました。今年の内に親眷の人が門に上って来て、必ず大きな官司に騒ぎ立てられます。天罡が日干の本位の上に加わるので、課名は「天獄」です。《指掌賦》に曰く:太常が破碎を乘じれば孝服を主り、天獄・螣蛇に加臨すれば災を生じ訟を致す。今、破碎が太常を乘じて宅位に入るので、孝服を着た身の人が帰って来て家事を分かち攪し、彼が来て産業を争うことを主ります。行年と身位が一か所に并んでいます——(編者の程愛圅注:まだ誕生日に至っていないので、行年は依然として丑の上にあり、丑が申という本命の上に加わるので、行年と身が一か所にあると言う。)これはただ今年の内の事であることを説明しています。後に至って家中に一口の人が添えられ、また灶を分かち別に炊く象が見えます:未が甲の上に加わるのは墓神で、未はまた眷属を表し、天空は平地に忽然と堆み起こる象です。初伝の子は父母爻で、未は眷属で、両者が相害するのはすなわち人を害することで、螣蛇は攪扰を主ります。三伝が宅位に帰するのに、偏いにまた二重の破碎で、巳は厨灶を表すので、必ず灶を分かちて住み安らかでないことになります。何秀才は兄弟五人で、最も小さい者は姉に出過して息子としました。父母が在世の時、家産はすでに四分に分かれていました。その年の四月、姉の夫が亡くなり、姉も先にすでに亡くなっており、そちらの家業は衰敗していました。六月に弟が帰宅し、衆兄弟は皆収容しようとせず、ここにおいて官司になりました。州・県の判決では一分の家産を彼に撥し、依然として姉夫の家に帰すと判じました。彼は服せず、大理寺にまで告げて、法条に依ってやっと帰属の定案がありました。戊申年六月に訟を興し、壬子年十二月までやっと了結しました。

先生析曰;甲以巳為子息,末傳戌刑未,故動而有事。所謂不沖不發,不刑不動也。戌乘六合,卯與戌合,主進人口,主此子歸來之兆。當年六月興訟,未加申蛇撓之。初子與未相害,故興訟。壬子年十一月又子水克火,制破碎,故寧貼。

邵先生が解釈して曰く。甲木は巳火をもって子息とし、末伝の戌が来て未を刑するので、事が動いて枝節を生じます。これがいわゆる「沖せざれば発せず、刑せざれば動かず」です。戌が六合を乘じ、卯がまた戌と相合するので、家中に人口が添えられることを主り、まさにこの過継して出た息子が帰って来る兆です。その年の六月に訟を興したのは、未が申の上に加わってまた螣蛇に攪扰されたからです。初伝の子が未と相害するので官司になりました。壬子年十一月に至り、また子水が来て火を剋して破碎の神を制したので、事がやっと安定しました。

26)某占家宅,戊申年九月甲申日辰將亥時。(午未空亡,亥子落空),比用,鑄印。 陳龍 六戌亥子丑空 朱酉 寅虎 后 空 龍 貴 父 戊子 龍 初(落空) 蛇申 卯常 午 丑 子 未 子 癸巳 陰 中 貴未午巳辰玄 丑 申 未 甲 財 丙戌 六 末 后陰

第二十六例:ある人が家宅を占いに来ました。時は戊申年九月甲申日で、辰の月将を亥の刻に加えて課を立てました。甲申日は甲申旬に属し、旬空は午・未に落ち、天盤の亥・子二支が空亡宮位に落ちています。課名は二つ:「比用」(数か所が相剋し、日干と比和する者を取って発用とする)「鑄印」。天盤は辰将を亥時に加えて布定し、貴人が未に乘り、その下は螣蛇が申に、朱雀が酉に、六合が戌に、勾陳が亥に、青竜が子に、天空が丑に、白虎が寅に、太常が卯に、玄武が辰に、太陰が巳に、天后が午に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の甲が寅宮に寄せられ、上に未を見て貴人を乘じ、第二課は未の上に子を見て青竜を乘じ、第三課は日支の申の上に丑を見て天空を乘じ、第四課は丑の上に午を見て天后を乘じます。三伝は子・巳・戌:初伝の戊子は父母爻で青竜を乘じて空地に落ち、中伝の癸巳は子孫爻で太陰を乘じ、末伝の丙戌は妻財爻で六合を乘じます。

邵先生曰:此宅原是空墳,今墓神作梗,宅內常有聲。見一人裹帽而行,乃六十老人墓於內,尚有遊尸,所以出來作怪。每主克子,因灶下皆墳,若移灶則無聲,更第三間閣下是此裹帽老人葬處,掘下五尺便見矣。果然,因丑為裹帽老人也。(言怪異之事,細心觀研)

邵先生は言いました。この宅はもともと一面の廃棄された墳地で、今、墓神が中間で塞ぎ阻んでいるので、宅内に常に響き動く音があり、また頭巾を裹んだ人が歩き回るのを見る者がいます。それは一人の六十歳の老人がその中に葬られており、屍骨が化しないまま游尸となったため、出て来て怪を作すのです。この宅はしばしば息子を剋傷することを主ります。灶臺の下が全て墳だからです。もし灶を移せば、響き動きはなくなります。さらに第三間の屋子の楼閣の下が、まさにこの頭巾老人の埋葬したところで、下へ五尺掘れば見えるでしょう。後に果たしてその通りでした——課中の丑がまさに頭巾を裹んだ老人の象を取るからです。(編者附記:この一則は怪異の事を述べたもので、読者は細心に体察し研究すべきです。)

27)鬱氏女乙酉生五十一歲占宅,丙辰年五月初八日丁亥日申將戌時。(午未空亡,辰巳落空),彈射,間傳。 虎常 空卯辰巳午玄 龍寅 未陰 陰 貴 空 常 財 乙酉 貴 初 陳丑 申后 未 酉 卯 巳 子 空未 陰 中(空亡) 六子亥戌酉貴 酉 亥 巳 丁 兄 癸巳 常 末(落空) 朱蛇

第二十七例:郁家の女子は乙酉年の生まれで五十一歳、住宅を占いに来ました。時は丙辰年五月初八日丁亥日で、申の月将を戌の刻に加えて課を立てました。丁亥日は甲申旬に属し、旬空は午・未に落ち、天盤の辰・巳二支が空亡宮位に落ちています。課名は二つ:「弹射」「間伝」。天盤は申将を戌時に加えて布定し、貴人が酉に乘り、その下は螣蛇が戌に、朱雀が亥に、六合が子に、勾陳が丑に、青竜が寅に、天空が卯に、白虎が辰に、太常が巳に、玄武が午に、太陰が未に、天后が申に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の丁が未宮に寄せられ、上に巳を見て太常を乘じ、第二課は巳の上に卯を見て天空を乘じ、第三課は日支の亥の上に酉を見て貴人を乘じ、第四課は酉の上に未を見て太陰を乘じます。三伝は酉・未・巳:初伝の乙酉は妻財爻で貴人を乘じ、中伝の未は旬空に落ちて子孫爻で太陰を乘じ、末伝の癸巳は兄弟爻で太常を乘じ、また空地に落ちます。

