滕文公(とうぶんこう)上
公孫丑問曰:「不見諸侯何義?」
孟子曰く、「古者臣に非ざれば見えず。段干木垣を踰えて之を辟(よ)け、泄柳門を閉ぢて內(い)れざる。是れ皆已む甚し。迫れば、以て見えん。陽貨孔子に見えんと欲して、無禮を惡む。大夫士に賜有りて、其の家に於て受けずんば、則ち其の門に往きて拜す。陽貨孔子之亡(い)なきを矙(み)て、孔子に蒸豚を饋る。孔子亦其の亡なきを矙て、往きて之を拜す。當是の時、陽貨先たる、豈に見ざるを得んや。曾子曰く、「脅肩諂笑するは、夏畦(かけい)を病む」と。子路曰く、「同きに非ざして言へば、其の色赧赧(たんたん)然たりを觀れば、由の知る所に非ざるなり」。是に由りて之を觀れば、則ち君子之養ふ所、以て知る可きなり」と。
孟子曰:「古者不為臣不見。段幹木逾垣而闢之,洩柳閉門而不內,是皆已甚。迫,斯可以見矣。陽貨欲見孔子而惡無禮,大夫有賜於士,不得受於其家,則往拜其門。陽貨矙孔子之亡也,而饋孔子蒸豚;孔子亦矙其亡也,而往拜之。當是時,陽貨先,豈得不見?曾子曰:『脅肩諂笑,病於夏畦。』子路曰:『未同而言,觀其色赧赧然,非由之所知也。』由是觀之,則君子之所養可知已矣。」
戴盈之曰く、「什一、關市之征を去る、今兹未能。請ふ、之を輕くして、來年に待ちて、然る後已めん。何如」と。
戴盈之曰:「什一,去關市之徵,今茲未能。請輕之,以待來年,然後已,何如?」
孟子曰く、「今有人日に其の鄰の鷄を攘(ぬす)む。或る人告げて曰く、「是れ非君子之道」。曰く、「請ふ損ぜん、月に一鷄を攘み、來年に待ちて、然る後已めん」。如かん、其の非義を知れば、斯に已むを速くせよ。何ぞ來年を待たんや」と。
孟子曰:「今有人日攘其鄰之雞者,或告之曰:『是非君子之道。』曰:『請損之,月攘一雞,以待來年,然後已。』如知其非義,斯速已矣,何待來年。」
公都子曰く、「外人皆夫子好辯と稱す。敢て問ふ、何ぞや」と。
公都子曰:「外人皆稱夫子好辯,敢問何也?」
孟子曰く、「予豈に辯を好まん哉。予不得己なり。天下之生久しき。一治一亂。當堯の時、水逆行して、中國に氾濫す。蛇龍之を居る。民定まる所無し。下者巢を爲し、上者窟を營む。《書》に曰く、「洚水余を警す」。洚水は、洪水なり。禹を使して之を治めしむ。禹地を掘りて海に注ぎ、蛇龍を驅りて菹(そ)に放つ。水地に由りて行ふ。江淮河漢是れ也。險阻旣に遠く、鳥獸之人を害する者消へて、然る後人得て平土に居る可きなり。
孟子曰:「予豈好辯哉?予不得已也。天下之生久矣,一治一亂。當堯之時,水逆行,氾濫於中國。蛇龍居之,民無所定。下者為巢,上者為營窟。《書》曰:『洚水警餘。』洚水者,洪水也。使禹治之,禹掘地而注之海,驅蛇龍而放之菹。水由地中行,江、淮、河、漢是也。險阻既遠,鳥獸之害人者消,然後人得平土而居之。
(孟子續けて曰く、)「堯舜旣に沒す。聖人之道衰ふ。暴君代(かはり)作(おこ)り、宮室を壞して以て汙池を爲す。民安き所無し。田を棄てて以て園囿を爲す。民をして衣食を得せしめず。邪說暴行又作り、園囿、汚池、沛澤多くて禽獸至る。紂に及びて、天下又大亂。周公武王を相して、紂を誅し奄を伐つ。三年其の君を討ち、飛廉を驅りて海隅に戮(りく)して之を滅す。國五十を滅して、虎豹犀象を驅りて之を遠くす。天下大いに說ぶ。《書》に曰く、「丕顯(ひけん)なる哉文王謨、丕承なる哉武王烈。佑啓(ゆうけい)我後人、咸に正無缺」と。
「堯、舜既沒,聖人之道衰。暴君代作,壞宮室以為汙池,民無所安息;棄田以為園囿,使民不得衣食。邪說暴行又作,園囿、汙池、沛澤多而禽獸至。及紂之身,天下又大亂。周公相武王,誅紂伐奄,三年討其君,驅飛廉於海隅而戮之。滅國者五十,驅虎、豹、犀、象而遠之。天下大悅。《書》曰:『丕顯哉,文王謨!丕承哉,武王烈!佑啟我後人,鹹以正無缺。』
