宗聖講述——曾子
在地則有五方,在人則有五臟;在行則有五德,在聲則有五音;在色則有五色,在味則有五味;凡由天地人物生化之物,接觸之事;莫不以五類別之。則以氣之所成,數之所至,莫不本於土,而同為五行之象也;五行雲者,言氣之運行無息,而有度也;故五行之位定,而方無定。
地の上には東南西北中の五方があり、人の身には心肝脾肺腎の五臓がある。徳行には仁義礼智信の五徳があり、音声には宮商角徵羽の五音がある。顔色には青赤黄白黒の五色があり、滋味には酸苦甘辛鹹の五味がある。凡そ天地人物の生化し出した所の物、接触する所の事は、「五」をもって分類せざるはない。これは気の成す所、数の至る所、皆土を根本とせざるはなく、同じく皆五行の象だからである。いわゆる「五行」とは、気の運行に一刻の停息なく、しかも運行におのずから法度あるを言う。だから五行彼此の位次は固定しているが、それの対応する方向は固定していない。
言五者氣自消長,不居一方,而其本位則不易也。如水流下,火炎上,其不變也;若以其所在言,則無定;如水可居山之高原,火可入地之洞穴;其所異者,水不能炎上,火不能流下,以非其性也。故五方之地,恆隨土而定,初非必南火而北水也;且方位者,本天空而言;以皆氣也,不可以形論;故天空之氣,流行不息,而五行隨之。
これは五行の気におのずから消長があり、固定して某の一方に停まらないが、それら彼此の本位は更改しないを言う。たとえば水は下に流れ、火は上に炎す。この点は変わらない。それらの処する地点を論ずれば、すなわち定準なし。水は高山の台原の上に居ることもあり、火は地底の洞穴の裏に鑚り込むこともある。真に改め得ざるは、水が上に炎せず、火が下に流れぬことである。それはそれらの本性に合わないからである。だから五方の地はつねに土の在る所に隨って定まる。必ずしも南方は火に属し北方は水に属さねばならぬのではない。ましていわゆる方位は、もともと天空に就いて言う。すでに皆気ならば、有形の物をもって論定し得ない。天空の気は流行して息まず、五行もまたこれに隨って流転する。
如人身之氣也。人身雖以五臟配五行,心居上而賢居下,肝居左而肺居右,脾在中央;一如河圖之位,但考其實非定也。蓋所配者氣之流行,用之主管,非謂物質之偏處一方,不相涉也;故一身之中,氣血周流,無處不至;則五藏之氣,循環全體,無部不連;故曰五行,而不曰五物;正以其運行不定方,非物之可擬也。
これは人の身の気のごとし。人の身は五臓をもって五行に配するが――心は上に在り腎は下に在り、肝は左に在り肺は右に在り、脾は中央に居り、全く《河図》の方位のごとし――しかし実情を推究すれば、また固定していない。配する所は実は気の流行、功用の主管であって、あの一塊の臓器が一方に偏処して彼此往来せざるを言うのではない。だから一身の中、気血は周流して到らざる処なく、五臓の気は全身を循環して、どの部位もこれと連ならざるはない。それゆえ「五行」と呼んで「五物」と呼ばない。まさにそれが運行すれば固定の方向なく、有形の物の比擬し得る所ではないからである。
其歲時聲色等,雖分五類,恆有兼體;氣之所至,體用見焉;故五行之名,亦大略耳。按之佛經,則為四大;地水火風,分屬一體;其象同於易之四正。而地當土,風當木,合之水火,似少金位。然風亦作氣解,與乾金同德;且佛以金剛為佛體,而西方為佛土;是其以金為至堅至淨,非色非空,正與純陽之乾同象;則四大之外,仍有金也。合之中國河圖之象,易卦之位,小異大同。此可以廣五行之解,而證五位之說也;蓋佛生印度,未聞中國之學;而言若是,足見五行之分類,實造化自然生成,非古人為之名也;故五行之說,通於一切,而其德用,尤推於無窮也。
歳時、声音、顔色のごときに至っては、五類に分かれるとはいえ、つねに彼此兼帯する。気が何処に行けば、体と用とは何処に顕現する。だから「五行」という名目も、ただ大致の划分にすぎない。仏経をもって対照すれば、仏家の講ずるは「四大」である。地・水・火・風、各々一体に分属し、それらの象は《易経》の四正卦に相當する。その中の地は土に相當し、風は木に相當し、さらに水と火とを加えれば、見れば金の一位を欠くようである。しかし「風」はまた気と解し得、乾卦の属する金と徳性相同じ。まして仏家は「金剛」をもって仏の本体に喩え、また西方をもって仏土と為す。見れば仏家は金を至堅至浄・非色非空の物と看做す。これは正に純陽の乾卦と同象である。然らば四大の外に、実はなお金あり。これを中国の《河図》の象、《易経》の卦位と合わせて見れば、小処は異なれど大体は同じ。これは我らが五行の理解を拓き、また五位の説を印証し得る。仏は印度に生まれ、中国の学問を聞いたこともなかったが、講ずる所はかくも暗合する。五行の分類が実に造化自然の生成であって、古人が空に取った名目ではないを見るに足る。だから五行の説は一切を貫通し得、その徳性と功用とは殊に推衍し難い。
要知五行之分,固在氣之分合,生化之原質;而其用則在於生制之性,以後天生化,非二氣之合,不能成其生;非二氣之變,不能成其化;五行之性,有生有制,而後見其功用。故水遇土則塞,遇火則克,遇金則悅,遇木則竭;金火土木亦然,各有所生,有所制;則各有所愛,有所畏;於是展轉推衍,以盡其性,而成其德。
五行の分別を知るべし。その分別は固より気の分と合、生化の原始質料に在る。しかしその作用は「相生」と「相克」の二種の性能に落ち着く。后天の生化は、もし陰陽二気の結合なければ「生」を成さず、二気の変動なければ「化」を成さない。五行の性能は生あり克あり、功用はこれによって顕現する。だから水は土に遇えば壅塞され、火に遇えば相克し、金に遇えば歓洽し(金はよく水を生ずるがゆえに)、木に遇えば吸乾される。金・火・土・木もまた同様に、各々生ずる所有り克する所有り、そこで各々親愛する所有り畏惧する所有り。こうして輾転推衍し開きて、各々の本性を尽くし極めて、これによって各々の徳を成就する。
