Libo

神相全编 · 第1巻

宋 · 陈抟 · 第1巻 / 9

人を閱するに先ず五形を辨ずるを欲す

相術典籍

部位別に読むほうが通読より効率的である。相書中の社会的背景の記述にはその時代の刻印が強く残っている点に注意。

神相全編

大凡觀人之相貌,先觀骨格,次看五行;量三停之長短,察面部之盈虧,觀眉目之清秀,看神氣之榮枯,取手足之厚薄,觀鬚髮之疏濁;量身材之長短,取五官之有成,看六府之有就,取五嶽之歸朝,看倉庫之豐滿,觀陰陽之盛衰,看威儀之有無,辨形容之敦厚,觀氣色之喜滯,看體膚之細膩。

凡そ人に相面するには、第一歩はまず「骨格」を見る。即ち全身の骨格の粗细・起伏と格局で、これは一生の貴賤の根基である。第二歩に再び「五行」を見る。即ち人の形貌を金・木・水・火・土の五種類に归入することである。次いで「三停」を量る――髪際から眉心までを上停、眉心から鼻準までを中停、鼻準から顎までを下停――三段が長短勻稱するかを見る。面部の各部位が豊滿か虧陷かを察看し、眉毛眼睛が清朗秀氣かを見、神采氣度が旺盛か枯槁かを見、手脚を摸して厚實か單薄かを見、須髮が疏朗清爽か濃濁糾結かを見る。さらに身材の高矮を量り、「五官」(眉は保壽官、眼は監察官、耳は採聽官、鼻は審辨官、口は出納官)が端正合格に生じたかを見、「六府」(額上の兩天倉、面中の兩顴、下面の兩腮)が豐隆有成かを見、「五岳」(左顴は東岳、右顴は西岳、額は南岳、顎は北岳、鼻は中岳)が一齊に中央の鼻子に朝拱するかを見、「倉庫」(天倉は眉尾上方、地庫は兩腮下方)が豊滿かを見、陰陽(骨は陽に屬し肉は陰に屬す)のいずれが偏盛かを見、この人に人をして畏敬せしめる威儀があるかを見、形貌が敦厚かを辨じ、「氣色」が明潤にして喜を帶びるか晦暗停滯かを見、皮膚が細膩かを見る。

觀頭之方圓,頂之平塌,骨之貴賤,骨肉之粗疏,氣之短促,聲之響亮,心田之好歹,俱依部位流年而推;骨格形局而斷,不可順時趨奉,有玷家傳。但於星宿、富貴、貧賤、壽天、窮通、榮枯、得失、流年、休咎,備皆周密,所相於人,萬無一失,學者亦宜參詳,推求真妙,不可忽諸。

さらに頭形が方か圓か、頭頂が平滿か塌陷か、骨相が貴格に屬するか賤格に屬するか、骨と肉の搭配が粗疏か勻停か、呼吸の氣が短促か深長か、説話聲音が響亮か、および心地が善か惡かを見るべきである。これらは皆「部位流年」に配合して推すべきで、面部は上より下へ各年歲の位置を分布し、人が幾歳に至れば相應する那一處の好壞を見て、その幾年の吉凶を定める。同時にまた骨格と整體形局を憑に斷語を下す。相士は切に當時の人情に迎合して奉承の話を説いてはならない。それは家傳の相術を玷辱するものである。星宿の主る所、富貴、貧賤、壽夭(底本は「壽天」、即ち「壽夭」)、窮通、榮枯、得失、流年、休咎に至るまで、一一推して周密に得さえすれば、人に相面して萬に一の失もなし。學相の人もまた反復參詳し、その中の真に精微の處を推求すべく、輕忽してはならない。

十觀

一取威儀:如虎下山,百獸自驚;如鷹升騰,狐兔自戰。不怒而威,不但在眼,亦觀顴骨神氣取之。二看敦重及精神:身如萬斟之舟,駕於巨浪之中,搖而不動,引之不來,坐臥起居,神氣清靈,久坐不昧,愈加精彩;如日東昇,刺人眼目;如秋月懸鏡,光輝皎潔;面神眼神,俱如日月之明,輝輝皎皎,自然可愛,明明潔潔,久看不昏。如此相者,不大貴亦當小貴,富亦可許,不可妄談定。

十觀の第一觀は「威儀」を見ること、即ち一人の人が自然に流れ出す氣勢である。威儀ある人は老虎の下山するがごとく、百獸おのずと驚きを受け、老鷹の騰空するがごとく、狐狸兔子おのずと發抖する。いわゆる「不怒而威」とは、脾氣を發せずしても人をして輕慢せしめないことで、この氣勢は單に眼睛を見るのみならず、還た顴骨の骨力と面上の神氣を合看する。第二觀は敦厚穩重と精神を見る。穩重の人は身が萬斛の貨を載せた大船の巨浪に行くがごとく、浪打ち來れば船身は搖れども傾覆せず、他人が彼を拉動せんとすれども動かせない。坐るも躺くも起身走動も、神氣は皆清明靈動にして、久坐しても昏沈せず、かえって坐れば坐るほど精采がある。この種の人の神は早晨初めて昇る太陽のごとく、光線は人の眼目を刺し、また秋夜高く懸る明鏡のごとき月亮のごとく、光輝潔淨なり。面上の神と眼中の神は皆日月のごとく明亮にして、光潔可愛く、久しく看ても昏濁を覺えず。かかる相ある人は、大貴ならずとも小貴に當たるべく、富もまた彼に許すべし。ただし輕率に死斷語を下してはならない。

三取清濁:但人體厚者自然富貴,清者縱瘦神長,必以貴推之;濁者有神謂之厚,厚者多富;濁而無神謂之軟,軟者必孤,不孤則夭。四看頭圓頂額高:但人頭為一身之主,四肢之元。頭方者頂高,則為居尊天子;額方者頂起,則為輔佐良臣;頭圓者,富而有壽;額闊者,貴亦堪誇;頂平者,福壽綿遠;頭扁者,早歲迍邅;額塌者,少年虛耗;額低者,刑剋愚頑;額門殺重者,早年困苦;部位傾陷,髮際參差者,照依刑剋兼觀,不可一例而言,有誤相訣。

第三觀は「清」と「濁」を分辨すること。身體厚實の人は自然に富貴であり、相貌清秀の人はたとえ身形偏瘦でも、神氣悠長であれば、貴格をもって推すべし。相貌濁重にして神あるを「厚」と曰い、厚の人は多く錢あり。濁重にして卻って神なきを「軟」と曰い、軟相の人はかならず孤獨、孤獨ならずとも早死せん。第四觀は頭が圓か、頭頂と額頭が高聳かを見る。頭は一身の主、四肢の元なり。頭の生じて方にして頭頂又た高きは、尊位に居る天子の相なり。額頭方正にして頭頂隆起するは、君王を輔佐する良臣の相なり。頭圓なるは富有にして長壽、額頭寬闊のは貴氣誇るべし、頭頂平滿のは福壽綿長なり。反って、頭扁のは早年艱難困頓し、額頭塌陷のは少年時白白に耗損し、額頭低きは六親を刑克して且つ愚頑、額門(額部正中)殺氣重きは早年困苦す。面上部位傾斜凹陷し髮際參差不齊なるは、刑克を連ねて一倂に考察すべし。これら一概に論ずべからず、然らざれば相訣を誤用せん。

