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文王六十四卦講義――宣聖講義(孔子)

清 · 陆宗舆 · 第11巻 / 14

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

六十四卦,自八卦出,無論伏羲文王一也;其次序自伏羲八卦方位定,無論先後天一也。唯六十四卦,有本宮次序,有本卦次序,有相錯次序,有相和次序,各以其變化而定。本宮者,分乾坎艮震巽離坤兌八宮,各八變,成六十四卦,此序卦之自生也。

六十四卦は皆八卦より推衍し出た。伏羲の易であれ文王の易であれ、この点に分別なし。それらの次序もまた皆伏羲八卦の方位に取決す。先天であれ后天であれ、この点も同じく分別なし。ただ六十四卦の排列に好幾套あり。「本宮次序」あり、「本卦次序」あり、「相錯次序」あり、「相和次序」あり、各々取る所の変化方式に依って定まる。いわゆる本宮次序は、六十四卦を乾・坎・艮・震・巽・離・坤・兌の八宮に分かち、每宮各々八次の変化を経て、六十四卦を合成す。これは卦序それ自体が生発し出した一種の排法である。

本卦者,亦依八卦之生化,而以乾兌震離巽坎艮坤之序,分屬一卦,以成八屬,此明卦氣之消長為循環也。相錯者,以卦之交錯,分乾坤坎離震艮巽兌,相交錯而成行,以循環而為序,即《周易》上下經之序也。

いわゆる本卦次序もまた、八卦の生化に依照して排し、乾・兌・震・離・巽・坎・艮・坤の順序に按じて、某一卦の生ずる所の各卦を皆あの一卦の名下に帰属して、八個の類属を合成し、卦気の消長が循環已まざるを説明するに用いる。いわゆる相錯次序は、卦と卦との交錯を取って准と為し、乾・坤・坎・離・震・艮・巽・兌を分かちて、それらを彼此交錯せしめて行列に排成し、循環の勢に依って先後を定出す。これがすなわち《周易》上経・下経の次序である。

相和者,亦卦之交錯,合其體用,明其常變,和先後天之例,一伏羲文王之序,並及《連山》《歸藏》之成規,與本宮本卦參照而為序者,即《雜卦傳》之序也。蓋卦變本多,變必有例,易以明變,則一變有一序也。以此四者舉其凡,若盡其變,尚不止耳。

いわゆる相和次序もまた、卦の交錯を取るが、更に進んで本体と功用とを合わせて看、常道と変化とを皆点明し、先天后天両套の体例を調和し、伏羲と文王の両種の排序を統一し、併せて《連山》《帰蔵》両易の旧規を兼顧し、更に本宮・本卦両序を参照して定む。これがすなわち《雑卦伝》の用いた次序である。凡そ卦の変化はもともと多く、変化あれば必ず相応の体例ある。《易》は正に変化を闡明するに用いるがゆえに、一種の花样を変じ出せば、便ち一種の排序あり。ここに四種を挙出するは、ただ大概を提ぐるのみ。もしすべての変化を窮尽せんとせば、なおこれらに止まらざるなり。

六十四卦既由八卦出,八卦之序已有不同,則六十四卦之序,自分多類。不過後天易象重在交錯,二五流行,無不交互,天下萬類無非錯行,合則以生,分則以化,推之不盡,用之不窮,則當以文王所序之例為主,以能象現在之事物,而可推諸往來之氣數也。其它各例,以備參考,俾知序變則用殊,易道不窮,則變例無盡。

六十四卦はすでに八卦より生じ、しかも八卦自体の排序にすでに先天后天の別あれば、六十四卦の排序は自然に許多の類を分出す。ただ后天の易象の重点は交錯に在る。陰陽二気と五行の気とは流行して已まず、処として彼此交互せざるなく、天下の万類は一つとして交錯して行わざるなし。合わせれば便ち生ずる所有り、分かてば便ち化する所有り、一路推衍して尽頭なく、一路取用して窮時なし。それゆえ当に文王の定めた体例をもって主と為すべし。それがよく当下現実の事物を象徴し、またこれに拠って往来の気数を推算し得るがゆえに。その余の各種体例は、参考に留めて、人に次序が一変すれば功用すなわちこれに隨って同じからざるを知らしめ、《易》道無窮にして変化の体例もまた無尽なるを知らしむるがよい。

有後聖者出,推而廣之,亦足與文王易同,則變例之存,將有待於推闡,不獨溯源探本已也。文王所定六十四卦次序,大別之為上下篇,而上篇統於乾坤坎離,下篇統於震艮巽兌,此大略也。其實皆相錯交互,明氣之周流,二氣消息往復無已,自為環行,繫後天自然之象。

もし後世に聖人出でて、これらの体例を推衍拡充せば、また足りて文王の易と並駕斉駆せん。見ればこれらの変例を保留するは、後人の推闡発明に留待するであって、ただ本源を追溯するためのみではない。文王の定めた六十四卦次序は、大体上は上篇と下篇とに分かれる。上篇は乾・坤・坎・離に統属し、下篇は震・艮・巽・兌に統属す。これは大略に就いて言う。実は上下両篇は皆彼此交錯互涵して、気の周流不息を説明するに用いる。陰陽二気は一消一長・一往一復して止境なく、自然に環形の運行を構成す。これは正に后天の自然景象である。

由先天既變,氣隨形化,數隨事見,天道存於人物,化育寓於時位,皆莫為而為,莫致而至,以繼往啟來,垂今鑑古,無不符合,故為易之主體,而見卦之大用也。上篇三十,首乾坤而終坎離,明先後天之卦象異主,坎離即以代乾坤,為宇宙之樞機,運陰陽之中極,而天地間萬物從此生化也。

先天より后天に変じてより、気は便ち形体に隨って変化し、数は便ち事物に隨って顕現し、天道は人と物の中に寄存し、化育は時令と方位の内に寄托す。これ一切は誰かが刻意に為すなくして自然に成し、誰かが刻意に招致すなくして自然に至る。上は既往を承け下は将来を啓き、今人に垂示し古人を鑑照して、吻合せざるなし。だから文王の序は《易》の主体と為り、卦の大用はここより見ゆべし。上篇は共に三十卦で、乾・坤をもって頭を開き、坎・離をもって尾を収む。正に先天と后天の两套卦象の主宰者がすでに人を換えたを説明す。坎・離が乾・坤に取代わって、宇宙の枢機と為り、陰陽の中枢を運転す。天地の間の万物はこの処より生長化育し始む。

下篇首咸怛,終既未濟,即本上篇乾坤坎離交錯,而成人類之萬事萬象,以震艮巽兌縱橫其間,明事物之迴環曲折,無窮無盡。人主其中,以代天地,並化育,為世界開化,為物類建極,以成天地人三才之德,而全易卦六爻之用。此下篇三十四卦始終,與上篇大同,皆以乾坤起,坎離終,而更交錯之也。