於是萬物以生以育,以化以滅;循環往復,莫可究詰;於是造化之功見,而世界以立;為盛衰因果,繁枯消息;以竟二氣分合之用,而達天地生成之德;皆由此生制而來者也。故其氣往來不息,其數乘除不盡;其為萬物稟受之本,生死之機;禍福吉凶之源,妖祥順逆之則;無鉅細、遠近、多少、美醜、之倫類,必皆緣此以為例;無賢愚、老幼、動靜、之性情,必皆因此以為範;故天地以之成度,人物以之成紀;世界以之成用,宇宙以之成法;神鬼以之成德,形氣以之成行;上下今古,精粗鉅細,咸在其生制之中。
そこで万物はこれによって生じ育ち、化し滅し、循環往復して窮究する所なし。そこで造化の功能が顕現し、世界はこれによって成立を得る。種々の盛と衰の因果、繁茂と枯槁の消長は、皆陰陽二気分合の作用を完成し、天地生成の徳性を通達する。これ一切は皆相生相克のこの機制に由る。だからこの気は往来して停まらず、この数は乗除して尽きない。それは万物の禀受する根本、生死の枢機、禍福吉凶の源頭、妖異祥瑞と順逆の準則である。大小・遠近・多少・美醜これらの類別を論ぜず、一概にこれに依って例と為す。賢愚・老幼・動静これらの性情を論ぜず、一概にこれに依って範と為す。だから天地はこれに凭って運行の度数を形成し、人物はこれに凭って綱紀を形成し、世界はこれに凭って功用を形成し、宇宙はこれに凭って法則を形成し、神鬼はこれに凭って徳性を成就し、形と気とはこれに凭って運行を成就する。上下古今、精粗巨細、悉くこの相生相克の中に籠罩せられる。
而後數命以成,氣象以明;智者察之,以為通道;愚者順之,以為安生;聖人著其象於卦,示其用為易,以立為教,而詒天下後世,是易之所述,本於河圖;而其所擬,莫外於五形生制之例;此凡習易者所當先知也。
この機制あって、数と命とは初めて成立を得、気と象とは初めて明白を得る。智慧ある人はこれを体察して大道を通達するに用い、愚鈍な人はこれに順従して生計を安頓するに用いる。聖人はその象を卦の裏に著録し、その用法を《易》として演示し、教化を立てて天下後世に伝えた。だから《易》の講述する所は《河図》に本づき、その摹擬する所は五行生克のこの法則を出ない。これは凡そ《易》を学ぶ者がまず明白にすべきことである。
蓋易之卦,雖始為八,終為六十四;而其本,則兩儀也,五行也,及其分合與生制也。故卦有性,不外陰陽;卦有德,不外水火木金土;卦有用,不外五行生制;二氣分合,以此卦象全演自河圖者。而卦納甲、納音、納辰、各例,尤為推五形之制,而盡其用;本二氣消長,而竟其功;至詳且明也。此習易必先習河洛圖,而明卦必先明納甲、納辰,納音者,良有以也。
《易》の卦は、初めは八つのみで終に六十四に推成するといえども、その根本はただ両儀・五行およびそれらの分合と生克にすぎない。だから卦に「性」あれば陰陽を出ず、卦に「徳」あれば水火木金土を出ず、卦に「用」あれば五行の相生相克と二気の分合とを出ない。見れば卦象は完全に《河図》より推衍して出たものである。そして卦の「納甲」「納音」「納辰」これらの体例は、殊に五行の制約を推演しその用法を窮尽し、二気の消長に依って功能を終始貫徹し、講ずること極めて詳尽にして明白である。だから《易》を学ぶには必ずまず《河図》《洛書》を学び、卦を明らかにするには必ずまず納甲・納辰・納音を明らかにせねばならない。これはまことに縁故がある。
五行生剋之理,由於氣之分合;氣有消長,則用有生殺;以後天生萬物並生,必有所制;否則獨亢,反生為害;故有制使之不亢,而後成其生化。如水得土,則無泛溢之害;火得水,則無焚燎之災;而後水火之用見,利多而害少,故物得其益;此造化之妙用,亦本氣自然者也。
五行相生相克の道理は、気の分と合とに出る。気に消あり長あり、作用に生あり殺あり。后天の万物は一斉に生長するが、その間必ず節制あるを得ねばならない。然らざれば一方が独り亢盛して、かえって生より転じて禍害となる。だから克制を要して亢盛ならざらしめ、そうして初めて生化を成就し得る。たとえば水に土の約束あれば泛濫の害なく、火に水の制約あれば焚焼の災なし。こうして水火の功用が初めて顕現し、利は多く害は少なく、万物はこれによって益を得る。これは造化の妙用であり、また気自体が自然にかくのごとし。
河圖之象,以當相生者相接,相剋者相對;而明其承制之義。知其對偶,非仇則愛;蓋相當不讓則仇,相得有合則愛;即以剛柔為辨也。剛遇剛則仇,柔遇剛則愛;故其承制,皆以相剋而成其用;如水與火,木與金,皆得其所制為助;以其克之,所以助之;雖抑其勢,實成其道;故相對若仇,而相得為婚;其成生化,全在於此。
《河図》の象は、相生する両方を相隣に排し、相克する両方を相対に排して、「承接と制約」の意義を標明する。見れば凡そ両々対を成す者は、相仇するか相愛するかのどちらかである。勢均力敵して互いに譲らざれば仇を成し、彼此相得て配合し得れば愛を成す。分別の標準は剛と柔とに在る。剛が剛に碰えば仇を結び、柔が剛に碰えば相愛する。だからあの承制の関係は、皆相克を借りて功用を成就する。水と火、木と金のごとき、皆自分を克制する一方を得たがゆえに、かえってその助を受ける。まさにそれを克するがゆえにこそ、それを助けるのである。それの気勢を圧し止めたとはいえ、実はそれの道路を成全した。だから両々相対して仇敵のようでも、相処して宜しければかえって配偶を成す。生化の成り得る所以は、全くここに在る。
故五行之運用,必合其生克之情而後見;河圖如是,卦象亦然;八卦之位,亦以對偶承制而盡其用。甲子亦如是。故子午卯酉,分合水火木金之位;而甲丙庚壬四剛亦如之,皆以相接相對,各成生克之用者也。
だから五行の実際の運用は、必ず相生と相克の情形を合わせて見て初めて顕現する。《河図》はこのようであり、卦象もまたこのようである。八卦の方位も同じく両々相対・彼此承制に依って功用を窮尽する。干支甲子もまたこのようである。だから地支の子・午・卯・酉は各々水・火・木・金の位置を占めて両々分合し、天干のうち甲・丙・庚・壬のこの四剛陽の干も同じく、皆相隣と相対とに依って、各々相生相克の作用を成就する。
五行之名固有定,其氣仍時通;故其用時相為助,而成其生成之數,亦恆以為用;如內經等書,以數紀用是也;在水火木金,多取地數;土則取天數,亦以其獨異也;土之生數五,成數為二五;生數實賅成數,而五又中數;故獨取之以明其用,其旨實深矣!