五看五嶽及三停:左顴為東嶽,俱要中正,不可粗露傾塌;額為南嶽,亦喜方正,不宜撇竹低塌;右顴為西嶽,亦與左顴相同;地閣為北嶽,喜旺方圓隆滿,不可尖削歪斜、卷竅兜上;土星為中嶽,亦宜方正聳上。印堂五嶽成也。

第五觀は「五岳」と「三停」を見る。相術は面上の五處の高起する部位を五座の名山に比す。左顴を東岳と曰い、端正居中を要し、粗糙露骨あるいは傾斜塌陷すべからず。額頭を南岳と曰い、亦た方正を喜び、竹片を削るがごとく兩邊削げ下りあるいは低平塌陷すべからず。右顴を西岳と曰い、左顴と同じくするを求む。下巴(「地閣」)を北岳と曰い、旺相方圓・隆起豊滿を喜び、尖瘦歪斜すべからず、又た下巴が卷翹して兜上すべからず。鼻子(相術は「土星」と稱し、即ち中岳)もまた方正にして向上聳起すべし。加うるに兩眉の間の「印堂」が平滿明淨なれば、これを五岳生成と曰う。

書云:五嶽俱朝,貴壓朝班,亦且錢財自旺。三停者,額門、準頭、地角,此面部三停也,又為三財,又為三主,又名三表,俱要平等。上停長少年忙,中停長福祿昌,下停長老吉祥。三停平等,一生衣祿無虧;若三停尖削、歪斜、粗露,俱不利也,可照流年部位氣色而推,不可一體而斷。

相書に説く:五岳皆中央の鼻子に朝向して拱衛すれば、この人貴は滿朝の班列を壓倒しうるほどに至り、しかも錢財自然に興旺す。いわゆる「三停」とは、額門(額部)、準頭(鼻尖)、地角(下巴)のこの三段を指し、面上の三停、又た「三財」「三主」「三表」と曰い、三段皆長短相等を要す。上停長きは少年時奔忙操勞し、中停長きは中年福禄昌盛し、下停長きは晚年吉祥なり。三停均等の人は、一生衣食俸禄缺けず。もし三段尖瘦・歪斜・粗糙露骨ならば、皆吉利ならず。具體いずれの年に應ずるかは、「流年部位」の上に現るる氣色に按じて推すべく、一刀に切って斷語を下すべからず。

六取五官六府。六府者:天庭日月二角為天府,宜方圓明淨,不宜露骨,天府成也;或削低塌偏尖,天府不成也,主初年運塞。兩顴為人府,宜方正插鬢,不粗不露,齊揖方拱,此人府成也;若粗露高低,尖圓繃鼓,此人府不成也,主中年運否。

第六觀は五官と「六府」を見る。六府は面上の三對の相對する骨面を指す。第一對:額頭正中の天庭に左右の日角・月角を連ね、合して「天府」と稱し、當に方圓明淨なるべく、骨頭の突露すべからず。かくのごとく生成せば即ち天府成なりて、早年順遂を主る。もし額角削低・塌陷・偏斜あるいは尖聳ならば、即ち天府不成なりて、初年(大約十五歳から三十歳前)運氣閉塞を主る。第二對:左右の兩顴骨を「人府」と曰い、當に方正にして向後して鬢髮に伸入すべく、粗糙せず露骨せず、兩邊齊整にして拱手作揖するがごとく中間に朝向す。かくのごとくば即ち人府成なり。もし顴骨粗露し、左右高低不齊、あるいは尖圓鼓脹ならば、即ち人府不成なりて、中年(約三十から五十歳)運氣不通を主る。

地角邊腮為末景地府,喜府地閣懸壁,木昏不慘,不尖不歪,不粗不大,地府成也;若高低粗露,削尖耳後見重腮,地府不成也。書云:一府就掌十年之富盛,相反者主十年之凶敗。

第三對:下巴と兩邊の腮骨を「地府」と曰い、晚景を管す。この一部位は下巴(地閣)の方厚にして壁立のごときを喜び、氣色昏暗せず慘淡せず、尖らず歪まず、粗大失度せず、かくのごとくば即ち地府成なり。もし兩腮高低不平・粗糙露骨、あるいは下巴削尖して耳後に卻って重疊の腮肉を鼓出せば、即ち地府不成なり。相書に説く:一府生じて合格せば、即ち十年の富足興盛を管し、反って生じて不合格ならば、即ちその十年の凶險敗落を主る。

七取腰圓背厚:胸坦腹墜,三甲三壬,體膚細嫩可也。背厚闊,腰硬腰圓,最嫌背脊成坑、背薄肩垂、肩昂頸削。腰宜圓宜硬,宜大宜平,不可細小軟弱、崎彎無屁股、臀薄尖削露;臀宜平厚,不宜大竅;胸宜平滿,骨莫粗露;項下雙絛,心窩不陷,腹宜有囊如葫蘆,臍下肉橫生,不宜尖削。或如鵲肚、雞胸、狗肚,此不湛也。

第七觀は腰が圓實か、背が厚闊かを見る。上好の身相は胸部平坦、腹部下垂飽滿、背に「三甲」(脊背兩側と項後の三處、肉厚くして護甲のごとし)あり、腹に「三壬」(臍下と兩腿邊の三處、肉厚し)あり、皮膚細嫩なるをいう。背は厚く寬を要し、腰は結實にして圓を要す。最も忌むは背脊中間に凹みて一道の坑を成し、背薄く兩肩下垂し、肩頭高聳して脖頸瘦削する。腰は當に圓・硬・大にして平なるべく、細小軟弱すべからず、彎曲して臀部なきに至るべからず、臀部もまた薄く尖削外露すべからず。臀は平厚を要し、大なる凹陷あるべからず。胸は平滿を要し、骨頭粗露するなかれ。頸下に兩條の豎起する肉縧あり、心窩凹陷せず、腹部は葫蘆のごとく下垂の肉囊あるを象り、肚臍下面に橫生の一片厚肉あり、尖瘦すべからず。もし喜鵲のごとき窄肚、雞のごとき凸胸、狗のごとき癟肚に長成せば、皆合格せず。

書云:腰圓背厚,方保玉帶朝衣,驟然不豫,慷慨過人,必主發達富盛;胸平腹囊,故宜紫袍掛體,雖不出前,不入凡流,必須發達。背如三甲,項後肉厚,兩肩繃肉厚;腹如三壬,臍下肉長,兩腿邊肉長。

