易経証釈
宣聖講義(孔子)・図象と文字を並重す
易経易学典籍
術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。
例言
一、易自伏羲畫卦,亦文亦畫,本合圖畫文字為一。雖太極等圖,繫後人傳出,源流自遠,講易時應並及各圖,以資參證。一、易為聖人明天道以立極,立人道以制教,本為明道而作,有關內修性命功甚多,故講易應注意道功。
第一条:『易』は伏羲が卦を画いたことに始まり、文字であると同時に図画でもあり、もともと図と文を一体に合わせたものです。「太極図」のような図式は後人が伝え出したものですが、その源ははるかに遠く、したがって『易』を講じるときは各種の図式をあわせて取り上げ、相互に参照し合わせるべきです。第二条:『易』は聖人が天道を明らかにして準則を立て、人道を確立して教化を定めた書で、本来は大道を明らかにするために作られたものです。その中には内面的に性命を修める工夫に関わる部分が多いので、『易』を講じるときは「道功」という层面に留意すべきです。
一、易既本天地之道為教,內中多闡神鬼之德、陰陽之情,習易者必有敬信之誠,而講易時應注重人神因果之理。一、易明神道,為明性命之源,吉凶禍福均屬易中固有之義。凡人生窮達壽夭,皆有定數,不可妄乾,則習易者必明行藏之所宜、得失之有定;故講易時應注重吉凶悔吝之說,而求其毋悖於數也。
第三条:『易』は天地の道に基づいて教化を施すものですから、書中には鬼神の徳能や陰陽の情状を闡明した部分が多くあります。ですから『易』を学ぶ者は敬畏と信順の誠意を持たなければならず、『易』を講じるときは人と神との間の因果応感の理を重点的に説き明かすべきです。第四条:『易』が神道を明らかにするのは、性命の根源を示すためであり、吉凶・禍福はもともと『易』に固有の義理です。人の一生の窮達や寿夭にはすべて定数があり、妄りに犯してはなりません。『易』を学ぶ者は、いつ出ていつ蔵るべきか、得失に定まりがあることを明らかにしなければなりません。ですから『易』を講じるときは「吉・凶・悔・吝」という一連の説を重視し、気数の法則に背かないよう努めるべきです。
一、易者,包乎道德、性情、數象各類而言者也。言文必顧義,言數必徵象,因名思義,因類辨物,因詞審情,不可偏執;故講易時務求其貫通一切,而洞明聖人立教之旨。一、易之言吉凶重在數,言數重在象。數見其氣,象別其類,以徵人事之所合,即以測天道之所宜。而見象必因著龜,明數必候氣運;天乾地支、五運六氣,皆易所重;故講易時應並及占筮之術、測驗之方。
第五条:『易』という書は、道徳・性情・数と象の各方面を兼ね備えて立論しています。文辞を説くには義理に配慮し、数を説くには象によって検証しなければなりません。名称から含义を推し、品類から事物を弁別し、文辞から情実を審察し、一端に偏執してはなりません。ですから『易』を講じるときは、すべてを貫通させ、聖人が教を立てた宗旨を洞明することを務めとします。第六条:『易』が吉凶を説くとき、重点は「数」にあり、数を説くとき、重点は「象」にあります。数が示すのは気の消長であり、象が区別するのは物の品類です。これによって人事の合否を検証し、すなわち天道のどれが相宜かを測るのです。象を見るには蓍草と亀甲に依らなければならず、数を明らかにするには気運の推移を待たなければなりません。天干・地支、五運・六気はいずれも『易』が重視するところですから、『易』を講じるときは占筮の術と験測の方法をもあわせて取り上げるべきです。
一、易之為教,原以授民全生之道,推之成人成物,以至治國平天下,莫不貫通,而原始要終為第一義。人之習易,亦當求其先後,不可好為素隱行怪之談;故講易雖不能如王弼之掃象,亦不可如費氏之徒以災異言也。一、易道博大精深,無不包被:內則修己以一天人,外則成人以一道德,而本未一以貫之,實時中也。習易者既諳斯義,必期實行,務求行動咸宜,言思不悖,而能有德以為世則,有道以為人師,庶可使易教重明,聖道彌廣。
第七条:『易』は一つの教化として、もともと生命を全うする道理を民に授けることを本意とし、推し広げれば他人を成し万物を成し、治国・平天下に至るまで、貫通しないところがありません。そして「始原を推究し終局に帰結する」ことが第一の要義です。人が『易』を学ぶときも、先後の次第を講究すべきで、ひたすら隠僻を穿鑿し奇異な行いを好む言説に走ってはなりません。ですから『易』を講じるにあたっては、魏の王弼のように象数をいっさい払拭することもできず、漢代の費直一派の学者のように、ひたすら災異によって説くこともできません。第八条:『易』の道は博大精深で、包まないものがありません。内には己を修めて天と人を一つにし、外には人を成して道と徳を一つにし、本から末まで一理で貫いています。これはまさに『中庸』の言う「時中」です。『易』を学ぶ者はこの義を諳じた以上、必ず実践に移し、行動のすべてが宜しく、言語・思慮が理に背かないよう努め、徳行をもって世人の準則となり、道術をもって人の師とならねばなりません。こうしてこそ『易』の教えを再び彰明にし、聖人の道をいっそう広大にすることが望めるのです。
一、易之為教,始於古聖,闡於道宗,成於儒者。言既精微,旨尤玄妙,固賅各教之義,集諸派之大成。習易者當以聖人天下為公之心,一本有教無類之旨,不可自存門戶,有入主出奴之見,以自狹而聖人之教也。一、易傳至今,注說不一,漢宋各異派,儒道不同宗,遂致議論紛歧,爭持齟齬,徒亂人意,何裨聖經?今茲講易,務求闡明微言,表章至道,不執於宗派之習,不徒為同異之求。即令漢宋諸儒有所卓見,能探經旨,不睽經義,仍可互相引證,期其貫通;無問其人,祇徵於是,則於聖人講示之後,又可多得研究之助云爾。
第九条:『易』という教化は、上古の聖人に発端し、道家の一脈によって闡発され、最後に儒者の手で完成しました。その言語はすでに精微を極め、宗旨はさらに玄妙であり、もともと各家の教義を兼ね備え、諸派の学説の集大成です。『易』を学ぶ者は聖人の「天下為公」の胸懐を抱き、一も二もなく「有教無類」の宗旨に従い、自ら門戸を立てて自派を持ち上げ他家を排斥する先入見を抱いてはなりません。それではかえって聖人の教化を狭めてしまいます。第十条:『易』が今日まで伝わる中で、注解の説は一様ではありません。漢学と宋学は流派を異にし、儒家と道家は宗尚が違い、そこで議論が紛糾し、互いに争い齟齬して、徒らに人心を乱し、聖人の経典に何の益があるでしょうか。今回の講義は、精微な言辞を闡明し至高の道理を表彰することを務めとし、ある宗派の習気に拘執せず、ただ異同の上に文章を作ることもしません。たとえ漢・宋の諸儒に独得の見解があっても、経文の本旨を探り経義に背かないものであれば、なお互いに引証して貫通を期することができます。誰が言ったかを問わず、正理に合うかどうかだけを見るのです。こうすれば聖人が当面して講示するほかに、研究上の助けをさらに多く得ることができるでしょう。
以上各條,係為講易之前必知之事。以易經至不易明,必先知其研習之道,方不為歧途所誤。略指大概,以告讀者,或亦極深研幾之一助焉。
以上の各条は、いずれも『易』を開講する前に必ず知っておかなければならない事柄です。『易経』は極めて通暁しにくいので、まずそれを研習する門路を明らかにしておかなければ、岐路に迷い込むことになります。ここでは大要の梗概を指し示して読者に告げるだけですが、『繋辞上伝』の言う「極深研幾」(幽深を窮究し細微を研察する)に対しても、いくばくかの助けとなるかもしれません。
孚佑帝君序
易道玄微,至於無名無形;易象廣博,包乎萬物萬事。蓋有天地以後,無物不在易中;未有天地以前,一氣即為易體。故先後天之名,首著於易;天地鬼神之情,盡備於易;性命道德之言,皆詳於易;生死變化之數,均述於易。
『易』が説く道は玄妙精微で、名づけるべき名もなく形も見えない境地に達しています。『易』が取る象は広博宏大で、万物万事をすべて包摂しています。天地が形成されて後は、一物として『易』の範囲の外にあるものはなく、天地がまだ形成される前は、あの浑然とした一団の気こそが『易』の本体でした。ですから「先天」「後天」という二つの名目は、最も早く『易』に見え、天地鬼神の情状は『易』の中に漏れなく備載され、性命と道徳を説く言葉は『易』の中で最も詳しく述べられ、生死変化の数理もすべて『易』の中で陳述されています。
以言天地,則盡其神;以言人物,則概共逍。以言往,則溯諸無始而立其極;以言來,則推至無盡而明其化。以修,則道立而德成;以行,則事理而物順。以其功言,則成王道之治而無所為;以其體言,則符仙佛之真而大有得。以用於尋常,而不悖於情性;以致其遠大,而能底於中和。是為道德之宗、命數之本,天人之所由一,事物之所由平,政治以成,制作以著,君子小人各盡其德,聖愚賢否各適所成。雖取舍萬殊,而底於一道;雖變化盡態,而歸於至中。
