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相德器第五(許負)

宋 · 陈抟 · 第3巻 / 9

陰陽陶鑄幾般人。陰陽二氣生成,分智思賢不肖幾般。陳圖南云:夫人之生,為萬物之貴,懷天地五常之性,抱陰陽二氣之靈,雖秉彝之本問肖容貌之非。《通玄賦》云:陽生陰育,天尊地卑。《燭譽經》云:人凜陰陽之正氣,形似天地以相同。中聖有全德,造化無全功。

陰陽二氣は陶匠鑄工のごとく、各色各樣の人を捏塑し出す。陰陽二氣に由りて生成し、乃ち智と愚・賢與不肖の此の幾等を分出す。陳摶曰く:人生在世るは、萬物の中最も尊貴なり。天地の仁義禮智信五常之性を懷き、陰陽二氣の靈機を抱く。雖も人人皆此の常道の根本を秉受するも、容貌は卻って各各不同なり。《通玄賦》曰く:陽は生發を主り、陰は養育を主り、天は上に在りて尊、地は下に在りて卑なり。《燭譽經》曰く:人は陰陽の正氣を禀受し、形體の構造は天地と相似たり。聖人之中に德行完備の有れど、造化本身は卻って面面倶到の功用なし。

秘訣云:陰陽二氣之化生也,陽先而陰後,陽施而陰受。陽者乾道,陰者坤道;乾道成男,坤道成女。稟其氣之清者,為聖為賢;稟其氣之濁者,為思為不肖。所以稟氣則同,清濁有異,而人品殊文。

祕訣曰く:陰陽二氣は萬物を化生し、陽先に在り陰後に在り、陽施與して陰承受す。陽は乾道に屬し、陰は坤道に屬す。乾道は男子を成就し、坤道は女子を成就す。氣の清きを禀得するは、聖人賢人と成る。氣の濁きを禀得するは、愚人と不肖之人と成る(底本「為思」は當に「為愚」を作るべし)。故に人の禀する所は皆此の一股の氣と曰うも、ただ清濁同じからざるが因りて、人品便ち高下の別あり。

器識緣何分淺深。器者德器,識者識量。裴行儉云:士先器識而後文藝。李靖云:淺淺器識庸人耳,格薄難與成功名。《風鑑》云:形者人之材也,德者人之器也,有材矣而付之以德,猶如雕琢而成器也。器遇柮工而器之,是為不材之材也。

器量と見識は何を以てか深淺を分出せん。「器」は德行の容量を指し、「識」は見識の度量を指す。裴行儉曰く:讀書人は先に器量見識を講じ、然る後乃ち文才技藝を論ず。李靖曰く:器量見識淺薄のは不過庸人、格局單薄のは很た彼と同じく功名を成就し難し。《風鑑》曰く:形體は人の材料、德行は人の器皿なり。好材料有りて再び加うるに德を以てすれば、譬えば木石を雕琢して器を成すがごとし。可惜し好料若し拙劣の工匠の手裏に落ちて胡亂に器を做成せば、那れ便ち可用之材を不成材の東西に做成せり。

秘訣云:德在形先,形在德後。即如項羽目有重瞳,形則善矣,然而咸陽三月火,骸骨亂如麻,哭聲慘但天地,非羽殘暴之器致之乎?競而舨舟不渡,則首烏江。

祕訣曰く:德は形之先、形は德之後なり。譬えば項羽一目雙瞳、形相好しと謂うべからざるなし。然れど彼咸陽を燒き、大火三個月滅びず、尸骨亂れること麻のごとく、哭聲凄慘にして天地を震動す――這れ正に項羽の殘暴の器量の招來せしに非ずや。終に烏江に至り、船ありても肯んじて渡らず、自刎して死す(底本「舨舟」「則首」は當に「艤舟」「刎首」を作るべし)。

也有汪洋居臺閣。汪洋喻德量之寬宏,臺閣三公元宰之位也。《風鑑》云:剛毅汪洋誰可識。呂尚云:器宇汪洋有容納,志氣深遠有機謀,動作使令不可料,時通亦為公與候。《鬼箭》云:氣宇軒昂好丰標,必居臺閣佐明朝。

亦た器量汪洋大海のごとき人有りて、台閣に位居す。「汪洋」は德量寬宏を比喻し、「台閣」は三公宰輔の高位を指す。《風鑑》曰く:剛毅にして又た汪洋大度の人は、誰か能く一眼に識得せん。呂尚曰く:器宇汪洋にして人を容れうる、志氣深遠にして機謀あり、一擧一動・發號施令皆人の意外に出づ。時運一たび通ずれば便ち公侯に做到す。《鬼箭》曰く:氣宇軒昂・儀表出衆の人は、かならず台閣に位居し、清明の朝廷を輔佐せん。