相書に説く:腰圓背厚の人は、乃ち玉帶を系し朝服を穿つ官身に配するに足る。この種の人は事に遇うに沉着にして輕易に色に形わず、氣度慷慨にして人に過ぎ、かならず發達富盛せん。胸部平滿・腹に肉囊ある人は、合に紫袍を披くべし――たとえ出人頭地し得ずとも、凡俗の流に淪ることなく、終竟發達せん。いわゆる背の「三甲」のごとしとは、項後肉厚、左右兩肩の繃れる肉厚、加うるに脊背本身の厚實、共に三處にして鎧甲の身を護るがごときを指す。いわゆる腹の「三壬」のごとしとは、臍下肉長、左右兩腿邊肉長、共に三處の豐厚を指す。

書云:揹負三山如護甲,臍深納李腹垂箕,如此之相必大貴,不貴之時富可誇。但頭大無肉,腹大無囊,不是農夫必是屠傅;不是粗人定是木作。若尖削陷軟,狗肚雞胸,縱富必無結果。書云:男子腰小,難主家財亦且夭折;凸胸露臀,當成窮酸,男子為僕,女子為婢。相中最宜推詳,不可忽略。

相書に説く:背上に三座の山を負うがごとく、厚きこと護身甲のごとき、肚臍深くして一枚の李子を放ち入れ得、腹部下垂して簸箕のごとき、この身相あればかならず大貴せん。たとえ貴ならずとも、富は誇るに足る。しかし頭雖も大なれど肉なく、肚子雖も大なれど下垂の肉囊なき、この種の人は田を種る者ならずんば屠戶、粗使の人ならずんば木工をなす者なり。もし身上處處尖瘦・凹陷・綿軟にして、狗のごとき癟肚、雞のごとき凸胸を長ずれば、たとえ一時錢ありとも終歸結果なし。相書又た説く:男子腰細小なるは、家財を守ること能わずして且つ夭折しやすし。胸脯前凸・臀部瘦削外露のは、窮酸に落ちるのみ、男は僕役をなし、女は婢女をなす。これら相法の中に最も細細に推詳すべく、忽略すべからず。

八取手足:宜細嫩隆厚,掌有八卦,紋路鮮明,或如撰血尖起三峰,奇紋異紋,節如雞彈,指尖相稱,指大相停,掌平如鏡,或軟如綿,龍虎相吞,掌厚背厚,腕扁肘圓。足背有肉,足底有紋有痣,掌略帶彎,手背不宜粗露,筋骨指節不宜漏縫。書云:腫節漏縫,神昏神懶;浮筋露骨,身樂心憂;掌紅撰血,富貴綿綿;手軟如綿,閒且有錢;尖起三峰,招生晚景;掌平如鏡,白手興家;紋露粗率,晚年衣祿平常。但相掌訣法有載於後,宜與前後兼觀。

第八觀は手と脚を見る。手足は當に細嫩にして隆厚なるべく、掌上の「八卦」(掌心四圍に乾坎艮震巽離坤兌の八つの方位に對應する肉丘)は生じて起るを要し、掌紋清晰分明なるべし。掌色紅潤にして血を塗りたるがごとく、掌上三處の肉峰尖起し、最も好きは更に奇特の紋路あること。指節は雞蛋のごとく圓潤にして突兀せず、指尖長短相稱し、手指粗细勻停す。掌心平坦にして鏡のごとく、あるいは綿軟にして棉のごとし。大拇指下の肉丘と小指下の肉丘(俗に龍虎と稱す)が互相包抱す。手掌厚く手背もまた厚く、手腕扁にして肘部圓なり。脚背に肉あるを要し、脚底に紋あり痣あり、掌心略ほ彎凹を帶ぶ。手背は粗糙露骨すべからず、筋骨と指節合攏する時指縫光を透かすべからず。相書に説く:指節腫大・指縫漏光の人は、精神昏昧懶散なり。青筋浮起・骨節外露のは、身雖も安閒なれど心裏憂愁す。掌色紅潤にして血のごときは、富貴綿長なり。手綿軟にして棉のごときは、清閒にして又た錢あり。掌上三峰尖起のは、晚年に乃ち發す。掌平にして鏡のごときは、白手起家しうる。掌紋外露にして粗率のは、晚年衣食ただ平常のみ。看掌の詳細口訣に關しては後文別に記載あり、當に前後合看すべし。

九取聲音與心田:書云:要知心裡事,但看眼神清。眼乃心之門戶,觀其眼之善惡,必知心事之好歹。其心正則眸子必正,眼視上其心必高,眼視下心有感思,眼轉動而不言心有疑慮,眼視斜而口是心非、益已害人,言不可聽。眼正視,其人中正,入黨無偏;眼噁心必惡,眼善心必慈。

第九觀は聲音を聽き心地を看る。相書に説く:一人の人の心裏何を想うかを知らんと欲せば、ただ彼の眼神の清か清からざるかを看よ。眼睛は心の門戶なり。彼の眼神の善か惡かを看れば、彼の心事の好壞を知る。心地端正の人は瞳子かならず端正なり。眼睛老いて上を看る者は、心氣かならず高傲なり。眼睛老いて下を看る者は、心裏思慮する所有り。眼珠轉動停まずして說話せざる者は、心裏疑忌を存す。眼睛斜にして人を看る者は、往々口是心非・利己害人して、彼の話は聽信すべからず。眼神端正平視の人は、人と為り中正にして、たとえ朋黨を結交すれども偏私せず。總じて眼惡の人は心かならず惡、眼善の人は心かならず慈なり。

有陰鴛者,或救人難厄,或救人危險,濟人貧窮,救人性命,不淫不亂,財寬量大容物。人俱有紫黃容紅氣色,發見於眼下臥蠶之宮、印堂福堂之住,縱相貌不如,其心田好,終有富貴。若相貌堂堂,心事奸險,縱然富貴,不日貧窮。

「陰隲」(暗に行善積德を行う、底本は「陰鴛」)を積める人、あるいは人を患難に救い、あるいは人を危險に救い、あるいは窮人を周濟し、あるいは人の性命を救い過し、自家又た淫亂せず、錢を用うるに寬厚、度量大にして人を容れうる。この種の人は面上皆紫色・黄色に紅潤を帶びたる好氣色を現出し、眼睛下方の「臥蠶」(下眼瞼の那一條の隆起する肉)および印堂・福堂(兩眉尾上方、天倉に近き處)等の部位に發す。かくのごとき人はたとえ相貌出衆と算せずとも、心地好きがゆえに、終竟富貴を得ん。反って、相貌堂堂にして心思奸險の人は、縱い眼下富貴なりとも、久しからずして貧窮に轉成せん。