『易』をもって天地を説けば、天地の神妙を説き尽くすことができ、それをもって人と物を説けば、人物の道を大略概括することができます(原文の「共逍」は「其道」の字誤であろう)。過去から言えば、開端のないところまで遡上して万有に根本を立てることができ、将来から言えば、無窮無尽まで推衍して変化の道理を説き明かすことができます。それをもって修養すれば道が立ち徳が成し、それをもって行事すれば事が理に合い外物が順調です。その功效から言えば、王道の治を成しながら無為のように見え、その本体から言えば、仙仏の証する真際に合致して大いに得るところがあります。それを日常に用いれば人の性情に背かず、それを遠大に推せば「中和」に帰します。ですからそれは道徳の宗主であり命数の根本であり、天と人が合一する所であり、事と物が平定される由です。政治はそれによって成り、制度器物はそれによって立ち、君子と小人はそれぞれその徳を尽くし、聖者も愚者も賢者も不肖も、それぞれ適切にその成を得ます。取捨は千差万別であっても、最終的には同一の道に帰し、変化は万態を窮めても、最終的には至当なる中道に帰するのです。
蓋本諸天道之常,仿於大道之則,宜於人物之情性,辨於幽明之感通。故在天地間,生成者莫能外;從事物間,行止者莫能違。允宜為萬古之師、萬類所倚。以為教化,則包諸宗;以為文章,則造至極。苟非至聖,孰能為之。
『易』は天道の恒常なる理を根拠とし、大道の法則に倣い、人と物の情性に切合し、幽(鬼神)と明(人事)との間の感応相通を弁別します。ですから天地の間で、生れ成るものすべて、その範囲を超えられるものはなく、事物の中で、行い止まるものすべて、その準則に背けるものはありません。それは実に万世の師、万類が依托する根本と称するにふさわしいものです。それをもって教化を施せば各家の宗派を網羅でき、それをもって文章を撰作すれば極致に達することができます。もし最高の聖人でなければ、誰がこのような書を作ることができたでしょうか。
故夫子備言其精,諸儒各贊其要,合五經以證其終始,勵眾善以徵其初成。不可視為古書,同諸舊史;不可作為文藝,比之詩詞。精益求精,必實行而後得;博而反約,必貫通而有成。是以講演不厭其詳,研求尤須盡力。珍聞而寶藏於心,等諸拳拳之顏子;集思而實行於事,毋負循循之尼山。庶易道獲見重明,後生不迷古訓,則世運亦將成大治,萬國盡化於斯文矣!是為序。
ですから孔夫子は『易』の精微なところを周備に説き、歴代の儒者はそれぞれその要旨を表彰し、『詩』『書』『礼』『楽』『春秋』の五経を合わせてその首尾を印証し、衆人が善に向かうよう励ましてその最初の成效を検証しました。それを一部の古書として旧来の史籍と同等に見てはならず、またそれを文芸作品として詩詞に比附してもなりません。精を極め益を求めるには、必ず自ら力を尽くして行わなければ得るところがなく、博から約に返るには、必ず融會貫通しなければ成すところがありません。したがって講説するときは詳細を嫌わず、研求するときはさらに全力を尽くさなければなりません。貴重な義理を聞いたら心に珍藏し、『中庸』が称える「拳拳服膺」の顔回のようにし、衆人の思を集めて事に落实させ、孔子が尼山で循循善誘した一片の苦心を裏切らないようにします。こうすれば『易』の道は再び彰明となる望みがあり、後学は古訓に迷わず、世運も大治に向かい、万国がこの一脈の斯文に化育されるでしょう。以上がこの序です。
序例
復聖序例――顔子
易者,古聖人作也。傳於庖犧,紹述於神農、軒轅,繼承於堯舜及夏后氏,周文因而變化之,以成今傳之經。蓋庖犧時,因河圖、洛書之見也,而明察天地之象,概論人物之情:上以窮生化之初,下以辨變易之軌;幽以探於神鬼,明以合於日月;遠以徵於四極,近以求於一心,而後知天地生成、物類化育。
『易』は上古の聖人の作です。それは庖犠氏(すなわち伏羲)から伝えられ、神農・軒轅黄帝を経て継述され、さらに堯・舜および夏后氏の代々を経て承けられ、周文王の時に前人に因循しつつ変通を加えて、ようやく今日伝わるこの経となりました。庖犠氏の時、まさに「河図」「洛書」が出現したので、それによって天地の示す象を明察し、人と物の情状を概括論定しました。上には生化最初の起点を窮究し、下には変易運行の軌則を弁明し、幽隠なる所では鬼神を探究し、顕明なる所では日月に印証し、遠くは四方極遠の地に験を取り、近くは自己の一心に反求しました。こうして後、天地がいかに生成し万物がいかに化育するかを知ることができたのです。
情性本於道,氣質成於神。有其用必有其本,有其後必有其先。陰陽必循環以為行,水火必生制以為用。物必有極,事必有中。見諸外者,形質之消長,而變化以成;存於中者,氣神之營運,而中極有立。道者,依體以用而不窮;天者,依道以行而不息。是以有本則不失其序,有道則不盡於用。以不二為德,則生生不已;以至中為體,則循環無端。皆順乎自然,適於至道。無為而無不為,無思而無不中,無慮而無不得。
人の情と性は「道」を根本とし、人の気と質は「神」によって凝成されます。作用があれば必ずその本体があり、後のものがあれば必ず先のものがあります。陰陽は必ず循環往復してこそその運行を成し、水火は必ず相生しつつ相制してこそその功用を成します。およそ物には一つの極限があり、事には一つの中点があります。外に顕現するのは形体質料の消長で、変化はこれによって完成し、内に蘊含するのは気と神の運転で、中正の枢極はこれによって確立します。いわゆる「道」とは、本体に依托して作用を発生させ、用いても窮まりません。いわゆる「天」とは、大道に依循して運行が止まりません。したがって根本があれば次序を乱さず、大道があれば作用を使い尽くしません。「不二」(専一で雑らない)を徳とすれば生生すること已まず、「至中」を体とすれば循環往復して端なく尽きません。これらはすべて自然に順い、至高の道に合います。こうして為すところなくして為さないところなく、慮るところなくして中たらないところなく、謀ることなくして得ないところがありません。
故明道之為道,則天地人物莫外道以生成;明天之為天,則生長盈虛莫非氣所運用;明生之為生,則吉凶壽夭不出數之進退;明數之為數,則行藏出處宜因時之推移。時者屬乎天,位者隸於地。天地者,人物生存傷殺之宰;時位者,事物消長代謝之機。由天地以後言,則人物自天地出;由天地以前言,則天地自道成。所謂形上為道,形下為器;道器之間,一以貫之,是謂之易。故作易以明一切,凡先天後天人物,莫不歸於易。
「道」が道である所以を明らかにすれば、天地人物のいずれも道を離れて生成できないことを知り、「天」が天である所以を明らかにすれば、生長盈虚のいずれも気の運作でないものがないことを知り、「生」が生である所以を明らかにすれば、吉凶寿夭のいずれも「数」の進退を出ないことを知り、「数」が数である所以を明らかにすれば、出仕すべきか退隠すべきかは時勢の推移に順って定めるべきことを知ります。「時」は天の主管に属し、「位」は地の統轄に帰します。天地は人物が生存を得、また傷害殺伐を受ける主宰であり、時と位は事物の消長更替の関鍵です。天地形成以後から言えば、人と万物は天地の中から生じ、天地形成以前から言えば、天地自体は道から生じました。『繋辞上伝』に「形而上の者をこれを道と謂い、形而下の者をこれを器と謂う」とあり、道と器の間を一つの理で貫く、これを「易」と言います。ですから聖人は『易』を作ってすべてを明らかにし、先天であれ後天であれ、人であれ物であれ、すべて『易』に帰結しないものはありません。
易者,一也、中也、極也。無始而有始,無形而有形,無名而有名。易者,自有以溯無也,自無以推有也;有無均齊於易,故易作而有無以名。天地既奠,日月山河各有其紀,飛潛木石各有其類,世代遞嬗、歲時遷移各有其序,生長收藏、盈絀美惡各有其名,而一於不一,同於不同。各因所適所宜,以始以終,其所維繫之道、往來之途,各因所合所制,以成以敗,皆統於易,以歸中極,而順於天道。故易立而萬類以定。
いわゆる「易」とは、すなわち「一」であり、「中」であり、「極」です。それはもともと開端がなかったのに開端を得、もともと形体がなかったのに形体を得、もともと名称がなかったのに名称を得ました。『易』は「有」から「無」に遡上することもでき、「無」から「有」を推衍することもでき、有と無は『易』の中で等量斉観されます。ですから『易』が作られて初めて、有と無に称えるべき名目ができました。天地が奠定されるや、日月山河はそれぞれの綱紀を持ち、飛鳥・游魚・草木・土石はそれぞれの族類を持ち、世代の交替・四時の推移はそれぞれの次序を持ち、生長・收藏・盈満・欠損・美好・醜悪はそれぞれの名目を持ちます。しかし「不一」の中に自らの「一」があり、「不同」の中に自らの「同」があります。万物はそれぞれ各自に適した所で始まり終わり、それらが依托維繋する道路・往来交通する途徑も、それぞれの会合と制約によって成功したり失敗したりします。これらすべては『易』に統摂され、中正の枢極に帰結し、もって天道に順います。ですから『易』が一たび確立すれば、万類はそれぞれ定位を得るのです。
