Libo

君子篇第二十四

战国 · 荀况 · 第10巻 / 12

和鸞之聲,步中武象,趨中韶護。君子聽律習容而後出。

和鸞の聲は、慢步は武象に合して、趨步は韶護に合す。君子は楽律を聴準して、儀容を熟習して然る後に出門す。

霜降逆女,冰泮殺止,十日一御。

霜降は女子を迎娶して、冰は融化して婚娶を停止し、十日は一たび侍御す。

坐視膝,立視足,應對言語視面。立視前六尺而大之--六六三十六,三丈六尺。

坐しては對方の膝を看、站しては對方の脚を看、應對言語は對方の臉を看る。站して前面六尺を看て更に放大す――六六三十六、三丈六尺なり。

文貌情用,相為內外表裡。禮之中焉,能思索謂之能慮。

文貌と情用とは、互相いに内外表裏を為す。礼の中に在りて、能く思索するをこれを能慮という。

禮者,本末相順,終始相應。

礼は、本末は互相いに順從し、終始は互相いに應和す。

禮者,以財物為用,以貴賤為文,以多少為異。

礼は、財物を以て用と當て、貴賤を以て文と當て、多少を以て差異と當つ。

下臣事君以貨,中臣事君以身,上臣事君以人。

下等の臣は君に事えるに貨財を用い、中等の臣は君に事えるに自身を用い、上等の臣は君に事えるに人才を用う。

易曰:"復自道,何其咎?"春秋賢穆公,以為能變也。

『周易』に曰く、「道より返回して、何の過錯か有らん」と。『春秋』は秦穆公を以て賢と為して、以て能く改變するを為す。

士有妒友,則賢交不親;君有妒臣,則賢人不至。蔽公者謂之昧,隱賢者謂之妒,奉妒昧者謂之交譎。交譎之人,妒昧之臣,國之薉孽也。

士は妒嫉の朋友有れば、則ち賢者の交情は親ならず。君は妒嫉の臣有れば、則ち賢人は到來せず。公正を蒙蔽するをこれを昧といい、賢を隱没するをこれを妒といい、妒昧を奉行するをこれを交相詭詐という。交相詭詐の人・妒昧の臣は、国家の污穢災孽なり。

口能言之,身能行之,國寶也。口不能言,身能行之,國器也。口能言之,身不能行,國用也。口言善,身行惡,國妖也。治國者敬其寶,愛其器,任其用,除其妖。

口は能くそれを説して、身は能くそれを實行するは、国宝なり。口は能く説せずして、身は能くそれを實行するは、国器なり。口は能くそれを説して、身は能く實行せざるは、国用なり。口は善を説して、身は惡を行うは、国妖なり。国を治める人はあの宝を敬重し、あの器を愛惜し、あの用を任用して、あの妖を除去す。

不富無以養民情,不教無以理民性。故家五畝宅,百畝田,務其業,而勿奪其時,所以富之也。立大學,設庠序,修六禮,明七教,所以道之也。詩曰:"飲之食之,教之誨之。"王事具矣。

富まざれば則ち以て民情を養うなく、教えざれば則ち以て民性を治理するなし。だから家は毎に五畝の宅地・百畝の田を有ち、その業に專力して、而してその時令を侵奪せざるは、以て彼を富ましむるなり。大学を設立して、庠序を設置して、六礼を修治して、七教を顯明にするは、以て彼を引導するなり。『詩経・小雅・綿蠻』に言う。「彼に飲ましめ彼に食わしめ、彼を教え彼を誨ゆ」と。王者の事は則ち具備せり。