下篇は《咸》《恒》両卦をもって開端と為し(原文の「恒」は「怛」と写作す)、《既済》《未済》両卦をもって収束と為す。正に上篇の乾・坤・坎・離の交錯を承接して、進んで人間の万事万象を構成し、更に震・艮・巽・兌四卦をその間に縦横穿插せしめて、事物の回環曲折に窮尽なきを説明するに用いる。人はこの一切の中に居りて主を為し、天地に代わって事を行い、化育の功に参与し、世界のために文明を開啓し、万物の類のために準則を樹立して、これによって天・地・人の「三才」の徳を成就し、また全部易卦六爻の功用を完備せしむ。下篇三十四卦の頭より尾までの格局は、上篇とおおよそ相同じ。皆乾坤をもって起り坎離をもって終る。ただ交錯するがいよいよ繁复なるのみである。

蓋後天之象異先天者,以多變也。變因於交錯,而天地既判,人物已繁,往來其中者,形與氣也。司形者數,司氣者神;神主於隱,數行於顯,於是一者分為二矣。先天一氣,同屬乾坤,雖二仍一,以氣同也;後天之變,乾坤分居,坎離代用,形氣並具,二者乃分。

后天の象と先天と同じからざる関鍵は、変化多きに在る。変化は交錯より起る。しかして天地すでに分判し、人と物すでに繁多なれば、その間に往来するは「形」と「気」の両様に外ならぬ。形を主管するは数であり、気を主管するは神である。神は幽微の処に隠蔵し、数は明顕の処に運行す。そこでもとより渾然の一は便ち二に分かれた。先天はただ一気で、同じく乾・坤に統摂せらる。両卦とは言うも、実は依然として一体で、主とする気が同一個だからである。后天は一変して、乾・坤は四隅に退居して両地に分処し、改めて坎・離にその用を代行せしむ。形と気の両者は並存して、そこで一を分かちて二と為す格局は初めて真に確立した。

故後天統於水火,分於木金,而同寓於土,非復先天二氣之一源,生化盡於乾坤,周迴歸於陰陽,其象簡,其數單,而明顯易見,純一易名也。故後天之卦,必以交錯為用,愈交愈生,愈錯愈化,生化日眾,交錯益多。此六十四卦,雖大類統於水火,屬於四正,而其往復之跡、消息之機,無不縱橫如織,迴環若輪也。此文王六十四卦定序之義也。

だから后天は水火に統摂し、木金に分派して、しかも共同に土に寄寓す。更に先天のごとき陰陽二気同じく一源に出で、生化の功全く乾坤に帰し、一周流すれば便ち陰陽に回るとはせず。先天の象は簡明にして数目単純で、一望して知るべく、純粋划一にして命名しやすし。后天の卦は必ず交錯をもって用と為さねばならない。交ますれば生ずる所いよいよ多く、錯ますれば化する所いよいよ繁し。生化は日に日に増多し、交錯もまた日に日に加密す。それゆえこの六十四卦は、大类の上において水火に統属し四正に隷属するとはいえ、それらの往復の軌跡・消長の機括は、織布のごとく縦横交叉し車輪のごとく回環転動せざるはなし。これがすなわち文王が六十四卦のために次序を定下した用意である。

文王六十四卦次序,雖因交錯,而因異本宮本卦之序,而其取法者,則仍乾坤對列之八卦位次也。蓋乾坤對列之位次,雖屬先天卦象,究為卦象本體,不得棄之而別取法也。若上離下坎之象,雖名後天位次,其為用祇與本宮本卦之序相證,而非文王六十四卦序所本也。

文王六十四卦の次序は、交錯を講ずるに因って本宮・本卦両序と同じからざるとはいえ、それの取法する依拠は、依然として乾上坤下・両々対列のあの套の八卦位次である。乾坤対列の位次は先天卦象に属するとはいえ、畢竟は卦象の本体の在る所で、それを抛開して別に依拠を尋ね得ない。離上坎下のあの套の図式に至っては、名は后天位次と言うも、その作用はただ本宮・本卦両序と互いに印証するのみで、文王六十四卦排序の依拠とする根本ではない。換言すれば、文王は八卦の上において位次を改めたが、六十四卦の上においては依然として乾坤対列の老根基に回って取法した。位次は時に隨って変じ得るが、本体は位次に隨って共に変じ得ない。然らざれば変は参照を失い、六十四卦の往来交錯もまた安排する由なし。

此其異者,以先天之至後天,因其變,變有其例,因於體用,體此而用則彼,體先而用則後。文王八卦位次,仿自伏羲八卦,而與本宮本卦之序相應,一先一後,一體一用也。二者同出異用,一常一變,常者不變,故其用能變,變而不失其常。若體已變,則何以用變?以變為變,將不復知有常矣,則易道亂,亂則何以神其用哉?故變者本於不變,而後天必本於先天也。

両者の別ある所以は、先天より后天に走到すれば必ず一変を経るに由る。しかして変には変の体例あり。この体例はまた体と用との関係に取決す。この套をもって体と為せば、便ちあの套をもって用と為す。先天をもって体と為せば、便ち后天をもって用と為す。文王の八卦位次は伏羲八卦に仿り、また本宮・本卦の序と彼此呼応す。一つは先に在り一つは後に在り、一つは体を作り一つは用を作す。二者は同じく一源に出でて功用同じからず。一つは常に属し一つは変に属す。常の一方は改変を保持せざるがゆえに、用の一方は初めて変じ得る。変ずるとはいえその常を失わず。もし本体すら跟って変ぜば、用はまた何を凭って変ぜんや。変をもって変を変ずれば、更に常を尋ね得ず、《易》道は乱る。一たび乱れば、またどうしてその功用を神妙ならしめ得んや。だから変は必ず不変をもって根基と為さねばならず、后天もまた必ず先天をもって根基と為さねばならない。

世之習易者,以文王六十四卦不合其八卦位次,而其八卦位次恰與本宮之序同,有疑為不如是者。不知六十四卦者,全易之象,八卦亦在其中;文王六十四卦之序,即後天之象,與伏羲本宮卦序,正為體應,非可疑也。苟就六十四卦之象前後觀之,其氣消息,其數盈虛,其行往復,其道迴環,無不與伏羲八卦位次同,蓋可見其取法所自矣。