天地之間,人為貴。人之生也,受天地之中氣而有性命,順造化之推移而辨等名,因生養老死之道而有人事,因喜怒美惡之感而有人情。而有以適之、全之、利之、導之,以底於成德;而有以教之、誨之、鑑之、臨之,以盡其原始要終之道。是皆備於易,故易立而人道以全。
天地の間では、人が最も尊貴です。人の出生は、天地中和の気を禀受して性と命を持ち、造化の推移に順って等級名分が分かれます。生育・奉養・衰老・死亡という一連の過程があるがゆえに人事があり、喜怒好悪の感受があるがゆえに人情があります。そこでさまざまな方法をもって彼を順適させ、保全し、利導し、引導して、人が徳行を成就するようにし、またさまざまな方法をもって彼を教育し、訓誨し、借鑑を与え、臨んで督察して、「原始要終」(始原を推究し終局に帰結する)の道理を説き尽くします。これらの内容は『易』の中にすべて備わっています。ですから『易』が一たび確立すれば、人としての道もまた完整するのです。
夫聖人之於天道也,通於神明,見於隱微;於人道也,明於性情,備於教政;於物之宜、事之利也,詳於本末,昭於變化。而後立易以告於天下,垂於有眾,使天下不迷所生化之道,不失其修為之德,不惑神鬼之靈,不悖性命之則,而皆生成安樂,與物同壽,與天地同德,日月同明,鬼神同其吉凶,氣運同其變化。而後聖人成物之道盡,成己之德宏,而天下無不被其德、悅其道。此則聖人立易教民之功,可並天地覆載;其明誠修道之行,即同於治平政刑之施。
聖人は天道について、神明に通达し隠微を洞見でき、人道について、性情を見清め教化と政令を周備でき、万物の宜否・事情の利否については、本末を詳しく弁別し変化を明察できます。この後に、ようやく『易』を創立して天下に昭告し大衆に垂示し、天下人が生化の道理を迷わず、修養して成す徳を失わず、鬼神の霊異に惑わされず、性命の法則に背かず、もって皆が生養安楽を得、万物と寿を同じくし、天地と徳を同じくし、日月と明を同じくし、鬼神と吉凶を共にし、気運と変化を共にするようにしました。この境地に至って、聖人の「物を成す」道はようやく尽き、「己を成す」徳はようやく宏大となり、天下で彼の徳沢を受けず彼の道に悦服しない者はいません。これが聖人が『易』を創立して百姓を教化した功業であり、天が覆い地が載せることに並び立つものです。彼の明より誠に至り大道を修養する実践は、すなわち治国・平天下・政令・刑法を施行する作為に等しいのです。
故易之立也為教民,而人之明易,為率聖人之教,以致於自明誠者也。天下人類,果皆率是教以立其誠,則易之道成矣。易者,有易之義,言將易天下也;有不易之義,言示其體不易,而後其用不盡也;有簡易之義,言推始於太一,而立本不二,以成其無息之德,達其用中之道也。知斯三義,而後明易,易豈易言乎哉!
ですから『易』の創立は百姓を教化するためであり、人が『易』を弄懂するのは、聖人の教化に遵循し、「自ら明らかにして誠に至る」境地に達することを求めるためです。天下人が皆この教化に依って自らの誠を確立するならば、『易』の道は実現したことになります。「易」という字には三層の含义があります。一つは「変易」――それをもって天下を変えることを言います。二つは「不易」――本体が恒常に変わらないことを示し、ただ変わらないがゆえに作用が用い尽くされないことを言います。三つは「簡易」――万有の起点を「太一」に推し、確立する根本が専一で雑らず、もって永く息まない徳を成就し、中道を執守する用に通达することを言います。この三層の含义を得て、初めて『易』を明らかにしたと言うことができます。――『易』とは、どうして軽々しく論じられるものでありましょうか。
孚佑帝君附注
今先將講易之法說明。講時採用一善本為準,五經各本向多用朱本;唯易經,朱本有未善,不及後世來氏本。不過來氏所演圖表過繁,祇宜參考,難為讀本。
まず『易』を講じる方法を説明しておきます。開講にあたっては一つの善本を選んで根拠とします。五経の通行本は、従来多く朱熹の注本を用いますが、ただ『易経』だけは、朱熹の『周易本義』に十分でないところがあり、後世の来知徳の『周易集注』に及びません。ただし来氏の推演する図表はあまりに繁瑣で、参考に取るには適しますが、課本として読むには難があります。
今奉夫子命,就來本節取必要圖表,附列經文之前,去其繁而存其精,以便初學。因言易用圖表,前人均有傳圖,為講習之用;漢時儒者失之,乃傳於道家及術數者流。儒人祇重文字訓詰,雖有所得,不以附經本,使圖表無傳,非易之不用圖表也。
現在、孔夫子の命を奉じて、来知徳の本に就き、必要な図表を節選して経文の前に附列し、繁瑣を删去して精要を保留し、初学の者に便利にしました。『易』を講じるに図表を用いることについて言えば、前人はもともと図を伝えており、講習の用に供していました。漢代に至り、儒者がこれらの図を失い、かえって道家や術数の一派の手に流伝しました。儒者は文字訓詁のみを重んじ、心得があっても図を経本に附することを肯んじなかったため、図表が失伝したのです。――『易』がもともと図表を用いなかったのではありません。
宋時以周邵之所習,得於道家,參於術數之書,經程朱審擇,加於經本之前,易於是有圖說;而不得其全,不明其用,仍無補於易。來氏復增演之,以廣其旨,固較詳備矣,而不明其統系,不知其用之主賓、義之先後,猶難使習者一目瞭然。今就所演加以審正,為之講明,以見古人易教之全,而竟易道之用,庶於後世讀者有所裨益。至其錯誤或疑謬之處,隨時指正可也。
宋代に至り、周敦頤・邵雍が習い伝えた一連の図は道家から得たもので、また術数類の書を参照し、程頤・朱熹の審定・選別を経て経本の前に加えられ、『易』はここに図説を持つようになりました。しかしこれらの図は完整しておらず、その用途も明らかにされず、『易』に対して依然として大きな助けにはなりませんでした。来知徳はさらに増補・推演してその旨意を拡充し、たしかに前人より詳備になりましたが、彼はこれらの図の統属する系統を明らかにせず、用法上どちらが主でどちらが賓か、義理上何が先で何が後かを知らず、やはり学ぶ者が一目で明白になることは難しかったのです。現在は彼の推演したものに就いて審核・校正し、逐一説き明かして、人が古人の『易』教の全貌を見て、『易』道の用途を徹底的に掲示できるようにし、後世の読者に裨益があればと願っています。その中の錯誤あるいは可疑の箇所については、そのつど指正するまでです。
又曰:言易本天道,而習易則人事也。言天道則重氣數,言人事則重象。以氣數言象,是天道;以象言氣數,是人事。因氣數難知,象易見也。先有氣數而後生象,此天道之自然;先明象而後明氣數,此人事之次序。要皆本末之道也。
また言います。『易』を講じる根拠は天道であり、『易』を学ぶことは人事に属します。天道を講ずれば「気数」に重点を置き、人事を講ずれば「象」に重点を置きます。気数から出発して象を説くのは天道の路を行くのであり、象から出発して気数を推すのは人事の路を行くのです。これは気数が直接知りがたいのに対し、象は見やすいためです。先に気数があって後に象が生じる、これが天道自然の順序であり、先に象を明らかにして後に気数を推知する、これが人事上の次第です。要するにいずれも「本」と「末」の道理を出ません。
如見天災時變而知天意,即由象以知氣數,是由末達本者也;而象因氣數所生成,非有象而後氣數至,是由本及末之道也。故明本不必求末,而不及本者,必自末始。
たとえば天災や時令の異常を見て上天の意向を推知する、これは象から気数を推知するのであって「末より本に達する」に属します。そして象はもともと気数が生成したものであって、先に象があって後に気数が至るのではなく、これは「本より末に及ぶ」に属します。ですからすでに根本を明らかにした者は、改めて枝末から求める必要はなく、まだ根本に届かない者は、必ず枝末から手をつけなければなりません。
今之災變多矣。天之風雨旱潦不必論,即物之為變亦夥矣:蛆出道上,雞生雙首,種種怪異,非象之見耶?至於蝗蝻之災,又其至明者,皆氣數所感化而然。欲明氣數,但求之象,即知天變之不已矣!故災有天災,異有物異,而莫非氣數為之,而亦非人心召之,人之變異尤多矣!