五行の名目は固より定まりあるが、それらの気は時に隨って相通ずる。だから実際の運用においてつねに彼此幇助して、これによって各々の生成の数を成就する。これらの数もまたつねに取って用いられる。《黄帝内経》の類の書は、数をもって五行の用を記録するのである。水・火・木・金の四行においては、多く地数を取り、土においては天数を取る。これもまた土がもとより衆と同じからざるがゆえである。土の生数は五、成数は二つの五(すなわち十)である。生数は実はすでに成数を包含し、しかも五は正に中数である。だから単に一つの五を取ってその用法を標明する。ここに含まれる意旨は実に深遠である。
太極図講義
易傳曰:「易有太極,是生兩儀,兩儀生四象,四象生八卦。」此言易卦所自始也。易卦有八,而本於四象之分。四象者:太陽、太陰、少陽、少陰也。陰陽太少,雖有四象,而本於兩儀之化。兩儀者陰陽也。陰陽雖有兩儀,而本於太極之所生。太極者至極也。言天地萬物莫不有始,始於太極。由下而溯其源,至斯已極,故曰太極。
《易伝・繋辞上》に言う、「易に太極あり、是れ両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず」。これは《易》卦が何処より始まるかを講ずるのである。《易》卦は八つあり、根源は四象の分化に在る。いわゆる「四象」とは、太陽・太陰・少陽・少陽・少陰である。陰陽は各々太・少に分かれ、四つの象を成すとはいえ、また両儀の転化に根源する。いわゆる「両儀」とは、陰と陽である。陰陽は両儀に分かれるとはいえ、また太極の生ずる所に根源する。「太極」の意はすなわち至極である。これは天地万物に開端を帯びざるはなく、この開端がすなわち太極であるを言う。下より上にその源頭を追溯すれば、ここに至って頂に到る。だから「太極」と呼ぶ。
言無極也。太極之始,陰陽未分,兩儀未生,純然一氣,精神光明,為無始之始,無生之生。真體圓靈,氣周道凝,德至玄玄,神至冥冥,光合息醇,悠然至清,不可物擬,不可言名,名之太極。立生之根。此太極之象,為自無之有,太初之母,萬有之宗,一氣之原也,故曰太極。
「太極」と言うは、すなわち「無極」と言うに等しい。太極が始まる時、陰陽は未だ分判せず、両儀は未だ生ぜず、ただ純然たる一団の気のみ。精神光明、開端なき開端、出生なき出生である。それは真実の本体が円融にして霊妙、気は周流して道は凝聚し、徳は玄のまた玄に至り、神は幽深にして測り難きに至る。光と気と相合して息養淳厚、悠然として極めて清澄で、いかなる具体の物をもって比擬することも能わず、言語をもって命名することも能わない。強いてこれを「太極」と呼ぶ。それは一切の生命のために根を立て定めた。これがすなわち太極の象である。無より有に入り、太初の母、万有の宗主、一気の本原である。だからこれを太極と称する。
言其至極,無可上進,無可分移,而不得以名稱,以象類者也。夫天地萬物,同斯氣也,同斯生也,同斯運行不息也,同斯有守有立也,而皆太極始。以太極能生也,有始也,運行不息也,守中立極不二也,故為天地萬物之母,氣數之祖,生成變化之大本也。言其遠不可知,言其可知,則太極而已;言其外不可名,言其可名,亦太極而已。天地尚自太極生成,況其下者乎。故欲窮生化之源,氣數之根,必自太極始。太極者固萬有之宗,而言易必以太極啟其端也。
これを「至極」と称するのは、更に上の一層に赴くべきなく、また下に分割挪移するすべもなく、これによって名号をもって称呼し物象をもって帰類し得ないを言う。天地万物は同じくこの一股の気で、同じくかくのごとく生じ、同じくかくのごとく運行して息まず、同じくかくのごとく守持する所有り建立する所有り、しかも皆太極をもって開端とする。太極は生じ得、開端あり、運行して息まず、中を守り極を立てて始終一如なので、それは天地万物の母、気と数の祖先、生成変化の大根本である。遠きを言えば、知るべき所なし。もし知り得る所を言えば、すなわち太極のみ。外を言えば、命名すべき所なし。もし命名し得る所を言えば、やはり太極のみ。天地すら太極より生成したのだから、まして天地以下のものをや。だから生化の源頭、気数の根柢を窮究せんとすれば、必ず太極より始めねばならない。太極はもともと万有の宗主である。それゆえ《易》を講ずるには必ず太極をもってこの頭を開かねばならない。
易之始也,伏羲之一畫,即太極也。為體一,為氣純,無數之可紀,無象之可象,而紀之以一,象之以一,言數之始象之初也。故易之卦象,即自一始,蓋示太極者也。太極之為象,雖僅此一畫,其氣雖純,而有動靜之用;其精雖凝,而有生化之功;其初雖一,而其既動則有所生,既生則有所變。
《易》の開端は、伏羲の画き下ろしたあの一画である。この一画がすなわち太極である。本体に就いて言えばそれは一であり、気に就いて言えばそれは純である。もともと記録すべき数目なく、象るべき形象ないが、なお「一」をもってこれを記し「一」をもってこれを象る。取る所は数の始、象の初の意である。だから《易》の卦象は「一」より頭を起こす。まさに太極を表示するのである。太極は象としてこの一画のみだが、その気は純一とはいえ動と静の功用を含み、その精は凝定とはいえ生と化の功能を含む。それは初めはただ一だが、一旦動けば生ずる所有り、一旦生じ出れば変ずる所有る。
故一之動也而二生,靜也而一復。一者為陽,二者為陰,兩儀乃生焉。兩儀者太極之初變也。太極以氣之動靜,精之生化,動者自生,靜者自化,生者為陰,化者為陽。陰陽既分,其氣斯變。前之一者變而二矣,前之太極者變而兩儀矣。故易自太極生兩儀。然兩儀雖生自太極,非如後來之生化有父母也,乃自至極之元氣動盪而生。
だから「一」は一動すれば「二」を生じ、一静すればまた「一」に回復する。一は陽に属し、二は陰に属し、両儀はかくして生じ出す。両儀は太極の第一次の変化である。太極は気の動と静、精の生と化とに凭る。動の一面は自然に產生し、静の一面は自然に転化する。產生したる者は陰に属し、転化して成った者は陽に属す。陰陽すでに分かれ、気はこれに隨って変ず。もとの「一」は「二」に変じ、もとの太極は両儀に変じた。だから《易》は太極より両儀を生ず。ただ両儀は太極より生じたとはいえ、後の生化のように父あり母あるとは似ず、至極の元気それ自体が動蕩する中より生じ出したのである。
因其有動則有靜,動靜異也。異則有別,而後生化見也。雖生化而仍由一氣之變,非生自二氣也;雖化而成兩儀之名,其始仍為一體也。故曰易有太極是生兩儀。言兩儀之生,生自一氣,而兩儀未生之前,固渾然一太極也。是生雲者,言自是始生也。明示兩儀之生,為生化之初始;而太極之變為兩儀,實生化之初見其用,以溯天地生成之本,人物化育之源也。