武王始入殷,表商容之閭,釋箕子之囚,哭比干之墓,天下鄉善矣。

武王は剛て殷に進入して、商容の里巷を旌表し、箕子の囚禁を釋放し、比干の墓の前に哭泣して、天下は則ち善に向かえり。

天下國有俊士,世有賢人。迷者不問路,溺者不問遂,亡人好獨。詩曰:"我言維服,勿用為笑。先民有言,詢於芻蕘。"言博問也。

天下の国は俊士有り、世々に賢人有り。迷路の人は路を問わず、溺水の人は以て渉るべき道を問わず、逃亡の人は独りを喜好す。『詩経・大雅・板』に言う。「我が話はただ切要の事にして、以て笑と為すなかれ。先民に話有りて、柴を砍る人に詢問す」と。是れ以て廣博に問うを言うなり。

有法者以法行,無法者以類舉。以其本知其末,以其左知其右,凡百事異理而相守也。慶賞刑罰,通類而後應;政教習俗,相順而後行。

法有るは法に按じて實行し、法なきは類に按じて擧出す。あの本を以てあの末を知り、あの左を以てあの右を知る。およそ百事は道理同じからずして而して互相いに持守す。慶賞刑罰は、類に通じて然る後に應驗し、政教習俗は、互相いに順從して然る後に實行す。

八十者一子不事,九十者舉家不事,廢疾非人不養者,一人不事,父母之喪,三年不事,齊衰大功,三月不事,從諸侯來,與新有昏,期不事。

八十歲の人は一個の兒子は服役せず、九十歲の人は全家は服役せず、殘疾は别人なければ則ち能く養われざるは、一個の人は服役せず。父母の喪は、三年は服役せず。齊衰大功は、三個月は服役せず。諸侯のそこより來たると、新たに結婚したるとは、一年は服役せず。

子謂子家駒續然大夫,不如晏子;晏子功用之臣也,不如子產;子產惠人也,不如管仲;管仲之為人,力功不力義,力知不力仁,野人也,不可為天子大夫。

孔子は子家駒を補充の大夫と言うて、晏子に如かず。晏子は功用の臣にして、子産に如かず。子産は惠を施す人にして、管仲に如かず。管仲の人と為りは、力を功に用いて而して力を義に用いず、力を智に用いて而して力を仁に用いざるは、野人にして、以て天子の大夫と為すべからず。

孟子三見宣王,不言事。門人曰:"曷為三遇齊王而不言事?"孟子曰:"吾先攻其邪心。"

孟子は三たび宣王に見えて、国事を談ぜず。門人曰く、「何を以て三たび齊王に遇見して而して国事を談ぜざる」と。孟子曰く、「我は先ず彼の邪心を攻む」と。

公行子之之燕,遇曾元於塗,曰:"燕君何如?"曾元曰:"志卑。志卑者輕物,輕物者不求助;苟不求助,何能舉?氐羌之虜也,不憂其系壘也,而憂其不焚也。利夫秋毫,害靡國家,然且為之,幾為知計哉!"

公行子之は燕に到りて、路上に於いて曾元に遇見して曰く、「燕君は如何ぞや」と。曾元曰く、「志向は卑下なり。志向卑下の人は事物を看輕して、事物を看輕する人は幫助を求めず。もし幫助を求めざれば、どうして能く辦成せん。氐羌の俘虜は、捆绑せらるるを憂愁せずして、而して死後焚燒せられざるを憂愁す。利はただ秋毫に在りて、害は却って国家に遍及して、然りて猶それを為す。どうして以て計算を知ると算せんや」と。

今夫亡箴者,終日求之而不得;其得之也,非目益明也,眸而見之也。心之於慮亦然。

如今あの鍼を丢失する人は、整天それを求めて而して得られず。彼はそれを得るは、眼睛が更に明るくなるにあらずして、細看して乃ちそれを見るなり。心は思慮に於いてもまたこのごとし。

"義"與"利"者,人之所兩有也。雖堯舜不能去民之慾利;然而能使其欲利不克其好義也。雖桀紂不能去民之好義;然而能使其好義不勝其欲利也。故義勝利者為治世,利克義者為亂世。上重義則義克利,上重利則利克義。故天子不言多少,諸侯不言利害,大夫不言得喪,士不通貨財。有國之君不息牛羊,錯質之臣不息雞豚,冢卿不修幣,大夫不為場園,從士以上皆羞利而不與民爭業,樂分施而恥積藏;然故民不困財,貧窶者有所竄其手。