今や災異はすでに多くあります。天上の風雨・旱癆は言うまでもなく、物類の反常な現象も少なくありません。蛆虫が道路にはい満ち、鶏が二つの頭を生むなど、さまざまな怪異は、まさに「象」の顕現ではないでしょうか。蝗虫の幼虫が災を成すに至っては、なおさら明らかです。これらはみな気数が感応変化してもたらしたものです。気数を明らかにしようと思えば、ただ象の上から求めれば、天象の変異がいまだ止まないことを知るでしょう。ですから災には天から降された災があり、異には物類が反常を呈した異があり、いずれも気数の致すところでなくてはならず、またいずれも人心の招くところでなくてはなりません。そして人自身の変異はなおさら多いのです。
怪產奇病且不必數,即風尚之壞、情性之乖,或致逆倫悖理,鮮恥敗德,皆自人心之非成之。人心如斯,欲氣數之不變,得乎?此古人重天變而必責於人事也。氣數雖自天定,而變為災福,則人所感召。人祇知天災之難堪,不知人心之難善,是重末忘本,如浮舟海中,欲其不動,何可得也。易者易也,以人易天,以天易數,皆有必至之勢、固然之理。精於易者,唯求易其不善為善,而可易其災害為福。是則聖人以易為教之本旨,端在此乎。
怪異な出生や稀代の疾病は一々挙げるまでもなく、ただ風気の敗壊・性情の乖張に至り、人倫に違逆し事理に悖乱し、廉恥を失い徳行を敗壊するに至るまで、これらはすべて人の心の中の邪僻がつくったものです。人心がこの田地に至ってなお気数を変えずにおこうとは、可能でしょうか。これが古人が天象の変異を重視しながら、必ず帰責を人事に置いたゆえんです。気数は天によって定められてはいますが、それが災禍に転ずるか福沢に転ずるかは、人の感召するところです。人は天災が受けがたいことだけを知り、人心が善に向かいがたいことを知らず、これは枝末を重んじて根本を忘れるもので、船を海上に浮かべておきながらそれを動かさずにおこうとするようなものです。どうしてできるでしょうか。「易」とは変えることです。人をもって天を変え、天をもって数を変えるには、必至の趨勢・当然の道理があります。真に『易』に精通する者は、ただ自己の不善を善に改めることを求め、こうすれば災害を福に転じることができます。聖人が『易』をもって教えとした根本の用意は、おそらくここにあるのでしょう。
孚佑帝君序例
易經上下篇,文王所制。其卦象本伏羲以來所有卦辭爻象,參古易而加入新義,此今之經文也。繫辭上下傳、說卦傳、文言各類文章,則夫子蒐集古聖所傳、各易所用,而與文王易有相發明者。序卦傳則夫子就文王之卦序而說明其義趣也。雜卦象則夫子參合各易,變通文王之序而推衍其變化也。故傳皆成於夫子。文王之經,夫子之傳,乃為今易之本。經文雖不盡作於文王,而文王總其成,以卦序實文王所制也;傳文雖不盡成於夫子,而夫子約其要,以刪訂十翼,實夫子之功也。
『易経』の上下二篇は周文王が編定したものです。その中の卦象は伏羲以来の卦辞・爻象を踏襲し、また古代の各種の『易』を参酌して新たな義理を加えたもので、これが今日見る経文です。『繋辞上伝』『繋辞下伝』『説卦伝』『文言』などの各類の文章は、孔夫子が古聖の伝えたもの、各種の『易』に用いられたものを搜集し、また文王の『易』と互相発明できる材料を集めたものです。『序卦伝』は夫子が文王の排定した卦序に就いてその中の義趣を説明したものです。『雑卦伝』は夫子が各種の『易』を参合し、文王の次序を変通してその中の変化を推衍したものです。ですから「伝」はいずれも夫子の手で完成されたものです。文王の「経」に夫子の「伝」を加えたものが、今本『易』の根本です。経文は必ずしも文王の作ではありませんが、文王がその成を総べました。卦序がたしかに文王の排定だからです。伝文は必ずしも夫子が書き上げたものではありませんが、夫子が要を提げ玄を鉤き、删訂して「十翼」を成したことは、実に夫子の功労です。
此易經一書,雖曰自伏羲始,不過有其卦耳;雖曰歷神農、黃帝、唐、虞、夏、商各易之變,不過間存其詞,見其義耳。故名之周易,實文王與夫子二聖之作。微文王,無周易;微夫子,周易之義不全。以經文簡,而當時憂讒畏譏,有不能盡諸文章者,故曰書不盡言,言不盡意。以此夫子必為補之,補之不可雜於經,故列為傳。
『易経』という書は、伏羲に始まるとはいえ、実は伏羲はただあの卦を持っていたにすぎません。神農・黄帝・唐堯・虞舜・夏・商の各代に『易』の変遷を経たとはいえ、実は間もなく辞句をいくらか保存し、義理をいくらか透露したにすぎません。それゆえそれは『周易』と名づけられ、実際には文王と夫子の二人の聖人の著作です。文王がいなければ『周易』はなく、夫子がいなければ『周易』の義理は完整しません。経文は簡約にすぎ、しかも文王は当時憂患の身にあって、讒言・譏議を被ることを恐れ、ある言葉は文章の中で尽くすことができなかったからです。ですから『繋辞上伝』に「書は言を尽くさず、言は意を尽くさず」とあるのです。まさにこのゆえに、夫子は必ず彼のために補足しようとし、しかも補う言葉を経文の中に混ぜるわけにいかないので、別に立てて「伝」としたのです。
傳者,明有所傳也;繫辭者,明其繫於經也。凡繫、傳、文言之類,皆為周易不可少之文章。以周易之義,待文而後盡;若無之,則周易猶殘闕也。而夫子十翼之功,不在文王下,且文王未言者,亦得夫子為詳其略而顯其微,此足見夫子憲章之功矣。
「伝」と名づけるのは、それが承伝するものがあることを表し、「繋辞」と名づけるのは、それが経文に係属することを表します。およそ『繋辞』『伝』『文言』の類の文字は、みな『周易』に欠くことのできない篇章です。『周易』の義理は、これらの文字が出てはじめて尽くされたと言えるからです。もしこれらがなければ、『周易』は残欠不全のようでありましょう。夫子が「十翼」を作った功労は文王の下にありません。しかも文王が言い及ばなかった所も、夫子に依って簡略を詳細にし隠微を顕発されたのであり、これによって夫子の「憲章文武」(先王の道に遵循し闡明する)の功績を見るに足ります。
經文與傳之有同異者,則由傳採自他易,傳於先賢,有所授也;或與傳文參差互出者,則由經文義有未盡,得於言外而為補述也。故傳文中上下繫傳,全為輔證經文不足者。凡古人制作,取義必專,立旨必純,故成一家言,有獨重之義與旨,而不雜他說;即有摭拾者,亦其言與其義旨同,雖言不同而實同。此不得視為合各家言,文王之易亦如是也。
経文と伝文の間に異同があるのは、伝が別種の『易』から採ってきたもので、前代の賢人の伝授に出て、それぞれ来歴があるためです。時に伝文が彼此参差し互いに出入りするのは、経文の義理にまだ説き尽くされない所があり、言外に補述する必要があるためです。ですから伝文の中の『繋辞上伝』『繋辞下伝』は、すべて経文の不足する所を輔佐し印証するために用いられたのです。およそ古人の著作は、取義は必ず専一で、立旨は必ず純粋です。だからこそ自ら一家の言を成し、特に重んじる義理と宗旨を持ち、他家の説を交雑しません。たとえ前人を採摭した所があっても、採った言は自家の義旨と一致し、字面は異なっても実質は同じです。したがってそれを各家の言論の拼合と見てはなりません。――文王の『易』もまたこのようです。
故所不錄者,唯宜補之於傳,而以繫傳名之,明其義本經文應有,以未得列入,別立為傅而繫之於經云耳。故繫傳上下,含義最宏,取例最多,凡以前各易及涉於數象者,無不採錄。雖言近雜紀,義若旁搜,而皆本易中固有之理,與氣數必明之道。如河圖、洛書、二氣五行、九宮甲子、五音六律、五運六氣,以及天文地理、日星軌度、歲時節候之類,凡屬於氣之所化、形之所生,數有推移、象有升沉者,皆易也,皆易象固有者也,故皆宜採之以證易,而見易之廣大神用。此係傳所摭拾,非一家言:大之性道之功,小之術數之學,明則日用起居之事,玄則神天幽渺之說,皆詳載焉。苟讀經而不先讀之,則將不知易之用矣!
