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成公

战国 · 穀梁赤 · 第10巻 / 13

(闕文)

襄公

元年春,王正月,公即位。繼正即位,正也。

元年春、王正月、襄公卽位す。正に卒したる君の後に接ぎて卽位するは、正例なり。

仲孫蔑會晉欒黶、宋華元、衛寧殖、曹人、莒人、邾人、滕人、薛人,圍宋彭城。系彭城於宋者,不與魚石,正也。

仲孫蔑、晋の欒黶・宋の華元・衛の寧殖・曹人・莒人・邾人・滕人・薛人に會して宋の彭城を圍む。彭城を宋國の下に係するは、魚石を贊成せざるなり。これ正道なり。

仲孫蔑會齊崔杼、曹人、邾人、杞人,次於鄫。

仲孫蔑、齊の崔杼・曹人・邾人・杞人に會して、鄫に次る。

晉師、宋師、衛寧殖侵鄭。其曰衛寧殖,如是而稱於前事也。

晋師・宋師・衛の寧殖、鄭に侵す。「衛寧殖」と稱するは、先前のごとく前の事に按じて彼を稱呼するなり。

秋,七月,仲孫蔑會晉荀罃、宋華元、衛孫林父、曹人、邾人於戚。

秋七月、仲孫蔑、戚に晋の荀䓨・宋の華元・衛の孫林父・曹人・邾人に會す。

冬,仲孫蔑會晉荀罃、齊崔杼、宋華元、衛孫林父、曹人、邾人、滕人、薛人、小邾人於戚,遂城虎牢。若言中國焉,內鄭也。

冬、仲孫蔑、戚に晋の荀䓨・齊の崔杼・宋の華元・衛の孫林父・曹人・邾人・滕人・薛人・小邾人に會し、次いで虎牢を築く。かくのごとく書くは、中原己が事を言うがごとくにして、鄭國を以て己が人と爲すなり。

六月,公會單子、晉侯、宋公、衛侯、鄭伯、莒子、邾子、齊世子光。己未,同盟於雞澤。同者,有同也,同外楚也。

六月、襄公、單子・晋侯・宋公・衛侯・鄭伯・莒子・邾子・齊の太子光に會す。己未、雞澤に同盟す。「同」は共の目標有るを言う。すなわち共に楚を抵禦するなり。

陳侯使袁僑如會。如會,外乎會也,於會受命也。

陳侯、袁僑をして會に如かしむ。「如會」は、彼なほ會外に在りて、會に到りて命令を接受するなり。

戊寅,叔孫豹及諸侯之大夫,及陳袁僑盟。及以及,與之也。諸侯以為可與則與之,不可與則釋之。諸侯盟,又大夫相與私盟,是大夫張也。故雞澤之會,諸侯始失正矣!大夫執國權,曰袁僑,異之也。

戊寅、叔孫豹、諸侯の大夫と、また陳の袁僑と盟す。「及」を以て再び「及」するは、彼らを贊成するなり。諸侯、結交すべしと認めればすなわち結交し、結交すべからずと認めればすなわち放下す。諸侯盟を訂めて後、大夫また私下に互いに結盟す。これ大夫の擴張するなり。ゆえに雞澤のこの會は、諸侯始めて正道を失えり!大夫、國家の權柄を執掌す。單に「袁僑」と稱するは、彼を以て一樣ならざると視るなり。

叔孫豹、繒世子巫如晉。外不言如,而言如,為我事往也。

叔孫豹・繒の太子巫、晋に如く。外國の事、例により「如」を書かず。ここに「如」を書くは、わが魯の事のために往けばなり。

仲孫蔑、衛孫林父會吳於善稻。吳謂善伊,謂稻緩,號從中國,名從主人。

仲孫蔑・衛の孫林父、善稻に呉を會見す。呉人、「善」を「伊」と叫び、「稻」を「緩」と叫ぶ。名號は中原に跟從し、名稱は主人に跟從す。

公會晉侯、宋公、陳侯、衛侯、鄭伯、曹伯、莒子、邾子、滕子、薛伯、齊世子光、吳人、繒人於戚。公至自會。

襄公、晋侯・宋公・陳侯・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・邾子・滕子・薛伯・齊の太子光・呉人・繒人と戚に會す。襄公、會より至る。