(孟子續けて曰く、)「世衰道微、邪說暴行有作。臣其の君を弑する者有り、子其の父を弑する者有り。孔子懼れ、《春秋》を作る。《春秋》は、天子之事なり。是故に孔子曰く、「我を知るは其れ惟れ春秋か。我を罪するは其れ惟れ春秋か」と。
「世衰道微,邪說暴行有作,臣弒其君者有之,子弒其父者有之。孔子懼,作《春秋》。《春秋》,天子之事也。是故孔子曰:『知我者其惟春秋乎!罪我者其惟春秋乎!』
(孟子續けて曰く、)「聖王作らず。諸侯放恣し、處士橫議し、楊朱、墨翟之言天下に盈つ。天下之言、楊に歸らずんば則ち墨に歸す。楊氏は我を爲る、是れ無君なり。墨氏は兼愛す、是れ無父なり。無父無君は、是れ禽獸なり。公明儀曰く、「庖に肥肉有り、廐に肥馬有り、民に飢色有り、野に餓莩有り。此れ獸を率ゐて人を食ましむ」。楊墨之道息まず、孔子之道著(あらわ)れず。是れ邪說民を誣(し)へ、仁義を充塞す。仁義充塞すれば、則ち獸を率ゐて人を食ましむ。人將に相食らはん。吾此が爲に懼る。先聖之道を閑(かん)し、楊墨を距(は)く、淫辭を放して、邪說者作(おこ)る能はざらしむ。作りて其心に於て、其の事を害し、作りて其事に於て、其の政を害す。聖人復た起(おこ)れば、吾が言を易へざらん。
「聖王不作,諸侯放恣,處士橫議,楊朱、墨翟之言盈天下。天下之言,不歸楊,則歸墨。楊氏為我,是無君也;墨氏兼愛,是無父也。無父無君,是禽獸也。公明儀曰:『庖有肥肉,廄有肥馬,民有飢色,野有餓莩,此率獸而食人也。』楊墨之道不息,孔子之道不著,是邪說誣民,充塞仁義也。仁義充塞,則率獸食人,人將相食。吾為此懼,閒先聖之道,距楊墨,放淫辭,邪說者不得作。作於其心,害於其事;作於其事,害於其政。聖人復起,不易吾言矣。
(孟子續けて曰く、)「昔者禹抑へて洪水、而して天下平らぐ。周公兼(あ)ふて夷狄、猛獸を驅りて、百姓寧んず。孔子成りて《春秋》を、而して亂臣賊子懼る。《詩・魯頌・閟宮》に曰く、「戎狄是膺、荆舒是懲、則ち莫れ敢て我承(あらが)ふ」と。無父無君は、周公の膺する所なり。我亦欲して人心を正くし、邪說を息め、詖行を距き、淫辭を放ちて、以て三聖を承(つ)がん。豈に辯を好まん哉。予不得己なり。能く言を以て楊墨を距ぐは、聖人之徒なり」と。
「昔者禹抑洪水而天下平,周公兼夷狄驅猛獸而百姓寧,孔子成《春秋》而亂臣賊子懼。《詩》云:『戎狄是膺,荊舒是懲,則莫我敢承。』無父無君,是周公所膺也。我亦欲正人心,息邪說,距詖行,放淫辭,以承三聖者;豈好辯哉?予不得已也。能言距楊墨者,聖人之徒也。」
匡章曰く、「陳仲子豈に誠に廉士ならずや。於陵(おりょう)に居る。三日食らはず、耳聞く無く、目見る無し。井上李有り、螬(そう)之を食らふ者過半ば。匍匐して往きて將に之を食らはんとす。三咽して然る後耳聞く有り、目見る有り」と。
匡章曰:「陳仲子豈不誠廉士哉?居於陵,三日不食,耳無聞,目無見也。井上有李,螬食實者過半矣,匍匐往將食之,三咽,然後耳有聞,目有見。」
孟子曰く、「齊國之士に於ては、吾必ず以て仲子を巨擘(きょはく)と爲す。雖し然り、仲子惡に在りてか廉を得んや。仲子之操を充たさば、則ち蚓(いん)と爲りて而る後可なり。夫れ蚓は、上槁壤を食らひ、下黄泉を飮む。仲子之居る所は、伯夷之築れる所か、抑々盜跖之築れる所か。食らふ所は、伯夷之樹てる所か、抑々盜跖之樹てる所か。是れ未だ知る可からざるなり」と。
