大仏頂萬行首楞厳経巻第一
知根雜亂思,湛了終無見,
知根は乱思に雑りて、湛了も終に見る所無く、
想念不可脫,云何獲圓通?
想念は脱する可からざれば、云何にか円通を獲ん?
識見雜三和,詰本稱非相,
識見は三和に雑じて、本を詰めば称して非相と為り、
自體先無定,云何獲圓通?
自体は先ず定無ければ、云何にか円通を獲ん?
心聞洞十方,生於大因力,
心聞は十方を洞徹すれど、大因力より生じて、
初心不能入,云何獲圓通?
初心は入る能わざれば、云何にか円通を獲ん?
鼻想本權機,秖令攝心住,
鼻想は本より権機にして、只だ心を攝して住せしむるのみ、
住成心所住,云何獲圓通?
住は成して心の所住を為れば、云何にか円通を獲ん?
說法弄音文,開悟先成者,
説法は音文を弄じて、開悟は先に成れり、
名句非無漏,云何獲圓通?
名句は無漏に非ざれば、云何にか円通を獲ん?
持犯但束身,非身無所束,
持犯は但だ身を束ねて、身に非ずんば束ぬる所無く、
元非遍一切,云何獲圓通?
元本は遍く一切に非ざれば、云何にか円通を獲ん?
神通本宿因,何關法分別,
神通は本より宿因にして、法を分別すること何ぞ相干あらん、
念緣非離物,云何獲圓通?
念縁は物を離るに非ざれば、云何にか円通を獲ん?
若以地性觀,堅礙非通達,
若し地性を以て観ぜば、堅礙は通達に非ず、
有為非聖性,云何獲圓通?
有為は聖性に非ざれば、云何にか円通を獲ん?
若以水性觀,想念非真實,
若し水性を以て観ぜば、想念は真実に非ず、
如如非覺觀,云何獲圓通?
如如は覚観に非ざれば、云何にか円通を獲ん?
若以火性觀,厭有非真離,
若し火性を以て観ぜば、有を厭えど真の離に非ず、
非初心方便,云何獲圓通?
初心の方便に非ざれば、云何にか円通を獲ん?
若以風性觀,動寂非無對,
若し風性を以て観ぜば、動寂は対無きに非ず、
對非無上覺,云何獲圓通?
対は無上覚に非ざれば、云何にか円通を獲ん?
若以空性觀。昏鈍先非覺,
若し空性を以て観ぜば、昏鈍は先に非覚にして、
無覺異菩提,云何獲圓通?
無覚は菩提に異なれば、云何にか円通を獲ん?
若以識性觀,觀識非常住,
若し識性を以て観ぜば、識を観ずるに常住に非ず、
存心乃虛妄,云何獲圓通?
心を存すは乃ち虚妄なれば、云何にか円通を獲ん?
諸行是無常,念性元生滅,
諸行是れ無常にして、念性は元来生滅なり、
因果今殊感,云何獲圓通?
因果は今殊感すれば、云何にか円通を獲ん?
我今白世尊:佛出娑婆界,
我今世尊に禀白す:仏は娑婆界に出でたまえり、
此方真教體,清淨在音聞;
此方の真の教体は、清浄は音聞に在り;
欲取三摩提,實以聞中入。
三摩提を取らんと欲せば、実に聞の中を以て入る。
離苦得解脫,良哉觀世音!
苦を離れて解脱を得るは、良いかな観世音!
於恆沙劫中,入微塵佛國,
恒沙劫の中に於て、微塵の仏国に入りて、
得大自在力,無畏施眾生。
大自在の力を得て、無畏を衆生に施す。
妙音、觀世音、梵音、海潮音,
妙音、観世音、梵音、海潮音、
救世悉安寧,出世獲常住。
世を救いて都く安寧にして、出世に常住を獲たり。
我今啟如來,如觀音所說。
我今如来に啓す、観音の説く所の如く。
譬如人靜居,十方俱擊皷,
たとえば人は静かに居るに、十方に都く鼓を撃つ、
十處一時聞,此則圓真實。
十処一時に聞く、此れ則ち円の真実なり。
目非觀障外,口、鼻亦復然。
目は障外を観ずるに非ざれば、口・鼻も亦た是の如し。
身以合方知,心念紛無緒;
身は合するを以て方に知りて、心念は紛れて緒無し;
隔垣聽音響,遐邇俱可聞;
垣を隔てて音響を聴けば、遠近は都く聞く可し;
五根所不齊,是則通真實。
五根の斉からざる所に、此れ則ち通の真実なり。
音聲性動靜,聞中為有無;
音声の性は動静にして、聞の中に有無と為す;
無聲號無聞,非實聞無性。
声無きを無聞と号すも、非ず実は聞の性無きに非ず。
聲無既無滅,聲有亦非生;
声は無くれば既に滅無く、声有りても生に非ず;
生滅二圓離,是則常真實。
生滅の二を円く離るれば、此れ則ち常の真実なり。
縱令在夢想,不為不思無,
縱い夢想に在るを令むとも、不思無きに為らずして、
覺觀出思惟,身心不能及。
覚観は思惟より出づ、身心は及ぶ能わず。
今此娑婆國,聲論得宣明,
今此の娑婆国は、声論に宣明を得て、
眾生迷本聞,循聲故流轉。
衆生は本聞を迷いて、声に循るを以て流転す。
阿難縱強記,不免落邪思,
阿難は縱い強記なりとも、邪思に堕るを免れず、
豈非隨所淪,旋流獲無妄?
豈に淪する所に随いて、流を旋して無妄を獲るに非ずや?
阿難汝諦聽:我承佛威力,
阿難、汝諦らかに聴け:我は仏の威力に承りて、
宣說金剛王、如幻不思議、
宣説す金剛王・如幻の不思議・
佛母真三昧。汝聞微塵佛,
仏母の真三昧を。汝は微塵の仏を聞き、
一切秘密門,欲漏不先除,
一切の秘密門を、欲漏は先ず除かずば、
畜聞成過誤。將聞持佛佛,
聞を畜えて過悞を成す。聞を将て仏仏を持するも、
何不自聞聞?聞非自然生,
何ぞ自ら聞聞せざる?聞は自然に生ずるに非ず、
因聲有名字。旋聞與聲脫,
声に因りて名字有り。聞を旋して声と脱すれば、