公會晉侯、宋公、衛侯、鄭伯、曹伯、莒子、邾子、滕子、薛伯、齊世子光,救陳。十有二月,公至自救陳。善救陳也。

襄公、晋侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・邾子・滕子・薛伯・齊の太子光に會して陳を救う。十二月、襄公、救陳の軍中より至る。經文、陳を救うを贊成す。

莒人滅繒。非滅也。中國日,卑國月,夷狄時。繒,中國也,而時,非滅也。家有既亡,國有既滅,滅而不自知,由別之而不別也。莒人滅繒,非滅也。非立異姓以蒞祭祀,滅亡之道也。

莒人、繒を滅ぼす。併せて滅にあらず。中原之國は日を記し、低微の國は月を記し、夷狄は季節を記す。繒は中原之國なるに、季節に按じて記す。見るべし、併せて滅にあらざるを。家にすでに亡びてなほ覺えざる有り、國にもすでに滅びてなほ覺えざる有り。己を滅ぼして知らざるは、分別すべきを分別せざればなり。莒人の繒を滅ぼすは、併せて滅にあらず。異姓を立てて祭祀を主持せしむるは、それ乃ち滅亡の路なり。

夏,四月,三卜郊;不從,乃免牲。夏四月,不時也。三卜,禮也。乃者,亡乎人之辭也。

夏四月、郊祭を三卜す。從わず。すなわち犧牲を免ず。夏四月は、時令に合せず。三卜するは、禮に合す。「乃」は人の意願に在らざるを言うの辭なり。

冬,十月,衛侯使孫林父來聘。壬戌,及孫林父盟。

冬十月、衛侯、孫林父をして來聘せしむ。壬戌、孫林父と盟す。

十有二月,公會晉侯、宋公、陳侯、衛侯、曹伯、莒子、邾子於鄬。鄭伯髡原如會。未見諸侯。丙戌,卒於操。未見諸侯,其曰如會,何也?致其志也。禮,諸侯不生名,此其生名,何也?卒之名也。卒之名,則何為加之如會之上?見以如會卒也。其見以如會卒,何也?鄭伯將會中國,其臣欲從楚;不勝其臣,弒而死。其不言弒,何也?不使夷狄之民加乎中國之君也。其地,於外也;其日,未逾竟也。日卒時葬,正也。

十二月、襄公、晋侯・宋公・陳侯・衛侯・曹伯・莒子・邾子と鄬に會す。鄭伯髡原、會に赴き、いまだ諸侯を見ず。丙戌、操に於いて卒す。いまだ諸侯を見ざるに、何を以て「如會」を書くか。彼の心意を成全するなり。禮に拠れば、諸侯生きる時は名を稱せず。ここに生きて名を稱するは何ぞや。卒に按じて名を稱するなり。卒に按じて名を稱するに、何を以て「如會」の上に加うるか。以て彼が赴會に因りて死せるを顯出せんと欲するなり。何を以て彼が赴會に因りて死せるを顯出するか。鄭伯、中原と會せんと將にして、彼の臣下は楚に跟從せんと欲す。彼臣下を制する能わずして、弑されて死す。何を以て「弑」を書かざるか。夷狄の民をして中原之君の上頭に加えられしめざるがためなり。地を記すは、彼外國に死せればなり。日を記すは、いまだ國境を走出でざればなり。卒するに日を記し、葬るに季節を記するは正例なり。

鄭人侵蔡,獲蔡公子溼。人,微者也。侵,淺事也。而獲公子,公子病矣!

鄭人、蔡に侵し、蔡の公子溼を俘獲す。「人」と稱するは、地位低微の人なり。侵入は淺き事なり。しかるに公子を俘獲せり。公子、難堪を顯出せり!