世上の易を学ぶ人、文王六十四卦の排法がそれ自体の定めた八卦位次と対せざるを見、かえって本宮卦序とちょうど相合するを見て、そこで事情はかくあるべからずと疑惑す。彼らは明白にせず。六十四卦は全部易象で、八卦はもともとその中に包含せらる。文王六十四卦の序は正に后天の象で、それと伏羲本宮卦序との間は体と応の関係であって、何の疑うべきもなし。ただ六十四卦の象を頭より尾まで通看一遍すれば、便ちその気の消長・その数の盈虚・その運行の往復・その道路の回環、一処として伏羲八卦位次と合せざるなく、取法の来源もまた一目了然と為るを発見せん。

且六十四卦之序,不有數例在乎?試各按之,皆足以參證其用。以本宮言之,三變而後則屬對宮,七變為游魂,八變為歸魂,仍本先天八卦方位者也。蓋變多必因交錯,氣交數錯,變乃無盡。後天以變為主,固必取交錯之例。交錯以對位為主,以旁行為輔;對位為交,旁行為錯。如乾之坤,對位也;之離坎,則旁行也。

まして六十四卦の排序に好幾種の体例あるではないか。逐一に按験して見れば、每一種皆足りてその功用を印証す。本宮卦序に就いて言えば、第三次に変じ至れば便ち対宮に転入し、第七次に変じ至れば「游魂」と称し、第八次に変じ至れば「帰魂」と称す。依拠するは依然として先天八卦の方位である。変化の多き所以は、必ず交錯に由る。気が一交し数が一錯すれば、変化は窮尽なし。后天は変を主と為すので、自然に必ず交錯の体例を採用せねばならない。交錯は「対位」を主とし「旁行」を輔と為す。対位を交と呼び、旁行を錯と呼ぶ。たとえば乾より坤に走到するは、すなわち対位である。乾より離・坎に走到するは、すなわち旁行である。

文王六十四卦序,其例正如此,故以乾坤為首,以既未濟為終,明後天之交錯,而象事物之生化也。夫本宮之序,終於歸妹,與此之終於未濟,其義亦可互參。傳曰歸妹女之終也,未濟男之窮也。乾道成男,坤道成女,男女即乾坤也,乾坤即天地也,天地即陰陽也。陰盡于歸妹,明體靜也;陽盡於未濟,明用動也。

文王六十四卦の排序は、正にこの套の体例を用いた。だから乾・坤両卦をもって開端と為し、《既済》《未済》両卦をもって收尾と為して、后天の交錯を説明し、併せて事物の生長変化を象徴するに用いる。本宮卦序は《帰妹》に終止し、文王の序は《未済》に終止す。両者の意もまた互いに参証し得る。《序卦伝》に「帰妹は女の終なり」「未済は男の窮なり」と言う。《繋辞上伝》は「乾道は男を成し、坤道は女を成す」を講ず。見れば男女はすなわち乾坤、乾坤はすなわち天地、天地はすなわち陰陽である。陰気は《帰妹》に終結して、本体の静を主るを説明す。陽気は《未済》に終結して、功用の動を主るを説明す。

先天主靜,內陽外陰;後天主動,內陰外陽。故文王之序,以乾始,以未濟終,示陽氣之循環,為後天生化之本;而陽氣之終盡,為人物窮竭之時。此其取義,亦象天地自然之氣者也。況易者盡而無盡,窮而復通,以其循環也。天地為一大循環,終則有始,非不續也,故未濟窮而不窮。

先天は静を主とし、内裏は陽、外面は陰である。后天は動を主とし、内裏は陰、外面は陽である。だから文王の排序は乾卦より起り、《未済》に至って止み、陽気の循環がすなわち后天生化の根本なるを顕示するに用いる。しかして陽気が尽頭に走到する時は、すなわち人と物とが枯竭する時である。かく義を取るも、同じく天地自然の気の運行を摹写するにある。まして《易》の講ずる所は尽きて未だ尽きず・窮してまた通ずるは、それがもとより循環だからである。天地はすなわち一個の大循環で、終点に走到すればまた新たな起点で、これによって中断するではない。だから《未済》は名は窮と言うも、実は窮にして窮ならず。

先後天各易象数および図表――大同復聖講述(顔子)

卦象先後天之異,在方位與次序,夫子已詳言之。唯先後天各圖象,位次各不同者,以其氣數各有合也。伏羲八卦位序,為一切根本,其六十四卦則有數種;位序不同,名類斯異。文王八卦位序,自伏羲變來,其六十四卦,亦與伏羲者殊,然皆出於上乾下坤之八卦位序則同。蓋根本一,而變化無盡也。

卦象の先天と后天との間の差異は、方位と次序の両方面に体現す。夫子はすでに講じてまことに詳細なり。ただ先天后天の各種図象の位次が彼此同じからざる所以は、各自の気と数と各々その配合の道あるがゆえに。伏羲八卦の位序は、一切易図の根本で、それより推し出た六十四卦に好幾種の排法あり。位序が一たび同じからざれば、名目と類属もまたこれに隨って異なり。文王八卦の位序は伏羲卦より変じ来たもので、それより推し出た六十四卦もまた伏羲のと同じからず。しかし根を追い底を窮めれば、皆同じく乾上坤下のあの套の八卦位序より出づ。根本はただ一個で、これより生じ出る変化は窮尽なし。

伏羲六十四卦,應以本卦之序為最明顯,即依乾、兌、離、震、巽、坎、艮、坤之一、二、三、四、五、六、七、八次序,而將本卦所變者,統屬之於一卦。如乾卦之下,兌乾、離乾、震乾、巽乾、坎乾、艮乾、坤乾各卦,即夬、大有、大壯、小畜、需、大畜、泰,皆屬之乾卦。

伏羲の六十四卦は、「本卦の序」を数えれば最も清楚明白である。すなわち乾一・兌二・離三・震四・巽五・坎六・艮七・坤八のこの先天次序に按じて、某の一本卦の生変する所の各卦を、一概にあの一卦に帰属す。たとえば乾卦の名下において、凡そ下卦が乾にして上卦が各々兌・離・震・巽・坎・艮・坤を配する各卦――すなわち《夬》《大有》《大壮》《小畜》《需》《大畜》《泰》――は皆乾卦に帰属す。かく帰并する所以は、下卦は内・主にして、先天の講ずるは気の生発で、気は内より外へ下より上へゆくがゆえに、下卦がどの一卦であれば、この卦はすなわちどの一卦の生ずる所と算えられる。上卦の変換は、ただこの一気の遇う対象が同じからざるを表示するにすぎない。八卦は各々八卦を領して、八八相乗して正に六十四。一卦も多からず一卦も少からず。

其次則兌卦,兌所合者,如履、兌、暌、歸妹、中孚、節、損、臨各卦,皆屬之。兌以下,如離、如震、如巽、坎、艮、坤各本卦所合者,依序列之,以為全易次序。因其由本卦所推,故名為本卦序;因其依先天八卦位次,故名為先天六十四卦序,或伏羲六十四卦序。