「義」と「利」とは、人の両樣皆有する所なり。たとえ尭舜なりとも民の欲利を去掉する能わず。然りて能く彼らの欲利をして彼らの好義に勝過せざらしむべし。たとえ桀紂なりとも民の好義を去掉する能わず。然りて能く彼らの好義をして彼らの欲利に勝過せざらしむべし。だから義は利に勝過するは治世にして、利は義に勝過するは乱世なり。上に在るは義を看重すれば則ち義は利に勝過し、上に在るは利を看重すれば則ち利は義に勝過す。だから天子は多少を談ぜず、諸侯は利害を談ぜず、大夫は得喪を談ぜず、士は貨財を流通せず。国有るの君は牛羊を繁殖せず、委質の臣は鶏豬を繁殖せず、冢卿は貨幣を經營せず、大夫は場園を為さず。士より上は皆利を羞恥として而して民と業を争わずして、分施を楽として而して积蔵を恥とす。これに因って民は財に困窮せずして、貧苦の人は手を插して事を為すの地方有り。

文王誅四,武王誅二,周公卒業,至成康則案無誅已。

文王は四個を誅滅して、武王は兩個を誅滅して、周公はあの事業を完成して、成王康王に至れば則ち誅伐なし。

多積財而羞無有,重民任而誅不能,此邪行之所以起,刑罰之所以多也。

多く財を積而して無きを羞恥とし、民の負担を加重して勝任せざるを誅殺するは、これは邪行の興起する所以・刑罰の多き所以なり。

上好義,則民闇飾矣!上好富,則民死利矣!二者治亂之衢也。民語曰:"欲富乎?忍恥矣!傾絕矣!絕故舊矣!與義分背矣!"上好富,則人民之行如此,安得不亂!

上に在るは義を好めば、則ち民は暗中に己を修治せり。上に在るは富を好めば、則ち民は利のために死せり。こ兩樣は治乱の路口なり。民の諺曰く、「富まんと欲するか。耻辱を忍受せよ。家を傾き命を絶て。故旧を斷絶せよ。義と道を分かて背驰せよ」と。上に在るは富を好めば、則ち人民の行為はこのごとくなる。どうして能く乱れざらん。

湯旱而禱曰:"政不節與?使民疾與?何以不雨至斯極也!宮室榮與?婦謁盛與?何以不雨至斯之極也!苞苴行與?讒夫興與?何以不雨至斯極也!"

湯は旱に因って祈禱して曰く、「政は節制なからんや。民を役使するは急きすぎたるか。どうして雨を下さざるがこ極に至る。宮室は華麗すぎたるか。婦人の請托は盛きすぎたるか。どうして雨を下さざるがこ極に至る。賄賂は流行するか。讒人は興起するか。どうして雨を下さざるがこ極に至る」と。

天之生民,非為君也;天之立君,以為民也。故古者,列地建國,非以貴諸侯而已;列官職,差爵祿,非以尊大夫而已。

天は民を生ずるは、君のためにあらず。天は君を設立するは、民のためなり。だから古時は、土地を劃分して国家を建立するは、ただ以て諸侯を貴からしむるにあらず。官職を排列して、爵禄を分別するは、ただ以て大夫を尊からしむるにあらず。

主道知人,臣道知事。故舜之治天下,不以事詔而萬物成。農精於田,而不可以為田師,工賈亦然。

主の道は人を知るなり、臣の道は事を知るなり。だから舜は天下を治理して、事事に詔吿を用いずして万物は成就せり。農人は田に精するも、而して以て田師と為すべからず。工人商人もまたこのごとし。