邵先生曰:彈射格,一主婦人患血氣;二主門戶不寧;三主婢妾出去;四主家主患口舌之疾。此課可改門戶,否則口舌立至矣。五月十五日皆應。

邵先生は言いました。これは「弹射」の格で、四つの事を断ずることができます:第一に、家中の婦人が血気の病を患うことを主ります。第二に、門戸が安寧を得られないことを主ります。第三に、婢妾が去って行くことを主ります。第四に、家主が口舌の疾(口や歯の瘡腫の類)を患うことを主ります。この課の補救の法は、門戸の方位を改動することです。さもなければ口舌の患は即座に至ります。以上の諸事はいずれも五月十五日に応じます。

28)邵三公壬申生三十八歲占宅,己酉年正月壬午日子將子時。(申酉空亡,申酉落空),伏吟,自任,杜傳。 六陳 朱巳午未申龍 蛇辰 酉空 六 六 常 常 兄 乙亥 常 初 貴卯 戌虎 午 午 亥 亥 財 壬午 六 中 后寅丑子亥常 午 午 亥 壬 兄 丙子 玄 末 陰玄

第二十八例:邵三公は壬申年の生まれで三十八歳、住宅を占いに来ました。時は己酉年正月壬午日、占時は子の刻で、月将も子です。将と時が同位で天地盤が重合するので「伏吟」を成します。壬午日は甲戌旬に属し、旬空は申・酉に落ち、天盤の申・酉二支もまた空亡宮を押さえています。ほかに課名は「自任」(陽日の伏吟で、日干の上神を取って発用とし、己の力を自恃することを主る)「杜伝」。天盤の布き方:貴人が卯に乘り、その下は螣蛇が辰に、朱雀が巳に、六合が午に、勾陳が未に、青竜が申に、天空が酉に、白虎が戌に、太常が亥に、玄武が子に、太陰が丑に、天后が寅に乘ります。四課は伏吟のため二つ二つ同じです:壬水の寄宮は亥にあり、第一課は亥が壬に加わり、第二課は亥が亥に加わり、いずれも太常を乘じ、第三課は日支の午が午に加わり、第四課は午が午に加わり、いずれも六合を乘じます。三伝は亥・午・子:初伝の乙亥は兄弟爻で太常を乘じ、中伝の壬午は妻財爻で六合を乘じ、末伝の丙子は兄弟爻で玄武を乘じます。

邵先生曰:此課本身自然祿,又有持服相助,一生守己,衣食自如,難為六親並子女妻妾。干本自身,自刑自若得殘疾壓之方吉。宅上主添造,造了卻進人口。蓋乘天馬故也。後被子孫出來使錢。初因豬上發,後因豬上敗。妻能起家生子,午乃妻財,故起家,乘六合故多子。又多九年癆病,午九數。連克子孫矣。邵公十七歲喪父 ,自起家,一生守己,養豬成家,妻有才幹,男女十二人,死七人,存三男二女。本身有偏僻,後娶婦造屋。壬子年娶第二新婦,乃宦家女。日費數倍。又因豬瘟死,食其肉,舉家遂病,其妻即成癆,至癸亥止存一女,又喪四人。

邵先生は言いました。この課は自身に天然の禄気を帯びており、また太常(服飾の神)の助けがあるので、一生安く本分を守り衣食に愁いがありません。ただ六親の力を得難く、子女・妻妾の面でも多くの波折があります。日干は自身を表し、自刑の象は身上に少しの残疾を帯びることで圧制すれば、却って吉に転じます。宅位上では主に房屋の添造を主り、造り成した後には人口が添えられます——宅上に天馬を乘じているからです。しかし後には子孫が出て来て財銭を花消します。この人は先に豚を飼って家を発し、後にもまた豚によって敗落しました。妻は家業を支えて子女を生育できました:午は妻財なので家を起こすことができ、午は六合を乘じるので子女が衆多です。また九年の労病の厄があることを主ります——午の数は九です——しかも連帯して子孫を剋傷します。邵三公は十七歳の時に父を亡くし、白手で家を起こし、一生安く分を守り己を守って、豚を養うことで家を成しました。妻はとても才幹があり、子女十二人を生み、七人が死に、残ったのは三男二女です。彼自身には多少の偏枯の疾がありました。後に息子のために嫁を娶り、新しい屋を建てました。壬子年に二番目の嫁を娶りましたが、官宦の家の娘で、日常の花費は数倍に増えました。また豚が疫病で死に、家人が豚肉を食べて全家が病に倒れ、妻はこれによって労病になりました。癸亥年に至り、残ったのは一人の娘だけで、また四口が死にました。

先生析曰;日上自刑,乃人刑人也。宅上自刑,宅不居人也。末子作玄武,子者子息也,玄武為費用神,本是本身之亥,我去刑他,玄武便走在子息上,故主子息使錢。己巳年家退盡。

邵先生が解釈して曰く。日干上の自刑は、人が自ら自己の人を刑傷することです。宅位上の自刑は、宅が人を留められないことです。末伝の子は玄武を乘じています:子は子息を表し、玄武は耗费を主る神です。もともと自刑は自身の亥から起こるもので、我が往ってそれを刑すれば、玄武はすなわち子息の位に挪って行きます。だから子女が家財を花消することを主るのです。己巳年に至って、家業は退尽しました。

29)江文老占家宅七月十五丁酉日午將辰時。(辰巳空亡,午未落空),重審,間傳,不備。 六朱 陳未申酉戌蛇 龍午 亥貴 陰 貴 貴 朱 財 丁酉 朱 初(丁神) 空巳 子后 丑 亥 亥 酉 官 己亥 貴 中 虎辰卯寅丑陰 亥 酉 酉 丁 子 辛丑 陰 末 常玄

第二十九例:江文老が家宅を占いに来ました。時はある年の七月十五日丁酉日で、午の月将を辰の刻に加えて課を立てました。丁酉日は甲午旬に属し、旬空は辰・巳に落ち、天盤の午・未二支が空亡宮位に落ちています。課名は三つ:「重審」「間伝」「不備」。天盤は午将を辰時に加えて布定し、貴人が亥に乘り、その下は螣蛇が戌に、朱雀が酉に、六合が申に、勾陳が未に、青竜が午に、天空が巳に、白虎が辰に、太常が卯に、玄武が寅に、太陰が丑に、天后が子に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の丁が未宮に寄せられ、上に酉を見て朱雀を乘じ、第二課は酉の上に亥を見て貴人を乘じ、第三課は日支の酉の上に亥を見て貴人を乘じ、第四課は亥の上に丑を見て太陰を乘じます。三伝は酉・亥・丑:初伝の丁酉は妻財爻で朱雀を乘じ、また「丁神」、中伝の己亥は官鬼爻で貴人を乘じ、末伝の辛丑は子孫爻で太陰を乘じます。