その次は兌卦で、凡そ兌と相配合して成る卦、たとえば《履》《兌》《睽》《帰妹》《中孚》《節》《損》《臨》の各卦は、皆兌に帰属す。兌以下、離・震・巽・坎・艮・坤の各本卦の配合し生成した卦のごときも、同様の弁法に照らして依次に排列し、合わせて全部《易》の次序を構成す。それは本卦より推衍し出たがゆえに、「本卦序」と呼ぶ。またそれは先天八卦の位次に依照するがゆえに、「先天六十四卦序」とも呼び、あるいは「伏羲六十四卦序」と称す。

此種卦序,為圖有方,有圓,有平列,有豎立,其象雖殊,致用略一,而其別於他類者,順八卦之位次,示本卦之分合,無交錯之用,純先天之象。蓋其變化少,而生育之功不見,藉以定天地之位、辨氣數之差而已。故後人多不曉其意義,不過備易象之一格,而為他卦參證云爾。

この一套の卦序を画いて図と為すに、方、方図あり円図あり、平鋪排列するあり、また竪直排列するあり。図形は同じからざるとはいえ、用途はおおよそ相同じ。それのその他各類の排法との区別は、全く八卦の位次に順って排して、ただ本卦が如何に分合するかを顕示するのみで、卦と卦との交錯を講ぜず、純粋の先天の象なるにある。正にそれの含む変化が少きがゆえに、万物を生育する功用は便ち顕れ出ず、ただそれを借りて天地の方位を確定し気数の差等を辨別するのみである。だから後人は多くはその意義を懂えず、それを易象の中の備えて用いざる一格と作して、ただその他の卦序と互いに参証するに用いるのみである。

又有本宮卦序者,則依文王八卦位次,而為各類;其卦變化,則依本宮對宮相交錯,及比類五卦,而推生各卦,皆為八變。如乾宮自乾起,初變為乾巽,次為乾艮,次為乾坤,次為巽坤,次為艮坤,次為離坤四,終為離乾,即乾、姤、遯、否、觀、剝、晉、大有各卦,依次序列,屬之乾宮卦。

別に一套の「本宮卦序」あり。文王八卦の位次に依照して各類に分成す。卦の変化に至っては、すなわち本宮と対宮とが互いに交に交錯し、併せて相隣同類の五卦に旁及して、これによって各卦を推生し、每宮皆八変である。たとえば乾宮は乾卦より手を起こす。初変して上乾下巽と為り、再変して上乾下艮と為り、再変して上乾下坤と為り、再変して上巽下坤と為り、再変して上艮下坤と為り、再変して上離下坤と為り、最後に変じて上離下乾と為る。すなわち《乾》《姤》《遯》《否》《観》《剥》《晋》《大有》の各卦で、依次に排列して皆乾宮に帰属す。

其次為坎宮,自坎以下,為節、屯、既濟、革、豐、明夷、師各卦,亦依變化之次序列,屬之坎宮卦。以下如震、如巽、如離、如坤、如兌,皆依後天八卦位次序列,以推生全易卦象者也。以其變由生於本宮,不似前之出於本卦者,故名本宮卦序,亦曰八宮卦序,或稱後天六十四卦序。然非與文王六十四卦序同,不過序列各宮,依文王八卦位次,其推生變化純先天例,有異文王後天交錯之序也,應仍屬之先天卦序之一種。

その次は坎宮で、坎卦より下に、依次は《節》《屯》《既済》《革》《豊》《明夷》《師》の各卦で、同じく変化の先後に按じて排列して皆坎宮に帰属す。更に下に、震宮・巽宮・離宮・坤宮・兌宮のごときも、皆后天八卦の位次に依照して排列して、全部易卦の象を推生するに用いる。これらの卦の変化は本宮の内部より生じ出たので、前の一種のごとき本卦の配合より出たに似ず。だから「本宮卦序」と称し、また「八宮卦序」とも呼び、あるいは「后天六十四卦序」と称す。ただそれは文王六十四卦の序と等同するではない。それはただ各宮を文王八卦の位次に依って先後を排するのみで、推生変化に用いる法則に至っては、純粋に先天の体例で、文王后天の交錯を講ずる排序と同じからず。だから依然として先天卦序の一種に帰入すべし。

此種卦序,有一定之例,即自本宮本卦起,三變而至對宮,七變而為對比宮,是曰游魂;八變由比宮仍還本卦,是曰歸魂。大凡八卦,依伏羲方位相對者曰對宮,相併者曰比宮。如乾與坤,離與坎,震與巽,艮與兌,對宮也;如乾與離,坤與坎,震與艮,巽與兌,則比宮也。

この種の卦序に固定の規矩あり。本宮の本卦より算え起こし、第三次に変じ至れば便ち対宮に転入し、第七次に変じ至れば対宮と相隣するあの一宮に転じ、この一変を「游魂」と称す。第八次に変じ至れば、相隣の宮より本卦に回り、この一変を「帰魂」と称す。凡そ八卦の中において、伏羲方位に按じて彼此相対する両宮を「対宮」と呼び、彼此相並列する両宮を「比宮」と呼ぶ。乾と坤、離と坎、震と巽、艮と兌のごときは、対宮である。乾と離、坤と坎、震と艮、巽と兌のごときは、すなわち比宮である。

對宮不獨本卦位次相對,其變化位次皆相對。如乾變之巽,之艮,至坤,由離返乾,皆自上下行,由下返上;而坤則之震,之兌,至乾,由坎返坤,皆自下上行,由上返下。所至所行,恰相對也。

対宮の間はただに本卦の位次が彼此相対するのみならず、変化過程の経る所の位次すら処々相対す。たとえば乾宮の変化は、まず巽に至り、再び艮に至り、坤に至るを直し、最後に離より乾に返る。走るは上より下へ、再び下より上に返る路線である。坤宮はすなわちまず震に至り、再び兌に至り、乾に至るを直し、最後に坎より坤に返る。走るは下より上へ、再び上より下に返る路線である。至る所と行く所の路とは、ちょうど両々相反相対す。

其行各宮,而生變化,一宮所涉者五,不入者三。如乾涉巽、艮、坤、離,坤則涉震、兌、乾、坎,餘宮皆然,此其例也。蓋氣之變,必以動,變至三則易其位,至七則遊於比宮,八則歸於本宗。故一宮八卦,所交五宮,亦自然變化之序。此序之用,為納甲所本,於占法適宜,是先天用法,古人常取之以卜筮,至今猶傳,與後天卦序有相闡發也。