孟子曰:「於齊國之士,吾必以仲子為巨擘焉。雖然,仲子惡能廉?充仲子之操,則蚓而後可者也。夫蚓,上食槁壤,下飲黃泉。仲子所居之室,伯夷之所築與?抑亦盜跖之所築與?所食之粟,伯夷之所樹與?抑亦盜跖之所樹與?是未可知也。」
曰く、「是れ何傷るか。彼身(みずから)屨を織り、妻纑(ろ)練(けい)して、以て之を易ふるなり」と。
曰:「是何傷哉?彼身織屨,妻辟纑,以易之也。」
曰く、「仲子は齊之世家なり。兄戴、蓋(こう)祿萬鍾。以て兄之祿不義之祿と爲して食らはず、以て兄之室不義之室と爲して居らず。兄を辟(さ)け母を離れて、於陵に處る。他日歸る、則ち其の兄に生鵝を饋る者有り。己頻顣(ひんしゅく)して曰く、「惡に用る此の鶃鶃(げきげき)者を哉」。他日其の母是を殺し、之と食はしむ。其の兄外より至りて曰く、「是れ鶃鶃之肉なり」。出でて之を哇(あい)して吐く。母を以ては則ち食らはず、妻を以ては則ち食らふ。兄之室を以ては則ち居らず、於陵を以ては則ち居る。是れ尚能く其の類を充たすを謂らんや。若し仲子者は、蚓と爲りて而る後其の操を充たす」と。
曰:「仲子,齊之世家也。兄戴,蓋祿萬鍾。以兄之祿為不義之祿而不食也,以兄之室為不義之室而不居也,闢兄離母,處於於陵。他日歸,則有饋其兄生鵝者,己頻顣曰:『惡用是鶃鶃者為哉?』他日,其母殺是鵝也,與之食之。其兄自外至,曰:『是鶃鶃之肉也。』出而哇之。以母則不食,以妻則食之;以兄之室則弗居,以於陵則居之。是尚為能充其類也乎?若仲子者,蚓而後充其操者也。」
離婁(りろう)上
孟子曰く、「離婁之明、公輸子之巧、規矩を以てせずんば、以て方員を成す能はず。師曠之聰、六律を以てせずんば、以て五音を正くする能はず。堯舜之道、仁政を以てせずんば、以て天下を平治する能はず。今仁心仁聞有りて、民其の澤を被(こうむ)らず。法を後世に取らる可からざるは、先王之道を行はざればなり。
孟子曰:「離婁之明,公輸子之巧,不以規矩,不能成方員:師曠之聰,不以六律,不能正五音;堯舜之道,不以仁政,不能平治天下。今有仁心仁聞而民不被其澤,不可法於後世者,不行先王之道也。
(孟子續けて曰く、)「故曰く、善のみ以て政を爲るに足らず、法のみ能く自ら行はざるなり。《詩・大雅・假樂》に曰く、「愆(とが)らず忘れず、率(したが)ふて舊章を」。先王之法を遵(したが)ふて過有るは、未だ之れ有らざるなり。聖人旣に目力を竭くし、繼ぎて之以て規矩準繩、以て方員平直を爲る、以て勝(こた)ふ可からざるなり。旣に耳力を竭くし、繼ぎて之以て六律、五音を正くする、以て勝ふ可からざるなり。旣に心思を竭くし、繼ぎて之以て人に忍びざる之政、而して仁天下を覆ふ可からざるなり。
「故曰,徒善不足以為政,徒法不能以自行。《詩》云:『不愆不忘,率由舊章。』遵先王之法而過者,未之有也。聖人既竭目力焉,繼之以規矩準繩,以為方員平直,不可勝用也;既竭耳力焉,繼之以六律,正五音,不可勝用也;既竭心思焉,繼之以不忍人之政,而仁覆天下矣。
(孟子續けて曰く、)「故曰く、高を爲るには必ず丘陵に因り、下を爲るには必ず川澤に因る。政を爲るに先王之道に因らざるは、智と謂ふ可きか。是故に惟れ仁者宜しき高位に在る。不仁にして高位に在るは、是れ其の惡を播して衆に於てなり。上道揆無く、下法守無し、朝廷道を信ぜず、工尺度を信ぜず、君子義に犯れ、小人刑に犯る。國之存する所は幸なり。
「故曰,為高必因丘陵,為下必因川澤。為政不因先王之道,可謂智乎?是以惟仁者宜在高位。不仁而在高位,是播其惡於眾也。上無道揆也。下無法守也,朝不信道,工不信度,君子犯義,小人犯刑,國之所存者幸也。