季孫宿會晉侯、鄭伯、齊人、宋人、衛人、邾人於邢丘。見魯之失正也。公在而大夫會也。

季孫宿、晋侯・鄭伯・齊人・宋人・衛人・邾人と邢丘に會す。これ魯國の正道を失えりを顯出す。國君なほ在るに、大夫往きて人と會す。

九年春,宋災。外災不志,此其志,何也?故宋也。

九年春、宋國、火災發生す。外國の災害は、經文例により記さず。ここに記すは何ぞや。孔子の祖先、宋國人なればなり。

冬,公會晉侯、宋公、衛侯、曹伯、莒子、邾子、滕子、薛伯、杞伯、小邾子、齊世子光,伐鄭。十有二月,己亥,同盟於戲。不異鄭,善得鄭也。不致,恥不能據鄭也。

冬、襄公、晋侯・宋公・衛侯・曹伯・莒子・邾子・滕子・薛伯・杞伯・小邾子・齊の太子光に會して鄭を伐つ。十二月己亥、戲に同盟す。鄭國を另眼看待せざるは、鄭國を得たるを贊成するなり。歸國を書かざるは、鄭國を穩住する能わざるを恥とす。

十年春,公會晉侯、宋公、衛侯、曹伯、莒子、邾子、滕子、薛伯、杞伯、小邾子、齊世子光,會吳於柤。會又會,外之也。

十年春、襄公、晋侯・宋公・衛侯・曹伯・莒子・邾子・滕子・薛伯・杞伯・小邾子・齊の太子光に會し、柤に呉を會見す。會してまた會すは、之を外人と爲すなり。

夏,五月甲午,遂滅傅陽。遂,直遂也;其曰遂何?不以中國從夷狄也。

夏五月甲午、次いで傅陽を滅ぼす。「遂」はすなわち一直に爲し往くなり。何を以て「遂」を書くか。中原をして夷狄に跟從せしめざるがためなり。

公至自會。會夷狄不致,惡事不致,此其致,何也?存中國也。中國有善事,則並焉;無善事,則異之存之也。汲鄭伯,逃歸陳侯。致柤之會,存中國也。

襄公、會より至る。夷狄と相會すれば例により歸國を書かず、惡事も例により歸國を書かず。ここに書くは何ぞや。以て中原を保存せんと欲するなり。中原に好事有れば、合併して書く。好事なければ、分開して書く。以て之を保存せんがためなり。鄭伯を拉住し、陳侯逃げ歸れり。柤の會に按じて歸國を書くは、中原を保存するなり。

公會晉侯、宋公、衛侯、曹伯、莒子、邾子、齊世子光、滕子、薛伯、杞伯、小邾子,伐鄭。

襄公、晋侯・宋公・衛侯・曹伯・莒子・邾子・齊の太子光・滕子・薛伯・杞伯・小邾子に會して鄭を伐つ。

冬,盜殺鄭公子斐、公子發、公孫輒。稱盜以殺大夫,弗以上下道,惡上也。

冬、盜賊、鄭の公子斐・公子發・公孫輒を殺す。「盜」と稱して大夫の殺を記するに、上下の層次に按じて言わざるは、上の人を惡むなり。

十有一年春,王正月,作三軍。作,為也。古者天子六師,諸侯一軍。作三軍,非正也。

十一年春、王正月、三軍を作す。「作」は爲すなり。古、天子六軍、諸侯一軍。三軍を作すは、正の道に合せず。

夏,四月,四卜郊。不從,乃不郊。夏四月,不時也。四卜,非禮也。

夏四月、郊祭を四卜す。從わず。すなわち郊祭を行わず。夏四月は、時令に合せず。四卜するは、禮に合せず。

公會晉侯、宋公、衛侯、曹伯、齊世子光、莒子、邾子、滕子、薛伯、杞伯、小邾子,伐鄭。

襄公、晋侯・宋公・衛侯・曹伯・齊の太子光・莒子・邾子・滕子・薛伯・杞伯・小邾子に會して鄭を伐つ。

公會晉侯、宋公、衛侯、曹伯、齊世子光、莒子、邾子、滕子、薛伯、杞伯、小邾子伐鄭,會於蕭魚。公至自會。伐而後會,不以伐鄭致,得鄭伯之辭也。

襄公、晋侯・宋公・衛侯・曹伯・齊の太子光・莒子・邾子・滕子・薛伯・杞伯・小邾子に會して鄭を伐ち、蕭魚に相會す。襄公、會より至る。先ず伐ちて後に相會するに、「伐鄭」に按じて歸國を書かざるは、これすでに鄭伯を得たるの辭なり。