変化は各宮の間に游走す。每一宮の牽渉する所はただ五宮のみで、別に三宮は走り至り得ない。たとえば乾宮は巽・艮・坤・離に牽渉し、坤宮はすなわち震・兌・乾・坎に牽渉す。その余の各宮も皆このごとし。これがすなわちその通例である。気は変ぜんとすれば必ず動に靠る。第三次に変じ至れば便ち方位を更換し、第七次に変じ至れば便ち游走して相隣の宮に至り、第八次に変じ至れば便ち回帰して本宗に帰す。だから一宮八卦の交渉する所は共に五宮で、これもまた自然変化の次序である。この套の次序の用処は、「納甲」の法の依拠とする根本で、まことに占卜取用に適合す。それは先天の用法に属し、古人は常にそれをもって卜筮と為し、今日に至るまでなお流伝ありて、后天卦序と互いに発明し得る。

此外有合一歲序者,亦有數種。如以八卦八宮分候四季者,以乾坤二宮分候十二月者,以六十四卦分候全歲、一卦六日七分者,其例詳各家書,皆傳自古,為曆數家所用,亦本先天卦象,推其變化,而應於歲時,無不合也。

このほかまた一年の時令に配合する卦序ありて、また好幾種ある。たとえば八卦八宮を用いて各々四季に対応せしめるあり、乾・坤二宮を用いて各々十二個月に対応せしめるあり、六十四卦を用いて一整年に分配して每卦を六日七分に当値せしめるあり。これらの体例は各家の著述の裏に皆詳細の記載ありて、皆古より流伝し来たりて、暦法算数を治める人の採用する所と為る。それらは同じく先天卦象をもって本と為し、その中の変化を推演して、一年の時令に対応するに用いて、吻合せざるなし。

蓋卦象包羅無盡,其變化隨用而見,初非限於一例也。天文地理,日月度數,星辰躔次,山川里程,人物形體,皆有所象。神而明之,無不符合,固不僅象一事一物,亦不止象一時一世。果推而廣之,則宇宙之圖,今古之跡,天下之事,神形之倫,在大氣之中者,無不隨象而可征也。蓋氣者生化之本源,卦象氣也,則凡有生化者,舉不外於卦象,而視人之能明否耳。

卦象の包羅する所は無窮無尽で、その変化は用途に隨って顕現す。もともと某一種の体例に限らない。天文と地理、日月運行の度数、星辰経過の位次、山川の里程、人と物の形体、皆卦象の中に対応を尋ね得る。ただよく心領神會してこれを推明する能くば、吻合せざるなし。卦象はもともとただ某一事某一物を象徴するのみならず、またただ某一時某一世を象徴するのみでもない。真に推広し開けば、すなわち宇宙の全図、古今の行跡、天下の事務、神あり形ありの種種類別、凡そこの一団の大気の中に存在するは、依って卦象に印証し得ざるなし。気は生化の本源で、しかして卦の象徴する所は正に気なれば、凡そ生化ある事物は、全く卦象の外に出でず、ただ人の明白にし得るか否かを看るのみである。

文王之易,亦此一例,以後天之卦,象後天之氣,而推及變化所至而已。故易象一,而用無盡;一者本也,即伏羲八卦是也,餘皆其用。而所異則在次序,次序異,則象異;而象不因事物名,皆以氣數紀。先天之氣純數簡,故取象少,既伏羲八卦,已足為萬變之宗;後天之氣交數繁,故取象眾。

文王の易もまたこれらの体例の中の一種である。后天の卦を用いて后天の気を象徴し、再びこれらの気の到達する種種の変化に推衍す。かくのみである。だから易象の本源はただ一個で、その功用は窮尽なし。この「一」はすなわち根本、すなわち伏羲八卦で、その余の各種排法は皆ただそれの用である。各種排法の不同はただ次序に在るのみ。次序が一変すれば、取る所の象もまた跟って変ず。しかして象は具体事物に依照して命名するのではなく、一律に気と数とを用いて記録す。先天の気は純粋にして数簡単なれば、取象多からず。ただ伏羲八卦あれば、便ち足りて万変の宗主を充当す。后天の気は交錯にして数繁复なれば、取象は便ち多し。

雖匯各序例,猶未盡其變,但歧途而同歸,仍不離一本之源。此無論為伏羲,為文王,為連、歸,為本宮本卦,六日七分,歲時星紀,種種例用,更無問其為出自先天後天,合自八卦六十四卦,皆一也,皆上乾下坤之八卦位次,所生所化耳。故伏羲八卦,為一切卦之母,因得名先天之象,其餘皆後天也。

たとえ各種の排序体例を汇集しても、依然として未だその変化を窮尽する能わず。ただ殊途同帰して、終に同一個の本源を離れず。それゆえ伏羲の易であれ文王の易であれ、《連山》《帰蔵》であれ、また本宮序・本卦序であれ、六日七分の法であれ、また歳時星紀に配合する法であれ、種種の体例用法、更にそれが先天に出づるか后天に出づるか・八卦に合するか六十四卦に合するかを追問するを要せず。それらは全く一回事で、全く乾上坤下のあの套の八卦位次の生ずる所・化する所である。だから伏羲八卦は一切卦の母体で、因りて名を「先天の象」と為し得たのである。その余は便ち皆后天と算えらる。

然以伏羲六十四卦本卦之序,與文王者異,亦名之先天,猶日後天之先天也。若繩之八卦,則為後天;若較之文王各卦,則為先天。故以此別之,其實先天之象祇一,而克稱先天者,上乾下坤之八卦序耳。此為爭論先後天之重要處,故表出之,以袪世人之惑。

しかし伏羲六十四卦の本卦の序はすでに文王のと同じからざるに、人はそれを先天と称す。これはちょうどそれを「后天の裏頭の先天」と言うがごとし。もし八卦のこの本源を取ってそれを衡量すれば、それはすでに后天に属す。もしそれを文王各卦と相比べれば、それはまた先天と算えらる。人はすなわちかくのごとく区分す。実は真の先天の象はただ一個で、先天と称するに資格あるは、ただ乾上坤下のあの套の八卦の序のみである。この一点は正に歴來先天后天を争論する関鍵の在る所なので、特に標挙し出して、世人の疑惑を消除せんとする。

文王六十四卦次序,所取旨意,已見序卦傳,而所應知者,則其例也。其次序本於伏羲八卦方位,以往來交錯而成,而其連接者,皆相對也。以後天生化,必一陰一陽,交互而行,非如先天之陽行於陽,陰行於陰也。故文王六十四卦,取八宮各卦,分合而交錯之,本八卦位次,往復而對舉之,以成一陰一陽之道,而見天生地成之義。