秘訣云:形體美惡,本自生成;器識卑瑣,學問可以充拓。昔柴羔見惡末學,性至愚滷,□見孔子之後,啟蟄不殺,方長不折,不徑不竇,居喪泣血三年,未曾見齒,卒成大賢。學問之變如此。

祕訣曰く:形體の美醜は生來便ち定下せり。器量見識雖も卑瑣なれど、卻って學問を以て擴充開拓しうる。從前高柴(字は子羔)相貌好からず、學問未成、性情又た極めて愚鈍笨拙なりしが、孔子を見て以來(底本此處一字を脱し、當に「一見孔子之後」を作るべし)、春天蟄蟲初出なれば殺害するに忍びず、草木正在生長なれば攀折せず、走路小道を抄らず・出入牆洞を鑽らず、父母のために喪を守る三年泣血哀痛し、從來露齒して笑うことなく、終に大賢と成る。學問は能く一人を此の地步に改變す。

也有輕盈處廟廷。氣驕則輕,志滿則盈。廟廷,朝廷也。《風鑑》云:幾輩堂堂相貌清,幾人相貌太輕盈。《神機》云:骨格精神志氣盈,早年佩玉立廟廷。春花必定春時發,過卻春時花謝傾。

亦た輕浮自滿の人朝廷之上に立つ有り。氣驕橫すれば便ち輕浮を顯し、志得意滿すれば便ち盈溢を顯す。「廟廷」即ち朝廷なり。《風鑑》曰く:幾輩の人ありて相貌堂堂にして清正、亦た幾人か相貌太も輕浮盈滿を顯す有り。《神機經》曰く:骨格好・精神足にして志氣盈滿の人は、早年に便ち佩玉して朝廷に立つ能し。不過春天の花はかならず春天に開き、一たび春天過ぎれば、花便ち謝落す――此種の人は發する早く亦た敗るる早し。

秘訣云:德器者,滄海之波瀾。注之不見泛,鞠之不見涸。虛而能受,動而愈出,此其所以異於輕盈者也。

祕訣曰く:德量ある人は滄海の波瀾のごとく、往裏水を灌ぐも其の漫溢を見えず、往外水を舀うも其の乾涸を見えず。内裏空虛なるが故に能く容受し、愈々運用すれば愈々湧出す。これ正に彼と輕浮自滿の人と不同なる所なり。

輕盈薄識非蕸福。輕盈薄識不見於其身而見於其後。裴行儉云:人有文才而浮急淺露,豈享富貴之器耶。管格云:處崇宦而自視巍巍然,非遐福之器也。

輕浮自滿・見識淺薄の人は、長遠の福を享くる能くするにあらず(「蕸福」即ち「遐福」、長久之福)。輕浮淺識の害處は、往々彼本人の身上に顯れずして、彼の後代の身上に顯る。裴行儉曰く:一人雖も文才あるも、卻って浮躁急切・淺薄外露なれば、哪裏か富貴を享くる能くする器量ならん。管輅曰く:高官に身居して自視巍然了不起たる人は、長遠の福を享くる能くする器量にあらず。

秘決云:大舜微時,耕稼陶漁,艱苦無不履歷。及身處九重,玉食萬國,自是不以為欲,無異耕稼陶漁之時,祿位名壽兼而有之,福流子孫,真遐福之器哉。

祕訣曰く:虞舜微賤の時、地を種り、陶を燒き、魚を打ち、何の艱苦も皆經歷せり。等到身居九重宮闕、萬國の進奉する美食を享用するに至りても、彼も亦たこれらを自家の欲求と作さず、心境は當年耕田燒陶打魚の時と兩樣なし。禄位・名聲・壽數彼皆兼備し、福澤還た子孫に流傳す。真に長遠の福を享くる能くする器量なり。

汪洋大度可延齡。絕而能續曰延,齡,年齡也。白閣道者云:腹內能容三萬解,齡如一縷亦須延。陸賈云:漢高豁達大度。

器量汪洋・氣度寬大の人は、壽數を延長しうる。眼看に斷絕せんとするも卻って又た接續し下去るを「延」と曰い、「齡」即ち年歲なり。白閣道者曰く:肚裏に三萬斛の東西を容下得るは、壽數たとえ一縷のごとく細きも、かならず延續し下去る能くせん。陸賈曰く:漢高祖人と為り豁達大度――これ正に延齢しうる器量なり。

秘訣云:書云:有容德乃大。夫德者,天爵也。孟云:修其天爵,而人爵從之。即宋郊以竹渡蟻,遇胡僧相之日:公神彩異常,必活數萬性命,後日當魁天下。夫以數萬蟻命,由陰報之速,使活天下蒼生之命,義當何如耶。延齡之說誠非迂也。