(孟子續けて曰く、)「故曰く、城郭完からざる、兵甲多からざるは、非國之災なり。田野辟かざる、貨財聚まらざるは、非國之害なり。上禮無く、下學無し、賊民興り、喪日無し。《詩・大雅・板》に曰く、「天之方に蹶(けい)す、然(じぜん)に泄泄する無かれ」。泄泄は、猶ほ沓沓なり。君に事ふるに義無く、進退禮無く、言ふは則ち非先王之道、是れ猶ほ沓沓なり。故曰く、難を以て君に責むるを恭と謂ひ、善を陳び邪を閉づるを敬と謂ふ。吾が君能はずと謂ふを賊と謂ふ」といふ。」
「故曰,城郭不完,兵甲不多,非國之災也;田野不闢,貨財不聚,非國之害也。上無禮,下無學,賊民興,喪無日矣。《詩》曰:『天之方蹶,無然洩洩。』洩洩,猶沓沓也。事君無義,進退無禮,言則非先王之道者,猶沓沓也。故曰:責難於君謂之恭,陳善閉邪謂之敬,吾君不能謂之賊。」
孟子曰く、「規矩は方員之至なり、聖人は人倫之至なり。君と爲らんと欲せば、君道を盡し、臣と爲らんと欲せば、臣道を盡せ。二者皆堯舜を法とするのみ。舜を以て堯に事ふる所以君に事へざれば、是れ其の君を敬せざるなり。堯を以て民を治むる所以民を治めざれば、是れ其の民を賊ふなり。孔子曰く、「道二、仁と不仁と而已矣」。其の民を暴むる甚しければ、則ち身弑され國亡ぶ。不甚ければ、則ち身危く國削す。之に「幽」「厲」の名づくる、雖し孝子慈孫、百世能く改めざるなり。《詩・大雅・蕩》に曰く、「殷之鑑遠からず、夏后之世に在り」。此れ之を謂ふなり」と。
孟子曰:「規矩,方員之至也;聖人,人倫之至也。欲為君盡君道,欲為臣盡臣道,二者皆法堯舜而已矣。不以舜之所以事堯事君,不敬其君者也;不以堯之所以治民治民,賊其民者也。孔子曰:『道二:仁與不仁而已矣。』暴其民甚,則身弒國亡;不甚,則身危國削。名之曰『幽厲』,雖孝子慈孫,百世不能改也。《詩》雲『殷鑑不遠,在夏後之世』,此之謂也。」
孟子曰く、「三代之天下を得るは仁を以てし、其の天下を失ふは不仁を以てす。國之廢興存亡の所以然も亦如斯なり。天子不仁なれば、四海を保つ能はず。諸侯不仁なれば、社稷を保つ能はず。卿大夫不仁なれば、宗廟を保つ能はず。士庶人不仁なれば、四體を保つ能はず。今死を惡みて不仁を樂しむは、猶ほ醉を惡みて強ひて酒を強うがごとし」と。
孟子曰:「三代之得天下也以仁,其失天下也以不仁。國之所以廢興存亡者亦然。天子不仁,不保四海;諸侯不仁,不保社稷;卿大夫不仁,不保宗廟;士庶人不仁,不保四體。今惡死亡而樂不仁,是猶惡醉而強酒。」
孟子曰く、「人を愛して親しからざれば、其の仁を反す。人を治めて治まらざれば、其の智を反す。人を禮して答へざれば、其の敬を反す。行ふこと得ざる有れば、皆己に反して諸を求む。其の身正くして天下之に歸す。《詩》に曰く、「永言命に配す、自ら多福を求む」と。」
孟子曰:「愛人不親反其仁,治人不治反其智,禮人不答反其敬。行有不得者,皆反求諸己,其身正而天下歸之。《詩》云:『永言配命,自求多福。』」
孟子曰く、「人を愛して親しからざれば、其の仁を反す。人を治めて治まらざれば、其の智を反す。人を禮して答へざれば、其の敬を反す。行ふこと得ざる有れば、皆己に反して諸を求む。其の身正くして天下之に歸す。《詩》に曰く、「永言命に配す、自ら多福を求む」と。」
孟子曰:「人有恆言,皆曰『天下國家』。天下之本在國,國之本在家,家之本在身。」
孟子曰く、「人恒言有りて、皆「天下國家」と曰ふ。天下之本是國、國之本是家、家之本是身なり」と。
孟子曰:「為政不難,不得罪於巨室。巨室之所慕,一國慕之;一國之所慕,天下慕之;故沛然德教溢乎四海。」