およそ経文の中に収められなかったものは、「伝」の中で補うべきであり、また「系伝」と命名して、これらの義理は本来経文が持つべきもので、ただ列入できなかったがゆえに別に伝を立てて経に係属させたにすぎないことを表します。それゆえ『繋辞』の上下二伝は含义が最も宏大で、挙例が最も繁多であり、およそ以前の各種の『易』および数と象に関わる内容は、採録しないものがありません。それらは見たところ雑記のようで、取義は旁搜博採のようですが、実はみな『易』に固有の道理、および気数を研究するに必ず明らかにすべき門径に本づいています。たとえば「河図」「洛書」、陰陽二気と五行、九宮と甲子、五音と六律、五運と六気、および天文地理・日月星辰の運行軌度・一年の四季の節令気候の類、およそ気の化生する所・形の産出する所に属し、数に推移変化があ・り象に升降沈浮があるものは、みな『易』に属し、みな『易』象の中に本来あるものですから、すべからく採って『易』を印証し、『易』の広大で神妙な作用を顕すに足るのです。見れば『系伝』が採摭したものは一家の言ではありません。大きくは心性大道の功夫、小さくは術数の学、明らかな所は日用起居の事、玄遠な所は天神幽冥の学説まで、すべて詳しく記載されています。もし経文だけを読んで先にそれを読まなければ、『易』がいかにあるべきかを知ることはできないでしょう。
繫傳者,由習易言,較經尤要。經限於體制,故辭約義簡;傅則無所限也,而其辭贍,其義宏,上下古今、鉅細顯隱,無不及也。故其言易,有先天、有後天、有連歸、有本宮、有歲象、闢卦之類;其言數象也,有河圖、洛書,有太極兩儀,有天地生成數,有五運六氣、甲子歲會之圖。其為古聖所發明者,自伏羲卦象變為文字,神農醫藥,黃帝曆數,及諸制作、文物器具、設立教政、開天下先者,無不可由傳中知之。雖為一經之傳,實儗於上世之史。其義則由於中國文化自易卦始;易卦以前雖有難稽,其可考者皆在易卦後也,皆仿諸卦象者也。
『易』を学ぶにあたっては、『系伝』は経文よりなおさら肝要です。経文は体例の制限を受けるので文辞は簡約で義理は簡略ですが、伝は制限を受けないので文辞は富贍で義理は宏大であり、上下古今・巨細顕隠、談じないところがありません。それゆえそれが『易』を講ずるとき、「先天」があり、「後天」があり、『連山』『帰蔵』があり、「本宮」があり、「歳象」「辟卦」の類があります。それが数と象を講ずるとき、「河図」「洛書」があり、太極両儀があり、天地生成の数があり、五運六気・甲子歳会の図式があります。古聖が発明したものに至っては、伏羲の卦象から文字への演変、神農の医薬、黄帝の暦法・算数に至り、および各種の制作・文物器具・教化政令の設立・天下の風気を先んじて開いた事蹟に至るまで、知るべからざるものがなく、すべて伝の中から得られます。それはただ一部の経の伝にすぎませんが、実は上古の史書に比すべきものです。これは中国文化が本来『易』卦から始まったためです。『易』卦以前の事は稽考しがたいとはいえ、およそ考証できるものはみな『易』卦の後にあり、みな卦象に倣って来たものです。
故易卦實包天地,納古今而弗遺。言人道者必從之,以明為人之生;言天道者必因之,以明天地之建。故名曰易,既太易,亦太一也,為萬有之始,以上無所有也。故曰易,言自此而後變易;變易則無者為有,一者為眾矣。此易道至廣至高,而繫傳之辭以繁、義以博,職是故也。
ですから『易』卦はたしかに天地を包容し古今を囊括して少しも遺漏がありません。人道を講ずる者は必ずそれに依従して、人として立身する根本を明らかにすることができ、天道を講ずる者は必ずそれに憑藉して、天地がいかに建立されるかを明らかにすることができます。それゆえそれは「易」と名づけられ、「太易」でもあり「太一」でもあり、万有の起点であって、その上に更に別のものはありません。「易」と名づける所以は、ここから後に変易が始まると言うのです。一たび変易すれば、もともとなかったものが有となり、もともと一であったものが衆多となります。『易』道がかくも広大高遠であって、『系伝』の文辞がかくも繁富で義理がかくも広博なのは、まさにこのゆえんです。
全易大旨及び習易要例
宣聖講義――孔子
易之為書,傳自上古。伏羲氏始畫八卦,初具規模;後之聖人紹述推衍,制卦既備,列爻亦明。唐虞三代,各有演習,分為連山、歸藏、乾坤之易。文王重加纂序,宏以文章,變其占例,著為典則;周公紹之,詳陳論議,博採遺言,撰為至教。是今傳之易也。
『易』という書は上古から伝えられたものです。伏羲氏が最も早く八卦を画き、ただ初めに規模を具えたにすぎません。後の聖人が続いて叙述・推演し、卦を制定して斉備させ、爻も排列して明らかにしました。唐堯・虞舜および夏・商・周の三代はそれぞれ演習する所があり、『連山』『帰蔵』『乾坤』の三種の『易』に分かれました。周文王は改めて編次を加え、文辞をもって拡充し、占筮の体例を変更して一揃いの典則を写し、周公がその仕事を継いで論断を詳陳し、前人の遺した説を広く採集して最高の教法を撰成しました。これが今日伝わる『易』です。
上古無文字,制作文物均極簡陋。伏羲覽河圖、洛書而後制卦象,是則文字之所始也。雖當時類無文章,有如圖畫,實則象意之字,猶之鳥官氏之象形字也。字雖傳於鳥官,畫實創於伏羲。其象形之字、會意之文,多取義結繩,制於歷代,非創自鳥官也。以記載無史,傳說難詳,故莫能盡考所自作耳。
上古には文字がなく、各種の制作と器物は極めて簡陋でした。伏羲が「河図」「洛書」を観覧した後に卦象を制定したのが、文字の開端です。当時は文章と言うには足りず、見たところ図画のようですが、実際には表意の字で、少昊「鳥官氏」の時代の象形文字と同じです。字は鳥官の一系から伝わりましたが、画はたしかに伏羲が創造したものです。それらの象形の字・会意の文は、多くは上古の結縄記事に取義して、歴代が続々と制定したもので、鳥官の独創ではありません。当時史官の記載がなく、伝説も詳考しがたいので、いずれが究竟誰の手に出たかをすべて考訂し尽くすことはできません。
而易之卦象,則傳之最久,固昭昭於人耳目,知為伏義之創制焉。其後聖人推其義、宏其用,以為制作之本、典型之由,故尤重之,蓋歷代文物莫不祖述於易也。易之所作,既因圖書,傳之天然,有非人為;其推衍變化,皆天地自然之序;其運用本末,皆造化自在之則。固非人制之,乃人為明之耳。創之者然,述之者然,紹演變化者亦然。以其本末天道、終始運數,有定序,有極則,不得有所易也。故易者,天道所自見、運數所由明,而備於人天相合之教者也。
そして『易』の卦象は流伝が最も久しく、明白に世人の耳目の前に存し、人は皆それが伏羲の創制であることを知っています。後の聖人はその義理を推闡し用途を拡大し、それを各種制作の根本・典章の由来と見なしたので、特にそれを重んじました。――歴代の文物制度で『易』を祖述しないものはありません。『易』が作られた所以は、すでに「河図」「洛書」に依拠したのであって、これは天然の伝示であって人為に出たものではありません。それが変化を推衍する路数は、みな天地自然の次序であり、それが運用する本末先後は、みな造化そのものに固有の法則です。ですから人がそれを制定したのではなく、ただ人がそれを掲示したにすぎません。創作する者もこのようであり、叙述する者もこのようであり、続いて変化を推演する者もまたこのようです。それが本から末まで天道に依拠し、始から終まで運数に依拠し、一定の次序があり終極の準則があり、人が随時更改することを許しません。ですから『易』は天道が自ら顕現する所・運数がここによって明らかになる所であり、また一揃い完備した、人を天に合わせる教法です。