動あれば静あり、動と静とは彼此同じからず。同じからざれば分別を有し、そうして後に生化が顕現する。生化と言うも、なおただ一股の気の変動であって、二股の気の裏より生じ出たのではない。「両儀」という名目を変化し出したと言うも、それは初めはなお一つの整体であった。だから《繋辞》に「易に太極あり、是れ両儀を生ず」と言う。これは両儀の生は一気より生ずるを言い、両儀未だ生だ生ぜざるの前は、もともと渾然としてただ一つの太極であった。「是生」の二字は、ここより初めて生ずるを言う。それは明白に人に告げる。両儀の產生は生化の最初の一歩であり、太極が両儀に変ずるは、まさに生化が初めてその作用を顕したのである。これによって天地生成の根本、人物化育の源頭を上溯し得る。
故曰是生。凡古文是字有自此作始之義,且言其本能也。世界生物,莫不自陰陽之和生化,唯兩儀始生,則太極之一氣所化。由其有動靜,動靜亦陰陽也。不過一氣之動靜,而成兩體之陰陽。老氏所謂一生二者即指此也。夫太極之初,固渾然元氣,無形無質,無色無象者也。然以其元氣,有其光焉。光生熱,熱生動,動則有生。光者元氣之體,熱與動者,元氣之用,生者用之見也。
だから「是生」と言う。凡そ古文の「是」の字は皆「ここより始まる」の意があり、同時にこれがそれ自体固有の能力であることを点明する。世の生物は、陰陽の和合の中より生化し出ざるはない。ただ両儀の最初の產生のみが、太極のあの一股の気が自ら化成したものである。それが動と静とを含み、動と静とはそれ自体すなわち陰陽だからである。ただ一股の気の一動一静が、すなわち二つの形体の陰と陽とを成した。《老子》の言う「一は二を生ず」は、正にこの事を指す。太極は最初もともと渾然の元気で、形なく質なく色なく象なし。しかし元気であれば、それは光を有す。光は熱を生じ、熱は動を生じ、一動すれば生を有す。光は元気の本体であり、熱と動とは元気の功用であり、「生」は功用の顕現である。
元者仁也。仁之德,以生為用,故元氣以生化為本。動而有生,生而陰陽出。此元氣自然之德,流行不息,而後陰陽之象,往復無窮。一生永生,一化眾化,而天地以成,人物以育。生之化之,日益以盛,固元氣之德所見,亦造化之功所徵者也。
「元」はすなわち「仁」である。仁の徳性は生養を功用とするので、元気もまた生化を根本とする。一動すれば生あり、一生じれば陰陽が出現する。これは元気の自然而然の徳性で、流行して停まらず、此の後陰陽の象は往復無窮となる。一度生じれば永遠に生じ続け、一回化すれば無数の変化を化し出し、そこで天地は形成を得、人と物とは化育を得る。かくのごとく断えず生じ断えず化して、日に日に興盛する。これは固より元気の徳の顕現であり、またまさに造化の功の験証である。
故太極者,主生化之樞,為天地萬物之母;而溯世界之初始,則固來自渾然之一氣也。是曰氣化。氣化作始,形化繼之。既有陰陽,則生化者自二氣之和合而後成。故有兩儀,乃生四象;有四象,乃生八卦。即猶河圖自二氣而生五行,洛書自五行而變九宮。老氏所謂二生三、三生萬物者是也。
だから太極は生化の枢機を主宰し、天地万物の母である。もし世界の最初の起点を追溯すれば、それはもともと渾然の一股の気に由る。この一歩を「気化」と呼ぶ。気化が頭を開き、「形化」がこれに続いて来る。すでに陰陽あれば、此の後の生化は皆二気の和合に依って初めて完成し得る。だから両儀あって、初めて四象を生じ、四象あって、初めて八卦を生ず。これはちょうど《河図》が陰陽二気より五行を生じ、《洛書》が五行より九宮を変ずるがごとし。《老子》の言う「二は三を生じ、三は万物を生ず」は、正にこの過程を講ずるのである。
陰者承陽,陽者包陰,二氣環行,乃見生成,此亦氣之自然,數之自合者也。故易之卦象,自□之象,生□與□之兩儀,更生□□□□之四象,更由是推之,而生□之八卦焉。皆氣數自然化合而生成者,而其自出則太極也,即一也。圖而象之,則為O,此示渾然之氣也。以其既具動靜也,則為□,示已生兩儀也。世傳之圖,有末盡合,應以此二圖為則:一圖則太極之象,純淨光明;二圖則動靜生陰陽之象,黑白環抱。如是可見太極之體,及所兩儀之象也。
陰は陽を承接し、陽は陰を包裏し、二気は環めぐって運行し、生成の功は初めて顕現する。これもまた気が自然にかくのごとく、数が自然に相合した結果である。だから《易》の卦象は、太極のあの一画の象より、陽爻と陰爻のこの両儀を生じ、更に両儀より太陽・少陰・少陽・太陰のこの四象を生じ、更にこれより推衍して八卦を生ず。これらは皆気と数とが自然に化合して生成したもので、それらの出処はただ太極、すなわち「一」である。もし図を画きてこれを表さば、太極はすなわち一つの空明の円圏で、渾然として未だ分かれぬ気を顕示する。それがすでに動と静とを具えたがゆえに、更に黒白環抱の図を画きて、両儀がすでに生じたを表す。世に流伝する太極図には、あるいは完全に妥当ならざる者あり。当にこの二図をもって準則とすべし。第一図は太極の本象で、純浄にして光明。第二図は動静が陰陽を生じた象で、黒白両色が互いに環抱する。こうして初めて太極の本体およびそれの生じた両儀の象を見るに清らかなり。
夫易象者言天地既生之後者也。取象自太極以下,而八卦也,六十四卦也,三百八十四爻也,皆兩四象既生之後之事物也。重在既變之象,故名曰易。易變易也,而易有太極一語,即明示所自始也。易字不必指書名,當以卦象變易之義釋之。
《易》の象が講ずるは、天地すでに生成した後の事である。その象を取るは太極より下に取る。八卦であれ、六十四卦であれ、三百八十四爻であれ、皆両儀と四象とが生じた後の事物で、重心はすでに変化した象の上に置く。だから名を「易」と取った。「易」はすなわち変易である。そして「易に太極あり」の一句は、まさにこの変易が何処より始まるかを明白に指出する。それゆえこの「易」の字は書名と解すべき必要なく、当に卦象変易の意に按じて解釈すべきである。
有字不可屬於易經解,當以自無入有之義釋之。蓋言易之言變易也,必自其變所始考之。言變者必徵於有物之初,而始有者即變之始見也,則太極者即萬有之始,亦萬變之宗。故言變易,而明變化之源;言自無入有,自當溯太極而為全易之根本。則易有太極一語,其意義至深切著明也已。若視為易經有太極,則不合矣。
「有」の字もまた「《易経》という書の中に有る」と作さず、当に「無より有に入る」の意に按じて解釈すべきである。《易》を講ずるは変易を講ずれば、必ずこの変化の起点より考察せねばならない。変化を講ずればまた必ず万物の初めて有ある時に験せねばならない。そして最初の「有」はまさに変化の第一次の顕現である。然らば太極はすなわち万有の開端であり、一切変化の宗主である。だから変易を講ずれば、変化の源頭を闡明せねばならず、無より有に入るを講ずれば、自然に太極に上溯して、これを全部《易》学の根本と為すべきである。こう見れば、「易に太極あり」の一句は、意義実に深切にして明白である。もしこれを「《易経》の裏に一個の太極が存在す」と理解すれば、講じて通じない。
太極非物也。言易雖自伏羲,而太極之有象,則天地之先也,故太極不得視為易所有無者也。要知太極之象,傳之久矣。伏羲時畫之為一,無此圖也。後聖漸由伏羲之一,演之為圓圈,以示其體;又有由圓圈之象,演之為□,以明為用,即中字所自出也。