邵先生曰:汝家中所奉之神非正,乃邪也。是獨足五通之類。與正神相反,獨足亦是自為禍,侵淫了少女,又壞你一缸醬,兼蛇入宅也。是時江氏供一五通神,損折一足,只一足在。

邵先生は言いました。あなたの家で供奉している神は正神ではなく、邪神で、独脚五通の類に属します。それは正神と相反するもので、独脚ということ自体が禍を作す象です。それは家中の少女を侵犯し、またあなたの一甕の醤を壊し、さらに蛇を招いて屋に入れました。当時、江家は果たして一尊の五通神像を供えており、塑像は一本の脚が折れて壊れ、ただ一本の脚だけが残っていました。

先生析曰;蓋酉為五通,丁只一足,雀乃午也。七月尚是午將,將下見酉,乃醬也。丁主怪異壞物,課中有酉丑會起巳,巳臨門,故主蛇入宅。酉又為兌,兌少女也。故主侵淫少女。丁以酉為妻,丁主獨足,故主妻生獨足兒。

邵先生が解釈して曰く。酉はまさに五通神の象を取り、丁という字の字形は一本の脚しかなく、朱雀が主るのは午です。七月もなお午将を用い、将の下に酉を見れば、象を取れば醤です。丁神は怪異を主り器物の毀壊を主ります。課中に酉・丑が会合して巳を引き起こし、巳がまた門位に臨むので、蛇が屋に入ることを主ります。酉は卦において兌に属し、兌は少女なので、少女を侵犯することを主ります。丁火は酉をもって妻とし、丁はまた独脚を主るので、さらに妻が独脚の子を生むことを主ります。

30)徐大夫乙丑生占家宅,戊申年正月丙戌日子將未時。(午未空亡,亥子落空),不備。 貴后 蛇戌亥子丑陰 朱酉 寅玄 六 常 常 蛇 財 甲申 六 初 六申 卯常 申 卯 卯 戌 子 己丑 陰 中 陳未午巳辰虎 卯 戌 戌 丙 兄 空午 龍 末(空亡) 龍空

第三十例:徐大夫は乙丑年の生まれで、家宅を占いに来ました。時は戊申年正月丙戌日で、子の月将を未の刻に加えて課を立てました。丙戌日は甲申旬に属し、旬空は午・未に落ち、天盤の亥・子二支が空亡宮位に落ちています。課名は「不備」。天盤は子将を未時に加えて布定し、貴人が亥に乘り、その下は螣蛇が戌に、朱雀が酉に、六合が申に、勾陳が未に、青竜が午に、天空が巳に、白虎が辰に、太常が卯に、玄武が寅に、太陰が丑に、天后が子に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の丙が巳宮に寄せられ、上に戌を見て螣蛇を乘じ、第二課は戌の上に卯を見て太常を乘じ、第三課は日支の戌の上に卯を見て太常を乘じ、第四課は卯の上に申を見て六合を乘じます。三伝は申・丑・午:初伝の甲申は妻財爻で六合を乘じ、中伝の己丑は子孫爻で太陰を乘じ、末伝の午は旬空に落ちて兄弟爻で青竜を乘じます。

邵先生曰:支來加日墓日,上又螣蛇夾住,主人如處雲霧中,進退不得。且天地轉殺加宅克宅,太常為服,丙以卯為母,母當六月亡。妻加天地轉殺上,六合夾之,妻不宜孕,孕主亡。申妻也。上作合,兒也。卯即申金之胎,故以孕斷,妙絕!本命上午作末傳,雖空卻是帝旺。先防妻母。子年己身不善終矣。徐五月丁服,庚戌授監司。辛亥赴任,壬子十一月贓敗自刎。

邵先生は言いました。日支が走って来て日干の上に加わって墓を成し、日干の上はまた螣蛇に挟まれているので、この人は雲霧の中に身を置くがごとく、進退両難であることを主ります。まして天地転煞が宅位に加臨して宅を剋します。太常は孝服を主り、丙火は卯木をもって母とするので、母は六月に亡くなるべきです。妻爻が天地転煞の上に加わり、また六合に挟まれているので、妻は懐孕に宜しからず、懐けば性命の危があることを主ります——申は妻で、申の上に六合を乘じればそれは息子で、卯はまさに申金の胎位です。ゆえに懐孕の上から断を立てたので、妙と言うべきです。本命上の午が末伝を作し、空に落ちてはいるもののちょうど帝旺に当たります。目下まず妻と母の出事を防がなければならず、子年に至れば彼自身も善終できません。後に徐大夫は五月に丁憂して守制し、庚戌年に監司の職を授けられ、辛亥年に赴任し、壬子年十一月に貪贓が敗露して自刎しました。

先生析曰;蓋一者支加干墓,干又被蛇夾,是真墓不可脫;墓本身上見卯,乃天地轉殺,乘旺克宅而太歲又加轉煞上,本命又加太歲上,墓壓太歲,太歲逼殺,殺遂入宅克宅,遞互相逼,遂成凶咎。

邵先生が解釈して曰く。第一に、日支が日干に加臨して墓を成し、日干がまた螣蛇に挟まれているのは、これは真墓で、身を脱することができません。墓神の本身の上にまた卯が見え、卯はまさに天地転煞で、旺を乘じて宅を剋します。太歳がまた転煞の上に加わり、本命がまた太歳の上に加わります。このようでは、墓が太歳を圧し、太歳がまた煞神を逼り、煞神はすなわち宅位に入って宅を剋し、一層一層と遞相逼迫して、ここにおいて凶咎を釀成したのです。

先生解曰:此課十二位上下帶殺,五月六月是今日鬼月,子丑年是丙火絕地,本命加太歲,歲逼殺入宅,一凶也;本命加歲墓歲,二凶也;空亡陽刃加本命反克歲,三凶也;子丑年丙之同類不得地,四凶也。壬子年太歲在子,行年在丑,不法死也。愛圅曰:午為陽刃死氣加命害命,子年沖動大凶。況行年又見陽刃,午為自刑,是以自戕而死也。金墓於丑,支墓命即五行墓,蓋丑為申金之墓。丑加申是太歲被本墓所壓也。

邵先生がまた解説して曰く。この課は十二の宮位が上下ともに煞気を帯びています。五月・六月は今日の鬼月で、子年・丑年は丙火の絶地です。本命が太歳に加わり、太歳が煞神を逼って宅位に入る——これが第一の凶です。本命が太歳に加臨して太歳を墓住する——これが第二の凶です。落空の陽刃が本命に加わって反転して太歳を剋する——これが第三の凶です。子・丑の両年に丙火の同類が皆地を得ない——これが第四の凶です。壬子年は太歳が子にあり、行年が丑にあるので、非法に死したのです。輯者程愛圅が曰く:午は陽刃でありまた死気であり、本命に加わって本命を害します。子年に至り一冲すれば大凶です。まして行年上にまた陽刃を見、午はさらに自刑するので、自戕して死したのです。金墓は丑にあり、日支が本命を墓住すれば五行の入墓に等しい——丑はまさに申金の墓庫です。丑が申に加われば、それは太歳が自己の墓庫に圧せられているのです。

31)郭德占家宅,壬申生三十八歲,己酉年六月甲寅日未將午時。(子丑空亡,丑寅落空),重審,進茹,升階。 空虎 龍午未申酉常 勾巳 戌玄 六 朱 六 朱 財 丙辰 六 初 六辰 亥陰 辰 卯 辰 卯 子 丁巳 陳 中(丁神) 朱卯寅丑子后 卯 寅 卯 甲 子 戊午 龍 末 蛇貴