書云:未觀相貌先看心田,有相無心相從心滅,有心無相相從心生。昔裴度還帶,宋郊渡蟻,廉頗扶危救人過渡,各千金不受,本是不貴之相,後反大貴而陰陽扶之。

相書に説く:未だ相貌を看ずるに、先に心地を看よ。好相を生じて好心なければ、好相は壞心に随いて消失せん。好相なけれど好心を存せば、好相は善心に随いて生出せん。從前唐代の裴度は玉帶を拾い原物を失主に歸還し、宋代の宋郊は橋を搭して螞蟻を救い過し、戰國の廉頗は危を扶け困を濟し、人の渡河を幫助して、事後彼に千金を送るも肯んじて收めず――此の幾位は本來相の上に皆貴格ならざりしが、後來かえって大貴せしは、正に暗中の善行が天地陰陽の力の扶助を招來せしがゆえなり。

聲音宜響亮,出自丹田,臍下一寸是也。聲響如雷灌耳,或如銅鐘玉韻,或如甕中之聲,或如銅鑼銅鼓,或如金聲,或聲長尾大如鼓之響,俱要清潤,縱相貌不如,亦主富貴。或人小聲大,人大聲雄,俱要深遠,丹田所出,此富貴綿遠之相也。夭折貧賤之人,聲輕聲噎,聲浮聲散,聲低聲小,或如破鑼破鼓,語音焦枯,聲大尾焦,聲雄不圓。書云:富貴之聲出於丹田,夭賤之人聲出舌端。或有餘韻,縱焦枯烈,早年虛耗,晚主發達矣。

聲音は當に響亮なるべく、しかも「丹田」(臍下一寸の處)より發出すべし。好聲音あるは響くこと雷聲の耳を灌ぐがごとく、あるは銅鐘敲響・美玉相擊のごとく、あるは大瓮の中より傳出するがごとく、あるは銅鑼銅鼓のごとく、あるは金屬の聲のごとく、あるは音長にして尾音寬厚にして鼓を擊つがごとし。共同點は皆清亮潤澤を要するにある。かかる聲音あれば、たとえ相貌差些なりとも、富貴を主る。還た人の個子小にして聲音大、個子大にして聲音雄壯、ただ聲音深遠にして確實に丹田より出づれば、皆富貴長久の相なり。夭折貧賤の人に至りては、聲音輕飄・發噎・浮にして實ならず・散にして聚まらず・低微細小、あるいは破鑼破鼓のごとく、語音干枯し、聲起る時大にして尾音焦斷し、聲雖も雄壯なれど圓潤せず。相書に説く:富貴人の聲音は丹田より出づ。夭亡貧賤者の聲音はただ舌尖の上に出づ。もし聲音雖も焦枯猛烈なれど還た餘韻を帶ぶれば、それは早年白白に耗損し晚年終に發達しうる相なり。

訣曰:言未舉而色先變,話末盡而氣先絕,俱夭賤之人。觀聲音,知為相之根本;觀陰陽,知為相之元神。形貌莫外乎聲音,陰陽部位不好,有此相者,競許富貴。但聲音響亮者,雖貧終能發達,不必狐疑。

口訣に説く:話未だ口を開かざるに臉色先に變わり、話未だ説き畢らざるに氣接ぐ能わざるは、皆短命下賤の人なり。聲音を聽くを會すれば、乃ち相術の根本を掌握したりと算す。陰陽を看るを會すれば(骨は陽、肉は陰、動静剛柔の配合)、乃ち相術の元神を抓住したりと算す。形貌の吉凶は終竟聲音此の一條を離れず。たとえ陰陽部位生じて好からずとも、ただ聲音過關せば、仍ほ彼に富貴を許しうる。聲音響亮の人は、眼下雖も窮すれど、終竟發達しうるを能くす。猶疑するを須いず。

十觀形局與五行。形局者,乃人一身之大關也。或如龍形、虎形、鶴形、獅形、孔雀形、鸛形、牛形、猴形、豹形、象形、鳳形、鴛鴦、鷺鷥、駱駝、黃鵬、練雀等形,此富貴形相;或豬形、狗形、羊形、馬形、鹿形、鴉形、鼠形、狐狸形,此兇暴貧薄天折之相也。

第十觀は形局と五行を看る。いわゆる「形局」とは、整個の人の體態を或る一種の禽獸の形に归入するで、これは一身相法の大關節なり。龍形・虎形・鶴形・獅形・孔雀形・鸛形・牛形・猴形・豹形・象形・鳳形、および鴛鴦・鷺鷥・駱駝・黄鶯(底本は「黄鵬」)・練雀等の形のごときは、皆富貴の相に屬す。反って、豬形・狗形・羊形・馬形・鹿形・烏鴉形・老鼠形・狐狸形は、則ち凶暴・貧薄・夭折の相なり(底本「天折」は即ち「夭折」)。

五行者,金、木、水、火、土也。書云:金得金剛毅深,木得木資財足,水得水文章貴,火得火見機果,土得土厚豐庫。金形白色喜白,木形瘦喜青,水喜肥黑,火不嫌尖宜赤色,土喜厚今色宜黃,此五形正局也。合此者富貴福壽,反此者貧賤夭折。但學者憑五行兼骨格,推斷相法多端總斷。

いわゆる「五行」とは、金・木・水・火・土の五種の形なり。相書に説く:金形人再び金の氣色を得れば、性情剛毅にして城府深し。木形人再び木の氣色を得れば、錢財充足す。水形人再び水の氣色を得れば、文章をもって顯貴しうる。火形人再び火の氣色を得れば、事に遇うに見機果斷す。土形人再び土の氣色を得れば、家底厚實にして倉庫豊滿す。金形人は膚色本白、喜び再び白色を見る。木形人は體瘦、喜び青色を見る。水形人は肥胖にして色黑なるを喜ぶ。火形人は面尖を嫌わず、宜しく赤色を見るべし。土形人は身厚を喜び、色は宜しく黄なるべし。これ五種の形の正格なり。正格に合するは富貴福壽、正格と相反するは貧賤夭折す。學相の人は五行を憑に再び骨格を合看すべく、相法頭緒雖も多しといえども、總じて合わせて斷語を下すを要す。

五法

擇交在眼,眼惡者怕多薄,交之有害,然露者無心,不可不詳審也;問貴在眼,未有眼無神而貴且壽者;問富在鼻,鼻為土生金,厚而豐隆者必富;問壽在神,未有神不足而壽且貴者,縱貴亦大富;求全在聲,士農工商,聲亮必成,不亮無終。上相不出此五法,拘於口耳眉額手足背腹之間者,乃庸相士也。

人を相するに別に五條の綱領あり。第一、朋友を選擇するは眼睛を看る。眼神凶惡の人は多く刻薄にして、之と交往すれば害あり。ただし眼神雖も外露するも心裏事を藏しえざる人は、卻って必ずしも壞ならず。この一層は細辨せざるべからず。第二、一人の貴か貴からざるかを問うは眼睛を看る。眼中神なくして卻って貴く且つ壽なるは從來なし。第三、富か富からざるかを問うは鼻子を看る。鼻は五行に土に屬し、土は金を生じうる。鼻頭厚實・鼻梁豐隆の人はかならず錢あり。第四、壽か壽からざるかを問うは神を看る。神氣足らずして卻って長壽にして又た顯貴なるは從來なし。たとえ貴なるも不過大富のみ。第五、個人の事事周全を求むるは聲音を看る。士農工商を論わず、聲音響亮のはかならず事を成しうるを能くし、聲音亮ならざるは何を做すも皆結果なし。高明の相法は此の五條を出でず。ただ口・耳・眉・額・手・足・背・腹のこれら零碎の處に斤々計較するは、平庸の相士なり。