太極は一件のものではない。《易》は伏羲に起ると言うも、太極の象あるは天地より先にある。だから太極を《易》の裏の可有可無のものと見てはならない。太極の象の流伝はすでに久しいことを知るべし。伏羲の時にはただこれを一横に画したのみで、後世のこの図はなかった。後代の聖人は漸く伏羲のこの一画より一個の円圏を推衍し出して、その本体を顕示するに用い、またある者は円圏の象より圈中に加画する形状を推衍し出して、その功用を標明するに用いた。これもまた「中」の字の由来である。
後更演之為黑白交互之象,以明兩儀既生,二氣之周流不盡,而以證天地生化之序,乃合易象八卦之圖,此今世所傳之太極圖也。圖之為象,在明其體用。黑白之圖,有用遺體,尚非全也。必先有渾圓明澈之圖,以象其本來元氣;合以黑白交環之圖,以象其動靜生陰陽;於是體用皆全,變化自見。
その後また推衍して黒白交錯の図形となし、両儀がすでに生じ陰陽二気が周流して尽きぬを表明し、並びにこれを借りて天地生化の次第を印証し、そこで《易》象八卦の図と相配した。これがすなわち今日世に流伝する太極図である。図の象を成す所以は、その体と用を説き清めるに在る。黒白交錯のあの一幅はただ「用」のみあって「体」を漏れ落とし、まだ完整と算えない。必ずまず一幅の渾円明澈の図があって、その本来の元気を象徴し、更に黒白交環の図を配して、その動静より陰陽を生じたを象徴せねばならない。こうて体と用とが皆斉備し、変化の道理は自然に顕現する。
如易之卦象,自□生□,自□生四象八卦,皆有序也。若不循序觀之,則不知八卦所來,又何以明卦象之體用與變乎。故□者太極也,□者兩儀也,八卦皆自是生化者也。古人言文尚簡,況當畫卦之時,尚無文字,所有之象,僅八卦與六十四卦。雖有太極之象,而未有圖,以未以列於卦象前後,不過口授之後人,知其有所始耳。迨文王之後,諸聖人之言,皆筆之書。
ちょうど《易》の卦象のごとく、太極のあの一画より陰陽両爻を生じ、更に両爻より四象と八卦とを生じ、処々に次序がある。もし次序に按じて見なければ、八卦が何処より来るかを明白にし得ず、またどうして卦象の体・用・変化を明白にし得ようか。だからあの一画はすなわち太極であり、陰爻陽爻はすなわち両儀であり、八卦は全くここより生化して出たのである。古人の行文は簡約を崇尚し、まして画卦の時にはまだ文字がなかった。所有の象はただ八卦と六十四卦のみ。心中に太極の象ありとはいえ、図を画き成さず、またこれを卦象の前または後に列しもせず、ただ口頭で後人に伝えて、後人に卦に起点あるを知らしめたのみである。文王以後に至って、各位聖人の話は初めて悉く文字に写された。
不獨易之象義,有其文言釋之;即河洛太極之圖象,亦有傳序以解之。此係傳中有易有太極之語也。蓋恐後人不知易卦所自始,而忘其本,故特述先聖之言,而繫辭以傳之耳。繫傳者謂繫於辭以為傳授,以易象之未備,恐先人口傳不垂久遠,故繫之辭,為之傳,言猶繫之於易,使毋遺耳。
ただに《易》の象と義とに《文言伝》があって解釈するのみならず、《河図》《洛書》と太極の図象すら、また伝・序の類の文字があって講解する。《繋辞伝》の裏に「易に太極あり」という句のある所以は、原因まさにここに在る。おそらく後人が《易》卦の何処より発端するかを知らず、これによって根本を忘れるを恐れて、特に先聖の説法を記述して、辞句に系えて伝え下したのである。いわゆる「繋伝」とは、辞句に系えてもって伝授する意である。《易》の象がまだ完備せず、また先人の口耳相伝が久遠ならざるを恐れて、そのために文辞を系え伝文を作した。すなわちこれらの道理を《易》に拴ぎ留めて、それを散失ならしめぬに等しい。
天地之前,一氣所凝,固無物也。天地即判,萬物續生,仍氣之所周流。故盈天地者物也,運天地者氣也。氣化而物生,氣化自太極始,太極者氣之主宰,其生化之序,則見河洛二圖。陰陽並行,生化無垠。曰陰陽者,以太極氣化之次序也。太極之初,元氣純陽,不可分陰陽也。元氣胚動,乃生陰焉。動則陰生,靜則陽復;氣因動化,生以動成;故太極初生為陰氣。而其後動靜往復,二氣始分。此陰在陽先之義,非有所輕重也。至其既化,二者並行,陽主陰從,剛先柔後,則陰統於陽,天包乎地,此有生之序,不可亂也。
天地未だ分かれざるの前は、ただ一股の気が凝聚して、もともと何の具体の物もなかった。天地が一たび分判すれば、万物は連接して產生する。凭る所はなおこの股の気の周流である。だから天地の間に充満するは「物」であり、天地を運転するは「気」である。気が一たび変化すれば物は產生する。気化はまた太極より始まり、太極は正に気の主宰である。それの生化する次第に至っては、《河図》《洛書》の二図の裏に體現する。陰陽は並行して悖らず、生化は辺際なし。「陰陽」を講ずる所以は、これが正に太極気化の次序だからである。太極の最初、元気は純粋に陽で、まだ陰陽を分かち得ない。元気が胚胎のごとく萌動するに及んで、陰が初めて生じ出る。一動すれば陰を生じ、一静すればまた陽に回復する。気は動によって変化し、生は動によって完成する。だから太極の最も先に生じ出すはかえって陰気である。此の後動静往復して、陰陽二気は初めて正式に分かれる。いわゆる「陰は陽に先んず」はこの道理を講ずるのであって、陰が陽より要だと言うのではない。すでに化成した後を待てば、両者は並行し、陽は主と為り陰は従と為り、剛は先に在り柔は後に在り、そこで陰は陽に統属し天は地を包裏する。これは有る生の物の次序であって、顛倒すべからず。
故太極之後,河洛之象乃見。天地為兩儀之大者,天生則地成,地生則天成,天地合精,生成乃見,非如太極之氣化也。故兩儀分合,五行以出;五行往來,九宮以分;五行九宮,即易之四象八卦也。故卦有氣,有數,有位,有時,有其名類,有其變化,皆由氣之所至,生化自然之序。然生化雖眾,不得離於陰陽,以氣化之後,必因陰陽之化合而後生也。
だから太極の後に《河図》《洛書》の象が顕現する。天と地とは両儀の中の最大の一対である。天生ずれば地成り、地生ずれば天成り、天地精気交合して、生成の功は初めて見るを得る。これはすでに太極のあの単純なる気化と同じからず。だから両儀は一分一合し、五行はこれによって產生する。五行は往来運行し、九宮はこれによって分立する。そして五行と九宮とは、すなわち《易》の裏の四象と八卦である。それゆえ卦には気あり数あり位あり時あり、その名目類別あり、その変化あり。これらは全く気の運行の至る所に由り、生化自然の成る次序である。ただ生化は千頭万緒とはいえ、総じて陰陽を離れない。気化の後は、必ず陰陽交合に依って初めて物を生じ出すを得るからである。
天地絪縕,萬物化生,此造化之序可紀者也。自太極以一氣而分為兩儀,其德在生,德流氣薄,生生不已。太極為有生之祖,兩儀為有生父母,皆氣之自至也。氣之自至,是謂之道,以其循環往來不相害,消長盈虛不相亂,而以成其德也。唯道有德,道不可見,其德顯焉。兩儀之德在生,即其道之見也。道以成其生為先,人之成道者,長生而生物,此即順道致德之土也。故道出於太極,見於兩儀,成於仁,全於性,唯合乎道也。