第三十一例:郭德は壬申年の生まれで三十八歳、家宅を占いに来ました。時は己酉年六月甲寅日で、未の月将を午の刻に加えて課を立てました。甲寅日は甲寅旬に属し、旬空は子・丑に落ち、天盤の丑・寅二支が空亡宮位に落ちています。課名は三つ:「重審」「進茹」(三伝の辰巳午が順次進んで行く)「升階」(歩々高く升る象)。天盤は未将を午時に加えて布定し、貴人が丑に乘り、その下は螣蛇が寅に、朱雀が卯に、六合が辰に、勾陳が巳に、青竜が午に、天空が未に、白虎が申に、太常が酉に、玄武が戌に、太陰が亥に、天后が子に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の甲が寅宮に寄せられ、上に卯を見て朱雀を乘じ、第二課は卯の上に辰を見て六合を乘じ、第三課は日支の寅の上に卯を見て朱雀を乘じ、第四課は卯の上に辰を見て六合を乘じます。三伝は辰・巳・午:初伝の丙辰は妻財爻で六合を乘じ、中伝の丁巳は子孫爻で勾陳を乘じ、これは「丁神」、末伝の戊午は子孫爻で青竜を乘じます。

邵先生曰:人宅皆逢旺神,今六月占非本姓之旺,乃守東方之旺,只宜守分,不宜運用。若安分則自享福,一運用便有艱辛。辰加卯六害,六合又鎖之,巳加辰作勾地網,又逢勾陳鎖之,迤邐傳出子息,火為子息,破費錢物,因此衰敗。子又個個多病,費盡卻死,是取債之子,來年後年行年到處,子愈取債也。

邵先生は言いました。人と宅とが共に旺神に遇っています。ただ六月に課を占うのに、この旺気は本姓(日干の甲木)自身の旺ではなく、東方の寅卯の旺気を守っているだけなので、ただ本分を安く守るに宜しく、出て経営運作するに宜しくありません。安分守己すれば自ずから福を享けることができますが、一たび経営運作すれば苦頭を喫します。辰が卯に加わって六害を成し、また六合に鎖せられ、巳が辰に加わって勾陳地網を成し、再び勾陳に鎖せられます。このように一路迤邐と伝え出るのは子息爻です——火はすなわち子息です——財銭を破費して家道がこれによって衰敗することを主ります。息子たちはまた各々多く病み、銭を使い尽くして人はなお死ぬので、これは債を討ちに来る息子です。明年・後年、行年がこれらの位置に走到すれば、息子の討債はさらに凶くなります。

32)葉助教丙辰年四月初九日寅時生,五十四歲占家宅,己酉年二月初四癸丑日亥將午時。(寅卯空亡,未申落空),重審。愛圅以曆法推之尚是正月節,此與姜伯達占前程之數同,然彼是未將寅時,說見姜伯達課內。 空虎 龍戌亥子丑常 陳酉 寅玄 空 蛇 空 蛇 財 丙午 蛇 初 六申 卯陰 亥 午 亥 午 兄 辛亥 空 中 朱未午巳辰后 午 丑 午 癸 鬼 甲辰 后 末 蛇貴

第三十二例:葉助教は丙辰年四月初九日寅時の生まれで五十四歳、家宅を占いに来ました。時は己酉年二月初四日癸丑日で、亥の月将を午の刻に加えて課を立てました(輯者程愛圅が暦法により推算すると、この時なお正月の節気内に属します。この課の干支は姜伯達が前程を占った課と同じで、ただ彼方は未将を寅時に加えました。姜伯達の課内の説を見よ)。癸丑日は甲辰旬に属し、旬空は寅・卯に落ち、天盤の未・申二支が空亡宮位に落ちています。課名は「重審」。天盤は亥将を午時に加えて布定し、貴人が巳に乘り、その下は螣蛇が午に、朱雀が未に、六合が申に、勾陳が酉に、青竜が戌に、天空が亥に、白虎が子に、太常が丑に、玄武が寅に、太陰が卯に、天后が辰に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の癸が丑宮に寄せられ、上に午を見て螣蛇を乘じ、第二課は午の上に亥を見て天空を乘じ、第三課は日支の丑の上に午を見て螣蛇を乘じ、第四課は午の上に亥を見て天空を乘じます。三伝は午・亥・辰:初伝の丙午は妻財爻で螣蛇を乘じ、中伝の辛亥は兄弟爻で天空を乘じ、末伝の甲辰は官鬼爻で天后を乘じます。

邵先生曰:主宅後東廁水溝不通,一主人患眼疾,二主人常有腸風瀉痢之疾,三主婦人血脈不通,四主人浮腫而死,只因西北水路閉塞,所以如此。若不開通,定主婦人癲狂重病也。葉家果有人常患眼,兼婦人有病。蓋因西北水溝為人所塞,凡雨後東廁及後屋常為水浸,助教自有腸風疾,妻妾每患吐瀉。

邵先生は言いました。この課は宅の後の東辺の廁所の水溝が通じないことを主り、これによって四件の応験があります:第一に、家人が眼疾を患います。第二に、家人に常に腸風瀉痢の症があります。第三に、婦人の血脈が通じません。第四に、浮腫により死する者がいます。これらは皆、西北方向の水路が堵塞されているためです。もし開通させなければ、必ず婦人が癲狂の重病を得るでしょう。葉家は果たして常に眼病を患う者があり、婦人にも病がありました。もともと西北方の水溝が人に堵められていて、雨後のたびに東辺の廁所と後屋が常に水に浸されました。助教本人は腸風の毛病があり、妻妾も時々吐瀉しました。

先生析曰;蓋三傳辰土塞亥水,亥克午火,午卻逃臨身宅,身雖制得他,宅卻為他所害,故宅被害而反害人也。干屬水,支屬土,土來克水,中傳又是水,末傳天罡截住,壅塞亥水,故水不通,血脈不行,致生諸病。至戊午年婦人產後遂患癲病,蓋為螣蛇所撓耳。午為心,血脈不通而克心,故有是病。

邵先生が解釈して曰く。三伝中の辰土が亥水を堵め、亥水がまた午火を剋し、午火はすなわち身位と宅位の上に逃げて来ます。本身はなおそれを制伏できますが、宅はそれに害せられます。だから宅が先に害を受け、反転してまた人を害するのです。日干の癸は水に属し、日支の丑は土に属し、土が来て水を剋します。中伝はまた水で、末伝の天罡辰がそれを截って、亥水を壅塞させました。だから水道が通ぜず血脈が行われず、これによって種々の疾病を生じます。戊午年に至り、家中の婦人が産後すなわち癲病を患いました。これは螣蛇に攪擾されたためです。午は人身において心を主り、血脈が通ぜずして心臓を剋傷するので、この病があるのです。