祕訣曰く:《尚書・君陳》は「有容、德乃大」と講ず。人を容れうれば德行乃ち宏大と算す。德は上天の給う爵位なり。《孟子》曰く:上天の給う爵位(仁義忠信)を修好すれば、人間の爵位自然に跟って來る。宋郊が竹子を用いて橋を搭して螞蟻を救渡せしがごとく、後來一位の胡僧に遇上りて彼に相面し、曰く:您の神采往日と大不相同、かならず幾萬條の性命を救活せり、日後當に狀元に中るべし。幾萬隻の螞蟻を救う尚ほ且つかくも速き陰德の回報を得。若し能く天下蒼生の性命を救活せば、那の報應又た如何なるべき。見れば「汪洋大度可延齡」の説法確かに迂闊の談にあらず。

子輿□巖師萬世。孟柯,字子與。□巖,氣象□巖也。《風鑑》云:□巖器宇旋旋生。《通仙錄》云:□巖器宇旋旋露,有類古玉埋於秋。《清鑑》云:孟子巖巖泰山氣象,能賤齊宣之祿萬鍾。

孟子氣象岩岩にして、萬世の師表を做れり。孟軻字は子輿(底本は「孟柯、字子與」を作る)。「□岩」の處底本脱字あり、當に「岩岩」を作るべく、氣象高峻なること山のごときを形容す。《風鑑》曰く:岩岩の器宇は漸漸生成するなり。《通仙錄》曰く:岩岩の器宇漸漸顯露出來し、古玉を深秋の土裏に埋むるがごとく、久しうして後見ゆ。《清鑑》曰く:孟子に泰山のごとき岩岩の氣象あり、故に齊宣王萬鍾の俸禄を看て很に輕しと為し得べし。

秘訣云:夫有德者,其器宇恢廓,輕萬鍾一節,未足以窺其微。使務名者亦能之,畢竟於平時見義無難色,方得之,古人謂觀其所忽是也。

祕訣曰く:德ある人は器宇恢宏開闊なり。單に彼の萬鍾俸禄を看輕する此一節を看るは、還た彼の精微處を窺見するに足らず。好名の人も亦た此の一手を裝出しうるがゆえなり。畢竟要看るは彼平日該做の事に遇上り、從來為難の神色なかりしを、此乃ち真に彼の器量を見到せりと算す。古人の説く「一人を看るに彼不經意處に如何なるか」は、即ち此の意思なり。

夷吾卑俠佐姜齊。管仲,字夷吾,相齊桓公,伯諸侯。孔子曰:管仲之器小哉。朱子注云:局量偏淺,規模卑狹,謂其得君行道而以伯終也。

管仲器局卑狹にして、ただ姜姓の齊國を輔佐して稱霸せしむ。管仲字は夷吾、齊桓公の宰相を做り、桓公をして諸侯に稱霸せしむ。孔子曰く:管仲の器量小なり。朱熹注觧曰く:其の局量偏にして淺、規模卑にして狹。意思是れ彼既に明君を得行を道う能くすれど、卻ってただ霸業に做到して便ち止めりと。

秘訣云:或謂孔子論管仲之器小,朱子釋曰:局量編淺,規模卑狹。此論事功,末論其德容。葆和子曰:不然。器者,吾身之德發而為容,有其德便有其器,有其器便有其容。事功即德器之見於行也,故古人見其禮而知其政,聞其樂而知其德。袁柳莊口:聞人之聲而知其素,其意於此同。

祕訣曰く:ある人は孔子の管仲器小と講ずるを、朱熹は局量偏淺・規模卑狹と觧したるを、これ事功に就いて論ずればなり、未だ彼の德と容貌に論じ至らずと認む。葆和子曰く:是れ然らず。いわゆる「器」とは、一身の德發露出來して容止と成るなり。かの德あれば便ちかの器あり、かの器あれば便ちかの容止あり。事功は正に德器の行事上に表現せしなり。故に古人は一國家の禮を看れば其の政治を知り、其の樂を聽けば其の德を知る。袁柳莊曰く:一人の聲音を聽けば彼の平素の為人を知る。意思は此處と相同なり。

此特公私毫髮問,用心有公私之別。《玄談》云:丰姿異,骨格奇,再觀才器設施為。才濟變意有私,小人君子不同歸。朱文達曰:公道私情,此事間不容髮。

此處の分別はただ一念之公與私に在り。相差不過毫髮、關鍵は用心の為公か為私かに在り。《玄談》曰く:儀表出衆・骨格奇特の人は、還た再び彼の才具器量如何に施展作為するかを看るを要す。若し才能應變に足るも用心卻って私を存せば、那れ即ち小人と君子の分道の處なり。朱文達曰く:公道と私情の間、此の事一根の頭髮の空隙を容れず。

秘訣云:夷吾葵丘之會,名尊周室,實伯齊桓。公私之介,惟宣尼知之,所以器不能王齊而伯終也。假如人有此才器,有奇形,且大公無我,不惟福庇子一身一家,大君赤子亦蒙其福矣。人之德器顧不重哉。