《繋辞下》の言う「天地絪縕、万物化醇」は、正に天地二気の交融して万物これによって化生するを講ずる。これは造化の中の記録し得る次第である。太極は一股の気をもって両儀に分かち、その徳は「生」に在る。徳性は流布し気息は交迫して、そこで生々已まない。太極は一切の生命の祖先、両儀は一切の生命の父母で、これは皆気が自然に至達した結果である。気が自然に至達すること、これを「道」と呼ぶ。それが循環往来して彼此妨害せず、消長盈虚して彼此擾乱せざるがゆえに、その徳を成就する。ただ道あるのみ徳あり。道それ自体は見えず、全くその徳に依って顕現する。両儀の徳は「生」に在り、これがすなわちその道の顕現である。道は生養を成就することを第一義とし、人もし道を修成すれば、便ち長生してまた万物を生養し得る。これは正に道に順って徳の根基に達するのである。だから道は太極に出で、両儀に顕現し、仁において成就し、性において円満する。一切はただ道に合うに在るのみ。
人生之性,受於中氣,亦太極之元氣,生而有之。全性則全生,成仁則成性。生全仁成,純乎道也,故歸於太極,復於真境,是謂得道。故曰道者返本復始者也。本始者太極也,返而復之,純於元氣之體矣。
人の生来の本性は、「中気」の所より禀受する。すなわち太極の元気で、生まれるや具備する。本性を保全し得れば便ち生命を保全し、仁徳を成就し得れば便ち本性を成就する。生命保全、仁徳成就すれば、完全に道に合し、そこで太極に回帰し本真の境に返る。これを「得道」と呼ぶ。だから言う、「道」とはすなわち根本に返り起点に回ること。この根本と起点はすなわち太極である。返り過ぎ去り回復して来れば、純然として元気の本体である。
是故易之言教也,以道為本,聖人立卦象,將以明道也。道之始乎太極,運行於二氣,調和於五行,以應萬物萬事,而成其德;以守中立極,而全其性。雖依象以稽數,而判其吉凶;依數以言命,而明其順逆;而莫非指人以道,俾克全生以返本復始也。故易之言為道言也。易之象,原始要終,為教人各正性命也。故必推原道之所自,人生之源,氣之所運,數之所合,以定其所宜,而為人立其則;以辨其所至,而示人所有修。必以天道為之準繩,人道為之綱紀,盡人以合於天,致力修養,以全生適性,立德成道。
それゆえ《易》の講ずる教化は「道」を根本とし、聖人が卦象を設立したのは、正に道を闡明せんがためである。道は太極に起始し、陰陽二気の中に運行し、五行の内に調和して、万事万物に応付してその徳を成就し、また中を守り極を立てる工夫をもって人の本性を保全する。《易》は卦象に依って数を考察しこれによって吉凶を判断し、数に依って命を談じこれによって順逆を説明するとはいえ、帰する所一つとして人に道を指出せざるはなく、人に生命を保全し本に返り始に復せしめんとする。だから《易》の言う所の話は皆道を講ずる話である。《易》の卦象は「原を始め終を要す」。人に各々己の性と命を端正せしめんがためである。それゆえ必ず道が何処より来るか、人生の源頭が何処に在るか、気が如何に運行するか、数が如何に契合するかを推究し、これに拠って何が合宜かを判定し、人に準則を訂立し、また人がどの一歩に走到するかを辨明し、これに拠って人に何を修養すべきかを指示する。それは必ず天道をもって準縄と為し、人道をもって綱紀と為し、人事を尽くして天道に合せんことを期し、努力修養して、これによって生命を保全し本性を順適し、徳行を樹立して大道を成就する。
此易有太極一節之大旨也。夫太極固示人以象矣:渾圓無名,虛然光明,凝然周流,悠然長存;氣行不息,德徵廣生;數紀太一,道在用中。固已純精至神,為天地先;周環太和,為萬物宗。其所象者,道之體用;而人之所見者,德之玄玄。仁智隨所識而得,生成隨所遇而合,無大無小,莫能外內。況參以河洛之圖,證以乾坤之卦,大哉至矣,其義有不可盡矣。
これがすなわち「易に太極あり」のこの一節の大意である。太極はもともと象をもって人に昭示する。それは渾然として円満にして名状すべきなく、空虚の中に自ずから光明あり、凝定の中にまた周流し得、悠遠にして長存する。気は運行して停まらず、徳は広大の生養に験証す。数の上ではこれを「太一」と記し、道の上ではこれを「用中」に落実す。それはもとより純精にして至神、天地より先に存在し、周流環めぐりて至って冲和で、万物の宗主である。それが象徴するは道の体と用であり、人の見得る所はただあの玄のまた玄なる徳のみである。《繋辞》の言うごとく仁は仁を見知は智を見、各々自己の見識に隨って領会し、生成の理もまた各々遇う所の情形に隨って印証する。大事小事を論ぜず、皆その外に出ること能わず、その内を離るること能わざるなり。まして更に《河図》《洛書》を参照し、乾・坤両卦をもって印証すれば、まことに博大極まりなく、その中の意義は言い尽くし難い。
故易之象始於斯也。且易之言易,以不易明易,易明不易。溯始迄終,則天地推於無盡;返本復始,則萬歸於一原。太極主其始矣,而終亦盡於是。蓋以不易之元氣,而主變易之陰陽;生生不窮,而真體常存;行行不息,而中極永在。此所以為道之象也。天地尚自此出,而師其用,況其下者乎。故物物有極,事事有中,中極之德,即性命之所見;此中和之功並覆載,而仁智之德同天地也。
だから《易》の象はここより始まる。しかも《易》が変易を講ずるは、「不易」をもって「易」を説明し、また「易」をもって「不易」を説明する。起点より終点に順推すれば、天地は無窮無尽に推衍する。末梢より根本に返れば、万有は同一の本原に帰結する。太極はこの起点を主宰し、終点もまたそれに帰結する。これはそれが永く改変せぬ元気をもって、断えず変易する陰陽を主宰するからである。生々して窮まらずして真実の本体は始終常に在り、運行して息まずして中に居る極は始終移らない。これは正にそれが「道」の象たり得る所以である。天地すらここより出でて、なおその用法を效法せんとするのだから、まして天地以下のものをや。だから每一物に各々その極あり、每一事に各々その中あり。この「中極」の徳は、すなわち性と命の顕現の処である。この中和の功用は天地の覆載と並び立ち得、この仁と智の徳性は天地と相等し得る。
易傳日:「分陰分陽,迭用柔剛。」可以明太極之道矣。夫易自太極立其極,而以乾坤代名其兩儀,萬物皆自陰陽生,故全易卦爻,皆自乾坤出。乾坤者,天地也,父母也;其德則剛柔也,仁義也;其功則生成也,覆載也。何莫非陰陽之道所見耶。欲明道而知太極,必自易始,易固演太極而賅河洛之象者也。