33)童三十四公丙申生七十四歲,占家宅。己酉年戊申日巳將卯時。(寅卯空亡,辰巳落空),重審,間傳,向三陽,佚女。 虎常 空未申酉戌玄 龍午 亥陰 后 玄 常 空 財 壬子 后 初 陳巳 子后 子 戌 酉 未 鬼 空寅 蛇 中(空亡) 六辰卯寅丑貴 戌 申 未 戊 兄 甲辰 六 末(落空)(暗鬼) 朱蛇

第三十三例:童三十四公は丙申年の生まれで七十四歳、家宅を占いに来ました。時は己酉年戊申日で、巳の月将を卯の刻に加えて課を立てました。戊申日は甲辰旬に属し、旬空は寅・卯に落ち、天盤の辰・巳二支が空亡宮位に落ちています。課名は四つ:「重審」「間伝」「向三陽」(三伝の子寅辰が皆陽支で順に陽方に向かう)「佚女」。天盤は巳将を卯時に加えて布定し、貴人が丑に乘り、その下は螣蛇が寅に、朱雀が卯に、六合が辰に、勾陳が巳に、青竜が午に、天空が未に、白虎が申に、太常が酉に、玄武が戌に、太陰が亥に、天后が子に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の戊が巳宮に寄せられ、上に未を見て天空を乘じ、第二課は未の上に酉を見て太常を乘じ、第三課は日支の申の上に戌を見て玄武を乘じ、第四課は戌の上に子を見て天后を乘じます。三伝は子・寅・辰:初伝の壬子は妻財爻で天后を乘じ、中伝の寅は旬空に落ちて官鬼爻で螣蛇を乘じ、末伝の甲辰は兄弟爻で六合を乘じ、空地に落ちた上に暗に鬼気を帯びています。

邵先生曰:此課老反送幼,良為不利。初子亦為子息,天后為少女,既有初而無中末,是家務不進也。身上見眷屬,行年上引出破敗,宅上戌作元武,主諸子分居,財各入己。其第三子最不肖。四課內發用更傳出玄之陰,是子孫是賊也。當年喪第三媳,又嫁少女,次年爭訟。二子死,壬子年喪長子,甲寅年喪四子,財物悉盡。音公有五子,至此僅存其二矣。

邵先生は言いました。この課は年老いた者が反転して年幼い者を送葬することになり、実に不利です。初伝の子もまた子息を表し、天后は少女を表します。初伝はあるのに中伝・末伝が皆空に落ちるのは、家務が進展できないということです。身位上に眷属爻を見、行年上に破敗の気を引出します。宅位上の戌は玄武を乘じ、幾人もの息子が家を分かれて別に住み、各人が財物を自らに攬り帰することを主ります。その中で第三の息子が最も成器しません。四課の中から発用し、また玄武の陰神を伝え出したので、子孫がすなわち家賊であることが見えます。その年に第三の嫁が死に、また一人の小娘を嫁がせました。第二年に官司を打ち、二人の息子が死にました。壬子年に長子が死に、甲寅年に第四子が死に、財物もまた全て蕩尽しました。童公はもともと五人の息子がありましたが、この時に至りただ二人が残っただけです。

先生析曰;蓋日上未為眷屬,陰上見酉,酉屬兌,兌為少女。初傳見子,子是子息也。皆是己下之人,而無老陰老陽之輩。且行年上巳為老陽,卻臨卯上自敗,亥為老陰,卻在酉上自敗,中寅日德而空亡,辰為財庫,庫既空,財亦空矣。

邵先生が解釈して曰く。日干上の未は眷属を表し、未の陰神の上に酉が見え、酉は卦において兌に属し、兌は少女です。初伝に子が見え、子は子息です。これらは皆自分より輩分の低い人で、課中には老陰・老陽の類の尊長の神がありません。しかも行年上の巳は本は老陽なのに卯上に臨んで自敗し、亥は本は老陰なのに酉上に落ちて自敗します。中伝の寅は日干の徳なのに偏えに空に落ち、辰は財庫で、庫がすでに空に落ちれば財も自然に空なのです。

34)汪四六公癸丑生五十七歲占家宅,己酉年壬午日辰將申時。(申酉空亡,辰巳落空),重審,六儀,炎上,勵德。 六朱 陳丑寅卯辰蛇 龍子 巳貴 虎 六 朱 陰 鬼 甲戌 虎 初 空亥 午后 戌 寅 卯 未 財 壬午 后 中 虎戌酉申未陰 寅 午 未 壬 子 戊寅 六 末(暗鬼) 常玄

第三十四例:汪四六公は癸丑年の生まれで五十七歳、家宅を占いに来ました。時は己酉年壬午日で、辰の月将を申の刻に加えて課を立てました。壬午日は甲戌旬に属し、旬空は申・酉に落ち、天盤の辰・巳二支が空亡宮位に落ちています。課名は四つ:「重審」「六儀」「炎上」(三伝の寅午戌が火局を合成する)「励徳」。天盤は辰将を申時に加えて布定し、貴人が巳に乘り、その下は螣蛇が辰に、朱雀が卯に、六合が寅に、勾陳が丑に、青竜が子に、天空が亥に、白虎が戌に、太常が酉に、玄武が申に、太陰が未に、天后が午に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の壬が亥宮に寄せられ、上に未を見て太陰を乘じ、第二課は未の上に卯を見て朱雀を乘じ、第三課は日支の午の上に寅を見て六合を乘じ、第四課は寅の上に戌を見て白虎を乘じます。三伝は戌・午・寅:初伝の甲戌は官鬼爻で白虎を乘じ、中伝の壬午は妻財爻で天后を乘じ、末伝の戊寅は子孫爻で六合を乘じ、暗に鬼を帯びています。

邵先生曰:水日火局,人皆曰財,不知反生日上未土,土反克水,見財化為鬼矣。然皆是眷屬未了,或男未娶,或女未嫁,使用太過。宅上子息不齊,堂屋林木,先不是蛇居木,即雷嗔木,累出作怪;否則是廟宇中木,主雷嗔驚人,更十年在訟中死。汪家事悉為扳高親費盡,甲寅年屋被雷嗔,戊午年訟死。

邵先生は言いました。壬水の日干が寅午戌の火局を得て、人人は皆これを大財だと言いますが、この火が反転して日干上の未土を生じ、未土がまた頭を回して水を剋し、ここにおいて財を見て鬼に化成したことを知りません。しかもこれらの花費は皆、眷属身上の未了の事に出るのです:あるいは息子がまだ娶っておらず、あるいは娘がまだ嫁がず、用度が頭を過ごしました。宅位上の子息は参差不斉です。堂屋に用いた木料は、先には蛇が盤居したことのある樹か、さもなくば雷撃に遭った樹で、屢々出て来て怪を作しました。さもなくば廟宇から取り壊して来た木頭で、なお雷撃されて人を驚かすことを主ります。さらに十年を過ごせば、この人は官司の中に死するでしょう。汪家の家産は果たして皆、高門の親事を攀結するために使い尽くされました。甲寅年に屋が雷に撃たれ、戊午年に官司により死しました。