切相歌

入眼方知訣,還觀主起中。語遲終富顯,步緊必貧窮。犬眼休為伴,雞睛莫與逢。項偏多蹇滯,頭小定飄蓬。骨露財難聚,筋浮病必攻。唇掀知命夭,腹墜祿須豐。腰肥知有福,額廣壽如松。腳長兼耳薄,辛苦道途中。

この歌訣は人を相する要點を講ず。第一眼見て先去りて先ず關鍵を抓住し、還た彼の一身の主氣が何の處より發起し、中正を守住し得るかを看るべし。說話從容にして急ならざる人は終竟富貴顯達し、走路脚步急促緊迫の人は多く貧窮す。眼睛が狗眼のごとく閃爍窺伺する人とは之と伴を為すことなかれ。眼睛が雞眼のごとく黄圓無神の人とは之と相交ることなかれ。脖子生じて偏斜の人は一生多く阻滯す。頭小の人はかならず蓬草のごとく漂泊無定なり。骨頭突露のは錢財を聚めず。青筋浮起のは必然に病來侵さん。嘴唇外へ掀翻するは壽命短を主る。腹部下垂飽滿のは俸禄豐厚なり。腰身肥厚のは福あり。額頭寬廣のは壽青松のごとし。脚特別に長く加うるに耳朵薄きは、一輩子辛苦奔波して道路の上に在らん。

論形俗

蜀人相眼,閩人相骨,浙人相清,淮人相重,宋人相口,江西人相色,魯人相軒昂,胡人相鼻,太原人相重厚。

各地の人の形貌は各々偏勝あり、看相の時は各々その長處に就いて着眼すべし。四川人は重點的に眼睛を看、福建人は重點的に骨格を看、浙江人は清秀か否かを看、淮河一帶の人は厚重か否かを看、宋地(今の河南商丘一帶)の人は口を看、江西人は氣色を看、山東人は氣度軒昂か否かを看、北方胡人は鼻子を看、太原人は穩重敦厚か否かを看る。これ地に因りて法を立つるなり。一套の標準をもって天下人に遍く套するべからず。

論氣色

天道週歲,二十四節氣,人面一年氣色,亦二十四變,以五行配之,無不驗者。促色最難審,當於清明昧爽之時觀之,又須隔絕不醉,不近色,乃可決耳,慎之慎之。氣色半月一換,交一節氣,子時既變矣。氣色在皮內肉外,隱隱可掬者,方是真氣色。氣色現而安靜者,應之遲;若點點焰動不定者,應之速。春要青,夏要紅,秋要白,冬要黑,四季月要黃,此天時氣色也。

天道一年の運行に二十四の節氣あり、人の臉上の氣色も一年に之に随いて二十四次變化し、五行をもって配すれば、應驗せざるなし。氣色最も審察し難く、當に天氣清朗にして天將に明けんとし未だ明けざるの時に看るべし。被相の人は還た事先に隔離し、醉酒を喝せず、女色に近づかず、かくのごとくして乃ち斷語を下すべく、務めて謹慎すべし。氣色は半個月に一換し、一たび節氣に交われば、當夜子時に便ち變わる。真の氣色は皮膚之內・肌肉之外に藏れ、隱隱約約として捧起しうるがごとし。それ乃ち真氣色と算す。氣色現出して安定不動のは、應驗遲し。もし一點一點火苗のごとく跳動不定なれば、應驗速し。天時に按じて説けば、春天面上は宜しく青を帶び、夏天は宜しく紅を帶び、秋天は宜しく白を帶び、冬天は宜しく黑を帶び、四季月(三・六・九・十二月各末十八天、土旺の時)は宜しく黄を帶ぶべし。これ天時に随いて生ずる氣色なり。

木形人要青,火形人要紅,金形人要白,水形人要黑,土形人要黃,此人身之氣色也。木形色青,耍帶黑忌白;火形色紅,要帶青忌黑;金形色白,要帶黃忌紅;水形色黑,要帶白忌黃;土形色黃,要帶紅忌青,此五形生克之氣色也。

再び各人の形に按じて説けば:木形人の面色は青を要し、火形人は紅を要し、金形人は白を要し、水形人は黑を要し、土形人は黄を要す。これ本身形體と相配する氣色なり。もし生克を論ぜば、木形人の本色は青、宜しく再び一點の黑を帶ぶべし(水生木)、白を見るを忌む(金克木)。火形人の本色は紅、宜しく青を帶ぶべし(木生火)、黑を見るを忌む(水克火)。金形人の本色は白、宜しく黄を帶ぶべし(土生金)、紅を見るを忌む(火克金)。水形人の本色は黑、宜しく白を帶ぶべし(金生水)、黄を見るを忌む(土克水)。土形人の本色は黄、宜しく紅を帶ぶべし(火生土)、青を見るを忌む(木克土)。これ五行生克に按じて判斷する氣色なり。

青如睛天日未出之色,而有潤澤,為正,為吉;如打傷痕而乾焦,則為邪為凶。紅如隙中日影之色,而有潤澤,為正,為吉;如打傷痕而焦枯,為邪為凶。白如玉而有潤澤,為正,為吉;如粉如雪而起粟,則為邪,為凶。黑如漆而有潤澤,為正,為吉;如煙煤而暗,則為邪,為凶。黃如鵝而有潤澤,為正,為吉;如敗葉色而焦枯,則為邪凶。

五色各々正邪の別あり、關鍵は潤澤あるか否かに在り。青色は晴天日出前のあの澄澈の天青にして潤澤を帶ぶるがごとくするを要し、乃ち正色・吉色なり。もし青きこと挨打後の淤痕のごとく且つ干枯焦暗なれば、即ち邪色・凶色なり。紅色は縫隙の裏より透り入る日光のごとく明亮潤澤なるを要し、乃ち正是正吉なり。もし紅きこと傷痕のごとく且つ焦枯なれば、即ち邪是凶なり。白色は美玉のごとく潤なるを要し、乃ち正是吉なり。もし白きこと敷粉のごとく積雪のごとく且つ皮上に粟粒を起せば、即ち邪是凶なり。黑色は油漆のごとく黑亮潤澤なるを要し、乃ち正是吉なり。もし黑きこと烟煤のごとく暗滯なれば、即ち邪是凶なり。黄色は鵝黄のごとく鮮潤なるを要し、乃ち正是吉なり。もし黄きこと枯敗の落葉のごとく且つ焦干なれば、即ち邪是凶なり。