《易伝・説卦》に言う、「陰を分かち陽を分かち、迭に柔剛を用う」。この二句によって太極の道を明白にし得る。《易》は太極よりその「極」を立て定め、更に乾・坤両卦をもって両儀を代称する。万物は皆陰陽より生ずるので、全部《易》の卦と爻とは乾坤より出づる。乾坤はすなわち天地であり、すなわち父母である。それらの徳は剛と柔、仁と義である。それらの功は生と成、覆と載である。これらどれが陰陽の道の顕現ならざるか。道を明白にし太極を認識せんと欲せば、必ず《易》より入らねばならない。《易》はもともと太極を推演して、また《河図》《洛書》の象を囊括した一部の書である。
孚佑帝君疏注
此文講太極要義,以舉其大者言之耳。太極圖象,秦後儒者失傳,唯道家存之;至宋時傳於周濂溪氏,而後儒者亦得有之。時以門戶之見,沿習之深,訛毀者大有人在;徒以易傳有易有太極一語,無能根本推翻之也。
この文章が講ずるは太極の要義で、ただその中の大端を挙げて言うにすぎない。太極の図象は、秦代以後儒家はすでに失伝し、道家のみが保存していた。宋代に至って周濂渓(周敦頤)に伝わり、此の後儒者はやっと重ねてこれを有した。当時は門戸の見に加えて、積習あまりに深く、訛伝し詆毀する者も少なからず在った。ただ《易伝》の裏に「易に太極あり」という句が在るがゆえに、彼らはそれを根本より推し覆すこと能わなかった。
然周所傳,雖名「太極圖」實則太極已生兩儀之象,非太極之體也;後人有演為一圈者,有為黑白相互,中藏一小圓圈者;取意固善,然尚非全體;以太極之初本無極,由無入有,必有其象;如河圖之與洛書,由二五變為九宮;其圖不能混為一也。必先示太極之體,渾然元氣之時;再示其動靜之用,陰陽生化之象;方可由圖見天地生成之序,陰陽未判之先也。
しかし周敦頤の伝えたあの図は、名は「太極図」と言うも、実は太極がすでに両儀を生じた後の象を画いたもので、太極の本体ではない。後人にあるいはこれを一個の円圏に推衍し、あるいは黒白交互・中間に一個の小円圏を蔵すと画した。取意は固より悪くないが、なお完整の全体ではない。太極は最初もともと「無極」で、無より有に入るにあたり、必ず一つの象をもってこれを表さねばならない。ちょうど《河図》と《洛書》のごとく、二と五の組合より九宮に変じ、両図を混同して一談と為すべからず。だから必ずまず太極の本体を画き出すべし。すなわち元気渾然として未分のあの一刻。更にその動静の功用を画き出すべし。すなわち陰陽生化の象。こうして初めて図上より天地生成の次第および陰陽未だ分判せざる前の景象を見出し得る。
故夫子命作二圖以象之,一圓圈渾然明淨,此其體也;一黑白交互,二氣流行,此其用也。體用既全,始終在目;自易探造化究竟,而明曉由無入有之景象也。夫太極氣之所化,全為自然生化之物。因其氣之有動靜。而後陰陽分;初則一氣而已,二氣既判,生物無窮而此太極之象,仍如故也;蓋前者先天之氣,後者後天之體;後天之生化,即後者之所主;而先天之氣,仍存其中也;習道者由後天陰陽之體,漸復於先天元氣之時;當依此圖證之。苟在生時。百體俱用;情識未除,不能逃於陰陽往復之道;即在生滅輪迴之中,是後圖二氣互為消長之象。
だから夫子(孔子)は二幅の図を画きてこれを表すよう吩咐した。一幅は渾然明浄の円圏で、これはその「体」である。一幅は黒白交互・二気流行の図で、これはその「用」である。体と用とが皆斉備すれば、始と終とは一目了然で、自然に造化の究竟を探究しやすく、あの無より有に入る景象を明白にする。太極は気の化成する所で、全く自然生化の産物である。気に動あり静あるがゆえに、後に陰陽は分かれる。初めはただ一股の気に過ぎなかったが、二気分判するに及んで生ずる所の物は無窮無尽となり、しかも太極本身の象は依然として故のごとし。前の一幅が画くは先天の気、後の一幅が画くは后天の体である。后天の生化は後の一幅の図の主宰する所だが、先天の気は依然としてその中に存する。道を修める人は后天陰陽の体より、一歩一歩先天元気の境地に回復せんとすれば、当にこの二図に依って印証すべし。人はただ生きていさえすれば、全身各処皆作用を起こし、情感と意識と除き尽くさざれば、陰陽往復の規律を逃れ得ず、なお生滅輪廻の中に在る。これは正に後の一幅の図の裏の二気互いに消長する象である。
若果屏除物好,絕制情識;充其性靈,致於中和;則由後天返於先天,即前圖渾然光明之象;所謂返本復始。原始要終之道,皆在此二圖中驗之;其義固重在明道者也。夫子此文,抉易教之微,指修道之要;非僅釋易有太極之文義已也,讀者當三復焉。
もし真に外物への嗜好を摒除し、情感と意識の牽擾を断絶し、自己の性霊を充実して中和の境地に達すれば、それはすなわち后天より先天に返ったのであり、すなわち前の一幅のあの渾然光明の景象である。いわゆる「本に返り始に復す」「原を始め終を要す」の道理は、全くこの二図の裏において印証し得る。見ればその要義は確かに修道を闡明することを重んずる。夫子のこの文章は、《易》教の精微を剔発し、修道の関鍵を指点したもので、ただ「易に太極あり」という句の字面の意を解釈するのみならず。読者は当に反復して玩味すべし。
夫子前講易本河洛圖象,不止言取其象而制為易之卦象也;實則取其象,以立修道之教耳。蓋「道」字本無名之名,修道更難以言文明其方;必因圖象而指示之,乃得悟其本原,及其歸著處。而圖象則自河洛始,河洛圖象,以變者示人不變,不變者示人變;一靜一動而陰陽生,一順一逆而生成見;皆本道以明道,明之即以教人修之也。故觀河洛圖象,重在動靜之間,順逆之序;更重在以天道立人道,以人道順天道;天人之相成者道,聖人之立教者亦道;道無二用,用之於身則成已;用之於人物,則成人成物;皆一以貫之,皆自河圖象始終之也。
夫子は先に《易》は《河図》《洛書》の図象に本象に本づくを講じたが、ただその象を取って《易》の卦象を制作したを言うのみならず、実はその象を取って修道の教法を建立したのである。「道」という字はもともと無名の名で、修道の門径は更に言語文字をもって講じ清め難い。必ず図象を借助して指点し、初めてその本原と帰宿とを領悟し得る。そして図象は《河図》《洛書》より始まる。河洛図象は変動の部分をもって人に不変なる者を指示し、また不変の部分をもって人に変動する者を指示する。一静一動にして陰陽生じ、一順一逆にして生成の理顕れる。これらは皆道に依拠して道を闡明し、道を闡明すればすなわち人に修道を教えるである。だから河洛図象を看るに、重点は動と静の間、順と逆の次序に在り、更に重要なは天道をもって人道を確立し、人道をもって天道に順応するにある。天と人とが互いに成全するは道であり、聖人が教化を建立するに依拠するもまた道である。道に二種の用法なし。自身に用いればすなわち「己を成し」、他人他物に用いればすなわち「人を成し物を成す」。皆一をもって貫くべく、皆《河図》の象の上において頭より尾まで根拠を見出し得る。
故修道之教,不外於河洛之圖;而聖人之道,不殊於天地之數;由其淺言之,則為人之事;由其深言之,則成道之功;易傳曰:「仁者見之為仁,智者見之謂智。」此語已盡河洛之義,一部易經如是,六經亦如是;除是外,更無他語足以盡之也。故道無大小,無遠近;人自見之,若推而言之;妄者謂之妄,愚者謂之愚;人自妄愚,何咎乎圖象也?