卦象之制,亦本氣數之盈虛而定,其多少變易,莫非天地自然之物所合者也。卦序之制,雖各易不同,亦本於氣運之往復進止,循環以成,莫非天地常變之道所孚者也。卦之有本末內外及生成消息之象,爻之有時位變化、天地人鬼之象,易之有天地父母、萬物萬事之類,占之有吉凶禍福、因果感應之類,皆本於天地固有者也。卦序之有先後天之別,卦用之有主客體用之別,易之有門戶、槖鑰、奇偶、正反之名,占之有來去、變異、從違、動靜之名,亦皆天道人道固然者也。
卦象の制定も、また気数の盈虚に依拠して定まり、卦画の多少変化は、天地間の自然事物と契合しないものがありません。卦序の制定は、各種の『易』で必ずしも同じではありませんが、みな気運の往来復返・前進停止・循環往復に本づいて形成され、天地の恒常と変動の道に符しないものがありません。卦には本末内外および生成消長の象があり、爻には時と位の変化・天地人鬼の象があり、『易』には天地父母・万物万事の類別があり、占筮には吉凶禍福・因果感応の名目があり、みな天地に本来あるものに本づいています。卦序に先天と後天の分があり、卦の用法に主と客・体と用の分があり、『易』に「門戸」「槖鑰」「奇偶」「正反」の名称があり、占筮に「来去」「変異」「従違」「動静」の名称があるのも、またみな天道人道が本来このようだからです。
蓋易者,聖人睹天地之序,測日月之度,明人物之情,達神鬼之德,而推其始終本末、生成變化之道,及夫人物事理所宜之類,明夫氣數消長、時地遷移,以合於人生,立為人道,而教民勿迷者也。易之為道至矣。
『易』という書は、聖人が天地の次序を観察し、日月運行の度数を測算し、人と物の情状を知り、鬼神の徳能に通達し、こうして万有が始から終・本から末に至る生成変化の道理、および人・物・事・理がそれぞれ適宜する類別を推究し、気数がいかに消長し時と地がいかに遷移するかを明らかにし、もって人の生活に切合し、人としての道を確立し、百姓が方向を迷わないよう教えたものです。『易』の体現する道は、頂点に達したと言えます。
天之所授,神之所明,聖人從而演之以告人耳。雖天地末有之前,尚在易中,況天地乎?雖天地難知之道,尚可推知,況人物乎?故易者,其德顯,其道微,其用明,其體不可見;其大無外,其細無內。觀其象可盡其義,通其意可孚於神。雖立人道以始終,而歸於天道;雖驗氣數於既往,而極於末來。是以歷代聖人莫不諄諄焉:論之以闡其精,廣之以達其神,分合之以窮其變化,微驗之以明其氣數,唯恐人之未能盡其義理。故象外詳其辭,經外者著其傳,輔以圖序,參以蓍龜,其先覺覺民之心,已可見矣。
『易』の講ずるところは、上天の授けた所・神明の昭示した所であって、聖人はただそれに順って推演し世人に告げたにすぎません。天地がまだ出現しない以前の情形すら『易』の範囲の中にあるのに、いわんや天地そのものをや。天地の知りがたい道理すらなお推知できるのに、いわんや人と物をや。ですから『易』という書は、徳性は顕豁で、道理は精微で、作用は明白で、本体は見えません。それを大と言えば大きくて外辺がなく、それを細と言えば細かくて内辺がありません。その象を観察すれば義理を領会し尽くすことができ、その用意を貫通すれば神明と相契合できます。それは人道の始終を確立しながら、最終的には天道に帰結し、已往の事から気数を検証しながら、最終的には未来に推極します。それゆえ歴代の聖人は繰り返し叮咛しないことがありません。論説を加えてその精微を闡発し、推広を加えてその神妙に通達し、分合を加えてその変化を窮尽し、細密な検証を加えてその気数を説明し、人々がその中の義理を領会し尽くせないことを恐れたのです。ですから象の外に文辞を詳しく係し、経の外に伝文を撰着し、図と序をもって輔佐し、蓍草亀甲をもって参験したのです。――先覚者が民衆を呼び覚まそうとするこの苦心は、これによってすでに明らかに見て取れます。
餘於文周之遺,習之既久,卒通其義,不敢負先聖垂教之意,更集其說以筆之書,授於二三子。既承文周之作,道備言審,象當義充,足盡他易之旨,故於連山等略其說,而唯周易是傳焉。然讀斯易,亦可包舉他易,以其為言精,為義廣,讀其一足盡其餘也。若有志者將更求之,亦易達連山歸藏之文矣。今當講周易之先,略述其大旨所闡,以資參究焉。
私は文王・周公の遺したこの遺産を、研習することすでに久しく、ついにその中の義理に通暁し、先聖が教化を垂示した用意に背くことを敢えてせず、そこでまた各家の説を彙集して書を成し、数人の弟子に伝授しました。すでに文王・周公の著作を継承し、道理は完備し言辞は審慎、卦象は允当で義理は充実しており、別種の『易』の旨意をすべて包含し尽くすに足るので、『連山』などについては従略として談じず、ただ『周易』一種のみを伝えます。しかしこの『易』を読めば、すなわち他の『易』をすべて包挙したに等しく、それが立言精当で取義広博だからで、この一種を読み通せば残りを尽く得るに足ります。もし志ある者がさらに探求を進めようとすれば、『連山』『帰蔵』の文字に通達するのも難しくありません。現在『周易』を開講するに先立ち、まずそれが闡発する主要な宗旨を大略叙述して、皆の参研に供します。
講易較難於他經,非望文釋義者也。易之始作,既在上古,經歷代聖人敷文陳義,其間增滅已多。欲明作者之心,必略文而求象;然初習者舍文字外,恆不解象之真義。歷代聖人亦以此故,始推衍其旨,詳述其文,而後卦有卦辭,爻有爻辭,彖象分詮,文言附釋。猶以為末盡,則更敷演其義,博採所聞,或繫詞,或說序,以成傳文,麗於經語。
『易』を講ずるのは他の経を講ずるより難しく、文を望んで義を生ずることはできません。『易』の最初の創作は上古にあり、歴代の聖人が文辞を鋪陳し義理を陳述する間に、増刪改動はすでに多くありました。作者の本心を明らかにしようと思えば、しばらく文字を撇いて象の上から求めなければなりません。しかし初学の者が文字を離れれば、往々にして象の真義を明らかにできません。歴代の聖人もまさにこのゆえに、初めてその旨意を推演し文辞を詳述し、こうして卦には卦辞・爻には爻辞があり、『彖伝』『象伝』がそれぞれ詮釈し、『文言』が説解を附加しました。それでも説き尽くせていないと感じ、さらにその義を敷陳し、聞いた材料を広く採り、あるいは『繋辞』を作り、あるいは『説卦』『序卦』を作り、伝文を写し成して経文の旁に附けました。
其所陳釋,亦非一人之言,蓋得之師傳,參諸他本,集合其說,序列成章,無非以易道精宏,神用莫極,變化無盡,推測維艱。且以三易有殊,取材致用,不一類,不同科,較彼量此相得必多,去短留長,歸奇於正。而辭有不備,文有難宣,或略於經則詳於傳,或重於卦則輕於爻,意有互參,用有聯及,則不獨象之宜重,文亦必詳;經之宜求,傳亦必讀。是習易者固當知也。