以賢易不肖,不待卜而後知吉。以治伐亂,不待戰而後知克。

賢を用いて不肖を替換するは、問卜を待たずして然る後に吉を知る。治を以て乱を討伐するは、交戦を待たずして然る後に能く勝を知る。

齊人慾伐魯,忌卞莊子,不敢過卞。晉人慾伐衛,畏子路,不敢過蒲。

齊人は魯を討伐せんと欲して、卞荘子を忌憚して、敢えて卞を經過せず。晋人は衛を討伐せんと欲して、子路を畏懼して、敢えて蒲を經過せず。

不知而問堯舜,無有而求天府。--曰:先王之道,則堯舜已;六貳之博,則天府已。

知らずして尭舜に問い、無くして天府を求む。――曰く、先王の道は、則ち尭舜なり。六藝の廣博は、則ち天府なり。

君子之學如蛻,翻然遷之。故其行效,其立效,其置顏色、出辭氣效。無留善,無宿問。

君子の学は脱皮のごとくして、翻然として遷變す。だから彼の行走は效法し、彼の站立は效法し、彼の顔色を設置し辭氣を發出するは皆效法す。留れし善は為さざるなく、隔夜の疑問は問わざるなし。

善學者盡其理,善行者究其難。

学に善きはあの理を窮尽し、行に善きはあの難を追究す。

君子立志如窮,雖天子三公問正,以是非對。

君子は志を立つるは窮困に處るがごとくして、たとえ天子三公は正事を問うとも、是非に按じて對答す。

君子隘窮而不失,勞倦而不苟,臨患難而不忘細席之言。歲不寒無以知松柏,事不難無以知君子無日不在是。

君子は困窮して而して喪失せず、労倦して而して苟且せず、患難に臨んで而して茵席上の話を忘れず。年歲は寒冷せざれば則ち松柏を知る無し、事情は艱難せざれば則ち君子��一日ならずとも正道上に在らざるなきを知る無し。

雨小,漢故潛。夫盡小者大,積微者箸,德至者色澤洽,行盡而聲問遠,小人不誠於內而求之於外。

雨は小さけれど、漢水は仍お深し。小を窮尽すれば則ち大と成りて、微を積累すれば則ち顯明なり。徳は極致に至る人は色澤は和洽して、徳行は窮尽して聲聞は遠し。小人は内に於いて誠実ならずして而して外に於いてこれを求む。

言而不稱師謂之畔,教而不稱師謂之倍。倍畔之人,明君不內,朝士大夫遇諸塗不與言。

説話して而して師を称引せざるをこれを叛といい、人を教えて而して師を称引せざるをこれを背という。背叛の人は、明君は接纳せずして、朝中の士大夫は路上に遇見して彼と説話せず。

不足於行者,說過;不足於信者,誠言。故春秋善胥命,而詩非屢盟,其心一也。善為詩者不說,善為易者不占,善為禮者不相,其心同也。

以て實行するに足らざる人は、話は過分に説き、以て誠信するに足らざる人は、話は誠懇に説く。だから『春秋』は口頭の約定を称許して、而して『詩経』は屢屢たる盟誓を非議す。彼らの心は一樣なり。『詩経』に善きは空説せず、『周易』に善きは問卜せず、礼に善きは儐相を為さず。彼らの心は相同じし。

曾子曰:"孝子言為可聞,行為可見。言為可聞,所以說遠也;行為可見,所以說近也;近者說則親,遠者悅則附;親近而附遠,孝子之道也。"

曾子曰く、「孝子の話は、以て人に聴かしむべく、行為は以て人に見せしむべし。話は人に聴かしむべきは、以て遠方を取悦するなり。行為は人に見せしむべきは、以て近處を取悦するなり。近處は喜悦すれば則ち親しく、遠方は喜悦すれば則ち歸附す。近處に親近して遠方を招附するは、孝子の道なり」と。

曾子行,晏子從於郊,曰:"嬰聞之:君子贈人以言,庶人贈人以財。嬰貧無財,請假於君子,贈吾子以言:乘輿之輪,太山之木也,示諸檃栝,三月五月,為幬採,敝而不反其常。君子之檃栝,不可不謹也。慎之!蘭茞槁本,漸於蜜醴,一佩易之。正君漸於香酒,可讒而得也。君子之所漸,不可不慎也。"