色白主服,紅主訟及瘡疤破財,如火珠焰發者,主火災;青主驚恐疾病,黑主大病死亡,黃主疾病尖脫。氣色雖現,亦要看神色正,而神脫色亦空耳;色而神旺,色終莫能為大害也。

各色の主る所の事は各々相同じからず。面に白色を現ずは孝服喪事あるを主る。紅色を現ずは口舌官司、および瘡を生じ疤を留め破財を主る。もし紅きこと火珠が火焰を冒出するがごときは、火災を主る。青色を現ずは驚恐と疾病を主る。黑色を現ずは大病甚だしきは死亡を主る。黄色を現ずは疾病と脱耗を主る(底本は「尖脱」)。ただし氣色雖も顯現すれど、還た神の端正か否かを看るを要す。神もし已に脱せば、縱い好氣色あるも是れ空なり。反って、氣色不佳にして神旺なれば、あの氣色は終竟大害を造るに足らず。

五官

眉為保壽官:喜清高疏秀彎長,亦宜高目一寸,尾拂天倉,主聰明富貴,機巧福壽,此保壽官成也;若粗濃黃淡,散亂低壓,乃刑傷破敗,此一官不成也。

眉毛を「保壽官」と曰い、壽元と聰明を主管す。好眉は清朗高揚・眉毛疏朗秀氣・彎にして長を喜び、還た當に眼睛より約一寸高出すべく、眉尾は「天倉」(眉尾上方、髮際に近き處)に掃向す。かくのごとく生成せば、主人聰明富貴・機巧にして福壽あり。これ即ち保壽官生成なり。もし眉毛粗濃雜亂・色澤枯黄淺淡・散亂不聚、あるいは長じて低すぎて眼睛を壓すれば、即ち刑傷破敗を主り、此一官便ち成らず。

眼為監察官:黑白分明,或鳳眼、象眼、牛眼、龍虎眼、鶴眼、猴眼、孔雀眼、鴛鴦眼、獅眼、喜鵲眼,神藏不露,黑如漆,白如玉,波長射耳,自然清秀有威,此監察官成也;若蛇、蜂、羊、鼠、雞、豬、魚、馬、火輪四白等眼,赤白紗侵,睛圓黑白混雜,兼神光太露,昏昧不清,此監察官不成也,又且愚頑凶敗。

眼睛を「監察官」と曰い、一人の貴賤と心術を主管す。好眼は黑白分明を要し、形狀は鳳眼・象眼・牛眼・龍眼虎眼・鶴眼・猴眼・孔雀眼・鴛鴦眼・獅眼・喜鵲眼の類のごとく、眼神含蓄にして外露せず、黑睛は黑きこと漆のごとく、白睛は白きこと玉のごとく、眼角細長にして波紋の耳邊に延伸至るがごとく、自然清秀にして威嚴を帶ぶ。これ即ち監察官生成なり。もし長じて蛇眼・蜂眼・羊眼・鼠眼・雞眼・豬眼・魚眼・馬眼・火輪眼・四白眼(黑睛小にして上下左右皆白を露わす)此一類となり、加うるに眼中赤絲白翳侵入し、眼珠圓にして黑白混雜し、又た神光太過外露し昏暗不清なれば、即ち監察官不成なり。この種の人は愚頑にして且つ凶敗す。

耳為採聽官:不論大小,要輪廓分明,喜白過面,水耳、土耳、金耳、牛耳、圓棋耳、貼腦耳、對面不見耳,高眉一寸,輪厚廓堅,紅潤姿色,內有長毫,孔小不大,此採聽官成也;或鼠耳、木耳、火耳、箭羽耳、豬耳、輪飛廓反,不好之耳,或低小軟弱,此採聽官不成也,不利少年損六親。

耳朵を「採聽官」と曰い、童年少年運と壽元根基を主管す。耳は大小を論わず、關鍵は「輪」(外圈)と「廓」(内圈)の分明を要し、最も喜ぶは耳色の面色に白過ぐること。水耳・土耳・金耳・牛耳・圓棋耳・貼腦耳のごとき、および正面より看て去りて耳朵を見えざるは、皆好耳なり。再加うるに耳位眉毛より約一寸高出し、耳輪厚・耳廓堅挺し、顏色紅潤し、耳内に長毫を長じ、耳孔小にして空張せざれば、これ即ち採聽官生成なり。もし長じて鼠耳・木耳・火耳・箭羽耳・豬耳、あるいは耳輪外翻・耳廓反出せば、皆好からざる耳なり。再びあるいは耳低小にして軟弱無骨なれば、即ち採聽官不成なりて、少年不利・父母兄弟妻子等の六親を損傷するを主る。

鼻為審辨官:亦宜豐隆聳直有肉,伏犀龍虎鼻,獅牛胡羊鼻,截筒盛囊懸膽鼻,端正不歪不偏,不粗個小,此審辨官成也。若狗鼻、鯽魚、鷹嘴、劍峰、反吟、復吟、三曲、三彎、露孔、仰灶、扁弱、露脊、露骨、太大孤峰,況又凶惡,貧苦無成,刑惡奸貪,此審辨官不成也。

鼻子を「審辨官」と曰い、財帛と中年運を主管す。鼻は豐隆高聳・鼻梁直にして肉あるを要し、伏犀鼻・龍鼻虎鼻・獅鼻牛鼻・胡羊鼻・截筒鼻(鼻頭は截斷の竹筒のごとし)・盛囊鼻・懸膽鼻のこれら格局のごとく、且つ端正にして歪まず偏せず、粗大ならず亦た細小ならず。これ即ち審辨官生成なり。もし長じて狗鼻・鯽魚鼻・鷹嘴鼻・劍峰鼻(鼻梁薄きこと刀背のごとし)、あるいは「反吟」「復吟」(鼻梁曲折起伏)・三曲三彎・鼻孔外露・仰灶(鼻孔天に朝ぐ)・鼻身扁弱・鼻梁露脊露骨、あるいは鼻子太大にして兩顴配せず孤峰獨聳し、再加うるに神色凶惡なれば、即ち貧苦無成・刑克奸貪を主る。これは審辨官不成なり。

口為出納官:唇紅齒白,兩唇齊豐,人中深長,仰月彎弓,四字口方,牛龍虎口,兩唇不反不昂,不掀不尖,此出納官成也。或豬狗羊口,覆船,宴魚紉魚,鼠食羊食,唇短齒露,唇黑唇皺,上唇薄下唇反,鬚黃焦枯粗濁,此出納官不成也。書云:但一官成者,掌十年之貴祿富豐;不成者,必主十年困苦。

口を「出納官」と曰い、飲食俸禄と晚年を主管す。好口は唇紅齒白を要し、上下兩唇厚薄豊滿相等しく、鼻下の「人中」深にして長く、口形あるいは仰ぐる月牙のごとく、あるいは張開の弓のごとく、あるいは方正にして「四」の字のごとく、あるいは牛口・龍口・虎口のごとし。兩唇外翻せず上昂せず、掀かず尖らず。これ即ち出納官生成なり。もし長じて豬口・狗口・羊口、あるいは口角下垂して翻覆の船のごとく、あるいは魚嘴のごとく撮起し、あるいは東西を喫する時嘴が鼠啃羊嚼のごとく、あるいは嘴唇短にして牙齒外露し、唇色黑を發し唇上多皺し、上唇薄にして下唇外翻し、胡須枯黄粗濁なれば、これ即ち出納官不成なり。相書に説く:五官の中に一官生じて合格せば、即ち十年の貴禄富足を管し、一官成らざるあれば、即ちその十年の困苦を主る。