祕訣曰く:管仲葵丘之會を主持し、名義上は周王室を尊崇すれど、實際上は齊桓公のために霸業を取得せり。公與私の間の此の一條の界線は、ただ孔子看得清楚せり。故に彼の器量は齊國を輔佐して王道を行う能わず、ただ霸業をもって收場するのみと説く。假如一人既にかかる才器あり・又た奇特の形相あり、而且大公無私なれば、那麼福を受くるは彼一身一家に止まらず、君主と百姓を連れて亦た皆彼の福を蒙らん。人の德器難道重要ならずや。

出其下者無足評。德器不及夷吾者,無足論相矣。《風鑑》云:上貴之人方人相,中下之人豈可評。來和於云:南北路頭多少人,上士吾方與論評。

德器還た管仲之下に在る人は、便ち評論に値せず。德器管仲に趕上せざるは、亦た相好論ずるなし。《風鑑》曰く:ただ上等貴人のみ人と評相するに値す。中下之人哪裏か何を評出せん。來和子曰く:南來北往路上人何其多し、ただ上等之士我のみ肯んじて彼と同じく一論せん。

秘訣云:麻衣曰:形骸侷促,作事畏縮;器寧軒昂,一小快順。夫軒昂者,抱致遠之資;侷促者,顯卑瑣之態。人品已定,貴賤已殊,無足評論固宜。

祕訣曰く:麻衣道者講じて曰く、形體局促の人は事を做すに畏首畏尾し、器宇軒昂の人は縱い小挫あれど順暢快意なり。氣宇軒昂のは、致遠すべき資質を懷く。形骸局促のは、卑瑣の情態を顯出す。人品既に已定、貴賤既に已分なれば、此種の人は評論に値せずと説くは、本來應當なり。

福若水兮德若器,德隨器付。《五管訣》云:雖然論相而論福,尤必觀器面知德。《度冥經》云:人有一分德器,必有一分衣祿;十分德器,必有十分衣祿。

福譬えば水、德譬えば水を盛る器皿、福は器量大小に随いて分配す。《五管訣》曰く:雖も是れ相を論じ福を論ずれど、尤其必ず先に彼の器量を看、器量上より彼の德を認出すべし。《度冥經》曰く:人に一分の德器あれば、便ちかならず一分の衣禄あり。十分の德器あれば、便ちかならず十分の衣禄あり。

秘訣云:福水德器之喻,極善此方者也。吾曾讀史,見古人作歇器者,中則正,滿則覆,限於其器也。始知德福二者,亦猶築器之有限也。

祕訣曰く:福を比作して水と為し德を比作して器皿と為すは、此の比方極めて貼切なり。我曾に史書を讀み、古人の欹器一種を做れるを見る。水灌ぎて一半に到れば端正立住し、灌滿せば便ち翻倒す。これ器皿容量の限制を受くるなり。此に由りて乃ち德與福兩樣、亦た那の器皿のごとく各々限量あるを明白せり。

器若淺今水盈溢。器小福薄。《鬼箭》云:相寒福薄是前緣,器淺分明由怨天。胡僧云:小人形貌相有方,不見播間乞祭郎。施施狀驕妻房,易盈易溢最乖張。昏夜乞哀曾婢膝,白書矜人更濟鏘。器淺志盈無遠識,直饒富貴也尋常。

器皿淺ければ、水便ち滿出せん。同様に、器量小の人は福分も亦た薄し。《鬼箭》曰く:相貌寒薄・福分淺薄は前世の緣分なり。器量淺の人は卻って分明ただ老天を埋怨する會のみ。胡僧曰く:小人の形貌看去も亦た幾分規矩あり。可你没見《孟子》裏那個到墓地間乞討祭餘的齊人麼――彼回家して卻得意洋洋に妻妾面前に架を擺す。此種の人器量易滿易溢、最是乖張なり。黑夜裏向人低聲下氣・卑躬屈膝し、大白天卻對人誇耀作威作福す。器量淺にして志氣盈滿し、長遠見識なく、便ち彼を富貴せしむるも、亦た不過平常一場なり。

秘訣云:曾聞孔子臍深七李,董卓亦臍深七李。經云臍為五臟之外表,惟喜深寬,怕窄小,居上為智,居下愚,七李能容。仲尼是古一聖,賦此異質,董卓亦當如仲尼之聖為是。何乃驕於盧植曰:吾與公同位方嶽,公何尚居中郎?植門:明公與我皆鴻,不意明公變為風凰。卓喜。夫卓使孔子之德,又有其形,是亦孔子也,何乃戮身燃臍?德不稱形故也。