十有二年春,王三月,莒人伐我東鄙,圍邰。伐國不言圍邑,舉重也;取邑不書圍,安足書也。

十二年春、王三月、莒人、我が魯の東鄙に侵し、邰を圍む。一國を伐つに、別に城邑を圍むを書かざるは、分量更重なるの面を擧ぐるなり。城邑を取るに皆圍を書かず。圍、なほ書くに値せんや。

季孫宿帥師救邰,遂入鄆。遂,繼事也。受命而救邰,不受命而入鄆,惡季孫宿也。

季孫宿、師を率いて邰を救い、次いで鄆に攻入る。「遂」は事に次ぐなり。命を受けて邰を救うに往き、命を受けずして鄆に攻入るは、季孫宿を惡むなり。

十有四年春,王正月,季孫宿、叔老會晉士丐、齊人、宋人、衛人、鄭公孫蠆、曹人、莒人、邾人、滕人、薛人、杞人、小邾人,會吳於向。

十四年春、王正月、季孫宿・叔老、晋の士丐・齊人・宋人・衛人・鄭の公孫蠆・曹人・莒人・邾人・滕人・薛人・杞人・小邾人に會し、向に呉を會見す。

夏,四月,叔孫豹會晉荀偃、齊人、宋人、衛北宮括、鄭公孫蠆、曹人、莒人、邾人、滕人、薛人、杞人、小邾人,伐秦。

夏四月、叔孫豹、晋の荀偃・齊人・宋人・衛の北宮括・鄭の公孫蠆・曹人・莒人・邾人・滕人・薛人・杞人・小邾人に會して秦を伐つ。

冬,季孫宿會晉士丐、宋華閱、衛孫林父、鄭公孫蠆、莒人、邾人於戚。

冬、季孫宿、晋の士丐・宋の華閲・衛の孫林父・鄭の公孫蠆・莒人・邾人と戚に會す。

十有五年春,宋公使向戌來聘。二月己亥,及向戌盟於劉。

十五年春、宋公、向戌をして來聘せしむ。二月己亥、向戌と劉に盟す。

三月,公會晉侯、宋公、衛侯、鄭伯、曹伯、莒子、邾子、薛伯、杞伯、小邾子於湨梁。戊寅,大夫盟。湨梁之會,諸侯失正矣!諸侯會而曰大夫盟,正在大夫也。諸侯在而不曰諸侯之大夫,大夫不臣也。

三月、襄公、晋侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・邾子・薛伯・杞伯・小薛伯・杞伯・小邾子と湨梁に會す。戊寅、大夫盟す。湨梁のこの會は、諸侯正道を失えり!諸侯相會するに、大夫盟すと寫成するは、正道すでに大夫の手裡に落ちたり。諸侯なほ在るに、「諸侯之大夫」を書かざるは、大夫、臣に似ざるなり。

叔老會鄭伯、晉荀偃、衛寧殖、宋人,伐許。

叔老、鄭伯・晋の荀偃・衛の寧殖・宋人に會して許を伐つ。

秋,齊侯伐我北鄙,圍桃。齊高厚帥師伐我北鄙,圍防。

秋、齊侯、我が魯の北鄙に侵し、桃を圍む。齊の高厚、師を率いて我が魯の北鄙を伐ち、防を圍む。

夏,晉人執衛行人石買。稱行人,怨接於上也。

夏、晋人、衛の行人石買を執う。「行人」と稱するは、怨が上に接ぐるなり。

冬,十月,公會晉侯、宋公、衛侯、鄭伯、曹伯、莒子、邾子、滕子、薛伯、杞伯、小邾子,同圍齊。非圍而曰圍,齊有大焉,亦有病焉。非大而足同與,諸侯同罪之也,亦病矣。

冬十月、襄公、晋侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・邾子・滕子・薛伯・杞伯・小邾子と、同じく齊を圍む。併せて圍にあらざるに「圍」と寫成するは、齊國、大に視られるの面有り、また病を視られるの面有り。若し大に視られざれば、何處に「同じく」に値せんや。諸侯共同して彼に罪名を加上するは、これまた彼の病なり。