孟子曰く、「政を爲るは難からず、巨室に罪するを得ざるなり。巨室之慕ふ所は、一國之を慕ふ。一國之慕ふ所は、天下之を慕ふ。故に德教沛然として四海に溢る」と。
孟子曰:「天下有道,小德役大德,小賢役大賢;天下無道,小役大,弱役強。斯二者天也。順天者存,逆天者亡。齊景公曰:『既不能令,又不受命,是絕物也。』涕出而女於吳。
孟子曰く、「天下道有れば、小德大德を役し、小賢大賢を役す。天下道無ければ、小大を役し、弱強を役す。斯の二者は、天なり。天に順ふ者存り、天に逆ふ者亡ぶ。齊景公曰く、「既に令せず、又命を受けざるは、是れ物を絕つなり」。涕(なみだ)を出して女を呉に嫁す」といふ。
今也小國師大國而恥受命焉,是猶弟子而恥受命於先師也。如恥之,莫若師文王。師文王,大國五年,小國七年,必為政於天下矣。《詩》云:『商之孫子,其麗不億。上帝既命,侯於周服。侯服於周,天命靡常。殷士膚敏,祼將於京。』孔子曰:『仁不可為眾也。夫國君好仁,天下無敵。』今也欲無敵於天下而不以仁,是猶執熱而不以濯也。《詩》云:『誰能執熱,逝不以濯?』」
(孟子續けて曰く、)「今小國大國を師として、命を受くるを恥とするは、猶ほ弟子をして師を恥とするがごとし。如かん、之を恥とすれば、文王を師とするに莫如く。文王を師とするは、大國五年、小國七年、必ず政を天下に爲さん。《詩・大雅・文王》に曰く、「商之孫子、其の麗億に數えず。上帝旣に命ず、侯周に服す。侯周に服す、天命靡(み)常なり。殷士膚敏(ふびん)、祼將を京に行ふ」。孔子曰く、「仁は衆を爲る可からざるなり。夫れ國君仁を好めば、則ち天下に敵無し」と。今天下に敵無からんと欲して、仁を以てせざるは、猶ほ熱を執りて濯(あら)ふを以てせざるがごとし。《詩・大雅・桑柔》に曰く、「孰れか能く熱を執りて、逝(ゆ)かず濯(あら)ふを以てせんや」といふ。」
孟子曰:「不仁者可與言哉?安其危而利其菑,樂其所以亡者。不仁而可與言,則何亡國敗家之有?有孺子歌曰:『滄浪之水清兮,可以濯我纓;滄浪之水濁兮,可以濯我足。』孔子曰:『小子聽之!清斯濯纓,濁斯濯足矣,自取之也。』夫人必自侮,然後人侮之;家必自毀,而後人毀之;國必自伐,而後人伐之。《太甲》曰:『天作孽,猶可違;自作孽,不可活。』此之謂也。」
孟子曰く、「不仁の者、與(とも)に言ふ可きか。其の危に安んじて其の災に利す、其の亡する所を樂しむ。不仁にして與に言ふ可からば、則ち何ぞ亡國敗家有らんや。孺子有りて歌ふて曰く、「滄浪之水淸き、以て我が纓(えい)を濯ふ可し。滄浪之水濁れる、以て我が足を濯ふ可し」。孔子曰く、「小子之を聽け。淸きは則ち纓を濯ふ、濁るは則ち足を濯ふ。自ら之を取るなり」といふ。夫人必ず自ら侮りて、然る後人の之を侮る。家必ず自ら毀りて、然る後人の之を毀る。國必ず自ら伐ちて、然る後人の之を伐つ。《書・太甲》に曰く、「天の孽を作すは、猶ほ違る可し。自ら孽を作すは、活きる可からず」。此れ之を謂ふなり」と。
孟子曰:「桀紂之失天下也,失其民也;失其民者,失其心也。得天下有道:得其民,斯得天下矣;得其民有道:得其心,斯得民矣;得其心有道:所欲與之聚之,所惡勿施爾也。民之歸仁也,猶水之就下、獸之走壙也。故為淵敺魚者,獺也;為叢敺爵者,鸇也;為湯武敺民者,桀與紂也。今天下之君有好仁者,則諸侯皆為之敺矣。雖欲無王,不可得已。今之慾王者,猶七年之病求三年之艾也。苟為不畜,終身不得。苟不志於仁,終身憂辱,以陷於死亡。《詩》雲『其何能淑,載胥及溺』,此之謂也。」