祕訣曰く:聞く孔子の肚臍深くして七枚の李子を放下し得、董卓の肚臍も亦た深くして七枚の李子を放下し得と。相經曰く:肚臍は五臟在外の表徵、ただ又深又寬を喜び、怕るるは窄小なり。臍位偏上の人は聰明、偏下の人は愚鈍、七枚の李子を容る能くするは極好の相なり。孔子は上古聖人、かかる異相を禀有す。理に照らせば董卓も亦た當に孔子のごとく成聖すべし。可他卻向盧植擺架子説:我與您同居方伯之位、您怎麼還只做個中郎。盧植曰く:您與我都是鴻鳥、不料您竟變成了鳳凰。董卓聽了很感高興。可見董卓若真に孔子の德あり、又た孔子の形あれば、他也就是孔子了。何以落得身遭誅戮・被人於肚臍上點火焚尸。正是因為德配不上形。

得志崢嶸民德色。德色,驕矜之念;民,無跡也。《風鑑》云:紅紫黃光起福堂,崢嶸得志喜非常。謝靈運云:得志之人輕可識,辨取崢嶸及德色。

得志の時意氣峥嶸にして、臉上不自覺に自負之色を帶出す。「德色」は自ら德ありと為して驕矜する念頭、「民」は在此當に「泯」を作るべく、痕跡を著えざるを指す。《風鑑》曰く:紅紫黄三種の光澤「福堂」(眉尾上方天倉に近き處)より發起すれば、此人正に意氣峥嶸・得志にして格外歡喜す。謝靈運曰く:得志の人很易看出來、ただ彼の那の峥嶸之氣と自負之色を辨認せば便ち行けり。

秘訣云:商貴得志之氣,三光五澤,此正本來之色也。人若處此富貴之時,未嘗不以富貴驕人,其傲慢之氣,有不及檢柬於處已待人之時,圭角發露,此德色也。學力到涵養純則無。

祕訣曰く:高貴得志時の氣象は、面上三處發光・五處潤澤、這本是得志者應有的正色。可是人處這富貴的時候、難免要拿富貴在人前擺譜。那股傲慢之氣、在待人接物之際來不及檢點約束、鋒芒棱角就露了出來、這就是所謂「德色」。若學問工夫做到了、涵養純熟了、這種自負之色就不會有。

失時落魄絕狐媚。落魄,猶言喪氣也;狐善媚,故曰狐媚。《風鑑》云:失志落落坐立歌。來和子云:落魄貧寒無媚態,相中唯有此人稀。

失時落魄的時候、絕不做出狐媚討好的樣子。「落魄」就是喪氣潦倒。狐狸善於媚人、所以叫「狐媚」。《風鑑》説:失志的人落落寡合、坐着站着都在自我慨歎。來和子説:落魄貧寒之中還沒有一點諂媚之態、相法之中唯有這樣的人最難得。

秘訣云:世間惟有貧賤至易移人,飢寒迫於身,壯氣消磨,雄心頓挫,鮮不奴顏拽招十王公。程子詩:富貴不淫貧賤樂,男兒到此是豪雄。此相之謂也。

祕訣説:世上最容易改變一個人的莫過於貧賤。飢餓寒冷逼在身上、壯氣被消磨、雄心被挫折、很少有人不擺出奴才嘴臉去攀附王公。程顥有詩説:富貴不能使他放縱、貧賤也能安然自樂、男兒到了這個地步才算豪傑。這正是此處所講的相。

任是不揚難錄取。不揚,貌惡侵小也。胡僧云:休嫌貌不揚,白壁璞中藏。裴中立云:白題像爾聲不揚,爾貌不揚,一點靈臺丹青莫狀。

哪怕相貌不揚、也不能就此不加錄用。「不揚」是相貌醜陋、形容矮小。胡僧説:不要嫌人相貌不揚、白璧原本就藏在璞石裏。裴度(字中立)説:畫上題着「你聲音不響亮、你相貌不出衆」、可我心裏那一點靈明、丹青卻怎麼也畫不出來。

秘訣云:人形甚美必有甚惡,人形甚惡必有甚美。誠能知美中有惡,惡中有美,相術不減於姑布子卿矣。

祕訣説:一個人形貌極美、其中必定藏着極醜的一面。形貌極醜、其中也必定藏着極美的一面。真能懂得美中有惡、惡中有美、相術就不比春秋時的名相士姑布子卿差了。

心生相貌立磁基。磁基,寓言心地也。《人倫賦》云:借使修德於心,吉凶可易。陳圖南負心發善端諸福集。麻衣云:末觀形貌,先相心田。

心能生出相貌來、這就好比先立好地基。「磁基」是打比方、指心地這個根基。《人倫賦》説:假使能在心上修德、吉凶是可以改變的。陳摶説過:一動心發出善念、種種福氣就聚攏過來。麻衣道者説:還沒看形貌、先看他的心地。