これらの陳述・解釈も一人の口に出たのではなく、老師の伝授を得、また他の本を参照して、各家の説を彙集し、順に编排して篇としたものです。このようにした所以は、他ならず『易』道が精深宏大で、神妙な作用に窮尽がなく、変化に止境がなく、推測するのが極めて困難だからです。いわんや三種の『易』はそれぞれ差異があり、取材と用法が同じ類・同じ科に属さず、両つを比較・権衡すれば、収穫は必ずより多く、短所を去り長所を保ち、偏出を正軌に帰らせることができます。そして文辞には必ず不備の所があり、意思には必ず言い出しがたい所があるので、ある所では経文が簡略であれば伝の中で詳しく説き、ある所では卦に偏重すれば爻に対して略するというように、意思の上で互いに参照し、用法の上で彼此に関聯します。このように見れば、象だけを重んじるのではなく、文辞も必ず詳しく講じ、経は固より研求し、伝も必ず読まなければなりません。これは『易』を学ぶ者が本来知るべきことです。
古人初制象時本以會意,雖文不傳,而畫已具,當視所畫之象為最簡之文。厥後文字既建,言詞漸繁,於原象之下引申其意,綴為文辭,則文字者既原象之廣義,當視其辭為漸明漸繁之象,不可分為二也。蓋象亦會意之文,文亦釋意之象,千古聖人後先同揆,作雖異時,義無二致。故讀易者象辭並重:先熟其辭,知象之會意有定義也;後習其象,知文之釋意有微旨也。二者通之,無所疑惑,則易道可見,聖人之心可明,而後用之不違,推之能化。神明之德、天人之道,蓋莫不盡於象與辭焉。
古人が最初に卦象を制作したとき、本来「会意」の路を取っていました。あの時文字はまだ流伝していませんでしたが、画はすでに斉備しており、画かれた象を最も簡省な文字と見るべきです。後に文字が建立され言辞が次第に繁富になると、もとの象の下にその意を引申して文辞を綴ったので、文字は実はもとのあの象の拡張義ですから、これらの辞を次第に明晰になり次第に繁複になった象と見るべきで、両者を二つの事に分けてはなりません。象はすなわち会意の文字であり、文字はすなわち意思を解釈する象です。千百年にわたり聖人は前後同じ準則で、創作は異なる時代にありながら義理は二つとありません。ですから『易』を読む者は象と辞を並重しなければなりません。まず辞を読み熟して、象の会意に確定の含义があることを知り、次に象を研習して、文辞の釈意の中に精微の旨趣が蔵されていることを知ります。両方面が貫通し、心に疑惑がなければ、『易』道が見え、聖人の用心が明らかになり、これより後それを用いて違失がなく、それを推衍して変化に通達できます。神明の徳能・天人の大道は、おそらくすべて象と辞の中に尽きているでしょう。
且易之為用,重在變化。以人之智慧,通天下之故,達神鬼之情,必於變化中得之。象之會意,以象一事一物一時一地者也,而通其變,則必合他象而通參之;辭者釋意以辨類,亦當合他卦爻之辭而通參之。故習易者,象外求象,辭中索辭,如審物然,上下四旁、內外形狀,必通知之,非據一面而能盡其變化也。易之變化亦有定序,則須合全易之象辭通參之。天道不變,雖雙仍不亂其序,故序者,天下之定則也。而易之序則序卦傳為主,此讀易必及之。易卦之序有數種,其用不同,故所序異。而周易之序,則凡今天下所通行之則,莫不依以變化。後所得者,雖變不止此,尚有待於後聖,然今日之數則無違於此。
そして『易』の作用は変化に重点を置きます。人の智慧をもって天下の事物の原委に通暁し、鬼神の情状に通達するには、必ず変化のうちでこそ得られます。象の会意は、ある事・ある物・ある時・ある地を象徴するために用いられます。その変化に通暁するには、必ず他の象と合わせて参看しなければなりません。辞は意思を解釈し品類を弁別するもので、また他卦・他爻の辞と合わせて参看すべきです。ですから『易』を学ぶ者は、象の外にさらに象を求め、辞の中にさらに辞を求め、ちょうど一件の物を細かく見るように、上下四方・内外の形状をすべて通盤に把握しなければならず、一面だけをもってその変化を窮めようとしてはなりません。『易』の変化にも一定の次序があり、それは全部の『易』の象と辞をあわせて参看しなければなりません。天道は恒常で変わらず、たとえ変動があってもその次序を乱しません。ですから「序」とは天下の定則です。そして『易』の次序は『序卦伝』を主とし、これは『易』を読む者が必ず関わらなければならないものです。『易』卦の次序には何種かがあり、用途が異なるので排法も異なります。『周易』の次序に至っては、およそ当今天下に通行する法則は、それに依って変化しないものがありません。後人が得られるものは、変化はこれに止まらず、なお後の聖人を待たなければなりません。ただ今日の気数から言えば、この範囲を出ることはないのです。
易之有體用者,亦由序卦之殊。如伏羲之序異於文王,連山歸藏之易異於周易,後人始有先後天之名。田先天不變,後天重在變;先天不用,後天重在用。由道言之,先天為主,後天為從;由人事言之,皆在後天,一至先天,無所為矣。故周易之用,為人道也,因時之宜,立道之極,而原始要終之事也。先天之易常靜,後天之易常動;而靜中有動,故先天必生後天;動中有靜,故後天不離先天。二者異途同歸,知其一則通其二。斯文王之聖智,乃能盡其變化,而建立周易之極,以全易之用也。
『易』に「体」があり「用」があるのも、また卦序が異なるゆえです。たとえば伏羲の次序は文王の次序と異なり、『連山』『帰蔵』の『易』は『周易』と異なるので、後人はここに「先天」「後天」の名目を得ました。先天は変わらず、後天は変を重んじます。先天は実用を講じず、後天は実用を重んじます。道の角度から言えば、先天は主であり、後天は従です。人事の角度から言えば、人事はすべて後天にあり、一たび先天に入れば為すところがありません。ですから『周易』の用途は人道のために設けられ、時勢の適宜に順い、道の準則を確立し、「始原を推究し終局に帰結する」という事を行います。先天の『易』は常に静に処し、後天の『易』は常に動に処します。そして静の中に動を含むので、先天は必ず後天を生じ、動の中に静を含むので、後天は先天を離れられません。両者は路が異なって帰宿が同じで、一方を得れば他方に通暁できます。まさに文王の聖明なる智慧をもって、はじめてこれらの変化を窮め、『周易』の準極を建立し、もって『易』の作用を完整せしめることができたのです。
夫伏羲之時,豈無所用哉?豈不盡其變化以適人事哉?何以必待文王而後明也?是蓋有故焉。上古之時,人事簡略,民習於道,上有所制,下則循之,既無所多需於變化,亦無所窮於用。且以文字未備,傳佈難廣,作者心通其用,知者神會其變化,有其體已足矣。
伏羲のあの時代、『易』に用途がなかったのでしょうか。彼が変化を推し尽くして人事に適応させなかったのでしょうか。なぜ必ず文王を待ってはじめて彰明されたのでしょうか。ここには自ら理由があります。上古の時、人事は簡単で、百姓は道に依って行うことに習熟しており、上が定めたことを下が照らして遵行し、あまり変化を必要とせず、また用途を窮め尽くすこともありませんでした。いわんやあの時文字はまだ完備せず、伝播も広遠に及びがたく、作った者が心のうちでその用途に通暁し、知る者が神思をもってその変化を領会すれば、この「体」があるだけで十分だったのです。
迨文字既成,文物漸備,迄乎三代,其用易已繁,其變化亦多。彼連山歸藏者,即述前人之口傳,會伏羲之本象,而以盡其變化,致其用,而後制之。文王之卦,正猶是也:上依伏羲之本卦,下采連歸之變例,沿其舊制益其新規,而後周易以成。周易既成,連歸可不復用。於是伏羲與文王二易,一體一用,一本卦,一變例,兩者著明,易道大備。