孟子曰く、「桀紂之天下を失ふは、其の民を失ふなり。其の民を失ふは、其の心を失ふなり。天下を得るに道有り。其の民を得れば、斯に天下を得るなり。民を得るに道有り。其の心を得れば、斯に民を得るなり。心を得るに道有り。其の欲する所は、之に聚めて之を與與ふ、其の惡する所は、之に施す勿れ。民之歸仁するや、猶ほ水之下に就き、獸之壙(くゐ)に走るがごとし。故に淵の爲に魚を驅るは、獺(たつ)なり。叢の爲に雀を驅るは、鸇(せん)なり。湯武の爲に民を驅るは、桀と紂と也。今天下之君仁を好む者有らば、則ち諸侯皆之を爲に驅らん。雖し王たらんと欲せざれば、得る可からざるなり。今之王たらんと欲する者は、猶ほ七年之病、三年之艾を求むるがごとし。苟くも畜(たくは)ふに爲さざれば、終身得ず。苟くも仁に志さざれば、終身憂辱、以て死亡に陷らん。《詩・大雅・桑柔》に曰く、「其れ何能か淑(よく)せん、載胥(あい)及び溺るるのみ」。此れ之を謂ふなり」と。
孟子曰:「自暴者,不可與有言也;自棄者,不可與有為也。言非禮義,謂之自暴也;吾身不能居仁由義,謂之自棄也。仁,人之安宅也;義,人之正路也。曠安宅而弗居,舍正路而不由,哀哉!」
孟子曰く、「自ら暴ふ者は、與(とも)に言有る可からず。自ら棄つる者は、與に爲有る可からず。言禮義を非するを自ら暴ふと謂ひ、吾身仁に居る能はず、義に由る能はずを自ら棄つると謂ふ。仁は人の安宅なり、義は人の正路なり。安宅を曠(あ)れて居らず、正路を舍てて由らざるは、哀なる哉」と。
孟子曰:「道在爾而求諸遠,事在易而求之難。人人親其親、長其長而天下平。」
孟子曰く、「道邇(ちか)きに在りて之を遠に求め、事易きに在りて之を難に求む。人人其の親を親しみ、其の長を長とせば、天下平らがん」と。
孟子曰:「居下位而不獲於上,民不可得而治也。獲於上有道:不信於友,弗獲於上矣;信於友有道:事親弗悅,弗信於友矣;悅親有道:反身不誠,不悅於親矣;誠身有道:不明乎善,不誠其身矣。是故誠者,天之道也;思誠者,人之道也。至誠而不動者,未之有也;不誠,未有能動者也。」
孟子曰く、「下位に居りて上に獲(う)るを得ざれば、民得て治むる可からざるなり。上に獲るを得るに道有り。朋友に信ぜられざれば、上に獲るを得ざるなり。朋友に信ぜらるるに道有り。親に事ふるに悅(よろこ)ばざれば、朋友に信ぜられざるなり。親を悅ばしむるに道有り。諸身に反して誠ならざれば、親を悅ばしむるに得ざるなり。身を誠にするに道有り。善に明らかならざれば、身を誠にするに得ざるなり。是故に誠は、天之道なり。誠を思ふは、人之道なり。至誠にして動かざるは、未だ之れ有らざるなり。不誠にして能く動かす有らず」と。
孟子曰:「伯夷闢紂,居北海之濱,聞文王作,興曰:『盍歸乎來!吾聞西伯善養老者。』太公闢紂,居東海之濱,聞文王作,興曰:『盍歸乎來!吾聞西伯善養老者。』二老者,天下之大老也,而歸之,是天下之父歸之也。天下之父歸之,其子焉往?諸侯有行文王之政者,七年之內,必為政於天下矣。」
孟子曰く、「伯夷紂を辟け、北海之濱に居り、文王之興るを聞きて、作して曰く、「盍ぞ歸乎(ふ)來る。吾西伯之善く老を養ふを聞く」と。太公紂を辟け、東海之濱に居り、文王之興るを聞きて、作して曰く、「盍ぞ歸乎來る。吾西伯之善く老を養ふを聞く」。二老者は、天下之大老なり。而して之に歸す。是れ天下之父之に歸するなり。天下之父之に歸す。其の子焉んぞ往かん。諸侯文王之政を行ふ有らば、七年之內、必ず政を天下に爲さん」と。
孟子曰:「求也為季氏宰,無能改於其德,而賦粟倍他日。孔子曰:『求非我徒也,小子鳴鼓而攻之可也。』由此觀之,君不行仁政而富之,皆棄於孔子者也。況於為之強戰?爭地以戰,殺人盈野;爭城以戰,殺人盈城。此所謂率土地而食人肉,罪不容於死。故善戰者服上刑,連諸侯者次之,闢草萊、任土地者次之。」