秘訣云:心生相貌,以理言也。大人心雕琢太甚,生理盡矣,具有美形,術見有減,惟福白減耳。培養方寸,生理全,雖有惡形,未嘗有改,椎福自增耳。學術者此不可不知。

祕訣説:心能生相貌、這是就道理説的。一個人心思雕琢算計得太過、生生之理就斷絕了。即使生了一副好相、從相術上看也要打折扣、福分自然減少。反過來、能培養這方寸之心、生生之理保全、即使生了一副醜相、相貌雖未改變、福分卻自然增加。學相術的人對這一層不可不知。

右五條相法,精無不該,粗無不載,囊括諸相法中之相,分經玄二解。泛視之,其辭簡約;深玩之,其理無窮。餘珍之久矣,敢自私乎,公於同志。

以上五篇相法、精微的無不包羅、粗淺的無不記載、把各家相法中的精要都囊括進來、分作「經」與「玄」兩種解説。粗粗一看、文辭很簡約。深入玩味、道理卻無窮無盡。我珍藏這幾篇已經很久了、怎敢據為私有、現在公開給志同道合的人。

十三部位總歌

天中:第一天中對天嶽,左廂內府相隨續。高廣尺陽武庫同,軍門輔角邊地足。天庭:第二天庭連日角,龍角天府房心墓。上墓四殺戰堂連,驛馬吊庭分善惡。司空:第三司空額角前,上卿少府更相連。交友道中交額好,眉重山林看聖賢。

「十三部位」は面部正中を上より下に向かいて十三行に分かち、每行一個の主位を以て中心と為し、左右に向かいて對稱に若干の小部位を排開し、各々一類の人事を主る。第一行は「天中」を以て主と為し、位髮際正中に在り、貴人・官運與父親を主る。它正に「天岳」に對して、兩旁依次に左廂・內府、再び往外に高廣・尺陽・武庫・軍門・輔角・邊地なり。此の一行看る所は少年得勢與外出遠行の吉凶なり。第二行は「天庭」を以て主と為し、位天中之下・額上部に在り、官祿を主る。兩旁日角・月角(父母宮)に連着し、再び往外に龍角・天府・房・心・墓、以及上墓・四殺・戰堂・驛馬・弔庭なり。此の一行の氣色明潤は昇遷を主り、晦暗は刑喪を主る。故に它を「分善惡」と説く。第三行は「司空」を以て主と為し、位天庭之下に在り、功名を主る。前面額角に靠り、兩旁依次に上卿・少府、再び往外に交友・道中・交額、還た重眉・山林有り。此の一行看る所は仕途與交遊、氣色好なれば則ち聖賢の提攜に遇うを望む可し。

中正:第四中正額角頭,虎角牛角輔骨遊。玄角斧裁及華蓋,福堂彩霞郊外求。印堂:第五印堂交鎖裡,左日蠶室林中起。酒樽精舍對繽門,劫路巷路青路尾。山根:第六山根對太陽,中陽少陽及外陽。魚尾奸門神光接,倉井大門玄武藏。

第四行は「中正」を以て主と為し、位司空之下・兩眉之上正中に在り、官職昇降與是非を主る。兩旁是れ虎角・牛角・輔骨、再び往外に玄角・斧裁・「華蓋」(額上主星名の一處部位)、以及福堂・彩霞・郊外なり。此の一行看る所は三十歲前後の升沉なり。第五行は「印堂」を以て主と為し、位兩眉之間に在り、是れ命宮の所在、一生命運の總樞を主る。兩旁是れ交鎖・左日(右月)・蠶室・林中、再び往外に酒樽・精舍・繽門、以及劫路・巷路・青路なり。印堂平滿明潤は貴を主り、紋破昏暗は破敗を主る。第六行は「山根」を以て主と為し、位兩眼之間の鼻梁根部に在り、疾厄與四十一歲前後の運を主る。它正に太陽(眼頭)に對して、兩旁依次に中陽・少陽・外陽、再び往外に魚尾・奸門(眼尾、妻妾を主る)、還た神光・倉井・大門・玄武有り。

年上:第七年上夫座參,長男中男及少男。金櫃禁房並賊盜,遊軍書上玉堂厴。壽上:第八壽上甲櫃依,歸來堂上正面時。姑姨姊妹好兄弟,外甥命門學堂基。準頭:第九準頭蘭臺正,法令灶上宮室盛。典御園倉後閣連,守門兵卒記印綏。

第七行は「年上」を以て主と為し、位山根之下の鼻梁上段に在り、四十四歲の運與疾病を主る。兩旁是れ夫座、再び往外依次に長男・中男・少男(子息を看る)、還た金櫃・禁房・賊盜・游軍・書上・玉堂有り。此の一行既に子女を看、亦た失竊・訴訟の有無を看る。第八行は「壽上」を以て主と為し、位年上之下・鼻梁下段に在り、四十五歲の運與壽元を主る。兩旁甲櫃に靠り、再び外は歸來・堂上(父母長輩)・正面、還た姑姨・姊妹・兄弟・外甥・命門・學堂有り。此の一行主要に親族與聰明學業を看る。第九行は「準頭」を以て主と為し、即ち鼻尖、財帛與四十八歲の運を主る。兩旁是れ蘭台・廷尉(鼻翼)、再び往外に法令(鼻旁兩道紋)・竈上(鼻孔)・宮室、還た典御・園倉・後閣・守門・兵卒・印綬有り。此の一行看る所は財庫の豐虛與權印を掌るか否かなり。