文王六十四卦次序の取った意旨は、《序卦伝》の裏にすでに説明せり。読者は更に当にその排列体例を知るべし。この次序は伏羲八卦方位をもって根本と為し、往来交錯に靠って形成せらる。凡そ前後相連なる両卦は皆彼此相対す。后天の生化は必ず一陰一陽交互に行わるがゆえに、先天のごとき陽はただ陽の一辺に運行し陰はただ陰の一辺に運行するに似ず。だから文王六十四卦は、八宮の各卦を取り、あるいは分あるいは合してそれらを交錯せしめたのである。八卦位次に依拠して、一往一復にそれらを両々並挙せしめ、これによって《繋辞上伝》の言う所の「一陰一陽これを道と謂う」の道理を成就し、天の生を施し地の物を成すの意義を顕示す。

凡各卦之有往者,必繼之以復;有上者,必對之以下;有奇者,必聯之以偶;有動者,必應之以靜。使本宮對宮相錯,比卦類卦相交,不限於八宮之序,不囿於本卦之次;而其次序,恰與八宮相證,不亂其數;恰與本卦相通,不乖其位,以後天自然之序也。天地人物,歲時日月,周行不息,動靜有度,皆如此序。

凡そ往出する卦あれば、後は必ず一個の返回する卦を接し、向上するあれば、必ず一個の向下するを配し、奇に属するあれば、必ず一個の偶数に属するを連ね、動を主るあれば、必ず一個の静を主るを応ず。こうなれば、本宮と対宮とは彼此交錯し、比隣の卦と同類の卦とは彼此交接して、すでに八宮排序の制限を受けず、また本卦次第の拘束を受けず。しかして排し出した次序は、ちょうどよく八宮と互いに印証してその数を打乱せず、ちょうどよく本卦と彼此貫通してその位に違背せず。これはもともと后天自然而然の次序だからである。天地人物、歳時日月、周流運行して停まらず、動静各々法度ありて、全くこのごとき次序に合す。

故以卦象言,文王六十四卦,自乾坤起,以乾坤對舉,陰陽交行也;終於既未濟,以坎離互交,水火易位也。其中各卦,莫非此例,皆以比偶相及,對應相生,分之自成一卦,合之則為全序。

だから卦象に就いて言えば、文王六十四卦は乾・坤両卦より頭を起こすは、乾坤を両々並挙して、陰陽の交互に行わるを表示す。《既済》《未済》両卦に終結するは、坎・離を彼此交合せしめて、水火の互換するその位を表示す。中間の各卦は、一つとしてこの体例に遵照せざるなし。皆隣接成偶の方式をもって彼此関聯し、両々対応の方式をもって互いに生発す。分かちて看れば、每一卦は自ら一卦を成し、合わせて看れば、便ち全書の完整なる次序を構成す。

以卦雖六十四,而乾、坤、坎、離、頤、中孚、大小過八卦,獨不同象;其它五十六卦,皆反覆自為兩卦;則五十六卦,實二十八也。合之乾、坤、坎、離、頤、中孚、大小過八卦,共三十六卦,以應周天之數,而象萬物之類。

卦は六十四个あるとはいえ、《乾》《坤》《坎》《離》《頤》《中孚》《大過》《小過》のこの八個の卦は衆と同じからず。それらを上下顛倒して看れば、依然としてもとのあの卦である。その余の五十六卦は、すなわち皆一卦を倒せばすなわちもう一卦と為りて、両々互いに反復を為す。かく算え来れば、五十六卦は実はただ二十八個の同じからざる卦形のみ。更に前のあの八個を加えれば、一共に三十六卦で、周天の度数に対応し、併せて万物の種類を象徴するに用いる。

故其次序,以上下篇分括六十四卦,而皆統之於乾坤坎離;明天地為萬物之本,水火為二氣之宗,而合乎伏羲八卦方位四正之象也。故全易之序,皆以此四卦為主,反覆交互,上下錯綜,更以震、巽、艮、兌為用,縱橫應接,奇偶對生,以盡二氣之生化,而推五行之承制,蓋其旨意固如是也。

だからこの次序は上・下両篇を用いて六十四卦を統括し、しかも両篇はまた皆乾・坤・坎・離の四卦に統属して、天地は万物の根本・水火は陰陽二気の宗主なるを表明し、同時にまた伏羲八卦方位の中の四正の位の卦象と相合す。それゆえ全部《易》の次序は皆この四卦をもって主と為し、それらを反復交互・上下錯綜せしめ、更に震・巽・艮・兌四卦を用いて輔助の用を為し、縦横穿插して彼此応接し、奇数と偶数とは両々対生して、陰陽二気の生化を窮尽し、併せて五行の間の承接と克制の関係を推演す。その用意はもともとかくのごとし。

至文王卦序之例,可得言者,則其卦之對舉,合之本宮卦序,必一與五世,二與四世,三與三世;游魂與游魂,歸魂與歸魂,皆不亂也。如屯蒙二卦對舉,屯為坎宮二世卦,蒙為離宮四世卦;又如同人大有二卦對舉,同人為離宮歸魂,大有為乾宮歸魂,是其所舉異宮,而仍同世也。

文王卦序の体例に至っては、講説し得るはなお一点あり。凡そ両々並挙する卦は、本宮卦序を取って核対すれば、必ず一世卦は五世卦に配し、二世卦は四世卦に配し、三世卦は三世卦に配す。游魂卦は游魂卦に配し、帰魂卦は帰魂卦に配して、錯乱したためしなし。たとえば《屯》《蒙》両卦の並挙は、《屯》は坎宮の二世卦、《蒙》は離宮の四世卦である。また《同人》《大有》両卦の並挙は、《同人》は離宮の帰魂卦、《大有》は乾宮の帰魂卦である。見れば並挙する両卦は同じからざる宮より出づるとはいえ、世位は始終相當す。

其次則乾、坤、坎、離常以對舉,以屬先天對宮也;震、巽、艮、兌或對舉,或比類,以屬於先天四隅卦也。又乾與坎,坤與離,或離與乾,坎與坤,亦比類連舉,以先天之乾坤,後天之坎離同位;先天乾以離為用,坤以坎為用,其位次相比並,有如比肩。

その次、乾・坤・坎・離四卦は常に両々並挙す。それらが先天卦位の中においてもともと同じく互いに対望する対宮に属するがゆえに。震・巽・艮・兌四卦は、すなわちある時は並挙しある時は同類相従の方式をもって一処に排す。それらが先天卦位の中において四隅の卦に属するがゆえに。また乾と坎、坤と離、あるいは離と乾、坎と坤も、また同類と作して連ねて並挙す。これは先天の乾坤と后天の坎離とが同一個の方位を占踞するがゆえに。先天の乾は離をもってその用と為し、先天の坤は坎をもってその用と為す。両者の位次は緊く挨り一処に在りて、肩を並べて立つがごとし。