孟子曰く、「求(きゅう)也季氏之宰と爲り、能く其の德を改めざるに、賦粟他日に倍す。孔子曰く、「求は我が徒に非ざるなり、小子鼓を鳴らして之を攻む可し」。此に由りて之を觀れば、君仁政を行はずして、之を富むは、皆孔子に棄てられしなり。況んや之が爲に強(し)ひて戰ふをや。地を爭(あらそ)ひて戰ひ、人を殺して野に盈ち、城を爭ひて戰ひ、人を殺して城に盈つ。此れ所謂土地を率ゐて人肉を食らふ、罪死を容(ゆる)さず。故に戰を善くする者は上刑に服し、諸侯を連(むす)ぶ者は之に次ぎ、草萊(そうらい)を闢き土地を任(つか)ふ者は之に次ぐ」と。
孟子曰:「存乎人者,莫良於眸子。眸子不能掩其惡。胸中正,則眸子瞭焉;胸中不正,則眸子眊焉。聽其言也,觀其眸子,人焉廋哉?」
孟子曰く、「存乎(こ)人者は、眸子(ぼうし)に良(あ)ふる莫し。眸子其の惡を掩(おほ)ふ能はず。胸中正ければ、則ち眸子了(りょう)たり。胸中不正ければ、則ち眸子眊(ぼう)たり。其の言を聽き、其の眸子を觀れば、人焉んぞ廋(かく)さんや」と。
孟子曰:「恭者不侮人,儉者不奪人。侮奪人之君,惟恐不順焉,惡得為恭儉?恭儉豈可以聲音笑貌為哉?」
孟子曰く、「恭する者は人を侮らず、儉する者は人を奪はず。侮奪する君、惟れ人之順ふを恐れ、惡に在りてか恭儉を得んや。恭儉豈に聲音笑貌を以て爲さん哉」と。
淳于髡曰:「男女授受不親,禮與?」
淳于髡(じゅううこん)曰く、「男女授受親しからざるは、禮か」と。
孟子曰:「禮也。」
孟子曰く、「禮なり」と。
曰:「嫂溺則援之以手乎?」
曰く、「嫂溺るれば、則ち手を援(ひ)く以て之を援ぐか」と。
曰:「嫂溺不援,是豺狼也。男女授受不親,禮也;嫂溺援之以手者,權也。」
曰く、「嫂溺して援ぐる不援ぐは、是れ豺狼なり。男女授受親しからざるは、禮なり。嫂溺援するに手を以てするは、權なり」と。
曰:「今天下溺矣,夫子之不援,何也?」
曰く、「今天下溺る。夫子之を援ぐ不援ぐは何ぞや」と。
曰:「天下溺,援之以道;嫂溺,援之以手。子欲手援天下乎?」
曰く、「天下溺るは、之を援ぐに道を以てす。嫂溺るは、之を援ぐに手を以てす。子欲して手天下を援ぐか」と。
公孫丑曰:「君子之不教子,何也?」
公孫丑曰く、「君子之子を敎へざるは何ぞや」と。
孟子曰:「勢不行也。教者必以正;以正不行,繼之以怒;繼之以怒,則反夷矣。『夫子教我以正,夫子未出於正也。』則是父子相夷也。父子相夷,則惡矣。古者易子而教之。父子之間不責善。責善則離,離則不祥莫大焉。」
孟子曰く、「勢行ふる能はざるなり。敎ふる者必ず正を以てす。正を以て行ふる能はざれば、繼ぎて之を怒る。繼ぎて之を怒れば、則ち夷(やぶ)りて之を傷す。「夫子正を以て我を敎へて、夫子未だ正に出づる能はず」、則ち是れ父子相夷(そこな)ふ。父子相夷ふは、則ち惡し。古者子を易して敎ふ。父子之間善を責(せ)めず。善を責むれば則ち離る。離るは則ち不祥莫大なり」と。
孟子曰:「事孰為大?事親為大;守孰為大?守身為大。不失其身而能事其親者,吾聞之矣;失其身而能事其親者,吾未之聞也。孰不為事?事親,事之本也;孰不為守?守身,守之本也。曾子養曾皙,必有酒肉。將徹,必請所與。問有餘,必曰『有』。曾皙死,曾元養曾子,必有酒肉。將徹,不請所與。問有餘,曰『亡矣』。將以復進也。此所謂養口體者也。若曾子,則可謂養志也。事親若曾子者,可也。」