人中:第十人中對井部,帳下細廚內閣附。小使僕從妓堂前,嬰門博士懸壁路。水星:十一水星閣門對,北鄰委巷通衢至。客舍兵蘭及家庫,商旅生門山頭寄。承漿:十二承漿祖宅安,孫宅外院林苑看。下墓莊田酒池上,郊廓荒斤道路旁。地閣:十三地閣下舍隨,奴僕推磨坑塹危。地庫陂池及鵝鴨,大海舟車無憂疑。

第十行は「人中」を以て主と為し、即ち鼻下唇上の那道の溝、子息與五十一歲の運を主る。它井部に對して、兩旁帳下・細廚・內閣を附着し、再び往外に小使・僕從・妓堂・嬰門・博士・懸壁なり。此の一行看る所は子嗣多寡與家中僕役なり。第十一行は「水星」を以て主と為し、即ち口、飲食俸祿與六十歲の運を主る。兩旁閣門に對し、再び外は北鄰・委巷・通衢、還た客舍・兵蘭・家庫・商旅・生門・山頭有り。此の一行看る所は行商出入與家中積蓄なり。第十二行は「承漿」を以て主と為し、位下脣之下の凹處に在り、酒食與六十一歲の運を主る。兩旁是れ祖宅・孫宅・外院・林苑、再び往外に下墓・莊田・酒池・郊廓・荒丘・道路なり。此の一行看る所は田產與祖業なり。第十三行は「地閣」を以て主と為し、即ち下巴、晚景・田宅與七十一歲以後の運を主る。兩旁是れ下舍・奴僕・推磨・坑塹、再び往外に地庫・陂池・鵝鴨・大海・舟車なり。此の一行豐滿なれば則ち晚年田宅有り・奴僕有り、憂慮無し。

流年運氣部位歌

欲識流年運氣行,男左女右各分形。天輪一二初年運,三四周流至天城。天廓垂珠五六七,八九天輪之上停。人輪十歲及十一,輪飛廓反必相刑。十二十三並十四,地輪朝口壽康寧。

要知道每一年運氣走到哪裏、男看左邊、女看右邊、各按各的走法。一二歲看耳朵最上端的「天輪」、是初年的運。三四歲運行到「天城」(耳上部)。五、六、七歲看「天廓」與耳垂(「垂珠」)。八九歲又回到天輪的上端。十歲、十一歲走「人輪」(耳中段)、若耳輪外翻、耳廓反出、這兩年必有刑克。十二、十三、十四歲走「地輪」(耳下段)、耳垂朝口的人主壽命康寧。總之一到十四歲的運全在兩耳、耳好則童年順遂。

十五火星居正額,十六天中骨法成。十七十八日月角,遠逢十九應天庭。輔角二十二□,二十二歲至司空。二十三四邊城地,二十五歲逢中正。二十六上主丘陵,二十七年看墳墓。二十八遇印堂平。

十五歲走「火星」、在額頭正中最上一點。十六歲走「天中」、這一年看骨法成不成。十七、十八歲走左右「日角」「月角」、也就是父母宮、這兩年最見父母的吉凶。十九歲應在「天庭」。二十歲、二十一歲走「輔角」(底本此處脫字、當作「輔角二十二十一」)、二十二歲到「司空」。二十三、二十四歲走「邊城」「邊地」、二十五歲逢「中正」。二十六歲主「丘陵」、二十七歲看「墳墓」、二十八歲遇「印堂」、這一年印堂平滿則運順。這一段是十五至二十八歲的額部運、額相好則少年得志。

二十九三十山林部,三十一歲凌雲程。人命若逢三十二,額右黃光紫氣生。三十三行繁霞上,三十四有彩霞明。三十五歲太陽位,三十六上會太陰。中陽正當三十七,中陰三十八主亨。少陽年當三十九,少陰四十少弟兄。

二十九、三十歲走「山林」(額角近髮際兩側)、三十一歲走「凌雲」。人到三十二歲、運在額頭右側、這一年若額上現出黃光紫氣、就是吉兆。三十三歲走「繁霞」、三十四歲走「彩霞」、氣色明亮才好。三十五歲走「太陽」(左眼頭)、三十六歲會「太陰」(右眼頭)。三十七歲正當「中陽」、三十八歲「中陰」主亨通。三十九歲走「少陽」、四十歲走「少陰」――這兩處也管兄弟、走到此處若部位虧陷、主兄弟稀少。三十五至四十歲這六年全在兩眼、眼神清正則中年順遂。