曾子は出行して、晏子は郊に送りて曰く、「嬰は聞く、君子は人に言を以て贈し、庶人は財を以て贈す。嬰は貧して財なし。請う、君子の名義を借りて、言を以て吾子に贈らん。乘車の輪は、泰山の木頭なり。これを矯正器の上に放ちて、三五個月を經て、車輞を為成して密致して、破舊するもその原來の彎曲に返回せず。君子の矯正器は、謹慎せざるべからず。謹慎せよ。蘭茞槁本は、蜜酒に浸泡せば、佩带一たびして則ち換わる。正派の君は香酒に浸泡せば、また讒言に得らるべし。君子の漸染する所は、謹慎せざるべからず」と。

人之於文學也,猶玉之於琢磨也。詩曰:"如切如磋,如琢如磨。"謂學問也。和之璧,井裡之厥也,玉人琢之,為天子寶。子贛季路故鄙人也,被文學,服禮義,為天下列士。

人は文学に於いては、玉の琢磨に於けるがごとし。『詩経・衛風・淇奥』に言う。「切のごとく磋のごとく、琢のごとく磨のごとく」と。是れ学問を言うなり。卞和の璧は、里巷の石頭なり。玉人はそれを琢して、天子の宝と為る。子貢・季路は本來鄙野の人にして、文学を披きて、礼義を服習して、天下の列士と為る。

學問不厭,好士不倦,是天府也。

学問は厭倦せず、士を喜好して倦怠せざるは、是れ則ち天府なり。

君子疑則不言,未問則不言,道遠日益矣。

君子は疑有れば則ち説かず、未だ嘗て問わざれば則ち説かずして、道は長遠して日々に增益せり。

多知而無親,博學而無方,好多而無定者,君子不與。

知ること多くして而して親疎なく、学ぶこと廣くして而して方向なく、喜好すること多くして而して確定なきは、君子は結交せず。

少不諷誦,壯不論議,雖可,未成也。

年少に諷誦せず、壯年に議論せざれば、たとえ以てなるとも、成就なし。

君子壹教,弟子壹學,亟成。

君子は専一して教え、弟子は専一して学べば、則ち迅速に成就す。

君子進則益上之譽,而損下之憂。不能而居之,誣也;無益而厚受之,竊也。學者非必為仕,而仕者必如學。

君子は進用すれば則ち上の聲誉を增益して、而して下の憂を減損す。勝任せざるに位置を占據するは、誣なり。益處なくして俸禄を厚受するは、竊なり。学を求むる人は必ずしも官を為るのためならずして、而して官を為る人は必ず学を求めしごとくすべし。

子貢問於孔子曰:"賜倦於學矣,願息事君。"孔子曰:"詩云:'溫恭朝夕,執事有恪。'事君難,事君焉可息哉!""然則,賜願息事親。"孔子曰:"詩云:'孝子不匱,永錫爾類。'事親難,事親焉可息哉!""然則賜願息於妻子。"孔子曰:"詩云:'刑于寡妻,至於兄弟,以御於家邦。'妻子難,妻子焉可息哉!""然則賜願息於朋友。"孔子曰:"詩云:'朋友攸攝,攝以威儀。'朋友難,朋友焉可息哉!""然則賜願息耕。"孔子曰:"詩云:'晝爾於茅,宵爾索綯,亟其乘屋,其始播百穀。'耕難,耕焉可息哉!""然則賜無息者乎?"孔子曰:"望其壙,皋如也,顛如也,鬲如也,此則知所息矣。"子貢曰:"大哉!死乎!君子息焉,小人休焉。"