公至自伐齊。《春秋》之義,已伐而盟,復伐者,則以伐致;盟不復伐者,則以會致。祝柯之盟,盟復伐齊與?曰:非也。然則何為以伐致也?曰:與人同事,或執其君,或取其地。

襄公、伐齊の軍中より至る。『春秋』の義例、すでに攻伐して再び結盟し、結盟して後再び攻伐するは、すなわち「伐」に按じて歸國を書く。結盟して後、攻伐せざるは、すなわち「會」に按じて歸國を書く。祝柯の盟は、結盟して後再び齊を伐ちしに往けるか。答えて曰く、あらず。然らば何を以て「伐」に按じて歸國を書くか。答えて曰く、人と同じ一の事を爲すに、或いは人の國君を執え、或いは人の土地を奪取せり。

晉士丐帥師侵齊。至谷,聞齊侯卒,乃還。還者,事未畢之辭也。受命而誅,生死無所加其怒,不伐喪,善之也。善之,則何為未畢也?君不屍小事,臣不專大名。善則稱君,過則稱己,則民作讓矣!士丐外專君命,故非之也。然則為士丐者宜奈何?宜墠帷而歸命乎介。

晋の士丐、師を率いて齊に侵し、穀に至りて、齊侯卒すを聞き、乃ち還る。「還」は事いまだ辦じ畢らざるの辭なり。命を受けて誅討しに往くに、彼方の生き死にに、怒氣の上に一等を加えず、喪事に趁りて攻めざるは、これ彼を贊成するなり。すでに贊成すれば、何を以てなほ事の辦じ畢らざるを言うか。國君、自ら小事を爲さず。臣子、大き名声を獨占せず。好事を國君に歸し、過失を己に歸せば、百姓卽謙讓を興さん!士丐、外に於いて獨り國君の命を決定す。ゆえに彼を責む。然らば士丐たる者、當に如何にすべきか。當に地に就きて帷を設け、命を副使に交還して帶り歸りて請示せしむべし。

二十年春,王正月辛亥,仲孫速會莒人,盟於向。

二十年春、王正月辛亥、仲孫速、莒人に會し、向に盟す。

夏,六月庚申,公會晉侯、齊侯、宋公、衛侯、鄭伯、曹伯、莒子、邾子、滕子、薛伯、杞伯、小邾子,盟於澶淵。秋,公至自會。

夏六月庚申、襄公、晋侯・齊侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・邾子・滕子・薛伯・杞伯・小邾子に會し、澶淵に盟す。秋、襄公、會より至る。

陳侯之弟光出奔楚。諸侯之尊,弟兄不得以屬通。其弟雲者,親之也。親而奔之,惡也。

陳侯の弟光、楚に逃亡す。諸侯地位尊貴なり。兄弟の間、親屬の名分を以て相稱する能わず。ここに「其弟」と稱するは、彼を親しむなり。彼を親しむるに、他出奔せり。卽これ惡なり。

邾庶其以漆閭丘來奔。以者,不以者也。來奔者,不言出,舉其接我者也。漆閭丘不言及,小大敵也。

邾の庶其、漆と閭丘とを以て來奔す。「以」の字を用うるは、正にかくのごとく彼らを用ゐべからざるを表す。來奔するに「出」を書かざるは、彼がわが魯と交接するの面を擧げて言うなり。漆・閭丘の間、「及」を用ゐざるは、大小相當なればなり。

公會晉侯、齊侯、宋公、衛侯、鄭伯、曹伯、莒子、邾子於商任。庚子,孔子生。

襄公、晋侯・齊侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・邾子と商任に會す。庚子の日、孔子生まる。

冬,公會晉侯、齊侯、宋公、衛侯、鄭伯、曹伯、莒子、邾子、滕子、薛伯、杞伯、小邾子於沙隨。公至自會。

冬、襄公、晋侯・齊侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・邾子・滕子・薛伯・杞伯・小邾子と沙隨に會す。襄公、會より至る。