先生析曰;蓋八月雷殺在戌,戌加寅,更見虎,自是雷嗔;寅加午在高處也。故當是棟木,自己酉數十年,太歲在午,甲木死於午,故此年死。

邵先生が解釈して曰く。八月の雷煞は戌にあり、戌が寅に加わりまた白虎を乘じれば、自然に雷撃の象です。寅が午に加わり、午は南方の高所に居るので、撃たれたのはまさに屋上の棟梁の木だと断じました。己酉年から數え起こして十年目に、その年は太歳が午にあり、甲木は午において死するので、この年に身が死するに応じたのです。

35)伊伯廷甲戌生三十六歲占宅,己酉年丙午日卯將申時。(寅卯空亡,酉戌落空),四絕。 朱六 蛇子丑寅卯陳 貴亥 辰龍 玄 朱 常 蛇 鬼 壬子 蛇 初(暗鬼) 后戌 巳空 申 丑 未 子 子 丁未 常 中(丁神) 陰酉申未午虎 丑 午 子 丙 父 空寅 六 末(空亡) 玄常

第三十五例:伊伯廷は甲戌年の生まれで三十六歳、住宅を占いに来ました。時は己酉年丙午日で、卯の月将を申の刻に加えて課を立てました。丙午日は甲辰旬に属し、旬空は寅・卯に落ち、天盤の酉・戌二支が空亡宮位に落ちています。課名は「四絶」(四課が皆絶地に臨み、気息の断絶を主る)。天盤は卯将を申時に加えて布定し、貴人が亥に乘り、その下は螣蛇が子に、朱雀が丑に、六合が寅に、勾陳が卯に、青竜が辰に、天空が巳に、白虎が午に、太常が未に、玄武が申に、太陰が酉に、天后が戌に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の丙が巳宮に寄せられ、上に子を見て螣蛇を乘じ、第二課は子の上に未を見て太常を乘じ、第三課は日支の午の上に丑を見て朱雀を乘じ、第四課は丑の上に申を見て玄武を乘じます。三伝は子・未・寅:初伝の壬子は官鬼爻で螣蛇を乘じまた暗鬼、中伝の丁未は子孫爻で太常を乘じこれは「丁神」、末伝の寅は旬空に落ちて父母爻で六合を乘じます。

邵先生曰:子與丑合,末又長生,雖子克丙,得丑寅引鬼為生,初中雖六害,可望先凶後吉。奈何寅是空亡,所以不能引進,見生不生,反成凶咎。甲寅必有大災。子丑年多事,急移可免。伊為人狂妄自高,甲寅年與大辟人過財,干人命入獄百餘日,幾死。子丑多事,己未妻母皆喪;庚申喪子,後移居始免災。

邵先生は言いました。子と丑とは相合し、末伝の寅はまた丙火の長生の地です。子水は丙火を剋するものの、丑・寅があって鬼気を引き化して生気となし、初伝と中伝は六害を成すものの、本来なら先凶後吉を望むことができました。ところが寅がちょうど空亡に落ちているため、生気を引き入れることができず、生を見ながら生ずることができず、反転して凶咎を成しました。甲寅年には必ず大灾があり、子年・丑年は事多し。急いで家を移せばなお免れることができます。伊伯廷は人として狂妄自大で、甲寅年に一人の死罪を判された人のために銭財を転手し、人命案に牽連して、百余日牢に坐り、ほとんど命を喪いました。子・丑の両年は家中事多く、己未年に妻と母が共に亡くなり、庚申年に息子が死にました。後に家を移してようやく灾禍を免れました。

先生析曰;大凡干支見合,須有副則為好課。今甲辰旬卻入見寅,進則空亡,退又子克,所以災起子丑之年,死亡於甲寅之歲也。夫以旬末而又引入空亡,故即以其年分言之。

邵先生が解釈して曰く。大凡、日干・日支が相合しても、なお補佐・相副があってこそ好課と算します。いま甲辰旬の中に寅位に伝え入りました:前へ進めば空亡で、後へ退けばまた子水に剋されます。だから灾禍は子・丑の年に起こり、死亡は甲寅の歳に応じます。末伝がすでに旬の尾に至り、また空亡の地に引き入るので、すなわちその年をもって応期を断ずるのです。

36)某占家宅,正月丁卯日子將卯時。(戌亥空亡,未申落空),遙克,二煩,天網,三交。 陳龍 六寅卯辰巳空 朱丑 午虎 陰 蛇 朱 龍 鬼 甲子 蛇 初 蛇子 未常 酉 子 丑 辰 財 癸酉 陰 中(暗鬼) 貴亥戌酉申玄 子 卯 辰 丁 兄 庚午 虎 末 后陰

第三十六例:ある人が家宅を占いに来ました。時はある年の正月丁卯日で、子の月将を卯の刻に加えて課を立てました。丁卯日は甲子旬に属し、旬空は戌・亥に落ち、天盤の未・申二支が空亡宮位に落ちています。課名は四つ:「遥剋」「二煩」(昼夜の貴人がともに位を得ず、煩擾を主る)「天網」(網羅が籠め罩し、身を脱し難いことを主る)「三交」(天地人の三者が交錯し、事に牽纏多きことを主る)。天盤は子将を卯時に加えて布定し、貴人が亥に乘り、その下は螣蛇が子に、朱雀が丑に、六合が寅に、勾陳が卯に、青竜が辰に、天空が巳に、白虎が午に、太常が未に、玄武が申に、太陰が酉に、天后が戌に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の丁が未宮に寄せられ、上に辰を見て青竜を乘じ、第二課は辰の上に丑を見て朱雀を乘じ、第三課は日支の卯の上に子を見て螣蛇を乘じ、第四課は子の上に酉を見て太陰を乘じます。三伝は子・酉・午:初伝の甲子は官鬼爻で螣蛇を乘じ、中伝の癸酉は妻財爻で太陰を乘じまた暗鬼、末伝の庚午は兄弟爻で白虎を乘じます。

邵先生曰:主門戶幽暗,有重喪。又陰小有災,子作蛇入宅為用,虎乘午在酉上作末,是蛇虎加二八門也,故主重喪。又子加卯相刑也。當年其人自死,又孫死。囚虎乘死氣在末傳,又子午為道路神,而乘蛇虎加門戶,上乘死煞,故爾如此。

邵先生は言いました。この課は門戸が昏暗として明らかでなく、家中に重喪(相次ぐ二回の喪事)があることを主ります。このほか婦女・幼小にも灾があります。子が螣蛇を乘じて宅位に入って発用し、白虎が午を乘じて酉上に落ちて末伝を作す——これはすなわち螣蛇・白虎という二つの凶将が二月・八月の門戸の位に加臨するので、重喪を主ります。まして子が卯に加わってまた相刑を成します。その年にその人自身が死に、孫も死にました。囚死の地の白虎が死気を乘じて末伝に落ちます。子・午はもともと道路の神ですが、いま螣蛇・白虎を乘じて門戸の上に加わり、その上にまた死煞を乘じているので、このように応験したのです。

37)時生己酉年四十三歲二月朔占。(寅卯空亡)(辰巳落空) 虎常 空未申酉戌玄 龍午 亥陰 蛇 后 后 玄 子 壬子 后 初 陳巳 子后 寅 子 子 戌 財 空寅 蛇 中(空亡) 六辰卯寅丑貴 子 戌 戌 庚 父 甲辰 六 末(落空) 朱蛇