子貢は孔子に問うて曰く、「賜は學習に厭倦して、停止して君に事えんを願う」と。孔子曰く、「『詩経・商頌・那』に言う。『温恭して早より晚に至り、事を辦するに恭敬有り』と。君に事えるは難く、君に事えるは何處か以て停止せん」と。子貢曰く、「然れば則ち賜は停止して雙親に事えんを願う」と。孔子曰く、「『詩経・大雅・既醉』に言う。『孝子は窮尽なく、長久に汝の同類に賜わらん』と。雙親に事えるは難く、雙親に事えるは何處か以て停止せん」と。子貢曰く、「然れば則ち賜は停止して妻子兒女に在らんを願う」と。孔子曰く、「『詩経・大雅・思齊』に言う。『嫡妻に示範して、兄弟に推及して、以て家と邦を治理せん』と。妻子兒女は難く、妻子兒女は何處か以て停止せん」と。子貢曰く、「然れば則ち賜は停止して朋友に在らんを願う」と。孔子曰く、「『詩経・大雅・既醉』に言う。『朋友は互相いに輔助して、威儀を以て輔助せん』と。朋友は難く、朋友は何處か以て停止せん」と。子貢曰く、「然れば則ち賜は停止して耕種せんを願う」と。孔子曰く、「『詩経・豳風・七月』に言う。『白天は茅を割りに往きて、夜裏は繩を搓きて、疾く屋を修好して、百谷を播種を始めん』と。耕種は難く、耕種は何處か以て停止せん」と。子貢曰く、「然れば則ち賜は停止するの地方なからんや」と。孔子曰く、「あの坟壙を望めば、高くして、山頂のごとく、鼎鬲のごとし。これを以て停止するの地方を知る」と。子貢曰く、「大なりや。死や。君子はここに安息して、小人はここに完結す」と。

國風之好色也,傳曰:"盈其欲而不愆其止。其誠可比於金石,其聲可內於宗廟。"小雅不以於汙上,自引而居下,疾今之政以思往者,其言有文焉,其聲有哀焉。

国風の好色は、傳記に言う、「あの欲望を滿足して而してあの止境を越えず。その誠は以て金石に比すべく、その聲は以て宗廟に納入すべし」と。小雅は污濁の上に在るに迎合せず、自ら引退して下に處りて、當今の政を痛恨して以往を思念するは、その言は文有りて、その聲は哀有り。

國將興,必貴師而重傅,貴師而重傅,則法度存。國將衰,必賤師而輕傅;賤師而輕傅,則人有快;人有快則法度壞。

国家は將に興らんとすれば、必ず師を尊重して傅を看重す。師を尊重して傅を看重すれば、則ち法度は存在す。国家は將に衰えんとすれば、必ず師を賤視して傅を看輕す。師を賤視して傅を看輕すれば、則ち人は放縱有り。人は放縱有れば則ち法度は敗壞す。

古者匹夫五十而士。天子諸侯子十九而冠,冠而聽治,其教至也。

古時は匹夫は五十歲にして乃ち士と為る。天子諸侯の兒子は十九歲にして冠礼を行い、冠礼を行いて而して政治事を聽くは、教化の極致に至るなり。

君子也者而好之,其人也;其人而不教,不祥。非君子而好之,非其人也;非其人而教之,齎盜糧,借賊兵也。

是れ君子にして而して彼を喜好するは、則ちあの正当の人なり。是れあの正当の人にして而して教えざるは、不祥なり。君子にあらずして而して彼を喜好するは、あの正当の人にあらず。あの正当の人にあらずして而して彼を教えるは、是れ盗に粮食を送し、賊に兵器を借給するなり。

不自嗛其行者,言濫過。古之賢人,賤為布衣,貧為匹夫,食則饘粥不足,衣則豎褐不完;然而非禮不進,非義不受,安取此?