人を閱するに先ず五形を辨ずるを欲す

金木水火土也。陳圖南云:金形方正色潔白,肉不盈今骨不薄;木形瘦直骨節堅,色帶青今人卓蘋;水形圓厚重而黑,腹垂背聳真氣魄;火形豐銳赤焦燥,反露氣枯無常好;土形敦厚色黃光,臀背露兮性樂靜。呂尚云:木瘦金方乃常談,水圓土厚何須寬。《麟鳳記》云:相剋於中窘難多,金木水火由不和。

人を看るに先ず五種の形を分かち清むべし。即ち金形・木形・水形・火形・土形なり。陳摶(字は圖南)曰く:金形人は面方體正・膚色潔白にして、肉は過分に豊滿ならず骨も單薄ならず。木形人は身瘦にして挺直し、骨節堅實にして、面に青色を帶び、人は清拔出衆を顯す。水形人は體態圓厚にして膚色偏黑、肚腹下垂・背部聳起し、自ら一股の真氣魄あり。火形人は上尖下闊・面赤にして躁急す。もし形氣外露枯焦なれば好しと算するに足らず。土形人は敦實厚重・膚色黄にして光あり、臀部と背部豐厚顯露し、性情安靜樂處す。呂尚曰く:木は瘦を要し、金は方を要す。これ相家の常談なり。水は圓を要し、土は厚を要す。道理も亦た多く講るを須いず。《麟鳳記》曰く:もし一身五行之中互相克戰すれば、處境窘迫多難となる。金木水火彼此不和とは即ち此のごとし。

秘訣云:五行凶。金形帶木,斷削方成,初主滯,未主超群。木形多金,□生利落,父毋早刑,妻子不成。水形遇十,忽破家財,疾苦連年,終身屯檀。火形水性,兩不相併,克破妻兒,錢財無剩。土逢重木,作事無成,若非大折,家道伶仃。

祕訣は五行相克の凶象を講ず。金形人の身上に木氣を帶ぶるは、譬えば一塊の金が截斷削磨を經て乃ち器を成すがごとく、故に早年運滯すれど、晚年卻って超羣出衆しうる。木形人の身上に金氣太多きは、一生零落して聚まらず(底本此處一字を脱し、當に「一生」を作るべし)、父母早年に便ち刑克せんとし、妻子兒女も亦た成全し難し。水形人が土氣に遇うは(底本「十」は「土」の訛)、忽に家財を破掉し、疾病苦楚接續數年、終身困頓す(「屯檀」は即ち困頓の意)。火形人が卻って水の性情を帶ぶれば、水火兩つながら相容れず、妻子兒女を克破し、錢財一點も剩えず。土形人が重重の木氣に遇えば、木克土、事を做すに一成の所なく、若し大的折損に遭遇せざらんには、亦た家道零落孤單に落ちん。

五行吉。金逢厚土,足寶足珍,諸事營謀,遂意稱心。木水相資,富而且貴,文學英華,山塵之器。水得金生,利名雙成,知圓行方,明達果毅。火局遇木,茸肩騰上,三十為卿,功名蓋世。十添離火,戊巴內丁,愈暖愈佳,其道生成。

再び五行相生の吉象を講ず。金形人が厚重の土氣に遇えば、土生金、便ち珍寶充足し、凡そ謀劃ある皆稱心如意なり。木形人が水氣の滋養を得れば、水生木、既に富且つ貴、文才出衆にして、超塵脫俗の器局なり。水形人が金の生を得れば、名利雙收し、心思圓通にして行事方正、通達果斷剛毅なり。火形人が木氣に遇えば、木生火、肩背豐聳にして運勢上騰し、三十歳にして公卿に位列し、功名蓋世なり。土形人に再び添うるに離卦の屬する火氣(「戊巴内丁」は戊土・巳火・丁火の同氣を指す)をもってすれば、火生土、火氣愈々暖まれば土愈々厚く、此の路は自然生成・水到渠成なり。

次察陰陽精氣神。骨為陽,肉為陰,精乃血之主,氣乃神之本,神乃精之附。《貧女金鏡》云:骨陽肉陰兩平和,一生終是無災害。陽勝於陰多孤克,陰勝於陽多天折。《鬼眼經》云:大道凝成有三般,精能養血冠眾體。王朔云:氣所以養形而化成者也。《易》云:神者妙萬物而為言者也。秘訣云:一陰一陽不偏勝,此道由來天賦定。精氣相資體之充,神攝萬靈為主帥。

五形を辨じ畢り、第二步は陰陽と精・氣・神を察看するを要す。骨は陽に屬し、肉は陰に屬す。精は血の主宰、氣は神の根本、神は又た精に依附す。《貧女金鏡》曰く:屬陽の骨と屬陰の肉の兩下平衡調和すれば、一生終歸災禍なし。陽が陰に勝るは多く孤獨刑克し、陰が陽に勝るは多く夭折す(底本「天折」は即ち「夭折」)。《鬼眼經》曰く:大道の凝成は外ならず精・氣・神の三樣、その中精は血脈を滋養し、全身の首に居る。王朔曰く:氣は以て形體を養育し且つそれを化育成就せしむるを用うと。《周易・説卦》曰く:いわゆる神とは、それが微妙に萬物に作用するを形容するなり。祕訣曰く:一陰一陽誰も偏勝せざるは、此の格局本は天生注定なり。精と氣互相資助し、身體乃ち充實し、而も神は一身萬般靈機を統攝し、全體の主帥なり。

三停八卦求相稱。王停者,有身上三停,有面上三停;八卦者,有面列八卦,掌列八褂。《玉虎》云:身上三停頭足腰,看他長短欲勻調。上停長者人多貴,長短元差福不饒。《冥度經》云:凡天中至印堂曰上停,山根至準頭曰中停,人中至地閣曰下停。陳圖南云:五行不正,相君終始薄寒。八卦豐隆,須是多招財祿。秘訣云:身面三停俱勻調,掌面八卦悉豐盈。不端玉階地,定處金谷園。