文字が造成され、典章器物が次第に完備し、夏・商・周の三代に至ると、『易』を用いることはすでに頻繁になり、変化も多くなりました。あの『連山』『帰蔵』の二種の『易』は、前人が口耳に伝えた内容を記述し、伏羲本来の卦象を会合して、その変化を窮めその用途を発揮し、そうして後に書に制定したものです。文王の卦もまさにこのようです。上には伏羲の本卦に依拠し、下には『連山』『帰蔵』の変例を採り、旧制に沿襲して新規を增添し、そうして後『周易』が完成を告げました。『周易』が一成すれば、『連山』『帰蔵』はもはや用いなくてもよくなりました。ここに伏羲と文王の二種の『易』は、一方が体で一方が用、一方が本卦で一方が変例であり、両者とも彰明となって、『易』道は大いに完備しました。
吾故曰易之為易,成於歷代聖人,非一人所作也。伏羲啟之,諸聖紹之,以其本天地自然之序,故作者異而易不異,易序異而易道不異。文王之易固源於歸藏,歸藏源於連山,而莫不出自伏羲。伏羲雖僅傳其體,而用仍紹於周易,則二者合而易以全,更無分於伏羲文王。不過周易傳自文王,今遂名之為周易耳。讀者要當視為一易,不可以其傳述之人不同,而謂有二易也。
ですから私は言います。『易』が『易』と成ったのは、歴代の聖人が共同で完成したのであって、一人の作ではありません。伏羲がその端を開き、衆聖人が続いて為していきました。それが天地自然の次序に本づくので、作る者は異なっても『易』は異ならず、卦序は異なっても『易』道は異なりません。文王の『易』は固より『帰蔵』に源し、『帰蔵』は『連山』に源し、いずれも伏羲に出ないものはありません。伏羲はただ「体」を伝えましたが、「用」はなお『周易』が接続して伝えました。ならば両者を合わせて『易』が完整するのであって、もはや伏羲のものか文王のものかを区分する必要はありません。ただ『周易』は文王によって伝えられたので、今それを『周易』と呼ぶだけです。読者はそれらを同一の『易』と見なすべきで、伝述する者が異なるからといって、二部の『易』があると言ってはなりません。
夫易之有三者,非三易也,易之三變例也。既有三變,已備天地人之數,為用已足,雖有他變,終不出乎三者。文王之易,合三者而一之,故言卦之變與易之用,以周易為主,此吾贊易取文王序卦之由也。卦變雖從文王,本卦必溯伏羲,故說卦兼及二者次序。後人不明易之用有正變,不知伏羲文王之卦同異之義,不解連山歸藏不用之由,妝加揣測,不獨易道不明,既易之自出,亦不復曉;或摭拾殘編以爭執異辭,或採取他易以辨別圖序,皆失吾贊易原意者也。要知末有周易,則不得不採用連歸;既有周易,則從周已足。此吾有從周之嘆也。
『易』に三種あるとは、三部の『易』があるのではなく、『易』の三つの変例です。この三変がある以上、天・地・人の数が斉備し、用いるにすでに足ります。たとえなお別の変化があっても、ついにこの三者を出ることはありません。文王の『易』は三者を合して一としたので、卦の変化と『易』の用途を談ずるには『周易』を主とすべきです。これが私が『易』を賛述するに文王の卦序を採用するゆえんです。卦の変化は文王に依従しますが、本卦は必ず伏羲に遡らなければなりません。ですから『説卦伝』の中に両家の次序を兼ね及ぼしているのです。後人は『易』の用法に正例と変例があることを明らかにせず、伏羲と文王の両家の卦序の異同の道理を懂さず、『連山』『帰蔵』がなぜ棄置して用いないかを理解せず、妄りに推測を加えて、結果として『易』道が明らかでないばかりか、『易』がどこから来たかもはっきりしないことになりました。あるいは残欠の旧書を捜し集めて異説を争い、あるいは別種の『易』を採って図と序を弁別する者もあり、いずれも私の『易』を賛述した本意に背きます。知るべきです。まだ『周易』がなかった以前は、『連山』『帰蔵』を採用せざるを得ませんでした。すでに『周易』がある以上、周制に遵えば足ります。これが私が「吾は周に従わん」との感嘆を発したゆえんです。
夏商遺典,固不可考。連山歸藏之易,吾於杞宋猶及見之,初亦以為可取;及參之周易,始知二者已在其中矣,故從周易。易中諸辭,非盡文王之作,多沿二易之舊,今猶在也。而周易之精,不在辭之美備,而在序之精當,以能參天地二道,立人道之極,全變化之用,明始終之義,非如連歸所取義狹而立極有偏也。故合伏羲之旨,盡易之變化者,唯周易為宜,此文王之所以聖者歟。夫易之有異同,既可知矣;而習易之應從周易,又無疑矣。顯後人猶不達者,則以及門之士末嘗將經傳詳為講釋,以明旨趣;二三子好事者,又竊取連歸之本,授於門人。迨漢之興,言易者遂有同異,雖非乖離不稽之說,究為門戶爭執之階,此則易道之不幸也。
夏・商の二代が残した典籍は、たしかに考訂のしようがありません。『連山』『帰蔵』の二種の『易』は、私は杞国・宋国でまだ見るに及び、初めは取るに足るとも思いましたが、『周易』をもって参照するに至って、はじめてあの二種の内容はすでに『周易』の中に包含されていることを知りました。ですから私は『周易』に従います。『易』の中の多くの辞句はすべて文王の手に出たのではなく、多くはあの二種の『易』の旧文に沿襲し、今なお保留されています。そして『周易』の精妙は文辞の完美斉備にあらず、卦序の排定が精当なるにあります。それは天・地の二道を参合し、人道の準極を確立し、変化の作用を保全し、始終の義理を闡明し、『連山』『帰蔵』のように取義偏狭で立極に偏倚があることはありません。ですから伏羲の宗旨に合い『易』の変化を窮めるには、『周易』が最も適します。これがおそらく文王が聖人たる所以です。『易』の各家の異同はすでに明らかにでき、『易』を学ぶに『周易』に従うべきことも、もはや疑うべきことはありません。後人がなお通達しない所以は、我が門に入った弟子が経と伝を詳しく講解してその中の旨趣を顕明にしなかったこと、そして好事の学生が私かりに『連山』『帰蔵』の本を取って自らの門人に伝授したことにあります。漢代が興るに及んで、『易』を講ずる者にここに異同の争いが生じました。これらの説は悖離無稽とは言えないまでも、ついに門戸の争執の起点となりました。これは実に『易』道の不幸です。
然以今傳之本,既無詳解之文,則他山之石,可以攻玉,取其所異以證其同,亦足以明周易之精美,而直探文王之心矣。易之言讖緯,誇占驗,及其以本宮生變為序,以納甲合歲為用者,其書雖殊,亦屬古人之遺,參而求之,尤足推廣周易之用,蓋雖近雜,亦非無益。是在讀者知以周易為宗,勿認客作主,則占驗之說,正可為修省之助,而生變之異,又可例易道之宏,其所益於易固自有在焉。
ただ今日流伝する本に就いて言えば、すでに詳しい解説の文字がない以上、「他山の石、以て玉を攻むべし」(『詩経・小雅・鶴鳴』に出ず)――各家の異なる所を取ってそれらの同じ所を印証すれば、また『周易』の精美を見るに足り、もって直接文王の用心に探り至ることができます。『易』学の中で讖緯を講じ占験を誇り、および「本宮」の生変をもって次序を排し、「納甲」をもって歳運に配合して施用する類の書は、『周易』と別ではありますが、古人の遺したものに属し、参照して研求すれば、なおさら『周易』の用途を推広するに足ります。これらの内容は駁雑に近いとはいえ、益がないわけではありません。肝要なのは読者が『周易』をもって宗主とすることを知り、客を主と見なさないことです。こうすれば、占験の類の説はちょうど人の修身省察を助け、各種の生変の差異はまた『易』道の宏大を挙証でき、それらの『易』への助益は本来その在る所を持っています。