第三十七例:時氏のある人(底本ではここで占者の名字が残缺不全)、己酉年に四十三歳、二月初一日に占いに来ました。日辰は庚戌で甲辰旬に属し、旬空は寅・卯に落ち、天盤の辰・巳二支が空亡宮位に落ちています。天盤の布き方:貴人が丑に乘り、その下は螣蛇が寅に、朱雀が卯に、六合が辰に、勾陳が巳に、青竜が午に、天空が未に、白虎が申に、太常が酉に、玄武が戌に、太陰が亥に、天后が子に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の庚の上に戌を見て玄武を乘じ、第二課は戌の上に子を見て天后を乘じ、第三課は日支の戌の上に子を見て天后を乘じ、第四課は子の上に寅を見て螣蛇を乘じます。三伝は子・寅・辰:初伝の壬子は子孫爻で天后を乘じ、中伝の寅は旬空に落ちて妻財爻で螣蛇を乘じ、末伝の甲辰は父母爻で六合を乘じまた空地に落ちます。

邵先生曰:宅後逼山,宅前逼水,水雖東流過宅,反直去。若為宅基,主女多男少,子為吏人,孫為軍卒僕從,財退人散。蓋四陽雖臨東南,無關格拘檢,日後主水壞宅。因身役而盡敗也。此宅基乃庚兌山行龍,坎山為主,蓋緣逼迫,遂欲鑿山為之。果是後逼山,前近水,次年建造,不過十年,連產四女。男作縣吏,自後諸孫為屠兒,又為僕從,又有投軍者。此宅因為公人押網,折破敗壞。後卒為水沖基也。

邵先生は言いました。この宅地は後に山が逼り、前に水が逼っています。水は自東して宅前を流れてはいるものの、直去して情がありません。もしこれを宅基とすれば、女を多く生み男を少なく生むことを主ります。息子は県衙の小吏にしかなれず、孫は軍卒か僕役を為し、財物は退散し人丁は離析します。四つの陽神が東南に臨んではいるものの、關格して拘束収斂するものがないので、日後必ず大水が宅を冲壊することを主り、また官府の差役を充当することで家業を敗尽します。この宅基は庚兌方からの来竜で、坎山を主とします。ただ地勢が逼仄なので、主人は山を鑿って屋を造ろうとしました。果たして後は山に逼り前は水に近かったです。第二年に工を興して建造し、十年とたたぬうちに相次いで四人の娘を生みました。息子は県吏となり、その後幾人かの孫は屠戸を為す者あり、僕役を為す者あり、また軍に投ずる者ありました。この宅は後に主人が公差として網戸を押解したことで折損敗壊し、最後にはついに水が宅基を冲し潰しました。

先生析曰;蓋為宅來加申,戌為山崗,是後逼山也。宅上子作天后,是前逼水也。水橫過,寅為直去,東南兩處風路,為螣蛇所撓,故主吏人。又主失陷財物,兼木敗壞在子故也。末傳辰為軍卒僕從,六合加之故也。

邵先生が解釈して曰く。宅位の神が申に加わり、戌は山岡を表すので、後に山が逼るのです。宅位上の子が天后を乘じ、水神が当前にあるので、前に水が逼るのです。水は本なら横に環抱すべきなのに、寅は直去して回らないことを主ります。東南の両か所は皆風路で、また螣蛇に攪擾されるので、子孫が衙門の胥吏に淪落することを主り、また財物の失陥を主ります——これは木気が子位において敗壊するためです。末伝の辰は軍卒・僕役を表し、これに六合を乘じているので、孫輩が兵に当たり僕を作すと断じたのです。

38)某占宅癸酉日巳將申時。(戌亥空亡,未申落空),渉害,軒蓋,三交,二煩,明夷卦像,高蓋乘軒之格。 朱蛇 六寅卯辰巳貴 陳丑 午后 朱 后 陰 虎 財 庚午 后 初 龍子 未陰 卯 午 未 戌 子 丁卯 朱 中(丁神) 空亥戌酉申玄 午 酉 戌 癸 兄 甲子 龍 末 虎常

第三十八例:ある人が住宅を占いに来ました。日辰は癸酉で、巳の月将を申の刻に加えて課を立てました。癸酉日は甲子旬に属し、旬空は戌・亥に落ち、天盤の未・申二支が空亡宮位に落ちています。課名は幾つか:「渉害」「軒蓋」(高車に華蓋のあるがごとき象)「三交」「二煩」。易卦に比附すれば《明夷》の象で、格局を「高蓋乘軒」と呼びます。天盤は巳将を申時に加えて布定し、貴人が巳に乘り、その下は螣蛇が辰に、朱雀が卯に、六合が寅に、勾陳が丑に、青竜が子に、天空が亥に、白虎が戌に、太常が酉に、玄武が申に、太陰が未に、天后が午に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の癸が丑宮に寄せられ、上に戌を見て白虎を乘じ、第二課は戌の上に未を見て太陰を乘じ、第三課は日支の酉の上に午を見て天后を乘じ、第四課は午の上に卯を見て朱雀を乘じます。三伝は午・卯・子:初伝の庚午は妻財爻で天后を乘じ、中伝の丁卯は子孫爻で朱雀を乘じこれは「丁神」、末伝の甲子は兄弟爻で青竜を乘じます。

邵先生曰:凡四正相加,非死即敗。今午加酉作後發用,午火至酉而無光。天后水又敗在酉,即用死敗神,則主男女淫奔。今加宅,主宅中有淫亂不明事也。後因媳 婦歸家,公淫之。

邵先生は言いました。大凡、子・午・卯・酉の四正の位が互いに加臨すれば、死亡を主るか敗落を主るかです。いま午が酉に加わり、天后を乘じて発用しています。午火が酉地に行けばすでに光焰を失い、天后は水に属してまた酉において正しく敗れます。用神がすでに死敗の神であれば、男女の淫奔苟合を主ります。しかもそれが偏えに宅位に加臨するので、宅中に淫乱で曖昧、言い明かせない事があることを主ります。後に果たして、児嫁が娘家に帰って住んだ際、舅が彼女と私通しました。

先生析曰;蓋子作龍加卯,為無禮刑。又酉乃酒色淫敗,龍乘水則腳浮。戌加日上主動,故應此也。

邵先生が解釈して曰く。子が青竜を乘じて卯に加わり、「無礼之刑」(子が卯を刑し、倫常に違背することを主る)を構成します。酉はもともと酒色淫敗を主ります。青竜は木に属して水を乘じれば、木が水に浮くこと、すなわち根脚が実でなく行止が正しくない象です。これに加えて戌が日干の上に加わって動揺発作を主るので、この一件の醜事に応じたのです。

39)某占家宅,正月己巳日子將酉時。(戌亥空亡,丑寅落空),重審,元胎,斬關,勵德。 六朱 陳申酉戌亥蛇 龍未 子貴 蛇 陳 后 朱 子 壬申 陳 初 空午 丑后 亥 申 丑 戌 財 空亥 蛇 中(空亡) 虎巳辰卯寅陰 申 巳 戌 己 官 丙寅 陰 末(落空) 常玄