第三步は三停と八卦が彼此相稱するか否かを看る。いわゆる「三停」(底本「王停」は「三停」の訛)は兩套に分かつ。一套は全身三停、一套は面上三停なり。いわゆる「八卦」も亦た兩處に分かつ。面上に八卦方位を排布し、手掌上にも八卦を排布す(掌上八處の肉丘、底本「八褂」は「八卦」の訛)。《玉虎經》曰く:身上三停は頭・腰・足の三段を指し、それらの長短勻調か否かを看るを要す。上停(頭頸)長の人は多く富貴、三段長短原本差ならざるは、福氣薄からざらん。《冥度經》曰く:面上は髮際正中の「天中」より兩眉の間の「印堂」までを上停とし、兩眼の間の「山根」より鼻尖「準頭」までを中停とし、鼻下「人中」より下巴「地閣」までを下停とす。陳摶曰く:一身五行端正ならざるは、此人到頭來命薄寒微なり。掌上八卦豐隆飽滿のは、かならず多く財禄を招せん。祕訣曰く:身上・面上の三停皆勻調し、掌面八卦處處豊滿せば、此人もし朝堂玉階之下に立身せざらんでも、亦たかならず金谷園のごとき豪富の家に住まん。

五嶽四瀆定高深。左顴泰嶽,右額華嶽,額為衡嶽,頰為恆嶽,鼻眾為嵩嶽。讀耳為江,二瀆目為河,三瀆口為準,四瀆鼻為漢。《通仙錄》云:五嶽兩顴額鼻頰,高隆開闊非凡胎。《混儀經》云:四水莫教淺,五六主凶亡。秘訣云:五山朝拱,四水流通。德行須全,福自天然。

第四步は五岳・四瀆を用いて面上の高低深淺を定む。相術は面上の五處の高起する部位を五岳に比す。左顴を東岳泰山とし、右顴を西岳華山とし(底本は「右額」を作る)、額を南岳衡山とし、兩頰(下巴一帶)を北岳恆山とし、鼻子居中を中岳嵩山とす。又た面上の四處の通じ流るる能くする孔竅を四條の大水に比す。第一瀆耳は長江(底本此處「一瀆」の「一」の字を脱す)、第二瀆目は黄河、第三瀆口は淮水、第四瀆鼻は漢水なり。《通仙錄》曰く:五岳とは即ち兩顴・額・鼻・頰、長じて高隆開闊の人は絕えて凡胎にあらず。《混儀經》曰く:四瀆は生じて淺薄すべからず。もし耳目口鼻皆淺露にして深からざれば、即ち凶亡を主る。祕訣曰く:五座の山中央に朝向して拱衛し、四條の水流れ通じて塞がらず、再加うるに德行完備せば、福氣自然に來る。

語默動靜身須識。□語□默,□動□靜。郭林宗云:言語不妄口德也,緘默自持心德也。《易》云:寂然不動,感而遂通。秘訣云:語成爻,默成象,動與天懼,靜與天遊,非身具至,德孰如斯。

第五步は一人の說話と沉默・行動と靜止の間より相を看ることを懂得するを要す。原文此處底本各々一字を脱し、當に「一語一默、一動一靜」を作るべし。郭林宗曰く:說話輕率妄發せざるは、口上の德なり。沉默自守し得るは、心上の德なり。《周易・繫辭》曰く:寂然として動かず、一たび感應あれば便ち天下之故を貫通しうる。祕訣曰く:一句話説き出せば便ち卦爻を成し、一次沉默守住すれば便ち卦象を成す。動の時は天と同じくその敬畏を同じくし、靜の時は天と同じくその優游を同じくす。若し一身の修養極處に至らずんば、誰の德行か能くかくのごとくならん。

吉凶悔吝色當明。吉凶者得失之象,悔吝憂虞之象。《易》云:得則吉,失則凶。吉凶相對,而悔吝局其中。悔自凶而趨吉,吝自吉而向凶也。秘訣云:前節論身之德,此節淪色之變。識其德,察其變,相焉繆哉。

第六步は臉上氣色の顯す所の吉・凶・悔・吝を看明白し得るを要す。吉凶は得與失の象、悔吝は憂愁と顧慮の象なり。《周易・繫辭》曰く:得る所有れば便ち吉、失う所有れば便ち凶。吉と凶の兩頭相對し、悔と吝は中間に夾まる。「悔」は凶の一頭より吉の方向へ走り、「吝」は吉の一頭より凶の方向へ滑る。祕訣曰く:上一節に講ずるは一身の德、此一節に講ずるは氣色の變化なり(底本「淪」は「論」の訛)。既に彼の德を認得し、又た彼の氣色の變化を察出し得ば、人を相するに還た何の差錯かあらん。

行年為主遠限決。行年部位,運起限並沖。麻衣云:骨格為□世之榮枯,氣色定行年之休咎。《風鑑》云:運限並沖明暗九,更逢破敗屬幽冥。倘若得時部他好,順流氣色見光晶。秘訣云:行年為主運限扶,轉於此處定榮拈。石中美玉何絲辨,一點神光照太初。

第七步は「行年」を以て主と為して長遠の運限を判斷す。行年とは即ち面上に年歲に按じて分布する部位で、運は或る部位より起り、流年之限と並行しあるいは相衝す。麻衣道者曰く:骨格は一世の榮枯を決定し(底本此處「一」の字を脱す)、氣色は當年の吉凶を決定す。《風鑑》曰く:運と限並行して又た相衝し、再び「明九」「暗九」(虛歳逢九と逢九の倍數)のかかる關口に遇上すれば、もし同時に部位破敗せば、幽冥之途に歸するを要す。倘若正に得時の好部位に走り至り、氣色走勢に順いて明亮にして晶のごときなれば、妨げなし。祕訣曰く:行年を以て主と為し運限を以て輔と為すは、轉折の處即ち此處に榮と枯を定出す。石頭の裏に美玉を裹むは、外面より哪裏分辨出來せん。全くあの一點の神光に頼りて本來を照見す。

相逐心生相術真。心能生相,原牛理也。陳圖南云:有心無相,相逐心生;有相無心,相逐心滅。《神機》云:心在形先,形居心後,此之謂也。秘訣云:裴晉公的主餓死,而香山還帶之功;宋狀元未必元魁,由造蟻橋之力。一念之善格天,終身福履綏之,心之關係豈渺廓云乎哉。

第八步は相が心に随いて生ずるを知るを要し、これ乃ち相術の真諦なり。心は相を生出しうるは、本來天理なり(底本「牛理」は「生理」の訛)。陳摶曰く:好心を存して好相なければ、好相は心に随いて生出せん。好相を生じて好心なければ、好相は心に随いて消滅せん。《神機經》曰く:心は形之先、形は心之後、講ずるは正に此の道理なり。祕訣曰く:唐代の裴度は本來の相は餓死を主れど、香山寺に失主の玉帶を歸還して陰德を積みたるがために轉貴せり。宋代の宋郊は本來必ずしも狀元に中る能わざりしが、橋を搭して螞蟻を救ひしがために乃ち魁首を得り。一念の善は上天を感格しうるを能くし、一生の福禄皆之に随いて安穩す。心と相の關係は、哪裏渺茫難憑の説ならんや。

The original text is in the public domain. The Japanese is a machine-assisted translation of this library’s own Chinese paraphrase, checked against a fixed glossary so that technical terms match the definitions used elsewhere on this site. It is a reading aid and does not replace the original.