陳殺其大夫慶虎,及慶寅。稱國以殺,罪累上也。及慶寅,慶寅累也。

陳、その大夫慶虎と慶寅とを殺す。國を稱して殺を記するは、罪を上の者に累せしむるなり。「及慶寅」と書くは、慶寅は牽連せられたるなり。

八月,叔孫豹帥師救晉,次於雍渝。言救後次,非救也。

八月、叔孫豹、師を率いて晋を救い、雍渝に次る。先ず救を書きて後次を書けば、すなわち真救にあらず。

冬,十月乙亥,臧孫紇出奔邾。其日,正臧孫紇之出也。蘧伯玉曰:「不以道事其君者,其出乎!」

冬十月乙亥、臧孫紇、邾に逃亡す。日を記すは、臧孫紇の出走を正當に寫すなり。蘧伯玉曰く、「正道に按じて國君に侍奉せざる者は、大概卽出走せんとする者ならん」と。

公會晉侯、宋公、衛侯、鄭伯、曹伯、莒子、邾子、滕子、薛伯、杞伯、小邾子於夷儀。

襄公、晋侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・邾子・滕子・薛伯・杞伯・小邾子と夷儀に會す。

大飢。五穀不升為大飢。一谷不升謂之嗛,二谷不升謂之飢,三谷不升謂之饉,四谷不升謂之康,五穀不升謂之大侵。大侵之禮,君食不兼味,臺榭不塗,弛侯,廷道不除,百官布而不制,鬼神禱而不祀。此大侵之禮也。

大饑荒。五種の穀物皆熟せざるを、大饑と曰う。一種熟せざるを嗛と曰い、二種熟せざるを饑と曰い、三種熟せざるを饉と曰い、四種熟せざるを康と曰い、五種皆熟せざるを大侵と曰う。大侵の禮、國君食に二の滋味を兼ねず、台榭更に涂飾せず、守望を放鬆し、庭中の路修治を加えず、百官照舊排列して更に新たなりを制作せず、鬼神に對してはただ禱告して祭祀せず。これ卽大侵の禮なり。

夏,五月乙亥,齊崔杼弒其君光。莊公失言,淫於崔氏。

夏五月乙亥、齊の崔杼、その君光を殺す。莊公、言語撿點せず、また崔氏と通姦す。

公會晉侯、宋公、衛侯、鄭伯、曹伯、莒子、邾子、滕子、薛伯、杞伯、小邾子於夷儀。

襄公、晋侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・邾子・滕子・薛伯・杞伯・小邾子と夷儀に會す。

十有二月,吳子謁伐楚門於巢,卒。以伐楚之事門於巢,卒也。於巢者,外乎楚也。門於巢,乃伐楚也。諸侯不生名,取卒之名,加之「伐楚」之上者,見以伐楚卒也。其見以伐楚卒,何也?古者大國過小邑,小邑必飾城而請罪,禮也。吳子謁伐楚至巢,入其門,門人射吳子,有矢創,反舍而卒。古者雖有文事,必有武備。非巢之不飾城而請罪,非吳子之自輕也。

十二月、呉子謁、楚を伐ち、巢に於いて門を攻めて、卒す。これ伐楚のこの事に就きて、巢に於いて門を攻めて死せるなり。「于巢」と書くは、巢を楚國の外に放くなり。巢に於いて門を攻めてこそ、楚を伐ちに往けるなり。諸侯生きる時は名を稱せず。卒するに用ゐる名を「伐楚」の上に加うるは、以て彼が伐楚に因りて死せるを顯出せんと欲するなり。何を以て彼が伐楚に因りて死せるを顯出するか。古、大國小邑を經過するに、小邑必ず城防を整治して請罪す。これ禮に合す。呉子謁、楚を伐ち、巢に走り至りて、その門に入る。守門人、呉子を射中て、箭傷有り。處に歸りて卽死す。古、文事有ると雖ども、亦必ず武備有り。巢の城防を整治せず請罪せざるを責め、また呉子の太だ己が身を當然の事と爲さざるを責む。

二十有六年春,王二月辛卯,衛寧喜弒其君剽。此不正,其日何也?殖也立之,喜也君之,正也。

二十六年春、王二月辛卯、衛の寧喜、その君剽を殺す。この人の繼位は本より正の道に合せず。ここに日を記すは何ぞや。殖彼を立てしなり、喜彼を以て國君と爲せしなり。故に正例に按じて記す。

衛孫林父入於戚以叛。甲午,衛侯衎復歸於衛。日歸,見知弒也。

衛の孫林父、戚に入りて叛す。甲午、衛侯衎、衛に復歸す。歸るの日を記すは、彼が弑君の事を知れるを顯出するなり。

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