孟子曰く、「事孰れか大と爲す。事親を大と爲す。守孰れか大と爲す。守身を大と爲す。其身を失はずして、能く其の親に事ふるは、吾之を聞く。其身を失して、能く其の親に事ふるは、吾未だ之を聞かざるなり。孰れか事へざる。事親は、事之本なり。孰れか守らざる。守身は、守之本なり。曾子曾晳を養ふ。必有り酒肉。將に徹(と)らんとするに、必ず請ふ所與(よ)う有るかと。曰く、「有」。曾晳死して、曾元曾子を養ふ。必有り酒肉。將に徹らんとするに、請ふ所與有るを問はず。曰く、「亡矣」。將に以て復た進まんとす。此れ所謂口體を養ふ者也。若し曾子は、則ち以て志を養ふと謂ふ可し。事親若し曾子の如くんば、可なり」と。
孟子曰:「人不足與適也,政不足間也。惟大人為能格君心之非。君仁莫不仁,君義莫不義,君正莫不正。一正君而國定矣。」
孟子曰く、「人足らざる與(より)言ひ、政足らざる與(より)議す。惟れ大人能く君心之非を格(ただ)す。君仁なれば、不仁莫し。君義なれば、不義莫し。君正なれば、不正莫し。一君を正して而して國定まる」と。
孟子曰:「有不虞之譽,有求全之毀。」
孟子曰く、「有不虞(いぐ)之譽、有求全之毀なり」と。
孟子曰:「人之易其言也,無責耳矣。」
孟子曰く、「人之其の言を易くするは、無他、責る所無ければなり」と。
孟子曰:「人之患在好為人師。」
孟子曰く、「人之患は、好んで人の師と爲るに在り」と。
樂正子從於子敖之齊。樂正子見孟子。孟子曰:「子亦來見我乎?」曰:「先生何為出此言也?」曰:「子來幾日矣?」曰:「昔昔。」曰:「昔昔,則我出此言也,不亦宜乎?」曰:「舍館未定。」曰:「子聞之也,舍館定,然後求見長者乎?」曰:「克有罪。」
樂正子子敖に從りて齊に之く。樂正子孟子に見ゆ。孟子曰く、「子亦來りて我を見るか」。樂正子曰く、「先生何爲ぞ此言を出すや」。曰く、「子來ること幾日ぞ」。曰く、「昔者」。曰く、「昔者、則ち我此の言を出づ、不も宜なり」。曰く、「舍館未定まらず」。曰く、「子之を聞く、舍館定まりて、然る後長者に見えんを求むと聞かんや」。曰く、「克罪有り」といふ。
孟子謂樂正子曰:「子之從於子敖來,徒餔啜也。我不意子學古之道,而以餔啜也。」
孟子樂正子に謂ひて曰く、「子之從りて子敖に於て來るは、徒らに餔啜(ぼてつ)のみ。我意はざるなり、子古之道を學びて、而以て餔啜せんと」と。
孟子曰:「不孝有三,無後為大。舜不告而娶,為無後也,君子以為猶告也。」
孟子曰く、「不孝三有り、無後を大と爲す。舜告げずして娶(と)るは、無後を爲となり。君子以て猶ほ告ぐるがごとし」と。
孟子曰:「仁之實,事親是也;義之實,從兄是也。智之實,知斯二者弗去是也;禮之實,節文斯二者是也;樂之實,樂斯二者,樂則生矣;生則惡可已也,惡可已,則不知足之蹈之、手之舞之。」
孟子曰く、「仁之實は、親に事ふる是れ也。義之實は、兄に從ふ是れ也。智之實は、斯の二者を知りて去らざる是れ也。禮之實は、斯の二者を節文す是れ也。樂之實は、斯の二者を樂しむ是れ也。樂しめば則ち生ず、生ずれば則ち惡に已む可からん、已む可からざれば、則ち知らず足之蹈み手之舞ふなり」と。
孟子曰:「天下大悅而將歸己。視天下悅而歸己,猶草芥也。惟舜為然。不得乎親,不可以為人;不順乎親,不可以為子。舜盡事親之道而瞽瞍厎豫,瞽瞍厎豫而天下化,瞽瞍厎豫而天下之為父子者定,此之謂大孝。」
孟子曰く、「天下大いに悅びて將に己に歸せんとす。天下悅びて己に歸するを視ること、草芥の如し。惟れ舜爲れ然るなり。親を得ざれば、以て人と爲る可からず。親に順ふに得ざれば、以て子と爲る可からず。舜事親之道を盡して、瞽瞍(こそう)厎豫(ていよ)せしめ、瞽瞍厎豫して而して天下化し、瞽瞍厎豫して而して天下之父爲り子爲る者定まる。此れ之を大孝と謂ふ」と。