故其在後天有相對之象,有相類之象,亦猶乾與坤,坎與離也。震、巽、艮、兌亦然:震之於艮、於兌,巽之於兌、於艮,艮之於震、於巽,兌之於巽、於震,皆以比類連舉,如震與巽、艮與兌之對舉也。

だからこの幾卦は后天に至って、すでに彼此相対する一面あり、また彼此同類なる一面あり。ちょうど乾と坤、坎と離の関係に同じ。震・巽・艮・兌四卦もまたこのようである。震は艮に対し、震は兌に対し、巽は兌に対し、巽は艮に対し、艮は震に対し、艮は巽に対し、兌は巽に対し、兌は震に対して、皆同類と作して連ねて並挙し得る。ちょうど震と巽、艮と兌の両々相対して並挙するに同じ。

且在先天震巽為對,後天則震與兌對;先天艮兌為對,後天則艮與坤對;巽與乾對,其為比類者,在後天變對舉。故其序怛連舉也。又震與艮、巽與兌二卦獨舉,不以先後天對宮,為明四隅之卦,以交錯為先,以類及為重,不似乾、坤、坎、離四正之卦也。故其下篇序,震艮連及,巽兌並列,以先天方位次序,固如是對,而卦之性相同也。

さらに言えば、先天卦位の中において震と巽と相対するが、后天に至ってはかえって震と兌と相対するに変じ、先天は艮と兌と相対するが、后天に至ってはかえって艮と坤と相対するに変じ、巽はすなわち乾と相対す。もとはただ同類相隣する両卦なるが、后天に至れば便ち両々並挙の関係に転成した。だから卦序の中においてそれらは総じて接続して挙出す。また震と艮、巽と兌のこの両組は各々単独に並挙して、先天または后天の対宮に按じて配せず。四隅の卦が交錯をもって首要と為し同類相及をもって重と為し、乾・坤・坎・離これら四正の卦のごとき対位を厳守せざるを表明せんがためである。だから下篇の次序の裏において、震と艮とは接続して出現し、巽と兌とは並列して列出す。先天の方位次序に按じれば、それらはもともとすなわちかく相対するのであって、まして卦の性情はまた彼此相同じなり。

震艮一長男也,一少男;巽兌一長女,一少女;性類不殊,氣數可通。故其致用也順,為生也孚。風澤為中孚,澤風為太過;雷山為小過,山雷為頤;之四卦者,反覆不變,恰與乾、坤、坎、離同,其並舉有由來矣。

震と艮とは、一つは長男、一つは少男である。巽と兌とは、一つは長女、一つは少女である。性情と類属とは並び差別なく、気と数とは相通じ得る。だからそれらが作用を発揮する時は順暢无碍で、万物を生養する時は彼此契合す。上巽下兌は《中孚》と為り、上兌下巽は《大過》と為る。上震下艮は《小過》と為り、上艮下震は《頤》と為る。この四個の卦は上下顛倒して看れば依然として原様で、ちょうど《乾》《坤》《坎》《離》と同じ。見ればそれらが卦序の中に並挙せられたは来由あるなり。

又六十四卦,一往一復,無不相應,合之先天八卦方位,自可見也。如乾坤之後,繼以屯蒙,屯為水雷,蒙為山水。後天之用,始於震,終於艮,而藏機於坎。坎水以代坤,坤之氣見於坎,故坎陽體陰用。屯自水中陽出,蒙則山下水流;屯為往,蒙為復,一往一復,見氣之所化。

さらに、六十四卦は一往一復して、彼此呼応せざるなし。先天八卦方位を取って対照すれば、自然に見出し得る。たとえば乾・坤の後に接するは《屯》《蒙》である。《屯》は上坎下震で、すなわち水雷の象。《蒙》は上艮下坎で、すなわち山水の象。后天の功用は震より始まり艮に終りて、機枢を坎の中に潜蔵す。坎水は坤に代わって作用を発揮し、坤の気はすなわち坎の裏に顕現す。だから坎は陽をもって体と為し陰をもって用と為す。《屯》は陽気が水の中より冒出する、《蒙》はすなわち水が山下より流出する。《屯》は往を表示し、《蒙》は復を表示す。一往一復の間に、気の化生する情形はすなわち顕現し出る。

陽動而陰靜,陰出而陽歸,故二卦對舉,而見一陰一陽之道。此後天生化之始,二氣往復之初,以交互而生,以循環而化。為卦止二,為象已多,天地之機以明,乾坤之用以啟,故繼乾坤而為六十四卦之首也。

陽は動を主り陰は静を主る。陰気は出行すれば陽気は回帰す。だから《屯》《蒙》両卦の並挙は、すなわち一陰一陽交替の道を顕出す。これは后天生化の開端、陰陽二気往復の最初の一歩で、彼此交互に靠って生ずる所有り、循環往復に靠って化する所有る。卦に就いて言えばただ二個に過過ぎざるも、象に就いて言えばすでにまことに豊富なり。天地運行の機枢はこれによって顕明を得、乾坤の功用はこれによって開啓を得る。だからそれらは乾坤の後に緊接して、六十四卦の最前列に排せらる。

雷之為物,動而為陽,靜而為陰,故出於地,而升於天。在後天,東方木也;木氣生於天,成於地;木數生於三,成於八。其本則天地也,其先則水火也;在先天水為始,而後天木為初。故傳曰帝出乎震,言萬物之始生也。然自出者,必有本;震之所本,坎也。

雷というものは、動けば陽に属し、静まれば陰に属す。だからそれは地下より発出して、また天上に昇騰す。后天卦位の中において、震は東方の木に属す。木気は天より生を受けて地に形を成す。木の生数は三、成数は八である。その根本は天地に在り、その先導はすなわち水火である。先天は水をもって万物の始と為し、后天は木をもって発端と為す。だから《説卦伝》に「帝は震に出づ」と言うは、正に万物の萌生し始める情形を講ずる。しかし凡そ出づる所有るは、必ずその本づく所有る。震の依托する根本は、すなわち坎である。

坎為水,先天之始生,後天之根源;震自坎出,為先天化為後天之啟端,故屯卦為全易各卦之初始,象萬物之初生也。祇在卦爻求之,即可見矣。然生者必化,往者必復,此後天公例。既有屯,以象往生;自有蒙,以象復化。化於此者,即生於彼;往於昨者,必復於今。