己はその徳行に滿足せざる人は、話は過分に説く。古時の賢人は、賤しくして布衣を為り、貧しくして匹夫を為りて、吃するは則ち稠粥は足らずして、穿するは則ち粗衣は完整せず。然りて礼にあらざれば則ち進まず、義にあらざれば則ち受けず。どうしてこの種の過分の話を取らんや。

子夏家貧,衣若縣鶉。人曰:"子何不仕?"曰:"諸侯之驕我者,吾不為臣;大夫之驕我者,吾不復見。柳下惠與後門者同衣,而不見疑,非一日之聞也。爭利如蚤甲,而喪其掌。"

子夏は家裏貧しくして、衣服は懸挂せる鵪鶉のごとし。人あるいは言��、「なんぢは何を以て官を為さざる」と。曰く、「諸侯は我に對して驕慢するは、我は彼の臣と為らず。大夫は我に對して驕慢するは、我は再び彼に見えず。柳下惠と後門を守る人とは衣服相同じくして、而して懷疑せられざるは、一日の名声にあらず。利を争うは指甲を争うがごとくして、而して手掌を喪失せり」と。

君人者不可以不慎取臣,匹夫不可不慎取友。友者、所以相有也。道不同,何以相有也?均薪施火,火就燥;平地注水,水流溼。夫類之相從也,如此其著也,以友觀人,焉所疑?取友善人,不可不慎,是德之基也。詩曰:"無將大車,維塵冥冥。"言無與小人處也。

人君と為るは臣を選取するに謹慎せざるべからずして、匹夫は友を選取するに謹慎せざるべからず。友は、以て互相いに親助するなり。道は同じからざれば、何を凭って互相いに親助せん。柴を均勻に放ちて火を點せば、火は則ち乾燥に趨向す。平地に水を灌げば、水は則ち濕に流向す。あの同類は相從するは、このごとく顯明にして、友を以て人を觀察すれば、どうして還って疑かあらん。友を選取して善人に親近するは、謹慎せざるべからず。これは徳の根基なり。『詩経・小雅・無將大車』に言う。「大車を扶けるなかれ、あの塵土は冥冥たり」と。是れ小人と相處するなかれを言うなり。

藍苴路作,似知而非。懦弱易奪,似仁而非。悍戇好鬥,似勇而非。

行為は粗率して道路上に造作するは、智有るに象るも是にあらず。懦弱して志を奪せられ易きは、仁に象るも是にあらず。凶悍戇直して争鬥を喜好するは、勇に象るも是にあらず。

仁義禮善之於人也,闢之若貨財粟米之於家也,多有之者富,少有之者貧,至無有者窮。故大者不能,小者不為,是棄國捐身之道也。

仁義礼善は人に於いては、比方すれば則ち貨財粟米の家に於けるがごとくして、多有るは則ち富にして、少有るは則ち貧にして、無きに至るは則ち窮なり。だから大のは能く為さずして、小のはまた為さざるは、これは国家を拋棄して自身を捐棄するの道なり。

凡物有乘而來,乘其出者,是其反也。

およそ物に憑借して來る有れば、それに憑借して去るは、即ちそれの返回するなり。

流言滅之,貨色遠之。禍之所由生也,生自纖纖也。是故君子蚤絕之。

流言はそれを滅掉して、貨色はそれを遠離す。禍の從て生出する所は、細微より生ず。これに因って君子は早くしてそれを斷絶す。

言之信者,在乎區蓋之間。疑則不言,未問則不言。

話は誠信する人は、疑信の間に在り。疑有れば則ち説かず、未だ嘗て問わざれば則ち説かず。

知者明於事,達於數,不可以不誠事也。故曰:"君子難說,說之不以道,不說也。"

智者は事に於いて明白して、数に於いて通達して、以て誠実に事を辦せざるべからず。だから言う、「君子は取悦し難し。彼を取悦するに道を用いざれば、彼は喜悦せず」と。

語曰:"流丸止於甌臾,流言止於知者。"此家言邪說之所以惡儒者也。是非疑,則度之以遠事,驗之以近物,參之以平心,流言止焉,惡言死焉。

俗に曰く、「滾動の彈丸は盆盂に停止し、流言は智者に停止す」と。これは私家邪説の儒者を厭惡する所以なり。是非に疑有れば、則ち遠事を以て度量し、近物を以て驗證し、平心を以て參驗せば、流言は則ち停止して、惡言は則ち死滅す。

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