第三十九例:ある人が家宅を占いに来ました。時はある年の正月己巳日で、子の月将を酉の刻に加えて課を立てました。己巳日は甲子旬に属し、旬空は戌・亥に落ち、天盤の丑・寅二支が空亡宮位に落ちています。課名は四つ:「重審」「元胎」「斬關」「励徳」。天盤は子将を酉時に加えて布定し、貴人が子に乘り、その下は螣蛇が亥に、朱雀が戌に、六合が酉に、勾陳が申に、青竜が未に、天空が午に、白虎が巳に、太常が辰に、玄武が卯に、太陰が寅に、天后が丑に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の己が未宮に寄せられ、上に戌を見て朱雀を乘じ、第二課は戌の上に丑を見て天后を乘じ、第三課は日支の巳の上に申を見て勾陳を乘じ、第四課は申の上に亥を見て螣蛇を乘じます。三伝は申・亥・寅:初伝の壬申は子孫爻で勾陳を乘じ、中伝の亥は旬空に落ちて妻財爻で螣蛇を乘じ、末伝の丙寅は官鬼爻で太陰を乘じまた空地に落ちます。

邵先生曰:家中有婦人,損一牙齒。近來又因新修廚灶,你家地上須用新磚結砌。蓋用申作勾加巳,巳為雙女為口,申為骨牙,勾主損折,傳破故主此。更巳為爐灶,乘旺相主新修,果其人有姐妹缺口齒,而灶新修。

邵先生は言いました。あなたの家中に一人の婦人がいて、歯を一本缺いています。近頃また厨灶を新修したので、あなたの家の地面はなお新磚で砌り直す必要があります。これは発用の申が勾陳を乘じて巳に加わるためです:巳は双女の象を取りまた口を主り、申は骨と牙の象を取り、勾陳は折損を主り、三伝がまた破に逢うので、歯を缺くことを断じました。さらに巳は炉竈を表し、いま旺相の気を乘じているので、新修を主ります。後に果たして、この人の姉妹が口歯を缺いていて、灶もまたまさに新修中でした。

40)鄭三公辛亥年四月一日未時生,五十九歲占墳地,己酉年正月二十三壬寅日子將寅時。(辰巳空亡,寅卯落空),元首,間傳,驀越。 后陰 貴卯辰巳午玄 蛇寅 未常 龍 六 常 空 鬼 戊戌 龍 初(暗鬼) 朱丑 申虎 戌 子 未 酉 父 丙申 虎 中 六子亥戌酉空 子 寅 酉 壬 財 甲午 玄 末 陳龍

第四十例:鄭三公は辛亥年四月初一日未時の生まれで五十九歳、墳地のために占いに来ました。時は己酉年正月二十三日壬寅日で、子の月将を寅の刻に加えて課を立てました。壬寅日は甲辰旬に属し、旬空は辰・巳に落ち、天盤の寅・卯二支が空亡宮位に落ちています。課名は三つ:「元首」「間伝」「驀越」。天盤は子将を寅時に加えて布定し、貴人が卯に乘り、その下は螣蛇が寅に、朱雀が丑に、六合が子に、勾陳が亥に、青竜が戌に、天空が酉に、白虎が申に、太常が未に、玄武が午に、太陰が巳に、天后が辰に乘ります。四課は右から左へ:第一課は日干の壬が亥宮に寄せられ、上に酉を見て天空を乘じ、第二課は酉の上に未を見て太常を乘じ、第三課は日支の寅の上に子を見て六合を乘じ、第四課は子の上に戌を見て青竜を乘じます。三伝は戌・申・午:初伝の戊戌は官鬼爻で青竜を乘じまた暗鬼、中伝の丙申は父母爻で白虎を乘じ、末伝の甲午は妻財爻で玄武を乘じます。

邵先生曰:此課艮山行龍,坎山落穴,不是正龍,左邊無山,右有兩重白虎,第三重為案,主子孫貪淫好酒,後為酒家傭,婦人不正,隨人淫奔,且墓內棺中有泥,白蟻食尸,右邊有水,末主人為道童,自身為酒所敗,老無妻,以他人之妾為妻,六年患酒病,更三年終矣。鄭三公乍富,教子讀書,指望及第,故請先生占之,其地果艮山來,坎山落穴,無正山,以過山為主,右兩重白虎,案山亦從右邊來,似乎三重。三公日夜飲酒,後二年妻死,娶徐知府之妾為妻,又行事不正,三公死後,次子伴徐氏賣酒,妻與媳被外人領走,子孫不成器,一向非為。三公六十四有酒病,六十七上終。皆如先生之言也。

邵先生は言いました。この地は艮方からの来竜で坎方に落穴し、正干の竜脈ではありません。左に青竜の砂山がなく、右には二重の白虎砂があり、第三重が案山を充当しています。このような地は子孫が貪淫嗜酒することを主り、後代は酒家に傭工を為しに行きます。婦人の行為が正しくなく、人と私奔します。しかも墓穴の内の棺に泥が入り、白蟻が尸骨を蛀食し、右に水があります。末にはまた道童を為す人が出ます。占者本人に至っては、酒に敗れ、老いて妻なく、他人の妾を娶って妻とするしかなく、六年の間に酒病を患い、さらに三年を過ごして寿終します。鄭三公は驟然と家を発し、息子に読書を教えて科挙に中ることを望んだので、邵先生にこの地を占看してもらいました。その地は果たして艮方の来竜で坎方に落穴し、正主の山はなく、ただ過路の山を主としていました。右には二重の白虎があり、案山もまた右から過って来て、見るに三重があるようでした。三公は日夜酒を飲み、二年後に妻が死に、徐知府の一人の妾を続けて娶り妻としましたが、行事もまた端正ではありませんでした。三公が死した後、次の息子は徐氏に随いて酒を売りました。妻と嫁は皆外人に領って行かれ、子孫は成器せず、ひたすら胡作非為でした。三公は六十四歳の時に酒病を得て、六十七歳で去世し、すべて邵先生の言葉に応じました。

先生析曰;左邊無者,傳不行也。申作白虎,午加申上,又是虎,故兩重來為案山,子午作玄合,故主子孫邪淫。壬日酉作天空,故主酒敗,子孫為酒家傭,亦主婦人為淫,酉六數,故主六年酒敗,更三年死,酉增一半也。

邵先生が解釈して曰く。左に砂なしと言ったのは、三伝が左側で通行できないためです。申が白虎を乘じ、午がまた申に加わり、午の上もまた白虎の気なので、二重の白虎砂があって案山を充当するのです。子と午は一路にあり玄武を乘じて相合するので、子孫の邪淫を主ります。壬水の日干は酉をもって天空の乘るところとするので、酒に敗れ、子孫が酒家の傭工に淪落することを主り、また婦人の淫乱を主ります。酉の数は六なので、六年目に酒により病を致し、さらに三年を加えて死するのは、酉の数を半分増やした(六加三)ことから得たものです。

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