だから道を修める教法は《河図》《洛書》のこの二図を出ず、聖人の道もまた天地の数と両様なし。浅く言えば、それは人たり世に処する事である。深く言えば、それは大道を成就する工夫である。《易伝・繋辞上》に言う、「仁者は之を見て之を仁と謂い、智者は之を見て之を智と謂う」。この一句はすでに河洛の意義を講じ尽くしている。全部《易経》も然り、六経もまた然り。この外更に別の話は概括するに足るものなし。だから道それ自体は大小と言うべきなく、遠近と言うべきもなく、全く人それ自体が如何に見るかによる。もし推し開いて言えば、荒誕の人は便ちそれを荒誕と言い、愚昧の人は便ちそれを愚昧と言う。それは人それ自体が荒誕愚昧なのであって、図象と何の相干あらんや。
中國言道,以性理代之,此宋人言也;實則道字不止性理,凡天地之物,無不在道中生成往來,無一事不有道在,蓋天下物物事事,無不在氣中行運,而自然生成往來者也;此氣之名曰:「陰陽」。氣之用即道也,故曰:「一陰一陽之謂道」。天下物物事事不離陰陽,故不離道;非止性理名為道也,氣之所行,不獨生物;即木石之類,無知無情者,皆有其氣,皆在道中也;如一室中,或桌几,或書畫,或玩好之物,皆在自然中位置;或主或客,或畜類,或蟲蟻,出入住息,皆在自然中游走去住,皆有其道也。
中国が「道」を講ずるに、宋儒は「性理」をもってこれに代えた。これはただ宋人の講法である。実は「道」の字は性理に止まらない。天地の間のもの、一つとして道の中にあって生成往来せざるはなく、一つの事にも道の在らざるはない。天下の万事万物は皆気の裏において運行し、これによって自然に生成し自然に往来するからである。この股の気の名を「陰陽」と呼び、気の作用を道と為す。だから《繋辞上》に言う、「一陰一陽之を道と謂う」。天下の万事万物は陰陽を離れず、すなわち道を離れない。ただ性理のみが道と呼ばるに配するのではない。気の運行は有る生命のものの上のみに在らず。草木土石の類の知なく情なき物すら、各々その気あり、皆道の中に在る。たとえば一間の屋裏の、卓几であれ、書画であれ、玩賞の器物であれ、皆自然而然の中に各々その位置に安放される。主人であれ、客人であれ、家畜であれ、虫蟻であれ、進出し停留し作息するも、皆自然而然の中に游走し去留する。これら全く各々その道あり。
因天地成於此一陰一陽之道,則自天地以下,無大細,皆不得離道以生成往來;故道者,氣之道,猶車之軌也;有車必有軌,有氣必有道;同此氣,即同此道;太極者,氣之所始,道之所自;言道而不溯太極,譬如行路而忘所自至地,徘徊歧路而已;故言道必先明太極之用,既明太極,則性理在其中矣!所謂知其原,則流易測;得其本,則枝葉易探;此言道者所當知也。儒者言道莫先於易,易自太極出,則欲習道者,可不先求之太極哉!
すでに天地はこの「一陰一陽」の道によって構成された以上、天地以下、大小を論ぜず、皆道を離れて生成往来すること能わない。だから「道」とはすなわち気の走る道で、ちょうど車の走る軌のごとし。車あれば必ず軌あり、気あれば必ず道あり。気はすでに同一の気ならば、道もまた同一の道である。太極は気の起点であり、また道の出処である。道を講じて太極に上溯せざるは、ちょうど路を趕る人が己の何処より動身したかを忘れて、ただ岔路口に徘徊するに等しい。だから道を講ずるには必ずまず太極の作用を明白にせねばならない。太極が一明白なれば、性理は自然にその中に包含せられる。これがいわゆる源頭を知れば支流は測度しやすく、根本を捉えれば枝葉は尋査しやすいということで、道を講ずる人の知るべき所である。儒者の道を講ずるに、《易》より先なりしはなし。そして《易》はまた太極より出でた。然らば道を学ばんとする者は、どうしてまず太極の上より求めざるを得ようか。
又曰:陰陽動靜原相根,而動為陽則陰生焉,靜為陰則陽復焉;初無一刻之停,祇見消長之氣;故動則陽生陰,靜則陰生陽;如人坐功,以動屬陽,而情見即生陰;返於靜,則性見而陽復;二者斯須之間,往復之運,非瞭然二事也;果動矣,必由陽生陰;靜矣,必仍返於陽;此理自然而然者,以含有往復消息之義,足以明太極之氣無一時停住,陰陽來去有相根之妙;即天地間二者之相應,正如是也。
また言う。陰陽と動静とはもともと互いに根柢と為す。動は陽に属し、陽動の中にすなわち陰を生ず。静は陰に属し、陰静の中に陽はまた回復して来る。この中間に一刻の停頓なく、ただ消と長の気機の交替するを見る。だから一動すれば陽より陰を生じ、一静すれば陰より陽を生ず。たとえば人の静坐の工夫を為すに、念を起し活動するは陽に属するが、情緒が一たび露頭すれば陰はこれに隨って生ず。收回して静に帰すれば、本性顕現して陽はまた回復して来る。この両者は極短の一瞬の間に往復運転するのであって、截然として分かれた二件の事ではない。果して動すれば必ず陽より陰を生じ、果して静すればまた必ずなお陽に返帰する。この道理は自然而然で、その中に往復消長の意を含む。太極の気に一刻の停住なく、陰陽の来去に互いに根柢と為す妙あるを説明するに足る。天地の間の陰陽二者の相応もまた正にこのごとし。
以陽為主,則陰從之;以陰為母,則陽生焉;非截斷可比。如靜坐至極,神氣活潑;靈光周迴,即動也;然非動之動,乃靜生動也;故曰陽復。太極之成兩儀,即由此動,而分為陰陽;若未動,固無二名;動則陰生,即此義也。凡易理象氣之流行者,若以不動者擬之,則失易義矣!易者,變易也;變易者,即流行無住之義;陰陽互抱,初無可截為二者,詳細體會之自明。
陽を主と為せば、陰は便ちそれに隨従する。陰を母と為せば、陽は便ちその中より生ず。これは決して一刀両断に分かちて見るべきものではない。たとえば静坐が極処に至れば、神気は活溌となり、霊光は周身を流転する。これがすなわち「動」である。ただそれは動より来たる動ではなく、静の裏より生じ出た動なので、「陽復」と呼ぶ。太極が両儀と為る所以は、正にこの一動によって陰陽を分かつ。もし曽て動かざれば、もともと陰陽の二名目はなかった。一動すれば陰を生ずとは、正にこの意を講ずる。凡そ《易》理の象徴する気の流行は、もし静止不動のものをもってこれに比擬すれば、《易》の本義を失う。「易」はすなわち変易である。変易とはすなわち流行して停まらず停駐する所なしの意である。陰陽は彼此環抱して、もともと截然として両截に分かつ能わざるもの。詳しく体会すれば自然に明白となる。