坎は水を代表し、先天万物の生発し始める処であり、また后天万物の根源である。震は坎の中より生じ出て、正に先天が后天に転化する起点である。だから《屯》卦は全部易卦の最初の一卦に排せられて、万物の生じ初めて萌するを象徴す。ただ卦爻の中に至って尋繹すれば、便ち明白に見得る。しかし生あれば必ず化あり、往あれば必ず復あり。これは后天の通例である。すでに《屯》卦あって前に往きて生発するを象徴せば、自然に《蒙》卦あって頭を回して化育するを象徴す。ここに化し去るは、すなわちかの処に生じ出る。昨日往き出たは、今日必ず返り来る。

此循環之定理。既有屯蒙以明其初氣,自有需訟以象其次數。氣數周流,生化無盡,而後萬物之象見,萬類之數明,其例固昭昭矣。就屯蒙卦言,在先天八卦,坤之左右,雷自水出,泉流山下。二者一自左上,一自右降,一升一降,仍還於原。坤用重坎,故用水不言地,明卦序之為後天也。

これがすなわち循環往復の定理である。すでに《屯》《蒙》あって最初の気を闡明せば、自然に《需》《訟》あって隨後の気数を象徴す。気と数とは周流して止まず、生化は窮尽なく、そうして後に万物の形象は初めて顕現し、万類の数目は初めて明白となる。この体例はもともと清清楚楚である。《屯》《蒙》両卦に就いて言えば、先天八卦方位の中において、それらは坤卦の左右両側に分処す。雷は水の中より発出し、泉水は山下に沿って流る。二者は一つは左辺より升り上り、一つは右辺より降り下る。一升一降して、最終にまた原処に回る。坤はここに重畳の坎を借用して作用を発揮す。だからただ水を講じて地を講ぜず。これは正にこの套の卦序が后天に属するを説明す。

然後天者,仍出於先天,仍歸於先天,故需訟二卦,則一為水天,一為天水。坎本得乾陽為體,故游魂之卦,仍溯源於所生,而需訟之象,乃往復於乾坎也。需訟二卦,一為坤宮之游魂,一為離宮之游魂;坤之游魂,即乾宮之氣所化;離之游魂,即坎宮之氣所化,則需卦為乾坤二氣之交互,訟卦即離坎二氣之循環。

しかし后天は畢竟先天より出で、最終にもまた先天に帰回す。だから《需》《訟》両卦は、一つは上坎下乾の水天の象、一つは上乾下坎の天水の象である。坎卦はもともと乾の陽爻を取って中に居りて体と為す。だから游魂の卦に属して、依然としてそれを生じたあの一宮に追溯せねばならない。それゆえ《需》《訟》の象は便ち乾と坎との間において往復す。この両卦は、一つは坤宮の游魂、一つは離宮の游魂である。坤宮の游魂は実は乾宮の気より化し、離宮の游魂は実は坎宮の気より化す。こうなれば、《需》卦は便ち乾坤二気の交互であり、《訟》卦は便ち離坎二気の循環である。

以水天合而為需,水上於天,即坎與乾交,而陽上升;以天水合而為訟,天下近水,即乾與坎交,而陽下降。一升一降,一往一復,自相偶也,故需與訟二卦對舉,恰相當其位,而氣數亦相得。

水は上、天は下は《需》卦を合成す。水は天の上に浮ぶは、すなわち坎と乾とが交會して陽気上昇す。天は上、水は下は《訟》卦を合成す。天は低くなりて水に貼近するは、すなわち乾と坎とが交會して陽気下降す。一升一降、一往一復して、自然に一対を成す。だから《需》《訟》両卦の並挙は、位置ちょうど相當し、気と数ともまた彼此相得す。

自先天八卦言之,乾與坎為比類,即後天之對位也。在後天坎代坤用,有似於泰否二卦,與晉明夷卦二卦相類。晉與明夷,一為火地,一為地火,為坤與離升降交互之卦。離在後天代乾,與泰否亦相似,又與既未濟亦相近也。蓋先天為泰否,後天為既未濟。

先天八卦より言えば、乾と坎とは相隣の同類に属す。后天に至っては便ち互いに対望する位に変じた。后天において、坎は坤に代わって作用を発揮す。この種の関係はやや《泰》《否》両卦に像り、また《晋》《明夷》両卦と相類す。《晋》と《明夷》とは、一つは上離下坤の火地の象、一つは上坤下離の地火の象で、皆坤と離との升降交互より成った卦である。離は后天において乾に代わって作用を発揮す。だからこの両卦はすでに《泰》《否》に近似し、また《既済》《未済》に接近す。要するに、先天を講ずれば《泰》《否》を用い、后天を講ずれば《既済》《未済》を用いる。

半先半後,則需訟與晉明夷也,皆乾坤坎離交錯往復之卦,即陰陽二氣交互升降之象也。故皆對舉以成序,仍本於八卦位次者也。需訟在八宮,以坤與離對;在八卦位次,以乾與坎合。對合之間,見其交錯之出於自然,明其生化之有其定序,不少差也。不獨其世同也,

半分は先天に属し半分は后天に属するに至っては、すなわち《需》《訟》と《晋》《明夷》のこの四卦である。それらは皆乾・坤・坎・離の交錯往復より成った卦で、すなわち陰陽二気の交互升降の形象である。だから皆両々並挙して次序を構成す。依拠するは依然として八卦の位次である。八宮に就いて言えば、《需》《訟》は坤宮と離宮とが相対す。八卦位次に就いて言えば、すなわち乾と坎とが相配合す。この一対一合の間に、交錯がもとより自然而然なるを見出し得、生化に自ずから一定の次序あって絲毫差えざるを明白にし得る。しかも相配する両卦はただ世位相同じなるのみならず、

凡此卦序,其例皆然,皆自氣數所至,生化所成,非故為之序也。故六十四卦之序,循環終始,一一相得;而八卦之用,往來升降,一一相當;初無不偶之處,亦無相逆之情。其相對舉也,正一陰一陽之道,後天生化之理然也。合之洛書,征之太極,自易明曉;至其續之義,見序卦傳者,不贅述也。

凡そこの套の卦序は、通例皆このごとし。全く気数運行の到達した結果、生化過程の自然に形成した所であって、誰かが刻意に排し出した次序ではない。だから六十四卦の排序は、頭より尾まで循環して息まず、卦卦彼此相得し、八卦の功用は往来升降して処々彼此相當す。曽て落単して対を成さざる所なく、また彼此違逆の情形なし。それらの両々相対して並挙する所以は、正に「一陰一陽これを道と謂う」に合して、后天生化の理がもとよりかくあるべきだからである。《洛書》を取って対照し、「太極」を取って験証すれば、自然に明白しやすし。各卦の前後相承の意義に至っては、《序卦伝》の裏にすでに説明ある。ここには更に贅述せざるなり。

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