山根路遠四□,四十二造精舍宮。四十三歲登光殿,四旬有四年上增。壽上又逢四十五,四十六七兩顴宮。準頭喜居四十八,四十九入蘭臺中。庭尉相逢正五十,人中五十一人驚。

四十一歲走「山根」、路途遙遠(底本此處脫字、當作「四十一」)。四十二歲到「精舍」。四十三歲登「光殿」、四十四歲運在「年上」而有增益。四十五歲又逢「壽上」、四十六、四十七歲走左右兩「顴」。四十八歲喜在「準頭」、這一年鼻尖豐圓則財旺。四十九歲進入「蘭台」(左鼻翼)、五十歲逢「廷尉」(右鼻翼)。五十一歲走「人中」、人中深長則這一年無驚無險、淺平就令人心驚。這一段自四十一至五十一歲、全看鼻子一路的高低豐陷。

五十二三居仙庫,五旬有四食倉盈。五五得請祿倉米,五十六七法令明。五十八九遇虎耳,耳順之年遏水星。承漿正居六十一,地庫六十二三逢。六十四居陂池內,六十五處鵝鴨鳴。六十六七穿金縷,歸來六十八九程。

五十二、五十三歲走「仙庫」(人中兩旁)、五十四歲走「食倉」、此處豐滿則飲食不缺。五十五歲走「祿倉」、主俸祿米糧。五十六、五十七歲走「法令」、這兩道紋深長分明才好。五十八、五十九歲走「虎耳」(法令外側近腮處)。六十歲(「耳順之年」)走「水星」、也就是口。六十一歲正在「承漿」、六十二、六十三歲逢「地庫」。六十四歲在「陂池」、六十五歲在「鵝鴨」。六十六、六十七歲走「金縷」、六十八、六十九歲走「歸來」。這一段自五十二至六十九歲、運在口、頤一帶、此處豐厚則晚年衣食無憂。

逾矩之年逢頌公,地閣頻添七十□。七十二三多奴僕,腮骨七十四五同。七旬六七尋子位,七十八九丑牛耕。太公之年添一歲,更臨寅虎相偏靈。八十二三卯兔宮,八十四五辰龍行。八旬六七已蛇中,八十八九午馬輕。

七十歲(孔子説的「從心所欲不逾矩」之年)走「頌堂」、七十一歲走「地閣」(底本此處脫字、當作「七十一」)。七十二、七十三歲走「奴僕」(下巴兩側)、此處豐滿則老來有人服侍。七十四、七十五歲走「腮骨」。七十六、七十七歲走「子位」。此後按十二地支繞面轉:七十八、七十九歲在丑(牛)位、八十、八十一歲(「太公之年」指八十歲、姜太公八十遇文王)在寅(虎)位、運格外靈驗。八十二、八十三歲在卯(兔)位、八十四、八十五歲在辰(龍)位、八十六、八十七歲在巳(蛇)位、八十八、八十九歲在午(馬)位。

九旬九一未羊明,九□十二三猴結果,九十四五聽雞聲。九十六七犬吠月,九十八九買豬吞。若問人生過百歲,頤數朝上保長生。周而復始輪於面,紋癮缺陷禍非輕。限運並沖明暗九,更逢破敗屬幽冥。

九十・九十一歲は未(羊)位に在り、九十二・九十三歲は申(猴)位に在りて結果有り、九十四・九十五歲は酉(雞)位に在り、九十六・九十七歲は戌(狗)位に在り、九十八・九十九歲は亥(豬)位に在り。若し百歲を過ぎて以後怎麼推するかを問わば、便ち兩頤の肉朝上兜起するを看よ、那是保長生の相なり。年歲面上に周而復始輪轉し、凡そ運行紋痕・瘢痕(底本「紋癮」を作る)或いは缺陷の部位有るに到れば、那の一年災禍便ち輕からず。若し正に限與運並行相衝に逢い、又た「明九」(虛歲九に逢う)「暗九」(虛歲九の倍數と為る)かくのごとき關口に碰上り、加上該處部位破敗せば、便ち幽冥に歸入し・性命堪虞なり。

又兼氣色相刑剋,骨肉破敗自伶仃。倘若運逢部位好,順時氣色見光晶。五嶽四瀆相朝把,扶搖萬里任飛騰。誰識神仙真妙訣,相逢談笑世人驚。

再加上當年氣色與本形五行相刑相克、骨肉破敗、那就只落得孤苦伶仃。反過來、倘若運走到的部位生得好、氣色又順應時令而明亮如晶、五岳(兩顴、額、頦、鼻)相朝、四瀆(耳目口鼻)相通、就能像大鵬一樣扶搖萬里、任意騰飛。誰能識得這套神仙般的妙訣、與人談笑之間斷人休咎、就足以令世人吃驚。

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